聖夜。世間がクリスマスムードに浮かれるのを恨めしく思いながら、村紗水蜜と封獣ぬえの二人は人間の里に蕎麦を食いに繰り出していた。
僅かに雪の舞う寒空。振っては溶ける雪の痕を踏みつけ蕎麦屋の戸を開ける。
入れ違いに出て行った男性の他に店内に客は居らず、二人は寒気から逃げるように一番奥まった席に座った。熱いお茶の注がれた湯呑で手を温めながら二人は注文をする。
「かき揚げ蕎麦」
「きつねうどん」
ぬえがそう言った時村紗が相棒を少し睨んだが、ぬえはどこ吹く風でお茶を啜った。
お目当てのものは数分と待たず供された。湯気の立つ蕎麦とうどん。
割りばしを折る音を虚しく響かせ、二人は特に相図もする事なく食事を始める。
しばらくの間お互い無言で別段減ってもいない腹に蕎麦とうどんを納めていった。悴みかけていた唇に熱が戻り始めたころ合い、最初に箸を止めたのは村紗であった。
「寅丸は今晩ナズーリンのとこに行ったよ。多分帰って来ないね」
「そうかい」
ぬえは短く返し柱に掛けられたカレンダーに目をやってから油揚げを汁にたっぷりと浸した。然る後に箸で摘まみあげ、汁の滴るあげへと息を吹きかける。その間も村紗は喋り続ける。
「そのせいで聖はご機嫌斜め。『俗世を捨てきれてないのです』だって」
「似てる」
村紗の白蓮真似にニヤリとしてからあげをハフハフと口に運ぶ。噛みちぎったあげから汁があふれ出た。
「ホイホイ浮かれる寅丸も困るけど、聖は聖で少し堅っ苦しいんだよね。ぬえはそう思わない?」
「俗物妖怪ばっかりなのにね。村紗のように」
「ぬえのようにね」
「それで、居た堪れなくなった村紗は私を蕎麦に誘ったというわけね」
「ぬえが食べてるのはうどんだけどね」
「しかしこうも考えられる。色んなのがあるからこそイイ」
言われて村紗は改めて箸を止めた。
「確かにみんながみんな寅丸みたいだったり聖みたいだったりしたら困るけどさ」
「いや、私が言ってるのは蕎麦屋の話だよ」
ぬえに訂正されて村紗は憮然とした。そして箸でかき揚げを汁の中に沈める。
少し機嫌を損ねちゃったんだろうな。と、ぬえは少しだけ反省するもうどんを啜るのを止めない。
村紗は村紗でかき揚げを何度も沈め、それの形が崩れるまで続けると再び蕎麦を啜った。
ズズズという音が店内に木霊する。二人の他には誰もいない。しばらく二人の麺を啜る音だけとなった。
「誰もいないね」
もう食事も終わり間際だというのにあたかも今気付いたように村紗が呟いた。
「クリスマスに蕎麦屋に行くのなんて村紗ぐらいなんだよ。今頃はみんなケーキを食べてるに違いない」
「生クリームが苦手な人は?」
「スポンジにあんこ塗りたぐって食べてる」
「小麦粉アレルギーな人は?」
「餅。ライスケーキって言うでしょ」
「ぬえは?」
「うどん派」
「そもそもクリスマスってなんのお祝いだっけ?」
「知らない。誰かの誕生日じゃなかったっけ?聖書を読めば出てくると思うよ」
「あれは聖が読ませてくれないの」
「じゃあわからん」
ぬえは村紗の質問に匙を投げてうどんとあげを両方掴んで纏めて口の中に。ぬえの最後の一口の儀式である。
「うどんおいしい?」
「もうないよ」
「汁だけ頂戴」
村紗はぬえのうどんの器を取り上げ、代わりに自分の蕎麦の器をぬえに渡した。
器からはもう湯気も立っていない。それでも村紗は器の縁に口を付けて汁を飲んだ。ぬえはと言うと、村紗から渡された器の底を箸でそっとかき混ぜた。村紗によって汁に沈められグチャグチャに混ざってしまったかき揚げ。その残りがフワッと浮いたかと思うとまた濁った汁の中に消えて行く。
かき揚げはサクサクの衣が残っている内がいいのに。ぬえは心の中で呟いてから村紗と同じように少し温くなった汁へと口をつける。
そういえば去年のクリスマスイブも寅丸はナズーリンの所に行って、一輪は雲山とお出かけ、白蓮はご機嫌斜めで、響子はクリスマスライブ、マミゾウは飲んだくれ、そして自分は村紗と蕎麦。一昨年もそんな感じだったと思うし多分その前もあんまり変わらないのだろうな。じゃあ来年はどうなのだろうか。そんな事を思うとぬえは無性に切ない気分になって汁を一気に飲み干した。かき揚げの残骸が舌の上を通るたびに鰹節の出汁とは違った味を見せ、それがぬえの唯一の楽しみであった。
コトンと音を立てて空の器を置いた時には村紗はもう汁を飲み終えてぬえを待っていた。
「じゃあ帰ろっか」
村紗は少しだけ満足したような表情でそう告げた。
空っぽの器の上に箸を置いて、お勘定を済ませて戸を開ける。吹き込んでくる風に二人は思わず身震いした。
「うわ、寒い」
ぬえの赤い羽根に村紗の肩が当たった。付かず離れず、ずっと同じ距離を保ったまま二人は帰路につく。家々からあふれ出る光を尻目に、ぬえはもうしばらく蕎麦でもいいかなと思い、冷える指を擦り合わせた。
薄く積もった雪が僅かに二人の足跡を残していた。
僅かに雪の舞う寒空。振っては溶ける雪の痕を踏みつけ蕎麦屋の戸を開ける。
