「この頃、寒いなー」
「寒いわねー」
「こう寒いと、こたつから出たくなくなるよな」
「そうねー。
こら! 魔理沙! そのお肉は私のものよ! 返しなさい!」
「だが断る」
「よし、いい度胸だ。表に出ろ」
「何やってるんですか、あなた達は」
『日課』
異口同音にそんなこと言われて、同じこたつに入って、同じお鍋つっついてる華扇ちゃんこと茨木華扇は沈黙した。
本日、博麗神社はとっても寒い。
部屋の中の暖房器具はこたつだけ。ストーブもあるのだが、燃料の薪が切れている。
仕方ないので、秋のうちに作った竹炭を使って火鉢活用してこたつにこもっているというわけである。
「けど、ほんと、こう寒いとやる気もなくなるぜ」
もぐもぐとお肉頬張る霧雨魔理沙。
「そうなのよねぇ。
こう寒いと、神社の仕事もやる気がなくなるわ」
もぐもぐお豆腐頬張る博麗霊夢。
「お前はいつもやってないだろ」
「失礼ね。境内の掃除と雪かき、あと、参拝グッズ製作はやってるわよ」
「売れ行きは?」
「……上々」
「目をそらすな」
近頃は、そんな二人のやり取りを呆れた眼差しで眺めている華扇の手伝いもあって、博麗神社の御守も、徐々に売れつつある。
しかし、売れるのは華扇が作ったものだけであり、霊夢が作ったものは『いやぁ、その……博麗の巫女さまのお作りになられた御守は、あっしらなんかにゃ畏れ多すぎてとてもとても』と、言葉に何重ものオブラートがかぶせられた反応と共に売れ行き0だ。
「華扇の家はあったかいんでしょ?」
「仙人ってやつは、自分たちにとって、理想の空間を作るって聞いてる。
羨ましいよなぁ。夏は涼しく冬はあったかい、なんて。おまけにうまい食い物も一杯あるんだろ?」
「仙人は節制を尊ぶものです。美味しい食べ物なんて、そうそうありませんよ」
とか何とか言いつつ、最近は洋菓子にはまりまくってあっちこっちのお店を食べ歩いている華扇ちゃんである。
甘いものは別腹(節制含む)である。
「なぁ、霊夢。温泉入ろうぜ」
「あ、いいわね。温泉。行く?」
「行ってもいいんだが、みんなが使っている温泉は味がない」
「温泉独り占めとか憧れるわよねぇ」
「紅魔館や永遠亭のお風呂は温泉と聞いていますよ」
「あれ、金出して買ってるんだぜ。永遠亭は違うけど」
「あ、そうなんですか」
幻想郷。あちこち地面を掘れば、とりあえず温泉が湧く天然の湯所でもある。
しかし、当然ながら場所によって、数メートル掘れば湧くところから数百メートルも掘らないと温泉が出てこないところもある。
そういう、後者の場所に住んでいる者たちにとっては、『掘るより買った方が安い』のも事実であった。
そんな彼らのために、『自宅にいながら気軽に温泉を楽しめる』事業として、某山が始めたのが『温泉宅配サービス』である。
「……妖怪の山って、最近、何なんでしょうね」
「天魔の方針転換で多角経営を始めているらしいぞ」
曰く、『この「ぐろーばる化」の時代、山に引きこもって他者を拒絶しているようでは外の変化に乗り遅れる。我々の方から、開かれた妖怪の山を目指そうではないか』ということらしい。
「あそこの温泉、高いのよね」
「距離に応じて金額上がるからな。
紅魔館の方があそこに近いし、それは仕方ないだろ」
「文とかにとり辺りに頼んだら、安く温泉、作ってくれないかな」
「難しいだろうなー。
何せ、山の温泉の湯量は豊富だが、それだって無限ってわけじゃないからな」
「うちも温泉脈、あるんだけどね」
ここに、と畳を叩く霊夢。
しかし、以前、話題に上がったにとり――河童の河城にとり――に調べてもらったところ、『少なくとも、数キロは掘らないと出てこないね。お金はこれくらいかかるよ』と天文学的な値段を提示されて断念した過去があったりする。
「にとりが言うには、かなり良質な温泉らしいんだけど」
「なるほど。さすがに、金額が割に合わないな」
「博麗温泉! 人、来るかしら?」
「いくら取るんだよ」
「……う~ん」
「その辺りの調整をしっかりやらないと、施設経営で、かえって赤字になりますよ」
横手から、華扇の冷たい指摘。
彼女は手にレンゲを持ち、霊夢の取り皿に魚と白菜を入れてやる。
「ん~、おいひい。やっぱり、冬はお鍋よね~」
「そういや、この前、早苗んちで食べた鍋、あったじゃないか?」
「あったあった! かに鍋でしょ!?
あれ、すっごく美味しかったわよね!」
幻想郷では、決して……というほどではないが、手に入れるものが難しい海産物。
それを豪勢に使ったお鍋が振舞われたのが、つい一週間ほど前のこと。
その時に食べた、真っ赤な生き物――『かに』の美味しさと言ったら。
思わず、あまりに美味しくて、霊夢と魔理沙で一杯食べてしまったほどだ。
「あのお肉がふんわり柔らかくて」
「かにみそだったか。あれも濃厚でうまかったよな~」
「また食べたいわね~」
「今度は、かきの土手鍋、ってのもやるらしいぞ」
「何それ? 美味しいの?」
とまぁ、そんな具合に『お鍋談義』は続き。
締めの雑炊も食べつくして、ふぅ、と3人、息をつく。
「あ~、美味しかった~。
やっぱり、鍋はおみそよねぇ」
「私はしょうゆも好きだぞ」
「あら、私は、自然のだしとお塩もいいものだと思いますよ」
と、珍しく華扇もコメントする。どうやら、彼女も鍋に対して一家言持っているようである。
「で、だ」
畳の上に大の字になっていた魔理沙が、腹筋の力だけで起き上がる。
「温泉。どうする?」
「今から入りに行く?」
今日も、外はとても寒い。
しかし、運のいいことに、雪は降っていない。風もそれほど強くなく、外出するにはちょうどいいだろう。
「いっそ、また新しく作らないか?」
「そんなお金ないわよ」
「大丈夫だ。私もない。
そこは金持ち連中をうまく使ってだな。『共同経営』ってことにすりゃ、出費も抑えられるぜ」
「なるほど。あなた、頭いいわね」
「だろう?」
「悪知恵が働く、の間違いですけどね」
横手から華扇のツッコミ。
しかし、魔理沙が悪いことをしようとしているわけではないので、『まぁ、程ほどに』とそれをなだめるだけだ。
「よし。それじゃ、明日から行動を開始しよう。
交渉ごとは、この魔理沙さんに任せてくれ」
「いいわよ。私は何をすればいいの?」
「寝てていい」
「楽でいいけどなんか腹立つわ」
そういうわけで、『幻想郷の金持ち連中』を利用した、霧雨魔理沙の『温泉大作戦』が始まるのであった。
「ねぇ、幽香。ちょっといい?」
「何?
……あ、ちょっと待ってね。
はい、どうぞ。落とさないように気をつけてね」
「うん! お菓子屋のお姉ちゃん、ありがとう!」
「ばいば~い」
小さな子供に品物渡して、笑顔で手を振っていた風見幽香が『で、何?』と店の出資者兼共同経営者のアリス・マーガトロイドを振り返る。
「魔理沙からこんなチラシをもらったの」
「何それ?」
「温泉作るから金を出せ、って」
彼女から渡されたのは、真っ白なA4の紙に、端的に『温泉掘りたいけどお金がないからお金をよこせ』という内容の文章が手書きで書かれているだけのもの。
しかも、文言が鉛筆だったりするあたり、色々とアレである。
「ふーん。別にいいんじゃないの?」
「まぁ、うちの金庫からお金出せばいいだけだし。
それくらいのお金は余裕であるけどさ」
ひょいと、アリスは肩をすくめる。
この二人――対外的には、幽香が一人で――が経営している喫茶『かざみ』。幻想郷の皆々様に大変親しまれているお店は、個人でやっているとは思えないほどの売り上げを上げている店でもある。
しかし、幽香が金銭感覚に疎いのと、子供好きのために、小さな子供や家族連れには何でもかんでもサービスしてしまうせいで、その売り上げの割には純益が少ないことでも有名である。
「協力していいのね?」
「いいわよ? どうして、私に聞くの?」
「……あなた、この店の店主でしょう」
対外的にはそうなのだが、実質的経営を全てアリスが行なっていることでも、この店は有名である。
簡単に言うと、アリスがいないとまともに動かない店なのだ。
「……えーっと」
「まぁ、了解。あなたの了解があるってことで、魔理沙には返しておく。
だけど、取引したのよ」
「取引?」
「ええ。この話、紅魔館には持っていかないように、って」
どうして? と幽香が首をかしげる。
お金が欲しいなら、一番手っ取り早いのが、今、話に上がった紅魔館の力を借りることだ。
幻想郷で有名な地主や庄屋などかわいいものというくらいの財政規模を誇るあそこの力を借りれば、金銭的に出来ないことは何もないだろう。
「だって、あそこが来たら、うちがかすむじゃない。
うちとあそこは商売の領域がかぶってるんだから」
「……?」
「要するに、その温泉に、うちが専売する『店』を作れって言ったの」
「……えっと」
「あなたさ、本気で経営勉強しないと、私が手を引いたらあっという間よ、ここ」
頭痛にこらえながらつぶやくアリスに、幽香の頬に汗一筋。
要するに、アリスの言いたいのは、『温泉施設を作るなら、どうせみやげ物屋なんかも作るだろう。そこに紅魔館を入れるな』ということだ。
そこで発生する利益を独占する。商売の駆け引きの一つである。
「けど、紅魔館で、以前、うちの商品を扱ってもらったことあったじゃない? それって不義理なんじゃ……」
「今、人里で、うちとあそこで勝負してるでしょ。
お互いに潰しあいはしないのがルールだけど、お客さんはそうは見ない。それはそれ、これはこれ、よ。
でかい資本が出てくる前に先手を打たないと」
お店の経営って大変なんだなぁ、と幽香は全く他人事の感覚でうなずいた。
アリスは『……こいつ、今度、経営学の本片っ端から押し付けよう』と思っていた。
ともあれ、それはさておくと、アリスは自分が操る人形の一体に「これ、魔理沙に届けてきて」と書類を手渡す。
そこには、恐らく、魔理沙ですらひっくり返るくらいの出資額が記載されている。
「さあ、お仕事、お仕事。クリスマスセールが終わった後の洋菓子屋はきついわよ。
頑張れ、ほら」
「あ、そ、そうね」
アリスにお尻を叩かれて、幽香は早速、厨房へと入っていく。
その5秒後に「商品の補充よ」と、両手に余るくらいのケーキだのクッキーだのを持ってやってくる異次元な光景に、アリスはこめかみ押さえるのだった。
「う~……寒い、寒い。
こう寒い日は取材が辛くなりますね~。
ミスティアさーん、ラーメンひとつー」
「あいよー」
ここは、とある人里に続く街道沿い。
そこに店を構える屋台へと、空から一人、客が舞い降りてくる。
客――天狗の新聞記者、射命丸文は寒さに体を縮めながら、屋台の椅子を引く。
「寒いですよね~」
「寒いですねぇ。
文さん、もうちょっとあったかい格好したらどうです?」
「はたてさんにもらったストッキングと、紅魔館で買ったマフラーつけてますよ」
「他にもいるんじゃないですかい? はい、どうぞ」
「あったかいお茶は、この時期、身に沁みますよね~」
ふ~、ふ~、と湯のみに息を吹きかけながら、文はお茶をすする。
「お、これは見事。ミスティアさん、お茶の腕も上げましたね」
「お茶を点てるのは難しいですよねぇ。
あたしも、白蓮さんに頼んで、どうにかこうにか、お茶の点て方を学びましたよ」
にこやかな笑顔を返すのは、『屋台の若女将』として有名なミスティアだ。
彼女は「ちょっと待ってなよ」と大きな鍋の中をかき回す。
辺りに漂う、何ともいえないいい香り。
「文さん、大盛り?」
「大盛りですね」
「この前、文さんの友人の椛さんだったか。来たでしょう?
あの子、食べますねぇ。特盛りをおかわりしてましたよ」
「余裕の丼飯3杯ですからね」
「女の子なのにねぇ」
と、冗談を飛ばすミスティアが、「はい、お待ちどうさま」と文の前にラーメンを出した。
かつおの香り漂うしょうゆラーメン。
具はメンマとチャーシューだけという、簡素なものだが、
「ん、うまい!」
一口目で、その言葉が飛び出すほどの味であった。
特にミスティアが力を入れているチャーシューなど、普通のしょうゆラーメンだというのに、分厚いチャーシューが3枚も載っていて、しかも、とろっとろになるまで煮込まれた豚のバラ肉にこれでもかと味が沁みている。
まずいはずがないという逸品であった。
「いや~、取材はほんと、寒いんですよね~。もぐもぐ。
こういう時に、こういうあったかいものは、ほんと、地獄に仏ですよ。ずるずる。
ミスティアさん、替え玉!」
「あいよー」
あちこち飛び回っていておなかもすいているのか、『椛』なる友人を笑えないくらいにもぐもぐずるずるラーメンを口にする文。
「あ、そうそう。
ミスティアさん、さっきですね、魔理沙さんに会ったんですけど」
「はいはい?」
「こんなチラシを配ってました。ミスティアさんのところには来ましたか?」
文が取り出したのは、アリスが持っていたのと同じチラシであった。
書かれている文章を一読して、「あたしは、こんなものに金を出せるほど金持ちじゃないよ」とミスティアは笑う。
「結構、儲かってますよね」
「儲かってますけどね~。
正直、あたしは馬鹿じゃないですか? 金の数え方もよくわからないし、金の価値も、あんまりわかってないんですよ」
けらけらと笑うミスティアは、屋台の裏側から金庫を取り出した。
抱えるくらいの大きさのそれを「え~っと……番号どうだったかね?」と悩みながらダイヤルをひねり、開ける。
中には大量の小銭とお札が入っている。ぱっと見るだけで、『こりゃすごい』と言えるほどの金額だ。
「ミスティアさん、これ、全部、とってあるだけなんですか?」
「そうですよ。
屋台で使うものの大半は、お客さんからの差し入れですからね。ま、ツケの支払いってのもありますけど」
「そのお酒も?」
「酒は酒蔵から買ってます。だけど、ほら、伊吹萃香さんがうちの常連なんですけどね。
彼女に頼むと、「あ、いいよいいよ。ツケの支払いに置いていくよ」って、これがまたいい酒を置いていってくれるんですよ」
『それがこれですね』と示すのは、屋台の上の段に置かれている酒瓶だ。
文も人里の酒屋などで見る、『高くて手が出ない』類の酒である。
「ははぁ……」
「うちはお客さんの善意に支えられてるね。ありがたやありがたや」
そもそも、屋台を始めた動機などどこへやら。
すっかり、『女将』としての姿が板についているミスティアである。
「それくらいお金があるなら、1割でも2割でも出せば充分ですよ」
「へぇ。そうなんですか」
「魔理沙さん、お金を出してくれた人には、優先的に、新しく掘り当てる温泉で商売をすることもオーケーしているそうですよ」
「おっ、そいつぁいいね。
温泉に入りながら一杯、なんて最高じゃないか。
あ、それなら、新しい客が手に入るかもね。いっちょ協力してみるか」
あっはっは、と笑いながら、ミスティアは金庫の中からじゃらじゃらとお金を取り出し、「これくらいかね?」と、金庫の中のお金の半分以上を袋に入れて、文に手渡してくる。
「……いや、多すぎじゃないですか?」
「あ~、そうかなぁ?
ちょっと金の価値とか覚えないといけませんやね。馬鹿はダメだ、商売には向いてないよ」
大笑いする彼女を見て、文は『こういう人でもやってけるんだから、幻想郷ってのはいいところだなぁ』と思ったという。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「ひゃうあっ!?」
いきなり後ろからかかる声に、彼女、古明地さとりは飛び上がる。
振り返ると、彼女の後ろで、彼女の妹、古明地こいしがけらけらと笑っている。
「地上に行こう!」
「え?」
「地上!」
「いや、だからね、こいし。
何でそういうことをしたいのか、それをちゃんと説明しなさい」
「まあまあ、いいじゃないですか。さとりさん」
そのさとりへと、湯上りほっこり、な女性が声をかける。
「しかし、白蓮さん……」
「元気がいいことはよろしいことです」
にっこり笑う彼女、聖白蓮に『だよね!』とこいしが親指立てた。その妹の頭を、さとりがぺんとはたく。
ここは、地底の有名どころとして最近、幻想郷の皆様に認知されだした『地底温泉 ちれいでん』の一角。
温泉好きの白蓮が、週に一回、日帰り入浴で訪れる宿である。
「どうして地上に行きたいの?」
「ん?
