無名の丘に沈む月
※注意
この作品は創作でありエンターテイメントです。筆者にはこの作品によって何らかの思想・信条的、政治的な主張をする意図が一切ありません。また、特定の職業を生業とする人々を侮蔑、または賛美する目的も一切ありません。その他、創作上の必要性に応じて一部不適切な用語をあえて使用しています。その点を十分ご留意の上、お読みくださいますようお願い申し上げます。
人里の果ては長い長い塀によって閉ざされている。命名決闘法(通称スペルカードルール)採用以前、里は人間たちにとって幻想郷における最大にして唯一の拠点であったから。その塀は土塀であって、高さはせいぜい3メートル。空を駆る魑魅魍魎たちにとってはあってないもののように見えるが、そこは退魔師集団が手がけた仕事だけあって、上空まで及ぶ強力な結界に守られている。しかしコレが真価を発揮した頃のことはハッキリいってあまり詳しく知らない。というのも私こと姫海棠はたてはまだまだ若い。まあ若いと言ったところで鴉天狗としては、という注釈をつけなければならないわけだが。実際のところ長らく自宅にこもりっきりで、でてきた頃にはおおむね平和な時代になっていたのである。
閑話休題
私が突然人里の塀の話を始めたのは、私が無類の塀マニアであるとか、里を襲う計画を練っているからでは勿論ない。今回私が想定している取材テーマが”塀の外”のことだからである。塀の外には何があるかと言えば無論いろんなものがあるわけで、その大半がおおむね妖怪の領域であることは言うまでもない。しかしながら里を中心とした周縁部分には人間たちの様々な営みの場が広がっていることもまた事実である。その最たるものは田畑であり、牧場である。幻想郷は盆地といってよい地形をしており、中心部に広がる平地部分のなかで竹林と魔法の森をのぞいた部分が人間の活動範囲である。妖怪の山から広がる広い扇状地は主に畑や牧草地、そこから続く肥沃な平野部には水田が広がっている。これは昔からあるもので、それは当然人里で消費するためである。里の周縁にある農耕地は里自体の数倍の面積を誇る。農民たちは朝焼けとともに自分の耕作地へと出かけて、日中いっぱい野良仕事をし、日が落ちるまでには塀の中に戻る。現代に至るまで続いているこのライフスタイルは幻想郷という特殊な土地で生き続ける人間の知恵だ。塀の中は一日中人間の領域で、山間部は一日中妖怪の領域。その中間に当たる人里周縁は昼と夜で主役の入れ替わるボーダーラインなのだ。ちなみに夜間の田畑は持ち回りで見回りを行う退魔師と農民たちに信仰される神々によって守られている。
ところが塀のうちに住まわず、この周縁部で生活を行う人間がわずかながら存在する。今回注目したいのはまさに彼らだ。分かりやすいのは里の不可侵が妖怪たちの間で決定されて以降徐々に数を増やしている職業魔法使いだろう。彼らは里の外側に店を構え、魔法の品々を取り扱っている。しかし彼らが塀の外へと踏み出すよりかなり以前、幻想郷計画が持ち上がる以前からこの周縁部にすんでいたものたちがいる。私は彼らにアプローチをとることにした。
人里を囲っている塀には八つの門が存在する。里を南北に貫く大通りからつながる北門と南門が最大で、他に博麗神社方向への門や多くの田園のある玄武の沢方面への門が大きい。逆にほとんど使われない門もある。それは北東方向に向かう門で、周辺住民曰くまず通ることがないという。
取材の為にこうして門の前までやってきたが、なるほど使われていないだろうなというのが目で見て分かった。まず門が小さい。大きな荷車が余裕を持ってすれ違える南門とは比べものにならない。幅はおおよそ2メートルほどだろう。それに門の前にたっていて、先ほどから通行者を見かけないのだ。ただ、寂れているという印象は受けなかった。門自体それなりにしっかりとした作りであることがハッキリ分かるし、定期的に手入れされているのか汚れている様子もないからだ。ものは試しとくぐってみたが、何のことはないただの門だった。
「あ、そうだ、写真撮っとくか」
ポケットから愛用の携帯カメラを取り出して振り返ったところで門の外側脇に一人の男性が立っていることに気づいた。八つの門にはそれぞれ衛士が立っているんだったっけ。とりあえずお疲れさまの意を込めて会釈しつつ、門の写真を撮ることに成功した。衛士がいぶかしげな表情をしていたのが印象的だった。携帯カメラが珍しかったのだろうか。
そのまま道に沿って歩いていくとすぐに数軒の建物が並ぶ集落の出来そこないのようなものがあった。ここが今回の目的地である。建物はしっかりとした出来だが、建ててから相当の年数が立っていることが伺えた。
「すいませーん!少々お話を伺いたいのですがー!すいませーん!誰かいませんかー?」
目を付けた一軒の家の前で呼びかけてみた。留守でなければでてくるだろう。ちなみにアポはとってない。
しばらく待つと中から人の気配、その後がたがたと音を立てながら立て付けの悪そうな戸が開いて、一人の男がでてきた。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか(ニッコリ)」
はたてちゃんスマイルをお見舞いしてみた。
「・・・」
いぶかしげな顔をされてしまった。結構ショックだ。ただの愛想笑いだからそんな「こいつだいじょうぶか?」的な表情はやめていただきたい。男はしばらく黙っていたが
「なんか仕事か?どっから来たんだ。」
と口を開いた。思いの外低い声で面食らったのと、ぼそぼそとしたしゃべり方のせいでしばらく固まってしまった。男はそれから
「親に教わんなかったのか。物見遊山のつもりならさっさと帰んな。ろくな目に遭わねえぞ」
やや恫喝めいた口調に不覚にも腰が引けてしまった。こいつ人間の割には恐ろしく荒んだ目をしてる。そこまで考えたあたりでようやく冷静になったのか、どうやら里の娘か何かと間違われているらしいことに思い当たった。今はそれほど気にする必要がないことだが、里にはいるときには翼を隠し、人間らしく振る舞うというのが妖怪の山で教えられる鉄則だ。私もそれに習ってコーディネートをしてきたのだが裏目にでたらしい。
私はその場でバサッと翼を出して見せた。
「まってまって、私はこの通り天狗よ。里の人間じゃないわ」
百聞は一見にしかず、文々。新聞は花果子念報にしかずという奴だ。男は一瞬驚いて、
「おう、それで天狗様が何のようで来た。新聞を取る金はないぞ」
といった。
「私は案山子念報という新聞を書いている姫海棠はたてというものよ。里の外にすんでいるあなた方について取材をしたいと思ってきたのだけれど」
「取材…?」
この男はいちいち言葉がぶっきらぼうで、なんだか怒られているような気分になる。早くも心がくじけそうだ。
「おもしろい話はなにもない。余所を当たれ」
「う…」
だめだだめだ、ここでくじけては取材にならない。
「お、面白いかどうかはこちらで判断しますわ」
語尾がふるえてなかっただろうか。文が取材している様子を思い出してちょっと高圧的にいってみたのだが、だめだコレ、胃に悪い。向いてない。帰りたい感がじわじわと湧いてくる中、男はしばらくうなって
「話すのは苦手だ」
といった。
それはだいたい分かる。おしゃべり好きでないのは明らかだった。むしろ「私も人と話すの苦手でー」といいかねないところ。しかしここは後一押しだ。私の気力的にも。
「それならば密着取材というのはどうでしょう?」
「……?」
「いろいろと聞かれるのが面倒ということなら、一日生活の様子を見せていただいて、仕事に同行させてもらうというのはどうでしょうか」
かなり冒険的な提案だが、男の表情はそれほど悪くない。
「もちろん取材のお礼も十分させていただきます」
切り札まで切った。あとは相手の反応次第だ。
男はしばらく黙っていた。この男の沈黙は異様に雰囲気が重いと私は思った。こちらもいい加減じれてきて、是非を問おうと思った頃に
「礼には及ばない、生活にはなにも不足していない」
といってきた。
私はしばらく言葉の意味を反芻した後、望む答えが返ってきたということを理解して歓喜した。
今日は特に仕事がないから後日にしろ、と言われたのが三日前だ。ようやくやってきた密着取材の日取りを前に、私は胃が痛くなった、というか現在進行形で痛いのだが、むしろ新聞記者なのにあがり症で対人恐怖症という私の存在自体が相当にイタいのだが、とにかく私は指定された待ち合わせ場所に急いだ。
三日前にお邪魔した建物の前に行くと、男は既に待っていた。
「お、お待たせしたかしら?」
「いや」
「そ、そう…」
何でこんなに愛想が悪いのだろうか。取材の申し込みを了承した以上、取材そのものに対して含むところは無いはずだが。まあいい、何時までもここに立っているわけにはいかない。
「入れ」
男の言葉に従って私はその建物の中に入った。その家は驚くほど質素で、失礼を承知で言うのならば極めてみすぼらしい内装であった。男は私の表情からだいたい私の思ったことを理解したようだが、特に何を言うでもなくふん、と鼻を鳴らした。胃が痛い。私がきょろきょろとしていると男は出し抜けに
「脱げ」
といった。私の聞き間違えでなければ。間違いなく、この男は私に脱げといった。
「脱げ」
私が黙っているともう一回言った。うっそ。私はただでさえ痛かった胃が、きゅうーっと縮こまるのを感じた。
そうやって私が冷や汗をかいていると、男は苛立たしげに
「その格好でついて回られては困る。これに着替えろ」
と言って布切れを渡すと、隣の部屋へ私を置いて言った。
「ちょ、ちょーびびった…」
そーならそーと最初から言ってほしい。嫌な汗をかいてしまった。そもそも天狗である私が、たかが人間の男に力づくでどうこうされるわけがない。考えるまでもないことだ。「礼はいらないといったが、あれは嘘だ。体で払ってもらう」というところまで妄想したことや、今日どんな色の下着はいてきたっけ、と慌ててしまったことは秘密だ。自分の馬鹿さ加減にあきれかえって、私は言われたとおりに着替えた。
男が持ってきた着替えは、地味な鼠色の着物だった。少しだけ大きかったが文句は言うまい。男は戻ってくると更に黒い外套を渡してきた。季節は秋口であり、それほど寒くはない。
「外に出るときはこれを着ろ」
男はそう言うなり自分も黒い外套を着て、そのまま外へ出て言った。私は慌てて外套を身にまといその後を追った。
外套はマントのようなもので、全身がすっぽりと隠れるようなサイズだった。裾が少し地面にすれていたが、男の外套もそうだったので、これで正しいのだろう。それにしてもこの外套は黒い。真っ黒で柄も何もない外套は、周囲の風景と微塵も馴染んでおらず、冗談のような異質さと葬式のような不吉さを放っていた。男は里とは反対側、田畑や牧場がある方向へ向かって歩き出していた。私は男を見失わないように、早足で追いかけた。そこまで来て靴を履き替えておらず、いつもの一本下駄ブーツのまま出てきてしまったことに気付いたが、外套で足元が完全に隠れているので気にしないことにした。
男はどこまで歩くつもりなのだろうか。男は人間にしては健脚で、大股でどんどん進んで行ってしまうのでついて行くのに苦労した。飛んでしまえば追いつくどころか追い抜くこともわけはなかったが、わざわざ私を着換えさせたことを考えて、私はそれを実行しなかった。それに、取材対象と同じ経験をすることも立派な取材である。たぶん。
暫く歩くと田んぼや畑を抜け、牛や豚の牧場が目立つようになってきた。周囲の風景からもそう判断できるし、なによりあの独特の家畜の屎尿の臭いがそれを私に確信させた。さらに五分ほど歩くと、ようやく目的地らしき場所にたどり着いた。やはりそこは牧場であった。
男は何も言わずに柵を開けて中に入った。私は一瞬躊躇してそれに続く。躊躇ったのは、恐らく彼がこの牧場の主ではないと思ったからだ。農牧業をまともに営んでいるものは里の中に住むのが普通である。里に住んでいない牧畜業者も中にはいるが、そういう連中はこの辺に牧場を持っていない。このあたりは人里に住む真っ当な人間たちの牧場であった。ことここに至って男が何者なのか一切教えてもらっていない私は、相当の緊張感を持って畜舎に向かって迷いなく歩く男の背中を追った。
男の後を追って畜舎に入ると、両脇にずらりと牛が並んでいて、もうもうと鳴いていた。牛乳を飲むし、牛肉もよく食べる私であったが、生きている牛を間近に見たのは初めてかもしれない。思ったよりでかいなとか、ちょっと可愛いかも、と思いながら興味深く見ていると誰かの声がした。
「ああ、来たか」
声のしたほうを向くと、四十代ぐらいの男性が男に向かって声をかけていた。おそらく彼がこの牧場の主なのだろう。更にその牧場主の周りには男と同じように黒い外套に身を包んだ人間が数人立っていた。彼らもあの里の外の集落の住人だろうか。彼らは私のほうをいぶかしげに見ていたが、男が何か言うと納得したように頷いた。何かしらの説明をしてくれたのだろう。ただその話の内容はよく分からなかった。かなり強い訛りか、そうでなければ別の言語だと思う。そのぐらい聞き取りにくい言葉だったのだ。
牧場主は何番と何番が、とか、昼はどこどこに、というようなことを黒い外套の男たちに話している。何かしら仕事の指示を出しているのだろう。
「ところであの子は?」
と牧場主が男に聞いた。こちらを顎で指したのでたぶん私のことを尋ねたのだろう。
「あれは見習いだ。こちらのことに口を出すな」
思ったよりもきつい口調で男が返答したので私は面食らった。どうやらそう言うことにしているらしい。他の黒い外套の人間たちにも恐らくそう言う説明をしたようだ。
「あ、ああ。そうだな。すまない」
と牧場主は謝っていた。私以上にビビっている様子であった。黒い外套の人間たちはいったい何者なのだろうか。牧場主の眼が泳ぐのを見た私は急に不安になってきた。面倒な取材相手なのかもしれないがもう遅い。私は覚悟と、それからこの取材が終わったら永遠亭に胃薬をもらいに行こうという予定を決めた。
