冬の夜の幻想郷、雪こそまだ降ってはいないが多くの人間が身震いするほど
つめたい夜風が吹くなか、湖のすぐ近くに立つ紅い屋敷のバルコニーにその少女
はいた。
悪魔の妹、フランドール・スカーレットはひとり屋敷の二階から見下ろせる景色
を眺めていた。
風が気持ちいい…
私は冬が好きだ。景色は静けさをもっていて、ひとりでいる時間が心地いい。
ここから見える真っ暗な湖を見ながら私は考え事をしていた。
先日、アイツがまた紅魔館でパーティを開いた。
アイツはそうやってよく自分の客人を館に招くけど、私はあんまりそういう
騒がしいのは好きじゃない。
知っている人もほとんどいないし、大勢のなかにひとりでいると、私は自分の
ことが透明人間に思えてくる。
アイツはパーティを楽しみ、私は誰とも話さない。
他にもアイツが何か思いついても私はついていけないけど、みんなはアイツに
ついていく。
そういうとき、私はどうしても自分が浮いている存在だと思ってしまう。
だから私はいつもあてもなく外をふらふら飛んでいく。なんとなくいたたまれな
い空間から外にでると、誰もいない静けさが私をつつんでくれる。誰の存在も気
にすることなく、聞こえてくるのは遠くの静かな音だけ…
今日アイツが何をしているか知らないけど、またどこか飛んで行こうかな。
どこに行くかとか、なにをするのかと聞かれても面倒なので、門番にも誰にも見
られないようにそっと飛んで行こう。
そう思っていると背後から声をかけられた。
「フランお嬢様」
「ん…?」
咲夜…ありゃ…足が浮いているところを見られちゃった
「どこかへおでかけですか?」
「ん…ちょっとね」
「そうですか、今あたたかい紅茶を淹れたところでご一緒にいかがですかとお誘
いにうかがったのですが、タイミングが悪かったでしょうか」
「………」
それは咲夜とふたりで飲もうという誘いかしら?だとしたら断るのも少し悪い気
がした。
「いちごのショートケーキもありますよ、レミリアお嬢様とパチュリー様と
ご一緒にいかがですか?」
…
「いいえ、遠慮しておく」
アイツと一緒にお茶、そんな気分じゃないし、私がいないほうがふたりのじゃま
にならなくていいと思った。
「では、またの機会にぜひ。外は寒いのでお気をつけていってらっしゃいませ」
「うん」
行き先を聞かれなかったのを少し意外に思った。
私がどこかで暴れてくる心配なんて少しもしてないのかな、そんなつもりはない
けど。なんせそれが理由で私は何百年もの間幽閉されていたのだから。
そういえば咲夜がそういうふうに私の行動におどおどしたり、怖がったところは
見たことがない。それは昔の私を知らないからか、咲夜がそういう性格だからな
のか。でも変に気をつかわないで普通に接してくれるのはありがたかった。
私も咲夜と会話しているときは自然な自分でいられる。それにパーティなどで私
が手持無沙汰でひとりでいるところを見るとそばに来てくれる。それは私に気を
つかっているってことかもしれないけど、咲夜の優しさが伝わってきて私は嬉し
かった。
「行ってきます」
そう言って私はバルコニーから静かな空に飛び立った
幻想郷の東の境界にある神社。いつもは人間や妖怪が遊びに来ていて静かになる
ことは少ないのだが、今は夜ということもあって客人はいなく、神社の主である
博麗霊夢ひとりが居間のこたつにはいっていた。
「………」
静かね…
今日は珍しく誰もうちに訪ねてくることはなかった。
「(なによ…)」
いつもは頼まなくてもうっとおしく誰か来るくせに。
外からは何の音も聞こえない、冬はしずかね。いつもはその静かさは好きだけど
、今日は外出しないで家にこもっていたからその静かさに一日中つつまれてしま
った。
早苗がいつか見せびらかせていた「あいぽっど」というものが欲しいと思った。
なにか色々な音楽が聞ける道具らしい。それがあれば静かさと音楽を両方楽しめ
る冬にできるのに…。こんなにもひとりで考え事をしてしまうこともないのに…
私はなつかしい記憶を思い出していた。あったかくて、やわらかな冬の記憶。家
族と一緒にすごした冬。お母さん、私がひとりになってしまったのは小さいとき
だったけど、お母さんといっしょにすごした冬は憶えている。こたつで抱きかか
えてもらいながら一緒に本を読んだこと、大掃除を手伝ったこと。おいしいごは
んを作ってくれて、おなかがいっぱいになるまで食べたこと。夜に一緒に寝たと
きはあったくてとても安心した気持ちでお布団にもぐったっけ。
「…くすっ」
あったくて優しい想い出。
でも今はこの神社に私はひとりでいる。家族はいない。
いつもは遠慮のない友人たちがいてくれるからそのことは忘れていられるけど、
でも今は誰もいない。優しい気持ちになったあと、
私は少しだけ…切なくなった
少し外の風に当たろうかな
冬の夜空を見ようと思い縁側にやってきて空を見上げた。
そこで私は小さくきらっきらっと輝く光を見た。それはゆっくりと飛んでいる。
あれは羽…?ああ、あれは見覚えのある…
紅魔館の図書館、レミリア・スカーレットは友人のパチュリーといっしょにお茶
をしていた。
「お茶のおかわりをちょうだい」
「はい、ただいま」
咲夜は慣れた手つきで紅茶を注ぐ
「ケーキ、美味しかった。次はチョコレートケーキが食べたいかも」
パチュリーは控えめに次のおやつのリクエストをした
咲夜はほほえみ
「ええ、いいですね、チョコレートケーキ。あまあまな味付けにしますね」
「私は大人向けのビターなのも、好き」
パチュリーは本に目を落として、しかし少し嬉しそうにそう言った
レミリアはほほえむ咲夜に口を開く
「咲夜も座りなよ、少し休憩しな。一緒にお茶しようよ」
レミリアとパチュリーが座るテーブルの空いている席を指さしてそう言った。
しかし
「ありがとうございます。ですが今はおふたりに給仕させていただくのが私の仕
事ですので」
咲夜はそう言って、姿勢のいい立ち姿を変えなかった。
「そ。…じゃあ次は咲夜が休憩中にお誘いするわね」
レミリアは咲夜に、にしっと笑いかけた
咲夜もレミリアに
「楽しみにお待ちしています」
と言って、にこっと笑いかけた
「そういえば…あの子は今何をしているのかしら?」
レミリアはふと気になったことを咲夜に聞いた
「フランお嬢様は先ほどどこかへおでかけしました」
咲夜は正直に話す
その瞬間パチュリーが緊張したのにふたりは気づいた
「…どこへ行くかは聞かなかった?」
「はい…、おでかけになるちょうどその時お会いしたので煩わせてはいけないと
思いました。………すみません、行き先くらい確認しておくべきでした。」
ふたりの沈黙を見て咲夜はあとの言葉をそえた
「いいえ!…いいの。咲夜、謝ることはないよ。あの子は大丈夫。」
「…いいの?」
隣にいたパチュリーがレミリアに聞いた
「大丈夫、パチェ。…それに巫女に襲われでもしないかぎりあの子はやられっこ
ないよ、強いからね、わが妹は!」
レミリアはいつもと同じ笑顔をパチュリーに向ける
「…まあ、あなたがそう言うのなら大丈夫でしょう」
パチュリーはふたたび本を読み始める
さっきまでと同じ平穏な空気、咲夜はその空気を感じていつものように安心した
気持ちになれた。
つめたい風が私の顔をうつ。幻想郷の上空で私は仰向けの姿勢で浮かんでいた。
誰もいないひとりの空間はやっぱり落ち着く。少し姿勢を変えれば幻想郷中が見
えた。湖、妖怪の山、玄武の沢、人里、竹林、小高い丘、魔法の森、そこから続
く道の先まで。
開けた視界は澄んだ空気の幻想郷を一望できる。わずかな月明かりだけでは人間
には何も見えない夜の景色も、私には見える。
冬に包まれた幻想郷は綺麗だ
ふと、誰かの声が聞こえた気がした。その声は真下から聞こえる…?