なんかね、魔理沙が穴を掘るんだって」
「穴を?」
その彼女の名前を出されて、さとりの頭には、金髪魔女がスコップ片手に地面を掘っている姿が思い浮かぶ。
「自分の墓穴を掘るというわけでもあるまいし」
「うふふ。さとりさんったら。うふふふふ」
一体、今のセリフの何が面白かったのか、白蓮がおなかをよじって笑っている。
どうやら彼女、笑いのポイントが普通の人間とはずれているようである。
「温泉を見つけるんだ、って」
「ああ」
それでようやく、合点がいったとばかりにさとりはうなずいた。
つい先日のことだ。
くだんの人物が地底を訪れ、『さとり、ちょっと金を貸してくれ』と無心してきたのである。
事情を聞くと、『新しく温泉を掘り当てるのにお金が必要』ということがわかった。
断ろうとしたのだが、こいしがさとりの周囲のもの達をたきつけて、ついでに魔理沙が『うちでみやげ物屋でも開けば儲かるぜ』と親指立ててきたため、渋々、了承したのである。
「まあ、あの温泉ですか? それは楽しみですね」
話題に入ってくる白蓮。どうやら彼女も、魔理沙に協力してお金を提供したらしい。
彼女の場合、下手したら、何の見返りもなくお金の提供をしていそうだが。
「それでね、それでね!
お金を払ってくれた人たちは、優先的に、温泉に入っていいんだって!
ねぇねぇ、行こうよ! お姉ちゃん!」
「……はぁ。
そうね。そうしましょう。毎日、働いて疲れているものね」
ぶっちゃけ、一番、疲れているのはさとりなのであるが、こいしは『やったー!』と大喜びで、その辺りを気にしている様子はなかった。
「では、私も、寺のもの達を誘って」
「じゃあ、また、温泉で逢いましょう」
「はい。
ああ、だけど、温泉。素敵ですね。魔界にいた間も、あちこちの温泉を渡り歩きましたけど、幻想郷の温泉が、やっぱり一番です」
「……意外と封印生活楽しんでたんですね」
白蓮の何気ない一言に、『人生はあらゆるものを楽しんだものの勝ちである』と言う格言を思い出すさとりであった。
「よーし」
「ねぇ、魔理沙。本当に、ここに温泉が出るの?」
「出る。
魔理沙さんのダウジングは完璧だ」
「半分以上、どこぞのねずみに手伝ってもらっていたような気がするんだけど」
「気にするな、アリス」
魔理沙が、新たな温泉として目をつけたのは、幻想郷の一角――博麗神社から、南に向かうことおよそ20分の場所であった。
街道に面した森の中、その中にある開けた広場が、『大当たり』の場所であるらしい。
すでに数日にわたる河童たちの掘削作業により、そこには大きな穴が空いている。
だが、最後の分厚い岩盤が敵となり、お目当ての温泉脈に辿り着けないでいるのだ。
「よし、お前達、そこから下がれ。危ないぞ」
「アリス」
「まぁ、言われた通りにしましょう」
二人が穴から離れていく。
そして、おもむろに、魔理沙は八卦炉を取り出すと、それを構えて前口上を始めた。
「行くぞ!
俺の八卦炉が真っ赤に燃えるぅ! 勝利を掴めと轟き叫ぶっ!」
「魔理沙、何よ、それ」
「いや、この技を使う時にはこう言えって言われた」
「誰に」
「白蓮」
その一言で、アリスはツッコミを中止した。
「以下中略!」
中略すんのかよ、と霊夢は内心でキレのいいツッコミを放った。
魔理沙が右手を振り上げ、天に向かってかざす(なお、無意味な行動である)。
そして、その八卦炉を地面に向けて、
「ばぁぁぁぁぁぁぁくねつっ!
マスタァァァァァァァ・スパァァァァァァァァクゥッ!」
途中で声が○智一から神○明に変わったような気がしたが、それはさしたる問題ではないだろう。
放たれる極太虹色怪光線が、河童の空けた穴に突き刺さり、直撃し、爆裂し、炸裂する。
とてつもない轟音と粉塵、真っ赤な炎と衝撃波が周囲に撒き散らされ、霊夢は結界でそれをガードし、アリスは人形の盾で飛んでくる飛礫を回避し、魔理沙は衝撃波に煽られて吹っ飛ばされていく。
そして――、
「おー。本当だ」
「見事ね」
天に向かって、巨大な水柱が立つ。
漂う硫黄の香りと、降り注ぐ高温の熱水。
見事に温泉脈を掘り当てた魔理沙であるが、当たり前のことだが、このままでは温泉を楽しめないほど強烈な源泉である。
「どうするの? これ」
「にとり達に頼む」
吹っ飛ばされていった魔理沙が戻ってくる。
彼女曰く、「何かあいつら、高温のお湯をぬるくする方法を知っているらしい」ということだった。
とりあえず困ったら紫かにとりに頼め、というのは定番である。
「よーし! 温泉、作るぞー!」
響く魔理沙の声に、霊夢とアリスはとりあえず、『おー』と手を挙げるのだった。
魔理沙の元に集まった資金と言うのは、かなりのものであった。
それを手に、彼女はにとりに頼み、温泉を構築していく。
湧いたお湯は、まず、適当な場所にためておき、それを使った巨大な湯船を作っていく。
湯船の大きさはかなりのものであり、10人、20人どころか30人、40人だって、一度に入れるほど巨大なものであった。
おまけに、湯船自体も檜で作り、漂う木の香りがたまらない。
近くには屋根と壁、ついでにこの温泉を使った暖房を備えた脱衣場を作る。
その脱衣場を囲む形で、ちょっとした休憩所。真新しい畳の敷かれた、広い広い空間だ。
その休憩所には、今回、出資してくれたメンツへ提供される『お土産売り場』や『食事処』が併設される。
ちょっとした『温泉旅館』がそこに作られていく。
建設にかかった日数は、しかし、わずか三日。にとり曰く、『あたしらの腕前、甘く見てもらったら困る!』ということであった。
そして――。
「やっほー! 温泉、一番乗りー!」
響く声は、命蓮寺の居候妖怪、封獣ぬえのものである。
彼女は服を脱ぐなり、大急ぎで走って湯船へと飛び込んでいく。その後を、「ぬえさん、待ってくださーい」と幽谷響子が追いかける。
「子供は元気でいいですね」
「わっはっは。全くじゃな。
どうじゃ、白蓮殿。風呂に入る前に、まずは一杯」
「マミゾウさん。うちら、お寺の人間ですよ」
「また村紗殿は厳しいのぅ。こういう時くらいよいではないか」
脱衣場と併設された休憩所では、浴衣姿でくつろぐ者たちの姿がある。
ちなみに、浴衣は地霊殿からの提供である。
「んしょ、んしょ……。
ん~! 脱げない~! 屠自古、手伝ってくれ~!」
「……何やってるの、あなたは」
『命蓮寺が提供するならうちも』と手を挙げた廟の一行の姿もある。
服がうまく脱げなくてもがいている物部布都の前に蘇我屠自古が近寄って、ひょいとそれを脱がしてやる。
「ふぅ。苦戦した」
「普段から自分のことは自分でやらないからよ」
「そ、そんなことはないぞ! 我を子ども扱いするな!」
「子供じゃない」
そんなやり取りの後、二人は仲良く温泉へ。
「おーい、霊夢ー。どうだ、酒でも飲まないか」
「いけません。
温泉であったりまりながらのお酒は想像以上に早く回ります。倒れますよ」
「ちぇっ。厳しいなぁ、華扇」
広い湯船の中に身を浸し、上機嫌でお猪口をとろうとする魔理沙をぴしゃりと叱る華扇。
「さすがは茨華仙さま。民の健康を心配するそのお姿、全く神々しいですわ。
あ、どうぞ。いかがです?」
「いや、だからお酒は……」
「ジュースです」
「……なぜ温泉に入りながらジュースを……」
いいつつも、受け取ってしまう華扇ちゃんである。
そのすぐ側に身をお湯に沈めて、にこにこ笑顔の霍青娥が『さあさあ、あなたも』と魔理沙にもジュースを勧める。
「青娥ー、芳香にもー」
「あらあら、芳香。ごめんなさいね」
『ちゃんと肩まで浸かってあったりまりなさい』という青娥の言葉を忠実に実行している宮古芳香が、『あ~ん』と口を開けて、青娥のジュースを待っている。
青娥は楽しそうに、そして嬉しそうに、その口の中にジュースを入れてやる。
「ミスティアも、店、出しているのね」
「そうですよ。
文さんに話を聞きましてね。ちょっと、余ってた金を提供させてもらったんです」
食事処に店を出しているのはアリスと幽香、そしてミスティア。
彼女たちは、アリス達がデザート、ミスティアが主食と、住み分けがされているようだった。
基本的に、食事も飲み物もセルフサービス。欲しければ自分で取りに来るという方式であったが、味は抜群のこの二つ、何も言わなくても『注文!』と客がやってくる。
「えー、魔理沙さん。
本日は温泉の開店、おめでとうございます」
「いやいや、ありがとう、ありがとう」
文と、そのライバルかつ友人の姫海棠はたてが魔理沙の元へ近寄っていく。
「ずいぶん見事な温泉を掘り当てましたね」
温泉を見渡し、文。
巨大な檜風呂は天然の露天風呂。収納自在の天井まであり、雨の日、風の日、衣玖さん……じゃなかった、雷の日でも楽しめる。
そして、構えるのは『脱衣場』兼『休憩所』件『みやげ物屋』の建物。どこからどう見ても旅館なのだが、魔理沙曰く、『脱衣場』らしい。
「うむ。これはやはり、私の日頃の行いがいいせいだ」
「私がダウジングで、とんでもなく協力したことをもう忘れたのか、君は。ご主人じゃあるまいし」
「いや、ナズーリン。その理屈はおかしいです」
横手からかかるツッコミも、気分をよくしている魔理沙には通じなかった。
彼女に『しっしっ』と追い払われるナズーリンと寅丸星。ちなみに星は、先ほどの発言の意図をナズーリンにしつこく聞いていた。
「この温泉、入湯料は取らないのよね?」
「取らない。あくまで自然の温泉だからな」
「あなた、相当な借金を抱えたんじゃないの? どうやって返すの?」
「そこは、あそこのみやげ物とか食い物で稼ぐ。
売り上げの10%を私に納めるように言ってあるからな。ショバ代、ってやつだ」
「なるほど」
「あとは、適当に売ってる飲み物とか。休憩所は、利用は無料だが、泊まる場合は宿泊費がかかるようにしてある。
部屋も上にいくつか用意してあるし、布団なんかもある。さとりがくれたんだ」
「払わずに逃げられたら?」
「そういう奴は幻想郷にはいないだろ?」
はたては、魔理沙の返しに、思わず『なるほど』とうなずいてしまう。
無駄に人がいい奴らばかりがいるのが、この幻想郷。ルールとして決まっていることを破る不届き者など、まずいない。
「お湯にバスタオルをつけてはいけないのは……」
「お湯が汚れるだろ」
「確かに」
「何よ、文。その視線」
「……いえ。負けてるな、って」
「ふふん、当然じゃない」
思わず胸を張るはたてであるが、その視線が、温泉の一角で「お姉ちゃん、お姉ちゃん! こっちこっちー!」「こいし、あなたはまず羞恥心と言うものを……!」「さとり様、こいし様には言っても無駄です」「お燐、どういうこと?」とやり取りをしている連中に向き、その中の一人以外の胸部を見て、激しく落ち込んでいく。
しかし、そんな彼女たちは、魔理沙はまだまだ固さの残る微であるが、小に属する文、中よりの小に属するはたては見事な掌サイズ。大きければいいというわけではない。掌にすっぽり収まるサイズこそ素晴らしいというではないか。
かてて加えて、この天狗たち、誰が見てもわかるスレンダー体型。しなやかかつ柔らかな感じを漂わせるのは健康的な、『スポーティーな美』そのものである。
そこに届かぬ魔理沙はしかし、まだまだ将来に夢がある。まだ子供の領域に留まっているそれも、いずれは大人の姿へと変わるだろう。それを楽しみに日々を待つのも、また日本の風流と言うものだ。
「……バスタオル解禁しない?」
「いやダメだ。気持ちはよくわかるけど」
魔理沙も主にその胸部は大平原に属する方のため、はたての肩を叩いた後、血涙しながら『みんなが楽しいのが一番なんだ』と一言。
この言葉は、以後、幻想郷の歴史に残る格言として、稗田阿求が幻想郷縁起に記載するのだが、それはともあれ。
「ねぇ、にとり。あたしの姉さん、見なかった?」
「静葉さんなら、休憩所でお茶飲んでたよ。温泉は、あとでゆっくり楽しむんだ、って」
「……それならいいか」
「どうしたの? 穣子さん」
「あ、いや、姉さんって、長風呂好きなのよ。ほったらかしておくと一時間くらい入ってるから……」
「湯当たりしそうだねぇ」
「まあ、気をつけないとダメよ。穣子ちゃん。
あ、もみもみちゃん、いらっしゃい。尻尾洗ってあげるわ」
「いいです。自分で出来ます」
「まあ。うふふ」
こちら、山の方々の一角。
にとりは『いや~、最高だね。苦労しただけあって、いいお湯だよ』と温泉を堪能している。ちなみに大きさは小である。
彼女はどちらかといえば、魔理沙と同じく、子供の雰囲気が強い。だが、主に腰から下半身回りにかけては女性の域に飛び込んでいると言っていいだろう。優雅な脚線美とふっくらむっちりとしたシルエットは、見るものを虜にしてしまう。
その隣で穣子が、「冬の温泉もいいけど、秋の温泉もいいのよ。ね?」と回りに同意を求めている。ちなみに大きさは中である。
穣子は、さすがは秋の神。豊穣を司るだけあって、その体のラインはしっかりと丸みを帯びており、抱きしめるとこの上なく気持ちよさそうであった。本人は『最近、太ってきたの』と言っているのだが、『ちょっとぽっちゃりしてるくらいが一番かわいい』というではないか。
椛が彼女たちに、「ジュースもらってきました。飲みません?」と勧めている。ちなみに大きさは、ほぼ無である。
だが、彼女はその体にしっかりと筋肉がついていて、まさに見事なアスリート体型。将来の発達を夢見つつ、年をとった女性の一番の敵、『垂れる』ということがありえない、そんな理想的な肢体を持っている。
そんな彼女たちを微笑ましい物を眺める瞳で見つめながら、『うふふ』とにこやかに笑っているのが雛だ。ちなみに大きさは大であった。
少女たちを包み込み、笑顔で抱擁する彼女には、まさに似合いの姿と言っていいだろう。漂うのは母性。彼女のふくよかな体から放たれる暖かなオーラは、どんなものであろうとも柔らかな笑みを、思わず浮かべてしまうのは間違いない。
「あっ、こいし!」
「ぬえちゃん、な~……うぷっ!?」
「わははは! やーいやーい!」
「やったなー!」
「あっ、響子も遊びます! 混ぜてくださーい!」
はしゃぐこいしとぬえ、響子。いずれも無であるが、こいしとぬえには、この先の未来が予想される。
こいしの場合は、文字通りのふくらみかけである。まだまだつぼみであるが、この先、そのつぼみが開花した場合、彼女は美しい女性となることだろう。少しだけ陰のある、横顔が物憂げな美人――深窓の令嬢、というところだろうか。
対するぬえには、健康的な美少女の未来が想起される。体の発達はそこまでではないかもしれないが、それならそれで、文たちのようなスレンダー美少女になることだろう。特に腰のラインは、今でも妖艶な魅力を漂わせており、彼女の将来が楽しみである。
この3人の中で最もぺたんこな響子であるが、彼女も、未だ原石。これからどのように磨かれていくかにかかっている。まだまだ大人としての気配を見せない彼女が、今、住んでいる場所の女性たちにかわいがられることで、将来、魅力的な美人になるとしたら――夢はバラ色である。
『温泉、気持ちいい』
「……ねぇ、ヤマメ。キスメって、お湯に入ってないわよね? 浮かんでるだけよね?」
「気にしちゃいけないよ、パルスィ。
勇儀、ほい」
「お、悪いねぇ。ヤマメ」
「おお、何じゃ何じゃ、飲める奴がいるではないか。わしも混ぜてくれぬか」
「マミゾウさん! お寺の人がお酒を飲むなんて、何考えてんですか!」
湯船に浸かりながら酒を楽しむ一同。
順番に。
絶無:キスメ
将来を考えた場合、最も先の見通しが立たないと言っていい。最大のイレギュラー要素となるか、それとも、永遠の少女となるか。それはこの先にかかっている。地底のダークホースである。
小 :ヤマメ
彼女の場合は、誰とも仲良くできる親しみのよさが、その魅力に現れているといっていいだろう。小さいからどうした。元気な美少女だからこそ、似合うもの、似合う雰囲気、惹かれるものがあるのである。
大よりの中:パルスィ
これはなかなか意外である。普段の彼女からは、その片鱗が伺えないからだ。着やせなのか? それとも、うまい具合に隠したのか? だとしたら、隠さなければならない理由は? 考える理由はつきない。つきないが、一つ、わかることがある。幻想郷には、数多いる少女たちの中で、彼女は確実に『女』の部類に属しているということだ。
圧倒的:勇儀
普段からわかる、その姿。全身をしっかりがっしりとした筋肉に覆われながら、なお、女性としての女らしさが残っている。見事というしかないだろう。彼女はそれを意識して維持しているのだとしたら、実は普段の豪放磊落な笑顔の裏に、女性らしさが隠れているのかもしれない。意味は違うが、これぞまさに、見返り美人なのだろう。
鬼と競う:マミゾウ
子供たちに好かれる『おばあちゃん』は、しかし、とてもではないが、その呼び名の似合う姿の持ち主ではない。年上組に属する彼女にとって、子供たちを包み込む『温かさ』を、常に発揮しているのである。特に見事な腰のくびれは、全く年齢を感じさせない。さすがは狸、騙されたとしか言えない。
確かな膨らみ:村紗
まだまだ将来を予感させると共に、彼女が普段から、みんなの『お姉さん』として慕われるのがわかる。なぜか。それは、彼女が少女と女性の中間に位置し、少女たちには己の未来を、女性たちからは己の過去を想像させ、その中間をつなぐ存在だからだ。彼女は皆の架け橋となるのである。
――となる。
何がとは言わない。
「村紗は大変ねぇ」
「彼女は生真面目ですから」
「一輪は、そういうところ、結構、いい加減ね」
「少しくらいは羽目を外さないとダメですよ。こういう時は」
「いちりーん。てやっ!」
「ぷわっ!?