指示が終わったようで、牧場主と黒い外套の人間たちは各々動き出した。何人かは牛のところへ行き、柵から牛を出そうとし始めた。さっき言っていた番号はどうやら牛の番号のことだろう。私は男に手招きされたので男の後についていった。外套の人間が他にも増えたので、私はこの男を心の中で取り敢えずヨシツネと呼ぶことにした。名前の由来は文が飼っていたカラスだ。私に対して無愛想なところや目つきが悪いところが文々丸よりもまえに文が飼っていたヨシツネに似ていると思った。そもそも最初に名前を聞いておくべきだったのだが。取材対象の名前を聞かないなんて、他の烏天狗に聞かれたら五年はいじられるような初歩的なミスだった。ただ今回はこのヨシツネがあんまり無愛想だったので、私はあとで聞くことにしたのである。ほんとほんと。
畜舎の奥のほうに歩いていき、つきあたりを右に曲がっていったん外に出る。暫く歩いた先には屋根つきの柵が併設された小屋があった。おそらくそれが目的地だろう。無言で歩く男に従って歩いているうちに私はふと嫌な予感がした。何故か判らないが、なんだか嫌な気持がしたのだ。残念ながら私はこの手の予感を外したことがない。小屋に到着するころには嫌な予感は大きく膨れ上がっていた。例えば決壊寸前のダムがあったとしても、反対側から見る限りそれには気付かない。しかし勘の鋭いひとはそこに嫌な感じを覚える。今の感覚はそう言う説明のつかない感覚だった。
柵はおおよそ牛一頭分のスペースだった。いや、それにしては少し狭いだろうか。四方を丸太材で囲んであり、手前の柵は開閉できるようになっていた。ヨシツネと他の外套の男は手前の柵を開いた状態にする。二人がかりで開けたところを見るに重いのだろう。奥の柵の外側には台が置いてあった。外套の男は小屋のほうへ入っていき、ヨシツネは台の位置を調整し始めた。眼を泳がせていた私に向かってヨシツネが
「そこで見てろ」
と言った。私にすることは無いらしい。というか取材なのだからそれが当り前か。しかし私は“それ”を見るよりも、何か雑用をしていたかった。自分で取材を申し込んだのにもかかわらず。
外套の男が小屋から出てきた。おそらくは小屋の中に保管してあったのだろうものをヨシツネに渡した。手にとってくるんと回したそれを目にしたとき、私の嫌な予感は爆発した。一方が、円錐状に、尖った、ハンマー。両手で持てるような長い柄が付いていて、相当の質量を持っていることが容易に想像できるそれ。その用途に私の考えが至る頃、背後からもうもうという牛の鳴き声が聞こえてきた。私はもう帰りたかった。帰って、シャワーを浴びて、布団をかぶって眠りたい。暫く眠って新しい仕事に取り掛かりたい。
おそらく先ほどの外套の男と牧場主が連れてきているであろう牛の鳴き声はなかなか近付いてこなかった。もうもう、もうもうといって、少しづつ、少しづつ牛は小屋へやってくる。もうもう、もうもう。耳を塞ぎたくなるのを必死でこらえた。たぶん、きっと、耳を塞げばよけいにその声が鳴り止まなくなることが、私には何となくわかっていた。随分時間をかけたような気がしたが、実際には数分だったのだろう。小屋の目の前まで牛は連れられてきていた。思いもよらぬ方向へ進んでしまった取材に暗澹とした気持になる。そして、暗澹とした気持になった私を、射命丸文は見下すだろうという予感がして、唇をかんだ。こんなときあの女なら「まさしく牛歩戦術ですねえ。本物は見ごたえがある」程度のことは言うだろう。それを思って、文と自分の絶望的なスケール差を思って、私は何とか顔を上げるモチベーションを汲みだすことができた。これからこの牛は屠殺される。
自分の行く末を本能的に直感しているのか、牛は柵の中へ入ることに相当の抵抗を示したが、牧場主と外套の男たちは一丸となって押し込んだ。手前の柵が重いのは牛が暴れても壊れないためだった。もうもう、もうもうと暴れる牛を柵の周りから必死に抑えつけている。私はその光景に強烈な嫌悪感を覚えると同時に、その肉を食べている自分が嫌悪感を感じることに強い歪みを感じた。振りかぶったヨシツネが、そのハンマーを打ち下ろす瞬間、私は目を瞑った。私は新聞記者として死んでしまった。もうもうという声が止んで、牛はこと切れた。
このまますべてを投げ出して帰りたいという気持ちを私は意地で捻り潰した。先ほどの説明から察するに、今日屠殺する牛は一頭だけではないはずだ。次は、次のその瞬間は必ず見届けなければならなかった。それを放棄するならば、私はこれ以上ヨシツネの取材を続けることはできない。ダブルスポイラ―として、あの憎き、憧れの女の前に二度と立つことができなくなってしまう。
外套の男たちは牛だったそれの足を縛り、小屋の中へ移動させた。小屋の中には見たことのないような様々な器具があった。天井にはフックがいくつも取り付けられており、男たちは滑車を使って牛を天井からつるした。ナイフを入れ、血を抜かれる牛だったそれを眺めながら、私は自分の感情の源泉を探っていた。妖怪である私、烏天狗である私姫海棠はたてが、たかだか家畜の屠殺で気分を悪くするということに違和感を覚えられるかもしれない。だが正直に告白しよう。私は今せりあがる嘔吐感を必死でこらえ、今にも座り込みそうになる足を精一杯突っ張っている。自分の年齢を明かすつもりはないが、少なくとも妖怪が人間と大規模な戦いをしていた時代、私はまだ生まれていなかった。私は動物から変じた怪異ではなく、正真正銘烏天狗同士の両親から生まれた烏天狗である。妖怪の山の天狗の中でも私のような天狗は全体の約一割程度であり、第二世代と呼ばれている。第二世代の天狗の多くは自分で人間を殺し、食べたことがない。もちろん荒事を一切経験したことのない天狗と言うのは少ないだろうが、大結界異変の時も吸血鬼異変の時も、妖怪の山は静観を決め込んでいたために、第二世代の天狗は戦場に立ったことがない。分かるだろうか、そうなると我々は寿命の問題から人間以上に死を身近に感じる機会がない。第二世代の天狗たちはその平和ボケを常々バカにされ、軽んじられてきた。私自身そういう経験が少なくない。しかし今私はそれを思い知った。私はまさしく世間知らずで、バカだったと。
血を抜かれ切った牛だったそれは、驚くほど手際よくバラバラに解体されていった。外套の男たちが手慣れていることは明白だった。ヨシツネは肉は牧場主が肉屋へと持って行き、皮は自分たちが持って帰って鞣す、と言っていた。
「これがあなた達の仕事なの」
と私が聞くと、ヨシツネは
「そのひとつだ」
と答えた。
午前中のうちにもう一頭の牛が屠殺された。今度こそ私はハンマーが牛の頭蓋を貫く瞬間を目に焼き付けた。しかしそこには何の達成感もなかった。体は熱い感じがするのに、手足が異様に冷たくなっていた。自分の軟弱さが笑えた。
昼になると畜舎のわきにある小屋―――屠殺小屋とは別の小屋だ―――に案内された。牧場主の奥方だと思われる中年の女性が私を含めた外套の男たちに昼食を配ってくれるらしい。それは握り飯と、あろうことか牛の時雨煮であった。私は牧場主の無神経さに腹が立ち、それを何の痛痒を感じたふうでもなく黙々と食べる外套の男たちの正気を疑った。おそらく錯覚だが、服に染みついた血の臭いを感じて、解体される牛だったそれが脳裏に浮かんだ。しかしおかしいのは私のほうだ。養鶏業者の食卓には卵が並ぶし、芋農家では芋をよく食べるだろう。牛肉の生産者が牛肉を食べないほうがおかしい。しかしそれが分かっていたからと言って食欲が湧くはずがないのは分かってもらえるだろうか。そんな風に自分が甘ったれた考えを持った瞬間にあの女のニヤついた顔が思い浮かんだ。あの女には、射命丸文にだけは軽んじられたくない。所詮第二世代なんて絶対に思われたくなかった。その思いだけが私を突き動かす。私はおにぎりを食べ終えると、時雨煮を機械的に口へと押し込み、ろくに咀嚼もしないで飲み込んだ。意地で昼食を平らげた。
午後の仕事が始まる前に小屋のトイレを借りた私は、胃の中身を全部もどした。しゃがみこんで嗚咽する私の涙は汲み取り式トイレの中へ吸い込まれていった。最低だった。私のプライドは重たいハンマーで捻り潰されていたが、現場で嘔吐して取材対象の心証を地に落とすよりはマシなはずだった。妥当な判断だったと思いたかった。
それからさらに一頭の牛を牛だったものにして、牧場での作業は終わった。
帰り路は遠かった。生き道と帰り道は同じはずであり、距離も当然同じ。寺子屋の子どもでも分かる理屈だが、今の私にはそれが疑わしかった。足に力が入らないせいなのか、帰り道は遠かったのだ。
「どうだった」
突然ヨシツネに話しかけられた。話しかけられたのはいいが、何とも言いようがなかった。
「どう、と言われても……」
それは偽らざる私の本音だった。ただただ心が摩耗するような経験だった。ある意味では取材は大成功だろう。ヨシツネは答えに窮する私を見て、同情と侮蔑が綯い交ぜになったような、不思議な顔で笑った。
里の外の集落に戻ると、ヨシツネの家の前には何やら紙が落ちていた。ヨシツネが拾い上げたどうやら手紙らしいそれを、私も横から見た。紙にはただ住所だけが書かれていた。
「それ、なんなの?」
と聞くと、ヨシツネは
「仕事だ」
と言うなり向かいの家へと歩いて行った。ガンガンガンッ、とちょっと驚くような勢いで戸を叩くと、さっきとはまた別の外套を着た人間が出てきた。今度は女だ。やはりこの外套はこの集落で生活していることを表す何からしい。ヨシツネはまたよく分からない言葉で話している。しかし今のは少し理解できた。何かを準備しておけ、と言ったようだ。女は頷くと、何処かへ歩いて行った。意味が分かったところをみると別の言葉を話しているわけではなかったようだ。一部意味が分からない単語が混ざっていたが、基本的には訛っているだけのようだ。分からなかった単語は職業用語や隠語の類だろうと推測できた。しかし少なくとも人間同士の間では、この幻想郷の中で方言の差異はなかったはずだ。住む場所が大きく離れているならともかく、塀一つ隔てただけで言葉に違いが出るものだろうか。
「今話してた言葉って……」
と私が問いかけると、ヨシツネは家のほうを顎でしゃくった。確かに立ち話もなんだと思い、私はヨシツネの家へと戻った。上がりの部分に腰かけると、どっと疲れが出た。足がプルプルしている。肉体的には私のほうがよほど頑健なはずなのに、ヨシツネのほうはピンピンしている。流石にバツが悪くて、私は姿勢をただした。
「俺の言葉は聞き取りにくかったか?」
ヨシツネはそう切り出した。
「さっきの言葉は分かりにくかったです」
と私は率直に答えることにした。色々聞いておかないと取材の意味がない。
「あれは元々この地方で話されていたことばだ」
それはちょっと意味不明瞭で、分かりにくい返答だった。
「どういうことですか?」
「この幻想郷がただの隠れ里だったころ、みんなさっきの言葉で話していたそうだ。余所で迫害されたり、戦争に負けたり、罪を犯して逃げてきたような、そういう後ろ暗いところのある卑しい人間たちがこの幻想郷の始まりだった。それからしばらくして、ある大妖怪がここにやってきた。大妖怪を頼ってたくさんの怪異もやってきた。それを退治するためにたくさんの退魔師や陰陽師もやってきた。彼らにものを売る商人がやってきた。そうやっていろんな地方から人間がやってきてここで暮らすうちに、いろんな方言が混ざり合って今幻想郷で話されていることばになっていった。まあ俺も人から聞いただけだから本当かどうかは知らない」
ヨシツネの証言は興味深いものだった。幻想郷の言語に注目したことなんて今までなかった。天狗の中にはそういうことに詳しい奴もいるかもしれないけれど、そんな話は少なくとも今まで聞かなかった。
「今では俺達しかこのことばは使っていない。だから今ではカラスことば、と呼ばれている」
「カラスことば……?」
「俺たちは人里ではカラスと呼ばれている。もっとも最近じゃあんまりそう言わなくなってきたらしいがな」
「なんでカラスなんですか?」
不思議な縁だ。烏天狗の私がカラスの取材に来るなんて。この取材を始めてからようやく、私は少し笑った。
「俺たちが着ている外套が真っ黒で、それがカラスに見えるからだって話だ」
「へえー」
ようやく記事になりそうなことが聞けてほっと一息。と思ったのだが。
「そろそろ行くぞ」
と言ってヨシツネが立ち上がってしまったので、私はまたもや慌ててその後を追わねばならなかった。
時刻は夕方頃、秋の日は何とやらと言うし、あと二時間もすれば日が落ちるだろう。今度は里の方向に向かって歩き出したヨシツネについていくと、彼が話しかけてきた。
「ちゃんと外套着てきてるか」
「はい」
「今から言うことをよく聞いておけ」
そういってヨシツネは様々な諸注意をした。
曰く、里の中に入ったら一言も口を利かないこと。曰く、道の真ん中を歩くこと。曰く、地面だけを見て、周りを見ないこと。曰く、ものに触らないこと。何のことやらさっぱりわからない。さっぱりわからないので
「それは何の決まりなんですか?」
と聞いてみたのだが、
「穢れを持ちこまないためだ。そろそろ里だぞ、黙れ」
とだけ言い、それっきりこちらを見もしなくなってしまった。私の後ろにはもう一人外套を着た男が付いてきていて、彼は背中に戸板のような長方形の板を背負っていた。彼も何も話すつもりがないらしく、俯いて黙々とついてきていた。
里の北東の門に近付くと、三日前にも見た衛士が立っていたので思わず挨拶しそうになったのだが、彼はこちらに気付いた瞬間背を向けて俯いた。私はそのあまりの異常な行動にぎょっとし、またそれに違和感を覚えた様子のないヨシツネを見て、どうやらこういうものらしいと心の準備をした。衛士の彼はこちらが通り過ぎるまで背を向け続け黙っていた。門を通り過ぎるとヨシツネは袂から拍子木のようなものを出した。カチン、カチン、とそれを打ち合わせながらヨシツネは早足で歩き出す。私は後ろの外套の男に追い越されそうになり、慌てて同じペースで歩きだした。カチン、カチン。カチン、カチン。拍子木と言うのはもう少しチョーン、チョーンと高く響く音ではなかっただろうか。カチン、カチン。ヨシツネの手元を盗み見ると、それは形こそ拍子木のようであったが、色は木材の茶色ではなく真っ白だった。ッカチン、カチン。私は全く根拠がないのに、“それが何かの骨である”ことに唐突に気付き、空っぽになったはずの胃が何かを戻そうとした。カチン、カチン。カチン、カチン。半ばパニックに陥りかけた私は、ヨシツネに言われていた言いつけを思い出し、俯いて何も考えずにあとを追いかけた。
