──四月も半ば、昼下がりのカフェ。燦々と降り注ぐ春の陽光を背に、彼女達は黄昏る。不思議の探求者、向こう見ずの怖い物知らず、はたまた唯のオカルトサークルか。変動することを知らない、いつもの面子。
──其れは秘封倶楽部。
宇佐見蓮子はカフェテラスのテーブルに頬をくっつけ、翠玉色の液体をまじまじと見つめている。目まぐるしく産み落とされては、次々と割れるシャボン。淡い緑色の飲料水を通し、メリーの横顔が見える。微睡む蓮子とは対照的に、彼女は一食の営みに精を出している。
儚い、刹那的で、仮初めの食卓。
──メロンソーダ、三百二十円。スモークサーモンとチキン、小エビとツナがふんだんに調理されたアメリカンクラブハウスサンド、四百円。
しめて七百二十円。
「──メロンソーダの材料。・・・・・・炭酸水、コチニールなどの天然着色料、クエン酸やリンゴ酸などの酸味料、気に召す程度の甘味料、原液、などなど。ちなみにメロンの果汁は混入されておりません、あしからず。・・・・・・炭酸水をかき氷のメロンシロップで割ることで代用化。この場合ならしめて二百円かからない。ねぇ、メリー・・・・・・世界って、いとも簡単・・・・・・」
メロンソーダの炭酸ガスが次々と気泡を発し、爆ぜてゆく。所詮は儚い運命。それと同調するかの如く、蓮子の懐も泡沫の調べを奏でていた。逃れられぬ業、資本主義と経済が織りなす世の理。宇佐見蓮子はそれを否定したかった。
まさに、その日暮らし。
「残念、私のはメロンフロートだからもっと高く付くわね」
メロンソーダに我が物顔で滞留する純白のアイスクリームを美味しそうに頬張るメリー。蓮子はみるみる彼女の胃袋に溶けてゆくアイスと自分の薄っぺらい財布を重ねた。寒い、寒すぎる。
「自虐的ね。メロンソーダにブルーをダブらせる悲壮な結果を招いたわ。お金が無いって悲惨よね、メリー?」
黙りを決め込む相棒。蓮子はうなだれる。嗚呼、せめて新入生が入部していたら──。
「金蔓にでもしたの?」
「心を読むなッ!」
勧誘活動皆無はお約束。その結果、今だ新入部員は部室に訪れる気配を見せない。それはそうだろう、こんな薄気味悪い胡散臭さが漂うサークル、どこの誰がわざわざ見つけて酔狂で入るというのだ。お財布兼ATMのお坊ちゃまが入部でもしてくれたら──と、蓮子が淡い期待を寄せていたにもかかわらずだ。
「・・・・・・ねね、私の目を見て」
突如、蓮子はメリーの目を覗き込む。サンドウィッチにかぶりつきながら見つめ返すメリーの表情は、あっけらかんとしている。
「わ、ピカピカ輝いてる。希望に満ちあふれてるのかな?」
「そうだね、希望の光だね、女神様」
「・・・・・・ね、その手はナニ?水でも汲むの?」
「おねだりのサイン」
調子良く、両手を合わせてメリーに突き出す蓮子。
「私は奢らないわよ?」
合掌。蓮子は手を突きだしたままテーブルに沈み込んだ。
──時刻は正午過ぎ。太陽光は雲形に阻まれ、日陰を創る。すっぽりと陰影に収まった秘封倶楽部。先ほどまで陽光を反射させていた筈の彼女らのメロンソーダは、既に跡形もなく雲散霧消している。そんな中、炭酸ガスによって生じたげっぷを、蓮子は必死に押しとどめようと試みていた。
うっぷ。我慢出来なかった。メリーは露骨にイヤな顔をする。
「──遊んでないでさっさとご飯食べたら?これから、例の霊に行くんでしょ?そのために午前中で大学を抜け出したんだから」
何時までカフェに鎮座し、戯れているのか、とメリーの痛い視線が蓮子の胸に突き刺さる。時は金なり、貴重な時間の浪費は秘封倶楽部にとって、タブーだ。蓮子は豪華なサンドウィッチを急いで食道に流し込み、勘定してもらう。貴重なお札の消費に躊躇いを感じる蓮子であったが、「勿論、割り勘ね」というメリーの台詞には逆らえなかった。
