住めば都という言葉は真っ赤な嘘だ。平安京は実際住んだことが無い人々もそこが都だと知っていたし、地獄はどれだけ住んでみた所で都にはならない。
ーーー
喉が焼け付くような熱気と、この世の汚物を全てかき集めたかのように醜悪な匂いで、呼吸すら躊躇われる。無骨な赤黒い岩石に一面を覆われていて、天井からはぽつぽつと血の雨が落ちてくる。地獄はこの世界で最も下劣な場所だ。そしてその場所に住む私達は、この世界で最も下劣な者達ということになるのだろう。
この旧地獄は、地獄の中でも残酷な部類に入る。閻魔様が見捨てたこの地は、もう二度と救われることがない。罪人達がありとあらゆる罰を永遠に受ける。ただ痛みだけを残して廻り続けるのだ。
地獄鴉のやかましい鳴き声と、以前は恐れられていた筈の妖怪達の情けない悲鳴が、地獄中を何度も何度もこだまする。耳を塞いでも消えることのない呻きに脳が揺さぶられる。いくら苦しみ助けを求めても、救いの手が差し伸べられることはないというのに。
人間が放った一本の矢、細く脆いたった一本の矢のせいで、私は永遠の苦痛を伴う黄泉の国へと都落ちした。都の中央を通る朱雀大路と、その先に位置する大内裏。そこが私の根城だった。平安京に住む者達は皆私の姿に怯え、帝でさえ震え慄き夜を嫌うようになった。私はそんな人間達の姿を見て、大いに笑ったものだった。それがたった一本の矢で奪われたのだ。
しかしもうそれを恨むことはしない。ただただ、この永遠の循環から抜け出したかった。叶うことのない願いでも、そう祈らずにはいられない。
ーーー
その日、私は針山地獄に落とされた。数万数億の針でできた山を、頂上まで登り切ることがこの地獄の条件だ。しかし、今までにそれを成し遂げた者は誰一人としていない。それどころか、私は落とされた場所から一歩も先に進むことができない。
全身の痛覚を一つ一つ丁寧に鋭利な刃物で切り刻まれるような、途方もない痛みを感じる。足掻けば足掻くほど針が食い込んで痛みは増す。それが分かっていても、私の体は苦痛に反応してのたうち回る。そうした負の循環から逃げられず、意識を失うまで苦しみ続けることになるのだ。冷たい輝きを放つ針は一本一本が恐ろしく鋭い。触るだけで肌を裂く。一本でも妖を殺すことのできる凶器が、大きな束になっているのだ。
たとえ、体の大きさを自由自在に操ることのできる大入道であっても、針から逃れることはできない。青い頭巾を被った操者と共に、全身を突き刺されて泣き叫んでいる。言葉にならない悲鳴を全力で撒き散らすが、周りの者達も皆同じように声をあげているので、何を言っているのかはよく分からない。足も腕も針に刺され、自重で更に深くへと貫かれる。その度にまた声をあげる。私も同じように自暴自棄な声を発し、針の痛みに飲まれていく。痛くて痛くて、早く意識が消えることを願ってしまう。刻刻と感覚が遮断されていく。頭が内側から爆発するような幻に縛られる。
「ああ、聖・・・!救いはどこにあるのですか・・・」
あまりの痛みに意識が薄れていく中、操者のこの言葉だけが何故か鮮明に刻み込まれた。
ーーー
次に目を覚ました時、私は血の池地獄にいた。意識を取り戻した瞬間から、体は池に吸い込まれるように沈んでいく。必死に手足を動かすが、粘着質な血はもがけばもがくほど全身に絡みついてくる。ぬめりとした、まるで身体中を蛆虫が這いずり回るかのような感覚に鳥肌が湧き立つ。口に入った血を飲み込んでしまうと、突然体が重くなり視界が歪む。
逃げられないという恐怖は、全身を駆け巡って心を壊していく。少しずつ少しずつ削り取られるのだ。手足の動きは鈍重になり、沈むのが早くなっていく。血の池はとてつもなく大きく、見渡す限り赤い。堕ちた妖怪達の血で満たされているのだ。私もいつかはこの血だまりの微かな欠片になってしまうのかと思うと、絶望だけが積み重なっていく。
