早く大人になりたい。
遥か昔そう思った。
そして現在も進行形でそう思う。
でも、それは今や叶わぬ夢。
そもそも大人の定義ってなんなのかしら?
私を子供とするなら、彼女は大人。……だと思う。
では、彼女と私の違いは?
生きてきた年数?でもそれでは永遠に彼女に追い付く事はできない。
後は知識の量。これも彼女相手では永遠に無理。それから経験。
これは何とかなるかな。でも、一体何の経験の差を比べればいいのか。
考えても仕方がない。
やっぱり実力行使あるのみ。
永琳の肩にもたれ掛り、まどろみに委ねていた思考を現実へと引き戻す。
今は夜。部屋には二人きり。明るすぎない蝋燭の灯。
シチュエーションとしては十分。
「ねぇ、永琳」
出来るだけ甘えるように名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
優しい永琳は顔だけ私に向けてくれる。
二人の距離は十センチほど。
ゆっくりと顔を近づける。
永琳の唇に自分の唇が近づくのが分かる。
後少し。三センチほどの所で目を閉じた。
後は唇が重なるだけ。
だけど唇が重なる事はない。
それよりも先に私のおでこに永琳のおでこがコツンとぶつかった。
「眠いならもう寝ましょうか?」
優しく私を抱き抱えると、お布団へと運ばれる。
布団は一組。でも、通常の布団の三倍はある特注品。
だから私と永琳のどちらかが寝相が最悪に悪くても、布団からはみ出る事はない。
二人とも寝相はいいけれど。
抱き抱えた私を降ろすと、永琳は蝋燭の灯を消す。
そして私を抱きしめるように、眠ってしまう。
永琳の寝息を聞きながら、心の中で溜息を吐いた。
地上で暮らし始めて千年以上が経つ。
それは私と永琳が恋人になった年数でもある。
それだけの年月をただの人間が過ごしたなら、倦怠期やマンネリどころでは済まないだろう。
だけど幸い私も永琳も月の民だった為に、そう言った事に関する思想が違う。地上の民になったとしてもそれは変わらない。
それでも、私は思う。
確かに大切されているのは分かる。
きっと他の恋人達よりも、手間も愛情も掛けてもらっているに違いない。
だからこそ時々考えてしまうのだ。
本当は私でなくてもいいのではないか、と。
そんな事を考えてしまう自分が嫌になる事も何度目だろうか。
だって私の考えている事は、永琳の気持ちを疑っている事に他ならないのだから。
眠る永琳の手を握り、目を瞑った。
翌日起きると、既に永琳の姿は布団から消えていた。
毎朝の事だがご苦労な事だ。
そんなに薬作りは楽しいのだろうか?
永遠亭は私と永琳、ウドンゲとてゐの四人が食べていくだけなら十分の貯えがある。
永琳がそこまで働く必要はない。
まぁ、無限にある物でないから仕方がないか。
「おはようございます。もう少しで朝食の準備が出来ますので」
居間に行けば、イナバが忙しそうに台所と居間を往復している。
「永琳は?」
「師匠は里に。朝一番で来て欲しいと来客がありまして」
「そう」
朝からご苦労な事だ。
「イナバ、朝食はいいわ」
「え?でも」
「妹紅の所に行くから」
イナバの返事も聞かずに飛んでいく。
少し早いが健康マニアを自称しているから、起きているだろう。
「……」
うん。私が間違っていた。こいつが一人で寝ているとは限らないことを失念していた。
「それにしても」
なんとも無防備な寝顔か。二人とも。
「でも、相談相手としては一番身近な人物よね」
隙間妖怪とか亡霊のお嬢様には、こんな事相談したらからかわれそうだし。
「とりあえず、一度外に出ようかしら」
