Coolier - 新生・東方創想話

いつもの夜~おでん~

2013/12/15 01:42:27
最終更新
サイズ
18.14KB
ページ数
1
閲覧数
4136
評価数
7/28
POINT
1690
Rate
11.83

分類タグ

 人通りの少ない真っ暗な道の一角。
 そこにわたし自慢の屋台はある。
 店も大きくないし、くる人(妖怪?)も少ないけれど、毎日楽しくやっています。
 今日も赤提灯に火を入れて準備完了。
 12月に入って、一段と寒さも増してきたので、今夜あたり雪が降りそうです。

☆☆☆

「今日は誰もいないんだねぇ」
 最初の客さんはぼんやりとした感じで入ってきた萃香さんだった。思わずちらりと日本酒の量を確認してしまう。それにしても、いつもは賑やかな感じなのに、今日の萃香さんはどことなく沈んでいる。何かあったのだろうか?
「いらっしゃい。今日も寒いですね」
 ちょこんと席に座った萃香さんに声をかける。
「本当にね。急に寒くなったって、霊夢が魔理沙と愚痴ってたよ」
「霊夢さんのところに寄って来たんですか?」
「ちょっとだけね。特に用事があったんだけわけじゃないんだけど。何となく様子を見ようと思って」
 天気と霊夢さんの話は、幻想郷では定番の話題だ。今日も霊夢さんのまわりは穏やかだったようです。ですが、明日の霊夢さん周辺では猛吹雪になるかもしれません。
 なんてくだらないことを考えながら萃香さんに注文を尋ねる。
「今日は熱燗でいいですか?」
「うん、熱燗で。ロックは寒いしね。それと、そこで煮込んでるおでんも。おまかせでいいから」
 注文しながら萃香さんが視線を向けた先では、おでんが静かに煮込まれていた。今日の午前中から仕込んでいた自信作だ。
「嫌いなタネとかはありますか?」
 熱燗を注いだ徳利を置きながら尋ねる。
「特にないから平気だよ。そんなに気を使わなくていいからさ」
 とりあえず定番の玉子と大根。それにこっちの都合で牛スジとこんにゃく。あとはがんもどきとはんぺんを加える。そのあとお皿の端に辛子をのせ、少し多めに出汁を入れて萃香さんの前に置いた。
「やっぱり寒い日には熱燗とおでんだねぇ」
 4つに割った大根を口に運びながら、萃香さんはしみじみと言った。
 見た目は小さいのに、こういうときは長く生きてきた貫禄のようなものを感じる。
 けれども、今日の萃香さんには、いつもに比べて貫禄が少ないように感じられた。なぜだかはわからないけど。でも、普段の萃香さんなら、何も言わなくても話しかけてくるはずだ。
「今日は本当に寒かったですね」
 わたしは耐えきれなくなって、萃香さんに話しかけた。本当はお客さんが静かに食べたいと思ってるときに話しかけるのはよくないんだけど。
「すごく寒くなりそうだったので、今日のメニュー、変更になっちゃいました」
「夜になる前に寒くなるのが予想できるのはさすがの勘だね」
「これでも結構長く屋台をやっているので。それにしても、午前中にメニューを変更したこと、よくわかりましたね。最初は牛スジとこんにゃくを味噌で煮込む予定だったんですよ」
「よーく味がしみ込んでるからね。これでも結構長く呑兵衛をやっているので」
 萃香さんはわたしの言葉を真似してニヤリと笑った。なんとなく、気持ちが少し軽くなった。
 この人は、普段は機知に富んだ話をして場を盛り上げてくれる。もっとも、この屋台に来てくれる妖怪や人はみんなおしゃべり好きでいい人なので、話をすれば誰でも楽しいのだけど。
「お、鬼がいるのか。なら今日はやめておくかな」
 しばらく萃香さんと談笑をしていると次のお客さんがやってきた。「やめとく」と言っているが、まずやめないことを知っているのでそのまま眺める。
「妹紅は鬼の酒が飲めないって言うのかい?」
「鬼の酒じゃなくてミスティアの酒でしょうが」
「細かいことは気にしない方がいいよ? 酒が美味しくなくなるし。今日はまだ賑やかな連中も来てないんだから」
「そういえばやけに静かだと思ったら、美鈴も妖夢も来ていないのか」
「珍しくね。たまには静かな屋台も悪くないでしょ?」
「別にあの2人がいるからって、にぎやかになるわけじゃないでしょ。そんなことより、萃香、何かあった?」
 2人目のお客さんである妹紅さんが屋台に入りながら尋ねた。
「なんで? 別になんにもないけど」
「萃香が静かなのがいいって言うなんて珍しいからさ。別に、話したくないならそれで構わないけど」
 妹紅さんもやはり萃香さんの様子がちょっと変なことに気付いたらしい。けれども、妹紅さんもそれ以上は深入りしなかった。
「いらっしゃい、妹紅さん。今日はどうしますか?」
 ようやく席に座った妹紅さんに尋ねる。
「とりあえずおでんで。お酒は後でいいや」
「ここ、居酒屋だよ? 子供じゃあるまいし」
「おでんの香りに誘われて入ったからさ。お酒と一緒に食べるおでんも美味しいけど、最初はおでんだけで食べたいのよ。オススメのタネある?」
「うーん、何食べても美味しいと思うけど、先に食べた身としては、牛スジとこんにゃくがオススメかな」
「じゃあその2つと白滝。あとはおまかせで」
 どうやら妹紅さんは白滝が好きなようだ。白滝と牛すじとこんにゃく。それに大根や玉子などを足して、辛子をのせて出汁を注いでお皿を置く。
「妹紅は白滝が好きなの?」
 真っ先に白滝に手をつけた妹紅さんに萃香さんが尋ねた。
「萃香の酒好きほどじゃないけどね。おでんタネの中だったら、白滝が一番かな」
「わたしからすれば、こんにゃくと大差がないような気がするけど」
「白滝は結び目があるからね。ここに出汁がしみ込むのが美味しいんだ」
 どうやら妹紅さんの白滝好きは本物のようだ。今度おでんを作るときも、白滝を忘れずに入れるようにしよう。
「逆に聞くけど、萃香はおでんで何が好きなの?」
「わたし? 特に好きなタネはないかな。強いて言うならおでんの出汁」
「出汁? 確かに美味しいとは思うけど」
 尋ねながら妹紅さんは確かめるように出汁を啜る。
「ここのおでんみたいにちゃんと練り物が入ってると、よく出汁がでるからね。特に玉子の黄身が溶けた後だと、本当に熱燗と合うんだ」
 そう言うと萃香さんは最後に残しておいたらしい玉子を半分に割って、こぼれ落ちた黄身を出汁に溶かした。割った玉子は辛子をつけて普通に食べて、最後に出汁を飲んでからお酒で口の中を流している。
「口の中に黄身が少し残るから、それを熱燗で流すのが最高なんだ」
「なるほどねぇ。ならわたしも試してみようかな。ミスティア、わたしにも熱燗ちょうだい。2合で」
「ならわたしも白滝を試してみるかねぇ。あと、他にも少し入れてちょうだい」
 萃香さんが空になったお皿を置く。
 わたしがおでんやお酒の準備をしている間も、2人はおでんの話題で盛り上がっていた。
 それにしても、よくおでんだけでこんなに話が進むなぁと思う。これもお酒の力なのだろうか? それとも2人が長く生きているからなのだろうか?
 よくわからないけど、静かにしみじみと飲んでいるよりは、楽しんでくれている方がいい。
 結局2人のおでんトークは次のお客さんたちが来るまで長々と続いていくのだった。


