「いちゃいちゃしたいのー」
紫に膝枕をしてもらいながら、幽々子は甘える声でこう言った。
「うん? どういうことかしら」
亡霊嬢の突拍子のない言葉に慣れている紫は、驚いた様子もなくただ純粋な興味で聞き返した。
二月の終わりごろ。ここ冥界の白玉楼は冬のどんよりとした曇り空の下、肌寒い風が吹き込んでいた。しかし紫と幽々子は、その寒さを冬らしいものとして楽しむべく、あえて風が身を切る廊下に出ていた。そこで二人は「寒いわねー」「寒いわねー」と当たり前のことを言いながら、そのあたりまえを堪能していたのだが、その時とつぜん幽々子が紫の膝に頭を乗せてきたのだ。そして、冒頭の台詞が出てきた。
「紫はこの前の宴会でのこと覚えてる? 妖夢と鈴仙がお酒で酔っ払って告白したの」
正確には告白ではない。妖夢と鈴仙は酔っ払って前後不覚に陥り、見つめあったまま互いが互いを「綺麗だなぁ」と一言褒め称えたのだ。それが恋人同士の告白のように見えたため、二人は宴会でいいオモチャにされてしまったのだ。
「でもさぁ、その時は妖夢と鈴仙をからかって満足したけど、後々になって二人が恋人みたいなことをしたのが(まあ、本人たちの意思とは関係なくだけど)羨ましくなっちゃて。で、紫となんかいちゃいちゃしたいなーって思ったのよ」
そこまで言い終わると幽々子は紫の腿に顔を埋め、「いい匂いー」とますます甘えてきた。
「あらあら。私は構わないけど、でも具体的にはどうしたらいいのかしら」
「そうねー。じゃあ、わたしのことを一杯ほめて。ほめてほめて、ほめちぎって。で、わたしはそれを聞いて、ほにゃー、っていう顔をするわ。そう、ほにゃーってするの」
「はて、ほにゃーとはどんな顔かしら。うふふ、興味があるわね。分かったわ」
紫は周りを見渡した。誰も見ていないことを確認したのだ。妖夢と鈴仙のようにいちゃいちゃするのを誰かに見られてからかわれるのはいやだ。だがそこには、見事な枯山水と春を待つ桜の木々の風景があるばかり。どうやら大丈夫らしい。
さて、まずどこから褒めるか。西行寺幽々子という亡霊には、褒めるところはいくらでもある。
「そうね、じゃあまず髪からいきましょうか。
あなたの髪は上機嫌のときはもっと上機嫌にしてくれて、悲しいときはその悲しさを打ち払ってくれる不思議な桜色をしているわね。こうやってすこし癖のある髪を手櫛ですくと、ふわっと髪の毛が元に戻って、それが本当に桜の花が風で揺れているように見えるわ。
そう、『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』、という言葉があるけれども、幽々子の容姿を形容する場合は『桜のようだ』の一言に尽きるわね。どこまでもどこまでも儚く、どこまでもどこまでも絢爛。矛盾する二つがこれ以上もないほど調和して存在しているなんて、本当に桜花のようで、奇跡そのものだわ。
次は、その目から放たれる視線を。
あなたの目はこの世界全てを見据えているよう。人は『大食いお化け』だなんてあなたを馬鹿にするわ。でも実際にあなたに会って見れば、その視線が持つ意味を即座に理解し、感嘆するでしょうね。その視線にはこの世界そのものに対する哀れみ悲しみ侮蔑、歓喜賞賛祝福が込められている。あなたの心の奥深さを象徴しているわね。
ああ、あなたは普段はぽやぽやしていて、捉えどころがなく、常にふざけているように見える。けれどその実、だれよりも物事を理解し、その機微を知っている。言葉には含蓄が満ち、本当の知とはなにかを教えてくれるわ。
ふふ、そういえば。あの第二次月面戦争のとき、幽々子は凄いことをしたわよね。千年前、私が何万もの妖怪を引き連れてすら手も足も出なかった月の連中を、あなたは見事ぎゃふんと言わせたんだから。これは穢れのない亡霊だったから、の一言ではとても説明できないわ。侵入者に気づきそうな連中を的確に見抜き、これらに絶対に察知されないようにする。月の都には本物の神様だっているのよ。でも、あなたは最後まで欺いた。これは神にたいする勝利よ。ほかの誰に、こんなことが出来るというのかしら。