こらー! ぬえ! 待ちなさーい!」
そんな彼女たちを微笑ましく眺めるのが聖白蓮(かなりの大)。
仏に仕える女は、戒律に己を律し、御仏の心をもって、人々に慈悲を配る。その慈悲の象徴たる彼女の肢体は、崇め奉るにふさわしいものである。だが、彼女は同時に、勇儀たちと同じく、体をしっかりとしなやかに鍛え上げている。柔らかな心の内側に、確たる己の芯を持つ――誠、彼女こそ『仏』であった。
そして、ぬえにお湯をかけられて、それを追い掛け回す雲居一輪(まさに大地震)であった。
やはり彼女は、普段の衣装の下に、想像を絶する、御仏への心を持っていたのである。その心が顕現したのが、彼女の姿なのだ。信仰すれば未来はある――彼女は、己の身をもってそれを証明しているのである。命蓮寺一同の中で、全てを突き放す見事さは、今も寺の中で家事を一手に担い、割烹着がよく似合う『お母さん』にはふさわしい。
「すいません。お茶とお菓子をいただけますか?」
「はーい」
休憩所で食べ物販売中のアリスたちの元に、豊聡耳神子がやってくる。
今日はこの場に見知った顔ばかりということで、無礼講であった。
湯船から上がった、そのままの姿でやってくる彼女。彼女は微であった。まだ可能性はあるが、仙人となった彼女にそれがあるかはわからない。
わからないからこそ、崇めるものもあるのだろう。
成長を捨てたからこそ、得られたものがある。永遠の若さ。永遠のその姿。いずれ少女は女性となり、つぼみは花となる。だが、花はいずれ枯れるもの。枯れない花があるとしたら、それは誰もが羨望する。彼女はその象徴なのである。永遠に育つことのない、確かな蕾――このフレーズだけでご飯が3杯いけるという信者を、彼女は今も、獲得し続けているのだ。
「はいどうぞ」
渡される紅茶と焼き菓子を持って、神子は湯船に戻っていく。
ちなみに彼女と一緒に、日々を修行に費やす布都はシャンプーハットがなければ頭を洗えない程度に子供であった。当然、子供であるから無である。大きくなってはいけない。
成長を待ち望まれるのが少女であるが、それを否定されるのもまた、少女である。
しかし、彼女も少女とて、少女らしからぬ魅力を足から腰にかけて持ち合わせている。つやつやぷっくりのそのお肌とお肉の感触は、永遠に変わらぬ、彼女の魅力の発露であった。
それの世話を焼く青娥は圧倒的であった。恐らく、この空間でもトップクラスに入るであろう。
彼女のそれはまさに『母性』。全てを抱きとめる存在である。
彼女は小さな子供たちを誰よりも愛している。少々、斜め上方向にかっ飛ぶこともあるが、その想いは純粋かつ大きなもの。その全てが彼女を包み込んだ結果、今の『母親』の姿が出来上がったと言っていいだろう。
出るところは出て引っ込むところは引っ込む。少女たちの理想の姿は、理想の『母親』を夢見る女の未来を暗示している。
その側で、『青娥、青娥。芳香も、芳香も』とぴょんこぴょんこ飛び跳ねる芳香もまた、無であった。彼女に将来はないので、ある意味、理想の体型である。
無のまま終わりを迎えない。世の摂理に反した存在である彼女であるが、しかし、確実にその場に存在している。不思議なものである。無でありながら有。この意味がわかるだろうか。少女として存在する彼女は、だが、無なのだ。いずれその姿を見つめるものたちは知ることだろう。『無であり有こそ真理である』と。
それを眺める屠自古は、『青娥さんは色んな意味で目が離せないな』とぼやいていた。彼女は中の中程度。ちょうどいい具合である。何がとは言わない。
年相応の姿のまま、彼女は存在し続けている。あえかな存在のまま、確固たるものとして。彼女の女性としての魅力も、そこに残り続けるのだ。首から肩のラインにかけての艶かしさは、このままずっと、ぼんやりとだがいつまでも確かなものとして、そこに在り続けるのである。
なお、本日は無礼講ということで、休憩所で忙しく働くアリス、幽香、ミスティアは裸にエプロンであった。最高である。
やはり見事なのは幽香という外ない。布の下から自己主張するその肌のラインは、魅力と言う言葉では到底語れないほどである。そう、これは花だ。彼女が愛し、育てている花そのものなのだ。彼女はまさしく、空に向かって花開いた、大輪のひまわりの花なのだ。
一方のアリスは控えめながら女性としての魅力を存分に漂わせている。彼女の場合は、体のラインそのものが芸術的である。美の象徴と言われる『ビーナス』を思い浮かべるといい。その魅力は、キャンバスに描かれた全身全て、シルエット全てなのだ。彼女と言う存在は、それだけで美なのである。
ミスティアはある意味、伏兵であった。
普段、ゆったりとした女将衣装の下に、これほど見事なものが隠れていると誰が想像しただろうか。
幽香には及ばない。だが、アリスをも上回る、体のラインと姿。特に下半身から腰にかけては、もはや誰も追随できない。鳥の妖怪は下半身に魅力が集まると言うが、それは正しい。むちむちまんまる。この言葉だけで語るものは何もない。なお、上半身も、それにぴったりであることを追記する。
繰り返す。最高である。
「この温泉、地底の温泉よりいいかもしれませんね」
「確かに。何だか骨身に染みますね……」
「さとり様、おやじくさ~い」
「ぐさっ」
温泉で、日々の疲れを癒すさとりは、霊烏路空の何気ない一言にしこたま傷ついた。
順番に、大(見た目にしては)、中の上、地底の太陽である。
古明地さとり。その幼い見た目に似合わず、見事な体のラインを誇る少女。
彼女は普段、地底の者たちの世話を一手に引き受けている。彼女を慕う妹とペット達。彼ら彼女らを、さとりは慈しみの心を持って養っている。その姿は、これまでにも述べてきた『母親』のそれである。彼女の姿は、まだ幼いながらも、しっかりと『母親』へと育っているのだ。これから先も、彼女は母親として成長し続けるのであろう。
燐の場合、元気にあふれたアスリートかつスレンダーな体型。だが、体に柔らかさを得ている。それは、彼女もさとりと同じく、彼女の右腕として、地底のもの達を慈しむことに由来する。『母親』としての素養は、確実に、少女を女へと変えるのだ。これこそ、幻想郷の神秘であり、世界の倫理であり、不変の真理である。
空は太陽として地底を照らす存在。その姿は誰からも崇められる地底の太陽である。太陽は温かさを持って民を照らす。崇められる彼女に集まる信仰心は、その力を、姿を成長させ、育てている。彼女が将来も、太陽として輝きを失わないために。彼女が太陽である以上、彼女は太陽として存在し続ける。これまでも、そしてこれからも。彼女は輝きを増すことはあっても、輝きを失うことはないのである。
「しかし、仙人よ。お前も温泉には入るんだな」
「ええ。それが何か?」
「いや、こうやって、みんなが騒いでいるところには、あんまりいない印象があったからさ」
「そうでもありません。人ごみは確かに苦手ですが、仙人は、普段は孤独を尊ぶものですが、人恋しい時はありますよ」
魔理沙と華扇は、妙に意気投合している。
あたたかな湯船と言うのは、人の気持ちをリラックスさせてくれるのだ。
なお、華扇は中ぎりぎりというところである。何でもかんでも大きければいいのではない。大切なのはバランスである。
そもそもバランスと言うものが何であるか。それは世界を支える天秤である。天秤のバランスが崩壊すれば、世界はたやすく崩壊する。仙人とは、世界から一歩ひいたところで、その世界を見つめている。いわば一種の調停者だ。そんな彼女たちがどちらかに傾くわけにはいかないのである。だからこそ、彼女は中なのだ。中であっても、その中華風衣装に見合った見た目を維持し続けているのである。これまでにも散々述べてきたように、『女性らしさ』を体に得ていながら、彼女は調停者であるがために、中を維持しているのだ。
「霊夢さん、落ち着きがないですね」
「どうしたんだ?」
「あ、うん。いや……」
「ところでご主人、宝塔は寺に置いてきただろうね?」
「もちろんです。本堂にしっかりと安置してあります」
「今は信じよう」
辺りをきょろきょろ見ている霊夢。
その彼女に話しかけたナズーリンは、『お邪魔だったね』と星と共にそこを去る。
小の中、小の下、毘沙門天クラス。
スレンダーと言うものには、大きいのとはまた別の魅力がある。小柄な少女も、また同じ。そうした中にあるからこそ、毘沙門天は栄えるのである。
つまるところ、霊夢もまた、スレンダー体型なのである。
だが、これまでに述べてきたスレンダーとは、彼女はまた違う。彼女の場合、スポーティーさが伺えない。すなわち、徐々にではあるがふっくらとした肉付きを獲得しているということである。しなやかな肢体の少女から想像されるのは、やはりその肉体の躍動感であろう。だが、そうしたものを得るためには、どうしても犠牲にしなくてはならないものがある。曲線美。これである。霊夢は、徐々にではあるが、女性の持つ曲線の美しさを獲得しつつある。今、最も、未来を想像させる少女なのだ。
対するナズーリンにそれを伺うのは難しく、どちらかと言うと、彼女は響子の部類に属するか。しかし、彼女は響子から一歩進んでいる。響子の未来であると共に、これから先、歩む将来を暗示、一歩先を進んでいるのだ。彼女が女性らしさを獲得すると、響子もまた、それを追う。二人は切磋琢磨する存在でもある。発展途上の持つ魅力を存分に発揮していると言い換えても過言ではない。
そして寅丸星は、御仏の化身として振舞うだけはある威容と存在感を示している。普段の、あの神々しい衣装の裏に、彼女は女性としての姿を持っている。武門を司る仏である毘沙門天でありながら、同時に女性としての包容力、寛容さ、温かみを備えている。戦場で、冷たいだけの兵士は生き残ってはいけない。時として敵にすら手を差し伸べる、そんな慈母のような存在は敵からも味方からも敬われ信仰され、愛される。彼女は『武』とは、ただ勇ましいだけではないことを示す道標でもあった。
「あっ」
ちょうどその時、霊夢が声を上げて立ち上がる。
「お待たせしました~」
やってきたのは、霊夢が心待ちにしていた想い人、東風谷早苗その人である。
早苗は手を振りながら霊夢の元へとやってきて、『遅れてすみません』と頭を下げる。霊夢は顔を赤くしながらも、『ううん、いいよいいよ』と笑った。
そんな彼女ににっこりと笑顔を返す早苗は、まさに年齢不相応の巫女そのものであった。
見事かつおおらかな曲線には、もはや目を見張るしかないだろう。胸部から腰部にかけて続く凹凸は、険しい山脈のごとく。
これこそ、少女たちがいずれ辿り着く神々の世界『エデン』であった。人でありながら神として在る彼女は、エデンの園に足を踏み入れた。楽園より与えられし禁断の実は彼女を人から神のステージへと押し上げたのだ。
神として在ることを望むか、人として在ることを望むか。
霊夢と早苗の対比は、そんな永遠のテーゼを我々へと投げかける。この二人がいずれ辿り着く答えこそ、その永遠の命題を解決する鍵となるのか。
「いやぁ、いいお湯だねぇ」
「少し用意に時間がかかってしまった。申し訳ない」
「ああ、うん。別に構わないぞ。私に頭を下げられても困る」
「神奈子がうっさいんだよ。『諏訪子はやることがいちいち甘くていい加減だ』って。
いいじゃん、結果が同じなら。ねぇ?」
「そうやっていい加減な神だから、お前は民草の信仰を最後まで集められなかったんだろう。
どうしてそれを自覚しないんだ。神として、全く嘆かわしい」
「神としてのスタンスには色々あるさ。あたしと神奈子のそれは違う。そんだけ。
わっかんないだろうな~」
「まあまあ。そういうやり取りは後にして、まずは湯を楽しめ。話はそれからだ」
「……確かに。
こんな見事な温泉を掘り当てるとは、なかなか。貴女の慧眼、神として感服します」
「わはは、そっかそっか」
早苗の保護者、八坂神奈子と洩矢諏訪子の二人は、到着が遅れたことを魔理沙にわびた。
魔理沙はけらけら笑いながらそれを流し、「楽しめ楽しめ」と二人の肩を叩く。
彼女たち、神の姿に、人は何を思うだろう。
八坂神奈子が誇るその姿は、神としての威信と威容に満ちている。
その姿を見るだけで、多くの人々は畏れ戦き、ひれ伏すだろう。圧倒的な力を持つ、軍神として讃えられる神は、その威風堂々たる姿をもって、人々の信仰を集めているのだ。放つオーラは気高い山脈と険しい谷間を築き、触れようと手を伸ばすものを跳ね返す。彼女が求め、彼女に求められるものは挑戦である。気高き山の神は、自らに挑戦するものに神としての慈愛を注ぐのだ。
一方の洩矢諏訪子は、その幼き姿に天真爛漫な笑顔を宿し、近寄るもの全てに安心感を与えてくれる。隣の神奈子と比べると、彼女から漂うのは親しみやすさ。それは神としての未熟さを表すのかもしれない。ここで勘違いしてもらいたくないのは、彼女は決して、人と同じものではないと言うことだ。神でありながら神らしさを見せないことによって、人々と親しみを持つ。どこまでも平坦であっても、人は神に辿り着くことは出来ない。平坦であるが故にたやすく人を近寄らせると共に、平坦であるからこそ、どこまで行っても人を近寄らせないのだ。おおらかな水の神は、広がる波紋の中心に立ち、波の行方に民の姿を見ている。
これが、二つの――二柱の神の違いであった。
「おーい、アリスー。お前も風呂に入らないかー?」
「ちょっと待って。
幽香、あなたはどうする?」
「私はもう少し、ここで」
「そう。
ミスティアは……」
「いやぁ~、この煮物、ほんま見事どす! うちが保証します! 太鼓判! うん!」
「あはは、気に入っていただけて嬉しいですよ」
「後回しね。
じゃ、先に行ってるわ」
休憩所では、秋静葉がのんびりとお茶を飲んでいる。おなかがすいたのか、彼女はミスティアの店と幽香の店から食べ物を買って、それを口にしていた。
特に、ミスティアの店の和のものが気に入ったのか、その顔は終始笑顔である。
秋の神でありながら、豊穣の役目を妹に譲り、秋を彩る力を受け持った彼女は、ひとえに秋の魅力をその体から振りまく神でもあった。
決してふくよかではない。しかし、決して未熟でもない。ちょうどいいそのサイズは、秋らしさを示している。秋は実りの秋であると共に、彩る秋でもある。秋に包まれた者たちの欲求を、内と外から満たす季節なのだ。彼女は外側から、そんなものたちを満たしている。黄金比。彼女の姿を絵に描くならば、絵描きはその言葉を思い出すだろう。不要なものが何一つない、整った彼女の体は、秋の彩を映し出す、秋の神にしか出来ない、ありえない姿であった。
「どうしたのよ、魔理沙。突然」
「いや、霊夢が早苗といちゃいちゃしだして声をかけづらくなった」
「あー」
アリスの視線はその二人へ。両者共に密着して、楽しそうに、何やら話をしている。
なるほど、とアリスはうなずいた。
「どうだ。酒は」
「やめておくわ。あったかいと回るもの」
二人は湯船の中に体を沈め、ふぅ、と息をつく。
「あなた、華扇と話をしていたんじゃなかったの?」
「何か青娥と漫才始めた」
視線をやれば、その二人が、『小さな少女たちがこんなにたくさん。温泉と言うのは素晴らしいものですわ』『本気で警察に突き出しますよあなた』と、長年連れ添った夫婦漫才のそれのごとく、ユカイな会話を繰り広げている。
「息が合うのね。あの二人」
「うむ」
そういうわけで、いまいち、ペアが作れなかった魔理沙は、アリスを頼ったと言うわけである。
「このお湯、きれいよね」
「濁り湯もいいけど、透明な湯もいいもんだ。いやぁ、快適快適。こんないい温泉が作れるなんて思わなかった」
「計画性がないわね。外したらどうするつもりだったのよ」
「ん~?