布団を被っているが、露わになっている肩が何も着ていない可能性を示している。
「妹紅!」
少々はしたないが、これくらい大声を出さなければ起きそうにないほど気持ちよく眠っていた。
「輝夜!」
案の定飛び起きた。
まぁ、あの様子からして昨夜色々していた事は間違いないと確信していたけど。
「もう入っていいかしら?」
「ああ」
中に入ると顔を赤くしている慧音と妹紅が正座をしていた。
「おはよう慧音。妹紅も」
「ああ、おはよう。それで?どうしたんだ?こんな朝早く」
慧音は寝起きでも何時もの冷静な対応で応じてくるが
「お前な、人の迷惑も考えろよ!?」
妹紅の態度は明らかに狼狽えている。
「そうね。昨夜は随分お楽しみだったみたいだし、さぞかしお疲れだったんでしょうね。慧音、首のキスマークが隠れきれてないわよ?」
「え?あ!あれほど首には残すなと言っただろう!?どうするんだ」
「ごめ、わざとじゃないよ。慧音があんまりにも可愛かったから」
「……ばか。隠すの大変なんだぞ」
「ごめんね」
何かしら?この二人の空間。私がお邪魔虫になっているじゃない。
「それで、話をいいかしら?」
悪いけど、この二人に付き合っている気はない。ほっといたら、何か朝から始めそうだったし。
「空気読めよ」
妹紅の言葉を流して、慧音の前に正座をする。
「慧音。貴方に聞きたい事があるの」
「?なんだ?急に改まって」
慧音は私の何時もと違う態度に真剣に向き合ってくれる。
「妹紅をどうやってその気にさせているのかしら?」
※※※
昨日は慧音と熱い夜を過ごし、幸せなで穏やかな朝を迎えるはずだったのが、突然の来訪者のせいで忙しい朝へと変わった。
しかもその来訪者、朝から物凄い事を聞いてくるし。
「どうやって、その気にさせているって?えと、輝夜?」
「そのままの意味よ。あ、その気にさせなくても妹紅が勝手にその気になるのかしら?」
それじゃあ、参考にならないとか言いだす輝夜。一体何々だ。って言うか、まるで私が盛っているみたいな言い方するなよな。
「いや、そんな事はないぞ。お互い誘う事もあるからな」
真剣に答えないで、慧音。
「そう」
「なんだ?永琳と何かあったのか?」
「何もないわ」
「なら一体」
「何もないから、聞いているんじゃない」
なんだ?なんか、輝夜の話しぶりだとケンカしたとかじゃないみたいだけど。
「なら、一体どうしたんだよ?」
思わず私も会話に交じってしまった。輝夜が何時になく真剣だから。
「そうね。妹紅の視点からの意見も大事よね」
「だから一体何なんだよ?一応お前と私は宿敵同士だが、相談くらいはのるぞ」
「永琳がしてくれないの」
「してくれない?」
してくれないって……やっぱり。
「確かに私は、アリスや慧音に比べたら女性として魅力がないのは認めるけど。でも、千年以上も一緒に居て、何もないのはやっぱり不安なのよ」
そのまさかか。
「愛されているのは分かるけど。お子様扱いばかりで、本当は恋愛対象としてではないんじゃないかって」
輝夜と永琳は私と慧音以上に長い時を過ごしてきている。その長さから考えるなら、輝夜の不安も最もだろう。
「大丈夫だろ。誰がどう見てもあの薬師はお前以外眼中にないからな。何も無いってのも、あの薬師なりの愛情表現だろう」
そう。あの薬師の輝夜への愛は見ているこっちが胸焼けを起こしそうなほどだ。
だとしたら考えられるのは、大切にしすぎているってことだろ。
「でも、昨日もいい雰囲気だったのに。結局何も無かったわ」
う~ん。あの薬師、絶対手が早いと思っていたけど、意外と奥手なのか?
