「ねぇ、メリー」
「何かしら。蓮子」
「あなた、今日はずいぶん、顔が赤いわね」
「そうかしら。少しパウダーが足りなかったかもしれないわね」
「ちなみに、どこの使ってるの?」
「ここの」
「このブルジョワめ!」
よくわからないやりとりをする女子学生二人組み――宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーン――へと、周囲の視線が、一瞬だけ集まった。
しかし、ここは喫茶店。ちょっと大声を出す人間などざらにいる。
彼らはすぐに、蓮子たちから興味を失って、それぞれの視線をそれぞれの位置へと戻す。
「それよりも、蓮子。この本、あなた見たかしら?」
「ああ、見た見た。
今時、ミステリーサークルもないわよねー」
「だけど、面白そうだわ」
「ん~……行ってみる? サークル活動の一環として」
「そうね。行きましょう。
ところで、明日は小テストだということ、覚えてる?」
「げ。マジで」
「やっぱり忘れていたようね」
そんな蓮子に、とメリーが取り出したのは小さなメモ帳。
はい、と手渡されたそれを開いてみると、びっしりと、細かく、きれいな文字が書かれている。
「……あの、メリーさん。これは何でせう」
「あの教授が、過去に出した小テストの問題の統計を取って、よく出てくる問題を抜粋しておいたの。
答えも一緒に書いてあるから、暗記すれば、アンキロプリモアデス並の記憶力のあなたでも100点が取れるわ」
「何その得体の知れない生物名」
「最近、発見された新種の恐竜らしいわよ」
恐竜並みの智慧と言われたことを怒るべきか、そんなマイナーなものの名前を出してくるメリーにツッコミを入れるべきか、迷った末に、蓮子はとりあえず『……ありがとう』とメモ帳を受け取るに留めることにした。
「あの教授、小テストの結果で単位決めるんでしょ。
めんどくさいなー」
「あら、別にいいじゃない。
最後の期末テスト一発で成績が決まるより、こつこつ積み上げていった方がリカバリーもきくし」
「そうなんだけど。
たまに授業サボった時に小テストやられるとむかつかない?」
「わたしはサボったりしないから」
さらりと答えるメリーに、蓮子、沈黙。
なお、授業をサボるのが悪いことであるのは言うまでもない。
「あなたは割りと品行方正で通っているのだから、悪いことは控える方がいいと思うわ」
「……あー、はいはい。そうするわよ」
「晩御飯にコンビーフばかりは体に悪いわよ」
「んなことしてないっ!」
しかし、最近、缶詰ばかりの食生活を送っていることを思い出して、『今夜のご飯は思いっきり豪華なの作っちゃる!』と内心で叫ぶ蓮子であった。
――さて、翌日。
「あれ? 蓮子。奥さんどこいったの?」
「いや、誰が誰の奥さんなのさ」
「あんたの隣にいつもいる金髪っ子。
この前、スルーして蓮子に声かけようとしたらすっごい笑顔の脅迫くらったんだけど」
「え、マジで」
蓮子の学内の友人は、何もメリーばかりではない。
交友関係を持っている友人はかなりのものだ。ケータイのアドレス帳には、びっしりと、彼ら彼女らの名前がある。
そんな友人の一人の言葉に、蓮子が顔を引きつらせる。
「まぁ、授業始まるまでまだ時間あるし。そのうち来るんじゃない?」
「一緒に来てるんじゃないんだ?」
「家、違うしね」
「うっそ。あんたらすでに同棲してるって聞いてるよ」
「おい誰から聞いた」
「みんな言ってる」
ということは、蓮子はすでにメリーと公認関係にあるということである。
確かに、メリーと一緒に居る時間は長いし、仲良くしてるけれど、そういう風に見られるというのはちょっとなぁ……と。
蓮子は頬を引きつらせ、『少し、自分と彼女の関係を考えたほうがいいかもしれない』とまで思ってしまう。
なお、日頃、蓮子がメリーに『メリー、あいらびゅー♪』などと冗談かましまくってるのが原因の一つであるのは言うまでもない。
「だけど、いないのは珍しいね。あの子、いつも、一番に教室にいるのに」
「ああ、そうらしいね。
何か、時間間違えて一時間早く来た子が、教室でメリーが本を読んでいるのを目撃した、って」
「あんたに連絡何もなし?」
「当然」
「冷え切った夫婦関係だねぇ……よしよし」
「……あのな」
目の前の彼女がふざけてノリよく言っているのはわかるのだが、そういう風にからかわれるとかちんとくる。
蓮子がこめかみ引きつらせているのを見て、彼女は『冗談、冗談』とけらけら笑うのだった。
「ん~……」
一時間目の講義終了。
昨日、話題に出た『小テスト』のある講義だ。
蓮子はメリーのおかげで、そこそこ、問いを埋めることが出来ている。
メリーに感謝しないとなー、と思いつつ、部屋を出た彼女は辺りを見渡した。
「いない」
メリーがきていない。
寝坊だろうか、と思って、彼女は携帯電話を手に取る。
「あ、もしもし?」
『ただいま電話に出ることが出来ないの。相手の事情も考えずに電話をしてこないでちょうだい。もしも用事があるなら、ピーという発信音の後にメッセージを残しておいて。全くこれだから蓮子は』
「……なぜあたしの名前を最後に残す」
聞こえてきたのは留守番電話メッセージ。
メリーが自作したのだろう。彼女の不機嫌な声が入っている。
これ、私以外の人間が電話したらどうなるんだ、と蓮子は顔を引きつらせる。
とりあえず、携帯電話も通じない。さてどうしたのだろうと気になって、とりあえず、メールを出しておく。
「『気がついたら連絡ちょうだい』っと。
よし」
彼女は携帯電話をポケットにしまって、腕時計をちらりと見る。
「やば。次の講義まであと5分じゃん。
あの教授、遅刻にうるさいからなー」
ぱたぱたと、靴音を立てて校内を走る。
メリーのことも大切であるが、単位を落とさないようにするのも、学生である蓮子にとっては大切なことであった。
「おーい、蓮子やーい」
「ん~? 何~?」
「おいしそうなの食べてるね。あたしにもちょうだい、あ~ん」
「一口100円ならいいよ」
「ケチくさいなぁ」
結局、午前中、あらゆる講義にメリーは姿を見せなかった。
彼女は蓮子と同じ講義を取っているため、全ての講義で姿を見せないということは、大学に来ていないということになる。
何でだろうと思いつつ、ただいま、蓮子は昼食中。
「学食のパスタってさ、パスタっつーよりスパゲティよね」
「それがいいんじゃない。お父さんのお手製スパゲティって感じで」
ちゅるちゅるミートソーススパゲティをすする蓮子。
彼女の対面に腰を下ろしたのは、これまた彼女の友人である。
「ところでさ、聞いてよ聞いてよ。
この前、バイトしてた喫茶店でさー、テレビの取材が来てさー。あたし、インタビュー受けちったー。テレビに出るかも!」
「へぇ。マジで? すごいじゃない」
「何か『街の隠れた名店特集』ってのらしいのよ。
うちのオーナーが、美味しいティーを出すのに控えめな人で、全然、宣伝とかしないからさー。
口コミで広がってんじゃない?」
「へぇ~」
よく、テレビで見る特集料理番組。実際のお店を取材して回っているのは当然であるが、それが身近なものとはまた縁遠いため、『遠く』に感じる企画でもある。
