Coolier - 新生・東方創想話

霧の中で

2014/01/22 12:48:49
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「おはよう、妖夢。庭仕事は順調かしら……あら、どうかした?」
「幽々子様……私の半霊、どこに行ったか御存じないですか?」
 庭仕事の様子を見に来た幽々子を待っていたのは、すっかり涙目になっている妖夢だった。
「いいえ、残念だけどわからないわ」
事実、彼女が目覚めてからというものの、それらしき幽霊は見ていない。屋敷のそこら中に漂う普通の幽霊に混ざって半霊がいることもあるだろうが、やはり気づかないはずはない。本当にどこかへ消えてしまったのだろうか。
「庭も手当たり次第に探しては見たのですが、やはり見つかりません」
妖夢の声が次第に涙交じりになる。見兼ねたように、幽々子が声をかける。
「仕方ないわね……妖夢、探しに行くわよ」
「お気持ちは有難いのですが幽々子様、今の冥界は些か危険です。貴女を危険な目に合わせるわけには……」
先日から、冥界にはずっと霧が出ている。それに紛れて剣客がいるという話は、幽々子も当然聞いていた。
「いいのよ。少しくらい危険な方が、生きてて面白いもの」
やれやれ、と首を横へ振った妖夢は、おもむろに屋敷の中へ走っていく。出てきたときには、外出用の荷物、彼女自身の二振りの刀――楼観剣と白楼剣――と、更にもう一振り、長刀を携えていた。
「でしたら、この刀を持っていて下さい。今までお教えした通りに使って頂ければ」
「あらあら、妖夢は私を護るのが仕事じゃなくて?」
おどけたように尋ねる幽々子。
「万が一の事態が起こってしまってからでは遅いですから」
幽々子を見据える妖夢の眼差しは、いつになく真剣だった。
「……わかったわ、刀を貸して」
幽々子は、差し出された刀を背中に背負う。そして、妖夢に向かって微笑みかける。
「さあ、行きましょう」
二人は白玉楼の門をくぐる。見下ろす長い階段の先は、霧に覆われていて見えない。


「これでは、何もわかりませんね……」
 二人の考えていた以上に、この日の冥界は霧が深かった。何寸先とさえ、見通すことが出来ない。
「ところで幽々子様、何か手掛かりはあるのですか?」
「残念だけど、手当たり次第歩くしかないわね。先は長くなりそうよ」
がっくりと肩を落とす妖夢。
「仕方有りません、ひとまず進んでみましょう」
大きく深呼吸をして、霧の中へ踏み出す。幽々子はその少し後ろを、どこか余裕そうに歩いていく。


 何にも出会う事無く、淡々と歩を進める二人。その足音が異様に大きく聞こえるのは、白い世界の所為だろうか。
「この辺りで一休みして行きませんか」
立ち木を見つけた妖夢が、幽々子の方を振り返って言う。
「そうね、折角だから休んでおきましょう」
二人はその根元へ歩み寄り、腰掛けた。思い思いに、疲れを癒す。

「寒くはございませんか、幽々子様」
 幽々子が時折体を震わせる素振を見せていると、心配した妖夢が声を掛けた。手には、彼女が庭仕事でいつも使っている肩掛けが握られている。
「これくらい、私は平気よ」
妖夢の方を振り向いて、幽々子が返す。
「それよりも……」
くすり、と笑みを浮かべてそれを受け取ると、小さくくしゃみをした妖夢の肩へと羽織らせた。
「これはあなたが使いなさい。でも、その心遣いは頂いておくわ、ありがとう」
少し顔を赤らめる妖夢を見て、また幽々子は微笑む。子供の成長を見つめる母親のような眼差しをもって。
「ありがとうございます……。と、とにかく進みましょう」
立ち上がり、速足に進みだした妖夢の後ろを、ゆったりと幽々子はついていく。進む先は、やはり霧に覆われて見えない。