昔は沈める側だったはずの舟幽霊も、今では池の中でもがき苦しんでいる。いくら動いても体は沈んでいくのに、それでも手と足を無茶苦茶に振り回し、少しでも上へと願う。勿論伸ばした手が何かを掴むことは無いし、蹴り上げた足は水中を虚しく彷徨うだけだ。徒労だけが積み重なって、みるみるうちに押し潰される。元は白かったはずの服は真っ赤に染まり、目はどこを見つめるでもなく空虚に溶ける。ああ、沈んでいく。
「あぁ、聖・・・!救いはどこにあるのですか・・・」
舟幽霊は微かな声でそう呻き、深く深くへと見えなくなった。
舟幽霊が沈んでいくのを見て、私も足掻くのをやめた。瞬く間に顔まで血の海に浸る。息を吐き出すと、代わりに錆びた鉄のような血が胃や肺に襲いかかってくる。体の端から腐っていくかのように、感覚がなくなっていく。頭だけは異様に熱く、それ以外はもう何も考えることができない。それすら考えることが出来なくなり、私の意識は終わった。
ーーー
目を開けて辺りを見渡す。どうやら私は血の池の岸に辿り着いたようだ。体は、表面のざらついた岩石の上に倒れこんだまま、ほとんど動かすことができない。地獄鴉の鳴き声がやけに鮮明に聞こえた。気の抜けた不快な鳴き声で、まるで私を見下しているかのようだった。
「そんなにおかしいか・・・・」
声が掠れて、喉は内側が引っ掻かれたように痛む。重たい頭は考えることを拒み、世界が傾いて見えた。
私の隣には三又の槍が一本落ちていた。多少錆びて柄が曲がっているものの、冷たい銀色の光を失ってはいない。それは地獄にあるどんなものより美しく思えた。軋む腕を振り上げて槍を握り、杖代わりにして無理矢理立ち上がる。数回よろけたものの、なんとか二本の足で体を支えられるようになった。
見上げると、地獄鴉の群れが岩石の窪みに集まっていた。真っ黒な羽に覆われ長く曲がった嘴をもつその鳥達は、またあの不快な声で鳴いた。平安京にいた鴉も同じような声で鳴いていただろうか?頭の中をいくらほじくり返しても、思い出すことができない。今はただ、あの鴉共が憎くてしょうがなかった。
「ふざけるな・・・・」
私は数歩助走をつけ、槍を鴉の群れ目掛けて投げた。鴉のほとんどは散り散りになって逃げ出したが、逃げ遅れた一匹の喉元に槍が刺さった。鴉は飛ぼうと羽をばたつかせるが、結局喉を貫かれた痛みと槍の重さに耐えかねて地面へと落ちてきた。黒い点が少しずつ大きくなって、私の目の前に、何かが潰れるような音を立てて墜落する。
私は喉元に刺さった槍を、首を掻き切るように横に振り抜いた。切り口から一杯の血が溢れ出し、池に流れていく。血は赤黒い液体の一部となって見分けがつかなくなった。墨のように黒かった鴉の眼球は白く濁り、体は二三度痙攣した後、やがて全く動かなくなった。そうして鴉は死んだ。私は鴉の自由を殺した。
「あははっはは」
なんとも言えない愉悦が溶けて染み込んでいく。あのふざけた鳴き声はもう聞こえない。鴉は動かなくなったが、私は走り回り叫ぶことができる。この地獄にあって自分より下衆な者がいるということは、私の心を軽く滑らかにした。赤黒い世界で、自分が存在することを実感する。
楽しい気分だ。楽しくて楽しくて仕方がない。やい下郎め、もう動くこともできないのか。
「ざまあみろ。あはっはは」
私は笑う。自分でも何がなんだか分からなくなるくらい、高らかと笑い狂う。角ばった岩に槍を投げつけ笑う。死んだ鴉の羽根を一枚一枚剥ぎ取ってまた笑う。真っ黒な鴉も羽根がなくなると、白くざらざらとした醜い肌が露出する。その肌に触れてみると、元々血で汚れていた手に更に血がついた。鴉はもう足を千切っても頭を砕いても動かない。
「あはははははははははは」
そう、おかしいんだ。何から何まで全部おかしい。あの大入道と舟幽霊も、死んだ鴉も、殺して笑う私も。どうしてこんなにおかしいんだろう。
「あははははははは」