「だったら、いっそ実力行使に出てみたらどうだ?」
「実力行使?」
「ああ。お前からするのもアリだろ?」
あの薬師が輝夜に組み敷かれている所なんて、想像もできないけどな。
どう考えても押し倒す方だろ。
「……でも」
「やっぱ恥ずかしいか?」
まぁ、今でこそ上級者の私達だけど、それでもやっぱり恥ずかしいものだ。
「そうね。分かったわ。ありがとう」
「頑張れよ」
「ええ、それじゃあ。さっそく今夜試してみるわ」
早いなおい。色んな意味で。もうあんなに小さくなってるよ。
「慧音、今夜ちょっと出かけるわ」
「輝夜の所か?」
「うん」
やっぱ心配だしな。もし失敗したら、今度は的確なアドバイスができるようにしときたい。
「私も付き合おう」
「いいの?」
「ああ。ただ、最初の方だけだぞ」
「分かってるよ。いくら私だって人の情事を覗き見る趣味はないよ」
上手くいくのを確認したらすぐに去る。
まぁ、失敗したらしたで笑い飛ばして、薬師には慧音の方からお説教でもしてもらえばいいしね。
※※※
最近里の方で風邪が流行っているせいで、患者が絶えない。
医者は閑古鳥が鳴く位が丁度いい職だと言うのに。
疲れているのは連日の診療だけが原因ではないのだけど。
最近の輝夜は、妙に色っぽい。しかも可愛い。
輝夜の心境も理解できる。でも、それはやっぱり早い気がする。
子供扱いしている訳ではない。
大切な存在だからこそ、そう言う事は順を追ってゆっくりとやっていきたい。
私自身、心の絆を深めていきたいから。
なのに、どうしても私のお姫様は急ぎたいらしい。
「輝夜」
「もう知らない!」
迫ってくる輝夜の顔を手で拒み、ダメだと言ったら怒らせてしまった。
しかも、泣かせてしまった。
「永琳、本当は私の事なんてなんとも思ってないのよ!!」
「そんな事はないわ」
輝夜の為なら全てを投げだせる。
「だったらどうして何もしてくれないのよ!?
「それは貴方が大切だからよ」
大切だからこそ、傷つけないようにしたい。
本当は何時だって壊してしまいたいくらいの衝動に駆られている。
でも、まだまだ精神的にもお互いに成長が足りない。
未熟な精神でそんな事をすれば、きっとその関係だけに依存してしまう。
それはしたくない。
「私はもう子供じゃないわ。それとも永琳には、私はずっと子供のままなの?」
「……輝夜」
子供じゃないのは分かっている。
でも、大人じゃない。
永遠の存在の私達には大人だとか子供だとかの定義は意味を成さない。
肉体の成長が止まると言う事は、精神の成長が止まるのと同意義に近い。
それでも、千年二千年と時を重ねていけば、僅かずつでも成長できる。
だけど、輝夜は欲しいのだろう。
私の気持ちを疑っている訳ではない。
ただ、訳の分からない不安に晒されてしまう。それが怖い。
それが行為一つで治まるのならと考えてしまうのは、やっぱりまだまだ未熟な証。
しかし、そうさせてしまったのは他でもない私自身。
だったらその未熟な心を多少なりとも満たせるなら、私自身も覚悟を決めるべきなのだろう。
輝夜の体を背後からそっと抱き締める。
見た目通り小さく脆い体。力任せに抱き締めてしまえば折れてしまうかもしれない。
「愛してる」
静かに告げる。
本当は恥ずかしいから滅多には言わない。
でも、それで輝夜が安心できるなら。
その行為と共に囁ける。
輝夜を抱きしめたまま右頬に左手を添えて、少し左に向かせる。
そして柔らかなそこに軽く口づける。
「今はこれが精一杯。だめ?」
「……ううん。だめじゃない」
輝夜の手が私の首に巻きつくと、そのまま床に押し倒されてしまった。
「不安にさせてごめんなさい」
「ううん。私も我儘言ってごめんなさい」
泣き続ける輝夜の頭を撫でながら落ち着くのを待つ。
「永琳私の事好きだって言ってくれるけど、キス一つしてくれないから」
「貴方を大切にしたいの。ただそれだけ。今はまださっきのキスでも早いかもって本当は思っているくらいよ」
「うん。大丈夫よ。時々さっきみたいにしてくれるなら、もう不安になんてならないわ」
「本当に時々しかしないからね」
「うん。でも、一年に一回くらいはして欲しいかも」
「それは考慮しておくわ」
先程のキス一つで不安が拭いされるなら、いいかもしれない。
そう思った矢先
「ふざけんなー!」
声のする方に視線を向けると、怒りを露わにする藤原妹紅と、少し頬を染めた上白沢慧音が私達を見ていた。
「って言うか、ありえないだろ!?普通!!」
一体何を怒っているのか。
寧ろ怒るのは一部始終を覗かれていたのであろう私達の方なのでは?
