Coolier - 新生・東方創想話

燃やして、燃やして

2014/01/03 13:44:33
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 夜の帳がおりてそんなに時間は経っていない。むしろ、西にまだ橙色のグラデーションが広がっているぐらいだ。だが、月明かりを遮る影の暗闇によって作り出された密室のような、隔離された島のような空間の中で、天邪鬼は力強く天に向かってそびえ立つ木の根に腰掛けていた。
 人里から離れた針葉樹の森にちょっとした広場があるが、そこに彼女は昼間から居座っている。切り株があったり、近くの崖に横穴が掘られていたことから、人間か妖怪のどちらかがつい最近まで生活していたのだろう。ただ、その住人の姿は影もなく、安否も知る由もなく。しかも気にする必要もあまり感じないため、正邪は堂々と間借りしている。図々しいなんてとんでもない。
 彼女はある一点を見つめていた。深淵を照らす灯台のように、粛々と燃える炎。達磨のように丸く、幼子のように低く、しかし、穢れのような黒煙を巻き上げる焚き火の揺らめきが正邪の目に写る。一見路頭に迷っているようだが、正邪は野宿をしているのでも、暖をとっているのでもない。彼女にしてみれば暇潰しでしかないし、もっと大事なはずの行為の真っ最中なのだ。
 彼女の視界には、とても猛者達を纏めあげていたとは思えないほど表情に力の無い男の、平たく言えば冴えない男の姿がぼんやりと漂っていた。
 確か名を何と言ったか、と正邪は遥か昔を思い返す。妖怪としての生を受けてから何百、下手したら千を優に越える年が過ぎ、その中から一粒の砂ほどの大きさしかない人を探し当てることはかなり至難だが、彼女はすぐに口に出すことができた。
「源……義朝、か」






