「パチェ、タイムマシンつくって」
「むり」
即答するパチュリーに、レミリアは肩すかしを食らったように前へのめってしまう。
わざわざ図書館まで足を運んできたのであろう紅魔館の主は、不満げに唇を尖らせた。
「もう、どうしてそこで諦めるのよそこで」
「だって無理じゃない、常識的に考えて」
「……パチェってそこまで頭でっかちだったかしら」
不意にレミリアはバッと両腕を大きく広げ、大自然でも受け止めるかの如きポーズを見せる。
「パチェ。もっと柔軟に、広い視界をもって考えましょう?」
「と、いうと」
「発明者は例外なく『常識的に考えて不可能なこと』を実現してきたわ。それは常識に囚われない柔軟な発想があったがゆえ。じゃない?」
キマった、とでも言いたげな表情で、彼女はパチュリーに視線を向けている。
またいつもの気まぐれが始まったと未だ冷淡なパチュリーは、気付かれないくらい小さなため息をついて、視線を本から上げた。
「それでも、無理なものは無理なの」
「なんでよっ。やってみなきゃ分からないじゃない!」
「分かる。証拠だってあるわ」
バンバンと机を叩きながら「なら証拠を見せなさいよ証拠をっ」と喚くレミリア。
パチュリーは顔色ひとつ変えず、パタンと読んでいた本を畳んだ。
「いちばん簡単な証拠は、『これまで未来人が現在に来ていない』こと」
机に身を乗り出しながら、レミリアは笑顔のまま硬直してしまった。
これは、言われたことが理解できていないときの仕草であることを、パチュリーはよく知っている。
「……仮にタイムマシンが実現して、過去に次元跳躍できたとして、じゃあどうして未来人は現在に来ないの? ってことよ」
めんどくさいながらパチュリーが説明すると、レミリアの笑顔がぴくぴくと痙攣を始めた。
「そ、それはあれよ。未来人とはいえまだ技術がそこまで進歩してないんだわ」
「じゃあタイムマシンは未来永劫実現不可能ってことになるわね」
「あー! もう! だったらわたし達が第一号になればいいじゃない! 未来人のアホなんかよりも先にパチェがタイムマシンを作るの!」
無茶苦茶である。これは話が通じないとパチュリーは頭を抱えた。
とはいえ、レミリア自身訳の分からないことを言っている自覚はあるようで、ぐぬぬと小さく呻いたのち、大きな音を立ててテーブルを殴りつける。
「いいわパチェ。要するに、未来人をここに連れて来ればタイムマシンの研究を始めてくれるってことね?」
「そうだけど台パンしないで」
「フフフ、いいわ。連れてきてあげましょうとも。それまで、首を太くして待っていることねっ」
古いヒーローアニメの悪役みたいな、よく響く高笑いをしながらレミリアは図書館を去って行く。
首を太くしてというのは、ケンシロウみたいな首の太さになれということだろうか。
二度三度首を傾げて、パチュリーの視線は再び本へ落ちた。
Δ
生活のほとんどを図書館で過ごすパチュリーも、休息の時間だけは寝室を過ごしている。
元々眠る必要のない魔女ではあるが、所見を切り替えたいとき、新たな視点でものを見たいときなど、積極的に睡眠を用いるのだ。
さて、レミリアがタイムマシンを作れと押しかけてから数日が経った、ある日のことである。
例によって睡眠をとり、寝室から図書館へ戻ってきたパチュリーは、突如テーブルがボンと爆発するのを目の当たりにした。
「うぇ?!」
思わず奇妙な声を出して驚き、突然の爆発でもくもくと満ちる煙で、何事かと小悪魔も現場に駆け寄ってくる。
