Coolier - 新生・東方創想話

夜の九十九お姉ちゃんがベンベンうるさくて今夜も眠れない八橋

2013/12/16 16:45:59
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(ああ、もっともっと、たくさん、八橋の唇を、思う存分、ついばんでしまいたい)

 弁々の衝動は日に日に高まっていった。
 そんな姉の葛藤をつゆ知らず、妹はベッドでごろりと横になって、本を読んでいる。寝る前に本を読むのが、妹の習慣だ。
 里山の奥にこさえた、さして広くもない二人の小屋。寝室と居間は同じ部屋である。弁々はベッドのそばの座椅子に腰かけ、妹はピンクのパジャマに着替えてベッドでごろね。その妹の横顔を、弁々はしつこいほどじっと見つめた。
 己のそれは、劣情とも言える下卑た感情である。
 だが弁々にはその劣情が愛しかった。
 感情表現の豊かな妹とは違い、弁々はむしろ奥手。妹のように、奇妙な奇声をあげてはしゃぐこともなければ、明けっぴろげに大笑いをすることもない。一人でいるときは静かに琵琶を奏でてすごすし、積極的に誰かと関わろうともしない。弁々の心のみなもは、波紋のない水鏡。けれど、妹が隣にいてくれると、世界がとたん、賑やかになる。淋しいほど静かだった心の内が、感情で満ち溢れだす。心の振幅は幸せの大きさ。感情の揺れ動く波形は音楽の波形のごとく、感情の波形がぐわんぐわんと波打つほど、奏でる琵琶の音色も豊かに色づく。
 そんなふうに弁々の心に巨石を投げ入れてくれるのが、目の前にいる可愛い妹。心の波形を妹によって乱されるたび、弁々の心はびんびんと幸せを感じるのであった。
 そんな妹の、特別な唇を奪ってしまえたなら。
 
(だめだめ!)

 奥歯をぐっとかみ締めて、抱えた琵琶を抱きしめて、弁々は堪える。
 数か月前に姉妹になっていらい、少しずつ、少しずつ、二人は絆を紡ぎあってきた。今のところ、自分は良い姉だと思う。けれどこの感情は、妹の大切なモノを奪ってしまいたいというこの激しい独占欲は、姉として許される感情なのだろうか。
 弁々には、まだそれが分からない。妹の唇を奪い、姉としてその責任を取る決心がつかない。
 弁々は沸騰する気持ちを歌に浴びせかけて、掻き毟るように琵琶を奏でた。

 ――妹のぉ~ 甘きホッペにブチかますぅ~ お休みのキスはぁ 八つ橋のあじぃ~ (べんべんっ)

