☆グロティスクな表現があるので注意してください☆
一
フランドール・スカーレットは喜びに満ち溢れていた。
まさかこんな簡単に、パチュリーが、咲夜が、美鈴が、魔理沙が、そして畏怖する姉のレミリアが、彼女に心を開き、彼女たちの秘密を曝け出してくれるとは思わなかったからである。
「私ね、みんなに聞いて欲しいことがあるの」
(これは本当)
「フラン、ずっとずっと、言えないでいたことがあるの」
(これも、ホントね)
「でも、どうしてもみんなと仲良くなりたいなって思って……」
(これだって、ホントだな)
「だから、どうしたらみんなと仲良くなれるのかなって考えたの」
(うんうん、これもホントだよぉ)
「それでね、フラン、気がついたの。私がみんなに壁を作って、言いたいことを言わないでいて、それでみんなと仲良くなれるわけなんてないんだって……」
(これは嘘)
「だから、フラン、勇気を出すことにしたの」
(これは……ホントだよね?)
「フランが何で一人っきりで、ずっとずっと、いたのかってこと。その、本当の理由を、みんなに知って欲しいの……聞いてくれる?」
(これからは、ぜ~んぶ、ウソだな!!)
「みんな、ありがとう! それじゃ、フランのお話、聞いてください……」
フランドールは生まれてこの方、彼女の持つ特殊な力が何らかの価値を有すると思ったことがないし、吸血鬼であることに誇りを感じたこともない。
(だってだって、少しも私を幸せにしてくれないんだもの!)
だが、そんな特殊な力とは別な、まったく新しいフランドールの特別な力があることに、彼女は先日、気がついたのである。彼女を幸せにしてくれる、とっておきの魔法の存在に。
(グリモワール・オブ・フランドール……それは、たった少しのウソ)
はじめ、その魔法を試したフランドールは、効果の絶大さに驚愕した。
毎日フランドールの世話をしている一匹の妖精――その妖精は、とても特殊な妖精で、フランドールの視界から消えていなくなってもすぐに戻ってきて、愚痴ひとつ言わずにフランドールに奉公するメイド妖精の鏡――に、魔法の実験を行ったときのことである。
「いつも、ありがとうね」
ポツリとこぼされた主の言葉は、この忠誠心のあついメイド妖精の心にこだました。
(わ、スゴイ! 涙って、こんなにおっきなものなんだ)
忠臣の涙下るその姿を前にして、フランドールも心安らかではいられなかった。
(やった! やったぜ! すげぇ、大成功じゃねぇか! いや、やべぇやべぇ。笑いがこらえられなねぇや)
そうしてうつむくフランドールの姿は、その場に居合わせたこのメイド妖精にとってみれば、ひたすら畏怖を覚えるばかりであった主人の意外な一面の発見であり、そのギャップに強い親愛の情を喚起されたのである。
(あぁ、こんな酷い子でも、感謝する心はあるし、照れることだってあるんだなぁ)
不器用な姿は、母性を掻き立てるらしい。
そうした重要な発見もあったこのフランドールの魔法実験は、まず大成功と言ってよいものだった。
「フランドール……私もあなたを見習って、その幾許かの素直さをもって告白するのだけど、私はずっと、自責の念を感じていたわ」
レミリアのこの言葉を聞くと、フランドールはその明眸を驚くほど大きく見開いて答えた。
「え、ウソ! ど、どうして?」
(なんてね。これも、ウソ)
フランドールの魔道書には、例えばこういう詠唱が載せられている。
【相手の思っていることを、言ってあげると信じるよ♪】
また、こうした詠唱もある。
【みんな、正しいことを信じるんじゃないの。信じたいことを、信じるんだよ♪】
これら二つの詠唱を組み合わせた高等魔法を、フランドールは会得していた。
(お姉様は、私がちょっと苦手。だって、私に負い目があるから。いつも私の前だと威張るのは、その裏返しなだけだって、うふふ、フランは知ってるよ?)
(にしてもさ。別に、好きで一人っきりだっただけなのに。案外、かわいいところあんだな、コイツ)
(でもでも、心の中では、自分が悪くないって信じたいんだよ! それはそうだよね。悪いことしてないんだもん。だから、これは効いたよぉ……)
フランドールは努めて自責した。
思い通りにならない自分という存在を恐れる、哀れな少女を演じたのである。
そうした才能が、彼女の中の一つにはあった。
そうして自分自身が理解できず、統御することができないために、自分以外の何者をも信じることができなくなったという、誰もが納得しやすい、自己の境遇を説明する論を編み出したのである。
「だって……私のことだってわからないんだよ。みんなのことなんて、わからないよぉ」
涙すらも流して見せる、このフランドールの迫真の演技は、見るものの心を激しく揺さぶった。
もちろん世の中には、涙をコントロールする術を知っている者がいる。実際に口と鼻と目とは奥底でつながっているのだから、特殊な呼吸の仕方によってその敏感な部位を刺激することで、涙腺を緩めることができるのである。
だが、フランドールが、このひどく長い時間を一人きりで過ごした少女が、そのような芸能に長けているわけもない。例え多能な十六夜咲夜が、そうした奥義を知っていたとしても、どうしてフランドールにそうした技能があると疑い得るだろうか。
(だから、これも嘘)
もっとも、フランドールとて、ここまでち密な計算をしたわけではない。というのは、彼女の魔道書には次のような詠唱が書かれているからである。
【考えすぎるのは、ダメ。計画通りに行かないと、パニックしちゃうからね♪】
アドリブで高等魔法の詠唱ができるところに、フランドールの天才があるわけだ。
「何だか少し、胸のつかえが取れた気がする。私も本当は、自分の心の中を素直に曝け出したかったのかも知れないわね」
レミリアの言葉は、とりわけ、そのかたわらにいるパチュリーの心に響いた。
「そうね……その気持ち、私にも分かる」
パチュリー・ノーレッジにも、誰にも言えない秘密があった。しかし、すでにその過去は共有され、受け入れられている。特に、この親友に対して、先ほどまさに。
見つめ合うパチュリーとレミリアの間には、忌憚ない友情があることを、周囲の面々はたしかに感じたし、フランドールもまた感じていた。
(何だよ。今日は、お前たちのためにあるわけじゃないだろ)
突如として感情が沸騰するのを感じたフランドールは、しかしその怒りが目に宿り、瞳の中に小さな狂気の満月が浮かぶより先に、雲で月光を覆い隠した。
アリスは、その二人をじっと見つめるフランドールの大きな瞳を、その大きな瞳にあっても不釣り合いなほど大きく開いた瞳孔を、ドギマギしながら眺めていた。
そうして、しばらくしてフランドールの瞳に生気が戻ったのをたしかめると、ゴクリと唾を飲み込んだアリスは、何か、天国的なものがこの世界に舞い降りたのを感じて、心の中で感謝の祈りを奉げた。
(偉大な魔界神、神綺様。あなたの御名が、尊いものとして賛美されますように。すべて、苦しみも悲しみも、生命の実感として祝福してくださるお母様。狂気と倒錯を、生きることへの真剣さとして祝福してくださるお母様。官能と屈服を、愛情の名のもとにおいて祝福してくださるお母様。今宵、永遠の伴侶との出会いが与えられましたことを、あなたの一人子、アリスが魂から感謝申し上げます)
アリスの祈りは、真剣である。おそらく、幻想郷の中において、彼女ほど確たる宗教心を抱いているものはあるまい。それは、神の一人子としては、あまりにも当然なことである。
アリスは、神が彼女に微笑んでいることを感じた。どころか、神は彼女の心の中に入ってきたのである。それは今までもずっとそうだった。苦しいときも、悲しいときも、ずっと彼女の神は彼女のそばにいて、彼女を祝福してくれているのだ。そこに、救いがあるのだ。どんなことでも、神は喜んでくださっているのだという救いが。
だからアリスは、彼女が今まさに計画していることは、すべて、偉大なあの御方の御心にかなうものであり、何よりも正しい行いなのであると、彼女は確信しているのである。
「最後は、あなたね。アリス・マーガトロイド。私たちは皆、それぞれ過去を告白した。あとは、あなた一人となったわ」
レミリアがそう言ってバトンを渡すと、アリスは紅茶を一口含み、高鳴る胸を落ち着かせてから言った。
「あんまりこういうのは得意じゃないんだけど……フランドールの姿を見ていたら、ちょっと健気でかわいいなって。それで、少し勇気が出たわ」
そうしてフランドールを見つめるアリス・マーガトロイドを、フランドールは照れ笑いで答えて、顔を少しうつむかせた。
(てへへって笑うの、フランの十八番♪)
そこに歓喜の色があることを、アリスは見逃さなかった。
「別に、秘密のお話をするのは良いけど、あんまり面白い話じゃないわよ? というか、ちょっと嫌な話だと思う。薄気味悪いことだから」
そんなアリスの告白を、全員が全員、諸手を挙げて歓迎した。
このムードを作り上げたのは、ほかならぬフランドールである。
結界を作成し、有利な環境を構築することこそが、魔法使いの勝利の鉄則であり、そのために絶大な効力を持つのが、フランドールの大魔法なのだ。
しかし、そのフランドールの魔法を破るのは、一つの言葉と眼差しであった。
「フランドール……」
「うん、なに?」
目を合わせたのは迂闊だった。
「私、実はシリアルキラーなの」
瞬間、フランドールの胸は貫かれた。
アリス・マーガトロイドと視線が合ったとき、心臓が一際強く脈打って、呼吸ができなくなったフランドールは、背中に冷たいものが伝わるのを感じた。
(この人……嘘をついている)
ざわざわと騒ぐ周囲の声が、フランドールの結界が破れ、アリスの結界が構築されようとしている何よりの証拠である。
同時にフランドールは、ハッと感づいた。
(この人、私がウソを言ったことに気がついている!?)
動転したフランドールは、気取られてはならないと思い、本能的にうつむいて表情を隠すことにした。
その姿を見て、アリスは唇を舌で濡らし、甘いリップを舌先のもっとも敏感な部分で舐め取って、ほのかな味わいに法悦の微笑を浮かべたのであった。
二
告白の日から三日が経っていた。
ステキな席に招いてくれたお礼と称して、紅魔館へ手製の菓子を届けたアリスは、同時にレミリアに、フランドールを数日、魔法の森の邸宅に招きたいとの申し出をした。
「少し、お手伝いをして欲しいことがあって……」
何の手伝いであろうかとレミリアが疑ったのは当然のことであるが、その様相からは微塵にもウソ偽りが看取されない。
相手は親友と交友があるとは言っても、レミリアにとってはただの部外者に過ぎない。無礼にはあたるまいと思ったレミリアは、その鬼眼でアリスを射抜くほどに視通したが、やはり彼女の言葉は真実であり、その心の中に、フランドールへの純粋な好意と彼女を求める気持ちしかなかった。
また、アリスの懇願を知ったフランドールが、アリスの誘いを受けたいと申し出た。
フランドールの言葉は、レミリアを強く後押しした。
もはや愛情より他に感じ得ないこの妹に対して、姉のレミリア・スカーレットは、健やかな成長と幸福な人生より他には願い得なかったのである。
(誰かに感謝されることが、きっとフランドールの自信になるでしょう)
レミリアは、フランドールが誰かの役に立つために積極性を発揮したことを嬉しく思い、まなじりの熱くなるのを感じた。
「朝日が昇る前には、ちゃんと帰ってくるように」
吸血鬼が夜に外出するとして、まさか危惧する者はない。
夕暮れと同時にアリスが迎えに来るや否や、三人で軽く食事を取ってすぐに、レミリアは二人を紅魔館から見送った。
(どうか、フランドールの良い友人となって欲しいものだわ)
そんなレミリアの願いを知ってのことか、アリスは自宅へとフランドールを先導する最中、優しくこんなことを語りかけた。
「もっと気軽に話してもいいのよ? アリスでいいわ。その代わり、私もフランって呼ぶから」
フランドールは、少し戸惑った。
しかしその戸惑いは、すぐに氷解したのであった。
「だから、あのね……私がウソついたこと、黙っててくれる?」
アリスの突然な申し出ではあるが、これは意外なことではなかった。
(そうだ。そうだよ。この人が私のウソを見破ったみたいに、私だって見破ってたんだ。私が見破られているって感じたように、この人だって見破られてるって感じたんだ。だからなんだ。要するに、お互いにナイショってことだよね!)
フランドールの察しの良さは、アリスにとっては嬉しい誤算だった。
「フランはとてもクレバーなのね。それに、思ったよりも大人だわ。ちゃんと、大人の取引ができるんだもの」
「う、うん! まぁね。そりゃ、フランだって、長生きしてるもの」
そう照れ笑いを浮かべるフランドールと、それを見つめるアリスの眼差しとは、どこか神が祝福したかのような、麗しい一枚の絵画と見えた。
ただ、ペロリ。
舌なめずりしたアリスは、自宅が見えると、フランドールの手を取って招き入れ、ベリーの甘いフレーバーが芳しいとっておきの紅茶を淹れて、懇ろに彼女を歓迎したのであった。
三
フランドールが自分の中で、アリスへの好意が日に日に大きくなっていっていることに気がつくまでに、そう長い時間はかからなかった。
「フランって、本当に人形みたいにカワイイわよね。だからちょっと、モデルをして欲しいの」
そういうアリスの懇願を、フランドールは、お互いに秘密を共有し、大人同士の約束をする機会を作るための方便と見ていた。
だが、それであっても、誰かに必要とされ、誰かに感謝されることの喜びの大きさに、胸が高鳴るのを感じていたのは事実である。いくたびか美味な紅茶を飲み、アリスの邸宅のよい香りに親しむうちに、求められるに応じた形ではあるが、次第に半ばフランドールのほうから、積極的にこの美人に協力したいと思う気持ちがわいてきた。それに、何よりも女の子であるから、モデルとしてチヤホヤされることには強い快感を覚えるのだ。
だが、アリスが人形を完成させたとき、ポツリ、「まだ、完成させたくなかったな……」とこぼしたのを聞いて、お世辞以外の深切な思いを、お互いが抱いていることに気がついた。
それがフランドールには格別に嬉しかった。
感情の共有という行為も、思えばフランドールにはひどく懐かしいことである。
(アリスも、フランと同じ気持ちだったんだ……)
それは、意外なことではなかった。ウソで築いた交友関係というものは、どこか気疲れするものである。ウソをウソで塗り固める日常に、フランドールは煩わしさを感じ始めており、アリスも同じ境遇であるのだということを察するのは、聡いフランドールには容易であった。
そうして短い時間の共有ではあったものの、長い人生の中でもほとんど唯一といっても良いだろう、フランドールにとっては、忌憚無い交流の時間だったのである。
「ねぇ、フラン。私、あなたにお礼をしなくっちゃダメだわ」
「え? うぅん。お礼なんていいよ。フランこそ一週間、楽しくって……アリスって、とってもステキだから、一緒にいるだけで嬉しかった」
「あら、嬉しい。私も、同じ気持ち。だからね、フラン。一緒にとびっきりの魔法を、使っちゃいましょう?」
「え?」
「フランに、お礼のドレスを作ってあげるわ。でも、フランはこだわりが強いから、なかなか満足してくれないの。あ~あ、大変だわぁ。私、とってもステキなドレスを、五着も作らなくっちゃならないんだもん」
アリスの提案を受けてフランドールは、満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「嬉しい! うん、うん。アリス、魔法を使っちゃおう!」
そうして、アリスの手を両手で握り締めて、ぶんぶんと上下に振るフランドールの姿は、純情可憐、あどけない少女そのものであった。
そこに、いくぶん初恋の兆しがあることは、自然なことである。
というのは、特に女児においては、初恋の対象は身近な同性であることが多いからである。友人との間にある愛と恋人との間にある愛とが、純真な少女においてはまだ分化していないのだ。
そうして、ペロリ。
そんなフランドールを舌なめずりして見るアリスの目は、とろんとして異様に艶かしかったが、それをフランドールは優しい大人の女性の目と感じて、どこか憧れの視線で見ていたのであった。
四
フランドールがアリスの屋敷に通うようになってから三ヶ月が経った。
フランドールは、正式にアリスの弟子となり、彼女に魔法を習う立場になったのである。
「どう、フラン? アリス先生の修行は大変?」
「うん、お姉様。もう、スッゴイ大変! はぁ、先生もあんなに厳しくしなくていいのになぁ」
「でもそのわりには、あんまり新しい魔法は身についてないようだけど?」
「うぅ……フラン、覚えが悪いから」
「それじゃ、先生が厳しくされるのは、フランの真剣さが足りないからね。覚えが悪いのは集中力がないからよ。ホラ、今日もレッスンを頑張ってらっしゃい」
「はぁ~い」
吸血鬼姉妹の新しい日常は、彼女たちを知る全ての人の日常に、等しく微笑みを与えるような祝福された日常であった。
フランドールはアリスの屋敷に着くや否や、「ただいま、アリス!」と大きな声で帰宅を告げた。
「お帰り、フラン」
テーブルに座って人形をブラッシングしていたアリスは、やおら人形を机の上に置くと、両手を広げてフランを招いた。
「だ~いすき、アリス♪」
アリスの胸に飛び込んだフランドールは、ギュッと背中を包み込んでくれる恋人の温かな抱擁に胸を弾ませながら、歓喜一色に染まった笑顔を、ことさら柔らかな乳房に埋めた。そうして頬ずりをするフランドールは、全く思慮にないことであるが、アリスにほのかな官能を与えた。アリスは思わず嬌声をあげそうになるが、軽く上唇を噛んで我慢した。
そうして無邪気にじゃれ付くフランドールを前にして、
(まるで、恋人ごっこね)
と、アリスは思わず心の中でつぶやいた。
そうして、ペロリ。
優しくフランドールのブロンズヘアーを撫でながら、アリスはフランドールにささやいた。
「そういえば、今日は付き合ってからちょうど一ヶ月ね。記念日だわ」
「うん! えへへ。覚えていてくれたんだ、アリス」
そう言って上目遣いに自分を見上げるフランドールを見て、アリスはまた、ペロリ。
純真無垢な少女の愛情表現は、しかしアリスにとっては、娼婦がみだらに肢体を艶めかせて誘うよりもよほど欲情的に思えたのである。
そんなフランドールの挑発を受けたアリスは、僅かにバラの香りがついた甘めのリップを舌先で掬い取り、口の中に広げた。するとたちまち、アリスの目は艶かしくなって、自分が抑えられなくなってしまった。
だからと言って、その情欲を制御する必要があるとは、少なくとも彼女の宗教は教えない。むしろ、その生命を賛美したいと思う感情を、都合の良いアリスの神は、心の中にあって祝福さえもしてくれるのである。
「でも、困ったわぁ。私、何もプレゼント用意してないもの」
アリスは悩ましげにそう言うと、ふわりと髪を掻き揚げた。同時に、彼女のリップと同じバラの芳香が、柔らかにフランドールの鼻腔に届いた。
(あ、アリスの匂い……)
そう、フランドールは思うと同時に、小さな胸がキュンと切なく高鳴った。
「そうだわ、フランドール。一つだけ、あなたにあげられるプレゼントがあったわ」
「なに、アリス?」
「私の、とっておきの大魔法。その奥義を教えてあげるわ」
「アリスの魔法? 人形遣いの魔法?」
「ふふふ……」
アリスは微笑で答えた。そうしてその中で一瞬、クスリとしたものがあった。それを見て取ったフランドールは、とても幸せな気持ちになって、どうしたことか、ずっとその場で、アリスの言葉を聞いていなくてはならないと思うようになった。
「私が教えてあげるのは、とっても、甘くて切ない魔法よ」
「?」
「sweet magic」
「あ……」
フランドールは思わず目を瞑った。
そうして次に目を開けたときには、あまりにも胸が切なくて、言葉が何も出てこなかった。
一瞬感じた、ほのかに残る唇の感触が、徐々に失われていくことへの悲しみは、フランドールの涙を誘った。
「どうかしら?」
アリスの問い掛けに、フランドールは何も答えられず、ただもう一度、目を瞑った。
五
フランドールとアリスが交際を始めて半年が経った。
今日はちょうど半年の記念日である。
その記念日にあわせて、魔法の強化合宿などという名目を打ち立てたのは、どちらともない総意であった。
季節はおりしも夏。日本の夏は、とかく蒸し暑い。気分転換という口実で散策に出かけている二人だが、パッと目を引くのはアリスである。金髪の人間離れした美少女が、おろしたての白いワンピースを着て、微笑みながら歩いているのである。
「森の中って良いね! 私も、お散歩できるから」
しかし、フランドールもまた目を引く。だがそれは、彼女が夏らしからぬ長袖のシャツを着ているからである。これはもちろん、彼女が吸血鬼であるためである。
「そのブラウス、可愛いわね。フランドールは、本当にピンクが似合うわ」
こうした他愛のない会話の中にも、常に相手を褒める言葉があることは、何もよこしまな思いがあるわけではなく、ただの女子の日常である。
「このあたりで、ランチにしましょうか」
そう言ってアリスは、木陰に敷物を敷くと、フランドールを座らせて、自身はかいがいしくランチタイムの準備を始めた。
そうして前かがみになるアリスは、少し無防備な姿勢になる。
それをフランドールは、頬を赤らめてそ知らぬそぶりで、横目にチラリと覗いてしまう。
(あ……ピンクのブラ、カワイイ)
同時に、心の中でため息をつく。
