Coolier - 新生・東方創想話

夢を届けてクリスマス

2013/12/26 00:37:27
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「クリスマスよ」
「は?」
「クリスマス」

 目の前の妖怪ーー妖怪の賢者、八雲紫が唐突に言った。
 幻想郷の冬。年越しから少し前の時期に現れて、唐突にそう言った。
 普段は冬眠なりなんなりしていてまったく姿を見せないと言うのに、なぜか今年だけは霊夢の前に現れたのだ。
 そして、出て来るやいなや言ったのが、今の単語ーークリスマス、という謎の単語。
 クリスマス。それは、霊夢には聞き覚えが微塵もない単語だった。
 ーーしかし、よくよく考えてみれば、時折目の前のスキマ妖怪は訳のわからない単語を呟いたりするので、大して気にすることではない。
 霊夢はそう結論付けて、机の上に乗っていた蜜柑を頬張った。柔らかい実と、甘酸っぱい果汁が口の中に広がっていって、霊夢はとても幸せな気分になった。

「……霊夢、聞いてる?」
「ふん、ひいてふひいてふ」
「口に物を入れたまま喋らない」

 ビシッ、と音を立てるような勢いで、紫は霊夢に扇子を突き立てた。
 そう言われた霊夢は少しだけうざったそうに眉をひそめ、ゆっくりと蜜柑を咀嚼した後、飲み込んだ。

「……ごくっ。で、何よクリスマスって」
「外の世界の行事よ」

 紫は一転して、柔らかな笑みを浮かべてそう言った。
 外の世界の行事と言っても、ここ幻想郷は外とは隔離されているのだから、霊夢に馴染みが無くて当たり前だ。
 霊夢はふーん、と生返事をした後、炬燵に深く深く肩を埋めながら紫に聞いた。

「どんな行事なのよ?」
「そうねぇ……」

 紫は顎に人差し指を当てて、瞳を上に上げた。
 紫は今、スキマから上半身だけを出している状態だ。今年の冬は寒く、霊夢は炬燵にくるまっているが、スキマの中は暖かいのだろうか。
 霊夢がそんな事を考えている内にある程度考えが纏まったのか、上に上げていた瞳を霊夢に向けて、いたずらっぽい顔をしながら紫は喋り始めた。

「サンタクロース、っていう人物が、良い行いをしていた子供達にご褒美としてプレゼントを上げる行事よ。寝ている間にこっそり、バレないようにね。
 そして、プレゼントを貰えなかった子供は、『リア充爆発しろ』ってサンタに苦情を届けるのよ」
「へえ」

 霊夢は紫の説明を聞いて、サンタクロースというのはよほどの苦労人で変人なのだろうと思った。
 せっかく苦労して子供達にプレゼントを届けても、代わりに貰えるのは『リア充爆発しろ』なんていう怨みの苦情のみだ。
 リア充という単語が何を指すのか霊夢にはわからなかったが、それでもサンタクロースという人物が相当な変人である事は理解した。
 霊夢は顔だけを紫の方向に向けて言った。

