Coolier - 新生・東方創想話

深夜の香霖堂

2013/12/16 18:22:05
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 行灯の火を消すと、店内は光の全く行き届かない空間になった。
 布団に潜りながら、ふと僕は考える。
 つい先程まで、蝋燭の幽かな光が店内の様子をぼんやりと照らし出していた。
 ところが今は、光を発するものが無くなって、床に置かれた商品や、壁に立てかけられていた雑貨類は確認することが出来ない。
 そこに広がるのは、僕の愛着のある店内ではなく、どこまでも無限に広がる世界なのだ。
 人間は昔から、得体の知れないものをとにかく怖がり、そこに一々名前を付けて、識別が出来るようにしていった。
 その為、今僕がただならぬ浮遊感を感じているこの不思議な空間も、遥か以前から第三者によって『暗闇』と名付けられている。

 では僕に、暗闇が暗闇であるという根拠を証明することは出来るのだろうか。

 残念ながら答えは否だ。いくら僕が道具の名前や用途が判る能力を持っていても、この空間はあまりに大きすぎて、手に負えない。
 それに、今表現した『空間』という呼び方も、この場において本当に適しているのかは定かでない。
 しかし不都合なことに、何かしらの名前を付けない限り想像を膨らませることすらできないのだ。
 なのでここは、『混沌』と言う表現を使ってみよう。


 混沌。英語ではカオス。
 空間、時間の観念が曖昧になり、光のある空間で成り立つ法則も成り立たない。軽い物体が重い物体より速く落ちるかもしれない。
 多くの人間は、この混沌の支配する空間で眠りにつく。かく言う僕もその一人だ。
 そこで気がついたのだが、混沌は僕達に、夢を見るための手助けをしているのではないだろうか。
 そもそもこの空間は、天地開闢以前の世界の姿によく似ている。
 古事記の冒頭、『天地初めて発けし時、高天原に成れる神の名は……』の少し前だ。つまり天地が分かれる前、神々が手を付ける前の世界となる。
 勿論、今僕達が生きているのは高天原から始まって今に続く歴史の中であるから、この混沌の空間はあくまで仮初の物だ。しかし、仮初でもそこで天地を開闢することは出来る。それが夢なのではないだろうか。
 夢を見ることで、僕達は新たな世界を構築している。さながら、日本を形作った神々のように。なんとも夢のある話ではないか。夢だけに。


 もう一つ、今宵僕がこんな発想に至った理由を発見した。
 平時なら、窓から降り注ぐ月の光が混沌の世界をわずかに浮き上がらせるのだが、今夜に限ってそれは無かった。
 確か今夜は新月だったはずだ。今の地上は、光が完全に遮断された世界になっている。
 まさしく混沌。境界の無い世界。全ての定義は崩れ去り、僕の思ったとおりの世界が広がるんだ。

 夜の世界とは、なんて素晴らしいんだろう。僕は夜が大好きだ。そう考えながら、ゆっくりと眠りについた。



 目が覚めたが、辺りは依然として暗かった。
 はて、何故僕は、こんな夜中に目を覚ましたんだろう。いつもは朝日が差し込むのに合わせて目を覚ましていたはずだが、今夜に限って何故……
 何か懸念することでもあっただろうか。僕は寝起きの頭で思い出そうとするが、何も出てこない。歳だろうか。
 まあ、何も無いところからは何もでてこない。僕は深く考えるのを止め、寝ることにした。眠りについて、再び世界を開闢しよう。

 しかし、夢か……

 人は寝ながらにして夢を見る。
 それは、混沌の世界に身を投じて、自由な世界を創りあげることだ。
 自由といっても、表層的に思ったことがそのまま結果に現れることは稀である。大抵は自分の不都合な方向に動き、世界は勝手に一人歩きをする。
 それが何故かと言えば、生物の深層的な想像力なしには語れないだろう。
 夢の中、すなわち自ら開闢した世界の中では、表層的な意識と深層的な意識は分離される。
 表層的な意識がそのまま自分に、深層的な意識は、その世界そのものの意思となる。つまり、神となるのだ。
 世界を開闢するのは僕だけれど、それは僕が無意識のうちにやってのけることであり、自分で制御は出来ない。しいてできるとするなら、それは跳び抜けて想像力が豊かな人間だろう。
 だから僕は、日頃から想像力を鍛えている。当たり前の事象でも、一から自分の頭で考え直す。
 そのかいあってか、僕は他の人間よりもいい夢を見やすいようだ。魔理沙辺りに言うと、『香霖はいい夢見てそうだよな、いつも』と返され、何故だか少し腹が立つが。

