(一部、グロテスクな表現を使用した箇所がございます。)
※
青娥は無縁塚を歩いていた。そのあたりでもひときわ殺風景な寂しいところだ。一面の荒地に生えている植物といえば、骨のような姿で立ち尽くしたまま枯れた木が点在しているのと、その根元に完全に色あせて萎れた彼岸花がしょぼしょぼ生えているのが見えるぐらい。ちょうど雨上がりだったようで、水を吸った枯れ木はずぶずぶに腐り、ところどころ、灰を混ぜたような汚い色の水たまりがにび色の空を映している。それから、あちこちにぽつぽつと転がっているのは、人間の死体。ここは子供や、入る墓の無い者の亡骸が三途の川に流されて最終的に行き着くところなのだ。幻想郷では幼い子供が亡くなると大人と同じ墓には入れない。幼い子供は大人よりも神さまに近い存在なので川に流すのだ。外の世界でも大昔にはあった風習である。だからちょっと注意深く探せば青娥は、腐って水を吸って膨れ上がった死体の中に、大人に混じって幼い子供の死体を見つけることができた。
「うふふ、私の可愛い可愛い芳香ちゃんの修理用のスペアパーツを作るにはあと、どれくらい死体を集めればいいかしらねぇ。多いにこしたことはないわぁ。余ったら薄くスライスして、豊聡耳様たちのお夕飯のすき焼きの鍋にでもこっそり混ぜておけばいいですしね♪」
青娥は鼻歌交じりに楽しい想像をめぐらせていたが、
「霍青娥ですね?」
後ろから聞こえてきた声がそれに水をさした。青娥は振り返ってその声の主をみとめ、次の瞬間、即座にきびすを返して逃げ出そうとした。しかし一歩足を動かす間も無くわき腹に息もつまるような衝撃を喰らう。
「うっ…!」
かろうじて体勢を立て直したときには次の攻撃が迫っていた。先程喰らったのと同じ弾幕が、雨あられと降り注いでビシビシと的確に背骨や首やわき腹に当たる。青娥はたまらずもんどりうって地面にたたきつけられた。しこたま泥を飲む。臭い。汚い。ここの土は屍肉が腐ってくずれたなれの果てなのだ。豊聡耳様なら足をつけることすら嫌がるだろう。泥水がもぞもぞ気管を伝うのでげぼげぼとえづくと肺がキリキリ痛んだ。
「あなたを探していました。霍青娥。」
その間に相手は青娥の目と鼻の先まで迫っていた。声音も表情も仕草もそっけない、生真面目な雰囲気の少女である。
「あなたが幻想郷に来てからというものの、居場所も知れぬあなたの行方をいつも気にかけていたのですよ?」
片頬に小さく笑みをにじませて青娥を見下ろす。青娥は背中がギシギシ軋むのをこらえてもがきながら、後ずさるように体を起こした。電光石火の早業で鑿(のみ)を引き抜く。地面を穿って穴を空けようと降りおろしたが
「あ゛ぁあっ!」
「はい、捕まえました。」
その手はあえなく踏み潰された。万力で挟まれたような激痛が走る。逃れようとむやみに腕をひくと、靴の角が手首の筋をごりりと嬲った。どうにも逃げられそうにない。歯軋りすると、歯の隙間でじゃりじゃりと泥を噛む音がした。
※
映姫は、改めて邪仙の顔をつぶさに眺めていた。泥で汚れ、痛みにうめいているものの、白い肌に赤い唇は花のかんばせ、優しげなうりざね顔に憂いのある目元。一見すると物腰優美な淑女、といった風情に見える。邪な仙人などには見えづらいがしかし映姫は知っている。こいつは…。
「霍青娥、あなたは黒です。そう、あなたは少し自分本位すぎる。自分の快楽のために多くの者を振り回し、誑かし、あまつさえ与えられた寿命を無視して不当に長く生きている。あなたの存在がいかに歴史や他人の人生に影響を与えてきたことか、考えてみたことがありますか?あなたの性格のみならず、長く生きていること自体がこの世にとって害悪なのです。従ってあなたは死んで地獄に行き、責め苦を受けて自分のしたことを悔い改める必要があるでしょう。」
開口一番説教をかました。黙って聞いていた邪仙は口をくしゃりとへの字に曲げて笑う。
「閻魔様のくせに随分とお口もお振る舞いも乱暴でいらっしゃるのねぇ。長く生きることが罪だとおっしゃるなら、それは私(わたくし)だけではありませんに。豊聡耳様や物部様も、私と同じように地べたに侍らせてくださらなければ不公平ではありませんか?」