 弦の音がぎざぎざしている。乱暴な音が耳をつんざく。
 ベッドに寝転がっていた妹が、迷惑そうな顔を姉に向けた。

「ねぇ、ちょっと、姉さんってば、いつまで琵琶を弾いてるの? 私、もうそろそろ、寝るからね」
「あ、待って待ってー、私も寝る」

 弁々は急いでパジャマに着替えると、妹の待つベッドにもぐりこんだ。
 姉妹になりたての頃は、一緒のベッドに眠るのはひどく恥ずかしく感じられたものだ。けれど今はもう違う。お互い、姉として妹として、随分となじんだように思う。
 弁々は髪を整え終えると、ベッドに肘をついて、フゥ、と枕もとのロウソクの火を消す。灯りは消え去って、部屋が真っ暗になる。間近に横たわっている妹の顔さえ、十分には見通せない。妹がもそもそと動くと、衣ずれの音だけは、むしろはっきりと聞こえた。
 さして広くもないベッドに、それほど大きくないかけ毛布。二人で暮らす小じんまりとした住処。そこに見合った、小さめのベッド。弁々がちょっと身じろぎをするたびに、肩やら肘やら肢やらが、妹の体にスリスリとこすれてしまう。
 ――先週のことだが、それならいっそのこと最初から抱き合って眠りましょうか、という提案を、弁々は妹にした。すると妹は、意外なほどあっさりと了承してくれた。姉妹になってすぐの頃は、肩が触れ合うのさえ恥ずかしがっていたのに。なんだか、あっさりしすぎていて、ちょっぴり物足りない。
 弁々はもっとこってりした反応がほしいのである。なので、どうしてそんな簡単にOKしたのか、と、ちょいと突っ込んで聞いてみた。姉と抱き合って眠ることに、抵抗はないのか、と。したらば妹は、ちょっぴり口ごもってから、「いや、まぁ、掛け布団が薄くて、寒かったし」とかなんとか、ぶっきらぼうに、いかにも照れてますよという口調で答えたのだった。妹の目がフラフラとおよいでいたのを、姉は見逃さなかった。弁々は、満足であった。二人はだんだん、姉妹として精錬されつつある。抱き合ってねむることも、以前ほどは恥ずかしくない。けれども、姉妹になったころの初々しい気持ちは、いつまでも忘れてほしくなかった。
 
 
「じゃ、おやすみ」

 弁々が妹に言うと、

「んー」

 妹は片手間な返事をしつつも、もぞもぞと体を横向けて、スルスルと四肢を姉に絡ませてきた。
 この妹は、「私もう寝るからね」と言い捨てておきながら、その実、姉が隣にくるまで、しっかりベッドの中で起きて待っている。弁々にとって、そんないじらしい妹の体はすこぶる抱き心地が良かった。妹の体は、姉のそれよりかは、いささか肉付きの少ないものだが、その肌はとてもやわらかい。寝巻きの上からでも、肌が接触しこすれあうたび、心地よい肉の圧迫が感じられた。
 暗い部屋、姉妹の体と、寝巻きと、布団とが、シュルシュルと擦れあう。
 弁々は、妹の腰の下に腕を通し、横向き合った互いの体を、しっかりと固定した。もう片方の腕は、手を繋いだり、腋を抱いたり、頬を撫でたり。
 妹は、弁々よりも少しだけ背が小さかった。だから足の先をそろえて抱き合うと、弁々の鎖骨のあたりに、妹の唇があたる。
 それでは不便だった。お休みのキスがしずらいのだ。できないことはないが、弁々の首が痛くなる。頬の感触に集中できなくなってしまう。だから、毎晩、暗黙の了解で、初めのうち二人は、頭の高さをそろえて眠るのであった。そも、一つの長枕を二人で使っているから、普通に横たわれば自然と顔の高さはそろうのだが。それでも、朝になるころには、姉のほうが頭が高かったり、妹のほうが頭が高かったり、日々まちまちに変わる。

「この辺かなー」

 弁々は、鼻の先を突き出して、妹の顔面を探った。ほどなくして、鼻頭が、妹の鼻頭にコツンとぶつかる。妹がちょうど鼻からフゥと息を漏らしたから、妹の体内の臭いが、微風にのって弁々の上唇をサワワとこそばした。両手を使ってキュッと妹の体を抱く。胸と太もも、下腹部がとくに強く触れ合った。体温が伝わってきた。
 もはや目をつぶっても、妹の頬や唇がどの位置にあるのか、わずかな誤差さえ無く感じとれる。
 このところ夜毎に繰り返してきたお休みのキッスだ。弁々にとって欠かすことのできない習慣。妹へ、貴方をどれだけ好いているかを、かかさず伝えるための習慣。どんな暗闇の中であろうと、妹のほっぺたにピンポイントでキスできる自信がある。
 しかし――近頃、普通のキスでは我慢できなくなってしまった。
 だから弁々は今晩も、ちょっとだけ意地悪なキスをする。