そん時はそん時かな。あんまり考えてない」
「言っておくけど、お金は貸さないからね」
「自分の不始末くらい自分で何とかするさ。
だけど、その心配も、もうなくなった。万事オッケーだ」
な! と笑う魔理沙に、やれやれとアリスは肩をすくめた。
先のことを考えず、思い立ったら吉日を忠実に実行するこの友人は、何かと困りもので厄介なのだ。
「あとはうまい飯だ。いやぁ、楽しみだ」
「食事の用意もしてあるの? ミスティアに頼んだとか?」
「いんや。
それを、あいつらに頼んだ」
『あいつら』で示したのは、遅れてやってきた神奈子と諏訪子である。
彼女たちは現在、地底のメンツと組んで酒盛りを始めている。巻き込まれたらたまらないと、遠くにさとりとパルスィが避難しているのが見えた。
「ふぅん……。
まぁ、何を企んでいるのか知らないけど、程ほどにね?」
アリスがそう釘を刺すと、『そうはいかないんだな、これが』と魔理沙は笑うのだった。
すっかり日も落ちて、辺りはぴんと張り詰めた冷気に包まれている。
そんな中、温泉の建物のすぐ側に、大きな大きな土鍋が鎮座していた。
「……何か思い出すわね」
ぽつりとつぶやくアリスの言葉は、誰の耳にも届かなかったらしい。
「はーい! お鍋ほしい人から順番にねー!」
「はいはーい! 一番乗り!」
「ぬえさん、割り込みしないでください! 響子が先に並んでたんです!」
「こいしちゃん、にばーん!」
「わーっ!!!」
『にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
山彦に耳元ででっかい声出され、行儀の悪い二人がひっくり返る。
鍋の前に並んだ腹ペコたちに、諏訪子が鍋を振舞っていく。
一同に用意されるのは、先日、神社での会話にあった『かきの土手鍋』である。
「はぁ……。こんなものは初めて食べますね」
「これ、食べ物なのよね?」
情報通の文やはたてですら初めて見る『かき』。つんつんと、二人はそれを箸でつついている。
「美味しい! これ、美味しいですね!
諏訪子さま、おかわりください!」
「後ろに並んでね~」
「はい!」
そんなこと気にせず、速攻でかきを口に入れた椛が、尻尾ぱたぱた左右に振って、列の後ろに並んでいく。
「これは何なんです?」
「これはかきと言って、外の世界の海に住んでいる貝だ」
「はあ。貝ですか。
それじゃ、どんだけうまくても、そうそう手に入らないね~」
ミスティアは神奈子から説明を受けて、『残念、残念』とかきを頬張っている。屋台の若女将の舌を、それは満足させる味であったようだ。
「霊夢、食べないんですか?」
「……別に」
なぜかふてくされ気味の霊夢に華扇が問いかける。
霊夢の視線は早苗に、そして、その隣にいるから傘妖怪に向いていた。彼女、道に迷って到着が遅れたのだ。
「お姉ちゃん、これ、美味しい」
「そう。よかったわね、小傘ちゃん」
「うん!」
うなずく彼女は、先ほど、温泉を楽しんだばかりで湯上りほこほこである。
幼き忘れ傘は、その悲しみを誰にも見せないように、笑顔を振りまいている。彼女は妖怪となって、何を学んだのだろう。誰かに忘れられないことだろうか。それとも、誰かに自分を覚えてもらうことだろうか。それはわからない。
わからないが、彼女は、確かに『自分』を知ってもらうことを覚えたのだろう。自分の存在を誇示し、少し大げさにアピールするくらいの図々しさを、彼女は覚えたのだ。幼くても、自己主張が激しいのは、きっとそこに起因している。身長と体格を勘案すれば、早苗にすら匹敵する彼女の各部位は、忘れようにも忘れられない。
「何よ、早苗の馬鹿」
「はいはい。
ほら、あ~ん」
「あ~ん」
ふてくさ霊夢は華扇にかきを食べさせてもらって、『美味しい!』と目を輝かせる。
いつの時代も、美味しい食べ物は心を豊かにさせてくれるものである。
「それで、白蓮さま。
今度、予定しております、人里でのショーのことなのですが――」
「はい。お話は伺っております。
子供達が楽しんでくれるものに致しましょう」
「まあ、ありがとうございます」
最初の頃は仲が悪いと言われていた寺と廟の者達であるが、実際のところはそうでもない。
特に白蓮と青娥の親交は深く、互いに酒を酌み交わすほどである。
もちろん、白蓮は酒を飲まないが。
「もう、どうでもいいよ。ったく」
「いいじゃない、そんなに怒らなくても」
「一輪は自由よね。
と言うか、寺の人間が酒を飲むってどうなのよ」
「村紗、君は勘違いをしている。禁酒するのは人間であって、我々は人間ではない」
「ナズ、それは屁理屈っていうのよ」
「それに、姐さんに酒を飲ませてはいけないわ」
「当然じゃない。戒律が……」
「んなものどうでもいいのよ」
「……虎?」
「知らないほうがいいわ」
とら、で視線を向けられる星は、かき鍋の味に『これはどうやったら再現できるものか……』と悩んでいる。
ドジっ虎といわれる彼女であるが、実は料理の腕は大したものだ。彼女が厨房に立つときは、皆がはらはらすると共に楽しみにする時でもある。
「何じゃ何じゃ、だらしない。
ほれ、わしの酒が飲めぬのか?」
「う、う~ん……。
屠自古、あなたに譲ります」
「わたしもお酒は苦手です」
「では、我が……!」
『布都は未成年でしょう』
「……はい」
「わっはっは。もったいないのぅ。酒ほどうまい、至高の飲み物はないというに」
ぐびぐびと杯を傾けるマミゾウに絡まれて、神子以下廟の面々は困惑顔だ。
彼女たち、どうも酒が苦手らしい。全く飲めないというわけではないが、マミゾウのペースにはまるでついていけないのだ。
「マミゾウは酒豪というより、酒好きだからねぇ」
「おっ、今、酒好きって言葉を聞いたよ! そこのあんた! あたしと飲まないかい!?」
「おお、よいぞ。酒は天下の回り物、飲み明かそう、飲み明かそう!」
「いいねいいね! おいでよ、こっちこっち!」
いい飲み友達が見つかったとばかりに、勇儀に招かれたマミゾウが、『よっこらせ』と立ち上がる。
そして、廟の面々に、「酒といわず、祭りは雰囲気を楽しむものじゃ」と笑いかけた。
「私たちも、少し、周りと交流してきましょうか」
「わかりました」
「あ、じゃあ、わたしが間を取り持ってあげようか?」
にんまり笑うぬえ。
その彼女に、神子は『ええ』と笑顔を向けてから、
「ただし、私は豊聡耳ですので」
と釘を刺し、ぬえに『やるじゃん』とハイタッチを求められる。神子は少し困惑したものの、その彼女の掌と自分の掌を打ち鳴らせた。
「布都さん、どうしてにんじんさん、食べないんですか?」
「え? あ、う……」
『布都ちゃん、好き嫌いはダメなの』
「そうだよ~。布都ちゃん。キスメの言う通り。好き嫌いする子は大きくなれないよ」
「む、むぐぐ……!
べ、別に嫌いなわけではないぞ! 好物だから取っておいたのだ! み、見ているがいい!」
響子に声をかけられ、キスメとヤマメに、ある意味煽られて、布都は器の中のにんじんを口の中に放り込み、もぐもぐごっくん、飲み込んだ。
ちなみに、このにんじん、鍋の中でくつくつと味がしみこむまで煮込まれており、にんじん特有の甘味も引き出されているため、
「……あれ? 美味しい……」
と、思わずつぶやくほどの味であるのは言うまでもない。
「おい、さとり。何一人でやってんだ」
「わたしは、どうも、こういう場に招かれるのに慣れてなくて」
「そういう時は、私に声をかけろ」
一応、今回の幹事でもある魔理沙が、一人、離れたところに座して食事をたしなむさとりの肩を叩く。
「パルスィだって、あそこで楽しんでるじゃないか」
「彼女の場合、勇儀さんに引きずり込まれたというか」
車座になってやんややんやの酒盛りをしている一同を一瞥して、さとりは苦笑する。
ちなみにそこには、文とはたてと椛の姿もあった。引っ張り込まれたらしい。
「お前に最適な連中がいる。こっちだ、こっち」
「はあ」
立ち上がり、魔理沙の後についていくさとり。
魔理沙が彼女を連れてきたのは、
「う~ん……」
「難しいなぁ……」
なぜか、こんな場でも将棋に打ち込むにとり達の元だった。
にとりと穣子が、難しい表情で盤面をにらんでいる。
しかし、片手にはかきをつまみ続けており、入れ物の中身が空っぽになると、雛がそれを手に、諏訪子の元へと歩いていく。
「将棋ですか」
「あら、えっと……」
「あ、古明地さとりと申します」
「さとりはん。ええ、覚えました。
うちは秋静葉、いいます。よろしゅうな」
「あ、はい。こちらこそ」
「あら、かわいい子ね。おなかはすいてない?」
「ええ、大丈夫です」
「鍵山雛、よ。よろしくね」
差し出される手を握り、にこっと、どこかぎこちなく笑うさとり。
「あっ、さとり様もこっちに来たんだ!」
「さとり様、こっちこっち」
「あら、あなた達」
そのメンツに混じる形で、空と燐がいる。
彼女たちは、美味しそうに鍋を頬張り、先ほど追加されてきた小皿料理ももぐもぐと。
その小皿料理を作っているのは、『料理人としての血が騒ぐね!』と、諏訪子の鍋に対抗するために腕まくりしたミスティア作成のものである。
「あら、この子達、さとりはんのお知り合いどす?」
「ええ。うちのペットです」
「あらまぁ、そうだったんどすなぁ。えらいかわいらしいペットやねぇ」
「さとりちゃんも、お話し、聞いているわ。温泉宿をやっているとか」
「まぁ、成り行き上、仕方なくと言いますか」
「あら、そうなの? うふふ。
今度、温泉に入りに行きたいわ。わたしも温泉、好きなのよ」
気遣いのうまい雛と、さりげない包容力の持ち主である静葉に包まれて、さとりの顔に笑顔が宿る。
彼女の側に燐と空がやってきて、「さとり様、うちらも将棋、しましょうよ」と声をかける。
「あら、いいの? わたし、将棋は強いわよ。
もちろん、能力なんか使わなくてもね」
「あら、そうなんどす? なら、うちと一局、やりません?」
「ええ」
ちょうどその時、勝負がついた。
勝負は穣子の勝ち。一手ぎりぎりで、王手が間に合ったと言う勝負である。
座を変えて、今度はさとりと静葉が対局する。
「いいの? 姉さん、めっちゃ強いよ?」
穣子の言葉を受けながら、さとりが早速、駒を持った。
互いに一瞬、視線を交わす両雄。
そして――、
「……おお、静葉さんが長考入った……」
にとりが驚く。
妖怪の山で敵なしと言われる静葉を苦戦させるさとりの姿がそこにある。
だが、さとりとて、じっと盤面をにらみ、周りの声など耳に入れていない。一瞬でも、気を抜けば負ける、実力伯仲の戦いであった。
「よしよし」
うなずいて、魔理沙が踵を返す。
それに気付いた雛が、ひらひらと手を振った。魔理沙がさとりを気遣ったのを察していたのだろう。
「やはり、祭りはみんなで楽しまないと。
なぁ? アリス」
「そうね。
あ、幽香。この辺りの和食はどう?」
「私、和食はダメね。作れるけれど、こんなに美味しいのは無理だわ」
「やっぱりうちは洋食かしらねぇ」
と、優れた経営者は、今ひとつ頼りない主役を引き立てるので精一杯。
分厚い書類を広げて、何やらメモしながら、今後の展開を考えているらしい。
「そう言うあなたは楽しんでいますか?」
「ん?
当然だろ、神奈子。私は楽しんでいるさ」
「そう。なら、いいのです」
魔理沙に声をかけた神奈子が、手にした杯を、彼女に向ける。
魔理沙はにんまりと笑うと、『引き受けた』と、新たに差し出されるそれを手に取り、中身の液体をぐいっと飲み干すのだった。
~以下、文々。新聞&花果子念報特別合併号一面より抜粋~
『博麗神社の近くに、新しい温泉施設開店!
先日、首題の通り、幻想郷に住まうものなら知らないものはいない、結界守の巫女、博麗霊夢が住まう博麗神社のすぐ近くに、新しい温泉施設がオープンした。
プロデュースは魔法の森在住の霧雨魔理沙嬢であり、彼女の呼びかけを受けて、様々な施設からの資金を募って開店と相成った。
この温泉、どんな温泉かというと、一言で言えば素晴らしい温泉である。
温泉自体の素晴らしさもさることながら、それを包み込む施設も言葉では言い表せないほどだ。
以下に、その詳細をご説明しよう。
まず、右の写真が、温泉施設の外観である。『幻想温泉』。何とも、この幻想郷にふさわしい名前ではないだろうか。
入り口は男湯と女湯に分かれており、筆者は女性のため、女湯から中へと入った。
入り口をくぐると、正面に脱衣場がある。冬のこの季節、露天風呂は確かに気持ちいいのだが、湯船に入るまでが地獄である。
しかし、この施設は、建物全てに温泉のお湯を使った暖房設備が完備されており、冬でも安心して裸になることが出来る。
脱衣場を抜けると、総檜の天然温泉がお出迎えだ。
温泉の広さは大したものであり、スペースさえ考えなければ100人でも一緒に入ることが出来る。
しかし、そこは温泉。ゆっくり足を伸ばしてのんびりするためにも、40人程度が限界だろうか。
湯船のすぐ近くには洗い場があり、ここも暖房が完備されているため、寒さを感じることはないだろう。
お湯の温かさは素晴らしく、ぬるくもなく熱くもなく、さっさと上がっても湯冷めすることはなく、長風呂しても湯あたりすることがないという、絶妙な温度調整がなされている。
この温度調整をなしているのが、妖怪の山のメカニック、河童たちの特設ポンプと温度調整装置である。
これが営業時間の間、フル稼働しているから、温泉の素晴らしさは保たれている。
温泉の効能は、特に怪我などによく効くとされている。日頃の仕事で疲れているお父さんお母さんには、是非とも堪能してもらいたい。
次に、温泉施設の紹介である。
温泉を上がると、右手側に休憩所がある。襖を開くと現れる、広い休憩所では、思い思いにくつろぐことが可能だ。
この右手側には食事の出来る食事処も用意されている。そして、この食事処に出店しているのは、すでにご存知の方多数と思われるが、喫茶「かざみ」と若女将ミスティア女史が運営している、あの屋台である。
この温泉限定の特別メニューも用意されている上に、お値段もお店の値段そのままのリーズナブルさという素晴らしさだ。
なお、この店では喫茶「かざみ」は毎月、2と4のつく日に店主の風見幽香女史が、屋台では1と3と5のつく日に、女将のミスティア女史が直接訪れて、その腕を間近で奮ってくれることになっている。
味はいずれの日程でも変わらないが、彼女たちの腕前を間近で見たいという方は、この日程を狙ってみてはいかがだろうか。
続けて、休憩所の右手側にある階段を上がると、宿泊施設が見える。
部屋の数は12部屋で、最大で48人が泊まることが出来る。布団や着替えなどの設備もあるので安心して欲しい。
温泉でゆっくりくつろいで、いざ帰ろうとしたらもう真夜中だった、と言う時にはぜひ、利用して欲しい。利用料金は一泊1500円から。朝食が必要な場合は、+500円されるのを了解して欲しい。
布団などの設備は、あの地底の有名温泉『ちれいでん』から提供された、ふかふかの布団だ。また、日程は決まっていないが、毎月3回から5回程度、『ちれいでん』の女将である古明地さとり女史と古明地こいし女史が、皆さんのお世話をさせていただくことになっている。
さて、これだけの温泉施設、当然、みやげ物も完備している。
帰り際、出口の左手側を見ると、多数のみやげ物が目に入るだろう。
ここには、今回の出資者である守矢神社、地霊殿、命蓮寺、太子廟の方々が腕を奮ったみやげ物が置かれている。
定番の温泉饅頭から始まるお菓子、この温泉限定のお酒、キーホルダーなどの小物から、奇跡の造形師サーナ・チャコ氏による限定フィギュアも用意されている。
温泉を楽しんだ後、休憩所でくつろぎ、美味しい食事を堪能して、お土産を買って帰る。ちょっとした小旅行を堪能させてくれるだろう。
ちなみに、この温泉の利用料であるが、温泉を利用するだけならば無料である。霧雨魔理沙女史の嬉しい心配りが、ここに現れている。女史曰く、『温泉は、みんなで楽しむものだ』ということだ。
ただし、みやげ物や食事は当然として、休憩所と宿泊施設の利用には利用料がかかることを、心に留め置いて欲しい。
宿泊施設の代金はすでに述べた通りだが、休憩所の利用には、1時間100円の利用料金がかかる。長時間利用に伴って割引されるので、のんびりくつろぎたい方はゆっくりと休んでいって欲しい。
また、ちょっと腰を下ろしたいだけという方向けに、休憩所以外にも小さな休憩施設はあるので安心してほしい。
この『幻想温泉』、本日から営業開始である。日々の疲れを癒したい方、簡単な旅行気分を味わいたい方、日常とは違う非日常を味わいたい方などなど。様々な方を幅広く受け入れるこの温泉を、是非とも堪能して欲しい。(著:射命丸文&姫海棠はたて)
「寒いわねー」
「こう寒いと、こたつから出たくなくなるよな」
「そうねー。
こら! 魔理沙! そのお肉は私のものよ! 返しなさい!」
「だが断る」
「よし、いい度胸だ。表に出ろ」
「何やってるんですか、あなた達は」
『日課』
異口同音にそんなこと言われて、同じこたつに入って、同じお鍋つっついてる華扇ちゃんこと茨木華扇は沈黙した。
本日、博麗神社はとっても寒い。
部屋の中の暖房器具はこたつだけ。ストーブもあるのだが、燃料の薪が切れている。
仕方ないので、秋のうちに作った竹炭を使って火鉢活用してこたつにこもっているというわけである。
「けど、ほんと、こう寒いとやる気もなくなるぜ」
もぐもぐとお肉頬張る霧雨魔理沙。
「そうなのよねぇ。
こう寒いと、神社の仕事もやる気がなくなるわ」
もぐもぐお豆腐頬張る博麗霊夢。
「お前はいつもやってないだろ」
「失礼ね。境内の掃除と雪かき、あと、参拝グッズ製作はやってるわよ」
「売れ行きは?」
「……上々」
「目をそらすな」
近頃は、そんな二人のやり取りを呆れた眼差しで眺めている華扇の手伝いもあって、博麗神社の御守も、徐々に売れつつある。
しかし、売れるのは華扇が作ったものだけであり、霊夢が作ったものは『いやぁ、その……博麗の巫女さまのお作りになられた御守は、あっしらなんかにゃ畏れ多すぎてとてもとても』と、言葉に何重ものオブラートがかぶせられた反応と共に売れ行き0だ。
「華扇の家はあったかいんでしょ?」
「仙人ってやつは、自分たちにとって、理想の空間を作るって聞いてる。
羨ましいよなぁ。夏は涼しく冬はあったかい、なんて。おまけにうまい食い物も一杯あるんだろ?」
「仙人は節制を尊ぶものです。美味しい食べ物なんて、そうそうありませんよ」
とか何とか言いつつ、最近は洋菓子にはまりまくってあっちこっちのお店を食べ歩いている華扇ちゃんである。
甘いものは別腹(節制含む)である。
「なぁ、霊夢。温泉入ろうぜ」
「あ、いいわね。温泉。行く?」
「行ってもいいんだが、みんなが使っている温泉は味がない」
「温泉独り占めとか憧れるわよねぇ」
「紅魔館や永遠亭のお風呂は温泉と聞いていますよ」
「あれ、金出して買ってるんだぜ。永遠亭は違うけど」
「あ、そうなんですか」
幻想郷。あちこち地面を掘れば、とりあえず温泉が湧く天然の湯所でもある。
しかし、当然ながら場所によって、数メートル掘れば湧くところから数百メートルも掘らないと温泉が出てこないところもある。
そういう、後者の場所に住んでいる者たちにとっては、『掘るより買った方が安い』のも事実であった。
そんな彼らのために、『自宅にいながら気軽に温泉を楽しめる』事業として、某山が始めたのが『温泉宅配サービス』である。
「……妖怪の山って、最近、何なんでしょうね」
「天魔の方針転換で多角経営を始めているらしいぞ」
曰く、『この「ぐろーばる化」の時代、山に引きこもって他者を拒絶しているようでは外の変化に乗り遅れる。我々の方から、開かれた妖怪の山を目指そうではないか』ということらしい。
「あそこの温泉、高いのよね」
「距離に応じて金額上がるからな。
紅魔館の方があそこに近いし、それは仕方ないだろ」
「文とかにとり辺りに頼んだら、安く温泉、作ってくれないかな」
「難しいだろうなー。
何せ、山の温泉の湯量は豊富だが、それだって無限ってわけじゃないからな」
「うちも温泉脈、あるんだけどね」
ここに、と畳を叩く霊夢。
しかし、以前、話題に上がったにとり――河童の河城にとり――に調べてもらったところ、『少なくとも、数キロは掘らないと出てこないね。お金はこれくらいかかるよ』と天文学的な値段を提示されて断念した過去があったりする。
「にとりが言うには、かなり良質な温泉らしいんだけど」
「なるほど。さすがに、金額が割に合わないな」
「博麗温泉! 人、来るかしら?」
「いくら取るんだよ」
「……う~ん」
「その辺りの調整をしっかりやらないと、施設経営で、かえって赤字になりますよ」
横手から、華扇の冷たい指摘。
彼女は手にレンゲを持ち、霊夢の取り皿に魚と白菜を入れてやる。
「ん~、おいひい。やっぱり、冬はお鍋よね~」
「そういや、この前、早苗んちで食べた鍋、あったじゃないか?」
「あったあった! かに鍋でしょ!?