少しずつ煙が晴れてくるにつれて、爆発の中心であるテーブルのうえに、何者かの人影が見えてきた。
高くない身長、変な形の帽子を被っていて背中にはコウモリのような翼、って――
「……小悪魔、なんでもないわ。仕事に戻ってちょうだい」
「え、なんでもないって、……爆発しましたけど」
「あそこに立つレミリア・スカーレットの姿を見ればなんとなく察してくれるかしら」
「あっ……」
なるほどーと何か察したような表情で、小悪魔は書架の整理に戻っていく。
最近は気まぐれの量が増えたなあとゲンナリしながら、パチュリーは困った主殿に声をかける。
「爆発まで起こして、今度は何をする気な――」
言いかけて、その口が止まる。
視線の先にいるレミリアは、牛乳瓶の底で作ったような眼鏡をかけて、こちらを覗いていた。
「HEY! パチュリー!」
謎のあいさつをされる。
「へ、へい。レミィ」
「よろしい! この頃のパチェはノリがいいネ!」
「はあ」
なんでカタコトなんだろうと硬直しながら考えるパチュリーである。
今年のレミィはどんな路線で行くつもりなのかと心中唸っていると、そんな彼女の心は露知らず、レミリアはハツラツとして口を開いた。
「わたし、3000年後からきたレミリア・スカーレットでーす!!」
…………。
「……とりあえず、テーブルの上から降りない?」
「あ、あらま」
はしたないネ、と赤面しながらテーブルを降りるレミリア。
なんやねんこれ。
Δ
とりあえず椅子に座ってもらって、落ち着いたところで話を始めることにする。
「……で、ええと。あなたはレミィで間違いないのね」
「もちろんデース。わたしが、3000年後の幻想郷から来た、レミリア・スカーレット」
「そのカタコトは反応に窮するのだけれど、要するに、未来人ってことかしら」
「イエス! イエス!」
力強く何度も頷かれる。いちいち胸焼けのする暑苦しい反応である。
突然現れた『自称』未来人に、パチュリーはどうして突然こんなことにと思いながら、しかし心当たりはあった。
数日前、レミリアと半ば口論にまで発展したタイムマシンの談義。
――要するに、未来人をここに連れて来ればタイムマシンの研究を始めてくれるってことね?
あのとき、レミリアの言い放った言葉が反芻される。
未来人を連れてきて、タイムマシンの実現不可能論を反証する。負け惜しみか、敗者の遠吠えのようなものだと相手にしなかったのだが……
「わたし、未来人ネー!!」
その結果が、これだ。
(レミィ、それはちょっと厳しいわ……)
レミリア自身が未来人を演じ、パチュリーに反証として姿を現す。
そういう魂胆なのだと察したパチュリーは、目の前で痛々しいカタコト外国人になっているレミリアへ、努めて優しく声をかけた。
「ね、ねえ、レミィ」
「HEY!!!」
「うっ……こ、これはいわゆる、その、ブラックヒストリーになってしまいかねないと思うの。引き返すなら今のうちだとわたしは強く助言するわ」
レミリアはキョトンと口が半開きになる。
「わたし、このテーブルの引き出しからタイムマシンに乗ってここまで来たネ。それをもう、未来へ帰れって言うですか?」
「いやあの、そういうことじゃなくてね」
先ほどの爆発は引き出しから登場する演出だったらしい。ドラ○えもん版タイムマシンに爆発を加えた感じである。
レミリアは身体を霧状に変化させることが出来るため、わたしが睡眠で図書館を離れている間に、引き出しの中へ進入し待機していたのだろう。
やたら凝ってるけど、ハッキリ言ってしょーもないわ、レミィ!