(私も、ああいうカワイイの欲しいなぁ)
そうして、無意識に胸に手を当てるフランドールを、クスリと微笑みながらアリスは観賞していた。
「お茶、淹れたわよ?」
「ん!? うん! ありがとう」
「ふふふ、どうしたの? 慌てちゃって」
「な、なんでもない……アツ!」
「もう、あわてんぼうさんね。ほら、冷ましてあげるから……」
そうして、息を吹きかけて、少し熱が逃げたのを確認するため、アリスは一口、紅茶を口に含んだ。
「うん。大丈夫ね」
そうして手渡された白いティーカップには、ピンクの口紅がうっすらと残っていた。
「ありがとう、アリス……」
フランドールは、アリスに気づかれないように、自分の唇と口紅とをあわせた。
その姿を見て、ぺロリ。
アリスの視線は、やや過ぎたほどに艶かしかったが、それを見ているものは誰もいなかった。
「ねぇ、フラン。今日、ピクニックが終わったらなんだけど……」
六
「紅茶を淹れたわよ、フラン」
淡いピンクの下着姿で、アリスはベッドに眠っているフランドールを起こした。
晩秋の夜、風が強く吹くころなどは、むしろ冬よりも寒く感じるものだ。
しかし、魔法使いにとって、室温を一定に保つ程度のことは造作もないことである。
「んぅ……おはよう、アリス」
ベッドから半身を起き上がらせたフランドールは、一糸まとわぬ姿であることに気がつくと、少し照れながらシーツで体を覆った。すると、ふわりとやわらかいバニラの香りが漂い、アリスの鼻腔を官能的に刺激した。
(裸の恋人がまとっているのは、「ピンクのベビードール」……なんてね)
そんなことを考えると、思わず先ほどの情事を思い出し、ぺロリ。
フランドールはアリスからプレゼントされたベビードールという香水を、舶来の品と喜んで愛用しているが、そこには密かなアレンジが加えられていることを、まったく知りはしないのである。
(でもちょっと、私の体力が持たないかも)
覚えたての少女である。その欲求は尽きるところがない。そうして無尽蔵の欲求にこたえることができるだけの体力が、この吸血鬼という種族にはある。
むろん、この程度のことは全てアリスの計算通りであるのだから、嬉しい悲鳴とはこのことであろう。
「あ、あの、アリス……」
「どうしたの? フラン」
もじもじと照れくさそうにしてしなを作るフランドールの姿は、純真無垢な子供らしいあどけなさと色を知った女の艶かしさとがたまらないギャップとなって、アリスの心を奥底深くから煽った。
すると、体力が持たないなどと思っていたことはウソのようである。
ゴクリ、と思わず唾を飲み込むと、また渇く間もないほどに存分に愛し合った。
七
新年の祝いを互いに告げたことは覚えているが、それより他に元旦の記憶がない。疲労の極に達したアリスは、ほとんど一日、熟睡していたのである。
その眠りを妨げたのが乳房にすがる恋人であったというところに、また格別の悦びがある。しかもその恋人が、容貌、齢十歳にも満たぬ女児とあれば、レズにしてペドという特殊性癖のアリスにとっては、天国がこの地上に降りてきたような感動すらある。
乳房から甘い香りが漂ってくるのを感じながら、アリスは夢見心地に回想した。
それは、冬の始まる前のことである。
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幻想郷の冬は厳しい。紅魔館とアリスの邸宅とを行き来することは、簡単なことではない。だがそのような厳しさは、むしろ二人の魔法使いにとっては、天然自然の加護であった。
「寂しくなるわ、フランドール」
初雪が降る前に、フランドールは紅魔館を去った。
「でも、あなたが魔法使いとして自分なりの人生を歩みたいっていう目標ができて、そのために努力しようとしているのに、それを止めるような愚かなことは、姉の私にはできません」
このような殊勝なレミリアの言葉であるが、それを引き出したのはフランの魔法と、アリスの誠実な人柄である。
フランとアリスは、ただ同棲したかっただけである。
その口実に、魔法の修行を持ち出したに過ぎない。
だからこそ、レミリアは彼女たちから純真さしか感じ得なかった。
寒さの厳しい冬というのは、タイミングとしては理に適っていた。
紅魔館での最後の晩餐は、レミリアが手ずから赤子をさらってきて、妹のために屠るという格別のものであった。
銀のプレートに乗せられた赤ん坊は、生後まだ半年である。
まるで昏睡しているかのようにすら見えるほど、よく眠っている赤ん坊を前にして、フランドールは興味津々であった。
「ねぇ、ねぇ、お姉さま! この子、今からみんなで食べるの?」
その無邪気な笑顔はすっかり、レミリアの苦労を報ってくれた。
「えぇ、そうよ。これからみんなで、一緒に食べるの」
そう言うとレミリアは、ナイフを一つ取り出して、高らかに掲げて謳い始めた。
「ナイフはたちまち君を切り裂くだろう!」
そうして、ザクッと赤ん坊の胸を刺し貫くと、同時にけたたましい悲鳴が食堂に響き渡る。
深い安眠から一転、阿鼻叫喚へと至ったその光景を、笑顔で見守る紅魔館の面々とアリス・マーガトロイド。
さすがに霊夢と魔理沙は招待しなかったが、咲夜にそうした気づかいは無用である。
むしろ、彼女はどちらかと言えば……。
「滝のように血はあふれ出し、ビーズの如き汗が流れ落ちる」
ザクリザクリと切り裂いたナイフは、すでに腹部を縦に割っている。にも関わらず、不思議と赤ん坊は絶命しない。これは、パチュリーの粋な計らいである。
「おぉ、なんたる絶景か。豊な腸(はらわた)が顔を出し、今日の晩餐を彩り飾る」
そうしてナイフが極小サイズの子宮を両断し、下腹部の割れ目と重なったとき、どこからともなく拍手が沸き起こった。
それを笑顔でこたえるレミリアの主ぶりは、さすがのカリスマである。
「素晴らしいナイフ使い……惚れ惚れしたわ」
「お褒めに預かり光栄です。今度は、アリス先生の腕前を拝見したいところですわ」
「うふふ……機会があれば」
そうしてレミリアが最初に給仕したのは、妹の師匠、もはや寸毫も疑念を持たぬほどに敬愛しているアリスであった。
「先生には、本当になんとお礼を申し上げて良いかわかりません」
「そんな……私は何もしていません。フランの頑張りです」
「ご謙遜を。フランは先生のところに通うようになってから、見違えるようになりました」
社交辞令ではない。レミリアの本心であるし、事実でもある。
「先生なら、安心してフランドールのことをお任せできます。先生は本当に、フランのことを大事にしてくださるし、実の妹のように愛してくださっていますもの」
レミリアはその鬼眼で、過去にアリスの内面を覗いた。そうして今もまた、もう一度その鬼眼で、射抜くほどにアリスを見詰ているのである。
(レミリア・スカーレット……愚かな。なんと恥知らずなことをしているのか)
直後、彼女は強い自己嫌悪の情を抱き、深く内省した。
そうして今後、二度とこのような愚かな真似はしないことを心に誓ったし、その誓いを破るような破廉恥なことがあるならば、潔く自決しようと決心した。それがために、身を亡ぼすことがあったとしても、この澄み切った心の持ち主を疑う愚行をするよりはマシだからである。
一度信じたものに対しては、例え殺されることがあってもそれを許そうという気構えからうかがえる度量のほどは、カリスマの所以でもあるのだろう。
「ふふふ。そうね。あんなにカワイイ子はいませんもの。えぇ。正直、本当の妹みたいに可愛いのです」
「フランも、先生のことを実の姉と思って慕っていますわ」
ウソ偽りはない。
アリスはフランのことを妹と思って溺愛しているし、フランはアリスのことを御姉様と思って崇拝している。
「さぁ、先生。どこをお召しになられますか? お好きなところを仰ってください」
「そうね。それじゃ、折角だから、珍しいところをもらおうかな?」
「あら、良いご趣味ですね。さすがは魔界のシリアルキラー。悪魔もまずは、ここが一番の人気部位ですわ。ちょうど半分に切れているから、フランもどうかしら?」
姉と、妹と、その先生と。笑顔でハギスを囲む風景は、本当に幸福な祝福された光景である。
三人の姿を見て、パチュリーも、咲夜も、美鈴も、自然と笑みがこぼれるのを覚えた。
「先生、ところで。ちょっと良いでしょうか?」
そう、小声で囁きかけて来るレミリアに対して、アリスは機知を働かせ、少しフランドールから距離をとった場所へと移り、レミリアの話に耳を傾けた。
「本当に……あの、とてもお恥ずかしいことなのですが。本来は、私が教育すべきことを先生にお願い申し上げるということは、とても心苦しくあります。ですが、良い機会を逸してしまい、また先生ならばあの子も大丈夫だろうと思いまして……」
「えぇ、どうされましたか?」
「いや、やっぱり……とても恥ずかしいことです。止めましょう! しかも、先生のお手を煩わせることにもなりますから」
「何でもお気軽に仰って。遠慮はいらないわ」
「それでは……実のところ、とても率直に申し上げますが……恥ずかしいことに、あの子はまだ人を殺したことがないのです」
「まぁ!?」
「えぇ、分かっております。姉として失格です。あのくらいの年の子なら、百人くらいは殺したことがあって当然なのに」
「時代が時代ですもの。仕方ないわ」
「言い訳になりませんわ。ちょっとあの子は狂気が強すぎるし、力も強すぎるものだから、一線を越えたときに手がつけられなるような気がして、まだ直接、誰かを殺させたことがないのです」
「良くないわね。大きくなってからの殺人は、尾を引きますから。ちょうど人間が、おたふく風邪や水疱瘡に、早いうちになっておくべきように、私たちも早いうちに殺しを覚えておかなくてはならない」
「そうなんです! 殺人中毒になったらどうしようかって。だから、なおさら未経験のまま年を重ねてしまって」
「でも、とても大事な経験だわ」
「はい。私も、十二、三才歳くらいの男の子だったと思いますが、内臓をばら撒いてその上を右に左に笑いながら転げまわったときのことなど、今でも大事な記念として心の中に残っています」
「私は五歳くらいの女の子でした。アナルフィストから腸を外に引きずり出して絶命させたときのことは忘れられません」
「そういう大事な思い出を抱いて、私たちは成長するものです」
「全く、その通りね。過去にそういう、天国があるからこそ、私たちは現在においても、将来においても天国があることを信じることができる」
「箴言です。胸に刻んでおきます。でも、今では後悔しています。やり過ぎました。だけど、そういうやり過ぎたこともあって、大人になるんです。成長するのです」
「人間だって、そうなんですよ。秋に、トンボを何十匹も捕まえて、羽をちぎって投げて遊ぶ姿を、以前人里で見ました」
「そうでしょう。ライオンも、手負いのシカを散々にもてあそんでハンターとしての技術を学びます」
「人間も妖怪も動物も、みんな同じですね」
「えぇ。ですから、是非とも先生に、あの子にそうした常識についても教育をして欲しいなと思いまして……」
そう言うと不安げな表情でアリスを見上げるレミリアに対して、アリスは満面の笑みでうなづいて答えた。
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アリスは乳房にすがるフランドールの金髪を撫でながら、優しい笑顔で糸を繰り、人形に銀のナイフを持ってこさせた。
そのナイフを見て、恐れるでも怪しむでもなく、ただ純粋な疑問符を投げかけてくるフランドールを見て、アリスは胸の高鳴るのを感じて、彼女にもご褒美をあげようと思い立ったのである。
八
「えへへ、お揃いだね」
「可愛いわよ、フラン」
そう言いながら右手と左手の指を絡ませ合う二人の手首には、おそろいのピンクのリストバンドが巻かれている。アリスとフランドールは、お互いに手作りのリストバンドを作って交換し合ったのである。
この光景、ただそれだけを見れば純粋に微笑ましい。しかしそのリストバンドが、リストカットの痕を隠すためのファッションアイテムとして利用されているという事実を微笑ましく思うか薄気味悪く思うかは人によるのだろう。
だがこのリストカットの痕を、愛しの御姉様との確かな愛の絆として、涙を流して喜ぶフランドールと、それを穏やかな笑みで見守るアリスがお互いに、神聖な意味をそこに見出しているということは疑い得ない。
毎夜といわず絡み合う二人の情事は、互いの手首を切り合い、血を舐め合って愛を確かめ合うほどに激しいものとなっていたが、その行為に対する倫理的な疑念は二人の間には微塵もないのである。
「リストカットしてるときのフランって、まるで人が変わったかのようね」
「え? そ、そんなことないよ!」
アリスの問い掛けにひどく狼狽したフランドールは、オドオドして挙動不審になった。すると、どうであろうか、突然瞳孔が拡大して、数秒間静止すると、急に今度はひどく甘えた猫なで声で、アリスのリストバンドに、かわいい白猫の刺繍を加えたいとの希望を伝えてきたのである。
このような光景は、フランドールとの交際の中でしばしば確認される、豹変である。
(とりあえず、四種類必要かな……)
アリスは彼女のリストバンドを外すと、自分自身で傷口を広げて出血させた。
そうして、フランドールの前に手首を差し出すと、フランドールは目の色を変えて――それも瞳孔が縮小して瞳の中に満月を作るほどに――傷口を食い入るように眺めている。
「ね、ねぇ! 御姉様! 舐めていい? 舐めていい?」
「ん~ん。舐めちゃダメ」
「え~! いいじゃん、舐めさせてくれよ~」
「ん~……その代わり、舐めたら私のお願い、一つ聞いてくれる?」
「うん! うん! 何でも言うこと聞くから!」
「そう? それじゃ、いいわよ」
アリスが許しを与えるや否や、フランドールはアリスの手首の生傷にむしゃぶりついた。
容赦のないフランドールの舌の愛撫が、官能的な痛みをアリスに与える。
「ねぇ、フラン。あなた、好きな色って何?」
「色? ん……そりゃ、紅だよ。血の色が一番に決まってんじゃん」
「ピンクじゃなくて? 白じゃなくて?」
「白は普通。ピンクも好きだけどな~。紅が一番」
「そう。それじゃ、ルビーかしらねぇ。ピジョン・ブラッド……お似合いだわ」
「何の話?」
「ふふふ……ナイショ。あ、ちゃんと血、出てる? もうちょっと深く切ろうか?」
「いいの? お願い!」
そう言ってナイフを手首にあてがうアリスの所作には、ためらいが微塵にもうかがい得ない。それが、無言の意思疎通を可能にする。アリスは全く、フランドールの吸血趣味を肯定したのである。
嬉々として血を吸うフランドールの姿を見るアリスの瞳は、しかし不思議なほどに滾っていた。
九
一日のほとんどをアリスのベッドの上で過ごす生活を送っている二人にとって、お互いの個室というものはあってないようなものである。だが、一応形ばかりではあるものの、互いの個室というものはある。特にフランドールにとっては、アリスが彼女の部屋に来ることがないために、使うことは少なくとも、立派に個室としての機能は確立されているのである。
「うぅ……嫌だ、嫌だよ……頭が……割れそう」
一人部屋の奥隅で、膝を抱えて座り込みながらすすり泣くフランドール。
彼女の中にある別の人格が、強く主張して彼女を困らせるのだ。
「毎日毎日、出てきて……いや、ダメ。ダメ。こんなのばれたら、御姉様に嫌われちゃう」
そうしてポロポロと涙をこぼすフランドールは、青と白とのエプロンドレスを着た金髪の人形を胸に抱いて、
「ごめんなさい。ごめんなさい。御姉様、ごめんなさい」
と、繰り返し繰り返し謝っていた。
ちょうどそのとき、アリスは一階のロビーで紅茶を飲みながら、お気に入りの人形をブラッシングして微笑んでいた。
そのかたわらには、四組のピアスセットが置いてある。
それぞれ、宝石を装飾された真鍮のピアスは、ルビーとパール、ピンクダイヤモンドにエメラルドとがある。
しかし異なことに、一組七つのピアスとなっており、またその形も、特殊である。
「そろそろ、かしらね」
そう独り言ちるアリスの目には、ほのかに燦爛とした激情がたたえられていた。
十
「フランって、とっても素敵ね。オシャレさんだわ」
「え? そ、そうかな……どこがオシャレさんなの?」
「だって、心の衣替えをするんだもの」
「え?」
「すごいオシャレさん。私、フランのそういうところ、大好きだわ」
自己の短所を長所として肯定されたとき、心底、人生が報われるものである。物事は捉え方次第ということであろう。もちろん、あばたもえくぼというところが、少なからずあって然るべきである。
しかし何故、フランドールが複数の自己を形成せざるを得なかったのかは、誰にも分からない謎である。それが彼女の天性であると言われれば、それもまた狂気の性なれば、納得ができる。だが、少なからざる不可解は依然として残る。
はたして真実は知れないが、少なくともフランドールは、そうした謎に対する、彼女にとっての真実を見つけた。
(御姉様に喜んでいただくために……)
全て彼女の人生は、そのためにあると確信したのである。
そのときのフランドールの幸福がどれほど大きなものであったかは、他者にはおよそ計り得ぬものである。しかしもっとも大事なこと、つまり彼女自身の幸福は、たしかに存在しているのであるから、経緯は知らん、喜ばれるべき大発見であろう。
それにしても、思えば彼女がウソをついたその理由が、誰かを欺いてまでも、人との間に友情を築き上げたかったという、一般の子供によくありがちな悪戯だったのであるが、それを端緒として、こうまでも歪な恋慕を抱くに至ったというのは、全く悪魔的な宿命である。
ただそれでも、一つ真実を言い加えるならば、フランドールはこのときから、彼女を悪魔ではなく天使であると思い始めたということである。そうして彼女を天使へと浄化してくれた尊い存在が、アリス・マーガトロイドという女神だと思い始めたということである。その認識は、少なくともアリスと共通である。
つまりこの二人が、地上の楽園に住んでいるということを、彼女たちは信じて疑わないのだ。
十一
アリス・マーガトロイドが自律人形の作成を目標にしているというのは方便である。だが、それがウソではないところに、彼女の卓越した才能がある。
彼女の目標は、あの、偉大な魔界神ですら創造し得なかった存在を生誕させることにある。つまりは、母親を越えたいというのが、彼女の目標なのである。それはどのような存在であろうか。それは、永遠のパートナーである。
魔界神は、自らの理想の娘を生み出すことに成功した。文字通り産出した。だが、永遠のパートナーは、ついに生み出すことができなかった。それを成し遂げることは、魔界神の愛娘であるアリスの使命である。アリスは、それをとても光栄なことであると思いながら育った。母親も、きっとこの使命が果たされたとき、愛娘が無上の幸福児となり、さらなる幸福を生み出すに違いないと信じたのである。
自律人形の作成とは、つまり、永遠のパートナーの作成と言い換えられる。とりあえず、自律人形の作成が目標であるということの、ウソ偽りではないという理由はここにある。だがもちろん、永遠のパートナーが発見されるのであれば、もはや自律人形などは不要である。それは、手段であって目的ではないからだ。
彼女は異変解決のために、何度か行動を起こしているが、それは永遠のパートナーに必要な要素を発見するために調査であった。
例えば、こんな感じに。
(私は魔理沙の容姿に、八十五点をつけている。魔理沙よりも美人な霊夢は八十点なのに。どうしてかしら?)
(八雲紫……九十八点! あの容姿は、九十八点! ドレスの色さえ私の好みなら、満点だったかも知れないくらい、素晴らしいわ! でも、容姿だけでは、やっぱりその気になれないわ)
(レミリア・スカーレット! あぁ、やっぱり私って、ブロンズヘアーが好みなのね。金髪なら……金髪なら、満点だったのに。性格は……案外、屈服させたら良い感じになるかも)
(不思議なものね。パチュリーの胸に欲情するってことは、私の性癖は巨乳ってことになるハズ。ただ、八雲藍ほどになると、興奮しない。美しすぎると、性的な対象から外れるのかしら? でも私の性癖は、根本的にはロリータコンプレックスだわ。う~ん、どういうことなのかしら? 矛盾しているように思えるのだけど)
(あの天人……うん、悪くないんじゃない? みんなにかまって欲しかったなんて、純粋で可愛い。意外な一面に、ちょっとだけときめいちゃった。でも、好みからは相当離れているのよね……う~ん、難しい)
(妖精はどれも可愛いわねぇ。ペットにして何匹か囲いたいくらいだわ。魔界のお土産に持って行こうかしら? もし、次に悪戯にきたら、三人とも……ふふふ、四人でプレイなんて、興奮しちゃう)
こうした出会いを積み重ねて、彼女は自分自身が何者であるのかを、少しずつ学んでいったのである。それは、関係性がすでに構築され、出会いの対象がほとんど固定されており、限定された交流しか行えない魔界にあっては得られない経験であった。
幻想郷での豊かな交流関係が、アリスを大きく成長させた。すべて、人を成長させるのは、人と人との絆にあるのだ。
次第に、自律人形の作成を、つまりは永遠のパートナーの作成を、諦める気持ちが醸成され始めていた。
(たとえば、八雲紫の美しさ……私に、あれを越える美貌を創造し得るのかしら?)
(何故か私は、八雲藍の完璧なスタイルではなく、パチュリーのアンバランスさに欲情した。こうした興奮は、計算して作った物から感じることができるのかしら?)