「で、それが何よ」
「あなた、サンタクロースになってみない?」
「……は?」

 霊夢は『お前は何を言ってるんだ』と言わんばかりの視線を紫に向けた。
 紫は霊夢の視線を受けて、しかしまったく変わらない様子で再び話し始めた。

「だから、サンタクロースになってみないかって」
「は?」

 ーーお前は何を言ってるんだ。

 霊夢は、無意識にそう言った。





「ーーサンタクロースになる、と言うのは百歩譲ってよしとしよう」
「ええ」

 紫と霊夢の二人は、雪がしんしんと降り積もる神社の境内に出ていた。
 紫はいつも通りの姿で、霊夢は紅と白の色彩の衣装に身を包んでいた。

「『報酬として正月のお賽銭を奮発してあげる』ーーこの言葉に惹かれたわけではないけど、私はちゃんとサンタクロースになることを承諾したのだから」
「ええ」

 辺りは既に暗くなって久しい。
 太陽の光などとうに無く、月と星の淡い光が、白い雪と黒い夜を照らしているだけだった。
 霊夢が着ている服はいつも通り紅と白の衣装だが、しかしデザインまでいつも通りではなかった。
 首元にあるふわふわとした白い毛は、霊夢がいつも身につけている巫女服にはないものだ。
 頭にちょこんと乗っかった三角の帽子は、色こそ赤だが形は霊夢の友人ーー霧雨魔理沙が被る帽子と酷似している。
 スカートもいつもより短めで、ミニスカートを履いているかのようだった。足の間を通る冬の風が、少し肌寒い。
 靴もいつも履いているお気に入りのものではなく、ブーツ……赤色のブーツだ。

「でもね、紫。ーー私はこんな服を着る事まで承諾してなんかいない!」
「しょうがないじゃない」

 霊夢が今着ている服は、サンタクロースが着る赤と白の服を、女性用に改造したものだった。
 さらに詳しく言えば霊夢向けに改造されており、脇の露出はもちろんしている。
 生地が保温性に優れているのか、上半身はなかなかに暖かいがスカート状の下半身はかなり寒い。
 いくらなんでも雪が降る夜の幻想郷を、こんな格好で出歩くのは少しばかり無茶であった。

「サンタクロースはその服を着てプレゼントを配ってるんだから」
「サンタクロースって一体なにもんなのよ!?」

 自らの身体を抱きながら、霊夢は震えた。顔はほんのりと赤く、冷たい。
 いよいよサンタクロースという人物が、霊夢はわからなくなった。こんな寒い中で苦労してプレゼントを配って、一体なんの得があるというのか。
 つくづく骨折り損のくたびれ儲けが好きなのだろう、そのサンタクロースとやらは。霊夢はサンタクロースへの理解を放棄した。
 紫に向き直って、霊夢は言葉を白い息と共に吐き出した。

「で、何をすりゃいいのよ」
「プレゼントを配ってきてほしいの。この袋の中にプレゼントと渡す相手と家が載ってるリストがあるから、それを参考に」

 そう言って紫がスキマから出したのは、霊夢の身長ほどはあろうかというほどの真っ白で巨大な袋だった。
 持ってみるとそれは異常に軽い。中に何も入っていないかのようだ。
 しかし袋の中に手を突っ込んでみるとがさがさと手触りがある。どんな原理で出来ているのかわからない不思議な袋だった。

「はぁ……まあ、行ってくるわ」
「待ちなさい」

 ーー何よ、まだなんかあるの?
 
 霊夢は心底気怠そうに振り向いた。
 今まさに境内から飛び立とうとしていたところであり、なんだか出鼻を挫かれたようだ。
 しかし、紫はそんな事を知りもせず、霊夢をこっちに招き寄せた。

「サンタにはまずルールがあるのよ。
 一つ、必ず扉以外の場所から部屋に入る事。
 一つ、必ず空飛ぶトナカイが引くソリに乗ってプレゼントを配る事。
 一つ、子ども達にバレない事。
 一つ、大きな靴下が対象の部屋にある場合は必ずそれにプレゼントを入れる事」
「えぇ〜……」

 面倒なルールだらけだった。
 扉から入ってはいけないーーこれはまだわかる。
 サンタはプレゼントを配る子ども達に気づかれてはいけない。紫はそう言っていた。
 それなのに扉から堂々と入ればバレるのは必至だ。下手をすれば不法侵入で捕まってしまう。
 どのみち扉から入るのは無理だ。これは良しとしよう。
 同時に子どもにばれてはいけない、と言うのも納得できる。最初に紫が言っていたのだから。
 しかし、しかしだ。必ずトナカイが引くソリに乗ってプレゼントを配る。大きな靴下が対象の部屋にある場合、必ずそこにプレゼントを入れるーー良いとか悪いとかそんな次元ではなく、意味がわからない。

 ーーなぜ自分で空を飛んではいけないの?なぜトナカイ?そもそもトナカイって飛べたっけ?
 ーー靴下って足に履くものじゃなかった?なんで靴下?そもそも靴下ってプレゼント入れるものだっけ?