それが、こんな間近に感じられる。人生とは不思議なものだ。
「来月の第一週金曜日に放映らしいから。録画しといてよ!」
「出なかったらどうする?」
「そん時はそん時」
これであたしも有名人かー、とはしゃぐ友人に、『テレビにちらっと映ったくらいじゃ、有名人とは言えないよ』と蓮子は内心で苦笑する。もちろん、言葉には出さずに。
「ところで蓮子」
「ん?」
「嫁はどうした?」
「……あんたもか」
先の友人は『奥さん』で、今度の彼女は『嫁』である。なら、次の表現は『ワイフ』かHAHAHA、と内心でツッコミ入れてから、
「何か姿が見えないのよ。休んでんじゃない?」
「ふーん。珍しいね。
あの子が病気になるなんて、想像も出来ないけど」
「……確かに」
蓮子に対してはよく話しかけるメリーであるが、他の人間に対しては、『そう』や『へぇ』という相槌程度しか口を開かないのも彼女である。
おかげで、学内のメリーに対する評価は『クールでミステリアスな美女』である。
男どもにとって高嶺の花であると共に、誰からも『近づきがたい』相手であった。
「午後の授業はないし、バイト休んで様子を見に行ってみるかな」
「バイト何やってんの?」
「秘密。
外に漏らしたらクビになる」
「何よ、それ。アメリカの特殊部隊のお手伝いとか?」
「ちょっとね、秘密の実験とか試験とかやってる仕事だから」
詳しく言うと、それだけで、何の仕事かばれてしまう。ばれてしまうと『情報漏えい』ということで責任問題になるのだという。
そんな話をする蓮子に、「あんた、どうやってそんなバイト見つけてんの?」と彼女は苦笑した。
「バイト代はいいんだよねー、これが。
時給3000円よ、3000円。4時間で12000とか」
「うわ、マジで? あたし、今、1100円だよ」
「その分、ルールがきつくてさー。窮屈だからやめようかなー、って」
「あ、じゃあ、次、あたしがやる! 紹介して、紹介!」
「してもいいけど、面接きっついよ?」
「うげ、マジで。じゃ、やめた」
そこで、彼女は立ち上がる。
んじゃね、と蓮子に笑顔を送って、彼女が歩いていくのは、一人の男性の元。彼氏さんか何かだろう。
「メリー、何してんのかな」
そうつぶやいた頃、蓮子のミートソーススパゲティは、全部、彼女のおなかの中へと収まったのだった。
「えーっと……」
大学から、電車に乗って、片道30分。
駅から降りて、歩くこと20分。
「片道1時間弱とか、あの子、結構根性あるわ」
蓮子が降り立ったのは、再開発が盛んなマンション住宅街。
あちこち、高そうなマンションがずらりと並び、そこに住まう人々を相手にした、大きなスーパーマーケットが駅前と、さらに歩いて10分のところに一軒ずつ構えている。
その中の一つに入り、「メリーはジュースと、あと、チョコでも買っていってやるか」と土産を購入。
「……そういや、あたしゃ、メリーの家に来るのは初めてか」
大抵、彼女の方から蓮子の家に遊びに来る。
もしくは、互いの家に立ち寄らず、外で顔をあわせる。
過去の記憶をたどっても、蓮子からメリーの家に行った記憶は出てこない。
「で……これね」
以前、メリーから渡されていた『わたしの住所よ』な地図に従って歩いた先に現れるのは、予想通りのでっかいマンション。
見ると『好評分譲中』と書かれている。
「……まさかね」
いくらメリーでも、分譲マンションを自分で買ったわけではないはずだ、と蓮子は顔を引きつらせた。
「合鍵、合鍵」
入り口はオートロック。
しかも、監視カメラが目を光らせており、中に入ると自動ドアのすぐ側にガタイのいい守衛が控えていた。
「こ、こんにちは~」
顔を引きつらせてぺこりと頭を下げる彼女に、彼は事務的に礼を返してくれる。
「……うわ、コンビニまであるよ」
一階のロビーは『どこのホテルだよ、おい』というくらいに広くて立派であり、何の意味があるのか休憩スペースがあったり、その対面には生活用品をずらりと並べたコンビニまであるという始末。
お金持ちってのはすごいなぁ、と思いつつ、蓮子はエレベーターに乗る。休憩スペースにかけてある絵に『ピカソ』だの『ルノワール』だのといった文字が見えたのは、多分、気のせいだろう。
「……」
普通のエレベーターとは違い、都会の高層ビルのエレベーターのように、ドアの反対側はガラスで覆われた空間になっていた。
外の景色が一望できる、そんな素晴らしい乗り物に、蓮子の頬に汗一筋。
「……しかも最上階」
こういうところって、上に行くほど高いんじゃなかったっけ……。
蓮子は顔を引きつらせたまま、『20階』のボタンを押した。
普段、蓮子が乗るエレベーターとは全く違う、音のない、しかも高速なエレベーターはあっという間に20階へと辿り着き、ドアが開く。
高級なホテルのように、赤のふわふわ絨毯が敷かれた通路を行き、右手側に曲がった先の突き当たりへと辿り着く。
表札には『ハーン』とだけ書かれている。
「これだけ見たら、あいつが何人かわからないわ」
苦笑しながら、ぴんぽーん、とチャイムを鳴らす。
待つことしばし。
「あら、蓮子」
ドアががちゃりと開いて、メリーが姿を現した。
顔が真っ赤だ。
「ちょっと、メリー。あんた、もしかして風邪とか?」
「そうみたいね。体温が普段よりずっと高かったから、大事を取って休んでいたわ」
「ああ、そうなんだ。
じゃ、ほら。これ。風邪の時に食べるものじゃないけど、おみやげ。ゆっくり休んでね」
「ちょっと待ちなさい」
ドアの隙間から顔を出していたメリーは――チェーンソーでも切れそうにないくらいの、ごっついセフティーがドアと戸口をつないでいるためだ――その隙間から手を伸ばして、踵を返そうとした蓮子の右手を掴む。
「せっかくだもの。上がっていきなさい」
にこっと微笑む彼女の笑顔は、熱に浮かされているためか、いつもよりずっと色っぽかった。
「……」
「何もない部屋だけど」
「いや、あんた、本当に何にもないんだけど」
部屋は4LDK。
専有面積は、メリー曰く『120くらいだったかしら?』とのこと。
でっかい、そこだけで蓮子の部屋二つか三つ分はあるリビングに、三つの部屋。その中の一つがメリーの寝室であり、残り二つは、一つは物置、もう一つは空いている部屋とのことだ。
「だから言ったでしょう。何もない、って」
リビングには、ソファーは愚かテレビすらない。
テーブルもなく、メリー曰く『食事には折りたたみのテーブルを使っているの』とのことだ。
キッチンには何枚かのお皿とお椀などが、水切り用の安っぽいプラスチック製の入れ物に入って置かれている。
「あら、ジュースとチョコレート。
ありがとう、朝から何も食べてなかったの」
「はい!?」
「ついさっきかしら。まともに起き上がれるようになったのは。
朝からすごく体がだるくてね。『ああ、今日のテストはお流れね』なんて思いながら寝ていたわ」
彼女はコンビニの袋からチョコレートを取り出すと、それをぽいぽい、口の中に放り込んでいく。
よっぽど、おなかがすいているのだろう。
「あんた、本当に風邪!? 大丈夫なの!?」
「ええ、大丈夫よ」