(私は、あの天人を可愛いと思った。正直、ペットにしたいと思った。一瞬ではあるけど、激しい支配欲が私を覆った。首輪をつけて、鎖を思いっきり引っ張って、首を絞めながら鞭で白い背中を叩きたいと思った。それは、あの娘の見せた意外なギャップが私を興奮させたからだわ。こんなことは、全く計算不可能なハズ)
(一人の完璧な美貌を奴隷として奉仕させることと、三人のほどほどに可愛い少女を陵辱することと、私はどちらにより多くの官能を見出すのかしら? いや、むしろ、三人の少女に陵辱されることにも、私は興奮を覚えるのではないかしら? はぁ……やっぱり、人形相手だと、終わった後は虚しくなっちゃうわね)
となれば、永遠のパートナーを創造することは不可能なのであろうか?
(いや、そうではないわ。何も、零から百を作り出す行為だけをを創造と言うのではない。一から十を、十から百を生み出す行為……そうした創意工夫をもまた、創造に数えられるべきだわ。そう、ママが私を宿すために、止むを得ず男の精を用いたように)
そうして、神に祝福されたチャンスが到来した。
それを、逃すアリスではなかった。
今の姿になってから、始めての「本気」だった。
それが、フランドールとの出会いであった。
十二
「どうかな……御姉様? 似合ってる?」
はにかみながらアリスに問うフランドールは裸体である。
「うん、とってもキュートよ。貴重なピンクダイヤモンドも、こうやってオシャレに使えるんだったら、全然惜しくはないわね」
両耳、両乳首、へそ、クリトリスに飾られたピアスは、フランドールがアリスに隷属した証拠である。その隷属が、アリスの命令ではなく、フランドールの強い希望によったことは、この二人の愛情が純粋で深いことの証明と言える。
「フラン、一個見えてないわよ?」
「ん? てへへ。べぇって出さないと、見えないもんね」
舌の下にあるエラが切除されているフランドールの舌はよく伸びた。
その舌の中ほどに、最後の刻印が押されている。
(さて、あと三回……お楽しみが残ってるのね)
アリスがそうした甘美な思いに耽るのは当然である。
(いけない。この子に失礼だわ。他の子のこと、考えるなんて)
しかし自責して、アリスはまずは、目の前のフランドールに、十分な褒美を与えることにした。
十三
竹林は今日もまた、紅く燃えている。お前もまた燃えろと、生きる怨念はしかし、常の敵とは対峙していない。
金髪に赤いブラウスとスカートのフランドールは、色白の美少女。
対する藤原妹紅は、白髪に紅白のモンペスタイルが様になっている中性的風貌。
それが、粉雪舞い散る冬の闇夜に炎の競演をするのだから、なかなかに絵的である。
「う~ん、やるねぇ。さすがは器用者。今日一日で、見よう見まねとは思えない上達ぶりだ」
この日、藤原妹紅が相手をしているのは、アリス・マーガトロイドが操る新しい人形。破滅の紅魔人形(フランドール)と紹介されたその人形の姿は、一見、生きているかのように思われたが、目にはまったく生気が感じられず、またアリスが糸で繰って動かしているのは明白であるから、珍妙、ここに極まる人形遣いの精魂と信じて合点した。
「慧音が懇意にしている人形劇のお姉さんってのが、何を特訓かと思ったが、いやはや、魔法使いは恐れ入る。勉強熱心だね。人形に仕込むために、剣まで覚えようとは」
「まぁ、私も長い人生、剣術を学んだ機会は多い。一刀流と新当流は、免許皆伝の腕前だ。癪ではあったけど、男装して召抱えられるのが、やりやすい時代もあったのさ」
木刀での打ち込みは、人間ならば相手の骨を折ってしまう危険があるが、相手は人形であるから、手加減は必要ない。
「これは小手ありだな。ハハハ。折れちゃったけど、人形は便利だね。繰ればお構いなしで動けるんだから」
「弾幕と剣。そういうのは、一度お相手したことがあったなぁ。どうだい? 私の見様見真似も、様になってるんじゃないか?」
炎の弾幕で視界を奪い、隙のできたところにしこたま打ち込んでも、フランドールの表情にはひとつも変化がない。打った瞬間、やけに肉の感触がすると訝しんだものの、それでも人形と妹紅が信じたのはそのためである。
「ふぅ。疲れた。今日はこれで終わりだな。また明日? あぁ、良いよ。たまには、アイツを剣で殺すのも愉快ならんや。ちょっとした肩慣らしにちょうどいい。次は、本気を出してもかまわないよね? 弾幕なんてのは、もちろん不要の真剣勝負さ」
アリスがにこりと微笑んだとき、わずかに人形も笑みを浮かべ、エメラルドのピアスが怪しく光ったように見えた。
十四
「あら、妖夢。奇遇ね」
「アリスさん。お久しぶりです。ようやく雪が溶けてきて、人里にも来やすくなりました」
「でも、また三月になると、ドッと降るのよね」
「えぇ、ですから今のうちに、買い物をすませておこうと思いまして」
「私もよ」
「みんな、考えることは同じですね」
「えぇ、そうね。そうだ。せっかくだから、一緒にお買い物しない?」
「もちろん、良いですよ」
「ちょうど、妖夢に聞きたいこともあったのよ」
「私にですか?」
「えぇ、剣術について聞きたいことがあってね」
「剣術、ですか。あ、もしかして、あのゴリアテ人形に使わせる剣術ですか? ハハハ。あれだけの巨体ですから、やはり真っ向唐竹割り。上段からの振り下ろしが一番ですよ」
「いえ、それがね。等身大の人形に剣を持たせて、スレイブとして使おうと思ってね」
「ほぉ。それは興味深いですね」
偶然人里で妖夢と出会ったアリスは、偶然妖夢が興味を持つ話題を持っており、また偶然妖夢が知りたいと思っていた剣術の秘儀について心得ていたので、妖夢はアリスの屋敷に行ってその剣術を見分したいと思い、偶然アリスがそうした誘いをかけたので、妖夢はアリスのフランドールと剣を交えることになった。
三度の試合を終えた後、アリスは妖夢にあつく感謝の意を伝えると、懇ろに彼女をもてなして、剣技の感想を聞くことにした。
「新陰流・一刀流・新当流は江戸時代の三大流派ですが、一刀流と新当流が段位を設け、若い門弟に対して上達の標を示し、激励することに努力したのに対して、新当流は免許皆伝か否かという、昔気質を貫きましたから、自然廃れてしまいました。それ故、その剣術においては、伝聞のみが残り、今になっては奥義を知ることができません。だがしかし、どれも見事に体現されていますね。型は間違いない。本物です」
妖夢の賞賛にお世辞はない。事実、アリスの抜群の器用さと一芸を極めたものの慧眼とは、真髄を見極めるのに尋常ではない習熟の速さを見せていた。
「一を学び、十を知るとはこのことでしょうか。天才ですね。恐ろしい」
「ふふふ。お世辞はうれしいけど、所詮は人形遊びですから。本物には勝てないでしょう?」
「……はい、実はそこなのです。たしかに、素晴らしい型でした。しかし、型でしかありません。実戦において勝利をもたらすほどの勢いが、剣に宿っていませんでした。弾幕勝負という戯れなれば、それで十分ですから、用いる価値はあると思いますが、ゴリアテ人形や、小さな人形をたくさん操ることができるアリスさんのいつもの華やかに比べれば、物足りないと思う見物人は多いでしょうね」
「そう。残念ね。やはり、剣の道はそう容易くないのね」
「はい。いや、しかし……一つ、一つだけ。これは迫真というものがありました」
「あら、本当?」
「はい。もしよければ、私も新しく学んだばかりの剣があります。よければ、しばらくお互いに特訓ということで、お相手願えないでしょうか?」
「あら、いいの?」
「実のところ、悲しいかな。剣士の性でして、新しく剣術を学んだ時というのは、憑き物が付いたように試してみたいと思い、落ち着かなくなるのです。しかし、剣の奥義を他人に用いることは、危険です」
「あぁ。それなら、ちょうどいいわね」
「はい。人形相手でしたら、壊れても直せば良いだけです」
そう言うと、妖夢は先の試合で脇腹をしたたかに打ち込み、人間ならば骨折しているであろうフランドールが、恭しく彼女に紅茶を淹れ、菓子をすすめた姿を思い出していた。今もフランドールは、そばで佇立してじっと壁を見ている。その目に、生気らしいものは感じられない。
「しかし、何とも精巧な人形ですね。打った直後、肉の感触がして驚きました」
「材質にはこだわっているの」
「匠の技ですね。贅を尽くしておられる」
「私の持つ人形の中でも、抜群の一つです。いえ、無比無双の一つですわ」
「ほぉ。それはそれは……お披露目の時が、楽しみですね」
その後も春になるまで、偶然ながら幻想郷に雪が降ることは少なかった。
十五
初春、淡雪を踏み溶かしながら、魔法の森へと向かう一輪の花があった。
感受性の強い魔法の森の草花は、何事かとざわめいたが、押し留め得ない殺気に当てられて、次々に黙秘を決め込んだ。
――触らぬ神に、祟りなし。
そう思わしめたのは、眠れる獅子と目される大妖怪、風見幽香である。
彼女の手には手紙が一つ掴まれている。
それは、アリス・マーガトロイドが書いたもので、曰く、茶会を開くために真紅の花を求めるとのことである。
言うまでもない。血の花である。
決闘状をアリスの人形から渡された彼女は、極上の笑みを浮かべて、パチンと指を鳴らして返答した。帰宅したアリスの人形は、戻るや否や、ポロリと首を地に落とした。
――相手にとって、不足なし。
アリスは相手の殺意を感じ、むしろ豁然として気力が漲るのを覚えた。
たしかに、今回の決戦には、雪辱の意味がある。
また、報復という意味もある。
野心を挫かれた魔界人として、また奴隷として扱われたことに対して、風見幽香は敵意を持つのに十分な相手である。
だがそれ以上の神聖な意味がこの戦いにはある。
(私たちは、幸せになるために生まれてきたんだ。永遠の人と、永遠に、幸福で満ち満ちた人生を送るために生まれてきたんだ。私は、フランと一緒に、永遠に愛し合って、永遠に幸福な人生を送っていきたい。そのためには、二人で越えなくてはならない障害が必要なんだ。だから私は、フランドールとの共同作業として、難敵を殺す。殺さねばならない。殺して、幸福を掴みとらなくてはならない)
殺害を愛の証明と信じて思い込む、このアリスの盲目さは、まさにクレイジー・サイコ・レズと呼ぶに相応しい。
「フラン。風見幽香を殺して。殺して、一緒に紅魔館に行こう。行って、みんなに認めてもらおう。フランはもう、立派な一人前なんだって。そうして……みんなの前で、永遠の愛を誓おう」
だがそのアリスの狂気をも、フランドールは愛していた。
(御姉様が私を必要としてくださっている。それも、私との愛のために、私を必要としてくださっている。私の力は、何も意味がないものなんかじゃなかったんだ。私と御姉様が、永遠に幸せでいるために必要な力だったんだ)
フランドールは、自分の人生がどれほど大切なものであるのかを、このとき知った。彼女の人生は、ただ、アリスの所有物として隷属し、彼女に幸福を与えるだけのものではない。ときにアリスを守る台(うてな)となり、障害を除く槌(つち)となって、積極的に彼女を幸福にすることができるのである。そうしてそれは、ただこの世界で、フランドール・スカーレットにしかできない行為なのである。
「ハイ、殺します。必ず、フランは風見幽香を殺します。だから殺して、殺して……私たちと永遠に、幸せな人生を送りましょう」
フランドールの目は、一片の曇りもないほどに澄み切っていた。
彼女は今、愛という名の正義のために、他人を殺す覚悟を決めたのである。
十六
アリスとフランドールは、風見幽香を格別にもてなした。
アリスの糸繰り術により、日常的に人形となって家事の全てを任されているフランドールは、咲夜には遠く及ばずといえども、十分な家事能力を身につけている。特に、彼女の中の一つは、従属することに関しては天才であった。
黒のスーツ姿で男装したフランドールは、ただそれだけを見れば、優秀な執事にも見えただろう。実際に、驚くほどの冷静さで給仕している彼女は、紅魔館の面々が見れば、別人か、あるいはフランドールを模した人形と疑うかも知れない。どこか、エメラルドの落ち着いた緑が、彼女には似合う。少し、執事というには派手なピアスではあるが、倒錯的な美がそこにはある。
掃除を行い、模様替えをし、茶菓子を作り、紅茶を淹れるフランドールは心境は、これから始まる神聖な儀礼を前にして、一片たりとも穢れがあってはならないと思う敬けんな気持ちと、生贄に対する素直な畏怖とが合わさり澄みきって静かに落ち着いている。
そうしたフランドールの接待は完璧であったが、風見幽香はそんな完璧な接待が気に入らない。しかし何よりも気に入らないのが、アリスの衣装であった。
(純白のウェディングドレスねぇ……)
決闘の場にあるまじき、ふざけた服装である。
フランドールとアリスの、この決戦にかける心意気を見せつけられた風見幽香は、二人の真心を、「吐き気を催す乳臭いままごと」と一笑し、淹れられた紅茶を、恭しく給仕するフランドールの顔に浴びせかけるという蛮行で報いた。
むろん、これは挑発である。
だがフランドールは、まるで人形のように無反応であった。
その瞳孔が拡大していて、まったく表情がうかがえないのは、給仕の最中も同様であった。
そうしてアリスもまた、冷静さを失わなかった。
「決戦の場はここではないわ。遠慮無用。何人も邪魔の入らないところで……魔界の廃棄地区にて、存分に殺し合いましょう」
しかしこのとき、一筋、たしかにアリスのこめかみに青筋が立つのを風見幽香は見逃さなかった。
(強い。このフランドールとかいうガキ、私よりも強い。とんでもないお人形ちゃんを作ったものね、アリスちゃん……くくく、面白いわ。こういう、リベンジ馬鹿がいるから、止められないのよ)
風見幽香のもとから逃げ出したアリスが、どうしたことか、明眸皓歯の美少女から、容貌秀麗の美女へと変貌し、魔界へと逃げずに幻想郷にとどまり続けていることを、ひそかに楽しみに思っていた幽香が、このたびの決戦を復讐戦と見て取ったのは当然である。実際に、そうした理由もあって、彼女は対戦相手に選ばれたのであった。
だがそれのみではない、もっと歪んだ理由があることを察した幽香は、そこに勝算があると考えた。
そうした企みがあることをおくびにも出さず、アリスの誘導に従い、風見幽香は地下へと進む。
そこには、魔界の門があった。
鍵がされている。
その鍵は、彼女にとって見覚えのあるものであった。
即ち、「グリモワール・オブ・アリス」である。
アリスは鍵を抜くと、魔界の門を開き、その先へと二人を案内した。
そのときのアリスの姿は、風見幽香にとって、馴染みの深い姿となっていた。
そうして、フランドールにとっては初めて見る姿であったのだが、フランドールの目には、いつもと変わらぬ、愛しの御姉様としてのアリスの姿しか見えていなかった。フランドールの鬼眼は、魂を見抜くのである。姿かたちなどは、もとより大事ではない。この、自分とは正反対の色をしながらも、同じぐらいに透き通った魂を持っている女性に、彼女は身を奉げたのである。
魔界の門を開くものがあり、それに感づかない魔界神ではない。
これは里帰りである。故郷に錦を飾る行為でもあり、しかも結婚報告でもある。
魔界神は、いや、一人の母親は、父親も兼ねた気丈さで、この日を待ち焦がれていたのである。「可愛い子には旅をさせよ」と「獅子は子を千尋の谷から突き落とす」という二つのことわざを足して二乗したかのような壮絶な気持ちでいた彼女が、果たしてどんな気持ちでいたのかということは、同様の経験がある母親以外には察し得ないだろう。
アリスは母親が自分を見ているということを強く感じ、胸を張った。
母親に、母親ですら成し得なかった偉業を成し遂げたことを、今まさに証明することができるのである。
(殺す。風見幽香を殺す。殺して私は、フランドールと天国へと昇る)
微塵の惑いもない、純真無垢な強い瞳で、必殺を誓うアリスは、故に、危うさを持っている。
殺さねばならないのだ。アリスと、フランドールが、正真正銘、真っ向からの力によって。あの、難敵、風見幽香を。アリスが丹精込めて作ったウェディングケーキを、フランドールが入刀して、初めて意味があるのだ。それが、二人の初めての共同作業になるのだ。卑劣であってはならない。相手の意表をついてはならない。認識の外にある攻撃で倒せば、この神聖な儀式が穢れるのである。
それのみではない。もし、風見幽香が、敗北を悟って自決するようなことがあれば……。
「ここなら、存分に殺し合えるでしょう」
アリスが決闘の地として選んだのは、あたり一面、岩石砂漠の荒涼とした土地である。砂漠地帯だけで、まず幻想郷よりも広い。幻想郷の中にあっては、調停者の乱入を免れない大秘術も、存分に披露できる環境である。
「一対一……正真正銘の真っ向勝負よ」
「あら、二対一でもかまわないのよ?」
泰然自若の風見幽香に虚勢はない。さりとて、アリスに二言もない。正真正銘、フランドールと風見幽香の一騎打ちである。
風見幽香の武器は日傘。傘を地面に突き立て、その柄を両手で握り仁王立ちするその顔には満面の笑み。この風格と余裕とは、いわゆる本物の大妖怪である。
対するフランドールは、腰に直い野太刀を帯びている。アリスの糸に身を任せ、剣を仕込まれた破滅の紅魔人形は、文字通り新当流の奥義を体得している。むろん、蓬莱の麗人を模倣したものに過ぎないが、模倣が本物を凌駕しないとは限らない。一切の迷いを覚えぬ傀儡は、確かに新当流七重剣・霞の七太刀・間の四太刀の十八本と五秘刀は極め得なかったが、破幻の一の太刀においては、本物に匹敵する鋭さを得ている。
一の太刀には、受ける、外す、切り返すなどの術は一切ない。文字通り一太刀にて、鋭敏精緻、必殺するのだが、そのためには一切の迷いがあってはならないのである。
その、迷いを断つことが至難なのだが、このフランドールには天才があった。
この才能が、彼女をしてもう一つの秘剣、一刀流の獅子反敵――大剣を背に負うばかりに構え、敵の攻撃へ移るその刹那を見極めて敵の胸元に飛び込み、一撃にて勝負を決する俊敏豪胆の早業――をも会得させしめたのである。
彼女の魔剣、歪な黒剣レヴァンテインは、護身の短剣よろしく、右から腰の後ろに帯びている。少し異なことであるが、これは単純に、奇襲に対して最速で応じることができるようにとの工夫である。
風見幽香は、この腰に帯びた短刀を、例えばマムルークの用いるような湾曲した小剣ではないかと疑ったが、推測はさほど深く行わず、簡単に結論付けた。
(隠ぺいは勝負の常。武器の形状を隠すだけでも、有利になる)
風見幽香は、百戦錬磨の怜悧さで、存分に相手を分析し、決して油断することがないのであるが、さりとて猜疑のあまり、無意味な推察に時間を浪費するような愚は犯さない。
彼女の頭の中では、すでに必殺は描かれていたのである。
「ところで、一つ気になることがあるんだけど。あんたたち、すっごいキモイって、気付いてる?」
挑発であることは間違いない。だが、強く純粋な想いを抱くものは、それ故に、挑発を挑発として受け流すことができないものである。
「まぁ、どっちもキモイけど、七・三くらいで、アリスのほうがキモイ。本当に、マジでキモイ。腐臭半端ない。クレイジー・サイコ・レズってのは、あんたのためにある言葉ね」
先に憤怒をあらわにしたのは、フランドールであった。
どれほど自己が虐げられようとも、微塵にも表情を変えぬこの破滅の紅魔人形が、しかし魂そのものであるアリスが侮蔑され、神聖な儀式が生贄によって穢されようとする段に至って、冷静さを保つことはできなかった。既にその目にはギラギラと怒りの炎が湛えられていて、拡大して焦点の定まらなかった瞳が、今は瞳の中にさらに小さな瞳が見られるほどに縮小している。
同時に、ピアスの色が徐々に紅に変容していくのを、風見幽香は見逃さなかった。
(この腐乱人形……剣よりもむしろ、他に隠し技があると見るべきね)
アリスは魔法使いである。その伴侶と目される相手と対峙しているのだから、むしろ、魔法を会得しているものとして、風見幽香が警戒したのは当然である。
「あんたたちの関係は、なんていうか、一見、すごい純情で、愛情に愛情を重ね合ってきたって感じがするんだけど……純白のウェディングドレスとか、そういう気持ちの表れだと思うんだけどね。全然そんなことないから。つうかあんた、レズだし、ペドだし。男装させてるし。違うんだよね。そんなキレイなものじゃない。あんあたたちは、嘘を嘘で塗り固めて築き上げた、まっ黒の塔。それを白塗りして白亜の塔に見せている。それが、本当にキモイ」
「安い挑発ね。文字通り、一目見ただけで、あなたに何が分かるのかしら」
「そうねぇ。それじゃ聞くけど、あんた達、いつから乳繰り合ってるの?」
「答える義務などないわ」
「答えられないんじゃない? 短すぎて。まさか一週間前に、電撃的な出会いをして、結婚しますって馬鹿はないにしても、ぶっちゃけ、一年も経ってないんじゃない? つうか、たぶんだけど、ヘタすると半年も経ってないんじゃな? それでウェディングとか、実はあんた、更年期障害でも抱えてんの? そうじゃなきゃ、洗脳してペット作ったとしか思えないハイスピードの壊れ方だわ」
「問答無用よ」
「いや、答えてもらうわよ。じゃなきゃ、悪いけど、こんな馬鹿らしい決闘、受けないから。そりゃ、殺し合いは大好きだけどね、あいにく私はアンタと違って、カワイイ女の子をなぶり殺しにして楽しむ趣味はないから」
「よくそんなことを言えたものね……」
「何よぉ。傘で処女膜ぶち破ったの、もしかして根に持ってる?」
「……あんた、逃げるの?」
「逃げるも何も、そもそも、受けて立つ理由のない戦いでしょう。そうね。それじゃ、どうして私と決闘するのかしら? 嘘偽りなく、本心を教えてちょうだい。最初はリベンジ野郎だと思ったけど、な~んか、それだけじゃないみたいじゃないの」
アリスはしばらく苦悩した様子を見せたが、フランドールとの誓いの儀式を思い出すや否や、自己の愚かな惑いを笑い飛ばした。
(馬鹿ね、私は。何を焦っているのかしら。挑発だというなら、それに乗ればいいじゃない。侮辱されたなら、大いに憤ればいいじゃない。あいつは、私たちを散々に侮辱するでしょう。でもそれで、私たちの愛は穢れない。もし、私たちの愛が穢れるときがあったとすれば、それは私たちが、私たちの言葉と行為で、私たちを否定するときよ)
愛を確信し、愛を悟った彼女の微笑は、悠然たるものがあった。
その微笑を、たしかに彼女の創造主は見ていて、一人娘の掴み取った永遠の愛に、涙をこぼしていたのである。
それは、アリスに伝わった。
(この愛を、世界で最も純粋で、最も深くて、最も固い愛を、さぁ、満腔の思いでぶちまけてやるわ!)
