霧雨魔理沙は何かを作り続けていた。
翌日も翌日も何かを作り続けていた。しかしそれが何なのかは誰もわからなかった。気になって「それは何」と尋ねても、返って来る言葉は決まって「秘密だぜ!」だったので、終いには彼女に問いかける人は誰もいなくなっていた。
当の本人はそんな事お構いなしで今日も今日とて一心不乱に何かを作り続けている。
「……まったく、あいつったら今日もまたやってるのね」
遠目で彼女の家の様子を眺めているのは『七色の人形遣い』ことアリス・マーガトロイド。彼女はなんとなく魔理沙の様子をちょくちょく見に来ていた。
はじめは「また、何か妙な事をやってる」程度で遠目から見遣るだけだったが、いつしか来る回数は増え、今や彼女の日課になっていると言っても過言ではなかった。
とは言え、厄介事に巻き込まれるのは嫌だし、彼女の邪魔になるのも気が引けたので、いつもこうして遠目から眺めているだけだった。
今日もいつものようにアリスは、家の庭で何かを作っている魔理沙を遠目から眺め続けていた。いつもなら五分ほど眺めてすぐに立ち去っていたのだが、今日に限ってほんの少しだけ長めに彼女の様子を見つめていた。それは特に彼女の中で何か理由があったわけではなく、何かを期待していたというわけでもない。ただなんとなくいつもより長めに魔理沙のことを眺めていただけだったのだ。
「おい! アリス! そんなとこにいないでさ。こっち来たらどうだ!」
突如、魔理沙が自分に呼びかけてきたのでアリスは気が動転してしまう。思わず慌てふためいてその場から逃げようとするが、足がもつれて転んでしまった。
それでも彼女は地面を這いつくばって、何としてもその場から姿を消そうと思ったが、流石にそれは女性としてはしたないし、せっかくの服も傷んでしまうと、寸前で思い止まった。
そもそも、何のために自分はこの場から逃げようとしているのか。というのを冷静になって考え直してみると、特に逃げる必要がない事に気づく。そして思わず顔を赤らめながら魔理沙の方へと向かうのだった。
アリスが魔理沙の家へと行くと、彼女は嬉しそうにもてなしのお茶とケーキを用意してくれた。
アリスはそれを一口つけると大きく息をつく。
「はぁ……まったく驚かすんじゃないわよ! いっつも、民族博物館とかによく置いてある模型みたいに黙々と作業してたくせに……」
「あぁ、悪いな。いやさ、実はお前が毎日私の様子を見に来ていることはわかっていたんだがな。なんせすぐ帰っちゃうもんだから、なかなか話しかけるチャンスがなかったのさ」
そう言って魔理沙は笑みを浮かべた。彼女の笑みはいつも嫌味っぽさがない。
アリスはせっかくの機会なので改めて彼女に例の質問をしてみることにした。
「……ところでさ。あんた、本当に何作ってんの?」
どうせ返って来る答えは「秘密だぜ」だろうと思ったが、アリスは話のタネがてらにダメ元承知で聞いてみたのだ。
ところがそれに対し魔理沙はいつもと違い、少し困ったような表情で視線を宙に浮かべさせながらアリスに答えた。
「あー……そうだな。おまえになら別に教えてもいいな」
予想外の言葉が来たのでアリスは思わず「ふぇ!?」等という調子っぱずれな声を上げてしまう。そして自分の出した声に恥ずかしさを覚えて彼女は思わず顔を真赤にさせて両手で顔を覆ってしまった。
「……お前って本当、忙しいし見てて飽きないヤツだな」
アリスの様子を魔理沙はニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めている。
「う、うるさいっ! ちょっとお茶が熱かっただけよ!」
アリスは、氷精でもわかるような嘘をつくと、こほんと咳払いをする。魔理沙は依然としてニヤニヤとアリスの方を眺めながら、ティーカップに口をつけている。彼女に向かってアリスは半眼を向けた。
「ほら、それよりっ!」
「ああ、わかってるさ」
そう言いながら頷くと魔理沙は懐から小さな紙切れを取り出す。その紙切れは、少しかび臭さを感じるところから見てもかなりの年代物だという事はアリスにもすぐ分かった。
「さあ、これを見てくれ。何に見える?」
「何にって……」
アリスがその紙切れを見てみると、複雑な数式と文字がところ狭しと記されていた。その数式も解を出すのに幾分かの時間を要するような複雑なものばかりだった。
「……何よこれ?」
アリスの問に魔理沙はもったいぶりながら答える。
「ふっふっふ。聞いて驚け。見て騒げ。これはな。……設計図さ!」
「設計図? これが……?」
魔理沙の言葉を聞いたアリスは、もう一度その紙切れを見つめ直すが、それはどう見ても文字と数式の羅列にしか見えなかった。一体どうすればこれが設計図だといえるのだろうか。彼女には皆目見当もつかなかった。
「いや、私もはじめはこれが設計図とは思わなかったんだ。でも、数式を読み解いていくうちにあることがわかったのさ!」
