「てゐさん、竹林の狼娘のこと、昔から気づいていたんですね」
「まあねー、ワタシの庭だし。
あそこは物の怪たちにとって、いい隠れ場所だからね。
他にもたくさん潜んでいるけど、よっぽどのことがない限り好きにさせているよ」
「他にも、って、全部、把握しているんですか?」
「大体はねー、中でも危なそうなのは三体くらいかな?」
「へー! さすがは【迷いの竹林】の支配者ですね!」
「はたて君、感心するのは早すぎるぞ。
コイツの場合【君臨すれども関知せず】の完全な放ったらかし政策だ。
なにか問題が起きても自分は何もしないで人任せだ。
こんなの支配者でもなんでもないよ」
ナズーリンが因幡てゐと姫海棠はたての会話に割り込んだ。
ネズミとウサギの悪友二人、そしてツインテールの鴉天狗。
命蓮寺へ向かって、ぺくぺく歩きながら話をしている。
「あのねナズリン、それだって【政策】の一つでしょ?」
「ふん、ちゃんちゃら可笑しいとはこのことだぞ、てーゐ」
【ナズリン】【てーゐ】
『なんだか呼びにくいから』とお互いの呼び方を勝手に変えている。
腹黒幼女風味のこの二人、先ほどから揚げ足を取ったり、けなしあったりするばかり。
お互い長い生の果てにようやく巡りあった初めての【ともだち】だとはたては聞いている。
公表しているわけではないので、このことを知っているモノは限られているのだが。
「デスクー、今日は因幡てゐさんへのインタビューなんですから協力してくださいよー」
はたてが困った顔で師匠に訴えかける。
それでもネズミの賢将とウサギの長老は、はたてのツッコミ能力を試すかのように喧嘩腰の掛け合いを繰り広げる。
姫海棠はたて。
最近では射命丸文と並ぶほどの存在感を示している新鋭の新聞記者。
発行部数では【文々。新聞】に及ばないが、愛読している層がとても濃い。
八意永琳、風見幽香、八坂神奈子と洩矢諏訪子、そして八雲紫、等々……
幻想郷の命運を左右しそうな大御所達が【花果子念報】の新刊を待っている。
元々は引きこもっていて、能力に頼るだけのマイナー記者だった姫海棠はたて。
縁あってナズーリンの指導を受けることになった。
新聞作りの基礎から厳しく叩き直された。
何度も涙を流しながらもくらいつき、今ではそれなりの記者になりつつある。
以来、はたては【ナズーリンデスク】と敬意を込めて呼び、一番弟子を自称している。
人間や妖怪、その他諸々でいつも賑わう命蓮寺。
はたては番記者と呼ばれるほど寺に出入りしているので、人妖の交わる出来事やイベントを最前線で取材できる。
それ以外でも綿密な取材内容を独特の考察で明快につづる記事は、学識もあり経験豊かな大向こうを唸らせている。
噂ではパチュリー・ノーレッジ、上白沢慧音、といった、誰もが一目置く学識者達がアドバイザーとなっているらしい。
【花果子念報】の姫海棠はたて、いつかブレイクするかも知れない。
報道・出版の世界を長年にわたり注意深く観察してきたネズミの賢将は、繊細だけど頑張り屋、そして優しい視点を持つはたてをずっと見守っている。
今でもちょくちょく記事の校正をしたり、取材の協力をしている。
競合している鴉天狗の某新聞記者は『ちょっと、ずるくない?』と顔をしかめているらしいが。
はたては次の新聞に直近の異変に関わった面々の特集記事を組もうと考えている。
まずは竹林に出現した狼娘を取材をするにあたっての下調べ。
迷いの竹林のヌシに背景をインタビューしようとしたが、このウサギ、いざ会おうと思うと見つからない。
そこで、因幡てゐの友人であるナズーリンデスクに仲介を頼んだのだ。
『渡りをつけとくよ』と快諾してくれ、今日に至る。
はたてはこれまでにも何度か因幡てゐと話をしたし、言動も見聞きしている。
愛嬌のある容姿で【幸運のウサギ】と称しながらも、幼稚なイタズラや少額の詐欺を仕掛けるロクでなしと評価されている。
だが、賢将ナズーリンがこの世で唯一【友人】と認めているのだから只者ではないはずだ。
『こちらは姫海棠はたて君だ』
『こんにちわー、ナズーリンデスクの一番弟子、姫海棠はたてです!』
『てーゐ、彼女は私の大事なお気に入りだ』
『はーい、はい、わかったよー、よろしくねー』
察しの良いウサギの賢者はこの二人の関係をすぐに理解したようだ。
【一番弟子】と名乗る、そして、本人の前で【大事なお気に入り】と言う。
ごく普通に、当たり前のように。
つまりは本当にそういった関係なのだろう。
てゐはナズーリンが心底認めた相手にはそれなりの接し方をする。
「あそこ(竹林)の平和を守るのがワタシの仕事じゃないもの。
何が居て、何をしているかを知っているだけで十分なんだよ。
暴れるようなヤツが出てきたら鈴仙かお師匠様に言いつけて、とっちめてもらえばいいんだからさ」
「ほら、やっぱり自分の手は汚さないんだ」
「なにさ、ナズリンだって荒事はご主人さん任せじゃん」
「私の仕事は探索だ、情報や物品のね。
元よりキミとはファンクションが違うんだから良いんだよ」
「ホントはビビりのクセにあちこち首を突っ込みたがるんだから」
「誰がビビりだって?」
ウサギ妖怪の口調はいつものようだが、内容は知性を感じさせる。
口を開けば罵り言葉ばかりだが、そもそもナズーリンとここまで言い合えるモノもあまりいない。
「あのー、インタビュー続けたいんですけどー」
「待ちなさい!」
頭上から声がかかった。
三人がそれぞれに見上げると、崖の上に人影が。
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと我を呼ぶ!」
腰まで届く蒼髪に意志の強そうな紅眼。
気持ちキツメの顔立ちだが、かなりの美人が両手を腰に堂々と胸を張っていた。
つばの広い帽子、ゆったりとしたロングドレス。
カバー率の高い服装だがスタイルの良さが水準を軽く越えていることはなんとなく分かる。
「なんだ? あの娘は」
「天人の比那名居天子さんですねー」
ナズーリンの問いに一番弟子が答えた。
「ほう、あれが地震騒ぎの天人か。
エキセントリックではあるが、見目はなかなか麗しいじゃないか」
幻想郷随一の女体評論家、ナズーリンの審美眼にかなったようだ。
「ワタシたちに用があるのかな?
まあ、あの手の輩はナズリンの担当だけどね」
てゐが首を傾げながら言う。
「てーゐ、私がいつもいつも【厄介事】対応係だと思ったら大間違いだぞ。
今回は、心当たりが全くないよ」
確かに厄介事に関わることの多いネズミの賢将だ。
「そこのネズミ! オマエが噂 のナズーリンね!?」
【比那名居天子】がビシッと指を差す。
「なんだ? いきなり失礼なヤツだな」
「ほーらやっぱりー! あーいった変なのは大抵アナタ絡みだもんね!」
「だから知らないって (くっそー)」
なんだか嬉しそうなてゐを忌々しそうに睨みつける。
「オマエたち、そこで待っていなさい! とっ あっ!」
天人が飛び上がろうと踏み込んだ崖の端がボロッと崩れた。
そのままズリズリズラーっと崖の斜面を滑り落ちてる。
後ろ頭をガッツンガッツンぶつけながら、盛大にスカートをまくり上げ、下履き丸出しで。
どしんっ、とかなりの勢いで尻餅をついて着地。
白目をむいて両手はバンザイしたまま、大胆にもM字開脚である。
気を失っているようだ。
「うわあ……えーと、大丈夫なんでしょうか?」
「天人はエラく頑丈らしいから、このくらいは平気だろ」
心配そうなはたてに軽く告げる。
しかし、モノスゴい格好だ、親が見たら泣くだろう。
「おーい、大丈夫か?」
ナズーリンは覗き込んで声をかけてみる。
「うーーん……はっ! わ、私になにをするつもり!?」
天人の娘はすぐに気がついた。
「ほーう、ホントに頑丈だな、たいしたものだ。
キミが用事があると言ってきたんだろ?
だが、まずはその格好を何とかしたまえ」
「え? ああっ!」
慌ててスカートを被せる。
「み、見たわね!?」
「見たというより、見せられたんだけどね。
そんなモノ、無理やり見せられて迷惑なことだ」
「なんですって!?
天界で有名なブランドの一品モノのランジェリーなのよ!」
「最初から争点がズレているな。
チラリズムも恥じらいもない、そんなモノにはエロスは宿らないんだよ。
よかろう! 【初級講座】から始めてやろう!
そもそもエロスとは高揚を伴う存在認識の極性点であり、蓄積された快楽様式をいかに経由して行くかという連想の回路を感覚器官全てを駆使し力強く開拓していく最も高次にして純粋な思考活動であり……」
「な、な、な!?」
「ナズリン、落ち着きなよ。
そんな、くっだらない話をしてる場合じゃないでしょ?」
「くっ、くだらないだとお!?」
魂底から湧きいずるパトスの滾りを『くだらない』と言われ鬼の形相で振り返ったネズミの賢将。
それを涼しい顔で去なすウサギの長老。
「ねえ、天人さん、このネズミさんに用があるんでしょ?」
「あ、うん、……オマエは何モノなの?」
「ワタシは鈴仙・優曇華院・イナバ。
永遠亭のウサギだよ【うどんげ】って呼んでね」
「ふーん、【うどんげ】か……聞いていたより小さいのね」
「苦労が多いからね、すり減ってちっちゃくなっちゃったの」
(このズルウサギ、また鈴仙どのの名を騙って……)
てゐのいつもの薄っぺらいウソに顔をしかめるナズーリン。
このイタズラウサギは同僚である月のウサギには何故だか容赦がない。
「まあいいわ、オマエたち、少し待っていなさい」
立ち上がってパタパタと汚れをはらい、服を整える。
何かを探すように左右を見渡している。
はたてが天人の帽子を差し出した。
「ふん」
パシッと受け取り、一言もない。
見かねたナズーリン。
「おい、今のは感謝の一言があってしかるべきだろう?
天人は礼節を知らんのか?」
天人の帽子を拾ったはたては丁寧に泥やホコリを落としてやっていた。
こういうことが自然に出来る優しい娘なのだ。
長い引き込もり生活の中で自分、そして他人との向き合い方を散々考え尽くした。
そして弱っていた心を鼓舞し、意を決して【外の世界】に飛び出し今に至る。
繊細で一生懸命、そして優しい『一番弟子』の気遣いを無碍にされて黙っているナズーリンデスクではない。
「妖怪風情が何を言っているの?」
「……ほう、それがキミのスタンスか」
不思議そうに聞いてきた天人に対し、半眼、冷声で応えるネズミ妖怪。
これは賢将が本気で怒っている時のリアクションだ。
「ナズリン、このヒト、知らないだけだよ。
教えてくれる人が周りにいなかっただけ。
喧嘩してあげる理由は無いよ」
てゐがナズーリンの袖を摘んで言った。
わざわざ『喧嘩してあげる』と表現した意味はすぐに理解できた。
プシューっと音を立てて圧力を下げた賢将の内燃機関。
(ちぇっ、この辺がコイツに敵わないところか、面白くないけど)
普段であればこの程度のことで熱くなるはずもないナズーリンだが、他ならぬはたてのことだったから冷静さを欠いてしまった。
そこをタイミング良く抑えてくれたのは悪友の一言だった。
当の天人は因幡てゐが小声で告げた内容を掴みかねているようだが。
「探し物が得意なネズミがいると聞いたのよ。
オマエのことなんでしょ?」
「さあ、どうだろうかね」
冷静さは取り戻したが、この無礼な小娘にまともに付き合うつもりはないようだ。
「あら? オマエがナズーリンじゃないの?
ネズミの耳と尻尾、グレーの変なスカート、生意気で小狡そうで、性格の悪さがジュワッとにじみ出ている顔。
絶対、オマエだと思ったのに」
歯に衣を着せぬ物言いとはこれか。
眉間に皺が寄るナズーリンとは対照的に笑いをこらえているてゐ。
「参考までに教えてくれ、それは誰から聞いたんだい?」
「黒白の魔法使いの娘よ」
「きゃはははー!」
ウサギ妖怪はこらえきれずに腹を抱えて笑いだした。
霧雨魔理沙はナズーリンに恩義を感じているし、借りを返したいとも思っている。
だが、ひねくれ魔法使いは素直に気持ちを伝えることが苦手。
聞かれれば照れ隠しで悪態の一つもついてしまうのだろう。
「ふん……確かに私がナズーリンだ」
情報の出処があの魔理沙であるなら諦めるしかない。
そんな関係なのだから。
「やっぱりそうなのね? 勿体つけるんじゃないわよ、小物のクセに」
どうにもいちいち癇に触る言い回しだ。
しかし、先ほど友人に頭を冷やしてもらった賢将が感情を昂ぶらせることはない。
「その小物に何用かね? さっさと本題に入りたまえ」
「そうね、まずは私の探しているモノが何なのか、当ててみなさいよ」
腕組みし、ふんぞり返っている。
「結局は探し物かい? もう少し謙虚になれないのかね」
「妖怪のくせに口答えするの?」
「面倒な娘だな」
(妖怪、妖怪と鬱陶しい。
まだ時間はあるが、長いこと付きまとわれたら寺の催しに間に合わなくなる。
どうするかな……)
考え込んでいるナズーリンの頭の中にチーズの塊がパカッと浮かんだ。
「……よし、はたて君、ひとっ飛び、山の神社に行って巫女さんを引っ張ってきてくれ」
そばに控えていた鴉天狗に声をかける。
「私が呼んでると言ったらイヤがるだろうから、てーゐが困っていると言ってくれ。
そうしたら必ず来てくれるはずだ」
「了解しました!」
デスクの要請に迷うことなく緊急発進態勢。
ナズーリンが慌てて声をかける。
「あ、はたて君! さっきのこと、気にする必要はないからね」
帽子のことだ。
「全然平気ですよ!
だって、デスクが私のために本気で怒ってくれたんですもの。
ちょっと感激しちゃいました!」
涼やかな笑顔を見せ、素晴らしいスピードで飛んでいった。
この師弟、事ある度に絆が深まっていく。
(まいったなあ、はたて君、キミはどんどんイイ女になっていくよ)
『ナズリンには勿体無いくらい出来たお弟子さんだね』
ついさっきまでヒーヒー笑っていたウサギ妖怪が珍しく優しげな表情で言った。
この小悪妖二人、ほとんど口を動かさず擦過音のような小声で圧縮会話ができる。
共にずば抜けた聴覚と理解力を持っているから可能なのだ。
その場のいる他者は『シュシュ、シシーシ、シュルシュル』くらいにしか聞こえない。
『羨ましいかい?』
『うん、ちょっとだけね』
『へ?』
てっきりいつものように、憎まれ口が返ってくると思ったナズーリンは拍子抜けした。
『ナズリン、あのコ、大事にしてあげなよ』
『ふふん、キミに言われるまでもないさ』
何につけ辛口な親友が姫海棠はたてを認めたようだ。
ナズーリンの気分が悪かろうはずがない
『ところでナズリン、なんで早苗ちゃんを呼ぶのさ』
『私の勘が告げているんだ、この組合せは面白くなるってね』
『ワタシを出しにして……まあいいけどね』
「おねーさーん、アナタのお名前は?」
はたての飛跡をぽけーっと見ていた天人にてゐがフレンドリーに話しかける。
一見は幼女風、実は年寄り腹黒妖怪のコンビ、表面的な愛想の良さはウサギ妖が相方より遙かに勝っている。
「私は比那名居天子(ひななゐてんし)よ」
「ひなななゐてんし?」
「な、が多いわよ!」
「難しいのね、なんて呼んだらいいの?」
「そうね、普通なら【天子さま】だけど特別に【天子さん】で良いわ」
「じゃ、てんてん」
「なんでそうなるのよ! そんなのダメに決まっているでしょ!」
「んー、天子さんはなにを探して欲しいの?」
「てーゐ! 勝手に話を進めるなよ」
「いいじゃん、聞くだけなら」
天子を軽くからかいながら会話の主導権を掴んでいく詐欺ウサギ。
「さっきも言ったけど、それを当ててみろと言っているのよ」
天子が再びナズーリンを指差す。
「その指、不愉快だな……尊大で高圧的な態度も気に入らないね」
「そう、まるで自分を見ているようでイヤなんだってさー」
「てーゐ……」
確かに初対面で偉そうな物言いをすることの多い毘沙門天の遣い。
相方からスパッと指摘され、内心は複雑だ。
隣に立っている因幡てゐを睨みつけるが、当人は顎をあげ、半眼で唇を尖らせ、ちょみちょみしている。
まるで口づけをねだっているかのようだ。
『そのフザケた顔やめてくれよ!』
盛大にからかわれていることを理解したナズーリンは再び気を落ちつける。
「ふん、探し物か、全然分からんね」
「少しは考えなさいよ!」
「いーや、お手上げだ、降参するよ」
「え……そんな」
相手が全く絡んでこないので、いきなり手詰まりになってしまった天人娘。
「ナズリン、ちょっとは構ってあげなよー」
てゐが無責任なフォローを入れる。
「じゃあ、命蓮寺に行って私のご主人様である寅丸星に話を通したまえ。
私はご主人様の命令がなければ動かないよ」
「そうだっけ? いつも気分とノリで請け負ってるみたいだけど」
「てーゐ! ちょっと黙っていろよ!」
「そうね、ヒントをあげるわ。
あらゆるものを切り裂く無双の力を秘めた私の半身よ」
『厨二病か? ヒトの話を聞いちゃいないし、やっぱり変だぞ、この娘』
ナズーリンがシュシュッとつぶやく。
『箱入りで、ワガママ放題に育てられた思い込みの強い娘でしょ?
珍しくはないよ』
このウサギ、識者ではないが人妖の心に関することには聡い。
「てゐさまー! こんにちわー!」
元女学生のお騒がせ娘、守矢神社の風祝、東風谷早苗が姫海棠はたてを連れて到着した。
「はーい、早苗ちゃーん、元気ー?」
「てゐさまもお元気そうでなによりです!
神奈子様も会いたがっているんですよー!
あ! 今度、お餅のつき方を教わりに上がります」
可愛らしい娘が年相応の素直な元気さで明るく対応する。
「ぃやあやあ、早苗どの久しぶり。
お山の様子はどうだね? お二柱にもお変わりはないか?」
「……いたんですか……こんにちわと言っておきましょう」
いや、居たも何も、てゐの隣に立っているんだし。
ヒトの表情はこれほど素早く変化するものなのか。
むすっとしている、題名をつけたら【超・不愉快】か。
場の不穏な空気を読んだはたてがナズーリンに目線だけを送る。
不審げな顔を見れば言いたいことは分かる。
(なんだか随分対応が違うんですね、どうしたんですか?)
(まぁ、ちょっといろいろあってね、また今度話すよ)
ナズーリンも表情だけで答える。
早苗は先の【特別補習講座】で澱んでいた胸のうちを因幡てゐに優しく濯いでもらってから心酔してしまっている。
彼女にとってこの小さな妖怪ウサギは今では二柱に次ぐ尊崇の対象である。
逆にフザケ半分で悪役を演じてしまったナズーリンは徹底的に嫌われているのだった。
「比那名居どの、暫し時間をいただくよ。
その探し物とやらについての作戦タイムが欲しいんだ」
「作戦タイム? なにそれ?」
「天人さまが細かいこと気にしてはいけないな。
はたて君、少し相手をしてやっていてくれ」
「は?」
ムチャ振りもいいところだ。
「ええーと、私、新聞記者の姫海棠はたてです。
お忙しいところ恐縮ですが、最近、幻想郷の話題を独り占めにしている比那名居天子さんにインタビューをさせてください!」
「話題を独り占め? そうなの? ふーん」
「それはもう! どこへ行っても美少女天人の話題で持ちきりです!」
「し、仕方ないわね、少しだけよ」
「ありがとうございます! まずはその洗練されたファッションからうかがいます!」
鼻をピクつかせて口元が緩んでいる天子。
はたてはいきなりのことにもかかわらず、営業モードをトップギアに入れた。
こういった切り替えもネズミのデスクからガッチリ仕込まれている。
「あちらははたて君に任せておいて大丈夫だろう」
「ほーんと、勿体無い」
早苗の手を引いて少し離れた場所へ移動したてゐが繰り返して言った。
「あのー、結局、私、何のために呼ばれたんですか?」
状況がつかめないでいるお山の風祝はどちらにともなく問う。
「あのトンチンカン娘の意図を正しく把握したいのだが、話が通じない」
「で、なぜ私が呼ばれるんですか? 意味が分からないんですけど。
私の力が必要だって言うから急いで駆けつけたのに」
「世の中には上には上がいると教えてやらねばならないからね」
「だからなんで私なんですか!?」
「だって、私が知りうる限り、トンチンカンの最高位はキミだもの」
「なっ……」
普段は比較的温厚な山巫女の顔が驚愕と憎悪に歪む。
スゴい顔だ、別嬪さんが台無しだ。
「ナズリン! 早苗ちゃんをバカにしたら許さないよ!」
てゐがナズーリンを軽く突き飛ばした。
唐突に敬愛するウサギ妖怪が自分を庇ってくれたことで早苗の感情の矛先が逸れる。
「……てゐさま」
どこまで本気でどこまでが演技か分からないが、てゐが怖い顔でナズーリンを睨む。
そしていつもの小声。
『ナズリン、アナタ、このままじゃホンッキで嫌われちゃうよ?』
『今はそれで構わないさ、キミがフォローしてくれるんだから』
『何を仕組んでいるか知らないけど、手遅れになっても助けないからね』
深慮遠謀の賢将だが、希に凡ゴロをトンネルすることを誰よりも知っている長老ウサギ。
真面目で一生懸命、そして秀でているモノをからかいたがるのはこのネズミの悪癖の一つだ。
因幡てゐ自身もその傾向があるので気持ちは理解はできる。
ナズーリンはこれまでにも雲居一輪、射命丸文、魂魄妖夢などにちょっかいをかけてきているようだ。
それでも最後はなんだかんだでそれなりに理解に至り、うまくやっているのだが、東風谷早苗だけは既に後逸しているように思える。
「どうやらあの娘、厨二病の類のようだ。
早苗どのの実力を見せつけてやって欲しい」
「さっきも言ってたけど、何かの病気なの?」
賢いてゐだが、広範な知識がある訳ではないので素直に質問する。
「確かに厨二病を治療しに永遠亭を訪ねるモノはいないだろうね。
早苗どの、一つ、具体例を見せてやってくれ」
指をパチンと鳴らすナズーリン。
「なんですー!? えっらそうに!
私が厨二病だとでも言うんですか!?」
ナズーリンには必要以上に突っかかる風祝。
「早苗ちゃーん、ワタシ、知りたいんだけどな」
「かしこまりました、てゐさま」
途端に恵比寿顔で微笑む。
早苗は左手を胸に当て、少し俯いた。
「俺の心臓に埋め込まれたマーキュリー回路は不完全なままだ。
バイパスを通すための【鍵】が手に入らないのだから。
……わかっているさ、このままでは勝ち目はないってことは。
だが、それでも時がくれば戦わなければならない。
アイツを止められるのは俺だけなのだから」
低い男口調で呟いた。
次に両手で頭をがしっとつかみ、全身をわなわなと震わせる。
「【コノエ】! もう一人のワタシ、今は出てこないで!
