ある日の事である。
神霊廟ではいつもの通り、皆で揃って食事をとっていた。
定期的に神霊廟を訪れるこころも食卓に加わり、大変ほのぼのと談笑していた最中。
神子はこころの顔をまじまじと見たかと思うと、おもむろに席を立った。
「ごちそうさまでした。……そうか。我慢できないのか、こころ」
「ん」
こころは頬を少し朱に染めて、こくんと頷いた。
周りから見るとなにがなんやらという光景である。
思わず布都が控えめに声を掛けた。
「あの、太子様。どうなされたのですか?」
「ああ、たいしたことではないのです」
神子は微笑を浮かべると、こころと共に自室へと向かっていった。
取り残された面々はどことなく釈然としない気持ちを抱えながらも、食事を再開した。
(うーん、気になる……)
屠自古は好奇心と多少の嫉妬を胸に秘めつつ、ご飯を一気に掻き込んだ。
◇◇◇ ◇◇◇
その翌日も、同じことがあった。
昨日と同じように、神子は食事を終えると、こころと示し合わせたように自室に向かおうとした。
たまらず、今度は屠自古が問いかけた。
「太子様。先日から、自室で一体何をしておられるのでしょうか?」
「ああ、本当に何でもないのです」
「そうは言われても、我々としては気になります」
「私はただ、こころの欲を感じとっただけですよ」
屠自古は太子の言葉を受けて、こころに目を向けた。
「こころ、一体何をやっているの?」
「んーとね、最近はまってることがあるの」
こころは少し恥ずかしそうに答えた。
「ほんとはやっちゃいけない事なんだけどねー」
「やっちゃいけないこと?」
「でもやめられなくて……」
「はあ」
もじもじ、とするこころの様子を、屠自古が不審がった。
が、神子は屠自古の様子を意に介さないかのように、こころを手招きした。
「さ、こころ。行こうか」
「うん。今日はほどほどにしよう」
「我慢できたらね」
「無理かも……」
そんなことを話しながら、二人は神子の部屋へと向かっていく。
再び取り残された面々は、神子たちの態度について話し合いを始めた。
「……屠自古。おぬし、あの二人の挙動、どう思う?」
「怪しいな。非常に怪しい」
「あれはもしかするともしかするかもしれませんねー」
青娥の言葉に、屠自古が反応した。
「もしかするって、どういうことでしょう」
「そりゃあ、『ヤっちゃイケない事』なんて限られてるじゃないですかー。……それも冬に、ね」
「……まさか」
「こころちゃんもイケない娘ですねぇ」
続く言葉に、屠自古が顔色を変える。
布都はあまり事情を飲みこめていないらしく、困惑した表情を浮かべ、屠自古に問いかけた。
「どういうことなのだ」
「……まあ杞憂だとは思うけど、ちょっとご様子を見てくる」
「おう……? よくわからんが、頼む」
屠自古は素早く席を立つと、早足で神子の部屋へと向かった。
(太子様に限って、そんなことはないだろうが……)
すると、すぐに神子の部屋の前に着いた。
急いで声を掛けて、襖を開こうとした屠自古の耳に、二人の話す声が聞こえてきた。
『ああ、こころ。汁が垂れてしまうよ』
『ほんとだ。んむっ、れろ……』
『全く、我慢すると言ったのに、そんなにがっついて。そんなだから風邪をひいてしまうんだよ。寒くないのかい?』
『らいじょうぶ。おいひい』
『ああもう、私も我慢できなさそうだ……』
中から聞こえてきた声に、屠自古はその場でたっぷり三十秒ほど固まると、顔を真っ赤にしてその場から一目散に立ち去った。
そうして居間に戻ると、布都がすかさず問いかけてきた。
「で、どうだったのだ? ……顔が真っ赤だが、熱でもあるのか?」
「え? 大丈夫大丈夫わたしはげんき歩くの大好きどんどんゆこう……」
「おぬし、足無いだろうが……。いったい、あの二人はなにをしていたのだ?」