「あること……?」
「そう、実はこれらの数式の答えをこうやってな……」
そう言いながら彼女は引き出しから、おそらく河童あたりから貰ったのであろう大きな方眼用紙を取り出すと、紙切れを見ながらおもむろにその方眼用紙に点を打ち始める。更にそれを直線で結んでいくと、たちまち何かの図のようなものが出来上がった。
「へぇ」
その手さばきの見事さにアリスは思わず感嘆の声を漏らす。魔理沙も出来上がった図をどうだと言わんばかりにアリスの目の前に差し出した。
「……すごいじゃない。少しは見なおしたわ!」
思わずアリスは率直な感想を彼女に述べる。すると魔理沙は照れたような笑みを浮かべながら彼女に言った。
「ま、まあ、何回も作りなおしたからな。そうやってるうちに数式見なくても頭で覚えちゃったのさ」
アリスがふと彼女の手を見ると、指にペンだこのようなものが出来ているのが見えた。この複雑な数式の答えと設計図の形を暗記するほど何度も彼女は図を作りなおしたと言うのだろうか。きっとそれは想像つかないほど尋常じゃない回数だったに違いない。アリスは呆れを通り越して一種の畏怖の念すら覚えた。
魔理沙は努力家だ。いつも使いこなしている魔法だって自力で勉強して身につけたものだ。その他の分野に関してはいろいろと欠落したところがあるにせよ、努力だけなら恐らく幻想郷随一と呼んでもいいかも知れない。その点に関してはアリスも彼女を認めていた。
「……で、魔理沙」
「ん、なんだ?」
「結局それは何の設計図なのよ?」
その努力家魔理沙が身を削るように打ち込むほどのものとは、一体何なのか。アリスは彼女が答えるのを待っていた。
そんなアリスの内心を知ってか知らでか、魔理沙はお代わりした紅茶をくいっと一気に飲み干すと笑顔で言い放つ。
「わからん!」
思わず拍子抜けしたアリスは、テーブルへおでこをそのままがつんと音を立てて打ちつける。彼女はしこたま打ち付けたおでこをさすりながら魔理沙に聞き返した。
「……はい?」
「だから、わからないって言ってるんだ!」
「こっちがわけわからないわよ!?」
「こっちだって、わからないものはわからん!」
「……あんた。もしかして、これがなんなのかわからないで作り続けてるの?」
「ああ、そうだとも」
そうはっきりと答えた魔理沙は腕組みすらして全く悪びれる様子がない。
呆れたものである。どこの世界に今、自分が何を作ってるかわからない奴がいるというのだろうか。言ってしまえば、目的地のない旅を延々と続けているようなものだ。少しでも彼女を見なおした自分が愚かだったとアリスは後悔する。
「前言撤回!! あのねぇ……」
すかさず魔理沙が遮る。
「まて! お前が言いたいことはよく分かるぜアリス。確かに自分が作ってるものが何だかわからない製作者なんてのはてんでおかしい話だ。それは私にもよくわかる!」
「だったらどうして……」
「知りたいからさ!」
「……え?」
「これが何なのか知りたいんだ! 私は別に単に物を作るためにこんな事をしてるわけじゃない! これが何なのか知りたいから作っているんだ。よく言うだろう? 登山家はそこに山があるから登るって。それと同じだ。そこに疑問があるからその疑問を解きたいんだ。そう。私は技術者ではなく、あくまで探求者としてこれを作っているに過ぎないんだ!」
彼女の真剣そのものな様子と物言いにすっかりアリスは飲み込まれてしまう。
例え、言ってる事が詭弁でも、それを強引に押し通させるような勢い。まさにこれこそが魔理沙の真骨頂であり、自分が持ち合わせていないものなのだ。そんな彼女らしい姿を見れたという事からかアリスは思わず口元を緩ませてしまう。
同時に彼女は徐々にその謎の設計図に対する興味を持ち始めていた。それは魔理沙が云々ではなく、彼女が持つ魔女特有の知的好奇心からくるものだった。
「おい、聞いてるのか? アリス」
アリスの様子を見て魔理沙は怪訝そうに尋ねる。アリスはふっと我に返ると慌てて答えを返した。
「え、ええ。もちろんよ! あんたの熱意はよくわかったわ!」
「そうか。よかったぜ! きっとお前ならわかってくれると思ってたさ!」
アリスの言葉を聞いた魔理沙は、安心したように白い歯をこぼす。
「あんたが、そこまでして知りたいって言うなら私は、もう止めはしないわ」
「助かるぜ」
「そのかわり条件があるんだけど」
「条件……?」
「私も協力するわ!」
よほど思いがけない言葉だったのだろう。アリスの言葉を聞いた魔理沙は動きがぴたりと止まってしまう。
「ちょっと……!?」
アリスの呼びかけでようやく魔理沙は我に返る。
「……ああ、びっくりさせないでくれよ。紅魔のメイドの仕業かと思ったじゃないか。冗談にしてもたちが悪いぜ?」
「冗談なんかじゃないわよ」
「……一体どういう風の吹き回しだ? いつもこういう事に対しては無関心そうなのに。言っとくけど、私は遊びでやってるわけじゃないんだぞ?」