ダメ、今はダメなの! あああー!!」
絶叫のあと、ガクン、ビクンと頭を振る早苗。
「フフフ……【サナエ】手こずらせてくれたわね。
私はアナタみたいに甘くはないわ、全てを消し去ってあげる……クククク」
顔を歪め、邪悪そのものの声。
呆然としている因幡てゐ。
「まー、こんな感じですかね」
いつもの明るい口調で演技の終了を告げた。
「いやー、予想以上だ、恐れ入ったよ、大したものだ」
ナズーリンは感心している。
「ふふん、ざっとこんなモンです」
「今後のためにもちゃんとしたカウンセリングを受けたほうが良いよ」
「よ、余計なお世話です!!」
「でも、手遅れになったら生涯イタイままだよ?」
「だから! ほっといてください!」
「んー、つまり自分の中に何か特別なモノが宿っているって思い込みね?」
「要約すればそう言うことになります。
さすがてゐさまです」
口を挟んだてゐに再び恵比寿顔で応じる。
「その【特別なモノ】が高貴な血統だったり、達成しなければならない使命だっりする場合もありますね」
「大体わかった……ううっ!」
てゐが下腹を押さえながらしゃがみ込んだ。
「てーゐ! どうした!?」
ほぼ同時にしゃがみ込んだナズーリンに恥ずかしそうに告げる。
「ナズリン……あなたの赤ちゃん、もうじき生まれそうよ?」
「あん?」
「え……まさか、そんな!
イヤ! イヤです! そんなの、絶対イヤァーー!!」
「早苗どの、落ち着けよ、そんな訳ないだろうが」
「こういうことでしょ? 違うの?」
ケロッとして立ち上がったてゐ。
「てーゐ! 分かっていてやってるんだろう?」
「自分の中に何か特別なモノが宿っているっていう勘違いのことなんじゃないの?」
「ん……まぁ、そうなんだが、今のネタは実に微妙だぞ」
「ふーん、難しいんだねー」
(コイツ、絶対ワザとだ、自分だって早苗をからかっているじゃないか。
それでいて恨みは買わない立ち位置、まったくもってズルいヤツだ)
未だ納得のいっていない東風谷早苗を引っ張って比那名居天子の元へ戻る。
「つまり、その桃は食べられるのですね?」
「そうよ、あんまり美味しくはないけどね、不老長寿の元で身体のあらゆる能力を向上させるのよ」
「へー、まさに夢の果実ですね!」
「まあね、ふふん」
姫海棠はたてがイイ感じで天人を転がしていた。
「お待たせしたね、改めて紹介しよう。
守矢神社の風祝、現人神の東風谷早苗どのだ」
ナズーリンに引き合わされ対峙する。
天人、比那名居天子と現人神、東風谷早苗。
お互い存在は知っていたが面と向かうのは始めて。
(庶民受けしそうな娘ね、私には到底及ばないけど、まあまあだわ)
(かなりの美人ですが、生意気そうでいかにも【難あり】な女ですね)
お互いの第一印象はこんな感じだった。
「現人神よ、能を誇れば功を喪うだろう。
オマエは神である前に人間である事を自覚せよ」
天子が腕組みしながら厳かに言った。
『今のなーに?』
『天人は下界でそれっぽい忠言を宣うのが常なんだよ。
まぁ、その効果は相手によるんだろうがね』
例によってひっそり会話。
『ふうーん、だからなに? どうしろっての?
窮屈な生き方を押し付けたいわけ?』
常に表情を繕い、欺いてきた太古のウサギ妖が珍しく険しい顔をしている。
てゐは忠言や諫言の類が嫌いだ。
万単位の年月を生きてきた偏屈妖怪にとっては、こざっぱりと耳障りよく纏められた格言めいた言葉が気に入らないらしい。
『うん、うん、可愛いてーゐ、心安らかに。
誰にもキミの生き方を否定させないよ、私が全てを受け止めてあげよう』
ナズーリンは両腕を開き、唇を尖らせ、むにむに動かしている。
受け入れ態勢万全、いつでもおいで状態、さっきのお返しだ。
『……ちっ!』
ちらっと見せてしまった激情をすかさず拾い上げた変態ネズミにからかわれた。
回り込んでナズーリンのお尻をぼすんっ、と軽く蹴飛ばしたてゐ。
「オマエって呼ぶのやめてください!
私を【オマエ】って呼んでいいのは神奈子様と諏訪子様、そして未来の旦那様だけです!」
現人神が天人に言い返していた。
『ほう、ツッコミのポイントはそこか。
しかも未来の旦那様ときたぞ、さすがは最高位だ』
『でも、早苗ちゃんは良いお嫁さんになると思うよ』
『毎日楽しそうではあるね』
早苗のややズレ気味の返しに、ナズてゐもこれまた無責任にズレた感想を囁きあう。
そうこうしている間も【クラスA】の美人二人が相手の出方をうかがって小さな火花をとばしている。
「お二人とも、もうじきお昼だよ、命蓮寺の昼食会へ招待しよう。
話は道すがらでも構わないだろう? さあさあ、皆、出発しよう」
予想よりも時間がかかりそうだと判断したナズーリンが強引に場を仕切る。
元々てゐとはたてを昼食会に誘ったついでだったのだ。
「今日は趣向を凝らした【流しそうめん】なんだ、たんと食べてくれたまえ。
探し物とやらも腹拵えのあとで構わないよね?」
てくてく歩く一行を振り返りながらナズーリンが説明する。
「【流しそうめん】? 何それ?」
いつの間にか早苗の隣を歩いている天子が聞いた。
彼女の興味はすでに未知の単語にシフトしているようだ。
「そうめんを知らないんですか?」
「そうめんくらい知っているわよ、うどんの細いやつでしょ」
「プスーっ、それは冷や麦ですよ」
早苗が口に手を当ててワザとらしく笑う。
明らかな嘲笑に天子が噛み付く。
「冷や麦もそうめんも同じ様なモンじゃない!」
「見た目は似ていますけど、製法が違うんですよ、知らなかったんですかあ?」
根は優しいお山の巫女さんだが、いきなり説教臭いことを言われたから面白くない。
全てを見下している天人娘に対しては最初からコンバットモードになってしまっている。
「そんな下賎な食べ物、天界には無いのよ!
私が聞いているのは【流し】の部分よ!」
「はいはい、高貴な天人様に下々の営みをご説明しましょうかねー」
「くっ……」
『珍しいな、早苗が意地悪モードだ、これはやはりキミの影響か?』
ナズーリンがてゐにシュルルっと囁く。
『あのね、早苗ちゃんは優しい子なのにアナタがこんな妙な場面に突然引っ張り出すから混乱してるんだよ?』
『ふふ、あの娘に関しては【因業辛口厭世詐欺ウサギ】が随分と庇うじゃないか』
『その名称、もう一回言ったら蹴っ飛ばすからね?
今度は全力のマイティキックだからね?』
『まぁ、そんなに尖るなよ、この組み合わせは面白そうだろ?』
『どうでもいいけど、ワタシを巻き込まないでよ』
『そう言うなよ。
私とご主人の幻想郷スウィーツライフを維持するためにはキミには頑張ってもらわねばならんからね』
『その労力に見合うワタシの取り分は保証してくれるの?』
『そうだね、キミの人生をオモシロおかしく愉快なモノにすべく、可能な限りのサポートするよう、私、ナズーリンは、前向きに取り組んでいくための手だてを積極果敢に模索することを行動規範の第一優先にすべきだと考えることにも吝かではないな』
『……ワタシ、帰る』
『まぁ、待てよ、あの二人、組み合わせて安定させれば、いろいろ面白いはずなんだ、多分』
『アナタの目論見、いつでもうまくいくとは限らないからね』
「縦半分に割り、節を抜いた竹を組み合わせて水路を作り、高いところから水を流すんです」
「それから?」
「その水流に乗って一口量のそうめんが流れてきます」
「なんなの? 食べ物が水に流れてくるの?
それを見ているだけ? 何が楽しいの?」
「見ているだけなわけないでしょう。
自分の前に流れてきたそうめんをタイミング良く箸で掬うんですよ」
「バカみたい、普通に食べればいいじゃないの」
根気よく説明しているつもりなのに【返し】がいちいち神経を逆なでする。
今の早苗の心境を多少ダーティに表現すると……
『優しくしてやりゃあ、チョーシん乗りやがって! ひんむくぞ!!』
となる。
「……暑い夏、涼感と遊び心を満たすための趣向です。
まー、心にゆとりがないと理解できないかもしれませんね」
「私の心にゆとりがないって言いたいの?」
「ああ良かった、言いたいことが初めて正しく伝わったみたいです」
事実上初対面の主役級美少女二人は親交を温め(ヒートアップ)ながら道を行く。
今日の命蓮寺の催しは流しそうめん。
因幡てゐ提供の大きな竹の樋を複雑に組み合わせた大がかりなものだ。
イベント好きの村紗水密がエンジニア河城にとりと共同で企画した。
何につけ大げさにしたがるムラサと、カスタマイズ好きのにとり。
この【Zwei Raketen】(二台のロケット)は合体するとどこまでもカッ飛んでいく。(by烈&豪)
複雑な水路を轟々と流れる豊富な水量はにとりの能力をフルに使って実現しているものだ。
ところどころで『ザッパーーンッ! ドッパーーン!』と水しぶきが上がっている。
その中をそうめんの白い塊が弾丸のように飛んでくる。
【命蓮寺・流しそうめん~激流乱飛編~】はこれでも当初の計画からだいぶ大人しくなっていたのだ。
『いい加減にしな! やりすぎだよ!』
お寺の年間最多セーブを記録している守護神、雲居一輪がギリギリリアルのところで抑えたから。
会場はすでに多くの人妖で賑わっている。
冗談のように速い流しそうめんだが、人間でも元気な若者ならなんとかついていけるスピード。
それでも気合を入れないと【捕れない】それが却って面白いらしい。
もろ肌を脱いだ若衆が激流に向かい『そいやっ! そいやー!』とそうめんを掬う。
それを連れ合いや老人、子供に自慢げに分けてやる。
『うっしゃーー!!』都度、歓声が上がる。
「ふーん、【流しそうめん】と言うのは随分と勇壮な催しなのね」
「……えーっと、まあ、こんな感じですかね……」
ふむふむと感心している天子だが、早苗はパンクしかけている。
(な、なんなんですか!? こ、こんな流しそうめん、【あちら】では見たことないですよ!)
東風谷早苗さん、おそらくどの世界にも無いので、ここは驚いて良いところです。
「お二人共、是非、命蓮寺の流しそうめんを食べていってくれ。
今回は少々特殊な仕様になっている。
汁椀を持ったままそうめんを掬うのはかなり難しい。
慣れるまでは掬う係と受ける係に分かれたほうが良いだろう」
(そ、そうですよね、これはかなり特殊なんですよね?)
ナズーリンの説明を受け、思考リズムをなんとかニュートラルに戻す早苗。
幻想郷の非常識に慣れてきたはずなのに未だに驚かされる。
「やり方は分かったわ、少しは楽しめそうね。
私が掬ってあげるからサナエが受けるのよ」
天子が早苗に命令する。
この短い時間で打ち解けた(思い込み多量、ほぼ一方的)二人。
片方はすでに呼び捨てだ。
モチのロン、早苗さんは面白くないがここはぐっと我慢。
青と緑の髪色が鮮やかなhighest quality少女二人。
人間たちが盛り上がっている水路とは別にあるやや小型のコースの中程に案内された。
世間一般レベルで言えば、一日中眺めていても飽きないほど可愛いのだ、いきなり混じったらちょっとした騒ぎになってしまう。
「さなえー! おーい!」
「おーい! やっほーい!」
見ると二人の下流で氷精チルノが手を振っている。
いつも一緒にいる数匹の妖精も山の風祝に元気に挨拶してきた。
「あら、皆さん、こんにちはー」
早苗は妖怪と妖精を分けてとらえている。
今はそうでもないが、基本、妖怪はボコる早苗だが現代娘らしく妖精にはファンシーなイメージを持っている。
幻想郷の妖精はイメージよりも存在感があり、自己主張も激しい。
それでも可愛いものだと認めている。
特にチルノたちとは仲がよい。
遊ぶときは少しお姉さんぶって色々と教えたりもしている。
ちょうど幼稚園の先生、あるいは歌のお姉さんか。
「さあ、いくわよ」
気合い十分な比那名居天子。
だが、この底抜け脱線美少女コンビは位置どりを間違えていた。
カーブしたコースの出口、少し段差があって微妙な緩急がつく場所。
その球(そうめん)は分かっていても空振りしてしまう完成度の高いシンカーだった。
天子は決まったコースにしか来ないストライクボール(そうめん)を何度も見送り、そして空振りした。
取ろうとするアクションが大げさでお間抜けな感じなので、はじめこそ見て笑っていた早苗だが、一向にそうめんを口にすることができず、だんだんイライラしてきた。
今日の蕎麦つゆは博麗神社にお供えしてあった海苔を使った【浅草つゆ】。
海苔は海産物が採れない幻想郷では大変な貴重品。
しけっていてヘナヘナだったが、寅丸星は軽く炙ったあと細かくちぎって出汁つゆで煮てネギやゴマ、紫蘇等を加えた【浅草つゆ】にしたのだ。
早苗はこっそり味見をしていた。
(お、おいしいーー! これでそうめん食べたら絶対イケます!)
だから慌てていらだっていた。
「あ、行っちゃった」
またしても空振り。
「もーー!! なにやってんですか! ボンクラですか!?」
割と温厚な風巫女だが、ふざけてるとしか思えない天人のトンチキな動きにとうとう爆発した。
「ぼ、ぼんくらってなによ!」
「ボンクラったら、ボンクラなんですーー!!
やる気あるんですか!?」
「当たり前じゃない! やる気満々よ!」
「それでこのザマなんですか!?」
「うー、次はちゃんとやるわよ」
右手で箸を肩の高さで構え、左手の指先はビシッと竹の樋を指す。
そもそもこの余計なポーズが原因の半分以上なのだが。
「あ、サナエ、赤いのが入ってる! ほら! 見て見て!」
また見送り。
現界ではほとんど見られなくなった色付きそうめんだった。
「がああーー!! なにに気を取られているんですか!
紫蘇か何かで色つけているだけですよ!
あんなモン飾りですよ! 偉いヒトには分からんのですよ!」
「そうか、分かったわ、こうすればいいのよ!」
天子は竹の樋に箸を突き立てた。
確かにこれなら黙っていても引っかかるが、あまりにもナニだ。
下流に陣取っている妖精たちからも『ぶうー ぶうー』とブーイング。
ピリッピッピピー。
「お嬢さん、それは反則だよ」
命蓮寺のルールブック、雲居一輪がホイッスルを鳴らした。
そりゃそうだ。
「代わってください!」
たまりかねた風祝が怒鳴る。
このボンクラ天人、全く当てにならない。
しぶしぶポジションチェンジに応じる天子。
「いいですか! こうやって掬うんです……あ、緑色のそうめんだ! キレイ!」
「こらー! アンタ! なにボーッとしてんのよ!」
「い、今のはタイミングを見ただけです」
「また来たわよ! せーので……はいっ!」
空振り。
「ったく、トロいわねー なにしてんのよ?」
「アナタが変なタイミングを口を挟むからです! 黙っててください!」
「ふーん、じゃあ黙っているわよ」
また空振り、 『チッ』
「い、今、何か言ったでしょ!?」
「なにもー。
……サナエ、あのさあ、そのバカっぽい袖が邪魔なんじゃない?」
「バカっぽいってなんですか! 風祝の正装ですよ!」
「流しそうめんに正装が必要なの?」
「むー、そう言えばそうですね……仕方ありません」
早苗はベルトのバックルに付いているレバーを引き起こす。
「キャストオフ!」
言ってからゴソゴソと両袖をはずして畳んで傍らに置いた。
「なにそれ?」
「正しい脱衣様式の一つです」
「ふーん、ここでその袖が【ドサァッ】って感じで妙に重かったりしたら盛り上がるのに。
『こ、こんなものをつけたままで今まで!』ってさ」
「余計なことは言わなくて結構です、さあ、ここからが本番です!」
ノースリーブ巫女さんが気合いを入れ直して構える。
「アンタ、二の腕にお肉がつきすぎじゃない?」
ピクッ
「あー、また行っちゃったじゃないの」
「だっっ、かっっ、らっっ! 余計なことは言わないでください!」
「うはーおいしかったー。
さなえー! こっちはもういいよー! さなえも食べなよー」
下流からチルノの声がした。
妖精たちは並の人間よりはるかに機敏だ。
激流の中のそうめんを、ほいほい、さくさくっと難なく掬っていた。
大苦戦している人間ベースのお嬢さん二人のエラー分は漏れなく妖精たちがいただいていた。
「そ、そうですね、そろそろいただくとしましょうね。
……と、とったあーー!!!」
守矢神社の風祝がついにキャッチに成功した。
天子が持っている椀に移そうとその場でピボットターン。
べしょ 地面に落ちた。
「……アンタ、祟られてるの? それともバカなの?」
天子はもったいなくも落っこちてしまったそうめんと早苗を交互に見ながら憤怒の表情。
「むぎーーー!!
アナタがさっさとお椀をよこさないからイケないんでしょ!
このボンクラ天人!」
「ヒトのせいにしたわね!? ぶきっちょボケナス娘が!」
「なーんですってぇー!」
「まあまあボンクラさんもボケナスさんも喧嘩はよしたまえ」
二人のやりとりを涙笑いで見物していたナズーリンがようやく間に入った。
「今回の仕掛けは正直【イロモノ】だ、向き不向きがある。
だから取れなくとも気にすることはないよ。
広間に別にそうめんを用意してあるからゆっくり食べてくれ」
「でも……」
見た通りの負けず嫌い比那名居天子、隠れ負けず嫌いの東風谷早苗。
二人とも負けたような気がして納得がいかない。
「お二人にも是非食べて欲しいからね。
ここは笑って退いてくれまいかな?」
ネズミの妖怪からの譲歩案、どうするか。
「うん、おいっしーー!」
結局、命蓮寺の広間でそうめんを食べることにした早と天。
ズルズルモグモグ、早苗は予想通りの美味しさに大満足。
「ふん、悪くはないわね」
同じように威勢良く食べているくせに素直ではない天人。
「天子さん! おいしくご馳走になっているのにそんな言い方無いでしょうに!」
「なるほど、そうめんはつゆの旨みを味わうものなのね。
……サナエはこの【おいしさ】を話せる?」
一転して真面目な顔で問いかけた。
「え、話すって? おいしいものはおいしい、で良いじゃないですか」
「薬味のネギや紫蘇、その他【野菜】全ての味が濃くて活きが良い。
きっと名のある産地のものだわ。(by雲居一輪菜園)
生姜が控えめなのも好みね、生姜汁だけを使っているから舌触りの悪い繊維が残っていないし。
全体的に上品にまとめ上げられているじゃない。
誰の調味なの? 機会があればその者に鰹節や昆布を存分に使わせてみたいわね。
……舌の両脇を軽く引っ張るようなホンの少しの酸味は何かしら? これが分からないな」
「柚の皮を完全に干してから磨り潰したものだよ。
極少量しか入れていないはずなのによく分かったね」
様子を伺っていたナズーリンが答えた。
「ふへ……」
早苗はビックリして箸が止まってしまう。
「干した柚か、なるほどね、敢えて風味を飛ばして酸味で下味を支えたのね。
魚介出汁に頼れないから目先を変えたわけか、ふーん。
でも、もう一つ何か欲しいな……
味はこれ以上いじらない方が良いのかな、舌ではなく鼻腔で味わえる香味が……
あ、そうか! ホントならここに【竹の香り】がほんのり移ったそうめんが来るんだ。
それなら話は分かる! うーん、やるじゃない!」
少し興奮している天人娘。
「シェフを! シェフを呼んでちょうだい!」
「まぁ、落ち着いてくれたまえ、ここは怪しげなレストランではないんだから。
しかし、天人さまはとても舌が肥えておいでだな、感心したよ」
ネズミの小妖に言われ、我に返る。
「んん、こほん、今のはナシでいいわ。
……実のところ天界には食材が少ないのよね。
たまに地上に降りて美味しいものを食べ歩くのが私の道楽かしら。
まー、だから不良扱いされちゃうんだけどさ」
そう言って再びズルズルとそうめんを手繰った。
(天人は総じて味オンチだと思っていたが、認識を改めないとならないかな。
これだけ繊細に味を感じ取れ、それを表現できるのだ。
本当に美味しいものを丁寧に大事に味わって食べてきたのだろう。
比那名居天子、覚えておく必要があるな)
ナズーリンは自分以外でただ一人、寅丸星渾身の調味を精確に受け止めた天人娘を心に刻んだ。
「ふうー、ごちそうさまでしたー」
多人数分盛ってあるそうめんは【これでお終い】のタイミングが難しい。
あと一口、もう一口と結構食べられてしまうから。
大抵のモノは自分の限界を少なからず超えてしまう。
「結構いただいちゃいましたねー、お腹いっぱいです」
早苗が満足そうに腹をさすっている。
「そうだね、二人で八人前だからね。
健康な娘さんがおいしそうにモリモリ食べている様は見ていて気持ちが良かったよ」
ナズーリンが器を下げながらにこやかに告げる。
「……え? は、八人前?」
目を剥いた早苗の横で姫海棠はたてがせっせとメモを取っている。
「あの、はたてさん? なにをしてるんですか?」
「お二人の豪快な食べっぷりを記事にしようかと」
「ちょ、ちょっとまってください!」
プリティ&ラブリー路線で売り出し中の風祝に大食い属性は全く必要がない。
「だ、ダメです!
ワタシがそうめんを三人前も平らげたなんて、そんな記事、マズいんです!」
「……サナエ? 誰がどう見てもアンタの方が食べてたじゃない。
アンタ、つゆだっておかわりしたし、私、多く見ても三人前よ?
8ひく3はいくつ? それがサナエが食べた分でしょ?」
天子が強い口調で詰め寄る。
「う、うそです、そんなはずありません……」
「三人前までなら乙女的に『いやっだー! うっそー!』の範囲だけど、五人前となると洒落にならないわ。
正直言って笑えないわよ」
天人が畳み掛ける。
「そんな……」
「たくさん食べられるのは健康な証拠。
早苗ちゃん、気にしない、気にしない」
てゐがフォローする。
「てゐさま……」
基本、イタズラウサギが優しく包むのはお山の風祝だけだ。
「それでも五人前はないわよ」
「ぐぎぎぎっ!」
「サナエ、アンタ、ちょっと変だけど面白い娘ね、ふふふ」
「ふぐぬがぐが!」
いわゆる【オマエだけには言われたくない】台詞だった。
「天子どの、お迎えが来たようだよ」
寺仕えの小妖に呼ばれていたナズーリンが戻ってきて告げた。
「衣玖かしら?」
「そうだ、永江衣玖(ながえいく)と名乗っておられたね」
広間に現れたのは天子や早苗より少し背が高いロングドレスの女性。
際だった美人ではないが立ち居振る舞いが落ち着いた大人っぽい雰囲気。
「総領娘様、お迎えにあがりました」
「よくここにいると分かったわね」
「貴方の気を追っておりましたから」
種族はリュウグウノツカイ【空気を読む程度の能力】の持ち主。
【気】のとらえかたは色々あるのだろう。
「貴方は方向感覚が独特なのですから一人で遠出してはいけませんよ」
「用事があったからんだから仕方ないじゃないの」
「緋想の剣、私の部屋に忘れていったでしょう?」
「あ……そうだったんだ。
もー、あっちこっち探して大変だったんだよ?