──最寄りの駅より電車に乗車した秘封倶楽部。先ずは地図を広げて行き先を再確認する。なにしろ、人村から数里離れた僻地が目的地なのだ。もしものために、懐中電灯や飲料水、非常食の乾パンなどの道具は念入りに揃えた。いずれも蓮子のなけなしの財産を吸い取った諸悪の根元だ。前々から計画していた催しではありつつも、蓮子は気後れする。金欠の彼女にとって、手痛い交通費になることは元より明確だったからだ。
地図を眺めたまま、駅から目的地への最短経路を模索している蓮子。星の観測が期待できない昼間だ、方角を念入りに頭に叩き込んでおくのだ。
しばらくして、脳内マッピングを終える。
──ふと、顔を上げるとメリーの横顔が見えた。やや身を乗り出し、憂心に満ちた表情で外の世界を観覧している。「メリーには、ちらほらと見える農村や山々がそんなにも珍しいのか?」と、蓮子は逡巡する。
「──そーいえば、メリーって田舎に行ったことあるの?あ、勿論日本のね。そしてド田舎限定。ド田舎って分かる?ほら、周りが田んぼしかなくて、夜になると真っ暗。店も無人販売所ぐらいでさ、不便通り越して逆に憧れるよねー」
ふと湧いて出た疑問。調子が良い蓮子を尻目に、メリーは車窓に目を通したまま、素っ気なく答える。
「んー・・・・・・あるんじゃない?」
「あるんじゃない?」、およそ納得できない一言。まったく、メリーの生い立ちに一ミクロンでも関わるだろう質問はいつもこういったド直球ストレートパンチで返される。
「──嗚呼、適当かつ無難にはぐらかされるがオチと化していて、反駁する気も毛頭起きない、もはや破れかぶれだ」と、蓮子は重鎮な溜め息をつく。
「でもね・・・・・・私、好きよ。こういう新緑にまみれた世界ってなにか風情があるとは思わない?」
このマイペース淑女め、風情だか趣だか知らないがこいつは豊かな自然と戯れることを潔しとしない根っからのシティーガールだとでもいうのか。蓮子は憶測するが。
そうして、秘封倶楽部は他愛ない会話を交合いながら、電車に揺られるていった。
──出発から地方の私鉄に乗り換ること一時間半。蓮子達は閑静な無人駅を出ると、やや大げさに背伸びし、深呼吸する──。電車という鉄籠で鬱屈しきった身体が開放感に包まれる。
視界に捉えるはちらほらの住居と田圃と畑と緑、緑、また緑のみ。辺り一面広がるは木々ばかり。所謂”ド田舎”というやつだ。近隣の街に買い出しに出かけるだけでも半日が過ぎるのではないか。
なおも「これは目に優しいわね」と、ポジティブに考える蓮子。太陽は相も変わらず、燦々と大自然に恵みを与えている。空が藍色に染まるなんて嘘みたいな快晴だ。
──蓮子の目の前を蜻蛉が横切る。いまだ季節は初春のはずだが。仲間達を差し置いて、ついうっかりと外の世界に出張ってきたのだろうか。虫はさして嫌いではない蓮子。メリーはというと、気ままに宙を舞う昆虫などアウトオブ眼中といった様子で、田舎の澄んだ空気を堪能している。
「このうっかり屋さんめ」
そう呟いて、蓮子が右人差し指を立てると、良い案配に蜻蛉が止まった。子供のような懐かしい気分だ、蓮子の口元に思わず笑みが溢れる。そういえば、幼少期では様々な昆虫と戯れたものだ──。蓮子は郷愁に浸った。
「こら、例の霊までちょっと歩かなきゃいけないんだから、蜻蛉と遊ばないッ」
一瞬にして現実に引き戻すメリーの喚声。「くそ、こいつは蜻蛉で懐古しないのか・・・・・・?」と、愚痴りたくもなる蓮子。
「遊んでねーわよ、つーか例の霊って何よ、言葉遊びか?・・・・・・行くのは僻地の廃校となった分校、根も葉も無い怪談話を調査しに行くんでしょうが」
そう云って歩を進める。蜻蛉は蓮子の人差し指にぴたりとひっついたままである。メリーの表情に陰りが生じる。
「ん、七不思議だったわよね。・・・・・・あざといよね、蓮子って。どこからそんな噂引っ張ってきたのかしら──」
