出会いは日常の延長線上。
ああ――いってぇ。
歯がぐらぐらするじゃんかよ。折れてたらどうすんだっての。
ったく寒いったらない……っは、冷たい風がぶん殴られた顔に心地いいわ。
我ながらぐだぐだの矛盾した思考。あー、頭殴られ過ぎたかなぁ。
「――――ッ!」
んあ? なんだ、なんかうるさいな。なんか怒鳴ってるみたいだがよく聞こえなかった。
なんせこちとら簀巻きにされて木に吊るされてんだからなぁ。低いとこからの声なんざ聞こえない。
どうせいつもと同じで反省したかとか、もうするなよとか、そんな益体も無いことばかり繰り返してんだろ。
そんなもん聞き飽きてんだ、馬鹿正直に頷くなんて思ってんのかよ、人間。
「天邪鬼」
罵声の中で、ひどく冷静な声が響く。
「――あぁ?」
思わず反応してしまうほどに場違いな声。
見れば言った奴も場違いなほどに若く、理知的な眼をした女だった。
「なぁんだよセンセイ……お説教なら聞き飽きたよ」
寺子屋の教師をしてる半妖……慧音とかいったか。
今回は出てくんのが妙に早いじゃんかよ、いつもはシメの説教くらいにしか出てこないのにさ。
「食事時、数軒の家々で昼飯の乗った卓をひっくり返し、飯屋でも同様の悪戯をしようとしたところを捕縛――」
慧音は朗々と私の罪状を読み上げる。なんだ、閻魔の真似事か? っは。
笑ってやろうとしたら、それより先に睨まれた。
「いつもの悪戯だが今回は間が悪かったな天邪鬼。今年は不作で、里の者たちは殺気立っている」
ああ、通りで割増しでぶん殴られたわけだ。
少ない飯台無しにされりゃ、そりゃ怒るわなぁ。ヒヒヒ。
「なら、悪戯だぁいせぇこぉだったってわけだぁ」
「このガキっ!」
慧音の後ろに控えてた奴が怒鳴る。
うるせえなぁ、私はテメエなんかと話してねえよ。
だけどまあ、未だに怒りが治まってねえ奴のおかげで慧音がこんなに早く出てきたわけはわかった。苛立ってる里の衆が先走って私を殺さないよう抑えに出てきたのか。妖怪と人間がいざこざ起こさねぇよう立ち回ってんのは知ってるけど、私にまでんなことする必要ねーのにご苦労なこって。私が殺されたって誰も動かねえし誰も騒がねえ。誰とも繋がりが無いはぐれ妖怪なんてほっときゃいいのにさぁ。
家族も仲間もいねぇんだからさぁ――私は。
「……ヒヒ」
死ぬのはヤだけどさぁ……こうしてんのは、気分が良い。
生まれた時から親の顔なんざ見たことない。生まれてこの方仲間なんざいたことない。
鬼人って名字だって正邪って名前だって勝手に名乗ってるだけ。ヒヒヒ木の股からでも生まれたんじゃねぇのか私は。
そんな私が、無視されない。ああ愉快だ。ボコられたって、誰も私を見ないのより――マシだ。
痛いのは、キライだけどさ。
「もうしないと言うのなら解放しよう」
罵声怒声の中だからその静かな声はよく通る。
慧音は僅かにも取り乱した様子を見せずに私を見上げていた。
解放? 慧音のことだ、例えその場しのぎの嘘でも見逃して、私の縄を解くだろう。私も里の衆も折れたりしないってわかってるから、行き着くところまで行っちまう前に逃がして有耶無耶にしようとするだろう。お優しいこった。立派だよねぇ、落としどころってのをちゃあんと理解してる。こいつに従えば全部が全部丸く収まる。私は暫く悪戯を控えて雲隠れ、そんで里の衆が忘れた頃に繰り返す。そして捕まってこの流れ――循環してる。正に丸く収まるだ。死ぬのも痛いのも嫌なら従うべき……なぁんて、そんなわけあるかよ。
「ヒヒヒ、やぁだよ」
救いの手を、舌を出して拒絶する。
ここで折れて何が天邪鬼だ。何が妖怪だ。
鬼人正邪は誰が相手だろうが膝を折ったりしねぇんだよ。
「クソガキが……っ!」
怒りが振り切れたか里の連中は石を投げつけてくる―――っは、痛いの、キライだってのにさ。
目をつぶって痛みに備えたら、がんがんと派手な音が響き……それっきり。痛みは来ない。
訝しげに覗き見ると、私の目の前に半透明の剣が浮いていた。
「無抵抗の者を嬲るなど許さんっ!」
慧音の、術? 投げつけられた石を全部はたき落としたのか?
「怒りのままに痛めつけるなどそれでも人かっ! 矜持を忘れた人など獣にも劣るのだぞ!」
何事か叫んでいるが全く頭に入ってこない。
なんだ、これは。こんな高度な妖術、なんで半妖風情が使えるんだよ。妖力弾とかとは桁が違う。こんなにはっきりとした像を結ぶ剣を作り出せるなんて、どれだけの妖力と技術があれば出来るんだよ。あいつはもう私を見てもいないのに剣は私を守るように周囲を旋回している。自動で動く? そんなもん、私から遠過ぎて……欠片も、理解できない。
この……慧音って女は――どれだけの強者なんだ。
人間でも妖怪でもない半妖のくせに……どんだけ強いんだよ。
「ここは私が見張っておく。皆は片付けに戻ってくれ」
何を言われたのか、里の連中は大人しく慧音の言葉に従い三三五五に散っていく。
残ったのは私と慧音と見物人らしき一人だけ。その慧音が、私に視線を戻す。
その視線に迷いは無い。動揺も恐れも微塵も無い真っ直ぐな眼。
気に、食わない。
「いい加減にしろ天邪鬼。己の分というものを弁えろ」
「っは……分、だって? こうしてとっ捕まってる弱さか?」
「力量という意味だ。我を通すには力が要る。良くも悪くもそれは変わらん」
「弱いのなら何もせず蹲って黙ってろって? そんなのは御免だね」
「妖怪としての本質は否定しない。だが己の力量に見合ったことをしろ」
「ヒヒ、私の先祖は姫を喰ったってんだ。無力じゃないさ」
「卓をひっくり返す程度の力しかないのにか」
……っ。
「あれで妖力を使い切ったから飛ぶことも出来ずに捕まったんだろう。もう無茶はするな」
「無茶、だって」
「あの程度の悪戯だから庇えるが、これ以上は無理だぞ。身の振り方を考え」
「――うっさいんだよ……!」
いちいち、こいつの言葉は癇に障る。
当然だ。こいつの言うことは強者の理論。上から、遥かな高みから、底辺の私に。
「あの程度この程度って、見下すなよ半妖が!」
私を庇って満足か? 私を守って良い気分ってか!?
ふざけんな、守られた奴がどんな惨めな思いするかも考えねぇで……!
「私はこの生き方が間違ってるなんて思っちゃいねぇ!!」
テメエなんかに守られるくらいなら死んだ方がマシだ!
私を『天邪鬼』としか見てねぇ奴なんかに守られるなんざ屈辱なんだよ!
アンタに比べりゃ殺気立った里の連中の目の方がまだいい!
テメエの目玉には――『私』なんか映ってねぇクセに!