「彼女達が道を踏み外して仙人となったのはそもそもあなたのせいでしょう。」
「最終的にはあの方達の責任だわ。私は物事が面白くなるようにちょこっと一捻りいれただけ。」
邪仙は泥水に顔をつけたままクスクス笑った。
「ね、閻魔様。私、もしかして閻魔様に特別嫌われてたりするのかしら。」
「…。」
映姫は一瞬黙りこくった。
「そうですね、私はあなたが嫌いですよ。」
答える声が数段低くなった。
「あらまあ、閻魔様というものはご自分が裁判を担当なさるこの世の民をすべからく愛していらっしゃるものだと思っていたのですけど、違ったのねぇ。」
軽口をたたくような口調で邪仙は言った。映姫は浅く息を吸う。迷う。この邪仙に話そうか否か。果たして話したところでこいつが映姫の溜飲を下げられるほどに深く反省して悔い改めるとはとても思えないが…。しかし…。
「ねえあなた、少し、昔話をしましょう。」
話さなければ気が済まない。
「私はかつて、外の世界のとある村を守る地蔵でした。集落のはずれの田んぼのあぜ道に私はひっそりと立っていました。人々はことあるごとに私に小さな信仰を捧げました。望月の日には団子、収穫の時期には稲穂、彼岸の時期には花。いつでも誰かか何かしら供え物をしました。雪が積もる日に傘をかぶせてくれた老人もいましたね。私は彼らの生活を見守るのが好きでした。私は閻魔となった今でも、ことあるごとに幻想郷に出向いては住人達を見守り、また、彼らが正しく生きられるように、という想いから説教などをしてまわっていますね。自分の愛する者たちが清く正しく安らかに寿命をまっとうできるように、というのが地蔵だった頃の昔から変わらぬ私の願いなのです。ところが。ところがある時、私の愛するその村人たちに異変が起こりました。この世に生を受けることなく死んでいく赤子が急に増えたのです。食べ物も衛生環境も不十分な時代でしたから、不幸にも身篭った赤子が流れてしまうことは、元々少なからずありました。両親はその赤子を私に供え、再び新たな命を授かることを祈ったものです。仕方のないことでした。それがその赤子に与えられた寿命だったのでしょうから。しかし後になって増えた赤子たちは違います。明らかに、彼らの寿命は故意に、不自然に、断ち切られていました。それも一人や二人ではない。村中の赤子が全員です。村には新しい人間が一人も生まれてこなくなり、やがて、滅んでしまいました。私が閻魔になったのはその後のことです。」
「それは…御愁傷様でございましたね。お悔やみ申し上げますわ。」
殊勝に沈痛な面持ちをして邪仙がほざく。私は邪仙の手を踏む足に力を込めた。
みしり、と音がして小さくうめき声が上がる。
「心当たりは。」
「は、はてなんのことにございましょう。」
「妊婦の家の玄関口に呪いを仕込んだ柳の枝を置いてまわりましたか、毎日跨ぐうちに流産するように、と聞いているのです。」
「芳香ちゃんは私の最高傑作ですのよ。」
「…。」
映姫は臓が煮えくり返るのを感じた。一刻も早くこいつを裁判にかけて地獄に叩き落したいと思った。
「あなたが幻想郷にやってきて、この手であなたを裁けることが私は嬉しく思っています。私が愛した
人々の尊厳を踏みにじった者を、私は決して許せません。」
「あらまあ、閻魔様ったら怖い。そんなに怒った顔をなさって。」
邪仙は地面に這いつくばったまま器用にしなを作った。そうしてわざと相手に媚びへつらって
みせるのがこの邪仙の生き方なのか。
「ねえ閻魔様ぁ、私まだやりたいことがいっぱいありますの。折角こんな面白い所に来たんですもの。ですから、ね、もう悪い事はいたしませんからどうぞ見逃してくださいまし。約束いたします。誓います。指きりげんまんです。満足して死んだときは、そのときは地獄でのお勤め謹んで承りますから、ですから、もう少しだけ、ね、お願いいたしますお願いいたしますどうか…」
この期に及んで命乞いである。映姫は憐憫の情を禁じえなかった。子供に対して
噛んで含めて言って聞かせるような声音で、言う。