 チュッ……!
 危ういキス。
 ただのホッペのキスではない。二人の口の端と端とが触れる、「ホッペにキス」で許される、ぎりぎりのキッス。

「……っ」

 妹は、ピクリと小さく身じろぎをし、少しだけ肩をすぼめる。抱き合った体を通して、妹の動揺がありありと伝わってくる。けれどそれ以上の反応はなく、姉の意地悪に抗議もせず、姉の行為を問いしもせず。妹はただ、黙して、肩を震わせて、耐えるだけだった。普段の妹からは考えられない程、控えめで大人しい反応。
 いつもの妹ならば、例えば、嫌悪感丸出しで唇を拭いながら『何するのよ姉さん、気持ち悪い!』とブータレたり、はたまた、頬をうぶい色にほてらせながら『姉さん、あのね、唇、あたってるんだけど』とかと恥ずかしがったり、とっても分かりやすいのに。
 こんな反応は、普通じゃない。
 普段感情表現の豊かな妹が、今は、まるでウブで内気な乙女になってしまった。
 しかしそんな妹が可愛くてたまらなくて、弁々は妹を抱く腕にさらに力を籠める。頬ずりをする。
 妹の唇は、とっても綺麗なピンク色。赤子の肌のようにふにゃふにゃで、そのくせ多分、彼女のつつましい胸の先端ほども敏感なのだろう。
 乙女の柔肌はとってもデリケートだというけれど、この薄紅色の果肉はデリケートだなんてものじゃない。唇とは、内臓だ。本来外にでてはいけない部位、秘所なのだ。肉体の奥に潜められているべき生肉が、神の気まぐれによって体外に露出する。乙女の肉体には、何箇所かそういう部位があるけれど、唇は紛れもなくそのうちの一つ。そうでなければ、こうも心惹かれるはずが無い。特別な相手しか触れることの出来ない、特別な部位。 
 私に、それを奪う資格があるのだろうか。姉は今宵もまた、それを計りかねていた。

 ……ちゅっ
 すりすり

 ホッペのキスとうそぶいて、妹の唇の端へ、己の唇の端をあてがう。極上の柔らかさが、皮膚を通して伝わってくる。
 
 ……ぴくんっ。

 また、妹の肩が震えた。
 今度もやはり、それきり、妹は黙ったままだった。
 何か言ってくれたらいいのに。
 弁々は、ちょっぴり、妹が恨めしかった。
 弁々は突然不安になった。
 妹は、自分よりもはるかに社交的。いつか、妹べったりなこの姉を、鬱陶しく思うひがくるのだろうか。
 そう思うと弁々は、胸が張り裂けそうになった。
 

 



「あのさぁ」

 しばらくして、ふいに、妹は口を開いた。
 妹は弁々の胸の谷間に顔を埋めていた。妹はよく、そうやって眠るのだ。
 弁々はいくらかウトウトし始めていた。目をあけるのが億劫だったので、まぶたは閉じたまま、言葉を交わした。
 
「なに?」
「あのね」
「うん」
「変な姉妹なのかな、私達って」

 妹にしてはめずらしい問いかけだと思った。姉妹になってこのかた、妹はそういうことを気にした風な様子はなかった。姉妹がどうあるべきだとか、そういうことは、妹にとっては大きな問題ではないように思われた。また、そういう疑問は抱いてほしくないとも思う。弁々は、今の二人のあり方が、好きなのだ。もし妹がこれを嫌だというのなら、弁々にとって、それはとても、辛いことだ。

「なんかね、普通の姉妹は、あんまりこーいうことしないんだってさ。お休みのキスとか、抱き合って寝たりとか、一緒にお風呂はいったりとか」

 弁々はひやりとする。

「そう? 誰かが、そう言ってた?」
「リリカに、メルランに」
「ふうん」

 九十九姉妹とプリズムリバーの姉妹とは、たびたび一緒に楽器を演奏することがあった。妹は下の二人姉妹と気が合うようだが、弁々にとっては、性格の比較的静かな長女とが一番気が合うのだった。