それから、あなたの弾幕も華麗ね。静かに光る死の蝶の弾幕は、究極の幽玄を私たちに見せてくれるわ。その光の渦は、生きているのか、死んでいるのか、そんなことがどうでもよくなるくらい、優雅。これは私の贔屓目だけど。幻想郷であなたほどの弾幕を作れる人妖はめったにいないでしょうね。
さて。それでは最後に。
幽々子、あなたは本当に素晴らしい――」
「ほにゃー」
紫は、ほにゃー、という顔を見たとき、これを独り占めしようと考えた。誰にも具体的なことを教えず、この幽々子の表情を自分ひとりの胸のうちに収めようとしたのだ。
それくらい魅力的なものだった。ありとあらゆる幸せに満ちているような表情だった。
「ありがとー、紫。じゃあ、次はわたしの番ね」
「あら、今度は幽々子が私をほめるの?」
「うん、そうよ。紫には褒めるところがいくらでもあるからね」
幽々子は一つ息を吸い込むと。
「わたしもそれじゃ、髪から始めましょう。
あなたの金色の髪は、それこそなにかの宝物のよう。すべての時代の人間が追い求めてきた黄金のように、あなたの髪は人々を引き込むわ。でも、もし仮にそんなあなたの髪の同じ髪を持っている人がいたとして。それでも八雲紫そのものを表現することは出来ないわ。なにしろその人は八雲紫の華麗な容姿を持っていないんですもの。金の髪だけ持っていても、その髪の威力に押し負けてしまう。金の髪にまけないぐらい、八雲紫、あなたは全てが完成された容姿を持っているわ。あなたの容姿の前では、あらゆる人々がひれふすでしょう。
それから、あなたの持つ境界を操る力。まさに、神に匹敵する力ね。一体あなたがどこまで出来るのか。わたしは想像もつかない。その強大な力は、まさに幻想郷最大の実力者にふさわしいわ」
一気にまくしたてる。この娘もなかなか饒舌ね、と思いながら紫はそれを微笑みながら聞き続ける。
幽々子はその後も、「紫は頭がいい」「紫の弾幕も素晴らしい」といったことを楽しそうに語っていった。
ふと、紫の視界の端に、一つのものが映った。
白玉楼が有する広大な桜の園。何百本もの桜の木が植えられているそこに、ひときわ大きな桜がたっている。その名は、西行妖。
(ああ、私はまた『あれ』を思ってしまうのね)
幽々子は相変わらず、膝枕を提供してくれている相手への賛辞を続けている。
だが、当の紫は一度視界に入ってしまった西行妖の方へ、徐々に心を向けていってしまっていた。
西行妖。そして、その存在に取り込まれたとある歌聖の娘。その娘は、生命に死を与える能力を持っていた。紫は思い出していた。その力が発動したときの光景を。
光が、満ちていた。歌聖の娘からは死の力が光の束となって放射され、それがいくつもいくつも撃ちだされることにより、まるで荘厳な光の宮殿のようになっていた。紫はそれを命の危機すら忘れかけながら見た。その時紫は、死とは陰気なものではなく、もっと壮大で華美なるものであると知ったのだ。命など、所詮は穢れに覆われ澱んだものでしかない。死こそ、それから解放される喜びなのだ。死の力は、そんな言葉を歌うように主張しているかに見えた。
紫にとって、死の力の主張そのものの魅力は、己の長き生涯によって得た様々な経験から否定している。だが、あの光景だけは、頭から離れない。紫はそれが悔しかった。
あれは、この娘が自らの死をもってしても否定したかった光景。忌まわしき死の力。それなのに私は確かに今でも、あの光の宮殿に心を惹かれている。惹かれてしまっている。
ああごめんなさい、幽々子――
「紫、なんだか悲しそうな顔をしてる」
紫の頬に、幽々子の指が触れた。その声音には心配の色が見える。
あのときのことを考えていたとしても、表情だけは全く変えていない自信があったのに。紫は、心底から驚いた。だが、例え動揺しても、声の調子だけは変えず言う。
「……なんのことかしら」
「……ねえ、紫」
「なに? 幽々子」
「紫の良いところ、いっぱい挙げてきたけれど、最後にもう一つだけ」
幽々子は、ぎゅっと紫の手を握る。それは、何かの思いを伝えようとするかのようだった。