私の真下には神社がある。するとあの人影は………博麗霊夢か…
私を手招きしている人物の顔がはっきりと視認できた。
私は誰かに会うつもりもなく家を出たので、下に降りるのは気が進まなかった。
だけどあの巫女はアイツと仲がいい。無視するのも気が引けたのであいさつくら
いはしようと思い、地上に降りに行った。
「こんばんは」
「こんばんは!めずらしいわね、あんたが外出しているの。ちょうどいいわ、ち
ょっとうちにあがっていきなさい!」
「え?えっ?あっ」
霊夢が返事も聞かずに私の手をとってそのまま私を縁側から家にあがらせようと
する。な、なんなの?
「ち、ちょっとぉ」
「ん、ああ大丈夫よ、取って食ったりしないから」
人が私に言うセリフじゃない…でもこの人あの巫女だからなぁ
私は昔この巫女と決闘をして負けたことがある。腕には自信があるけど、この霊
夢は人を超えた強さで私を圧倒した。…いや惜敗だったよね、あれは
でもそれ以来ろくに話もしたことがないのに、なんなのよこの態度は
「今夜はひとりで退屈していたのよ、お茶くらいだすから、ね?」
「わかったわよ、おじゃまします」
靴を縁側の下に揃えながら私はそう返事をした。断る理由もないし、こんなに誘
っているんだからあがらせてもらうことにした。
アイツは咲夜をつれてよくここに来ているが、私はこれが初めてだった。宴会も
よくおこなわれるらしく、妖怪たちがいつも居ついていると聞いていたが、
入った感じ普通の家という感じだ。でもこれはなんだろう?布団に包まれたちっ
ちゃいテーブル。霊夢はお茶を取りにいったらしく、部屋には私ひとりだった。
とりあえずこのちっちゃいテーブルに足をいれてみる。
「ふぁ」
あったかい…!うわぁなんだろこれ、でも、んー気持ちいい。中は何で暖めてい
るのか、にぶく明るかった。
私が布をめくって中をのぞいていたら霊夢が台所から急須と湯呑みをのせたおぼ
んを持って戻ってきた。
「なーに、こたつが珍しい?」
これはこたつというのか
「うん、はじめて見た」
霊夢はふたり分のお茶を淹れて同じようにこたつにはいってきた
「あんたの家は洋風だもんね。こたつは日本の暖房文化よ、いいでしょ~」
と言いながら私の足を自分の足でつつく
「紅魔館は純ヨーロッパ様式の館をそのままもってきたの。風じゃないわ。まあ
このこたつもいいけど、上半身はあたたまらなくない?」
「十分あったまるよ、それにこうすればいいの」
と言って霊夢は寝っ転がって肩近くまでこたつにもぐった。…足が私の横まで
完全にきてるんだけど
「ん~、ふふ」
「…くすっ」
なにしてるのやら。…お茶、おいしい
「みかんも食べていいよ」
「じゃあ、いただきます」
霊夢と向かい合ってふたりでみかんを食べる。
私は優しい空間にいつのまにか、いた
霊夢とは一度弾幕戦を交わしたことがあったからまったくの他人ではなかったけ
ど、私はこの人のことをほとんど知らない。普段霊夢がなにをしているかも知ら
ないけど、私は不思議と安心した気持ちでいた。
見上げると霊夢と目が合った
「おいしい?」
「ぅ、うん…」
霊夢がほほえんだ。この人もこんなふうに優しい表情をするのかと思ってしまっ
た。だってこの人、以前戦ったときは容赦なかったんだもん。
そのイメージとは似つかない優しい人に今は見える。不思議な人…。
みかんを食べ終わって、お茶を飲んで体がすっかりあたたまった時、霊夢が口を
開いた
「…あんたが居てくれてよかったわ。今日は誰にも会わなかったから、ちょっと
ね…退屈だったのよ。」
「………」
退屈…じゃなくて違う感情を抱いていたんじゃないか、そう思えた。
「だからあんなに強引に誘ったの?私は耳がいいから叫ばなくても聞こえるよ?
」
「いや、それは逃がさないようにね、無視させないように」
「私が何から逃げるのよ、あなたからは逃げなきゃいけないの?」
「そうよ、妖怪はみんな私を恐れるのよ。ひえぇぇってね」
「プッ、よっぽど巫女が怖いのねー」
初めて霊夢とふたり、笑いあった
不思議だった。霊夢とまともに話したのは今日が初めてだったのに、こんなふう
に自然に笑えるなんて。
…アイツとこんなふうに笑いあったのはいつが最後だったか…
「ふふ、あんたはレミリアと一緒だから退屈しないでしょ?にぎやかな館だし、
ちょっとうらやましいわね。」
…っ
「………そんなことない。」
「…え?」
「アイツと私は違うからっ。私はアイツのやることは好きじゃないから…、今日
みたいにいつもひとりになってる…。」
ああっ…、何言ってるの私は…。こんな事この人に聞いてほしくないのに…!