「妖夢~?どこへ行ったの~??」
 気づけば、幽々子は妖夢とはぐれてしまっていた。
(ひとまず戻るべきかしら……)
自分の足跡さえ辿っていければどうにか白玉楼へは戻れる、そう考えて踏み出そうとする幽々子は、何者かの強い殺気を感じて居直る。
(本当に、剣客に出会うとは思ってもみなかったわ……)
速くなる鼓動を感じながら、背中に負った刀へ手を伸ばす。柄を強く握り、一息に引き抜く。美しい、波形の刃紋を持った刀身が姿を現した。
(落ち着きなさい……)
幽々子は一度目を瞑る。足を軽く開き、少し腰を落とす。刀を持つ右手を身体の左へと運び、左手を柄へ軽く添える。ちょうど自身の正面を切っ先が向く格好だ。そこでようやく、瞑った目を見開く。意識を自分の構える刀へ、そして自分を狙う者へ集中させる。
(相手は三人……一撃目は後ろから!)
右足を軸に半回転、先に動いてきた相手を正面に捉える。確かに、霧の向こうから突撃してくる黒い影があった。
(集中、集中……)
霧の中から姿を現す剣客。得物を振り上げ、幽々子に切りかかろうとする。幽々子は後ろへ軽く跳び、攻撃を躱す。相手の刀は、標的を捉えることなく空を薙いだ。幽々子は腰を更に落とし、手首を返す。間髪入れず、姿勢を崩した相手が反応するよりも早く地を強く蹴り、がら空きの胴を目掛け突進する。すれ違い様に刀を水平に払い、脇腹へ強烈な一閃を浴びせる。突進を止めて反転、次の攻撃に備えて再び構えるが、振り返った幽々子が見たのは無様に地に倒れ伏した剣客の姿だった。
(あと二人は……)
その姿は、依然として霧に紛れて見えない。気配も感じられなくなったが、果たして本当に去ったのか。幽々子は刀を収めることなく、周囲に気を払いながら霧の中へと消えていく。


 時間の感覚さえおかしくなりそうな霧の世界は、やはりどこまでも続いている。
(もうそろそろ、休んでおきたいけれど……)
結局あれ以降剣客の襲撃はなかったものの、幽々子は気を張り過ぎて疲れ始めていた。その時、
「……今、何か動いたような?」
確かに、白い世界の中に黒い影が漂っていた気がした。ちょうど、少し大きめの幽霊のようなものが。幽々子はもう一度目を凝らす。確かに大きな幽霊が視界を横切っていった。
「もしかして…………妖夢の半霊?」
ふらふらと霧の中を漂うそれを、幽々子は追い始めた。それはまるで彼女をどこかへ誘うかの様に、不明瞭な視界をあちらこちらと飛び回る。その後へ付いて、幽々子も白霧の中へ飛び込んでいく。
幽々子が追えばひらりと逃げ、止まればその目の前をふわふわと漂う。小鳥が戯れるように、一人と一体の追走は続く。


 どれ程歩いたのだろうか、幽々子はとうとう半霊を見失ってしまった。
「振り出しに戻ってしまったのかしら……?」
肩を落とす幽々子は、再び何かの姿を霧の中に捉える。殺気こそ感じられないが、敵味方の判別が付かない相手に、幽々子は刀を抜く。その動きに気づいたのだろうか、霧の向こうの相手も同じく武器を手に取った。
(……あの構えは!?)
幽々子は息を呑んだ。彼女の知る限り、二振りの刀をその様に構える剣士は二人だけ。一人は現・庭師の妖夢。あと一人は…………。
思考する幽々子を、殺気が貫く。彼女が振り向いた時には、どこからか現れた剣客が今にも握った刀を振り下ろそうとしていた。
(不覚ね……ごめんなさい、妖夢…………)
最期を悟り、目を閉じて妖夢への別れを告げる幽々子。その身体へ刀の切っ先が触れようという時。
彼女の横を風が通り抜けた。振り抜かれた刀が空を、身体を切り裂く音。
幽々子が目を開けると、全てが終わっていた。剣客は見事に切り伏せられ、地面に横たわっていた。その少し向こうでは、攻撃を終えた先程の剣士が、刀を鞘へ収めて立っている。傍には、二体の半霊を携えて。
「やはり、貴方は……」
その立姿は依然として力強く、装いも幽々子が最後に見た時と何ら変わりなかった。彼は、おもむろに幽々子の方を振り返ると、その場に跪き、彼女へ語り掛ける。
「お怪我は御座いませんか、幽々子様」
初老の男性の、少ししわがれてはいるものの張りのある声が、幽々子の耳を撫でる。彼女が予想していた通りの声。何百年と、忘れることの無かった声。
「妖忌様……!」
幽々子は妖忌のもとへ駆け寄る。
「御無事でしたか……!何時の間にお戻りになっていたのですか?どうして、白玉楼へ来ては頂けないのでしょう?」
矢継ぎ早に質問を投げかける幽々子に対し、妖忌は何も言わず俯いたままだった。彼は徐に立ち上がると、踵を反して霧の中へと足早に歩いていく。
「お待ちください……!」
幽々子は妖忌を追って走る。しかしどれ程走っても、その背中は段々遠ざかっていくばかり。息を切らしながら、必死に追いすがろうとする。


 深い霧の中で、幽々子は独り佇んでいた。
「どうして……」
その場に崩れ落ちる。
「どうして、私を拒むのですか……?」
虚ろに呟く。白い世界に吸い込まれていくその声には、生気の欠片も感じられない。
幽々子は目を閉じる。一粒の涙が、頬を伝う。