☆☆☆


 時は流れて。店のお客さんは4人になっていた。最初に来た2人に加えて、美鈴と妖夢さんが増えていた。
 2人ともお酒と一緒におでんを楽しんでいる。美鈴さんはおでんならばと熱燗で、妖夢さんはいつも通りレモンハイだ。
「はぁーー。寒い日はやっぱり熱燗とおでんですねぇ」
 美鈴さんはそのままお酒の宣伝に使えそうな顔で言った。この写真を文さんに撮ってもらって店の壁に貼っておけばお客さんが増えるかもしれない。
「美鈴さんは寒い日に限らず飲んじゃあ酔ってじゃないですか」
「それならしょっちゅう一緒に飲んでる妖夢だって同じでしょうが」
「わたしは美鈴さんと違って、酔う前には飲むのをやめてますから」
「それは妖夢がザルなだけじゃない?」
 美鈴さんと妖夢さんの会話に、萃香さんがお酒片手に参戦した。さらに妹紅さんが加勢する。
「萃香にザルって言われるなんて、初めて見たわ」
「そりゃ妖夢は、あの射命丸文を潰した呑兵衛だからねー」
 餅巾着を出汁に浸しながら美鈴さんが勝ち誇ったように言う。妖夢さんは周囲から攻撃を受けて四面楚歌だ。攻撃をしているのは3人だけど。
「ま、でもこれだけ美味しいおでんなら、飲まずにはいられないのは事実だけどね」
 ひとしきり妖夢さんで遊んだあと、美鈴さんは空になった徳利を置きながら言った。何も言わずに熱燗を足しておく。
「美鈴さんも、出汁の香りに誘われて入ったんですか?」
「ひょっとして妖夢も?」
「はい。今日は飲む気なかったんですけど、あまりにも寒かったのと、香りがよかったので」
「この香りは凶器よねぇ。かつおと昆布に練り物を合わせた香りと言うか……」
「おでんって、すぐにわかりますからね。蕎麦屋さんの香りと同じで、ついつい入りたくなっちゃいます」
「じゃあそれに鰻の香りを合わせれば、幻想郷三大危険な香りね」
「わたしは鰻よりも天ぷら油の香りを押しますけど」
「あぁー、たしかに天ぷらも危険な香りよねぇ」
「ですよね。寒い夜のおでんの香りにはおよびませんけど」
 おでん、蕎麦、鰻、天ぷら。どれも香りがよい料理だ。わたし個人的には、肉じゃがの香りが一番危険だと思う。普通の煮物なのに、あの料理は独特の香りがする。人里の民家から肉じゃがの香りがして、思わず作ってしまったことが何回もあった。
「そういえば、妹紅さんと萃香さんもおでんの香りに誘われて入ったんですか?」
 レモンハイのグラスを空にした妖夢さんが2人の方を向いて尋ねた。
「わたしはそう。早めに行ったのに、萃香に先をこされたけどね。そういえば、萃香はなんであんなに早くいたのよ?」
「うーん……」
 妹紅さんに尋ねられて、萃香さんは止まってしまった。いつもはうるさいほどに賑やかなのに、今日はやけに静かだった萃香さん。やっぱり、何かわけありなようだ。
「ここの連中は悪い奴じゃないからさ。吐きだした方がいいんじゃない? いくら萃香でも抱えっぱなしじゃ持たないよ。妖怪でも、思ってるほど強くないんだから」
 妹紅さんは萃香さんの背中を軽く叩きながら、諭すように言った。
 萃香さんはしばらくお酒が入ったお猪口の水面を見ていたが、しばらくすると静かに口を開いた。
「今日、霊夢のところに行ったんだけど、ちょっと見てられなくてさぁ」
 見ていられない霊夢さん。
 ここで見る霊夢さんで見ていられない姿といえば、潰れてしまった姿だが、もちろんそんなわけはない。
「霊夢、どうかしたんですか?」
 誰も続きを聞けないでいると、美鈴さんが優しい声で尋ねた。この人は、本当に気が利く。
「別にいつものことなんだけど……」
 そう言って萃香さんは話をはじめた。
