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「河童の里の冷やし中華と串きゅうり」(作品集174) 「迷いの竹林の焼き鳥と目玉親子丼」(作品集174) 「太陽の畑の五目あんかけ焼きそば」(作品集174) 「紅魔館のカレーライスとバーベキュー」(作品集174) 「天狗の里の醤油ラーメンとライス」(作品集175) 「天界の桃のタルトと天ぷら定食」(作品集175) 「守矢神社のソースカツ丼」(作品集175) 「白玉楼のすき焼きと卵かけご飯」(作品集176) 「外の世界のけつねうどんとおにぎり」(作品集176) 「橙のねこまんまとイワナの塩焼き」(作品集176) | 「人間の里の豚カルビ丼と豚汁」(作品集162) 「命蓮寺のスープカレー」(作品集162) 「妖怪の山ふもとの焼き芋とスイートポテト」(作品集163) 「中有の道出店のモダン焼き」(作品集164) 「博麗神社の温泉卵かけご飯」(作品集164) 「魔法の森のキノコスパゲッティ弁当」(作品集164) 「旧地獄街道の一人焼肉」(作品集165) 「夜雀の屋台の串焼きとおでん」(作品集165) 「人間の里のきつねうどんといなり寿司」(作品集166) 「八雲紫の牛丼と焼き餃子」(作品集166) |
幻想郷の地下に広がる広大な地底世界。現在、《旧都》と呼ばれているその街は、かつて地獄があった場所に、地上で忌まれた妖怪たちが住み着いたものだ。
地底が手狭になったことで地獄が移転したため、旧都は《旧地獄》とも呼ばれる。そして、移転した方の地獄――通称《新地獄》は、魔界のほど近くに居を構え、今日も今日とて閻魔に裁かれた亡者たちが送り込まれている。
私――八雲藍は、紫様の命により、その新地獄を訪れていた。
「……意外と、賑やかなものだな」
地獄と言えば、血の池が広がり針の山がそびえ、灼熱の火焔地獄が唸りをあげ、そこら中から亡者のうめき声が聞こえるような修羅の地――というのが、おそらく一般的な認識だろう。しかし実際のところ、それはあくまで亡者の送られる場所としての地獄の話である。今の地底の旧都がもともと地獄の一角として栄えた場所であることからも明らかであるように、地獄は単に亡者に刑罰を与えるための場所だけではない。
今、私の目の前に広がっているのも、人間の里の商店街や中有の道と変わらない、活気に満ちた街並みであった。地獄に勤務しているらしい鬼や死神が行き交い、食堂や商店が建ち並ぶ。考えてみれば当たり前の話で、地獄とは送られてくる亡者を管理する者たちが働く場所である以上、そこには当然の帰結として生活空間が形作られるわけだ。需要があるところに供給が生まれるのは経済活動の基本である。
新地獄を訪れるのは初めてだったので、どうしてもおのぼりさんのように視線を彷徨わせてしまう。物珍しさもあるが、それ以上に鼻腔をくすぐる良い匂いがそこかしこから立ちこめているのが気に掛かった。ああ、美味そうな飯屋があちこちに。どこを選ぶか迷ってしまうな。嬉しい悲鳴だ。
「はっ、いかんいかん」
違う違う、そうではない。私は飯を食いに来たのではなく、紫様の命により、幻想郷を管理する妖怪の賢者の代理人としてここを訪れたのである。誘惑を振り切り、私は目的地へ向かって足を速めた。――腹部が情けない音を立てたのは、聞かなかったことにした。
誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという、孤高の行為。
この行為こそが、人と妖に平等に与えられた、最高の“癒し”と言えるのである。