「ちょっと!」
メリーのおでこに手を当てる。
「すっごい熱いじゃない! 大丈夫じゃないわよ! 布団に戻って! ほら!」
「大丈夫と言っているでしょう。
あんまり大声を出すと、隣から苦情が来るわ」
「うっさい!」
蓮子はメリーの手を引っ張って立たせると、メリーの部屋へと移動する。
その部屋というのも、部屋の雰囲気に全く合わないプラスチック製のもの入れが鎮座し、部屋の片隅に古びたベッドがあるだけという有様だ。
はっきり言って、生活感がまるでない。
「汗もびっしょりだし……。
着替えて。今、タオル持ってくるから」
蓮子は物入れの中からハンドタオルを取り出し、風呂場へと移動する。
「……うをう」
また、その風呂場がすさまじい。
家族4人は楽々入れると思われるでっかい湯船。ドアの正面の壁は全面が窓になっており、夜景を存分に楽しめるだろうと思われる作りであった。
「……『当マンションは天然温泉を使用しております。一日の疲れを癒すのに、ぜひ、ご利用ください』」
入り口すぐ側にはそんなメッセージが書かれたメッセージボードがぶら下がっている。
日付は1年前のものであり、メリーが、これを消さずに放置しているのだろうと思われた。
「え、ええい。それは別」
蓮子はタオルをお湯(温泉)でぬらしてから、メリーの部屋へ。
「メリー、タオル持ってき……なんで裸!?」
「あなたが『着替えろ』と言ったのでしょう。
タオルで体を拭くのだから、拭く前に着ては意味がないわ」
「いやそりゃそうだけどね!?」
「じゃ、蓮子。お願いね」
「あたしがやんのかい!?」
「当然でしょう」
なぜか、メリーは威張って言う。
同性の蓮子から見ても、羨ましくなるくらいに均整の取れた彼女の体。そしてむかつくくらいに乳がでかい。
ともあれ、蓮子は『わかったわよ、もう』とタオルでメリーの体を拭いていく。
「大丈夫なの? 本当に」
「ええ。元々、わたし、風邪を引いても平気な体質なのよ。
以前は……といっても、子供のときだけど、インフルエンザに感染して40度の熱が出た時も学校へ行って体育でサッカーをしていたわ。
次の日に学級閉鎖になったけど」
「当たり前だ!」
もはや生物テロに近い行動である。
当人はけろっとしていても、そんな状態で社交場に出てこられては回りがたまったものではない。
「はい、終わり」
「ありがとう。さっぱりしたわ」
にこっと微笑むメリーをベッドの中へと戻して、『もう』と蓮子。
「ポカリスエットとアクエリアス、どっちがいい?」
「アクエリアスね。あのマイナー具合がたまらないわ」
「晩御飯に所望するものは」
「あったかいものがいいわ」
「了解」
「あら、蓮子。あなた、料理が出来たのね」
「当然だ。この馬鹿。
しっかり寝てなさいよ」
蓮子は踵を返して、メリー宅を後にする。
何やってんだ、あの馬鹿、と。
小さくつぶやきながら。
「ほい。蓮子さん特製、あったかお野菜たっぷりお鍋~肉入り~」
「あら、美味しそう」
キッチンに向かった蓮子はすぐに冷蔵庫を開けたが、その中はがらんどうであった。
申し訳程度にスーパーで買ったと思われる惣菜と飲み物が入っているだけという有様だったため、来る時に見かけたスーパー(これはデパートかと思うくらいに何でもあった)で購入した食材で作った、本日の晩御飯。
メリーはベッドからむくっと起き上がると、「テーブルはリビングにあるわ」と指示をしてくれる。
「あんた、鍋とかくらいまともなの買いなさいよ」
100円均一で買ってきたと思われる、粗末なミルクパンの中で、くつくつと煮込まれた食材が浮かんでいる。
メリーは箸を手に取ると、
「だってわたし、料理できないもの」
「え? マジで?」
「ええ。
知識はあっても技術が足りないというやつね。
こっちに来て、野菜炒めにチャレンジしたのだけど、フライパンが燃えたから。それ以来、料理は諦めているの」
「……フライパンって炎上する物体だったっけ」
「油を引きすぎたのね。きっと」
さらっと、何だかすごいことを言って、「頂きます」と手を合わせる彼女。
「炊飯器は高そうなのだったけど」
「何を言っているの、蓮子。
朝昼晩、お米を食べるのが日本人でしょう。あなたは日本人の癖にそういう常識もないのかしら。
美味しいお米を食べるのなら、お金を惜しんではいけない――そうよね?」
「あんた何人だ」
家では家電店で3980円の『在庫処分品』のマイコン炊飯器を使っている蓮子がメリーにツッコミを入れる。
メリー曰く、「加えて、ご飯には納豆が必須よ。この二つを味わうことこそ日本人に生まれてきた利点だと思うわ」と何やらしたり顔。
本当にこやつは何人だと思いつつも、『あー、はいはい』と蓮子はそれを受け流す。
「どうよ。貧乏くさい味だろうけど」
「そんなことはないわ。
ただ個人的に、ちょっぴりだしが足りないのが残念ね。化学調味料ではなく、ちゃんとかつおやこんぶからだしを取ることをお勧めするわ」
「めんどいのよ」
「これだから蓮子は」
「殴るぞあんた」
日本人のくせに日本食のよさを何もわかってない、と言わんばかりに肩をすくめて『やれやれ』な態度を見せるメリーに、さすがの蓮子もこめかみひきつらせる。
「あんな立派な冷蔵庫あるんだから、だったら少しは料理を勉強しなさいよ」
「それもいいかもしれないわね。
このマンションのカルチャースクールに、料理教室、あったはずだし」
ふーふーとれんげですくった鶏肉に息を吹きかけながら、メリー。
「このマンション、めっちゃ高そうよね」
「そうでもないわ。
わたしの住んでる部屋のタイプが一番狭いタイプなのだけど、安いところだと6000万くらいかしら」
「高いっつの」
「一番高い部屋は1億5000万だったわね。
だけど、共用スペースの管理費は取られないし、駐車場代も無料なのだから、そんなに悪い物件ではないと思うのだけど」
「分譲中ってあったけど、これ、まさかあんたが買ったとかじゃないよね?」
「馬鹿ね、蓮子。そんなお金、大学生がおいそれと出せるわけがないでしょう」
だよねー、と笑う蓮子。
「パパが建ててくれたのよ。『よし、メリーが一人暮らしするなら、パパがいいマンションを建ててやるからな!』って」
「……………………………………………………はい?」
「最初はボディーガードやシェフまでつけるという話だったけど、わたしも子供じゃないのだから断ったわ。
放っておくと、どこまででも子供を甘やかしたがる父親なのよね」
「……あんたの父親って何者……?」
そういや、私はこの子と付き合い持って、何にもの子のこと知らないな、と蓮子は思う。
メリーの家族構成は、その際たるものだ。
この分だと、『父親はどこぞの国の超大会社の社長、母親はその会社と合併前の、これまた大会社の社長。姉やら妹やらもまた同じ』というオチが待っていそうな気がする。
「あいにくと、わたしは一人っ子よ」
「人の心を読むな!」
相変わらず、隙のない、というか具体的に何者かすらわからないメリーである。
「ごちそうさま」
そんな漫才みたいなやり取りをしている間にも食は進んでいたらしく、鍋の中身とお椀は空っぽになっていた。
