人形たちにも心はあるのです。
ひとのそれとはまた違った、彼女達なりの心なのです。
其のモノは、無垢、純粋、混じりけの無い、いかなる形容も釣り合わないくらいに純白なのでした。
赤いリボンに金色の髪、儚げに光る青色の瞳。
少女を象った人形は、今にも微笑みそうでした。
その人形は小さなお友達の為に創られました。
人形はメディと名付けられました。
かわいらしい見た目にぴったりの良い名前でした。
メディは主人の愛を受け、しあわせに過ごしていました。
それはずっと続くかのように思えました。
ですが、人間に訪れる時の移ろいと言うのは残酷なものです。
主人の中に流れた時間は、彼の人の心を、メディから遠く離れた所へ連れ去ってしまったのでした。
メディはいつの間にか鈴蘭畑に居ました。
やがて、静かに哭きました。
唇を噛み、手はスカートの裾を強く噛み、悲しみに躰を震わせました。
いつしか心の内から毒の様な、もやもやした気持ちがメディを埋め尽くしていきました。
私は飽きられた。
私は見放された。
私は捨てられた。
悲しみは憎しみに変わり、憎しみは力を与え、メディは魂を持ちました。
魂はmelancholyを背負い、力はmedicineへと変わりました。
そして毒と哀しみを得てしまったメディは、メディスン・メランコリーという妖怪になっていました。
メディは、何色にも染まっていない純真な心を持っていました。
純粋すぎたメディの心に深い毒が染み渡り、メディは人間への恨みを強く抱いたのでした。
妖怪になった後メディは決意しました。
私の様な不遇な扱いを受ける人形を、開放しなければ。
躰に義憤を詰め込んで、メディは幻想郷へ繰り出しました。
しかし、井の中の蛙、メディはまだ幼すぎたのです。
思慮が足りないと説教を食らい、大きな世界を目の当たりにしたメディは、自分のしたことをちょっと恥じました。
こうして、そうして、かくして、ある程度とわずかな時間が経ちました。
未だに憎くは思っていますが、メディの抱いた恨みは、少しずつ少しずつ鈴蘭畑に溶けていきました。
あの日から段々と落ち着いたメディは、鈴蘭畑に留まらず、世間を知るために竹林の薬屋に出向いたり、幻想郷を廻ってみたりすることにしました。
その日は向日葵畑に居ました。
初めて鈴蘭畑を出た日――偉い(らしい)お方に説教を食らった日――は、気持ち悪く見えた向日葵も、見直してみるとみんな健気に太陽へ伸びていて、微かに愛おしく感じられました。
「毒を撒き散らしては駄目よ」
この地に永く棲んでいるという花の妖怪がメディにそう言いました。
花の妖怪は強すぎる力と大きすぎる花への愛情を兼ね備えていました。
もちろんメディなんかよりずっと物知りでずっと長く生きています。
たまに、メディは彼女に教えて貰ったり、話し合ったりしていたのです。
メディは、そんな彼女に子供扱いされて、ちょっぴり気に入らなかったので、(あの頃よりは大人しくなりましたが)むすっとした顔で言い返しました。
「私だって賢くなったわ。今度は相手を見て毒を撒き散らすの」
「分別はつくようになったのね。まだ幽かに毒は匂うけど、悪いことしなければ許してあげるわ」
不敵な笑みで花の妖怪はそういうのでした。
メディはそんな彼女に圧倒されそうになって、口ごもりかけてしまいました。
「あ、ありがとう。お礼くらいは言えるようになったわ」
メディの言葉に、花の妖怪はちょこっと怖い笑顔で応えました。
彼女は太陽の様な向日葵が咲き乱れる畑の中に戻っていきました。
花の妖怪が太陽の海に消えた後、メディはひとり、呆れるほど真っ直ぐ太陽に向かっている向日葵を神妙な面持ちで見ていました。
小さな太陽が沢山ある様な、そんな眩しさと美しさを秘めたその花は、まだメディが持っていないものを持っているようで、不思議な思いがメディの中を駆け回りました。
ふと、メディは思いました。
この子たちは何のために咲いているのか。
何を思って咲いているのか。
花の妖怪に訊いても、「それを教えたら私の立場が無いわ」とはぐらかされてしまいました。
メディは考えました。
百花誰が為に咲く。難しい問題でした。
それは、まだ幼いメディには到底知り得ることのできないものでした。
ですが、妖怪として生まれたばかりのメディには、両手ですくい切れないくらいの時間があります。
時間を両手で何回もすくって、メディはゆっくりながらしっかりと、優しく強かに、妖怪として育っていきました。
こたえは鈴蘭と一緒に見つけました。
メディはもうちっちゃくありません。(もっとも、見た目はまだまだで、ちょっぴり無鉄砲なときもまたありますが!)