「ほっぺにキスで満足なんてお前らは小学生、否!幼稚園児か!?今時小学生だってもう少し進んでるぞ!」
小学生って確か十二歳くらいの子供の事よね?そんな破廉恥な。
「幼稚園児だって進んでるな!」
「妹紅!なんで覗いているのよ!?」
「お前が意味深であんな相談してくるからだろう!!と言うか、ふざけんな!私の悩んだ時間を返せ~!!!」
妹紅と輝夜はケンカをしだしてしまった。
こうなってはどちらかが力尽きるまで戦うのは何時もの事か。
せっかくいい雰囲気だったのに。
「永琳」
「なにかしら?」
慧音が頬を指で掻きながら、言いにくそうな顔で告げた。
「……純愛も、ほどほどにな」
いい事だけど、と言って慧音は二人の争いの行方を観戦する。
私も慧音に倣い二人の戦いの行方を見守った。
別に純愛ってわけではないけれど。
でも、輝夜にキスをするのは、あと数千年は先な事だけは確かな気がした。
遥か昔そう思った。
そして現在も進行形でそう思う。
でも、それは今や叶わぬ夢。
そもそも大人の定義ってなんなのかしら?
私を子供とするなら、彼女は大人。……だと思う。
では、彼女と私の違いは?
生きてきた年数?でもそれでは永遠に彼女に追い付く事はできない。
後は知識の量。これも彼女相手では永遠に無理。それから経験。
これは何とかなるかな。でも、一体何の経験の差を比べればいいのか。
考えても仕方がない。
やっぱり実力行使あるのみ。
永琳の肩にもたれ掛り、まどろみに委ねていた思考を現実へと引き戻す。
今は夜。部屋には二人きり。明るすぎない蝋燭の灯。
シチュエーションとしては十分。
「ねぇ、永琳」
出来るだけ甘えるように名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
優しい永琳は顔だけ私に向けてくれる。
二人の距離は十センチほど。
ゆっくりと顔を近づける。
永琳の唇に自分の唇が近づくのが分かる。
後少し。三センチほどの所で目を閉じた。
後は唇が重なるだけ。
だけど唇が重なる事はない。
それよりも先に私のおでこに永琳のおでこがコツンとぶつかった。
「眠いならもう寝ましょうか?」
優しく私を抱き抱えると、お布団へと運ばれる。
布団は一組。でも、通常の布団の三倍はある特注品。
だから私と永琳のどちらかが寝相が最悪に悪くても、布団からはみ出る事はない。
二人とも寝相はいいけれど。
抱き抱えた私を降ろすと、永琳は蝋燭の灯を消す。
そして私を抱きしめるように、眠ってしまう。
永琳の寝息を聞きながら、心の中で溜息を吐いた。
地上で暮らし始めて千年以上が経つ。
それは私と永琳が恋人になった年数でもある。
それだけの年月をただの人間が過ごしたなら、倦怠期やマンネリどころでは済まないだろう。
だけど幸い私も永琳も月の民だった為に、そう言った事に関する思想が違う。地上の民になったとしてもそれは変わらない。
それでも、私は思う。
確かに大切されているのは分かる。
きっと他の恋人達よりも、手間も愛情も掛けてもらっているに違いない。
だからこそ時々考えてしまうのだ。
本当は私でなくてもいいのではないか、と。
そんな事を考えてしまう自分が嫌になる事も何度目だろうか。
だって私の考えている事は、永琳の気持ちを疑っている事に他ならないのだから。
眠る永琳の手を握り、目を瞑った。
翌日起きると、既に永琳の姿は布団から消えていた。
毎朝の事だがご苦労な事だ。
そんなに薬作りは楽しいのだろうか?
