うふふ、おはよう。
っていう時間でもないわね。かといって「こんにちは」も変だし。ああ、そうだ──良いお目覚めね──と、これでいいかしら?
あらあら、かしこまらないの。別にお昼寝を咎めているわけではないのよ。仕事をさぼっていたとかじゃないしね。私、お堅い藍とは違うわよ。
どうせ藍のことだから、「暇があるなら修行しろ」とか言い含めてるんでしょ。私にだって、「いつでもグータラしてないで、たまには外に出て体でも動かしたらどうです」なんて言うのだもの。まるでニート気味な息子に対する母親みたい。ちょっと腹立ったからフテ寝し続けてやったら、すごいのよ、掃除のとき他のゴミと一緒に捨てられそうになったの。藍ったら冷たい目で見下ろして、何て言い放ったと思う?
『これは萌えないゴミですね』
酷いわよね! 自分の主に対する言葉かと疑ったわよ。萌えるゴミってのがどんなのかも気になったけど。
で、まあ、また捨てられたくはなかったからね、真面目に結界の修繕に勤しんでたってわけ。マヨヒガの近くに来たから、ちょっと寄ってみたの。
結界? あっちこっちほころんでたわねぇ。長いこと使っているし、しかたないわよ。年季の入ったものはあちこち傷みやすいから、毎日のケアが大事。そう、年季の入ったものは……そうなのよ、私のお肌だって常日頃から手を尽くして、なのに……いえ、まだまだ張りがあるわ、大丈夫、大丈夫よ……でも、いつの間にか、あんな有様で……だから睡眠が大事だって言ってるのに……………………あ、ああ、ごめんなさいね、ちょっと暗い世界に落ち込んでたわ。戻ってきたから安心して。でも、いつかはあなたも堕ちる世界よ……。
さて、一息入れるために来たんだったわ。お茶でも入れてくれるかしら、橙。ちょうどあなたがいてくれたのは、いいタイミングだったわね。
ええ、ありがとう。濃い目で頼むわね。お茶は疲労回復だけじゃなく、ビタミンCやカロテンに美肌効果があって、老化に効く抗酸化作用とか──えっ、そ、そんなに詳しいかしら。た、たまたまよ、たまたま。決して必死になってるとかじゃ……あ、そう、そうだわ、マヨヒガに誰か入った形跡はあるの? ね、前のときから。
あら。へえ。そうなの、聞いてみるものね。久しぶりじゃない。
ああ、だからそんなにかしこまらなくていいのよ。不法侵入されるなんてちゃんと留守番しなきゃダメじゃない、とか何とか責めるつもりはないの。別にいいのよ、誰が入っても。だって、マヨヒガってそういうものだもの。
あなたは適当にここに来て、状況を把握してくれれば文句はないわ。掃除だって必要ない。勝手に綺麗になっていくんですもの。
それで中の物は、数、どうなってるかしら。持っていかれた? それとも……。
そう、増えてるの。
減るってこと、最近は少なくなったわねぇ。マヨヒガについて知らない人が多くなったってことなのかしら。
何でも持ってっていいって伝わってるはずなんだけど。まさか窃盗罪に問われるとでも思ってる? なんてね。
まあ、前々からいたけどね、ある日森の中マヨヒガに出会った♪って幸運に恵まれたのに、スラコラサッササーのサー♪って逃げちゃう人。で、村に帰ると馬鹿にされるの。もったいないことしたもんだ!ってね。
実際マヨヒガの物を持っていくと、ご利益あるし便利だから、ホントもったいないわ。
什器一つあるだけで、自分の運勢は飛躍的に向上して、体の調子は良くなるわ、恋人はできるわ、宝くじは当たるわ、もうウハウハの毎日よ。そこらのパワーストーンなんか目じゃないわ。
さらに効果は幸運だけじゃあないしね。あんまり綺麗な什器だから食べ物入れたりするのはためらわれて、お米を量るのに使った人がいたけど、何度量ってもお米が減らずにいる──お米って当時は財産だから、いくら使っても空にならない財布を手に入れたようなものよね。やっぱりマヨヒガから持ち出さない手はないと思うわけよ。
あ……と、ちょっと語弊があったわね。このことに言及されている伝承はほぼないし、私もマヨヒガを語るときについ忘れちゃうことなんだけど。つまりはあれよ、「いくら使っても」というのは間違い。
そりゃあたちまち普通の什器と変わらなくなるってわけじゃないわよ。人の生きる時間を基準とすれば、相当に長く力を発揮すると言える。でも、やっぱり有限なの。
妖怪なら半永久的に頑張れるでしょうね。自然と一体化して、その力を自身のものに転化することが可能だもの。でも、そうじゃなかったら、自分の中にある力を使い切ってそれでお終いになっちゃう。それが道理でしょ。
かわいそう?