「安心してください、私はあなたを殺しません。お迎えは私の仕事ではありませんから。ええ。今、あなたを捕まえるべく小町が鬼神長たちを呼びにいっているところです。彼女の能力を使えばまもなくでしょう。水鬼をはじめお迎えのプロが4人がかりですよ。さしものあなたも、私に踏みつけられた状態で彼らに襲われれば逃れられますまいね。」
映姫は上空をちらと一瞥して微笑んだ。
「ああ、噂をすれば。」
上空に小町と鬼神長たちがこちらに向かって飛んでくるのが見える。猛スピードだ。
瞬きする間に、米粒大だったものがそら豆大に、手のひら大に。
「ぅぐ…っ!」
その時、唐突に、本当に唐突に邪仙が激しく身をよじった。鈍い音をたてて骨
が折れ、がこりと手首が曲がり、血濡れの骨が皮を突き破って顔をだす。
「ぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
絶叫しながら邪仙は闇雲に腕を引いた。ぶちぶちぶちぶちと皮が、血管が、肉が千切れる。最後まで残っていた筋がぶちん、と千切れると邪仙は、ぼちゃぼちゃと血が垂れるのも構わずに素早く身を翻して映姫から距離をとった。一瞬の出来事にあ然とした映姫が、思わず踏みつけていた手を離すと、その手は鑿を握りしめたまま、蛙のようにべちゃっべちゃっと飛び跳ねて邪仙の元に戻っていく。邪仙は満面の笑みでそれを拾い上げた。ぐちゃぐちゃに潰れた手がからみついたままの鑿を一振りして地面に突き立てる。
「「「映姫様ッ!邪仙が…!」」」
「あははははは残念だったわねェェ!泥を啜ってでも生き残るのがこの私、青娥娘々よ!地獄の鬼なんぞに殺されてたまるかァァア!!!」
小町と鬼神長たちが駆けつけた時には、すでに下品な高笑いと共に地面の中に
消え失せていた。
(終)
※
青娥は無縁塚を歩いていた。そのあたりでもひときわ殺風景な寂しいところだ。一面の荒地に生えている植物といえば、骨のような姿で立ち尽くしたまま枯れた木が点在しているのと、その根元に完全に色あせて萎れた彼岸花がしょぼしょぼ生えているのが見えるぐらい。ちょうど雨上がりだったようで、水を吸った枯れ木はずぶずぶに腐り、ところどころ、灰を混ぜたような汚い色の水たまりがにび色の空を映している。それから、あちこちにぽつぽつと転がっているのは、人間の死体。ここは子供や、入る墓の無い者の亡骸が三途の川に流されて最終的に行き着くところなのだ。幻想郷では幼い子供が亡くなると大人と同じ墓には入れない。幼い子供は大人よりも神さまに近い存在なので川に流すのだ。外の世界でも大昔にはあった風習である。だからちょっと注意深く探せば青娥は、腐って水を吸って膨れ上がった死体の中に、大人に混じって幼い子供の死体を見つけることができた。
「うふふ、私の可愛い可愛い芳香ちゃんの修理用のスペアパーツを作るにはあと、どれくらい死体を集めればいいかしらねぇ。多いにこしたことはないわぁ。余ったら薄くスライスして、豊聡耳様たちのお夕飯のすき焼きの鍋にでもこっそり混ぜておけばいいですしね♪」
青娥は鼻歌交じりに楽しい想像をめぐらせていたが、
「霍青娥ですね?」
後ろから聞こえてきた声がそれに水をさした。青娥は振り返ってその声の主をみとめ、次の瞬間、即座にきびすを返して逃げ出そうとした。しかし一歩足を動かす間も無くわき腹に息もつまるような衝撃を喰らう。
「うっ…!」
かろうじて体勢を立て直したときには次の攻撃が迫っていた。先程喰らったのと同じ弾幕が、雨あられと降り注いでビシビシと的確に背骨や首やわき腹に当たる。青娥はたまらずもんどりうって地面にたたきつけられた。しこたま泥を飲む。臭い。汚い。ここの土は屍肉が腐ってくずれたなれの果てなのだ。豊聡耳様なら足をつけることすら嫌がるだろう。泥水がもぞもぞ気管を伝うのでげぼげぼとえづくと肺がキリキリ痛んだ。
「あなたを探していました。霍青娥。」
その間に相手は青娥の目と鼻の先まで迫っていた。声音も表情も仕草もそっけない、生真面目な雰囲気の少女である。
