十五分。
それが、彼女が紅魔館で過ごす時間の平均である。
外の花壇を眺めている時間を含めればもっと長いし。
館に一歩を踏み入れた瞬間からカウントし始めれば、もう少しだけ長い。
十五分という時間は、彼女が席に座り、私のサービスが始まった瞬間から。
彼女が席を立つまでの時間を計ったものだ。
何が出てくるか心待ちにして。
味わったものの余韻に浸り。
次の一歩を踏み出すまでの時間である。
要するに、私の瀟洒なサービスに酔い痴れている時間である。
十五分というのは、紅魔館に来る多くのお客様の中でもダントツで短い。
暇人の多い幻想郷。
他に用事が無ければ、一時間以上入り浸るなんて当たり前なのに。
彼女だけは、どんなに長くても三十分を越えた事が無い。
お菓子を食べて、紅茶を飲んで、一息ついて。
そうしてすぐに去ってしまう。
他の人なら、もっとお喋りをしたり。ゆっくり味わったり。
食べ終わった後も、新しいお菓子をねだったり。
何か面白い事が起きないか、誰か来ないか待っていたりするものだけど。
彼女は決して長居する事無く、さっさと帰ってしまう。
後ろ髪を引かれる様子を全く見せないのが、なんだか無性に悔しくて。
長居したくなるような空間を演出したり。
時間を忘れるような至福の時を過ごさせてあげようと思ったりするのです。
適度な頻度でお茶を飲みに来るので、それなりに楽しんでいるとは思いますけど。
本当に満足しているのかは分かりません。
サービスは瀟洒。パティシエールも一流。
足りないものがあるとしたら、後は趣向くらいでしょうか。
お菓子のレパートリーとか、コースとか、テーブルコーディネートとか。
花を飾ってみたり、色々とやってみているのですが。
一言感想を言ってそれでお終い。
違いの分かる女なのか、色々とその日の工夫に気がついて評価をしてくれるけど。
それだけじゃあ、物足りないんですよね。
もっとこう。見た瞬間に見惚れるくらいの。
口に入れた瞬間、笑みが零れるくらいのものを提供したい。
パーフェクトメイドに妥協は許されないのです。
☆
「あら、今回はまた随分とこぢんまりしているのね」
「たまには、こういうのも良いかと思いまして」
年季の入った丸テーブルは白のテーブルクロスで覆い。
中央には向日葵の一輪挿しを置いて。
卓上の飾りはそれだけ。
豪奢な赤い屋敷とは対照的に、テーブルの上は白くシンプルに纏めています。
評価は上々らしく、少しだけはしゃいでいるのが見て取れる。
「それで、今日のおやつは何かしら」
期待するような。それでいて私を試すような目で見つめてくる。
「今日のドルチェは、クレームブリュレです」
白いカップで作ったドルチェを差し出す。
「以上です」
「……あら」
少しだけ驚いた反応。
そして、すぐにいつものペースに戻る。
「それじゃ、よく味わって食べましょう」
量が少ない事には文句を言わず。
今日のもてなしを楽しもうとする。
かつかつと。硬さを確かめるように焦げたカラメルを何度か叩く。
そして、一息に割ってしまう。
砕けたカラメルが、柔らかいカスタードに突き刺さる。
それらをまとめてスプーンで掬い、口に運ぶ。
薄く、それでいて蠱惑的な唇の中に吸い込まれる。
しばらく口の中で味わった後、飲み込んで、蜜のように甘い感嘆の溜息を吐く。
少しだけ幸せな余韻に浸ってから、またスプーンを動かす。
何度か口とカップの間を往復させると、すぐに空になってしまう。
食べ終わり、スプーンを置いたところで、今日の飲み物を提供する。
カップ一杯の、エスプレッソである。
「今日はそういう趣向なのかしら」
その質問には答えない。
答えなくても、分かっているだろうから。
花の香りを楽しむように、コーヒーの香りを楽しんでいる。
粒の細かい砂糖をスプーンで掬い、さらさらとカップの中に落としこむ。
茶色い泡の上に一瞬だけ乗り、すぐに底に沈んでしまう。
全部で二杯の砂糖を加え、混ぜずに口に運ぶ。
静かに、音も立てず、唇に吸い込まれる。
液体を飲み干した後、底に溜まった砂糖をスプーンで掬って舐める。
伊太利亜式のマナーも完璧である。
何を出してみても、そつなくマナーに則った食べ方をするのが不思議である。
こんな田舎の幻想郷の、こんなカントリー娘が、一体どこでそういうマナーを学んだのでしょう。