本気に受け取ってくれない魔理沙の様子にアリスは、思わずその場から立ち上がると、彼女の方をきっと睨んで彼女に言いはなった。
「魔理沙。言っとくけど私だって魔法使いよ。しかも、私はあんたと違って生粋の魔法使い。だから私だって知的好奇心と探究心くらい持ち合わせてるわ! それこそあんた以上にね! 私も純粋に探求者としてその設計図の正体が知りたくなったのよ!」
真剣そのものな表情を浮かべながら早口でまくし立てるアリスの様子を、魔理沙は口をぽかんとさせて見つめていた。それもそのはずで、ここまで積極的な彼女の姿など今まで見たことはなかったし、彼女があからさまに欲を出している姿もあまり見覚えがなかった。
一方、アリスもアリスでどうして自分がこんなムキになっているのかいまいちわかっていなかった。案外魔理沙に感化されてしまったのかもしれない。そう思うと気恥ずかしくなって思わず頬を赤らめてしまう。
魔理沙は、しばし腕を組んで黙って考え込んでいたが、やがて「うん」と、大きく一回頷くとアリスに告げた。
「……わかった。そこまで言うなら構わんさ。……正直な所、一人じゃきついと思っていたところなんだ。お前が力になってくれるなら心強いぜ!」
実際、魔理沙が限界を感じていたというのは本当だった。解読こそは出来るものの材料や素材に関する知識を彼女はほとんど持ち合わせていなかったのだ。お手製人形を操るアリスならばそういった知識には長けているはずだ。きっと今まで以上に作業が捗るのはまず間違いない。
こうして魔理沙とアリスは一緒に作業をすることになったのだった。
共同作業をするようになってから作業の効率は今までの倍以上にまであがった。アリスは魔理沙の計算の違いにも気づき細かに訂正してくれたし、魔理沙の知らないような素材の知識も彼女は持ち合わせていた。
ここまでは魔理沙の計算通りだった。しかし、それ以上にうれしい誤算があった。二人で協力して作業するということの楽しさを彼女は教えてくれたのだ。
ただ一人で自問自答を繰り返し、試行錯誤子を繰り返し、求道者のごとく黙々と作業に没頭するのも悪くはないが、二人で会話を交わしながら作業するのもまた一興。
ティータイムを挟んで一緒に与太話をネタに談笑したりすると不思議と作業へのモチベーションも上がった。
それからしばらく経たないうちに設計図に記されたものは完成した。しかし、完成はしたもののそれが何なのかは相変わらずわからないままだった。
それは二人も今まで見たこともないような奇妙な装置だったのだ。
回転する木の台の上に、長い金属パイプが数本取り付けられており、そのパイプの根本には導線が何本も繋がれ、更にその導線の先には銅の板がくっついているという見るも不思議な物体だった。
せっかく完成したというのにその正体がわからないままじゃ何ともすっきりしない展開である。
「……ねえ、魔理沙。もしかして設計図の解が間違ってるんじゃない?」
「そう思って何度も作り直してみたんだがな。どうやらこれで合っているようなんだ」
奇妙な装置を眺めながら途方に暮れる二人。
「そうだ。こういう時はあいつを呼ぼう!」
魔理沙はおもむろに懐から小さな装置を取り出す。ぽかんとしているアリスを尻目に魔理沙はその機械に向かって話をし始めた。
「ああ、私だ。実はお前の力を貸して欲しいんだ。……そう。すぐ来てくれるか? ……ああ、たのむ。それじゃ待ってるぜ」
一通りを話しが終わった魔理沙は、依然として脇でぽかんとしているアリスに向かってニヤッと笑みを浮かべる。
「もう大丈夫だ。もうすぐ奴が来る」
「奴って?」
「この手の類のエキスパートだ」
やって来たのは河童のにとりだった。そういえば魔理沙は彼女とも仲が良いということをアリスは思い出す。改めて思い返すと魔理沙は不思議といろんな人と繋がりがある。魔理沙は人をひきつけるものを持っているのだろう。何しろ自分も彼女の魅力に惹かれた者の一人なのだ。思わずアリスは苦笑してしまう。
そんな彼女の心中など知る由もない当の魔理沙は、にとりにここまでの経緯を説明していた。にとりは装置を見るなりギョッと目を丸くさせた。どうやら心当たりがあるようだ。すかさず魔理沙が尋ねると、彼女は困ったような表情を浮かべながら告げた。
「これかー。前に文献で見た事あるんだけどさ……」
「何だ。危ない兵器か何かなのか?」
「いや、何ていうか……うーん」
「なんだ。はっきりしてくれよ。こいつは一体何の装置なんだ?」
「どちらかと言うと私の専門外なんだよ。これ」
「なんだと!?」
にとりはちらりとアリスの方を見やる。何かを訴えているような彼女の様子にアリスは首をかしげた。
「これはさー。そこの人形遣いさんの方が知ってるんじゃない?」
「は? 知らないわよ。こんなの」