そこのネズミが探し物が得意だと聞いたからわざわざ【下】に降りて来たんだから」
探し物の依頼はナシになりそうだ。
「まあいいわ、それで持ってきてくれたの?」
「剣はご当主様に返しておきました」
「はあああーー!? お父様に!?
私の断りもなく、何勝手なことをしているのよ!」
「何度も申し上げますけど私は貴方の従者ではございませんよ?
どちらかと言えばお目付役です。
お父様、ご当主様にご恩があるから仕方なく貴方の世話をしているのです」
「仕方なくって……」
強気な天子もさすがに鼻白む。
『このお目付役もなかなかの性格だな』
シュルっとナズーリン。
『ちょうどいい塩梅の組み合わせなんじゃない?』
「サナエ、今度、アンタの神社に遊びに行ってあげるわね」
「え?……」
それこそ迷惑千万、早苗の顔がどよんと曇った。
不吉な予言を残し、天人と連れは行ってしまった。
「いやはや、野分のような娘だったな。
あとは早苗どのに任すとしよう」
「どーーーしてあんな変なのを押しつけるんですか!
迷惑ですよ!」
「いいコンビだったじゃないか」
「アナタの眼は洞穴ですか!?」
「節穴だろ?」
「そ、そうとも言います。
とにかくもう、ゴメンですからね!」
「しかし思っていたよりも知性がありそうだし、繊細なところもあるようだよ?
興味深いだろ?」
「だったらナズーリンさんが相手してくださいよ!」
「仮にも巫女なんだからどんな【ご縁】も大切にしなくちゃいけないよ」
「ご縁にも良縁と悪縁があります。
お寺だって縁切寺があるじゃないですか!」
「理屈っぽい娘だなあー」
「あ、アナタがそれを言うんですか!?」
ネズミの賢将相手にこれだけポンポンビシバシ、スパイクを打つモノはそうはいない。
守矢神社のウイングスパイカーはプリプリしながら帰っていった。
プンスカしながらも帰り際に『そうめんご馳走様でした、とても美味しかったです』と丁寧に頭を下げた。
色々ぶっ飛んでいるが、律儀で礼儀正しい娘だ。
「はてさて、この後どうなるか、面白そうだ」
「ナズリン、アナタの仕掛けは最初が唐突なんだよ。
だからいっつも回り道になるんだよ、分かってる?」
ほくそ笑むネズミにウサギが苦言を呈する。
「どういうことですか?」
ツインテ天狗がたずねる。
「この変態ネズミはあの二人を友達……コンビにしようと考えているの」
「コンビですか?」
「友達のいない二人の間を取り持ってやったんだよ。
さしずめ私はキューピッドだね」
「こんな邪悪で不気味なキューピッド、願い下げだわね」
「不気味は言いすぎだろ?」
「皆さん、いらっしゃいませ」
広間に寅丸星がやって来た。
片付けが終了したようだ。
「てゐさん、たくさんの竹をご用意くださってありがとうございました。
おかげさまで大盛況でした」
「寅丸さーん、おたくの従者がまた変なこと企んでいるよー」
「それって、ナズーリンが通常営業しているということですか?」
ぷっっ ×2
ワザとらしいチクリに少しおどけてみせる星。
この返しはてゐとはたてにウケたようだ。
「ご主人様……」
一方のナズーリンは顎をそらし、下唇を噛んで不満を表現している。
「あらあら変なかおー、うふふふー。
皆さん、ナズーリンが企むことに間違いはございませんからご安心ください」
「ねえ、それ本心から言ってる?」
てゐが意地悪く聞く。
「……えーと、多分、おーよそ、そこそこ……ですかね?」
再びおどけてみせる。
「ご主人様! そこは力強く肯定するところじゃないのか!?」
「あはははははー」
陽気で優しい毘沙門天の代理が楽しそうに笑う様は周囲を柔らかく明るく照らす。
はたてはもちろん、てゐでさえしばし見とれるほどだった。
「サナエー、遊びに来てあげたわよ」
翌日、昼過ぎに比那名居天子が守矢神社にやって来た。
ホントに来やがった、昨日の今日で。
「昨日は食べ過ぎて寝苦しかったわ。
さすがにサナエもキツかったでしょ?
朝もお茶一杯で十分だったしねー」
「で、ですよねー」
夕べは普通に晩御飯をカポカポ食べてぐっすり眠ったとは言えない。
今朝は目玉焼きを乗せたソース焼きそばに、ふかしたジャガイモ2個なんて言えない。
大食い属性は死んでも回避したい。
「早苗、お客さん?」
「あ、諏訪子さま」
二人の前に現れたのは白金の髪の少女。
いつもの目玉付き市女笠は被っていない、あれは外出用だ。
天人娘をじっと見つめている。
天子は今まで経験したことのない圧迫感にじっとり脂汗が出てきた。
こちらを見ているはずだが、焦点はもっと先にあるように思える。
自分のすべてを見透かすような冷めた視線。
「名は?」
「ひ、比那名居、て、天子」
いつのまにか喉が干からびていて、咄嗟に声がでなかった。
「私は洩矢諏訪子。
早苗と仲良くしてやっておくれな」
「……はい」
傍若無人な我が儘娘が素直に返事をした。
「ぷはああーー」
諏訪子が社殿の中に消えた後、溜めていた息を盛大に吐き出した。
「い、今の誰なの?」
「洩矢諏訪子さまですよ、名乗られたじゃありませんか」
「いえ、名前じゃなくてさ」
「あーー」
早苗はなんとなく理解した。
ほとんど神社から出ることはないから存在自体が目立たない諏訪子。
遠目からはトリッキーな装いの少女にすぎない。
だが、土着神の頂点である彼女に至近で接したモノはその圧倒的な存在感に打ちのめされる。
もちろん例外はいるが。
「説明すると長くなってしまいますが、簡単に言うと【神様】ですよ」
「簡単に言いすぎでしょ? ただの神様じゃないわよ」
諏訪子のオーラを感じ取れる感性はあるらしい。
「機会があれば教えてあげますよ、うふふ」
天子が【私の神様】に恐れ入っている様子に早苗はちょっと気分が良くなった。
「今日はガールズトークを展開するわよ」
「いきなりなんなんですか?」
神社の縁側に腰掛けた天人娘が切り出した。
「まずは恋バナね」
「お話の流れが全くつかめないんですけど」
「サナエ、アンタ、恋人いる?」
早苗は正直に首を振る。
「いないの? ださっ」
「そう言うアナタはどうなんですか」
「私くらい高貴な生まれだと、恋愛も制限されてしまうのよ」
「つまり、いないんですよね?」
「好きな人がいるなら相談に乗ってあげても良いわよ。
私、天界では【恋愛大将軍】とか【恋愛オフサイド】と呼ばれているんだから。
そしてところによっては【恋愛ゲルゲ】の異名を持っているのよ」
そんなトンチキな異名をつけられているヤツに真面目な恋愛相談ができるわけがない。
「古道具屋の店主がカッコいいと聞いているんだけど?」
「んー、私が聞いたところでは絶食系男子で正体は妖怪【旗折り小僧】らしいですよ」
「なにそれ? でもボーイフレンドの一人二人はいてもいいわね。
あの衣玖でさえいるくらいなんだから」
「衣玖さんのボーイフレンドですか」
昨日見たリュウグウノツカイはとても大人っぽかった。
どんなBFなんだろう、早苗も興味津々。
「空散歩の時に知り合った【オジサマ】なんだって。
口数は少ないけど、誠実で優しいジェントルマンだって言っていたわ」
「へえー、なんだかとても素敵ですね」
大人な女性とジェントルマンがお洒落に交遊するイメージに食いついてしまう早苗。
「サナエの好みのタイプってどんな感じなの?」
グイグイくる天子だが、早苗もなんだかんだで答えてしまう。
「アナタに本物のイイオトコを教えてあげましょうか。
私の好みのタイプは……」
結構、盛り上がっている。
この後、二人して人里の甘味処におもむき、餡蜜やトコロ天を食べながらわいわいおしゃべりをした。
「それじゃ帰るわ、またね」
【ガールズトーク】を堪能した天子が帰り際、早苗をちょっと見つめた。
いつも虚勢を張って険しい顔を作っているが、この時はふわっと緩んでいた。
紅い瞳が綺麗だった、とても綺麗だった。
(いやだ、このヒト、美人なんだ、全然納得いかないけど……)
早苗は理解不能のドキドキを抑えようと苦労していた。
「サナエってブスだけど付き合い良いから好感が持てるわ」
(……いま、なんて言ったの? ブス? ぶす~ぅ~ぅ?)
~ぅ、のところが上下する。
生まれて初めて言われた。
幻想郷に来てからは周囲のレベルが滅茶苦茶高いので気後れしてしまっているが、ずーっと可愛い早苗ちゃんと言われてきたのだ。
※何度も注釈を入れるが、この二人、どこに出しても決してブスとは言われない別嬪さんだ。
自分にフリッツ・フォン・エリック並の握力があれば顔面を鷲掴みにして握りつぶしてやりたいと思う早苗だった。
「女が二人でいると片方は引き立て役とか言うじゃない?
でも、私はそんなこと気にしてないから。
サナエも気にしなくて良いのよ」
爽やかで素敵な笑顔で言いやがった。
つま先で尻の穴を思いっ切りっ、蹴り上げてやりたい。
翌日も神社にやってきた天人。
『さーなーえーちゃーん あっそびましょー』
実際にそう言った訳ではないがノリはこんな感じだった。
早苗はウンザリ、神社の仕事が終わるまでダメだと告げると我が儘天人は意外にもおとなしく待っていた。
「サナエの行きつけのお店に連れて行ってよ」
そう言われても幻想郷では珍しく下戸な早苗は夕方から寄れる店など心当たりが無い。
ちょっと考えた後、以前世話になった夜雀の屋台を思いついた。
「えー? 屋台? 妖怪がやってるの?」
言うと思った。
「大事な恩人のお店なんです、女将さんに失礼したら絶対許さなえから。
約束してください! そうしないと連れて行きませんよ!」
この天人は妖怪をアンダールッキングしているので釘を刺しておかねばならない。
「ふーん、分かったわよ」
「昨日、アンタが好みのタイプだって言っていた【バラン】ってロボットでしょ?」
「そう言いましたよ【バビ●二世】に出てくる戦闘ロボットだって」
「調べたんだからね、全裸で鉄球振り回す変態ロボだったわ!」
「変態って失礼ですねー、デザインですよ」
「なんであんなのがタイプなのよ、アンタ、おかしいんじゃない?」
夜雀ミスティア・ローレライの屋台で天子が早苗に文句を言っている。
屋台の席に着いたはじめこそ訝しげだった天子だが、八目鰻の串と雀酒にはウムウムと頷いていた。
料理に文句はないようだった。
「無口で乱暴者だけど、実直で頼りになりそうですし、最後まであきらめない不屈の根性が素敵。
それに髪型も結構オシャレですし」
「そんなのが良いなら【ポセイドン】の方がよっぽど強くて頼りになりそうよ?」
「分かってませんねー【ポセイドン】と手をつないで町を歩けますか?
カフェーに入れますか? 大きすぎて彼氏には成り得ませんよ」
「……【バラン】も相当デカいみたいだけど?」
「3.5メートルです、手をつないで歩けるギリギリです。
背の高い彼氏ってそれだけでなんだか誇らしいですよねー」
「絶対間違ってる。
そもそも、アンタ【バラン】と茶店でスイーツ食べるっての?」
ミスティアにとっては異次元の会話だ。
全く入っていけない。
久しぶりに会った東風谷早苗から気の強そうな天人の娘を紹介された。
その時、早苗が何故か申し訳なさそうにしていたのが印象に残った。
「正直に言いなさいよ、ホントに好きなのは誰?」
「BK-1です」
「それ、誰?」
「知りませんか? 通称ブライキングボスです。
野心家ですが実は思いやりがあって一途なヒトです。
不幸な生まれ故かいつも愛に飢えていました。
私、守矢の巫女でなければ彼の野望を助けてあげたかった」
「……サナエ、アンタ相当ヤバイわよ?
早いうちにちゃんとしたカウンセリングを受けたほうが良いよ」
音がするくらい【カチンッ】ときた。
つい最近、同じことを言われアタマにきたばかりだったから。
奢ってあげると言い張る天子を制して何とか割り勘に持ち込んだ早苗。
借りは作りたくなかった。
ミスティア・ローレライは相当オマケしてくれたようだ。
勘定を済ませた後、立ち上がろうとしたが天子が考え込んでいるようだった。
もじもじしているようにも見える、らしくない態度だ。
「ねえ、サナエ」
「はい?」
「アンタ、友達いる? どうせいないんでしょ?」
何故決めつけるのか。
元の世界で泣く泣く別れてきた親友のことを思いだし、頭に血が昇った。
「いますよ」
「へー、じゃあその友達は今どうしているのよ」
意外そうな天子。
「そ……それは」
八坂神奈子について幻想郷に来るために大切な友達との縁を切らなければならなかった。
神の力を持って親友の記憶にある東風谷早苗を書き換えた。
親友の心に居たはずの自分、東風谷早苗が消えてなくなってしまったのだ。
誰にも言えなかった心の苦しみを因幡てゐだけが受け止めてくれた。
そして、やっと、やっと立ち直れたのに。
「やっぱりいないんじゃない」
いないのではない、切ったのだ、捨てたのだ。
もっとも触れて欲しくないところへ土足で踏み込まれた。
(やめて……もう、やめてよ……)
怒りとともにこみ上げてくる拒絶。
「あのさ、私、友達になってあげようか?」
最悪のタイミングで最悪の提案。
「……アナタなんか、アナタなんか! アナタなんかがー!!
私の友達になれるわけないじゃない!!」
爆発した。
これまでも度々早苗は天子に怒ってきた。
だが、今の怒りと拒絶は異質だった。
風祝は去ってしまった。
呆然としている天人が残された。
「なによ、サナエのバカ……バーカァ……」
声が震えている。
オロオロしているミスティア。
客同士の酒席での喧嘩など珍しくもないのだが、この度は何か良くない喧嘩のように思えた。
守矢神社を訪れているナズーリン。
いつものように洩矢諏訪子と碁を打つためだ。
泰然自若な土着神と、のんびりペチリ、パチリ。
ぽつりぽつりと他愛のないことや近況を話したりもする。
諏訪子によると早苗に元気がないようだと。
この二週間、比那名居天子を見かけないと。
(なにがあった?)
理由はすぐに分かった。
翌日、命蓮寺へ稲荷寿司の仕入れに来たミスティアがナズーリンに顛末を告げたのだ。
(ありゃ、いきなりそうなったのか)
てゐに報告すると、ザ・軽蔑の表情で言われた。
「言わんこっちゃない、どうすんのよ」
早苗の【友達】に関しての心傷は二人ともよく知るところであった。
ナズーリンなりにどうにかしてあげたいと思い、直感に従って引き合わせたのだ。
「悪くない組み合わせだと思うんだがなー。
とりあえず比那名居天子の様子を確認したいな」
「わざわざ天界に行くつもり?」
「んー、まずはお目付役に聞いてみるか」
「あのリュウグウノツカイのヒト?
どうやって探すのよ、空飛んでるんじゃないの?」
「大丈夫さ。
この辺りの高度、高々度の空域で雲山が知らないことはないはずだから」
「おーい、一輪」
「なに?」
寺務所にお寺の守護役をたずねる。
「怖い顔するなよ、折角の美人が台無しだぞ?」
「つまらないこと言ってんじゃないよ、尻尾を引っこ抜くよ。
さっさと用件を言いな」
決して愛想が良いとは言えない雲居一輪だが、特にナズーリンに対してはキツい。
根本的にウマが合わないこの二人にとってはいつものやりとりだ。
「雲山を呼んでくれないかな、聞きたいことがあるんだよ」
一輪は片方の眉を釣り上げたままナズーリンを見つめている。
ナズーリンも一輪を見つめる。
「……真面目な話なのかい?」
「うん」
「分かった、ちょっと待ってな」
一輪はナズーリンに対して信用・信頼など考えたくもない。
だが、このクソ生意気なネズミは寅丸星のためならばあっさりと自分を捨て、身も心も犠牲にすることを厭わないと知っている。
それは自分の聖白蓮に対する覚悟と心構えに通じている。
腹立たしいことだが。
そして、普段は何かにつけ癇に触る相性最悪の変態ネズミだが、コイツが真剣になるのは他人を助けるためだとも知っている。
だからその時だけは力を貸してやると決めている雲居一輪姉さんだった。
「『散歩友達だ』と雲山は言っている」
雲山によると永江衣玖とは知り合いらしい。
それなら話は早い。
しかし。
「雲山も隅に置けないな、やるもんだねー」
大きな雲がグオグオとくねった。
「『清い交際だ、やましいことなど何もない』と雲山は言っているよ」
「もちろんそうだろう、うんうん」
ナズーリンがクヒヒっと笑った。
雲山がモクモクモリモリ大きくなっていく。
「この!……」
「ナズリン! よしなよ! それどころじゃないんだから!」
文句を言おうとした一輪を制し、因幡てゐがナズーリンの尻をぼかんと蹴飛ばした。
「ふざけるのは後でしょ?」
「む、そうか、もっともだね」
普段は自分よりおふざけなウサギ妖怪に窘められたネズミ妖怪。
てゐの行動により平静に戻った一輪&雲山。
「『用事があるなら連れていってやるが』と言っているけど?」
「そうそう、それが大事なところだ、雲山、頼むよー」
「ったく……」×2 (一輪&てゐ)
雲山にナズーリンとてゐが乗っている。
高々度飛行となるとかなりの妖力を消耗するから便乗させてもらうことにした。
一輪は同行していない。
『使役する立場だけど、雲山のプライベートは尊重する。
どんな女と付き合おうと自由だよ』
そう言ったスタンスらしい。
雲山はグオグオガオガオ言っていたがよく分からなかった。
「しかし、キミが一緒に来るとはね」
「早苗ちゃんのことだからね。
それにこれに関してはアナタに任せっきりは危ないもの」
ごうんごうんと空を行く大空妖雲山に埋まりながらやり取りする腹黒幼女のプリポナ二人。
「雲のオジサン、左に向かって!
風音が少し引っ掛ているの!
何か細長いものが風を流れに逆らって飛んでいるわ」
てゐが雲山に言う。
五感、特に聴覚に関しては桁外れの感度を誇るウサギの長老。
永江衣玖に遭遇した。
「あら、オジサマ、こんにちは」
以前会った時とは大違いの優しげな表情。
グオグオ。
「え? あー、そのお二人とは面識がございますよ」
どうやら衣玖は雲山と楽に会話ができるらしい。
「幽閉されました、でも、それなりに広い部屋ですから蟄居ですかね?」
比那名居天子の様子を聞いたところ、ビックリするような事実を知らされた。
「なにがあったんだね?」
ナズーリン、てゐ、そして永江衣玖がゆっくり飛んでいる雲山の上で話す。
「総領娘様は緋想の剣を再び持ち出そうとして見つかってしまったのです。
今回ばかりはご当主様も許してはくれず、閉じ込められました。
恐らく数年は出てこれないかと」
「なんでまたそんなことを」
「総領娘様は……面倒ですから【ソー娘】(そーむす)と略しますね」
「キミも大概だな」
「ソー娘は東風谷早苗さんとお友達になりたかったようです」
これまでのことを勘案すればそうなのだろうと推測できるが。
「ソー娘は昔から身の回りの出来事を私に話すのです。
……ほかに話を聞いてくれるモノがいないからですけど。
閉じこめられる前まで早苗さんの話ばかりでしたね。
……情けなくなるほど勝手気ままな振る舞いで早苗さんが気の毒です。
自分が友達になってあげなきゃと張り切っていました。
……思い上がりも甚だしいんですけど。
お察しの通り、ソー娘に友達はいないのです。
……あのような性質ですので大抵のモノは嫌気がさしますね」
ナズーリンとてゐ、口の悪い二人が思わず顔を見合わせるほどの酷評だ。
「ソー娘はおバカさんですけど、頭は良いのです、賢いのです。
周囲をよく見ているし、立ち回りも上手です。
物知りですし、それなりの感性もあります。
ですが本質は間違いなくおバカさんです。
ここ一番で他人の気持ちを斟酌せずに大ポカをやらかすのです」
「ワタシ、そういうネズミ知っているよー」
今回は何も言い返せないナズーリン。
「早苗さんをよほど気に入ったのでしょう。
あれほど嬉しそうなソー娘は初めて見ました。
友達になろうの申し出を断られて大変なショックを受けていました。
ソー娘はああ見えてとても臆病なのです。
友達のいない自分の性状を客観的には理解しているのです。
勇気を振り絞って言ったのだと思います。
ですが玉砕しました。
きっと、最悪のタイミングで最悪の言い方をしてしまったのでしょう。
それ自体はいつものことですが、落ち込みようが尋常ではありませんでした」
「永江どの」
淡々と淀みなくビターな言葉を紡いでいるリュウグウノツカイを遮る。
「衣玖と呼んでください」
「では衣玖どの。
話の途中で恐縮だが、どういった経緯で緋想の剣とやらが絡んでくるの?」
「ナズリン、せっかちだねー」
「あ、うん……そうだね。
すまない、腰を折ってしまったな」
「いえ、こちらこそクドクドとすみません。
どうも私は言葉が足りないようなのです。
話す内容も唐突だと言われておりますので最近は意識して細かく話をするようにしているのですが加減が難しいですね」
確かに永江衣玖の地震予告は簡素すぎて却って混乱を呼んだことがあった。
「では、そのあたりをお答えします。
ソー娘は早苗さんが友達になってくれないのは自分が大したことないからだと思い込んだようです。
自分が弱くて尊敬に値しないからだと。
だから早苗さんに認められないのだと。
ならば力の源となる緋想の剣と共にあれば認められるはずだと。
……悲しくなるほど短絡的です。
普段はここまでバカではないのですが、よほどショックが強かったようです。
後先考えずに行動してしまいました」
「どうしたものかな」
「どうしようもないじゃない」
ナズーリンは胸の前で腕を組み、てゐは頭の後ろで腕を組んでいる。
この件についての二人の取り組み方が態度にも出ている。
「衣玖どのはどうしたい?」
賢将がお目付役に話を振る。
小妖二人を見ていた永江衣玖だが、ややあってから再び語り始めた。
「ほとんどすべてが自業自得なのですから、いい薬だと思っています」
「厳しいねー、でも、ホントは?」
てゐが何気なく聞いた。
「何とか助けたいです」
全く表情を変えないで告げた衣玖。
『ねえ、この女が分からなくなってきたよ?』
『これだけ遠慮なく言えるのはそんだけよく見てるって事だし、仲が良いってことでしょ』
シュルシュル会話の内容に反応したかは分からないが空飛ぶレアアイテムの眉がピクッと上がった。
「お二人の話、聞こえておりますよ」
「ありゃ」
「正確には【聞こえる】のではなく【読める】のですけどね。
能力のおかげでしょうか」
「それは失礼してしまったね」
「お気になさらずとも結構です。
お二人には正直に申し上げましょう。
私、少し嬉しいのです」
「閉じこめられたことがかい?」
「これまでもヒトの目を引こうとあのバカ娘がトンでもないことをしでかす事はたびたびありました。
ですが、今回は早苗さんだけを求めてやらかしたのです。
ソー娘がそれほど思いを込められる相手に出会えたことが嬉しいのです。
……早苗さんにとっては迷惑かもしれませんが」
衣玖が続ける。
「出来の悪い妹のようなものですが、あのコに幸せになって欲しいのです。
バカな子ほど可愛い、との理屈から言えば、あれほどの激烈バカならば激烈可愛い、となりますよね」
「その意見には肯首しかねるけど」
「でも、自分の命の次に大切な存在ですから。
おや?……信じられませんか?」
「いや……」
散々な物言いをしてきただけに真意が掴みづらい。
「助けるにしても、勝手に逃がしたらお尋ね者になりかねない。
閉じこめたのは父親、ご当主様だと言ったよね?」
「はい」
「ならばそこを突き崩すしかないな。
ご当主様のこと、もう少し詳しく教えてくれないか?」
ナズーリンは一丁噛みするようだ。
「大変立派な方でございます、私も尊敬しております。
ですが、親バカの完全保存見本なのです。
立場上、娘には厳格に接しているつもりのようですが、【超】がつく親バカです。
天界で浮きに浮いているバカ娘のことが心配で仕方ないのです。
友達がいないことを当人以上に憂えているのは比那名居のご当主様です、お父様です。
今回の蟄居もご本人は文字通り【泣く泣く】でしょう」
「ふーむ」
ネズミの賢将が腕組みしたまま顎をコリコリ掻いている。
横目で詐欺ウサギをちらと見る。
相方はゆっくりと瞼を閉じ、口をぎゅっとつぐんだ。
【空気を読む程度の能力】を有する永江衣玖。
一見は獣型の小妖、実は世間擦れしている大年寄り二人の微かなやりとりをなんとかとらえた。
この二人は恐らく比那名居の当主に対する策を同時に思いついたのだ。
ネズミが『これでやってみるか?』と問い、ウサギは『ワタシはイヤ』と答えたのだろう。
「なにか方法があるのですか?」
「あるようなないような、まぁ、ご当主様に頼み込むのが早道なのだがね……」
歯切れの悪い賢将。
「今回ばかりは直接お願いしても無理でしょう。
いくら私がご当主様の愛人とは言え、おねだりできないこともあります」
「え? 愛人……なの?」
これはビックリ。
「冗談ですが」
しれっと。
「お二人のやりとりに食い込みたかったのです」
「あはははー! おねーさん面白いねー」
ナズーリンは少し引いたが、てゐは大笑い。
ブラッキーな冗談にはウサギ妖の方が耐性がある。
「早苗に状況を伝えるべきだと思うがね。
その上でどうするかは彼女の判断次第だ」
「早苗ちゃんは優しいから状況を聞いたら自分の気持ちを抑えて天人の娘を助けようとするよ。
でも、それはあのコの本心じゃないから後でたくさん傷ついちゃう」
衣玖と別れ、命蓮寺に戻ったナズてゐ&雲山。
雲山は何も言わずに飛んでいってしまった。
「ホントにキミはあのコに甘いな」
「ワタシにだってそんなコが一人くらいいてもいいでしょ」
東風谷早苗が比那名居の当主に『天子さんの友達です』と告げる。
自分が緋想の剣を見たいとねだってしまったためにこんなことに、と説明する。
私の友達を許してくださいと懇願すれば状況は好転する。
だがそれは風祝の心内を完全に無視することが前提だ。
「早苗はお使いに行っているよ」
翌日、守矢神社を訪れたナズ&てゐを洩矢諏訪子が迎えた。
早苗へのアプローチは彼女の現況を確認してからにしようと意見がまとまった。
だが当人は不在だった。
「ナズーリン、そちらのウサギさんは?