 何か温かい物を感じ、幽々子は目を覚ました。辺りを見渡すと、霧は晴れていたが、すっかり暗くなってしまっている。
ふと、何かを抱いているのに気づいた。慌てて、それから手を離す。闇の中にふわりと浮かんだのは、二体の半霊だった。半霊達は、幽々子を誘うように彼女の周りをくるくると飛びまわる。
「どうしたのかしら?」
幽々子が立ち上がると、半霊は少し先へと飛んで行く。飛んだ先で、また彼女の様子を伺うように飛んでみせている。
「何処へ連れて行ってくれるの?」
半霊達の所へ向けて、幽々子は踏み出した。一人と二体の、暗闇の追走戦。黒の帳の中で、水色の蝶が舞い踊る。


 彼らに連れて行かれ、気づけばそこは白玉楼の目の前であった。長い階段が、幽々子を出迎えていた。
「貴方達にはお礼をしなくてはなりませんね」
彼女は、未だに落ち着くことなく飛び回っている半霊達に向き直る。
「ありがとう」
微笑みながら彼女がそう言うと、半霊の一体は幽々子の周りを一周してどこかへと飛び去って行った。
「……貴女はどこへ行ったのかしら?」
自分の傍に残った半霊を見て、幽々子は呟く。その声は、闇の中へ広がっていく。


「幽々子様……!ご無事でしたか」
 ぼろぼろになった妖夢が戻ってきたのは、それから数刻後だった。
「お帰り、妖夢……どうしたの、その怪我?」
「これくらい、何ということもございません。ところで幽々子様、こんな物を拾ったのですが……」
心配する幽々子に、妖夢は懐紙を差し出す。幽々子がそれを受け取ろうとすると、妖夢の体がぐらりと傾いだ。幽々子は慌てて駆け寄り、妖夢を抱き止める。しかし、その切迫した表情はすぐに綻ぶ。
「……全く、貴女も困った子ね」
気が緩んだのか、幽々子の腕の中で眠りに落ちた妖夢を抱きかかえて、彼女は長い階段を昇ってゆく。月の出ていない夜でも、その先に控える白玉楼は少し明るく見えていた。


 白玉楼の一室。刀の手入れを終えた幽々子は、妖夢が拾ったという懐紙を眺めていた。
『幽々子御嬢様へ』
寸分の狂いも無く折りたたまれたそれには、流麗な字でこう添えてあった。頬が紅く染まるのを感じながら、彼女は懐紙を開く。僅か数行だけの文が、やはり流れる様な筆遣いで綴られていた。幽々子は文章をゆっくりと、噛み締めるかの様に読み進める。


 幽々子が妖夢の部屋の戸を開けるのと、妖夢が楼観剣を鞘に収めるのは同時だった。
「幽々子様?こんな時間にどうかなさいました?」
「いえ、ただ貴女はもう寝てるかしら、と思って」
はぐらかす様に返す幽々子。
「確かにそろそろ寝るつもりではいましたけど……本当にどうかなさったのですか?」
刀を置いて立ち上がった妖夢を、幽々子はしっかりと抱きしめた。
「妖夢……これからも、頼りにしてるわ……」
妖夢は何かを言う代わりに、幽々子の身体へ手をまわした。
開いた戸からは、臥待の月が覗いていた。
無事、三作目を作り上げることが出来ました。
以前考えていた話(とても投稿できたものではありません)の設定を膨らませて、さらに色々と混ぜた結果この様に仕上がりました。
幽々子の口調を少しでも原作に似せられたらと思ったのですが、難しいですね……。

四作目はしばらく間が空くかもしれません
らいすばーど
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コメント



0.140簡易評価
2.70とーなす削除
全体的に、状況の異質さに対しての説明が足りない気がひしひしと。ちょっと感情移入し損ねてしまいました。
結局霧はなんだったのか、妖忌の言動の意図はなんだったのか、そもそもこの幽々子はなんで生きているのか(過去話なんだろうけど、時代背景を示すものがない)、などの数多くの疑問をはらみながらも、展開は異様なほど早くさくさく進んでしまうので、「ちょっと待ってくれよ」という感じ。
特に冒頭は、「霧が出てて剣客が潜んでる」という、ある意味とても突拍子もない設定ですし、さらっと流すのでなくもう少ししっかりとした説明が欲しかったところ。
3.90非現実世界に棲む者削除
上の方と言いたいことは同じ。
と言いたいところだが私はゆゆみょんが読めたから満足です!
4.70絶望を司る程度の能力削除
まぁあれだ。他の人も書いてるけど、異変が何故起きたか、どのようにして解決したかを書いて欲しかったかな。あとはおもしろかったです。
6.70奇声を発する程度の能力削除
ちょっと説明が足りなかったかなと思いました
8.90名前が無い程度の能力削除
言いたいことは他の人が言ってくれているので