 霊夢の頭から数々の疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
 しかしどれだけ考えても、疑問を氷解してくれる答えを、霊夢は不幸な事に持ち合わせていなかった。

「……なんでトナカイ? なんで靴下?」
「そういうルールだからよ」
「いや、だから」
「そういうルールだからよ」
「……」

 ーーダメだコイツ……早くなんとかしないと……

 霊夢は、服の懐に手を伸ばした。
 博麗印のお札を、目の前の性悪スキマ妖怪にぶち込んで叩き込んでやろうと思った。
 服の袖の下に手を入れて、数枚のお札を取り出して投げつけてやる。そう決意して、お札を取り出すーー

(……あれ?)

 事は出来なかった。
 袖の下に伸ばした手は、虚しく空を掻いた。いつもある触り心地の良い紙の質感が感じられない。
 霊夢が戸惑っていると、霊夢の目の前に居た紫がクスクスと笑い始めた。そして、スキマから数枚の紙を取り出して、言った。

「クスクス……お探しものはこれかしら?」
「あっ、ちょっ!」
 
 紫が人差し指と親指で取り出した紙をぴらぴらと靡かせた。
 複雑な術式が描かれたそれは、間違いなく霊夢の愛用の符だ。
 
「返しなさいよ!?」
「ふふ、だーめ」

 紫は札から人差し指と親指を放した。
 当然、重力で札は落下して、地に落ちる直前に紫の開いたスキマへと消えた。
 霊夢は悔しそうに唸って、紫を睨みつけた。しかし紫は動ずるどころか、むしろ笑顔さえ浮かべて言った。

「まあ、別にあなたがお札を持っていたとしても、どのみちコレがあるからあなたは私に逆らえないわよ?」
「はあ? 何言っ……!?」

 霊夢の不機嫌そうな声が、不自然に、かつ唐突に止まる。
 紫は、先ほどまでお札を持っていた手で別の紙を摘まんでいた。
 しかし、それはただの紙ではない。紙に書かれて、いや写されていたのは、霊夢のあられもない姿ーー着替え中の姿だった。
 霊夢は顔を真っ赤にしながら紫に詰め寄った。

「ちょ、おまっ、なによそれぇ!?」
「あなたも見たことあるでしょう。写真よ写真」
「ぐっ……それで私を脅す気ね!?」
「ええ。ルールを破ったらこれを人里にばら撒くわ。それをされたくなかったら……」
「ひ、卑怯者!」
「薄い本みたいな展開にならなかっただけ感謝しなさい」
「なによ薄い本って!?」

 霊夢は紫の言う『薄い本』が何を指すのかわからなかったが、きっとマシなものではないだろうと思った。
 しかし、これで本当に霊夢が逆らえる道理は無くなってしまった。あんな写真をばら撒かれてしまえば、恥ずかしさで霊夢は冗談でもなんでもなく死んでしまうだろう。
 なんとしても、それだけは阻止しなければならない。紫の言う通りにするのは少しだけ癪だったが、背に腹は代えられない。
 霊夢はため息を吐きながら肩を落とすと、紫を睨みつけながら言った。

「……で、トナカイなんてこの辺りに居なかったと思うんだけど、どうするの?」
「あら、やる気になってくれたのね。嬉しいわ。トナカイなら大丈夫よ、こっちで用意してあるから」

 紫はそういうと、少し大きめのスキマを開いた。
 スキマの大きさはちょうど人の大きさくらいで、スキマの開き口は下ーーつまり、スキマから落下してくる形になっている。
 数秒くらいたってからだろうか。スキマから、何か大きいものが、ドスン、と音を立てて落ちてきた。

「ーーへぶっ!?」

 落ちてきたものをよく見ると、人のような形で、頭には木の枝のような角が生えていて、茶色の毛皮を持っていた。
 
 ーートナカイ……の、着ぐるみ?