「な、天邪鬼……」
「私は正邪だ! 会ったこともねぇ種族の名で呼ぶなっ!!」
全力で怒鳴って、息が切れる。
怒りに体がついていかない。くそったれ。貧弱な己が、恨めしい。
慧音は、ここまで拒絶されるとは思っていなかったのか、強張った顔で黙っていた。
っは、微塵も気分は晴れないけど、いい気味だ。いい気味、なんだよ。なんで気が晴れないんだ。
ああ苛々する。頭が割れそうなほど気分が悪い。ぶん殴られた頬が火傷しそうなほど熱くなる。
原因を、目の前のこいつを罵倒したって、この苛つきは治まりそうになかった。
手が自由だったら爪を噛んでいたほどに、苛々する。
――忘れちまえ。どうせこの怒りを晴らすことなんて出来やしないんだから。
心のどこかがそう囁きかける。うるさい。
――相手は圧倒的な強者なんだ、思う通りに行く筈ないだろ?
賢しいこと言ってんじゃねぇ。そんなこと、考えるなよ私。
――誰の前でも膝を折らないなんて、口にしたところで欺瞞さ。
うるさい……うるさいうるさいうるさい! 止まれよ! 考えんなよ!
私はっ! 勝てないなんて思ってないっ!
私は――屈することしか出来ない弱者じゃねぇ……!
くそ、くそっ……熱い、熱い。殴られた頬が熱くてたまらない。
熱過ぎてもう、どこが熱いのかもわからなくなる。手で覆いたくても、縛られてて無理だ。
視界が歪む。すぐそこの慧音の顔も見えやしない。くそっ――熱いのは、眼なのかよ。
「――わたし、は……っ」
屈辱の涙を零す直前、乾いた鉄の音が聞こえた。
存在さえ忘れていた見物人。そいつが、外套の下からナイフを抜きながら歩み寄ってくる。
その危険度、異様さよりも――幽かに感じた妖気に気を取られる。
こいつはついさっき里の衆に紛れていた。そういえば……飯屋で暴れた時に見た覚えがある。
妖怪が? 何故と考えている間にそいつは私を吊るす木の下まで来ていた。
「……見ちゃいられない」
ぼそりと呟く。全身をすっぽりと包む赤い外套でよくわからなかったが、若い女の声。
女の妖怪……いや、里の衆と一緒にいたことを考えれば、慧音と同じ半妖?
「赤蛮奇、何を」
慧音に声をかけられ、女はナイフを握ったまま振り返る。
「私が逃がす。里の衆にはそう言っといて」
「しかし」
「私も一応被害者だ。それでも駄目なら大人しく里から出ていくよ」
「何故そこまで……」
「こういう――ぎらぎらした目の奴は、諦めちまった私には眩しいだけさ」
……逃がす? 里から出ていく? 諦めた?
短い会話なのに情報が多過ぎて混乱する。私の真下にまで来たから感じられる妖気は半妖のそれではなく純粋な妖怪のもの。妖怪がなんで里に、いや諦めたってなんだ。それより妖怪が私を逃がしたりしたら、だからそもそもどうして妖怪が里に住んでいるような口ぶりを……
「……なんで妖怪がこんなとこにいるのさ」
「あんただって妖怪でしょうに」
混乱したまま口を開けば、皮肉げな言葉を返される。
「どこ切ればいいのか調べてんだから話しかけるな天邪鬼」
「私の名は、正邪だ」
「そうかい天邪鬼」
言いながらも女は縄を調べ手をかけナイフを押し付ける。
「――おい、何してんだ」
「私だって里の一員だ。あんたを裁く権利がある。なら、解放する権利だってあるでしょ」
「おい嘗めてんのか妖怪。アンタに同情される謂れは無い。人間に目ェつけられても知らないぞ」
「私の名は妖怪じゃない」
初めて目が合う。
赤い、赤い魔性の瞳。
私と同じ、妖魔の証の色。
なのに、ひどく……濁って見える。
それが無性に苛立たしい。この眼を見ていると腹が立ってしょうがない。
なんだよこの眼は。さっきの言葉通り、諦めしか浮かべてねぇ。
死んだ魚の方がまだマシな眼をしている。
「アンタに施されるなんて御免だ」
「勘違いするな天邪鬼」
諦めきった眼で、女は言い切る。
「施しはする方に権利があるんだ。施されるあんたに選ぶ権利なんて無いんだよ」
弱いアンタは黙って施しを受けな。
そう言って女は縄を切った。
落ちる、と身構えるも私の体はゆっくりと下ろされていく。見れば女は腕に縄を巻き付け、私を下ろす速度を調節していた。
もう口を挿むこともできない。言い切られて、何も言い返せない。ふざけんなとか、なんの意味もない言葉しか浮かばない。
この私が、この鬼人正邪が――ただの一言さえ、言い返せなかった。
弱者は黙ってろって慧音の言葉と同じなのに、何故こうも臓腑を抉る。
今まで幾度も言われてきた言葉と変わらないのに、何故こうも気持ち悪い。
なんで、慧音との力の差を突き付けられた時よりも、悔しくて悔しくて――
ばらりと私を縛っていた縄が解けた。
「女の子が顔腫らしてんじゃないよ」
自由になった手元に何かが放り込まれた。里で売ってる傷薬。
こんなもん、今一番必要なのはアンタじゃないか。
見てたぞ。縄で擦れた手の平を。私を下ろすために血を流した、その手を。
こんな屈辱、あるかよ。
「――ッ、待てよ妖怪!」
そのまま立ち去ろうとする女に声を張り上げる。
だけど女は振り返るどころか立ち止まりさえしなかった。
「私は赤蛮奇だ天邪鬼。同情されるのが悔しかったら、強くなりな」
微塵の覇気すらない声。欠片ほどの心も籠ってない言葉。
ああ、気持ち悪い。
こんなにも。
これほどに神経を逆撫でする『強くなれ』って言葉があったなんて。
もう呻き声すら出せなかった。立ち上がるなんてもっての外。
去り行く外套を見続けることさえ、苦痛。
なのに。
その赤い影は、血色のこの瞳に焼きついた。
そんなことがあった。
手の平の上で妖力を動かす。
目には映らない不可視の力の流れを制御する。
「上手くいかないな」
まだ馴染んでないか? それとも私の考えが甘かったか。
上手く動かせない。己の妖力だというのに。
力ってのはつまるところどう使うかってのは金言だよなぁ。イラつきと共に理解出来たよ。
「くそったれ」
苛立ち紛れに妖力弾を放つ。だがそれは狙った枝から大きく外れて地を穿つ。
ああチクショウ――八つ当たりさえ出来やしない。
木の枝に腰かけたまま爪を噛む。高い所に来ても気が晴れない。地を這う獣を見下したって満足できない。
私が見下したいのはあいつらじゃない。別の、もっと力を持った連中。その為には――
……派手な音が近づいてくる。そちらに顔を向けたら、弾幕ごっこに興じる妖怪と妖精の姿が目に入った。
「っへ」
弾幕ごっこ。スペルカードルール。強者と弱者の格差を是正し公平な戦いを実現させる決闘法。
何年も前から流行ってるお遊び。反吐が出るね。
スペルカードルールが公平だ? 欺瞞もいいとこだ。
弾幕の美しさを競うとか言ってるけどさぁ、つまりは『美しい弾幕』に至れなきゃ土俵にも上がれねぇってことじゃないか。目的通りの妖力弾を作り出す技術とそれを魅せるセンス。それらが揃ってなきゃ話にならない。そもそも――弾幕と言えるほどの妖力弾を出す前に妖力が尽きる私なんかはどうしろってんだよ。結局は力がある奴しか勝負も出来ねぇもんに公平も何もあるもんじゃない。
だから、愉しみだ。
この爪を噛むほどの焦燥感が快感に変わる瞬間が待ち遠しくてたまらない。
勝負することさえ出来なかった奴に蹴落とされる強者の姿を夢想するだけで笑いが止まらなくなる。
例え今は扱い切れないこの力でも……研鑽を続ければ理想に届くかもしれない。
我が理想、強者への叛逆に。
踏み躙られ続けた者たちに踏み躙られる強者。嘲笑ってきた奴らが嘲笑われる。それらは正に世界の反転。
この願いが成就した時――私を踏みつけてきた奴らがどんな顔をするのか想像が追い付かない。
だが、それも今は夢想に過ぎない。夢見るだけなら誰でも出来る。夢を叶えるには力が必要だ。
だからこの力……英雄の末裔、少名一族から騙し取った秘宝で強化した私だけの異能を限界まで鍛えなければ。
私だけでは何も出来ないに等しい、この逆転の力を。
「ふぅ――」
もう一度最初からだ。
手の平に妖力を流し一定の方向に回転させる。それを、逆転――
「ッ」
また、妖力が散り風になる。
くそっ、何が悪い? どこに問題があるのか。時間と同じで秘宝の力だって無限じゃない。調べたところアレは有限で、しかも代償があるタチの悪い代物だ。いつまでもこうしてはいられないってのに。いくら強化されたっても元になってるのは幾度も使ってきた私の能力なのに……高望みし過ぎてるってのか? 私がどれだけ努力しても、この力は先には進めないものだったのか? そんなの、
「認めるかよ」
このまま終わるものか。もう後には引けない。私は毒杯を飲み干したのだ。毒に呑まれて死ぬか毒さえ呑み込み先へ進むか、それしかない。少名一族の秘宝……鬼の創り出した呪物、打ち出の小槌を使ったのだから。
私の逆転の力を――世界に届かせるまで止まれないんだよ。
王と貧民、猫と鼠、梟と小鳥、蛇と蛙、強者と――弱者。
これら全てをひっくり返す。弱者は力を得て強者は力を失う世界を創るんだ。
誰も私から目を逸らせない世界を。誰もが私を無視出来ない世界を。私が、誰でもないままじゃない世界を……!