そうしたアリスの余裕を感じて、風見幽香は、むしろほくそ笑んだ。
「たしかに私は、お前を憎んでいる。魔道書を奪い、メイドとして奉仕させ、飽きると今度は奴隷として拉致監禁……凌辱の限りを尽くした挙句、子宮が飛び出るまで乱暴して森の中に捨てたお前を殺しても足らないほど憎んでいる。でも、復讐なんて、そんなちっぽけなことのために私は生きているんじゃない。そう、私は愛のために生きているんだ! そうして愛のためにお前に復讐するんだ! 永遠の愛の、証明のために! 私とフランドールは、初めての共同作業として、風見幽香……お前に雪辱しなくてはならないんだ!」
「なんてふざけたケーキ入刀かしら! 愛の証明? そのための復讐? そのための決闘? そのために私を殺す? ばっかじゃないの。あんたの思考ルーチンには、とてもじゃないけど入り込めないわね。ただの復讐と、そのための調教に大義名分を与えているだけだわ。そんなに愛の誓いをしたいなら、毎日ガキ同士、乳繰り合ってりゃいいのよ」
「あなたのように、愛の何たるかを知らない哀れな妖怪には分からないことでしょうね。肉体は所詮、結びつきの一つでしかない。心と魂で結びつくためには、肉体を超越した、さらなる高みへと、私たちはアセンションしなくてはならない」
「それがどうして殺しなんていう意味不明な行動に直結するのかしらね? 普通、結婚式をして、初夜を迎えて、あとは日々の愛の営みを繰り返す。そうした営みの積み重ねで、心と魂が結びつくってもんでしょう……って、あ、そっか。そういや、あんたの処女、この傘で奪っちゃったんだっけ? つうか、ふふふ……もう、ガバガバで女としての価値ないかしら?」
「……フランドールに処女を奉げられないのは、痛切の極みだわ」
「ついでに、メスガキ同士だから、子供もできない。子供ができないから、無意味な愛の営みしかできない。愛の証明の子供がいない。だからことさらに、狂気に走る。そういう理解で、OK?」
「いいえ。答えはNOよ」
「あら、そう?」
「風見幽香……私、あなたに感謝しなくてはならないのかも知れない。あなたが私を奴隷とし、散々に凌辱を繰り返したからこそ、私は雪辱のために幻想郷にとどまり続けた。そうして本当の愛について答えを得られた。お母さまの仰っていたことがどういうことなのか、やっと理解できた。生きていることは本当に素晴らしいことで、その意味を理解するためには、困難や障害が必要で、それを乗り越えなくてはならないんだって。だって、人生の根源的な問題は、そうした困難や障害にぶつからなくては、学べないんだから。でも、私はあなたのおかげで、人生の根源的な問題を理解することができるようになった。それは、愛よ。あらゆる愛に向かう行動は、すべて尊い。そこに愛があれば、すべてが許されるし、すべてが祝福される価値がある。生命を決して憎んじゃいけないっていう、ママが小さなときから教えてくれたことの意味が、ようやく私は分かるようになった。
そうして、何よりもフランドールと出会えた! あなたという哀れな愛を知らない妖怪と出会わなければ、私は永遠の、そして真実の愛とは出会えなかったに違いない」
「……」
「全てを、フランドールは受け入れてくれた。私のすべての愛情を、私のすべての性癖を、私のすべての欲望を、この子は受け入れてくれた。天使なの、フランドールは。私の天使。かわいい、私の天使。だから私は、私自身をこの子に捧げている。その、幸福がどれほどのものか、あなたには分からないでしょうね」
「で、キチガイ女神のアリスちゃんは、経血ゼリーでも食べさせてあげてるわけ? ちょうど、今日はメンスみたいだしね。会ったときから、血が匂うの」
意地悪く薄ら笑いを浮かべる幽香の挑発だったが、意外、アリスは昇天の笑みでそれに答えた。
「ふふ、ふふふふ……あなた程度には、そのくらいの愛情表現が想像の限界でしょうね」
アリスは自身の身体に糸を巻き付け、解き放つや否や、純白のウェディングドレスは散り散りになった。そうして、白く柔い肌をさらしたアリスの両腕両脚には、真っ赤な包帯が、手首足首から、その両腕両脚の付け根にいたるまで巻き付けられているのである。
「私はこの体に、二十八の聖痕を帯びている! 五寸釘よりもなお太い針を、骨の上から、私はフランドールに打ち付けてもらったの……すごく痛かったわ。とっても痛くて、私、自分自身を糸で操らないと、立つこともままならない体になったの。でもね、嬉しいのよ。私自身を、フランドールに捧げられたことが。毎朝、毎昼、毎晩と、フランドールに、私を食べてもらえるのが。きっと、ママも私を、同じ気持ちで育てたんだわ。ねぇ、知っていたかしら? 母乳って、血と同じなんだって」
「は……ハッハッハ! お前は私を笑い殺させるつもり!? あ、アリスちゃ~ん……くくく、いや、これは本物だわ。ここ千年で一番の傑作ね。しっかし、あなたのことを、ママはどんな顔で見てるかしらね」
「きっと、泣いて喜んでくださっているわ」
「ハハハ……いや、泣いているのは間違いないと思うけど、それが喜びだったら良いわね」
「他に有り得るって言うのかしら?」
「あ~……いや、参った。降参だ。スゴイよ、あんた達。さすがは魔界神の娘だわ。サタンの乳房にすがるサトゥルヌス……うん、完璧だわ。間違いない。純愛ね」
「悔しいでしょう。本当の愛が自分にはないことを知って」
「う、うん! 悔しい! 幽香さん、悔しくって仕方ない! 良かったわね、フランドールちゃん。アリスママは、本当にあなたのことを愛してくださってますよ~」
その風見幽香の言葉を聞いた時、フランドールの瞳からは、一粒の尊い涙がこぼれて頬を伝った。その目には、冷静さが、むしろ行き過ぎているほどに、取り戻されている。
(押してダメなら、引いてみろってね)
その一瞬を見逃す、風見幽香ではなかった。
「じゃ、死ね」
瞬間、魂ごと浴びせかけるかのような凄まじい突き上げの一閃が放たれた。傘を地面に突き立てるような姿勢は、実のところ、泰然とした構えだったのである。地面に突き刺さった傘を、全身もろともに浴びせかける、風見幽香の無勝手流、逆流れの一撃は、しかしフランドールの下段封じ、簾牙(すだれきば)によって防がれた。
風見幽香とアリスの対話中、一時も警戒を解かなかった紅魔人形は、右手の人差し指と中指を、柄にそえて備えていたのである。
二本の指で掴んだ剣は、それ故に驚愕の神速であった。
だが、またそれ故に強くつかむことができない。凄まじい勢いで迫り来る逆流れに、刀身が傾いたその瞬間、鋭利なる故に薄い彼女の妖刀は、風見幽香の傘を切断したものの、大きく湾曲して使い物にならなくなったのである。
振り上げた風見幽香は、その切断面をフランドールに向けると、その背後にいるアリスごと消失させんばかりに渾身のマスタースパークを放った。
その一撃が放たれた時、既にフランドールは使い物にならなくなった刀を捨て、右腰に帯びたレヴァンテインを二本の指で掴んでいた。同時に、紅のピアスをしたフランドールが、右から左へと振り払うと同時に、地獄の業火が魔界を赤に染めたのである。風見幽香のマスタースパークを相殺して余りあるほどの一撃に、フランドールは手ごたえを感じた。
しかし、一点に集中して砲撃を放った風見幽香へ、致命傷を与えたとは思われなかった。
だが、フランドールには返す刀がある。左に抜き放ったレヴァンテインを、ガシと平手で握りこんだ。そのまま右に薙げば、追撃の業火が敵を焼き殺すのは必定である。
「シネ」
と、つぶやくと同時に、返す刀のもう一閃で、敵を屠らんと意気込んだが、
「パチン」
と、フィンガースナップの音が響き渡るや否や、フランドールの手首から先が地に落ちた。
「あ……れ?」
と、すっとんきょうな声をあげたフランドールの視線の先には、先のレヴァンテインの一撃に押されたか、はるかに数百メートルも後退した風見幽香がそこにあった。
衣服は炎で焼かれ半裸体となり、必死に小技で抵抗するこの敵を見て、にっと笑みを浮かべたフランドールは、自分の優位を確信すると、
「オモシロ!」
と、思わず声をあげて喜んだ。
フランドールが右手で落ちた剣をつかみ取り、相手を殲滅せんとするその瞬間、不可思議、風見幽香は目の前に現れ、体勢を崩したフランドールの内臓を捻転してねじ切るボディーブローを放った。
風見幽香は、レヴァンテインに圧倒されたのではない。自分自身で、マスタースパークの反動を利用して後退していたのである。そうして今度は、背に向けて砲撃を放つと、反動を利用して瞬時に肉薄したのである。
鬼もかくやという怪力によって、腹部への直撃を受けたフランドールは、白目をむき、口と肛門から散々に血を噴出させて空中を旋回した。
そこへ、追撃のマスタースパークが放たれると、フランドールの身体は、頭部を残して消滅した。
(……チェックメイトね)
大小の小技を合わせた風見幽香の最後の一撃は、フィンガースナップの真空刃による頭部の破壊である。
が、この詰めの一手を放たんとしたその刹那、首筋がズキンと痛む嫌な予感がした風見幽香は、フランドールの意表を突いた、あの縮地の妙術で、緊急回避を試み、はるか後方に撤退していた。
「……奇怪な」
風見幽香の嘆息もむべなるかな。落下するフランドールの頭部をキャッチするのは、同じフランドールである。どこから現れたのかは不明であるが、三人のフランドールと一つの頭部が、彼女の前に立ちふさがっているのである。
その三人のフランドールの中の一人、パールのピアスをつけたフランドールがアリスのそばによると、やおらアリスは包帯を解いた。そうして露わになる傷口の一つに、フランドールが唇をよせ、骨に舌を這わせて骨髄を啜ると、恍惚の表情を浮かべてアリスは絶頂した。すると同時に、頭部だけになったフランドールが、たちまちその身を甦らせたのである。
「……珍妙な」
忌々しげにつぶやく様子を見て、赤に染まったパールのピアスを見せつけるように舌なめずりをするフランドールが、怪しい瞳で、
「ストックはね、あとね、二十七人なんだよぉ」
と、言うさまを見て、この大妖怪も、いよいよ、ここが死地と心得た。
「全力で行かせてもらうわ。まさか、卑怯とは言わないわよね」
パチン、と得意のフィンガースナップを天空に向かって放つや否や、突如、魔界に雨月が出現した。
「いよいよ、本気ね」
絶頂の余韻冷めやらぬアリスが、熱っぽく声を漏らすと同時に、どこからか一つの広大な屋敷が現れて、砂漠にまさか、草花が咲きはじめた。はたして夢か幻か。とても魔界のうち捨てられた一区画とは思われないメルヘンチックな光景である。
そうして夢幻館から現れたのは、風見幽香の懐刀が二振り、エリーとくるみ。
「三対三の、真っ向勝負。さぁ、存分に死合いましょうか」
そう言うと、いつの間にか腰まで伸びたロングヘアーも艶やかに、赤らめた瞳の風見幽香は、六枚光の羽を大きく広げて突撃した。
十七
偉大な魔界神、神綺の御前、魔界の一地区で行われた真剣勝負。突如現れた夢幻館と、夢幻館を中心として見渡すかぎり咲き乱れる草花は、雨月の下、見るものを思わず歎息させる美の憧憬であった。
そのメルヘンが、いまや腥風凄愴と荒び、破滅の淵へと姿を変えていた。一騎当千、百戦錬磨の風見幽香とその忠臣は、フランドールの強襲を退けること七度、都合十九人のフランドールを、血の海へと葬ったのである。
雨、しとしとと降りしきる中、ものすさまじく荒れ果てた夢幻館の屋上で、背を壁にもたれかけてようやく立っている状態の風見幽香は、満身創痍、生きているのが不思議なほどにくたびれていた。
脚下に倒れ、すでにこと切れたエリーとくるみを見て、不敵にも笑みを浮かべる幽香は、己の勝利を確信していた。
(死者の咲顔……二人とも、本望でしょう)
雨の音のみ聞こえる夢幻館は、しばし寂寞として声なく、ただただ血の匂いばかりが立ち込めていた。
その情景を目の当たりにして、魔界神はカタカタと歯を震わせ、目からは幾条もの血涙が流れ落ちていた。
(これは夢よ、幻よ。ありえないことだわ。また、あってはならないことだわ)
魔界の創造主としての責務を終え、一日の労を慰安する安息の暇に、必ず思い返すのは、乳房にすがる愛娘の姿であった。そうして、日に日に大きくなり、女の子としてますます可憐さを増すその姿を見て、命よりも大切なものはないことを知り、それをことさらに教えて育てたはずの少女が行き着いたところが、どうして奈落の底辺であって良いものであろうか。このような悪夢を生み出す張本人が、自らの子宮より生み出されたことを認めるなどということは、尋常の精神には不可能である。
「いよいよ、チェックメイトね」
全身を糸で操り、ようやく可動し得るほどに不自由となった体を操り、一つとなったフランドールをそばに置き、風見幽香と対峙するのはアリス・マーガトロイドである。
「ようこそ、アリスちゃん。なつかしの、夢幻館へ」
見下し、挑発するように言う幽香だが、そうした言葉と態度とに、アリスが心乱されることはなかった。あとはこの、生贄を神に奉げる神聖な儀式を行い、神の御前で永遠の愛を誓うばかりなのである。恨みも、憎しみも、もはやアリスにはなかった。ただそこにあるのは、フランドールとの永遠の愛の礎となって死んでくれる、生贄への感謝の気持ちばかりである。
「全く、優しい顔しちゃって。なぁに、あんた。私に感謝してるの? この、ドMが!」
風見幽香の罵倒に、アリスは笑みで応えるばかりだった。
「あぁ、そう。じゃ、私も……」
そう言うと、風見幽香は、ニコリと、極上の笑みを浮かべると同時に、右手を心臓に向けて突き出した。アリスが、アッと思う間もない、意表をついた早業で、自決する覚悟である。
もちろん、このシナリオを恐れるアリスにも備えがあるのは知っている。そうして全身を糸で巻きつけられていることは、既に自覚している。意識せねば感じることができないこの糸による束縛は、故に土壇場で役に立つ。この束縛を逆に破るために、風見幽香は最後の力を残しているのだ。全身から力を放出させ、一瞬、糸の束縛を緩めることで、見事に自分の息の根を止めてみせる計算があるのだ。
笑顔で自決し、その咲顔を残して逝くことで、アリスの宿願を破る覚悟の風見幽香。生死ばかりが勝敗ではない。殺し合いはその、目的を達成する手段でしかないのである。
心憎いばかりの計算で、アリスとの勝負を双方の敗北で決着させようとした風見幽香であったが、その身を縛る糸を緩めんとして渾身の力を発揮させようとしたその瞬間、異様な何者かが自分を見ていることに気がつき、ハッとした。その、すさまじく怒り心頭した形相に、気を飲まれた刹那が、命取りとなった。
「ぐぅ!」
全身を束縛の糸で締め付けられると同時に、風見幽香は企みが敗れたことを痛感させられた。
(邪魔するか、魔界神!)
無慈悲の抱擁に、歯軋りして悔しがる幽香であったが、声すら出すことを許されない。
「今よ、フラン!」
「ハイ!」
身動きの取れぬ風見幽香の心臓を、フランドールは右の抜身で抉り出すと、振り下ろす左の手とうで生贄の首を切断した。
「はぁ、はぁ、やりました、アリス御姉様!」
「フランドール!」
敵の心臓と頭を鷲掴みにする少女を抱擁し、呼吸を忘れてデタラメに接吻するアリスの姿は、しかし魔界神の知るところではなかった。
「アリスちゃん……アリスちゃん……」
白目をむいて曖昧な状態で、失禁しながら夢想に耽る魔界神は、その後、永遠に正気を取り戻すことはなかったのである。
だが、そんなちっぽけな哀れは知らぬとばかりに、彼女の一人娘とその伴侶は、荒廃した夢幻館の屋上で、いつの間にやら止んだ雨を幸いとして、失神するほどに激しく交わり合って、かたい愛情を確認しあった。
そうしてどちらともなく目を覚ますと、かねてからの約束どおり、神聖な儀式を神の御前にて行うことにしたのである。
アリスは、フランドールに割礼を施した。
意外かも知れないが、割礼の儀式というのは、何も珍しいことではない。
外界でも、アフリカ大陸に置いては女子割礼は一般的であり、実際にスーダン・エリトリア・ソマリアにおいては、九割の女性が割礼を受けている。
もちろん、アリスは忌むべき因習を踏襲してこのような行為を行うのではない。
純然として、フランドールとの愛情関係から、女子割礼を行うのである。
なお、男子の割礼とは異なり、女子割礼はそのヴァリエーションが非常に豊富である。例えばアリスは、フランドールの膣を縫合したが、クリトリスは切除していない。通常は、まずクリトリスの切除が行われるのである。
何故アリスがクリトリスの切除を行わなかったかと言えば、それは、彼女が恋人を不要に傷つけることを望まないからである。
そもそも、アリスから見れば、フランドールの体に不要なところなどは一つもない。全てが愛しく、大切なものである。そうしたフランドールを、さらにかわいく装飾することはあっても、その逆は有り得ないのだ。
事実、アリスはフランドールの尿や糞ですら食することに迷いはない。
そのアリスの愛情は、同様にフランドールのものでもある。
「はい、割礼終わったわよ」
そう言うと、アリスは水晶を通して、フランドールの恥部を覗いた。
「うん、バッチリ。ホラ、見てごらん」
そうして手渡される水晶を見て、フランドールはポッと頬を赤らめた。
「嬉しい……」
ウソではない。自らの純潔が、ただ愛する人のためだけにささげられていることの証明である。
「痛かった?」
「うぅん。というか……さっきのが、とっても痛かったから」
この日、割礼を受ける直前に、フランドールは処女を奉げている。
「でも、良かった。本当に入るかどうか、不安だったんだもん」
「ふふふ。赤ちゃんが出てくるんだもの。そりゃ、大丈夫よ」
そう言って、アリスは血と愛液がべっとりとこびりついた右拳をフランドールに見せた。
「てへへ。すっごいことになってる」
「本当ね。フランでいっぱいになっちゃってる」
そうして二人は、幸せなキスをした。
「フラン。永遠に、一緒だよ」
「はい、御姉様」
かくしてアリスとフランドールは、永遠のパートナーを得たのである。
その様子を見ていたのは、ただ一人、首だけとなった風見幽香ばかりであって、その表情は驚愕と憤怒で滾っていたという。
一
フランドール・スカーレットは喜びに満ち溢れていた。
まさかこんな簡単に、パチュリーが、咲夜が、美鈴が、魔理沙が、そして畏怖する姉のレミリアが、彼女に心を開き、彼女たちの秘密を曝け出してくれるとは思わなかったからである。
「私ね、みんなに聞いて欲しいことがあるの」
(これは本当)
「フラン、ずっとずっと、言えないでいたことがあるの」
(これも、ホントね)
「でも、どうしてもみんなと仲良くなりたいなって思って……」
(これだって、ホントだな)
「だから、どうしたらみんなと仲良くなれるのかなって考えたの」
(うんうん、これもホントだよぉ)
「それでね、フラン、気がついたの。私がみんなに壁を作って、言いたいことを言わないでいて、それでみんなと仲良くなれるわけなんてないんだって……」
(これは嘘)
「だから、フラン、勇気を出すことにしたの」
(これは……ホントだよね?)
「フランが何で一人っきりで、ずっとずっと、いたのかってこと。その、本当の理由を、みんなに知って欲しいの……聞いてくれる?」
(これからは、ぜ~んぶ、ウソだな!!)
「みんな、ありがとう! それじゃ、フランのお話、聞いてください……」
フランドールは生まれてこの方、彼女の持つ特殊な力が何らかの価値を有すると思ったことがないし、吸血鬼であることに誇りを感じたこともない。
(だってだって、少しも私を幸せにしてくれないんだもの!)