何度か見かけているけど」
「ワタシは因幡てゐ、ナズリンの友達、よろしくね」
珍しく真面目に答える詐欺ウサギ。
「早苗がよく話す『てゐさま』だね。
その節は【娘】を助けてくださり、ありがとう」
軽く頭を下げた。
「なるほど、よく見ればタダモノじゃないようだね。
ナズーリンの友人か……ふうーん、いいコンビだ」
最凶クラスの祟り神がニヤーっと笑う、ちょっと怖い。
なんだか落ち着かない腹黒コンビ。
「ところで比那名居天子と言う天人を知っているね?
早苗の友達なんだけど、最近見かけないんだよ。
あ、昨日も言ったっけな? 何か知らないかい?」
いきなり核心をかすめる剛速球。
諏訪子の中では天子=早苗の友達、のようだ。
「聞いたところによると事情があって外出できないらしい」
ナズーリンが言葉を選んで言う。
「そっかー、だから早苗の元気がないのかな。
聞いても何でもない、としか言わないけど、きっとあの天人娘のことだね」
風祝は昔から大抵のことは諏訪子、神奈子の二注に報告するのだが、この件は特別のようだ。
『んー、これは好機なのかな?』
『分かんないな、迷うとこだね』
『キミが迷うとは珍しいな』
『大事なもののことは心が揺らいで判断が鈍くなるんだよ、アナタだってそうでしょ?』
『違いないか、だが今回は……』
『ワタシたちがやるよりマシだと思うよ』
毎度の高速会話は結論に至った。
「諏訪子どの、早苗と比那名居天子の件、分かっていることをすべて話すよ」
ナズーリンはこれまでの状況を説明した。
友達云々で決裂したこと、秘宝を持ち出そうとして幽閉されたこと、天子の思いのこと、比那名居の当主のこと等々。
表現力豊かな毘沙門天の遣いは、報告・説明のエキスパートだから漏れは無い。
「そうか、やはりまだ【コノエちゃん】のことを引きずっているのかな。
まだまだ多感な年頃だし、仕方もないか……」
ナズーリンの説明を聞き終わった洩矢諏訪子が腕組みしている。
そして。
「大事な【娘】のことだ。
この先は私に任せてもらおうか」
とりあえず小悪妖怪二匹の目論見通りの展開になった。
早苗は困っていた。
あの時はトンデモ天人からヒドいことを言われ、感情がほぼMAXまで高ぶってしまった。
普段の自分なら決して言わないようなキツい言い方をしてしまった。
でも、間違っていたとは思わない。
『友達になってあげようか?』
フザケた奴だし許せないし。
かつての親友とは余りに違いすぎる。
でも、一緒に行った人里の甘味処やミスティアの屋台。
『サナエのオススメは? 何が食べたいの? 私も食べてみたい』
およそは自分勝手なのだが早苗の好みを優先しようとする。
ちょっと気の利いた面白いことも言う。
腹の立つことも多いが退屈している暇がない。
(それでも、友達なんて思えないな。
だって無神経だし ……そう言えば【コノエ】も結構、無神経だったな、あはは。
私、気にし過ぎなのかな? いえ、そんなことないはずだ)
天子が来たらなんて言おう。
謝る必要はこれっぽっちもないはずだ。
それでもあれこれ考えていたのにいつまで待っても来ない。
来やしない。
全くもって勝手な娘だ、人の気も知らないで。
「おーい さなえー」
「……諏訪子様」
「少し前に何度かやってきた天人の友達がいただろ?」
「友達ではありませんよ」
「悪さをして幽閉されたそうだよ、数年は出てこれないようだ」
「え?」
諏訪子はナズーリンに伝えられた情報をかなり端折って伝えた。
「数年……」
千年単位で生きている神様や妖怪と、最近まで人間だった早苗の時間感覚には当然ズレがある。
「かわいそうだから助けてあげなよ」
「私がですか?」
「オマエにしかできないんだよ。
私、友達です、許してやってくださいと告げたら多分解放されるんだとさ。
簡単だろ?」
「でも、でも、私、あのコの友達じゃありませんよ」
「だったら友達になればいいじゃないか」
「ええー?」
「ヤな娘なのかい? 嫌いなのかい?」
「よく分かりませんけど……」
「分からないのならとりあえず行動しなさい。
行っといで、GO GO GOだよ! さあ、早く!」
「は、はい!」
改めて出かける支度をするために社殿に下がった早苗。
物陰に隠れていたナズ&てゐはその様子を確認して飛び出した。
洩矢諏訪子に二人して詰め寄る。
「ちょっと! 諏訪子どの! いきなりすぎるだろ!?」
「ねえ! 早苗ちゃんの気持ちはどうなるのよ!?」
かなりセンシティヴな問題だったので保護者の判断に任せたのだ。
丸投げとも言うが。
だが、土着神の頂点は繊細な部分をフルスイングでカッ飛ばしてしまった。
当の諏訪子は至って涼しい顔。
「オマエたち、難しく考えすぎなんじゃないか?
例えば私と神奈子だって始めは滅ぼしあおうとしていた立場だったよ。
それが今ではこんな感じさ。
どんなきっかけで友達になるのか、それこそ神にだって分かんないよ」
眼前の神様が言っていることはきっと真理だろう。
だが、ナズーリンとてゐは揃って渋い顔。
「早苗は考えすぎる嫌いがあるからね。
たまには背中を突き飛ばしてやった方が良いんだよ。
それに、二人とももう少し信用してやっておくれよ。
ウチの早苗は可愛くて優しいだけじゃないよ、とても強いんだから」
そう言って得意げにニマァと笑った。
「それにあの天人の娘、素直じゃないけど良い子だよ。
そうだろ?」
諏訪子はナズーリンとてゐをゆっくり交互に見る
「まぁ、悪い奴には見えないがね」
「生意気だけどズルくはなさそうだし、ひねくれているけど正直そうだし」
「てーゐ、何か私に含むところがあるのか?」
支度を終え庭に戻った早苗はナズ&てゐを見つけ戸惑っていた。
「あの、お二人とも、どうなさったんですか?」
「早苗、天界はとっても高いところにあるんだよ。
ただ空を飛べるからってだけで簡単に行けるところじゃない。
今のオマエじゃ無理だよ」
答えたのは諏訪子だった。
「それじゃ、どうやって行ったら……」
「このナズーリンに手立てがあるらしいよ。
頼んでみれば?」
「うええええ~~」
反射的に超歪曲顔面になった風祝。
「早苗、その顔やめなさい、ヒドいよ」
【親】が嘆くほどの変顔だった。
「さあ、私と共に行こうか~?」
ワザとらしくニヘラ~、と笑うイタズラネズミ。
「ううう……」
唇を噛みしめ、泣きそう。
そんなに嫌なのか。
「早苗ちゃん、ワタシも一緒に行くからさ」
「てゐさまが? ありがとうございます!
それならなんとか我慢できそうです」
今度はパアーっと華やいだ表情。
『私、エラく嫌われたもんだね』
『自業自得だって何度も言ってるじゃん』
シュルルルっと。
「諏訪子さま、それでは行ってきます」
「うん、しっかりやっておいで。
ホントに欲しいモノは力ずくでモギ取ってくるんだよ」
物騒なエールだが、洩矢諏訪子は元々かなり荒っぽい神様なのだ。
「早苗どの、比那名居天子の居場所なんだが」
「天界なんですよね?」
「そうだね、でも天界は広い、どこだか分からない」
「はあ? 手立てがあるって言ったじゃないですか?
まったく、いっつもいい加減なんですから!」
「ヒドいなぁ、まだ話は終わっていないだろう?
居場所を知っているヒトとコネがあるんだよ。
早苗どのも会ったろ? 永江衣玖どのだ」
早苗も思い出したようだ。
「そして天界に行くためにナイスガイの協力を仰ぐつもりだ」
「もしかして雲のオジサマですか?」
「その通り、彼ならかなりの高度でも難なく飛べるからね」
「シブくてカッコいいですよね!」
「おっ? キミの好みなのかい?」
「厳密にはそうではありませんが、素敵だなーと思っていました。
あの遠くを見る眼差しは、厳しくも優しい孤高の狩人です。
きっと、気の遠くなるような長い時間、遙か彼方にいる獲物の隙を辛抱強く待ち続けているんです」
「厨二病の発作かね?」
「……どーしていちいち茶化すんですか!?」
「あ、すまん、つい、ね。
だが、キミの男を見る目は確かだよ。
雲山は滅多にいない【本物の漢】だからね」
命蓮寺方面へふよふよ飛んでいるナズ&てゐと早苗。
「早苗ちゃん、大丈夫?」
それまで黙っていた因幡てゐが早苗の手を握りながら問うた。
「てゐさま、お気遣いありがとうございます。
……ホントはよく分からないんです」
この若い娘の心が大きく揺らいでいるのは確かだ。
それでも行動を起こした。
【保護者】に半ば強制されたとは言え、自分で動いたのだ。
不安定な新米現人神をネズミもウサギもそれぞれのやり方でリラックスさせようとしていた。
命蓮寺では守り守られし大輪が出迎えてくれた。
「雲山が珍しくずっとお寺のそばにいるんだよ。
聞いても『なんとなくだ』としか言わないしさ。
もしかしてアンタ達を待っていたのかな?」
雲居一輪は珍しく楽しそう。
「雲山、またお願いしたいんだ、実は」
ナズーリンの台詞はグオグオと遮られた。
「彼は『みなまで言わなくて良い』と言っている」
「今度はちょっと遠出になりそうなんだけど、いいのかい?」
グオウムム
「……ふむふむ
『友を助けたいと願うモノが私の力を必要としている。
理由としては十分すぎる』と言っている」
かっけー! それに察しの良さがハンパない。
「と、友達なんかじゃありません!
便宜上の措置で友達の振りをするだけですよ!」
早苗がわたわたと言い訳をする。
ググムム
「『それもまた良し!』だってさ」
雲山に乗った三人は程なく永江衣玖と合流した。
きっと、このお目付役も状況を読んで近い空域にいたのだろう。
「早苗さん、この度は申し訳ございません、そしてありがとうございます」
風祝がやって来た理由を聞かされたリュウグウノツカイは深々と頭を下げた。
「自分勝手ではた迷惑な娘ですが、根は優しくて淋しがりなのです。
何とぞよろしくお願いいたします」
もう一度頭を下げた。
早苗は自分の行動の是非も分からないままなので返事のしようもない。
「天界って勝手に入れるの?」
ウサギがネズミにたずねる。
「もちろん結界はあるよ。
でも、衣玖どのが一緒だから問題ないだろう。
それに私だけでもどうとでもなるしね。
なにせ私は天界のそのまた上、天上界の神様の遣いなんだから」
「へええー、すっごーい、知らなかったわー」
棒読みのてゐ。
「そ、そうなん……ですか?」
早苗は素で驚いている。
本当に知らなかったようだ。
「キミが意図的に私に関心を持たないようにしているのは分かるが、これは幻想郷の【常識】だよ」
「てっきりタチの悪い冗談かと」
「失礼だね、 ん? 私を尊敬する気になったかな~?」
「全く逆です、神様の遣いなのになんでこんな……こんな……」
「早苗ちゃん、ハッキリ言ってイイよー」
「ひねくれてて意地悪で変態なんですかーー!」
ハッキリ言った。
「そうだよねー あっはっは」
笑うてゐにつられてナズーリンも大笑い。
「うはははー! いやー、まったくだなー!」
「笑ってる場合ですか!」
雲山に乗った四人のパーティーが雲海を昇って行く。
「とりあえず【お姫様】を救い出すことが先決だ。
幽閉されているお姫様を救い出すのは勇者か王子様と決まっているからね。
王子様、頼むよ?」
ニタっと笑いかけられ早苗は歯噛みする。
「ぐぎーっ!」
「早苗王子、比那名居の屋敷が見えてまいりました」
リュウグウノツカイが真面目くさって言う。
「それ! やめてください!」
「雲山さんは近くで待機するそうです、 『朗報を待つ』と仰せでした」
四人は比那名居氏の屋敷の敷地に入った。
「広いお屋敷ですね」
「天界は地上よりヒトがずっと少ないのでゆったりしているのです。
あれが本邸、母屋です。」
指を差す建物から使用人らしき女性が出てきた。
衣玖に気がついたようだ。
「あら、衣玖さん」
「ご当主様はお屋敷においでですよね?」
「ええ、何かご用事?」
事情を説明し、当主に目通りを願う。
「総領娘様の……お友達ですか?」
女性が早苗をまじまじと見た。
「す、少しお待ちを」
言い残してパタパタと母屋に入って行った。
しばらくすると一人、二人、三人とポツリポツリ複数の男女が出てきて辺りをうろつきだした。
皆、何気なさそうな振りをしているが総領娘の友人を見るためなのは明らかだった。
比那名居天使が関係者にどう見られているかなんとなく分かる。
『よほどの珍事いや、椿事なのかな』
『あの娘に友達が出来たってのが一大事みたいね』
シュシュルルン。
やがて先ほどの女性が出てきた。
「ご当主様はお忙しいのでお目にはかかれません」
一同から失望のオーラ。
「ですが、総領娘様とお話することは許すそうです。
ただし、謹慎中なので合って直接話すことはかないません。
門番を通してやりとりしてください」
「門番?」
リュウグウノツカイが少しだけ首を捻った。
天子が軟禁されている土蔵は大分離れた場所にあった。
天界に土蔵が必要なのかは分からないが。
土蔵の門番は和風の作業服を着た初老の男性だった。
衣玖が会釈をして三人を紹介する。
「それで総領娘様のご友人は?」
「私、東風谷早苗です。
天子さんに取り次ぎをお願いします」
「貴方がお友達ですか、そうですか、そうですか」
この男性も驚きを隠していないが嬉しそうでもあった。
「それでは伝えてまいりますので暫しお待ちください」
門番が土蔵の扉を開けると中にもう一つ扉があった。
表の扉を閉められたので中の様子は分からない。
少しして出てきた門番の表情は曇っていた。
「総領娘様は【東風谷早苗】なる者をご存知ないそうです」
は?
「あの、ちゃんと取り次いでいただけたんですか?」
「無論です。
『お友達の東風谷早苗様がおいでです』とお伝えしました。
すると『そんなコ知らない、友達なんかじゃない』と。
……貴方は本当にお友達なのですか?」
男性はあからさまに訝しがっている。
「想定はしていましたがソー娘の得意技【依怙地になる】が発動しましたね」
門番に『ちょっとお待ちを』と告げたお目付け役が顔色ひとつ変えず淡々と解説する。
客人三人の眉間に程度の差こそあれ揃って皺が寄った。
(メンドクセェー)×3
「面倒くさい娘で本当に申し訳ありません」
そう言いながらもちっとも申し訳なさそうにしていないが。
「てゐさま、天子さんは中にいるんですよね?」
小声でたずねる。
「それは間違いないよ」
ウサギ妖怪の聴覚は土蔵の中の会話くらいたやすく聞き取れる。
「こちらから大きな声で呼びかけたら中に届きますか?」
「多分聞こえるけど、かなり頑張んないとだよ」
「了解です、衣玖さん、もう一度トライします」
「天子さーん! 天子さーーん! おおおーーい!
せっかく来てあげているのに! 帰っちゃいますよ!
いいんですかーー!!」
「若い娘がそんな大声を出すものではありません、恥ずかしくないのですか」
突然の早苗の号声に門番の男性が驚いて窘める。
「と、と、友達のためなら恥ずかしいなんて言ってられません!
てゐさま! 天子さんは何と言っていますか!?」
「……んー、『サナエのバカ』って繰り返してるね」
「な・ん・で・す・とーー!」
(ここまでしているのに! どっちがバカですか!
……てか、なんで私、あのヒトのためにこんなことやってるんだろう?
腹が立ってきました! 直接文句を言わなきゃ気が済みません!
そして、新作の水饅頭を山ほど奢らせてやります!
お山の紅葉の観賞ポイントが間違っていることを教えてやります!
ホントに素敵な男性は見てくれではないと分からせてやります!)
「出てこれないのなら私が中に入ります!
門番さん! 全ての責はこの東風谷早苗が負います!
止め立て無用です!」
「お? 強行突破か? いいのかな?」
ナズーリンがお目付け役に確認する。
「行って良いでしょう、今はそういう【空気】ですね」
「守矢神社の風祝、東風谷早苗! 推して参ります!」
実はキレるとマジヤバイ美少女現人神が扉へ突進する。
門番は脇へ避けた。
「さ、サナエ? ホントにサナエ?」
室内なのでいつもの帽子は被っておらず、簡素な部屋着で体育座りをしていた。
「こんの! ボンクラ天人!
何勝手に幽閉されてるんですか!
私がどんな思いでいたか分かりますか!?」
カンカンに熱い早苗に対し、スネてしおれた天子。
「……友達じゃないって言ったじゃない」
「えー言いましたとも、友達なんかじゃありませんよ。
でも、気になって仕方ないんです!
アナタには言いたいことも聞きたいこともたくさんあるんですから!」
キョトンとしていた天子だが、口の端が次第に吊り上がっていく。
モリモリと音がするほど活気がみなぎってきている。
「そっかーそんなに私が心配だったんだー。
素直じゃないんだから。
あ、分かった、これが【ツンデレ】ね!?
やっぱり私と友達になりたかったんじゃないの」
有頂天の絶頂娘が復活した。
(ぎいいー! 殴りたい! 思いっ切り!)
「早苗はさびしんボだからね、私がついていてあげなきゃ」
そう言いながらも目が潤んでいる天子。
(てゐさま! やっぱり私、間違っていました!
今ここでコイツに石破天驚拳をお見舞いしていいですよね!?)
「謹慎は解除だそうですよ」
「先ほどの門番が比那名居のご当主様だね?」
その門番はいつの間にかいなくなっていた。
「はい、その通りです。
娘の友人が気になって仕方なかったのでしょう。
あんな格好をしてまで」
「確かに親バカだね」
てゐは土蔵の中の会話ですぐに気づいたのだろう。
「涙ぐんでおられました。
娘のために体を張って、正面から文句を言ってくれる友人が出来たと」
「思い込みの激しさは遺伝なのかな?
まぁ、結果オールライトだね。
こんな友達関係もあって良いだろう。
な? てーゐ」
「友達のことなんてワタシ分かんないわよ。
今までそんなのいなかったんだから」
「そうだね、実は私もよく分からない」
今日も比那名居天子が守矢神社を訪れる。
「サナエー、これ、プレゼントだよ」
リボンのかかった紙包み。
「あらま、どんな風の吹き回しでしょう。
開けていいんですよね?
……何ですかコレ?」
「天界で有名なブランドの勝負下着よ」
「下着の贈り物って微妙ですね、でもありがとうございます」
「私が今穿いているものと同じなんだよ」
「はえ?」
「疑っているの? 見る?」
スカートをまくり上げようとする。
「み、見ません!
お揃いの勝負下着って意味が分かりませんよ!