 霊夢が魔理沙と神社で話をしててさ。わたしはいつも通り見えないように近づいていったんだけどね。ちょっと霊夢が辛そうな目をしてて、何を話してるのかと思ったら、「もっとわたしに力があればみんな幸せに暮らせるのに……」なんて言ってるの。たぶんまた人里の人間が妖怪に殺されたんだろうね。一応本人も「全員を守るのは無理とはわかってる」みたいなことを言ってるんだけど、内心は受け入れきれないところもあるみたいでさ……。
「どんなに力をつけても、思ってるほど他人を助けられはしないんだけどね……」
 最後に萃香さんは絞り出すように言ってからお酒を飲みほした。
 美鈴さんは静かに話を聞いている。妹紅さんはうどんを注文して、おでんの出汁で食べている。
「力をつけたいのは当然だと思いますけどね」
 お酒にもおでんにもてをつけず話を聞いていた妖夢さんが言った。
「妖夢はそう感じるかもね」
「当然です。もっと力をつけて、幽々子様に一人前だと認められたいですし」
「まぁ、それくらいならいいかもしれないけどね。でも霊夢の場合は、人間があれ以上の力をつけてどうするのって思うんだよね。そんなに変わるわけじゃないのに……」
「さっきも萃香さんは言ってましたけど、力をつけても思ってるほど他人のためにならないって、どういうことですか?」
「これは、たとえ話になるんだけどさ」
 萃香さんは一度そこで言葉を切ると、新しく熱燗が入った徳利からお酒を注いだ。一口お酒を飲んで口を湿らせてから続きの話をはじめる。
「たとえばわたしは密と疎を操ることができるでしょ。やろうと思えば、幸せにしたいと思う人に幸せを集めることだってできるわけだ。でもそんなことをしたら、周りの人の幸せを奪い取って、またたくさん不幸な人を生んじゃう」
 また萃香さんはお酒を飲んで続ける。
「妖夢の主の幽々子だってそうさ。幽々子は死を操ることができる。まわりから見れば、便利で恐ろしい能力に感じるかもしれない。けれども、実際に持っていて、本当に幸せだとは思わない。少なくともわたしはいらない。殺して手に入れられるものなんて、ほとんどないからね」
 そこまで言って、萃香さんは深いため息をついた。誰も萃香さんに声をかけることができず、じっとだまりこんでいる。
 結局、萃香さんは力を持つことの無意味さを嘆いているのだ。そして、あれだけの力を持っている霊夢さんが、さらに力を得ようとしていることにもやるせなさを感じている。
 けれども、実際に考えてみればその通りだ。
 たとえば自分が死を操ることができるとする。もし、その能力を持っていたら何に使うだろうか? 
 たぶん何にも使い道はない。せいぜい自分に悪意を持って襲ってきた妖怪や人に対して使う程度だ。でも、それは死を操れなくても変わらないことだ。
 むしろ、自分の能力を恐れて、屋台に訪れるお客さんが減ってしまうかもしれない。そうしたら、能力を疎ましく思うだろう。
 萃香さんの能力も同じだ。自分が誰かを幸せにしようと力を使ったら、それが更なる不幸を生んでしまう。最悪だ。
 もしかしたら、さっきのたとえ話も、萃香さんが過去に犯した過ちなのかもしれない。
 もっとも、だれも萃香さんを責めることなんてできないけど。
「確かに、思ったより自分は何もできなかったりするのよね……。でもさ」
 沈黙を破ったのは妹紅さんだった。お店の中にいる全員の視線が妹紅さんの方に集まる。
「自分で思ってるよりも、人のためになってることもたくさんあるのよね」
 言いながら妹紅さんは妖夢さんの方を向いた。
「たとえば妖夢なんかは、自分は幽々子の役に立ってないと思ってるんでしょ?」
「まぁ、率直に言ってしまえば」
「確かに、護衛としてはそうかもね。けれども幽々子にしてみれば、妖夢にそんなことは求めてないと思う。むしろ、妖夢のことは絶対に守るくらいに思ってるんじゃないかな」
