「メリぃー……たすけてぇ……」
「ちょっとどうしたのよ蓮子、また痩せてない?」
「課金してもSレア霊夢が出ない……」
「ちょっとまた課金したの!? ちゃんとご飯食べてる?」
「Sレア霊夢が出たらご飯なんていらないもん……」
「ちょっと……馬鹿じゃない? たかがゲームのキャラにそこまでするなんて」
「たかがゲームじゃないし……霊夢かわいいし」
「まずは自分の身の事をかわいく思いなさいよ……」
顔色の悪い少女、宇佐見蓮子は片時も離さず携帯を見詰め続けている。液晶の光をそのまま反射する目は青白く、狂気さえ感じさせた。その友人、マエリベリー・ハーンは心配そうに蓮子の様子を伺いながらおずおずと口を開く。
「蓮子、大丈夫? 今日の夕飯はうちで食べてく?」
「……いいの?」
「ええ。家にあるもので何か作るわ」
「やった! メリー! ありがとう!」
いやぁしかし霊夢は可愛いよね、なかなか出ないとこがまたそそるわぁ、という蓮子の話を尻目に聞きながら、メリーは困惑していた。蓮子はここのところ、「東方ぷろじぇくと」という携帯の課金ゲームに嵌りすぎている。――もちろん、無料でも遊べるのだが、強くなるには課金が一番だと蓮子から聞く。キャラと弾幕を組み合わせて、その強さで妖怪を倒していくゲームだとか。……私には、よく分からないわ。ゲームに疎いのもあるけれど、蓮子のように大金をかけて、必死になってやるものなのかしら。
「……ちょっとメリー、聞いてる?」
「あっ、あ……ごめんね蓮子」
「あぁうん、大丈夫よ。あんまり理解できないのは分かるし」
「えっ、そういうことじゃなくて……」
「いいよ。いつも迷惑かけてごめんね、メリー。……じゃ、私、次の講義あるから」
蓮子は机の上のものを片づけ、一気にバッグに詰め込んで食堂を出た。……まったく、こういう時だけ行動が早いんだから……。――なんだか、最近蓮子といると疲れる。前は色んなところへ行って、不思議な事を体験したりして、沢山冒険できてたのになぁ……。今は、いや、蓮子が「東方ぷろじぇくと」に嵌ってからなんだか変わった気がする。休日遊びに誘ってもずっと部屋にこもってるし、講義中も隠れて「東方ぷろじぇくと」の攻略情報を見てるみたい。
……ここまで考えて、はっと我に返った。いけない、蓮子のせいにしちゃ……もしかして、私がついていけてないのが悪いんじゃない? 現に、大学内でも「東方ぷろじぇくと」プレイヤーは沢山いる。私も、プレイしてみればいいのかしら……?いや、でも、蓮子に課金を迫られたらどうしよう……。悶々と、思考が同じ方向に巡り始める。ぎゅ、とワンピースの裾を握った。前みたいに戻りたい。でも、蓮子の趣味を否定する事はできない。どうしたらいいの……?
「メリー、ただいま」
「おかえり。お疲れ様」
結局、蓮子の講義が終わるまでに答えは出なかった。さっきまで攻略情報を見ていたのか、携帯を片手に戻ってきた蓮子は、さらにやつれて見えた。
「ね、ねぇ、蓮子。その霊夢って子はそんなに出にくいの?」
「まぁ、出してる奴もいるけど私の運が悪いのかな。好きなのになかなかドロップしないんだもの」
「そう……」
『友人なら、趣味を肯定してあげるべきじゃないの?』『友人なら、その日のご飯が食べられないくらい課金するのを止めたほうがいいんじゃない?』その二つの思考が交錯する。でも、私に蓮子の好きなものを否定できる訳がない。泣いてしまいそうだ。
「そうだ。メリー。課金ガチャ、一回回してみる?」
「え?」
「私だから出ないのかも。一つよろしく頼むよ。友人のよしみで」
友人、という言葉がズキンと響く。手を震えさせつつ蓮子の携帯を受け取り、画面を見た。『1回500pt!』という画像が踊っている。一度家のPCで調べた時に、1pt=1円だった事から、恐らく一回五百円かかるのだろう。ごく、と喉が鳴った。ここタップすればいいだけだから、と蓮子に「ガチャを引く!」の画像の上に指を置かれた。もう正直泣きそうだった。いや、泣いた方が楽だったかもしれない。心臓がドッドッドッと鳴りっぱなしで、なかなかタップできない。蓮子に『早く』と言われないか、怖かった。そして、
ガチャを引いた。
四つの陰陽玉がくじびきのように回り、画面全体に光の虹が広がった。そして、カードの画像が浮かび上がってくる。
『Sレア 博麗霊夢 おめでとう!』
それを見た瞬間、蓮子は喜んでいるのか泣いているのかわからない叫び声を上げた。私は腰を抜かした。視界で蓮子がぴょんぴょんと跳ね回っている。そして、ありがとうメリー! ありがとうメリー! と私に抱き付いてきた。こんな彼女を見るのは初めてだった。地べたに尻もちをついたまま抱擁を抱擁で返した。キャンバスに残っている学生が何事かという表情で私達を見ている。どうしたらいいかわからないまま、蓮子が落ち着くまでただただ私達は抱き合っていた。