「え? いや何もなかったようん」
「そ、そうなのか……?」
「ナニがあったんですねぇ」
「あうう……」
フリーダムな邪仙の言葉に、屠自古は更に顔を赤く染めた。
頭から煙が出そうな……というより、実際に出ていた。
屠自古は暫くその体勢のまま固まると、唐突に後ろに倒れた。
「きゅぅ」
「と、屠自古ーっ! しっかりしろ!」
「うふふ、初心ねぇ。芳香ちゃん、運んであげなさい」
「おー、わかったぞー」
青娥の隣に座っていた芳香は倒れた屠自古を助け起こし、背中に背負うと、ずるずると引き摺って寝室へ運んで行った。
その日の間、屠自古は布団の中でずっとうなされていたらしい。
ただ、うなされながらも、どことなく嬉しそうな顔をしていたようだ。(青娥談)
如何なる夢を見たのかは、本人のみぞ知る事である。
◇◇◇ ◇◇◇
その次の日も、そのまた次の日も、神子とこころは同じことを繰り返した。
放っておけばそのうち終わるだろう、と考えていた屠自古だが、三日、四日、終いに一週間経っても、二人の行動は終わらなかった。
耐え切れず屠自古は、二人の行動について詳しく知るための作戦を実行することにした。
「ごちそうさまでした。さ、こころ」
「うん」
いつも通り神子とこころが自室に向かったのを見て、屠自古は青娥に話しかけた。
「……それでは、打ち合わせ通りお願いします」
「りょうかいー。楽しみねぇ、芳香ちゃん?」
「よくわからないが、青娥が楽しみなら私も楽しみだぞー」
「あらあらあらあらこの子ったら。いじらしいんだからもー」
「あーもう、行動は迅速に!」
作戦の概要はこうだ。
まず、青娥の力で芳香に壁抜けをさせ、相手に気付かれず、なおかつこちらから相手が見える位置に立たせる。
そうして、芳香の視覚を青娥にリンクさせ、どうなっているか屠自古に伝える、というだけの簡単なものである。
何故青娥自身の目で見ないのかというと、『芳香ちゃんの語りじゃ臨場感が無いから』との事。
ちなみに布都は折悪く外出中であった。
三人は差し足忍び足で神子の部屋へと向かった。
一歩近づくたびに屠自古の心臓が早鐘を打つ。
(お、落ち着くのよ、私。私はあの人の妻なんだから、普段の生活について知る権利はあるわ……)
とはいえ、先日の二人の声が耳に焼き付いて離れないので、屠自古は唸った。
結局のところ、知る権利だのなんだの言っても、興味があるだけなのだ。
屠自古が悶々と考え事をしていると、不意に青娥から声がかかった。
「屠自古さーん? お部屋の前に着きましたよー?」
「へ? あ、ああ」
「何を考えてらしたんですか?」
「な、なんでもありませんよ。あはは……」
「ふぅん。……それじゃ、始めましょうかねぇ」
(いや、決して二人の行為に興味があるとか、そういうんじゃなくて……)
青娥は頭に挿した簪を抜くと、芳香に向かって何やら呪文を唱え始めた。
暫くすると、芳香の身体が薄い青色に発光し始めた。
どうやら準備が整ったようである。
(もっとこう、純粋な何かよ! うん、間違いない)
「さ、芳香ちゃん。いってらっしゃい」
「おー」
「……ごくっ」
(う、運命の瞬間ね……)
芳香は青娥の指示を受けると、ゆっくりと壁の中へ入っていった。
屠自古はその様子を、固唾をのんで見守る。
青娥は暫しの間黙りこむと、おもむろに顔を上げ、『同期完了』と呟いた。
そうしてまた少し経つと、青娥は雄弁に語り始めた。
「あらあらあらあら。予想はしてたけれど、まさか本当に……」
「えっ、えっ!?」
「うそー、きゃー。これじゃ風邪ひいちゃうわよ、あの二人」
「ちょっ、それはどういう!」
「白い汁が垂れて……うーん、なんだかとってもお・い・し・そ・う」
「なっ、ななな!?」
(一体、中では何が……。まさか本当に……!?)