永遠亭は私と永琳、ウドンゲとてゐの四人が食べていくだけなら十分の貯えがある。
永琳がそこまで働く必要はない。
まぁ、無限にある物でないから仕方がないか。
「おはようございます。もう少しで朝食の準備が出来ますので」
居間に行けば、イナバが忙しそうに台所と居間を往復している。
「永琳は?」
「師匠は里に。朝一番で来て欲しいと来客がありまして」
「そう」
朝からご苦労な事だ。
「イナバ、朝食はいいわ」
「え?でも」
「妹紅の所に行くから」
イナバの返事も聞かずに飛んでいく。
少し早いが健康マニアを自称しているから、起きているだろう。
「……」
うん。私が間違っていた。こいつが一人で寝ているとは限らないことを失念していた。
「それにしても」
なんとも無防備な寝顔か。二人とも。
「でも、相談相手としては一番身近な人物よね」
隙間妖怪とか亡霊のお嬢様には、こんな事相談したらからかわれそうだし。
「とりあえず、一度外に出ようかしら」
布団を被っているが、露わになっている肩が何も着ていない可能性を示している。
「妹紅!」
少々はしたないが、これくらい大声を出さなければ起きそうにないほど気持ちよく眠っていた。
「輝夜!」
案の定飛び起きた。
まぁ、あの様子からして昨夜色々していた事は間違いないと確信していたけど。
「もう入っていいかしら?」
「ああ」
中に入ると顔を赤くしている慧音と妹紅が正座をしていた。
「おはよう慧音。妹紅も」
「ああ、おはよう。それで?どうしたんだ?こんな朝早く」
慧音は寝起きでも何時もの冷静な対応で応じてくるが
「お前な、人の迷惑も考えろよ!?」
妹紅の態度は明らかに狼狽えている。
「そうね。昨夜は随分お楽しみだったみたいだし、さぞかしお疲れだったんでしょうね。慧音、首のキスマークが隠れきれてないわよ?」
「え?あ!あれほど首には残すなと言っただろう!?どうするんだ」
「ごめ、わざとじゃないよ。慧音があんまりにも可愛かったから」
「……ばか。隠すの大変なんだぞ」
「ごめんね」
何かしら?この二人の空間。私がお邪魔虫になっているじゃない。
「それで、話をいいかしら?」
悪いけど、この二人に付き合っている気はない。ほっといたら、何か朝から始めそうだったし。
「空気読めよ」
妹紅の言葉を流して、慧音の前に正座をする。
「慧音。貴方に聞きたい事があるの」
「?なんだ?急に改まって」
慧音は私の何時もと違う態度に真剣に向き合ってくれる。
「妹紅をどうやってその気にさせているのかしら?」
※※※
昨日は慧音と熱い夜を過ごし、幸せなで穏やかな朝を迎えるはずだったのが、突然の来訪者のせいで忙しい朝へと変わった。
しかもその来訪者、朝から物凄い事を聞いてくるし。
「どうやって、その気にさせているって?えと、輝夜?」
「そのままの意味よ。あ、その気にさせなくても妹紅が勝手にその気になるのかしら?」
それじゃあ、参考にならないとか言いだす輝夜。一体何々だ。って言うか、まるで私が盛っているみたいな言い方するなよな。
「いや、そんな事はないぞ。お互い誘う事もあるからな」
真剣に答えないで、慧音。
「そう」
「なんだ?永琳と何かあったのか?」
「何もないわ」
「なら一体」