「世界に――鬼人正邪の名を刻み込んでやる……ッ!」
そうすればあいつらのイラつく眼だって変わる。
半妖が私に向ける茫洋とした眼も、妖怪が私に向ける何も見てない眼も。
くそっ……余計なことまで思い出した。集中が掻き乱される。
私を見ないまま私を助けた赤い影。慧音の視線より遥かに苛立ったあの視線。
あの――諦観に濁った眼を思い出すだけで、はらわたが煮えくり返る。
そうだ。私の叛逆が達成されたならばあいつだってあんな眼はしていられない。
力を得た妖怪があんな無気力のままでいられる筈がない。
身近にモデルケースがいるんだ、気合も入るってもんじゃないか。
もう一度、最初から……いや、少し進んだところを試そう。
空を見上げる。小鳥が飛んでいた。
小鳥……真っ直ぐ飛んでいる。どこかへ向かっているのか方向を違うことなく真っ直ぐに。
ほんの思いつきだ。素の私では出来ない芸当。
『あいつの感覚を逆転させる』
右を左に。上を下に。地に墜ちるが定めならば天に墜ちる異常を。
さすれば天に弓引くことさえ愚かではない。自然の摂理を逆転させたならば――――
落ちてきた小鳥をキャッチ。
恐怖にか異常にか、小鳥は固まって羽の一枚さえ動かさない。
笑ってそれを見下して、かけた術を解除してやる。途端小鳥は体を起こし二・三度周りと私を見てから飛び去った。
……出来た。もちろん望む境地には至っていないが以前の私なら絶対に無理だった芸当。
物を反転させることから認識を反転させることへ。言葉にすれば容易いが、これは大きな一歩だ。
実証された。私の力は確実にケタを違えて大きくなっている。認識という無形のものさえ反転出来るのなら……強者と弱者という『概念』にまで至れる筈。私は、夢にこの手をかけたのだ。ただただ見上げるだけだった夢に、手が届いたのだ。
「ヒヒ――」
頃合い、だな。
コツは掴んだ。後は使いながら先を探ればいい。
ならばどうするか? この力を試す奴らを呼び寄せればいい。
小槌の魔力をばら撒いて……挙兵の為の戦力を集めながら敵をも呼び寄せればいいだけだ。
幸いここには妖怪退治の専門家なんていうふざけた連中がいる。例えそいつらが来なくとも強力な妖怪なら異常に気付くだろう。
憎い憎い強者共。あいつらを呼び寄せ実験台にし打ち負かし屈辱を与えてやる。
さて――それじゃあ、叛逆の兵隊候補でも見に行ってやるかね。
里の外れの襤褸屋。蹴りの一つも入れたら崩れそうな家を見上げる。
何度来てもまだ修繕してないのかと呆れ返るな、この家は。
見飽きた家なんぞ眺めててもしょうがない、戸を叩こうとした矢先、戸は開かれた。
まず目に入ったのは丈の短い赤い外套。夏だってのに、暑くないのか。
そして視線を上げれば、私のそれより高いところにある赤い瞳と赤い髪。
流石にびっくりしていると、戸を開けた奴は訝しげに眉根を歪める。
「なにその頭」
「二枚舌。いい趣味だろ?」
「悪趣味だよ」
赤く染めた前髪を強調しながら舌を出す。
はん、このセンスがわからないとは可哀そうな奴だ。
そいつ、里に住む妖怪赤蛮奇は視線を外し溜息をついた。
「よくまあ里に顔を出せるね」
「あれ以来悪さはしてないんだ、何を憚る必要がある?」
「分厚い面の皮だこと」
言って赤蛮奇は身を引いた。
「出かけるんじゃなかったの」
「あんたに家を荒らされても嫌だから。見張ってた方がいいでしょ」
「これ以上どう荒らせってんだよこの家」
悪態に悪態を返し、招かれるまま襤褸屋に入った。
そのまま茶の支度を始めた赤蛮奇を尻目に草履を脱いで居間に上がる。
襤褸な見た目に反して神経質なくらいこざっぱりした部屋の中。相変わらず慎ましい生活してんだなこいつ。本当に何が楽しくて生きてんだかさっぱりわからない。妖怪であることを隠して人間の里で暮らしてるってことからして理解できないな。なんだってそんな窮屈な生き方選んでるんだか。そんな負け犬じみた思考、知りたいとも思わないけれど。いや、負け犬だからこそ……こいつは相応しい。私が率いる叛逆者の軍団に。こんな草臥れきった奴でさえもと良い宣伝になるだろう。神輿として担ぎ上げる奴はもういるけれど、こいつにも何かの役を任せていいかもしれない。
「っは」
なんて、今はまだ獲らぬ狸のなんとやらだ。
ようやく光明が見えたせいかな、気が逸っている。浮かれ通しじゃ成功するものも失敗するってのにさ。
頭を冷やさねば。熱くなっていいことなんざ一つもない。鉄は冷やさにゃ刀になれんってな。
そもそもが……勝ち目の薄い博打なんだから。打ち出の小槌なんて呪物使ってようやく手が届いたってだけ。掴むにはまだまだ至らない。今回の決起は失敗で終わる目算の方が大きい。だけど、無駄じゃない。『叛逆する者がいる』と示すだけでも十分だ。怯えさせて、守りを固めさせればすっ転ばすのは楽になる。ガチガチに固まってる方が足元掬いやすいんだよ。自身さえ捨て駒になるかもしれんが……ま、ある程度は妥協しなきゃな。でかいことをやるんだ、痛手を覚悟しないとこっちが足元掬われる。
クールダウンしている間に、茶の支度を終えた赤蛮奇が戻ってくる。
「相変わらず悪巧みしてる顔ね」
「相変わらず腐った魚みたいな眼だ」
挨拶を交わし出された茶を一口啜る。渋っ。
赤蛮奇は向かいに座りこちらを一目してすぐ目を逸らす。
「……あまり家に来られると困るんだよね。妖怪だと疑われる」
「じゃあもう来ないよ」
「前もそう言った」
「ぬか喜びさせるのって楽しいのさ」
「あっそ」
「ぬるい茶だなぁ」
「じゃあ飲むな」
「じゃあ飲む」
慣例じみた悪態の応酬。
私もこいつも相当に捻くれ者だ。慣れて何にも感じなくなるほどにこんなことを繰り返してる。
はっ、そうだよ。私はこいつのことなんて来れば茶を出す便利な茶坊主程度にしか思っちゃいない。頭茹だり過ぎだ、こんな覇気の欠片もねぇ奴を神輿に担ごうなんてさ。これを悟れただけでもここに来た甲斐があったってもんだ。
こんな、何考えてんだか知りたくもねぇ奴。
「なあ赤蛮奇。弱い妖怪とか知り合いにいない?」
「あんた」
「私じゃねぇよ。鏡覗く趣味はないね」
「はぁ、また悪戯でもしようっての?」
「悪戯? 悪戯か。ああ、でっかい悪戯をしようとしてるさ」
溜息に返すは歪な笑み。
神輿に担ぐつもりはねぇけど、まあこんな弱い奴なら当然巻き込まれんだろうな。