混乱する屠自古を尻目に、青娥の語りは益々エスカレートする。
「しっかし太子様ったら……。あんないいモノ、何処に隠してたのかしら?」
「い、いいモノ!?」
「んー。どこかから持ってきたのかしらねぇ?」
「外付け!?」
「確かにそういうモノを作り出す術はあるけど……。あんなにいいモノだと、ゾクゾクしちゃうわぁ」
「そ、そんなにいいんですか?」
「ええ、それはもう。お口に入れたら、さぞかし心地いいんでしょうね……」
「う、うっそぉ……」
(た、太子様……。そんなにいいモノを隠し持ってたなんて、酷いですよ)
屠自古の思考もどんどんエスカレートしていく。
「あっ、もう第二ラウンドだなんて。二人とももう病み付きねえ」
「だ、第二ラウンドぉ!?」
「私も欲しいなぁ。アレ……」
「あ、アレ……」
「立派でぇ」
「立派で……」
「おいしそうでぇ」
「おいしそうで……」
「白いお汁が出てぇ」
「し、白いお汁……」
「病み付きになっちゃう……」
「や、病み付きに……」
「太子様がお持ちのア・レ♪」
「う、ううううう……!」
(こ、こころ。太子様のアレを独り占めなんて、ずるいわよ)
屠自古の理性のダムは崩壊し、むき出しの本能が溢れ出ようとしていた。
(それなら私だって、やってやんよ……!)
「わ、私も……欲しい……」
「あらあら?」
「私も、太子様のアレが欲しいです!」
「それなら、部屋の戸を開けて、直接言っちゃいなさい?」
「太子様……」
ふらふらと、屠自古は神子の部屋の方へと歩み寄る。
青娥はただ微笑みを湛えて、その様子を眺めていた。
「さ、遠慮することはないわ」
「太子様……!」
「戸を開けて、言っちゃいなさいな」
屠自古の手が、神子の部屋の戸にかかる。
「太子様っ!」
「言っちゃいなさい?」
――そう。
――太子様がお持ちの、その……――
屠自古は意を決して扉を開け放つと同時に、大声で叫んだ。
「太子様がお持ちの、その【ピー】を……
私に下さいっ!!」
屠自古はそう言い放った後、思い切り目を瞑った。
神子の部屋の中には、静寂が満ちている。
(い、言っちゃった……。ふしだらな子だと、思われたかな……)
――だけど、太子様に愛してもらえるのなら……。
屠自古はゆっくりと、目を開いた。
そこには神子とこころの激しい情事が――――
「……はれ?」
――――なかった。
神子とこころは白い氷菓子の付いた棒を手に持って、屠自古の方を唖然として見つめていた。
笑いを抑え切れなくなった青娥が、屠自古の肩にポン、と手を置き、囁いた。
「太子様がお持ちの、その『あいす』について話してたんだけれど……。認識に違いがあったようですねぇ」
「……はっ?」
屠自古は青娥の言うことが理解できなかった。というか、理解したくなかった。
「だ、だって、『冬にヤっちゃイケないこと』がどうたらって……。風邪ひくって……」
「冬にアイスを食べちゃ体に悪いからいけないんですよー?」
「『白い汁が垂れて、おいしそう』って……」
「あれは『ばにらあいす』ですねぇ。白いお汁がとってもおいしそう」
「『病み付きになる』って……。『お口に入れたら心地いい』って!」
「『あいす』はとってもおいしくて、病み付きになっちゃうんですよー。ひんやりしてて心地いいですし」
「そ、『そういうモノを生み出す術がある』って!」
「実際ありますよー? あんなにおいしいのは作れませんけどねぇ」
「そ、そんな……」
(そ、それじゃ、私の考えって、全部勘違い? うそ?)