「何もないから、聞いているんじゃない」
なんだ?なんか、輝夜の話しぶりだとケンカしたとかじゃないみたいだけど。
「なら、一体どうしたんだよ?」
思わず私も会話に交じってしまった。輝夜が何時になく真剣だから。
「そうね。妹紅の視点からの意見も大事よね」
「だから一体何なんだよ?一応お前と私は宿敵同士だが、相談くらいはのるぞ」
「永琳がしてくれないの」
「してくれない?」
してくれないって……やっぱり。
「確かに私は、アリスや慧音に比べたら女性として魅力がないのは認めるけど。でも、千年以上も一緒に居て、何もないのはやっぱり不安なのよ」
そのまさかか。
「愛されているのは分かるけど。お子様扱いばかりで、本当は恋愛対象としてではないんじゃないかって」
輝夜と永琳は私と慧音以上に長い時を過ごしてきている。その長さから考えるなら、輝夜の不安も最もだろう。
「大丈夫だろ。誰がどう見てもあの薬師はお前以外眼中にないからな。何も無いってのも、あの薬師なりの愛情表現だろう」
そう。あの薬師の輝夜への愛は見ているこっちが胸焼けを起こしそうなほどだ。
だとしたら考えられるのは、大切にしすぎているってことだろ。
「でも、昨日もいい雰囲気だったのに。結局何も無かったわ」
う~ん。あの薬師、絶対手が早いと思っていたけど、意外と奥手なのか?
「だったら、いっそ実力行使に出てみたらどうだ?」
「実力行使?」
「ああ。お前からするのもアリだろ?」
あの薬師が輝夜に組み敷かれている所なんて、想像もできないけどな。
どう考えても押し倒す方だろ。
「……でも」
「やっぱ恥ずかしいか?」
まぁ、今でこそ上級者の私達だけど、それでもやっぱり恥ずかしいものだ。
「そうね。分かったわ。ありがとう」
「頑張れよ」
「ええ、それじゃあ。さっそく今夜試してみるわ」
早いなおい。色んな意味で。もうあんなに小さくなってるよ。
「慧音、今夜ちょっと出かけるわ」
「輝夜の所か?」
「うん」
やっぱ心配だしな。もし失敗したら、今度は的確なアドバイスができるようにしときたい。
「私も付き合おう」
「いいの?」
「ああ。ただ、最初の方だけだぞ」
「分かってるよ。いくら私だって人の情事を覗き見る趣味はないよ」
上手くいくのを確認したらすぐに去る。
まぁ、失敗したらしたで笑い飛ばして、薬師には慧音の方からお説教でもしてもらえばいいしね。
※※※
最近里の方で風邪が流行っているせいで、患者が絶えない。
医者は閑古鳥が鳴く位が丁度いい職だと言うのに。
疲れているのは連日の診療だけが原因ではないのだけど。
最近の輝夜は、妙に色っぽい。しかも可愛い。
輝夜の心境も理解できる。でも、それはやっぱり早い気がする。
子供扱いしている訳ではない。
大切な存在だからこそ、そう言う事は順を追ってゆっくりとやっていきたい。
私自身、心の絆を深めていきたいから。
なのに、どうしても私のお姫様は急ぎたいらしい。
「輝夜」
「もう知らない!」
迫ってくる輝夜の顔を手で拒み、ダメだと言ったら怒らせてしまった。
しかも、泣かせてしまった。
「永琳、本当は私の事なんてなんとも思ってないのよ!!」
「そんな事はないわ」
輝夜の為なら全てを投げだせる。
「だったらどうして何もしてくれないのよ!?
