「……ねえ」
黒い長髪の少女が、小さな声で問いかける。
「……何でこんなことになったんだっけ?」
「……ああ」
白い長髪の少女が、大儀そうに答える。
「……馬鹿が馬鹿なこと言いだして、それに付き合った馬鹿がいたからだよ」
「……そうだったわね」
黒髪の少女は小さく頷き、白髪の少女はゆっくりと息を吐く。
二人は互いに寄りかかって腰を下ろし、洞穴の外の景色を眺めていた。
一寸先も見えない猛吹雪。外へ出たらたちまち雪達磨となってしまいそうなほど。
何故こんなことになったのか。二人の少女はぼーっと今までの経緯を振り返っていた。
「いつもとは違う場所で殺し合いをしたい?」
「そう!」
永遠亭のお姫様の部屋。
戸惑った様子の白髪客人藤原妹紅と、意気込んだ様子の黒髪姫蓬莱山輝夜が並んで腰をおろしていた。
「来る日も来る日も竹林の中での殺し合いばかり。たまには別の場所で戦わないと飽きてしまうわ。だから気分転換にどう?」
「どうって言われてもなあ……」
話をどんどん進める輝夜に対し、妹紅は頭を掻きながら逡巡していた。
輝夜の気持ちは分からないでもないわけで、妹紅自身も竹林の中での戦いばかりでは飽きると思っていた。
しかしながら、別の場所で戦うことを躊躇わせる理由もある。
「分かってるとは思うけど、わたしたちの殺し合いが他人に知られるのは好ましくない。できるだけ他人の干渉をなくしたいんだ」
迷いの竹林という幻想郷内でも屈指の危険エリアであれば、多少派手に殺し合いをしたところで他人の目に触れることはない。だからほんの一部を除いて夜の竹林で何が行われているか知っている者はいない。
それが竹林から一歩でも外へ出て殺し合いをしてしまえば、通りがかりの人の目に触れるか、或いは目ざとい天狗にでも嗅ぎつけられてしまうか。
いずれにしてもよくない事態へと展開してしまうことは容易に想像できた。
「だから……」
「大丈夫よ!」
迷いの尽きない妹紅に、輝夜はやる気に満ち溢れた目ではっきりと言ってのけた。
そして傍らに丸めてあった幻想郷の地図を広げ、ある場所を指差した。
「わたしの見立てでは、ここなら誰の目にも触れないと思うのよね」
「ここは……山?」
輝夜が示したのは妖怪の山、ではなく、幻想郷の片隅にあるそれなりの規模の連山だった。
確かに幻想郷の端ならば人も少なかろう。だが、妹紅はなお困った顔をしていた。
「幻想郷の端っていっても、誰もいないわけじゃないんじゃない? ネタを探してる天狗だって飛んでるかもしれないし」
「ふっふっふ、甘いわね妹紅」
妹紅の反論に対して、自信たっぷりな面持ちの輝夜。
今度は雪見障子越しに外を指差し、目は真っすぐ妹紅の目を見据えた。
「この竹林でさえ雪が積もってるのよ。雪山はもっと積もってるに決まってるわ。そんな寒くて険しい山にわざわざ誰かが足を運ぶと思う? 天狗だって来やしないわよ。とんだ酔興か、せいぜい冬の妖怪が少しいる程度。そいつらから隠れればいいだけ。わたしが結界をはればもっと見つけにくくなるし」
「お、おお……」
早口で捲し立てた輝夜に、妹紅は思わず気圧された。
その様に勝利を確信した輝夜は、すくっと立ち上がるとともに妹紅の手を引っ張った。
「さ、行くわよ!」
「えっ、こんないきなり!?」
「ええそうよ。善は急げ、思い立ったが吉日っていうじゃない」
「そんな思いつきで行けるわけないでしょ! 色々準備とか……」
「大丈夫、防寒具くらい貸してあげるわ。それにこのリュックに食料とか色々詰めてあるから。はい持って」
「ちょ、異様に準備がいい……っていうか何でわたしがふたつもリュック持たされてるのさ!?」
「仕方ないじゃない、わたしはお姫様ですもの。扇より重いものなんて持てませんわ」
「嘘付け! 人の首を絞め殺す腕力くらい余裕で……」
「早くしないと置いてくわよ?」
「ま、待て……ああもう分かったよ! 絶対に殺してやる!」