満足満足、とおなかをさするメリーに、蓮子は肩をすくめる。
「医者には行ったの?」
「行ってないわ。だるくてね」
「んじゃ、明日にでも行って来い」
「必要ないわ」
「何で」
「電話したら向こうから来るもの」
「……」
「後で電話しておく。24時間、エマージェンシーを受け付けてくれる病院があるから」
ともあれ、メリーの病気は、これで大丈夫そうではあった。
やれやれ、と蓮子。
「にしても、あんたでも風邪引いたりするのね」
「わたしも人間だもの。病気にくらいなるわ」
「そうだね。何か安心したよ」
時計を見る。
時刻、夜の6時。そろそろ帰るか、と蓮子は思う。
「あ、そうだ。
メリー、あんた、ケータイの留守録メッセージ。あれ何とかしときなさいよ。私以外が電話したらどうすんのさ」
「別に何も問題ないわ」
「何で」
「貴女以外からかかってこないもの」
「え?」
「ほら」
枕元に置かれている携帯電話。
それを開いて、見せてくれるアドレス帳には蓮子の名前が一つだけ。
「あんた、お父さんとかお母さんとも連絡取ってないの?」
「両親とは、こっちの衛星通信電話を使うのよ。地球の裏側だろうと、ジャングルの奥地だろうとつながるのよ」
いきなりどこから取り出したのか、戦争映画の通信兵が持っていそうな、ごっつい電話が現れる。
蓮子が顔を引きつらせていると、メリーはそれをどこへともなくしまって、
「あなたに話したこと、なかったかしら。
わたし、結構、上がり症で人前で話すのが苦手なの。人見知りもする方で、子供の時から、なかなか友達が作れなかったわ」
「マジですか?」
「ええ。大マジ」
「……あれは雰囲気作ってるんじゃなかったのね」
大学内で、メリーが『ミステリアス』と呼ばれる所以――教室の片隅で、いつも本を読んでいるその姿を思い出して、蓮子が顔を引きつらせる。
あれのせいで、『窓辺の似合う美少女』だの『深窓の令嬢』という表現がされているのが、このメリーだ。
「初対面の人にどう話をしたらいいかわからないのよね。
だから、あまり口数も多く出来なくて。
相槌を打つくらいが精一杯。あなたみたいに、誰に対しても間抜けな笑顔を浮かべてはきはき喋れる人が羨ましいわ」
「間抜けは余計だっ」
なるほど、そういうことか。
蓮子はようやく得心する。
「だから、意外だったのよ。わたしに声をかけてきたあなたのような人」
「へぇ」
「物怖じせずにずけずけと言いたいことをはっきり言うし、遠慮なく土足で人の中にずかずか入ってくるし。
あなたみたいな人に逢ったことがなかったから驚いたわね」
蓮子のことを馬鹿にしてるのか、それともほめつつ親しみを感じているのか。
メリーの声のトーンは相変わらずで、実にその内面が伝わりづらい。
「だけど、嬉しかったわね。何せ、初めての友人だもの。
あなたみたいな人に出会えたのは、わたしの汚点でもあるけれど、嬉しい、人生のターニングポイントだったわ」
「はいはい。そういうことにしときましょ」
「あなたとのメール、ずっと取ってあるのよ。最初の頃は『マエリベリーさん』なんて人のことを呼んでいたくせに」
「そう言うあんたは初対面の時から『蓮子』で呼び捨てだったけどね」
苦笑を浮かべながら、メリーの言葉を軽く受け流す。
そういうやり取りが、彼女も好きなのか、『あら、別におかしなことではないわ』といつものメリー口調だ。
そうして、つと、蓮子はメリーに向かって声をかける。
「来週、みんなとカラオケ行くんだけど、メリーも来る?」
「わたしも?」
「そう。こういう誘いをかけると、大抵、『蓮子一人で楽しんできなさい』って言うでしょう?
あんたにはあんたの付き合いがあると思って声をかけなかったんだけど、そういう理由なら、遠慮もしないさ」
「だけど、わたし、あまり歌はうまくないわ」
「別にいいよ。
オンチがいる方が場が盛り上がる」
「人を笑いものにしたいのね。ひどい話だわ」
つんとした口調で膨れてみるメリーだが、その目は笑っている。
「だから、さっさと病気、治しなさいよ。以前みたいに入院とか勘弁ね」
「そうね。
久しぶりにあったかい食事をしたのだから、治るのは早そうだわ」
「あと料理を勉強しろ。わからないなら、私が教えてやるから」
「面倒なのよ」
「却下。飯の一つも作れないで嫁にいけると思うのか」
「あなたがお嫁に来てくれるなら何の問題もないわ」
はいはい、と適当に軽くあしらって、蓮子は立ち上がる。
メリーをベッドの中に入れてやってから、
「これ、洗っておくから。
しっかり寝てなさいよ」
「ええ。そうするわ。
だけど、意外だったわね。まさかあなたがお見舞いに来てくれるなんて」
「何、メリーの中で、私はそんなに薄情な奴だってこと?」
「あなたのことだから、『メリーが風邪なんて引くわけないない大丈夫』って思ってそうだったから」
それについては言い返すことの出来ない蓮子である。
事実、友人たちから茶化されつつもメリーのことを心配しているそぶりを見せられなければ、『メリーだし大丈夫か』と軽く思って流していただろうことも事実。
まさか、来てみれば『ご飯も食べられずに寝込んでいる』状態の彼女に遭遇するとは思っていなかった。
「もーちょい、この部屋、生活臭出すようにしたほうがいいよ」
軽く笑いながら、彼女はメリーを見る。
少しだけ、いたたまれない空気を押し流すために。
「そうかしら。
今の世の中、パソコンとインターネットさえあれば何でも出来るから」
「ひきこもりじゃないんだし。
あんた、服のセンスとかいいんだし、もうちょい飾った方がいいよ」
「誰も来ないもの」
「これからは来るよ。私とかさ」
一度、その場に座りなおして、メリーの頭をなでながら笑顔を見せる。
メリーはじっと、蓮子の瞳を見つめて、「そう」とだけつぶやいた。
「なら、体が治ったら付き合ってちょうだい」
「はいはい」
「ねぇ、蓮子」
「何?」
「お見舞い、ありがとう」
ベッドの中から手を出して、彼女は蓮子の手をぎゅっと握る。
そして、嬉しそうに微笑んだ後、そのまますやすやと眠りに落ちていく。
何だかんだで、病気の際は体力が落ちるもの。彼女は『風邪を引いても大丈夫な体質』と言っていたが、体はやはり正直だ。
「……たく」
寝顔『だけ』は子供のようにかわいいメリーを見ながら、その視線を自分の手に移す。
「こんながっちり握手されてたら動けないんですけどね」
片手に取り出した携帯電話。幸いなことに、終電まで、まだ時間はある。
仕方ないか、とそれをポケットにしまって、ベッドに背中を預ける蓮子であった。
それから二日後。
無事、快癒したメリーとは反対に、今度は蓮子が風邪でノックダウンした。
メリー曰く、『わたし、病気を人に移さないと治らないタチなのよ』ということである。
なんと迷惑な友人だと、布団の中で発熱による頭痛にうなされながら、蓮子は思ったという。
ついでに、『今度はわたしがあなたの面倒を見てあげるわ。わたし、借りを作らない女なの』とメリーが蓮子の家にやってくるのだが。
それはまた、別のお話。
「何かしら。蓮子」
「あなた、今日はずいぶん、顔が赤いわね」