「………」
「………」
沈黙が痛い。霊夢にどう思われてしまったんだろう。こんなこと言うんじゃなか
った…
「そうね、ひとりになりたくなる時はあるわね、誰にでも。」
…
「でも今日あんたがひとりで飛んでいてくれたおかげで、私はあんたを見つけら
れた。…あんたのおかげで今、私はさみしくないわ」
え…
その気持ちは知られたくなかったんじゃないの…?
「私は家族がいないから。いつもにぎやかな奴らが会いに来てくれるけど、どう
しても今日みたいにひとりになっちゃうときがあるの。」
霊夢は無表情に見える。視線はうつむきがちで話し続ける
「そんなときは自分が本当に孤独に思えて、とっても悲しくなるの。だから家族
がいるあんたがうらやましいって思うわ。」
霊夢がそんなふうに思っているなんて…
私のことがうらやましいなんて…
それでも私は
「私たちはあなたがうらやむような仲じゃないわ。私はずっと何百年も監禁され
ていたから…。」
そうだ
「私はたくさんの迷惑をかけてきたから…、アイツと憎しみ合う時もあったのよ
。…無理よ、あなたが言う家族になるなんて、もう無理…。」
そう…、アイツとの距離は縮まらない
「でも今はもうレミリアを憎んでいない、そうなんでしょ?」
………!
「だってさ、あんた変わったわ。初めて会ったときとは別人みたいよ。
表情も話し方も優しいもん。お行儀もレミリアよりずっといいわね」
霊夢はくすっと笑った
「自分では気づいてないかもしれないけど、あんたは変わったわ。
ずっといい方向にね。」
「だとしたらレミリアも変わったかもしれない、そう思わない?」
「あんたたち姉妹の間には私が知らない深い溝がきっとあったのね。
でもね、どんなに心が離れてもね、いつかまた一緒に笑いあえるのよ。
家族ってそういうものだと私は思ってる。そうであってほしい…な」
私が変わった…
そんなこと初めて言われた
でも言われて気づいた
私はその言葉を聞きたかったんだ…ずっと
私が苦しいと思っていることは、全部過去とつながっていることだから
過去の私…ひどかったな
たくさんひとを傷つけちゃった
アイツのことも、たくさん
過去が私とアイツの間にいつも存在している
私はアイツに近づけないってそう思っていたんだ
でも霊夢は今の私を認めてくれた
うれしいな…優しいだって!
変えられるかな、変えたいこと…私、変えられるかな
「ねぇ…じゃあさ、私…アイツとの関係変えられるかな?
ずっと気まずいんだぁ、私たち」
そう言うと霊夢が私の顔を見た、その表情はほんの少しほほえんでいる気がする
「ん?そうねえ…あんたから歩み寄らないとだめかもね。あいつ、あんたの前で
は素直じゃないみたいだし」
「え?」
「だってレミリアのやることってあんたを楽しませたいからやってるんじゃない
かな」
「ええ?でも私、人の集まりとか好きじゃないよ?それにアイツは自分が楽しい
ことをやってるだけなんじゃないかな…」
「そうね、レミリアは好き勝手やってるわね。でもきっとあいつは自分が楽しい
ことをやれば周りも楽しいだろうって考えてるのよ。単純なのよ、あのお子様は
」
「あは、なにそれ。困るなーもうっ」
「言ってあげなさいよ、あいつはあんたの言うこと聞いてくれそうな感じするわ
」
「うん、そうしてみるっ」
「そういえば月に行ったときも、海の景色をあんたに見せたがってたわね」
「綺麗だったの?」
「ええ、綺麗だったわよ。でも月のつよぉーい巫女にこてんぱんにされたのは
みっともないから見られなくてよかったとも言ってたわね」
「綺麗な景色を見せるよりも、自分の負け姿を見せるほうがやだったのね、
見栄っ張りだなぁー。でもそんなにこてんぱんだったの?」
私はにやりとして聞いてみる
霊夢もにやりと笑って答えた
「ええ、あいつは私たちの中でいちばんあっさりやられたのよ?
戦うまでさんざん調子に乗ってたのに」
「あはははっ」
こたつの暖かさが一層心地よく感じる
私たちは笑いあいながらアイツの武勇伝(笑)を話して盛り上がった
その話では私の知らないアイツが活躍していた
終わらない夜の異変では巫女に勝ったという本当の武勇伝も聞かせてくれたし、
アイツだけじゃなくて咲夜やパチュリーや美鈴たちも巻き込んだ異変や、普通の
日常の話も。霊夢は話が上手でアイツのことを面白おかしく、…時々かっこよく
話してくれた。
私はもっとアイツのことを知りたいと思った。
そして私のことも…知ってほしいと思った。
「私、どうすればアイツと仲直りできるかな?」
霊夢なら答えを知っていると思ったから聞いてみた
「んー…」
霊夢はしばし考える
「きっと今はどっちもお互い気をつかってると思うのよね。だからあんたから
一歩近づいて話してみれば?」
「どんなことを話せばいいのかな?」
「そうね…、…普通のことでいいんじゃないかな。話しづらいことは置いといて
さ、まずはなんてことないことから話す…そういうものじゃない?」
霊夢はさらに続けて
「今日私と話したみたいにさ、あんたの自然な姿を見せてあげなさいよ。それを
見て嫌になるやつはいるわけないわ。…私はあんたと一緒にいて楽しかったわよ
」
霊夢の言葉がうれしかった
そろそろ紅魔館に帰ろう…
「そろそろ帰ります」
「ん、わかった」
私はこたつから出て、縁側に向かう。
靴を履いて、立ち上がると霊夢が話しかけてくる
「今夜はあんたのおかげで楽しかったわ、ありがとう」
霊夢がにこっと笑う
「こっちこそありがとう。………また来ていいかしら?」
「ええ、いつでも来なさい。…私がひとりでさみしくしてるの知ってるの、あん
ただけだからね!」
霊夢は照れ臭そうにそう言った
私はくすっと笑い
「また来るわ。それじゃ…霊夢。」
「またね、フラン。」
お互いに別れを言って私は再び静かな空へ飛び立った
私は帰り道を飛びながらアイツとどんなことを話そうか考えていた。でも本当は
もう決めている。
今日のことを話そう。霊夢に会ったことを話そう。霊夢が優しい人だったって話
そう。霊夢に話してもらったアイツのおかしなエピソードの話をしよう。
ふふふ、きっと楽しいわ!