輝夜は防寒具を着こんでさっさと部屋を出、妹紅はそれを追いかける。そして幻想郷の端の雪山目指して空へと飛び立った。
ぎゃーぎゃー騒ぎながら出掛けていく二人の姿に、永遠亭の住人達は揃って、いつものことかと気にもとめていなかった。
「……あー馬鹿なことした。この馬鹿の馬鹿な思いつきに付き合って良かったことなんて今まで一度も無かったのに」
「そんなに馬鹿馬鹿言うことないじゃない。馬鹿っていう方が馬鹿なのよ?」
「本当にそうだよ。わたしの大馬鹿野郎」
雪山に辿り着いた二人は、特に人目の無さそうな深奥まで足を踏み入れ、そこで殺し合いを始めた。
初めての場所で行う殺し合いは中々に刺激的だった。
互いに地の利は無く、その時々の状況に合わせて立ち回ることが重要。
つららを武器にしてみたり、雪に潜って身を隠してみたり、雪に足をとられている隙に攻撃してみたりした。
休憩時間には、雪合戦をしたり、雪達磨を作ったり、かまくらを作ったり。かまくらの中で食べたお餅は実に美味しかった。
どれだけ暴れ回っても、周囲の目を気にする必要はあまりなかった。輝夜の結界のおかげで外界と一線を画していたし、結界の存在に気付くような生物がこんな辺境にはいなかった。
時間を忘れて殺し合いをし、そろそろ帰ろうかというところで結界を解いた。
「……そしたら右も左も分からない猛吹雪になっていたとは」
妹紅はぼそりと呟いた。
結界のおかげで外からの干渉を抑えられていたのは良かったが、逆に結界の中の二人も外の様子をあまり把握していなかった。
結界を解いたらあたりは真っ白の猛吹雪。方角が分からないため不用意に空を飛ぶこともできず、近くにあった洞穴へ逃げ込んだ。
そして、今に至る。
「まあ、のんびりと吹雪がおさまるのを待ちましょう。その内良くなるわよ、きっと」
「えらく余裕ね」
「だって一応何日か分の食料は持って来てるし、そもそもわたしたち死なないし」
「それはまあ、そうだけど」
「そ・れ・に」
輝夜は、勢いよく妹紅に抱きついた。
「妹紅がいればあったかいし」
「……今日だけよ」
妹紅は炎を操る力を持つ。
しかしながら火種が無いため焚き火はできない。代わりに掌の上に炎を灯して暖をとった。
輝夜も妹紅にひっついて一緒に暖をとっているのだが、ひっつかれている妹紅としても身を寄せ合った方が暖かい。
ただ、いくらなんでも限度があるというのが妹紅の言い分である。
「……ねえ」
「なあに?」
分かっているくせにわざとらしい、という言葉は飲みこんで、あくまで冷静な対応に努める。
無駄な体力は使いたくないのだ。こんなところでヒートアップしてしまうのは得策ではない。
「……どうしてさっきからわたしの懐に手を突っ込んでいるわけ?」
「ああそんなこと。妹紅の体があったかいからよ」
片手を妹紅の懐に忍ばせながら、とてもいい笑顔で、さも当然のことのように答えた輝夜。
その表情に少しイラッとした妹紅は、あくまで冷静に、しかし思いっきり嫌そうな目つきで話を続ける。
「じゃあ、どうしてあんたはさっきから突っ込んだ手でわたしのお腹を擦ってるの?」
「摩擦熱よ摩擦熱。おかげでだいぶん寒さが和らぐわ」
「じゃあどうして自分の懐でやらないんでしょうかね?」
「もう、妹紅ったらさっきから質問ばっかり。分かったわよ、こうすればいいんでしょ?」
粘り強く質問攻めをした成果か、輝夜は呆れたような顔でそう言った。
呆れたいのはこっちの方、と悪態をつきたくなる妹紅ではあるが、ここは我慢。
とにかく輝夜は妹紅の懐から文字通り手を退く、はずだった。
「ちょ、かぐっ、あんた何やって……!?」
「何って、これでおあいこじゃない。あったかいでしょう?」
輝夜の行動は妹紅の想像と大きく外れていた。
妹紅の懐に忍ばせてある手はそのままに、もう片方の手で妹紅の炎を灯していない方の手を掴んで、自身の懐へと突っ込んだのだ。
予想だにしていなかった展開に、妹紅は慌てふためく。一方輝夜は相も変わらず落ち着いていた。