あれ、すっごく美味しかったわよね!」
幻想郷では、決して……というほどではないが、手に入れるものが難しい海産物。
それを豪勢に使ったお鍋が振舞われたのが、つい一週間ほど前のこと。
その時に食べた、真っ赤な生き物――『かに』の美味しさと言ったら。
思わず、あまりに美味しくて、霊夢と魔理沙で一杯食べてしまったほどだ。
「あのお肉がふんわり柔らかくて」
「かにみそだったか。あれも濃厚でうまかったよな~」
「また食べたいわね~」
「今度は、かきの土手鍋、ってのもやるらしいぞ」
「何それ? 美味しいの?」
とまぁ、そんな具合に『お鍋談義』は続き。
締めの雑炊も食べつくして、ふぅ、と3人、息をつく。
「あ~、美味しかった~。
やっぱり、鍋はおみそよねぇ」
「私はしょうゆも好きだぞ」
「あら、私は、自然のだしとお塩もいいものだと思いますよ」
と、珍しく華扇もコメントする。どうやら、彼女も鍋に対して一家言持っているようである。
「で、だ」
畳の上に大の字になっていた魔理沙が、腹筋の力だけで起き上がる。
「温泉。どうする?」
「今から入りに行く?」
今日も、外はとても寒い。
しかし、運のいいことに、雪は降っていない。風もそれほど強くなく、外出するにはちょうどいいだろう。
「いっそ、また新しく作らないか?」
「そんなお金ないわよ」
「大丈夫だ。私もない。
そこは金持ち連中をうまく使ってだな。『共同経営』ってことにすりゃ、出費も抑えられるぜ」
「なるほど。あなた、頭いいわね」
「だろう?」
「悪知恵が働く、の間違いですけどね」
横手から華扇のツッコミ。
しかし、魔理沙が悪いことをしようとしているわけではないので、『まぁ、程ほどに』とそれをなだめるだけだ。
「よし。それじゃ、明日から行動を開始しよう。
交渉ごとは、この魔理沙さんに任せてくれ」
「いいわよ。私は何をすればいいの?」
「寝てていい」
「楽でいいけどなんか腹立つわ」
そういうわけで、『幻想郷の金持ち連中』を利用した、霧雨魔理沙の『温泉大作戦』が始まるのであった。
「ねぇ、幽香。ちょっといい?」
「何?
……あ、ちょっと待ってね。
はい、どうぞ。落とさないように気をつけてね」
「うん! お菓子屋のお姉ちゃん、ありがとう!」
「ばいば~い」
小さな子供に品物渡して、笑顔で手を振っていた風見幽香が『で、何?』と店の出資者兼共同経営者のアリス・マーガトロイドを振り返る。
「魔理沙からこんなチラシをもらったの」
「何それ?」
「温泉作るから金を出せ、って」
彼女から渡されたのは、真っ白なA4の紙に、端的に『温泉掘りたいけどお金がないからお金をよこせ』という内容の文章が手書きで書かれているだけのもの。
しかも、文言が鉛筆だったりするあたり、色々とアレである。
「ふーん。別にいいんじゃないの?」
「まぁ、うちの金庫からお金出せばいいだけだし。
それくらいのお金は余裕であるけどさ」
ひょいと、アリスは肩をすくめる。
この二人――対外的には、幽香が一人で――が経営している喫茶『かざみ』。幻想郷の皆々様に大変親しまれているお店は、個人でやっているとは思えないほどの売り上げを上げている店でもある。
しかし、幽香が金銭感覚に疎いのと、子供好きのために、小さな子供や家族連れには何でもかんでもサービスしてしまうせいで、その売り上げの割には純益が少ないことでも有名である。
「協力していいのね?」
「いいわよ? どうして、私に聞くの?」
「……あなた、この店の店主でしょう」
対外的にはそうなのだが、実質的経営を全てアリスが行なっていることでも、この店は有名である。
簡単に言うと、アリスがいないとまともに動かない店なのだ。
「……えーっと」
「まぁ、了解。あなたの了解があるってことで、魔理沙には返しておく。
だけど、取引したのよ」
「取引?」
「ええ。この話、紅魔館には持っていかないように、って」
どうして? と幽香が首をかしげる。
お金が欲しいなら、一番手っ取り早いのが、今、話に上がった紅魔館の力を借りることだ。
幻想郷で有名な地主や庄屋などかわいいものというくらいの財政規模を誇るあそこの力を借りれば、金銭的に出来ないことは何もないだろう。
「だって、あそこが来たら、うちがかすむじゃない。
うちとあそこは商売の領域がかぶってるんだから」
「……?」
「要するに、その温泉に、うちが専売する『店』を作れって言ったの」
「……えっと」
「あなたさ、本気で経営勉強しないと、私が手を引いたらあっという間よ、ここ」
頭痛にこらえながらつぶやくアリスに、幽香の頬に汗一筋。
要するに、アリスの言いたいのは、『温泉施設を作るなら、どうせみやげ物屋なんかも作るだろう。そこに紅魔館を入れるな』ということだ。
そこで発生する利益を独占する。商売の駆け引きの一つである。
「けど、紅魔館で、以前、うちの商品を扱ってもらったことあったじゃない? それって不義理なんじゃ……」
「今、人里で、うちとあそこで勝負してるでしょ。
お互いに潰しあいはしないのがルールだけど、お客さんはそうは見ない。それはそれ、これはこれ、よ。
でかい資本が出てくる前に先手を打たないと」
お店の経営って大変なんだなぁ、と幽香は全く他人事の感覚でうなずいた。
アリスは『……こいつ、今度、経営学の本片っ端から押し付けよう』と思っていた。
ともあれ、それはさておくと、アリスは自分が操る人形の一体に「これ、魔理沙に届けてきて」と書類を手渡す。
そこには、恐らく、魔理沙ですらひっくり返るくらいの出資額が記載されている。
「さあ、お仕事、お仕事。クリスマスセールが終わった後の洋菓子屋はきついわよ。
頑張れ、ほら」
「あ、そ、そうね」
アリスにお尻を叩かれて、幽香は早速、厨房へと入っていく。
その5秒後に「商品の補充よ」と、両手に余るくらいのケーキだのクッキーだのを持ってやってくる異次元な光景に、アリスはこめかみ押さえるのだった。
「う~……寒い、寒い。
こう寒い日は取材が辛くなりますね~。
ミスティアさーん、ラーメンひとつー」
「あいよー」
ここは、とある人里に続く街道沿い。
そこに店を構える屋台へと、空から一人、客が舞い降りてくる。
客――天狗の新聞記者、射命丸文は寒さに体を縮めながら、屋台の椅子を引く。
「寒いですよね~」
「寒いですねぇ。
文さん、もうちょっとあったかい格好したらどうです?」
「はたてさんにもらったストッキングと、紅魔館で買ったマフラーつけてますよ」
「他にもいるんじゃないですかい? はい、どうぞ」
「あったかいお茶は、この時期、身に沁みますよね~」
ふ~、ふ~、と湯のみに息を吹きかけながら、文はお茶をすする。
「お、これは見事。ミスティアさん、お茶の腕も上げましたね」
「お茶を点てるのは難しいですよねぇ。
あたしも、白蓮さんに頼んで、どうにかこうにか、お茶の点て方を学びましたよ」
にこやかな笑顔を返すのは、『屋台の若女将』として有名なミスティアだ。
彼女は「ちょっと待ってなよ」と大きな鍋の中をかき回す。
辺りに漂う、何ともいえないいい香り。
「文さん、大盛り?」
「大盛りですね」
「この前、文さんの友人の椛さんだったか。来たでしょう?
あの子、食べますねぇ。特盛りをおかわりしてましたよ」
「余裕の丼飯3杯ですからね」
「女の子なのにねぇ」
と、冗談を飛ばすミスティアが、「はい、お待ちどうさま」と文の前にラーメンを出した。
かつおの香り漂うしょうゆラーメン。
具はメンマとチャーシューだけという、簡素なものだが、
「ん、うまい!」
一口目で、その言葉が飛び出すほどの味であった。
特にミスティアが力を入れているチャーシューなど、普通のしょうゆラーメンだというのに、分厚いチャーシューが3枚も載っていて、しかも、とろっとろになるまで煮込まれた豚のバラ肉にこれでもかと味が沁みている。
まずいはずがないという逸品であった。
「いや~、取材はほんと、寒いんですよね~。もぐもぐ。
こういう時に、こういうあったかいものは、ほんと、地獄に仏ですよ。ずるずる。
ミスティアさん、替え玉!」
「あいよー」
あちこち飛び回っていておなかもすいているのか、『椛』なる友人を笑えないくらいにもぐもぐずるずるラーメンを口にする文。
「あ、そうそう。
ミスティアさん、さっきですね、魔理沙さんに会ったんですけど」
「はいはい?」
「こんなチラシを配ってました。ミスティアさんのところには来ましたか?」
文が取り出したのは、アリスが持っていたのと同じチラシであった。
書かれている文章を一読して、「あたしは、こんなものに金を出せるほど金持ちじゃないよ」とミスティアは笑う。
「結構、儲かってますよね」
「儲かってますけどね~。
正直、あたしは馬鹿じゃないですか? 金の数え方もよくわからないし、金の価値も、あんまりわかってないんですよ」
けらけらと笑うミスティアは、屋台の裏側から金庫を取り出した。
抱えるくらいの大きさのそれを「え~っと……番号どうだったかね?」と悩みながらダイヤルをひねり、開ける。
中には大量の小銭とお札が入っている。ぱっと見るだけで、『こりゃすごい』と言えるほどの金額だ。
「ミスティアさん、これ、全部、とってあるだけなんですか?」
「そうですよ。
屋台で使うものの大半は、お客さんからの差し入れですからね。ま、ツケの支払いってのもありますけど」
「そのお酒も?」
「酒は酒蔵から買ってます。だけど、ほら、伊吹萃香さんがうちの常連なんですけどね。
彼女に頼むと、「あ、いいよいいよ。ツケの支払いに置いていくよ」って、これがまたいい酒を置いていってくれるんですよ」
『それがこれですね』と示すのは、屋台の上の段に置かれている酒瓶だ。
文も人里の酒屋などで見る、『高くて手が出ない』類の酒である。
「ははぁ……」
「うちはお客さんの善意に支えられてるね。ありがたやありがたや」
そもそも、屋台を始めた動機などどこへやら。
すっかり、『女将』としての姿が板についているミスティアである。
「それくらいお金があるなら、1割でも2割でも出せば充分ですよ」
「へぇ。そうなんですか」
「魔理沙さん、お金を出してくれた人には、優先的に、新しく掘り当てる温泉で商売をすることもオーケーしているそうですよ」
「おっ、そいつぁいいね。
温泉に入りながら一杯、なんて最高じゃないか。
あ、それなら、新しい客が手に入るかもね。いっちょ協力してみるか」
あっはっは、と笑いながら、ミスティアは金庫の中からじゃらじゃらとお金を取り出し、「これくらいかね?」と、金庫の中のお金の半分以上を袋に入れて、文に手渡してくる。
「……いや、多すぎじゃないですか?」
「あ~、そうかなぁ?
ちょっと金の価値とか覚えないといけませんやね。馬鹿はダメだ、商売には向いてないよ」
大笑いする彼女を見て、文は『こういう人でもやってけるんだから、幻想郷ってのはいいところだなぁ』と思ったという。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「ひゃうあっ!?」
いきなり後ろからかかる声に、彼女、古明地さとりは飛び上がる。
振り返ると、彼女の後ろで、彼女の妹、古明地こいしがけらけらと笑っている。
「地上に行こう!」
「え?」
「地上!」
「いや、だからね、こいし。
何でそういうことをしたいのか、それをちゃんと説明しなさい」
「まあまあ、いいじゃないですか。さとりさん」
そのさとりへと、湯上りほっこり、な女性が声をかける。
「しかし、白蓮さん……」
「元気がいいことはよろしいことです」
にっこり笑う彼女、聖白蓮に『だよね!』とこいしが親指立てた。その妹の頭を、さとりがぺんとはたく。
ここは、地底の有名どころとして最近、幻想郷の皆様に認知されだした『地底温泉 ちれいでん』の一角。
温泉好きの白蓮が、週に一回、日帰り入浴で訪れる宿である。
「どうして地上に行きたいの?」
「ん?
なんかね、魔理沙が穴を掘るんだって」
「穴を?」
その彼女の名前を出されて、さとりの頭には、金髪魔女がスコップ片手に地面を掘っている姿が思い浮かぶ。
「自分の墓穴を掘るというわけでもあるまいし」
「うふふ。さとりさんったら。うふふふふ」
一体、今のセリフの何が面白かったのか、白蓮がおなかをよじって笑っている。
どうやら彼女、笑いのポイントが普通の人間とはずれているようである。
「温泉を見つけるんだ、って」
「ああ」
それでようやく、合点がいったとばかりにさとりはうなずいた。
つい先日のことだ。
くだんの人物が地底を訪れ、『さとり、ちょっと金を貸してくれ』と無心してきたのである。
事情を聞くと、『新しく温泉を掘り当てるのにお金が必要』ということがわかった。
断ろうとしたのだが、こいしがさとりの周囲のもの達をたきつけて、ついでに魔理沙が『うちでみやげ物屋でも開けば儲かるぜ』と親指立ててきたため、渋々、了承したのである。
「まあ、あの温泉ですか? それは楽しみですね」
話題に入ってくる白蓮。どうやら彼女も、魔理沙に協力してお金を提供したらしい。
彼女の場合、下手したら、何の見返りもなくお金の提供をしていそうだが。
「それでね、それでね!