紅魔館が近づくと門番をしている美鈴が見えた
ちょっと寄ろうかな…
ゆっくりと美鈴の目の前に着地する
「………グゥ」
立ちながら寝てる…
「美鈴!」
「ふわぃ!…んん?」
「寝てたら咲夜に怒られちゃうよ!またナイフだよ!」
「は、はい!」
美鈴がピシッと姿勢を正す
「あの…フランお嬢様、おかえりなさい」
「?、わたしが出かけたの知ってたの?」
「はい、門番ですから」
「でも寝てたじゃん。」
「あいや、それはさっきだけで…」
美鈴があわててるのが面白かった
「ふふ、咲夜には黙っててあげるよ、夜遅くまでご苦労様、美鈴。」
「あ、ありがとうございます
…ところでお嬢様、どちらへ行かれてたのですか?」
んー、神社のことはアイツに最初に言いたいな
「…イ・イ・ト・コ・ロよ」
「ええ!?…そ、それは…」
「じゃあね、居眠りはだめだよ。ばいばい」
美鈴に手を振って館に戻る
…美鈴、なに赤くなってたのかな
さっき館を出たときはアイツはパチュリーとお茶をしていたはずだ。じゃあ図書
館にいるのかな?ほんとはふたりで話したいけど、仕方ないか。
地下の図書館に向かう途中、咲夜に会った。
「おかえりなさいませ、フランお嬢様」
咲夜がお辞儀をする
「ただいま。…ねぇ、アイツ…どこにいるかな?」
「レミリアお嬢様ですか?今は自室に戻られているはずです」
よかった…
パチュリーがいたら嫌ってわけじゃないけど、今日はふたりがいいから…
「わかった、ありがとう。
…あそうだ、さっきのケーキとお茶、今度一緒にどう?咲夜とふたりでお茶し
たいわ。でも咲夜に全部用意してもらってそれはね…。…うん私が用意するね」
「えぇ!?いえ、私の仕事ですので!…あ、いやお茶のお誘いは非番の時にお受
けするから…。えと、えと」
めずらしく咲夜が動転している…
私がこんなこと言うの初めてだもんね
「あは、ごめんごめん、私がやりたいようにやるからね。咲夜は私が誘うのを
待っててね」
私は咲夜ににしっと笑いかけた
「…」
咲夜は一瞬間を空けて私ににこっと笑い返した
私は咲夜と別れてアイツの部屋へと向かう。
少し緊張している…
私たちは昔、いろんなことがあったから
過去は変えられないけど、私は変わった。
霊夢がそう言ってくれたから、私は勇気をもつことができた。
新しくふたりの関係をやりなおす勇気を
私から…何気ないことから…
まずはここから始めよう
こう呼ぶのはいつ以来か…思い出せないや
私はドアをノックして、開ける
「お姉ちゃん」
ドアの向こうではずっと見たかった笑顔が私を迎えてくれた
フランが帰ってから少したった。
フランが来たおかげでさみしさは忘れられた。でもがらにもなく自分のことを話
しすぎたかな…。
私の気持ちをあそこまで誰かに話したことはあんまりない。
でも…いっか、あの子と話すのは楽しかったし。
こんな夜はまたうちに来てくれるといいな…
それにしてもあの子、うれしそうに帰って行ったわね。
フランを見送ってから私は懐かしい顔に会いたくなっていた
さっきまでふたりだった部屋がしんと静まり返ると、よけいに会いたくなる
時計を見るとまだ深夜にはなっていない。
あの人は起きてるわね…
「よし!行こ、行っちゃおう!」
なんかワクワクする、さっきまで考えてもいなかったけど、思いつくとはやく行
きたくてしょうがない。着替えを持って、戸締りをして出発した。
着いたのは魔法の森にある家。
夜遅くだけど、家の奥から明かりがもれ出ていた。
ドアに手をかけたら鍵がかかっていなかった。不用心ねぇ
月明かりだけの薄暗い店内を抜けて奥の部屋に声をかける
「霖之助さん、こんばんは」
奥の部屋で人が動く気配がする、霖之助さんが廊下を歩いてきた
「なんだい霊夢、こんな時間に…」
「今日はここに泊まらせてもらっていいかしら?」
霖之助さんは少しおどろいた顔をした
「どうして?何か大事な用でもあったかい?」
「いいえ、でも今日はなんとなくね。」
霖之助さんに会いたくなった、とは言わなかった
「…まあいいけどね、もう夜も遅いし、あがりなよ」
「ありがとね。おじゃまします」
霖之助さんは理由を深く聞かないで私をあがらせてくれる。
私がまだ小さかった頃、よく同じように泊めてもらっていたからか、今でも昔と
同じようにしてくれるのがうれしかった。
霖之助さんは自分の寝室の隣の部屋に私用のお布団を敷いてくれた。
昔は同じ部屋で寝たけど、今はそうね、これでいいわね。
「悪いけど今ちょうど日記を書き始めたところなんだ。霊夢にかまってやれない
よ?」
「うん、いいわ。こうしているから」
と言って私は書道机の前に座る霖之助さんの背中に自分の背中をもたれかける。
「…おい、これじゃ日記が書けないよ」
「うん、そうね。」
背中をゆすって私をずり落とす。…けち。
私は寝そべり、薄明かりの中で日記を書く霖之助さんの横顔を眺めていた。
懐かしい光景ね…、昔は日記を書くのではなく、本を読んでいる横にいたんだけ
ど。私はこの時間が好きだった。
夜眠くなって、霖之助さんのそばにいるときが私はどんなときより安心できた。
作業している霖之助さんの姿を見ているといつのまにか寝ついていた。
霖之助さんが守ってくれるときが私はいちばん安心できる。
それは今でも…同じ……
うすれていく意識のなかで私は霖之助さんの声を聞いた気がした。
「おやすみ、霊夢」
つめたい夜風が吹くなか、湖のすぐ近くに立つ紅い屋敷のバルコニーにその少女
はいた。
悪魔の妹、フランドール・スカーレットはひとり屋敷の二階から見下ろせる景色
を眺めていた。
風が気持ちいい…
私は冬が好きだ。景色は静けさをもっていて、ひとりでいる時間が心地いい。
ここから見える真っ暗な湖を見ながら私は考え事をしていた。
先日、アイツがまた紅魔館でパーティを開いた。
アイツはそうやってよく自分の客人を館に招くけど、私はあんまりそういう
騒がしいのは好きじゃない。
知っている人もほとんどいないし、大勢のなかにひとりでいると、私は自分の
ことが透明人間に思えてくる。
アイツはパーティを楽しみ、私は誰とも話さない。
他にもアイツが何か思いついても私はついていけないけど、みんなはアイツに
ついていく。
そういうとき、私はどうしても自分が浮いている存在だと思ってしまう。
だから私はいつもあてもなく外をふらふら飛んでいく。なんとなくいたたまれな
い空間から外にでると、誰もいない静けさが私をつつんでくれる。誰の存在も気
にすることなく、聞こえてくるのは遠くの静かな音だけ…