 人影は地面に接吻しているので顔は見えないが、確かにその人影はトナカイの着ぐるみを着ていた。
 人影は震えながら立ち上がると、紫に涙声で抗議し始めた。

「うぅ〜……ひどいですよ、紫さま! 落とすならもうちょっと優しく落としてくださいよ!?」
「えー」
「ら、藍……?」

 落ちてきた人影の声は、紫の式神である八雲 藍の声だった。
 えーじゃないです! と怒っていた藍は霊夢の声に気づくと、霊夢の方に振り返って、笑顔を向けた。

「まったく……ああ、霊夢か。今回、私がトナカイ役になったから、今夜はよろしく頼むよ」
「は、え?いやあんた狐でしょ?」
「確かにそうだが、今夜だけはトナカイだ」
「いや、でも」
「トナカイだ」
「……」
「トナカイだ」

 紫と同じように藍はゴリ押ししてきたが、その藍の表情がまるで全てを受け入れ、諦めたような、悟りを開いたような顔だったので、霊夢は何も言えなくなってしまった。

 ーーあなたも、苦労してるのね。

 藍を見ていると、不思議な事に自分が受けた仕打ちなど大した事ではないように見えてくる。
 心の中で霊夢は激しく藍にエールを送った。がんばれ、と。

「はぁ、もういいです。紫様、ソリはどこでしょう?」
「あっ、忘れてた。えーっとえーっと……」

 紫が自分のお腹の辺りにスキマを開いて、スキマを漁り始めた。
 藍はそのスキマからソリを出すのかと思ってスキマをじっと見ていたが、霊夢は紫が一瞬だけ意地悪な笑みを浮かべていたのを見逃さなかった。
 紫はスキマの中でソリを見つけたのか、スキマに入れた手を止めていた。そして、その瞬間だった。

 ーースキマが開いた。|藍の上に《・・・・》。

「てててってて〜。ソリ〜」
「ーー! 藍、上、上!」
「あれ? 紫様何も……って、上?」

 霊夢の声に反応して、上を見たのがよくなかった。
 藍は、自分の上に赤色のソリが恐ろしい勢いで迫ってくるのを見た。
 あまりにも唐突で、突然で。回避が間に合うはずも、いやそもそも回避しようなんて考える間もなかった。

「ふにゃ!?」

 トナカイを真似したのだろう、いつもと違う藍の赤色の鼻に、人二人が乗れるほどの巨大なソリが直撃した。
 藍は似合わない間の抜けた声を上げて、倒れる。きっと、トナカイの赤鼻を付けなくても今の藍の鼻は赤くなっているに違いない。
 
「ちょ、藍、大丈夫!?」
「あらあら、そんな所で寝てちゃ風邪引くわよ?」
「あんたがやったんでしょうがー!? 藍、藍! しっかりして! 傷は浅いわよー!」
「あ、ああ……大丈夫……だ……」
 
 霊夢が慌てて立ち寄ると、藍はまた涙目になって霊夢を制した。
 鼻血が出ていないのは、奇跡と言っても過言ではないだろう。藍は痛みを堪えるように片目を閉じて、鼻を押さえながら立ち上がった。

「うぅ……紫さま、ひどいですよ〜……」
「ごめんなさいね、当てるつもりはなかったの」
「嘘つけ!」

 紫の顔は、すっきりしたような笑みで溢れていた。
 そんな顔をして、『当てるつもりはなかった』なんて言われても、説得力は皆無を通り越してマイナスだった。
 紫は『ふふふ』、と心底愉快そうに笑いながら、藍と霊夢の二人を見てソリを指差した。