お金を払ってくれた人たちは、優先的に、温泉に入っていいんだって!
ねぇねぇ、行こうよ! お姉ちゃん!」
「……はぁ。
そうね。そうしましょう。毎日、働いて疲れているものね」
ぶっちゃけ、一番、疲れているのはさとりなのであるが、こいしは『やったー!』と大喜びで、その辺りを気にしている様子はなかった。
「では、私も、寺のもの達を誘って」
「じゃあ、また、温泉で逢いましょう」
「はい。
ああ、だけど、温泉。素敵ですね。魔界にいた間も、あちこちの温泉を渡り歩きましたけど、幻想郷の温泉が、やっぱり一番です」
「……意外と封印生活楽しんでたんですね」
白蓮の何気ない一言に、『人生はあらゆるものを楽しんだものの勝ちである』と言う格言を思い出すさとりであった。
「よーし」
「ねぇ、魔理沙。本当に、ここに温泉が出るの?」
「出る。
魔理沙さんのダウジングは完璧だ」
「半分以上、どこぞのねずみに手伝ってもらっていたような気がするんだけど」
「気にするな、アリス」
魔理沙が、新たな温泉として目をつけたのは、幻想郷の一角――博麗神社から、南に向かうことおよそ20分の場所であった。
街道に面した森の中、その中にある開けた広場が、『大当たり』の場所であるらしい。
すでに数日にわたる河童たちの掘削作業により、そこには大きな穴が空いている。
だが、最後の分厚い岩盤が敵となり、お目当ての温泉脈に辿り着けないでいるのだ。
「よし、お前達、そこから下がれ。危ないぞ」
「アリス」
「まぁ、言われた通りにしましょう」
二人が穴から離れていく。
そして、おもむろに、魔理沙は八卦炉を取り出すと、それを構えて前口上を始めた。
「行くぞ!
俺の八卦炉が真っ赤に燃えるぅ! 勝利を掴めと轟き叫ぶっ!」
「魔理沙、何よ、それ」
「いや、この技を使う時にはこう言えって言われた」
「誰に」
「白蓮」
その一言で、アリスはツッコミを中止した。
「以下中略!」
中略すんのかよ、と霊夢は内心でキレのいいツッコミを放った。
魔理沙が右手を振り上げ、天に向かってかざす(なお、無意味な行動である)。
そして、その八卦炉を地面に向けて、
「ばぁぁぁぁぁぁぁくねつっ!
マスタァァァァァァァ・スパァァァァァァァァクゥッ!」
途中で声が○智一から神○明に変わったような気がしたが、それはさしたる問題ではないだろう。
放たれる極太虹色怪光線が、河童の空けた穴に突き刺さり、直撃し、爆裂し、炸裂する。
とてつもない轟音と粉塵、真っ赤な炎と衝撃波が周囲に撒き散らされ、霊夢は結界でそれをガードし、アリスは人形の盾で飛んでくる飛礫を回避し、魔理沙は衝撃波に煽られて吹っ飛ばされていく。
そして――、
「おー。本当だ」
「見事ね」
天に向かって、巨大な水柱が立つ。
漂う硫黄の香りと、降り注ぐ高温の熱水。
見事に温泉脈を掘り当てた魔理沙であるが、当たり前のことだが、このままでは温泉を楽しめないほど強烈な源泉である。
「どうするの? これ」
「にとり達に頼む」
吹っ飛ばされていった魔理沙が戻ってくる。
彼女曰く、「何かあいつら、高温のお湯をぬるくする方法を知っているらしい」ということだった。
とりあえず困ったら紫かにとりに頼め、というのは定番である。
「よーし! 温泉、作るぞー!」
響く魔理沙の声に、霊夢とアリスはとりあえず、『おー』と手を挙げるのだった。
魔理沙の元に集まった資金と言うのは、かなりのものであった。
それを手に、彼女はにとりに頼み、温泉を構築していく。
湧いたお湯は、まず、適当な場所にためておき、それを使った巨大な湯船を作っていく。
湯船の大きさはかなりのものであり、10人、20人どころか30人、40人だって、一度に入れるほど巨大なものであった。
おまけに、湯船自体も檜で作り、漂う木の香りがたまらない。
近くには屋根と壁、ついでにこの温泉を使った暖房を備えた脱衣場を作る。
その脱衣場を囲む形で、ちょっとした休憩所。真新しい畳の敷かれた、広い広い空間だ。
その休憩所には、今回、出資してくれたメンツへ提供される『お土産売り場』や『食事処』が併設される。
ちょっとした『温泉旅館』がそこに作られていく。
建設にかかった日数は、しかし、わずか三日。にとり曰く、『あたしらの腕前、甘く見てもらったら困る!』ということであった。
そして――。
「やっほー! 温泉、一番乗りー!」
響く声は、命蓮寺の居候妖怪、封獣ぬえのものである。
彼女は服を脱ぐなり、大急ぎで走って湯船へと飛び込んでいく。その後を、「ぬえさん、待ってくださーい」と幽谷響子が追いかける。
「子供は元気でいいですね」
「わっはっは。全くじゃな。
どうじゃ、白蓮殿。風呂に入る前に、まずは一杯」
「マミゾウさん。うちら、お寺の人間ですよ」
「また村紗殿は厳しいのぅ。こういう時くらいよいではないか」
脱衣場と併設された休憩所では、浴衣姿でくつろぐ者たちの姿がある。
ちなみに、浴衣は地霊殿からの提供である。
「んしょ、んしょ……。
ん~! 脱げない~! 屠自古、手伝ってくれ~!」
「……何やってるの、あなたは」
『命蓮寺が提供するならうちも』と手を挙げた廟の一行の姿もある。
服がうまく脱げなくてもがいている物部布都の前に蘇我屠自古が近寄って、ひょいとそれを脱がしてやる。
「ふぅ。苦戦した」
「普段から自分のことは自分でやらないからよ」
「そ、そんなことはないぞ! 我を子ども扱いするな!」
「子供じゃない」
そんなやり取りの後、二人は仲良く温泉へ。
「おーい、霊夢ー。どうだ、酒でも飲まないか」
「いけません。
温泉であったりまりながらのお酒は想像以上に早く回ります。倒れますよ」
「ちぇっ。厳しいなぁ、華扇」
広い湯船の中に身を浸し、上機嫌でお猪口をとろうとする魔理沙をぴしゃりと叱る華扇。
「さすがは茨華仙さま。民の健康を心配するそのお姿、全く神々しいですわ。
あ、どうぞ。いかがです?」
「いや、だからお酒は……」
「ジュースです」
「……なぜ温泉に入りながらジュースを……」
いいつつも、受け取ってしまう華扇ちゃんである。
そのすぐ側に身をお湯に沈めて、にこにこ笑顔の霍青娥が『さあさあ、あなたも』と魔理沙にもジュースを勧める。
「青娥ー、芳香にもー」
「あらあら、芳香。ごめんなさいね」
『ちゃんと肩まで浸かってあったりまりなさい』という青娥の言葉を忠実に実行している宮古芳香が、『あ~ん』と口を開けて、青娥のジュースを待っている。
青娥は楽しそうに、そして嬉しそうに、その口の中にジュースを入れてやる。
「ミスティアも、店、出しているのね」
「そうですよ。
文さんに話を聞きましてね。ちょっと、余ってた金を提供させてもらったんです」
食事処に店を出しているのはアリスと幽香、そしてミスティア。
彼女たちは、アリス達がデザート、ミスティアが主食と、住み分けがされているようだった。
基本的に、食事も飲み物もセルフサービス。欲しければ自分で取りに来るという方式であったが、味は抜群のこの二つ、何も言わなくても『注文!』と客がやってくる。
「えー、魔理沙さん。
本日は温泉の開店、おめでとうございます」
「いやいや、ありがとう、ありがとう」
文と、そのライバルかつ友人の姫海棠はたてが魔理沙の元へ近寄っていく。
「ずいぶん見事な温泉を掘り当てましたね」
温泉を見渡し、文。
巨大な檜風呂は天然の露天風呂。収納自在の天井まであり、雨の日、風の日、衣玖さん……じゃなかった、雷の日でも楽しめる。
そして、構えるのは『脱衣場』兼『休憩所』件『みやげ物屋』の建物。どこからどう見ても旅館なのだが、魔理沙曰く、『脱衣場』らしい。
「うむ。これはやはり、私の日頃の行いがいいせいだ」
「私がダウジングで、とんでもなく協力したことをもう忘れたのか、君は。ご主人じゃあるまいし」
「いや、ナズーリン。その理屈はおかしいです」
横手からかかるツッコミも、気分をよくしている魔理沙には通じなかった。
彼女に『しっしっ』と追い払われるナズーリンと寅丸星。ちなみに星は、先ほどの発言の意図をナズーリンにしつこく聞いていた。
「この温泉、入湯料は取らないのよね?」
「取らない。あくまで自然の温泉だからな」
「あなた、相当な借金を抱えたんじゃないの? どうやって返すの?」
「そこは、あそこのみやげ物とか食い物で稼ぐ。
売り上げの10%を私に納めるように言ってあるからな。ショバ代、ってやつだ」
「なるほど」
「あとは、適当に売ってる飲み物とか。休憩所は、利用は無料だが、泊まる場合は宿泊費がかかるようにしてある。
部屋も上にいくつか用意してあるし、布団なんかもある。さとりがくれたんだ」
「払わずに逃げられたら?」
「そういう奴は幻想郷にはいないだろ?」
はたては、魔理沙の返しに、思わず『なるほど』とうなずいてしまう。
無駄に人がいい奴らばかりがいるのが、この幻想郷。ルールとして決まっていることを破る不届き者など、まずいない。
「お湯にバスタオルをつけてはいけないのは……」
「お湯が汚れるだろ」
「確かに」
「何よ、文。その視線」
「……いえ。負けてるな、って」
「ふふん、当然じゃない」
思わず胸を張るはたてであるが、その視線が、温泉の一角で「お姉ちゃん、お姉ちゃん! こっちこっちー!」「こいし、あなたはまず羞恥心と言うものを……!」「さとり様、こいし様には言っても無駄です」「お燐、どういうこと?」とやり取りをしている連中に向き、その中の一人以外の胸部を見て、激しく落ち込んでいく。
しかし、そんな彼女たちは、魔理沙はまだまだ固さの残る微であるが、小に属する文、中よりの小に属するはたては見事な掌サイズ。大きければいいというわけではない。掌にすっぽり収まるサイズこそ素晴らしいというではないか。
かてて加えて、この天狗たち、誰が見てもわかるスレンダー体型。しなやかかつ柔らかな感じを漂わせるのは健康的な、『スポーティーな美』そのものである。
そこに届かぬ魔理沙はしかし、まだまだ将来に夢がある。まだ子供の領域に留まっているそれも、いずれは大人の姿へと変わるだろう。それを楽しみに日々を待つのも、また日本の風流と言うものだ。
「……バスタオル解禁しない?」
「いやダメだ。気持ちはよくわかるけど」
魔理沙も主にその胸部は大平原に属する方のため、はたての肩を叩いた後、血涙しながら『みんなが楽しいのが一番なんだ』と一言。
この言葉は、以後、幻想郷の歴史に残る格言として、稗田阿求が幻想郷縁起に記載するのだが、それはともあれ。
「ねぇ、にとり。あたしの姉さん、見なかった?」
「静葉さんなら、休憩所でお茶飲んでたよ。温泉は、あとでゆっくり楽しむんだ、って」
「……それならいいか」
「どうしたの? 穣子さん」
「あ、いや、姉さんって、長風呂好きなのよ。ほったらかしておくと一時間くらい入ってるから……」
「湯当たりしそうだねぇ」
「まあ、気をつけないとダメよ。穣子ちゃん。
あ、もみもみちゃん、いらっしゃい。尻尾洗ってあげるわ」
「いいです。自分で出来ます」
「まあ。うふふ」
こちら、山の方々の一角。
にとりは『いや~、最高だね。苦労しただけあって、いいお湯だよ』と温泉を堪能している。ちなみに大きさは小である。
彼女はどちらかといえば、魔理沙と同じく、子供の雰囲気が強い。だが、主に腰から下半身回りにかけては女性の域に飛び込んでいると言っていいだろう。優雅な脚線美とふっくらむっちりとしたシルエットは、見るものを虜にしてしまう。
その隣で穣子が、「冬の温泉もいいけど、秋の温泉もいいのよ。ね?」と回りに同意を求めている。ちなみに大きさは中である。
穣子は、さすがは秋の神。豊穣を司るだけあって、その体のラインはしっかりと丸みを帯びており、抱きしめるとこの上なく気持ちよさそうであった。本人は『最近、太ってきたの』と言っているのだが、『ちょっとぽっちゃりしてるくらいが一番かわいい』というではないか。
椛が彼女たちに、「ジュースもらってきました。飲みません?」と勧めている。ちなみに大きさは、ほぼ無である。
だが、彼女はその体にしっかりと筋肉がついていて、まさに見事なアスリート体型。将来の発達を夢見つつ、年をとった女性の一番の敵、『垂れる』ということがありえない、そんな理想的な肢体を持っている。
そんな彼女たちを微笑ましい物を眺める瞳で見つめながら、『うふふ』とにこやかに笑っているのが雛だ。ちなみに大きさは大であった。
少女たちを包み込み、笑顔で抱擁する彼女には、まさに似合いの姿と言っていいだろう。漂うのは母性。彼女のふくよかな体から放たれる暖かなオーラは、どんなものであろうとも柔らかな笑みを、思わず浮かべてしまうのは間違いない。
「あっ、こいし!」
「ぬえちゃん、な~……うぷっ!?」
「わははは! やーいやーい!」
「やったなー!」
「あっ、響子も遊びます! 混ぜてくださーい!」
はしゃぐこいしとぬえ、響子。いずれも無であるが、こいしとぬえには、この先の未来が予想される。
こいしの場合は、文字通りのふくらみかけである。まだまだつぼみであるが、この先、そのつぼみが開花した場合、彼女は美しい女性となることだろう。少しだけ陰のある、横顔が物憂げな美人――深窓の令嬢、というところだろうか。
対するぬえには、健康的な美少女の未来が想起される。体の発達はそこまでではないかもしれないが、それならそれで、文たちのようなスレンダー美少女になることだろう。特に腰のラインは、今でも妖艶な魅力を漂わせており、彼女の将来が楽しみである。
この3人の中で最もぺたんこな響子であるが、彼女も、未だ原石。これからどのように磨かれていくかにかかっている。まだまだ大人としての気配を見せない彼女が、今、住んでいる場所の女性たちにかわいがられることで、将来、魅力的な美人になるとしたら――夢はバラ色である。
『温泉、気持ちいい』
「……ねぇ、ヤマメ。キスメって、お湯に入ってないわよね? 浮かんでるだけよね?」
「気にしちゃいけないよ、パルスィ。
勇儀、ほい」
「お、悪いねぇ。ヤマメ」
「おお、何じゃ何じゃ、飲める奴がいるではないか。わしも混ぜてくれぬか」
「マミゾウさん! お寺の人がお酒を飲むなんて、何考えてんですか!」
湯船に浸かりながら酒を楽しむ一同。
順番に。
絶無:キスメ
将来を考えた場合、最も先の見通しが立たないと言っていい。最大のイレギュラー要素となるか、それとも、永遠の少女となるか。それはこの先にかかっている。地底のダークホースである。
小 :ヤマメ
彼女の場合は、誰とも仲良くできる親しみのよさが、その魅力に現れているといっていいだろう。小さいからどうした。元気な美少女だからこそ、似合うもの、似合う雰囲気、惹かれるものがあるのである。
大よりの中:パルスィ
これはなかなか意外である。普段の彼女からは、その片鱗が伺えないからだ。着やせなのか? それとも、うまい具合に隠したのか? だとしたら、隠さなければならない理由は? 考える理由はつきない。つきないが、一つ、わかることがある。幻想郷には、数多いる少女たちの中で、彼女は確実に『女』の部類に属しているということだ。
圧倒的:勇儀
普段からわかる、その姿。全身をしっかりがっしりとした筋肉に覆われながら、なお、女性としての女らしさが残っている。見事というしかないだろう。彼女はそれを意識して維持しているのだとしたら、実は普段の豪放磊落な笑顔の裏に、女性らしさが隠れているのかもしれない。意味は違うが、これぞまさに、見返り美人なのだろう。
鬼と競う:マミゾウ
子供たちに好かれる『おばあちゃん』は、しかし、とてもではないが、その呼び名の似合う姿の持ち主ではない。年上組に属する彼女にとって、子供たちを包み込む『温かさ』を、常に発揮しているのである。特に見事な腰のくびれは、全く年齢を感じさせない。さすがは狸、騙されたとしか言えない。
確かな膨らみ:村紗
まだまだ将来を予感させると共に、彼女が普段から、みんなの『お姉さん』として慕われるのがわかる。なぜか。それは、彼女が少女と女性の中間に位置し、少女たちには己の未来を、女性たちからは己の過去を想像させ、その中間をつなぐ存在だからだ。彼女は皆の架け橋となるのである。
――となる。
何がとは言わない。
「村紗は大変ねぇ」
「彼女は生真面目ですから」
「一輪は、そういうところ、結構、いい加減ね」
「少しくらいは羽目を外さないとダメですよ。こういう時は」
「いちりーん。てやっ!」
「ぷわっ!?