狐独のグルメ 番外編
「新地獄のチーズ焼きカレーと豚トロひとくちカツ」
目的地――《新地獄本庁》を見つけるのは容易かった。新地獄の中核を為す組織であるのだから、一番大きな建物を目指せばいいわけである。
煉瓦造りの建物の中に入ると、目の前に突然、黄金色の円盤のようなものがゆっくりと飛んできた。そこには髪の長い女性の上半身が浮かび上がっている。
「いらっしゃいませ。どちらに御用ですか?」
円盤の中の女性がそう喋った。どうやらここの案内役らしい。
「八雲藍と申します。幻想郷の賢者、八雲紫の代理として、水鬼鬼神長殿にお目通り願いたく参上仕りました」
「水鬼鬼神長ですね。かしこまりました。どうぞこちらへ」
ふわふわと円盤ごと移動する女性のあとに従い、私は歩き出す。それからふと、この女性が何者なのかについてひとつ思い当たる節があり、訊ねてみることにした。
「もし――失礼ですが、貴女は菊理媛神では?」
私がそう問うと、円盤の女性はくるりとこちらを振り返り、「あらあら」と微笑む。
「よくおわかりになりましたね。キクリと申します」
「やはり。地獄を訪れる生者と、地獄の死者の間を取り持つ神となれば、そうではないかと」
菊理媛神は死んだイザナミと、会いに行ったイザナギの間を取り持った神だ。なるほど、地獄にやって来た生者である自分の案内役には相応しい。
「そちらは、幻想郷の賢者の使いということでしたが――」
「ええ」
「博麗の巫女はお元気でしょうか?」
「――博麗霊夢をご存じで?」
「ええ、生身の人間が地獄にわざわざやって来るのは珍しいので、よく覚えています」
そんなことがあったのか。今度博麗神社に行ったら話を聞いてみようかとも思ったが、霊夢のことだから覚えていないと言われそうな気もして、私は小さく肩を竦めた。
キクリから霊夢が新地獄にやって来たときのことを聞いているうちに、ある一室の前でキクリが足を――もとい、浮いて移動するのを止めた。「こちらになります」とキクリが言い、私は礼を言って彼女に別れを告げる。
戻っていくキクリの背中を見送り、それから私は目の前の扉に手を掛け、ひとつ深呼吸した。
――水鬼鬼神長。この新地獄で、生者のお迎えを担当している鬼神長のひとりに私が会いに来たのは、過日、幻想郷で起こったひとつの騒動が原因であった。河童の里にほど近い玄武の沢に、十日ほどにわたって巨大な水柱が立った、通称《水柱事件》である。それを引き起こしたのが、この扉の向こうにいる水鬼鬼神長なのだ。
水柱は、とある仙人を殺害するために水鬼鬼神長が仕掛けた罠だったらしい。それ自体は幻想郷ではよくある私闘の類いなのだが、水柱を作るために水鬼鬼神長が利用したのが雨雲だったことが問題であった。幻想郷に降るはずだった雨という雨を、水鬼鬼神長が水柱に使ってしまったために、幻想郷に全く雨が降らなくなってしまったのである。
夏場にさしかかるところでの日照り続きは、人妖動物を問わず大問題である。植物が枯れれば動物が飢え、動物が飢えれば人間も飢え、人間が飢えて減れば妖怪も困る。どんな妖怪も人間あってこそ存在できるものである以上、人間の危機は見過ごせないのである。
そんなわけで、紫様の命を受け、私はその件の抗議と今後の対策について話をするため、はるばる新地獄までやって来たというわけだ。私自身、人間の里には日常的に世話になっているし、普段の食事も里でまかなっている部分が大きい。人間の里が飢えるようなことになれば、八雲家の食卓も侘びしいものになる。それは断固として避けなければならない。三度の飯の愉しみを奪われること以上に残酷なことがあるだろうか。