「じゃあ、もうそろそろ配ってもらいましょうか。霊夢はその袋を持ってソリの椅子に座ってね。
 藍はとりあえず霊夢を乗せてソリを引けばオッケーよ。それ以外は任せるわ」
「はぁ……仕方ないわね。大丈夫、藍?」
「あ、ああ。いたた……り、了解しました」

 紫の言葉を聞いて、霊夢は大袋を持って面倒そうにソリへ向かった。
 藍もそれに続こうとしたが、紫が藍を呼び止めた。

「ああ、藍」
「……は、はい、なんでしょう?」

 藍が怯えながらに振り向くと、紫はこれまでの嫌がらせとパワーハラスメントが嘘に見えるような聖女の笑みを浮かべていた。
 そして、その笑みに負けず劣らずの柔らかい声を藍に投げかける。

「私の家に橙を呼んだわ。今藍は仕事があるからって待ってもらってるけど」
「え、橙が!?」
「ええ。ーーこの仕事が終わったら、皆で一緒にクリスマスパーティでもしましょ?」
「ゆ、紫さま……」

 藍は、三度涙を目に浮かべて紫を見た。
 橙は藍の式神だ。
 式神は主にとって道具だ。しかしその前に、大切な家族でもあると、藍は考えていた。
 藍にとって、橙は目に入れても痛くないほどの存在だった。
 そんな橙と、敬愛する主とクリスマスパーティが出来る事に対する想いを、藍は精一杯の声にして、言った。

「ーーそのセリフが私をいたぶる前だったらとっっっても感動できたんですけどねっ!?」
「あら失礼ね。さっきのは鞭よ。今のは飴。飴と鞭の使い分けが出来る主なんて素敵だと思いません?」
「……ちなみにそれ、飴と鞭の比率どのくらいですか?」
「うーん……1:999くらい?」
「ですよねー!?」

 今夜の幻想郷は、少しだけ騒がしい。





 霊夢と藍が出発して、数時間が経った。
 霊夢はソリの上で面倒くさそうにしながら、時折藍に話しかけたり、藍を気遣ったり、プレゼント大袋を揉んだりしていた。
 藍は霊夢を乗せたソリを牛車のように引いていた。
 藍は九尾の大妖怪だ。霊夢が乗った重そうなソリを軽々とーー重そうな素振りなどまったく見せずに引いていた。
 霊夢が『重くないのか』と聞いてみると、藍は笑顔でこう答えた。

「なあに、紫様が普段私に課せる仕事に比べれば楽なものさ」

 それを聞いた霊夢は、藍がまるで聖人君子のように見えた。

「……ふぅ! ようやくプレゼントもあと少しになってきたわね」
「ん、そうなのか?」
「ええ、あと五件くらいよ」

 霊夢は笑顔を浮かべて、ソリを引く藍に言った。あっちの方向ね、と藍にターゲットの家がある所を指差し
 人里の子供達へのプレゼントは、霊夢が見ていて微笑ましいものが多数だったが、いくつかとんでもないモノが混じっていた。
 具体的には、イロイロとアレなオモチャや春画などなど、十五にも行かない子ども達が使うにはまだ速すぎるだろうというものだ。特にオモチャ。
 霊夢がそれを届ける時は、とんでもなく顔を赤くしながらプレゼントを届けていたことは言うまでもない。
 最近のガキは随分とマセてるのね、なんて余裕ぶっていたが、顔は赤く、声は震え、目は忙しなく空中を彷徨っていたのが自分でもよくわかった。
 どっちがガキなんだか、と霊夢が軽く自分に呆れていると、あっと言う間に残り少ないターゲットの家についた。

