Coolier - 新生・東方創想話

雲と花 一話

2014/01/26 20:24:26
最終更新
サイズ
8.81KB
ページ数
1
閲覧数
957
評価数
1/4
POINT
230
Rate
10.20

分類タグ

 一話 桜下の誓い

 夕暮れ時、坂の上にどっしりと立つ葉桜は、その緑色の木の葉に橙色の陽光をピカピカと反射していた。その姿を、わたしは坂の下からじっと睨みつける。それは何の変哲もない、いつもと同じ夏の景色のはずだったのだが、今日はどこか違って見えた。心地よいはずの風もやけに生温かく感じ、美しいはずの夕焼け空には押し潰されそうに思える。
 わたしは、今まで妖怪に出遭ったことはない。和尚から話を聞いたり、絵巻物でその姿を見たりしたことはあるが、実物はただの一度もない。それでも、本当はわたしのような子どもが敵う相手ではないということだけは強く理解していた。
 だからだろうか、この坂の上に妖怪がいると思うと、まるでこの世界の全てから圧迫されているような感覚に襲われる。しかし、その息苦しさと同時に、わたしの胸には言いようのない高揚感もあった。
 もしも、この手で妖怪を倒せたなら――。ちゃんと家族を守れるって、一人前だって和尚に証明できるかもしれない。そうなったら、本格的に僧侶になる修行をして貰えるかもしれない。いつもなんやかんやと煙に巻く和尚だけど、妖怪退治をしたとあってはわたしの力も覚悟も認めざるを得ないに違いない。
 和尚が「仕方ないなぁ」と呆れるように呟きながらわたしの頭を撫でてくれる姿を夢想すると、自然と頬が緩んだ。
「さて、行きますか」
 頬を両手でパンパン叩き、わたしは気合を入れた。さあ来い、見越し入道。どっからでも掛かって来るがいい。そして、わたしの修行の第一歩になれ。そう自分を奮い立たせると、さっきまで感じていた圧迫感はどこかへ消え失せ、今ではこの世界全てが自分の味方のようにさえ感じられた。あぁ、気分次第でこんなにも世界は変わるのだ。
 ――そう言えば、和尚にも昔、そんな風に言われたっけな。ああ、本当に、和尚はすごいなぁ。和尚の言うことは、大体全くその通りなんだから。そんな和尚の娘のわたしだってすごいんだって、この上にいる妖怪にも知らしめてやろう。わたしは一人でふふっと笑い、ゆっくりと坂を登り始めた。
 わたしは相手を見上げてしまわないように、初めから足元を見ながら歩き始めた。二日分の雨がまだ少し地面には残っているようで、一歩踏み出す度に細かい砂利で出来た泥に草履が沈み込む。そうして少し歩きにくい思いをしながら、一歩一歩確かめるように歩を進めていると、不意に、目の前に綺麗な肌色をした人間の裸足が現れた。
 突然のことにわたしは立ち止まり、思わず相手の姿を確認しようと視線を上げ――そうになって、ハッとして顔を両手で押さえた。
 危ないところだった。もう少しで相手を見上げてしまうところだった。こんな日に、履物も履かずに外出しているだけでもおかしいのに、その足がこれ程綺麗となれば、目の前に立ち続ける人物がその辺の乞食などではないことは明白じゃないか。これは、もしかして――。
 わたしの仮定を裏付けるように、さっきからわたしと相手との間には一言の言葉も交わされない。わたしは相手の目の前で突然立ち止まったのに、だ。ああ、そうか。きっと間違いない。
 これが、妖怪見越し入道なんだ。
 ――だが、そうと分かれば話は早い。
 唾を飲み込むと、ごくりと音がした。自分でも分かる。わたしは今、緊張している。でも、負けるわけにはいかない。ここは、なるべく余裕を持って対峙しよう。
「ははーん。現れたわね、見越し入道」
 意を決して発したわたしの声は、思ったよりも小さく、そして少し震えていた。
(今さら、怖がってる場合じゃないんだから!)
「ざ、残念だけど、わたしはあなたの作戦には引っかからないわよ」
 恐らく、こうやって急に足だけ見せたりして、驚いた相手に自分の顔を見させる腹積もりだったのだろう。まぁそれも、わたしの前では無駄だったわけだけど。
「………」