「すっごい笑われたんだからっ。『あんた意外と甘えん坊なんだねー』って」

 胸の谷間に妹の粗い鼻息が渦巻く。

「めちゃくちゃ恥ずかしかったんだからねっ。私は、姉さんが当たり前みたいにそうするから、姉妹ってそういうものだと思ってたのに」

 気がつけば妹はぷりぷりと頬を膨らませていて、いつのまにか怒りの矛先が自分に向けられている。妹のせわしない気性がおかしくて、クスクスと笑いそうになった。けれど、笑ってしまうと妹がへそを曲げるので、弁々は腹に力を籠めて笑みを押し殺した。

「私は、別に恥ずかしいと思わないけど」
「ねぇさんが良くても、私は恥ずかしいのっ」

 ぼふぼふと手足をばたつかせる妹。妹の性格からすれば、誰かに笑われるのはさぞ屈辱だろう。
 けれど弁々は、今の姉妹関係が好きだった。
 弁々は妹の体をぎゅっと抱き寄せた。

「八橋は、こーやって一緒に眠るのは、嫌?」
「……嫌じゃ、ないけど」

 しばらくは姉の腕の中でもぞついていた妹がだ、少しするとゼンマイが切れたように、今度は、突然大人しくなる。相変わらずせわしのない。
 なるほど、と弁々は苦笑した。妹は強がりで意地っ張りなところがある。誰かに馬鹿にされたのが、嫌なのだ。こっそり安心する。抱き合うのが嫌だとか、そういうことではないらしい。
 弁々は妹の額に頬ずりをする。
 この妹は分かっていないかもしれないけれど、弁々は姉妹ができて本当に嬉しい。誰よりも大切に感じ、誰よりも大切にされたいと強く思うえる。自分に、そんな相手が、できたことが嬉しい。
 妹を強く抱く。
 すると妹は、母親にだかれて安心した幼子のように、ぽそぽそと、とっておきの秘密を打ち明けるように、言った。

「私さ、姉妹がどーいうものなのか、まだ良く分からないよ。でもね、それでも私、姉さんのことは、全部信じてるんだからね。だから、間違ったこと、私に教えないでよね」
 
 弁々の胸のおくで、唐突に、きゅううんと、何かが、高鳴った。
 弁々もう、目を閉じていられなくなった。
 胸の奥で何かが縮んで、膨らんで、また縮んで、また膨らんで……収縮を繰り返すたび、体の中に圧力をともなった熱い波動が広がる。心の水面にたった波が、体の中で実体化したように思えた。
 この妹は、姉が思ったよりもずっと、姉妹関係を大切にしてくれている。そして、きっと、心底から姉を頼りにしてくれているのだ。

「もちろん、そんなことしない」

 弁々の胸には、尽きることの無い強い思いがある。
 妹が好き、妹を守りたい、妹に幸せでいてほしい、なにより妹とずっと一緒にいたい……姉妹という関係には、他人には分からない特別な力がある。今、妹の口から具体的な言葉を得て、それらの思いが突然物理的な力を備えて、弁々の体を押し包んでいた。
 思いきり妹を抱き寄せて、胸の中でもみくちゃにする。そうしてギュッと力を籠めていないと、体のうちから湧き出る多幸感によって、体がはじけてしまいそうだった。
 妹が、苦しそうにあえぐ。

「あのさぁっ、こうやってべたべたするのも、本当は変なんじゃないの?」
「八橋は勘違いをしてる。姉妹はこう在るべき、みたいな正解なんて、ありはしないのよ」
「それは、そうかもしれないけど、でも、誰かに笑われるのは、私、嫌よ」
「もちろん、笑われるのってすごく恥ずかしい、だけど」

 弁々は、妹に飛び切りの笑顔を向けて、言った。

「私は誰かに笑われたっていいから、八橋とこうしていたい」

 随分恥ずかしいことを言うものだと、自分でも思う。妹の顔と同じくらい、自分の顔も赤面していたかもしれない。人に聞かれたら笑われるだろう。けれども、これは紛れも無い本心。そんな本心を、何の臆面もなく、自分が口にできるなんて、自分でも、信じられない。
 だが、そういう本音を、素直に打ち明けさせてくれる相手こそが、