このくらいの妖怪になると、そのくらいの技能は自然にマスターしてしまうのでしょうか。
幻想郷は不思議でいっぱいね。
ドルチェとコーヒー。合わせてカップ二杯分のティータイムが終わる。
ここまでで七分と四七秒。
お菓子が少なかったせいか、今日は随分と早い。
その分、集中して一つ一つの動作が濃密になっている気がする。
このまま帰れば、最短記録更新ですね。
「楽しかったわ」
気がつけば、風見幽香が私を見ている。
いつもより嬉しそうに笑っている。気がする。
「褒めてあげる。こっちに来なさい」
言われるがままに、風見幽香の隣まで歩いていく。
緊張、しているのだろうか。
一歩一歩を凄く慎重に、コマ送りで歩いているように思えてしまう。
すぐ横に立つと、風見幽香が立ち上がる。
頬が触れそうな距離で、柄にも無くどぎまぎしてしまう。
私のカチューシャを外し、私の頭を撫でてくる。
「次も楽しみにしているわ」
しばらく頭を撫でた後。
満足したのか、カチューシャを花で飾りつけ、私に返してくる。
私の横をすり抜け、部屋から出て行ってしまう。
帰る時は、いつも振り向かず。あっという間に消えてしまう。
及第点、かしら。
十二分と三秒。
いつもより短いけど。
こういうのもありかしら。
花塗れになったカチューシャを頭に着ける。
緊張が解け、弛緩した体を椅子に座らせる。
風見幽香の歩いた後には、花の香りが残される。
色々な花の香りが混ざり合い、どの花とも言い難い幽かな香り。
その空間の色を変えて、それでいて主張しすぎない。
湿りがちな館の空気を一掃してくれる風である。
風見幽香からは、おやつの代金として花を沢山貰っている。
でも、そんなものよりも。
この香りと、彼女の笑顔。
それが、私のとっての一番の報酬かもしれない。
さて。
浮気はこれでお終わりにして。
本来の手のかかる主人の世話に戻りましょう。
風見幽香にはそれなりに好意を抱いてはいますが。
気分転換の一環です。
本業は疎かにしませんよ。
それが、彼女が紅魔館で過ごす時間の平均である。
外の花壇を眺めている時間を含めればもっと長いし。
館に一歩を踏み入れた瞬間からカウントし始めれば、もう少しだけ長い。
十五分という時間は、彼女が席に座り、私のサービスが始まった瞬間から。
彼女が席を立つまでの時間を計ったものだ。
何が出てくるか心待ちにして。
味わったものの余韻に浸り。
次の一歩を踏み出すまでの時間である。
要するに、私の瀟洒なサービスに酔い痴れている時間である。
十五分というのは、紅魔館に来る多くのお客様の中でもダントツで短い。
暇人の多い幻想郷。
他に用事が無ければ、一時間以上入り浸るなんて当たり前なのに。
彼女だけは、どんなに長くても三十分を越えた事が無い。
お菓子を食べて、紅茶を飲んで、一息ついて。
そうしてすぐに去ってしまう。
他の人なら、もっとお喋りをしたり。ゆっくり味わったり。
食べ終わった後も、新しいお菓子をねだったり。
何か面白い事が起きないか、誰か来ないか待っていたりするものだけど。
彼女は決して長居する事無く、さっさと帰ってしまう。
後ろ髪を引かれる様子を全く見せないのが、なんだか無性に悔しくて。
長居したくなるような空間を演出したり。
時間を忘れるような至福の時を過ごさせてあげようと思ったりするのです。
適度な頻度でお茶を飲みに来るので、それなりに楽しんでいるとは思いますけど。
本当に満足しているのかは分かりません。
サービスは瀟洒。パティシエールも一流。
足りないものがあるとしたら、後は趣向くらいでしょうか。
お菓子のレパートリーとか、コースとか、テーブルコーディネートとか。
花を飾ってみたり、色々とやってみているのですが。
一言感想を言ってそれでお終い。
違いの分かる女なのか、色々とその日の工夫に気がついて評価をしてくれるけど。
それだけじゃあ、物足りないんですよね。
もっとこう。見た瞬間に見惚れるくらいの。
口に入れた瞬間、笑みが零れるくらいのものを提供したい。
パーフェクトメイドに妥協は許されないのです。
☆
「あら、今回はまた随分とこぢんまりしているのね」
「たまには、こういうのも良いかと思いまして」