「それじゃあ護衛の意味がないじゃないですか」
「ま、確かに強い主が自分よりも弱い者を従者に置いておくなんて、あまり意味はないかもね」
 クスクスと笑いながら妹紅さんはお酒を飲んだ。ストレートに意味がないと言われて、妖夢さんは茫然としている。
「たぶん、幽々子が妖夢に求めることは。一緒に楽しく話してくれる程度よ」
「一緒にいることですか?」
「そ。死を操れる幽霊にとって楽しく話をしてくれる相手なんて貴重よ? わたしなんて、不老不死の人間だったから、何百年も話せなかったんだから」
 気楽そうに話す妹紅さん。
 けれども、とてつもない苦労だったことは容易に想像できる。
「当たり前のようなことって、凄い幸せなのよね。わたしからしてみれば、ここの屋台なんて天国よ? 行けば話し相手がいて、さらに料理まで出てくる。こんな不死身の人外なのにね」
 妹紅さんは小さな自虐をして笑った。その視線の先にいたのは、萃香さんだ。
「そうだよね。どんなに霊夢が力をつけても、ここに来れば楽しく話せるんだもんね。それに今の霊夢なら、無理な力をつけようとしたら、わたし達で止められる」
「そうそう。力を求めるのは仕方がない。霊夢だって、幻想郷は大切だろうからね。それでも、無理をしようとしてるなら、無駄な力をつけることは無意味だってわたしたちが教えてあげればいい。それと妖夢もね」
 そう言って妹紅さんは、今度は妖夢さんに話しかけた。
「さっき護衛は無意味みたいなことを言ったけどね、幽々子にしてみれば、妖夢が全力で守ってくれることは嬉しいことよ。幽々子の力なんか考えずに、ただ一生懸命守ろうとしてくれるんだからね。それは、純粋に幽々子のことを大切に思う気持ちだから」
「…………。そうですね」
 妖夢さんはしばらく黙っていたが、純粋な瞳で呟いた。妖夢さんのこういうところは、凄く綺麗だと思う。やっぱり妖夢さんは、幽々子さんが自慢できる従者だ。今は未熟かもしれないけど、いつかは立派な従者になれると思う。
「さぁて、そろそろの見直しますかね。なんだか湿っぽくなっちゃったし。ミスティア、お酒ちょうだい。あと妖夢にもめちゃくちゃ濃いレモンハイを」
「ちょっと、なんでわたしの注文までしてるんですか!?」
 突然の美鈴さんの言葉に、妖夢さんが慌てて抗議をする。
「あんたが湿っぽいとこっちも調子が狂うのよ。どうせレモンハイなら潰れないんでしょ?」
「そんなこと聞いてないですって! 人のお酒、勝手に注文しないでください!」
「でも、お酒空よ? それに妖夢はレモンハイ以外注文するの?」
「わたしだって、熱燗を注文するかもしれないじゃないですか」
「じゃあ、熱燗注文するの?」
「いや、レモンハイですけど……。ミスティアさん、お願いします」
 顔をちょっと赤らめて注文をする妖夢さん。美鈴さんとのやりとりに、萃香さんと妹紅さんから笑い声が漏れた。
「さぁてと、わたしも妖夢に負けずに飲むかな。鬼が飲む量で半人半霊ごときに負けるわけにはいかないからね」
「お? 萃香は無理矢理飲ませなくていいのかい? わたしが美鈴みたいに無理やり飲ませてやろうと思ったのに」
「ミスティアー、こちらの妹紅さんに感謝の証としてバーボンロックをジョッキであげて」
「ちょっと萃香! それはさすがに死ぬって! 寒いし」
「大丈夫。妹紅は不老不死なんでしょ?」
 楽しい声が響き渡る屋台。この空気がやっぱりわたしは好きだ。けれども、完全に飲み直しとなった今、お酒の量が本当に心配だ。
 これは明日買いに行かなくちゃだめかも。
 そんなことを考えながら、妖夢さんのために濃いめのレモンハイを作り、妹紅さんのために、バーボンロックジョッキ(大)を準備するのだった。