突然話を振られたアリスは思わずぶっきらぼうに言い返してしまう。するとにとりは付け加える。
「所謂、オカルト系ってのはあんたのほうが知ってるでしょ? これは科学では推し量れない装置なんだよ」
そんなことを言われても。アリスはただただ困惑するばかりで彼女の頭の中には目ぼしいものは全く浮かんで来なかった。
「外の世界でも一応魔法のたぐいの物は研究されてはいたって聞くよ?きっとそれだと思うんだけどなー」
「おい、アリス! 抜け駆けは勘弁してくれよ。知っているなら教えてくれ! こいつは一体何なんだ!? もしかして知っていてずっと黙っていたのか!?」
と、しまいにゃ魔理沙まで彼女に問い詰め出す始末で、二人の熱い視線に苛まれたアリスはとうとう堪えきれなくなって声を荒らげさせてしまった。
「いいかげんにしなさいよ!! 私がこんな得体のしれない装置を知ってるわけ無いでしょ! 大体、私は魔法使いだけど、だからって別にオカルトに強いわけじゃないわ! そういう偏見を持つのはやめてほしいんだけど!? 不愉快だわ! どうせこんなのインチキ学者が作ったガラクタに違いないわよ!」
それを聞いた魔理沙の表情がたちまち一変する。彼女は目を見開いて机を乱暴に叩くとアリスに言い放った。
「おい、アリス! 曲がりなりにも私が苦心して完成させた、いや、おまえと私の血と汗と涙の結晶をガラクタと呼ぶなんて酷いじゃないか! 言ってしまえばこれは我が子のようなものなんだぞ! かわいい我が子をガラクタ呼ばわりされて黙っている親がどこにいる!」
「あの、二人とも……少し落ち着いて……」
にとりは二人をなだめようとするが、二人共ヒートアップする一方で、とうとう椅子を投げ合うまで発展してしまう。このままでは今すぐにでも弾幕が繰り出されかねない状況だった。もしここで弾幕が繰り出されたら折角二人でつくり上げた装置はおろか家まで吹っ飛びかねない。そう思ったにとりは二人に向かって叫ぶ。
「あんたら、いいかげんにしろよ! 勝手に呼び出された挙句、なんで喧嘩に巻き込まれなきゃいけないんだよ! 椅子なんか投げたら装置に当って壊れちゃうだろ! 大体それ二人で協力して作ったものなんだよね? 壊れるのは装置だけじゃ済まなくなるよ?」
にとりの怒号じみた声を聞いた二人はピタリと動きを止める。そしてお互いにとりの方を見遣ると、ばつが悪そうに俯いてしまう。
「二人とも少し頭冷やしたら?」
にとりは吐き捨てるように二人に告げるとさっさと家を出ていってしまった。どうやらよっぽど怒らせてしまったらしい。これは悪いことをしてしまったと魔理沙は大きくため息を付いた。
「申し訳ないことをしてしまったな……」
「私も悪かったわ……」
アリスも同じようにため息を付いて窓を見遣る。にとりの姿はもうなかった。魔理沙は思わず「やってしまった」と言った具合に舌打ちをする。アリスも俯いたまま頭を抱えてため息をつく。そのまましばらく二人の間には重苦しい空気が流れた。
しばらくして魔理沙がふとつぶやく。
「オカルトといえば……あいつか」
彼女は、おもむろに立ち上がると壁に掛けてあった帽子を被りだす。
「ちょっと、どこかいくの?」
「ああ、ツテを思い出したんだ。夜には帰ってくるから待っててくれ」
「え? ちょっと魔理沙……」
アリスの言葉が終わらないうちに魔理沙は家を飛び出すと箒に乗ってどこかへと行ってしまった。
「忙しい奴ね……」
その場に残されたアリスは、ふうとため息をつくと再びテーブルにつく。そして例の機械を一瞥すると再びため息をついた。
何にしろ後悔するのは仕方ないとは常々思っているが、いざそういう場面になるとやはり歯がゆいものである。
さて、うじうじしてても進まない。これからの時間をどうしようか。他人の家に一人でいるのはどうも気が引ける。とは言え自宅に帰ってしまうのもなにか違う気がする。そう考えたアリスはまず、とりあえず散らかった部屋の片付けをすることにした。
日が暮れる頃になって魔理沙は大風呂敷を抱えて帰ってくる。
「待たせたな、小次郎!」
「……私は武蔵じゃないし、別に待ってもいなかったわよ」
息を弾ませながら言い放った魔理沙に対して、アリスはそっけなく言い返しテーブルの上の紅茶をすする。それを見た魔理沙は「あ!」と言って彼女に詰め寄った。
「そうやって勝手に私の紅茶を飲んでるわけか。おまえは」
「ええ、そうよ」
アリスはしれっと言い返すと台所の方を指さす。
「あんたの分もあるわよ」
唖然としてる魔理沙だったが、ふと我に返り自分の分の紅茶を取りに台所へいくと、なにやらいい匂いがすることに気づく。よく見てみるとテーブルに置いてある鍋の中にシチューがあった。
「おい、これ……」
「あ、それ? 暇だったから作っておいたわ。傷んでる食材多かったから在庫処理よ。せっかくだから夜ご飯にでもしましょ」