今日アイツが何をしているか知らないけど、またどこか飛んで行こうかな。
どこに行くかとか、なにをするのかと聞かれても面倒なので、門番にも誰にも見
られないようにそっと飛んで行こう。
そう思っていると背後から声をかけられた。
「フランお嬢様」
「ん…?」
咲夜…ありゃ…足が浮いているところを見られちゃった
「どこかへおでかけですか?」
「ん…ちょっとね」
「そうですか、今あたたかい紅茶を淹れたところでご一緒にいかがですかとお誘
いにうかがったのですが、タイミングが悪かったでしょうか」
「………」
それは咲夜とふたりで飲もうという誘いかしら?だとしたら断るのも少し悪い気
がした。
「いちごのショートケーキもありますよ、レミリアお嬢様とパチュリー様と
ご一緒にいかがですか?」
…
「いいえ、遠慮しておく」
アイツと一緒にお茶、そんな気分じゃないし、私がいないほうがふたりのじゃま
にならなくていいと思った。
「では、またの機会にぜひ。外は寒いのでお気をつけていってらっしゃいませ」
「うん」
行き先を聞かれなかったのを少し意外に思った。
私がどこかで暴れてくる心配なんて少しもしてないのかな、そんなつもりはない
けど。なんせそれが理由で私は何百年もの間幽閉されていたのだから。
そういえば咲夜がそういうふうに私の行動におどおどしたり、怖がったところは
見たことがない。それは昔の私を知らないからか、咲夜がそういう性格だからな
のか。でも変に気をつかわないで普通に接してくれるのはありがたかった。
私も咲夜と会話しているときは自然な自分でいられる。それにパーティなどで私
が手持無沙汰でひとりでいるところを見るとそばに来てくれる。それは私に気を
つかっているってことかもしれないけど、咲夜の優しさが伝わってきて私は嬉し
かった。
「行ってきます」
そう言って私はバルコニーから静かな空に飛び立った
幻想郷の東の境界にある神社。いつもは人間や妖怪が遊びに来ていて静かになる
ことは少ないのだが、今は夜ということもあって客人はいなく、神社の主である
博麗霊夢ひとりが居間のこたつにはいっていた。
「………」
静かね…
今日は珍しく誰もうちに訪ねてくることはなかった。
「(なによ…)」
いつもは頼まなくてもうっとおしく誰か来るくせに。
外からは何の音も聞こえない、冬はしずかね。いつもはその静かさは好きだけど
、今日は外出しないで家にこもっていたからその静かさに一日中つつまれてしま
った。
早苗がいつか見せびらかせていた「あいぽっど」というものが欲しいと思った。
なにか色々な音楽が聞ける道具らしい。それがあれば静かさと音楽を両方楽しめ
る冬にできるのに…。こんなにもひとりで考え事をしてしまうこともないのに…
私はなつかしい記憶を思い出していた。あったかくて、やわらかな冬の記憶。家
族と一緒にすごした冬。お母さん、私がひとりになってしまったのは小さいとき
だったけど、お母さんといっしょにすごした冬は憶えている。こたつで抱きかか
えてもらいながら一緒に本を読んだこと、大掃除を手伝ったこと。おいしいごは
んを作ってくれて、おなかがいっぱいになるまで食べたこと。夜に一緒に寝たと
きはあったくてとても安心した気持ちでお布団にもぐったっけ。
「…くすっ」
あったくて優しい想い出。
でも今はこの神社に私はひとりでいる。家族はいない。
いつもは遠慮のない友人たちがいてくれるからそのことは忘れていられるけど、
でも今は誰もいない。優しい気持ちになったあと、
私は少しだけ…切なくなった
少し外の風に当たろうかな
冬の夜空を見ようと思い縁側にやってきて空を見上げた。
そこで私は小さくきらっきらっと輝く光を見た。それはゆっくりと飛んでいる。
あれは羽…?ああ、あれは見覚えのある…
紅魔館の図書館、レミリア・スカーレットは友人のパチュリーといっしょにお茶
をしていた。
「お茶のおかわりをちょうだい」
「はい、ただいま」
咲夜は慣れた手つきで紅茶を注ぐ
「ケーキ、美味しかった。次はチョコレートケーキが食べたいかも」
パチュリーは控えめに次のおやつのリクエストをした
咲夜はほほえみ
「ええ、いいですね、チョコレートケーキ。あまあまな味付けにしますね」
「私は大人向けのビターなのも、好き」
パチュリーは本に目を落として、しかし少し嬉しそうにそう言った
レミリアはほほえむ咲夜に口を開く
「咲夜も座りなよ、少し休憩しな。一緒にお茶しようよ」
レミリアとパチュリーが座るテーブルの空いている席を指さしてそう言った。
しかし
「ありがとうございます。ですが今はおふたりに給仕させていただくのが私の仕
事ですので」
咲夜はそう言って、姿勢のいい立ち姿を変えなかった。
「そ。…じゃあ次は咲夜が休憩中にお誘いするわね」
レミリアは咲夜に、にしっと笑いかけた
咲夜もレミリアに
「楽しみにお待ちしています」
と言って、にこっと笑いかけた
「そういえば…あの子は今何をしているのかしら?」
レミリアはふと気になったことを咲夜に聞いた
「フランお嬢様は先ほどどこかへおでかけしました」
咲夜は正直に話す
その瞬間パチュリーが緊張したのにふたりは気づいた
「…どこへ行くかは聞かなかった?」
「はい…、おでかけになるちょうどその時お会いしたので煩わせてはいけないと
思いました。………すみません、行き先くらい確認しておくべきでした。」
ふたりの沈黙を見て咲夜はあとの言葉をそえた
「いいえ!…いいの。咲夜、謝ることはないよ。あの子は大丈夫。」
「…いいの?」
隣にいたパチュリーがレミリアに聞いた
「大丈夫、パチェ。…それに巫女に襲われでもしないかぎりあの子はやられっこ
ないよ、強いからね、わが妹は!」
レミリアはいつもと同じ笑顔をパチュリーに向ける
「…まあ、あなたがそう言うのなら大丈夫でしょう」
パチュリーはふたたび本を読み始める
さっきまでと同じ平穏な空気、咲夜はその空気を感じていつものように安心した
気持ちになれた。
つめたい風が私の顔をうつ。幻想郷の上空で私は仰向けの姿勢で浮かんでいた。
誰もいないひとりの空間はやっぱり落ち着く。少し姿勢を変えれば幻想郷中が見
えた。湖、妖怪の山、玄武の沢、人里、竹林、小高い丘、魔法の森、そこから続
く道の先まで。
開けた視界は澄んだ空気の幻想郷を一望できる。わずかな月明かりだけでは人間
には何も見えない夜の景色も、私には見える。
冬に包まれた幻想郷は綺麗だ
ふと、誰かの声が聞こえた気がした。その声は真下から聞こえる…?