「さてさて、じゃあ行ってくるわね」
「ああ、行ってらっしゃい」

 ーーふーん、カルタが欲しい、ね。これこれ、こういうのがやりたかったのよ。

 白色の雪の香りを吸って、霊夢サンタは家の中へと夢を届けに入った。


「すー、すー」
「ふふ、明日どんな感じで喜ぶかしらね、この子」
「勝ー? 起きてるのー?」
「って、やば。さっさとずらかりますか」

「『高級なけん玉』……そうよね、やっぱ貰うなら高級な奴が欲しいわよね。素直でよろしい」
「んむ……だぁれ……?」
「あ、やば……さ、サンタクロースよ、サンタクロース。夢を届けに来たわよ、カナちゃん」
「サンタ……? サンタさん?」
「ええ、そうよ。サンタさんは次の夢を届けに行かなきゃならないから、じゃあね、カナちゃん」
「あ……うん、バイバイ、サンタさん」

「さてさて、プレゼントも置いたし、後は……」
「……くぉらー! このドロボーめぇ!」
「!?」
「……ぐー、ぐー」
「な、なんだ寝言か……びっくりした……」

 霊夢サンタは、夜の星空を舞うように夢を届けた。





「……あー! 疲れたぁー!」
「お疲れ、霊夢」

 霊夢は両手を上げて解放感に浸った。
 白い雪が月明かりを反射して、夜の闇と寒さで赤くなった霊夢の頬を淡く照らした。
 途中何度かバレそうになったり、ドロボー扱いされたりしたが、なんとかバレることも追い出されることも無くプレゼントを配り終える事が出来た。
 しかし、不思議と解放感と達成感はあっても『もうやりたくない』というような忌避感はない。
 清々しい気分だった。
 なんと言えば良いのか、すやすやと気持ち良さそうに寝ている子ども達の横にそっとプレゼントを置くと、とてつもない充足感を得られるのだ。
 子ども達が最後に笑みを浮かべた寝顔などで霊夢を見送ってくれた時などは、もうたまらない。
 霊夢は少しだけ、サンタの気持ちがわかったーーような気がした。

「さあ、じゃあ神社に帰ろうか」
「ふぁぁ、そうね……あふ」

 欠伸をしながら、霊夢は答えた。
 達成感を感じた途端に、集中力の糸がぷつりと切れてしまい、集中力の水門で止められていた眠気が、一息で霊夢に襲いかかる。
 夜が訪れてから、かなりの時間が経過した。もう夜明けが来てもおかしくないくらいなのかもしれない。
 早く帰って、暖かい布団に入って寝たい。霊夢は、自分の瞼が少しづつ重くなるのを感じた。

「寝たいなら寝てもいいよ。紫様には私が報告しておくし、布団も用意してあげるから」
「え、本当?」

 霊夢の眠気を察したのか、藍が霊夢に言った。
 聞き返す霊夢に、トナカイの着ぐるみを着た藍は振り返りながら微笑んだ。

「ああ、構わない。妖怪にとっては今は人間で言う昼みたいなものだから」
「そう……」

 藍が話している最中も、眠気は遠慮せずに霊夢を襲った。後半からはほとんど霊夢の耳に入っていない。
 もう感覚も遠くなってきて、瞼の侵攻を食い止められそうもない。
 霊夢の視界はだんだんと、周囲から暗くなっていって、そして最後には真っ暗になった。

 意識が無くなる直前、霊夢は月明かりに照らされる、トナカイに乗った人影を見たーーような気がした。





「……んむ」

 霊夢は、外から入る太陽の眩しい光で目を覚ました。
 布団から出ようかと思ったが、まだ肌寒い。霊夢はもう少しだけ布団にくるまっていようと考えた。

(えーっと、昨日は確か……)

 昨日は紫の依頼か何かでサンタクロースになって、人里の子ども達にプレゼントを配り回ったはずだ。
 霊夢はそこからさらに記憶を絞り出していく。

(で、その後疲れて、藍に言われてそのまま寝ちゃって……)