こいつでも、力に酔うことなんてあるのかね? そこだけは興味があるな。
私と同じく力が無いのに、全く逆の生き方をしてるこいつが。
「――そろそろ腰を落ち着けたら?」
値踏みする目で見ていたら、唐突にそんなことを溜息混じりに言われた。
「なんだよいきなり」
「いつまでも根無し草でいるつもり?」
ふん、随分な言われ様だ。
「あんたなら、里の中で悪ささえしなければ里で暮らすこともできるでしょ」
「っへ、妖怪らしさを捨てて縮こまってか。まっぴらだね」
「もうすぐ夏も終わる。冬も遠くない」
私の悪態は無視される。
「宿無しは辛いでしょ」
間違っちゃあ……いないけど。
雨風やら雪やら避けようと思ったら洞窟とか妖精の空き家とかに潜り込まなきゃならない。
でもそんなのはいまさらだ。もう何年そんな生活を続けてると思ってんだよ。
「なんだよ、心配でもしてくれてんの? 嬉しくないね」
「あっそ。じゃあ嬉しいんだ」
表情を全く変えずに赤蛮奇は言う。
「めんどくさいよね、天邪鬼は」
反論しようとして、言葉に詰まる。
確かに天邪鬼は昔話からして、反したことを言うとされる。私も相手の意を察して真逆のことを口にすることが多々ある。そういうことでからかわれたら、何を言い返そうが恥の上塗りだ。嫌なとこを突いてきやがるなこの女。
ああ、本当にめんどくさいよ。言い返すことも出来ないなんてな。
初めて会った時から、何度話してもこいつは私を苛つかせる。
弱いくせに。人に紛れて生きるなんて道を選んだくせに。
人の中で妖怪だと主張する私と。
人の中で妖怪であることを隠すこいつ。
この女と話していると、鏡に話しかけているような不快感に襲われる。
私と同じ色なのに明らかに違うその赤い眼が、どうしようもなく気持ち悪い。
「ねえ赤蛮奇」
口は勝手に動いていた。
「前にさ、アンタ――諦めたとか言ってたろ」
「ん? そんなこと言った?」
「言った。初めて会った時」
「……ああ、あれか」
「それ。何を諦めてんのさ」
「何って、大したことじゃない」
また、溜息。
「ただ、あんたみたいに妖怪らしく生きることを諦めただけ」
本当になんでもないことのように、赤蛮奇は口にした。
――予想通り。
こいつの眼が、態度が語る諦観は偽物じゃなかった。
こいつは本気で、心の底から――全てを諦めきっている。
だから斜に構えて真っ直ぐにものを見るってことが無い。
だから――私を見やしない。
私の名前も、呼びやしない。
「弱いから――膝を折ったか」
「刃向かい続けられるほど愚かでも強くもないだけ」
「それは力のことか?」
「心のことよ」
立ち上がる。茶も飲み切った、これ以上の会話に意味は無い。
私の肚はもう決まった。たとえ失敗が目に見えていようと叛逆をすると。
そして、それに――――
「赤蛮奇よ、私の名は天邪鬼じゃない。鬼人、正邪だ」
「――? ああ……初めて会った時の意趣返し?」
こいつを巻き込むことを。
「アンタには借りがある。それを抱えたままなんて気持ち悪いから返したい」
「天邪鬼のくせに律儀だね」
「自分の為だって言ったろ? アンタに借りがあるなんて気持ち悪いだけさ」
忘れるなよ赤蛮奇。
私にこの叛逆を思い立たせたのはオマエだ。
その私を見もしない赤い眼が私のプライドを傷つけたんだ。
だからさぁ、私の叛逆で、その諦めを否定してやるよ。
「赤蛮奇、私がアンタに力をくれてやるよ」
初めて会った時に羽織ってた外套のようにその身を覆う諦観をぶち壊してやる。
その赤い諦めを粉々に打ち砕いてオマエの価値観を根底からひっくり返してやる。
弱いから諦めるなんて虫唾が走る。人間なんぞに膝を折るなんて吐き気がする。
この私が、妖怪・鬼人正邪がオマエの全てを否定して逆転させてやるよ。
「――は? あんたが? ……どうやって」
「アンタは黙って受け取ればいいだけさ。強くしてやるよ赤蛮奇。その光ってねぇ目玉」
深く。
歪に。
邪に。
笑う。
「ぎらぎらと輝かしてやるよ」
さあ、強者と弱者を逆転させる――革命の始まりだ。
ああ――いってぇ。
歯がぐらぐらするじゃんかよ。折れてたらどうすんだっての。
ったく寒いったらない……っは、冷たい風がぶん殴られた顔に心地いいわ。
我ながらぐだぐだの矛盾した思考。あー、頭殴られ過ぎたかなぁ。
「――――ッ!」
んあ? なんだ、なんかうるさいな。なんか怒鳴ってるみたいだがよく聞こえなかった。
なんせこちとら簀巻きにされて木に吊るされてんだからなぁ。低いとこからの声なんざ聞こえない。
どうせいつもと同じで反省したかとか、もうするなよとか、そんな益体も無いことばかり繰り返してんだろ。
そんなもん聞き飽きてんだ、馬鹿正直に頷くなんて思ってんのかよ、人間。
「天邪鬼」
罵声の中で、ひどく冷静な声が響く。
「――あぁ?」
思わず反応してしまうほどに場違いな声。
見れば言った奴も場違いなほどに若く、理知的な眼をした女だった。
「なぁんだよセンセイ……お説教なら聞き飽きたよ」
寺子屋の教師をしてる半妖……慧音とかいったか。
今回は出てくんのが妙に早いじゃんかよ、いつもはシメの説教くらいにしか出てこないのにさ。
「食事時、数軒の家々で昼飯の乗った卓をひっくり返し、飯屋でも同様の悪戯をしようとしたところを捕縛――」
慧音は朗々と私の罪状を読み上げる。なんだ、閻魔の真似事か? っは。
笑ってやろうとしたら、それより先に睨まれた。
「いつもの悪戯だが今回は間が悪かったな天邪鬼。今年は不作で、里の者たちは殺気立っている」
ああ、通りで割増しでぶん殴られたわけだ。
少ない飯台無しにされりゃ、そりゃ怒るわなぁ。ヒヒヒ。
「なら、悪戯だぁいせぇこぉだったってわけだぁ」
「このガキっ!」
慧音の後ろに控えてた奴が怒鳴る。
うるせえなぁ、私はテメエなんかと話してねえよ。
だけどまあ、未だに怒りが治まってねえ奴のおかげで慧音がこんなに早く出てきたわけはわかった。苛立ってる里の衆が先走って私を殺さないよう抑えに出てきたのか。妖怪と人間がいざこざ起こさねぇよう立ち回ってんのは知ってるけど、私にまでんなことする必要ねーのにご苦労なこって。私が殺されたって誰も動かねえし誰も騒がねえ。誰とも繋がりが無いはぐれ妖怪なんてほっときゃいいのにさぁ。
家族も仲間もいねぇんだからさぁ――私は。