蓮子は二重の意味で頷く。本日の秘封倶楽部の課題、それは小学校にはありがちな怪談の是非の確認。それも日本中の学校に蔓延していそうなチャチな噂ばかりなのだが。やれ、夜になると階段が一段増えるコレやら、無人の音楽室でピアノが独りでに演奏されるソレ、ベートーベンの肖像画が動き出すアレなどなど。わざわざ大の大人が肝試しする価値は毛頭ない類いと見なすが妥当だ。
──だが、蓮子はくだんの七不思議に名状しがたい好奇心と日本海溝より深い浪漫を嗅ぎ取っていた。別段高尚な理由も根拠も整理しておらず、話の出所が出所だけに七不思議への不用意な発言を控えていた。
「んー・・・・・・その筋では私も一枚岩ではないってことかねぇ。ほら、私レベルになると不思議を追っかけるんじゃなくて、不思議が私んとこに迷いこんでくるってーの?メリーさんとは格が違うんだねぇ~」
出所がインターネットの掲示板で発見した怪談だとは口が裂けても云えず、果敢に抵抗する蓮子。彼女はメリーにぐうの音を上げさせてやろうと、飄々と軽口を叩くわけだが、それを不敵に見つめ返すメリーは一枚上手であった。
「ふぅん、お金には逃げられて、オカルトには好かれるのねぇ。羨ましい御仁ですこと」
「ぷぅ」
蓮子からぷぅの音が上がった。
──それから三十分程、田舎道を歩くと林の分岐路に着いた。暢気な慎ましい農村からはおよそ想像できない程の荒れた道が二対続いている。あちこちの枯れかけた杉の木から田舎特有の風情はおよそ感じ取れず、ぼうぼうと茂っている藪と草木から無数の蠅が絶え間なく飛び出し、絶えず蓮子とメリーを威嚇していた。しばらく人為が及んでいないであろう、半ば獣道と化している二者択一の軌跡は、森林にぽっかりと穿たれた大穴のようだ。日中であるに係わらず、闇の深淵のような視界、更には淀みが感じられる空気。ここが分校への最短ルートであり、この惨状を尻目に遠回りするのも面倒なので秘封倶楽部は腹をくくる。
ふと、メリーは険しい表情のまま、手探りで鞄をまさぐる。どうやら地図を欲しているようだ、と蓮子は察する。「なんだっていい、奴に音を上げさせるチャンスだ」と、蓮子は画策する。
──そして、蓮子は空の様子を一望すると同時に、勝ちを確信した。
「──現在、三時五十八分三十六秒。日没までには猶予があるわね。あ、正しい道なら真っ直ぐ十二時の方向よ。ほら、ポラリスがあんなにも輝いて道を示してくれてる。・・・・・・あ、あんな美しいのが見えない?そりゃ、人生の八割九分は損してるねぇ、メリー氏ィ?」
メリーの手が静止する。神妙な表情の変化は伺えない。メリーは、そのまま蓮子にそっぽを向いたまま、足早に森林に突っ込んでいってしまった。「せめて、ぬぅぐらいは云えよ」と、蓮子は思った。
「しょうが無いやんけ・・・・・・星が折角教えてくれてるんだからさぁ」
蓮子は小声で愚痴を吐きつつ、彼女を追随する。すると、ふいにぴたりとメリーが足を止め、振り向いた。
「変態」
誉め言葉を吐いてとっとと行ってしまった。蓮子はポカンと口を開けるが、どこか腑に落ちない。
「とどのつまり、この勝負は私の勝ちでいいのだろう」と、彼女は自分なりの結論を出した。
「──観測者冥利に尽きるね、そりゃあ。な、蜻蛉くん?」
つらづらと自賛する蓮子。モノを答えようがない蜻蛉は今だ彼女の人差し指に止まったまま微動だにしないが、彼の複眼はぴったりと蓮子へと添えられていた。
──それから幾何か経った。あれほど煌々と世界を照らしてくれていたはずの太陽はなりを潜め、もはや地平線の彼方に沈もうとしている。蓮子は額にうっすらと流れる一縷の汗を手で拭う。釈然としない。かあかあと響きわたる鴉の鳴き声が耳に障る。
先ほどから同じ道程を堂々巡りしているという珍事に蓮子は心を奪われると同時に汚い林での遠足にげんなりしてきた。杉の木は延々とそびえ立つが一向に終着地点の学校は見えない、地図上では目と鼻の先であるはずのだが。
蓮子は、苛々が募ったのでとりあえず地図を逆さまにして徒然草を暗読したりふいに非常時の乾パンをむさぼり食うという奇行にはしったが、ただただむなしくなるという結果に終わった。