誰と! 何を! 勝負するんですかー!?」
後に幻想郷を何度もちょっとだけ掻き回すお騒がせコンビの出会いのお話。
了
「まあねー、ワタシの庭だし。
あそこは物の怪たちにとって、いい隠れ場所だからね。
他にもたくさん潜んでいるけど、よっぽどのことがない限り好きにさせているよ」
「他にも、って、全部、把握しているんですか?」
「大体はねー、中でも危なそうなのは三体くらいかな?」
「へー! さすがは【迷いの竹林】の支配者ですね!」
「はたて君、感心するのは早すぎるぞ。
コイツの場合【君臨すれども関知せず】の完全な放ったらかし政策だ。
なにか問題が起きても自分は何もしないで人任せだ。
こんなの支配者でもなんでもないよ」
ナズーリンが因幡てゐと姫海棠はたての会話に割り込んだ。
ネズミとウサギの悪友二人、そしてツインテールの鴉天狗。
命蓮寺へ向かって、ぺくぺく歩きながら話をしている。
「あのねナズリン、それだって【政策】の一つでしょ?」
「ふん、ちゃんちゃら可笑しいとはこのことだぞ、てーゐ」
【ナズリン】【てーゐ】
『なんだか呼びにくいから』とお互いの呼び方を勝手に変えている。
腹黒幼女風味のこの二人、先ほどから揚げ足を取ったり、けなしあったりするばかり。
お互い長い生の果てにようやく巡りあった初めての【ともだち】だとはたては聞いている。
公表しているわけではないので、このことを知っているモノは限られているのだが。
「デスクー、今日は因幡てゐさんへのインタビューなんですから協力してくださいよー」
はたてが困った顔で師匠に訴えかける。
それでもネズミの賢将とウサギの長老は、はたてのツッコミ能力を試すかのように喧嘩腰の掛け合いを繰り広げる。
姫海棠はたて。
最近では射命丸文と並ぶほどの存在感を示している新鋭の新聞記者。
発行部数では【文々。新聞】に及ばないが、愛読している層がとても濃い。
八意永琳、風見幽香、八坂神奈子と洩矢諏訪子、そして八雲紫、等々……
幻想郷の命運を左右しそうな大御所達が【花果子念報】の新刊を待っている。
元々は引きこもっていて、能力に頼るだけのマイナー記者だった姫海棠はたて。
縁あってナズーリンの指導を受けることになった。
新聞作りの基礎から厳しく叩き直された。
何度も涙を流しながらもくらいつき、今ではそれなりの記者になりつつある。
以来、はたては【ナズーリンデスク】と敬意を込めて呼び、一番弟子を自称している。
人間や妖怪、その他諸々でいつも賑わう命蓮寺。
はたては番記者と呼ばれるほど寺に出入りしているので、人妖の交わる出来事やイベントを最前線で取材できる。
それ以外でも綿密な取材内容を独特の考察で明快につづる記事は、学識もあり経験豊かな大向こうを唸らせている。
噂ではパチュリー・ノーレッジ、上白沢慧音、といった、誰もが一目置く学識者達がアドバイザーとなっているらしい。
【花果子念報】の姫海棠はたて、いつかブレイクするかも知れない。
報道・出版の世界を長年にわたり注意深く観察してきたネズミの賢将は、繊細だけど頑張り屋、そして優しい視点を持つはたてをずっと見守っている。
今でもちょくちょく記事の校正をしたり、取材の協力をしている。
競合している鴉天狗の某新聞記者は『ちょっと、ずるくない?』と顔をしかめているらしいが。
はたては次の新聞に直近の異変に関わった面々の特集記事を組もうと考えている。
まずは竹林に出現した狼娘を取材をするにあたっての下調べ。
迷いの竹林のヌシに背景をインタビューしようとしたが、このウサギ、いざ会おうと思うと見つからない。
そこで、因幡てゐの友人であるナズーリンデスクに仲介を頼んだのだ。
『渡りをつけとくよ』と快諾してくれ、今日に至る。
はたてはこれまでにも何度か因幡てゐと話をしたし、言動も見聞きしている。
愛嬌のある容姿で【幸運のウサギ】と称しながらも、幼稚なイタズラや少額の詐欺を仕掛けるロクでなしと評価されている。
だが、賢将ナズーリンがこの世で唯一【友人】と認めているのだから只者ではないはずだ。
『こちらは姫海棠はたて君だ』
『こんにちわー、ナズーリンデスクの一番弟子、姫海棠はたてです!』
『てーゐ、彼女は私の大事なお気に入りだ』
『はーい、はい、わかったよー、よろしくねー』
察しの良いウサギの賢者はこの二人の関係をすぐに理解したようだ。
【一番弟子】と名乗る、そして、本人の前で【大事なお気に入り】と言う。
ごく普通に、当たり前のように。
つまりは本当にそういった関係なのだろう。
てゐはナズーリンが心底認めた相手にはそれなりの接し方をする。
「あそこ(竹林)の平和を守るのがワタシの仕事じゃないもの。
何が居て、何をしているかを知っているだけで十分なんだよ。
暴れるようなヤツが出てきたら鈴仙かお師匠様に言いつけて、とっちめてもらえばいいんだからさ」
「ほら、やっぱり自分の手は汚さないんだ」
「なにさ、ナズリンだって荒事はご主人さん任せじゃん」
「私の仕事は探索だ、情報や物品のね。
元よりキミとはファンクションが違うんだから良いんだよ」
「ホントはビビりのクセにあちこち首を突っ込みたがるんだから」
「誰がビビりだって?」
ウサギ妖怪の口調はいつものようだが、内容は知性を感じさせる。
口を開けば罵り言葉ばかりだが、そもそもナズーリンとここまで言い合えるモノもあまりいない。
「あのー、インタビュー続けたいんですけどー」
「待ちなさい!」
頭上から声がかかった。
三人がそれぞれに見上げると、崖の上に人影が。
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと我を呼ぶ!」
腰まで届く蒼髪に意志の強そうな紅眼。
気持ちキツメの顔立ちだが、かなりの美人が両手を腰に堂々と胸を張っていた。
つばの広い帽子、ゆったりとしたロングドレス。
カバー率の高い服装だがスタイルの良さが水準を軽く越えていることはなんとなく分かる。
「なんだ? あの娘は」
「天人の比那名居天子さんですねー」
ナズーリンの問いに一番弟子が答えた。
「ほう、あれが地震騒ぎの天人か。
エキセントリックではあるが、見目はなかなか麗しいじゃないか」
幻想郷随一の女体評論家、ナズーリンの審美眼にかなったようだ。
「ワタシたちに用があるのかな?
まあ、あの手の輩はナズリンの担当だけどね」
てゐが首を傾げながら言う。
「てーゐ、私がいつもいつも【厄介事】対応係だと思ったら大間違いだぞ。
今回は、心当たりが全くないよ」
確かに厄介事に関わることの多いネズミの賢将だ。
「そこのネズミ! オマエが噂 のナズーリンね!?」
【比那名居天子】がビシッと指を差す。
「なんだ? いきなり失礼なヤツだな」
「ほーらやっぱりー! あーいった変なのは大抵アナタ絡みだもんね!」
「だから知らないって (くっそー)」
なんだか嬉しそうなてゐを忌々しそうに睨みつける。
「オマエたち、そこで待っていなさい! とっ あっ!」
天人が飛び上がろうと踏み込んだ崖の端がボロッと崩れた。
そのままズリズリズラーっと崖の斜面を滑り落ちてる。
後ろ頭をガッツンガッツンぶつけながら、盛大にスカートをまくり上げ、下履き丸出しで。
どしんっ、とかなりの勢いで尻餅をついて着地。
白目をむいて両手はバンザイしたまま、大胆にもM字開脚である。
気を失っているようだ。
「うわあ……えーと、大丈夫なんでしょうか?」
「天人はエラく頑丈らしいから、このくらいは平気だろ」
心配そうなはたてに軽く告げる。
しかし、モノスゴい格好だ、親が見たら泣くだろう。
「おーい、大丈夫か?」
ナズーリンは覗き込んで声をかけてみる。
「うーーん……はっ! わ、私になにをするつもり!?」
天人の娘はすぐに気がついた。
「ほーう、ホントに頑丈だな、たいしたものだ。
キミが用事があると言ってきたんだろ?
だが、まずはその格好を何とかしたまえ」
「え? ああっ!」
慌ててスカートを被せる。
「み、見たわね!?」
「見たというより、見せられたんだけどね。
そんなモノ、無理やり見せられて迷惑なことだ」
「なんですって!?
天界で有名なブランドの一品モノのランジェリーなのよ!」
「最初から争点がズレているな。
チラリズムも恥じらいもない、そんなモノにはエロスは宿らないんだよ。
よかろう! 【初級講座】から始めてやろう!
そもそもエロスとは高揚を伴う存在認識の極性点であり、蓄積された快楽様式をいかに経由して行くかという連想の回路を感覚器官全てを駆使し力強く開拓していく最も高次にして純粋な思考活動であり……」
「な、な、な!?」
「ナズリン、落ち着きなよ。
そんな、くっだらない話をしてる場合じゃないでしょ?」
「くっ、くだらないだとお!?」
魂底から湧きいずるパトスの滾りを『くだらない』と言われ鬼の形相で振り返ったネズミの賢将。
それを涼しい顔で去なすウサギの長老。
「ねえ、天人さん、このネズミさんに用があるんでしょ?」
「あ、うん、……オマエは何モノなの?」
「ワタシは鈴仙・優曇華院・イナバ。
永遠亭のウサギだよ【うどんげ】って呼んでね」
「ふーん、【うどんげ】か……聞いていたより小さいのね」
「苦労が多いからね、すり減ってちっちゃくなっちゃったの」
(このズルウサギ、また鈴仙どのの名を騙って……)
てゐのいつもの薄っぺらいウソに顔をしかめるナズーリン。
このイタズラウサギは同僚である月のウサギには何故だか容赦がない。
「まあいいわ、オマエたち、少し待っていなさい」
立ち上がってパタパタと汚れをはらい、服を整える。
何かを探すように左右を見渡している。
はたてが天人の帽子を差し出した。
「ふん」
パシッと受け取り、一言もない。
見かねたナズーリン。
「おい、今のは感謝の一言があってしかるべきだろう?
天人は礼節を知らんのか?」
天人の帽子を拾ったはたては丁寧に泥やホコリを落としてやっていた。
こういうことが自然に出来る優しい娘なのだ。
長い引き込もり生活の中で自分、そして他人との向き合い方を散々考え尽くした。
そして弱っていた心を鼓舞し、意を決して【外の世界】に飛び出し今に至る。
繊細で一生懸命、そして優しい『一番弟子』の気遣いを無碍にされて黙っているナズーリンデスクではない。
「妖怪風情が何を言っているの?」
「……ほう、それがキミのスタンスか」
不思議そうに聞いてきた天人に対し、半眼、冷声で応えるネズミ妖怪。
これは賢将が本気で怒っている時のリアクションだ。
「ナズリン、このヒト、知らないだけだよ。
教えてくれる人が周りにいなかっただけ。
喧嘩してあげる理由は無いよ」
てゐがナズーリンの袖を摘んで言った。
わざわざ『喧嘩してあげる』と表現した意味はすぐに理解できた。
プシューっと音を立てて圧力を下げた賢将の内燃機関。
(ちぇっ、この辺がコイツに敵わないところか、面白くないけど)
普段であればこの程度のことで熱くなるはずもないナズーリンだが、他ならぬはたてのことだったから冷静さを欠いてしまった。
そこをタイミング良く抑えてくれたのは悪友の一言だった。
当の天人は因幡てゐが小声で告げた内容を掴みかねているようだが。
「探し物が得意なネズミがいると聞いたのよ。
オマエのことなんでしょ?」
「さあ、どうだろうかね」
冷静さは取り戻したが、この無礼な小娘にまともに付き合うつもりはないようだ。
「あら? オマエがナズーリンじゃないの?
ネズミの耳と尻尾、グレーの変なスカート、生意気で小狡そうで、性格の悪さがジュワッとにじみ出ている顔。
絶対、オマエだと思ったのに」
歯に衣を着せぬ物言いとはこれか。
眉間に皺が寄るナズーリンとは対照的に笑いをこらえているてゐ。
「参考までに教えてくれ、それは誰から聞いたんだい?」
「黒白の魔法使いの娘よ」
「きゃはははー!」
ウサギ妖怪はこらえきれずに腹を抱えて笑いだした。
霧雨魔理沙はナズーリンに恩義を感じているし、借りを返したいとも思っている。
だが、ひねくれ魔法使いは素直に気持ちを伝えることが苦手。
聞かれれば照れ隠しで悪態の一つもついてしまうのだろう。
「ふん……確かに私がナズーリンだ」
情報の出処があの魔理沙であるなら諦めるしかない。
そんな関係なのだから。
「やっぱりそうなのね? 勿体つけるんじゃないわよ、小物のクセに」
どうにもいちいち癇に触る言い回しだ。
しかし、先ほど友人に頭を冷やしてもらった賢将が感情を昂ぶらせることはない。
「その小物に何用かね? さっさと本題に入りたまえ」
「そうね、まずは私の探しているモノが何なのか、当ててみなさいよ」
腕組みし、ふんぞり返っている。
「結局は探し物かい? もう少し謙虚になれないのかね」
「妖怪のくせに口答えするの?」
「面倒な娘だな」
(妖怪、妖怪と鬱陶しい。
まだ時間はあるが、長いこと付きまとわれたら寺の催しに間に合わなくなる。
どうするかな……)
考え込んでいるナズーリンの頭の中にチーズの塊がパカッと浮かんだ。
「……よし、はたて君、ひとっ飛び、山の神社に行って巫女さんを引っ張ってきてくれ」
そばに控えていた鴉天狗に声をかける。
「私が呼んでると言ったらイヤがるだろうから、てーゐが困っていると言ってくれ。
そうしたら必ず来てくれるはずだ」
「了解しました!」
デスクの要請に迷うことなく緊急発進態勢。
ナズーリンが慌てて声をかける。
「あ、はたて君! さっきのこと、気にする必要はないからね」
帽子のことだ。
「全然平気ですよ!
だって、デスクが私のために本気で怒ってくれたんですもの。
ちょっと感激しちゃいました!」
涼やかな笑顔を見せ、素晴らしいスピードで飛んでいった。
この師弟、事ある度に絆が深まっていく。
(まいったなあ、はたて君、キミはどんどんイイ女になっていくよ)
『ナズリンには勿体無いくらい出来たお弟子さんだね』
ついさっきまでヒーヒー笑っていたウサギ妖怪が珍しく優しげな表情で言った。
この小悪妖二人、ほとんど口を動かさず擦過音のような小声で圧縮会話ができる。
共にずば抜けた聴覚と理解力を持っているから可能なのだ。
その場のいる他者は『シュシュ、シシーシ、シュルシュル』くらいにしか聞こえない。
『羨ましいかい?』
『うん、ちょっとだけね』
『へ?』
てっきりいつものように、憎まれ口が返ってくると思ったナズーリンは拍子抜けした。
『ナズリン、あのコ、大事にしてあげなよ』
『ふふん、キミに言われるまでもないさ』
何につけ辛口な親友が姫海棠はたてを認めたようだ。
ナズーリンの気分が悪かろうはずがない
『ところでナズリン、なんで早苗ちゃんを呼ぶのさ』
『私の勘が告げているんだ、この組合せは面白くなるってね』
『ワタシを出しにして……まあいいけどね』
「おねーさーん、アナタのお名前は?」
はたての飛跡をぽけーっと見ていた天人にてゐがフレンドリーに話しかける。
一見は幼女風、実は年寄り腹黒妖怪のコンビ、表面的な愛想の良さはウサギ妖が相方より遙かに勝っている。
「私は比那名居天子(ひななゐてんし)よ」
「ひなななゐてんし?」
「な、が多いわよ!」
「難しいのね、なんて呼んだらいいの?」
「そうね、普通なら【天子さま】だけど特別に【天子さん】で良いわ」
「じゃ、てんてん」
「なんでそうなるのよ! そんなのダメに決まっているでしょ!」
「んー、天子さんはなにを探して欲しいの?」
「てーゐ! 勝手に話を進めるなよ」
「いいじゃん、聞くだけなら」
天子を軽くからかいながら会話の主導権を掴んでいく詐欺ウサギ。
「さっきも言ったけど、それを当ててみろと言っているのよ」
天子が再びナズーリンを指差す。
「その指、不愉快だな……尊大で高圧的な態度も気に入らないね」
「そう、まるで自分を見ているようでイヤなんだってさー」
「てーゐ……」
確かに初対面で偉そうな物言いをすることの多い毘沙門天の遣い。
相方からスパッと指摘され、内心は複雑だ。
隣に立っている因幡てゐを睨みつけるが、当人は顎をあげ、半眼で唇を尖らせ、ちょみちょみしている。
まるで口づけをねだっているかのようだ。
『そのフザケた顔やめてくれよ!』
盛大にからかわれていることを理解したナズーリンは再び気を落ちつける。
「ふん、探し物か、全然分からんね」
「少しは考えなさいよ!」
「いーや、お手上げだ、降参するよ」
「え……そんな」
相手が全く絡んでこないので、いきなり手詰まりになってしまった天人娘。
「ナズリン、ちょっとは構ってあげなよー」
てゐが無責任なフォローを入れる。
「じゃあ、命蓮寺に行って私のご主人様である寅丸星に話を通したまえ。
私はご主人様の命令がなければ動かないよ」
「そうだっけ? いつも気分とノリで請け負ってるみたいだけど」
「てーゐ! ちょっと黙っていろよ!」
「そうね、ヒントをあげるわ。
あらゆるものを切り裂く無双の力を秘めた私の半身よ」
『厨二病か? ヒトの話を聞いちゃいないし、やっぱり変だぞ、この娘』
ナズーリンがシュシュッとつぶやく。
『箱入りで、ワガママ放題に育てられた思い込みの強い娘でしょ?
珍しくはないよ』
このウサギ、識者ではないが人妖の心に関することには聡い。
「てゐさまー! こんにちわー!」
元女学生のお騒がせ娘、守矢神社の風祝、東風谷早苗が姫海棠はたてを連れて到着した。
「はーい、早苗ちゃーん、元気ー?」
「てゐさまもお元気そうでなによりです!
神奈子様も会いたがっているんですよー!
あ! 今度、お餅のつき方を教わりに上がります」
可愛らしい娘が年相応の素直な元気さで明るく対応する。
「ぃやあやあ、早苗どの久しぶり。
お山の様子はどうだね? お二柱にもお変わりはないか?」
「……いたんですか……こんにちわと言っておきましょう」
いや、居たも何も、てゐの隣に立っているんだし。
ヒトの表情はこれほど素早く変化するものなのか。
むすっとしている、題名をつけたら【超・不愉快】か。
場の不穏な空気を読んだはたてがナズーリンに目線だけを送る。
不審げな顔を見れば言いたいことは分かる。
(なんだか随分対応が違うんですね、どうしたんですか?)
(まぁ、ちょっといろいろあってね、また今度話すよ)
ナズーリンも表情だけで答える。
早苗は先の【特別補習講座】で澱んでいた胸のうちを因幡てゐに優しく濯いでもらってから心酔してしまっている。
彼女にとってこの小さな妖怪ウサギは今では二柱に次ぐ尊崇の対象である。
逆にフザケ半分で悪役を演じてしまったナズーリンは徹底的に嫌われているのだった。
「比那名居どの、暫し時間をいただくよ。
その探し物とやらについての作戦タイムが欲しいんだ」
「作戦タイム? なにそれ?」
「天人さまが細かいこと気にしてはいけないな。
はたて君、少し相手をしてやっていてくれ」
「は?」
ムチャ振りもいいところだ。
「ええーと、私、新聞記者の姫海棠はたてです。
お忙しいところ恐縮ですが、最近、幻想郷の話題を独り占めにしている比那名居天子さんにインタビューをさせてください!」
「話題を独り占め? そうなの? ふーん」
「それはもう! どこへ行っても美少女天人の話題で持ちきりです!」
「し、仕方ないわね、少しだけよ」
「ありがとうございます! まずはその洗練されたファッションからうかがいます!」
鼻をピクつかせて口元が緩んでいる天子。
はたてはいきなりのことにもかかわらず、営業モードをトップギアに入れた。
こういった切り替えもネズミのデスクからガッチリ仕込まれている。
「あちらははたて君に任せておいて大丈夫だろう」
「ほーんと、勿体無い」
早苗の手を引いて少し離れた場所へ移動したてゐが繰り返して言った。
「あのー、結局、私、何のために呼ばれたんですか?」
状況がつかめないでいるお山の風祝はどちらにともなく問う。
「あのトンチンカン娘の意図を正しく把握したいのだが、話が通じない」
「で、なぜ私が呼ばれるんですか? 意味が分からないんですけど。
私の力が必要だって言うから急いで駆けつけたのに」
「世の中には上には上がいると教えてやらねばならないからね」
「だからなんで私なんですか!?」
「だって、私が知りうる限り、トンチンカンの最高位はキミだもの」
「なっ……」
普段は比較的温厚な山巫女の顔が驚愕と憎悪に歪む。
スゴい顔だ、別嬪さんが台無しだ。
「ナズリン! 早苗ちゃんをバカにしたら許さないよ!」
てゐがナズーリンを軽く突き飛ばした。
唐突に敬愛するウサギ妖怪が自分を庇ってくれたことで早苗の感情の矛先が逸れる。
「……てゐさま」
どこまで本気でどこまでが演技か分からないが、てゐが怖い顔でナズーリンを睨む。
そしていつもの小声。
『ナズリン、アナタ、このままじゃホンッキで嫌われちゃうよ?』
『今はそれで構わないさ、キミがフォローしてくれるんだから』
『何を仕組んでいるか知らないけど、手遅れになっても助けないからね』
深慮遠謀の賢将だが、希に凡ゴロをトンネルすることを誰よりも知っている長老ウサギ。
真面目で一生懸命、そして秀でているモノをからかいたがるのはこのネズミの悪癖の一つだ。
因幡てゐ自身もその傾向があるので気持ちは理解はできる。
ナズーリンはこれまでにも雲居一輪、射命丸文、魂魄妖夢などにちょっかいをかけてきているようだ。
それでも最後はなんだかんだでそれなりに理解に至り、うまくやっているのだが、東風谷早苗だけは既に後逸しているように思える。
「どうやらあの娘、厨二病の類のようだ。
早苗どのの実力を見せつけてやって欲しい」
「さっきも言ってたけど、何かの病気なの?」
賢いてゐだが、広範な知識がある訳ではないので素直に質問する。
「確かに厨二病を治療しに永遠亭を訪ねるモノはいないだろうね。
早苗どの、一つ、具体例を見せてやってくれ」
指をパチンと鳴らすナズーリン。
「なんですー!? えっらそうに!
私が厨二病だとでも言うんですか!?」
ナズーリンには必要以上に突っかかる風祝。
「早苗ちゃーん、ワタシ、知りたいんだけどな」
「かしこまりました、てゐさま」
途端に恵比寿顔で微笑む。
早苗は左手を胸に当て、少し俯いた。
「俺の心臓に埋め込まれたマーキュリー回路は不完全なままだ。
バイパスを通すための【鍵】が手に入らないのだから。
……わかっているさ、このままでは勝ち目はないってことは。
だが、それでも時がくれば戦わなければならない。
アイツを止められるのは俺だけなのだから」
低い男口調で呟いた。
次に両手で頭をがしっとつかみ、全身をわなわなと震わせる。
「【コノエ】! もう一人のワタシ、今は出てこないで!
ダメ、今はダメなの! あああー!!」
絶叫のあと、ガクン、ビクンと頭を振る早苗。
「フフフ……【サナエ】手こずらせてくれたわね。
私はアナタみたいに甘くはないわ、全てを消し去ってあげる……クククク」
顔を歪め、邪悪そのものの声。
呆然としている因幡てゐ。
「まー、こんな感じですかね」
いつもの明るい口調で演技の終了を告げた。
「いやー、予想以上だ、恐れ入ったよ、大したものだ」
ナズーリンは感心している。
「ふふん、ざっとこんなモンです」
「今後のためにもちゃんとしたカウンセリングを受けたほうが良いよ」
「よ、余計なお世話です!!」
「でも、手遅れになったら生涯イタイままだよ?」
「だから! ほっといてください!」
「んー、つまり自分の中に何か特別なモノが宿っているって思い込みね?」
「要約すればそう言うことになります。
さすがてゐさまです」
口を挟んだてゐに再び恵比寿顔で応じる。
「その【特別なモノ】が高貴な血統だったり、達成しなければならない使命だっりする場合もありますね」
「大体わかった……ううっ!」
てゐが下腹を押さえながらしゃがみ込んだ。
「てーゐ! どうした!?」
ほぼ同時にしゃがみ込んだナズーリンに恥ずかしそうに告げる。
「ナズリン……あなたの赤ちゃん、もうじき生まれそうよ?」
「あん?」
「え……まさか、そんな!