だが、そんな特殊な力とは別な、まったく新しいフランドールの特別な力があることに、彼女は先日、気がついたのである。彼女を幸せにしてくれる、とっておきの魔法の存在に。
(グリモワール・オブ・フランドール……それは、たった少しのウソ)
はじめ、その魔法を試したフランドールは、効果の絶大さに驚愕した。
毎日フランドールの世話をしている一匹の妖精――その妖精は、とても特殊な妖精で、フランドールの視界から消えていなくなってもすぐに戻ってきて、愚痴ひとつ言わずにフランドールに奉公するメイド妖精の鏡――に、魔法の実験を行ったときのことである。
「いつも、ありがとうね」
ポツリとこぼされた主の言葉は、この忠誠心のあついメイド妖精の心にこだました。
(わ、スゴイ! 涙って、こんなにおっきなものなんだ)
忠臣の涙下るその姿を前にして、フランドールも心安らかではいられなかった。
(やった! やったぜ! すげぇ、大成功じゃねぇか! いや、やべぇやべぇ。笑いがこらえられなねぇや)
そうしてうつむくフランドールの姿は、その場に居合わせたこのメイド妖精にとってみれば、ひたすら畏怖を覚えるばかりであった主人の意外な一面の発見であり、そのギャップに強い親愛の情を喚起されたのである。
(あぁ、こんな酷い子でも、感謝する心はあるし、照れることだってあるんだなぁ)
不器用な姿は、母性を掻き立てるらしい。
そうした重要な発見もあったこのフランドールの魔法実験は、まず大成功と言ってよいものだった。
「フランドール……私もあなたを見習って、その幾許かの素直さをもって告白するのだけど、私はずっと、自責の念を感じていたわ」
レミリアのこの言葉を聞くと、フランドールはその明眸を驚くほど大きく見開いて答えた。
「え、ウソ! ど、どうして?」
(なんてね。これも、ウソ)
フランドールの魔道書には、例えばこういう詠唱が載せられている。
【相手の思っていることを、言ってあげると信じるよ♪】
また、こうした詠唱もある。
【みんな、正しいことを信じるんじゃないの。信じたいことを、信じるんだよ♪】
これら二つの詠唱を組み合わせた高等魔法を、フランドールは会得していた。
(お姉様は、私がちょっと苦手。だって、私に負い目があるから。いつも私の前だと威張るのは、その裏返しなだけだって、うふふ、フランは知ってるよ?)
(にしてもさ。別に、好きで一人っきりだっただけなのに。案外、かわいいところあんだな、コイツ)
(でもでも、心の中では、自分が悪くないって信じたいんだよ! それはそうだよね。悪いことしてないんだもん。だから、これは効いたよぉ……)
フランドールは努めて自責した。
思い通りにならない自分という存在を恐れる、哀れな少女を演じたのである。
そうした才能が、彼女の中の一つにはあった。
そうして自分自身が理解できず、統御することができないために、自分以外の何者をも信じることができなくなったという、誰もが納得しやすい、自己の境遇を説明する論を編み出したのである。
「だって……私のことだってわからないんだよ。みんなのことなんて、わからないよぉ」
涙すらも流して見せる、このフランドールの迫真の演技は、見るものの心を激しく揺さぶった。
もちろん世の中には、涙をコントロールする術を知っている者がいる。実際に口と鼻と目とは奥底でつながっているのだから、特殊な呼吸の仕方によってその敏感な部位を刺激することで、涙腺を緩めることができるのである。
だが、フランドールが、このひどく長い時間を一人きりで過ごした少女が、そのような芸能に長けているわけもない。例え多能な十六夜咲夜が、そうした奥義を知っていたとしても、どうしてフランドールにそうした技能があると疑い得るだろうか。
(だから、これも嘘)
もっとも、フランドールとて、ここまでち密な計算をしたわけではない。というのは、彼女の魔道書には次のような詠唱が書かれているからである。
【考えすぎるのは、ダメ。計画通りに行かないと、パニックしちゃうからね♪】
アドリブで高等魔法の詠唱ができるところに、フランドールの天才があるわけだ。
「何だか少し、胸のつかえが取れた気がする。私も本当は、自分の心の中を素直に曝け出したかったのかも知れないわね」
レミリアの言葉は、とりわけ、そのかたわらにいるパチュリーの心に響いた。
「そうね……その気持ち、私にも分かる」
パチュリー・ノーレッジにも、誰にも言えない秘密があった。しかし、すでにその過去は共有され、受け入れられている。特に、この親友に対して、先ほどまさに。
見つめ合うパチュリーとレミリアの間には、忌憚ない友情があることを、周囲の面々はたしかに感じたし、フランドールもまた感じていた。
(何だよ。今日は、お前たちのためにあるわけじゃないだろ)
突如として感情が沸騰するのを感じたフランドールは、しかしその怒りが目に宿り、瞳の中に小さな狂気の満月が浮かぶより先に、雲で月光を覆い隠した。
アリスは、その二人をじっと見つめるフランドールの大きな瞳を、その大きな瞳にあっても不釣り合いなほど大きく開いた瞳孔を、ドギマギしながら眺めていた。
そうして、しばらくしてフランドールの瞳に生気が戻ったのをたしかめると、ゴクリと唾を飲み込んだアリスは、何か、天国的なものがこの世界に舞い降りたのを感じて、心の中で感謝の祈りを奉げた。
(偉大な魔界神、神綺様。あなたの御名が、尊いものとして賛美されますように。すべて、苦しみも悲しみも、生命の実感として祝福してくださるお母様。狂気と倒錯を、生きることへの真剣さとして祝福してくださるお母様。官能と屈服を、愛情の名のもとにおいて祝福してくださるお母様。今宵、永遠の伴侶との出会いが与えられましたことを、あなたの一人子、アリスが魂から感謝申し上げます)
アリスの祈りは、真剣である。おそらく、幻想郷の中において、彼女ほど確たる宗教心を抱いているものはあるまい。それは、神の一人子としては、あまりにも当然なことである。
アリスは、神が彼女に微笑んでいることを感じた。どころか、神は彼女の心の中に入ってきたのである。それは今までもずっとそうだった。苦しいときも、悲しいときも、ずっと彼女の神は彼女のそばにいて、彼女を祝福してくれているのだ。そこに、救いがあるのだ。どんなことでも、神は喜んでくださっているのだという救いが。
だからアリスは、彼女が今まさに計画していることは、すべて、偉大なあの御方の御心にかなうものであり、何よりも正しい行いなのであると、彼女は確信しているのである。
「最後は、あなたね。アリス・マーガトロイド。私たちは皆、それぞれ過去を告白した。あとは、あなた一人となったわ」
レミリアがそう言ってバトンを渡すと、アリスは紅茶を一口含み、高鳴る胸を落ち着かせてから言った。
「あんまりこういうのは得意じゃないんだけど……フランドールの姿を見ていたら、ちょっと健気でかわいいなって。それで、少し勇気が出たわ」
そうしてフランドールを見つめるアリス・マーガトロイドを、フランドールは照れ笑いで答えて、顔を少しうつむかせた。
(てへへって笑うの、フランの十八番♪)
そこに歓喜の色があることを、アリスは見逃さなかった。
「別に、秘密のお話をするのは良いけど、あんまり面白い話じゃないわよ? というか、ちょっと嫌な話だと思う。薄気味悪いことだから」
そんなアリスの告白を、全員が全員、諸手を挙げて歓迎した。
このムードを作り上げたのは、ほかならぬフランドールである。
結界を作成し、有利な環境を構築することこそが、魔法使いの勝利の鉄則であり、そのために絶大な効力を持つのが、フランドールの大魔法なのだ。
しかし、そのフランドールの魔法を破るのは、一つの言葉と眼差しであった。
「フランドール……」
「うん、なに?」
目を合わせたのは迂闊だった。
「私、実はシリアルキラーなの」
瞬間、フランドールの胸は貫かれた。
アリス・マーガトロイドと視線が合ったとき、心臓が一際強く脈打って、呼吸ができなくなったフランドールは、背中に冷たいものが伝わるのを感じた。
(この人……嘘をついている)
ざわざわと騒ぐ周囲の声が、フランドールの結界が破れ、アリスの結界が構築されようとしている何よりの証拠である。
同時にフランドールは、ハッと感づいた。
(この人、私がウソを言ったことに気がついている!?)
動転したフランドールは、気取られてはならないと思い、本能的にうつむいて表情を隠すことにした。
その姿を見て、アリスは唇を舌で濡らし、甘いリップを舌先のもっとも敏感な部分で舐め取って、ほのかな味わいに法悦の微笑を浮かべたのであった。
二
告白の日から三日が経っていた。
ステキな席に招いてくれたお礼と称して、紅魔館へ手製の菓子を届けたアリスは、同時にレミリアに、フランドールを数日、魔法の森の邸宅に招きたいとの申し出をした。
「少し、お手伝いをして欲しいことがあって……」
何の手伝いであろうかとレミリアが疑ったのは当然のことであるが、その様相からは微塵にもウソ偽りが看取されない。
相手は親友と交友があるとは言っても、レミリアにとってはただの部外者に過ぎない。無礼にはあたるまいと思ったレミリアは、その鬼眼でアリスを射抜くほどに視通したが、やはり彼女の言葉は真実であり、その心の中に、フランドールへの純粋な好意と彼女を求める気持ちしかなかった。
また、アリスの懇願を知ったフランドールが、アリスの誘いを受けたいと申し出た。
フランドールの言葉は、レミリアを強く後押しした。
もはや愛情より他に感じ得ないこの妹に対して、姉のレミリア・スカーレットは、健やかな成長と幸福な人生より他には願い得なかったのである。
(誰かに感謝されることが、きっとフランドールの自信になるでしょう)
レミリアは、フランドールが誰かの役に立つために積極性を発揮したことを嬉しく思い、まなじりの熱くなるのを感じた。
「朝日が昇る前には、ちゃんと帰ってくるように」
吸血鬼が夜に外出するとして、まさか危惧する者はない。
夕暮れと同時にアリスが迎えに来るや否や、三人で軽く食事を取ってすぐに、レミリアは二人を紅魔館から見送った。
(どうか、フランドールの良い友人となって欲しいものだわ)
そんなレミリアの願いを知ってのことか、アリスは自宅へとフランドールを先導する最中、優しくこんなことを語りかけた。
「もっと気軽に話してもいいのよ? アリスでいいわ。その代わり、私もフランって呼ぶから」
フランドールは、少し戸惑った。
しかしその戸惑いは、すぐに氷解したのであった。
「だから、あのね……私がウソついたこと、黙っててくれる?」
アリスの突然な申し出ではあるが、これは意外なことではなかった。
(そうだ。そうだよ。この人が私のウソを見破ったみたいに、私だって見破ってたんだ。私が見破られているって感じたように、この人だって見破られてるって感じたんだ。だからなんだ。要するに、お互いにナイショってことだよね!)
フランドールの察しの良さは、アリスにとっては嬉しい誤算だった。
「フランはとてもクレバーなのね。それに、思ったよりも大人だわ。ちゃんと、大人の取引ができるんだもの」
「う、うん! まぁね。そりゃ、フランだって、長生きしてるもの」
そう照れ笑いを浮かべるフランドールと、それを見つめるアリスの眼差しとは、どこか神が祝福したかのような、麗しい一枚の絵画と見えた。
ただ、ペロリ。
舌なめずりしたアリスは、自宅が見えると、フランドールの手を取って招き入れ、ベリーの甘いフレーバーが芳しいとっておきの紅茶を淹れて、懇ろに彼女を歓迎したのであった。
三
フランドールが自分の中で、アリスへの好意が日に日に大きくなっていっていることに気がつくまでに、そう長い時間はかからなかった。
「フランって、本当に人形みたいにカワイイわよね。だからちょっと、モデルをして欲しいの」
そういうアリスの懇願を、フランドールは、お互いに秘密を共有し、大人同士の約束をする機会を作るための方便と見ていた。
だが、それであっても、誰かに必要とされ、誰かに感謝されることの喜びの大きさに、胸が高鳴るのを感じていたのは事実である。いくたびか美味な紅茶を飲み、アリスの邸宅のよい香りに親しむうちに、求められるに応じた形ではあるが、次第に半ばフランドールのほうから、積極的にこの美人に協力したいと思う気持ちがわいてきた。それに、何よりも女の子であるから、モデルとしてチヤホヤされることには強い快感を覚えるのだ。
だが、アリスが人形を完成させたとき、ポツリ、「まだ、完成させたくなかったな……」とこぼしたのを聞いて、お世辞以外の深切な思いを、お互いが抱いていることに気がついた。
それがフランドールには格別に嬉しかった。
感情の共有という行為も、思えばフランドールにはひどく懐かしいことである。
(アリスも、フランと同じ気持ちだったんだ……)
それは、意外なことではなかった。ウソで築いた交友関係というものは、どこか気疲れするものである。ウソをウソで塗り固める日常に、フランドールは煩わしさを感じ始めており、アリスも同じ境遇であるのだということを察するのは、聡いフランドールには容易であった。
そうして短い時間の共有ではあったものの、長い人生の中でもほとんど唯一といっても良いだろう、フランドールにとっては、忌憚無い交流の時間だったのである。
「ねぇ、フラン。私、あなたにお礼をしなくっちゃダメだわ」
「え? うぅん。お礼なんていいよ。フランこそ一週間、楽しくって……アリスって、とってもステキだから、一緒にいるだけで嬉しかった」
「あら、嬉しい。私も、同じ気持ち。だからね、フラン。一緒にとびっきりの魔法を、使っちゃいましょう?」
「え?」
「フランに、お礼のドレスを作ってあげるわ。でも、フランはこだわりが強いから、なかなか満足してくれないの。あ~あ、大変だわぁ。私、とってもステキなドレスを、五着も作らなくっちゃならないんだもん」
アリスの提案を受けてフランドールは、満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「嬉しい! うん、うん。アリス、魔法を使っちゃおう!」
そうして、アリスの手を両手で握り締めて、ぶんぶんと上下に振るフランドールの姿は、純情可憐、あどけない少女そのものであった。
そこに、いくぶん初恋の兆しがあることは、自然なことである。
というのは、特に女児においては、初恋の対象は身近な同性であることが多いからである。友人との間にある愛と恋人との間にある愛とが、純真な少女においてはまだ分化していないのだ。
そうして、ペロリ。
そんなフランドールを舌なめずりして見るアリスの目は、とろんとして異様に艶かしかったが、それをフランドールは優しい大人の女性の目と感じて、どこか憧れの視線で見ていたのであった。
四
フランドールがアリスの屋敷に通うようになってから三ヶ月が経った。
フランドールは、正式にアリスの弟子となり、彼女に魔法を習う立場になったのである。
「どう、フラン? アリス先生の修行は大変?」
「うん、お姉様。もう、スッゴイ大変! はぁ、先生もあんなに厳しくしなくていいのになぁ」
「でもそのわりには、あんまり新しい魔法は身についてないようだけど?」
「うぅ……フラン、覚えが悪いから」
「それじゃ、先生が厳しくされるのは、フランの真剣さが足りないからね。覚えが悪いのは集中力がないからよ。ホラ、今日もレッスンを頑張ってらっしゃい」
「はぁ~い」
吸血鬼姉妹の新しい日常は、彼女たちを知る全ての人の日常に、等しく微笑みを与えるような祝福された日常であった。
フランドールはアリスの屋敷に着くや否や、「ただいま、アリス!」と大きな声で帰宅を告げた。
「お帰り、フラン」
テーブルに座って人形をブラッシングしていたアリスは、やおら人形を机の上に置くと、両手を広げてフランを招いた。
「だ~いすき、アリス♪」
アリスの胸に飛び込んだフランドールは、ギュッと背中を包み込んでくれる恋人の温かな抱擁に胸を弾ませながら、歓喜一色に染まった笑顔を、ことさら柔らかな乳房に埋めた。そうして頬ずりをするフランドールは、全く思慮にないことであるが、アリスにほのかな官能を与えた。アリスは思わず嬌声をあげそうになるが、軽く上唇を噛んで我慢した。
そうして無邪気にじゃれ付くフランドールを前にして、
(まるで、恋人ごっこね)
と、アリスは思わず心の中でつぶやいた。
そうして、ペロリ。
優しくフランドールのブロンズヘアーを撫でながら、アリスはフランドールにささやいた。
「そういえば、今日は付き合ってからちょうど一ヶ月ね。記念日だわ」
「うん! えへへ。覚えていてくれたんだ、アリス」
そう言って上目遣いに自分を見上げるフランドールを見て、アリスはまた、ペロリ。
純真無垢な少女の愛情表現は、しかしアリスにとっては、娼婦がみだらに肢体を艶めかせて誘うよりもよほど欲情的に思えたのである。
そんなフランドールの挑発を受けたアリスは、僅かにバラの香りがついた甘めのリップを舌先で掬い取り、口の中に広げた。するとたちまち、アリスの目は艶かしくなって、自分が抑えられなくなってしまった。
だからと言って、その情欲を制御する必要があるとは、少なくとも彼女の宗教は教えない。むしろ、その生命を賛美したいと思う感情を、都合の良いアリスの神は、心の中にあって祝福さえもしてくれるのである。
「でも、困ったわぁ。私、何もプレゼント用意してないもの」
アリスは悩ましげにそう言うと、ふわりと髪を掻き揚げた。同時に、彼女のリップと同じバラの芳香が、柔らかにフランドールの鼻腔に届いた。
(あ、アリスの匂い……)
そう、フランドールは思うと同時に、小さな胸がキュンと切なく高鳴った。
「そうだわ、フランドール。一つだけ、あなたにあげられるプレゼントがあったわ」
「なに、アリス?」
「私の、とっておきの大魔法。その奥義を教えてあげるわ」
「アリスの魔法? 人形遣いの魔法?」
「ふふふ……」
アリスは微笑で答えた。そうしてその中で一瞬、クスリとしたものがあった。それを見て取ったフランドールは、とても幸せな気持ちになって、どうしたことか、ずっとその場で、アリスの言葉を聞いていなくてはならないと思うようになった。
「私が教えてあげるのは、とっても、甘くて切ない魔法よ」
「?」
「sweet magic」
「あ……」
フランドールは思わず目を瞑った。
そうして次に目を開けたときには、あまりにも胸が切なくて、言葉が何も出てこなかった。
一瞬感じた、ほのかに残る唇の感触が、徐々に失われていくことへの悲しみは、フランドールの涙を誘った。
「どうかしら?」
アリスの問い掛けに、フランドールは何も答えられず、ただもう一度、目を瞑った。
五
フランドールとアリスが交際を始めて半年が経った。
今日はちょうど半年の記念日である。
その記念日にあわせて、魔法の強化合宿などという名目を打ち立てたのは、どちらともない総意であった。
季節はおりしも夏。日本の夏は、とかく蒸し暑い。気分転換という口実で散策に出かけている二人だが、パッと目を引くのはアリスである。金髪の人間離れした美少女が、おろしたての白いワンピースを着て、微笑みながら歩いているのである。
「森の中って良いね! 私も、お散歩できるから」
しかし、フランドールもまた目を引く。だがそれは、彼女が夏らしからぬ長袖のシャツを着ているからである。これはもちろん、彼女が吸血鬼であるためである。
「そのブラウス、可愛いわね。フランドールは、本当にピンクが似合うわ」
こうした他愛のない会話の中にも、常に相手を褒める言葉があることは、何もよこしまな思いがあるわけではなく、ただの女子の日常である。
「このあたりで、ランチにしましょうか」
そう言ってアリスは、木陰に敷物を敷くと、フランドールを座らせて、自身はかいがいしくランチタイムの準備を始めた。
そうして前かがみになるアリスは、少し無防備な姿勢になる。
それをフランドールは、頬を赤らめてそ知らぬそぶりで、横目にチラリと覗いてしまう。
(あ……ピンクのブラ、カワイイ)
同時に、心の中でため息をつく。
(私も、ああいうカワイイの欲しいなぁ)
そうして、無意識に胸に手を当てるフランドールを、クスリと微笑みながらアリスは観賞していた。
「お茶、淹れたわよ?」
「ん!? うん! ありがとう」
「ふふふ、どうしたの? 慌てちゃって」
「な、なんでもない……アツ!」
「もう、あわてんぼうさんね。ほら、冷ましてあげるから……」
そうして、息を吹きかけて、少し熱が逃げたのを確認するため、アリスは一口、紅茶を口に含んだ。
「うん。大丈夫ね」
そうして手渡された白いティーカップには、ピンクの口紅がうっすらと残っていた。
「ありがとう、アリス……」
フランドールは、アリスに気づかれないように、自分の唇と口紅とをあわせた。
その姿を見て、ぺロリ。
アリスの視線は、やや過ぎたほどに艶かしかったが、それを見ているものは誰もいなかった。
「ねぇ、フラン。今日、ピクニックが終わったらなんだけど……」
六
「紅茶を淹れたわよ、フラン」
淡いピンクの下着姿で、アリスはベッドに眠っているフランドールを起こした。
晩秋の夜、風が強く吹くころなどは、むしろ冬よりも寒く感じるものだ。
