空は見たことのない色をしていた。
ひとりぼっちのわたしの腕は、わたしの脚は、わたしのお腹は、わたしの顔は、23回ぶちぶちと音をたててこわれた。
フランドール・Aのとき
真っ白の空だったから、お姉さまはテラスにわたしを呼んだ。
椅子とテーブルは冷たかった。
メイドに紅茶を持ってこさせると、お姉さまは何も言わず紅茶を啜った。
お姉さまが何も話さないのは、わたしがお姉さまを嫌っていることを知っているからだ。
だからわたしも何も言わなかった。
何十年、何百年も、わたしたちはこう。
すこし昔、メイドに聞いたことがあった。
「レミリアお姉さまは、一体何をしているの」
「お嬢様は、お嬢様の国をつくろうとしているのです」
「つくれるのかしら」
「きっといずれ妹様にもお判りになります」
「わたしはお姉さまの国ができるより、お姉さまと遊びたい ここには楽しい遊びがあるのに、わたしはまだお姉さまと」
「いずれ妹様にもお判りになります」
そのころからお姉さまはわたしを遠ざけるようになった。
お姉さまはわたしのことがどうでもよくなったんだと思った。
申し訳程度にお茶に呼ぶだけ。
お姉さまが魔女と何を話しているのか知らないし、どうでもよかった。
わたしは館で遊ぶのが飽きてきて、メイドに厳しく言いつけられていたけれど、こっそり外にでるようになった。
フランドール・Bのとき
真っ暗な部屋に閉じ込められて、何百年たつのか数えるのが飽きてしまった。
お姉さまは、わたしがお姉さまのお気に入りの、青い花がらのティーカップを壊したときに、わたしの腕をひっぱってここへ連れてきた。
わたしは触ってもいないのに。ただ、ティーカップに虫がついていたんだと。最後は何度も謝ったけれど、お姉さまは許してはくれなかった。
はじめて館の地下に連れてこられてから、白い空を見ていない。
お姉さまがどうしてあんなに怒ったのか、わからない。
まいにち、いつか許してくれるだろうと、部屋にちょんと置いてある、つめたい小さなベッドで丸くなって眠った。
フランドール・Cのとき
もう我慢ができなかった。
お姉さまは何も言わずわたしを真っ赤な鎖で捕まえて、地下へ閉じ込めた。
鎖はなんど壊してもわたしを締め上げた。お姉さまがどうしてこんなことをするのかわからなくて、喉も詰まった。
はじめのうちは、お姉さまが部屋にきて何か話してくれるだろうと待っていたけれど
きっともう、わたしを閉じ込めたことなんて忘れているんだろう。
お姉さまは、わたしの力が怖かったんだろう。
なんでも壊してしまうわたしの力が。
恐れたんだ。わからないものを恐怖するなんて、人間のように。
わたしはつめたい床に敷かれたカーペットも、小さなベッドも、ぼろぼろの本棚も、寂しくないようにと置かれたぬいぐるみも、お姉さまがわたしにくれたものだと思うと、きらいになった。
全部壊してしまおう。お姉さまが恐れた通りに。
うん。
毛布の羽と、ぬいぐるみの端切れと、ばらばらになった本の紙切れが舞うのだけ見えて、あとは天井の石が全て叩き落とした。
フランドール・Sのとき
「おはよう。フランドール」
真っ白な空だった。
お姉さまの声がした。瞼がやけに重くて、少しずつ目を開けると、なにもない原っぱの上にわたしは立っていた。
ぼんやりとした頭で、昔、テラスから見た景色に似ていると思った。
「運命の臨界点だ」
なにも考えられない頭に、お姉さまの声が響いた。
なんだか久しぶりに声を聴いたような気がする。お姉さまはどこだろう。
「フランドール。お前を救うことはできなかったよ」
「どういうこと」
声を聞いているうちに、今までお姉さまがわたしをほうっておいて、怒って、閉じ込めていたことを思い出した。
「お前の呪われた力は、きっとお前を不幸せにする。お前には荷が重すぎる。因果が多すぎる。それは生まれ持った運命だから、どうしようもない」