屠自古の思考はもはや限界だった。
キャパシティーオーバー寸前の屠自古に、青娥がトドメの一言を言い放った。
「まさか、【ピー】について考えてたなんて……。このお・ま・せ・さ・ん♪」
「あ」
屠自古は崩壊した。
「くぁwせdrftgyとじこlp;@:」
頭から煙を噴いてぶっ倒れかけた屠自古を、何者かが優しく抱きとめた。
屠自古はゆっくりと目を開けて、その人物を見た。
その人物とは――マントを身に着け、別人と見紛うがごときオーラを身に纏った、神子であった。
「た、太子様。お恥ずかしいです……」
「いや。我としたことが、妻の望むところを酌めぬとは、夫失格だな」
「太子様……」
「今日はおぬしを愛してやろう。それこそ滅茶苦茶に、な。……というわけで、席を外してくれるか。こころ、青娥」
「お熱いことで、羨ましい限りですわ。ささ、こころちゃん。いきましょう」
「よくわからないけど、お邪魔虫は退散ね」
二人はいそいそと部屋から出て行った。
戸が閉じられ、部屋の中には二人の身が残る。
二人はじっと見つめ合うと、どちらともなく顔を近づけ――
「そこまでよ」
聞いたことのある声、寺生まれで霊感の強いナムさんだ
「破ぁ!!」
ナムさんが呪文を唱えると、二人の煩悩はたちまち退散していった。
二人の目から涙が零れる。
煩悩が無くなった今、遂に二人は悟りを開いたのだ。
「二人で清く正しくこれからも暮らしていくのですよ。煩悩に負けてはなりませんよ」
そう言ってナムさんは部屋の戸を開けて帰っていった。
そういえばいったいどこから入って来たんだろう。
寺生まれってスゴイ、屠自古はいろんな意味で思った。
神霊廟ではいつもの通り、皆で揃って食事をとっていた。
定期的に神霊廟を訪れるこころも食卓に加わり、大変ほのぼのと談笑していた最中。
神子はこころの顔をまじまじと見たかと思うと、おもむろに席を立った。
「ごちそうさまでした。……そうか。我慢できないのか、こころ」
「ん」
こころは頬を少し朱に染めて、こくんと頷いた。
周りから見るとなにがなんやらという光景である。
思わず布都が控えめに声を掛けた。
「あの、太子様。どうなされたのですか?」
「ああ、たいしたことではないのです」
神子は微笑を浮かべると、こころと共に自室へと向かっていった。
取り残された面々はどことなく釈然としない気持ちを抱えながらも、食事を再開した。
(うーん、気になる……)
屠自古は好奇心と多少の嫉妬を胸に秘めつつ、ご飯を一気に掻き込んだ。
◇◇◇ ◇◇◇
その翌日も、同じことがあった。
昨日と同じように、神子は食事を終えると、こころと示し合わせたように自室に向かおうとした。
たまらず、今度は屠自古が問いかけた。
「太子様。先日から、自室で一体何をしておられるのでしょうか?」
「ああ、本当に何でもないのです」
「そうは言われても、我々としては気になります」
「私はただ、こころの欲を感じとっただけですよ」
屠自古は太子の言葉を受けて、こころに目を向けた。
「こころ、一体何をやっているの?」
「んーとね、最近はまってることがあるの」
こころは少し恥ずかしそうに答えた。
「ほんとはやっちゃいけない事なんだけどねー」
「やっちゃいけないこと?」
「でもやめられなくて……」
「はあ」
もじもじ、とするこころの様子を、屠自古が不審がった。
が、神子は屠自古の様子を意に介さないかのように、こころを手招きした。
「さ、こころ。行こうか」
「うん。今日はほどほどにしよう」