「……ヒヒ」
死ぬのはヤだけどさぁ……こうしてんのは、気分が良い。
生まれた時から親の顔なんざ見たことない。生まれてこの方仲間なんざいたことない。
鬼人って名字だって正邪って名前だって勝手に名乗ってるだけ。ヒヒヒ木の股からでも生まれたんじゃねぇのか私は。
そんな私が、無視されない。ああ愉快だ。ボコられたって、誰も私を見ないのより――マシだ。
痛いのは、キライだけどさ。
「もうしないと言うのなら解放しよう」
罵声怒声の中だからその静かな声はよく通る。
慧音は僅かにも取り乱した様子を見せずに私を見上げていた。
解放? 慧音のことだ、例えその場しのぎの嘘でも見逃して、私の縄を解くだろう。私も里の衆も折れたりしないってわかってるから、行き着くところまで行っちまう前に逃がして有耶無耶にしようとするだろう。お優しいこった。立派だよねぇ、落としどころってのをちゃあんと理解してる。こいつに従えば全部が全部丸く収まる。私は暫く悪戯を控えて雲隠れ、そんで里の衆が忘れた頃に繰り返す。そして捕まってこの流れ――循環してる。正に丸く収まるだ。死ぬのも痛いのも嫌なら従うべき……なぁんて、そんなわけあるかよ。
「ヒヒヒ、やぁだよ」
救いの手を、舌を出して拒絶する。
ここで折れて何が天邪鬼だ。何が妖怪だ。
鬼人正邪は誰が相手だろうが膝を折ったりしねぇんだよ。
「クソガキが……っ!」
怒りが振り切れたか里の連中は石を投げつけてくる―――っは、痛いの、キライだってのにさ。
目をつぶって痛みに備えたら、がんがんと派手な音が響き……それっきり。痛みは来ない。
訝しげに覗き見ると、私の目の前に半透明の剣が浮いていた。
「無抵抗の者を嬲るなど許さんっ!」
慧音の、術? 投げつけられた石を全部はたき落としたのか?
「怒りのままに痛めつけるなどそれでも人かっ! 矜持を忘れた人など獣にも劣るのだぞ!」
何事か叫んでいるが全く頭に入ってこない。
なんだ、これは。こんな高度な妖術、なんで半妖風情が使えるんだよ。妖力弾とかとは桁が違う。こんなにはっきりとした像を結ぶ剣を作り出せるなんて、どれだけの妖力と技術があれば出来るんだよ。あいつはもう私を見てもいないのに剣は私を守るように周囲を旋回している。自動で動く? そんなもん、私から遠過ぎて……欠片も、理解できない。
この……慧音って女は――どれだけの強者なんだ。
人間でも妖怪でもない半妖のくせに……どんだけ強いんだよ。
「ここは私が見張っておく。皆は片付けに戻ってくれ」
何を言われたのか、里の連中は大人しく慧音の言葉に従い三三五五に散っていく。
残ったのは私と慧音と見物人らしき一人だけ。その慧音が、私に視線を戻す。
その視線に迷いは無い。動揺も恐れも微塵も無い真っ直ぐな眼。
気に、食わない。
「いい加減にしろ天邪鬼。己の分というものを弁えろ」
「っは……分、だって? こうしてとっ捕まってる弱さか?」
「力量という意味だ。我を通すには力が要る。良くも悪くもそれは変わらん」
「弱いのなら何もせず蹲って黙ってろって? そんなのは御免だね」
「妖怪としての本質は否定しない。だが己の力量に見合ったことをしろ」
「ヒヒ、私の先祖は姫を喰ったってんだ。無力じゃないさ」
「卓をひっくり返す程度の力しかないのにか」
……っ。
「あれで妖力を使い切ったから飛ぶことも出来ずに捕まったんだろう。もう無茶はするな」
「無茶、だって」
「あの程度の悪戯だから庇えるが、これ以上は無理だぞ。身の振り方を考え」
「――うっさいんだよ……!」
いちいち、こいつの言葉は癇に障る。
当然だ。こいつの言うことは強者の理論。上から、遥かな高みから、底辺の私に。
「あの程度この程度って、見下すなよ半妖が!」
私を庇って満足か? 私を守って良い気分ってか!?
ふざけんな、守られた奴がどんな惨めな思いするかも考えねぇで……!
「私はこの生き方が間違ってるなんて思っちゃいねぇ!!」
テメエなんかに守られるくらいなら死んだ方がマシだ!
私を『天邪鬼』としか見てねぇ奴なんかに守られるなんざ屈辱なんだよ!
アンタに比べりゃ殺気立った里の連中の目の方がまだいい!
テメエの目玉には――『私』なんか映ってねぇクセに!
「な、天邪鬼……」
「私は正邪だ! 会ったこともねぇ種族の名で呼ぶなっ!!」
全力で怒鳴って、息が切れる。
怒りに体がついていかない。くそったれ。貧弱な己が、恨めしい。
慧音は、ここまで拒絶されるとは思っていなかったのか、強張った顔で黙っていた。
っは、微塵も気分は晴れないけど、いい気味だ。いい気味、なんだよ。なんで気が晴れないんだ。
ああ苛々する。頭が割れそうなほど気分が悪い。ぶん殴られた頬が火傷しそうなほど熱くなる。
原因を、目の前のこいつを罵倒したって、この苛つきは治まりそうになかった。
手が自由だったら爪を噛んでいたほどに、苛々する。
――忘れちまえ。どうせこの怒りを晴らすことなんて出来やしないんだから。
心のどこかがそう囁きかける。うるさい。
――相手は圧倒的な強者なんだ、思う通りに行く筈ないだろ?
賢しいこと言ってんじゃねぇ。そんなこと、考えるなよ私。
――誰の前でも膝を折らないなんて、口にしたところで欺瞞さ。
うるさい……うるさいうるさいうるさい! 止まれよ! 考えんなよ!
私はっ! 勝てないなんて思ってないっ!
私は――屈することしか出来ない弱者じゃねぇ……!
くそ、くそっ……熱い、熱い。殴られた頬が熱くてたまらない。
熱過ぎてもう、どこが熱いのかもわからなくなる。手で覆いたくても、縛られてて無理だ。
視界が歪む。すぐそこの慧音の顔も見えやしない。くそっ――熱いのは、眼なのかよ。
「――わたし、は……っ」
屈辱の涙を零す直前、乾いた鉄の音が聞こえた。
存在さえ忘れていた見物人。そいつが、外套の下からナイフを抜きながら歩み寄ってくる。
その危険度、異様さよりも――幽かに感じた妖気に気を取られる。
こいつはついさっき里の衆に紛れていた。そういえば……飯屋で暴れた時に見た覚えがある。
妖怪が? 何故と考えている間にそいつは私を吊るす木の下まで来ていた。
「……見ちゃいられない」
ぼそりと呟く。全身をすっぽりと包む赤い外套でよくわからなかったが、若い女の声。
女の妖怪……いや、里の衆と一緒にいたことを考えれば、慧音と同じ半妖?