「あー! もしかしてパチェあなた、わたしのこと信じてないネ!?」
突然大声を張り上げるレミリア。あたりめーだろと一蹴したい気持ちを抑えるパチュリー。
「だったら、わたしが未来人である証拠を見せるよ!」
証拠とは大きく出るな、とパチュリーは若干感心する。
レミリアは「んん」と小さく咳払いをして、唇を舌で湿らせ、それから精悍な顔つきに変わり、ゆっくりと口を開いた。
「ナマムギ、ナマゴメ……ナマタマゴ」
…………。
「……ごめんなさい、意味が全く分からないわ」
「あっ、テンポが遅すぎたネー? やり直すよ!」
「いや結構ですから……」
「まあそう言わずにもういっかい! ナマムギナマゴメニャマタミャゴッ! 言えたねッ!」
言えてないんだよなぁ……
「ちょっと、ちょっと待ってレミィ。どういう脈絡で生麦にゃま……なま、米生卵が出てきたのか全然分からないわ」
「言えてないねー! へたくそー! ばーか!」
心の中に沸々と煮えたぎるものを感じる。
両手のひらで顔を押さえてぷるぷるするパチュリーに、「あっ」とレミリアは声をあげた。
「もしかして、この意味、分かってないですネ?」
「もしかしなくても分かってないわ」
ふふん、と鼻で笑うレミリア。パチュリーは台パンの衝動に駆られた。
「3000年後の未来では、早口言葉が流行っているんデス! その代表例が、このナマムギニャマゴメナマチャマゴ」
「あなたも全然言えてないからね?」
「3000年後に流行っている内容を知っているのは、3000年後の未来人だけ。ネ? というわけで、わたしが未来人であること、証明できたカナ?」
「理屈がさっぱり分からないわ」
「なんでですかー!!」
大声で怒るレミリア。なんでですかもクソもねーだろアホこうもり。
「3000年後に流行ってる内容なんてわたしだって知らないんだから、証拠になんてなるわけないでしょうが」
「あっ。確かに……」
たった今気がついた様子である。紅魔館の主がこれでは未来は暗い。
「で、でも、早口言葉が流行ってるのは本当なんだヨ! ぜひ信じてほしいと存じ上げ奉りあげる所存」
「その突然のボキャブラリはどこから出てきたのよ」
「なにかお題を出してよ! 早口言葉のネ!」
会話のドッジボールである。ため息をつきながらも、取りあえず付き合うことにする。
「ええと、じゃあ、東京特許許可局とか?」
「それはパスでお願いしまース」
「全然だめじゃねーか!」
あからさまにテンションの下がった顔で断られてしまった。じゃあなぜお題を出させたのだろうか。
やたらとカタコトと早口言葉でゴリ押してくるレミリアだが、いい加減パチュリーもこの茶番に終止符を打ちたかった。
どうにか自分の言っていることが彼女に通じてほしいと願いながら、意を決してパチュリーは口を開く。
「ねえ、レミィ。よく聴いて」
「? なんですか?」
「過去に行きたい気持ちは、わたしもよく分かるわ。やり直したいこと、もしくはもう一度やりたいこと。色々なことがあるでしょうね。でも、わたし達は今を生きているでしょう?」
突然マジメなトーンになったパチュリーの言葉に、レミリアも耳を澄まして聴いていた。
「どうあがいたって、時間を逆行することはできないし、その必要自体ないじゃない。過去の失敗を取り返したいなら今から取り返せばいい。もう一度やりたいことがあるなら今からやればいい。それができるから生きるって楽しいことなんだって、わたしは思うわ、レミィ」
言っていて自分でしんみりしてしまった、とパチュリーは自嘲する。
しかし、言っていることに偽りはない。まったく失敗のない人生は薄っぺらいものだし、同じことの繰り返しだって新たな能力を生み出すには必要不可欠な要素だ。
――そうやって、今までわたしは魔女をやってきた。この想いは、レミィに届くだろうか。
「……そっか」
沈黙を破ったレミリアは、呟いて小さく笑った。
「パチェが何を言っているのか8割方よく分からなかったケド」
「コラコラコラ~~!!」
「でも、パチェは今を生きたいんだネ。それなら未来人は必要ないヨ」
ドキリと、パチュリーの心臓がはねる。
8割方分かっていない、などと言いながら、わたしの言いたいことは理解してくれているのだ、レミィは。
