-----Start.
「ねぇ、こんな話、聞いた事ある?」
ある昼下がり、蓮子がふいに切り出す。議題は多世界解釈。
タイムトラベルによっておこる矛盾を回避するだの何だの言っているけど、要はパラレルワールドって事よね。
「蓮子が何人も居て、同時にいろんな事してるってような話でしょう?」
「何それ。まあ、それはいいとして」
コトっとコップを置く。
ブラックコーヒーなんて苦いものよく飲めるわね。
そんな私は加糖派。決まってスプーン二杯。
「もし、人類が完璧なシミュレータを創ることができたら。メリー、どう思う?何したい?」
「あら、議題が飛んだわね」
「いいから。まったく関係ないってわけじゃないのよ?」
「完璧なシミュレーターねぇ…」
シミュだかシュミだか、いつもこんがらがるのよね、シミュレーター。
「天気予報とか、かなり正確になりそうね」
「もう、そうじゃなくてさ」
「じゃあ、次の日のスーパーのタイムセールを予知してくれるとか?」
実に財布優しい。けど、結果を皆が知ってたら意味ないか。
「ノンノン、駄目駄目。全然駄目よメリー」
チッチッチと指をゆらす。
「あら、じゃあどんな事ならいいのかしら?」
蓮子は決まってるでしょうと前置いた後、高らかに言った。
「勿論、電子の私達を観察するのよ!」
「観察ねぇ…。」
ふと、コンピューターの中を泳ぎ回る私達を想像する。
金魚じゃないんだから。
しかし、電子の私達とやらは一体どんな話してるのかしら?
ふとメニューに目をやると、美味しそうなショートケーキ。即座に注文。
やっぱりコーヒーだけじゃ物足りないわよね。
:
「電子の私達は一体何するのかしら?パソコンの中でも境界探し?」
からからと笑いながらコーヒーを啜る蓮子。
「パソコンの中に境界なんてあるのかしら」
「あれ、ないの?」
蓮子はひどく意外そうな顔をする。
知らないわよ。多分ないと思うわ。
「まあ、そこはあると信じてプログラムされてるのね、きっと」
はあ、そんなものかしら。単純ね。
「じゃあその私達が境界を見つけたと感じるのもプログラムな訳よね?」
「まあそうなるね」
「なんか悲しいわね、それ」
「あら、0と1にも感情移入するなんて。メリーさんは優しいわね」
とか言って、自分も研究室のパソコンに嫌ってほど感情移入してたくせに。そういえば、この前の研究でいい結果は出たのかしら。
ショコラケーキを口に運びながらそんなことを考える。
「もし、そのシュミレートをしてるパソコンの電源が落ちたらその世界の私達はどうなるの?」
もぐもぐとケーキを口に運びながら問いかけてみる。美味しいわ、これ。
「うーん、向こうの私達の記憶を保存しているメモリーが不揮発性の物なら、すべての時間が止まったような感じになるのかも?で、また再起動したら動き出すとか」
またよくわからない事言って。私は文系なの。
揮発性がどうとか、ガソリンの話かしら。
「じゃあパソコンを二階から放り投げたらどうなるかしら」
「うーん、それはどうなるのかしら。データ消えちゃうだろうし、死んじゃうんじゃない?」
データに生き死にを与えるのも変だけど、と蓮子は付け加える。
でも、本当にそうかしら?
大体私達が住んでいるこの宇宙だって、全容はおろか始まりさえまだよくわかっていないのに。
何故私達は私達の存在を確かなものだと考えているのかしら。
ていうか、そもそも存在って一体何?