大通りに出たことが道が開けた感じで分かった。がやがやと人が行きかう気配があったがカチン、カチンという音が近づくと皆静かになった。周囲を横目で確認すると、里の人間たちは全員、俯いたり余所を見たり、背を向けたりしていた。誰一人こちらを見ようとはしなかった。これはいったい何なのだろう。考えようとしているのに脳が全く働かず、体だけが早足で歩き続けた。カチン、カチン。大通りを歩いた距離はたかだか十メートルぐらいだろうか。すぐにまた裏路地に入るとそのまま早足に通り過ぎる。
それから十分ほど歩くとどうやら目的地に着いた。それなりに大きな屋敷の裏のようだった。周辺には一切人がおらず、勝手口が開け放たれていた。ヨシツネと戸板を背負った男は、声もかけずに慣れた様子で勝手口から屋敷へ入った。ボーっとそれを見ていた私も慌ててそれを追いかける。土間を歩いて台所を過ぎ、上がり框から屋敷に上がり込むとふすまの空いた畳部屋があった。なかに入ると部屋の真ん中に布団が敷いてあり、人が寝ているようだった。しかしそれがただ寝ているわけではないことは、顔があるべき場所にかけられた白い布のおかげで明白だった。死んでいる。戸板をなんに使うのか私ははっきり理解した。出し抜けに死体に―――遺体にというのが正しいことは分かっているが―――遭遇した私はもうほとんどものをよく考えられなかった。ヨシツネ達は答え合わせでもするように、戸板に死体を載せ、その両端を持ちあげた。私が現状を十分に理解する間もなく、二人は来た道を戻って屋敷を出ていく。
私は戸板とその上に乗ったものを運ぶ二人を足早に追いかけた。言いつけを思い出すまでもなく、私は俯いたまま、逃げるように人里の裏路地を急いだ。私は何をしているんだろう。なんだか遠い世界にいるようだった。歩きなれた人里の大通りも静かだ。今は音を出していないが、やはり里の人間たちはこちらに視線を向けないように、静かに私たちが通り過ぎるのを待った。行き道と同じ道を通っているので、おそらく戻るまでそうしているのが普通なのだろう。私の早足はどんどんペースを上げて、北東の門にたどり着くころには私は二人を追い越していた。ほとんど走るように門を飛び出すと、私は道の端にしゃがみ込んで涙があふれる顔を覆った。まるで自分という存在が、姫海棠はたてという妖怪が、この世にいないのではないかという疑念に襲われ、体の震えが止まらなかった。あんなに静かな大通りを歩いたことなんてなかった。自分が醜く、穢れた、薄汚れた存在になったように思った。私にはその考えが、ヨシツネたちカラスを侮蔑する極めて礼を欠いたものであると判断する余裕すらなかった。
「どうした、ついて来い。今日一日密着するといったはずだ」
というヨシツネの言葉で初めて私は顔を挙げた。ヨシツネと目があった。他人と言葉を交わし、視線を交わすことで、これほどの安心感を、安堵をおぼえたのは初めてだった。私は萎える両足と弱り切った心に鞭を入れ、彼らの後を追いかけた。これは密着取材だ。
私たちは暫く歩き、河原へ到着した。この川は幻想郷の水田地帯へと水を供給する重要な川だ。土手を超えると、十メートルほどのごつごつした河原に、まるでキャンプファイヤーのような木組みが作られていた。そばで作業をしているのは、ヨシツネが何か指示をしていた向かいの家の女だった。作業はちょうど終わったところだったようで、女はヨシツネ達と協力して、戸板の遺体を木組みの中央に寝かせた。彼らは遺体を、ここで火葬する気だ。はたしてこんな粗末な木組みで人間一人をしっかりと荼毘に付すほどの火が起こせるのだろうか。私がそのような思案をしていると、彼らはその遺体の上にも木を組あげていった。構造が完成すると、女が木組みの前に立ち、何かを唱え始めた。内容は聞き取れなかったが、しばらく見ていると木組みが突然発火し、またたく間にすさまじい勢いで燃え盛り始めた。何か魔術のようなものを使ったようだ。これだけの火を起こせるのなら、人を火葬するのも容易かろう。河原でなければ火事になりそうだ。成り行きを見守っていると、彼らは木組みを囲んで黙祷し始めた。慌てて私も近寄って、同様に黙祷する。そうしなければならないと思ったからだ。今日は密着取材だ。今日だけは私もカラスだ。烏天狗ではなく、彼らと同じに。
暫く黙祷すると、彼らは火のそばを離れた。作業が終了したらしい。河原に座るヨシツネに近寄って、その隣に座った。
「驚いたか?」
とヨシツネが聞いてきた。私は今日会った様々なことを思い出しながら
「はい」
と頷いた。
「まあ、そうだろうな。里の人間も、里に近い古参の妖怪も、俺達カラスの存在を知ってはいるが、俺達カラスと同じことをした奴はお前が初めてだろう」
ヨシツネは正面の川を眺めたままでそう言った。そりゃあそうだろう。事前に調べておけば私だって密着取材しようなんて思わなかったはずだ。初の密着取材になったのは、私が幻想郷始まって以来の大バカだったからだ。
「そこまで自分を卑下するものじゃない。俺達カラスを本当に知っている奴はいない。みんなそれぞれ知ったつもりなだけだ。でもあんたはそうじゃなかった」
私は今回の密着取材にあたって、事前の聞き込みなどを全くやらなかった。取材対象について事前に情報を仕入れると、その情報によってバイアスがかかってしまい、相手の本質を見抜けなくなるから、だ。まあ正直に告白してしまうとこれは私の持論ではなく、射命丸文のモットーをそのまま拝借しているだけだ。それに文はそうは言いながらも、取材にあたっての下準備を欠かしたことはなかったはずだ。一方私は字面だけ真似してこのありさまだ。
「俺達カラスは死と穢れに関することを代々生業にしている民だ。ずっと昔からカラスは里の外で暮らしてきた。里の生活から死にまつわる穢れを排除することで、妖魔の災禍が里の中へ侵入することを防いでいるんだ。排除されたそれを請け負っているのが俺たちなんだよ」
「でも、それではあなたたちばかりが貧乏くじです!こんなのはおかしい!前時代的です!!」
知らず私は力が入ってしまう。たった一日彼らの足を引っ張っただけの部外者が。こんな薄っぺらい同情は彼らに迷惑だろうか。
「あんたは妖怪なのに新しい考えの持ち主なんだな。でも俺たちはそれを押しつけられたんじゃない。任されたんだと思ってる。それを貧乏くじだと思ったことはない」
「そんな、そんなはずありません」
「俺達カラスは確かに里の人間に怯えられている、遠ざけられ、軽蔑され、蔑まれている。俺達がカラスって呼ばれてるのは黒い外套を着てるからだって昼に言ったな。あれは嘘だ。本当は死体をいじくる連中って意味でカラスって呼ばれてるんだ。まあ烏天狗のあんたらには失礼な話だけどな」
なんてことだろうか。彼らは明確に差別されている。職業によって、そしてひょっとすると言葉によっても。おんなじカラスで奇遇だなんて思って笑っていた昼の自分をブン殴りたい衝動に駆られた。
「でもあんたはまだそっちしか見ていない。怯えられ、遠ざけられ、軽蔑され、蔑まれているだけじゃない。里の人間はカラスのことを侮蔑しながら、一方で感謝をし、畏怖し、尊敬もしている。カラスが里にとって必要不可欠な汚れ役だってきちんと分かってもいるんだ」
「そんな……」
「俺達カラスがどうやって生きてるか知ってるか?俺たちは今日のように家畜を屠殺したり、皮製品を加工したり、こうやって遺体を火葬したり、墓を掘ったり、産婆をするやつもいる。でもその報酬はもらわない。必要がないんだ。俺達カラスの里には定期的に、食料や酒、日用品がたくさん届く。里の人間が届けてくれる。何も仕事がない期間にもそれは届く。不作が続いて食料が不足している時でもカラスの里への供給が滞ったことは過去に一度もない」
私は黙ってヨシツネの言葉を聞いていた。それを聞いて何だじゃあいいじゃないかとはやはり思えなかった。しかし一方で彼らが誇りを持って働いていることは間違いなく、またそれに対する正当な報酬が支払われていることもまた事実であるようだった。それゆえに私は余計に分からなくなる。
「カラスは里の外の民だから里の掟を守らなくてもいい。それに田畑の農産物を勝手に取って食べても誰もとがめようとはしない。まあそんなことはあまりしないがな。それにこういう役得もある」
ヨシツネはやはり川のほうを向いたまま話している。ふと私が彼の視線の先へと目を向けると、川の奥に人影が見えた気がした。一瞬見間違えかと思ったが、間違いなく川の中から人影が近づいてくる。ざぶざぶという水音が聞こえたことで幽霊ではないらしいとホッとしていると、人影は河原へと上がってこちらへ近づいてきた。
「…鍵山…雛?」
「そう、雛様だ」
人影は流し雛から変じた妖怪の山の秘神、厄神の鍵山雛であった。
「カムリ、モイ、ルテイ、元気にしていましたか?」
雛が近づいてくると、ヨシツネと残りの二人は彼女の前に平伏した。どうやらそれが三人の名前らしい。ヨシツネの本名はカムリ、木組みをしていた女がモイ、戸板を担いでいたのがルテイというようだ。
「はい、皆変わりなく過ごしています」
「そう、よかった。カラスの里のみんなにも、厄がたまったら早めにここに来るように言っておきなさいね」
「はい、ありがとうございます」
三人と鍵山雛は、もちろん神と人と言う線は引かれているが、とても親しい様子だった。
「カムリ、かなり厄がたまっていますよ」
「すいません、今日はたまたま仕事が重なりまして」
ヨシツネ改めカムリは恐縮した様子だ。今日は確かに牧場の手伝いだけの予定の後に、火葬の仕事が急遽入ってしまったからだろう。カラス達は職業柄体に厄をため込みやすく、本来は近付いてはならない厄神雛と特別の関係を持っているようだ。美しい女神であると言われながらも近付いてはならぬということで、実際に雛を見たことのある里の人間は少ない。カムリのいった役得とはそういうことだろう。鍵山雛は美しく舞いながらカムリの厄をその身に引き受けた。
「あら、あなたははじめましてね。いえ、何処かで会ったことがあるような」
こちらに気付いた雛は私をカラスの新入りだと思ったようだ。
「あ、いえ、私はヨシツ…じゃない、カムリさんに密着取材を敢行している烏天狗の姫海棠はたてです」
「あーあ。はたてさんね、山の集会で何度かお会いしましたね」
「ええ」
「大変な取材になっているみたいだけれど、どう?」
「どう、と言われましても……」
答えにくい質問だ。私も取材の時には答えやすい、具体的な質問をしようと心に決めた。
「まあ、なんというか。行き当たりばったりで大変なことしちゃった、というのが正直な感想です。自分の見識の狭さも思い知りましたし、幻想郷に対する見方も変わりました」
それが私の率直な感想だった。もう面白い記事になるかどうかとか、どうでもよかった。そう思った。
「記事にできるかどうかは難しいでしょうけど、でも貴女は貴重な経験をしたと思いますよ。これからもがんばってくださいね。花果子念報、いつも読んでますよ」
「え”っ」
驚くべき一言を残すと、鍵山雛はまた川の向こうへ帰っていった。読んでくれてたんだ。ちょーうれしい。
「ま、こんな具合だ。俺達カラスは信念を持って働いてる。その点について里の人間たちとなんら違いない。それを自分たちが分かっていれば何の問題もないんだ」
カムリは雛を見送りながらそう言った。その顔は実に晴れやかで、私はとっさに写真に収めた。この件を差別問題だと軽々に断じたのは間違っていたかもしれない。もちろんこれが本当に正しいやり方なのか、なお疑問の余地は残っている。ただ、私は穢れの概念について詳しくないが、少なくとも厄という存在を確認できる要素において、彼らの仕事が負担の大きいものであることは間違いない。彼らの生業について、純粋な職業偏見によって不当な扱いがなされているとは言えないのかもしれない。私はそのように思った。やっぱり変だという思いは、まだあったけれど。
気付けばかなりの時間がたっていた。木組みは完全に燃え尽き、焼け跡が冷めるのを待ってから私たちは遺骨を砕いて壺に納めた。モイが持ってきていた骨壷を最初に見たときは、果たしてこんな小さな容器に人一人の骨が全部収まるのだろうかと疑ったものだが、彼らの手際でピタリと収まったのを見たときには感動した。やはり彼らはプロフェッショナルである。モイとルテイが河原の掃除をする中、カムリが骨壷を届けるのに私は同行した。密着取材だからである。もう覚悟は決まっている。
カムリは人里まで戻ると塀の中には入らず、北東の門から塀沿いに反時計回りに移動していった。里の外周を八分の一周ほどしたところに目的地はあった。里に外接する寺院、命蓮寺である。骨壷は家ではなく、葬式を行う寺へと直接持って行く手はずになっているそうだ。命蓮寺には既に遺族が詰めており、今日はそのまま通夜だという。既に丑三つ時の命蓮寺の裏手に回ると、カムリは裏口を四度ゆっくりと叩いた。しばらくすると裏口が開き、雲居一輪が顔を出した。彼女は何も言わずとも察したようで
「ご苦労様です」
と手を合わせ、骨壷を受け取った。それでしまいかと思って帰ろうとしたが、一輪は骨壷を奥へ預けると急須のようなものを持って戻ってきた。小さな皿をカムリに渡し、私にも一枚渡した。そのとき彼女は私の顔を見てアレっという顔を一瞬したが、詮索しないことに決めたらしく、それきり何も言わなかった。渡された小皿は素焼きのようで、一輪はそれに少量づつ、急須の中身を注いだ。カムリがそれを飲んだのを見て私も恐る恐るそれを飲んだ。……お酒だ。