あの後、予想以上に掃除が早く片付いてしまったので、アリスはついでに家事もこなしていた。罪滅ぼしというわけではないが、これくらいしておかないと彼女の気が済まなかったのだ。
一方の魔理沙は、思わず唸ってしまう。なんと手際のよいことか。一緒に作業をするようになってから何度も思ったが自分と違ってアリスは時間を有効活用するのが上手い。一日かかるような作業も彼女の手に掛かれば半日足らずで終わってしまう。
今回に関してもそうだ。ほんの数時間で彼女は掃除と料理を済ませてしまったのだ。その段取りの良さに魔理沙は改めて感心させられた。
「……で、魔理沙。そのツテとやらは何だったのよ?」
「ああ、そうだったな」
そう言って彼女が風呂敷を広げると中からはたくさんの書物が現れる。
「それ、どうしたの?」
「パチュリーのとこから借りてきたんだ」
「……ちゃんと許可もらったの?」
「私位になると顔パスだぜ」
どうせまた勝手に持ってきたのだろう。とアリスは思わず呆れてしまう。
「とにかくだ。手がかりになりそうな本を片っ端から調達してきたぜ。さあ、早速調べるとしよう!」
魔理沙はぱらぱらと本を広げる。
「まったくもう……」
アリスも手近にあった書物を開き始める。それから二人は本の虫となり夜が更けるまで書物を読み漁った。
「……へぇ、それでその本にはなんて書いてあったんだ?」
魔理沙は温め直したシチューを口に運びながらアリスに尋ねる。アリスは薄い文献を手に取りながら魔理沙に答えた。
「この機械を動かすには未知のエネルギーが必要だそうよ」
「未知のエネルギー? こりゃいよいよ怪しいぜ。で、そのエネルギーはどうすれば手に入るんだ?」
「専用の箱が必要なようね」
「どうすりゃ手に入るんだ?」
「作るしかなさそうよ」
「なんだって? 私たちは更に工作をしなくちゃいけないってわけなのか!?」
思わず大声を上げてしまう魔理沙にアリスは告げた。
「大丈夫。私が作るわ」
すかさず魔理沙が言い返す。
「お前が? 大丈夫なのかそれ」
「あら、信用してないの?」
「いや、そんなわけじゃないが……」
「すぐ作れるわよこんなの。幸い材料はこの家にあるようだし」
そう言って倉庫の方へと向かおうとするアリスを魔理沙は呼び止める。
「やっぱり私も手伝うよ。考えてみれば手伝ってもらってる身なのだからな」
「いいからあんたは少し寝なさい。目にくまが出来てるわよ」
アリスは魔理沙を一瞥するとそのまま倉庫の方へと姿を消してしまう、朝日を逆光に浴びたその姿はどこか頼もしさすら感じた。
「……まったく、格好つけやがって。人のこと言えないくせに」
そう言いながらも、ここの所ろくに寝ていないことに気づいた魔理沙は彼女の配慮に感謝し、自室に戻って一眠りすることにした。
翌日、薄曇りの空の下二人は佇んでいた。二人の周りにはにとりを始めとする魔理沙の友達が集まっている。皆の視線の先には例の機械があった。
「こっちは準備OKだぜ」
「それじゃ始めるわよ」
アリスは機械を空に向ける。
「しかし本当にこの装置でそんなことが出来るのか?」
怪訝そうな魔理沙にアリスは告げた。
「あら、『かわいい我が子』が信用できないの?」
思わず魔理沙は苦笑する。
「……それもそうだな。よし、やるぞ、アリス。今までの集大成だ」
アリスは小さく頷くと空に向けて引き金を引いた。すると瞬く間に雲は消え失せ、眩しい位の青空が姿を現す。自然と周りからは驚きの声が上がった。
「やったぜ! 成功だ!」
――クラウドバスター。それがこの機械の正体だった。アリスが読んだ文献によると、とある学者が考案した装置で、文字通り雲を消滅させる事が出来たが、その原理は未知のエネルギーを使用すること以外、詳細不明という怪しいシロモノだった。尤も、それくらいの芸当は魔法を使えばできないこともない。だが、そんな顛末はアリスにとってはどうでもよかった。今回彼女が得たものはそれ以上に意味があったからだ。
魔理沙は喜びを爆発させるような笑顔をアリスに向け、ぐっと親指を立てる。アリスもはにかむような笑みで同じポーズを返した。
二人には穏やかな日差しが優しく降り注いでいる。それはまるで二人をささやかに祝福しているかのようだった。
翌日も翌日も何かを作り続けていた。しかしそれが何なのかは誰もわからなかった。気になって「それは何」と尋ねても、返って来る言葉は決まって「秘密だぜ!」だったので、終いには彼女に問いかける人は誰もいなくなっていた。
当の本人はそんな事お構いなしで今日も今日とて一心不乱に何かを作り続けている。
「……まったく、あいつったら今日もまたやってるのね」
遠目で彼女の家の様子を眺めているのは『七色の人形遣い』ことアリス・マーガトロイド。彼女はなんとなく魔理沙の様子をちょくちょく見に来ていた。
はじめは「また、何か妙な事をやってる」程度で遠目から見遣るだけだったが、いつしか来る回数は増え、今や彼女の日課になっていると言っても過言ではなかった。