「ねぇ蓮子」
「ん?」
この子に聞いたら、答えを簡単に返してきそうで少し怖い。
だけど、気になってしょうがないんだもの。
「私達も電子の存在である可能性は、ない?」
「えっ?」
その豆鉄砲食らった鳩見たいな顔やめてよ。
「え、ああごめんごめん。メリーが急に可愛い事言うからさ」
「は、はぁ!?」
そういう流れじゃないでしょう。
とりあえずコーヒーを飲み下して落ち着く。
ちょっと、砂糖二杯にしては少々甘すぎるわよこれ。
そしたら急に手なんて握ってくる。あわわ。
「メリー、大丈夫。ほら、私達は確かにここに存在するでしょう?」
にこにこしながら諭すようにそう言う。
かぁっと顔が赤くなってくる。
もう分かったから手を離してよ。
「分かった、分かったわよ蓮子。確かに私達はここにいる」
「そう、存在してる。でしょ?」
今の私の感情をデータ化したら、すごい容量になるわよ。まったく。
「なーんて話してたりして」
「何それ。貴女、私の手を握りたいのかしら?」
「なっ、ち、違うわよ!」
急に慌てる蓮子。分りやすいわねぇ。
「何にせよ、こっちの私達もあっちの私達もそんなに変わらない事を話してると思うわ」
こほんと一つ咳払いして蓮子はまとめる。頬、まだ赤いわよ。
「そう。ふふ、それは良いことね。でしょう?」
そこに、やっとショートケーキが到着。
待ってました。
「それにしても、電子の私達が作られたら、それはまさしく多世界解釈よ。私もメリーも沢山居ることになるわ」
「あら、まだその話?」
上にのったイチゴを口に運ぶ。最初に食べる派。
「ねえ蓮子。私は仮想も現実もそう大差ない事だと思うわ。夢と現実と同じように」
「もう、夢と現実は違うって言ってるじゃない」
「そうだっけ。でも私はそう思うのよ」
「頑固だなぁ」
「よく言われますわ」
ふふっと笑って遮る。
実際、私は時折現実と夢とが分からなくなるときがあるのだから仕方ない。
「それより、別な話をしましょう?蓮子。せっかくこうして話してるのだもの」
何が現実で何が仮想かを語るよりも、何が美味しくて何が楽しいのかを話す方がずっといい。
例え次の瞬間には電源が落ちようと、今こうして話している事は確かなのだから。
「そうね、確かに言えてるわ」
蓮子はさっそく鞄をまさぐり、何時もの手帳を引っ張り出す。
「ねえメリー。うちの大学の裏山の話なんだけど…」
「へえ、何かしら?」
「うん、そこに面白いものがあってさ…って」
急に蓮子が黙る。
「どうかした?」
「いや、今一瞬変な感じがしたからさ。なんか、一瞬すべてが…」
最後まで言わずに、キョロキョロと回りを見渡す。
「ああ、それは多分」
目を細めてそう言うと、蓮子はごくりと生唾を飲んだ。
「な、何?」
「幽霊でも通ったんじゃない?」
「へ?」
ポカンとした 蓮子を見て、ぷっ、と吹き出してしまう。
「あっ、からかったわねメリー!!」
「ふふ、ごめんなさい。さ、そんなことより続きを聞かせて頂戴?」
「もう…。で、どこまで話したっけ」
そういって、説明を続ける蓮子。
ふと窓から空を見ると、清々しい晴れ模様。
うん、今日もいい日ね。
私達秘封倶楽部の活動は、今日も平和である。
-----END.
「何よこれ」
蓮子が渡してきた紙には、私達の会話ログのようなものが書いてあった。
「ふふ、研究室のスーパーコンピュータを借りて、私達の会話をシミュレートしたみたの」
「ふうん」
「なかなかよく出来てるでしょ?今みたいに、メリーと二人でカフェで話してるって、設定なんだけど」
「そうかしら、いまいちじゃない?私はチーズケーキが好きなんだけれど」
「まあ完璧なシミュレーションとまではいかないけどね」
「それに、この私のモノローグ。読んでるこっちが恥ずかしくなるじゃない」
「メリーは手厳しいなぁ」
そういって、コーヒーを啜る蓮子。
さっき頼んだチーズケーキはまだかしら。
窓の外を見ると、ぽつぽつと雨がふっていた。
もう朝からずっと止みやしない。
と瞬きした時、雨粒が空中で止まった気がした。
いや、カフェの喧騒も、蓮子がコーヒーを啜る音も、すべてが止まった。気がした。
あわてて蓮子が渡してきた紙に視線を移す。
"
Mary:[もし、そのシュミレートをしてるパソコンの電源が落ちたらその世界の私達はどうなるの?]
log:<もぐもぐとケーキを口に運びながら問いかけてみる。美味しいわ、これ。>
Renko: [うーん、向こうの私達の記憶を保存しているメモリーが不揮発性の物なら、すべての時間が止まったような感じになるのかも?で、また再起動したら動き出すとか]
"
「まさか。…まさかね」
「ん、どうしたのメリー」
きょとんとしながら蓮子が尋ねてくる。
「ううん、何でもないわ。ほら、ケーキがあんまり遅いから」
変に心配かけたくないし、気にしない事にした。
どうせ気にしすぎなだけだろうし。
「メリーは食いしん坊だなぁ」
蓮子がにやにやしながらそう呟く。
「もう、蓮子に言われたくないわ」
「あはは」
そんなとるに足らないやり取りを繰り返す。
秘封倶楽部のカフェでの日常。
こうして私達の日々は流れていくのだった。
-----END.