 相手は何も答えず、視界の中の足も身じろぎ一つせずじっと立ち尽くしている。どうやら図星らしい。
「さあ、覚悟しなさい……」
 目を瞑り、深呼吸を一つし、高鳴る心臓に手を当て、自分にしっかりと言い聞かせる。
(大丈夫。和尚の言ってたことに間違いなんてない。きっと、大丈夫)
 そして、ゆっくりと目を開き、相手の足を睨み付けて、わたしは叩きつけるように言霊を叫び唱えた。
「見越したぞ、見越し入道!」
 わたしの声は、夕焼け空に朗々と響き渡った。
 途端に、相手の足がびくっと揺れ動いた。そしてその直後、わたしの目の前で人間の足の輪郭が渦を巻くようにぐにゃりと歪み、徐々にぼやけていった。そのまま、わたしの目の前で、その両足ともまるで煙のように舞い上がり、景色に溶けていった。
 その光景にわたしは呆気に取られつつも、言霊の効果を確信した。
「今まで散々悪さしてきたみたいだけど、これでおしまいよ」
 さっきまで妖怪の足があった地面に向けて、わたしは堂々と言い放った。すると、前方から男のささやくようなしゃがれ声が聞こえてきた。
「なんとも、豪胆な娘だな」
 わたしはその声に思わず顔を上げてしまった。そして、しまったと思うよりも先に、目の前に浮かぶ「モノ」に釘付けになった。
「……あなたが、見越し入道?」
 まず目に入ってきたのは、中空に浮かぶ二つの大きな目玉だった。そして、その下にあったのは、これまた大きな鼻と口。わたしが見上げた先にいたのは、わたしの身長程はあろうかと言う巨大な人間の男の顔面だった。顔が浮かんでいること自体にも驚かされたが、その色と有り様も驚くべきものだった。頭は立派な坊主頭で、口を覆うようにしてこれまた立派な髭を蓄えたそれは、まるで満開の桜のような美しい薄紅色をしていたのだ。そしてそのカラダはまるで煙か雲のように、風が吹く度ゆらゆらと揺らめいていた。
 わたしはその姿に、風に揺られる一本桜を重ね合わせた。
「うむ。今までは、そうだった」
 その姿に見とれているわたしに、自称元見越し入道は淡々と、相変わらず小さな声で答える。
「今まではって、どう言うこと?」
「人間の少女に見越されたとあっては、とてもではないが見越し入道などとは言えまい?」
「……それは、そうかもね。でも、それじゃあ今のあなたは何なのかしら?」
「差し詰め、ただの雲の妖怪と言ったところかのう」
 自称雲妖怪はどこか満更でもないような表情で、いつの間にか中空に浮かんでいた右手で自身の髭をさすった。全くもって、妖怪とは訳の分からない存在だ。大体、どうしてこの妖怪はいつまでもわたしの前にいるのだろう?退治された妖怪は、消えてしまうかその場から逃げだすものだと思っていた。
 もしかして、わたしは何か過ちを犯してしまったのだろうか。もしそうなら、わたしの方が一刻も早くこの場を去らねばならないのだけれど。
 そんな風に逡巡するわたしを知ってか知らずか、妖怪は髭を撫でつけながらこんなことを言った。
「しかし、お主はわしが怖くないのか?これでも悪名高き見越し入道だったのだが……」
「知ってるわよ。あんた、六人殺したって話じゃない」
 わたしが堂々と言い返すと、彼(?)は右の眉根を吊り上げて顔を斜めに傾けた。恐らく、人間で言うところの小首を傾げる、と言った行動なのだろう。相変わらず、頭と右手しかないけれど。
「ほう、知っておったのか。だが、それならますます不思議だ。知っていながらお主は何故わしに挑んだのだ?」
「何でって、悪いことしてる奴がいたら、懲らしめてやるのは当然でしょ?」
 わたしが少しかっこつけて、はっきりとそう言ってやると、妖怪はきょとんした表情でこちらを見つめ返してきた。
 そして、元から大きな口をぐわっと広げて、さっきまでとは打って変わって大声で笑い始めた。
「ガッハッハッハッハッ!そうかそうか!」
「な、何よ。何か文句あんの?」
「いやいや。文句などないとも。うむ。良い気概だ。気に入ったぞ、少女よ」
「妖怪に気に入られても困るんだけど」