心の毒は薬となり、深い悲しみは慈しみとなり、メディは立派な妖怪の一員になることができたのでした。
花は何の為にも咲いていません。ただ自分の持てる命を自分の赴くままに開かせているのです。そこにあるのは明日への希望と、果て無き夢なのです。
夢と希望の種をその身に結ぶ為に、幻想郷より広く太陽より眩しい心を育てようとメディは努力をしています。
小さなスイートポイズンは、真っ直ぐに心を伸ばし大きな笑顔の花を咲かせるのでした。
__鈴蘭の花言葉は「幸福の再来」
ひとのそれとはまた違った、彼女達なりの心なのです。
其のモノは、無垢、純粋、混じりけの無い、いかなる形容も釣り合わないくらいに純白なのでした。
赤いリボンに金色の髪、儚げに光る青色の瞳。
少女を象った人形は、今にも微笑みそうでした。
その人形は小さなお友達の為に創られました。
人形はメディと名付けられました。
かわいらしい見た目にぴったりの良い名前でした。
メディは主人の愛を受け、しあわせに過ごしていました。
それはずっと続くかのように思えました。
ですが、人間に訪れる時の移ろいと言うのは残酷なものです。
主人の中に流れた時間は、彼の人の心を、メディから遠く離れた所へ連れ去ってしまったのでした。
メディはいつの間にか鈴蘭畑に居ました。
やがて、静かに哭きました。
唇を噛み、手はスカートの裾を強く噛み、悲しみに躰を震わせました。
いつしか心の内から毒の様な、もやもやした気持ちがメディを埋め尽くしていきました。
私は飽きられた。
私は見放された。
私は捨てられた。
悲しみは憎しみに変わり、憎しみは力を与え、メディは魂を持ちました。
魂はmelancholyを背負い、力はmedicineへと変わりました。
そして毒と哀しみを得てしまったメディは、メディスン・メランコリーという妖怪になっていました。
メディは、何色にも染まっていない純真な心を持っていました。
純粋すぎたメディの心に深い毒が染み渡り、メディは人間への恨みを強く抱いたのでした。
妖怪になった後メディは決意しました。
私の様な不遇な扱いを受ける人形を、開放しなければ。
躰に義憤を詰め込んで、メディは幻想郷へ繰り出しました。
しかし、井の中の蛙、メディはまだ幼すぎたのです。
思慮が足りないと説教を食らい、大きな世界を目の当たりにしたメディは、自分のしたことをちょっと恥じました。
こうして、そうして、かくして、ある程度とわずかな時間が経ちました。
未だに憎くは思っていますが、メディの抱いた恨みは、少しずつ少しずつ鈴蘭畑に溶けていきました。
あの日から段々と落ち着いたメディは、鈴蘭畑に留まらず、世間を知るために竹林の薬屋に出向いたり、幻想郷を廻ってみたりすることにしました。
その日は向日葵畑に居ました。
初めて鈴蘭畑を出た日――偉い(らしい)お方に説教を食らった日――は、気持ち悪く見えた向日葵も、見直してみるとみんな健気に太陽へ伸びていて、微かに愛おしく感じられました。
「毒を撒き散らしては駄目よ」
この地に永く棲んでいるという花の妖怪がメディにそう言いました。
花の妖怪は強すぎる力と大きすぎる花への愛情を兼ね備えていました。
もちろんメディなんかよりずっと物知りでずっと長く生きています。
たまに、メディは彼女に教えて貰ったり、話し合ったりしていたのです。
メディは、そんな彼女に子供扱いされて、ちょっぴり気に入らなかったので、(あの頃よりは大人しくなりましたが)むすっとした顔で言い返しました。
「私だって賢くなったわ。今度は相手を見て毒を撒き散らすの」
「分別はつくようになったのね。まだ幽かに毒は匂うけど、悪いことしなければ許してあげるわ」
不敵な笑みで花の妖怪はそういうのでした。
メディはそんな彼女に圧倒されそうになって、口ごもりかけてしまいました。
「あ、ありがとう。お礼くらいは言えるようになったわ」
メディの言葉に、花の妖怪はちょこっと怖い笑顔で応えました。
彼女は太陽の様な向日葵が咲き乱れる畑の中に戻っていきました。
花の妖怪が太陽の海に消えた後、メディはひとり、呆れるほど真っ直ぐ太陽に向かっている向日葵を神妙な面持ちで見ていました。
小さな太陽が沢山ある様な、そんな眩しさと美しさを秘めたその花は、まだメディが持っていないものを持っているようで、不思議な思いがメディの中を駆け回りました。
ふと、メディは思いました。
この子たちは何のために咲いているのか。
何を思って咲いているのか。
花の妖怪に訊いても、「それを教えたら私の立場が無いわ」とはぐらかされてしまいました。
メディは考えました。
百花誰が為に咲く。難しい問題でした。
それは、まだ幼いメディには到底知り得ることのできないものでした。
ですが、妖怪として生まれたばかりのメディには、両手ですくい切れないくらいの時間があります。
時間を両手で何回もすくって、メディはゆっくりながらしっかりと、優しく強かに、妖怪として育っていきました。
こたえは鈴蘭と一緒に見つけました。
メディはもうちっちゃくありません。(もっとも、見た目はまだまだで、ちょっぴり無鉄砲なときもまたありますが!)
心の毒は薬となり、深い悲しみは慈しみとなり、メディは立派な妖怪の一員になることができたのでした。
花は何の為にも咲いていません。ただ自分の持てる命を自分の赴くままに開かせているのです。そこにあるのは明日への希望と、果て無き夢なのです。
夢と希望の種をその身に結ぶ為に、幻想郷より広く太陽より眩しい心を育てようとメディは努力をしています。
小さなスイートポイズンは、真っ直ぐに心を伸ばし大きな笑顔の花を咲かせるのでした。
__鈴蘭の花言葉は「幸福の再来」
童話のような素敵な作品でした
メディスンの未来に幸福があらんことを。