「ねぇ、こんな話、聞いた事ある?」
ある昼下がり、蓮子がふいに切り出す。議題は多世界解釈。
タイムトラベルによっておこる矛盾を回避するだの何だの言っているけど、要はパラレルワールドって事よね。
「蓮子が何人も居て、同時にいろんな事してるってような話でしょう?」
「何それ。まあ、それはいいとして」
コトっとコップを置く。
ブラックコーヒーなんて苦いものよく飲めるわね。
そんな私は加糖派。決まってスプーン二杯。
「もし、人類が完璧なシミュレータを創ることができたら。メリー、どう思う?何したい?」
「あら、議題が飛んだわね」
「いいから。まったく関係ないってわけじゃないのよ?」
「完璧なシミュレーターねぇ…」
シミュだかシュミだか、いつもこんがらがるのよね、シミュレーター。
「天気予報とか、かなり正確になりそうね」
「もう、そうじゃなくてさ」
「じゃあ、次の日のスーパーのタイムセールを予知してくれるとか?」
実に財布優しい。けど、結果を皆が知ってたら意味ないか。
「ノンノン、駄目駄目。全然駄目よメリー」
チッチッチと指をゆらす。
「あら、じゃあどんな事ならいいのかしら?」
蓮子は決まってるでしょうと前置いた後、高らかに言った。
「勿論、電子の私達を観察するのよ!」
「観察ねぇ…。」
ふと、コンピューターの中を泳ぎ回る私達を想像する。
金魚じゃないんだから。
しかし、電子の私達とやらは一体どんな話してるのかしら?
ふとメニューに目をやると、美味しそうなショートケーキ。即座に注文。
やっぱりコーヒーだけじゃ物足りないわよね。
:
「電子の私達は一体何するのかしら?パソコンの中でも境界探し?」
からからと笑いながらコーヒーを啜る蓮子。
「パソコンの中に境界なんてあるのかしら」
「あれ、ないの?」
蓮子はひどく意外そうな顔をする。
知らないわよ。多分ないと思うわ。
「まあ、そこはあると信じてプログラムされてるのね、きっと」
はあ、そんなものかしら。単純ね。
「じゃあその私達が境界を見つけたと感じるのもプログラムな訳よね?」
「まあそうなるね」
「なんか悲しいわね、それ」
「あら、0と1にも感情移入するなんて。メリーさんは優しいわね」
とか言って、自分も研究室のパソコンに嫌ってほど感情移入してたくせに。そういえば、この前の研究でいい結果は出たのかしら。
ショコラケーキを口に運びながらそんなことを考える。
「もし、そのシュミレートをしてるパソコンの電源が落ちたらその世界の私達はどうなるの?」
もぐもぐとケーキを口に運びながら問いかけてみる。美味しいわ、これ。
「うーん、向こうの私達の記憶を保存しているメモリーが不揮発性の物なら、すべての時間が止まったような感じになるのかも?で、また再起動したら動き出すとか」
またよくわからない事言って。私は文系なの。
揮発性がどうとか、ガソリンの話かしら。
「じゃあパソコンを二階から放り投げたらどうなるかしら」
「うーん、それはどうなるのかしら。データ消えちゃうだろうし、死んじゃうんじゃない?」
データに生き死にを与えるのも変だけど、と蓮子は付け加える。
でも、本当にそうかしら?
大体私達が住んでいるこの宇宙だって、全容はおろか始まりさえまだよくわかっていないのに。
何故私達は私達の存在を確かなものだと考えているのかしら。
ていうか、そもそも存在って一体何?