「貴方は、世界でたった一人の、私の妹なんだもの!」

 思わず声がはずんだ。  

「ぐ、む」

 妹は照れているのか、うつむいて、何事か言葉をぼそぼそと噛んでいる。その後頭部を、弁々はくりくりと指でなぞった。柔らかい髪の毛が、指の間を流れていく。
 妹の恥じる気持ちはよく分かる。よく分かるけれど、弁々にとっては、そんなことはどうでも良かった。自分勝手で良くない姉だと思う。けれど、妹に伝えられずにはいられなかった。

「だからね、八橋も、したい事を、しましょ。それがきっと私達姉妹の正しい姿なんだわ」
「……姉さんはいいよね、そーやって、自分に真っ直ぐでいられてさ」

 弁々は晴れやかな気持ちで心のうちを吐露することができた。
 だが、妹の声は、ずいぶんと暗かった。

「私は姉さんと違って、中々そこまで自分に自信もてないよ。どうしても周りが気になっちゃう。自分は変じゃないか、おかしくないかって、いつも気にしてるもの」

 姉はしばらくの間、驚いて口を聞けなかった。まさか、という思いがあった。つくづく、妹と一緒にいると暇をしないと、弁々は、舌をまく。この妹は、いつも姉を仰天させてくれる。姉がようやく心の中に強い明かりを照らせたと思ったら、突然妹は、心の中の暗闇を持ち出してくる。

「そうなの? 八橋は、そんな風に感じてたの?」
「そーよ。知らなかった?」

 妹は、姉にしがみついたまま、睨むような目つきをした。そうやって、本音を明かす勇気を絞っているのだろう。妹の瞳が、暗闇の中で光っている、ような気がする。弁々は、妹の大きな瞳の中に、己の姿を見た気がした。

「貴方は、いつも元気一杯で自信満々で、迷うことなんかないって、私はそう思ってた」
「ふんっ」

 と、鼻を鳴らすと、妹は180度寝返りをうって、弁々に背中を向けてしまった。
 力の無い背中で、いじけた声をはく。

「姉さんったら、姉さんのくせに、私のこと全然わかってないじゃん」

 弁々は、妹の罵りを素直に認めた。

「ごめんなさい、そうみたい」

 けれども申し訳ないという気持ちは、ほとんど無かった。妹もまた同じ間違いを犯している。

「でも、八橋だって、私のことを全然わかってないのよ。私、ずっと羨ましかったんだから。貴方みたいになりたいって、いつも思ってたし、今も思ってる」

 妹にとって、姉のその発言は意外だったのだろうか。そっぽを向いた後ろ頭が、戸惑うように、身じろいだ。妹にとって、姉はとても自信に満ち溢れている存在に見えたのだろうか。だとしたら、それは大きな勘違いだ。

「私達、まだまだお互いのことを、ちゃんと知らなきゃいけないね」

 妹の背中に、寄り添う。
 背中から手を回すと、姉の体は妹の背中をすっぽりと覆うことができた。卵を抱きかかえる親鳥のように、弁々は妹を全身を使って妹を包んだ。妹の暖かい体温が、腕に、胸に、おなかに、足に、伝わってくる。
 この小さな体の中には、姉が思っていた以上に、素敵なものが詰まっている。姉には乏しい、快活で元気一杯な心。そして姉とほとんど同じ、悩みや心配ごと。
 すうと息を吸うと、暖かくて懐かしい匂いに包まれた。姉のよく知る、妹の体臭。妹の体からしみでる匂い。感じなれた呼吸のリズム。胸や肉の柔らかい感食。妹の息遣い。
姉妹の絆は花々やこまやかな愛情でできているわけじゃない。妹の体からしみでる、甘い香。共通の匂いや思い出、そう言ったもので二人はつながれ、つながっていく。