しかし、魔法使いにとって、室温を一定に保つ程度のことは造作もないことである。
「んぅ……おはよう、アリス」
ベッドから半身を起き上がらせたフランドールは、一糸まとわぬ姿であることに気がつくと、少し照れながらシーツで体を覆った。すると、ふわりとやわらかいバニラの香りが漂い、アリスの鼻腔を官能的に刺激した。
(裸の恋人がまとっているのは、「ピンクのベビードール」……なんてね)
そんなことを考えると、思わず先ほどの情事を思い出し、ぺロリ。
フランドールはアリスからプレゼントされたベビードールという香水を、舶来の品と喜んで愛用しているが、そこには密かなアレンジが加えられていることを、まったく知りはしないのである。
(でもちょっと、私の体力が持たないかも)
覚えたての少女である。その欲求は尽きるところがない。そうして無尽蔵の欲求にこたえることができるだけの体力が、この吸血鬼という種族にはある。
むろん、この程度のことは全てアリスの計算通りであるのだから、嬉しい悲鳴とはこのことであろう。
「あ、あの、アリス……」
「どうしたの? フラン」
もじもじと照れくさそうにしてしなを作るフランドールの姿は、純真無垢な子供らしいあどけなさと色を知った女の艶かしさとがたまらないギャップとなって、アリスの心を奥底深くから煽った。
すると、体力が持たないなどと思っていたことはウソのようである。
ゴクリ、と思わず唾を飲み込むと、また渇く間もないほどに存分に愛し合った。
七
新年の祝いを互いに告げたことは覚えているが、それより他に元旦の記憶がない。疲労の極に達したアリスは、ほとんど一日、熟睡していたのである。
その眠りを妨げたのが乳房にすがる恋人であったというところに、また格別の悦びがある。しかもその恋人が、容貌、齢十歳にも満たぬ女児とあれば、レズにしてペドという特殊性癖のアリスにとっては、天国がこの地上に降りてきたような感動すらある。
乳房から甘い香りが漂ってくるのを感じながら、アリスは夢見心地に回想した。
それは、冬の始まる前のことである。
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幻想郷の冬は厳しい。紅魔館とアリスの邸宅とを行き来することは、簡単なことではない。だがそのような厳しさは、むしろ二人の魔法使いにとっては、天然自然の加護であった。
「寂しくなるわ、フランドール」
初雪が降る前に、フランドールは紅魔館を去った。
「でも、あなたが魔法使いとして自分なりの人生を歩みたいっていう目標ができて、そのために努力しようとしているのに、それを止めるような愚かなことは、姉の私にはできません」
このような殊勝なレミリアの言葉であるが、それを引き出したのはフランの魔法と、アリスの誠実な人柄である。
フランとアリスは、ただ同棲したかっただけである。
その口実に、魔法の修行を持ち出したに過ぎない。
だからこそ、レミリアは彼女たちから純真さしか感じ得なかった。
寒さの厳しい冬というのは、タイミングとしては理に適っていた。
紅魔館での最後の晩餐は、レミリアが手ずから赤子をさらってきて、妹のために屠るという格別のものであった。
銀のプレートに乗せられた赤ん坊は、生後まだ半年である。
まるで昏睡しているかのようにすら見えるほど、よく眠っている赤ん坊を前にして、フランドールは興味津々であった。
「ねぇ、ねぇ、お姉さま! この子、今からみんなで食べるの?」
その無邪気な笑顔はすっかり、レミリアの苦労を報ってくれた。
「えぇ、そうよ。これからみんなで、一緒に食べるの」
そう言うとレミリアは、ナイフを一つ取り出して、高らかに掲げて謳い始めた。
「ナイフはたちまち君を切り裂くだろう!」
そうして、ザクッと赤ん坊の胸を刺し貫くと、同時にけたたましい悲鳴が食堂に響き渡る。
深い安眠から一転、阿鼻叫喚へと至ったその光景を、笑顔で見守る紅魔館の面々とアリス・マーガトロイド。
さすがに霊夢と魔理沙は招待しなかったが、咲夜にそうした気づかいは無用である。
むしろ、彼女はどちらかと言えば……。
「滝のように血はあふれ出し、ビーズの如き汗が流れ落ちる」
ザクリザクリと切り裂いたナイフは、すでに腹部を縦に割っている。にも関わらず、不思議と赤ん坊は絶命しない。これは、パチュリーの粋な計らいである。
「おぉ、なんたる絶景か。豊な腸(はらわた)が顔を出し、今日の晩餐を彩り飾る」
そうしてナイフが極小サイズの子宮を両断し、下腹部の割れ目と重なったとき、どこからともなく拍手が沸き起こった。
それを笑顔でこたえるレミリアの主ぶりは、さすがのカリスマである。
「素晴らしいナイフ使い……惚れ惚れしたわ」
「お褒めに預かり光栄です。今度は、アリス先生の腕前を拝見したいところですわ」
「うふふ……機会があれば」
そうしてレミリアが最初に給仕したのは、妹の師匠、もはや寸毫も疑念を持たぬほどに敬愛しているアリスであった。
「先生には、本当になんとお礼を申し上げて良いかわかりません」
「そんな……私は何もしていません。フランの頑張りです」
「ご謙遜を。フランは先生のところに通うようになってから、見違えるようになりました」
社交辞令ではない。レミリアの本心であるし、事実でもある。
「先生なら、安心してフランドールのことをお任せできます。先生は本当に、フランのことを大事にしてくださるし、実の妹のように愛してくださっていますもの」
レミリアはその鬼眼で、過去にアリスの内面を覗いた。そうして今もまた、もう一度その鬼眼で、射抜くほどにアリスを見詰ているのである。
(レミリア・スカーレット……愚かな。なんと恥知らずなことをしているのか)
直後、彼女は強い自己嫌悪の情を抱き、深く内省した。
そうして今後、二度とこのような愚かな真似はしないことを心に誓ったし、その誓いを破るような破廉恥なことがあるならば、潔く自決しようと決心した。それがために、身を亡ぼすことがあったとしても、この澄み切った心の持ち主を疑う愚行をするよりはマシだからである。
一度信じたものに対しては、例え殺されることがあってもそれを許そうという気構えからうかがえる度量のほどは、カリスマの所以でもあるのだろう。
「ふふふ。そうね。あんなにカワイイ子はいませんもの。えぇ。正直、本当の妹みたいに可愛いのです」
「フランも、先生のことを実の姉と思って慕っていますわ」
ウソ偽りはない。
アリスはフランのことを妹と思って溺愛しているし、フランはアリスのことを御姉様と思って崇拝している。
「さぁ、先生。どこをお召しになられますか? お好きなところを仰ってください」
「そうね。それじゃ、折角だから、珍しいところをもらおうかな?」
「あら、良いご趣味ですね。さすがは魔界のシリアルキラー。悪魔もまずは、ここが一番の人気部位ですわ。ちょうど半分に切れているから、フランもどうかしら?」
姉と、妹と、その先生と。笑顔でハギスを囲む風景は、本当に幸福な祝福された光景である。
三人の姿を見て、パチュリーも、咲夜も、美鈴も、自然と笑みがこぼれるのを覚えた。
「先生、ところで。ちょっと良いでしょうか?」
そう、小声で囁きかけて来るレミリアに対して、アリスは機知を働かせ、少しフランドールから距離をとった場所へと移り、レミリアの話に耳を傾けた。
「本当に……あの、とてもお恥ずかしいことなのですが。本来は、私が教育すべきことを先生にお願い申し上げるということは、とても心苦しくあります。ですが、良い機会を逸してしまい、また先生ならばあの子も大丈夫だろうと思いまして……」
「えぇ、どうされましたか?」
「いや、やっぱり……とても恥ずかしいことです。止めましょう! しかも、先生のお手を煩わせることにもなりますから」
「何でもお気軽に仰って。遠慮はいらないわ」
「それでは……実のところ、とても率直に申し上げますが……恥ずかしいことに、あの子はまだ人を殺したことがないのです」
「まぁ!?」
「えぇ、分かっております。姉として失格です。あのくらいの年の子なら、百人くらいは殺したことがあって当然なのに」
「時代が時代ですもの。仕方ないわ」
「言い訳になりませんわ。ちょっとあの子は狂気が強すぎるし、力も強すぎるものだから、一線を越えたときに手がつけられなるような気がして、まだ直接、誰かを殺させたことがないのです」
「良くないわね。大きくなってからの殺人は、尾を引きますから。ちょうど人間が、おたふく風邪や水疱瘡に、早いうちになっておくべきように、私たちも早いうちに殺しを覚えておかなくてはならない」
「そうなんです! 殺人中毒になったらどうしようかって。だから、なおさら未経験のまま年を重ねてしまって」
「でも、とても大事な経験だわ」
「はい。私も、十二、三才歳くらいの男の子だったと思いますが、内臓をばら撒いてその上を右に左に笑いながら転げまわったときのことなど、今でも大事な記念として心の中に残っています」
「私は五歳くらいの女の子でした。アナルフィストから腸を外に引きずり出して絶命させたときのことは忘れられません」
「そういう大事な思い出を抱いて、私たちは成長するものです」
「全く、その通りね。過去にそういう、天国があるからこそ、私たちは現在においても、将来においても天国があることを信じることができる」
「箴言です。胸に刻んでおきます。でも、今では後悔しています。やり過ぎました。だけど、そういうやり過ぎたこともあって、大人になるんです。成長するのです」
「人間だって、そうなんですよ。秋に、トンボを何十匹も捕まえて、羽をちぎって投げて遊ぶ姿を、以前人里で見ました」
「そうでしょう。ライオンも、手負いのシカを散々にもてあそんでハンターとしての技術を学びます」
「人間も妖怪も動物も、みんな同じですね」
「えぇ。ですから、是非とも先生に、あの子にそうした常識についても教育をして欲しいなと思いまして……」
そう言うと不安げな表情でアリスを見上げるレミリアに対して、アリスは満面の笑みでうなづいて答えた。
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アリスは乳房にすがるフランドールの金髪を撫でながら、優しい笑顔で糸を繰り、人形に銀のナイフを持ってこさせた。
そのナイフを見て、恐れるでも怪しむでもなく、ただ純粋な疑問符を投げかけてくるフランドールを見て、アリスは胸の高鳴るのを感じて、彼女にもご褒美をあげようと思い立ったのである。
八
「えへへ、お揃いだね」
「可愛いわよ、フラン」
そう言いながら右手と左手の指を絡ませ合う二人の手首には、おそろいのピンクのリストバンドが巻かれている。アリスとフランドールは、お互いに手作りのリストバンドを作って交換し合ったのである。
この光景、ただそれだけを見れば純粋に微笑ましい。しかしそのリストバンドが、リストカットの痕を隠すためのファッションアイテムとして利用されているという事実を微笑ましく思うか薄気味悪く思うかは人によるのだろう。
だがこのリストカットの痕を、愛しの御姉様との確かな愛の絆として、涙を流して喜ぶフランドールと、それを穏やかな笑みで見守るアリスがお互いに、神聖な意味をそこに見出しているということは疑い得ない。
毎夜といわず絡み合う二人の情事は、互いの手首を切り合い、血を舐め合って愛を確かめ合うほどに激しいものとなっていたが、その行為に対する倫理的な疑念は二人の間には微塵もないのである。
「リストカットしてるときのフランって、まるで人が変わったかのようね」
「え? そ、そんなことないよ!」
アリスの問い掛けにひどく狼狽したフランドールは、オドオドして挙動不審になった。すると、どうであろうか、突然瞳孔が拡大して、数秒間静止すると、急に今度はひどく甘えた猫なで声で、アリスのリストバンドに、かわいい白猫の刺繍を加えたいとの希望を伝えてきたのである。
このような光景は、フランドールとの交際の中でしばしば確認される、豹変である。
(とりあえず、四種類必要かな……)
アリスは彼女のリストバンドを外すと、自分自身で傷口を広げて出血させた。
そうして、フランドールの前に手首を差し出すと、フランドールは目の色を変えて――それも瞳孔が縮小して瞳の中に満月を作るほどに――傷口を食い入るように眺めている。
「ね、ねぇ! 御姉様! 舐めていい? 舐めていい?」
「ん~ん。舐めちゃダメ」
「え~! いいじゃん、舐めさせてくれよ~」
「ん~……その代わり、舐めたら私のお願い、一つ聞いてくれる?」
「うん! うん! 何でも言うこと聞くから!」
「そう? それじゃ、いいわよ」
アリスが許しを与えるや否や、フランドールはアリスの手首の生傷にむしゃぶりついた。
容赦のないフランドールの舌の愛撫が、官能的な痛みをアリスに与える。
「ねぇ、フラン。あなた、好きな色って何?」
「色? ん……そりゃ、紅だよ。血の色が一番に決まってんじゃん」
「ピンクじゃなくて? 白じゃなくて?」
「白は普通。ピンクも好きだけどな~。紅が一番」
「そう。それじゃ、ルビーかしらねぇ。ピジョン・ブラッド……お似合いだわ」
「何の話?」
「ふふふ……ナイショ。あ、ちゃんと血、出てる? もうちょっと深く切ろうか?」
「いいの? お願い!」
そう言ってナイフを手首にあてがうアリスの所作には、ためらいが微塵にもうかがい得ない。それが、無言の意思疎通を可能にする。アリスは全く、フランドールの吸血趣味を肯定したのである。
嬉々として血を吸うフランドールの姿を見るアリスの瞳は、しかし不思議なほどに滾っていた。
九
一日のほとんどをアリスのベッドの上で過ごす生活を送っている二人にとって、お互いの個室というものはあってないようなものである。だが、一応形ばかりではあるものの、互いの個室というものはある。特にフランドールにとっては、アリスが彼女の部屋に来ることがないために、使うことは少なくとも、立派に個室としての機能は確立されているのである。
「うぅ……嫌だ、嫌だよ……頭が……割れそう」
一人部屋の奥隅で、膝を抱えて座り込みながらすすり泣くフランドール。
彼女の中にある別の人格が、強く主張して彼女を困らせるのだ。
「毎日毎日、出てきて……いや、ダメ。ダメ。こんなのばれたら、御姉様に嫌われちゃう」
そうしてポロポロと涙をこぼすフランドールは、青と白とのエプロンドレスを着た金髪の人形を胸に抱いて、
「ごめんなさい。ごめんなさい。御姉様、ごめんなさい」
と、繰り返し繰り返し謝っていた。
ちょうどそのとき、アリスは一階のロビーで紅茶を飲みながら、お気に入りの人形をブラッシングして微笑んでいた。
そのかたわらには、四組のピアスセットが置いてある。
それぞれ、宝石を装飾された真鍮のピアスは、ルビーとパール、ピンクダイヤモンドにエメラルドとがある。
しかし異なことに、一組七つのピアスとなっており、またその形も、特殊である。
「そろそろ、かしらね」
そう独り言ちるアリスの目には、ほのかに燦爛とした激情がたたえられていた。
十
「フランって、とっても素敵ね。オシャレさんだわ」
「え? そ、そうかな……どこがオシャレさんなの?」
「だって、心の衣替えをするんだもの」
「え?」
「すごいオシャレさん。私、フランのそういうところ、大好きだわ」
自己の短所を長所として肯定されたとき、心底、人生が報われるものである。物事は捉え方次第ということであろう。もちろん、あばたもえくぼというところが、少なからずあって然るべきである。
しかし何故、フランドールが複数の自己を形成せざるを得なかったのかは、誰にも分からない謎である。それが彼女の天性であると言われれば、それもまた狂気の性なれば、納得ができる。だが、少なからざる不可解は依然として残る。
はたして真実は知れないが、少なくともフランドールは、そうした謎に対する、彼女にとっての真実を見つけた。
(御姉様に喜んでいただくために……)
全て彼女の人生は、そのためにあると確信したのである。
そのときのフランドールの幸福がどれほど大きなものであったかは、他者にはおよそ計り得ぬものである。しかしもっとも大事なこと、つまり彼女自身の幸福は、たしかに存在しているのであるから、経緯は知らん、喜ばれるべき大発見であろう。
それにしても、思えば彼女がウソをついたその理由が、誰かを欺いてまでも、人との間に友情を築き上げたかったという、一般の子供によくありがちな悪戯だったのであるが、それを端緒として、こうまでも歪な恋慕を抱くに至ったというのは、全く悪魔的な宿命である。
ただそれでも、一つ真実を言い加えるならば、フランドールはこのときから、彼女を悪魔ではなく天使であると思い始めたということである。そうして彼女を天使へと浄化してくれた尊い存在が、アリス・マーガトロイドという女神だと思い始めたということである。その認識は、少なくともアリスと共通である。
つまりこの二人が、地上の楽園に住んでいるということを、彼女たちは信じて疑わないのだ。
十一
アリス・マーガトロイドが自律人形の作成を目標にしているというのは方便である。だが、それがウソではないところに、彼女の卓越した才能がある。
彼女の目標は、あの、偉大な魔界神ですら創造し得なかった存在を生誕させることにある。つまりは、母親を越えたいというのが、彼女の目標なのである。それはどのような存在であろうか。それは、永遠のパートナーである。
魔界神は、自らの理想の娘を生み出すことに成功した。文字通り産出した。だが、永遠のパートナーは、ついに生み出すことができなかった。それを成し遂げることは、魔界神の愛娘であるアリスの使命である。アリスは、それをとても光栄なことであると思いながら育った。母親も、きっとこの使命が果たされたとき、愛娘が無上の幸福児となり、さらなる幸福を生み出すに違いないと信じたのである。
自律人形の作成とは、つまり、永遠のパートナーの作成と言い換えられる。とりあえず、自律人形の作成が目標であるということの、ウソ偽りではないという理由はここにある。だがもちろん、永遠のパートナーが発見されるのであれば、もはや自律人形などは不要である。それは、手段であって目的ではないからだ。
彼女は異変解決のために、何度か行動を起こしているが、それは永遠のパートナーに必要な要素を発見するために調査であった。
例えば、こんな感じに。
(私は魔理沙の容姿に、八十五点をつけている。魔理沙よりも美人な霊夢は八十点なのに。どうしてかしら?)
(八雲紫……九十八点! あの容姿は、九十八点! ドレスの色さえ私の好みなら、満点だったかも知れないくらい、素晴らしいわ! でも、容姿だけでは、やっぱりその気になれないわ)
(レミリア・スカーレット! あぁ、やっぱり私って、ブロンズヘアーが好みなのね。金髪なら……金髪なら、満点だったのに。性格は……案外、屈服させたら良い感じになるかも)
(不思議なものね。パチュリーの胸に欲情するってことは、私の性癖は巨乳ってことになるハズ。ただ、八雲藍ほどになると、興奮しない。美しすぎると、性的な対象から外れるのかしら? でも私の性癖は、根本的にはロリータコンプレックスだわ。う~ん、どういうことなのかしら? 矛盾しているように思えるのだけど)
(あの天人……うん、悪くないんじゃない? みんなにかまって欲しかったなんて、純粋で可愛い。意外な一面に、ちょっとだけときめいちゃった。でも、好みからは相当離れているのよね……う~ん、難しい)
(妖精はどれも可愛いわねぇ。ペットにして何匹か囲いたいくらいだわ。魔界のお土産に持って行こうかしら? もし、次に悪戯にきたら、三人とも……ふふふ、四人でプレイなんて、興奮しちゃう)
こうした出会いを積み重ねて、彼女は自分自身が何者であるのかを、少しずつ学んでいったのである。それは、関係性がすでに構築され、出会いの対象がほとんど固定されており、限定された交流しか行えない魔界にあっては得られない経験であった。
幻想郷での豊かな交流関係が、アリスを大きく成長させた。すべて、人を成長させるのは、人と人との絆にあるのだ。
次第に、自律人形の作成を、つまりは永遠のパートナーの作成を、諦める気持ちが醸成され始めていた。
(たとえば、八雲紫の美しさ……私に、あれを越える美貌を創造し得るのかしら?)
(何故か私は、八雲藍の完璧なスタイルではなく、パチュリーのアンバランスさに欲情した。こうした興奮は、計算して作った物から感じることができるのかしら?)
(私は、あの天人を可愛いと思った。正直、ペットにしたいと思った。一瞬ではあるけど、激しい支配欲が私を覆った。首輪をつけて、鎖を思いっきり引っ張って、首を絞めながら鞭で白い背中を叩きたいと思った。それは、あの娘の見せた意外なギャップが私を興奮させたからだわ。こんなことは、全く計算不可能なハズ)
(一人の完璧な美貌を奴隷として奉仕させることと、三人のほどほどに可愛い少女を陵辱することと、私はどちらにより多くの官能を見出すのかしら? いや、むしろ、三人の少女に陵辱されることにも、私は興奮を覚えるのではないかしら? はぁ……やっぱり、人形相手だと、終わった後は虚しくなっちゃうわね)
となれば、永遠のパートナーを創造することは不可能なのであろうか?