「赤蛮奇、何を」
慧音に声をかけられ、女はナイフを握ったまま振り返る。
「私が逃がす。里の衆にはそう言っといて」
「しかし」
「私も一応被害者だ。それでも駄目なら大人しく里から出ていくよ」
「何故そこまで……」
「こういう――ぎらぎらした目の奴は、諦めちまった私には眩しいだけさ」
……逃がす? 里から出ていく? 諦めた?
短い会話なのに情報が多過ぎて混乱する。私の真下にまで来たから感じられる妖気は半妖のそれではなく純粋な妖怪のもの。妖怪がなんで里に、いや諦めたってなんだ。それより妖怪が私を逃がしたりしたら、だからそもそもどうして妖怪が里に住んでいるような口ぶりを……
「……なんで妖怪がこんなとこにいるのさ」
「あんただって妖怪でしょうに」
混乱したまま口を開けば、皮肉げな言葉を返される。
「どこ切ればいいのか調べてんだから話しかけるな天邪鬼」
「私の名は、正邪だ」
「そうかい天邪鬼」
言いながらも女は縄を調べ手をかけナイフを押し付ける。
「――おい、何してんだ」
「私だって里の一員だ。あんたを裁く権利がある。なら、解放する権利だってあるでしょ」
「おい嘗めてんのか妖怪。アンタに同情される謂れは無い。人間に目ェつけられても知らないぞ」
「私の名は妖怪じゃない」
初めて目が合う。
赤い、赤い魔性の瞳。
私と同じ、妖魔の証の色。
なのに、ひどく……濁って見える。
それが無性に苛立たしい。この眼を見ていると腹が立ってしょうがない。
なんだよこの眼は。さっきの言葉通り、諦めしか浮かべてねぇ。
死んだ魚の方がまだマシな眼をしている。
「アンタに施されるなんて御免だ」
「勘違いするな天邪鬼」
諦めきった眼で、女は言い切る。
「施しはする方に権利があるんだ。施されるあんたに選ぶ権利なんて無いんだよ」
弱いアンタは黙って施しを受けな。
そう言って女は縄を切った。
落ちる、と身構えるも私の体はゆっくりと下ろされていく。見れば女は腕に縄を巻き付け、私を下ろす速度を調節していた。
もう口を挿むこともできない。言い切られて、何も言い返せない。ふざけんなとか、なんの意味もない言葉しか浮かばない。
この私が、この鬼人正邪が――ただの一言さえ、言い返せなかった。
弱者は黙ってろって慧音の言葉と同じなのに、何故こうも臓腑を抉る。
今まで幾度も言われてきた言葉と変わらないのに、何故こうも気持ち悪い。
なんで、慧音との力の差を突き付けられた時よりも、悔しくて悔しくて――
ばらりと私を縛っていた縄が解けた。
「女の子が顔腫らしてんじゃないよ」
自由になった手元に何かが放り込まれた。里で売ってる傷薬。
こんなもん、今一番必要なのはアンタじゃないか。
見てたぞ。縄で擦れた手の平を。私を下ろすために血を流した、その手を。
こんな屈辱、あるかよ。
「――ッ、待てよ妖怪!」
そのまま立ち去ろうとする女に声を張り上げる。
だけど女は振り返るどころか立ち止まりさえしなかった。
「私は赤蛮奇だ天邪鬼。同情されるのが悔しかったら、強くなりな」
微塵の覇気すらない声。欠片ほどの心も籠ってない言葉。
ああ、気持ち悪い。
こんなにも。
これほどに神経を逆撫でする『強くなれ』って言葉があったなんて。
もう呻き声すら出せなかった。立ち上がるなんてもっての外。
去り行く外套を見続けることさえ、苦痛。
なのに。
その赤い影は、血色のこの瞳に焼きついた。
そんなことがあった。
手の平の上で妖力を動かす。
目には映らない不可視の力の流れを制御する。
「上手くいかないな」
まだ馴染んでないか? それとも私の考えが甘かったか。
上手く動かせない。己の妖力だというのに。
力ってのはつまるところどう使うかってのは金言だよなぁ。イラつきと共に理解出来たよ。
「くそったれ」
苛立ち紛れに妖力弾を放つ。だがそれは狙った枝から大きく外れて地を穿つ。
ああチクショウ――八つ当たりさえ出来やしない。
木の枝に腰かけたまま爪を噛む。高い所に来ても気が晴れない。地を這う獣を見下したって満足できない。
私が見下したいのはあいつらじゃない。別の、もっと力を持った連中。その為には――
……派手な音が近づいてくる。そちらに顔を向けたら、弾幕ごっこに興じる妖怪と妖精の姿が目に入った。
「っへ」
弾幕ごっこ。スペルカードルール。強者と弱者の格差を是正し公平な戦いを実現させる決闘法。
何年も前から流行ってるお遊び。反吐が出るね。
スペルカードルールが公平だ? 欺瞞もいいとこだ。
弾幕の美しさを競うとか言ってるけどさぁ、つまりは『美しい弾幕』に至れなきゃ土俵にも上がれねぇってことじゃないか。目的通りの妖力弾を作り出す技術とそれを魅せるセンス。それらが揃ってなきゃ話にならない。そもそも――弾幕と言えるほどの妖力弾を出す前に妖力が尽きる私なんかはどうしろってんだよ。結局は力がある奴しか勝負も出来ねぇもんに公平も何もあるもんじゃない。
だから、愉しみだ。
この爪を噛むほどの焦燥感が快感に変わる瞬間が待ち遠しくてたまらない。
勝負することさえ出来なかった奴に蹴落とされる強者の姿を夢想するだけで笑いが止まらなくなる。
例え今は扱い切れないこの力でも……研鑽を続ければ理想に届くかもしれない。
我が理想、強者への叛逆に。
踏み躙られ続けた者たちに踏み躙られる強者。嘲笑ってきた奴らが嘲笑われる。それらは正に世界の反転。
この願いが成就した時――私を踏みつけてきた奴らがどんな顔をするのか想像が追い付かない。
だが、それも今は夢想に過ぎない。夢見るだけなら誰でも出来る。夢を叶えるには力が必要だ。
だからこの力……英雄の末裔、少名一族から騙し取った秘宝で強化した私だけの異能を限界まで鍛えなければ。
私だけでは何も出来ないに等しい、この逆転の力を。
「ふぅ――」
もう一度最初からだ。
手の平に妖力を流し一定の方向に回転させる。それを、逆転――
「ッ」
また、妖力が散り風になる。
くそっ、何が悪い? どこに問題があるのか。時間と同じで秘宝の力だって無限じゃない。調べたところアレは有限で、しかも代償があるタチの悪い代物だ。いつまでもこうしてはいられないってのに。いくら強化されたっても元になってるのは幾度も使ってきた私の能力なのに……高望みし過ぎてるってのか? 私がどれだけ努力しても、この力は先には進めないものだったのか? そんなの、
「認めるかよ」
このまま終わるものか。もう後には引けない。私は毒杯を飲み干したのだ。毒に呑まれて死ぬか毒さえ呑み込み先へ進むか、それしかない。少名一族の秘宝……鬼の創り出した呪物、打ち出の小槌を使ったのだから。
私の逆転の力を――世界に届かせるまで止まれないんだよ。
王と貧民、猫と鼠、梟と小鳥、蛇と蛙、強者と――弱者。
これら全てをひっくり返す。弱者は力を得て強者は力を失う世界を創るんだ。
誰も私から目を逸らせない世界を。誰もが私を無視出来ない世界を。私が、誰でもないままじゃない世界を……!