「ねぇ蓮子」
「ん?」
この子に聞いたら、答えを簡単に返してきそうで少し怖い。
だけど、気になってしょうがないんだもの。
「私達も電子の存在である可能性は、ない?」
「えっ?」
その豆鉄砲食らった鳩見たいな顔やめてよ。
「え、ああごめんごめん。メリーが急に可愛い事言うからさ」
「は、はぁ!?」
そういう流れじゃないでしょう。
とりあえずコーヒーを飲み下して落ち着く。
ちょっと、砂糖二杯にしては少々甘すぎるわよこれ。
そしたら急に手なんて握ってくる。あわわ。
「メリー、大丈夫。ほら、私達は確かにここに存在するでしょう?」
にこにこしながら諭すようにそう言う。
かぁっと顔が赤くなってくる。
もう分かったから手を離してよ。
「分かった、分かったわよ蓮子。確かに私達はここにいる」
「そう、存在してる。でしょ?」
今の私の感情をデータ化したら、すごい容量になるわよ。まったく。
「なーんて話してたりして」
「何それ。貴女、私の手を握りたいのかしら?」
「なっ、ち、違うわよ!」
急に慌てる蓮子。分りやすいわねぇ。
「何にせよ、こっちの私達もあっちの私達もそんなに変わらない事を話してると思うわ」
こほんと一つ咳払いして蓮子はまとめる。頬、まだ赤いわよ。
「そう。ふふ、それは良いことね。でしょう?」
そこに、やっとショートケーキが到着。
待ってました。
「それにしても、電子の私達が作られたら、それはまさしく多世界解釈よ。私もメリーも沢山居ることになるわ」
「あら、まだその話?」
上にのったイチゴを口に運ぶ。最初に食べる派。
「ねえ蓮子。私は仮想も現実もそう大差ない事だと思うわ。夢と現実と同じように」
「もう、夢と現実は違うって言ってるじゃない」
「そうだっけ。でも私はそう思うのよ」
「頑固だなぁ」
「よく言われますわ」
ふふっと笑って遮る。
実際、私は時折現実と夢とが分からなくなるときがあるのだから仕方ない。
「それより、別な話をしましょう?蓮子。せっかくこうして話してるのだもの」
何が現実で何が仮想かを語るよりも、何が美味しくて何が楽しいのかを話す方がずっといい。
例え次の瞬間には電源が落ちようと、今こうして話している事は確かなのだから。
「そうね、確かに言えてるわ」
蓮子はさっそく鞄をまさぐり、何時もの手帳を引っ張り出す。
「ねえメリー。うちの大学の裏山の話なんだけど…」
「へえ、何かしら?」
「うん、そこに面白いものがあってさ…って」
急に蓮子が黙る。
「どうかした?」
「いや、今一瞬変な感じがしたからさ。なんか、一瞬すべてが…」
最後まで言わずに、キョロキョロと回りを見渡す。
「ああ、それは多分」
目を細めてそう言うと、蓮子はごくりと生唾を飲んだ。
「な、何?」
「幽霊でも通ったんじゃない?」
「へ?」
ポカンとした 蓮子を見て、ぷっ、と吹き出してしまう。
「あっ、からかったわねメリー!!」
「ふふ、ごめんなさい。さ、そんなことより続きを聞かせて頂戴?」
「もう…。で、どこまで話したっけ」
そういって、説明を続ける蓮子。
ふと窓から空を見ると、清々しい晴れ模様。
うん、今日もいい日ね。
私達秘封倶楽部の活動は、今日も平和である。
-----END.
「何よこれ」
蓮子が渡してきた紙には、私達の会話ログのようなものが書いてあった。
「ふふ、研究室のスーパーコンピュータを借りて、私達の会話をシミュレートしたみたの」
「ふうん」
「なかなかよく出来てるでしょ?今みたいに、メリーと二人でカフェで話してるって、設定なんだけど」
「そうかしら、いまいちじゃない?私はチーズケーキが好きなんだけれど」
「まあ完璧なシミュレーションとまではいかないけどね」
「それに、この私のモノローグ。読んでるこっちが恥ずかしくなるじゃない」
「メリーは手厳しいなぁ」
そういって、コーヒーを啜る蓮子。
さっき頼んだチーズケーキはまだかしら。
窓の外を見ると、ぽつぽつと雨がふっていた。
もう朝からずっと止みやしない。
と瞬きした時、雨粒が空中で止まった気がした。
いや、カフェの喧騒も、蓮子がコーヒーを啜る音も、すべてが止まった。気がした。
あわてて蓮子が渡してきた紙に視線を移す。
"
Mary:[もし、そのシュミレートをしてるパソコンの電源が落ちたらその世界の私達はどうなるの?]
log:<もぐもぐとケーキを口に運びながら問いかけてみる。美味しいわ、これ。>
Renko: [うーん、向こうの私達の記憶を保存しているメモリーが不揮発性の物なら、すべての時間が止まったような感じになるのかも?で、また再起動したら動き出すとか]
"
「まさか。…まさかね」
「ん、どうしたのメリー」
きょとんとしながら蓮子が尋ねてくる。
「ううん、何でもないわ。ほら、ケーキがあんまり遅いから」
変に心配かけたくないし、気にしない事にした。
どうせ気にしすぎなだけだろうし。
「メリーは食いしん坊だなぁ」
蓮子がにやにやしながらそう呟く。
「もう、蓮子に言われたくないわ」
「あはは」
そんなとるに足らないやり取りを繰り返す。
秘封倶楽部のカフェでの日常。
こうして私達の日々は流れていくのだった。
-----END.
私としての概念は、私が現実かどうか思いこむということで考えましたが……。うーむ、難しい。
二重のオチが綺麗でした。どこか恐怖心を覚えましたが。もしかしたら今の私達もこの二人のように……。いやいや、まさかね(ブツン
ところで、この話を読んでいる時、世界が全て止まってしまったかのような感覚に襲われたのですがががga['error']