イヤ! イヤです! そんなの、絶対イヤァーー!!」
「早苗どの、落ち着けよ、そんな訳ないだろうが」
「こういうことでしょ? 違うの?」
ケロッとして立ち上がったてゐ。
「てーゐ! 分かっていてやってるんだろう?」
「自分の中に何か特別なモノが宿っているっていう勘違いのことなんじゃないの?」
「ん……まぁ、そうなんだが、今のネタは実に微妙だぞ」
「ふーん、難しいんだねー」
(コイツ、絶対ワザとだ、自分だって早苗をからかっているじゃないか。
それでいて恨みは買わない立ち位置、まったくもってズルいヤツだ)
未だ納得のいっていない東風谷早苗を引っ張って比那名居天子の元へ戻る。
「つまり、その桃は食べられるのですね?」
「そうよ、あんまり美味しくはないけどね、不老長寿の元で身体のあらゆる能力を向上させるのよ」
「へー、まさに夢の果実ですね!」
「まあね、ふふん」
姫海棠はたてがイイ感じで天人を転がしていた。
「お待たせしたね、改めて紹介しよう。
守矢神社の風祝、現人神の東風谷早苗どのだ」
ナズーリンに引き合わされ対峙する。
天人、比那名居天子と現人神、東風谷早苗。
お互い存在は知っていたが面と向かうのは始めて。
(庶民受けしそうな娘ね、私には到底及ばないけど、まあまあだわ)
(かなりの美人ですが、生意気そうでいかにも【難あり】な女ですね)
お互いの第一印象はこんな感じだった。
「現人神よ、能を誇れば功を喪うだろう。
オマエは神である前に人間である事を自覚せよ」
天子が腕組みしながら厳かに言った。
『今のなーに?』
『天人は下界でそれっぽい忠言を宣うのが常なんだよ。
まぁ、その効果は相手によるんだろうがね』
例によってひっそり会話。
『ふうーん、だからなに? どうしろっての?
窮屈な生き方を押し付けたいわけ?』
常に表情を繕い、欺いてきた太古のウサギ妖が珍しく険しい顔をしている。
てゐは忠言や諫言の類が嫌いだ。
万単位の年月を生きてきた偏屈妖怪にとっては、こざっぱりと耳障りよく纏められた格言めいた言葉が気に入らないらしい。
『うん、うん、可愛いてーゐ、心安らかに。
誰にもキミの生き方を否定させないよ、私が全てを受け止めてあげよう』
ナズーリンは両腕を開き、唇を尖らせ、むにむに動かしている。
受け入れ態勢万全、いつでもおいで状態、さっきのお返しだ。
『……ちっ!』
ちらっと見せてしまった激情をすかさず拾い上げた変態ネズミにからかわれた。
回り込んでナズーリンのお尻をぼすんっ、と軽く蹴飛ばしたてゐ。
「オマエって呼ぶのやめてください!
私を【オマエ】って呼んでいいのは神奈子様と諏訪子様、そして未来の旦那様だけです!」
現人神が天人に言い返していた。
『ほう、ツッコミのポイントはそこか。
しかも未来の旦那様ときたぞ、さすがは最高位だ』
『でも、早苗ちゃんは良いお嫁さんになると思うよ』
『毎日楽しそうではあるね』
早苗のややズレ気味の返しに、ナズてゐもこれまた無責任にズレた感想を囁きあう。
そうこうしている間も【クラスA】の美人二人が相手の出方をうかがって小さな火花をとばしている。
「お二人とも、もうじきお昼だよ、命蓮寺の昼食会へ招待しよう。
話は道すがらでも構わないだろう? さあさあ、皆、出発しよう」
予想よりも時間がかかりそうだと判断したナズーリンが強引に場を仕切る。
元々てゐとはたてを昼食会に誘ったついでだったのだ。
「今日は趣向を凝らした【流しそうめん】なんだ、たんと食べてくれたまえ。
探し物とやらも腹拵えのあとで構わないよね?」
てくてく歩く一行を振り返りながらナズーリンが説明する。
「【流しそうめん】? 何それ?」
いつの間にか早苗の隣を歩いている天子が聞いた。
彼女の興味はすでに未知の単語にシフトしているようだ。
「そうめんを知らないんですか?」
「そうめんくらい知っているわよ、うどんの細いやつでしょ」
「プスーっ、それは冷や麦ですよ」
早苗が口に手を当ててワザとらしく笑う。
明らかな嘲笑に天子が噛み付く。
「冷や麦もそうめんも同じ様なモンじゃない!」
「見た目は似ていますけど、製法が違うんですよ、知らなかったんですかあ?」
根は優しいお山の巫女さんだが、いきなり説教臭いことを言われたから面白くない。
全てを見下している天人娘に対しては最初からコンバットモードになってしまっている。
「そんな下賎な食べ物、天界には無いのよ!
私が聞いているのは【流し】の部分よ!」
「はいはい、高貴な天人様に下々の営みをご説明しましょうかねー」
「くっ……」
『珍しいな、早苗が意地悪モードだ、これはやはりキミの影響か?』
ナズーリンがてゐにシュルルっと囁く。
『あのね、早苗ちゃんは優しい子なのにアナタがこんな妙な場面に突然引っ張り出すから混乱してるんだよ?』
『ふふ、あの娘に関しては【因業辛口厭世詐欺ウサギ】が随分と庇うじゃないか』
『その名称、もう一回言ったら蹴っ飛ばすからね?
今度は全力のマイティキックだからね?』
『まぁ、そんなに尖るなよ、この組み合わせは面白そうだろ?』
『どうでもいいけど、ワタシを巻き込まないでよ』
『そう言うなよ。
私とご主人の幻想郷スウィーツライフを維持するためにはキミには頑張ってもらわねばならんからね』
『その労力に見合うワタシの取り分は保証してくれるの?』
『そうだね、キミの人生をオモシロおかしく愉快なモノにすべく、可能な限りのサポートするよう、私、ナズーリンは、前向きに取り組んでいくための手だてを積極果敢に模索することを行動規範の第一優先にすべきだと考えることにも吝かではないな』
『……ワタシ、帰る』
『まぁ、待てよ、あの二人、組み合わせて安定させれば、いろいろ面白いはずなんだ、多分』
『アナタの目論見、いつでもうまくいくとは限らないからね』
「縦半分に割り、節を抜いた竹を組み合わせて水路を作り、高いところから水を流すんです」
「それから?」
「その水流に乗って一口量のそうめんが流れてきます」
「なんなの? 食べ物が水に流れてくるの?
それを見ているだけ? 何が楽しいの?」
「見ているだけなわけないでしょう。
自分の前に流れてきたそうめんをタイミング良く箸で掬うんですよ」
「バカみたい、普通に食べればいいじゃないの」
根気よく説明しているつもりなのに【返し】がいちいち神経を逆なでする。
今の早苗の心境を多少ダーティに表現すると……
『優しくしてやりゃあ、チョーシん乗りやがって! ひんむくぞ!!』
となる。
「……暑い夏、涼感と遊び心を満たすための趣向です。
まー、心にゆとりがないと理解できないかもしれませんね」
「私の心にゆとりがないって言いたいの?」
「ああ良かった、言いたいことが初めて正しく伝わったみたいです」
事実上初対面の主役級美少女二人は親交を温め(ヒートアップ)ながら道を行く。
今日の命蓮寺の催しは流しそうめん。
因幡てゐ提供の大きな竹の樋を複雑に組み合わせた大がかりなものだ。
イベント好きの村紗水密がエンジニア河城にとりと共同で企画した。
何につけ大げさにしたがるムラサと、カスタマイズ好きのにとり。
この【Zwei Raketen】(二台のロケット)は合体するとどこまでもカッ飛んでいく。(by烈&豪)
複雑な水路を轟々と流れる豊富な水量はにとりの能力をフルに使って実現しているものだ。
ところどころで『ザッパーーンッ! ドッパーーン!』と水しぶきが上がっている。
その中をそうめんの白い塊が弾丸のように飛んでくる。
【命蓮寺・流しそうめん~激流乱飛編~】はこれでも当初の計画からだいぶ大人しくなっていたのだ。
『いい加減にしな! やりすぎだよ!』
お寺の年間最多セーブを記録している守護神、雲居一輪がギリギリリアルのところで抑えたから。
会場はすでに多くの人妖で賑わっている。
冗談のように速い流しそうめんだが、人間でも元気な若者ならなんとかついていけるスピード。
それでも気合を入れないと【捕れない】それが却って面白いらしい。
もろ肌を脱いだ若衆が激流に向かい『そいやっ! そいやー!』とそうめんを掬う。
それを連れ合いや老人、子供に自慢げに分けてやる。
『うっしゃーー!!』都度、歓声が上がる。
「ふーん、【流しそうめん】と言うのは随分と勇壮な催しなのね」
「……えーっと、まあ、こんな感じですかね……」
ふむふむと感心している天子だが、早苗はパンクしかけている。
(な、なんなんですか!? こ、こんな流しそうめん、【あちら】では見たことないですよ!)
東風谷早苗さん、おそらくどの世界にも無いので、ここは驚いて良いところです。
「お二人共、是非、命蓮寺の流しそうめんを食べていってくれ。
今回は少々特殊な仕様になっている。
汁椀を持ったままそうめんを掬うのはかなり難しい。
慣れるまでは掬う係と受ける係に分かれたほうが良いだろう」
(そ、そうですよね、これはかなり特殊なんですよね?)
ナズーリンの説明を受け、思考リズムをなんとかニュートラルに戻す早苗。
幻想郷の非常識に慣れてきたはずなのに未だに驚かされる。
「やり方は分かったわ、少しは楽しめそうね。
私が掬ってあげるからサナエが受けるのよ」
天子が早苗に命令する。
この短い時間で打ち解けた(思い込み多量、ほぼ一方的)二人。
片方はすでに呼び捨てだ。
モチのロン、早苗さんは面白くないがここはぐっと我慢。
青と緑の髪色が鮮やかなhighest quality少女二人。
人間たちが盛り上がっている水路とは別にあるやや小型のコースの中程に案内された。
世間一般レベルで言えば、一日中眺めていても飽きないほど可愛いのだ、いきなり混じったらちょっとした騒ぎになってしまう。
「さなえー! おーい!」
「おーい! やっほーい!」
見ると二人の下流で氷精チルノが手を振っている。
いつも一緒にいる数匹の妖精も山の風祝に元気に挨拶してきた。
「あら、皆さん、こんにちはー」
早苗は妖怪と妖精を分けてとらえている。
今はそうでもないが、基本、妖怪はボコる早苗だが現代娘らしく妖精にはファンシーなイメージを持っている。
幻想郷の妖精はイメージよりも存在感があり、自己主張も激しい。
それでも可愛いものだと認めている。
特にチルノたちとは仲がよい。
遊ぶときは少しお姉さんぶって色々と教えたりもしている。
ちょうど幼稚園の先生、あるいは歌のお姉さんか。
「さあ、いくわよ」
気合い十分な比那名居天子。
だが、この底抜け脱線美少女コンビは位置どりを間違えていた。
カーブしたコースの出口、少し段差があって微妙な緩急がつく場所。
その球(そうめん)は分かっていても空振りしてしまう完成度の高いシンカーだった。
天子は決まったコースにしか来ないストライクボール(そうめん)を何度も見送り、そして空振りした。
取ろうとするアクションが大げさでお間抜けな感じなので、はじめこそ見て笑っていた早苗だが、一向にそうめんを口にすることができず、だんだんイライラしてきた。
今日の蕎麦つゆは博麗神社にお供えしてあった海苔を使った【浅草つゆ】。
海苔は海産物が採れない幻想郷では大変な貴重品。
しけっていてヘナヘナだったが、寅丸星は軽く炙ったあと細かくちぎって出汁つゆで煮てネギやゴマ、紫蘇等を加えた【浅草つゆ】にしたのだ。
早苗はこっそり味見をしていた。
(お、おいしいーー! これでそうめん食べたら絶対イケます!)
だから慌てていらだっていた。
「あ、行っちゃった」
またしても空振り。
「もーー!! なにやってんですか! ボンクラですか!?」
割と温厚な風巫女だが、ふざけてるとしか思えない天人のトンチキな動きにとうとう爆発した。
「ぼ、ぼんくらってなによ!」
「ボンクラったら、ボンクラなんですーー!!
やる気あるんですか!?」
「当たり前じゃない! やる気満々よ!」
「それでこのザマなんですか!?」
「うー、次はちゃんとやるわよ」
右手で箸を肩の高さで構え、左手の指先はビシッと竹の樋を指す。
そもそもこの余計なポーズが原因の半分以上なのだが。
「あ、サナエ、赤いのが入ってる! ほら! 見て見て!」
また見送り。
現界ではほとんど見られなくなった色付きそうめんだった。
「がああーー!! なにに気を取られているんですか!
紫蘇か何かで色つけているだけですよ!
あんなモン飾りですよ! 偉いヒトには分からんのですよ!」
「そうか、分かったわ、こうすればいいのよ!」
天子は竹の樋に箸を突き立てた。
確かにこれなら黙っていても引っかかるが、あまりにもナニだ。
下流に陣取っている妖精たちからも『ぶうー ぶうー』とブーイング。
ピリッピッピピー。
「お嬢さん、それは反則だよ」
命蓮寺のルールブック、雲居一輪がホイッスルを鳴らした。
そりゃそうだ。
「代わってください!」
たまりかねた風祝が怒鳴る。
このボンクラ天人、全く当てにならない。
しぶしぶポジションチェンジに応じる天子。
「いいですか! こうやって掬うんです……あ、緑色のそうめんだ! キレイ!」
「こらー! アンタ! なにボーッとしてんのよ!」
「い、今のはタイミングを見ただけです」
「また来たわよ! せーので……はいっ!」
空振り。
「ったく、トロいわねー なにしてんのよ?」
「アナタが変なタイミングを口を挟むからです! 黙っててください!」
「ふーん、じゃあ黙っているわよ」
また空振り、 『チッ』
「い、今、何か言ったでしょ!?」
「なにもー。
……サナエ、あのさあ、そのバカっぽい袖が邪魔なんじゃない?」
「バカっぽいってなんですか! 風祝の正装ですよ!」
「流しそうめんに正装が必要なの?」
「むー、そう言えばそうですね……仕方ありません」
早苗はベルトのバックルに付いているレバーを引き起こす。
「キャストオフ!」
言ってからゴソゴソと両袖をはずして畳んで傍らに置いた。
「なにそれ?」
「正しい脱衣様式の一つです」
「ふーん、ここでその袖が【ドサァッ】って感じで妙に重かったりしたら盛り上がるのに。
『こ、こんなものをつけたままで今まで!』ってさ」
「余計なことは言わなくて結構です、さあ、ここからが本番です!」
ノースリーブ巫女さんが気合いを入れ直して構える。
「アンタ、二の腕にお肉がつきすぎじゃない?」
ピクッ
「あー、また行っちゃったじゃないの」
「だっっ、かっっ、らっっ! 余計なことは言わないでください!」
「うはーおいしかったー。
さなえー! こっちはもういいよー! さなえも食べなよー」
下流からチルノの声がした。
妖精たちは並の人間よりはるかに機敏だ。
激流の中のそうめんを、ほいほい、さくさくっと難なく掬っていた。
大苦戦している人間ベースのお嬢さん二人のエラー分は漏れなく妖精たちがいただいていた。
「そ、そうですね、そろそろいただくとしましょうね。
……と、とったあーー!!!」
守矢神社の風祝がついにキャッチに成功した。
天子が持っている椀に移そうとその場でピボットターン。
べしょ 地面に落ちた。
「……アンタ、祟られてるの? それともバカなの?」
天子はもったいなくも落っこちてしまったそうめんと早苗を交互に見ながら憤怒の表情。
「むぎーーー!!
アナタがさっさとお椀をよこさないからイケないんでしょ!
このボンクラ天人!」
「ヒトのせいにしたわね!? ぶきっちょボケナス娘が!」
「なーんですってぇー!」
「まあまあボンクラさんもボケナスさんも喧嘩はよしたまえ」
二人のやりとりを涙笑いで見物していたナズーリンがようやく間に入った。
「今回の仕掛けは正直【イロモノ】だ、向き不向きがある。
だから取れなくとも気にすることはないよ。
広間に別にそうめんを用意してあるからゆっくり食べてくれ」
「でも……」
見た通りの負けず嫌い比那名居天子、隠れ負けず嫌いの東風谷早苗。
二人とも負けたような気がして納得がいかない。
「お二人にも是非食べて欲しいからね。
ここは笑って退いてくれまいかな?」
ネズミの妖怪からの譲歩案、どうするか。
「うん、おいっしーー!」
結局、命蓮寺の広間でそうめんを食べることにした早と天。
ズルズルモグモグ、早苗は予想通りの美味しさに大満足。
「ふん、悪くはないわね」
同じように威勢良く食べているくせに素直ではない天人。
「天子さん! おいしくご馳走になっているのにそんな言い方無いでしょうに!」
「なるほど、そうめんはつゆの旨みを味わうものなのね。
……サナエはこの【おいしさ】を話せる?」
一転して真面目な顔で問いかけた。
「え、話すって? おいしいものはおいしい、で良いじゃないですか」
「薬味のネギや紫蘇、その他【野菜】全ての味が濃くて活きが良い。
きっと名のある産地のものだわ。(by雲居一輪菜園)
生姜が控えめなのも好みね、生姜汁だけを使っているから舌触りの悪い繊維が残っていないし。
全体的に上品にまとめ上げられているじゃない。
誰の調味なの? 機会があればその者に鰹節や昆布を存分に使わせてみたいわね。
……舌の両脇を軽く引っ張るようなホンの少しの酸味は何かしら? これが分からないな」
「柚の皮を完全に干してから磨り潰したものだよ。
極少量しか入れていないはずなのによく分かったね」
様子を伺っていたナズーリンが答えた。
「ふへ……」
早苗はビックリして箸が止まってしまう。
「干した柚か、なるほどね、敢えて風味を飛ばして酸味で下味を支えたのね。
魚介出汁に頼れないから目先を変えたわけか、ふーん。
でも、もう一つ何か欲しいな……
味はこれ以上いじらない方が良いのかな、舌ではなく鼻腔で味わえる香味が……
あ、そうか! ホントならここに【竹の香り】がほんのり移ったそうめんが来るんだ。
それなら話は分かる! うーん、やるじゃない!」
少し興奮している天人娘。
「シェフを! シェフを呼んでちょうだい!」
「まぁ、落ち着いてくれたまえ、ここは怪しげなレストランではないんだから。
しかし、天人さまはとても舌が肥えておいでだな、感心したよ」
ネズミの小妖に言われ、我に返る。
「んん、こほん、今のはナシでいいわ。
……実のところ天界には食材が少ないのよね。
たまに地上に降りて美味しいものを食べ歩くのが私の道楽かしら。
まー、だから不良扱いされちゃうんだけどさ」
そう言って再びズルズルとそうめんを手繰った。
(天人は総じて味オンチだと思っていたが、認識を改めないとならないかな。
これだけ繊細に味を感じ取れ、それを表現できるのだ。
本当に美味しいものを丁寧に大事に味わって食べてきたのだろう。
比那名居天子、覚えておく必要があるな)
ナズーリンは自分以外でただ一人、寅丸星渾身の調味を精確に受け止めた天人娘を心に刻んだ。
「ふうー、ごちそうさまでしたー」
多人数分盛ってあるそうめんは【これでお終い】のタイミングが難しい。
あと一口、もう一口と結構食べられてしまうから。
大抵のモノは自分の限界を少なからず超えてしまう。
「結構いただいちゃいましたねー、お腹いっぱいです」
早苗が満足そうに腹をさすっている。
「そうだね、二人で八人前だからね。
健康な娘さんがおいしそうにモリモリ食べている様は見ていて気持ちが良かったよ」
ナズーリンが器を下げながらにこやかに告げる。
「……え? は、八人前?」
目を剥いた早苗の横で姫海棠はたてがせっせとメモを取っている。
「あの、はたてさん? なにをしてるんですか?」
「お二人の豪快な食べっぷりを記事にしようかと」
「ちょ、ちょっとまってください!」
プリティ&ラブリー路線で売り出し中の風祝に大食い属性は全く必要がない。
「だ、ダメです!
ワタシがそうめんを三人前も平らげたなんて、そんな記事、マズいんです!」
「……サナエ? 誰がどう見てもアンタの方が食べてたじゃない。
アンタ、つゆだっておかわりしたし、私、多く見ても三人前よ?
8ひく3はいくつ? それがサナエが食べた分でしょ?」
天子が強い口調で詰め寄る。
「う、うそです、そんなはずありません……」
「三人前までなら乙女的に『いやっだー! うっそー!』の範囲だけど、五人前となると洒落にならないわ。
正直言って笑えないわよ」
天人が畳み掛ける。
「そんな……」
「たくさん食べられるのは健康な証拠。
早苗ちゃん、気にしない、気にしない」
てゐがフォローする。
「てゐさま……」
基本、イタズラウサギが優しく包むのはお山の風祝だけだ。
「それでも五人前はないわよ」
「ぐぎぎぎっ!」
「サナエ、アンタ、ちょっと変だけど面白い娘ね、ふふふ」
「ふぐぬがぐが!」
いわゆる【オマエだけには言われたくない】台詞だった。
「天子どの、お迎えが来たようだよ」
寺仕えの小妖に呼ばれていたナズーリンが戻ってきて告げた。
「衣玖かしら?」
「そうだ、永江衣玖(ながえいく)と名乗っておられたね」
広間に現れたのは天子や早苗より少し背が高いロングドレスの女性。
際だった美人ではないが立ち居振る舞いが落ち着いた大人っぽい雰囲気。
「総領娘様、お迎えにあがりました」
「よくここにいると分かったわね」
「貴方の気を追っておりましたから」
種族はリュウグウノツカイ【空気を読む程度の能力】の持ち主。
【気】のとらえかたは色々あるのだろう。
「貴方は方向感覚が独特なのですから一人で遠出してはいけませんよ」
「用事があったからんだから仕方ないじゃないの」
「緋想の剣、私の部屋に忘れていったでしょう?」
「あ……そうだったんだ。
もー、あっちこっち探して大変だったんだよ?
そこのネズミが探し物が得意だと聞いたからわざわざ【下】に降りて来たんだから」
探し物の依頼はナシになりそうだ。
「まあいいわ、それで持ってきてくれたの?」
「剣はご当主様に返しておきました」
「はあああーー!? お父様に!?
私の断りもなく、何勝手なことをしているのよ!」
「何度も申し上げますけど私は貴方の従者ではございませんよ?
どちらかと言えばお目付役です。
お父様、ご当主様にご恩があるから仕方なく貴方の世話をしているのです」
「仕方なくって……」
強気な天子もさすがに鼻白む。
『このお目付役もなかなかの性格だな』
シュルっとナズーリン。
『ちょうどいい塩梅の組み合わせなんじゃない?』
「サナエ、今度、アンタの神社に遊びに行ってあげるわね」
「え?……」
それこそ迷惑千万、早苗の顔がどよんと曇った。
不吉な予言を残し、天人と連れは行ってしまった。
「いやはや、野分のような娘だったな。
あとは早苗どのに任すとしよう」
「どーーーしてあんな変なのを押しつけるんですか!