寺で酒を出していいのかなと思ったところで突然カムリが空になった皿を石畳に叩きつけてパリンと割った。驚いて固まる私にカムリは、目でお前もやれと促す。一輪も驚いていない様子なので、それが正解らしい。私もおっかなびっくり地面に皿を叩きつけた。パリンッ。皿が割れる音と同時に、なんだか胃の痛みが引くような、例えにくい爽快感を感じた。
「ご苦労様でした。お気をつけて」
と一輪は今一度手を合わせ、戸を閉めた。カムリのほうを見ると
「これで今日の仕事自体は終わりなんだが……、実はもう一つ行くところがある。密着取材ってことだがどうする?」
と訪ねてきた。正直もう終わったと思ってほっとする部分もあったのだが、まだ一日は立っていない。取材をするなら最後までやるべきだと思った。文もそうするだろうか、いや、文は関係ない。これは私の取材だ。
「モチロン付き合いますよ、密着取材ですから」
「そうか」
カムリはそのまま里の外に向けて歩き出した。
道程は長いそうなので、私は歩きながらさっきのことを聞くことにした。
「さっきのパリンってやつ、何だったんですか?」
「あれか、あれはケガレバライっていう一種の儀式だ。小皿に注いだ酒を飲んで体内から穢れを追い出して、皿を割る音で脅かして遠ざけるそうだ」
なんだそりゃ、パリンで逃げるほど小心者なのかしら。穢れが少しかわいく思えて不思議だ。
「寺とか神社とかそういう区分がハッキリしない頃からこの辺にあった風習だそうだ。だから幻想郷じゃ寺でもケガレバライに使う酒は用意してある」
なるほど。ひょっとするとそれを準備する名目で一輪も一杯やってるかもな、なんてことを考えつつ。そう言えば皿が素焼きだったのは割るのにもったいないからなんだなと、妙な所に感心してしまった。
ちょっとそこまで、ぐらいのつもりだったが、カムリと私はそれから二時間ほど歩いた。二時間て。カムリの足腰の頑健さには驚かされる。それに人間のくせに夜目も効くようだ。里を離れて生活する人間はだんだん仙人らしくなるというから、カラスの里も仙人の集まりみたいなものかもしれない。私のほうはこれでも烏天狗だからこれぐらいの行軍は何でもない。昼に疲れ切っていたのは精神的に疲弊していたせいであり、本来妖怪が身体能力で人間に負けるはずがないのだ。要するに今の私は精神的に安定していて、今さら何が出たって驚くものかという気分だ。いや気分だった。さっきまで。妖怪の山の反対側に向かって一直線、雑木林を抜け、今はゆるい勾配を登り続けている。私の懸念が分かるだろうか。この方角で向かう先は無名の丘ぐらいしか思い浮かばない。胃がきゅんきゅんしている。ときめいているわけではない。木々が開けて丘に出た。鈴蘭の季節は春先だっただろうか、今は花が咲いていないが、丘一面が鈴蘭で埋まっているのがそれでもよく分かった。季節が合えばさぞや美しいことだろう。恐ろしい花には違いないが、それでも美しかろう。
「ここまで連れてくる気はなかった、しかしこんな機会はそうないだろう。誰かに話してしまいたくもあった」
丘を歩きながらカムリは話し始めた。
「カラスは時間があれば毎日でも無名の丘を訪れる。可能なら夜明け前に。今みたいに」
空には雲ひとつなく、星が瞬いている。丘の向こう側に向かって月が沈もうとしている、夜明けが近いのだろうか。随分歩いたらしい。
「どうして夜明け前だかわかるか?」
「え……?」
突然の質問に戸惑ってしまう。そんなの分かりっこない。しかし分かりっこないという答えをはじき出す頭の片隅で、何かが、昔阿求や文に聞いた無名の丘のエピソードがなにかを気付かせようとしている。そして私はその事実を本能的に気付きたくないと感じていた。
「子どもを捨てるなら、夜中なんだ」
「……どういう…ことですか?」
「親が近所にばれないように里を抜け出して、気付かれないように里に戻るには、ここに夜中にくるしかない」
カムリが言いたいことがよく分からない。だって、
「無名の丘で間引きが行われていたのは、昔の話だ!そうでしょう?」
そうだ、無名の丘はかつて間引きの現場だった。置き去りにされた赤子は、鈴蘭の毒で死に至る。名前もつけられる前に間引かれた子どもが眠る丘、だから無名の丘。そんなこと誰でも知ってる。でもそれは、かつての……
「今もだ。今もなんだ。はたて。今もだ」
カムリの言葉が耳に入ってこない。これ以上私の幻想郷を壊さないで。
「無名の丘の話は有名だ。誰でも知ってる。だから、いまでも“いては困る子ども”を持った親の中には、ふと無名の丘を思い出す者たちが……」
「そんなはずない!無名の丘に子どもが捨てられたなんて話、ここ何十年も聞いてない!」
「もちろん。…もちろん食糧難が続いたときのように、たくさんの子どもが間引かれるなんてことはもう起こっていない。でも、それでも年に一人や二人は、今でも、無名の丘に棄てられている」
「嘘よ……」
「嘘じゃない!俺がそうだ!!」
カムリは泣いていた。ひょっとすると私も泣いているかもしれない。わけがわからない。だって、
「だってカムリ、貴方は生きている。間引かれてない」
「どうしてここ何十年も、無名の丘に子どもが捨てられた記録がないのか、わかるか?」
私にはもうすべてが分かった。分かってしまった。カムリがここに何をしに来たのか、私に何を話そうとしているのか。密着取材なんかするんじゃなかった。幻想郷の、この理想郷の余りによくできたシステムに吐き気がこらえきれない。こんなこと知りたくなかったのに。
「ここに子どもが捨てられると、俺達カラスが連れて帰って、育てるからだ。その子どもが新しくカラスになる。俺もそうだった。モイもルテイもここで拾われて、カラスになった。夜明け前に来たいのは、夜が明けるころにはその子は、息絶えるか、妖獣の取り分になるからだ」
カラス達がどうやって集落を維持しているのかは疑問だった。疑問は初めから持っていたはずなのに、考えないようにしていただけだ。あそこに住めるのは多く見積もっても十数人が限度だ。それに今日一日で女のカラスはモイただ一人しか見ていない。里を出て、自分からカラスになりたがる人間が出るとは考えづらいし、いたとしても集落を維持できるほど定期的に表れることはないだろう。なぜカラスは存続するのか。定期的に里からの人材提供が存在していたから。捨て子だ。
「里に入る前に行った俺の言いつけを覚えているか?」
「俯いて、視線を交わすな」
「そうだ。里では穢れを持ちこまないためだって教えている。それを守ることで里の繁栄を維持できるんだって。でもそれは触れさえしなきゃいいんだ。それで十分。視線を交わさないのは、うっかり自分と似た顔を見つけて、お互いに不幸にならないためだ。完全に損なわれてしまった親子関係を、そっとしておくための掟なんだよ」
それはあまりに悲しいシステムだ。とんだ方便だ、余りに悪辣だ。これは里のための掟じゃない、捨てられた子どもたちのための、カラスの平穏のための掟なんだ。私は里を出るまでに感じた孤独感を思い出した。あれは思い込みじゃなかった。あの無視の街道は周りがお前は孤独だと突き付けるものじゃない、自分自身が孤独だということを言い聞かせるためだったのだ。カムリが何を言いたいのか私には分からない。カムリは私よりずっと冷静で、澄んだ眼をしている。なぜ?
「実際に子どもが捨てられて、それを運良く発見できる可能性は少ない。実際にはもう少し多くの子どもが妖獣の命をつないでいるだろう。それでも俺たちはここへ来る。どうしてだと思う?」
「そうしないと、カラスの里が途絶えてしまう…から?」
「今幸せだからだよ」
「え……?」
カムリの声は驚くほど穏やかで、その表情は晴れやかだった。私には理解できない。だって彼らは捨てられているんだ。親に捨てられた、要らなくなった子どもを里の外に移動させて、忌避される仕事をさせているだけだ。この世界はそういうふうに回っている。幻想郷には人里が必要で、その人里を守るためにあらゆる手段が講じられた。里を囲む結界つきの塀もその一つで、塀の外で暮らすしか道のなかったカラス達もその一つだ。でもカムリはそうは思っていない。なぜ?
「忘れたのかはたて、言ったはずだ。俺たちは誇りを持って働いてる。誇りを持つことができるんだ。一度は捨てられた俺達が、要らないと言われた俺達が、それを与えられなかった俺達がだ。恐れられ、忌避されることなんて何でもないんだよ。だって里の人たちは、俺たちを必要としてる。必要ないものは忌避なんかせずに追放するだろう。棄てるだろう。でも里の人間はそうしない。俺達が必要で、恐れてはいても敬意を持ってくれているからだ。牧場の奥さんが作ってくれた握り飯を思い出せ、雛様の笑顔を、寺の尼さんのねぎらいを思い出せよはたて」
そう…だ、そうだ。そうだ!私は今日、牛の屠殺直後に牛肉を食わされたり、里で無視されたり、胃が痛くなったりしたけれど、でも、それでも、おいしいご飯を作ってもらった、新聞読んでるって言ってくれた、ご苦労様って、ねぎらってもらえた。私はそれを知っている。密着取材したから、それが分かるんだ。まだ納得できないことはたくさんあるけれど、カムリの、カラス達の、幸せを否定できるものを私は持ち合わせていない。
「なあ、わかるだろう。実の親に、一度はいらないと言われ、捨てられた俺たちだけど、必要としてくれているんだ。感謝される仕事ができるんだ。誇りを持つことができるんだ。嬉しいじゃないか。幸せじゃないか。だから……!」
「だからここに、無名の丘に来るんですね?」
「そうさ、誰も捨てられてなきゃあいいなと願いながら。でももしもそんな奴がいたら、親はおまえを要らないといったかもしれないけど、“そんなこと”気にするなって、そんな奴こっちが願い下げだって、俺達がおまえを必要としてるんだって、言ってやりたい。そう思ってる、そう思ってるんだ」
カムリはどうして私にそれを話してくれたのだろう。私は優秀な記者ではなかった。失礼な考えも間違った思いも持った、それを表に出しさえした。それでも私に、どうして教えてくれたのだろう。それを聞くのはあまりにも厚かましく、憚られた。彼らからはあまりに多くを学ばされた。今はまだ自分で咀嚼しきれていない部分が多いけど、これから時間をかけて、それを分かっていこう。そう思える、取材にできた。
「それはあなたのおかげです。カムリさん。取材協力ありがとうございました」
「それはよかった。こちらこそありがとう。一度誰かに話したかったんだ。これ、記事にするのかい?」
カムリの質問は予想されていたものだ。だから私は用意していた答えを返す。
「今はまだ、暫く、これは記事にしません。私自身がよく分かっていないことを記事にはできません。折角取材に協力していただいたのに、形にすることができないのは心苦しいですけれど、もうちょっと温めさせて下さい」
その返答はカムリも予想していたようだった。彼は笑ってうなづくと
「構わない。じっくり考えてくれ。没にしてもいいさ。この取材は無駄にはならないと思う。俺にとっても、君にも」
私には考えるべきことがたくさんできた。もっとこの幻想郷のことを知りたい。そしてそれを幻想郷に生きるすべてのものにも知ってほしい。そして考えてほしい。既存のシステムの妥当性、カラス達の思い、幻想郷の進むべき道を。そのためにはまず私が、誰もが注目するような一流の記事を書かなくてはいけない。花果子念報をみんなに読んでもらえるような新聞にしなければならない。その為のヒントはもうこの手にあった。念写は便利だけど、それだけじゃだめだ。取材対象に近付いて、ともに経験し、共感する、そういう取材をするのだ。
「はたて、無名の丘に月が沈むよ。今日も幻想郷は幸せだった。そう思える瞬間がここにはあると思う」
「ええ、きっと、きっとそうですよね。」
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※注意
この作品は創作でありエンターテイメントです。筆者にはこの作品によって何らかの思想・信条的、政治的な主張をする意図が一切ありません。また、特定の職業を生業とする人々を侮蔑、または賛美する目的も一切ありません。その他、創作上の必要性に応じて一部不適切な用語をあえて使用しています。その点を十分ご留意の上、お読みくださいますようお願い申し上げます。
人里の果ては長い長い塀によって閉ざされている。命名決闘法(通称スペルカードルール)採用以前、里は人間たちにとって幻想郷における最大にして唯一の拠点であったから。その塀は土塀であって、高さはせいぜい3メートル。空を駆る魑魅魍魎たちにとってはあってないもののように見えるが、そこは退魔師集団が手がけた仕事だけあって、上空まで及ぶ強力な結界に守られている。しかしコレが真価を発揮した頃のことはハッキリいってあまり詳しく知らない。というのも私こと姫海棠はたてはまだまだ若い。まあ若いと言ったところで鴉天狗としては、という注釈をつけなければならないわけだが。実際のところ長らく自宅にこもりっきりで、でてきた頃にはおおむね平和な時代になっていたのである。
閑話休題
私が突然人里の塀の話を始めたのは、私が無類の塀マニアであるとか、里を襲う計画を練っているからでは勿論ない。今回私が想定している取材テーマが”塀の外”のことだからである。塀の外には何があるかと言えば無論いろんなものがあるわけで、その大半がおおむね妖怪の領域であることは言うまでもない。しかしながら里を中心とした周縁部分には人間たちの様々な営みの場が広がっていることもまた事実である。その最たるものは田畑であり、牧場である。幻想郷は盆地といってよい地形をしており、中心部に広がる平地部分のなかで竹林と魔法の森をのぞいた部分が人間の活動範囲である。妖怪の山から広がる広い扇状地は主に畑や牧草地、そこから続く肥沃な平野部には水田が広がっている。これは昔からあるもので、それは当然人里で消費するためである。里の周縁にある農耕地は里自体の数倍の面積を誇る。農民たちは朝焼けとともに自分の耕作地へと出かけて、日中いっぱい野良仕事をし、日が落ちるまでには塀の中に戻る。現代に至るまで続いているこのライフスタイルは幻想郷という特殊な土地で生き続ける人間の知恵だ。塀の中は一日中人間の領域で、山間部は一日中妖怪の領域。その中間に当たる人里周縁は昼と夜で主役の入れ替わるボーダーラインなのだ。ちなみに夜間の田畑は持ち回りで見回りを行う退魔師と農民たちに信仰される神々によって守られている。