「妹紅の手だって冷たくなってる。やっぱりこうしてた方がいいわ」
「い、いいよ別に。自分の懐で暖めるからさ」
「だーめ。妹紅が良くてもわたしが駄目」
輝夜は妹紅の手を掴んで離さない。それどころか、さらに積極的に妹紅に迫る。
今度は顔を近付け、自身の頬を妹紅の頬にすり合わせた。
「わわわっ!?」
「もう、暴れないでよ。炎を持ってるのは貴女なんだから、気をつけて」
「あ、うん。ごめん……」
状況の飲みこめない妹紅は、訳の分からないままとりあえず謝ってしまった。
何故自分が謝らなければいけないのか疑問に思わないでもないが、今は頭が回らない。
頭がぼーっとするのはきっと寒さのせいだと、そう自分に言い聞かせている内に、ふと唇に何か柔らかい感触が当たる。
その正体を理解したのは、感触の主が唇から離れてから数秒経った後。
妹紅の体がぷるぷると震えだした。
「い、今……なな何を……」
動悸がはやくなるのが分かる。
寒いはずなのに体が熱い。
目の前で妖艶な笑みを浮かべる姫も、意味深に頬を赤く染めていた。
「ねえ妹紅……」
「な、な……」
艶やかな声が耳に届くその度に、妹紅の緊張が増した。顔はすっかり紅潮し、湯気も出ん勢い。
動揺が伝わってか、掌に灯された炎もゆらゆらと揺れた。
しかし輝夜はお構いなしに、その艶めかしい唇から言葉を綴る。
「雪山で、二人が遭難した時、することと言えば……」
「あああ……」
「肌と、肌を、重ね合わせて……」
「ああああああああ!!」
刹那、妹紅の掌に灯っていた炎が激しく燃え上がり、消えた。
その空いた手で、迫りくる輝夜を制止した。
「ま、待て! 待って! あんたとわたしはその……アレとアレな関係で……こういうことはアレがアレなわけで……それがああしてこうなって……」
妹紅自身も意味の分からない、やけに指示語の多い言葉。
パニック状態の妹紅に対して、輝夜は妹紅の懐に突っ込んでいた手を抜き出して、制止する妹紅の手に重ね、指を絡めた。
「わたしは、貴女となら、やぶさかじゃないわよ?」
今度は、妹紅の手を掴んでいたもう片方の手を妹紅の背に回し、そっと抱き寄せた。
「貴女はどう?」
耳元で囁かれ、妹紅は一気にヒートアップ。
「わ、わたしはあんたのこと大っ嫌いだけど……そこまで嫌いじゃないというか……やっぱり嫌いなんだけど嫌いになれないというかその……あああああ!!!」
混乱の末、大声を発し、真っ赤な顔でまっすぐ輝夜を見据える。
「煮るなり焼くなり好きにすれば? あんたの強引なところ、大っ嫌いだけど」
「ふふふ、わたしは妹紅のそういう可愛くないところ、可愛くて好きよ」
輝夜はそっと、妹紅を抱き寄せる力を強めた。
「吹雪、止んだみたいね」
「…………」
「そろそろ帰りましょうか?」
「…………」
晴れ晴れとした表情の輝夜と同じく、外の様子も晴れ晴れとしていた。
一方の妹紅はというと、顔を真っ赤にしたまま身を屈め、のぼせた顔をしていた。思考回路は完全にショート。
「まったく、天気は大方予想通りだったけど、こっちは予想以上に大変ね。おっと、失言かしら」
「…………」
輝夜が慌てて口を噤んだものの、妹紅の耳には何一つ届いていないようだった。
まさか吹雪になることを予測し雪山に閉じ込められることを承知で妹紅を誘いこんで今に至ったなどと、そんなことがあるはずがない。妹紅の耳に届いていないのだから、そんな事実はありえない。
それはそれでいいとして、輝夜は小さくため息をついた。このままというのはあまりよろしくない。
「ショック療法が必要かしらね」
「……んっ!!?」
輝夜の顔の一部を妹紅の顔の一部に激しく密着させるという形のショック療法で、見事妹紅は強い反応を示した。
輝夜の顔が離れたところで、妹紅はようやく我に返ったようだった。
「……ぷあっ! か、輝夜……!?」