「あなたが幻想郷に来てからというものの、居場所も知れぬあなたの行方をいつも気にかけていたのですよ?」
片頬に小さく笑みをにじませて青娥を見下ろす。青娥は背中がギシギシ軋むのをこらえてもがきながら、後ずさるように体を起こした。電光石火の早業で鑿(のみ)を引き抜く。地面を穿って穴を空けようと降りおろしたが
「あ゛ぁあっ!」
「はい、捕まえました。」
その手はあえなく踏み潰された。万力で挟まれたような激痛が走る。逃れようとむやみに腕をひくと、靴の角が手首の筋をごりりと嬲った。どうにも逃げられそうにない。歯軋りすると、歯の隙間でじゃりじゃりと泥を噛む音がした。
※
映姫は、改めて邪仙の顔をつぶさに眺めていた。泥で汚れ、痛みにうめいているものの、白い肌に赤い唇は花のかんばせ、優しげなうりざね顔に憂いのある目元。一見すると物腰優美な淑女、といった風情に見える。邪な仙人などには見えづらいがしかし映姫は知っている。こいつは…。
「霍青娥、あなたは黒です。そう、あなたは少し自分本位すぎる。自分の快楽のために多くの者を振り回し、誑かし、あまつさえ与えられた寿命を無視して不当に長く生きている。あなたの存在がいかに歴史や他人の人生に影響を与えてきたことか、考えてみたことがありますか?あなたの性格のみならず、長く生きていること自体がこの世にとって害悪なのです。従ってあなたは死んで地獄に行き、責め苦を受けて自分のしたことを悔い改める必要があるでしょう。」
開口一番説教をかました。黙って聞いていた邪仙は口をくしゃりとへの字に曲げて笑う。
「閻魔様のくせに随分とお口もお振る舞いも乱暴でいらっしゃるのねぇ。長く生きることが罪だとおっしゃるなら、それは私(わたくし)だけではありませんに。豊聡耳様や物部様も、私と同じように地べたに侍らせてくださらなければ不公平ではありませんか?」
「彼女達が道を踏み外して仙人となったのはそもそもあなたのせいでしょう。」
「最終的にはあの方達の責任だわ。私は物事が面白くなるようにちょこっと一捻りいれただけ。」
邪仙は泥水に顔をつけたままクスクス笑った。
「ね、閻魔様。私、もしかして閻魔様に特別嫌われてたりするのかしら。」
「…。」
映姫は一瞬黙りこくった。
「そうですね、私はあなたが嫌いですよ。」
答える声が数段低くなった。
「あらまあ、閻魔様というものはご自分が裁判を担当なさるこの世の民をすべからく愛していらっしゃるものだと思っていたのですけど、違ったのねぇ。」
軽口をたたくような口調で邪仙は言った。映姫は浅く息を吸う。迷う。この邪仙に話そうか否か。果たして話したところでこいつが映姫の溜飲を下げられるほどに深く反省して悔い改めるとはとても思えないが…。しかし…。
「ねえあなた、少し、昔話をしましょう。」
話さなければ気が済まない。
「私はかつて、外の世界のとある村を守る地蔵でした。集落のはずれの田んぼのあぜ道に私はひっそりと立っていました。人々はことあるごとに私に小さな信仰を捧げました。望月の日には団子、収穫の時期には稲穂、彼岸の時期には花。いつでも誰かか何かしら供え物をしました。雪が積もる日に傘をかぶせてくれた老人もいましたね。私は彼らの生活を見守るのが好きでした。私は閻魔となった今でも、ことあるごとに幻想郷に出向いては住人達を見守り、また、彼らが正しく生きられるように、という想いから説教などをしてまわっていますね。自分の愛する者たちが清く正しく安らかに寿命をまっとうできるように、というのが地蔵だった頃の昔から変わらぬ私の願いなのです。ところが。ところがある時、私の愛するその村人たちに異変が起こりました。この世に生を受けることなく死んでいく赤子が急に増えたのです。食べ物も衛生環境も不十分な時代でしたから、不幸にも身篭った赤子が流れてしまうことは、元々少なからずありました。両親はその赤子を私に供え、再び新たな命を授かることを祈ったものです。仕方のないことでした。それがその赤子に与えられた寿命だったのでしょうから。しかし後になって増えた赤子たちは違います。明らかに、彼らの寿命は故意に、不自然に、断ち切られていました。それも一人や二人ではない。村中の赤子が全員です。村には新しい人間が一人も生まれてこなくなり、やがて、滅んでしまいました。私が閻魔になったのはその後のことです。」