年季の入った丸テーブルは白のテーブルクロスで覆い。
中央には向日葵の一輪挿しを置いて。
卓上の飾りはそれだけ。
豪奢な赤い屋敷とは対照的に、テーブルの上は白くシンプルに纏めています。
評価は上々らしく、少しだけはしゃいでいるのが見て取れる。
「それで、今日のおやつは何かしら」
期待するような。それでいて私を試すような目で見つめてくる。
「今日のドルチェは、クレームブリュレです」
白いカップで作ったドルチェを差し出す。
「以上です」
「……あら」
少しだけ驚いた反応。
そして、すぐにいつものペースに戻る。
「それじゃ、よく味わって食べましょう」
量が少ない事には文句を言わず。
今日のもてなしを楽しもうとする。
かつかつと。硬さを確かめるように焦げたカラメルを何度か叩く。
そして、一息に割ってしまう。
砕けたカラメルが、柔らかいカスタードに突き刺さる。
それらをまとめてスプーンで掬い、口に運ぶ。
薄く、それでいて蠱惑的な唇の中に吸い込まれる。
しばらく口の中で味わった後、飲み込んで、蜜のように甘い感嘆の溜息を吐く。
少しだけ幸せな余韻に浸ってから、またスプーンを動かす。
何度か口とカップの間を往復させると、すぐに空になってしまう。
食べ終わり、スプーンを置いたところで、今日の飲み物を提供する。
カップ一杯の、エスプレッソである。
「今日はそういう趣向なのかしら」
その質問には答えない。
答えなくても、分かっているだろうから。
花の香りを楽しむように、コーヒーの香りを楽しんでいる。
粒の細かい砂糖をスプーンで掬い、さらさらとカップの中に落としこむ。
茶色い泡の上に一瞬だけ乗り、すぐに底に沈んでしまう。
全部で二杯の砂糖を加え、混ぜずに口に運ぶ。
静かに、音も立てず、唇に吸い込まれる。
液体を飲み干した後、底に溜まった砂糖をスプーンで掬って舐める。
伊太利亜式のマナーも完璧である。
何を出してみても、そつなくマナーに則った食べ方をするのが不思議である。
こんな田舎の幻想郷の、こんなカントリー娘が、一体どこでそういうマナーを学んだのでしょう。
このくらいの妖怪になると、そのくらいの技能は自然にマスターしてしまうのでしょうか。
幻想郷は不思議でいっぱいね。
ドルチェとコーヒー。合わせてカップ二杯分のティータイムが終わる。
ここまでで七分と四七秒。
お菓子が少なかったせいか、今日は随分と早い。
その分、集中して一つ一つの動作が濃密になっている気がする。
このまま帰れば、最短記録更新ですね。
「楽しかったわ」
気がつけば、風見幽香が私を見ている。
いつもより嬉しそうに笑っている。気がする。
「褒めてあげる。こっちに来なさい」
言われるがままに、風見幽香の隣まで歩いていく。
緊張、しているのだろうか。
一歩一歩を凄く慎重に、コマ送りで歩いているように思えてしまう。
すぐ横に立つと、風見幽香が立ち上がる。
頬が触れそうな距離で、柄にも無くどぎまぎしてしまう。
私のカチューシャを外し、私の頭を撫でてくる。
「次も楽しみにしているわ」
しばらく頭を撫でた後。
満足したのか、カチューシャを花で飾りつけ、私に返してくる。
私の横をすり抜け、部屋から出て行ってしまう。
帰る時は、いつも振り向かず。あっという間に消えてしまう。
及第点、かしら。
十二分と三秒。
いつもより短いけど。
こういうのもありかしら。
花塗れになったカチューシャを頭に着ける。
緊張が解け、弛緩した体を椅子に座らせる。
風見幽香の歩いた後には、花の香りが残される。
色々な花の香りが混ざり合い、どの花とも言い難い幽かな香り。
その空間の色を変えて、それでいて主張しすぎない。
湿りがちな館の空気を一掃してくれる風である。
風見幽香からは、おやつの代金として花を沢山貰っている。
でも、そんなものよりも。
この香りと、彼女の笑顔。
それが、私のとっての一番の報酬かもしれない。
さて。
浮気はこれでお終わりにして。
本来の手のかかる主人の世話に戻りましょう。
風見幽香にはそれなりに好意を抱いてはいますが。
気分転換の一環です。
本業は疎かにしませんよ。
言葉にせずとも伝わる間柄というのはいいものですね
そして幽香も上品ですねぇ
乙女チック成分というべきものを補充させてもらいました
ゆうさくゴチでした。