「まぁ、そう邪険にするな。わしはこれでも、腕っぷしには自信があってな。お主がこの先も妖怪退治を続けるのならば、このわしがお主のお供としてきっと守ってみせよう」
「あなたが?わたしを?」
 妖怪に守られるだなんて、それこそ気が狂ったと思われかねないのだが、この妖怪はそれを分かった上でこんな事を言っているのだろうか。もしそうなら、相当性質の悪い妖怪だ。そもそも、腕っぷしに自信があるのなら、なぜ見越し入道などと呼ばれる程回りくどい人の喰い方をしていたのだろうか。
 わたしがその疑問を口にすると、彼はまた淡々と答えを返した。
「他人を見下す男共に、自らが如何に矮小な存在かを知らしめてやろうと思ったのだ」
 それはまるで、処刑でもしているかのような口ぶりだった。妖怪は人間に退治される存在なはずなのに、妖怪が人間を罰するだなんて、真逆の事が在り得るのだろうか?それは、正しいことなのだろうか……。
「あなた、変な妖怪ね」
「仕方あるまい。妖怪は皆、どこかしら不自然だからこそ妖怪と呼ばれるのだから」
「それは、一理あるかもね」
 不自然さがなければ、この妖怪もただの雲でしかないのだから。そう思うと急に、この妖怪に対して親しみが湧いてきた。
「それで、どうだ?わしを共にしてくれるか?」
「そうねぇ……」
 もしも、この妖怪が嘘を吐いていたなら、隙を見てわたしを喰い殺すに違いない。それだけじゃなく、家族みんなの身も危ないかもしれない。それを思えば、当然慎重に決断しなければならない。
 だが、そう思う一方で、妖怪を従える尼僧という肩書に少なからず憧れを抱く自分もいた。妖怪達を退治して次々とお供にしていったなら、もしかしたら妖怪と共存することさえ出来るかもしれない。そうなれば、妖怪全てを退治するよりも平和な世界を導くことも出来るだろう。それが、正しいのかは分からなかったけど、でも――。
 ――そっちの方が、和尚に褒めてもらえるかも。
 そう思考が至った瞬間、わたしは決意した。
「いいわ。ただし、あなたはわたしの子分よ」
 全てをここから始めよう。この雲の妖怪を手始めに、人間を――家族を守る最高の道を目指そう。それに、もしもこの雲の妖怪が裏切るつもりでも、和尚さえいれば何とかなるだろう、きっと。
「うむ。承知した」
 雲の妖怪は満足そうに頷き、大きな桜色の右手をすっと差し出して来た。
「よろしくね。わたしの名前は、一輪よ」
 わたしは差し出された妖怪の手を、ぎゅっと握――れたことに驚きつつ、固く握った。
「我が名は雲山。この命に代えても、お主を守り抜こうぞ」
 雲山は力強くわたしの手を握り返してきた。大きく、分厚く、人のように温かい手だった。父親のような手とは多分、こんな手の事を言うのだろう。和尚の手とも似ていて、どことなく、安心する気がする。
「……でも、どうやってみんなに説明しよう……」
 わたしの不安を余所に、雲山は再び高らかに笑った。

というわけで一話でした。序話も含めて、一輪少女が家族大好きな元孤児だと伝われば、幸いです。
拙い文章ですが、ここまで読んで下さった方がいらっしゃったなら心からのお礼を。本当にありがとうございました。
そして、一話と言いつつ、もしかしたら続かないかもしれません……が、続いたときにはまた読んで下さると嬉しいです。
4646
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.150簡易評価
2.80とーなす削除
なるほど、この一輪が白蓮の考えに惹かれるのは分かるなあ。
前科持ちの雲山を連れ帰ったらいざこざが起きるのは避けられない気がしますが、はてさて。

しかし、もう少し一話が長かったら嬉しかったかも。
というのも、前回の終わり方と公式設定(求聞口授)から、この見越し入道退治のストーリーは(細部や一輪の心境はともかくとして)完全に読めてしまったからです。それ以外にワンエピソードや公式設定の意外な解釈などがあればよかったのだけど、ここまでは公式設定をなぞっているだけにも思えて少し盛り上がりに欠けてしまう。
しかし、面白くなるとすればここからだと思うので、気長に続きを待つことにします