それでもまだ笑い足りなくて、私はもぎ取った羽根を二つに引き裂いていった。もうこの鴉が二度と飛べないように、丹念に破壊していく。これで鴉は飛べない。いや、死んでるんだから飛べないのは当たり前なのか。
'あぁ、聖・・・!救いはどこにあるのですか・・・'
舟幽霊と大入道の悲鳴が頭の中を反響する。私の思考に覆いかぶさるようにして全てを隠した。
針の山も血の池も辛くて苦しくて、救いを求めるのは当然だろう。私だって救って欲しい。ここから出して欲しい。それが叶わないから、私は鴉を殺すんだ。殺して、自分に残された一粒の自由を確かめるんだ。あの頃を思い出して嘆く自分を、こんな風にしか慰めることができない。
「あはははは・・・・はぁ・・・はぁ・・・」
息が切れて立ち上がれなくなった。赤い岩石の地面は黒い羽毛で色を塗り替えられ、片隅に残っている鴉の死骸はあまりにも汚ない。原型をほとんど残しておらず、元々生きていたことが間違いだったかのように惨めだった。
今ではもう、私本人ですら自分の正体が分からない。私は平安京の大妖怪だったはずなのに。涙も枯れ心は腐り、それでも私は鴉を殺した。傍に投げ捨てられた槍は私と同じように血にまみれ、この瞬間も数多の妖達が嘆き苦しんでいる。
「そうか・・・。そうだったんだ・・・」
そこまでして、やっと私は気づいた。自分の堕ちた場所と、心の内から垂れ下がる愉悦を。それはこの地獄になる甘い果実のようだった。気づいてしまえば戻れない、過去とはお別れをしなければならない。さようなら、平安京で生きていた自分。
「簡単なことじゃないか」
鴉を殺して岩に槍を投げつけて羽根を抜いて足を千切って頭を砕いて羽根を切り裂いて。否定して苦しめて辱めて犯して自由を奪って。笑って笑って笑って笑って。そんな不条理で酔狂なことをやってのけて。
私は幸せを感じていたんだ。
「あぁ、聖・・・!救いはどこにあるのですか・・・」
私の叫びを聞く者は、最早どこにもいなかった。
ーーー
喉が焼け付くような熱気と、この世の汚物を全てかき集めたかのように醜悪な匂いで、呼吸すら躊躇われる。無骨な赤黒い岩石に一面を覆われていて、天井からはぽつぽつと血の雨が落ちてくる。地獄はこの世界で最も下劣な場所だ。そしてその場所に住む私達は、この世界で最も下劣な者達ということになるのだろう。
この旧地獄は、地獄の中でも残酷な部類に入る。閻魔様が見捨てたこの地は、もう二度と救われることがない。罪人達がありとあらゆる罰を永遠に受ける。ただ痛みだけを残して廻り続けるのだ。
地獄鴉のやかましい鳴き声と、以前は恐れられていた筈の妖怪達の情けない悲鳴が、地獄中を何度も何度もこだまする。耳を塞いでも消えることのない呻きに脳が揺さぶられる。いくら苦しみ助けを求めても、救いの手が差し伸べられることはないというのに。
人間が放った一本の矢、細く脆いたった一本の矢のせいで、私は永遠の苦痛を伴う黄泉の国へと都落ちした。都の中央を通る朱雀大路と、その先に位置する大内裏。そこが私の根城だった。平安京に住む者達は皆私の姿に怯え、帝でさえ震え慄き夜を嫌うようになった。私はそんな人間達の姿を見て、大いに笑ったものだった。それがたった一本の矢で奪われたのだ。
しかしもうそれを恨むことはしない。ただただ、この永遠の循環から抜け出したかった。叶うことのない願いでも、そう祈らずにはいられない。
ーーー
その日、私は針山地獄に落とされた。数万数億の針でできた山を、頂上まで登り切ることがこの地獄の条件だ。しかし、今までにそれを成し遂げた者は誰一人としていない。それどころか、私は落とされた場所から一歩も先に進むことができない。