「それは…御愁傷様でございましたね。お悔やみ申し上げますわ。」
殊勝に沈痛な面持ちをして邪仙がほざく。私は邪仙の手を踏む足に力を込めた。
みしり、と音がして小さくうめき声が上がる。
「心当たりは。」
「は、はてなんのことにございましょう。」
「妊婦の家の玄関口に呪いを仕込んだ柳の枝を置いてまわりましたか、毎日跨ぐうちに流産するように、と聞いているのです。」
「芳香ちゃんは私の最高傑作ですのよ。」
「…。」
映姫は臓が煮えくり返るのを感じた。一刻も早くこいつを裁判にかけて地獄に叩き落したいと思った。
「あなたが幻想郷にやってきて、この手であなたを裁けることが私は嬉しく思っています。私が愛した
人々の尊厳を踏みにじった者を、私は決して許せません。」
「あらまあ、閻魔様ったら怖い。そんなに怒った顔をなさって。」
邪仙は地面に這いつくばったまま器用にしなを作った。そうしてわざと相手に媚びへつらって
みせるのがこの邪仙の生き方なのか。
「ねえ閻魔様ぁ、私まだやりたいことがいっぱいありますの。折角こんな面白い所に来たんですもの。ですから、ね、もう悪い事はいたしませんからどうぞ見逃してくださいまし。約束いたします。誓います。指きりげんまんです。満足して死んだときは、そのときは地獄でのお勤め謹んで承りますから、ですから、もう少しだけ、ね、お願いいたしますお願いいたしますどうか…」
この期に及んで命乞いである。映姫は憐憫の情を禁じえなかった。子供に対して
噛んで含めて言って聞かせるような声音で、言う。
「安心してください、私はあなたを殺しません。お迎えは私の仕事ではありませんから。ええ。今、あなたを捕まえるべく小町が鬼神長たちを呼びにいっているところです。彼女の能力を使えばまもなくでしょう。水鬼をはじめお迎えのプロが4人がかりですよ。さしものあなたも、私に踏みつけられた状態で彼らに襲われれば逃れられますまいね。」
映姫は上空をちらと一瞥して微笑んだ。
「ああ、噂をすれば。」
上空に小町と鬼神長たちがこちらに向かって飛んでくるのが見える。猛スピードだ。
瞬きする間に、米粒大だったものがそら豆大に、手のひら大に。
「ぅぐ…っ!」
その時、唐突に、本当に唐突に邪仙が激しく身をよじった。鈍い音をたてて骨
が折れ、がこりと手首が曲がり、血濡れの骨が皮を突き破って顔をだす。
「ぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
絶叫しながら邪仙は闇雲に腕を引いた。ぶちぶちぶちぶちと皮が、血管が、肉が千切れる。最後まで残っていた筋がぶちん、と千切れると邪仙は、ぼちゃぼちゃと血が垂れるのも構わずに素早く身を翻して映姫から距離をとった。一瞬の出来事にあ然とした映姫が、思わず踏みつけていた手を離すと、その手は鑿を握りしめたまま、蛙のようにべちゃっべちゃっと飛び跳ねて邪仙の元に戻っていく。邪仙は満面の笑みでそれを拾い上げた。ぐちゃぐちゃに潰れた手がからみついたままの鑿を一振りして地面に突き立てる。
「「「映姫様ッ!邪仙が…!」」」
「あははははは残念だったわねェェ!泥を啜ってでも生き残るのがこの私、青娥娘々よ!地獄の鬼なんぞに殺されてたまるかァァア!!!」
小町と鬼神長たちが駆けつけた時には、すでに下品な高笑いと共に地面の中に
消え失せていた。
(終)
青娥のゲスさは疑いようもありませんが、水底にすむ河童や幻想郷の治水の事情を一顧だにせずに大掛かりな捕り物をやった地獄、是非曲直庁の連中もたいがいだとは思いますけどね。幻想郷の住民は、だいたい自分勝手。外の世界の非常識が常識なわけです。
青娥さんはテーマ曲からもそんな印象を受ける。曲の出だしは子悪党っぽいのに途中から一転メロディアスになって諦めない意志を現す感じ。
作者さんみたいに毒を怜悧に書く人好きですね。