顔を上げ、私は扉をノックする。返事があり、重々しい音をたてて分厚い扉が開いた。さて、賢者の式神としての外交力の見せ所である。私はゆっくりと、その中へ足を進めた。
話し合いは結局、ほぼ紫様の想定されていた通りに進んだ。
こちらから冷静に抗議の意を伝え、過日の水鬼鬼神長の行動の問題点を指摘すると、向こうは存外素直に謝罪の意を示してきた。こちらは向こうの立場を尊重しつつ、今度また同様のことを行う場合には幻想郷全体に影響を及ぼさない手段をとっていただきたい旨、および次また同じようなことがあれば是非曲直庁に正式に訴え出ることも辞さないという意志を伝える。向こうは取り逃した仙人――霍青娥の引き渡しを求めてくるかと思われたが、殺せなかったという事実がそもそも向こうにとっては手痛い失点であるらしく、その捕縛までこちらに委ねるのはプライドに関わるのか、特にそういった要求は無かった。
なのでこちらからも、また邪仙のお迎えで派手な私闘を行っても、幻想郷に大きな影響を及ぼさない限りは幻想郷側は介入しないことを約束するという譲歩を示すと、鬼神長は憮然とした顔で、次の機会ではもっと方法を考える、と言った。言質を取ることに成功したので、まあ、上出来というところであろう。紫様は是非曲直庁とは関わり合いたがらないので、理想はこのまま水鬼鬼神長が大人しくしていてくれることである。私としても、余計なトラブルは起こらないに越したことはない。
ただ、日照り対策についての話し合いの方は難航した。降らせてしまった雨はどうしようもないので、また自然に雨が降るのを待ってほしいというのだ。あまりに勝手な言い分であるが、余所から雨雲をかき集めてくるのは外の世界に与える影響が大きく、幻想郷的には好ましくないのではないか、と言われれば、博麗大結界の管理者としては返す言葉がない。
しかし、それで退いては私が派遣されてきた意味がない。私は鬼神長をおだてる方向に切り替え、九尾の手練手管を駆使して、次に雨が降ったときは雨量の調節と管理に力を貸す、という約束を取り付けることに成功した。相手を籠絡してこちらの望むように動かすのは昔取った杵柄というやつである。どんな手段を駆使したかは、ご想像にお任せしよう。
ともあれ、かくして紫様から命じられていた条件はほぼ引き出すことに成功したので、十分な成果といえた。一仕事を終えた清々しい気分で、私は新地獄本庁の建物を後にして、
――外に出た途端、猛烈な空腹を覚えて、私は立ち止まった。
一仕事終えたら、腹が減った。猛烈に胃袋が食べ物を要求している。
「よし、何か食べて帰るか」
食欲と理性の交渉は一秒で決着した。食欲サイドが全面的に要求を通した一方的勝利である。外交も何もあったものではないが、こればかりは致し方ない。食欲は全てに優先するのが健全な生物のあり方というものである。
私は猛然と、行きがけに通った商店街の方へ足を向けた。さあ、何を食べる。何が食いたい。私の腹は今、何腹なんだ。八雲藍政府の最新の胃袋政策において最優先すべき輸入品目がなんであるのか、慎重な討論を重ねた上での閣議決定が求められるところだ。
様々な飲食店の看板に、思わず目移りしてしまう。地獄カレー。おお、いかにも激辛でございと言わんばかりの赤文字が食欲をそそるじゃないか。血の池担々麺。これまた辛そうだが、しかし美味そうだ。銘菓《針の山》。マロングラッセか何かか? お菓子はお土産だな。今は食事だ食事。灼熱マーボー。なんだ、地獄の食堂は激辛メニューしか無いのか?
辛いものもいいんだが、あまりこう辛そうな看板ばかり並ぶと、かえって食指が動きにくい。もう少し落ち着いた感じの店は無いのか?