こらー! ぬえ! 待ちなさーい!」
そんな彼女たちを微笑ましく眺めるのが聖白蓮(かなりの大)。
仏に仕える女は、戒律に己を律し、御仏の心をもって、人々に慈悲を配る。その慈悲の象徴たる彼女の肢体は、崇め奉るにふさわしいものである。だが、彼女は同時に、勇儀たちと同じく、体をしっかりとしなやかに鍛え上げている。柔らかな心の内側に、確たる己の芯を持つ――誠、彼女こそ『仏』であった。
そして、ぬえにお湯をかけられて、それを追い掛け回す雲居一輪(まさに大地震)であった。
やはり彼女は、普段の衣装の下に、想像を絶する、御仏への心を持っていたのである。その心が顕現したのが、彼女の姿なのだ。信仰すれば未来はある――彼女は、己の身をもってそれを証明しているのである。命蓮寺一同の中で、全てを突き放す見事さは、今も寺の中で家事を一手に担い、割烹着がよく似合う『お母さん』にはふさわしい。
「すいません。お茶とお菓子をいただけますか?」
「はーい」
休憩所で食べ物販売中のアリスたちの元に、豊聡耳神子がやってくる。
今日はこの場に見知った顔ばかりということで、無礼講であった。
湯船から上がった、そのままの姿でやってくる彼女。彼女は微であった。まだ可能性はあるが、仙人となった彼女にそれがあるかはわからない。
わからないからこそ、崇めるものもあるのだろう。
成長を捨てたからこそ、得られたものがある。永遠の若さ。永遠のその姿。いずれ少女は女性となり、つぼみは花となる。だが、花はいずれ枯れるもの。枯れない花があるとしたら、それは誰もが羨望する。彼女はその象徴なのである。永遠に育つことのない、確かな蕾――このフレーズだけでご飯が3杯いけるという信者を、彼女は今も、獲得し続けているのだ。
「はいどうぞ」
渡される紅茶と焼き菓子を持って、神子は湯船に戻っていく。
ちなみに彼女と一緒に、日々を修行に費やす布都はシャンプーハットがなければ頭を洗えない程度に子供であった。当然、子供であるから無である。大きくなってはいけない。
成長を待ち望まれるのが少女であるが、それを否定されるのもまた、少女である。
しかし、彼女も少女とて、少女らしからぬ魅力を足から腰にかけて持ち合わせている。つやつやぷっくりのそのお肌とお肉の感触は、永遠に変わらぬ、彼女の魅力の発露であった。
それの世話を焼く青娥は圧倒的であった。恐らく、この空間でもトップクラスに入るであろう。
彼女のそれはまさに『母性』。全てを抱きとめる存在である。
彼女は小さな子供たちを誰よりも愛している。少々、斜め上方向にかっ飛ぶこともあるが、その想いは純粋かつ大きなもの。その全てが彼女を包み込んだ結果、今の『母親』の姿が出来上がったと言っていいだろう。
出るところは出て引っ込むところは引っ込む。少女たちの理想の姿は、理想の『母親』を夢見る女の未来を暗示している。
その側で、『青娥、青娥。芳香も、芳香も』とぴょんこぴょんこ飛び跳ねる芳香もまた、無であった。彼女に将来はないので、ある意味、理想の体型である。
無のまま終わりを迎えない。世の摂理に反した存在である彼女であるが、しかし、確実にその場に存在している。不思議なものである。無でありながら有。この意味がわかるだろうか。少女として存在する彼女は、だが、無なのだ。いずれその姿を見つめるものたちは知ることだろう。『無であり有こそ真理である』と。
それを眺める屠自古は、『青娥さんは色んな意味で目が離せないな』とぼやいていた。彼女は中の中程度。ちょうどいい具合である。何がとは言わない。
年相応の姿のまま、彼女は存在し続けている。あえかな存在のまま、確固たるものとして。彼女の女性としての魅力も、そこに残り続けるのだ。首から肩のラインにかけての艶かしさは、このままずっと、ぼんやりとだがいつまでも確かなものとして、そこに在り続けるのである。
なお、本日は無礼講ということで、休憩所で忙しく働くアリス、幽香、ミスティアは裸にエプロンであった。最高である。
やはり見事なのは幽香という外ない。布の下から自己主張するその肌のラインは、魅力と言う言葉では到底語れないほどである。そう、これは花だ。彼女が愛し、育てている花そのものなのだ。彼女はまさしく、空に向かって花開いた、大輪のひまわりの花なのだ。
一方のアリスは控えめながら女性としての魅力を存分に漂わせている。彼女の場合は、体のラインそのものが芸術的である。美の象徴と言われる『ビーナス』を思い浮かべるといい。その魅力は、キャンバスに描かれた全身全て、シルエット全てなのだ。彼女と言う存在は、それだけで美なのである。
ミスティアはある意味、伏兵であった。
普段、ゆったりとした女将衣装の下に、これほど見事なものが隠れていると誰が想像しただろうか。
幽香には及ばない。だが、アリスをも上回る、体のラインと姿。特に下半身から腰にかけては、もはや誰も追随できない。鳥の妖怪は下半身に魅力が集まると言うが、それは正しい。むちむちまんまる。この言葉だけで語るものは何もない。なお、上半身も、それにぴったりであることを追記する。
繰り返す。最高である。
「この温泉、地底の温泉よりいいかもしれませんね」
「確かに。何だか骨身に染みますね……」
「さとり様、おやじくさ~い」
「ぐさっ」
温泉で、日々の疲れを癒すさとりは、霊烏路空の何気ない一言にしこたま傷ついた。
順番に、大(見た目にしては)、中の上、地底の太陽である。
古明地さとり。その幼い見た目に似合わず、見事な体のラインを誇る少女。
彼女は普段、地底の者たちの世話を一手に引き受けている。彼女を慕う妹とペット達。彼ら彼女らを、さとりは慈しみの心を持って養っている。その姿は、これまでにも述べてきた『母親』のそれである。彼女の姿は、まだ幼いながらも、しっかりと『母親』へと育っているのだ。これから先も、彼女は母親として成長し続けるのであろう。
燐の場合、元気にあふれたアスリートかつスレンダーな体型。だが、体に柔らかさを得ている。それは、彼女もさとりと同じく、彼女の右腕として、地底のもの達を慈しむことに由来する。『母親』としての素養は、確実に、少女を女へと変えるのだ。これこそ、幻想郷の神秘であり、世界の倫理であり、不変の真理である。
空は太陽として地底を照らす存在。その姿は誰からも崇められる地底の太陽である。太陽は温かさを持って民を照らす。崇められる彼女に集まる信仰心は、その力を、姿を成長させ、育てている。彼女が将来も、太陽として輝きを失わないために。彼女が太陽である以上、彼女は太陽として存在し続ける。これまでも、そしてこれからも。彼女は輝きを増すことはあっても、輝きを失うことはないのである。
「しかし、仙人よ。お前も温泉には入るんだな」
「ええ。それが何か?」
「いや、こうやって、みんなが騒いでいるところには、あんまりいない印象があったからさ」
「そうでもありません。人ごみは確かに苦手ですが、仙人は、普段は孤独を尊ぶものですが、人恋しい時はありますよ」
魔理沙と華扇は、妙に意気投合している。
あたたかな湯船と言うのは、人の気持ちをリラックスさせてくれるのだ。
なお、華扇は中ぎりぎりというところである。何でもかんでも大きければいいのではない。大切なのはバランスである。
そもそもバランスと言うものが何であるか。それは世界を支える天秤である。天秤のバランスが崩壊すれば、世界はたやすく崩壊する。仙人とは、世界から一歩ひいたところで、その世界を見つめている。いわば一種の調停者だ。そんな彼女たちがどちらかに傾くわけにはいかないのである。だからこそ、彼女は中なのだ。中であっても、その中華風衣装に見合った見た目を維持し続けているのである。これまでにも散々述べてきたように、『女性らしさ』を体に得ていながら、彼女は調停者であるがために、中を維持しているのだ。
「霊夢さん、落ち着きがないですね」
「どうしたんだ?」
「あ、うん。いや……」
「ところでご主人、宝塔は寺に置いてきただろうね?」
「もちろんです。本堂にしっかりと安置してあります」
「今は信じよう」
辺りをきょろきょろ見ている霊夢。
その彼女に話しかけたナズーリンは、『お邪魔だったね』と星と共にそこを去る。
小の中、小の下、毘沙門天クラス。
スレンダーと言うものには、大きいのとはまた別の魅力がある。小柄な少女も、また同じ。そうした中にあるからこそ、毘沙門天は栄えるのである。
つまるところ、霊夢もまた、スレンダー体型なのである。
だが、これまでに述べてきたスレンダーとは、彼女はまた違う。彼女の場合、スポーティーさが伺えない。すなわち、徐々にではあるがふっくらとした肉付きを獲得しているということである。しなやかな肢体の少女から想像されるのは、やはりその肉体の躍動感であろう。だが、そうしたものを得るためには、どうしても犠牲にしなくてはならないものがある。曲線美。これである。霊夢は、徐々にではあるが、女性の持つ曲線の美しさを獲得しつつある。今、最も、未来を想像させる少女なのだ。
対するナズーリンにそれを伺うのは難しく、どちらかと言うと、彼女は響子の部類に属するか。しかし、彼女は響子から一歩進んでいる。響子の未来であると共に、これから先、歩む将来を暗示、一歩先を進んでいるのだ。彼女が女性らしさを獲得すると、響子もまた、それを追う。二人は切磋琢磨する存在でもある。発展途上の持つ魅力を存分に発揮していると言い換えても過言ではない。
そして寅丸星は、御仏の化身として振舞うだけはある威容と存在感を示している。普段の、あの神々しい衣装の裏に、彼女は女性としての姿を持っている。武門を司る仏である毘沙門天でありながら、同時に女性としての包容力、寛容さ、温かみを備えている。戦場で、冷たいだけの兵士は生き残ってはいけない。時として敵にすら手を差し伸べる、そんな慈母のような存在は敵からも味方からも敬われ信仰され、愛される。彼女は『武』とは、ただ勇ましいだけではないことを示す道標でもあった。
「あっ」
ちょうどその時、霊夢が声を上げて立ち上がる。
「お待たせしました~」
やってきたのは、霊夢が心待ちにしていた想い人、東風谷早苗その人である。
早苗は手を振りながら霊夢の元へとやってきて、『遅れてすみません』と頭を下げる。霊夢は顔を赤くしながらも、『ううん、いいよいいよ』と笑った。
そんな彼女ににっこりと笑顔を返す早苗は、まさに年齢不相応の巫女そのものであった。
見事かつおおらかな曲線には、もはや目を見張るしかないだろう。胸部から腰部にかけて続く凹凸は、険しい山脈のごとく。
これこそ、少女たちがいずれ辿り着く神々の世界『エデン』であった。人でありながら神として在る彼女は、エデンの園に足を踏み入れた。楽園より与えられし禁断の実は彼女を人から神のステージへと押し上げたのだ。
神として在ることを望むか、人として在ることを望むか。
霊夢と早苗の対比は、そんな永遠のテーゼを我々へと投げかける。この二人がいずれ辿り着く答えこそ、その永遠の命題を解決する鍵となるのか。
「いやぁ、いいお湯だねぇ」
「少し用意に時間がかかってしまった。申し訳ない」
「ああ、うん。別に構わないぞ。私に頭を下げられても困る」
「神奈子がうっさいんだよ。『諏訪子はやることがいちいち甘くていい加減だ』って。
いいじゃん、結果が同じなら。ねぇ?」
「そうやっていい加減な神だから、お前は民草の信仰を最後まで集められなかったんだろう。
どうしてそれを自覚しないんだ。神として、全く嘆かわしい」
「神としてのスタンスには色々あるさ。あたしと神奈子のそれは違う。そんだけ。
わっかんないだろうな~」
「まあまあ。そういうやり取りは後にして、まずは湯を楽しめ。話はそれからだ」
「……確かに。
こんな見事な温泉を掘り当てるとは、なかなか。貴女の慧眼、神として感服します」
「わはは、そっかそっか」
早苗の保護者、八坂神奈子と洩矢諏訪子の二人は、到着が遅れたことを魔理沙にわびた。
魔理沙はけらけら笑いながらそれを流し、「楽しめ楽しめ」と二人の肩を叩く。
彼女たち、神の姿に、人は何を思うだろう。
八坂神奈子が誇るその姿は、神としての威信と威容に満ちている。
その姿を見るだけで、多くの人々は畏れ戦き、ひれ伏すだろう。圧倒的な力を持つ、軍神として讃えられる神は、その威風堂々たる姿をもって、人々の信仰を集めているのだ。放つオーラは気高い山脈と険しい谷間を築き、触れようと手を伸ばすものを跳ね返す。彼女が求め、彼女に求められるものは挑戦である。気高き山の神は、自らに挑戦するものに神としての慈愛を注ぐのだ。
一方の洩矢諏訪子は、その幼き姿に天真爛漫な笑顔を宿し、近寄るもの全てに安心感を与えてくれる。隣の神奈子と比べると、彼女から漂うのは親しみやすさ。それは神としての未熟さを表すのかもしれない。ここで勘違いしてもらいたくないのは、彼女は決して、人と同じものではないと言うことだ。神でありながら神らしさを見せないことによって、人々と親しみを持つ。どこまでも平坦であっても、人は神に辿り着くことは出来ない。平坦であるが故にたやすく人を近寄らせると共に、平坦であるからこそ、どこまで行っても人を近寄らせないのだ。おおらかな水の神は、広がる波紋の中心に立ち、波の行方に民の姿を見ている。
これが、二つの――二柱の神の違いであった。
「おーい、アリスー。お前も風呂に入らないかー?」
「ちょっと待って。
幽香、あなたはどうする?」
「私はもう少し、ここで」
「そう。
ミスティアは……」
「いやぁ~、この煮物、ほんま見事どす! うちが保証します! 太鼓判! うん!」
「あはは、気に入っていただけて嬉しいですよ」
「後回しね。
じゃ、先に行ってるわ」
休憩所では、秋静葉がのんびりとお茶を飲んでいる。おなかがすいたのか、彼女はミスティアの店と幽香の店から食べ物を買って、それを口にしていた。
特に、ミスティアの店の和のものが気に入ったのか、その顔は終始笑顔である。
秋の神でありながら、豊穣の役目を妹に譲り、秋を彩る力を受け持った彼女は、ひとえに秋の魅力をその体から振りまく神でもあった。
決してふくよかではない。しかし、決して未熟でもない。ちょうどいいそのサイズは、秋らしさを示している。秋は実りの秋であると共に、彩る秋でもある。秋に包まれた者たちの欲求を、内と外から満たす季節なのだ。彼女は外側から、そんなものたちを満たしている。黄金比。彼女の姿を絵に描くならば、絵描きはその言葉を思い出すだろう。不要なものが何一つない、整った彼女の体は、秋の彩を映し出す、秋の神にしか出来ない、ありえない姿であった。
「どうしたのよ、魔理沙。突然」
「いや、霊夢が早苗といちゃいちゃしだして声をかけづらくなった」
「あー」
アリスの視線はその二人へ。両者共に密着して、楽しそうに、何やら話をしている。
なるほど、とアリスはうなずいた。
「どうだ。酒は」
「やめておくわ。あったかいと回るもの」
二人は湯船の中に体を沈め、ふぅ、と息をつく。
「あなた、華扇と話をしていたんじゃなかったの?」
「何か青娥と漫才始めた」
視線をやれば、その二人が、『小さな少女たちがこんなにたくさん。温泉と言うのは素晴らしいものですわ』『本気で警察に突き出しますよあなた』と、長年連れ添った夫婦漫才のそれのごとく、ユカイな会話を繰り広げている。
「息が合うのね。あの二人」
「うむ」
そういうわけで、いまいち、ペアが作れなかった魔理沙は、アリスを頼ったと言うわけである。
「このお湯、きれいよね」
「濁り湯もいいけど、透明な湯もいいもんだ。いやぁ、快適快適。こんないい温泉が作れるなんて思わなかった」
「計画性がないわね。外したらどうするつもりだったのよ」
「ん~?