私の真下には神社がある。するとあの人影は………博麗霊夢か…
私を手招きしている人物の顔がはっきりと視認できた。
私は誰かに会うつもりもなく家を出たので、下に降りるのは気が進まなかった。
だけどあの巫女はアイツと仲がいい。無視するのも気が引けたのであいさつくら
いはしようと思い、地上に降りに行った。
「こんばんは」
「こんばんは!めずらしいわね、あんたが外出しているの。ちょうどいいわ、ち
ょっとうちにあがっていきなさい!」
「え?えっ?あっ」
霊夢が返事も聞かずに私の手をとってそのまま私を縁側から家にあがらせようと
する。な、なんなの?
「ち、ちょっとぉ」
「ん、ああ大丈夫よ、取って食ったりしないから」
人が私に言うセリフじゃない…でもこの人あの巫女だからなぁ
私は昔この巫女と決闘をして負けたことがある。腕には自信があるけど、この霊
夢は人を超えた強さで私を圧倒した。…いや惜敗だったよね、あれは
でもそれ以来ろくに話もしたことがないのに、なんなのよこの態度は
「今夜はひとりで退屈していたのよ、お茶くらいだすから、ね?」
「わかったわよ、おじゃまします」
靴を縁側の下に揃えながら私はそう返事をした。断る理由もないし、こんなに誘
っているんだからあがらせてもらうことにした。
アイツは咲夜をつれてよくここに来ているが、私はこれが初めてだった。宴会も
よくおこなわれるらしく、妖怪たちがいつも居ついていると聞いていたが、
入った感じ普通の家という感じだ。でもこれはなんだろう?布団に包まれたちっ
ちゃいテーブル。霊夢はお茶を取りにいったらしく、部屋には私ひとりだった。
とりあえずこのちっちゃいテーブルに足をいれてみる。
「ふぁ」
あったかい…!うわぁなんだろこれ、でも、んー気持ちいい。中は何で暖めてい
るのか、にぶく明るかった。
私が布をめくって中をのぞいていたら霊夢が台所から急須と湯呑みをのせたおぼ
んを持って戻ってきた。
「なーに、こたつが珍しい?」
これはこたつというのか
「うん、はじめて見た」
霊夢はふたり分のお茶を淹れて同じようにこたつにはいってきた
「あんたの家は洋風だもんね。こたつは日本の暖房文化よ、いいでしょ~」
と言いながら私の足を自分の足でつつく
「紅魔館は純ヨーロッパ様式の館をそのままもってきたの。風じゃないわ。まあ
このこたつもいいけど、上半身はあたたまらなくない?」
「十分あったまるよ、それにこうすればいいの」
と言って霊夢は寝っ転がって肩近くまでこたつにもぐった。…足が私の横まで
完全にきてるんだけど
「ん~、ふふ」
「…くすっ」
なにしてるのやら。…お茶、おいしい
「みかんも食べていいよ」
「じゃあ、いただきます」
霊夢と向かい合ってふたりでみかんを食べる。
私は優しい空間にいつのまにか、いた
霊夢とは一度弾幕戦を交わしたことがあったからまったくの他人ではなかったけ
ど、私はこの人のことをほとんど知らない。普段霊夢がなにをしているかも知ら
ないけど、私は不思議と安心した気持ちでいた。
見上げると霊夢と目が合った
「おいしい?」
「ぅ、うん…」
霊夢がほほえんだ。この人もこんなふうに優しい表情をするのかと思ってしまっ
た。だってこの人、以前戦ったときは容赦なかったんだもん。
そのイメージとは似つかない優しい人に今は見える。不思議な人…。
みかんを食べ終わって、お茶を飲んで体がすっかりあたたまった時、霊夢が口を
開いた
「…あんたが居てくれてよかったわ。今日は誰にも会わなかったから、ちょっと
ね…退屈だったのよ。」
「………」
退屈…じゃなくて違う感情を抱いていたんじゃないか、そう思えた。
「だからあんなに強引に誘ったの?私は耳がいいから叫ばなくても聞こえるよ?
」
「いや、それは逃がさないようにね、無視させないように」
「私が何から逃げるのよ、あなたからは逃げなきゃいけないの?」
「そうよ、妖怪はみんな私を恐れるのよ。ひえぇぇってね」
「プッ、よっぽど巫女が怖いのねー」
初めて霊夢とふたり、笑いあった
不思議だった。霊夢とまともに話したのは今日が初めてだったのに、こんなふう
に自然に笑えるなんて。
…アイツとこんなふうに笑いあったのはいつが最後だったか…
「ふふ、あんたはレミリアと一緒だから退屈しないでしょ?にぎやかな館だし、
ちょっとうらやましいわね。」
…っ
「………そんなことない。」
「…え?」
「アイツと私は違うからっ。私はアイツのやることは好きじゃないから…、今日
みたいにいつもひとりになってる…。」
ああっ…、何言ってるの私は…。こんな事この人に聞いてほしくないのに…!