「八橋」

 妹のうなじの香を吸い込みながら、姉は語りかける。

「八橋はとっても素敵な妹よ。私はずっと、貴方の姉でいたい。八橋の弱いところも、強いところも、全部知りたい」

 すりすりと、妹のブラウンの髪の毛に、弁々は頬ずりをした。

「私は八橋がいないと、何もできないのよ。私の元気は、全部、八橋のおかげ。……貴方にとっても私がそうであったなら、嬉しい。そうあれるよう、私、頑張る。頑張って、いつも素直でいる」

 弁々は、心の中で決めていた。
 明日は、お休みのキスをしてみよう。ホッペではなく、唇に。
 私達は姉妹だ。
 私は妹にとって世界でたった一人の姉。そして八橋は、世界でたった一人の、私の妹。
 私には資格がある。妹の唇を奪う、覚悟がある!

「……恥ずかしいこと言わないでよね。姉さんの、馬鹿。そーいうところがさ……羨ましいって言ってるの……」

 妹の声はまだいじけている。けれど、ちゃんとその声は笑っていた。姉の気持ちにこたえてくれていた。
 妹は、明日になれば元気なってくれるに違いない。妹は、思ったよりも傷つきやすい女の子だったのかもしれない。けれどきっと立ち直りは早い。弁々の知る妹は、そういう生命力のある少女であるし、それが全く間違っているとは、思わないい。
 朝がくれば、また楽しい日々がきっと始まる。妹と、姉の二人の。
 さぁ、もう、眠る時間だろう。
 眠って心を休ませるとき。次に目覚めたとき、妹の心は少し強くなっているだろう。そうに違いない。 
 目を瞑る、とたん、眼球を眠気が覆いつくす。瞼の裏が熱い。二度と目を開けたくない。全身の力をぬいて、妹のほんわかした体に身を預ける。抗いようの無い心地よさが、触れ合った箇所を起点にして全身へと広がっていく。そんなに長話をしていたつもりではないけれど、随分疲れていた。驚きの連続だったのだ。知らない妹を知れたし、自分の本心をも知ることができた。新鮮で、豊かな経験だった。その代わりに、心は、へとへと。

「お休み八橋、また明日」

 妹の体臭に包まれながら、弁々は急速に、心地よい眠りへと落ちていった。

















 
 弁々は夢を見ていた。
 夢と現の間、起きているのか、寝ているのか。今がいつなのか、どこなのか。自分は、どこにいるのか。目は開いているのか、閉じているのか。
 ぼやけた意識の中、弁々は、かすかに妹の声を聞いたような気がした。

 

 ――素直に、したいことをしろって、そう言ったのは姉さんなんだからね



 唇に、柔らかいものが当たった。ような気がした。
 形のない、けれどとても暖かい、何か。
 なんだか、求めてやまなかったものが、ようやく手にはいったような。



 ――どうしよう、本当に、しちゃった、私ったら。
 ……ずっと、してほしかったんだからね。姉さんの意地悪。なんでしてくれないの?
 だけど、恥ずかしくてそんなこと言えなかった。
 姉妹でキスだなんて、多分、変だもん……きっと、みんなにまた笑われる……けど、でも私は、やっぱり姉さんとキスしたい。
 だって私、姉さんのこと、とっても好きなんだもん。
 だから、いいんだよね……?
 素直になって、いいんだよね……?



 今宵、弁々は良い夢を見た。



 姉妹でいつまでもいつまでも、一緒に笑っている。
 緑のまばゆい草原で、キラキラと水面の輝く川辺で、何もかもが紅い夕焼けの大空で。
 そんな二人を、弁々は遥かな高みから、幸せな気持ちで、見下ろしている。
 よい夢だ。本当に。

 べんべん、べんべん
 
 弁々は喜び、有か無いかの意識の中で、子守歌をうたうように、口ずさんでいた。
スマホで「弁々」って変換しようとしたら、「便々」って変換されて、なんかブホってなりました。