そうかしら。確かに、宝くじに大当たりして大金持ちになった人が身を持ち崩すって話は、珍しくないわ。でも、幸運やお米くらいのことだったら失っても、さして生活に影響は出ないでしょうし、仮にマヨヒガの物品に依存しきったために不幸になったとしても、それは自業自得というものじゃないの。憐れむ余地なんて……違う?
かわいそうなのは什器の方ですって?
ここのことを気に入ってくれて、ずっといたいと思ってくれて、それなのに持ち出された上に、力を使い果たしてただの物になっちゃうなんて……と、そう言うの。ふふっ、優しいわね。
でもね、ここはそういう場所だもの。マヨヒガの決まりだもの。
訪れた者は選ぶことができる。何もせずに出て行っても良し。中の物を持ち出しても良し。中の物になっても良し。
この小規模な桃源郷──いさかいもなく、死の影も差さない、穏やかで平和な日々が続く一棟周辺──ここにいたいと思ったならいていいのよ。でも、それは無条件にできることではないわよね。
竜宮城でも雀のお宿でも、招いた者に夢見心地を味わわせて、それで生じた時間や因果のヒズミは箱に閉じ込めたのよ。マヨヒガの場合は、本人がその身に受けるの。人の身を捨てなければならないの。
繰り返すけど、これは強制じゃないわ。本人が選んだことなのよ。彼らは思ったの。ずっとここにいたい。どうあっても居続けたい。そして、その願いはかなえられたわ。誰かに持ち出されることまで織り込み済みかはわからないけどね。
そんなに悲観することないわよ。最近じゃ物が減ってくことが少なくなってるわけでしょ。持ち出されるどころか、今回みたいに仲間が増えていくんじゃないかしら。
さ、それじゃ濃い目のお茶と、その新しいお仲間さんを持ってきてもらえる? 問題なければそこにお茶を入れてもいいわよ。いくら飲んでもなくならなかったりしてね。
っていう時間でもないわね。かといって「こんにちは」も変だし。ああ、そうだ──良いお目覚めね──と、これでいいかしら?
あらあら、かしこまらないの。別にお昼寝を咎めているわけではないのよ。仕事をさぼっていたとかじゃないしね。私、お堅い藍とは違うわよ。
どうせ藍のことだから、「暇があるなら修行しろ」とか言い含めてるんでしょ。私にだって、「いつでもグータラしてないで、たまには外に出て体でも動かしたらどうです」なんて言うのだもの。まるでニート気味な息子に対する母親みたい。ちょっと腹立ったからフテ寝し続けてやったら、すごいのよ、掃除のとき他のゴミと一緒に捨てられそうになったの。藍ったら冷たい目で見下ろして、何て言い放ったと思う?
『これは萌えないゴミですね』
酷いわよね! 自分の主に対する言葉かと疑ったわよ。萌えるゴミってのがどんなのかも気になったけど。
で、まあ、また捨てられたくはなかったからね、真面目に結界の修繕に勤しんでたってわけ。マヨヒガの近くに来たから、ちょっと寄ってみたの。
結界? あっちこっちほころんでたわねぇ。長いこと使っているし、しかたないわよ。年季の入ったものはあちこち傷みやすいから、毎日のケアが大事。そう、年季の入ったものは……そうなのよ、私のお肌だって常日頃から手を尽くして、なのに……いえ、まだまだ張りがあるわ、大丈夫、大丈夫よ……でも、いつの間にか、あんな有様で……だから睡眠が大事だって言ってるのに……………………あ、ああ、ごめんなさいね、ちょっと暗い世界に落ち込んでたわ。戻ってきたから安心して。でも、いつかはあなたも堕ちる世界よ……。
さて、一息入れるために来たんだったわ。お茶でも入れてくれるかしら、橙。ちょうどあなたがいてくれたのは、いいタイミングだったわね。
ええ、ありがとう。濃い目で頼むわね。お茶は疲労回復だけじゃなく、ビタミンCやカロテンに美肌効果があって、老化に効く抗酸化作用とか──えっ、そ、そんなに詳しいかしら。た、たまたまよ、たまたま。決して必死になってるとかじゃ……あ、そう、そうだわ、マヨヒガに誰か入った形跡はあるの? ね、前のときから。
あら。へえ。そうなの、聞いてみるものね。久しぶりじゃない。
ああ、だからそんなにかしこまらなくていいのよ。不法侵入されるなんてちゃんと留守番しなきゃダメじゃない、とか何とか責めるつもりはないの。別にいいのよ、誰が入っても。だって、マヨヒガってそういうものだもの。