入れ違いに出て行った男性の他に店内に客は居らず、二人は寒気から逃げるように一番奥まった席に座った。熱いお茶の注がれた湯呑で手を温めながら二人は注文をする。
「かき揚げ蕎麦」
「きつねうどん」
ぬえがそう言った時村紗が相棒を少し睨んだが、ぬえはどこ吹く風でお茶を啜った。
お目当てのものは数分と待たず供された。湯気の立つ蕎麦とうどん。
割りばしを折る音を虚しく響かせ、二人は特に相図もする事なく食事を始める。
しばらくの間お互い無言で別段減ってもいない腹に蕎麦とうどんを納めていった。悴みかけていた唇に熱が戻り始めたころ合い、最初に箸を止めたのは村紗であった。
「寅丸は今晩ナズーリンのとこに行ったよ。多分帰って来ないね」
「そうかい」
ぬえは短く返し柱に掛けられたカレンダーに目をやってから油揚げを汁にたっぷりと浸した。然る後に箸で摘まみあげ、汁の滴るあげへと息を吹きかける。その間も村紗は喋り続ける。
「そのせいで聖はご機嫌斜め。『俗世を捨てきれてないのです』だって」
「似てる」
村紗の白蓮真似にニヤリとしてからあげをハフハフと口に運ぶ。噛みちぎったあげから汁があふれ出た。
「ホイホイ浮かれる寅丸も困るけど、聖は聖で少し堅っ苦しいんだよね。ぬえはそう思わない?」
「俗物妖怪ばっかりなのにね。村紗のように」
「ぬえのようにね」
「それで、居た堪れなくなった村紗は私を蕎麦に誘ったというわけね」
「ぬえが食べてるのはうどんだけどね」
「しかしこうも考えられる。色んなのがあるからこそイイ」
言われて村紗は改めて箸を止めた。
「確かにみんながみんな寅丸みたいだったり聖みたいだったりしたら困るけどさ」
「いや、私が言ってるのは蕎麦屋の話だよ」
ぬえに訂正されて村紗は憮然とした。そして箸でかき揚げを汁の中に沈める。
少し機嫌を損ねちゃったんだろうな。と、ぬえは少しだけ反省するもうどんを啜るのを止めない。
村紗は村紗でかき揚げを何度も沈め、それの形が崩れるまで続けると再び蕎麦を啜った。
ズズズという音が店内に木霊する。二人の他には誰もいない。しばらく二人の麺を啜る音だけとなった。
「誰もいないね」
もう食事も終わり間際だというのにあたかも今気付いたように村紗が呟いた。
「クリスマスに蕎麦屋に行くのなんて村紗ぐらいなんだよ。今頃はみんなケーキを食べてるに違いない」
「生クリームが苦手な人は?」
「スポンジにあんこ塗りたぐって食べてる」
「小麦粉アレルギーな人は?」
「餅。ライスケーキって言うでしょ」
「ぬえは?」
「うどん派」
「そもそもクリスマスってなんのお祝いだっけ?」
「知らない。誰かの誕生日じゃなかったっけ?聖書を読めば出てくると思うよ」
「あれは聖が読ませてくれないの」
「じゃあわからん」
ぬえは村紗の質問に匙を投げてうどんとあげを両方掴んで纏めて口の中に。ぬえの最後の一口の儀式である。
「うどんおいしい?」
「もうないよ」
「汁だけ頂戴」
村紗はぬえのうどんの器を取り上げ、代わりに自分の蕎麦の器をぬえに渡した。
器からはもう湯気も立っていない。それでも村紗は器の縁に口を付けて汁を飲んだ。ぬえはと言うと、村紗から渡された器の底を箸でそっとかき混ぜた。村紗によって汁に沈められグチャグチャに混ざってしまったかき揚げ。その残りがフワッと浮いたかと思うとまた濁った汁の中に消えて行く。
かき揚げはサクサクの衣が残っている内がいいのに。ぬえは心の中で呟いてから村紗と同じように少し温くなった汁へと口をつける。
そういえば去年のクリスマスイブも寅丸はナズーリンの所に行って、一輪は雲山とお出かけ、白蓮はご機嫌斜めで、響子はクリスマスライブ、マミゾウは飲んだくれ、そして自分は村紗と蕎麦。一昨年もそんな感じだったと思うし多分その前もあんまり変わらないのだろうな。じゃあ来年はどうなのだろうか。そんな事を思うとぬえは無性に切ない気分になって汁を一気に飲み干した。かき揚げの残骸が舌の上を通るたびに鰹節の出汁とは違った味を見せ、それがぬえの唯一の楽しみであった。
コトンと音を立てて空の器を置いた時には村紗はもう汁を飲み終えてぬえを待っていた。
「じゃあ帰ろっか」
村紗は少しだけ満足したような表情でそう告げた。
空っぽの器の上に箸を置いて、お勘定を済ませて戸を開ける。吹き込んでくる風に二人は思わず身震いした。
「うわ、寒い」
ぬえの赤い羽根に村紗の肩が当たった。付かず離れず、ずっと同じ距離を保ったまま二人は帰路につく。家々からあふれ出る光を尻目に、ぬえはもうしばらく蕎麦でもいいかなと思い、冷える指を擦り合わせた。
薄く積もった雪が僅かに二人の足跡を残していた。
ぬえ 「じゃ結婚しようか」
これはあれだ。本人達にとってあまりに日常過ぎて無自覚なだけで既に夫婦ってやつだ。
用例として間違っているかもしれませんが、これは内縁関係というものではないでしょうか?
ありがとうございました!