「そうかしら。少しパウダーが足りなかったかもしれないわね」
「ちなみに、どこの使ってるの?」
「ここの」
「このブルジョワめ!」
よくわからないやりとりをする女子学生二人組み――宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーン――へと、周囲の視線が、一瞬だけ集まった。
しかし、ここは喫茶店。ちょっと大声を出す人間などざらにいる。
彼らはすぐに、蓮子たちから興味を失って、それぞれの視線をそれぞれの位置へと戻す。
「それよりも、蓮子。この本、あなた見たかしら?」
「ああ、見た見た。
今時、ミステリーサークルもないわよねー」
「だけど、面白そうだわ」
「ん~……行ってみる? サークル活動の一環として」
「そうね。行きましょう。
ところで、明日は小テストだということ、覚えてる?」
「げ。マジで」
「やっぱり忘れていたようね」
そんな蓮子に、とメリーが取り出したのは小さなメモ帳。
はい、と手渡されたそれを開いてみると、びっしりと、細かく、きれいな文字が書かれている。
「……あの、メリーさん。これは何でせう」
「あの教授が、過去に出した小テストの問題の統計を取って、よく出てくる問題を抜粋しておいたの。
答えも一緒に書いてあるから、暗記すれば、アンキロプリモアデス並の記憶力のあなたでも100点が取れるわ」
「何その得体の知れない生物名」
「最近、発見された新種の恐竜らしいわよ」
恐竜並みの智慧と言われたことを怒るべきか、そんなマイナーなものの名前を出してくるメリーにツッコミを入れるべきか、迷った末に、蓮子はとりあえず『……ありがとう』とメモ帳を受け取るに留めることにした。
「あの教授、小テストの結果で単位決めるんでしょ。
めんどくさいなー」
「あら、別にいいじゃない。
最後の期末テスト一発で成績が決まるより、こつこつ積み上げていった方がリカバリーもきくし」
「そうなんだけど。
たまに授業サボった時に小テストやられるとむかつかない?」
「わたしはサボったりしないから」
さらりと答えるメリーに、蓮子、沈黙。
なお、授業をサボるのが悪いことであるのは言うまでもない。
「あなたは割りと品行方正で通っているのだから、悪いことは控える方がいいと思うわ」
「……あー、はいはい。そうするわよ」
「晩御飯にコンビーフばかりは体に悪いわよ」
「んなことしてないっ!」
しかし、最近、缶詰ばかりの食生活を送っていることを思い出して、『今夜のご飯は思いっきり豪華なの作っちゃる!』と内心で叫ぶ蓮子であった。
――さて、翌日。
「あれ? 蓮子。奥さんどこいったの?」
「いや、誰が誰の奥さんなのさ」
「あんたの隣にいつもいる金髪っ子。
この前、スルーして蓮子に声かけようとしたらすっごい笑顔の脅迫くらったんだけど」
「え、マジで」
蓮子の学内の友人は、何もメリーばかりではない。
交友関係を持っている友人はかなりのものだ。ケータイのアドレス帳には、びっしりと、彼ら彼女らの名前がある。
そんな友人の一人の言葉に、蓮子が顔を引きつらせる。
「まぁ、授業始まるまでまだ時間あるし。そのうち来るんじゃない?」
「一緒に来てるんじゃないんだ?」
「家、違うしね」
「うっそ。あんたらすでに同棲してるって聞いてるよ」
「おい誰から聞いた」
「みんな言ってる」
ということは、蓮子はすでにメリーと公認関係にあるということである。
確かに、メリーと一緒に居る時間は長いし、仲良くしてるけれど、そういう風に見られるというのはちょっとなぁ……と。
蓮子は頬を引きつらせ、『少し、自分と彼女の関係を考えたほうがいいかもしれない』とまで思ってしまう。
なお、日頃、蓮子がメリーに『メリー、あいらびゅー♪』などと冗談かましまくってるのが原因の一つであるのは言うまでもない。
「だけど、いないのは珍しいね。あの子、いつも、一番に教室にいるのに」
「ああ、そうらしいね。
何か、時間間違えて一時間早く来た子が、教室でメリーが本を読んでいるのを目撃した、って」
「あんたに連絡何もなし?」
「当然」
「冷え切った夫婦関係だねぇ……よしよし」
「……あのな」
目の前の彼女がふざけてノリよく言っているのはわかるのだが、そういう風にからかわれるとかちんとくる。
蓮子がこめかみ引きつらせているのを見て、彼女は『冗談、冗談』とけらけら笑うのだった。
「ん~……」
一時間目の講義終了。
昨日、話題に出た『小テスト』のある講義だ。
蓮子はメリーのおかげで、そこそこ、問いを埋めることが出来ている。
メリーに感謝しないとなー、と思いつつ、部屋を出た彼女は辺りを見渡した。
「いない」
メリーがきていない。
寝坊だろうか、と思って、彼女は携帯電話を手に取る。
「あ、もしもし?」
『ただいま電話に出ることが出来ないの。相手の事情も考えずに電話をしてこないでちょうだい。もしも用事があるなら、ピーという発信音の後にメッセージを残しておいて。全くこれだから蓮子は』
「……なぜあたしの名前を最後に残す」
聞こえてきたのは留守番電話メッセージ。
メリーが自作したのだろう。彼女の不機嫌な声が入っている。
これ、私以外の人間が電話したらどうなるんだ、と蓮子は顔を引きつらせる。
とりあえず、携帯電話も通じない。さてどうしたのだろうと気になって、とりあえず、メールを出しておく。
「『気がついたら連絡ちょうだい』っと。
よし」
彼女は携帯電話をポケットにしまって、腕時計をちらりと見る。
「やば。次の講義まであと5分じゃん。
あの教授、遅刻にうるさいからなー」
ぱたぱたと、靴音を立てて校内を走る。
メリーのことも大切であるが、単位を落とさないようにするのも、学生である蓮子にとっては大切なことであった。
「おーい、蓮子やーい」
「ん~? 何~?」
「おいしそうなの食べてるね。あたしにもちょうだい、あ~ん」
「一口100円ならいいよ」
「ケチくさいなぁ」
結局、午前中、あらゆる講義にメリーは姿を見せなかった。
彼女は蓮子と同じ講義を取っているため、全ての講義で姿を見せないということは、大学に来ていないということになる。
何でだろうと思いつつ、ただいま、蓮子は昼食中。
「学食のパスタってさ、パスタっつーよりスパゲティよね」
「それがいいんじゃない。お父さんのお手製スパゲティって感じで」
ちゅるちゅるミートソーススパゲティをすする蓮子。
彼女の対面に腰を下ろしたのは、これまた彼女の友人である。
「ところでさ、聞いてよ聞いてよ。
この前、バイトしてた喫茶店でさー、テレビの取材が来てさー。あたし、インタビュー受けちったー。テレビに出るかも!」
「へぇ。マジで? すごいじゃない」
「何か『街の隠れた名店特集』ってのらしいのよ。
うちのオーナーが、美味しいティーを出すのに控えめな人で、全然、宣伝とかしないからさー。
口コミで広がってんじゃない?」
「へぇ~」
よく、テレビで見る特集料理番組。実際のお店を取材して回っているのは当然であるが、それが身近なものとはまた縁遠いため、『遠く』に感じる企画でもある。
それが、こんな間近に感じられる。人生とは不思議なものだ。