私が視線を彷徨わせると、原色の派手な看板の中に埋もれるように、小さく素朴な看板を立てた店が目に付いた。――ダイニング《食彩の河原》。
ピンときた。この謙虚な佇まい、隠れ家的名店の匂いがするぞ。ここにしよう。私はその店の入口の戸をくぐる。からんからん、とドアベルが鳴る。
「あっ……しまった、飲み屋か」
入った瞬間、カウンターの向こうにずらりと並んだ酒のボトルに、思わずそう呟いてしまった。いや、飲み屋でも構わないのだが、今日はこの後も結界の見回りやら仕事が山積みなので、酒を飲んでいくわけにはいかないのである。酒臭いと橙も嫌がるし。
「いらっしゃい。食事だけでも構わないが。ひとりか?」
と、私の呟きを聞きとがめたか、カウンターの向こうにいた店員らしき影がそう声をあげた。私が頷くと、「こっちへ」とカウンター席を勧められる。まあ、入ってしまったものは仕方ないし、食事だけでいいならそうさせてもらおう。私はその席に向かう。
カウンターにいた店員は、中性的で背が高く、額に立派な角の生えた――鬼だろうか。声も低く、男なのか女なのか、近くで見てもよくわからない。
「どうぞ」
店員が水の入ったグラスとおしぼり、メニューを差し出す。おしぼりで手を拭いてメニューを開くと、やはり飲み屋がメインなのだろう、一品料理が多かった。ご飯ものは無いかな、と捲っていくと、ミートドリアやチキンピラフといった文字が目に入った。おお、ちゃんとあるじゃないか、コメが。飲み屋でもやはりご飯ものが無ければ片手落ちというものだ。さて、何にするか――。
「……チーズ焼きカレー。これだな」
ピンときた。激辛看板の羅列から逃れるようにこの店に入って、結局カレーかという気はしないでもないが、やはり暑い季節だけに身体は辛いものを欲していたようだ。よし、チーズ焼きカレー、決定。
しかし、腹具合的にはもう一品何か欲しいな。再びメニューをぱらぱらと捲る。チーズ焼きカレーには肉成分が少なそうだ。それなら肉だな。肉だ肉。どうせならガッツリ、午後の仕事へ向けてエネルギーを充填していきたい。
――ひとつのメニューが目を惹いた。豚トロひとくちカツ。
豚トロのカツ! そうか、そういう手があったか。誰でも思いつきそうで、しかしなかなか見かけないメニューだ。これは盲点だったな……。意表を突くだけでなく、豚トロのカツなんて、この文字列を見るだけで美味そうじゃないか。既にして涎の洪水が起こりそうだ。
「すみません。チーズ焼きカレーと、豚トロひとくちカツ」
「飲み物は?」
「いや、結構です」
注文を受けた店員は店の奥に下がっていく。私はグラスの水を一口飲んで、大きく息をついた。ようやく一息つけたような気分だ。紫様の代理として各方面と折衝をするのも、式としてはよくある仕事ではあるが、やはり気が張っていたらしい。
この後も仕事だが、今ひとときは休息の時間。自由な、私だけの時間だ。
静かな店内に、蓄音機から幺樂の調べが流れている。阿求殿が好きだったな、この音楽。そんなことを思いながらぼんやりと旋律に耳を傾けていると、ドアベルが涼やかな音をたてた。振り向くと、髪の長い女性が入ってくるところだった。
「いらっしゃい――ぬ、サリエル?」
「こんにちは、コンガラさん。お邪魔いたします」
清楚な仕草で、コンガラと呼ばれた店員に笑いかけたその女性は、私との間をひとつ空けたカウンター席に腰を下ろした。店の奥から顔を出したコンガラは、水とおしぼりを差し出しながら、どこか憮然とした顔をしている。どうやら知り合いらしい。
「魔界の天使がほいほい地獄に来ていていいのか」
「不動明王の従者が飲み屋の店員をしているのは問題ではないのですか?」
「少しの道楽ぐらい許せ」
「もちろん許しますとも。コンガラさんのオススメのお酒はなんですか?」
不動明王の従者でコンガラ――というと、矜羯羅童子か。なるほど、鬼に見えたがどうやら目の前に居る店員は仏であるらしい。地獄に仏、という慣用句そのままの状況だが、不動明王はそもそも炎の世界の住人であるから、灼熱地獄の管理でもしているのかもしれない。