「世界に――鬼人正邪の名を刻み込んでやる……ッ!」
そうすればあいつらのイラつく眼だって変わる。
半妖が私に向ける茫洋とした眼も、妖怪が私に向ける何も見てない眼も。
くそっ……余計なことまで思い出した。集中が掻き乱される。
私を見ないまま私を助けた赤い影。慧音の視線より遥かに苛立ったあの視線。
あの――諦観に濁った眼を思い出すだけで、はらわたが煮えくり返る。
そうだ。私の叛逆が達成されたならばあいつだってあんな眼はしていられない。
力を得た妖怪があんな無気力のままでいられる筈がない。
身近にモデルケースがいるんだ、気合も入るってもんじゃないか。
もう一度、最初から……いや、少し進んだところを試そう。
空を見上げる。小鳥が飛んでいた。
小鳥……真っ直ぐ飛んでいる。どこかへ向かっているのか方向を違うことなく真っ直ぐに。
ほんの思いつきだ。素の私では出来ない芸当。
『あいつの感覚を逆転させる』
右を左に。上を下に。地に墜ちるが定めならば天に墜ちる異常を。
さすれば天に弓引くことさえ愚かではない。自然の摂理を逆転させたならば――――
落ちてきた小鳥をキャッチ。
恐怖にか異常にか、小鳥は固まって羽の一枚さえ動かさない。
笑ってそれを見下して、かけた術を解除してやる。途端小鳥は体を起こし二・三度周りと私を見てから飛び去った。
……出来た。もちろん望む境地には至っていないが以前の私なら絶対に無理だった芸当。
物を反転させることから認識を反転させることへ。言葉にすれば容易いが、これは大きな一歩だ。
実証された。私の力は確実にケタを違えて大きくなっている。認識という無形のものさえ反転出来るのなら……強者と弱者という『概念』にまで至れる筈。私は、夢にこの手をかけたのだ。ただただ見上げるだけだった夢に、手が届いたのだ。
「ヒヒ――」
頃合い、だな。
コツは掴んだ。後は使いながら先を探ればいい。
ならばどうするか? この力を試す奴らを呼び寄せればいい。
小槌の魔力をばら撒いて……挙兵の為の戦力を集めながら敵をも呼び寄せればいいだけだ。
幸いここには妖怪退治の専門家なんていうふざけた連中がいる。例えそいつらが来なくとも強力な妖怪なら異常に気付くだろう。
憎い憎い強者共。あいつらを呼び寄せ実験台にし打ち負かし屈辱を与えてやる。
さて――それじゃあ、叛逆の兵隊候補でも見に行ってやるかね。
里の外れの襤褸屋。蹴りの一つも入れたら崩れそうな家を見上げる。
何度来てもまだ修繕してないのかと呆れ返るな、この家は。
見飽きた家なんぞ眺めててもしょうがない、戸を叩こうとした矢先、戸は開かれた。
まず目に入ったのは丈の短い赤い外套。夏だってのに、暑くないのか。
そして視線を上げれば、私のそれより高いところにある赤い瞳と赤い髪。
流石にびっくりしていると、戸を開けた奴は訝しげに眉根を歪める。
「なにその頭」
「二枚舌。いい趣味だろ?」
「悪趣味だよ」
赤く染めた前髪を強調しながら舌を出す。
はん、このセンスがわからないとは可哀そうな奴だ。
そいつ、里に住む妖怪赤蛮奇は視線を外し溜息をついた。
「よくまあ里に顔を出せるね」
「あれ以来悪さはしてないんだ、何を憚る必要がある?」
「分厚い面の皮だこと」
言って赤蛮奇は身を引いた。
「出かけるんじゃなかったの」
「あんたに家を荒らされても嫌だから。見張ってた方がいいでしょ」
「これ以上どう荒らせってんだよこの家」
悪態に悪態を返し、招かれるまま襤褸屋に入った。
そのまま茶の支度を始めた赤蛮奇を尻目に草履を脱いで居間に上がる。
襤褸な見た目に反して神経質なくらいこざっぱりした部屋の中。相変わらず慎ましい生活してんだなこいつ。本当に何が楽しくて生きてんだかさっぱりわからない。妖怪であることを隠して人間の里で暮らしてるってことからして理解できないな。なんだってそんな窮屈な生き方選んでるんだか。そんな負け犬じみた思考、知りたいとも思わないけれど。いや、負け犬だからこそ……こいつは相応しい。私が率いる叛逆者の軍団に。こんな草臥れきった奴でさえもと良い宣伝になるだろう。神輿として担ぎ上げる奴はもういるけれど、こいつにも何かの役を任せていいかもしれない。
「っは」
なんて、今はまだ獲らぬ狸のなんとやらだ。
ようやく光明が見えたせいかな、気が逸っている。浮かれ通しじゃ成功するものも失敗するってのにさ。
頭を冷やさねば。熱くなっていいことなんざ一つもない。鉄は冷やさにゃ刀になれんってな。
そもそもが……勝ち目の薄い博打なんだから。打ち出の小槌なんて呪物使ってようやく手が届いたってだけ。掴むにはまだまだ至らない。今回の決起は失敗で終わる目算の方が大きい。だけど、無駄じゃない。『叛逆する者がいる』と示すだけでも十分だ。怯えさせて、守りを固めさせればすっ転ばすのは楽になる。ガチガチに固まってる方が足元掬いやすいんだよ。自身さえ捨て駒になるかもしれんが……ま、ある程度は妥協しなきゃな。でかいことをやるんだ、痛手を覚悟しないとこっちが足元掬われる。
クールダウンしている間に、茶の支度を終えた赤蛮奇が戻ってくる。
「相変わらず悪巧みしてる顔ね」
「相変わらず腐った魚みたいな眼だ」
挨拶を交わし出された茶を一口啜る。渋っ。
赤蛮奇は向かいに座りこちらを一目してすぐ目を逸らす。
「……あまり家に来られると困るんだよね。妖怪だと疑われる」
「じゃあもう来ないよ」
「前もそう言った」
「ぬか喜びさせるのって楽しいのさ」
「あっそ」
「ぬるい茶だなぁ」
「じゃあ飲むな」
「じゃあ飲む」
慣例じみた悪態の応酬。
私もこいつも相当に捻くれ者だ。慣れて何にも感じなくなるほどにこんなことを繰り返してる。
はっ、そうだよ。私はこいつのことなんて来れば茶を出す便利な茶坊主程度にしか思っちゃいない。頭茹だり過ぎだ、こんな覇気の欠片もねぇ奴を神輿に担ごうなんてさ。これを悟れただけでもここに来た甲斐があったってもんだ。
こんな、何考えてんだか知りたくもねぇ奴。
「なあ赤蛮奇。弱い妖怪とか知り合いにいない?」
「あんた」
「私じゃねぇよ。鏡覗く趣味はないね」
「はぁ、また悪戯でもしようっての?」
「悪戯? 悪戯か。ああ、でっかい悪戯をしようとしてるさ」
溜息に返すは歪な笑み。
神輿に担ぐつもりはねぇけど、まあこんな弱い奴なら当然巻き込まれんだろうな。
こいつでも、力に酔うことなんてあるのかね? そこだけは興味があるな。
私と同じく力が無いのに、全く逆の生き方をしてるこいつが。
「――そろそろ腰を落ち着けたら?」
値踏みする目で見ていたら、唐突にそんなことを溜息混じりに言われた。
「なんだよいきなり」
「いつまでも根無し草でいるつもり?」
ふん、随分な言われ様だ。
「あんたなら、里の中で悪ささえしなければ里で暮らすこともできるでしょ」
「っへ、妖怪らしさを捨てて縮こまってか。まっぴらだね」
「もうすぐ夏も終わる。冬も遠くない」