「さっきは取り乱してごめんね、メリー」
「うん……いいよ」
「これからはメリーに引いてもらおうかなぁ。一回で当てるなんてすごいわ」
「ん……」
私は今、多分とても浮かない顔をしているのだろう。そして、それに気づかない蓮子は携帯を見詰め続けている。蓮子がとても喜んでいるのに、素直に受け取れない自分がいた。誰が悪いって訳じゃないのに、誰かを責め立てたかった。
歩道の信号が赤信号に変わる。
「……蓮子! 危ない!」
「へっ」
そのまま歩道を渡ろうとした蓮子の背中を強く引き留める。その目の前を大型トラックが大きいタイヤを転がして通り過ぎて行った。
「……あぁ、危なかった。メリー、ありがとね」
蓮子は携帯片手に呑気な顔で私に礼を言う。そんな蓮子に、怒り、悲しみ、やるせなさ……そういった感情が一気に駆けあがってきた。
「もう、いい加減にしてっ!」
蓮子は驚いた顔をしていた。私はぼろぼろと涙を零していた。
「ごめん」
「メリー。私、集中しすぎてたね。迷惑かけて、ごめん」
「蓮子あなた、ご飯が食べられなくなるくらい課金しないで! 私はあなたの事が大切なの! 限度を知ってよ! 私、ずっと心配してたんだから! ゲームのせいで事故に遭って、死んだりしたら許さない! ぜったいに! ぜったいに!」
自分の感情が破裂するくらい蓮子にぶつけた。泣き叫びながら蓮子の事をバカだとかアホだとか、何回も繰り返し言った。自分でもこんな事は初めてだった。蓮子は黙って私の言葉を受け止めた。私の声と涙が枯れる頃、周りはとっくに夕焼け色に染まっていた。
鼻をぐずぐずと言わせながら家の鍵を開け、朝と表情を全く変えない玄関に上がる。
「これ、サークル結成日の時撮った写真よね」
蓮子が靴を脱ぎながら、玄関に飾ってある写真を指差す。
「ええ……なんか、恥ずかしいでしょ? 人と撮った写真を玄関に飾ってあるなんて」
「そんなことないわ」
そう言いながら蓮子は携帯を私に見せる。
「あ……」
そこには、待ち受け画面で蓮子と私が笑っていた。
「まさか、同じ写真をいつでも見られるとこに飾ってあるなんてね」
蓮子は満足げに笑むと、いきなり選手宣誓のポーズを取った。
「宣誓! 私、宇佐見蓮子は、マエリベリー・ハーンを悲しませないために課金を今日からやめます!」
……へ?
「私のせいでメリーが悲しむなんて、嫌だもの。……今まで気づかなくて、ごめんね。いくら好きな趣味でも、大切な友達を傷つける事なんてできないわ」
「蓮子……いいの?」
「まぁ……ちょっと後ろ髪は引かれるけどね。正直今さっきメリーが怒ってくれて、目が覚めてさ」
蓮子はぽりぽりと頭を掻く。やっと、私の中の蓮子が戻ってきた気がした。少し痩せた頬で笑いながらも私の髪の毛でくるくると遊ぶ、蓮子の癖だ。
「ありがとう。メリー」
「ううんっ……こっちこそ」
私は嬉しくて、また泣いてしまった。蓮子はよしよしと背中をさすってくれる。
「よし! 今日は私がメリーのためにご飯を作ろう!」
「えっ、大丈夫?」
「ちょっと何それ、私の料理の腕を疑ってるの?」
「ち、ちが」
「そんな悪いメリーはお仕置きじゃ! ほれほれ!」
「ちょっ! スカートめくるのはやめてええええ」
………………………………
後日。あの日から、蓮子は前ほどゲームに熱中しないようになった。気を遣わなくていいのに、迷惑かけたお詫びだと言って缶ジュースを押し付けてくるし、毎日ショッピングに誘ってくる。困りつつも、全く嫌じゃない。これが本来の蓮子だ。玄関の写真の埃を払いながら鼻歌を歌っていると、蓮子から連絡が来た。
『明日は天体観測行こう!』
天体観測。蓮子らしいな。
指を動かして返信しようとすると、とある広告が目に入った。
『東方ぷろじぇくと』。……蓮子が嵌ったくらいだから、きっと面白いんでしょうね。興味で広告をタップする。すると、巫女の装いで髪の長い女の子が表示された。私は改めて『博麗霊夢』を私は見た。急いで蓮子に向かって文章を打つ。
『蓮子が好きな博麗霊夢って可愛いのね。私も『東方ぷろじぇくと』始めてみようかしら』
おしまい
ちなみに趣味と●●(友情とか愛情とか)だと男は基本的に趣味取るよね
すばらしい発想
自分の好きな世界しか知らずに得意気に風刺とか気持ち悪いです
東方なら湯水のように金を使う自分が簡単に想像できる
ゆえに、もっとブッ飛ばして欲しかった
ある意味この界隈もコンプリート的なところがある二次創作の
作中の課金ゲーが東方である必要性があんまりなくて、タイトルとの乖離を感じました。
メリーが
霊夢可愛いから嵌ってる
↓
なら私が霊夢になれば!
↓
霊夢のコスプレで蓮子をお出迎え
↓
「あなたに課金よ(?)メリー!」
ってなると思ったw
いやぁ、やっぱり蓮子はかわいいなぁ!!
メリーははまりすぎて課金地獄に落ちる未来が見える……