そう思うと、パチュリーはどこか嬉しい気持ちになった。腐っても、親友か。
「それじゃあ、わたしは帰るネ」
引き出しを開けて、レミリアは告げる。
茶番ではあったが、これでまた、レミリアとの絆を再確認できたのではないか。
そんなことを思って、なんだかむず痒い気持ちになるのが心地よい。
「ねえ、レミィ」
「んー?」
「……これからも、まあ、よろしくね」
頬を小さく掻いた。こういうのも、まあ、時にはいいだろう。
レミリアはニッコリと笑うと、「3000年後も親友ヨ!」と言って、足から霧状に変化しはじめる。
「帰ったらトーキョーキョッキョキョキャキョクも練習するネ!」
「あー、はいはい」
全身が霧となって、引き出しに吸い込まれていく。
パチュリーは穏やかな笑顔でそれを見送り、ゆっくりと引き出しを閉めた。
「……さあて、疲れたし、もう一度眠ってこようかなーっと」
わざと、引き出しの中のレミリアに聞こえるように言った。
あんまり長い時間引き出しの中で待機させるのもかわいそうだ。それに、さっさといつも通りのレミリアが見たい。
んー、とパチュリーは伸びをして、テーブルに背を向ける。
「……生麦生米にゃま卵。……くっ」
レミィもきっと、相当練習したのだろうなあと、彼女は思う。
Δ
「咲夜―」
寝室からレミリアの呼ぶ声に、咲夜が参上するまでの平均時間はコンマ2秒だ。
「ご用でしょうか」
「うん。あのさー、未来人ってどうすれば見つけられると思う?」
「は?」
レミリアはことの経緯――パチュリーに未来人を連れていけばタイムマシンを作ってもらえるという取引――を話した。
咲夜はううんと唸って、それからレミリアの期待とは正反対の解答を返してくる。
「残念ながら、未来人を連れてくるというのは、難しいのではないでしょうか」
「咲夜の能力で何とかならないの?」
「ちょっと難しいですわ」
「むう」
未来への時間の早回しは出来ても、それを過去に戻すことが出来ないと咲夜は語った。
未来人を連れてくると大見得を切ったはいいものの、これでは八方塞がりである。
頭を抱えて悩んでいると、寝室のドアが勢いよく開いた。「お姉さまー!」と声が聞こえる。
「フラン。どうしたの」
「うっふふー。それがね、お姉さまをボッコボコにできる遊びを見つけたんだっ」
「穏やかじゃないわね」
しかし肉体的な遊びであれば、そう簡単にボコボコにされることもないだろう。
余裕綽々の笑顔で「それで、どんな遊び?」と訊ねる。フランドールもまた満面の笑みで返した。
「早口言葉対決! わたし、強いんだー」
レミリアの表情が一瞬にして凍り付いた。
「失礼ながらお嬢さま、お顔が氷点下に」
「それじゃあお姉さま、わたしからね。生麦生米生卵! ねえ咲夜、上手でしょっ」
「ふふ、とってもお上手ですわ」
うまい。何故だ。何故そんなにすんなりと言えるのだ我が妹は。
レミリア・スカーレットにとって、早口言葉遊びほど下らない遊びは無かった。決して出来ないからというわけではない。ただ下らないからだ。誤解なきように。
「お姉さま、はやくはやく」
「……フ、フフ、ねえフラン、早口言葉なんて下らないことより、そろそろ3時のおやつに」
「あ、言えないんでしょ」
「言えるよばーか! 見とけよ!」
煽られたら最後である。しかし妹の前で情けない姿を見せるわけにはいかないのだ。
んん、と咳払いをして、フランドールに向かい合う。
なに、たったの13文字ではないか。なにを恐れる必要がある。ちゃっちゃと終わらせてしまおう。フランが出来るんだからわたしだって出来るわ。
レミリアは、すぅ……と息を吸い込み――そして、カッと相貌を開いた!
「なまブッッ!!」
レミリアが3文字目の『む』の壁を越えられるまでに約300年を費やし、13文字を射程に捉えられるまで成長するのに『約3000年』を費やしたことは、これから永く続いていく未来でのお話である。
>「なまブッッ!!」
この勢いだけはマネできないなと
しかし3000年経ってもレミリアは見た目変わらないんだな。可愛い。
それはそうと、すっごいテンポよく最後まで読まされてしまった。オチは予想ついたけど、それでも面白い。約3000年費やしても噛んじゃうんだねレミィ……。