「我慢できたらね」
「無理かも……」
そんなことを話しながら、二人は神子の部屋へと向かっていく。
再び取り残された面々は、神子たちの態度について話し合いを始めた。
「……屠自古。おぬし、あの二人の挙動、どう思う?」
「怪しいな。非常に怪しい」
「あれはもしかするともしかするかもしれませんねー」
青娥の言葉に、屠自古が反応した。
「もしかするって、どういうことでしょう」
「そりゃあ、『ヤっちゃイケない事』なんて限られてるじゃないですかー。……それも冬に、ね」
「……まさか」
「こころちゃんもイケない娘ですねぇ」
続く言葉に、屠自古が顔色を変える。
布都はあまり事情を飲みこめていないらしく、困惑した表情を浮かべ、屠自古に問いかけた。
「どういうことなのだ」
「……まあ杞憂だとは思うけど、ちょっとご様子を見てくる」
「おう……? よくわからんが、頼む」
屠自古は素早く席を立つと、早足で神子の部屋へと向かった。
(太子様に限って、そんなことはないだろうが……)
すると、すぐに神子の部屋の前に着いた。
急いで声を掛けて、襖を開こうとした屠自古の耳に、二人の話す声が聞こえてきた。
『ああ、こころ。汁が垂れてしまうよ』
『ほんとだ。んむっ、れろ……』
『全く、我慢すると言ったのに、そんなにがっついて。そんなだから風邪をひいてしまうんだよ。寒くないのかい?』
『らいじょうぶ。おいひい』
『ああもう、私も我慢できなさそうだ……』
中から聞こえてきた声に、屠自古はその場でたっぷり三十秒ほど固まると、顔を真っ赤にしてその場から一目散に立ち去った。
そうして居間に戻ると、布都がすかさず問いかけてきた。
「で、どうだったのだ? ……顔が真っ赤だが、熱でもあるのか?」
「え? 大丈夫大丈夫わたしはげんき歩くの大好きどんどんゆこう……」
「おぬし、足無いだろうが……。いったい、あの二人はなにをしていたのだ?」
「え? いや何もなかったようん」
「そ、そうなのか……?」
「ナニがあったんですねぇ」
「あうう……」
フリーダムな邪仙の言葉に、屠自古は更に顔を赤く染めた。
頭から煙が出そうな……というより、実際に出ていた。
屠自古は暫くその体勢のまま固まると、唐突に後ろに倒れた。
「きゅぅ」
「と、屠自古ーっ! しっかりしろ!」
「うふふ、初心ねぇ。芳香ちゃん、運んであげなさい」
「おー、わかったぞー」
青娥の隣に座っていた芳香は倒れた屠自古を助け起こし、背中に背負うと、ずるずると引き摺って寝室へ運んで行った。
その日の間、屠自古は布団の中でずっとうなされていたらしい。
ただ、うなされながらも、どことなく嬉しそうな顔をしていたようだ。(青娥談)
如何なる夢を見たのかは、本人のみぞ知る事である。
◇◇◇ ◇◇◇
その次の日も、そのまた次の日も、神子とこころは同じことを繰り返した。
放っておけばそのうち終わるだろう、と考えていた屠自古だが、三日、四日、終いに一週間経っても、二人の行動は終わらなかった。
耐え切れず屠自古は、二人の行動について詳しく知るための作戦を実行することにした。
「ごちそうさまでした。さ、こころ」
「うん」
いつも通り神子とこころが自室に向かったのを見て、屠自古は青娥に話しかけた。
「……それでは、打ち合わせ通りお願いします」
「りょうかいー。楽しみねぇ、芳香ちゃん?」
「よくわからないが、青娥が楽しみなら私も楽しみだぞー」
「あらあらあらあらこの子ったら。いじらしいんだからもー」