 正邪の幻想郷転覆計画も失敗に終わって暫くしてからのことだ。




 御天道様も目を覚ましてから大分経ち、きっと冴々している頃だろう。もう冬も更けて、人間もあまり活発に動き回ることをしなくなり、妖怪もまた、そのせいもあって鳴りを潜めている。息を吸うだけで鼻孔や口内に寒さが入り込み、そして肺にまで達すると体を冷やす。防寒具なしでは到底過ごせない。
 正邪は普段、種族の特性的に独りよがりな生活を送っているため、誰かに贈り物をしてもらえず、自前で衣服を調達しなければならない。しかし正邪は他人も認める強がりな性格で、「別に無くったって生きていけるから」という理由から一年を通して衣替えせずに通していた。
 その結果、山中の極寒に手足の指を悴ませ、鳥肌総立ち、鼻の頂きと耳を真っ赤に染めて、痩せ我慢をする羽目になってしまっている。年末年始も誰ともつるまず、寒さに凍えながら一人ぶらついて新しい年の来訪を心から憎んだ彼女は、私利私欲のための駒だった針妙丸や、新たに目覚めた付喪神たちが新年に浮かれて様々な贅沢をしているだろうことを予想し、言い知れぬ不快感に胸を焼いていた。
 今も、弱々しい日光を生い茂る針葉樹の隙間から浴びつつ、肩を縮こめながら細い砂利道を黙々と歩いている。意味や目的地など無い、散歩のようなものだ。することもなく、ゆっくり腰を落ち着けようにも苛立ちに体が揺さぶられ、気晴らしのつもりで足を運んでいるのだが、どうにも靄は正邪の心から離れていかない。
 砂利道とは言ったものの、牛車一台が通れるかどうかという狭さで、また人の往来もほとんどなく、妖怪もこの近くにはあまりいない。人の喧騒も新年は宗教へと向かっているし、まるで鳥一匹の囀りさえも遠くに行ってしまったかのようだ。
 途中落ちていた拳半分ほどの石を正邪は拾い、感触を確かめるように何度も握り直した。何気ない、気まぐれな行動。そして無性に投げ飛ばしたい衝動に駆られ、力の限りを尽くして道の遥か彼方へ投げ飛ばした。石は楕円上の曲線を描き、右曲がりのカーブの先で落ちたようだが、幹が邪魔で弾着の瞬間は確認できなかった。
 そんな些細なこともつまらなく思えて、正邪は片眉をピクリと跳ねさせ、石を見捨てるが如く荒っぽく鼻で笑う。道に横たわる枯れ木の枝をわざと踏むように大股で歩き、枝が乾いた音を立てて折れていく様を見て、彼女はせせら笑った。
 そのまま何気なく視線を下げたまま地面をスクロールさせていくと、さっき正邪が投げたであろう石っころが、彼女の爪先に当たった。体に当たりさえしなければそのままスルーしただろうまでに忘れ去られていた塊に一瞬気をとられて、正邪は足を止めた。その石がなにか語りかけているようにも見えて、彼女はもう一度だけ、指先でつまむように持ち上げる。砂の塊風情が何を見せてくれるのか、と斜に構えていたが、目線の高さまで石が来たとき、正邪は思わず息を止め、五十メートルほど先の光景に目を奪われてしまった。
 石を握りしめたまま、ぎこちない動きながら駆け寄って、その物体を見下ろす。吐いた息がモザイクのように白く正邪の視界を覆った。
 しかし物体といっても、例えば未確認飛行物体だとか、人面岩だとか、骨董品だとか価値の高いものですらない。一本の木太刀だけ。それが、地面に染み渡って酸化した赤黒い血の地図の上に横たわっていたのだ。柄には、人が血塗られた手で握った跡が残されている。
 恐らくは、いや間違いなくここで人間が襲われたのだろう。妖怪はその身が凶器なのだから、基本的に武器を持たない。進んで武装をしたがるのは人間だけだ。木刀を装備して森に出掛けても、人食い妖怪に襲撃され命を守ることはできなかった。勇ましい人物だったのだろうが、やはり運が悪かったというべきか。
 正邪は比較的汚れの少ない刀身を持った。所々欠けていたり、ささくれたりしている。ずいぶん前から使われていたのだろう。何代にも渡って受け継がれてきたに違いない。それでも森羅万象とは不条理なもので、その血筋も絶えてしまった。持ち主を亡くしたこの木太刀は、私に見つからなければそのまま朽ち果てていた。
 別に彼女は感傷に浸ることをしなかった。浸れなかった。自分は奪う方であり、この木刀と対立するものだったという自覚があったから。寅が兎を狩るときに罪悪感を抱くだろうかという問題だ。
 それでも正邪が木太刀に興味をもったのは、ある男の存在があったからだ。記憶に引っ掛かるものを感じ、考え込んでくるにつれて鮮明になる記憶。忘却の渦中にあった経験。脳裏に映る、あの瞳。全てを思い出すのに、そう時間はかからなかった。そして彼女はこの惨状を見て、木太刀無くして首をとられた彼と対比をした。