客としてやって来た女性は魔界の天使と言っていたが、地獄の仏と魔界の天使がどういう経緯で知り合ったのだろう。微妙に下世話が好奇心が湧いたが、いかんいかん、と首を振って私は前に向き直る。地獄に仏だっているし、魔界の天使だって遊びに来る。新地獄は厳密には幻想郷ではないが、それもまた幻想郷と地続きの世界らしいことだろう。
「はい、おまちどう。お先に豚トロカツだ」
おっと、きたきた、もちろん待っていましたとも。
深みのある器に金網が敷かれ、その上に一口サイズのカツが八個ほど積み重なっている。付け合わせは当然キャベツ、小鉢にはソース。そうそう、カツはそうでなくては。
できればカレーが先に欲しかったところだが、食い物を前にしておあずけに耐えるには、胃袋の主張は強行であった。食事の開始は強行採決により可決されました。高度な政治的判断により、私は箸を取る。
「いただきます」
手を合わせ、カツをひとつソースにつけて、口に放り込んだ。――おお、なるほど、こうなるか。カツのサクッとした衣の中から、豚トロのあのプリッとした食感が顔を出す。サクッ、プリッ。サクッ、プリッ。ほうほう、こいつは、いいじゃないか、いいじゃないか。
トンカツの端っこ、脂身の多い部分の、あの柔らかな食感をもちながら、それでいてしつこくない。こいつは思ったより箸が進むぞ。豚トロひとくちカツ、なぜこの発想が今までなかったのだろう。革命的発想は常に日常の思いがけぬところに潜んでいるという好例だ。新地獄の飲み屋、侮りがたし。
ああ、いかんいかん、カレーが来る前にカツだけ食べきってしまいそうだ。キャベツをつまんで少し心を落ち着かせなければ。しゃきしゃきしたキャベツの食感で口を休めつつ、私はグラスの水を飲む。
「はい、チーズ焼きカレー、お待たせ。熱いから気をつけてな」
おお、待っていたとも。差し出された陶器の中、ぎっしりと敷き詰められた焼きカレーの上で、チーズがまだぐつぐつと泡を立てている。血の池地獄か灼熱地獄か。地獄らしい熱量というべきか。食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。
私はスプーンを手に取り、焼きカレーの地層を切り崩しにかかった。ご飯と一体化したカレーとチーズをすくい上げると、スプーンと器の間にチーズが何本も糸を引く。これは、綺麗に食べるのは少々難しそうだ。まあ、いいか。
「はふっ、はふ、ほふ、熱い熱い」
口に放り込むと、火にかかった鍋から直接すくっているかのような熱さが口の中を襲う。続いてカレーのほどよい辛味が舌を刺激し、そこに熱々のチーズが絡みついてくる。ホット、ホット、ホットの三重奏だ。口の中が火傷しそうだが、しかし、うん、これも美味い。
焼きカレーとひとくちカツを一緒に食べると、気分はカツカレーだな。カツの衣とカレーというのは、どうしてこんなに相性がいいのだろう。インド生まれのカレーと、洋食から生まれたカツの異種恋愛の結果生まれたカツカレーという愛の結晶。おお、素晴らしきかな、愛!
ほふっ、ほふ。サクッ、プリッ。チーズ焼きカレーのこってりした熱さと、豚トロカツのボリューミーでありながらしつこくない食べ応えのハーモニー。チーズとカレー、豚トロとカツ、異種交配で生まれたハイブリッド昼食は、地獄で飢える私に仏から垂らされた蜘蛛の糸か。途中で切られてしまう前に食べきらなければ。
伸びたチーズが口の端から垂れる。いささかみっともないが、ううむ、どうやって綺麗に食べたものか。――ああ、そうか、これが蜘蛛の糸か。お釈迦様はチーズ焼きカレーを食べていたのか。いやそんなことはどうでもいい。ええい、気にするな、まとめて全部掻きこんでしまえ。熱いけど。
はふ、はふ。おお、口の中だけでなく身体まで熱くなってきた。私はまるで灼熱地獄に焼かれる地獄の亡者だ。食欲の亡者かもしれない。食欲を捨てるぐらいなら、私は地獄行きでも構わない。住めば都、美味い飯さえ食えるなら地獄も天国と変わらないのだ。要は心の持ちようである。