(いや、そうではないわ。何も、零から百を作り出す行為だけをを創造と言うのではない。一から十を、十から百を生み出す行為……そうした創意工夫をもまた、創造に数えられるべきだわ。そう、ママが私を宿すために、止むを得ず男の精を用いたように)
そうして、神に祝福されたチャンスが到来した。
それを、逃すアリスではなかった。
今の姿になってから、始めての「本気」だった。
それが、フランドールとの出会いであった。
十二
「どうかな……御姉様? 似合ってる?」
はにかみながらアリスに問うフランドールは裸体である。
「うん、とってもキュートよ。貴重なピンクダイヤモンドも、こうやってオシャレに使えるんだったら、全然惜しくはないわね」
両耳、両乳首、へそ、クリトリスに飾られたピアスは、フランドールがアリスに隷属した証拠である。その隷属が、アリスの命令ではなく、フランドールの強い希望によったことは、この二人の愛情が純粋で深いことの証明と言える。
「フラン、一個見えてないわよ?」
「ん? てへへ。べぇって出さないと、見えないもんね」
舌の下にあるエラが切除されているフランドールの舌はよく伸びた。
その舌の中ほどに、最後の刻印が押されている。
(さて、あと三回……お楽しみが残ってるのね)
アリスがそうした甘美な思いに耽るのは当然である。
(いけない。この子に失礼だわ。他の子のこと、考えるなんて)
しかし自責して、アリスはまずは、目の前のフランドールに、十分な褒美を与えることにした。
十三
竹林は今日もまた、紅く燃えている。お前もまた燃えろと、生きる怨念はしかし、常の敵とは対峙していない。
金髪に赤いブラウスとスカートのフランドールは、色白の美少女。
対する藤原妹紅は、白髪に紅白のモンペスタイルが様になっている中性的風貌。
それが、粉雪舞い散る冬の闇夜に炎の競演をするのだから、なかなかに絵的である。
「う~ん、やるねぇ。さすがは器用者。今日一日で、見よう見まねとは思えない上達ぶりだ」
この日、藤原妹紅が相手をしているのは、アリス・マーガトロイドが操る新しい人形。破滅の紅魔人形(フランドール)と紹介されたその人形の姿は、一見、生きているかのように思われたが、目にはまったく生気が感じられず、またアリスが糸で繰って動かしているのは明白であるから、珍妙、ここに極まる人形遣いの精魂と信じて合点した。
「慧音が懇意にしている人形劇のお姉さんってのが、何を特訓かと思ったが、いやはや、魔法使いは恐れ入る。勉強熱心だね。人形に仕込むために、剣まで覚えようとは」
「まぁ、私も長い人生、剣術を学んだ機会は多い。一刀流と新当流は、免許皆伝の腕前だ。癪ではあったけど、男装して召抱えられるのが、やりやすい時代もあったのさ」
木刀での打ち込みは、人間ならば相手の骨を折ってしまう危険があるが、相手は人形であるから、手加減は必要ない。
「これは小手ありだな。ハハハ。折れちゃったけど、人形は便利だね。繰ればお構いなしで動けるんだから」
「弾幕と剣。そういうのは、一度お相手したことがあったなぁ。どうだい? 私の見様見真似も、様になってるんじゃないか?」
炎の弾幕で視界を奪い、隙のできたところにしこたま打ち込んでも、フランドールの表情にはひとつも変化がない。打った瞬間、やけに肉の感触がすると訝しんだものの、それでも人形と妹紅が信じたのはそのためである。
「ふぅ。疲れた。今日はこれで終わりだな。また明日? あぁ、良いよ。たまには、アイツを剣で殺すのも愉快ならんや。ちょっとした肩慣らしにちょうどいい。次は、本気を出してもかまわないよね? 弾幕なんてのは、もちろん不要の真剣勝負さ」
アリスがにこりと微笑んだとき、わずかに人形も笑みを浮かべ、エメラルドのピアスが怪しく光ったように見えた。
十四
「あら、妖夢。奇遇ね」
「アリスさん。お久しぶりです。ようやく雪が溶けてきて、人里にも来やすくなりました」
「でも、また三月になると、ドッと降るのよね」
「えぇ、ですから今のうちに、買い物をすませておこうと思いまして」
「私もよ」
「みんな、考えることは同じですね」
「えぇ、そうね。そうだ。せっかくだから、一緒にお買い物しない?」
「もちろん、良いですよ」
「ちょうど、妖夢に聞きたいこともあったのよ」
「私にですか?」
「えぇ、剣術について聞きたいことがあってね」
「剣術、ですか。あ、もしかして、あのゴリアテ人形に使わせる剣術ですか? ハハハ。あれだけの巨体ですから、やはり真っ向唐竹割り。上段からの振り下ろしが一番ですよ」
「いえ、それがね。等身大の人形に剣を持たせて、スレイブとして使おうと思ってね」
「ほぉ。それは興味深いですね」
偶然人里で妖夢と出会ったアリスは、偶然妖夢が興味を持つ話題を持っており、また偶然妖夢が知りたいと思っていた剣術の秘儀について心得ていたので、妖夢はアリスの屋敷に行ってその剣術を見分したいと思い、偶然アリスがそうした誘いをかけたので、妖夢はアリスのフランドールと剣を交えることになった。
三度の試合を終えた後、アリスは妖夢にあつく感謝の意を伝えると、懇ろに彼女をもてなして、剣技の感想を聞くことにした。
「新陰流・一刀流・新当流は江戸時代の三大流派ですが、一刀流と新当流が段位を設け、若い門弟に対して上達の標を示し、激励することに努力したのに対して、新当流は免許皆伝か否かという、昔気質を貫きましたから、自然廃れてしまいました。それ故、その剣術においては、伝聞のみが残り、今になっては奥義を知ることができません。だがしかし、どれも見事に体現されていますね。型は間違いない。本物です」
妖夢の賞賛にお世辞はない。事実、アリスの抜群の器用さと一芸を極めたものの慧眼とは、真髄を見極めるのに尋常ではない習熟の速さを見せていた。
「一を学び、十を知るとはこのことでしょうか。天才ですね。恐ろしい」
「ふふふ。お世辞はうれしいけど、所詮は人形遊びですから。本物には勝てないでしょう?」
「……はい、実はそこなのです。たしかに、素晴らしい型でした。しかし、型でしかありません。実戦において勝利をもたらすほどの勢いが、剣に宿っていませんでした。弾幕勝負という戯れなれば、それで十分ですから、用いる価値はあると思いますが、ゴリアテ人形や、小さな人形をたくさん操ることができるアリスさんのいつもの華やかに比べれば、物足りないと思う見物人は多いでしょうね」
「そう。残念ね。やはり、剣の道はそう容易くないのね」
「はい。いや、しかし……一つ、一つだけ。これは迫真というものがありました」
「あら、本当?」
「はい。もしよければ、私も新しく学んだばかりの剣があります。よければ、しばらくお互いに特訓ということで、お相手願えないでしょうか?」
「あら、いいの?」
「実のところ、悲しいかな。剣士の性でして、新しく剣術を学んだ時というのは、憑き物が付いたように試してみたいと思い、落ち着かなくなるのです。しかし、剣の奥義を他人に用いることは、危険です」
「あぁ。それなら、ちょうどいいわね」
「はい。人形相手でしたら、壊れても直せば良いだけです」
そう言うと、妖夢は先の試合で脇腹をしたたかに打ち込み、人間ならば骨折しているであろうフランドールが、恭しく彼女に紅茶を淹れ、菓子をすすめた姿を思い出していた。今もフランドールは、そばで佇立してじっと壁を見ている。その目に、生気らしいものは感じられない。
「しかし、何とも精巧な人形ですね。打った直後、肉の感触がして驚きました」
「材質にはこだわっているの」
「匠の技ですね。贅を尽くしておられる」
「私の持つ人形の中でも、抜群の一つです。いえ、無比無双の一つですわ」
「ほぉ。それはそれは……お披露目の時が、楽しみですね」
その後も春になるまで、偶然ながら幻想郷に雪が降ることは少なかった。
十五
初春、淡雪を踏み溶かしながら、魔法の森へと向かう一輪の花があった。
感受性の強い魔法の森の草花は、何事かとざわめいたが、押し留め得ない殺気に当てられて、次々に黙秘を決め込んだ。
――触らぬ神に、祟りなし。
そう思わしめたのは、眠れる獅子と目される大妖怪、風見幽香である。
彼女の手には手紙が一つ掴まれている。
それは、アリス・マーガトロイドが書いたもので、曰く、茶会を開くために真紅の花を求めるとのことである。
言うまでもない。血の花である。
決闘状をアリスの人形から渡された彼女は、極上の笑みを浮かべて、パチンと指を鳴らして返答した。帰宅したアリスの人形は、戻るや否や、ポロリと首を地に落とした。
――相手にとって、不足なし。
アリスは相手の殺意を感じ、むしろ豁然として気力が漲るのを覚えた。
たしかに、今回の決戦には、雪辱の意味がある。
また、報復という意味もある。
野心を挫かれた魔界人として、また奴隷として扱われたことに対して、風見幽香は敵意を持つのに十分な相手である。
だがそれ以上の神聖な意味がこの戦いにはある。
(私たちは、幸せになるために生まれてきたんだ。永遠の人と、永遠に、幸福で満ち満ちた人生を送るために生まれてきたんだ。私は、フランと一緒に、永遠に愛し合って、永遠に幸福な人生を送っていきたい。そのためには、二人で越えなくてはならない障害が必要なんだ。だから私は、フランドールとの共同作業として、難敵を殺す。殺さねばならない。殺して、幸福を掴みとらなくてはならない)
殺害を愛の証明と信じて思い込む、このアリスの盲目さは、まさにクレイジー・サイコ・レズと呼ぶに相応しい。
「フラン。風見幽香を殺して。殺して、一緒に紅魔館に行こう。行って、みんなに認めてもらおう。フランはもう、立派な一人前なんだって。そうして……みんなの前で、永遠の愛を誓おう」
だがそのアリスの狂気をも、フランドールは愛していた。
(御姉様が私を必要としてくださっている。それも、私との愛のために、私を必要としてくださっている。私の力は、何も意味がないものなんかじゃなかったんだ。私と御姉様が、永遠に幸せでいるために必要な力だったんだ)
フランドールは、自分の人生がどれほど大切なものであるのかを、このとき知った。彼女の人生は、ただ、アリスの所有物として隷属し、彼女に幸福を与えるだけのものではない。ときにアリスを守る台(うてな)となり、障害を除く槌(つち)となって、積極的に彼女を幸福にすることができるのである。そうしてそれは、ただこの世界で、フランドール・スカーレットにしかできない行為なのである。
「ハイ、殺します。必ず、フランは風見幽香を殺します。だから殺して、殺して……私たちと永遠に、幸せな人生を送りましょう」
フランドールの目は、一片の曇りもないほどに澄み切っていた。
彼女は今、愛という名の正義のために、他人を殺す覚悟を決めたのである。
十六
アリスとフランドールは、風見幽香を格別にもてなした。
アリスの糸繰り術により、日常的に人形となって家事の全てを任されているフランドールは、咲夜には遠く及ばずといえども、十分な家事能力を身につけている。特に、彼女の中の一つは、従属することに関しては天才であった。
黒のスーツ姿で男装したフランドールは、ただそれだけを見れば、優秀な執事にも見えただろう。実際に、驚くほどの冷静さで給仕している彼女は、紅魔館の面々が見れば、別人か、あるいはフランドールを模した人形と疑うかも知れない。どこか、エメラルドの落ち着いた緑が、彼女には似合う。少し、執事というには派手なピアスではあるが、倒錯的な美がそこにはある。
掃除を行い、模様替えをし、茶菓子を作り、紅茶を淹れるフランドールは心境は、これから始まる神聖な儀礼を前にして、一片たりとも穢れがあってはならないと思う敬けんな気持ちと、生贄に対する素直な畏怖とが合わさり澄みきって静かに落ち着いている。
そうしたフランドールの接待は完璧であったが、風見幽香はそんな完璧な接待が気に入らない。しかし何よりも気に入らないのが、アリスの衣装であった。
(純白のウェディングドレスねぇ……)
決闘の場にあるまじき、ふざけた服装である。
フランドールとアリスの、この決戦にかける心意気を見せつけられた風見幽香は、二人の真心を、「吐き気を催す乳臭いままごと」と一笑し、淹れられた紅茶を、恭しく給仕するフランドールの顔に浴びせかけるという蛮行で報いた。
むろん、これは挑発である。
だがフランドールは、まるで人形のように無反応であった。
その瞳孔が拡大していて、まったく表情がうかがえないのは、給仕の最中も同様であった。
そうしてアリスもまた、冷静さを失わなかった。
「決戦の場はここではないわ。遠慮無用。何人も邪魔の入らないところで……魔界の廃棄地区にて、存分に殺し合いましょう」
しかしこのとき、一筋、たしかにアリスのこめかみに青筋が立つのを風見幽香は見逃さなかった。
(強い。このフランドールとかいうガキ、私よりも強い。とんでもないお人形ちゃんを作ったものね、アリスちゃん……くくく、面白いわ。こういう、リベンジ馬鹿がいるから、止められないのよ)
風見幽香のもとから逃げ出したアリスが、どうしたことか、明眸皓歯の美少女から、容貌秀麗の美女へと変貌し、魔界へと逃げずに幻想郷にとどまり続けていることを、ひそかに楽しみに思っていた幽香が、このたびの決戦を復讐戦と見て取ったのは当然である。実際に、そうした理由もあって、彼女は対戦相手に選ばれたのであった。
だがそれのみではない、もっと歪んだ理由があることを察した幽香は、そこに勝算があると考えた。
そうした企みがあることをおくびにも出さず、アリスの誘導に従い、風見幽香は地下へと進む。
そこには、魔界の門があった。
鍵がされている。
その鍵は、彼女にとって見覚えのあるものであった。
即ち、「グリモワール・オブ・アリス」である。
アリスは鍵を抜くと、魔界の門を開き、その先へと二人を案内した。
そのときのアリスの姿は、風見幽香にとって、馴染みの深い姿となっていた。
そうして、フランドールにとっては初めて見る姿であったのだが、フランドールの目には、いつもと変わらぬ、愛しの御姉様としてのアリスの姿しか見えていなかった。フランドールの鬼眼は、魂を見抜くのである。姿かたちなどは、もとより大事ではない。この、自分とは正反対の色をしながらも、同じぐらいに透き通った魂を持っている女性に、彼女は身を奉げたのである。
魔界の門を開くものがあり、それに感づかない魔界神ではない。
これは里帰りである。故郷に錦を飾る行為でもあり、しかも結婚報告でもある。
魔界神は、いや、一人の母親は、父親も兼ねた気丈さで、この日を待ち焦がれていたのである。「可愛い子には旅をさせよ」と「獅子は子を千尋の谷から突き落とす」という二つのことわざを足して二乗したかのような壮絶な気持ちでいた彼女が、果たしてどんな気持ちでいたのかということは、同様の経験がある母親以外には察し得ないだろう。
アリスは母親が自分を見ているということを強く感じ、胸を張った。
母親に、母親ですら成し得なかった偉業を成し遂げたことを、今まさに証明することができるのである。
(殺す。風見幽香を殺す。殺して私は、フランドールと天国へと昇る)
微塵の惑いもない、純真無垢な強い瞳で、必殺を誓うアリスは、故に、危うさを持っている。
殺さねばならないのだ。アリスと、フランドールが、正真正銘、真っ向からの力によって。あの、難敵、風見幽香を。アリスが丹精込めて作ったウェディングケーキを、フランドールが入刀して、初めて意味があるのだ。それが、二人の初めての共同作業になるのだ。卑劣であってはならない。相手の意表をついてはならない。認識の外にある攻撃で倒せば、この神聖な儀式が穢れるのである。
それのみではない。もし、風見幽香が、敗北を悟って自決するようなことがあれば……。
「ここなら、存分に殺し合えるでしょう」
アリスが決闘の地として選んだのは、あたり一面、岩石砂漠の荒涼とした土地である。砂漠地帯だけで、まず幻想郷よりも広い。幻想郷の中にあっては、調停者の乱入を免れない大秘術も、存分に披露できる環境である。
「一対一……正真正銘の真っ向勝負よ」
「あら、二対一でもかまわないのよ?」
泰然自若の風見幽香に虚勢はない。さりとて、アリスに二言もない。正真正銘、フランドールと風見幽香の一騎打ちである。
風見幽香の武器は日傘。傘を地面に突き立て、その柄を両手で握り仁王立ちするその顔には満面の笑み。この風格と余裕とは、いわゆる本物の大妖怪である。
対するフランドールは、腰に直い野太刀を帯びている。アリスの糸に身を任せ、剣を仕込まれた破滅の紅魔人形は、文字通り新当流の奥義を体得している。むろん、蓬莱の麗人を模倣したものに過ぎないが、模倣が本物を凌駕しないとは限らない。一切の迷いを覚えぬ傀儡は、確かに新当流七重剣・霞の七太刀・間の四太刀の十八本と五秘刀は極め得なかったが、破幻の一の太刀においては、本物に匹敵する鋭さを得ている。
一の太刀には、受ける、外す、切り返すなどの術は一切ない。文字通り一太刀にて、鋭敏精緻、必殺するのだが、そのためには一切の迷いがあってはならないのである。
その、迷いを断つことが至難なのだが、このフランドールには天才があった。
この才能が、彼女をしてもう一つの秘剣、一刀流の獅子反敵――大剣を背に負うばかりに構え、敵の攻撃へ移るその刹那を見極めて敵の胸元に飛び込み、一撃にて勝負を決する俊敏豪胆の早業――をも会得させしめたのである。
彼女の魔剣、歪な黒剣レヴァンテインは、護身の短剣よろしく、右から腰の後ろに帯びている。少し異なことであるが、これは単純に、奇襲に対して最速で応じることができるようにとの工夫である。
風見幽香は、この腰に帯びた短刀を、例えばマムルークの用いるような湾曲した小剣ではないかと疑ったが、推測はさほど深く行わず、簡単に結論付けた。
(隠ぺいは勝負の常。武器の形状を隠すだけでも、有利になる)
風見幽香は、百戦錬磨の怜悧さで、存分に相手を分析し、決して油断することがないのであるが、さりとて猜疑のあまり、無意味な推察に時間を浪費するような愚は犯さない。
彼女の頭の中では、すでに必殺は描かれていたのである。
「ところで、一つ気になることがあるんだけど。あんたたち、すっごいキモイって、気付いてる?」
挑発であることは間違いない。だが、強く純粋な想いを抱くものは、それ故に、挑発を挑発として受け流すことができないものである。
「まぁ、どっちもキモイけど、七・三くらいで、アリスのほうがキモイ。本当に、マジでキモイ。腐臭半端ない。クレイジー・サイコ・レズってのは、あんたのためにある言葉ね」
先に憤怒をあらわにしたのは、フランドールであった。
どれほど自己が虐げられようとも、微塵にも表情を変えぬこの破滅の紅魔人形が、しかし魂そのものであるアリスが侮蔑され、神聖な儀式が生贄によって穢されようとする段に至って、冷静さを保つことはできなかった。既にその目にはギラギラと怒りの炎が湛えられていて、拡大して焦点の定まらなかった瞳が、今は瞳の中にさらに小さな瞳が見られるほどに縮小している。
同時に、ピアスの色が徐々に紅に変容していくのを、風見幽香は見逃さなかった。
(この腐乱人形……剣よりもむしろ、他に隠し技があると見るべきね)
アリスは魔法使いである。その伴侶と目される相手と対峙しているのだから、むしろ、魔法を会得しているものとして、風見幽香が警戒したのは当然である。
「あんたたちの関係は、なんていうか、一見、すごい純情で、愛情に愛情を重ね合ってきたって感じがするんだけど……純白のウェディングドレスとか、そういう気持ちの表れだと思うんだけどね。全然そんなことないから。つうかあんた、レズだし、ペドだし。男装させてるし。違うんだよね。そんなキレイなものじゃない。あんあたたちは、嘘を嘘で塗り固めて築き上げた、まっ黒の塔。それを白塗りして白亜の塔に見せている。それが、本当にキモイ」
「安い挑発ね。文字通り、一目見ただけで、あなたに何が分かるのかしら」
「そうねぇ。それじゃ聞くけど、あんた達、いつから乳繰り合ってるの?」
「答える義務などないわ」
「答えられないんじゃない? 短すぎて。まさか一週間前に、電撃的な出会いをして、結婚しますって馬鹿はないにしても、ぶっちゃけ、一年も経ってないんじゃない? つうか、たぶんだけど、ヘタすると半年も経ってないんじゃな? それでウェディングとか、実はあんた、更年期障害でも抱えてんの? そうじゃなきゃ、洗脳してペット作ったとしか思えないハイスピードの壊れ方だわ」
「問答無用よ」
「いや、答えてもらうわよ。じゃなきゃ、悪いけど、こんな馬鹿らしい決闘、受けないから。そりゃ、殺し合いは大好きだけどね、あいにく私はアンタと違って、カワイイ女の子をなぶり殺しにして楽しむ趣味はないから」
「よくそんなことを言えたものね……」
「何よぉ。傘で処女膜ぶち破ったの、もしかして根に持ってる?」
「……あんた、逃げるの?」
「逃げるも何も、そもそも、受けて立つ理由のない戦いでしょう。そうね。それじゃ、どうして私と決闘するのかしら? 嘘偽りなく、本心を教えてちょうだい。最初はリベンジ野郎だと思ったけど、な~んか、それだけじゃないみたいじゃないの」
アリスはしばらく苦悩した様子を見せたが、フランドールとの誓いの儀式を思い出すや否や、自己の愚かな惑いを笑い飛ばした。
(馬鹿ね、私は。何を焦っているのかしら。挑発だというなら、それに乗ればいいじゃない。侮辱されたなら、大いに憤ればいいじゃない。あいつは、私たちを散々に侮辱するでしょう。でもそれで、私たちの愛は穢れない。もし、私たちの愛が穢れるときがあったとすれば、それは私たちが、私たちの言葉と行為で、私たちを否定するときよ)
愛を確信し、愛を悟った彼女の微笑は、悠然たるものがあった。
その微笑を、たしかに彼女の創造主は見ていて、一人娘の掴み取った永遠の愛に、涙をこぼしていたのである。
それは、アリスに伝わった。
(この愛を、世界で最も純粋で、最も深くて、最も固い愛を、さぁ、満腔の思いでぶちまけてやるわ!)