「あーもう、行動は迅速に!」
作戦の概要はこうだ。
まず、青娥の力で芳香に壁抜けをさせ、相手に気付かれず、なおかつこちらから相手が見える位置に立たせる。
そうして、芳香の視覚を青娥にリンクさせ、どうなっているか屠自古に伝える、というだけの簡単なものである。
何故青娥自身の目で見ないのかというと、『芳香ちゃんの語りじゃ臨場感が無いから』との事。
ちなみに布都は折悪く外出中であった。
三人は差し足忍び足で神子の部屋へと向かった。
一歩近づくたびに屠自古の心臓が早鐘を打つ。
(お、落ち着くのよ、私。私はあの人の妻なんだから、普段の生活について知る権利はあるわ……)
とはいえ、先日の二人の声が耳に焼き付いて離れないので、屠自古は唸った。
結局のところ、知る権利だのなんだの言っても、興味があるだけなのだ。
屠自古が悶々と考え事をしていると、不意に青娥から声がかかった。
「屠自古さーん? お部屋の前に着きましたよー?」
「へ? あ、ああ」
「何を考えてらしたんですか?」
「な、なんでもありませんよ。あはは……」
「ふぅん。……それじゃ、始めましょうかねぇ」
(いや、決して二人の行為に興味があるとか、そういうんじゃなくて……)
青娥は頭に挿した簪を抜くと、芳香に向かって何やら呪文を唱え始めた。
暫くすると、芳香の身体が薄い青色に発光し始めた。
どうやら準備が整ったようである。
(もっとこう、純粋な何かよ! うん、間違いない)
「さ、芳香ちゃん。いってらっしゃい」
「おー」
「……ごくっ」
(う、運命の瞬間ね……)
芳香は青娥の指示を受けると、ゆっくりと壁の中へ入っていった。
屠自古はその様子を、固唾をのんで見守る。
青娥は暫しの間黙りこむと、おもむろに顔を上げ、『同期完了』と呟いた。
そうしてまた少し経つと、青娥は雄弁に語り始めた。
「あらあらあらあら。予想はしてたけれど、まさか本当に……」
「えっ、えっ!?」
「うそー、きゃー。これじゃ風邪ひいちゃうわよ、あの二人」
「ちょっ、それはどういう!」
「白い汁が垂れて……うーん、なんだかとってもお・い・し・そ・う」
「なっ、ななな!?」
(一体、中では何が……。まさか本当に……!?)
混乱する屠自古を尻目に、青娥の語りは益々エスカレートする。
「しっかし太子様ったら……。あんないいモノ、何処に隠してたのかしら?」
「い、いいモノ!?」
「んー。どこかから持ってきたのかしらねぇ?」
「外付け!?」
「確かにそういうモノを作り出す術はあるけど……。あんなにいいモノだと、ゾクゾクしちゃうわぁ」
「そ、そんなにいいんですか?」
「ええ、それはもう。お口に入れたら、さぞかし心地いいんでしょうね……」
「う、うっそぉ……」
(た、太子様……。そんなにいいモノを隠し持ってたなんて、酷いですよ)
屠自古の思考もどんどんエスカレートしていく。
「あっ、もう第二ラウンドだなんて。二人とももう病み付きねえ」
「だ、第二ラウンドぉ!?」
「私も欲しいなぁ。アレ……」
「あ、アレ……」
「立派でぇ」
「立派で……」
「おいしそうでぇ」
「おいしそうで……」
「白いお汁が出てぇ」
「し、白いお汁……」
「病み付きになっちゃう……」
「や、病み付きに……」
「太子様がお持ちのア・レ♪」
「う、ううううう……!」
(こ、こころ。太子様のアレを独り占めなんて、ずるいわよ)
屠自古の理性のダムは崩壊し、むき出しの本能が溢れ出ようとしていた。
(それなら私だって、やってやんよ……!)