「………」
「………」
沈黙が痛い。霊夢にどう思われてしまったんだろう。こんなこと言うんじゃなか
った…
「そうね、ひとりになりたくなる時はあるわね、誰にでも。」
…
「でも今日あんたがひとりで飛んでいてくれたおかげで、私はあんたを見つけら
れた。…あんたのおかげで今、私はさみしくないわ」
え…
その気持ちは知られたくなかったんじゃないの…?
「私は家族がいないから。いつもにぎやかな奴らが会いに来てくれるけど、どう
しても今日みたいにひとりになっちゃうときがあるの。」
霊夢は無表情に見える。視線はうつむきがちで話し続ける
「そんなときは自分が本当に孤独に思えて、とっても悲しくなるの。だから家族
がいるあんたがうらやましいって思うわ。」
霊夢がそんなふうに思っているなんて…
私のことがうらやましいなんて…
それでも私は
「私たちはあなたがうらやむような仲じゃないわ。私はずっと何百年も監禁され
ていたから…。」
そうだ
「私はたくさんの迷惑をかけてきたから…、アイツと憎しみ合う時もあったのよ
。…無理よ、あなたが言う家族になるなんて、もう無理…。」
そう…、アイツとの距離は縮まらない
「でも今はもうレミリアを憎んでいない、そうなんでしょ?」
………!
「だってさ、あんた変わったわ。初めて会ったときとは別人みたいよ。
表情も話し方も優しいもん。お行儀もレミリアよりずっといいわね」
霊夢はくすっと笑った
「自分では気づいてないかもしれないけど、あんたは変わったわ。
ずっといい方向にね。」
「だとしたらレミリアも変わったかもしれない、そう思わない?」
「あんたたち姉妹の間には私が知らない深い溝がきっとあったのね。
でもね、どんなに心が離れてもね、いつかまた一緒に笑いあえるのよ。
家族ってそういうものだと私は思ってる。そうであってほしい…な」
私が変わった…
そんなこと初めて言われた
でも言われて気づいた
私はその言葉を聞きたかったんだ…ずっと
私が苦しいと思っていることは、全部過去とつながっていることだから
過去の私…ひどかったな
たくさんひとを傷つけちゃった
アイツのことも、たくさん
過去が私とアイツの間にいつも存在している
私はアイツに近づけないってそう思っていたんだ
でも霊夢は今の私を認めてくれた
うれしいな…優しいだって!
変えられるかな、変えたいこと…私、変えられるかな
「ねぇ…じゃあさ、私…アイツとの関係変えられるかな?
ずっと気まずいんだぁ、私たち」
そう言うと霊夢が私の顔を見た、その表情はほんの少しほほえんでいる気がする
「ん?そうねえ…あんたから歩み寄らないとだめかもね。あいつ、あんたの前で
は素直じゃないみたいだし」
「え?」
「だってレミリアのやることってあんたを楽しませたいからやってるんじゃない
かな」
「ええ?でも私、人の集まりとか好きじゃないよ?それにアイツは自分が楽しい
ことをやってるだけなんじゃないかな…」
「そうね、レミリアは好き勝手やってるわね。でもきっとあいつは自分が楽しい
ことをやれば周りも楽しいだろうって考えてるのよ。単純なのよ、あのお子様は
」
「あは、なにそれ。困るなーもうっ」
「言ってあげなさいよ、あいつはあんたの言うこと聞いてくれそうな感じするわ
」
「うん、そうしてみるっ」
「そういえば月に行ったときも、海の景色をあんたに見せたがってたわね」
「綺麗だったの?」
「ええ、綺麗だったわよ。でも月のつよぉーい巫女にこてんぱんにされたのは
みっともないから見られなくてよかったとも言ってたわね」
「綺麗な景色を見せるよりも、自分の負け姿を見せるほうがやだったのね、
見栄っ張りだなぁー。でもそんなにこてんぱんだったの?」
私はにやりとして聞いてみる
霊夢もにやりと笑って答えた
「ええ、あいつは私たちの中でいちばんあっさりやられたのよ?
戦うまでさんざん調子に乗ってたのに」
「あはははっ」
こたつの暖かさが一層心地よく感じる
私たちは笑いあいながらアイツの武勇伝(笑)を話して盛り上がった
その話では私の知らないアイツが活躍していた
終わらない夜の異変では巫女に勝ったという本当の武勇伝も聞かせてくれたし、
アイツだけじゃなくて咲夜やパチュリーや美鈴たちも巻き込んだ異変や、普通の
日常の話も。霊夢は話が上手でアイツのことを面白おかしく、…時々かっこよく
話してくれた。
私はもっとアイツのことを知りたいと思った。
そして私のことも…知ってほしいと思った。
「私、どうすればアイツと仲直りできるかな?」
霊夢なら答えを知っていると思ったから聞いてみた
「んー…」
霊夢はしばし考える
「きっと今はどっちもお互い気をつかってると思うのよね。だからあんたから
一歩近づいて話してみれば?」
「どんなことを話せばいいのかな?」
「そうね…、…普通のことでいいんじゃないかな。話しづらいことは置いといて
さ、まずはなんてことないことから話す…そういうものじゃない?」
霊夢はさらに続けて
「今日私と話したみたいにさ、あんたの自然な姿を見せてあげなさいよ。それを
見て嫌になるやつはいるわけないわ。…私はあんたと一緒にいて楽しかったわよ
」
霊夢の言葉がうれしかった
そろそろ紅魔館に帰ろう…
「そろそろ帰ります」
「ん、わかった」
私はこたつから出て、縁側に向かう。
靴を履いて、立ち上がると霊夢が話しかけてくる
「今夜はあんたのおかげで楽しかったわ、ありがとう」
霊夢がにこっと笑う
「こっちこそありがとう。………また来ていいかしら?」
「ええ、いつでも来なさい。…私がひとりでさみしくしてるの知ってるの、あん
ただけだからね!」
霊夢は照れ臭そうにそう言った
私はくすっと笑い
「また来るわ。それじゃ…霊夢。」
「またね、フラン。」
お互いに別れを言って私は再び静かな空へ飛び立った
私は帰り道を飛びながらアイツとどんなことを話そうか考えていた。でも本当は
もう決めている。
今日のことを話そう。霊夢に会ったことを話そう。霊夢が優しい人だったって話
そう。霊夢に話してもらったアイツのおかしなエピソードの話をしよう。
ふふふ、きっと楽しいわ!