全身の痛覚を一つ一つ丁寧に鋭利な刃物で切り刻まれるような、途方もない痛みを感じる。足掻けば足掻くほど針が食い込んで痛みは増す。それが分かっていても、私の体は苦痛に反応してのたうち回る。そうした負の循環から逃げられず、意識を失うまで苦しみ続けることになるのだ。冷たい輝きを放つ針は一本一本が恐ろしく鋭い。触るだけで肌を裂く。一本でも妖を殺すことのできる凶器が、大きな束になっているのだ。
たとえ、体の大きさを自由自在に操ることのできる大入道であっても、針から逃れることはできない。青い頭巾を被った操者と共に、全身を突き刺されて泣き叫んでいる。言葉にならない悲鳴を全力で撒き散らすが、周りの者達も皆同じように声をあげているので、何を言っているのかはよく分からない。足も腕も針に刺され、自重で更に深くへと貫かれる。その度にまた声をあげる。私も同じように自暴自棄な声を発し、針の痛みに飲まれていく。痛くて痛くて、早く意識が消えることを願ってしまう。刻刻と感覚が遮断されていく。頭が内側から爆発するような幻に縛られる。
「ああ、聖・・・!救いはどこにあるのですか・・・」
あまりの痛みに意識が薄れていく中、操者のこの言葉だけが何故か鮮明に刻み込まれた。
ーーー
次に目を覚ました時、私は血の池地獄にいた。意識を取り戻した瞬間から、体は池に吸い込まれるように沈んでいく。必死に手足を動かすが、粘着質な血はもがけばもがくほど全身に絡みついてくる。ぬめりとした、まるで身体中を蛆虫が這いずり回るかのような感覚に鳥肌が湧き立つ。口に入った血を飲み込んでしまうと、突然体が重くなり視界が歪む。
逃げられないという恐怖は、全身を駆け巡って心を壊していく。少しずつ少しずつ削り取られるのだ。手足の動きは鈍重になり、沈むのが早くなっていく。血の池はとてつもなく大きく、見渡す限り赤い。堕ちた妖怪達の血で満たされているのだ。私もいつかはこの血だまりの微かな欠片になってしまうのかと思うと、絶望だけが積み重なっていく。
昔は沈める側だったはずの舟幽霊も、今では池の中でもがき苦しんでいる。いくら動いても体は沈んでいくのに、それでも手と足を無茶苦茶に振り回し、少しでも上へと願う。勿論伸ばした手が何かを掴むことは無いし、蹴り上げた足は水中を虚しく彷徨うだけだ。徒労だけが積み重なって、みるみるうちに押し潰される。元は白かったはずの服は真っ赤に染まり、目はどこを見つめるでもなく空虚に溶ける。ああ、沈んでいく。
「あぁ、聖・・・!救いはどこにあるのですか・・・」
舟幽霊は微かな声でそう呻き、深く深くへと見えなくなった。
舟幽霊が沈んでいくのを見て、私も足掻くのをやめた。瞬く間に顔まで血の海に浸る。息を吐き出すと、代わりに錆びた鉄のような血が胃や肺に襲いかかってくる。体の端から腐っていくかのように、感覚がなくなっていく。頭だけは異様に熱く、それ以外はもう何も考えることができない。それすら考えることが出来なくなり、私の意識は終わった。
ーーー
目を開けて辺りを見渡す。どうやら私は血の池の岸に辿り着いたようだ。体は、表面のざらついた岩石の上に倒れこんだまま、ほとんど動かすことができない。地獄鴉の鳴き声がやけに鮮明に聞こえた。気の抜けた不快な鳴き声で、まるで私を見下しているかのようだった。
「そんなにおかしいか・・・・」
声が掠れて、喉は内側が引っ掻かれたように痛む。重たい頭は考えることを拒み、世界が傾いて見えた。
私の隣には三又の槍が一本落ちていた。多少錆びて柄が曲がっているものの、冷たい銀色の光を失ってはいない。それは地獄にあるどんなものより美しく思えた。軋む腕を振り上げて槍を握り、杖代わりにして無理矢理立ち上がる。数回よろけたものの、なんとか二本の足で体を支えられるようになった。
見上げると、地獄鴉の群れが岩石の窪みに集まっていた。真っ黒な羽に覆われ長く曲がった嘴をもつその鳥達は、またあの不快な声で鳴いた。平安京にいた鴉も同じような声で鳴いていただろうか?頭の中をいくらほじくり返しても、思い出すことができない。今はただ、あの鴉共が憎くてしょうがなかった。