「それは貴方が大切だからよ」
大切だからこそ、傷つけないようにしたい。
本当は何時だって壊してしまいたいくらいの衝動に駆られている。
でも、まだまだ精神的にもお互いに成長が足りない。
未熟な精神でそんな事をすれば、きっとその関係だけに依存してしまう。
それはしたくない。
「私はもう子供じゃないわ。それとも永琳には、私はずっと子供のままなの?」
「……輝夜」
子供じゃないのは分かっている。
でも、大人じゃない。
永遠の存在の私達には大人だとか子供だとかの定義は意味を成さない。
肉体の成長が止まると言う事は、精神の成長が止まるのと同意義に近い。
それでも、千年二千年と時を重ねていけば、僅かずつでも成長できる。
だけど、輝夜は欲しいのだろう。
私の気持ちを疑っている訳ではない。
ただ、訳の分からない不安に晒されてしまう。それが怖い。
それが行為一つで治まるのならと考えてしまうのは、やっぱりまだまだ未熟な証。
しかし、そうさせてしまったのは他でもない私自身。
だったらその未熟な心を多少なりとも満たせるなら、私自身も覚悟を決めるべきなのだろう。
輝夜の体を背後からそっと抱き締める。
見た目通り小さく脆い体。力任せに抱き締めてしまえば折れてしまうかもしれない。
「愛してる」
静かに告げる。
本当は恥ずかしいから滅多には言わない。
でも、それで輝夜が安心できるなら。
その行為と共に囁ける。
輝夜を抱きしめたまま右頬に左手を添えて、少し左に向かせる。
そして柔らかなそこに軽く口づける。
「今はこれが精一杯。だめ?」
「……ううん。だめじゃない」
輝夜の手が私の首に巻きつくと、そのまま床に押し倒されてしまった。
「不安にさせてごめんなさい」
「ううん。私も我儘言ってごめんなさい」
泣き続ける輝夜の頭を撫でながら落ち着くのを待つ。
「永琳私の事好きだって言ってくれるけど、キス一つしてくれないから」
「貴方を大切にしたいの。ただそれだけ。今はまださっきのキスでも早いかもって本当は思っているくらいよ」
「うん。大丈夫よ。時々さっきみたいにしてくれるなら、もう不安になんてならないわ」
「本当に時々しかしないからね」
「うん。でも、一年に一回くらいはして欲しいかも」
「それは考慮しておくわ」
先程のキス一つで不安が拭いされるなら、いいかもしれない。
そう思った矢先
「ふざけんなー!」
声のする方に視線を向けると、怒りを露わにする藤原妹紅と、少し頬を染めた上白沢慧音が私達を見ていた。
「って言うか、ありえないだろ!?普通!!」
一体何を怒っているのか。
寧ろ怒るのは一部始終を覗かれていたのであろう私達の方なのでは?
「ほっぺにキスで満足なんてお前らは小学生、否!幼稚園児か!?今時小学生だってもう少し進んでるぞ!」
小学生って確か十二歳くらいの子供の事よね?そんな破廉恥な。
「幼稚園児だって進んでるな!」
「妹紅!なんで覗いているのよ!?」
「お前が意味深であんな相談してくるからだろう!!と言うか、ふざけんな!私の悩んだ時間を返せ~!!!」
妹紅と輝夜はケンカをしだしてしまった。
こうなってはどちらかが力尽きるまで戦うのは何時もの事か。
せっかくいい雰囲気だったのに。
「永琳」
「なにかしら?」
慧音が頬を指で掻きながら、言いにくそうな顔で告げた。
「……純愛も、ほどほどにな」
いい事だけど、と言って慧音は二人の争いの行方を観戦する。
私も慧音に倣い二人の戦いの行方を見守った。
別に純愛ってわけではないけれど。
でも、輝夜にキスをするのは、あと数千年は先な事だけは確かな気がした。
やきもきすることでしょう。
中々ドキドキさせてもらいました。