何を言っているのかよくわからないけれど、黙って聞いていた。
「だけど、私はお前を助けたかった。フランドール。たったひとりの妹だったから。私と似ても似つかない妹として生まれてきたから。私は私の一族を愛していた。けれどきっとお前を止めることはできないだろうし、止められなくなったらお前はひとりぼっちになるまで壊し尽くしただろう」
お姉さまはどこにいるんだろう。
「お前を一人にさせたくなかった。きっとお前は泣くだろう」
さみしいのは嫌だ。もう散々だった。
「だから私はフランドールの全ての運命で、フランドールを守ろうとした。運命は細切れに細く永く伸びているからね。けれど、全て失敗した」
「お姉さまは、わたしに殺されたの」
「いいや、お前が死んでしまったよ。間違えないようにAからいまのZまで数えたけれど、22人のフランドールが壊し尽くして壊れてしまった」
「あとの4人はどうしたの」
「3人は地下に閉じ込められたまま、心を壊して死んでしまったよ。身体だけ運命の射線上を彷徨っている。もう1人はお前だ」
「だったら」
だったら、
「わたしが壊し尽くすまえに、3人のわたしがわたしを止めればいいんじゃないかしら」
「やってみようか」
「お姉さまは、ずっとわたしのために運命のなかにいるの」
「そうだ」
「それでもお姉さまは、わたしを愛してくれた、思い出がないの」
「そうだね。私は何もお前に教えなかった。それがいけなかったんだろうか」
「せめて、4人ぶん、20人とちょっとのわたしのことはもう、いいから、せめて4人分愛してほしいの。うまくいったら」
「約束しよう」
白い空が落ちてきて、びりびりと破けた。
きれい。
空は見たことのない色をしていた。
ひとりぼっちのわたしの腕は、わたしの脚は、わたしのお腹は、わたしの顔は、23回ぶちぶちと音をたててこわれた。
フランドール・Aのとき
真っ白の空だったから、お姉さまはテラスにわたしを呼んだ。
椅子とテーブルは冷たかった。
メイドに紅茶を持ってこさせると、お姉さまは何も言わず紅茶を啜った。
お姉さまが何も話さないのは、わたしがお姉さまを嫌っていることを知っているからだ。
だからわたしも何も言わなかった。
何十年、何百年も、わたしたちはこう。
すこし昔、メイドに聞いたことがあった。
「レミリアお姉さまは、一体何をしているの」
「お嬢様は、お嬢様の国をつくろうとしているのです」
「つくれるのかしら」
「きっといずれ妹様にもお判りになります」
「わたしはお姉さまの国ができるより、お姉さまと遊びたい ここには楽しい遊びがあるのに、わたしはまだお姉さまと」
「いずれ妹様にもお判りになります」
そのころからお姉さまはわたしを遠ざけるようになった。
お姉さまはわたしのことがどうでもよくなったんだと思った。
申し訳程度にお茶に呼ぶだけ。
お姉さまが魔女と何を話しているのか知らないし、どうでもよかった。
わたしは館で遊ぶのが飽きてきて、メイドに厳しく言いつけられていたけれど、こっそり外にでるようになった。
フランドール・Bのとき
真っ暗な部屋に閉じ込められて、何百年たつのか数えるのが飽きてしまった。
お姉さまは、わたしがお姉さまのお気に入りの、青い花がらのティーカップを壊したときに、わたしの腕をひっぱってここへ連れてきた。
わたしは触ってもいないのに。ただ、ティーカップに虫がついていたんだと。最後は何度も謝ったけれど、お姉さまは許してはくれなかった。
はじめて館の地下に連れてこられてから、白い空を見ていない。
お姉さまがどうしてあんなに怒ったのか、わからない。
まいにち、いつか許してくれるだろうと、部屋にちょんと置いてある、つめたい小さなベッドで丸くなって眠った。
フランドール・Cのとき