「ほら、いつまでも照れてないで早く立ち上がる。また吹雪かないうちにさっさと帰るわよ」
「だ、誰が照れてなんかっ!」
「そうそうその調子。いい感じよ」
元気になった妹紅の様子に、輝夜は喜びながらその手を握った。
そして、これから起こるだろう辛い出来事を予感しつつ、拳に力を入れる。
「どんなに辛いことも、きっとわたしたちなら乗り越えられるわ」
「な、何よ薮から棒に。辛いことって何よ?」
まだ頬を赤くしながら聞く妹紅。
輝夜は笑顔のまま、しかし若干強張った面持ちで口を動かした。
「わたしたち、丸一日以上はこの雪山にいるわ。永琳には何も言わずに出てきたけど、多分結構なおかんむりよ。竹林のどこ探してもいないんだもの。最悪、二人でお仕置き……」
「……ちなみに、そのお仕置きって?」
「……みなまで言わせないで」
「「…………」」
一拍の間。
そして妹紅は、繋いだ手を振り払い、一目散に走り出した。
「行かないで! わたしと貴女の仲でしょう!?」
「は、離せ! あんたなんか大っ嫌いだから離せ!」
腰に抱きつく輝夜と、振りほどこうとする妹紅。
やいのやいの叫びながら、結局二人揃って永遠亭に戻ることとなった。
戻った二人に待ち受けていた試練は、こっぴどく叱られた後、極限の空腹状態か人体実験かの二択を迫られる苦しみを数時間味わい続けることだった。
それを何とか乗り切った後も、今度は妹紅のことを心配して永遠亭まで駆けつけていた慧音にこれまたこっぴどく叱られ、きつい頭突きを貰った。
「……やっぱりあんたに付き合っていいことなんて一つも無いわ。本当に大っ嫌い」
「あら、わたしはやっぱり大好きだけど?」
「…………」
輝夜の部屋で横たわり休んでいる、二人の手は。
黒い長髪の少女が、小さな声で問いかける。
「……何でこんなことになったんだっけ?」
「……ああ」
白い長髪の少女が、大儀そうに答える。
「……馬鹿が馬鹿なこと言いだして、それに付き合った馬鹿がいたからだよ」
「……そうだったわね」
黒髪の少女は小さく頷き、白髪の少女はゆっくりと息を吐く。
二人は互いに寄りかかって腰を下ろし、洞穴の外の景色を眺めていた。
一寸先も見えない猛吹雪。外へ出たらたちまち雪達磨となってしまいそうなほど。
何故こんなことになったのか。二人の少女はぼーっと今までの経緯を振り返っていた。
「いつもとは違う場所で殺し合いをしたい?」
「そう!」
永遠亭のお姫様の部屋。
戸惑った様子の白髪客人藤原妹紅と、意気込んだ様子の黒髪姫蓬莱山輝夜が並んで腰をおろしていた。
「来る日も来る日も竹林の中での殺し合いばかり。たまには別の場所で戦わないと飽きてしまうわ。だから気分転換にどう?」
「どうって言われてもなあ……」
話をどんどん進める輝夜に対し、妹紅は頭を掻きながら逡巡していた。
輝夜の気持ちは分からないでもないわけで、妹紅自身も竹林の中での戦いばかりでは飽きると思っていた。
しかしながら、別の場所で戦うことを躊躇わせる理由もある。
「分かってるとは思うけど、わたしたちの殺し合いが他人に知られるのは好ましくない。できるだけ他人の干渉をなくしたいんだ」
迷いの竹林という幻想郷内でも屈指の危険エリアであれば、多少派手に殺し合いをしたところで他人の目に触れることはない。だからほんの一部を除いて夜の竹林で何が行われているか知っている者はいない。
それが竹林から一歩でも外へ出て殺し合いをしてしまえば、通りがかりの人の目に触れるか、或いは目ざとい天狗にでも嗅ぎつけられてしまうか。
いずれにしてもよくない事態へと展開してしまうことは容易に想像できた。
「だから……」
「大丈夫よ!」
迷いの尽きない妹紅に、輝夜はやる気に満ち溢れた目ではっきりと言ってのけた。
そして傍らに丸めてあった幻想郷の地図を広げ、ある場所を指差した。
「わたしの見立てでは、ここなら誰の目にも触れないと思うのよね」
「ここは……山?」