そん時はそん時かな。あんまり考えてない」
「言っておくけど、お金は貸さないからね」
「自分の不始末くらい自分で何とかするさ。
だけど、その心配も、もうなくなった。万事オッケーだ」
な! と笑う魔理沙に、やれやれとアリスは肩をすくめた。
先のことを考えず、思い立ったら吉日を忠実に実行するこの友人は、何かと困りもので厄介なのだ。
「あとはうまい飯だ。いやぁ、楽しみだ」
「食事の用意もしてあるの? ミスティアに頼んだとか?」
「いんや。
それを、あいつらに頼んだ」
『あいつら』で示したのは、遅れてやってきた神奈子と諏訪子である。
彼女たちは現在、地底のメンツと組んで酒盛りを始めている。巻き込まれたらたまらないと、遠くにさとりとパルスィが避難しているのが見えた。
「ふぅん……。
まぁ、何を企んでいるのか知らないけど、程ほどにね?」
アリスがそう釘を刺すと、『そうはいかないんだな、これが』と魔理沙は笑うのだった。
すっかり日も落ちて、辺りはぴんと張り詰めた冷気に包まれている。
そんな中、温泉の建物のすぐ側に、大きな大きな土鍋が鎮座していた。
「……何か思い出すわね」
ぽつりとつぶやくアリスの言葉は、誰の耳にも届かなかったらしい。
「はーい! お鍋ほしい人から順番にねー!」
「はいはーい! 一番乗り!」
「ぬえさん、割り込みしないでください! 響子が先に並んでたんです!」
「こいしちゃん、にばーん!」
「わーっ!!!」
『にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
山彦に耳元ででっかい声出され、行儀の悪い二人がひっくり返る。
鍋の前に並んだ腹ペコたちに、諏訪子が鍋を振舞っていく。
一同に用意されるのは、先日、神社での会話にあった『かきの土手鍋』である。
「はぁ……。こんなものは初めて食べますね」
「これ、食べ物なのよね?」
情報通の文やはたてですら初めて見る『かき』。つんつんと、二人はそれを箸でつついている。
「美味しい! これ、美味しいですね!
諏訪子さま、おかわりください!」
「後ろに並んでね~」
「はい!」
そんなこと気にせず、速攻でかきを口に入れた椛が、尻尾ぱたぱた左右に振って、列の後ろに並んでいく。
「これは何なんです?」
「これはかきと言って、外の世界の海に住んでいる貝だ」
「はあ。貝ですか。
それじゃ、どんだけうまくても、そうそう手に入らないね~」
ミスティアは神奈子から説明を受けて、『残念、残念』とかきを頬張っている。屋台の若女将の舌を、それは満足させる味であったようだ。
「霊夢、食べないんですか?」
「……別に」
なぜかふてくされ気味の霊夢に華扇が問いかける。
霊夢の視線は早苗に、そして、その隣にいるから傘妖怪に向いていた。彼女、道に迷って到着が遅れたのだ。
「お姉ちゃん、これ、美味しい」
「そう。よかったわね、小傘ちゃん」
「うん!」
うなずく彼女は、先ほど、温泉を楽しんだばかりで湯上りほこほこである。
幼き忘れ傘は、その悲しみを誰にも見せないように、笑顔を振りまいている。彼女は妖怪となって、何を学んだのだろう。誰かに忘れられないことだろうか。それとも、誰かに自分を覚えてもらうことだろうか。それはわからない。
わからないが、彼女は、確かに『自分』を知ってもらうことを覚えたのだろう。自分の存在を誇示し、少し大げさにアピールするくらいの図々しさを、彼女は覚えたのだ。幼くても、自己主張が激しいのは、きっとそこに起因している。身長と体格を勘案すれば、早苗にすら匹敵する彼女の各部位は、忘れようにも忘れられない。
「何よ、早苗の馬鹿」
「はいはい。
ほら、あ~ん」
「あ~ん」
ふてくさ霊夢は華扇にかきを食べさせてもらって、『美味しい!』と目を輝かせる。
いつの時代も、美味しい食べ物は心を豊かにさせてくれるものである。
「それで、白蓮さま。
今度、予定しております、人里でのショーのことなのですが――」
「はい。お話は伺っております。
子供達が楽しんでくれるものに致しましょう」
「まあ、ありがとうございます」
最初の頃は仲が悪いと言われていた寺と廟の者達であるが、実際のところはそうでもない。
特に白蓮と青娥の親交は深く、互いに酒を酌み交わすほどである。
もちろん、白蓮は酒を飲まないが。
「もう、どうでもいいよ。ったく」
「いいじゃない、そんなに怒らなくても」
「一輪は自由よね。
と言うか、寺の人間が酒を飲むってどうなのよ」
「村紗、君は勘違いをしている。禁酒するのは人間であって、我々は人間ではない」
「ナズ、それは屁理屈っていうのよ」
「それに、姐さんに酒を飲ませてはいけないわ」
「当然じゃない。戒律が……」
「んなものどうでもいいのよ」
「……虎?」
「知らないほうがいいわ」
とら、で視線を向けられる星は、かき鍋の味に『これはどうやったら再現できるものか……』と悩んでいる。
ドジっ虎といわれる彼女であるが、実は料理の腕は大したものだ。彼女が厨房に立つときは、皆がはらはらすると共に楽しみにする時でもある。
「何じゃ何じゃ、だらしない。
ほれ、わしの酒が飲めぬのか?」
「う、う~ん……。
屠自古、あなたに譲ります」
「わたしもお酒は苦手です」
「では、我が……!」
『布都は未成年でしょう』
「……はい」
「わっはっは。もったいないのぅ。酒ほどうまい、至高の飲み物はないというに」
ぐびぐびと杯を傾けるマミゾウに絡まれて、神子以下廟の面々は困惑顔だ。
彼女たち、どうも酒が苦手らしい。全く飲めないというわけではないが、マミゾウのペースにはまるでついていけないのだ。
「マミゾウは酒豪というより、酒好きだからねぇ」
「おっ、今、酒好きって言葉を聞いたよ! そこのあんた! あたしと飲まないかい!?」
「おお、よいぞ。酒は天下の回り物、飲み明かそう、飲み明かそう!」
「いいねいいね! おいでよ、こっちこっち!」
いい飲み友達が見つかったとばかりに、勇儀に招かれたマミゾウが、『よっこらせ』と立ち上がる。
そして、廟の面々に、「酒といわず、祭りは雰囲気を楽しむものじゃ」と笑いかけた。
「私たちも、少し、周りと交流してきましょうか」
「わかりました」
「あ、じゃあ、わたしが間を取り持ってあげようか?」
にんまり笑うぬえ。
その彼女に、神子は『ええ』と笑顔を向けてから、
「ただし、私は豊聡耳ですので」
と釘を刺し、ぬえに『やるじゃん』とハイタッチを求められる。神子は少し困惑したものの、その彼女の掌と自分の掌を打ち鳴らせた。
「布都さん、どうしてにんじんさん、食べないんですか?」
「え? あ、う……」
『布都ちゃん、好き嫌いはダメなの』
「そうだよ~。布都ちゃん。キスメの言う通り。好き嫌いする子は大きくなれないよ」
「む、むぐぐ……!
べ、別に嫌いなわけではないぞ! 好物だから取っておいたのだ! み、見ているがいい!」
響子に声をかけられ、キスメとヤマメに、ある意味煽られて、布都は器の中のにんじんを口の中に放り込み、もぐもぐごっくん、飲み込んだ。
ちなみに、このにんじん、鍋の中でくつくつと味がしみこむまで煮込まれており、にんじん特有の甘味も引き出されているため、
「……あれ? 美味しい……」
と、思わずつぶやくほどの味であるのは言うまでもない。
「おい、さとり。何一人でやってんだ」
「わたしは、どうも、こういう場に招かれるのに慣れてなくて」
「そういう時は、私に声をかけろ」
一応、今回の幹事でもある魔理沙が、一人、離れたところに座して食事をたしなむさとりの肩を叩く。
「パルスィだって、あそこで楽しんでるじゃないか」
「彼女の場合、勇儀さんに引きずり込まれたというか」
車座になってやんややんやの酒盛りをしている一同を一瞥して、さとりは苦笑する。
ちなみにそこには、文とはたてと椛の姿もあった。引っ張り込まれたらしい。
「お前に最適な連中がいる。こっちだ、こっち」
「はあ」
立ち上がり、魔理沙の後についていくさとり。
魔理沙が彼女を連れてきたのは、
「う~ん……」
「難しいなぁ……」
なぜか、こんな場でも将棋に打ち込むにとり達の元だった。
にとりと穣子が、難しい表情で盤面をにらんでいる。
しかし、片手にはかきをつまみ続けており、入れ物の中身が空っぽになると、雛がそれを手に、諏訪子の元へと歩いていく。
「将棋ですか」
「あら、えっと……」
「あ、古明地さとりと申します」
「さとりはん。ええ、覚えました。
うちは秋静葉、いいます。よろしゅうな」
「あ、はい。こちらこそ」
「あら、かわいい子ね。おなかはすいてない?」
「ええ、大丈夫です」
「鍵山雛、よ。よろしくね」
差し出される手を握り、にこっと、どこかぎこちなく笑うさとり。
「あっ、さとり様もこっちに来たんだ!」
「さとり様、こっちこっち」
「あら、あなた達」
そのメンツに混じる形で、空と燐がいる。
彼女たちは、美味しそうに鍋を頬張り、先ほど追加されてきた小皿料理ももぐもぐと。
その小皿料理を作っているのは、『料理人としての血が騒ぐね!』と、諏訪子の鍋に対抗するために腕まくりしたミスティア作成のものである。
「あら、この子達、さとりはんのお知り合いどす?」
「ええ。うちのペットです」
「あらまぁ、そうだったんどすなぁ。えらいかわいらしいペットやねぇ」
「さとりちゃんも、お話し、聞いているわ。温泉宿をやっているとか」
「まぁ、成り行き上、仕方なくと言いますか」
「あら、そうなの? うふふ。
今度、温泉に入りに行きたいわ。わたしも温泉、好きなのよ」
気遣いのうまい雛と、さりげない包容力の持ち主である静葉に包まれて、さとりの顔に笑顔が宿る。
彼女の側に燐と空がやってきて、「さとり様、うちらも将棋、しましょうよ」と声をかける。
「あら、いいの? わたし、将棋は強いわよ。
もちろん、能力なんか使わなくてもね」
「あら、そうなんどす? なら、うちと一局、やりません?」
「ええ」
ちょうどその時、勝負がついた。
勝負は穣子の勝ち。一手ぎりぎりで、王手が間に合ったと言う勝負である。
座を変えて、今度はさとりと静葉が対局する。
「いいの? 姉さん、めっちゃ強いよ?」
穣子の言葉を受けながら、さとりが早速、駒を持った。
互いに一瞬、視線を交わす両雄。
そして――、
「……おお、静葉さんが長考入った……」
にとりが驚く。
妖怪の山で敵なしと言われる静葉を苦戦させるさとりの姿がそこにある。
だが、さとりとて、じっと盤面をにらみ、周りの声など耳に入れていない。一瞬でも、気を抜けば負ける、実力伯仲の戦いであった。
「よしよし」
うなずいて、魔理沙が踵を返す。
それに気付いた雛が、ひらひらと手を振った。魔理沙がさとりを気遣ったのを察していたのだろう。
「やはり、祭りはみんなで楽しまないと。
なぁ? アリス」
「そうね。
あ、幽香。この辺りの和食はどう?」
「私、和食はダメね。作れるけれど、こんなに美味しいのは無理だわ」
「やっぱりうちは洋食かしらねぇ」
と、優れた経営者は、今ひとつ頼りない主役を引き立てるので精一杯。
分厚い書類を広げて、何やらメモしながら、今後の展開を考えているらしい。
「そう言うあなたは楽しんでいますか?」
「ん?
当然だろ、神奈子。私は楽しんでいるさ」
「そう。なら、いいのです」
魔理沙に声をかけた神奈子が、手にした杯を、彼女に向ける。
魔理沙はにんまりと笑うと、『引き受けた』と、新たに差し出されるそれを手に取り、中身の液体をぐいっと飲み干すのだった。
~以下、文々。新聞&花果子念報特別合併号一面より抜粋~
『博麗神社の近くに、新しい温泉施設開店!
先日、首題の通り、幻想郷に住まうものなら知らないものはいない、結界守の巫女、博麗霊夢が住まう博麗神社のすぐ近くに、新しい温泉施設がオープンした。
プロデュースは魔法の森在住の霧雨魔理沙嬢であり、彼女の呼びかけを受けて、様々な施設からの資金を募って開店と相成った。
この温泉、どんな温泉かというと、一言で言えば素晴らしい温泉である。
温泉自体の素晴らしさもさることながら、それを包み込む施設も言葉では言い表せないほどだ。
以下に、その詳細をご説明しよう。
まず、右の写真が、温泉施設の外観である。『幻想温泉』。何とも、この幻想郷にふさわしい名前ではないだろうか。
入り口は男湯と女湯に分かれており、筆者は女性のため、女湯から中へと入った。
入り口をくぐると、正面に脱衣場がある。冬のこの季節、露天風呂は確かに気持ちいいのだが、湯船に入るまでが地獄である。
しかし、この施設は、建物全てに温泉のお湯を使った暖房設備が完備されており、冬でも安心して裸になることが出来る。
脱衣場を抜けると、総檜の天然温泉がお出迎えだ。
温泉の広さは大したものであり、スペースさえ考えなければ100人でも一緒に入ることが出来る。
しかし、そこは温泉。ゆっくり足を伸ばしてのんびりするためにも、40人程度が限界だろうか。
湯船のすぐ近くには洗い場があり、ここも暖房が完備されているため、寒さを感じることはないだろう。
お湯の温かさは素晴らしく、ぬるくもなく熱くもなく、さっさと上がっても湯冷めすることはなく、長風呂しても湯あたりすることがないという、絶妙な温度調整がなされている。
この温度調整をなしているのが、妖怪の山のメカニック、河童たちの特設ポンプと温度調整装置である。
これが営業時間の間、フル稼働しているから、温泉の素晴らしさは保たれている。
温泉の効能は、特に怪我などによく効くとされている。日頃の仕事で疲れているお父さんお母さんには、是非とも堪能してもらいたい。
次に、温泉施設の紹介である。
温泉を上がると、右手側に休憩所がある。襖を開くと現れる、広い休憩所では、思い思いにくつろぐことが可能だ。
この右手側には食事の出来る食事処も用意されている。そして、この食事処に出店しているのは、すでにご存知の方多数と思われるが、喫茶「かざみ」と若女将ミスティア女史が運営している、あの屋台である。
この温泉限定の特別メニューも用意されている上に、お値段もお店の値段そのままのリーズナブルさという素晴らしさだ。
なお、この店では喫茶「かざみ」は毎月、2と4のつく日に店主の風見幽香女史が、屋台では1と3と5のつく日に、女将のミスティア女史が直接訪れて、その腕を間近で奮ってくれることになっている。
味はいずれの日程でも変わらないが、彼女たちの腕前を間近で見たいという方は、この日程を狙ってみてはいかがだろうか。
続けて、休憩所の右手側にある階段を上がると、宿泊施設が見える。
部屋の数は12部屋で、最大で48人が泊まることが出来る。布団や着替えなどの設備もあるので安心して欲しい。
温泉でゆっくりくつろいで、いざ帰ろうとしたらもう真夜中だった、と言う時にはぜひ、利用して欲しい。利用料金は一泊1500円から。朝食が必要な場合は、+500円されるのを了解して欲しい。
布団などの設備は、あの地底の有名温泉『ちれいでん』から提供された、ふかふかの布団だ。また、日程は決まっていないが、毎月3回から5回程度、『ちれいでん』の女将である古明地さとり女史と古明地こいし女史が、皆さんのお世話をさせていただくことになっている。
さて、これだけの温泉施設、当然、みやげ物も完備している。
帰り際、出口の左手側を見ると、多数のみやげ物が目に入るだろう。
ここには、今回の出資者である守矢神社、地霊殿、命蓮寺、太子廟の方々が腕を奮ったみやげ物が置かれている。
定番の温泉饅頭から始まるお菓子、この温泉限定のお酒、キーホルダーなどの小物から、奇跡の造形師サーナ・チャコ氏による限定フィギュアも用意されている。
温泉を楽しんだ後、休憩所でくつろぎ、美味しい食事を堪能して、お土産を買って帰る。ちょっとした小旅行を堪能させてくれるだろう。
ちなみに、この温泉の利用料であるが、温泉を利用するだけならば無料である。霧雨魔理沙女史の嬉しい心配りが、ここに現れている。女史曰く、『温泉は、みんなで楽しむものだ』ということだ。
ただし、みやげ物や食事は当然として、休憩所と宿泊施設の利用には利用料がかかることを、心に留め置いて欲しい。
宿泊施設の代金はすでに述べた通りだが、休憩所の利用には、1時間100円の利用料金がかかる。長時間利用に伴って割引されるので、のんびりくつろぎたい方はゆっくりと休んでいって欲しい。
また、ちょっと腰を下ろしたいだけという方向けに、休憩所以外にも小さな休憩施設はあるので安心してほしい。
この『幻想温泉』、本日から営業開始である。日々の疲れを癒したい方、簡単な旅行気分を味わいたい方、日常とは違う非日常を味わいたい方などなど。様々な方を幅広く受け入れるこの温泉を、是非とも堪能して欲しい。(著:射命丸文&姫海棠はたて)
私も幻想温泉に行きたいなあ。
そこに訪れたキャラ達を十分に堪能できる...休憩所で。
私は興味を持ったものだけで貴方様の作品を読んでいるのですが、失礼を承知の上で言います。
...何故ゆゆさまと妖夢が来ないのだあ!
最後に誤字。
『休憩所』の後の「兼」が「件」になってます。
お騒がせしました。失礼いたします。
ところで霊夢さんと早苗さんの休憩(意味深)の様子を描いてくれてもいいのよ?
そして裸にエプロンという記述に達した時、私は昇天しました
何がとは言わない。