☆☆☆


 嵐が去った後の店内。見事に潰れた妹紅さんと美鈴さんは毛布に埋もれて寝息を立てていた。結局飲み直しを生き残ったのは、妖夢さんと萃香さんだった。さすがこの店の3トップは伊達じゃない。ちなみに、もう一人は文さんである。
「ミスティア、明日お酒買ってくるよ。だいぶ減っちゃったでしょ?」
「別にこれくらいなら大丈夫ですよ? ここに来る方は、みなさんよく飲むので」
 萃香さんの申し出をやんわりと断ったが、本当は買いに行かなければならないほど減っている。
「今日は、わたしが雰囲気壊しちゃったからさ。でも許して。ここの連中は、本当にいい奴ばっかりだから、ちょっと愚痴をもらしたくなっちゃうんだよね」
「少なくとも、わたしはぜんぜん大丈夫ですよ。ここはそういう場所ですから」
「ミスティアが毎日美味しいお酒と料理を出してくれるからね。それで、わたしはついでに霊夢もここで笑わせてあげたいと思ってるんだ。少なくとも、あんな暗い顔はしててもらいたくない。だから、明日霊夢を連れてきていい?」
「霊夢さんですか? もちろん大歓迎ですよ」
「うんと飲ませて、うんと食べさせて、うんと笑わせて、辛いことなんて忘れさせてやるんだ。お酒はわたしがたくさん買ってくるから、美味しい料理を霊夢に作ってあげてくれない?」
「それなら、はりきって準備させてもらいますね。何をつくりましょうか?」
「ミスティアの料理ならなんでもいいけどなぁ。妖夢、なにかない?」
「わたしですか?」
 突然話を振られた妖夢さんは、ピクンと体を跳ねさせた。
「そうですねぇ。暖かいものなら何でもいいと思いますけど。明日も寒いと思いますし」
 そう言うと妖夢さんは席を立って外の様子を覗った。
 外ではいつの間にか雪がふわふわと舞い落ちている。
「この雪だと、明日には積もりそうですね。霊夢さん、ここに来て愚痴を言いそうです」
「そりゃいいや。妖怪をあっさり倒す霊夢が、雪相手に愚痴を言うなんて、人間らしいじゃないか」
 カラカラと豪快に笑いながら萃香さんは言った。
「それで、料理はどうしましょう?」
 気を取り直して、わたしは尋ねた。
「楽しいならなんでもいいや。とにかく明日は悩む暇なんかないくらいに飲ませて、笑わせてやるんだから」
「萃香さん、普段から幽々子様のために料理をしている身から言わせてもらえば。なんでも良いっていうのは案外困るんですよ?」
「そうなのか? じゃあ、ミスティアもこっちに来て一緒に考えてよ。お酒持って」
「そういえばミスティアさん、最近は一緒に飲んでませんでしたね。久々にどうでしょう?」
 突然の2人からのお誘い。今日はもうお客さんも来ないだろうし、悪くないかもしれない。この楽しい2人と一緒に明日の準備を考えるのは楽しそうだ。
「じゃあ、少し2人で相談していてください。わたしはお店を閉めちゃうので」
 言い残して、わたしは店の外にでた。冷たい風に雪が舞って、とても寒い。
 提灯の火を消していると、2人の楽しそうな話し声が聞こえてきた。明日の霊夢さんは、雪かきを嘆いたあと、萃香さんたちに潰されてしまうのだろう。ちょっとかわいそうな気もするけど、神社で悩んでいるよりは、よっぽどいいと思う。
「わたしも霊夢さんの助けになれるのかな」
 ふと言葉がもれた。
 今日の妹紅さんの言葉がよみがえる。
 力がなくても、思ったよりも他人を助けている。
 わたしには大した力はない。せいぜい鳥目にできる程度だ。それでも不老不死の妹紅さんに「ここの屋台は天国だ」と言ってもらえた。
「ミスティアー、まだ片付けてるの?」
 店内から萃香さんの大きな声が聞こえた。
 そうだ。明日はこの屋台で霊夢さんを悩みから解放するのだ。そのためにわたしは精一杯の料理を作らなくちゃいけない。まず、萃香さんと妖夢さんと相談して料理を決めないと。
「はーい! 今行きます」
 一言返事をすると、わたしは暖かい店内の中に戻った。
 霊夢さんも、萃香さんも、妖夢さんも。
 力があってもなくても。
 明日も楽しい夜にするために。