輝夜が示したのは妖怪の山、ではなく、幻想郷の片隅にあるそれなりの規模の連山だった。
確かに幻想郷の端ならば人も少なかろう。だが、妹紅はなお困った顔をしていた。
「幻想郷の端っていっても、誰もいないわけじゃないんじゃない? ネタを探してる天狗だって飛んでるかもしれないし」
「ふっふっふ、甘いわね妹紅」
妹紅の反論に対して、自信たっぷりな面持ちの輝夜。
今度は雪見障子越しに外を指差し、目は真っすぐ妹紅の目を見据えた。
「この竹林でさえ雪が積もってるのよ。雪山はもっと積もってるに決まってるわ。そんな寒くて険しい山にわざわざ誰かが足を運ぶと思う? 天狗だって来やしないわよ。とんだ酔興か、せいぜい冬の妖怪が少しいる程度。そいつらから隠れればいいだけ。わたしが結界をはればもっと見つけにくくなるし」
「お、おお……」
早口で捲し立てた輝夜に、妹紅は思わず気圧された。
その様に勝利を確信した輝夜は、すくっと立ち上がるとともに妹紅の手を引っ張った。
「さ、行くわよ!」
「えっ、こんないきなり!?」
「ええそうよ。善は急げ、思い立ったが吉日っていうじゃない」
「そんな思いつきで行けるわけないでしょ! 色々準備とか……」
「大丈夫、防寒具くらい貸してあげるわ。それにこのリュックに食料とか色々詰めてあるから。はい持って」
「ちょ、異様に準備がいい……っていうか何でわたしがふたつもリュック持たされてるのさ!?」
「仕方ないじゃない、わたしはお姫様ですもの。扇より重いものなんて持てませんわ」
「嘘付け! 人の首を絞め殺す腕力くらい余裕で……」
「早くしないと置いてくわよ?」
「ま、待て……ああもう分かったよ! 絶対に殺してやる!」
輝夜は防寒具を着こんでさっさと部屋を出、妹紅はそれを追いかける。そして幻想郷の端の雪山目指して空へと飛び立った。
ぎゃーぎゃー騒ぎながら出掛けていく二人の姿に、永遠亭の住人達は揃って、いつものことかと気にもとめていなかった。
「……あー馬鹿なことした。この馬鹿の馬鹿な思いつきに付き合って良かったことなんて今まで一度も無かったのに」
「そんなに馬鹿馬鹿言うことないじゃない。馬鹿っていう方が馬鹿なのよ?」
「本当にそうだよ。わたしの大馬鹿野郎」
雪山に辿り着いた二人は、特に人目の無さそうな深奥まで足を踏み入れ、そこで殺し合いを始めた。
初めての場所で行う殺し合いは中々に刺激的だった。
互いに地の利は無く、その時々の状況に合わせて立ち回ることが重要。
つららを武器にしてみたり、雪に潜って身を隠してみたり、雪に足をとられている隙に攻撃してみたりした。
休憩時間には、雪合戦をしたり、雪達磨を作ったり、かまくらを作ったり。かまくらの中で食べたお餅は実に美味しかった。
どれだけ暴れ回っても、周囲の目を気にする必要はあまりなかった。輝夜の結界のおかげで外界と一線を画していたし、結界の存在に気付くような生物がこんな辺境にはいなかった。
時間を忘れて殺し合いをし、そろそろ帰ろうかというところで結界を解いた。
「……そしたら右も左も分からない猛吹雪になっていたとは」
妹紅はぼそりと呟いた。
結界のおかげで外からの干渉を抑えられていたのは良かったが、逆に結界の中の二人も外の様子をあまり把握していなかった。
結界を解いたらあたりは真っ白の猛吹雪。方角が分からないため不用意に空を飛ぶこともできず、近くにあった洞穴へ逃げ込んだ。
そして、今に至る。
「まあ、のんびりと吹雪がおさまるのを待ちましょう。その内良くなるわよ、きっと」
「えらく余裕ね」
「だって一応何日か分の食料は持って来てるし、そもそもわたしたち死なないし」
「それはまあ、そうだけど」
「そ・れ・に」
輝夜は、勢いよく妹紅に抱きついた。
「妹紅がいればあったかいし」
「……今日だけよ」
妹紅は炎を操る力を持つ。
しかしながら火種が無いため焚き火はできない。代わりに掌の上に炎を灯して暖をとった。