迷惑ですよ!」
「いいコンビだったじゃないか」
「アナタの眼は洞穴ですか!?」
「節穴だろ?」
「そ、そうとも言います。
とにかくもう、ゴメンですからね!」
「しかし思っていたよりも知性がありそうだし、繊細なところもあるようだよ?
興味深いだろ?」
「だったらナズーリンさんが相手してくださいよ!」
「仮にも巫女なんだからどんな【ご縁】も大切にしなくちゃいけないよ」
「ご縁にも良縁と悪縁があります。
お寺だって縁切寺があるじゃないですか!」
「理屈っぽい娘だなあー」
「あ、アナタがそれを言うんですか!?」
ネズミの賢将相手にこれだけポンポンビシバシ、スパイクを打つモノはそうはいない。
守矢神社のウイングスパイカーはプリプリしながら帰っていった。
プンスカしながらも帰り際に『そうめんご馳走様でした、とても美味しかったです』と丁寧に頭を下げた。
色々ぶっ飛んでいるが、律儀で礼儀正しい娘だ。
「はてさて、この後どうなるか、面白そうだ」
「ナズリン、アナタの仕掛けは最初が唐突なんだよ。
だからいっつも回り道になるんだよ、分かってる?」
ほくそ笑むネズミにウサギが苦言を呈する。
「どういうことですか?」
ツインテ天狗がたずねる。
「この変態ネズミはあの二人を友達……コンビにしようと考えているの」
「コンビですか?」
「友達のいない二人の間を取り持ってやったんだよ。
さしずめ私はキューピッドだね」
「こんな邪悪で不気味なキューピッド、願い下げだわね」
「不気味は言いすぎだろ?」
「皆さん、いらっしゃいませ」
広間に寅丸星がやって来た。
片付けが終了したようだ。
「てゐさん、たくさんの竹をご用意くださってありがとうございました。
おかげさまで大盛況でした」
「寅丸さーん、おたくの従者がまた変なこと企んでいるよー」
「それって、ナズーリンが通常営業しているということですか?」
ぷっっ ×2
ワザとらしいチクリに少しおどけてみせる星。
この返しはてゐとはたてにウケたようだ。
「ご主人様……」
一方のナズーリンは顎をそらし、下唇を噛んで不満を表現している。
「あらあら変なかおー、うふふふー。
皆さん、ナズーリンが企むことに間違いはございませんからご安心ください」
「ねえ、それ本心から言ってる?」
てゐが意地悪く聞く。
「……えーと、多分、おーよそ、そこそこ……ですかね?」
再びおどけてみせる。
「ご主人様! そこは力強く肯定するところじゃないのか!?」
「あはははははー」
陽気で優しい毘沙門天の代理が楽しそうに笑う様は周囲を柔らかく明るく照らす。
はたてはもちろん、てゐでさえしばし見とれるほどだった。
「サナエー、遊びに来てあげたわよ」
翌日、昼過ぎに比那名居天子が守矢神社にやって来た。
ホントに来やがった、昨日の今日で。
「昨日は食べ過ぎて寝苦しかったわ。
さすがにサナエもキツかったでしょ?
朝もお茶一杯で十分だったしねー」
「で、ですよねー」
夕べは普通に晩御飯をカポカポ食べてぐっすり眠ったとは言えない。
今朝は目玉焼きを乗せたソース焼きそばに、ふかしたジャガイモ2個なんて言えない。
大食い属性は死んでも回避したい。
「早苗、お客さん?」
「あ、諏訪子さま」
二人の前に現れたのは白金の髪の少女。
いつもの目玉付き市女笠は被っていない、あれは外出用だ。
天人娘をじっと見つめている。
天子は今まで経験したことのない圧迫感にじっとり脂汗が出てきた。
こちらを見ているはずだが、焦点はもっと先にあるように思える。
自分のすべてを見透かすような冷めた視線。
「名は?」
「ひ、比那名居、て、天子」
いつのまにか喉が干からびていて、咄嗟に声がでなかった。
「私は洩矢諏訪子。
早苗と仲良くしてやっておくれな」
「……はい」
傍若無人な我が儘娘が素直に返事をした。
「ぷはああーー」
諏訪子が社殿の中に消えた後、溜めていた息を盛大に吐き出した。
「い、今の誰なの?」
「洩矢諏訪子さまですよ、名乗られたじゃありませんか」
「いえ、名前じゃなくてさ」
「あーー」
早苗はなんとなく理解した。
ほとんど神社から出ることはないから存在自体が目立たない諏訪子。
遠目からはトリッキーな装いの少女にすぎない。
だが、土着神の頂点である彼女に至近で接したモノはその圧倒的な存在感に打ちのめされる。
もちろん例外はいるが。
「説明すると長くなってしまいますが、簡単に言うと【神様】ですよ」
「簡単に言いすぎでしょ? ただの神様じゃないわよ」
諏訪子のオーラを感じ取れる感性はあるらしい。
「機会があれば教えてあげますよ、うふふ」
天子が【私の神様】に恐れ入っている様子に早苗はちょっと気分が良くなった。
「今日はガールズトークを展開するわよ」
「いきなりなんなんですか?」
神社の縁側に腰掛けた天人娘が切り出した。
「まずは恋バナね」
「お話の流れが全くつかめないんですけど」
「サナエ、アンタ、恋人いる?」
早苗は正直に首を振る。
「いないの? ださっ」
「そう言うアナタはどうなんですか」
「私くらい高貴な生まれだと、恋愛も制限されてしまうのよ」
「つまり、いないんですよね?」
「好きな人がいるなら相談に乗ってあげても良いわよ。
私、天界では【恋愛大将軍】とか【恋愛オフサイド】と呼ばれているんだから。
そしてところによっては【恋愛ゲルゲ】の異名を持っているのよ」
そんなトンチキな異名をつけられているヤツに真面目な恋愛相談ができるわけがない。
「古道具屋の店主がカッコいいと聞いているんだけど?」
「んー、私が聞いたところでは絶食系男子で正体は妖怪【旗折り小僧】らしいですよ」
「なにそれ? でもボーイフレンドの一人二人はいてもいいわね。
あの衣玖でさえいるくらいなんだから」
「衣玖さんのボーイフレンドですか」
昨日見たリュウグウノツカイはとても大人っぽかった。
どんなBFなんだろう、早苗も興味津々。
「空散歩の時に知り合った【オジサマ】なんだって。
口数は少ないけど、誠実で優しいジェントルマンだって言っていたわ」
「へえー、なんだかとても素敵ですね」
大人な女性とジェントルマンがお洒落に交遊するイメージに食いついてしまう早苗。
「サナエの好みのタイプってどんな感じなの?」
グイグイくる天子だが、早苗もなんだかんだで答えてしまう。
「アナタに本物のイイオトコを教えてあげましょうか。
私の好みのタイプは……」
結構、盛り上がっている。
この後、二人して人里の甘味処におもむき、餡蜜やトコロ天を食べながらわいわいおしゃべりをした。
「それじゃ帰るわ、またね」
【ガールズトーク】を堪能した天子が帰り際、早苗をちょっと見つめた。
いつも虚勢を張って険しい顔を作っているが、この時はふわっと緩んでいた。
紅い瞳が綺麗だった、とても綺麗だった。
(いやだ、このヒト、美人なんだ、全然納得いかないけど……)
早苗は理解不能のドキドキを抑えようと苦労していた。
「サナエってブスだけど付き合い良いから好感が持てるわ」
(……いま、なんて言ったの? ブス? ぶす~ぅ~ぅ?)
~ぅ、のところが上下する。
生まれて初めて言われた。
幻想郷に来てからは周囲のレベルが滅茶苦茶高いので気後れしてしまっているが、ずーっと可愛い早苗ちゃんと言われてきたのだ。
※何度も注釈を入れるが、この二人、どこに出しても決してブスとは言われない別嬪さんだ。
自分にフリッツ・フォン・エリック並の握力があれば顔面を鷲掴みにして握りつぶしてやりたいと思う早苗だった。
「女が二人でいると片方は引き立て役とか言うじゃない?
でも、私はそんなこと気にしてないから。
サナエも気にしなくて良いのよ」
爽やかで素敵な笑顔で言いやがった。
つま先で尻の穴を思いっ切りっ、蹴り上げてやりたい。
翌日も神社にやってきた天人。
『さーなーえーちゃーん あっそびましょー』
実際にそう言った訳ではないがノリはこんな感じだった。
早苗はウンザリ、神社の仕事が終わるまでダメだと告げると我が儘天人は意外にもおとなしく待っていた。
「サナエの行きつけのお店に連れて行ってよ」
そう言われても幻想郷では珍しく下戸な早苗は夕方から寄れる店など心当たりが無い。
ちょっと考えた後、以前世話になった夜雀の屋台を思いついた。
「えー? 屋台? 妖怪がやってるの?」
言うと思った。
「大事な恩人のお店なんです、女将さんに失礼したら絶対許さなえから。
約束してください! そうしないと連れて行きませんよ!」
この天人は妖怪をアンダールッキングしているので釘を刺しておかねばならない。
「ふーん、分かったわよ」
「昨日、アンタが好みのタイプだって言っていた【バラン】ってロボットでしょ?」
「そう言いましたよ【バビ●二世】に出てくる戦闘ロボットだって」
「調べたんだからね、全裸で鉄球振り回す変態ロボだったわ!」
「変態って失礼ですねー、デザインですよ」
「なんであんなのがタイプなのよ、アンタ、おかしいんじゃない?」
夜雀ミスティア・ローレライの屋台で天子が早苗に文句を言っている。
屋台の席に着いたはじめこそ訝しげだった天子だが、八目鰻の串と雀酒にはウムウムと頷いていた。
料理に文句はないようだった。
「無口で乱暴者だけど、実直で頼りになりそうですし、最後まであきらめない不屈の根性が素敵。
それに髪型も結構オシャレですし」
「そんなのが良いなら【ポセイドン】の方がよっぽど強くて頼りになりそうよ?」
「分かってませんねー【ポセイドン】と手をつないで町を歩けますか?
カフェーに入れますか? 大きすぎて彼氏には成り得ませんよ」
「……【バラン】も相当デカいみたいだけど?」
「3.5メートルです、手をつないで歩けるギリギリです。
背の高い彼氏ってそれだけでなんだか誇らしいですよねー」
「絶対間違ってる。
そもそも、アンタ【バラン】と茶店でスイーツ食べるっての?」
ミスティアにとっては異次元の会話だ。
全く入っていけない。
久しぶりに会った東風谷早苗から気の強そうな天人の娘を紹介された。
その時、早苗が何故か申し訳なさそうにしていたのが印象に残った。
「正直に言いなさいよ、ホントに好きなのは誰?」
「BK-1です」
「それ、誰?」
「知りませんか? 通称ブライキングボスです。
野心家ですが実は思いやりがあって一途なヒトです。
不幸な生まれ故かいつも愛に飢えていました。
私、守矢の巫女でなければ彼の野望を助けてあげたかった」
「……サナエ、アンタ相当ヤバイわよ?
早いうちにちゃんとしたカウンセリングを受けたほうが良いよ」
音がするくらい【カチンッ】ときた。
つい最近、同じことを言われアタマにきたばかりだったから。
奢ってあげると言い張る天子を制して何とか割り勘に持ち込んだ早苗。
借りは作りたくなかった。
ミスティア・ローレライは相当オマケしてくれたようだ。
勘定を済ませた後、立ち上がろうとしたが天子が考え込んでいるようだった。
もじもじしているようにも見える、らしくない態度だ。
「ねえ、サナエ」
「はい?」
「アンタ、友達いる? どうせいないんでしょ?」
何故決めつけるのか。
元の世界で泣く泣く別れてきた親友のことを思いだし、頭に血が昇った。
「いますよ」
「へー、じゃあその友達は今どうしているのよ」
意外そうな天子。
「そ……それは」
八坂神奈子について幻想郷に来るために大切な友達との縁を切らなければならなかった。
神の力を持って親友の記憶にある東風谷早苗を書き換えた。
親友の心に居たはずの自分、東風谷早苗が消えてなくなってしまったのだ。
誰にも言えなかった心の苦しみを因幡てゐだけが受け止めてくれた。
そして、やっと、やっと立ち直れたのに。
「やっぱりいないんじゃない」
いないのではない、切ったのだ、捨てたのだ。
もっとも触れて欲しくないところへ土足で踏み込まれた。
(やめて……もう、やめてよ……)
怒りとともにこみ上げてくる拒絶。
「あのさ、私、友達になってあげようか?」
最悪のタイミングで最悪の提案。
「……アナタなんか、アナタなんか! アナタなんかがー!!
私の友達になれるわけないじゃない!!」
爆発した。
これまでも度々早苗は天子に怒ってきた。
だが、今の怒りと拒絶は異質だった。
風祝は去ってしまった。
呆然としている天人が残された。
「なによ、サナエのバカ……バーカァ……」
声が震えている。
オロオロしているミスティア。
客同士の酒席での喧嘩など珍しくもないのだが、この度は何か良くない喧嘩のように思えた。
守矢神社を訪れているナズーリン。
いつものように洩矢諏訪子と碁を打つためだ。
泰然自若な土着神と、のんびりペチリ、パチリ。
ぽつりぽつりと他愛のないことや近況を話したりもする。
諏訪子によると早苗に元気がないようだと。
この二週間、比那名居天子を見かけないと。
(なにがあった?)
理由はすぐに分かった。
翌日、命蓮寺へ稲荷寿司の仕入れに来たミスティアがナズーリンに顛末を告げたのだ。
(ありゃ、いきなりそうなったのか)
てゐに報告すると、ザ・軽蔑の表情で言われた。
「言わんこっちゃない、どうすんのよ」
早苗の【友達】に関しての心傷は二人ともよく知るところであった。
ナズーリンなりにどうにかしてあげたいと思い、直感に従って引き合わせたのだ。
「悪くない組み合わせだと思うんだがなー。
とりあえず比那名居天子の様子を確認したいな」
「わざわざ天界に行くつもり?」
「んー、まずはお目付役に聞いてみるか」
「あのリュウグウノツカイのヒト?
どうやって探すのよ、空飛んでるんじゃないの?」
「大丈夫さ。
この辺りの高度、高々度の空域で雲山が知らないことはないはずだから」
「おーい、一輪」
「なに?」
寺務所にお寺の守護役をたずねる。
「怖い顔するなよ、折角の美人が台無しだぞ?」
「つまらないこと言ってんじゃないよ、尻尾を引っこ抜くよ。
さっさと用件を言いな」
決して愛想が良いとは言えない雲居一輪だが、特にナズーリンに対してはキツい。
根本的にウマが合わないこの二人にとってはいつものやりとりだ。
「雲山を呼んでくれないかな、聞きたいことがあるんだよ」
一輪は片方の眉を釣り上げたままナズーリンを見つめている。
ナズーリンも一輪を見つめる。
「……真面目な話なのかい?」
「うん」
「分かった、ちょっと待ってな」
一輪はナズーリンに対して信用・信頼など考えたくもない。
だが、このクソ生意気なネズミは寅丸星のためならばあっさりと自分を捨て、身も心も犠牲にすることを厭わないと知っている。
それは自分の聖白蓮に対する覚悟と心構えに通じている。
腹立たしいことだが。
そして、普段は何かにつけ癇に触る相性最悪の変態ネズミだが、コイツが真剣になるのは他人を助けるためだとも知っている。
だからその時だけは力を貸してやると決めている雲居一輪姉さんだった。
「『散歩友達だ』と雲山は言っている」
雲山によると永江衣玖とは知り合いらしい。
それなら話は早い。
しかし。
「雲山も隅に置けないな、やるもんだねー」
大きな雲がグオグオとくねった。
「『清い交際だ、やましいことなど何もない』と雲山は言っているよ」
「もちろんそうだろう、うんうん」
ナズーリンがクヒヒっと笑った。
雲山がモクモクモリモリ大きくなっていく。
「この!……」
「ナズリン! よしなよ! それどころじゃないんだから!」
文句を言おうとした一輪を制し、因幡てゐがナズーリンの尻をぼかんと蹴飛ばした。
「ふざけるのは後でしょ?」
「む、そうか、もっともだね」
普段は自分よりおふざけなウサギ妖怪に窘められたネズミ妖怪。
てゐの行動により平静に戻った一輪&雲山。
「『用事があるなら連れていってやるが』と言っているけど?」
「そうそう、それが大事なところだ、雲山、頼むよー」
「ったく……」×2 (一輪&てゐ)
雲山にナズーリンとてゐが乗っている。
高々度飛行となるとかなりの妖力を消耗するから便乗させてもらうことにした。
一輪は同行していない。
『使役する立場だけど、雲山のプライベートは尊重する。
どんな女と付き合おうと自由だよ』
そう言ったスタンスらしい。
雲山はグオグオガオガオ言っていたがよく分からなかった。
「しかし、キミが一緒に来るとはね」
「早苗ちゃんのことだからね。
それにこれに関してはアナタに任せっきりは危ないもの」
ごうんごうんと空を行く大空妖雲山に埋まりながらやり取りする腹黒幼女のプリポナ二人。
「雲のオジサン、左に向かって!
風音が少し引っ掛ているの!
何か細長いものが風を流れに逆らって飛んでいるわ」
てゐが雲山に言う。
五感、特に聴覚に関しては桁外れの感度を誇るウサギの長老。
永江衣玖に遭遇した。
「あら、オジサマ、こんにちは」
以前会った時とは大違いの優しげな表情。
グオグオ。
「え? あー、そのお二人とは面識がございますよ」
どうやら衣玖は雲山と楽に会話ができるらしい。
「幽閉されました、でも、それなりに広い部屋ですから蟄居ですかね?」
比那名居天子の様子を聞いたところ、ビックリするような事実を知らされた。
「なにがあったんだね?」
ナズーリン、てゐ、そして永江衣玖がゆっくり飛んでいる雲山の上で話す。
「総領娘様は緋想の剣を再び持ち出そうとして見つかってしまったのです。
今回ばかりはご当主様も許してはくれず、閉じ込められました。
恐らく数年は出てこれないかと」
「なんでまたそんなことを」
「総領娘様は……面倒ですから【ソー娘】(そーむす)と略しますね」
「キミも大概だな」
「ソー娘は東風谷早苗さんとお友達になりたかったようです」
これまでのことを勘案すればそうなのだろうと推測できるが。
「ソー娘は昔から身の回りの出来事を私に話すのです。
……ほかに話を聞いてくれるモノがいないからですけど。
閉じこめられる前まで早苗さんの話ばかりでしたね。
……情けなくなるほど勝手気ままな振る舞いで早苗さんが気の毒です。
自分が友達になってあげなきゃと張り切っていました。
……思い上がりも甚だしいんですけど。
お察しの通り、ソー娘に友達はいないのです。
……あのような性質ですので大抵のモノは嫌気がさしますね」
ナズーリンとてゐ、口の悪い二人が思わず顔を見合わせるほどの酷評だ。
「ソー娘はおバカさんですけど、頭は良いのです、賢いのです。
周囲をよく見ているし、立ち回りも上手です。
物知りですし、それなりの感性もあります。
ですが本質は間違いなくおバカさんです。
ここ一番で他人の気持ちを斟酌せずに大ポカをやらかすのです」
「ワタシ、そういうネズミ知っているよー」
今回は何も言い返せないナズーリン。
「早苗さんをよほど気に入ったのでしょう。
あれほど嬉しそうなソー娘は初めて見ました。
友達になろうの申し出を断られて大変なショックを受けていました。
ソー娘はああ見えてとても臆病なのです。
友達のいない自分の性状を客観的には理解しているのです。
勇気を振り絞って言ったのだと思います。
ですが玉砕しました。
きっと、最悪のタイミングで最悪の言い方をしてしまったのでしょう。
それ自体はいつものことですが、落ち込みようが尋常ではありませんでした」
「永江どの」
淡々と淀みなくビターな言葉を紡いでいるリュウグウノツカイを遮る。
「衣玖と呼んでください」
「では衣玖どの。
話の途中で恐縮だが、どういった経緯で緋想の剣とやらが絡んでくるの?」
「ナズリン、せっかちだねー」
「あ、うん……そうだね。
すまない、腰を折ってしまったな」
「いえ、こちらこそクドクドとすみません。
どうも私は言葉が足りないようなのです。
話す内容も唐突だと言われておりますので最近は意識して細かく話をするようにしているのですが加減が難しいですね」
確かに永江衣玖の地震予告は簡素すぎて却って混乱を呼んだことがあった。
「では、そのあたりをお答えします。
ソー娘は早苗さんが友達になってくれないのは自分が大したことないからだと思い込んだようです。
自分が弱くて尊敬に値しないからだと。
だから早苗さんに認められないのだと。
ならば力の源となる緋想の剣と共にあれば認められるはずだと。
……悲しくなるほど短絡的です。
普段はここまでバカではないのですが、よほどショックが強かったようです。
後先考えずに行動してしまいました」
「どうしたものかな」
「どうしようもないじゃない」
ナズーリンは胸の前で腕を組み、てゐは頭の後ろで腕を組んでいる。
この件についての二人の取り組み方が態度にも出ている。
「衣玖どのはどうしたい?」
賢将がお目付役に話を振る。
小妖二人を見ていた永江衣玖だが、ややあってから再び語り始めた。
「ほとんどすべてが自業自得なのですから、いい薬だと思っています」
「厳しいねー、でも、ホントは?」
てゐが何気なく聞いた。
「何とか助けたいです」
全く表情を変えないで告げた衣玖。
『ねえ、この女が分からなくなってきたよ?』
『これだけ遠慮なく言えるのはそんだけよく見てるって事だし、仲が良いってことでしょ』
シュルシュル会話の内容に反応したかは分からないが空飛ぶレアアイテムの眉がピクッと上がった。
「お二人の話、聞こえておりますよ」
「ありゃ」
「正確には【聞こえる】のではなく【読める】のですけどね。
能力のおかげでしょうか」
「それは失礼してしまったね」
「お気になさらずとも結構です。
お二人には正直に申し上げましょう。
私、少し嬉しいのです」
「閉じこめられたことがかい?」
「これまでもヒトの目を引こうとあのバカ娘がトンでもないことをしでかす事はたびたびありました。
ですが、今回は早苗さんだけを求めてやらかしたのです。
ソー娘がそれほど思いを込められる相手に出会えたことが嬉しいのです。
……早苗さんにとっては迷惑かもしれませんが」
衣玖が続ける。
「出来の悪い妹のようなものですが、あのコに幸せになって欲しいのです。
バカな子ほど可愛い、との理屈から言えば、あれほどの激烈バカならば激烈可愛い、となりますよね」
「その意見には肯首しかねるけど」
「でも、自分の命の次に大切な存在ですから。
おや?……信じられませんか?」
「いや……」
散々な物言いをしてきただけに真意が掴みづらい。
「助けるにしても、勝手に逃がしたらお尋ね者になりかねない。
閉じこめたのは父親、ご当主様だと言ったよね?」
「はい」
「ならばそこを突き崩すしかないな。
ご当主様のこと、もう少し詳しく教えてくれないか?」
ナズーリンは一丁噛みするようだ。
「大変立派な方でございます、私も尊敬しております。
ですが、親バカの完全保存見本なのです。
立場上、娘には厳格に接しているつもりのようですが、【超】がつく親バカです。
天界で浮きに浮いているバカ娘のことが心配で仕方ないのです。
友達がいないことを当人以上に憂えているのは比那名居のご当主様です、お父様です。
今回の蟄居もご本人は文字通り【泣く泣く】でしょう」
「ふーむ」
ネズミの賢将が腕組みしたまま顎をコリコリ掻いている。
横目で詐欺ウサギをちらと見る。
相方はゆっくりと瞼を閉じ、口をぎゅっとつぐんだ。
【空気を読む程度の能力】を有する永江衣玖。
一見は獣型の小妖、実は世間擦れしている大年寄り二人の微かなやりとりをなんとかとらえた。
この二人は恐らく比那名居の当主に対する策を同時に思いついたのだ。
ネズミが『これでやってみるか?』と問い、ウサギは『ワタシはイヤ』と答えたのだろう。
「なにか方法があるのですか?」
「あるようなないような、まぁ、ご当主様に頼み込むのが早道なのだがね……」
歯切れの悪い賢将。
「今回ばかりは直接お願いしても無理でしょう。
いくら私がご当主様の愛人とは言え、おねだりできないこともあります」
「え? 愛人……なの?」
これはビックリ。
「冗談ですが」
しれっと。
「お二人のやりとりに食い込みたかったのです」
「あはははー! おねーさん面白いねー」
ナズーリンは少し引いたが、てゐは大笑い。
ブラッキーな冗談にはウサギ妖の方が耐性がある。
「早苗に状況を伝えるべきだと思うがね。
その上でどうするかは彼女の判断次第だ」
「早苗ちゃんは優しいから状況を聞いたら自分の気持ちを抑えて天人の娘を助けようとするよ。
でも、それはあのコの本心じゃないから後でたくさん傷ついちゃう」
衣玖と別れ、命蓮寺に戻ったナズてゐ&雲山。
雲山は何も言わずに飛んでいってしまった。
「ホントにキミはあのコに甘いな」
「ワタシにだってそんなコが一人くらいいてもいいでしょ」
東風谷早苗が比那名居の当主に『天子さんの友達です』と告げる。
自分が緋想の剣を見たいとねだってしまったためにこんなことに、と説明する。
私の友達を許してくださいと懇願すれば状況は好転する。
だがそれは風祝の心内を完全に無視することが前提だ。
「早苗はお使いに行っているよ」
翌日、守矢神社を訪れたナズ&てゐを洩矢諏訪子が迎えた。
早苗へのアプローチは彼女の現況を確認してからにしようと意見がまとまった。
だが当人は不在だった。
「ナズーリン、そちらのウサギさんは?