 時は平治元年。歳末に源氏と平家が正面衝突し、悔しくも敗者となった義朝が、意地でも平家の棟梁を暗殺しようと決意、そして失敗し、尾張国へと逃亡しているときだった。
 そもそも仏教においては天邪鬼とは天邪気とも書き、悪業煩悩とされていた。護法神である多聞神が天邪鬼を踏み、人々の心が天邪鬼にならないように守っていたともいう。また、天邪鬼にも様々なルーツが存在している。神道派である少しだけ格式の高い天邪鬼と、大陸派である“海若”が習合し、高天原の神々からも、仏神からも嫌われる妖怪となった。
 このとき正邪はまだ若輩の身であったが、天邪鬼であることを満喫し、多聞神に目をつけられるぐらいは立派に日々を暮らしていた。その日も多聞神により力一杯ふんず蹴られ、懲らしめられ、痛め付けられていたのだが、しかし正邪は聞く耳を持ってすらいなかった。天邪鬼は善行と関わることなど皆無なのだから、改心などあるわけがない。
 いかにして多聞神に仕返しをしてやるか、とか、多聞神に見つからない方法はないものか、とか、自分が大妖怪だったらと僻んだりを、ある土地に構えられていた武士の館の周辺で繰り返していたときに、彼はやって来た。都から落ちてきた源氏の棟梁、義朝と御付き人である。
 義朝らが駆け込んだ先というのは、野間を拠点に義朝に仕えていた長田忠致、景致父子の所だった。正邪もまた偶然、彼らの屋敷にて羽を休めていたのだ。
 兵が敗走し、没落し、消えていくことなど当時からしてみれば特段取り立てるほどのものでもなく、正邪も視界の端に虫を見たぐらいのつもりでいた。しかし、落武者がかの有名な源氏の頭ということを知ってからは、手のひらを返したように態度を変えたものだ。
 正邪も一度都に訪れたことがあり、その時源平の反映は目の当たりにしたし、両頭目の名前も知っていた。その片割れが落ち延びてきたというのは、驚愕とまではいかなくとも、自分の耳を疑うことぐらいは当然のことだった。
 そこで彼女は考えた。いや、ひらめいた。義朝のような大物をうまく鴨にすれば、自分の気も晴れるだろうと。妖怪の天敵であった頼光の血縁者を獲物にしたとあれば自身のネームバリューにもなるだろうと。非常に短絡的な思考の結果だ。しかし、当時の正邪は多聞神に相当腹を立てており、策を練ってから行動を起こすというパターンを見失っていたからだろう。さらには、どこまで天邪気になるかという歯止めの線引きもまだ難しかったようだ。
 ネタになるものはないかと義朝の身辺を嗅ぎ回っている途中、長田父子が平家側の恩賞目当てに寝返ろうかという陰謀を企てていることを知った正邪は、これを利用することを決めた。
 しかし長田父子は義朝の家来を長年勤めていたせいもあり、忠義と裏切りの狭間で大きく揺れ動いていた。義朝からしてみれば自分の忠臣であるはずの人間に切られればそれほど『嫌な』ことはなく、正邪はどうにかして長田氏を義朝にけしかけたかった。
 そこで正邪は、長田忠致を装い義朝を風呂場へ誘導し、また、義朝を騙って、覚悟は決まっているからいつでも首を切ってもいいという手紙を長田父子に宛てた。普通の主従なら一旦思い止まるのだろうが、しかし、長田父子の心はもう平家に売り渡されてしまっていた。そしてまもなく入浴していた義朝は襲撃され、命を落とした。御付きだった鎌田政清もまた、翌年に首を落とされている。
 正邪は義朝の最後を見届けようと常に張っていて、長田父子が抜刀したときなど声が漏れそうになるほど興奮したが、義朝が
「我れに木太刀の一本なりともあれば」
 と叫び彼の目が正邪を捉えた瞬間、彼女は熱が一気に氷点下まで下がるのを感じた。それは彼の目が懇願しているようだったからか、志半ばに倒れることへの無念が籠っていたからか、それとも恨みが正邪を射抜いたのか。
 義朝が息絶え、目標も達成し彼女の気分も晴れたかと思えば、実は正邪の胸にはよくわからない錘のようなものが沈み、それどころではなかった。その重みは数年経っても消えず、しかし十年もすれば元通り天邪鬼として復帰し、義朝のことも一旦は忘れ去っていたはずだった。




 木太刀を惜しみながら死んでいった人間がいるのに、木太刀を持ちながら死んでいった人間がいる。その滑稽さに、心の沼から笑いが込み上げてくるのを正邪は実感したが、義朝の事を振り返ったと同時に沸き上がった悲壮と苛立ちの混ざった感情のせいで唇が思わぬ形になってしまう。
 いっそのこと供養してやるか、という発想が浮かび、正邪の面持ちもニヒルなものに変化した。ここまで自分が苦しめられるのは義朝が祟っているからで、弔ってやれば観念するかもしれない、と的外れのような、もしかしたら射ているような案に可笑しさを感じたからだった。しかも供養は彼女の嫌いな仏教の儀式だ。だから、自嘲も正邪の笑みには含まれていた。
 どうせやることもないし、暇潰しぐらいにはなるだろう。正邪はそう思って、緩慢ながら義朝の供養の準備を始めることにした。ただ、すべて自前で拵えなければならないとなると骨が折れる。それだけではなく、物資の上でも、儀礼の知識的にも取り寄せに手間がかかるし、不可能な部分もある。だから、独り身で、仏教に苦手意識のある正邪は取り合えず形だけでも取り繕うと試みる。
 如何せん大抵の妖怪と同じく仏道に関して疎い正邪は、墓参りはおろか葬式の挙げ方も知らない。だから、どういった物だったかを自分の記憶から引っ張り出してくる他ない。百年、二百年間弔いとは無縁で、なかなか絞り出すのに苦労したが、なんとか思い当たる節を何個か発掘し、供物というのは燃やすものではなかったかと、その経験から予想できた。食品しかり、他の何でもしかり。川に流すというのもあった気がするが、少し違うような気がして頭の隅に追いやった。とどのつまり、この木刀を業火の中に投げ入れるだけでも良いわけだ。ならば、ここの辺りから適当な木材を集めて薪にすれば問題ない。
 正邪は自分が歩いてきた砂利道を振り返り、踏み砕いてきた枝の数々を眺める。あれを使おうにもあまりに細すぎるような感じがして諦めた。仕方なく、森の中に落ちているのを広い集めよう、そう思って、道の脇に目をやる正邪。ゴタゴタとしていて、ねっとりと覆い被さってきそうな空気が木々の間にさ迷っていた。嫌だな、と彼女は率直な感想を抱いた。