 ……さて。

 困ったことに、目が冴えてしまって一向に眠れない。瞼を閉じて、羊でも数えていれば眠れるかもしれないが、それでは僕は、夢の中でも永遠に羊を数え続けることになるだろう。どんな苦行だ。
 それに、瞼を閉じようとすることは、自ら混沌の世界――神の世界に近づこうとすることだ。目の前に、自然の摂理からなる混沌が広がっているのに、それを拒否するのは万物に対する不敬なのではないだろうか。
 慣れない人が昼寝をすると、たいて悪い夢を見るのはこの為だと思う。人間はあくまで、自然でなければならないのだ。
 だから目は開けておく。自然に眠るのを、気長に待つとしよう。

 それにしても、眠れないのに眼前に混沌が広がっているのは、こんなに気味が悪いものだったのか。素直に表せば……怖い。



 再び目を覚まして、それでも周囲が暗かった事には流石に不信感を覚えた。
 今は何時だろうか。時計を探そうとしたが、この明るさでは文字盤も見えないのでやめた。
 そのときである。

 ――ギャァ、ギャァ、と、鴉の鳴き声が聞こえた。

 嗚呼、なんて不吉なんだろう。僕は居ても立ってもいられなくなり、布団を蹴って店の外に出ようとした。が、

「ぐぁ……っ!」

 置いてあった商品に、足の小指をぶつけてしまった。
 倒れた布団の上で足を押さえ、のたうち回る。痛い。……痛い。
 今日は日の出前から不幸な日だ。こんなときは一日布団に包まっているのがいいだろうか。
 毛布を手繰り寄せ、改めてうずくまる。くぅ、痛い。
 しかし、どうやら今日は僕の予想を超えた不幸の日らしい。

 ――ドン! ドン!
「!」

 突然ドアがノックされた! だっ、誰だ! こんな夜中に一体……っ!
 ガチャリとドアが開いて、何者かが店内に入ってくる。足音から察するに二人だろうか。
 慌てて毛布を被り、ガタガタと震えながら、それでも必死に気配を絶とうと努めていると――

「ここに居たか。ルーミアみっけ」

 …………は?

「もう、心配したよー? 流れ星見てたら急にいなくなっちゃったんだもの」
「あぅ……リ、リグルぅ……ミスティアぁぁ……」
「そんなに怯えて、何があったんだい?」
「お化けが……茂みの向こうにお化けが居たんだよ……」
「お化け? 何かの見間違いじゃないのかしら?」
「本当だよ! 振り返ったら何も居なくて、でもその時には後ろから冷たい手がベタッと……」
「……それは多分チルノじゃないかな」
「…………ハッ!」
「やれやれ……あんな夜中で『闇』に隠れてたんじゃあ見つけようが無いわけだ」

 ……なんてこった。

「そうよ。それに、こんないつも薄暗い所に居たら日が昇っても判らないわ」

 ……酷い言い様だ。

「まあとにかく、見つかってよかった。……とりあえず、この真っ暗なのを取り払ってよ」
「うん……」

 すると先程までの暗闇はどこへやら、日中の眩しい光が網膜を襲い、その中央に三人の妖怪がいた。

『…………』

 目が合い、思わず黙り込んでしまう一同。僕はといえば、布団のすみで頭から毛布を被り、なんとも情けない格好で顔だけを覗かせている。

『しっ、失礼しましたー!』

 足並み揃えて逃げ出す三人を、僕はただ見ていることしか出来なかった。

「…………」

 僕以外に誰もいなくなった店内。開け放たれたドアから聞こえるのは、驚いて飛び立った鴉の羽音だけだ。
 それからしばらくの間、何も考えられずに唖然としていただろう。やがて外から入ってくる風の冷たさから我に返り、ドアを閉め、改めて店内を見渡した。
 さて……。

「朝ご飯に、するか……」







fin
色々深く考え過ぎると、かえって真実から遠ざかってしまうこともあります。
今回は、そんな話でした。
Jr.
http://touhounoveljr.blog.fc2.com/
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コメント



0.400簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
間抜けな香霖でした。ネタがすぐにわかるから、滑稽さが引き立ちます。セリフ回しが香霖らしくうだうだしていて、良かったです。
4.80奇声を発する程度の能力削除
香霖らしい感じが良かったです
10.90静かに読みふける程度の能力削除
バカルテットと霖之助さん、災難でしたw