──ちなみに林入り口の分岐点より幾つか分かれ道があったが、なんとかうっすらと観測できる星々が正解を導きだしてくれた。「よもや、道を誤ったのか?」と、蓮子は再度空を見上げて方角を確認した。正しい、あくまで道程は正常なのだ。なのであるはずなのだ。
不穏であり、途方もなく奇妙だ。不安というコールタールが浸食を始める。メリーはというと異変など何処ぞの風かといった様子で、せっせと足を運んでいるが、蓮子は彼女に声をかけるでもなく、ただリードしている彼女の背中を見守る。しかしただ相棒を見守っていただけでは事態はうんともすんとも進展しないのが現状でもあった。
──あーだこーだうだうだと思索してるうちに刻は黄昏の夕暮れ時になった。街灯一本屹立していない獣道に暗雲が立ち込めようとしている。一寸先も目視できない懐中電灯のみが頼りの暗黒の世界だ。主に終電が気がかりである。
蓮子はいいかげん足腰に疲労を感じ始めるとそういえば七不思議の一つにこんなものがあったなと蓮子は想起する。
アレは何だったか、そう、およそ学校という教育機関にあってはならない理不尽な怪談だった筈。蓮子はネット掲示板の書き込みに羅列された七不思議のソレを脳内の箪笥から引っ張り出し、つらづらと披露し始める。
──朝、和気藹々と分校に登校するであろう子供たち。何時からだろうか、ちらほらと特定の席に空きができるようになった。しかも決まって日が沈んでから状況も掴めぬまま揚々と教室に姿を現し、朝登校の気分のまま教師に保護されるという。彼らに事を問いただすも、やれ自分たちは普段通り学校に来ただけやらいつの間にか日が暮れていたなどとの不明瞭な証言。神隠しかはたまた人為的なボイコットか。そんな状況が何回か続くと、不登校かイケない遊びかと親御さんに連絡をするがうんともすんとも埒があかない。彼らの家庭にとりわけ乱れがあるわけでもなく、子供たちは肉体精神共々至って健康である。非行に及ぶ理由など皆目検討つかないのだった。
やがて教師たちは神隠しに遭遇する児童のとある共通事項を発見した。
そう、通学路こと”ココ”である。
「神隠しに遭遇した子供は通学にこの不気味な林を利用していた。もしやと勘づいた教師は通学路を変更するよう提案。以来、神隠しは一度たりとも発生していない。この薄気味悪い奇々怪々な獣道、そんな噂が蔓延したから利用者がいなくなったんでしょうねー、可哀想に」
我ながら鮮明に端から隅まで覚えているものだ。満悦に浸りながらも、実際に我々が怪異にエンカウントしているというのっぴきならない事実を再認識する。蓮子ちゃん必死のご高説は耳に入っているはずが、メリーは相も変わらず泰然自若でリードしているようだが、気の迷いか彼女は何かを堪えているように小刻みに体を揺らしている、ような気がする。
「メリーッ!さっきの話聞いてたでしょ!?私たち異変に遭遇してるのよ!」
「いひぃッ!?」
慌ててメリーの側に駆け寄るとぬらりひょんでも見たかのように彼女は驚きの声を上げた。今も不可視の妖怪共が虎視眈々と我々を喰おうと手ぐすね引いてるかもしれないのだ。悠長なことをしている状況ではない。
「──あ、聞いてたわよ、左から右の耳にすり抜けつつもね。でもね、貴女がネットで鵜呑みにした情報があくまでも正しいなら、私たちは取って喰われるわけじゃないのでしょ?」
そう云うと彼女はスタコラと去ってしまった。
「メリーはやけにどっしり構えているようだが、果たしてそこまで気丈な女性であっただろうか。ひょっとして私を怖がらせまいと妙ちきりんな使命感に駆られているではないだろうか。だとしたら私が無様に怖がってどうするのか、マエリベリー・ハーンの永遠のパートナーたる私が彼女を迫り来る魔の手から保護しなければならないのだ」