「来月の第一週金曜日に放映らしいから。録画しといてよ!」
「出なかったらどうする?」
「そん時はそん時」
これであたしも有名人かー、とはしゃぐ友人に、『テレビにちらっと映ったくらいじゃ、有名人とは言えないよ』と蓮子は内心で苦笑する。もちろん、言葉には出さずに。
「ところで蓮子」
「ん?」
「嫁はどうした?」
「……あんたもか」
先の友人は『奥さん』で、今度の彼女は『嫁』である。なら、次の表現は『ワイフ』かHAHAHA、と内心でツッコミ入れてから、
「何か姿が見えないのよ。休んでんじゃない?」
「ふーん。珍しいね。
あの子が病気になるなんて、想像も出来ないけど」
「……確かに」
蓮子に対してはよく話しかけるメリーであるが、他の人間に対しては、『そう』や『へぇ』という相槌程度しか口を開かないのも彼女である。
おかげで、学内のメリーに対する評価は『クールでミステリアスな美女』である。
男どもにとって高嶺の花であると共に、誰からも『近づきがたい』相手であった。
「午後の授業はないし、バイト休んで様子を見に行ってみるかな」
「バイト何やってんの?」
「秘密。
外に漏らしたらクビになる」
「何よ、それ。アメリカの特殊部隊のお手伝いとか?」
「ちょっとね、秘密の実験とか試験とかやってる仕事だから」
詳しく言うと、それだけで、何の仕事かばれてしまう。ばれてしまうと『情報漏えい』ということで責任問題になるのだという。
そんな話をする蓮子に、「あんた、どうやってそんなバイト見つけてんの?」と彼女は苦笑した。
「バイト代はいいんだよねー、これが。
時給3000円よ、3000円。4時間で12000とか」
「うわ、マジで? あたし、今、1100円だよ」
「その分、ルールがきつくてさー。窮屈だからやめようかなー、って」
「あ、じゃあ、次、あたしがやる! 紹介して、紹介!」
「してもいいけど、面接きっついよ?」
「うげ、マジで。じゃ、やめた」
そこで、彼女は立ち上がる。
んじゃね、と蓮子に笑顔を送って、彼女が歩いていくのは、一人の男性の元。彼氏さんか何かだろう。
「メリー、何してんのかな」
そうつぶやいた頃、蓮子のミートソーススパゲティは、全部、彼女のおなかの中へと収まったのだった。
「えーっと……」
大学から、電車に乗って、片道30分。
駅から降りて、歩くこと20分。
「片道1時間弱とか、あの子、結構根性あるわ」
蓮子が降り立ったのは、再開発が盛んなマンション住宅街。
あちこち、高そうなマンションがずらりと並び、そこに住まう人々を相手にした、大きなスーパーマーケットが駅前と、さらに歩いて10分のところに一軒ずつ構えている。
その中の一つに入り、「メリーはジュースと、あと、チョコでも買っていってやるか」と土産を購入。
「……そういや、あたしゃ、メリーの家に来るのは初めてか」
大抵、彼女の方から蓮子の家に遊びに来る。
もしくは、互いの家に立ち寄らず、外で顔をあわせる。
過去の記憶をたどっても、蓮子からメリーの家に行った記憶は出てこない。
「で……これね」
以前、メリーから渡されていた『わたしの住所よ』な地図に従って歩いた先に現れるのは、予想通りのでっかいマンション。
見ると『好評分譲中』と書かれている。
「……まさかね」
いくらメリーでも、分譲マンションを自分で買ったわけではないはずだ、と蓮子は顔を引きつらせた。
「合鍵、合鍵」
入り口はオートロック。
しかも、監視カメラが目を光らせており、中に入ると自動ドアのすぐ側にガタイのいい守衛が控えていた。
「こ、こんにちは~」
顔を引きつらせてぺこりと頭を下げる彼女に、彼は事務的に礼を返してくれる。
「……うわ、コンビニまであるよ」
一階のロビーは『どこのホテルだよ、おい』というくらいに広くて立派であり、何の意味があるのか休憩スペースがあったり、その対面には生活用品をずらりと並べたコンビニまであるという始末。
お金持ちってのはすごいなぁ、と思いつつ、蓮子はエレベーターに乗る。休憩スペースにかけてある絵に『ピカソ』だの『ルノワール』だのといった文字が見えたのは、多分、気のせいだろう。
「……」
普通のエレベーターとは違い、都会の高層ビルのエレベーターのように、ドアの反対側はガラスで覆われた空間になっていた。
外の景色が一望できる、そんな素晴らしい乗り物に、蓮子の頬に汗一筋。
「……しかも最上階」
こういうところって、上に行くほど高いんじゃなかったっけ……。
蓮子は顔を引きつらせたまま、『20階』のボタンを押した。
普段、蓮子が乗るエレベーターとは全く違う、音のない、しかも高速なエレベーターはあっという間に20階へと辿り着き、ドアが開く。
高級なホテルのように、赤のふわふわ絨毯が敷かれた通路を行き、右手側に曲がった先の突き当たりへと辿り着く。
表札には『ハーン』とだけ書かれている。
「これだけ見たら、あいつが何人かわからないわ」
苦笑しながら、ぴんぽーん、とチャイムを鳴らす。
待つことしばし。
「あら、蓮子」
ドアががちゃりと開いて、メリーが姿を現した。
顔が真っ赤だ。
「ちょっと、メリー。あんた、もしかして風邪とか?」
「そうみたいね。体温が普段よりずっと高かったから、大事を取って休んでいたわ」
「ああ、そうなんだ。
じゃ、ほら。これ。風邪の時に食べるものじゃないけど、おみやげ。ゆっくり休んでね」
「ちょっと待ちなさい」
ドアの隙間から顔を出していたメリーは――チェーンソーでも切れそうにないくらいの、ごっついセフティーがドアと戸口をつないでいるためだ――その隙間から手を伸ばして、踵を返そうとした蓮子の右手を掴む。
「せっかくだもの。上がっていきなさい」
にこっと微笑む彼女の笑顔は、熱に浮かされているためか、いつもよりずっと色っぽかった。
「……」
「何もない部屋だけど」
「いや、あんた、本当に何にもないんだけど」
部屋は4LDK。
専有面積は、メリー曰く『120くらいだったかしら?』とのこと。
でっかい、そこだけで蓮子の部屋二つか三つ分はあるリビングに、三つの部屋。その中の一つがメリーの寝室であり、残り二つは、一つは物置、もう一つは空いている部屋とのことだ。
「だから言ったでしょう。何もない、って」
リビングには、ソファーは愚かテレビすらない。
テーブルもなく、メリー曰く『食事には折りたたみのテーブルを使っているの』とのことだ。
キッチンには何枚かのお皿とお椀などが、水切り用の安っぽいプラスチック製の入れ物に入って置かれている。
「あら、ジュースとチョコレート。
ありがとう、朝から何も食べてなかったの」
「はい!?」
「ついさっきかしら。まともに起き上がれるようになったのは。
朝からすごく体がだるくてね。『ああ、今日のテストはお流れね』なんて思いながら寝ていたわ」
彼女はコンビニの袋からチョコレートを取り出すと、それをぽいぽい、口の中に放り込んでいく。
よっぽど、おなかがすいているのだろう。
「あんた、本当に風邪!? 大丈夫なの!?」
「ええ、大丈夫よ」
「ちょっと!」
メリーのおでこに手を当てる。
「すっごい熱いじゃない! 大丈夫じゃないわよ! 布団に戻って! ほら!」