とは言え、厄介事に巻き込まれるのは嫌だし、彼女の邪魔になるのも気が引けたので、いつもこうして遠目から眺めているだけだった。
今日もいつものようにアリスは、家の庭で何かを作っている魔理沙を遠目から眺め続けていた。いつもなら五分ほど眺めてすぐに立ち去っていたのだが、今日に限ってほんの少しだけ長めに彼女の様子を見つめていた。それは特に彼女の中で何か理由があったわけではなく、何かを期待していたというわけでもない。ただなんとなくいつもより長めに魔理沙のことを眺めていただけだったのだ。
「おい! アリス! そんなとこにいないでさ。こっち来たらどうだ!」
突如、魔理沙が自分に呼びかけてきたのでアリスは気が動転してしまう。思わず慌てふためいてその場から逃げようとするが、足がもつれて転んでしまった。
それでも彼女は地面を這いつくばって、何としてもその場から姿を消そうと思ったが、流石にそれは女性としてはしたないし、せっかくの服も傷んでしまうと、寸前で思い止まった。
そもそも、何のために自分はこの場から逃げようとしているのか。というのを冷静になって考え直してみると、特に逃げる必要がない事に気づく。そして思わず顔を赤らめながら魔理沙の方へと向かうのだった。
アリスが魔理沙の家へと行くと、彼女は嬉しそうにもてなしのお茶とケーキを用意してくれた。
アリスはそれを一口つけると大きく息をつく。
「はぁ……まったく驚かすんじゃないわよ! いっつも、民族博物館とかによく置いてある模型みたいに黙々と作業してたくせに……」
「あぁ、悪いな。いやさ、実はお前が毎日私の様子を見に来ていることはわかっていたんだがな。なんせすぐ帰っちゃうもんだから、なかなか話しかけるチャンスがなかったのさ」
そう言って魔理沙は笑みを浮かべた。彼女の笑みはいつも嫌味っぽさがない。
アリスはせっかくの機会なので改めて彼女に例の質問をしてみることにした。
「……ところでさ。あんた、本当に何作ってんの?」
どうせ返って来る答えは「秘密だぜ」だろうと思ったが、アリスは話のタネがてらにダメ元承知で聞いてみたのだ。
ところがそれに対し魔理沙はいつもと違い、少し困ったような表情で視線を宙に浮かべさせながらアリスに答えた。
「あー……そうだな。おまえになら別に教えてもいいな」
予想外の言葉が来たのでアリスは思わず「ふぇ!?」等という調子っぱずれな声を上げてしまう。そして自分の出した声に恥ずかしさを覚えて彼女は思わず顔を真赤にさせて両手で顔を覆ってしまった。
「……お前って本当、忙しいし見てて飽きないヤツだな」
アリスの様子を魔理沙はニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めている。
「う、うるさいっ! ちょっとお茶が熱かっただけよ!」
アリスは、氷精でもわかるような嘘をつくと、こほんと咳払いをする。魔理沙は依然としてニヤニヤとアリスの方を眺めながら、ティーカップに口をつけている。彼女に向かってアリスは半眼を向けた。
「ほら、それよりっ!」
「ああ、わかってるさ」
そう言いながら頷くと魔理沙は懐から小さな紙切れを取り出す。その紙切れは、少しかび臭さを感じるところから見てもかなりの年代物だという事はアリスにもすぐ分かった。
「さあ、これを見てくれ。何に見える?」
「何にって……」
アリスがその紙切れを見てみると、複雑な数式と文字がところ狭しと記されていた。その数式も解を出すのに幾分かの時間を要するような複雑なものばかりだった。
「……何よこれ?」
アリスの問に魔理沙はもったいぶりながら答える。
「ふっふっふ。聞いて驚け。見て騒げ。これはな。……設計図さ!」
「設計図? これが……?」
魔理沙の言葉を聞いたアリスは、もう一度その紙切れを見つめ直すが、それはどう見ても文字と数式の羅列にしか見えなかった。一体どうすればこれが設計図だといえるのだろうか。彼女には皆目見当もつかなかった。
「いや、私もはじめはこれが設計図とは思わなかったんだ。でも、数式を読み解いていくうちにあることがわかったのさ!」
「あること……?」
「そう、実はこれらの数式の答えをこうやってな……」
そう言いながら彼女は引き出しから、おそらく河童あたりから貰ったのであろう大きな方眼用紙を取り出すと、紙切れを見ながらおもむろにその方眼用紙に点を打ち始める。更にそれを直線で結んでいくと、たちまち何かの図のようなものが出来上がった。
「へぇ」
その手さばきの見事さにアリスは思わず感嘆の声を漏らす。魔理沙も出来上がった図をどうだと言わんばかりにアリスの目の前に差し出した。
「……すごいじゃない。少しは見なおしたわ!」
思わずアリスは率直な感想を彼女に述べる。すると魔理沙は照れたような笑みを浮かべながら彼女に言った。