「わ、私も……欲しい……」
「あらあら?」
「私も、太子様のアレが欲しいです!」
「それなら、部屋の戸を開けて、直接言っちゃいなさい?」
「太子様……」
ふらふらと、屠自古は神子の部屋の方へと歩み寄る。
青娥はただ微笑みを湛えて、その様子を眺めていた。
「さ、遠慮することはないわ」
「太子様……!」
「戸を開けて、言っちゃいなさいな」
屠自古の手が、神子の部屋の戸にかかる。
「太子様っ!」
「言っちゃいなさい?」
――そう。
――太子様がお持ちの、その……――
屠自古は意を決して扉を開け放つと同時に、大声で叫んだ。
「太子様がお持ちの、その【ピー】を……
私に下さいっ!!」
屠自古はそう言い放った後、思い切り目を瞑った。
神子の部屋の中には、静寂が満ちている。
(い、言っちゃった……。ふしだらな子だと、思われたかな……)
――だけど、太子様に愛してもらえるのなら……。
屠自古はゆっくりと、目を開いた。
そこには神子とこころの激しい情事が――――
「……はれ?」
――――なかった。
神子とこころは白い氷菓子の付いた棒を手に持って、屠自古の方を唖然として見つめていた。
笑いを抑え切れなくなった青娥が、屠自古の肩にポン、と手を置き、囁いた。
「太子様がお持ちの、その『あいす』について話してたんだけれど……。認識に違いがあったようですねぇ」
「……はっ?」
屠自古は青娥の言うことが理解できなかった。というか、理解したくなかった。
「だ、だって、『冬にヤっちゃイケないこと』がどうたらって……。風邪ひくって……」
「冬にアイスを食べちゃ体に悪いからいけないんですよー?」
「『白い汁が垂れて、おいしそう』って……」
「あれは『ばにらあいす』ですねぇ。白いお汁がとってもおいしそう」
「『病み付きになる』って……。『お口に入れたら心地いい』って!」
「『あいす』はとってもおいしくて、病み付きになっちゃうんですよー。ひんやりしてて心地いいですし」
「そ、『そういうモノを生み出す術がある』って!」
「実際ありますよー? あんなにおいしいのは作れませんけどねぇ」
「そ、そんな……」
(そ、それじゃ、私の考えって、全部勘違い? うそ?)
屠自古の思考はもはや限界だった。
キャパシティーオーバー寸前の屠自古に、青娥がトドメの一言を言い放った。
「まさか、【ピー】について考えてたなんて……。このお・ま・せ・さ・ん♪」
「あ」
屠自古は崩壊した。
「くぁwせdrftgyとじこlp;@:」
頭から煙を噴いてぶっ倒れかけた屠自古を、何者かが優しく抱きとめた。
屠自古はゆっくりと目を開けて、その人物を見た。
その人物とは――マントを身に着け、別人と見紛うがごときオーラを身に纏った、神子であった。
「た、太子様。お恥ずかしいです……」
「いや。我としたことが、妻の望むところを酌めぬとは、夫失格だな」
「太子様……」
「今日はおぬしを愛してやろう。それこそ滅茶苦茶に、な。……というわけで、席を外してくれるか。こころ、青娥」
「お熱いことで、羨ましい限りですわ。ささ、こころちゃん。いきましょう」
「よくわからないけど、お邪魔虫は退散ね」
二人はいそいそと部屋から出て行った。
戸が閉じられ、部屋の中には二人の身が残る。
二人はじっと見つめ合うと、どちらともなく顔を近づけ――
「そこまでよ」
聞いたことのある声、寺生まれで霊感の強いナムさんだ
「破ぁ!!」
ナムさんが呪文を唱えると、二人の煩悩はたちまち退散していった。
二人の目から涙が零れる。
煩悩が無くなった今、遂に二人は悟りを開いたのだ。
「二人で清く正しくこれからも暮らしていくのですよ。煩悩に負けてはなりませんよ」
そう言ってナムさんは部屋の戸を開けて帰っていった。
そういえばいったいどこから入って来たんだろう。
寺生まれってスゴイ、屠自古はいろんな意味で思った。
とりあえずナムさんが万能南無三だということはわかりました。ああ南無三。
パチュリー仕事取られたな
青娥が良い味出してます。
破ぁ!