「大丈夫と言っているでしょう。
あんまり大声を出すと、隣から苦情が来るわ」
「うっさい!」
蓮子はメリーの手を引っ張って立たせると、メリーの部屋へと移動する。
その部屋というのも、部屋の雰囲気に全く合わないプラスチック製のもの入れが鎮座し、部屋の片隅に古びたベッドがあるだけという有様だ。
はっきり言って、生活感がまるでない。
「汗もびっしょりだし……。
着替えて。今、タオル持ってくるから」
蓮子は物入れの中からハンドタオルを取り出し、風呂場へと移動する。
「……うをう」
また、その風呂場がすさまじい。
家族4人は楽々入れると思われるでっかい湯船。ドアの正面の壁は全面が窓になっており、夜景を存分に楽しめるだろうと思われる作りであった。
「……『当マンションは天然温泉を使用しております。一日の疲れを癒すのに、ぜひ、ご利用ください』」
入り口すぐ側にはそんなメッセージが書かれたメッセージボードがぶら下がっている。
日付は1年前のものであり、メリーが、これを消さずに放置しているのだろうと思われた。
「え、ええい。それは別」
蓮子はタオルをお湯(温泉)でぬらしてから、メリーの部屋へ。
「メリー、タオル持ってき……なんで裸!?」
「あなたが『着替えろ』と言ったのでしょう。
タオルで体を拭くのだから、拭く前に着ては意味がないわ」
「いやそりゃそうだけどね!?」
「じゃ、蓮子。お願いね」
「あたしがやんのかい!?」
「当然でしょう」
なぜか、メリーは威張って言う。
同性の蓮子から見ても、羨ましくなるくらいに均整の取れた彼女の体。そしてむかつくくらいに乳がでかい。
ともあれ、蓮子は『わかったわよ、もう』とタオルでメリーの体を拭いていく。
「大丈夫なの? 本当に」
「ええ。元々、わたし、風邪を引いても平気な体質なのよ。
以前は……といっても、子供のときだけど、インフルエンザに感染して40度の熱が出た時も学校へ行って体育でサッカーをしていたわ。
次の日に学級閉鎖になったけど」
「当たり前だ!」
もはや生物テロに近い行動である。
当人はけろっとしていても、そんな状態で社交場に出てこられては回りがたまったものではない。
「はい、終わり」
「ありがとう。さっぱりしたわ」
にこっと微笑むメリーをベッドの中へと戻して、『もう』と蓮子。
「ポカリスエットとアクエリアス、どっちがいい?」
「アクエリアスね。あのマイナー具合がたまらないわ」
「晩御飯に所望するものは」
「あったかいものがいいわ」
「了解」
「あら、蓮子。あなた、料理が出来たのね」
「当然だ。この馬鹿。
しっかり寝てなさいよ」
蓮子は踵を返して、メリー宅を後にする。
何やってんだ、あの馬鹿、と。
小さくつぶやきながら。
「ほい。蓮子さん特製、あったかお野菜たっぷりお鍋~肉入り~」
「あら、美味しそう」
キッチンに向かった蓮子はすぐに冷蔵庫を開けたが、その中はがらんどうであった。
申し訳程度にスーパーで買ったと思われる惣菜と飲み物が入っているだけという有様だったため、来る時に見かけたスーパー(これはデパートかと思うくらいに何でもあった)で購入した食材で作った、本日の晩御飯。
メリーはベッドからむくっと起き上がると、「テーブルはリビングにあるわ」と指示をしてくれる。
「あんた、鍋とかくらいまともなの買いなさいよ」
100円均一で買ってきたと思われる、粗末なミルクパンの中で、くつくつと煮込まれた食材が浮かんでいる。
メリーは箸を手に取ると、
「だってわたし、料理できないもの」
「え? マジで?」
「ええ。
知識はあっても技術が足りないというやつね。
こっちに来て、野菜炒めにチャレンジしたのだけど、フライパンが燃えたから。それ以来、料理は諦めているの」
「……フライパンって炎上する物体だったっけ」
「油を引きすぎたのね。きっと」
さらっと、何だかすごいことを言って、「頂きます」と手を合わせる彼女。
「炊飯器は高そうなのだったけど」
「何を言っているの、蓮子。
朝昼晩、お米を食べるのが日本人でしょう。あなたは日本人の癖にそういう常識もないのかしら。
美味しいお米を食べるのなら、お金を惜しんではいけない――そうよね?」
「あんた何人だ」
家では家電店で3980円の『在庫処分品』のマイコン炊飯器を使っている蓮子がメリーにツッコミを入れる。
メリー曰く、「加えて、ご飯には納豆が必須よ。この二つを味わうことこそ日本人に生まれてきた利点だと思うわ」と何やらしたり顔。
本当にこやつは何人だと思いつつも、『あー、はいはい』と蓮子はそれを受け流す。
「どうよ。貧乏くさい味だろうけど」
「そんなことはないわ。
ただ個人的に、ちょっぴりだしが足りないのが残念ね。化学調味料ではなく、ちゃんとかつおやこんぶからだしを取ることをお勧めするわ」
「めんどいのよ」
「これだから蓮子は」
「殴るぞあんた」
日本人のくせに日本食のよさを何もわかってない、と言わんばかりに肩をすくめて『やれやれ』な態度を見せるメリーに、さすがの蓮子もこめかみひきつらせる。
「あんな立派な冷蔵庫あるんだから、だったら少しは料理を勉強しなさいよ」
「それもいいかもしれないわね。
このマンションのカルチャースクールに、料理教室、あったはずだし」
ふーふーとれんげですくった鶏肉に息を吹きかけながら、メリー。
「このマンション、めっちゃ高そうよね」
「そうでもないわ。
わたしの住んでる部屋のタイプが一番狭いタイプなのだけど、安いところだと6000万くらいかしら」
「高いっつの」
「一番高い部屋は1億5000万だったわね。
だけど、共用スペースの管理費は取られないし、駐車場代も無料なのだから、そんなに悪い物件ではないと思うのだけど」
「分譲中ってあったけど、これ、まさかあんたが買ったとかじゃないよね?」
「馬鹿ね、蓮子。そんなお金、大学生がおいそれと出せるわけがないでしょう」
だよねー、と笑う蓮子。
「パパが建ててくれたのよ。『よし、メリーが一人暮らしするなら、パパがいいマンションを建ててやるからな!』って」
「……………………………………………………はい?」
「最初はボディーガードやシェフまでつけるという話だったけど、わたしも子供じゃないのだから断ったわ。
放っておくと、どこまででも子供を甘やかしたがる父親なのよね」
「……あんたの父親って何者……?」
そういや、私はこの子と付き合い持って、何にもの子のこと知らないな、と蓮子は思う。
メリーの家族構成は、その際たるものだ。
この分だと、『父親はどこぞの国の超大会社の社長、母親はその会社と合併前の、これまた大会社の社長。姉やら妹やらもまた同じ』というオチが待っていそうな気がする。
「あいにくと、わたしは一人っ子よ」
「人の心を読むな!」
相変わらず、隙のない、というか具体的に何者かすらわからないメリーである。
「ごちそうさま」
そんな漫才みたいなやり取りをしている間にも食は進んでいたらしく、鍋の中身とお椀は空っぽになっていた。
満足満足、とおなかをさするメリーに、蓮子は肩をすくめる。
「医者には行ったの?」