もう我慢ができなかった。
お姉さまは何も言わずわたしを真っ赤な鎖で捕まえて、地下へ閉じ込めた。
鎖はなんど壊してもわたしを締め上げた。お姉さまがどうしてこんなことをするのかわからなくて、喉も詰まった。
はじめのうちは、お姉さまが部屋にきて何か話してくれるだろうと待っていたけれど
きっともう、わたしを閉じ込めたことなんて忘れているんだろう。
お姉さまは、わたしの力が怖かったんだろう。
なんでも壊してしまうわたしの力が。
恐れたんだ。わからないものを恐怖するなんて、人間のように。
わたしはつめたい床に敷かれたカーペットも、小さなベッドも、ぼろぼろの本棚も、寂しくないようにと置かれたぬいぐるみも、お姉さまがわたしにくれたものだと思うと、きらいになった。
全部壊してしまおう。お姉さまが恐れた通りに。
うん。
毛布の羽と、ぬいぐるみの端切れと、ばらばらになった本の紙切れが舞うのだけ見えて、あとは天井の石が全て叩き落とした。
フランドール・Sのとき
「おはよう。フランドール」
真っ白な空だった。
お姉さまの声がした。瞼がやけに重くて、少しずつ目を開けると、なにもない原っぱの上にわたしは立っていた。
ぼんやりとした頭で、昔、テラスから見た景色に似ていると思った。
「運命の臨界点だ」
なにも考えられない頭に、お姉さまの声が響いた。
なんだか久しぶりに声を聴いたような気がする。お姉さまはどこだろう。
「フランドール。お前を救うことはできなかったよ」
「どういうこと」
声を聞いているうちに、今までお姉さまがわたしをほうっておいて、怒って、閉じ込めていたことを思い出した。
「お前の呪われた力は、きっとお前を不幸せにする。お前には荷が重すぎる。因果が多すぎる。それは生まれ持った運命だから、どうしようもない」
何を言っているのかよくわからないけれど、黙って聞いていた。
「だけど、私はお前を助けたかった。フランドール。たったひとりの妹だったから。私と似ても似つかない妹として生まれてきたから。私は私の一族を愛していた。けれどきっとお前を止めることはできないだろうし、止められなくなったらお前はひとりぼっちになるまで壊し尽くしただろう」
お姉さまはどこにいるんだろう。
「お前を一人にさせたくなかった。きっとお前は泣くだろう」
さみしいのは嫌だ。もう散々だった。
「だから私はフランドールの全ての運命で、フランドールを守ろうとした。運命は細切れに細く永く伸びているからね。けれど、全て失敗した」
「お姉さまは、わたしに殺されたの」
「いいや、お前が死んでしまったよ。間違えないようにAからいまのZまで数えたけれど、22人のフランドールが壊し尽くして壊れてしまった」
「あとの4人はどうしたの」
「3人は地下に閉じ込められたまま、心を壊して死んでしまったよ。身体だけ運命の射線上を彷徨っている。もう1人はお前だ」
「だったら」
だったら、
「わたしが壊し尽くすまえに、3人のわたしがわたしを止めればいいんじゃないかしら」
「やってみようか」
「お姉さまは、ずっとわたしのために運命のなかにいるの」
「そうだ」
「それでもお姉さまは、わたしを愛してくれた、思い出がないの」
「そうだね。私は何もお前に教えなかった。それがいけなかったんだろうか」
「せめて、4人ぶん、20人とちょっとのわたしのことはもう、いいから、せめて4人分愛してほしいの。うまくいったら」
「約束しよう」
白い空が落ちてきて、びりびりと破けた。
きれい。
空は見たことのない色をしていた。
あの物語の筋書きからして、死んだはずだと思ったフランドールにこそ要注意。
面白かったです
元ネタにストレートフラッシュなんてあったんだ・・・・
それを差し引いても題材の使い方が上手いなと感じました
あなたのセンスが妬ましいです