お目汚し。

12/17:誤字訂正。ご指摘、感謝いたします。
KASA
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コメント



0.2010簡易評価
2.100非現実世界に棲む者削除
欲求出しながらのシリアスな話ってある意味良いですね。
仲が良き姉妹で有らんことを。
3.90名前が無い程度の能力削除
こともな。おやみのキス

禁断の姉妹愛ですね、アツアツです。
4.100名前が無い程度の能力削除
よかった
7.100絶望を司る程度の能力削除
仲が良いって素晴らしいね!!!
8.100名前が無い程度の能力削除
かわいい
10.100名前が無い程度の能力削除
わっほーいこれは可愛い九十九姉妹。
誤字指摘。
おやみのキス→おやすみのキス
自身→自信(何ヶ所か)
何の臆面んもなく→何の臆面もなく
11.100超空気作家まるきゅー削除
冷静に考えると枕言葉だけでひとつの世界が作られている件
12.100名前が無い程度の能力削除
さすがKASAさん。新しい獲物を見つけてしまった。
15.100名前が無い程度の能力削除
うひょー。できたて&義理ってな上に人化間もないからこそできるこのシチュエーション。ごちそうさまでした
18.90奇声を発する程度の能力削除
仲良いですね
19.100名前が無い程度の能力削除
唇とは、内臓である(至言)

最高でしたあ………!!ごちそうさまですッ!!
22.90名前が無い程度の能力削除
八橋が可愛すぎて辛い
24.無評価名前が無い程度の能力削除
よい百合だ!
もっと輝針城ネタが増えますもうに。
冬コミ過ぎたら、少しはふえるのかなぁ?
25.100名前が無い程度の能力削除
あれ? KASAさんだから妊娠エンドを期待したのに。
あれ? あれぇ? 乙女ってキスしたら妊娠するんじゃなかったっけ?
28.100うり坊削除
やったーKASAさんだ!
33.100名前が無い程度の能力削除
姉妹どちらともかわいかったです。
37.100名前が無い程度の能力削除
べんべんっ。
何これかわいい…
38.100名前が無い程度の能力削除
本文が甘酸っぱい雰囲気なのに、あとがきが汚くて草不可避なんだよなあ・・・
39.100名前が無い程度の能力削除
やはり姉妹愛は最強…

弁々の髪型が大好きです
40.100名前が無い程度の能力削除
久々だからこのぐらい濃厚でちょうど良い
42.100名前が無い程度の能力削除
またあんたか!もっとやれ!!
45.100名前が無い程度の能力削除
義姉妹だからちゅっちゅしても何の問題もありませんねっ!
47.100図書屋he-suke削除
愛は実に崇高なものであり、同時に極めて卑近なものである
即物的なつながりを求めることで、愛の価値は損なわれたりしない
48.無評価お姉ちゃん信者削除
これは……かつてなかった新境地。東方姉妹愛に更なる繁栄が見える。
49.100お姉ちゃん信者削除
これは……かつてなかった新境地。東方姉妹愛に更なる繁栄が見える。
50.100名前が無い程度の能力削除
途中から幻想浄瑠璃流しながら読みました
ベンベンベベンッ♪
51.100名前が無い程度の能力削除
いいね
56.100名前が無い程度の能力削除
良い九十九姉妹でした。もっと流行れ付喪神
61.100らぐ削除
実に素晴らしき物也、我申す
62.100名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤが止まらねぇ!
67.100名前が無い程度の能力削除
もう一年以上前かぁ
68.100SaKi削除
俺とあんたとkiki、同じ土俵で誰の百合が1番すごいのか、試してみたかった…でももう、それは叶わないみたいだな。あんたの意志は俺とkikiが継ぐし、俺はkikiを超えてみせるぜ。あんたが遺したものは絶対に絶やしちゃいけねぇ。どんなことがあっても、俺が絶やさせねぇ。俺がこれから起こすであろう数多もの伝説を、あの世で見ててくれよな。あばよKASA。