「ま、まあ、何回も作りなおしたからな。そうやってるうちに数式見なくても頭で覚えちゃったのさ」
アリスがふと彼女の手を見ると、指にペンだこのようなものが出来ているのが見えた。この複雑な数式の答えと設計図の形を暗記するほど何度も彼女は図を作りなおしたと言うのだろうか。きっとそれは想像つかないほど尋常じゃない回数だったに違いない。アリスは呆れを通り越して一種の畏怖の念すら覚えた。
魔理沙は努力家だ。いつも使いこなしている魔法だって自力で勉強して身につけたものだ。その他の分野に関してはいろいろと欠落したところがあるにせよ、努力だけなら恐らく幻想郷随一と呼んでもいいかも知れない。その点に関してはアリスも彼女を認めていた。
「……で、魔理沙」
「ん、なんだ?」
「結局それは何の設計図なのよ?」
その努力家魔理沙が身を削るように打ち込むほどのものとは、一体何なのか。アリスは彼女が答えるのを待っていた。
そんなアリスの内心を知ってか知らでか、魔理沙はお代わりした紅茶をくいっと一気に飲み干すと笑顔で言い放つ。
「わからん!」
思わず拍子抜けしたアリスは、テーブルへおでこをそのままがつんと音を立てて打ちつける。彼女はしこたま打ち付けたおでこをさすりながら魔理沙に聞き返した。
「……はい?」
「だから、わからないって言ってるんだ!」
「こっちがわけわからないわよ!?」
「こっちだって、わからないものはわからん!」
「……あんた。もしかして、これがなんなのかわからないで作り続けてるの?」
「ああ、そうだとも」
そうはっきりと答えた魔理沙は腕組みすらして全く悪びれる様子がない。
呆れたものである。どこの世界に今、自分が何を作ってるかわからない奴がいるというのだろうか。言ってしまえば、目的地のない旅を延々と続けているようなものだ。少しでも彼女を見なおした自分が愚かだったとアリスは後悔する。
「前言撤回!! あのねぇ……」
すかさず魔理沙が遮る。
「まて! お前が言いたいことはよく分かるぜアリス。確かに自分が作ってるものが何だかわからない製作者なんてのはてんでおかしい話だ。それは私にもよくわかる!」
「だったらどうして……」
「知りたいからさ!」
「……え?」
「これが何なのか知りたいんだ! 私は別に単に物を作るためにこんな事をしてるわけじゃない! これが何なのか知りたいから作っているんだ。よく言うだろう? 登山家はそこに山があるから登るって。それと同じだ。そこに疑問があるからその疑問を解きたいんだ。そう。私は技術者ではなく、あくまで探求者としてこれを作っているに過ぎないんだ!」
彼女の真剣そのものな様子と物言いにすっかりアリスは飲み込まれてしまう。
例え、言ってる事が詭弁でも、それを強引に押し通させるような勢い。まさにこれこそが魔理沙の真骨頂であり、自分が持ち合わせていないものなのだ。そんな彼女らしい姿を見れたという事からかアリスは思わず口元を緩ませてしまう。
同時に彼女は徐々にその謎の設計図に対する興味を持ち始めていた。それは魔理沙が云々ではなく、彼女が持つ魔女特有の知的好奇心からくるものだった。
「おい、聞いてるのか? アリス」
アリスの様子を見て魔理沙は怪訝そうに尋ねる。アリスはふっと我に返ると慌てて答えを返した。
「え、ええ。もちろんよ! あんたの熱意はよくわかったわ!」
「そうか。よかったぜ! きっとお前ならわかってくれると思ってたさ!」
アリスの言葉を聞いた魔理沙は、安心したように白い歯をこぼす。
「あんたが、そこまでして知りたいって言うなら私は、もう止めはしないわ」
「助かるぜ」
「そのかわり条件があるんだけど」
「条件……?」
「私も協力するわ!」
よほど思いがけない言葉だったのだろう。アリスの言葉を聞いた魔理沙は動きがぴたりと止まってしまう。
「ちょっと……!?」
アリスの呼びかけでようやく魔理沙は我に返る。
「……ああ、びっくりさせないでくれよ。紅魔のメイドの仕業かと思ったじゃないか。冗談にしてもたちが悪いぜ?」
「冗談なんかじゃないわよ」
「……一体どういう風の吹き回しだ? いつもこういう事に対しては無関心そうなのに。言っとくけど、私は遊びでやってるわけじゃないんだぞ?」
本気に受け取ってくれない魔理沙の様子にアリスは、思わずその場から立ち上がると、彼女の方をきっと睨んで彼女に言いはなった。
「魔理沙。言っとくけど私だって魔法使いよ。しかも、私はあんたと違って生粋の魔法使い。だから私だって知的好奇心と探究心くらい持ち合わせてるわ! それこそあんた以上にね! 私も純粋に探求者としてその設計図の正体が知りたくなったのよ!」
真剣そのものな表情を浮かべながら早口でまくし立てるアリスの様子を、魔理沙は口をぽかんとさせて見つめていた。それもそのはずで、ここまで積極的な彼女の姿など今まで見たことはなかったし、彼女があからさまに欲を出している姿もあまり見覚えがなかった。