「紫は本当に優しい」
それから幽々子は、歌うように喋り続けた。
「あなたがいま、悲しそうな顔をしたのだって、きっと誰かに対する申し訳なさからなんでしょう? 紫がそんな顔をするときは大体そうなんだから、分かるわよ。
あなたは本当に物凄い頭脳を持っている。けれど、その頭脳はいつも自分以外のだれかのために使われているわ。幻想郷が良い例ね。博麗大結界を自分の好きなように利用すれば、この地を己の好きなようにできるのに、あなたはそれをしない。確かにその行動には悪どいところがあるかもしれない。けれどそれは自分の欲望を満たすためではなくて、集団の利益全体のため。千年二千年さきを見通して、一体なにがみんなにとって最善なのかをいつも考えている。
これが優しいんじゃなかったら、なにを優しいというのかしら。
そして、誰かのための作戦が失敗したら、とても悲しそうな顔をする。とても、とても責任感が強いから。
紫。あなたのその姿は、まるで母親のようね。子供のことをなによりも一番に考える、優しい母親――」
「……えっと、これは、あの」
紫はぷいっ、と向こうを見た。その顔には朱が差し、とても幽々子に見せたいものではなかったからだ。しかし。
「えいっ」
幽々子に両手で顔を挟まれ、無理やり元に戻された。
「わたしからひとつアドバイス。過去が気になるようだったら、その分いま現在を楽しみなさーい」
幽々子の顔には、満面の笑みがある。それはまさしく、一足早い桜の開花のようだった。
「ああ、まったく。幽々子にはかなわないわねぇ」
「いちゃいちゃしているときに、そんな顔は禁止なのよ。えへへー。わたし、紫が友達で本当に良かったわー」
「――それは、こっちの台詞よ」
そして、次の瞬間。二人はまったく同じ言葉を口にした。
それはお互いへの、最高の賛辞だった。
「「――ああ、あなたはとても綺麗」」
ふと、少しだけ暖かい風が吹いた。
まだまだ冬は深い。
けれど、二人の絶世の美女は、静かなる春の産声を聞くことが出来たのだ。
紫に膝枕をしてもらいながら、幽々子は甘える声でこう言った。
「うん? どういうことかしら」
亡霊嬢の突拍子のない言葉に慣れている紫は、驚いた様子もなくただ純粋な興味で聞き返した。
二月の終わりごろ。ここ冥界の白玉楼は冬のどんよりとした曇り空の下、肌寒い風が吹き込んでいた。しかし紫と幽々子は、その寒さを冬らしいものとして楽しむべく、あえて風が身を切る廊下に出ていた。そこで二人は「寒いわねー」「寒いわねー」と当たり前のことを言いながら、そのあたりまえを堪能していたのだが、その時とつぜん幽々子が紫の膝に頭を乗せてきたのだ。そして、冒頭の台詞が出てきた。
「紫はこの前の宴会でのこと覚えてる? 妖夢と鈴仙がお酒で酔っ払って告白したの」
正確には告白ではない。妖夢と鈴仙は酔っ払って前後不覚に陥り、見つめあったまま互いが互いを「綺麗だなぁ」と一言褒め称えたのだ。それが恋人同士の告白のように見えたため、二人は宴会でいいオモチャにされてしまったのだ。
「でもさぁ、その時は妖夢と鈴仙をからかって満足したけど、後々になって二人が恋人みたいなことをしたのが(まあ、本人たちの意思とは関係なくだけど)羨ましくなっちゃて。で、紫となんかいちゃいちゃしたいなーって思ったのよ」
そこまで言い終わると幽々子は紫の腿に顔を埋め、「いい匂いー」とますます甘えてきた。
「あらあら。私は構わないけど、でも具体的にはどうしたらいいのかしら」
「そうねー。じゃあ、わたしのことを一杯ほめて。ほめてほめて、ほめちぎって。で、わたしはそれを聞いて、ほにゃー、っていう顔をするわ。そう、ほにゃーってするの」
「はて、ほにゃーとはどんな顔かしら。うふふ、興味があるわね。分かったわ」
紫は周りを見渡した。誰も見ていないことを確認したのだ。妖夢と鈴仙のようにいちゃいちゃするのを誰かに見られてからかわれるのはいやだ。だがそこには、見事な枯山水と春を待つ桜の木々の風景があるばかり。どうやら大丈夫らしい。
さて、まずどこから褒めるか。西行寺幽々子という亡霊には、褒めるところはいくらでもある。