などと独りでに奮起すると蓮子はなおもメリーに近寄る。なぜかぎょっとしたメリーが更に足を早めると蓮子も対抗する。互いに歩みを譲歩することはなく、やがて異変は場違いな徒競走と化した。右人差し指を直立させ蜻蛉を止まらせたまま疾走する蓮子の姿ははたから見れば滑稽なものだったろう──。
──結局の処、分校にたどり着いたのはお天道様が完全に沈下してからであった。暗澹たる林を黄金色に照らしていたはずのまん丸い彼はもはや世界の果てである。出来ればその背中を追っていきたかったと蓮子は思った。
「つまるところ、私たちは妖怪林お化けに為すすべもなく振り回された挙げ句、廃校を満々と探索して終電に間に合うかどうかって瀬戸際に立たされているわけね、責任者に問いただす必要があるわ。責任者は誰か」
──返事はない。蓮子は押し黙る。
三時間近くさまよっていたようで現在七時過ぎ、ド田舎なので当然終電は都会に比べると目と鼻の先。可及的速やかに廃校の隅から隅まで舐め尽くし、あわよくば怪異に肖る必要がある。蓮子は七転八倒したくなった。
ところで目の前に鎮座している木造建築の廃校はぎんぎらと異彩を放っているわけだが、思わず武者震いする蓮子。言わずもがな宵闇に輝くべきであろう電灯は一つとて在らず、縋るべきは二対の懐中電灯と月光のみである。怪奇は十分堪能したのだ、散々獣道を歩かされた御陰で身体もくたくたである。もはや帰るべきではないかと蓮子は提案をしようとするが。
「林の怪異を知っていたのなら予め対策は練られたわよね、蓮子ちゃ~ん?もしかして貴女ってオカルトサークルに属してるくせにオカルトを信じていないとかそういうオチじゃあないわよね。だとしたら片腹どころか両腹痛いわ」
ふんッ、と鼻を鳴らすメリー。突かれたことはないがナイフでつっつかれたように耳が痛い蓮子。やれ人魂の正体は空気中で発光したプラズマが正体だ、だとか二束三文の眉唾説はてんで信じてはいないが七不思議への猜疑心が無かったと云うのは嘘になる。だがしかしネットの不特定かつ匿名の書き込みを鵜呑みにしてまでここまで来て怪異に遭遇したのだ、蓮子は名状し難い愉悦と満足感を覚えたのは確かでもある。子供の争いと分かっていても無駄に抵抗する蓮子。
「あんのねぇ、メリーちゅわ~ん。私たちは秘封倶楽部でちゅよぉ?不思議を”体験”するのではなく、”探索”し、あわよくば”追求”するのが秘封倶楽部なのよん?つまり」
「まんまと蓮子はハメられた、ってわけね!」
「今日は十分に不思議を堪能したからもう帰ろう」と、云いたかった。が、どこかメリーの言いぐさがツボに入った、笑いが漏れる。
大喝采。なぜかメリーも釣られての二人しての大笑いである。
二人の笑い声が静寂な暗澹たる世界に活気を与えた。仲良し二人組の喝采が聞こえた者がいたのならおよそ裸足で逃げ出すトーンの高さだ。馬鹿笑いしながら堂々と廃校の玄関を潜る彼女らは不審者の域を出ず、巡回する警官にでも見つかろうものならばしょっぴかれること間違いないだろう。
──下駄箱前を土足で失礼しながらメリーはとある事実に気づいた。
「あれッ、あれほど大事そうに抱え込んでた蜻蛉はどうしたの?もしかして食べちゃったのかしら?私、虫とかあまり好きじゃないから近寄りたくなかったのだけれど」
云われて気づいた。つい先ほどまでぴったりと蓮子の人差し指に癒着していたはずの昆虫の姿は影も形もなく、苦楽を共にした彼は何処かに消失してしまったいたのだ。
「おいィッ!?蜻蛉くんが消えたッ、こいつは由々しき事態だわ!」
その時、蓮子に電撃がはしった。そうだ、これは間違いない。直感によって誘発される根拠皆無の謎の確信は時折セレンディピティを産まないでもない。
「そうだわ!これは七不思議の一つ、怪異だわッ!」
シンと静まった暗闇はまるで蓮子をこけにしているかのようだった。メリーは重々しく苦言を呈する。
「随分としょぼい異変ね」
二人のからみがおもしろいw
続きを楽しみにしてます(^_^)>″