そうしたアリスの余裕を感じて、風見幽香は、むしろほくそ笑んだ。
「たしかに私は、お前を憎んでいる。魔道書を奪い、メイドとして奉仕させ、飽きると今度は奴隷として拉致監禁……凌辱の限りを尽くした挙句、子宮が飛び出るまで乱暴して森の中に捨てたお前を殺しても足らないほど憎んでいる。でも、復讐なんて、そんなちっぽけなことのために私は生きているんじゃない。そう、私は愛のために生きているんだ! そうして愛のためにお前に復讐するんだ! 永遠の愛の、証明のために! 私とフランドールは、初めての共同作業として、風見幽香……お前に雪辱しなくてはならないんだ!」
「なんてふざけたケーキ入刀かしら! 愛の証明? そのための復讐? そのための決闘? そのために私を殺す? ばっかじゃないの。あんたの思考ルーチンには、とてもじゃないけど入り込めないわね。ただの復讐と、そのための調教に大義名分を与えているだけだわ。そんなに愛の誓いをしたいなら、毎日ガキ同士、乳繰り合ってりゃいいのよ」
「あなたのように、愛の何たるかを知らない哀れな妖怪には分からないことでしょうね。肉体は所詮、結びつきの一つでしかない。心と魂で結びつくためには、肉体を超越した、さらなる高みへと、私たちはアセンションしなくてはならない」
「それがどうして殺しなんていう意味不明な行動に直結するのかしらね? 普通、結婚式をして、初夜を迎えて、あとは日々の愛の営みを繰り返す。そうした営みの積み重ねで、心と魂が結びつくってもんでしょう……って、あ、そっか。そういや、あんたの処女、この傘で奪っちゃったんだっけ? つうか、ふふふ……もう、ガバガバで女としての価値ないかしら?」
「……フランドールに処女を奉げられないのは、痛切の極みだわ」
「ついでに、メスガキ同士だから、子供もできない。子供ができないから、無意味な愛の営みしかできない。愛の証明の子供がいない。だからことさらに、狂気に走る。そういう理解で、OK?」
「いいえ。答えはNOよ」
「あら、そう?」
「風見幽香……私、あなたに感謝しなくてはならないのかも知れない。あなたが私を奴隷とし、散々に凌辱を繰り返したからこそ、私は雪辱のために幻想郷にとどまり続けた。そうして本当の愛について答えを得られた。お母さまの仰っていたことがどういうことなのか、やっと理解できた。生きていることは本当に素晴らしいことで、その意味を理解するためには、困難や障害が必要で、それを乗り越えなくてはならないんだって。だって、人生の根源的な問題は、そうした困難や障害にぶつからなくては、学べないんだから。でも、私はあなたのおかげで、人生の根源的な問題を理解することができるようになった。それは、愛よ。あらゆる愛に向かう行動は、すべて尊い。そこに愛があれば、すべてが許されるし、すべてが祝福される価値がある。生命を決して憎んじゃいけないっていう、ママが小さなときから教えてくれたことの意味が、ようやく私は分かるようになった。
そうして、何よりもフランドールと出会えた! あなたという哀れな愛を知らない妖怪と出会わなければ、私は永遠の、そして真実の愛とは出会えなかったに違いない」
「……」
「全てを、フランドールは受け入れてくれた。私のすべての愛情を、私のすべての性癖を、私のすべての欲望を、この子は受け入れてくれた。天使なの、フランドールは。私の天使。かわいい、私の天使。だから私は、私自身をこの子に捧げている。その、幸福がどれほどのものか、あなたには分からないでしょうね」
「で、キチガイ女神のアリスちゃんは、経血ゼリーでも食べさせてあげてるわけ? ちょうど、今日はメンスみたいだしね。会ったときから、血が匂うの」
意地悪く薄ら笑いを浮かべる幽香の挑発だったが、意外、アリスは昇天の笑みでそれに答えた。
「ふふ、ふふふふ……あなた程度には、そのくらいの愛情表現が想像の限界でしょうね」
アリスは自身の身体に糸を巻き付け、解き放つや否や、純白のウェディングドレスは散り散りになった。そうして、白く柔い肌をさらしたアリスの両腕両脚には、真っ赤な包帯が、手首足首から、その両腕両脚の付け根にいたるまで巻き付けられているのである。
「私はこの体に、二十八の聖痕を帯びている! 五寸釘よりもなお太い針を、骨の上から、私はフランドールに打ち付けてもらったの……すごく痛かったわ。とっても痛くて、私、自分自身を糸で操らないと、立つこともままならない体になったの。でもね、嬉しいのよ。私自身を、フランドールに捧げられたことが。毎朝、毎昼、毎晩と、フランドールに、私を食べてもらえるのが。きっと、ママも私を、同じ気持ちで育てたんだわ。ねぇ、知っていたかしら? 母乳って、血と同じなんだって」
「は……ハッハッハ! お前は私を笑い殺させるつもり!? あ、アリスちゃ~ん……くくく、いや、これは本物だわ。ここ千年で一番の傑作ね。しっかし、あなたのことを、ママはどんな顔で見てるかしらね」
「きっと、泣いて喜んでくださっているわ」
「ハハハ……いや、泣いているのは間違いないと思うけど、それが喜びだったら良いわね」
「他に有り得るって言うのかしら?」
「あ~……いや、参った。降参だ。スゴイよ、あんた達。さすがは魔界神の娘だわ。サタンの乳房にすがるサトゥルヌス……うん、完璧だわ。間違いない。純愛ね」
「悔しいでしょう。本当の愛が自分にはないことを知って」
「う、うん! 悔しい! 幽香さん、悔しくって仕方ない! 良かったわね、フランドールちゃん。アリスママは、本当にあなたのことを愛してくださってますよ~」
その風見幽香の言葉を聞いた時、フランドールの瞳からは、一粒の尊い涙がこぼれて頬を伝った。その目には、冷静さが、むしろ行き過ぎているほどに、取り戻されている。
(押してダメなら、引いてみろってね)
その一瞬を見逃す、風見幽香ではなかった。
「じゃ、死ね」
瞬間、魂ごと浴びせかけるかのような凄まじい突き上げの一閃が放たれた。傘を地面に突き立てるような姿勢は、実のところ、泰然とした構えだったのである。地面に突き刺さった傘を、全身もろともに浴びせかける、風見幽香の無勝手流、逆流れの一撃は、しかしフランドールの下段封じ、簾牙(すだれきば)によって防がれた。
風見幽香とアリスの対話中、一時も警戒を解かなかった紅魔人形は、右手の人差し指と中指を、柄にそえて備えていたのである。
二本の指で掴んだ剣は、それ故に驚愕の神速であった。
だが、またそれ故に強くつかむことができない。凄まじい勢いで迫り来る逆流れに、刀身が傾いたその瞬間、鋭利なる故に薄い彼女の妖刀は、風見幽香の傘を切断したものの、大きく湾曲して使い物にならなくなったのである。
振り上げた風見幽香は、その切断面をフランドールに向けると、その背後にいるアリスごと消失させんばかりに渾身のマスタースパークを放った。
その一撃が放たれた時、既にフランドールは使い物にならなくなった刀を捨て、右腰に帯びたレヴァンテインを二本の指で掴んでいた。同時に、紅のピアスをしたフランドールが、右から左へと振り払うと同時に、地獄の業火が魔界を赤に染めたのである。風見幽香のマスタースパークを相殺して余りあるほどの一撃に、フランドールは手ごたえを感じた。
しかし、一点に集中して砲撃を放った風見幽香へ、致命傷を与えたとは思われなかった。
だが、フランドールには返す刀がある。左に抜き放ったレヴァンテインを、ガシと平手で握りこんだ。そのまま右に薙げば、追撃の業火が敵を焼き殺すのは必定である。
「シネ」
と、つぶやくと同時に、返す刀のもう一閃で、敵を屠らんと意気込んだが、
「パチン」
と、フィンガースナップの音が響き渡るや否や、フランドールの手首から先が地に落ちた。
「あ……れ?」
と、すっとんきょうな声をあげたフランドールの視線の先には、先のレヴァンテインの一撃に押されたか、はるかに数百メートルも後退した風見幽香がそこにあった。
衣服は炎で焼かれ半裸体となり、必死に小技で抵抗するこの敵を見て、にっと笑みを浮かべたフランドールは、自分の優位を確信すると、
「オモシロ!」
と、思わず声をあげて喜んだ。
フランドールが右手で落ちた剣をつかみ取り、相手を殲滅せんとするその瞬間、不可思議、風見幽香は目の前に現れ、体勢を崩したフランドールの内臓を捻転してねじ切るボディーブローを放った。
風見幽香は、レヴァンテインに圧倒されたのではない。自分自身で、マスタースパークの反動を利用して後退していたのである。そうして今度は、背に向けて砲撃を放つと、反動を利用して瞬時に肉薄したのである。
鬼もかくやという怪力によって、腹部への直撃を受けたフランドールは、白目をむき、口と肛門から散々に血を噴出させて空中を旋回した。
そこへ、追撃のマスタースパークが放たれると、フランドールの身体は、頭部を残して消滅した。
(……チェックメイトね)
大小の小技を合わせた風見幽香の最後の一撃は、フィンガースナップの真空刃による頭部の破壊である。
が、この詰めの一手を放たんとしたその刹那、首筋がズキンと痛む嫌な予感がした風見幽香は、フランドールの意表を突いた、あの縮地の妙術で、緊急回避を試み、はるか後方に撤退していた。
「……奇怪な」
風見幽香の嘆息もむべなるかな。落下するフランドールの頭部をキャッチするのは、同じフランドールである。どこから現れたのかは不明であるが、三人のフランドールと一つの頭部が、彼女の前に立ちふさがっているのである。
その三人のフランドールの中の一人、パールのピアスをつけたフランドールがアリスのそばによると、やおらアリスは包帯を解いた。そうして露わになる傷口の一つに、フランドールが唇をよせ、骨に舌を這わせて骨髄を啜ると、恍惚の表情を浮かべてアリスは絶頂した。すると同時に、頭部だけになったフランドールが、たちまちその身を甦らせたのである。
「……珍妙な」
忌々しげにつぶやく様子を見て、赤に染まったパールのピアスを見せつけるように舌なめずりをするフランドールが、怪しい瞳で、
「ストックはね、あとね、二十七人なんだよぉ」
と、言うさまを見て、この大妖怪も、いよいよ、ここが死地と心得た。
「全力で行かせてもらうわ。まさか、卑怯とは言わないわよね」
パチン、と得意のフィンガースナップを天空に向かって放つや否や、突如、魔界に雨月が出現した。
「いよいよ、本気ね」
絶頂の余韻冷めやらぬアリスが、熱っぽく声を漏らすと同時に、どこからか一つの広大な屋敷が現れて、砂漠にまさか、草花が咲きはじめた。はたして夢か幻か。とても魔界のうち捨てられた一区画とは思われないメルヘンチックな光景である。
そうして夢幻館から現れたのは、風見幽香の懐刀が二振り、エリーとくるみ。
「三対三の、真っ向勝負。さぁ、存分に死合いましょうか」
そう言うと、いつの間にか腰まで伸びたロングヘアーも艶やかに、赤らめた瞳の風見幽香は、六枚光の羽を大きく広げて突撃した。
十七
偉大な魔界神、神綺の御前、魔界の一地区で行われた真剣勝負。突如現れた夢幻館と、夢幻館を中心として見渡すかぎり咲き乱れる草花は、雨月の下、見るものを思わず歎息させる美の憧憬であった。
そのメルヘンが、いまや腥風凄愴と荒び、破滅の淵へと姿を変えていた。一騎当千、百戦錬磨の風見幽香とその忠臣は、フランドールの強襲を退けること七度、都合十九人のフランドールを、血の海へと葬ったのである。
雨、しとしとと降りしきる中、ものすさまじく荒れ果てた夢幻館の屋上で、背を壁にもたれかけてようやく立っている状態の風見幽香は、満身創痍、生きているのが不思議なほどにくたびれていた。
脚下に倒れ、すでにこと切れたエリーとくるみを見て、不敵にも笑みを浮かべる幽香は、己の勝利を確信していた。
(死者の咲顔……二人とも、本望でしょう)
雨の音のみ聞こえる夢幻館は、しばし寂寞として声なく、ただただ血の匂いばかりが立ち込めていた。
その情景を目の当たりにして、魔界神はカタカタと歯を震わせ、目からは幾条もの血涙が流れ落ちていた。
(これは夢よ、幻よ。ありえないことだわ。また、あってはならないことだわ)
魔界の創造主としての責務を終え、一日の労を慰安する安息の暇に、必ず思い返すのは、乳房にすがる愛娘の姿であった。そうして、日に日に大きくなり、女の子としてますます可憐さを増すその姿を見て、命よりも大切なものはないことを知り、それをことさらに教えて育てたはずの少女が行き着いたところが、どうして奈落の底辺であって良いものであろうか。このような悪夢を生み出す張本人が、自らの子宮より生み出されたことを認めるなどということは、尋常の精神には不可能である。
「いよいよ、チェックメイトね」
全身を糸で操り、ようやく可動し得るほどに不自由となった体を操り、一つとなったフランドールをそばに置き、風見幽香と対峙するのはアリス・マーガトロイドである。
「ようこそ、アリスちゃん。なつかしの、夢幻館へ」
見下し、挑発するように言う幽香だが、そうした言葉と態度とに、アリスが心乱されることはなかった。あとはこの、生贄を神に奉げる神聖な儀式を行い、神の御前で永遠の愛を誓うばかりなのである。恨みも、憎しみも、もはやアリスにはなかった。ただそこにあるのは、フランドールとの永遠の愛の礎となって死んでくれる、生贄への感謝の気持ちばかりである。
「全く、優しい顔しちゃって。なぁに、あんた。私に感謝してるの? この、ドMが!」
風見幽香の罵倒に、アリスは笑みで応えるばかりだった。
「あぁ、そう。じゃ、私も……」
そう言うと、風見幽香は、ニコリと、極上の笑みを浮かべると同時に、右手を心臓に向けて突き出した。アリスが、アッと思う間もない、意表をついた早業で、自決する覚悟である。
もちろん、このシナリオを恐れるアリスにも備えがあるのは知っている。そうして全身を糸で巻きつけられていることは、既に自覚している。意識せねば感じることができないこの糸による束縛は、故に土壇場で役に立つ。この束縛を逆に破るために、風見幽香は最後の力を残しているのだ。全身から力を放出させ、一瞬、糸の束縛を緩めることで、見事に自分の息の根を止めてみせる計算があるのだ。
笑顔で自決し、その咲顔を残して逝くことで、アリスの宿願を破る覚悟の風見幽香。生死ばかりが勝敗ではない。殺し合いはその、目的を達成する手段でしかないのである。
心憎いばかりの計算で、アリスとの勝負を双方の敗北で決着させようとした風見幽香であったが、その身を縛る糸を緩めんとして渾身の力を発揮させようとしたその瞬間、異様な何者かが自分を見ていることに気がつき、ハッとした。その、すさまじく怒り心頭した形相に、気を飲まれた刹那が、命取りとなった。
「ぐぅ!」
全身を束縛の糸で締め付けられると同時に、風見幽香は企みが敗れたことを痛感させられた。
(邪魔するか、魔界神!)
無慈悲の抱擁に、歯軋りして悔しがる幽香であったが、声すら出すことを許されない。
「今よ、フラン!」
「ハイ!」
身動きの取れぬ風見幽香の心臓を、フランドールは右の抜身で抉り出すと、振り下ろす左の手とうで生贄の首を切断した。
「はぁ、はぁ、やりました、アリス御姉様!」
「フランドール!」
敵の心臓と頭を鷲掴みにする少女を抱擁し、呼吸を忘れてデタラメに接吻するアリスの姿は、しかし魔界神の知るところではなかった。
「アリスちゃん……アリスちゃん……」
白目をむいて曖昧な状態で、失禁しながら夢想に耽る魔界神は、その後、永遠に正気を取り戻すことはなかったのである。
だが、そんなちっぽけな哀れは知らぬとばかりに、彼女の一人娘とその伴侶は、荒廃した夢幻館の屋上で、いつの間にやら止んだ雨を幸いとして、失神するほどに激しく交わり合って、かたい愛情を確認しあった。
そうしてどちらともなく目を覚ますと、かねてからの約束どおり、神聖な儀式を神の御前にて行うことにしたのである。
アリスは、フランドールに割礼を施した。
意外かも知れないが、割礼の儀式というのは、何も珍しいことではない。
外界でも、アフリカ大陸に置いては女子割礼は一般的であり、実際にスーダン・エリトリア・ソマリアにおいては、九割の女性が割礼を受けている。
もちろん、アリスは忌むべき因習を踏襲してこのような行為を行うのではない。
純然として、フランドールとの愛情関係から、女子割礼を行うのである。
なお、男子の割礼とは異なり、女子割礼はそのヴァリエーションが非常に豊富である。例えばアリスは、フランドールの膣を縫合したが、クリトリスは切除していない。通常は、まずクリトリスの切除が行われるのである。
何故アリスがクリトリスの切除を行わなかったかと言えば、それは、彼女が恋人を不要に傷つけることを望まないからである。
そもそも、アリスから見れば、フランドールの体に不要なところなどは一つもない。全てが愛しく、大切なものである。そうしたフランドールを、さらにかわいく装飾することはあっても、その逆は有り得ないのだ。
事実、アリスはフランドールの尿や糞ですら食することに迷いはない。
そのアリスの愛情は、同様にフランドールのものでもある。
「はい、割礼終わったわよ」
そう言うと、アリスは水晶を通して、フランドールの恥部を覗いた。
「うん、バッチリ。ホラ、見てごらん」
そうして手渡される水晶を見て、フランドールはポッと頬を赤らめた。
「嬉しい……」
ウソではない。自らの純潔が、ただ愛する人のためだけにささげられていることの証明である。
「痛かった?」
「うぅん。というか……さっきのが、とっても痛かったから」
この日、割礼を受ける直前に、フランドールは処女を奉げている。
「でも、良かった。本当に入るかどうか、不安だったんだもん」
「ふふふ。赤ちゃんが出てくるんだもの。そりゃ、大丈夫よ」
そう言って、アリスは血と愛液がべっとりとこびりついた右拳をフランドールに見せた。
「てへへ。すっごいことになってる」
「本当ね。フランでいっぱいになっちゃってる」
そうして二人は、幸せなキスをした。
「フラン。永遠に、一緒だよ」
「はい、御姉様」
かくしてアリスとフランドールは、永遠のパートナーを得たのである。
その様子を見ていたのは、ただ一人、首だけとなった風見幽香ばかりであって、その表情は驚愕と憤怒で滾っていたという。
これだけの世界があんたの内で渦巻いてると言うのなら外野が言う事は一つもない気がするが
受け入れられるかどうかは別として、だけど
自分個人は結末を除いて面白く読めたけれども
突き詰めたらそれはそれで大作になりそうな予感がする。
個人的にはかなり面白かったです
幽香お姉さんのせいなのかな
面白かったです。
あと魔界神(ママ)の扱いがひどかわいかった
あなたの作品は優しくて勇気が出て好きだったんですが、その綺麗な世界観と東方界隈の陰湿な世界観とをなんとか折り合わせたって感じですね
殺戮と不幸と汚さを無理矢理あなたの世界観にねじ込んだ気が凄くします
幸せに愛に生きることと、不幸と殺意をどう対峙させるか それが問題かも知れません
今ある自分の考えと新しく理解したのかただ洗脳されたのかよくわからない新しい考えとをどうミックスしていくか、それが人の変化かも知れません
まあ所詮は陰湿でサイコな理解すべきでない世界観論理観かも知れませんが
個人的には道楽さんにはこういう話を作って欲しくなかったですね ホント個人的にはですが
偉そうなこと言って申し訳ないですけど
やはり人間にとってテーマというか思想というかは信念というかは「何を排除するか」ってことですね
いくら愛と幸せと言っても赤ちゃんを殺しているしアリスは陵辱されているし
神崎様は正気に戻れなかったですけどそれは今まで自分の価値観を強いから貫き通せたから
敗北に耐えれなかったんですよ
勝利者だから精神が脆いんです いえ、信念を持つことは精神が脆くすることです
耐えられないを作るのが価値観なんです
ですから勝ち続ける人間こそ精神が脆いんです
逆に敗北する弱い人間、ここでは幽香に陵辱されたアリスですが耐えられない状況を経験すれば精神を持たすために狂うのです このアリスのように
耐えられないを平気にするのです信念を捨てて 新たな価値観と耐えられないことを作るのです
負け犬は負けてもいいように精神を持たすためそんなにプライドは持たず卑屈になるのです
まあ負け犬のアリス勝ち続けた誇り高き狼たる神崎
今回はアリスが強いように見えましたけど実際はどうなんでしょうかね?
まあアリスは神崎よりは「理解」はしてるんでしょうね 人は負け犬になることで「理解」するのです
勝つ神崎は「理解」しなかったのです
勝利し続ける闘士や信念は「理解」を拒むことです 自信とプライドは「理解」することの可能性を
捨て「理解」しない故に訪れるかも知れない敗北を恐れないことにあります
精神的な未熟と軟弱さを覚悟するのです
邪推ですが貴方はこの一年で何か「理解」したんですかね
何が自分の世界を突き止めるだよ底が浅い