あなたは適当にここに来て、状況を把握してくれれば文句はないわ。掃除だって必要ない。勝手に綺麗になっていくんですもの。
それで中の物は、数、どうなってるかしら。持っていかれた? それとも……。
そう、増えてるの。
減るってこと、最近は少なくなったわねぇ。マヨヒガについて知らない人が多くなったってことなのかしら。
何でも持ってっていいって伝わってるはずなんだけど。まさか窃盗罪に問われるとでも思ってる? なんてね。
まあ、前々からいたけどね、ある日森の中マヨヒガに出会った♪って幸運に恵まれたのに、スラコラサッササーのサー♪って逃げちゃう人。で、村に帰ると馬鹿にされるの。もったいないことしたもんだ!ってね。
実際マヨヒガの物を持っていくと、ご利益あるし便利だから、ホントもったいないわ。
什器一つあるだけで、自分の運勢は飛躍的に向上して、体の調子は良くなるわ、恋人はできるわ、宝くじは当たるわ、もうウハウハの毎日よ。そこらのパワーストーンなんか目じゃないわ。
さらに効果は幸運だけじゃあないしね。あんまり綺麗な什器だから食べ物入れたりするのはためらわれて、お米を量るのに使った人がいたけど、何度量ってもお米が減らずにいる──お米って当時は財産だから、いくら使っても空にならない財布を手に入れたようなものよね。やっぱりマヨヒガから持ち出さない手はないと思うわけよ。
あ……と、ちょっと語弊があったわね。このことに言及されている伝承はほぼないし、私もマヨヒガを語るときについ忘れちゃうことなんだけど。つまりはあれよ、「いくら使っても」というのは間違い。
そりゃあたちまち普通の什器と変わらなくなるってわけじゃないわよ。人の生きる時間を基準とすれば、相当に長く力を発揮すると言える。でも、やっぱり有限なの。
妖怪なら半永久的に頑張れるでしょうね。自然と一体化して、その力を自身のものに転化することが可能だもの。でも、そうじゃなかったら、自分の中にある力を使い切ってそれでお終いになっちゃう。それが道理でしょ。
かわいそう?
そうかしら。確かに、宝くじに大当たりして大金持ちになった人が身を持ち崩すって話は、珍しくないわ。でも、幸運やお米くらいのことだったら失っても、さして生活に影響は出ないでしょうし、仮にマヨヒガの物品に依存しきったために不幸になったとしても、それは自業自得というものじゃないの。憐れむ余地なんて……違う?
かわいそうなのは什器の方ですって?
ここのことを気に入ってくれて、ずっといたいと思ってくれて、それなのに持ち出された上に、力を使い果たしてただの物になっちゃうなんて……と、そう言うの。ふふっ、優しいわね。
でもね、ここはそういう場所だもの。マヨヒガの決まりだもの。
訪れた者は選ぶことができる。何もせずに出て行っても良し。中の物を持ち出しても良し。中の物になっても良し。
この小規模な桃源郷──いさかいもなく、死の影も差さない、穏やかで平和な日々が続く一棟周辺──ここにいたいと思ったならいていいのよ。でも、それは無条件にできることではないわよね。
竜宮城でも雀のお宿でも、招いた者に夢見心地を味わわせて、それで生じた時間や因果のヒズミは箱に閉じ込めたのよ。マヨヒガの場合は、本人がその身に受けるの。人の身を捨てなければならないの。
繰り返すけど、これは強制じゃないわ。本人が選んだことなのよ。彼らは思ったの。ずっとここにいたい。どうあっても居続けたい。そして、その願いはかなえられたわ。誰かに持ち出されることまで織り込み済みかはわからないけどね。
そんなに悲観することないわよ。最近じゃ物が減ってくことが少なくなってるわけでしょ。持ち出されるどころか、今回みたいに仲間が増えていくんじゃないかしら。
さ、それじゃ濃い目のお茶と、その新しいお仲間さんを持ってきてもらえる? 問題なければそこにお茶を入れてもいいわよ。いくら飲んでもなくならなかったりしてね。
紫と話している相手が燈だといつから考えていた?だまされました。このSCPは人にあまり危害はないのかな?
つか、萌えるゴミってwwそんな紫様は私が回収しときますね。