いつもの夜シリーズの第5作目です。
生ガキ、寒ブリ、牛タン、冷奴ときて、今回はおでん。寒い日の屋台と言えばおでんです。
個人的に好きな具は大根とちくわなのですが、ちくわぶ党からのブーイングがすさまじく、ちくわぶ党の党員とおでんを食べていると、いつも猛攻をうけます。
なぜちくわは食べるのに、ちくわぶは食べないのかと。

それではここまで読んでいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
それでは、今夜は熱燗で。
乾杯!
琴森ありす
http://yaplog.jp/vitalsign/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1050簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
最後の「たいした力はない」との下り。常連客の陣容を見れば一見その通りですが、その実ミスティアにも戦闘力ではないけれど強力な力があるような気がします。
たとえば人の命を守るのは、戦う力よりも社会的、組織的力だったりします。ミスティアもその力、妖夢が幽々子を助けているのと同じ、今晩萃香を元気づけたその力を振るって、霊夢の抱える問題にも有効なアドバイスができるでしょう。
2.100名前が無い程度の能力削除
新作待ってましたぁ!!にしても、今回はおでんとか…こんな真夜中に見るんじゃなかった…お腹すいた…内容は私がどうこう言える能力はないですけど、やはり貴方の作品は安定した面白さがあると思います。特に最後のミスチーの自身の強さを考えるとことか、上手くまとめられてて感心しました。では最後に誤字報告を。の見直しましょうかね→飲み直しましょうかね
4.90名前が無い程度の能力削除
…というわけでコンビニから白滝を調達。結び目に気をつけて食べてみました。中々美味し。やっぱり寒い日にはおでんですねぇ。
11.80沙門削除
 乾杯ー!おかみすちーの話は大好きです。
 コンビニで白滝とちくわを買ってはふはふしながら再読。
 私自身アル中なので、屋台で一杯やりたくなりました。
 お酒を飲む場所は癒しの空間だと思うのですよ。だから霊夢にも元気になって欲しいなー。
12.80奇声を発する程度の能力削除
おでん食べたくなった
15.100名前が無い程度の能力削除
しみじみとしたいーいお話でした
レモンハイばっかり頼む妖夢かわいい
18.100名前が無い程度の能力削除
直接話に出てはいないけど、霊夢のその後が気になります
おでんが食べたい