「そうね、じゃあまず髪からいきましょうか。
あなたの髪は上機嫌のときはもっと上機嫌にしてくれて、悲しいときはその悲しさを打ち払ってくれる不思議な桜色をしているわね。こうやってすこし癖のある髪を手櫛ですくと、ふわっと髪の毛が元に戻って、それが本当に桜の花が風で揺れているように見えるわ。
そう、『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』、という言葉があるけれども、幽々子の容姿を形容する場合は『桜のようだ』の一言に尽きるわね。どこまでもどこまでも儚く、どこまでもどこまでも絢爛。矛盾する二つがこれ以上もないほど調和して存在しているなんて、本当に桜花のようで、奇跡そのものだわ。
次は、その目から放たれる視線を。
あなたの目はこの世界全てを見据えているよう。人は『大食いお化け』だなんてあなたを馬鹿にするわ。でも実際にあなたに会って見れば、その視線が持つ意味を即座に理解し、感嘆するでしょうね。その視線にはこの世界そのものに対する哀れみ悲しみ侮蔑、歓喜賞賛祝福が込められている。あなたの心の奥深さを象徴しているわね。
ああ、あなたは普段はぽやぽやしていて、捉えどころがなく、常にふざけているように見える。けれどその実、だれよりも物事を理解し、その機微を知っている。言葉には含蓄が満ち、本当の知とはなにかを教えてくれるわ。
ふふ、そういえば。あの第二次月面戦争のとき、幽々子は凄いことをしたわよね。千年前、私が何万もの妖怪を引き連れてすら手も足も出なかった月の連中を、あなたは見事ぎゃふんと言わせたんだから。これは穢れのない亡霊だったから、の一言ではとても説明できないわ。侵入者に気づきそうな連中を的確に見抜き、これらに絶対に察知されないようにする。月の都には本物の神様だっているのよ。でも、あなたは最後まで欺いた。これは神にたいする勝利よ。ほかの誰に、こんなことが出来るというのかしら。
それから、あなたの弾幕も華麗ね。静かに光る死の蝶の弾幕は、究極の幽玄を私たちに見せてくれるわ。その光の渦は、生きているのか、死んでいるのか、そんなことがどうでもよくなるくらい、優雅。これは私の贔屓目だけど。幻想郷であなたほどの弾幕を作れる人妖はめったにいないでしょうね。
さて。それでは最後に。
幽々子、あなたは本当に素晴らしい――」
「ほにゃー」
紫は、ほにゃー、という顔を見たとき、これを独り占めしようと考えた。誰にも具体的なことを教えず、この幽々子の表情を自分ひとりの胸のうちに収めようとしたのだ。
それくらい魅力的なものだった。ありとあらゆる幸せに満ちているような表情だった。
「ありがとー、紫。じゃあ、次はわたしの番ね」
「あら、今度は幽々子が私をほめるの?」
「うん、そうよ。紫には褒めるところがいくらでもあるからね」
幽々子は一つ息を吸い込むと。
「わたしもそれじゃ、髪から始めましょう。
あなたの金色の髪は、それこそなにかの宝物のよう。すべての時代の人間が追い求めてきた黄金のように、あなたの髪は人々を引き込むわ。でも、もし仮にそんなあなたの髪の同じ髪を持っている人がいたとして。それでも八雲紫そのものを表現することは出来ないわ。なにしろその人は八雲紫の華麗な容姿を持っていないんですもの。金の髪だけ持っていても、その髪の威力に押し負けてしまう。金の髪にまけないぐらい、八雲紫、あなたは全てが完成された容姿を持っているわ。あなたの容姿の前では、あらゆる人々がひれふすでしょう。
それから、あなたの持つ境界を操る力。まさに、神に匹敵する力ね。一体あなたがどこまで出来るのか。わたしは想像もつかない。その強大な力は、まさに幻想郷最大の実力者にふさわしいわ」
一気にまくしたてる。この娘もなかなか饒舌ね、と思いながら紫はそれを微笑みながら聞き続ける。
幽々子はその後も、「紫は頭がいい」「紫の弾幕も素晴らしい」といったことを楽しそうに語っていった。
ふと、紫の視界の端に、一つのものが映った。