ところが塀のうちに住まわず、この周縁部で生活を行う人間がわずかながら存在する。今回注目したいのはまさに彼らだ。分かりやすいのは里の不可侵が妖怪たちの間で決定されて以降徐々に数を増やしている職業魔法使いだろう。彼らは里の外側に店を構え、魔法の品々を取り扱っている。しかし彼らが塀の外へと踏み出すよりかなり以前、幻想郷計画が持ち上がる以前からこの周縁部にすんでいたものたちがいる。私は彼らにアプローチをとることにした。
人里を囲っている塀には八つの門が存在する。里を南北に貫く大通りからつながる北門と南門が最大で、他に博麗神社方向への門や多くの田園のある玄武の沢方面への門が大きい。逆にほとんど使われない門もある。それは北東方向に向かう門で、周辺住民曰くまず通ることがないという。
取材の為にこうして門の前までやってきたが、なるほど使われていないだろうなというのが目で見て分かった。まず門が小さい。大きな荷車が余裕を持ってすれ違える南門とは比べものにならない。幅はおおよそ2メートルほどだろう。それに門の前にたっていて、先ほどから通行者を見かけないのだ。ただ、寂れているという印象は受けなかった。門自体それなりにしっかりとした作りであることがハッキリ分かるし、定期的に手入れされているのか汚れている様子もないからだ。ものは試しとくぐってみたが、何のことはないただの門だった。
「あ、そうだ、写真撮っとくか」
ポケットから愛用の携帯カメラを取り出して振り返ったところで門の外側脇に一人の男性が立っていることに気づいた。八つの門にはそれぞれ衛士が立っているんだったっけ。とりあえずお疲れさまの意を込めて会釈しつつ、門の写真を撮ることに成功した。衛士がいぶかしげな表情をしていたのが印象的だった。携帯カメラが珍しかったのだろうか。
そのまま道に沿って歩いていくとすぐに数軒の建物が並ぶ集落の出来そこないのようなものがあった。ここが今回の目的地である。建物はしっかりとした出来だが、建ててから相当の年数が立っていることが伺えた。
「すいませーん!少々お話を伺いたいのですがー!すいませーん!誰かいませんかー?」
目を付けた一軒の家の前で呼びかけてみた。留守でなければでてくるだろう。ちなみにアポはとってない。
しばらく待つと中から人の気配、その後がたがたと音を立てながら立て付けの悪そうな戸が開いて、一人の男がでてきた。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか(ニッコリ)」
はたてちゃんスマイルをお見舞いしてみた。
「・・・」
いぶかしげな顔をされてしまった。結構ショックだ。ただの愛想笑いだからそんな「こいつだいじょうぶか?」的な表情はやめていただきたい。男はしばらく黙っていたが
「なんか仕事か?どっから来たんだ。」
と口を開いた。思いの外低い声で面食らったのと、ぼそぼそとしたしゃべり方のせいでしばらく固まってしまった。男はそれから
「親に教わんなかったのか。物見遊山のつもりならさっさと帰んな。ろくな目に遭わねえぞ」
やや恫喝めいた口調に不覚にも腰が引けてしまった。こいつ人間の割には恐ろしく荒んだ目をしてる。そこまで考えたあたりでようやく冷静になったのか、どうやら里の娘か何かと間違われているらしいことに思い当たった。今はそれほど気にする必要がないことだが、里にはいるときには翼を隠し、人間らしく振る舞うというのが妖怪の山で教えられる鉄則だ。私もそれに習ってコーディネートをしてきたのだが裏目にでたらしい。
私はその場でバサッと翼を出して見せた。
「まってまって、私はこの通り天狗よ。里の人間じゃないわ」
百聞は一見にしかず、文々。新聞は花果子念報にしかずという奴だ。男は一瞬驚いて、
「おう、それで天狗様が何のようで来た。新聞を取る金はないぞ」
といった。
「私は案山子念報という新聞を書いている姫海棠はたてというものよ。里の外にすんでいるあなた方について取材をしたいと思ってきたのだけれど」
「取材…?」
この男はいちいち言葉がぶっきらぼうで、なんだか怒られているような気分になる。早くも心がくじけそうだ。
「おもしろい話はなにもない。余所を当たれ」
「う…」
だめだだめだ、ここでくじけては取材にならない。
「お、面白いかどうかはこちらで判断しますわ」
語尾がふるえてなかっただろうか。文が取材している様子を思い出してちょっと高圧的にいってみたのだが、だめだコレ、胃に悪い。向いてない。帰りたい感がじわじわと湧いてくる中、男はしばらくうなって
「話すのは苦手だ」
といった。
それはだいたい分かる。おしゃべり好きでないのは明らかだった。むしろ「私も人と話すの苦手でー」といいかねないところ。しかしここは後一押しだ。私の気力的にも。
「それならば密着取材というのはどうでしょう?」
「……?」
「いろいろと聞かれるのが面倒ということなら、一日生活の様子を見せていただいて、仕事に同行させてもらうというのはどうでしょうか」
かなり冒険的な提案だが、男の表情はそれほど悪くない。
「もちろん取材のお礼も十分させていただきます」
切り札まで切った。あとは相手の反応次第だ。
男はしばらく黙っていた。この男の沈黙は異様に雰囲気が重いと私は思った。こちらもいい加減じれてきて、是非を問おうと思った頃に
「礼には及ばない、生活にはなにも不足していない」
といってきた。
私はしばらく言葉の意味を反芻した後、望む答えが返ってきたということを理解して歓喜した。
今日は特に仕事がないから後日にしろ、と言われたのが三日前だ。ようやくやってきた密着取材の日取りを前に、私は胃が痛くなった、というか現在進行形で痛いのだが、むしろ新聞記者なのにあがり症で対人恐怖症という私の存在自体が相当にイタいのだが、とにかく私は指定された待ち合わせ場所に急いだ。
三日前にお邪魔した建物の前に行くと、男は既に待っていた。
「お、お待たせしたかしら?」
「いや」
「そ、そう…」
何でこんなに愛想が悪いのだろうか。取材の申し込みを了承した以上、取材そのものに対して含むところは無いはずだが。まあいい、何時までもここに立っているわけにはいかない。
「入れ」
男の言葉に従って私はその建物の中に入った。その家は驚くほど質素で、失礼を承知で言うのならば極めてみすぼらしい内装であった。男は私の表情からだいたい私の思ったことを理解したようだが、特に何を言うでもなくふん、と鼻を鳴らした。胃が痛い。私がきょろきょろとしていると男は出し抜けに
「脱げ」
といった。私の聞き間違えでなければ。間違いなく、この男は私に脱げといった。
「脱げ」
私が黙っているともう一回言った。うっそ。私はただでさえ痛かった胃が、きゅうーっと縮こまるのを感じた。
そうやって私が冷や汗をかいていると、男は苛立たしげに
「その格好でついて回られては困る。これに着替えろ」
と言って布切れを渡すと、隣の部屋へ私を置いて言った。
「ちょ、ちょーびびった…」
そーならそーと最初から言ってほしい。嫌な汗をかいてしまった。そもそも天狗である私が、たかが人間の男に力づくでどうこうされるわけがない。考えるまでもないことだ。「礼はいらないといったが、あれは嘘だ。体で払ってもらう」というところまで妄想したことや、今日どんな色の下着はいてきたっけ、と慌ててしまったことは秘密だ。自分の馬鹿さ加減にあきれかえって、私は言われたとおりに着替えた。
男が持ってきた着替えは、地味な鼠色の着物だった。少しだけ大きかったが文句は言うまい。男は戻ってくると更に黒い外套を渡してきた。季節は秋口であり、それほど寒くはない。
「外に出るときはこれを着ろ」
男はそう言うなり自分も黒い外套を着て、そのまま外へ出て言った。私は慌てて外套を身にまといその後を追った。
外套はマントのようなもので、全身がすっぽりと隠れるようなサイズだった。裾が少し地面にすれていたが、男の外套もそうだったので、これで正しいのだろう。それにしてもこの外套は黒い。真っ黒で柄も何もない外套は、周囲の風景と微塵も馴染んでおらず、冗談のような異質さと葬式のような不吉さを放っていた。男は里とは反対側、田畑や牧場がある方向へ向かって歩き出していた。私は男を見失わないように、早足で追いかけた。そこまで来て靴を履き替えておらず、いつもの一本下駄ブーツのまま出てきてしまったことに気付いたが、外套で足元が完全に隠れているので気にしないことにした。
男はどこまで歩くつもりなのだろうか。男は人間にしては健脚で、大股でどんどん進んで行ってしまうのでついて行くのに苦労した。飛んでしまえば追いつくどころか追い抜くこともわけはなかったが、わざわざ私を着換えさせたことを考えて、私はそれを実行しなかった。それに、取材対象と同じ経験をすることも立派な取材である。たぶん。
暫く歩くと田んぼや畑を抜け、牛や豚の牧場が目立つようになってきた。周囲の風景からもそう判断できるし、なによりあの独特の家畜の屎尿の臭いがそれを私に確信させた。さらに五分ほど歩くと、ようやく目的地らしき場所にたどり着いた。やはりそこは牧場であった。
男は何も言わずに柵を開けて中に入った。私は一瞬躊躇してそれに続く。躊躇ったのは、恐らく彼がこの牧場の主ではないと思ったからだ。農牧業をまともに営んでいるものは里の中に住むのが普通である。里に住んでいない牧畜業者も中にはいるが、そういう連中はこの辺に牧場を持っていない。このあたりは人里に住む真っ当な人間たちの牧場であった。ことここに至って男が何者なのか一切教えてもらっていない私は、相当の緊張感を持って畜舎に向かって迷いなく歩く男の背中を追った。
男の後を追って畜舎に入ると、両脇にずらりと牛が並んでいて、もうもうと鳴いていた。牛乳を飲むし、牛肉もよく食べる私であったが、生きている牛を間近に見たのは初めてかもしれない。思ったよりでかいなとか、ちょっと可愛いかも、と思いながら興味深く見ていると誰かの声がした。
「ああ、来たか」
声のしたほうを向くと、四十代ぐらいの男性が男に向かって声をかけていた。おそらく彼がこの牧場の主なのだろう。更にその牧場主の周りには男と同じように黒い外套に身を包んだ人間が数人立っていた。彼らもあの里の外の集落の住人だろうか。彼らは私のほうをいぶかしげに見ていたが、男が何か言うと納得したように頷いた。何かしらの説明をしてくれたのだろう。ただその話の内容はよく分からなかった。かなり強い訛りか、そうでなければ別の言語だと思う。そのぐらい聞き取りにくい言葉だったのだ。
牧場主は何番と何番が、とか、昼はどこどこに、というようなことを黒い外套の男たちに話している。何かしら仕事の指示を出しているのだろう。
「ところであの子は?」
と牧場主が男に聞いた。こちらを顎で指したのでたぶん私のことを尋ねたのだろう。
「あれは見習いだ。こちらのことに口を出すな」
思ったよりもきつい口調で男が返答したので私は面食らった。どうやらそう言うことにしているらしい。他の黒い外套の人間たちにも恐らくそう言う説明をしたようだ。
「あ、ああ。そうだな。すまない」
と牧場主は謝っていた。私以上にビビっている様子であった。黒い外套の人間たちはいったい何者なのだろうか。牧場主の眼が泳ぐのを見た私は急に不安になってきた。面倒な取材相手なのかもしれないがもう遅い。私は覚悟と、それからこの取材が終わったら永遠亭に胃薬をもらいに行こうという予定を決めた。
指示が終わったようで、牧場主と黒い外套の人間たちは各々動き出した。何人かは牛のところへ行き、柵から牛を出そうとし始めた。さっき言っていた番号はどうやら牛の番号のことだろう。私は男に手招きされたので男の後についていった。外套の人間が他にも増えたので、私はこの男を心の中で取り敢えずヨシツネと呼ぶことにした。名前の由来は文が飼っていたカラスだ。私に対して無愛想なところや目つきが悪いところが文々丸よりもまえに文が飼っていたヨシツネに似ていると思った。そもそも最初に名前を聞いておくべきだったのだが。取材対象の名前を聞かないなんて、他の烏天狗に聞かれたら五年はいじられるような初歩的なミスだった。ただ今回はこのヨシツネがあんまり無愛想だったので、私はあとで聞くことにしたのである。ほんとほんと。
畜舎の奥のほうに歩いていき、つきあたりを右に曲がっていったん外に出る。暫く歩いた先には屋根つきの柵が併設された小屋があった。おそらくそれが目的地だろう。無言で歩く男に従って歩いているうちに私はふと嫌な予感がした。何故か判らないが、なんだか嫌な気持がしたのだ。残念ながら私はこの手の予感を外したことがない。小屋に到着するころには嫌な予感は大きく膨れ上がっていた。例えば決壊寸前のダムがあったとしても、反対側から見る限りそれには気付かない。しかし勘の鋭いひとはそこに嫌な感じを覚える。今の感覚はそう言う説明のつかない感覚だった。
柵はおおよそ牛一頭分のスペースだった。いや、それにしては少し狭いだろうか。四方を丸太材で囲んであり、手前の柵は開閉できるようになっていた。ヨシツネと他の外套の男は手前の柵を開いた状態にする。二人がかりで開けたところを見るに重いのだろう。奥の柵の外側には台が置いてあった。外套の男は小屋のほうへ入っていき、ヨシツネは台の位置を調整し始めた。眼を泳がせていた私に向かってヨシツネが
「そこで見てろ」
と言った。私にすることは無いらしい。というか取材なのだからそれが当り前か。しかし私は“それ”を見るよりも、何か雑用をしていたかった。自分で取材を申し込んだのにもかかわらず。