「ふざけるな・・・・」
私は数歩助走をつけ、槍を鴉の群れ目掛けて投げた。鴉のほとんどは散り散りになって逃げ出したが、逃げ遅れた一匹の喉元に槍が刺さった。鴉は飛ぼうと羽をばたつかせるが、結局喉を貫かれた痛みと槍の重さに耐えかねて地面へと落ちてきた。黒い点が少しずつ大きくなって、私の目の前に、何かが潰れるような音を立てて墜落する。
私は喉元に刺さった槍を、首を掻き切るように横に振り抜いた。切り口から一杯の血が溢れ出し、池に流れていく。血は赤黒い液体の一部となって見分けがつかなくなった。墨のように黒かった鴉の眼球は白く濁り、体は二三度痙攣した後、やがて全く動かなくなった。そうして鴉は死んだ。私は鴉の自由を殺した。
「あははっはは」
なんとも言えない愉悦が溶けて染み込んでいく。あのふざけた鳴き声はもう聞こえない。鴉は動かなくなったが、私は走り回り叫ぶことができる。この地獄にあって自分より下衆な者がいるということは、私の心を軽く滑らかにした。赤黒い世界で、自分が存在することを実感する。
楽しい気分だ。楽しくて楽しくて仕方がない。やい下郎め、もう動くこともできないのか。
「ざまあみろ。あはっはは」
私は笑う。自分でも何がなんだか分からなくなるくらい、高らかと笑い狂う。角ばった岩に槍を投げつけ笑う。死んだ鴉の羽根を一枚一枚剥ぎ取ってまた笑う。真っ黒な鴉も羽根がなくなると、白くざらざらとした醜い肌が露出する。その肌に触れてみると、元々血で汚れていた手に更に血がついた。鴉はもう足を千切っても頭を砕いても動かない。
「あはははははははははは」
そう、おかしいんだ。何から何まで全部おかしい。あの大入道と舟幽霊も、死んだ鴉も、殺して笑う私も。どうしてこんなにおかしいんだろう。
「あははははははは」
それでもまだ笑い足りなくて、私はもぎ取った羽根を二つに引き裂いていった。もうこの鴉が二度と飛べないように、丹念に破壊していく。これで鴉は飛べない。いや、死んでるんだから飛べないのは当たり前なのか。
'あぁ、聖・・・!救いはどこにあるのですか・・・'
舟幽霊と大入道の悲鳴が頭の中を反響する。私の思考に覆いかぶさるようにして全てを隠した。
針の山も血の池も辛くて苦しくて、救いを求めるのは当然だろう。私だって救って欲しい。ここから出して欲しい。それが叶わないから、私は鴉を殺すんだ。殺して、自分に残された一粒の自由を確かめるんだ。あの頃を思い出して嘆く自分を、こんな風にしか慰めることができない。
「あはははは・・・・はぁ・・・はぁ・・・」
息が切れて立ち上がれなくなった。赤い岩石の地面は黒い羽毛で色を塗り替えられ、片隅に残っている鴉の死骸はあまりにも汚ない。原型をほとんど残しておらず、元々生きていたことが間違いだったかのように惨めだった。
今ではもう、私本人ですら自分の正体が分からない。私は平安京の大妖怪だったはずなのに。涙も枯れ心は腐り、それでも私は鴉を殺した。傍に投げ捨てられた槍は私と同じように血にまみれ、この瞬間も数多の妖達が嘆き苦しんでいる。
「そうか・・・。そうだったんだ・・・」
そこまでして、やっと私は気づいた。自分の堕ちた場所と、心の内から垂れ下がる愉悦を。それはこの地獄になる甘い果実のようだった。気づいてしまえば戻れない、過去とはお別れをしなければならない。さようなら、平安京で生きていた自分。
「簡単なことじゃないか」
鴉を殺して岩に槍を投げつけて羽根を抜いて足を千切って頭を砕いて羽根を切り裂いて。否定して苦しめて辱めて犯して自由を奪って。笑って笑って笑って笑って。そんな不条理で酔狂なことをやってのけて。
私は幸せを感じていたんだ。
「あぁ、聖・・・!救いはどこにあるのですか・・・」
私の叫びを聞く者は、最早どこにもいなかった。
バラバラの鴉はヌエの暗喩でしょうか
後味ひでえ…