私の悪態は無視される。
「宿無しは辛いでしょ」
間違っちゃあ……いないけど。
雨風やら雪やら避けようと思ったら洞窟とか妖精の空き家とかに潜り込まなきゃならない。
でもそんなのはいまさらだ。もう何年そんな生活を続けてると思ってんだよ。
「なんだよ、心配でもしてくれてんの? 嬉しくないね」
「あっそ。じゃあ嬉しいんだ」
表情を全く変えずに赤蛮奇は言う。
「めんどくさいよね、天邪鬼は」
反論しようとして、言葉に詰まる。
確かに天邪鬼は昔話からして、反したことを言うとされる。私も相手の意を察して真逆のことを口にすることが多々ある。そういうことでからかわれたら、何を言い返そうが恥の上塗りだ。嫌なとこを突いてきやがるなこの女。
ああ、本当にめんどくさいよ。言い返すことも出来ないなんてな。
初めて会った時から、何度話してもこいつは私を苛つかせる。
弱いくせに。人に紛れて生きるなんて道を選んだくせに。
人の中で妖怪だと主張する私と。
人の中で妖怪であることを隠すこいつ。
この女と話していると、鏡に話しかけているような不快感に襲われる。
私と同じ色なのに明らかに違うその赤い眼が、どうしようもなく気持ち悪い。
「ねえ赤蛮奇」
口は勝手に動いていた。
「前にさ、アンタ――諦めたとか言ってたろ」
「ん? そんなこと言った?」
「言った。初めて会った時」
「……ああ、あれか」
「それ。何を諦めてんのさ」
「何って、大したことじゃない」
また、溜息。
「ただ、あんたみたいに妖怪らしく生きることを諦めただけ」
本当になんでもないことのように、赤蛮奇は口にした。
――予想通り。
こいつの眼が、態度が語る諦観は偽物じゃなかった。
こいつは本気で、心の底から――全てを諦めきっている。
だから斜に構えて真っ直ぐにものを見るってことが無い。
だから――私を見やしない。
私の名前も、呼びやしない。
「弱いから――膝を折ったか」
「刃向かい続けられるほど愚かでも強くもないだけ」
「それは力のことか?」
「心のことよ」
立ち上がる。茶も飲み切った、これ以上の会話に意味は無い。
私の肚はもう決まった。たとえ失敗が目に見えていようと叛逆をすると。
そして、それに――――
「赤蛮奇よ、私の名は天邪鬼じゃない。鬼人、正邪だ」
「――? ああ……初めて会った時の意趣返し?」
こいつを巻き込むことを。
「アンタには借りがある。それを抱えたままなんて気持ち悪いから返したい」
「天邪鬼のくせに律儀だね」
「自分の為だって言ったろ? アンタに借りがあるなんて気持ち悪いだけさ」
忘れるなよ赤蛮奇。
私にこの叛逆を思い立たせたのはオマエだ。
その私を見もしない赤い眼が私のプライドを傷つけたんだ。
だからさぁ、私の叛逆で、その諦めを否定してやるよ。
「赤蛮奇、私がアンタに力をくれてやるよ」
初めて会った時に羽織ってた外套のようにその身を覆う諦観をぶち壊してやる。
その赤い諦めを粉々に打ち砕いてオマエの価値観を根底からひっくり返してやる。
弱いから諦めるなんて虫唾が走る。人間なんぞに膝を折るなんて吐き気がする。
この私が、妖怪・鬼人正邪がオマエの全てを否定して逆転させてやるよ。
「――は? あんたが? ……どうやって」
「アンタは黙って受け取ればいいだけさ。強くしてやるよ赤蛮奇。その光ってねぇ目玉」
深く。
歪に。
邪に。
笑う。
「ぎらぎらと輝かしてやるよ」
さあ、強者と弱者を逆転させる――革命の始まりだ。
もう少し通じてるところがあればなあ
原作だとゲスな正邪ちゃんもこうしてみると、最高にかっこいいですね。
下克上ほどかっこいいものはない。
「死んだ魚の方がマシな目」という赤蛮奇の表現もいい。
だけど何度か繰り返して読む内に、「ああ、彼女達の物語はここで完成されてしまっているのだなあ」と、妙に納得してしまいました。
ふたりの関係性が興味深いことになりそう。
なお物語は楽しめた模様。
BADENDの向こう側には傷のなめあい百合が待ってるわけですね、わかります
テロリストの名前は墓標に刻まれない。
なので、正邪が正邪であるためには、ちゅっちゅエンドしかないですね。
そういう意味で読んでみると、けっこうおもしろい作品かもしれない。
革命をダシに、正邪とバンキッキの交流を描いた作品としての読み方もあって、
百合革命前夜である
とか思っちゃったのは某trickを見ていたせいなのかもしれない
言ってみれば、ものすごーく薄めた百合である……というかなんというか、いや違うか?
もしかしたら大真面目に革命前夜を書いた作品かもしれんので、とりあえずそんな読み方したよ
という参照程度でお願いします。
うーん、目の付け所は面白いし、文章力もやはり高くて安定している。
けれども、この二人の物語を描ききれているとは自分には到底思えなかったです。
まずもって切るのが早すぎるし、切り方もブツ切りにもほどがある。本編に綺麗につながっているとはお世辞にも言い難い。
このつくりならば、せめて異変の冒頭まで描いて赤蛮奇がどう思ったのかを描写するか、異変後の後日譚として二人の会話を描く、くらいは必要だったのでは。
こんな重苦しい始まり方をしておいて結末は本編に丸投げ、はないでしょう。本編のアイツらやたら能天気だったし。自分の中では全然つながらない。異変の結末は知ってるけど、自分が知りたいのはこの二人の結末なのであって。
そんでもって、『百合』『正邪×赤蛮奇』タグがついているのが信じられないほど二人の関係性が薄い。『正邪』『赤蛮奇』『慧音』ならまだ納得できますけれども。
正邪と赤蛮奇の交流のほとんどが省かれていたと感じましたし、お話自体もほとんど正邪の自己完結で終始していて、赤蛮奇側の掘り下げがほとんど成されていないと感じます。概要にあった『赤蛮奇→正邪』と思しき箇所は一体何だったのかと。その部分も本編に盛り込んで初めて『正邪×赤蛮奇』を掲げられるのでは。自分としてはむしろ蛮奇より慧音の方が印象的ですよコレ。
赤蛮奇側だけでなく、正邪側としても関係性の薄さは否めず。異変を決意する過程や、小槌の妖力を制御する過程でも、もっと赤蛮奇の存在が大きくてよかったと思いました。
特に妖力を制御するくだりは本当にダイヤの原石状態に感じます。赤蛮奇が関わってきてそれをきっかけに制御成功とか、『認識を反転』という印象的な結果をもうちょっと劇中で有効活用できなかったかとか、色々と掘り下げる糸口が見えるだけに、惜しい。現状では別にいらない余計なパートになってしまっている感。
いやほんとこれ、なんで赤蛮奇→正邪が概要だけしかなかったんですか?
それが本編にあるだけでだいぶ印象が違うと思うんですが・・・。むしろ赤蛮奇側の視点で見たい話ですよこれは。
苛立ち紛れに妖力弾を放つ。だがそれは狙った枝から大きく外れて地を穿つ。
ああチクショウ――八つ当たりさえ出来やしない。
ベジータかな?