 そこで記憶が途切れている。
 ということは、恐らく昨日そのまま爆睡してしまったのだろう。
 
 ーー藍に迷惑掛けちゃったな。

 今度埋め合わせをしておこう、と霊夢は考えながら、霊夢はもぞもぞと動き出した。
 布団を一気に飛び出す。冬の日は一気に布団から飛び出さないと、名残惜しくなって結局布団に逆戻りしてしまう。
 
「ふわぁ……」

 大きく欠伸をして、霊夢は眼を手でこすった。
 外を見ると、昨日緩やかに降っていた雪は止んでいて、かわりにあまり暖かくない太陽が顔を出していた。
 地面につもった雪が太陽の光を反射してキラキラと輝いているのが、とても清々しい光景だった。
 あまりの好天気に、霊夢はにやりとほくそ笑んだ。天気が良い日はとても気分が良くなる。

「……ん」

 ふと、枕の横に緑色のリボンで包装された、赤い二つの箱を見つけた。
 両方とも差し出し人などは書いていなかった。霊夢はそれを不審に思いながらも、片方の箱の包装を解いた。

「……あ」

 間の抜けた声が、思わず霊夢から零れた。
 箱の中に入っていたのは、赤を基調としたリボンだった。
 リボンを取り出して、じっくりと見る。触ってみると中々上質で、触り心地も良い。

(一体誰が……?)

 霊夢が首を傾げてリボンを触っていると、リボンからひらひらと細長い紙が舞い落ちた。
 霊夢が訝しげにそれを拾ってみると、紙には達筆な字でこんな内容が書かれていた。

『ーMerry Xmasー
 メリークリスマス! 紫サンタより』
「紫……」

 霊夢は嬉しそうに頬を赤らめて、リボンを髪に付けた。
 不思議な事に、上質なだけの普通のリボンのハズなのに、霊夢の体はとても暖かくなっていた。

「あ、そうだ、もう片方は……」

 霊夢は期待を込めて、もう片方の箱の包装を綺麗にはがした。
 もう片方の箱に入っていたのは、赤いイチゴが乗った白いケーキだった。
 とても作り込まれていて、食べるのがもったいないくらいに綺麗で美味しそうなケーキだ。
 霊夢が箱を見ると、やはり同じように紙が入っていた。霊夢はゆっくりとその紙を掴んで内容を見た。
 紙には、さっきとは違うとても整った字でこう書かれていた。

『クリスマスケーキだ。私の自信作だから、ぜひ食べてみてくれ
 トナカイより』
「藍はあの夜最後までトナカイだったのね……」

 霊夢は本当に最後までトナカイだった藍に少しだけ苦笑いした。
 霊夢は、寝起きの今食べるのはなんとなく少しもったいないように感じた。
 なので、クリスマスケーキは、後で美味しく食べようと思い、形を崩さないように箱に戻した。
 嬉しさからか、目頭が少しだけ熱い。霊夢はそれを誤魔化すように顔を洗いに行った。



「ふんふふ〜ん♪」

 顔を洗い終わって、ついでに寝間着から普段の巫女装束に着替えてきた霊夢は、上機嫌で寝室に戻ってきた。
 目もさっぱり覚めたし、布団を片付けたら藍が作ってくれたクリスマスケーキを食べようと思ったのだ。
 スキップでもしそうな勢いで、布団に近づく。いつもなら面倒な布団の片付けも、今日は楽々こなせそうだった。
 霊夢がまず枕から、と思い、枕を持ち上げたその時だ。
 
「……あれ? まだ何かある」

 枕から、ひらひらとまた細長い紙が舞い落ちた。
 ここで、霊夢のうなじが激しく疼いた。『あれはまずい』、と。
 ビリビリと首に電流が奔り、ゾワゾワと背筋に悪寒が走る。
 霊夢の勘は良く当たる。それは本人も自覚していることだ。だから、霊夢は恐る恐るその紙を手に取った。
 紙には、先ほどと変わらない達筆な字でこう書かれていた。

『追記,サンタの衣装から寝間着に着替えさせてる間に、写真を取らせていただきました。切り札として使わせていただきますね』
「……!?」

 霊夢は、自分の顔がひどく青ざめていくのを感じた。

 ーー朝起きた時、自分は何を着ていた?
 ーー昨日寝た時、自分は何を着ていた?
 