外套の男が小屋から出てきた。おそらくは小屋の中に保管してあったのだろうものをヨシツネに渡した。手にとってくるんと回したそれを目にしたとき、私の嫌な予感は爆発した。一方が、円錐状に、尖った、ハンマー。両手で持てるような長い柄が付いていて、相当の質量を持っていることが容易に想像できるそれ。その用途に私の考えが至る頃、背後からもうもうという牛の鳴き声が聞こえてきた。私はもう帰りたかった。帰って、シャワーを浴びて、布団をかぶって眠りたい。暫く眠って新しい仕事に取り掛かりたい。
おそらく先ほどの外套の男と牧場主が連れてきているであろう牛の鳴き声はなかなか近付いてこなかった。もうもう、もうもうといって、少しづつ、少しづつ牛は小屋へやってくる。もうもう、もうもう。耳を塞ぎたくなるのを必死でこらえた。たぶん、きっと、耳を塞げばよけいにその声が鳴り止まなくなることが、私には何となくわかっていた。随分時間をかけたような気がしたが、実際には数分だったのだろう。小屋の目の前まで牛は連れられてきていた。思いもよらぬ方向へ進んでしまった取材に暗澹とした気持になる。そして、暗澹とした気持になった私を、射命丸文は見下すだろうという予感がして、唇をかんだ。こんなときあの女なら「まさしく牛歩戦術ですねえ。本物は見ごたえがある」程度のことは言うだろう。それを思って、文と自分の絶望的なスケール差を思って、私は何とか顔を上げるモチベーションを汲みだすことができた。これからこの牛は屠殺される。
自分の行く末を本能的に直感しているのか、牛は柵の中へ入ることに相当の抵抗を示したが、牧場主と外套の男たちは一丸となって押し込んだ。手前の柵が重いのは牛が暴れても壊れないためだった。もうもう、もうもうと暴れる牛を柵の周りから必死に抑えつけている。私はその光景に強烈な嫌悪感を覚えると同時に、その肉を食べている自分が嫌悪感を感じることに強い歪みを感じた。振りかぶったヨシツネが、そのハンマーを打ち下ろす瞬間、私は目を瞑った。私は新聞記者として死んでしまった。もうもうという声が止んで、牛はこと切れた。
このまますべてを投げ出して帰りたいという気持ちを私は意地で捻り潰した。先ほどの説明から察するに、今日屠殺する牛は一頭だけではないはずだ。次は、次のその瞬間は必ず見届けなければならなかった。それを放棄するならば、私はこれ以上ヨシツネの取材を続けることはできない。ダブルスポイラ―として、あの憎き、憧れの女の前に二度と立つことができなくなってしまう。
外套の男たちは牛だったそれの足を縛り、小屋の中へ移動させた。小屋の中には見たことのないような様々な器具があった。天井にはフックがいくつも取り付けられており、男たちは滑車を使って牛を天井からつるした。ナイフを入れ、血を抜かれる牛だったそれを眺めながら、私は自分の感情の源泉を探っていた。妖怪である私、烏天狗である私姫海棠はたてが、たかだか家畜の屠殺で気分を悪くするということに違和感を覚えられるかもしれない。だが正直に告白しよう。私は今せりあがる嘔吐感を必死でこらえ、今にも座り込みそうになる足を精一杯突っ張っている。自分の年齢を明かすつもりはないが、少なくとも妖怪が人間と大規模な戦いをしていた時代、私はまだ生まれていなかった。私は動物から変じた怪異ではなく、正真正銘烏天狗同士の両親から生まれた烏天狗である。妖怪の山の天狗の中でも私のような天狗は全体の約一割程度であり、第二世代と呼ばれている。第二世代の天狗の多くは自分で人間を殺し、食べたことがない。もちろん荒事を一切経験したことのない天狗と言うのは少ないだろうが、大結界異変の時も吸血鬼異変の時も、妖怪の山は静観を決め込んでいたために、第二世代の天狗は戦場に立ったことがない。分かるだろうか、そうなると我々は寿命の問題から人間以上に死を身近に感じる機会がない。第二世代の天狗たちはその平和ボケを常々バカにされ、軽んじられてきた。私自身そういう経験が少なくない。しかし今私はそれを思い知った。私はまさしく世間知らずで、バカだったと。
血を抜かれ切った牛だったそれは、驚くほど手際よくバラバラに解体されていった。外套の男たちが手慣れていることは明白だった。ヨシツネは肉は牧場主が肉屋へと持って行き、皮は自分たちが持って帰って鞣す、と言っていた。
「これがあなた達の仕事なの」
と私が聞くと、ヨシツネは
「そのひとつだ」
と答えた。
午前中のうちにもう一頭の牛が屠殺された。今度こそ私はハンマーが牛の頭蓋を貫く瞬間を目に焼き付けた。しかしそこには何の達成感もなかった。体は熱い感じがするのに、手足が異様に冷たくなっていた。自分の軟弱さが笑えた。
昼になると畜舎のわきにある小屋―――屠殺小屋とは別の小屋だ―――に案内された。牧場主の奥方だと思われる中年の女性が私を含めた外套の男たちに昼食を配ってくれるらしい。それは握り飯と、あろうことか牛の時雨煮であった。私は牧場主の無神経さに腹が立ち、それを何の痛痒を感じたふうでもなく黙々と食べる外套の男たちの正気を疑った。おそらく錯覚だが、服に染みついた血の臭いを感じて、解体される牛だったそれが脳裏に浮かんだ。しかしおかしいのは私のほうだ。養鶏業者の食卓には卵が並ぶし、芋農家では芋をよく食べるだろう。牛肉の生産者が牛肉を食べないほうがおかしい。しかしそれが分かっていたからと言って食欲が湧くはずがないのは分かってもらえるだろうか。そんな風に自分が甘ったれた考えを持った瞬間にあの女のニヤついた顔が思い浮かんだ。あの女には、射命丸文にだけは軽んじられたくない。所詮第二世代なんて絶対に思われたくなかった。その思いだけが私を突き動かす。私はおにぎりを食べ終えると、時雨煮を機械的に口へと押し込み、ろくに咀嚼もしないで飲み込んだ。意地で昼食を平らげた。
午後の仕事が始まる前に小屋のトイレを借りた私は、胃の中身を全部もどした。しゃがみこんで嗚咽する私の涙は汲み取り式トイレの中へ吸い込まれていった。最低だった。私のプライドは重たいハンマーで捻り潰されていたが、現場で嘔吐して取材対象の心証を地に落とすよりはマシなはずだった。妥当な判断だったと思いたかった。
それからさらに一頭の牛を牛だったものにして、牧場での作業は終わった。
帰り路は遠かった。生き道と帰り道は同じはずであり、距離も当然同じ。寺子屋の子どもでも分かる理屈だが、今の私にはそれが疑わしかった。足に力が入らないせいなのか、帰り道は遠かったのだ。
「どうだった」
突然ヨシツネに話しかけられた。話しかけられたのはいいが、何とも言いようがなかった。
「どう、と言われても……」
それは偽らざる私の本音だった。ただただ心が摩耗するような経験だった。ある意味では取材は大成功だろう。ヨシツネは答えに窮する私を見て、同情と侮蔑が綯い交ぜになったような、不思議な顔で笑った。
里の外の集落に戻ると、ヨシツネの家の前には何やら紙が落ちていた。ヨシツネが拾い上げたどうやら手紙らしいそれを、私も横から見た。紙にはただ住所だけが書かれていた。
「それ、なんなの?」
と聞くと、ヨシツネは
「仕事だ」
と言うなり向かいの家へと歩いて行った。ガンガンガンッ、とちょっと驚くような勢いで戸を叩くと、さっきとはまた別の外套を着た人間が出てきた。今度は女だ。やはりこの外套はこの集落で生活していることを表す何からしい。ヨシツネはまたよく分からない言葉で話している。しかし今のは少し理解できた。何かを準備しておけ、と言ったようだ。女は頷くと、何処かへ歩いて行った。意味が分かったところをみると別の言葉を話しているわけではなかったようだ。一部意味が分からない単語が混ざっていたが、基本的には訛っているだけのようだ。分からなかった単語は職業用語や隠語の類だろうと推測できた。しかし少なくとも人間同士の間では、この幻想郷の中で方言の差異はなかったはずだ。住む場所が大きく離れているならともかく、塀一つ隔てただけで言葉に違いが出るものだろうか。
「今話してた言葉って……」
と私が問いかけると、ヨシツネは家のほうを顎でしゃくった。確かに立ち話もなんだと思い、私はヨシツネの家へと戻った。上がりの部分に腰かけると、どっと疲れが出た。足がプルプルしている。肉体的には私のほうがよほど頑健なはずなのに、ヨシツネのほうはピンピンしている。流石にバツが悪くて、私は姿勢をただした。
「俺の言葉は聞き取りにくかったか?」
ヨシツネはそう切り出した。
「さっきの言葉は分かりにくかったです」
と私は率直に答えることにした。色々聞いておかないと取材の意味がない。
「あれは元々この地方で話されていたことばだ」
それはちょっと意味不明瞭で、分かりにくい返答だった。
「どういうことですか?」
「この幻想郷がただの隠れ里だったころ、みんなさっきの言葉で話していたそうだ。余所で迫害されたり、戦争に負けたり、罪を犯して逃げてきたような、そういう後ろ暗いところのある卑しい人間たちがこの幻想郷の始まりだった。それからしばらくして、ある大妖怪がここにやってきた。大妖怪を頼ってたくさんの怪異もやってきた。それを退治するためにたくさんの退魔師や陰陽師もやってきた。彼らにものを売る商人がやってきた。そうやっていろんな地方から人間がやってきてここで暮らすうちに、いろんな方言が混ざり合って今幻想郷で話されていることばになっていった。まあ俺も人から聞いただけだから本当かどうかは知らない」
ヨシツネの証言は興味深いものだった。幻想郷の言語に注目したことなんて今までなかった。天狗の中にはそういうことに詳しい奴もいるかもしれないけれど、そんな話は少なくとも今まで聞かなかった。
「今では俺達しかこのことばは使っていない。だから今ではカラスことば、と呼ばれている」
「カラスことば……?」
「俺たちは人里ではカラスと呼ばれている。もっとも最近じゃあんまりそう言わなくなってきたらしいがな」
「なんでカラスなんですか?」
不思議な縁だ。烏天狗の私がカラスの取材に来るなんて。この取材を始めてからようやく、私は少し笑った。
「俺たちが着ている外套が真っ黒で、それがカラスに見えるからだって話だ」
「へえー」
ようやく記事になりそうなことが聞けてほっと一息。と思ったのだが。
「そろそろ行くぞ」
と言ってヨシツネが立ち上がってしまったので、私はまたもや慌ててその後を追わねばならなかった。
時刻は夕方頃、秋の日は何とやらと言うし、あと二時間もすれば日が落ちるだろう。今度は里の方向に向かって歩き出したヨシツネについていくと、彼が話しかけてきた。
「ちゃんと外套着てきてるか」
「はい」
「今から言うことをよく聞いておけ」
そういってヨシツネは様々な諸注意をした。
曰く、里の中に入ったら一言も口を利かないこと。曰く、道の真ん中を歩くこと。曰く、地面だけを見て、周りを見ないこと。曰く、ものに触らないこと。何のことやらさっぱりわからない。さっぱりわからないので
「それは何の決まりなんですか?」
と聞いてみたのだが、
「穢れを持ちこまないためだ。そろそろ里だぞ、黙れ」
とだけ言い、それっきりこちらを見もしなくなってしまった。私の後ろにはもう一人外套を着た男が付いてきていて、彼は背中に戸板のような長方形の板を背負っていた。彼も何も話すつもりがないらしく、俯いて黙々とついてきていた。
里の北東の門に近付くと、三日前にも見た衛士が立っていたので思わず挨拶しそうになったのだが、彼はこちらに気付いた瞬間背を向けて俯いた。私はそのあまりの異常な行動にぎょっとし、またそれに違和感を覚えた様子のないヨシツネを見て、どうやらこういうものらしいと心の準備をした。衛士の彼はこちらが通り過ぎるまで背を向け続け黙っていた。門を通り過ぎるとヨシツネは袂から拍子木のようなものを出した。カチン、カチン、とそれを打ち合わせながらヨシツネは早足で歩き出す。私は後ろの外套の男に追い越されそうになり、慌てて同じペースで歩きだした。カチン、カチン。カチン、カチン。拍子木と言うのはもう少しチョーン、チョーンと高く響く音ではなかっただろうか。カチン、カチン。ヨシツネの手元を盗み見ると、それは形こそ拍子木のようであったが、色は木材の茶色ではなく真っ白だった。ッカチン、カチン。私は全く根拠がないのに、“それが何かの骨である”ことに唐突に気付き、空っぽになったはずの胃が何かを戻そうとした。カチン、カチン。カチン、カチン。半ばパニックに陥りかけた私は、ヨシツネに言われていた言いつけを思い出し、俯いて何も考えずにあとを追いかけた。
大通りに出たことが道が開けた感じで分かった。がやがやと人が行きかう気配があったがカチン、カチンという音が近づくと皆静かになった。周囲を横目で確認すると、里の人間たちは全員、俯いたり余所を見たり、背を向けたりしていた。誰一人こちらを見ようとはしなかった。これはいったい何なのだろう。考えようとしているのに脳が全く働かず、体だけが早足で歩き続けた。カチン、カチン。大通りを歩いた距離はたかだか十メートルぐらいだろうか。すぐにまた裏路地に入るとそのまま早足に通り過ぎる。
それから十分ほど歩くとどうやら目的地に着いた。それなりに大きな屋敷の裏のようだった。周辺には一切人がおらず、勝手口が開け放たれていた。ヨシツネと戸板を背負った男は、声もかけずに慣れた様子で勝手口から屋敷へ入った。ボーっとそれを見ていた私も慌ててそれを追いかける。土間を歩いて台所を過ぎ、上がり框から屋敷に上がり込むとふすまの空いた畳部屋があった。なかに入ると部屋の真ん中に布団が敷いてあり、人が寝ているようだった。しかしそれがただ寝ているわけではないことは、顔があるべき場所にかけられた白い布のおかげで明白だった。死んでいる。戸板をなんに使うのか私ははっきり理解した。出し抜けに死体に―――遺体にというのが正しいことは分かっているが―――遭遇した私はもうほとんどものをよく考えられなかった。ヨシツネ達は答え合わせでもするように、戸板に死体を載せ、その両端を持ちあげた。私が現状を十分に理解する間もなく、二人は来た道を戻って屋敷を出ていく。