紅魔館が近づくと門番をしている美鈴が見えた
ちょっと寄ろうかな…
ゆっくりと美鈴の目の前に着地する
「………グゥ」
立ちながら寝てる…
「美鈴!」
「ふわぃ!…んん?」
「寝てたら咲夜に怒られちゃうよ!またナイフだよ!」
「は、はい!」
美鈴がピシッと姿勢を正す
「あの…フランお嬢様、おかえりなさい」
「?、わたしが出かけたの知ってたの?」
「はい、門番ですから」
「でも寝てたじゃん。」
「あいや、それはさっきだけで…」
美鈴があわててるのが面白かった
「ふふ、咲夜には黙っててあげるよ、夜遅くまでご苦労様、美鈴。」
「あ、ありがとうございます
…ところでお嬢様、どちらへ行かれてたのですか?」
んー、神社のことはアイツに最初に言いたいな
「…イ・イ・ト・コ・ロよ」
「ええ!?…そ、それは…」
「じゃあね、居眠りはだめだよ。ばいばい」
美鈴に手を振って館に戻る
…美鈴、なに赤くなってたのかな
さっき館を出たときはアイツはパチュリーとお茶をしていたはずだ。じゃあ図書
館にいるのかな?ほんとはふたりで話したいけど、仕方ないか。
地下の図書館に向かう途中、咲夜に会った。
「おかえりなさいませ、フランお嬢様」
咲夜がお辞儀をする
「ただいま。…ねぇ、アイツ…どこにいるかな?」
「レミリアお嬢様ですか?今は自室に戻られているはずです」
よかった…
パチュリーがいたら嫌ってわけじゃないけど、今日はふたりがいいから…
「わかった、ありがとう。
…あそうだ、さっきのケーキとお茶、今度一緒にどう?咲夜とふたりでお茶し
たいわ。でも咲夜に全部用意してもらってそれはね…。…うん私が用意するね」
「えぇ!?いえ、私の仕事ですので!…あ、いやお茶のお誘いは非番の時にお受
けするから…。えと、えと」
めずらしく咲夜が動転している…
私がこんなこと言うの初めてだもんね
「あは、ごめんごめん、私がやりたいようにやるからね。咲夜は私が誘うのを
待っててね」
私は咲夜ににしっと笑いかけた
「…」
咲夜は一瞬間を空けて私ににこっと笑い返した
私は咲夜と別れてアイツの部屋へと向かう。
少し緊張している…
私たちは昔、いろんなことがあったから
過去は変えられないけど、私は変わった。
霊夢がそう言ってくれたから、私は勇気をもつことができた。
新しくふたりの関係をやりなおす勇気を
私から…何気ないことから…
まずはここから始めよう
こう呼ぶのはいつ以来か…思い出せないや
私はドアをノックして、開ける
「お姉ちゃん」
ドアの向こうではずっと見たかった笑顔が私を迎えてくれた
フランが帰ってから少したった。
フランが来たおかげでさみしさは忘れられた。でもがらにもなく自分のことを話
しすぎたかな…。
私の気持ちをあそこまで誰かに話したことはあんまりない。
でも…いっか、あの子と話すのは楽しかったし。
こんな夜はまたうちに来てくれるといいな…
それにしてもあの子、うれしそうに帰って行ったわね。
フランを見送ってから私は懐かしい顔に会いたくなっていた
さっきまでふたりだった部屋がしんと静まり返ると、よけいに会いたくなる
時計を見るとまだ深夜にはなっていない。
あの人は起きてるわね…
「よし!行こ、行っちゃおう!」
なんかワクワクする、さっきまで考えてもいなかったけど、思いつくとはやく行
きたくてしょうがない。着替えを持って、戸締りをして出発した。
着いたのは魔法の森にある家。
夜遅くだけど、家の奥から明かりがもれ出ていた。
ドアに手をかけたら鍵がかかっていなかった。不用心ねぇ
月明かりだけの薄暗い店内を抜けて奥の部屋に声をかける
「霖之助さん、こんばんは」
奥の部屋で人が動く気配がする、霖之助さんが廊下を歩いてきた
「なんだい霊夢、こんな時間に…」
「今日はここに泊まらせてもらっていいかしら?」
霖之助さんは少しおどろいた顔をした
「どうして?何か大事な用でもあったかい?」
「いいえ、でも今日はなんとなくね。」
霖之助さんに会いたくなった、とは言わなかった
「…まあいいけどね、もう夜も遅いし、あがりなよ」
「ありがとね。おじゃまします」
霖之助さんは理由を深く聞かないで私をあがらせてくれる。
私がまだ小さかった頃、よく同じように泊めてもらっていたからか、今でも昔と
同じようにしてくれるのがうれしかった。
霖之助さんは自分の寝室の隣の部屋に私用のお布団を敷いてくれた。
昔は同じ部屋で寝たけど、今はそうね、これでいいわね。
「悪いけど今ちょうど日記を書き始めたところなんだ。霊夢にかまってやれない
よ?」
「うん、いいわ。こうしているから」
と言って私は書道机の前に座る霖之助さんの背中に自分の背中をもたれかける。
「…おい、これじゃ日記が書けないよ」
「うん、そうね。」
背中をゆすって私をずり落とす。…けち。
私は寝そべり、薄明かりの中で日記を書く霖之助さんの横顔を眺めていた。
懐かしい光景ね…、昔は日記を書くのではなく、本を読んでいる横にいたんだけ
ど。私はこの時間が好きだった。
夜眠くなって、霖之助さんのそばにいるときが私はどんなときより安心できた。
作業している霖之助さんの姿を見ているといつのまにか寝ついていた。
霖之助さんが守ってくれるときが私はいちばん安心できる。
それは今でも…同じ……
うすれていく意識のなかで私は霖之助さんの声を聞いた気がした。
「おやすみ、霊夢」
改行だけでも修正していれば私の中では90点でした.
若干の違和感は拭えませんが,この雰囲気を楽しませていただきました.ありがとうございます
面白かったです。
レミリアをお姉ちゃん呼びするフランかわいいです