何度か見かけているけど」
「ワタシは因幡てゐ、ナズリンの友達、よろしくね」
珍しく真面目に答える詐欺ウサギ。
「早苗がよく話す『てゐさま』だね。
その節は【娘】を助けてくださり、ありがとう」
軽く頭を下げた。
「なるほど、よく見ればタダモノじゃないようだね。
ナズーリンの友人か……ふうーん、いいコンビだ」
最凶クラスの祟り神がニヤーっと笑う、ちょっと怖い。
なんだか落ち着かない腹黒コンビ。
「ところで比那名居天子と言う天人を知っているね?
早苗の友達なんだけど、最近見かけないんだよ。
あ、昨日も言ったっけな? 何か知らないかい?」
いきなり核心をかすめる剛速球。
諏訪子の中では天子=早苗の友達、のようだ。
「聞いたところによると事情があって外出できないらしい」
ナズーリンが言葉を選んで言う。
「そっかー、だから早苗の元気がないのかな。
聞いても何でもない、としか言わないけど、きっとあの天人娘のことだね」
風祝は昔から大抵のことは諏訪子、神奈子の二注に報告するのだが、この件は特別のようだ。
『んー、これは好機なのかな?』
『分かんないな、迷うとこだね』
『キミが迷うとは珍しいな』
『大事なもののことは心が揺らいで判断が鈍くなるんだよ、アナタだってそうでしょ?』
『違いないか、だが今回は……』
『ワタシたちがやるよりマシだと思うよ』
毎度の高速会話は結論に至った。
「諏訪子どの、早苗と比那名居天子の件、分かっていることをすべて話すよ」
ナズーリンはこれまでの状況を説明した。
友達云々で決裂したこと、秘宝を持ち出そうとして幽閉されたこと、天子の思いのこと、比那名居の当主のこと等々。
表現力豊かな毘沙門天の遣いは、報告・説明のエキスパートだから漏れは無い。
「そうか、やはりまだ【コノエちゃん】のことを引きずっているのかな。
まだまだ多感な年頃だし、仕方もないか……」
ナズーリンの説明を聞き終わった洩矢諏訪子が腕組みしている。
そして。
「大事な【娘】のことだ。
この先は私に任せてもらおうか」
とりあえず小悪妖怪二匹の目論見通りの展開になった。
早苗は困っていた。
あの時はトンデモ天人からヒドいことを言われ、感情がほぼMAXまで高ぶってしまった。
普段の自分なら決して言わないようなキツい言い方をしてしまった。
でも、間違っていたとは思わない。
『友達になってあげようか?』
フザケた奴だし許せないし。
かつての親友とは余りに違いすぎる。
でも、一緒に行った人里の甘味処やミスティアの屋台。
『サナエのオススメは? 何が食べたいの? 私も食べてみたい』
およそは自分勝手なのだが早苗の好みを優先しようとする。
ちょっと気の利いた面白いことも言う。
腹の立つことも多いが退屈している暇がない。
(それでも、友達なんて思えないな。
だって無神経だし ……そう言えば【コノエ】も結構、無神経だったな、あはは。
私、気にし過ぎなのかな? いえ、そんなことないはずだ)
天子が来たらなんて言おう。
謝る必要はこれっぽっちもないはずだ。
それでもあれこれ考えていたのにいつまで待っても来ない。
来やしない。
全くもって勝手な娘だ、人の気も知らないで。
「おーい さなえー」
「……諏訪子様」
「少し前に何度かやってきた天人の友達がいただろ?」
「友達ではありませんよ」
「悪さをして幽閉されたそうだよ、数年は出てこれないようだ」
「え?」
諏訪子はナズーリンに伝えられた情報をかなり端折って伝えた。
「数年……」
千年単位で生きている神様や妖怪と、最近まで人間だった早苗の時間感覚には当然ズレがある。
「かわいそうだから助けてあげなよ」
「私がですか?」
「オマエにしかできないんだよ。
私、友達です、許してやってくださいと告げたら多分解放されるんだとさ。
簡単だろ?」
「でも、でも、私、あのコの友達じゃありませんよ」
「だったら友達になればいいじゃないか」
「ええー?」
「ヤな娘なのかい? 嫌いなのかい?」
「よく分かりませんけど……」
「分からないのならとりあえず行動しなさい。
行っといで、GO GO GOだよ! さあ、早く!」
「は、はい!」
改めて出かける支度をするために社殿に下がった早苗。
物陰に隠れていたナズ&てゐはその様子を確認して飛び出した。
洩矢諏訪子に二人して詰め寄る。
「ちょっと! 諏訪子どの! いきなりすぎるだろ!?」
「ねえ! 早苗ちゃんの気持ちはどうなるのよ!?」
かなりセンシティヴな問題だったので保護者の判断に任せたのだ。
丸投げとも言うが。
だが、土着神の頂点は繊細な部分をフルスイングでカッ飛ばしてしまった。
当の諏訪子は至って涼しい顔。
「オマエたち、難しく考えすぎなんじゃないか?
例えば私と神奈子だって始めは滅ぼしあおうとしていた立場だったよ。
それが今ではこんな感じさ。
どんなきっかけで友達になるのか、それこそ神にだって分かんないよ」
眼前の神様が言っていることはきっと真理だろう。
だが、ナズーリンとてゐは揃って渋い顔。
「早苗は考えすぎる嫌いがあるからね。
たまには背中を突き飛ばしてやった方が良いんだよ。
それに、二人とももう少し信用してやっておくれよ。
ウチの早苗は可愛くて優しいだけじゃないよ、とても強いんだから」
そう言って得意げにニマァと笑った。
「それにあの天人の娘、素直じゃないけど良い子だよ。
そうだろ?」
諏訪子はナズーリンとてゐをゆっくり交互に見る
「まぁ、悪い奴には見えないがね」
「生意気だけどズルくはなさそうだし、ひねくれているけど正直そうだし」
「てーゐ、何か私に含むところがあるのか?」
支度を終え庭に戻った早苗はナズ&てゐを見つけ戸惑っていた。
「あの、お二人とも、どうなさったんですか?」
「早苗、天界はとっても高いところにあるんだよ。
ただ空を飛べるからってだけで簡単に行けるところじゃない。
今のオマエじゃ無理だよ」
答えたのは諏訪子だった。
「それじゃ、どうやって行ったら……」
「このナズーリンに手立てがあるらしいよ。
頼んでみれば?」
「うええええ~~」
反射的に超歪曲顔面になった風祝。
「早苗、その顔やめなさい、ヒドいよ」
【親】が嘆くほどの変顔だった。
「さあ、私と共に行こうか~?」
ワザとらしくニヘラ~、と笑うイタズラネズミ。
「ううう……」
唇を噛みしめ、泣きそう。
そんなに嫌なのか。
「早苗ちゃん、ワタシも一緒に行くからさ」
「てゐさまが? ありがとうございます!
それならなんとか我慢できそうです」
今度はパアーっと華やいだ表情。
『私、エラく嫌われたもんだね』
『自業自得だって何度も言ってるじゃん』
シュルルルっと。
「諏訪子さま、それでは行ってきます」
「うん、しっかりやっておいで。
ホントに欲しいモノは力ずくでモギ取ってくるんだよ」
物騒なエールだが、洩矢諏訪子は元々かなり荒っぽい神様なのだ。
「早苗どの、比那名居天子の居場所なんだが」
「天界なんですよね?」
「そうだね、でも天界は広い、どこだか分からない」
「はあ? 手立てがあるって言ったじゃないですか?
まったく、いっつもいい加減なんですから!」
「ヒドいなぁ、まだ話は終わっていないだろう?
居場所を知っているヒトとコネがあるんだよ。
早苗どのも会ったろ? 永江衣玖どのだ」
早苗も思い出したようだ。
「そして天界に行くためにナイスガイの協力を仰ぐつもりだ」
「もしかして雲のオジサマですか?」
「その通り、彼ならかなりの高度でも難なく飛べるからね」
「シブくてカッコいいですよね!」
「おっ? キミの好みなのかい?」
「厳密にはそうではありませんが、素敵だなーと思っていました。
あの遠くを見る眼差しは、厳しくも優しい孤高の狩人です。
きっと、気の遠くなるような長い時間、遙か彼方にいる獲物の隙を辛抱強く待ち続けているんです」
「厨二病の発作かね?」
「……どーしていちいち茶化すんですか!?」
「あ、すまん、つい、ね。
だが、キミの男を見る目は確かだよ。
雲山は滅多にいない【本物の漢】だからね」
命蓮寺方面へふよふよ飛んでいるナズ&てゐと早苗。
「早苗ちゃん、大丈夫?」
それまで黙っていた因幡てゐが早苗の手を握りながら問うた。
「てゐさま、お気遣いありがとうございます。
……ホントはよく分からないんです」
この若い娘の心が大きく揺らいでいるのは確かだ。
それでも行動を起こした。
【保護者】に半ば強制されたとは言え、自分で動いたのだ。
不安定な新米現人神をネズミもウサギもそれぞれのやり方でリラックスさせようとしていた。
命蓮寺では守り守られし大輪が出迎えてくれた。
「雲山が珍しくずっとお寺のそばにいるんだよ。
聞いても『なんとなくだ』としか言わないしさ。
もしかしてアンタ達を待っていたのかな?」
雲居一輪は珍しく楽しそう。
「雲山、またお願いしたいんだ、実は」
ナズーリンの台詞はグオグオと遮られた。
「彼は『みなまで言わなくて良い』と言っている」
「今度はちょっと遠出になりそうなんだけど、いいのかい?」
グオウムム
「……ふむふむ
『友を助けたいと願うモノが私の力を必要としている。
理由としては十分すぎる』と言っている」
かっけー! それに察しの良さがハンパない。
「と、友達なんかじゃありません!
便宜上の措置で友達の振りをするだけですよ!」
早苗がわたわたと言い訳をする。
ググムム
「『それもまた良し!』だってさ」
雲山に乗った三人は程なく永江衣玖と合流した。
きっと、このお目付役も状況を読んで近い空域にいたのだろう。
「早苗さん、この度は申し訳ございません、そしてありがとうございます」
風祝がやって来た理由を聞かされたリュウグウノツカイは深々と頭を下げた。
「自分勝手ではた迷惑な娘ですが、根は優しくて淋しがりなのです。
何とぞよろしくお願いいたします」
もう一度頭を下げた。
早苗は自分の行動の是非も分からないままなので返事のしようもない。
「天界って勝手に入れるの?」
ウサギがネズミにたずねる。
「もちろん結界はあるよ。
でも、衣玖どのが一緒だから問題ないだろう。
それに私だけでもどうとでもなるしね。
なにせ私は天界のそのまた上、天上界の神様の遣いなんだから」
「へええー、すっごーい、知らなかったわー」
棒読みのてゐ。
「そ、そうなん……ですか?」
早苗は素で驚いている。
本当に知らなかったようだ。
「キミが意図的に私に関心を持たないようにしているのは分かるが、これは幻想郷の【常識】だよ」
「てっきりタチの悪い冗談かと」
「失礼だね、 ん? 私を尊敬する気になったかな~?」
「全く逆です、神様の遣いなのになんでこんな……こんな……」
「早苗ちゃん、ハッキリ言ってイイよー」
「ひねくれてて意地悪で変態なんですかーー!」
ハッキリ言った。
「そうだよねー あっはっは」
笑うてゐにつられてナズーリンも大笑い。
「うはははー! いやー、まったくだなー!」
「笑ってる場合ですか!」
雲山に乗った四人のパーティーが雲海を昇って行く。
「とりあえず【お姫様】を救い出すことが先決だ。
幽閉されているお姫様を救い出すのは勇者か王子様と決まっているからね。
王子様、頼むよ?」
ニタっと笑いかけられ早苗は歯噛みする。
「ぐぎーっ!」
「早苗王子、比那名居の屋敷が見えてまいりました」
リュウグウノツカイが真面目くさって言う。
「それ! やめてください!」
「雲山さんは近くで待機するそうです、 『朗報を待つ』と仰せでした」
四人は比那名居氏の屋敷の敷地に入った。
「広いお屋敷ですね」
「天界は地上よりヒトがずっと少ないのでゆったりしているのです。
あれが本邸、母屋です。」
指を差す建物から使用人らしき女性が出てきた。
衣玖に気がついたようだ。
「あら、衣玖さん」
「ご当主様はお屋敷においでですよね?」
「ええ、何かご用事?」
事情を説明し、当主に目通りを願う。
「総領娘様の……お友達ですか?」
女性が早苗をまじまじと見た。
「す、少しお待ちを」
言い残してパタパタと母屋に入って行った。
しばらくすると一人、二人、三人とポツリポツリ複数の男女が出てきて辺りをうろつきだした。
皆、何気なさそうな振りをしているが総領娘の友人を見るためなのは明らかだった。
比那名居天使が関係者にどう見られているかなんとなく分かる。
『よほどの珍事いや、椿事なのかな』
『あの娘に友達が出来たってのが一大事みたいね』
シュシュルルン。
やがて先ほどの女性が出てきた。
「ご当主様はお忙しいのでお目にはかかれません」
一同から失望のオーラ。
「ですが、総領娘様とお話することは許すそうです。
ただし、謹慎中なので合って直接話すことはかないません。
門番を通してやりとりしてください」
「門番?」
リュウグウノツカイが少しだけ首を捻った。
天子が軟禁されている土蔵は大分離れた場所にあった。
天界に土蔵が必要なのかは分からないが。
土蔵の門番は和風の作業服を着た初老の男性だった。
衣玖が会釈をして三人を紹介する。
「それで総領娘様のご友人は?」
「私、東風谷早苗です。
天子さんに取り次ぎをお願いします」
「貴方がお友達ですか、そうですか、そうですか」
この男性も驚きを隠していないが嬉しそうでもあった。
「それでは伝えてまいりますので暫しお待ちください」
門番が土蔵の扉を開けると中にもう一つ扉があった。
表の扉を閉められたので中の様子は分からない。
少しして出てきた門番の表情は曇っていた。
「総領娘様は【東風谷早苗】なる者をご存知ないそうです」
は?
「あの、ちゃんと取り次いでいただけたんですか?」
「無論です。
『お友達の東風谷早苗様がおいでです』とお伝えしました。
すると『そんなコ知らない、友達なんかじゃない』と。
……貴方は本当にお友達なのですか?」
男性はあからさまに訝しがっている。
「想定はしていましたがソー娘の得意技【依怙地になる】が発動しましたね」
門番に『ちょっとお待ちを』と告げたお目付け役が顔色ひとつ変えず淡々と解説する。
客人三人の眉間に程度の差こそあれ揃って皺が寄った。
(メンドクセェー)×3
「面倒くさい娘で本当に申し訳ありません」
そう言いながらもちっとも申し訳なさそうにしていないが。
「てゐさま、天子さんは中にいるんですよね?」
小声でたずねる。
「それは間違いないよ」
ウサギ妖怪の聴覚は土蔵の中の会話くらいたやすく聞き取れる。
「こちらから大きな声で呼びかけたら中に届きますか?」
「多分聞こえるけど、かなり頑張んないとだよ」
「了解です、衣玖さん、もう一度トライします」
「天子さーん! 天子さーーん! おおおーーい!
せっかく来てあげているのに! 帰っちゃいますよ!
いいんですかーー!!」
「若い娘がそんな大声を出すものではありません、恥ずかしくないのですか」
突然の早苗の号声に門番の男性が驚いて窘める。
「と、と、友達のためなら恥ずかしいなんて言ってられません!
てゐさま! 天子さんは何と言っていますか!?」
「……んー、『サナエのバカ』って繰り返してるね」
「な・ん・で・す・とーー!」
(ここまでしているのに! どっちがバカですか!
……てか、なんで私、あのヒトのためにこんなことやってるんだろう?
腹が立ってきました! 直接文句を言わなきゃ気が済みません!
そして、新作の水饅頭を山ほど奢らせてやります!
お山の紅葉の観賞ポイントが間違っていることを教えてやります!
ホントに素敵な男性は見てくれではないと分からせてやります!)
「出てこれないのなら私が中に入ります!
門番さん! 全ての責はこの東風谷早苗が負います!
止め立て無用です!」
「お? 強行突破か? いいのかな?」
ナズーリンがお目付け役に確認する。
「行って良いでしょう、今はそういう【空気】ですね」
「守矢神社の風祝、東風谷早苗! 推して参ります!」
実はキレるとマジヤバイ美少女現人神が扉へ突進する。
門番は脇へ避けた。
「さ、サナエ? ホントにサナエ?」
室内なのでいつもの帽子は被っておらず、簡素な部屋着で体育座りをしていた。
「こんの! ボンクラ天人!
何勝手に幽閉されてるんですか!
私がどんな思いでいたか分かりますか!?」
カンカンに熱い早苗に対し、スネてしおれた天子。
「……友達じゃないって言ったじゃない」
「えー言いましたとも、友達なんかじゃありませんよ。
でも、気になって仕方ないんです!
アナタには言いたいことも聞きたいこともたくさんあるんですから!」
キョトンとしていた天子だが、口の端が次第に吊り上がっていく。
モリモリと音がするほど活気がみなぎってきている。
「そっかーそんなに私が心配だったんだー。
素直じゃないんだから。
あ、分かった、これが【ツンデレ】ね!?
やっぱり私と友達になりたかったんじゃないの」
有頂天の絶頂娘が復活した。
(ぎいいー! 殴りたい! 思いっ切り!)
「早苗はさびしんボだからね、私がついていてあげなきゃ」
そう言いながらも目が潤んでいる天子。
(てゐさま! やっぱり私、間違っていました!
今ここでコイツに石破天驚拳をお見舞いしていいですよね!?)
「謹慎は解除だそうですよ」
「先ほどの門番が比那名居のご当主様だね?」
その門番はいつの間にかいなくなっていた。
「はい、その通りです。
娘の友人が気になって仕方なかったのでしょう。
あんな格好をしてまで」
「確かに親バカだね」
てゐは土蔵の中の会話ですぐに気づいたのだろう。
「涙ぐんでおられました。
娘のために体を張って、正面から文句を言ってくれる友人が出来たと」
「思い込みの激しさは遺伝なのかな?
まぁ、結果オールライトだね。
こんな友達関係もあって良いだろう。
な? てーゐ」
「友達のことなんてワタシ分かんないわよ。
今までそんなのいなかったんだから」
「そうだね、実は私もよく分からない」
今日も比那名居天子が守矢神社を訪れる。
「サナエー、これ、プレゼントだよ」
リボンのかかった紙包み。
「あらま、どんな風の吹き回しでしょう。
開けていいんですよね?
……何ですかコレ?」
「天界で有名なブランドの勝負下着よ」
「下着の贈り物って微妙ですね、でもありがとうございます」
「私が今穿いているものと同じなんだよ」
「はえ?」
「疑っているの? 見る?」
スカートをまくり上げようとする。
「み、見ません!
お揃いの勝負下着って意味が分かりませんよ!
誰と! 何を! 勝負するんですかー!?」
後に幻想郷を何度もちょっとだけ掻き回すお騒がせコンビの出会いのお話。
了
「お騒がせ」じゃ済まなそうな奇抜なコンビだけど、意外と合うかもしれん…同じ寒色系の衣装だし
それにしても天子ちゃんはほんとメンドクサい娘だなぁ
すこやかな成長を祈っております
登場させるキャラで最も気を使っていることです。
せっかく出したのにお話に絡まないとかわいそうだなーと思っているのです。
ありがとうございます。
絶望を司る程度の能力様:
ごっちゃんです、これからもよろしくお願いいたします。
8番様:
このコンビ、早苗⇒ツッコミ、天子⇒ボケ、のようで実は逆、あるいはくるくる入れ替わるとイメージしております。
天子はメンドクサさを維持しながら早苗と一緒にドタバタやっていく予定です。
よろしければ今後のこの二人に付き合ってやってください。
ありがとうございます。
奇声様:
いつもありがとうございます。
【ゆるっとした幻想郷】そんな雰囲気作りに気をかけております。
10番様:
ありがとうございます。
これからもこんな感じで書いていきます。
11番様:
お気に召していただけて何よりです。
ありがとうございます。
天子の次の出番が楽しみです
そこかしこに登場する過去作品のキャラクターも生き生きとしていて、飛ばして読むのは勿体無いと感じます。
あなたの幻想郷をもっと読んでいたい。
一輪姉さんの話も、神霊廟や輝針城キャラの話も期待してお待ちしております。
ありがとうございます。この二人、自分の勝手設定では早いうちに確定していました。
手前味噌ですが、迷コンビかなと。もちろん今後も出ます。
22番様:
過去作から丁寧に読んでくださってるのですね。
【あなたの幻想郷】最高のお褒めの言葉です。
新しいキャラをつかまえるのに時間がかかります。自分なりに納得できないと登場させられないんですよね⇒とても偉そうですが。
ですからもう少しお待ちください。
なんせ未出の大物キャラがまだたくさんいますし……
次回は地霊殿の主さんの予定です。 ありがとうございました。
ありがとうございます。書き続けますのでご期待下さい。
774正常精神様:
おおおっと、ついにこちらに来てしまわれましたね。
紅川ナズーリンの変態ワールドにようこそ!
もう、後戻りはできませんよww
ガッツ入れて書きますのでこれからもよろしくお願いします。