私は戸板とその上に乗ったものを運ぶ二人を足早に追いかけた。言いつけを思い出すまでもなく、私は俯いたまま、逃げるように人里の裏路地を急いだ。私は何をしているんだろう。なんだか遠い世界にいるようだった。歩きなれた人里の大通りも静かだ。今は音を出していないが、やはり里の人間たちはこちらに視線を向けないように、静かに私たちが通り過ぎるのを待った。行き道と同じ道を通っているので、おそらく戻るまでそうしているのが普通なのだろう。私の早足はどんどんペースを上げて、北東の門にたどり着くころには私は二人を追い越していた。ほとんど走るように門を飛び出すと、私は道の端にしゃがみ込んで涙があふれる顔を覆った。まるで自分という存在が、姫海棠はたてという妖怪が、この世にいないのではないかという疑念に襲われ、体の震えが止まらなかった。あんなに静かな大通りを歩いたことなんてなかった。自分が醜く、穢れた、薄汚れた存在になったように思った。私にはその考えが、ヨシツネたちカラスを侮蔑する極めて礼を欠いたものであると判断する余裕すらなかった。
「どうした、ついて来い。今日一日密着するといったはずだ」
というヨシツネの言葉で初めて私は顔を挙げた。ヨシツネと目があった。他人と言葉を交わし、視線を交わすことで、これほどの安心感を、安堵をおぼえたのは初めてだった。私は萎える両足と弱り切った心に鞭を入れ、彼らの後を追いかけた。これは密着取材だ。
私たちは暫く歩き、河原へ到着した。この川は幻想郷の水田地帯へと水を供給する重要な川だ。土手を超えると、十メートルほどのごつごつした河原に、まるでキャンプファイヤーのような木組みが作られていた。そばで作業をしているのは、ヨシツネが何か指示をしていた向かいの家の女だった。作業はちょうど終わったところだったようで、女はヨシツネ達と協力して、戸板の遺体を木組みの中央に寝かせた。彼らは遺体を、ここで火葬する気だ。はたしてこんな粗末な木組みで人間一人をしっかりと荼毘に付すほどの火が起こせるのだろうか。私がそのような思案をしていると、彼らはその遺体の上にも木を組あげていった。構造が完成すると、女が木組みの前に立ち、何かを唱え始めた。内容は聞き取れなかったが、しばらく見ていると木組みが突然発火し、またたく間にすさまじい勢いで燃え盛り始めた。何か魔術のようなものを使ったようだ。これだけの火を起こせるのなら、人を火葬するのも容易かろう。河原でなければ火事になりそうだ。成り行きを見守っていると、彼らは木組みを囲んで黙祷し始めた。慌てて私も近寄って、同様に黙祷する。そうしなければならないと思ったからだ。今日は密着取材だ。今日だけは私もカラスだ。烏天狗ではなく、彼らと同じに。
暫く黙祷すると、彼らは火のそばを離れた。作業が終了したらしい。河原に座るヨシツネに近寄って、その隣に座った。
「驚いたか?」
とヨシツネが聞いてきた。私は今日会った様々なことを思い出しながら
「はい」
と頷いた。
「まあ、そうだろうな。里の人間も、里に近い古参の妖怪も、俺達カラスの存在を知ってはいるが、俺達カラスと同じことをした奴はお前が初めてだろう」
ヨシツネは正面の川を眺めたままでそう言った。そりゃあそうだろう。事前に調べておけば私だって密着取材しようなんて思わなかったはずだ。初の密着取材になったのは、私が幻想郷始まって以来の大バカだったからだ。
「そこまで自分を卑下するものじゃない。俺達カラスを本当に知っている奴はいない。みんなそれぞれ知ったつもりなだけだ。でもあんたはそうじゃなかった」
私は今回の密着取材にあたって、事前の聞き込みなどを全くやらなかった。取材対象について事前に情報を仕入れると、その情報によってバイアスがかかってしまい、相手の本質を見抜けなくなるから、だ。まあ正直に告白してしまうとこれは私の持論ではなく、射命丸文のモットーをそのまま拝借しているだけだ。それに文はそうは言いながらも、取材にあたっての下準備を欠かしたことはなかったはずだ。一方私は字面だけ真似してこのありさまだ。
「俺達カラスは死と穢れに関することを代々生業にしている民だ。ずっと昔からカラスは里の外で暮らしてきた。里の生活から死にまつわる穢れを排除することで、妖魔の災禍が里の中へ侵入することを防いでいるんだ。排除されたそれを請け負っているのが俺たちなんだよ」
「でも、それではあなたたちばかりが貧乏くじです!こんなのはおかしい!前時代的です!!」
知らず私は力が入ってしまう。たった一日彼らの足を引っ張っただけの部外者が。こんな薄っぺらい同情は彼らに迷惑だろうか。
「あんたは妖怪なのに新しい考えの持ち主なんだな。でも俺たちはそれを押しつけられたんじゃない。任されたんだと思ってる。それを貧乏くじだと思ったことはない」
「そんな、そんなはずありません」
「俺達カラスは確かに里の人間に怯えられている、遠ざけられ、軽蔑され、蔑まれている。俺達がカラスって呼ばれてるのは黒い外套を着てるからだって昼に言ったな。あれは嘘だ。本当は死体をいじくる連中って意味でカラスって呼ばれてるんだ。まあ烏天狗のあんたらには失礼な話だけどな」
なんてことだろうか。彼らは明確に差別されている。職業によって、そしてひょっとすると言葉によっても。おんなじカラスで奇遇だなんて思って笑っていた昼の自分をブン殴りたい衝動に駆られた。
「でもあんたはまだそっちしか見ていない。怯えられ、遠ざけられ、軽蔑され、蔑まれているだけじゃない。里の人間はカラスのことを侮蔑しながら、一方で感謝をし、畏怖し、尊敬もしている。カラスが里にとって必要不可欠な汚れ役だってきちんと分かってもいるんだ」
「そんな……」
「俺達カラスがどうやって生きてるか知ってるか?俺たちは今日のように家畜を屠殺したり、皮製品を加工したり、こうやって遺体を火葬したり、墓を掘ったり、産婆をするやつもいる。でもその報酬はもらわない。必要がないんだ。俺達カラスの里には定期的に、食料や酒、日用品がたくさん届く。里の人間が届けてくれる。何も仕事がない期間にもそれは届く。不作が続いて食料が不足している時でもカラスの里への供給が滞ったことは過去に一度もない」
私は黙ってヨシツネの言葉を聞いていた。それを聞いて何だじゃあいいじゃないかとはやはり思えなかった。しかし一方で彼らが誇りを持って働いていることは間違いなく、またそれに対する正当な報酬が支払われていることもまた事実であるようだった。それゆえに私は余計に分からなくなる。
「カラスは里の外の民だから里の掟を守らなくてもいい。それに田畑の農産物を勝手に取って食べても誰もとがめようとはしない。まあそんなことはあまりしないがな。それにこういう役得もある」
ヨシツネはやはり川のほうを向いたまま話している。ふと私が彼の視線の先へと目を向けると、川の奥に人影が見えた気がした。一瞬見間違えかと思ったが、間違いなく川の中から人影が近づいてくる。ざぶざぶという水音が聞こえたことで幽霊ではないらしいとホッとしていると、人影は河原へと上がってこちらへ近づいてきた。
「…鍵山…雛?」
「そう、雛様だ」
人影は流し雛から変じた妖怪の山の秘神、厄神の鍵山雛であった。
「カムリ、モイ、ルテイ、元気にしていましたか?」
雛が近づいてくると、ヨシツネと残りの二人は彼女の前に平伏した。どうやらそれが三人の名前らしい。ヨシツネの本名はカムリ、木組みをしていた女がモイ、戸板を担いでいたのがルテイというようだ。
「はい、皆変わりなく過ごしています」
「そう、よかった。カラスの里のみんなにも、厄がたまったら早めにここに来るように言っておきなさいね」
「はい、ありがとうございます」
三人と鍵山雛は、もちろん神と人と言う線は引かれているが、とても親しい様子だった。
「カムリ、かなり厄がたまっていますよ」
「すいません、今日はたまたま仕事が重なりまして」
ヨシツネ改めカムリは恐縮した様子だ。今日は確かに牧場の手伝いだけの予定の後に、火葬の仕事が急遽入ってしまったからだろう。カラス達は職業柄体に厄をため込みやすく、本来は近付いてはならない厄神雛と特別の関係を持っているようだ。美しい女神であると言われながらも近付いてはならぬということで、実際に雛を見たことのある里の人間は少ない。カムリのいった役得とはそういうことだろう。鍵山雛は美しく舞いながらカムリの厄をその身に引き受けた。
「あら、あなたははじめましてね。いえ、何処かで会ったことがあるような」
こちらに気付いた雛は私をカラスの新入りだと思ったようだ。
「あ、いえ、私はヨシツ…じゃない、カムリさんに密着取材を敢行している烏天狗の姫海棠はたてです」
「あーあ。はたてさんね、山の集会で何度かお会いしましたね」
「ええ」
「大変な取材になっているみたいだけれど、どう?」
「どう、と言われましても……」
答えにくい質問だ。私も取材の時には答えやすい、具体的な質問をしようと心に決めた。
「まあ、なんというか。行き当たりばったりで大変なことしちゃった、というのが正直な感想です。自分の見識の狭さも思い知りましたし、幻想郷に対する見方も変わりました」
それが私の率直な感想だった。もう面白い記事になるかどうかとか、どうでもよかった。そう思った。
「記事にできるかどうかは難しいでしょうけど、でも貴女は貴重な経験をしたと思いますよ。これからもがんばってくださいね。花果子念報、いつも読んでますよ」
「え”っ」
驚くべき一言を残すと、鍵山雛はまた川の向こうへ帰っていった。読んでくれてたんだ。ちょーうれしい。
「ま、こんな具合だ。俺達カラスは信念を持って働いてる。その点について里の人間たちとなんら違いない。それを自分たちが分かっていれば何の問題もないんだ」
カムリは雛を見送りながらそう言った。その顔は実に晴れやかで、私はとっさに写真に収めた。この件を差別問題だと軽々に断じたのは間違っていたかもしれない。もちろんこれが本当に正しいやり方なのか、なお疑問の余地は残っている。ただ、私は穢れの概念について詳しくないが、少なくとも厄という存在を確認できる要素において、彼らの仕事が負担の大きいものであることは間違いない。彼らの生業について、純粋な職業偏見によって不当な扱いがなされているとは言えないのかもしれない。私はそのように思った。やっぱり変だという思いは、まだあったけれど。
気付けばかなりの時間がたっていた。木組みは完全に燃え尽き、焼け跡が冷めるのを待ってから私たちは遺骨を砕いて壺に納めた。モイが持ってきていた骨壷を最初に見たときは、果たしてこんな小さな容器に人一人の骨が全部収まるのだろうかと疑ったものだが、彼らの手際でピタリと収まったのを見たときには感動した。やはり彼らはプロフェッショナルである。モイとルテイが河原の掃除をする中、カムリが骨壷を届けるのに私は同行した。密着取材だからである。もう覚悟は決まっている。
カムリは人里まで戻ると塀の中には入らず、北東の門から塀沿いに反時計回りに移動していった。里の外周を八分の一周ほどしたところに目的地はあった。里に外接する寺院、命蓮寺である。骨壷は家ではなく、葬式を行う寺へと直接持って行く手はずになっているそうだ。命蓮寺には既に遺族が詰めており、今日はそのまま通夜だという。既に丑三つ時の命蓮寺の裏手に回ると、カムリは裏口を四度ゆっくりと叩いた。しばらくすると裏口が開き、雲居一輪が顔を出した。彼女は何も言わずとも察したようで
「ご苦労様です」
と手を合わせ、骨壷を受け取った。それでしまいかと思って帰ろうとしたが、一輪は骨壷を奥へ預けると急須のようなものを持って戻ってきた。小さな皿をカムリに渡し、私にも一枚渡した。そのとき彼女は私の顔を見てアレっという顔を一瞬したが、詮索しないことに決めたらしく、それきり何も言わなかった。渡された小皿は素焼きのようで、一輪はそれに少量づつ、急須の中身を注いだ。カムリがそれを飲んだのを見て私も恐る恐るそれを飲んだ。……お酒だ。
寺で酒を出していいのかなと思ったところで突然カムリが空になった皿を石畳に叩きつけてパリンと割った。驚いて固まる私にカムリは、目でお前もやれと促す。一輪も驚いていない様子なので、それが正解らしい。私もおっかなびっくり地面に皿を叩きつけた。パリンッ。皿が割れる音と同時に、なんだか胃の痛みが引くような、例えにくい爽快感を感じた。
「ご苦労様でした。お気をつけて」
と一輪は今一度手を合わせ、戸を閉めた。カムリのほうを見ると
「これで今日の仕事自体は終わりなんだが……、実はもう一つ行くところがある。密着取材ってことだがどうする?」
と訪ねてきた。正直もう終わったと思ってほっとする部分もあったのだが、まだ一日は立っていない。取材をするなら最後までやるべきだと思った。文もそうするだろうか、いや、文は関係ない。これは私の取材だ。
「モチロン付き合いますよ、密着取材ですから」
「そうか」
カムリはそのまま里の外に向けて歩き出した。
道程は長いそうなので、私は歩きながらさっきのことを聞くことにした。
「さっきのパリンってやつ、何だったんですか?」
「あれか、あれはケガレバライっていう一種の儀式だ。小皿に注いだ酒を飲んで体内から穢れを追い出して、皿を割る音で脅かして遠ざけるそうだ」
なんだそりゃ、パリンで逃げるほど小心者なのかしら。穢れが少しかわいく思えて不思議だ。
「寺とか神社とかそういう区分がハッキリしない頃からこの辺にあった風習だそうだ。だから幻想郷じゃ寺でもケガレバライに使う酒は用意してある」
なるほど。ひょっとするとそれを準備する名目で一輪も一杯やってるかもな、なんてことを考えつつ。そう言えば皿が素焼きだったのは割るのにもったいないからなんだなと、妙な所に感心してしまった。
ちょっとそこまで、ぐらいのつもりだったが、カムリと私はそれから二時間ほど歩いた。二時間て。カムリの足腰の頑健さには驚かされる。それに人間のくせに夜目も効くようだ。里を離れて生活する人間はだんだん仙人らしくなるというから、カラスの里も仙人の集まりみたいなものかもしれない。私のほうはこれでも烏天狗だからこれぐらいの行軍は何でもない。昼に疲れ切っていたのは精神的に疲弊していたせいであり、本来妖怪が身体能力で人間に負けるはずがないのだ。要するに今の私は精神的に安定していて、今さら何が出たって驚くものかという気分だ。いや気分だった。さっきまで。妖怪の山の反対側に向かって一直線、雑木林を抜け、今はゆるい勾配を登り続けている。私の懸念が分かるだろうか。この方角で向かう先は無名の丘ぐらいしか思い浮かばない。胃がきゅんきゅんしている。ときめいているわけではない。木々が開けて丘に出た。鈴蘭の季節は春先だっただろうか、今は花が咲いていないが、丘一面が鈴蘭で埋まっているのがそれでもよく分かった。季節が合えばさぞや美しいことだろう。恐ろしい花には違いないが、それでも美しかろう。