白玉楼が有する広大な桜の園。何百本もの桜の木が植えられているそこに、ひときわ大きな桜がたっている。その名は、西行妖。
(ああ、私はまた『あれ』を思ってしまうのね)
幽々子は相変わらず、膝枕を提供してくれている相手への賛辞を続けている。
だが、当の紫は一度視界に入ってしまった西行妖の方へ、徐々に心を向けていってしまっていた。
西行妖。そして、その存在に取り込まれたとある歌聖の娘。その娘は、生命に死を与える能力を持っていた。紫は思い出していた。その力が発動したときの光景を。
光が、満ちていた。歌聖の娘からは死の力が光の束となって放射され、それがいくつもいくつも撃ちだされることにより、まるで荘厳な光の宮殿のようになっていた。紫はそれを命の危機すら忘れかけながら見た。その時紫は、死とは陰気なものではなく、もっと壮大で華美なるものであると知ったのだ。命など、所詮は穢れに覆われ澱んだものでしかない。死こそ、それから解放される喜びなのだ。死の力は、そんな言葉を歌うように主張しているかに見えた。
紫にとって、死の力の主張そのものの魅力は、己の長き生涯によって得た様々な経験から否定している。だが、あの光景だけは、頭から離れない。紫はそれが悔しかった。
あれは、この娘が自らの死をもってしても否定したかった光景。忌まわしき死の力。それなのに私は確かに今でも、あの光の宮殿に心を惹かれている。惹かれてしまっている。
ああごめんなさい、幽々子――
「紫、なんだか悲しそうな顔をしてる」
紫の頬に、幽々子の指が触れた。その声音には心配の色が見える。
あのときのことを考えていたとしても、表情だけは全く変えていない自信があったのに。紫は、心底から驚いた。だが、例え動揺しても、声の調子だけは変えず言う。
「……なんのことかしら」
「……ねえ、紫」
「なに? 幽々子」
「紫の良いところ、いっぱい挙げてきたけれど、最後にもう一つだけ」
幽々子は、ぎゅっと紫の手を握る。それは、何かの思いを伝えようとするかのようだった。
「紫は本当に優しい」
それから幽々子は、歌うように喋り続けた。
「あなたがいま、悲しそうな顔をしたのだって、きっと誰かに対する申し訳なさからなんでしょう? 紫がそんな顔をするときは大体そうなんだから、分かるわよ。
あなたは本当に物凄い頭脳を持っている。けれど、その頭脳はいつも自分以外のだれかのために使われているわ。幻想郷が良い例ね。博麗大結界を自分の好きなように利用すれば、この地を己の好きなようにできるのに、あなたはそれをしない。確かにその行動には悪どいところがあるかもしれない。けれどそれは自分の欲望を満たすためではなくて、集団の利益全体のため。千年二千年さきを見通して、一体なにがみんなにとって最善なのかをいつも考えている。
これが優しいんじゃなかったら、なにを優しいというのかしら。
そして、誰かのための作戦が失敗したら、とても悲しそうな顔をする。とても、とても責任感が強いから。
紫。あなたのその姿は、まるで母親のようね。子供のことをなによりも一番に考える、優しい母親――」
「……えっと、これは、あの」
紫はぷいっ、と向こうを見た。その顔には朱が差し、とても幽々子に見せたいものではなかったからだ。しかし。
「えいっ」
幽々子に両手で顔を挟まれ、無理やり元に戻された。
「わたしからひとつアドバイス。過去が気になるようだったら、その分いま現在を楽しみなさーい」
幽々子の顔には、満面の笑みがある。それはまさしく、一足早い桜の開花のようだった。
「ああ、まったく。幽々子にはかなわないわねぇ」
「いちゃいちゃしているときに、そんな顔は禁止なのよ。えへへー。わたし、紫が友達で本当に良かったわー」
「――それは、こっちの台詞よ」
そして、次の瞬間。二人はまったく同じ言葉を口にした。
それはお互いへの、最高の賛辞だった。
「「――ああ、あなたはとても綺麗」」
ふと、少しだけ暖かい風が吹いた。
まだまだ冬は深い。
けれど、二人の絶世の美女は、静かなる春の産声を聞くことが出来たのだ。
可愛いゆかゆゆでした。
私にはこれだけで十分過ぎます
ありがとー!