輝夜も妹紅にひっついて一緒に暖をとっているのだが、ひっつかれている妹紅としても身を寄せ合った方が暖かい。
ただ、いくらなんでも限度があるというのが妹紅の言い分である。
「……ねえ」
「なあに?」
分かっているくせにわざとらしい、という言葉は飲みこんで、あくまで冷静な対応に努める。
無駄な体力は使いたくないのだ。こんなところでヒートアップしてしまうのは得策ではない。
「……どうしてさっきからわたしの懐に手を突っ込んでいるわけ?」
「ああそんなこと。妹紅の体があったかいからよ」
片手を妹紅の懐に忍ばせながら、とてもいい笑顔で、さも当然のことのように答えた輝夜。
その表情に少しイラッとした妹紅は、あくまで冷静に、しかし思いっきり嫌そうな目つきで話を続ける。
「じゃあ、どうしてあんたはさっきから突っ込んだ手でわたしのお腹を擦ってるの?」
「摩擦熱よ摩擦熱。おかげでだいぶん寒さが和らぐわ」
「じゃあどうして自分の懐でやらないんでしょうかね?」
「もう、妹紅ったらさっきから質問ばっかり。分かったわよ、こうすればいいんでしょ?」
粘り強く質問攻めをした成果か、輝夜は呆れたような顔でそう言った。
呆れたいのはこっちの方、と悪態をつきたくなる妹紅ではあるが、ここは我慢。
とにかく輝夜は妹紅の懐から文字通り手を退く、はずだった。
「ちょ、かぐっ、あんた何やって……!?」
「何って、これでおあいこじゃない。あったかいでしょう?」
輝夜の行動は妹紅の想像と大きく外れていた。
妹紅の懐に忍ばせてある手はそのままに、もう片方の手で妹紅の炎を灯していない方の手を掴んで、自身の懐へと突っ込んだのだ。
予想だにしていなかった展開に、妹紅は慌てふためく。一方輝夜は相も変わらず落ち着いていた。
「妹紅の手だって冷たくなってる。やっぱりこうしてた方がいいわ」
「い、いいよ別に。自分の懐で暖めるからさ」
「だーめ。妹紅が良くてもわたしが駄目」
輝夜は妹紅の手を掴んで離さない。それどころか、さらに積極的に妹紅に迫る。
今度は顔を近付け、自身の頬を妹紅の頬にすり合わせた。
「わわわっ!?」
「もう、暴れないでよ。炎を持ってるのは貴女なんだから、気をつけて」
「あ、うん。ごめん……」
状況の飲みこめない妹紅は、訳の分からないままとりあえず謝ってしまった。
何故自分が謝らなければいけないのか疑問に思わないでもないが、今は頭が回らない。
頭がぼーっとするのはきっと寒さのせいだと、そう自分に言い聞かせている内に、ふと唇に何か柔らかい感触が当たる。
その正体を理解したのは、感触の主が唇から離れてから数秒経った後。
妹紅の体がぷるぷると震えだした。
「い、今……なな何を……」
動悸がはやくなるのが分かる。
寒いはずなのに体が熱い。
目の前で妖艶な笑みを浮かべる姫も、意味深に頬を赤く染めていた。
「ねえ妹紅……」
「な、な……」
艶やかな声が耳に届くその度に、妹紅の緊張が増した。顔はすっかり紅潮し、湯気も出ん勢い。
動揺が伝わってか、掌に灯された炎もゆらゆらと揺れた。
しかし輝夜はお構いなしに、その艶めかしい唇から言葉を綴る。
「雪山で、二人が遭難した時、することと言えば……」
「あああ……」
「肌と、肌を、重ね合わせて……」
「ああああああああ!!」
刹那、妹紅の掌に灯っていた炎が激しく燃え上がり、消えた。
その空いた手で、迫りくる輝夜を制止した。
「ま、待て! 待って! あんたとわたしはその……アレとアレな関係で……こういうことはアレがアレなわけで……それがああしてこうなって……」
妹紅自身も意味の分からない、やけに指示語の多い言葉。
パニック状態の妹紅に対して、輝夜は妹紅の懐に突っ込んでいた手を抜き出して、制止する妹紅の手に重ね、指を絡めた。
「わたしは、貴女となら、やぶさかじゃないわよ?」
今度は、妹紅の手を掴んでいたもう片方の手を妹紅の背に回し、そっと抱き寄せた。
「貴女はどう?」
耳元で囁かれ、妹紅は一気にヒートアップ。