「ここまで連れてくる気はなかった、しかしこんな機会はそうないだろう。誰かに話してしまいたくもあった」
丘を歩きながらカムリは話し始めた。
「カラスは時間があれば毎日でも無名の丘を訪れる。可能なら夜明け前に。今みたいに」
空には雲ひとつなく、星が瞬いている。丘の向こう側に向かって月が沈もうとしている、夜明けが近いのだろうか。随分歩いたらしい。
「どうして夜明け前だかわかるか?」
「え……?」
突然の質問に戸惑ってしまう。そんなの分かりっこない。しかし分かりっこないという答えをはじき出す頭の片隅で、何かが、昔阿求や文に聞いた無名の丘のエピソードがなにかを気付かせようとしている。そして私はその事実を本能的に気付きたくないと感じていた。
「子どもを捨てるなら、夜中なんだ」
「……どういう…ことですか?」
「親が近所にばれないように里を抜け出して、気付かれないように里に戻るには、ここに夜中にくるしかない」
カムリが言いたいことがよく分からない。だって、
「無名の丘で間引きが行われていたのは、昔の話だ!そうでしょう?」
そうだ、無名の丘はかつて間引きの現場だった。置き去りにされた赤子は、鈴蘭の毒で死に至る。名前もつけられる前に間引かれた子どもが眠る丘、だから無名の丘。そんなこと誰でも知ってる。でもそれは、かつての……
「今もだ。今もなんだ。はたて。今もだ」
カムリの言葉が耳に入ってこない。これ以上私の幻想郷を壊さないで。
「無名の丘の話は有名だ。誰でも知ってる。だから、いまでも“いては困る子ども”を持った親の中には、ふと無名の丘を思い出す者たちが……」
「そんなはずない!無名の丘に子どもが捨てられたなんて話、ここ何十年も聞いてない!」
「もちろん。…もちろん食糧難が続いたときのように、たくさんの子どもが間引かれるなんてことはもう起こっていない。でも、それでも年に一人や二人は、今でも、無名の丘に棄てられている」
「嘘よ……」
「嘘じゃない!俺がそうだ!!」
カムリは泣いていた。ひょっとすると私も泣いているかもしれない。わけがわからない。だって、
「だってカムリ、貴方は生きている。間引かれてない」
「どうしてここ何十年も、無名の丘に子どもが捨てられた記録がないのか、わかるか?」
私にはもうすべてが分かった。分かってしまった。カムリがここに何をしに来たのか、私に何を話そうとしているのか。密着取材なんかするんじゃなかった。幻想郷の、この理想郷の余りによくできたシステムに吐き気がこらえきれない。こんなこと知りたくなかったのに。
「ここに子どもが捨てられると、俺達カラスが連れて帰って、育てるからだ。その子どもが新しくカラスになる。俺もそうだった。モイもルテイもここで拾われて、カラスになった。夜明け前に来たいのは、夜が明けるころにはその子は、息絶えるか、妖獣の取り分になるからだ」
カラス達がどうやって集落を維持しているのかは疑問だった。疑問は初めから持っていたはずなのに、考えないようにしていただけだ。あそこに住めるのは多く見積もっても十数人が限度だ。それに今日一日で女のカラスはモイただ一人しか見ていない。里を出て、自分からカラスになりたがる人間が出るとは考えづらいし、いたとしても集落を維持できるほど定期的に表れることはないだろう。なぜカラスは存続するのか。定期的に里からの人材提供が存在していたから。捨て子だ。
「里に入る前に行った俺の言いつけを覚えているか?」
「俯いて、視線を交わすな」
「そうだ。里では穢れを持ちこまないためだって教えている。それを守ることで里の繁栄を維持できるんだって。でもそれは触れさえしなきゃいいんだ。それで十分。視線を交わさないのは、うっかり自分と似た顔を見つけて、お互いに不幸にならないためだ。完全に損なわれてしまった親子関係を、そっとしておくための掟なんだよ」
それはあまりに悲しいシステムだ。とんだ方便だ、余りに悪辣だ。これは里のための掟じゃない、捨てられた子どもたちのための、カラスの平穏のための掟なんだ。私は里を出るまでに感じた孤独感を思い出した。あれは思い込みじゃなかった。あの無視の街道は周りがお前は孤独だと突き付けるものじゃない、自分自身が孤独だということを言い聞かせるためだったのだ。カムリが何を言いたいのか私には分からない。カムリは私よりずっと冷静で、澄んだ眼をしている。なぜ?
「実際に子どもが捨てられて、それを運良く発見できる可能性は少ない。実際にはもう少し多くの子どもが妖獣の命をつないでいるだろう。それでも俺たちはここへ来る。どうしてだと思う?」
「そうしないと、カラスの里が途絶えてしまう…から?」
「今幸せだからだよ」
「え……?」
カムリの声は驚くほど穏やかで、その表情は晴れやかだった。私には理解できない。だって彼らは捨てられているんだ。親に捨てられた、要らなくなった子どもを里の外に移動させて、忌避される仕事をさせているだけだ。この世界はそういうふうに回っている。幻想郷には人里が必要で、その人里を守るためにあらゆる手段が講じられた。里を囲む結界つきの塀もその一つで、塀の外で暮らすしか道のなかったカラス達もその一つだ。でもカムリはそうは思っていない。なぜ?
「忘れたのかはたて、言ったはずだ。俺たちは誇りを持って働いてる。誇りを持つことができるんだ。一度は捨てられた俺達が、要らないと言われた俺達が、それを与えられなかった俺達がだ。恐れられ、忌避されることなんて何でもないんだよ。だって里の人たちは、俺たちを必要としてる。必要ないものは忌避なんかせずに追放するだろう。棄てるだろう。でも里の人間はそうしない。俺達が必要で、恐れてはいても敬意を持ってくれているからだ。牧場の奥さんが作ってくれた握り飯を思い出せ、雛様の笑顔を、寺の尼さんのねぎらいを思い出せよはたて」
そう…だ、そうだ。そうだ!私は今日、牛の屠殺直後に牛肉を食わされたり、里で無視されたり、胃が痛くなったりしたけれど、でも、それでも、おいしいご飯を作ってもらった、新聞読んでるって言ってくれた、ご苦労様って、ねぎらってもらえた。私はそれを知っている。密着取材したから、それが分かるんだ。まだ納得できないことはたくさんあるけれど、カムリの、カラス達の、幸せを否定できるものを私は持ち合わせていない。
「なあ、わかるだろう。実の親に、一度はいらないと言われ、捨てられた俺たちだけど、必要としてくれているんだ。感謝される仕事ができるんだ。誇りを持つことができるんだ。嬉しいじゃないか。幸せじゃないか。だから……!」
「だからここに、無名の丘に来るんですね?」
「そうさ、誰も捨てられてなきゃあいいなと願いながら。でももしもそんな奴がいたら、親はおまえを要らないといったかもしれないけど、“そんなこと”気にするなって、そんな奴こっちが願い下げだって、俺達がおまえを必要としてるんだって、言ってやりたい。そう思ってる、そう思ってるんだ」
カムリはどうして私にそれを話してくれたのだろう。私は優秀な記者ではなかった。失礼な考えも間違った思いも持った、それを表に出しさえした。それでも私に、どうして教えてくれたのだろう。それを聞くのはあまりにも厚かましく、憚られた。彼らからはあまりに多くを学ばされた。今はまだ自分で咀嚼しきれていない部分が多いけど、これから時間をかけて、それを分かっていこう。そう思える、取材にできた。
「それはあなたのおかげです。カムリさん。取材協力ありがとうございました」
「それはよかった。こちらこそありがとう。一度誰かに話したかったんだ。これ、記事にするのかい?」
カムリの質問は予想されていたものだ。だから私は用意していた答えを返す。
「今はまだ、暫く、これは記事にしません。私自身がよく分かっていないことを記事にはできません。折角取材に協力していただいたのに、形にすることができないのは心苦しいですけれど、もうちょっと温めさせて下さい」
その返答はカムリも予想していたようだった。彼は笑ってうなづくと
「構わない。じっくり考えてくれ。没にしてもいいさ。この取材は無駄にはならないと思う。俺にとっても、君にも」
私には考えるべきことがたくさんできた。もっとこの幻想郷のことを知りたい。そしてそれを幻想郷に生きるすべてのものにも知ってほしい。そして考えてほしい。既存のシステムの妥当性、カラス達の思い、幻想郷の進むべき道を。そのためにはまず私が、誰もが注目するような一流の記事を書かなくてはいけない。花果子念報をみんなに読んでもらえるような新聞にしなければならない。その為のヒントはもうこの手にあった。念写は便利だけど、それだけじゃだめだ。取材対象に近付いて、ともに経験し、共感する、そういう取材をするのだ。
「はたて、無名の丘に月が沈むよ。今日も幻想郷は幸せだった。そう思える瞬間がここにはあると思う」
「ええ、きっと、きっとそうですよね。」
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雛の登場は、読んでて喜びさえ感じたようなしっくりかん。
あと、カムイさん超良い人
試案
ようの酒
手に会った
高度成長以前(そう、高度成長以前!20世紀中盤になってもまだ!)にあった「新平民」たちの物語を、幻想郷の設定と絡めてリアルに落とし込んだお話。淡々と語られる舞台裏の事実が強烈な印象を与えます。不幸にも幻想郷は幻想が生きる場所であるがゆえ、「穢れ」や「厄」が本当に存在してしまう。そして、前近代の社会構造を残しているがゆえにそれがこのような差別の構造を生んでしまう。
幸いにして、このような部落差別の問題は、外の世界からは駆逐されている…べきはずなのです。はずなのに、どうしてまだそういう問題が残っているんでしょうね。私たちは、精肉工場でベルトコンベアで運んだ肉牛の頭にボルトをぶち込むという形で、彼らの仕事を自動化することに成功しました。なんてすばらしい!だというのに、なぜ未だに残っているのでしょう?いったいなぜ?
残念なのは100点以上入れれないってことですね。素晴らしい作品をありがとう。
擬音の使い方がいい意味で不安をあおる不気味さ
とてもよく人間が書かれていてよかったかなぁと。
妖怪は基本的には穢れをほとんど祓えないですからね。
ということはつまり、はたてがほとんど人間っぽい思考だったということになるけれど、
配置的にしょうがないかなと思います。
単純だからこそむつかしい幻想
これ、すごく気に入りました!
新しい幻想郷の見方なのかな
小中学校でこの小説でいうカラスを差別する問題について習った気がするけどその時は深く考えられませんでした。今回、この小説を読んで色々と考えさせられました。
自分の職業、人生に誇りを持つカラスが気高く格好いいです。
頭を使い糖分が欲しくなり、生唾が口の中を満たす感じ。
同じ体験を若き日の慧音がすると何を感じたか考えたくなった。
とても丁寧な作品。ご馳走様でした。
平和ボケした第二世代であることの劣等感は、今で言うゆとり世代に、或いはかつてロスジェネと呼ばれた世代の抱えていた、時代背景を理由に不当に虐げられる者の鬱憤に通ずるものがありますね。それをバネにして成長していこうとする気概もまた、この作品におけるはたての魅力だと思います。
カムリたちは、所謂穢多と呼ばれた人たちですか。忌み嫌われるが無くてはならない役目を担う人たち。絶望的な現実の中でも誇りを見出して前向きに生きようとする様は、第二世代と蔑まれながらも文に比肩しようと足掻くはたての姿と、驚くほどぴったりと重なって見えました。きっとはたてでなければカムリは無名の丘のことを話したりはしなかったでしょう。文とは違って、取材対象に心の奥まで肉薄していくはたての、新聞記者としての益々の成長に期待したい。そう思わずには居れない名作でした。
>>案山子念報
花果子念報
>>結界寸前のダム
決壊
>>幻想郷に対する見方も代わりました
変わりました
とても楽しませてもらいました。年越し前の素晴らしい一時をすごせて満足です。
宣言しておいて出遅れましたが誤字? 報告をば。
>なるほど使われていないだろうなというのが目で見て分かった。
一目で分かった、見て分かった? (違っていたらすみません)
次回作にも期待しています。
でも、彼らが本当に神様であれば言いようのない気持ちになることはなかったのでしょう。
幸か不幸か神としての役割を与えられた彼らは、必要とされている限りは幸せなのでしょう。
素晴らしい作品でした。
こういう仕事をするこういう立場の人間が当時いたという知識は知っていましたが、
幻想郷という場所でこういう風に書かれるといろいろ考えさせられます
彼らの気持ちや立場は幻想郷という特殊な場所だったからこそのものだったかもしれない、
もし幻想郷じゃなかったら彼らはもっと『かわいそう』だったかもしれない
そんな風にも考えます
とても印象深く残る作品でした
一見辛そうな環境でも、その中に幸福を見つければ良い。
少し大層な表現になってしまいますが、自分の人生に影響を与えてくれると思います、この作品は。
感謝することされることの大切が分かった気がします。
物語の構成としても、ラストへ向けての各種ネタ明かしの形も流石としか言いようがありません。
ただ、はたてが人里の外への取材を決めた経緯や噂話等が、何かしら動機がもう少しはっきりしていたら、よりズムーズに物語に入り込めたかな、とも思います。
ただ、読み始めてから一気に読了してしまいました。繰り返しとなってしまいますが、とても面白かったです。