 探索は思ったよりも難航したが、こんなに必要なかったのではとちょっとだけ後悔するぐらいには用意できた。着火剤である油は、足を伸ばして人里から拝借してきた。正邪は返すつもりも毛頭ないが。
 そうこうしていると時間というのはすぐに過ぎてしまうもので、作業行程が終了する頃には夕日も沈みかけていた。その間正邪は木太刀を肌身離さず持っていて、服にザリザリした血の粉が付着したのに気がついて滅入ったのは余談だろう。
 空腹を満たすために、農家から盗んできた青林檎を一個平らげ、いよいよ月が、夜空の湖から透き通る光を発する頃になると、彼女は無造作に積み上げた組み木に火をつけた。外の世界のライターと言われるものを使ったが、これがまた使いやすい。以前、正邪が再思の道周辺で暮らしていたときに喰らった外来人が持っていて、その時彼女が懐にいれた物品だった。
 後先の事を考えず、ただただ燃えようとする炎はやはり暖かく、この凍る季節の中に、一足先に春が訪れたかのようだ。その優しさにくるまれて一時は何も考えずぼんやりと宙空を眺めていたが、膝に置いていた木太刀に気づくと、そっけなく燃え上がる木々の中に放り込んだ。
「源……義朝、か」
 真っ赤な明かりが、乾いた枯れ葉のスクリーンに正邪の影を作る。オレンジ色の小粒が風に乗って煙と共に舞い上がり、焚き火が小さく爆ぜて小気味のいい音を出している。酒が飲みたいな、と正邪がしみじみとぼやいた。
 義朝の目が正邪を縛り付けていても、もう彼女ははっきりと思い出すことはできない。視線に込められていた思いだけが先行し、強く残っているだけ。だから、こうして義朝公と絡んだことを覚えていても、詳細に自分の感情が動くわけでもない。
「成仏しろよ」
 だから正邪は、無責任にそう呟いた。彼女にとってはあくまでも思い付きで、暇潰しにすぎないんだから。本気で死を悼んでいるんだったら、寺の連中にやらせただろうから。たとえ自分を捨ててでも。
 自分は天邪鬼だから。自分本意自己中心上等。自分さえ楽になればいいという、そんなスタンスだから、正邪は他人事のように振る舞うのだ。
 火が幾分か強まった気がする。微弱だが、しっかりとした冷風が正邪の背中に当たる。彼女は寒さに身をよじり、同時に顔を上に向けた。月も心なしか一回り大きくなっただろうか。
 そもそも殺した元凶に悼まれても、殺された側としては迷惑なのかもしれない。となれば、天邪鬼は天邪気を気づかないうちに起こしていたということになる。その事に正邪はハッとし、無性に吐き出したくなって、乾いた笑い声をあげた。
初詣にいった寺に義朝公の墓と天邪鬼の石像があったのでつい
ちなみにその近くに血の池があるという……

もしかしたらハーメルンにも

そういえば一月三日は義朝公の命日だそうですね
木太刀に願い事を書いて、それを燃やすという供養をそのお寺でやってました
八衣風巻
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コメント



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9.80名前が無い程度の能力削除
内容や文章はなかなか良いと思うのだけど、文が詰まっているので見づらくて敬遠されてるかも