「わ、わたしはあんたのこと大っ嫌いだけど……そこまで嫌いじゃないというか……やっぱり嫌いなんだけど嫌いになれないというかその……あああああ!!!」
混乱の末、大声を発し、真っ赤な顔でまっすぐ輝夜を見据える。
「煮るなり焼くなり好きにすれば? あんたの強引なところ、大っ嫌いだけど」
「ふふふ、わたしは妹紅のそういう可愛くないところ、可愛くて好きよ」
輝夜はそっと、妹紅を抱き寄せる力を強めた。
「吹雪、止んだみたいね」
「…………」
「そろそろ帰りましょうか?」
「…………」
晴れ晴れとした表情の輝夜と同じく、外の様子も晴れ晴れとしていた。
一方の妹紅はというと、顔を真っ赤にしたまま身を屈め、のぼせた顔をしていた。思考回路は完全にショート。
「まったく、天気は大方予想通りだったけど、こっちは予想以上に大変ね。おっと、失言かしら」
「…………」
輝夜が慌てて口を噤んだものの、妹紅の耳には何一つ届いていないようだった。
まさか吹雪になることを予測し雪山に閉じ込められることを承知で妹紅を誘いこんで今に至ったなどと、そんなことがあるはずがない。妹紅の耳に届いていないのだから、そんな事実はありえない。
それはそれでいいとして、輝夜は小さくため息をついた。このままというのはあまりよろしくない。
「ショック療法が必要かしらね」
「……んっ!!?」
輝夜の顔の一部を妹紅の顔の一部に激しく密着させるという形のショック療法で、見事妹紅は強い反応を示した。
輝夜の顔が離れたところで、妹紅はようやく我に返ったようだった。
「……ぷあっ! か、輝夜……!?」
「ほら、いつまでも照れてないで早く立ち上がる。また吹雪かないうちにさっさと帰るわよ」
「だ、誰が照れてなんかっ!」
「そうそうその調子。いい感じよ」
元気になった妹紅の様子に、輝夜は喜びながらその手を握った。
そして、これから起こるだろう辛い出来事を予感しつつ、拳に力を入れる。
「どんなに辛いことも、きっとわたしたちなら乗り越えられるわ」
「な、何よ薮から棒に。辛いことって何よ?」
まだ頬を赤くしながら聞く妹紅。
輝夜は笑顔のまま、しかし若干強張った面持ちで口を動かした。
「わたしたち、丸一日以上はこの雪山にいるわ。永琳には何も言わずに出てきたけど、多分結構なおかんむりよ。竹林のどこ探してもいないんだもの。最悪、二人でお仕置き……」
「……ちなみに、そのお仕置きって?」
「……みなまで言わせないで」
「「…………」」
一拍の間。
そして妹紅は、繋いだ手を振り払い、一目散に走り出した。
「行かないで! わたしと貴女の仲でしょう!?」
「は、離せ! あんたなんか大っ嫌いだから離せ!」
腰に抱きつく輝夜と、振りほどこうとする妹紅。
やいのやいの叫びながら、結局二人揃って永遠亭に戻ることとなった。
戻った二人に待ち受けていた試練は、こっぴどく叱られた後、極限の空腹状態か人体実験かの二択を迫られる苦しみを数時間味わい続けることだった。
それを何とか乗り切った後も、今度は妹紅のことを心配して永遠亭まで駆けつけていた慧音にこれまたこっぴどく叱られ、きつい頭突きを貰った。
「……やっぱりあんたに付き合っていいことなんて一つも無いわ。本当に大っ嫌い」
「あら、わたしはやっぱり大好きだけど?」
「…………」
輝夜の部屋で横たわり休んでいる、二人の手は。
仲良しすぎてクッソ可愛い
火よりも熱いな、この二人。
妹紅の炎がなくても、この2人の甘々熱々の空気があれば、水など一瞬で沸いて蒸発するはず!
ちなみにもこたんは、うどんげっしょーでは真冬に永遠亭の池を一瞬で温泉に変えてたよ
今日は寒かったけど、これを読んで暖まりました
というか普通に爆発しろおまえらw
(爆発しても死なないからたちが悪いが)
とーっても仲良しこよしで冬の寒さがヴォルケイノしちゃったよ。
輝夜様! 妹紅攻略御見事で御座りまする!
末長く爆発してろ!