「行ってないわ。だるくてね」
「んじゃ、明日にでも行って来い」
「必要ないわ」
「何で」
「電話したら向こうから来るもの」
「……」
「後で電話しておく。24時間、エマージェンシーを受け付けてくれる病院があるから」
ともあれ、メリーの病気は、これで大丈夫そうではあった。
やれやれ、と蓮子。
「にしても、あんたでも風邪引いたりするのね」
「わたしも人間だもの。病気にくらいなるわ」
「そうだね。何か安心したよ」
時計を見る。
時刻、夜の6時。そろそろ帰るか、と蓮子は思う。
「あ、そうだ。
メリー、あんた、ケータイの留守録メッセージ。あれ何とかしときなさいよ。私以外が電話したらどうすんのさ」
「別に何も問題ないわ」
「何で」
「貴女以外からかかってこないもの」
「え?」
「ほら」
枕元に置かれている携帯電話。
それを開いて、見せてくれるアドレス帳には蓮子の名前が一つだけ。
「あんた、お父さんとかお母さんとも連絡取ってないの?」
「両親とは、こっちの衛星通信電話を使うのよ。地球の裏側だろうと、ジャングルの奥地だろうとつながるのよ」
いきなりどこから取り出したのか、戦争映画の通信兵が持っていそうな、ごっつい電話が現れる。
蓮子が顔を引きつらせていると、メリーはそれをどこへともなくしまって、
「あなたに話したこと、なかったかしら。
わたし、結構、上がり症で人前で話すのが苦手なの。人見知りもする方で、子供の時から、なかなか友達が作れなかったわ」
「マジですか?」
「ええ。大マジ」
「……あれは雰囲気作ってるんじゃなかったのね」
大学内で、メリーが『ミステリアス』と呼ばれる所以――教室の片隅で、いつも本を読んでいるその姿を思い出して、蓮子が顔を引きつらせる。
あれのせいで、『窓辺の似合う美少女』だの『深窓の令嬢』という表現がされているのが、このメリーだ。
「初対面の人にどう話をしたらいいかわからないのよね。
だから、あまり口数も多く出来なくて。
相槌を打つくらいが精一杯。あなたみたいに、誰に対しても間抜けな笑顔を浮かべてはきはき喋れる人が羨ましいわ」
「間抜けは余計だっ」
なるほど、そういうことか。
蓮子はようやく得心する。
「だから、意外だったのよ。わたしに声をかけてきたあなたのような人」
「へぇ」
「物怖じせずにずけずけと言いたいことをはっきり言うし、遠慮なく土足で人の中にずかずか入ってくるし。
あなたみたいな人に逢ったことがなかったから驚いたわね」
蓮子のことを馬鹿にしてるのか、それともほめつつ親しみを感じているのか。
メリーの声のトーンは相変わらずで、実にその内面が伝わりづらい。
「だけど、嬉しかったわね。何せ、初めての友人だもの。
あなたみたいな人に出会えたのは、わたしの汚点でもあるけれど、嬉しい、人生のターニングポイントだったわ」
「はいはい。そういうことにしときましょ」
「あなたとのメール、ずっと取ってあるのよ。最初の頃は『マエリベリーさん』なんて人のことを呼んでいたくせに」
「そう言うあんたは初対面の時から『蓮子』で呼び捨てだったけどね」
苦笑を浮かべながら、メリーの言葉を軽く受け流す。
そういうやり取りが、彼女も好きなのか、『あら、別におかしなことではないわ』といつものメリー口調だ。
そうして、つと、蓮子はメリーに向かって声をかける。
「来週、みんなとカラオケ行くんだけど、メリーも来る?」
「わたしも?」
「そう。こういう誘いをかけると、大抵、『蓮子一人で楽しんできなさい』って言うでしょう?
あんたにはあんたの付き合いがあると思って声をかけなかったんだけど、そういう理由なら、遠慮もしないさ」
「だけど、わたし、あまり歌はうまくないわ」
「別にいいよ。
オンチがいる方が場が盛り上がる」
「人を笑いものにしたいのね。ひどい話だわ」
つんとした口調で膨れてみるメリーだが、その目は笑っている。
「だから、さっさと病気、治しなさいよ。以前みたいに入院とか勘弁ね」
「そうね。
久しぶりにあったかい食事をしたのだから、治るのは早そうだわ」
「あと料理を勉強しろ。わからないなら、私が教えてやるから」
「面倒なのよ」
「却下。飯の一つも作れないで嫁にいけると思うのか」
「あなたがお嫁に来てくれるなら何の問題もないわ」
はいはい、と適当に軽くあしらって、蓮子は立ち上がる。
メリーをベッドの中に入れてやってから、
「これ、洗っておくから。
しっかり寝てなさいよ」
「ええ。そうするわ。
だけど、意外だったわね。まさかあなたがお見舞いに来てくれるなんて」
「何、メリーの中で、私はそんなに薄情な奴だってこと?」
「あなたのことだから、『メリーが風邪なんて引くわけないない大丈夫』って思ってそうだったから」
それについては言い返すことの出来ない蓮子である。
事実、友人たちから茶化されつつもメリーのことを心配しているそぶりを見せられなければ、『メリーだし大丈夫か』と軽く思って流していただろうことも事実。
まさか、来てみれば『ご飯も食べられずに寝込んでいる』状態の彼女に遭遇するとは思っていなかった。
「もーちょい、この部屋、生活臭出すようにしたほうがいいよ」
軽く笑いながら、彼女はメリーを見る。
少しだけ、いたたまれない空気を押し流すために。
「そうかしら。
今の世の中、パソコンとインターネットさえあれば何でも出来るから」
「ひきこもりじゃないんだし。
あんた、服のセンスとかいいんだし、もうちょい飾った方がいいよ」
「誰も来ないもの」
「これからは来るよ。私とかさ」
一度、その場に座りなおして、メリーの頭をなでながら笑顔を見せる。
メリーはじっと、蓮子の瞳を見つめて、「そう」とだけつぶやいた。
「なら、体が治ったら付き合ってちょうだい」
「はいはい」
「ねぇ、蓮子」
「何?」
「お見舞い、ありがとう」
ベッドの中から手を出して、彼女は蓮子の手をぎゅっと握る。
そして、嬉しそうに微笑んだ後、そのまますやすやと眠りに落ちていく。
何だかんだで、病気の際は体力が落ちるもの。彼女は『風邪を引いても大丈夫な体質』と言っていたが、体はやはり正直だ。
「……たく」
寝顔『だけ』は子供のようにかわいいメリーを見ながら、その視線を自分の手に移す。
「こんながっちり握手されてたら動けないんですけどね」
片手に取り出した携帯電話。幸いなことに、終電まで、まだ時間はある。
仕方ないか、とそれをポケットにしまって、ベッドに背中を預ける蓮子であった。
それから二日後。
無事、快癒したメリーとは反対に、今度は蓮子が風邪でノックダウンした。
メリー曰く、『わたし、病気を人に移さないと治らないタチなのよ』ということである。
なんと迷惑な友人だと、布団の中で発熱による頭痛にうなされながら、蓮子は思ったという。
ついでに、『今度はわたしがあなたの面倒を見てあげるわ。わたし、借りを作らない女なの』とメリーが蓮子の家にやってくるのだが。
それはまた、別のお話。
これがマジだったら誰もが引くよ。
そういう蓮子もある意味凄く思えるのだが...。
いちゃいちゃしてる秘封は癒されますね
しかも、思い切り愛の告白をしてるじゃないですかーっ!