 朝起きた時に着ていたのは、霊夢愛用の寝間着だ。
 昨日寝たのは配達の帰りなのだから、昨日寝た時着ていたのは紫からもらった衣装だ。
 
 ーーじゃあ、なんで服が変わっている?

 答えは一つ、誰かに着替えさせられたのだ。
 昨日居たのは藍と紫。藍であると思いたいが、この手紙は多分紫からのものだろう。
 つまりーー。

「ぁ……ぅ……!」

 ーーつまり、紫に着替えさせられたのだ。
 霊夢の顔が、今度はぼっと赤くなった。
 紫に着替えさせられた事も恥ずかしいし、紫にそんな写真を撮られた事も恥ずかしい。
 紫から何をやらされるかはわからないが、少なくともマシな事ではないだろう。

 ーーサンタなんか、もう絶対やらない……!

 霊夢は、羞恥で顔を真っ赤にしたまま、紙を破らんばかりに引っ張っていた。



 夢を届ける霊夢サンタは、当分表れる事はなさそうだ。

 
 
 
 
 
 

 

 
 
 

 
 
お久しぶりです、灰皿です。
前回ではアドバイスや感想など、本当にありがとうございました!orz 前回よりはまともな文章になってる…と思いたいです。
後半はかなり急いで書いたので、変な文章になってるかもしれませんorz と、とりあえず…メリークリスマス!

追記.旧名:灰。あまりに急ぎ過ぎてたから書くの忘れてた…orz
Twitterもやってるので、フォローしてくれると狂気乱舞します(=゚ω゚)ノ


http://twitter.com/hakukotennsyou
灰皿
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コメント



0.310簡易評価
3.100非現実世界に棲む者削除
これはもしやゆかれいむ的なお話ですか?
それはそれとして藍のトナカイの着ぐるみ姿は見てみたいものだ(ニヤッ
終始笑いっぱなしでした。
5.90奇声を発する程度の能力削除
面白いお話で良かったです
8.無評価灰皿削除
感想ありがとうございます!

>>非現実世界に棲む者様

おおう、笑っていただけたなら作者冥利に尽きます!
そうですね、ゆかれいむ+藍のつもりで書いてました。あくまでゆかれいむの方がメインなので、藍は空気にならない程度にしか出してません。配達描写が薄いのもそのためです。決して尺の都合でカットした訳ではないです(震え声)
しかし一番書きたかったシーン、実はトナカイ藍がスキマから落ちてくるシーンだったりします。ゆかれいむどこ行ったし。

>>奇声を発する程度の能力様

ありがとうございます!正直自分でスベってないかどうかひやひやしてたので、とても励みになりますww
11.100名無しの罪袋削除
とある所で同じ名前の人を見たので、気になり見にきました。
とても面白い作品ですね!
サンタ霊夢とか俺得過ぎて最高です…!
そして、藍様の不憫さに全俺が泣いた…。
12.無評価灰皿削除
>>名無しの罪袋様

まずは感想ありがとうございます!
そうですね、ハーメルンというサイト様で一応同じ名前で活動はしています。
たまに気分転換に短編を書いてこっちに投稿してる感じです。
サンタ霊夢に限らずサンタコスはやはり最高だと思うんですよ(真顔)
藍様はちょっと不憫で涙目になってるのが最高なので自分の中ではこんな感じですww
…あれ?なんか狐の姿が見えt【作者は狐火で焼かれました】

>>とても面白い作品ですね!

ありがとうございます!もう思い残すことはない…!