燃える、燃える。私の胃袋が地獄の業火に燃えたぎっている。この胃袋をくぐるもの、一切の望みを捨てよ。ひとは飯のみにて生きるにあらず。されど飯を試みてはならぬ。全ては飯の思し召すままに、だ。古事記にもそう書かれている。
「あむ、んむ、むぐ……ほふ、ほふ。はー……美味かった。ごちそうさま」
空になった器の前で大きく息を吐いて、私は天井を仰いだ。ああ、満腹、満足。身体が熱い。午後の仕事へ向けて、熱量の補充完了といったところだ。
「コンガラさんもたまには魔界に遊びに来てくださればいいのに」
「用も無いのに仏が魔界に行けるか」
「あら、私に会いに行く、というのはコンガラさんにとって用事になりませんの?」
「お前と会う理由がない」
「つれないことを言わないでくださいな。私はこうしてコンガラさんに会いに来ているのに」
「天使はそんなに暇なのか」
「……そこの狐さん、この朴念仁、どうにかなりません?」
「いや、私に言われても」
サリエルと呼ばれた天使の女性にそんなことを言われたが、私に何をしろと言うのだ。お勘定、とコンガラに告げて代金を支払う。結局男性なのか女性なのかはっきりしない店員は、カウンター席で口を尖らせるサリエルに対して最後まで怪訝そうな顔をしていた。
店を出て、賑やかな新地獄の通りを歩く。よく考えれば、妖狐の私も、あの天使と同じぐらい、おそらくこの地獄においては異物だ。しかし、私に奇異の目を向ける者は特にいない。天使だろうと妖狐だろうと、地獄は平等に受け入れるのかもしれない。そう考えれば、ここもまた、ある意味では幻想郷なのかもしれない。
私は新地獄本庁の建物を振り返る。幻想郷代表として、地獄と政治的交渉に来た私だったが、案外、そのふたつの間には大して区別など必要無いのかもしれない。冥界の姫も、天界の竜宮の使いも、是非曲直庁の閻魔も、厳密には幻想郷ではない場所に住んでいるとしても、実質的には幻想郷の住人と言っていいように、この新地獄の住人もまた、幻想郷の住人の一部と見なしたっていいのではないか。
「水鬼鬼神長殿を、こっちの宴会に招いてみるか」
それはなかなかの名案のように思え、戻ったら紫様に提案してみよう、と私はひとり頷いた。水鬼鬼神長が仕事のために幻想郷に迷惑のかかる方法をとってしまったのは、幻想郷に馴染みがあまり無いからだろう。それなら鬼神長殿にも幻想郷に馴染んでもらって、幻想郷の流儀を理解してもらうのが、一番手っ取り早いではないか。
幻想郷は全てを受け入れるのよ。なるほど、紫様の言葉はどこまでも至言であられる。私は何度も頷きながら、我が家のある幻想郷への帰り道を急いだ。
しかも内容はパロでマンネリ、もはや老害みたいなものです。
だが朝に読むべきではなかったなw
それにしてもまさかコンガラとサリエルがこんな登場をするとは。旧作キャラが大好きな私にはこれも嬉しい。
地獄なのに経済活動が活発で、個性的な店舗が立ち並ぶ「新」地獄の設定が、幻想郷的で良いと思います。
そうやって創想話で力を磨いた人が、自らの筆で儲ける。実に誇らしく思うが。
楽しませていただきました。
変わらず面白くて安心です
宣伝売名大いに結構!どんどんやってください
面白い作品を投稿してくださる、それが最も大事なことです
しかし、旧作のキャラクターでもこうやって出てくると違和感がないものですね
>古事記にもそう書かれている
アイエエェ…
自分の運営するサイトなのですから宣伝はばんばんすべきですよ
まーたうみょんげの時のキチガイが現れたんですかねえ…
ビールが欲しくなる作品だなぁ
宣伝目的うんぬん言ってる人がいるけど、これのどこが宣伝目的なのかがわからないな…
浅木原さんの作品はこういうファンに嬉しい繋がった設定が仕込まれていて(それでいて知らないと読めないと言うようなものでもない塩梅で)嬉しいです。