一方、アリスもアリスでどうして自分がこんなムキになっているのかいまいちわかっていなかった。案外魔理沙に感化されてしまったのかもしれない。そう思うと気恥ずかしくなって思わず頬を赤らめてしまう。
魔理沙は、しばし腕を組んで黙って考え込んでいたが、やがて「うん」と、大きく一回頷くとアリスに告げた。
「……わかった。そこまで言うなら構わんさ。……正直な所、一人じゃきついと思っていたところなんだ。お前が力になってくれるなら心強いぜ!」
実際、魔理沙が限界を感じていたというのは本当だった。解読こそは出来るものの材料や素材に関する知識を彼女はほとんど持ち合わせていなかったのだ。お手製人形を操るアリスならばそういった知識には長けているはずだ。きっと今まで以上に作業が捗るのはまず間違いない。
こうして魔理沙とアリスは一緒に作業をすることになったのだった。
共同作業をするようになってから作業の効率は今までの倍以上にまであがった。アリスは魔理沙の計算の違いにも気づき細かに訂正してくれたし、魔理沙の知らないような素材の知識も彼女は持ち合わせていた。
ここまでは魔理沙の計算通りだった。しかし、それ以上にうれしい誤算があった。二人で協力して作業するということの楽しさを彼女は教えてくれたのだ。
ただ一人で自問自答を繰り返し、試行錯誤子を繰り返し、求道者のごとく黙々と作業に没頭するのも悪くはないが、二人で会話を交わしながら作業するのもまた一興。
ティータイムを挟んで一緒に与太話をネタに談笑したりすると不思議と作業へのモチベーションも上がった。
それからしばらく経たないうちに設計図に記されたものは完成した。しかし、完成はしたもののそれが何なのかは相変わらずわからないままだった。
それは二人も今まで見たこともないような奇妙な装置だったのだ。
回転する木の台の上に、長い金属パイプが数本取り付けられており、そのパイプの根本には導線が何本も繋がれ、更にその導線の先には銅の板がくっついているという見るも不思議な物体だった。
せっかく完成したというのにその正体がわからないままじゃ何ともすっきりしない展開である。
「……ねえ、魔理沙。もしかして設計図の解が間違ってるんじゃない?」
「そう思って何度も作り直してみたんだがな。どうやらこれで合っているようなんだ」
奇妙な装置を眺めながら途方に暮れる二人。
「そうだ。こういう時はあいつを呼ぼう!」
魔理沙はおもむろに懐から小さな装置を取り出す。ぽかんとしているアリスを尻目に魔理沙はその機械に向かって話をし始めた。
「ああ、私だ。実はお前の力を貸して欲しいんだ。……そう。すぐ来てくれるか? ……ああ、たのむ。それじゃ待ってるぜ」
一通りを話しが終わった魔理沙は、依然として脇でぽかんとしているアリスに向かってニヤッと笑みを浮かべる。
「もう大丈夫だ。もうすぐ奴が来る」
「奴って?」
「この手の類のエキスパートだ」
やって来たのは河童のにとりだった。そういえば魔理沙は彼女とも仲が良いということをアリスは思い出す。改めて思い返すと魔理沙は不思議といろんな人と繋がりがある。魔理沙は人をひきつけるものを持っているのだろう。何しろ自分も彼女の魅力に惹かれた者の一人なのだ。思わずアリスは苦笑してしまう。
そんな彼女の心中など知る由もない当の魔理沙は、にとりにここまでの経緯を説明していた。にとりは装置を見るなりギョッと目を丸くさせた。どうやら心当たりがあるようだ。すかさず魔理沙が尋ねると、彼女は困ったような表情を浮かべながら告げた。
「これかー。前に文献で見た事あるんだけどさ……」
「何だ。危ない兵器か何かなのか?」
「いや、何ていうか……うーん」
「なんだ。はっきりしてくれよ。こいつは一体何の装置なんだ?」
「どちらかと言うと私の専門外なんだよ。これ」
「なんだと!?」
にとりはちらりとアリスの方を見やる。何かを訴えているような彼女の様子にアリスは首をかしげた。
「これはさー。そこの人形遣いさんの方が知ってるんじゃない?」
「は? 知らないわよ。こんなの」
突然話を振られたアリスは思わずぶっきらぼうに言い返してしまう。するとにとりは付け加える。
「所謂、オカルト系ってのはあんたのほうが知ってるでしょ? これは科学では推し量れない装置なんだよ」
そんなことを言われても。アリスはただただ困惑するばかりで彼女の頭の中には目ぼしいものは全く浮かんで来なかった。
「外の世界でも一応魔法のたぐいの物は研究されてはいたって聞くよ?きっとそれだと思うんだけどなー」
「おい、アリス! 抜け駆けは勘弁してくれよ。知っているなら教えてくれ! こいつは一体何なんだ!? もしかして知っていてずっと黙っていたのか!?」
と、しまいにゃ魔理沙まで彼女に問い詰め出す始末で、二人の熱い視線に苛まれたアリスはとうとう堪えきれなくなって声を荒らげさせてしまった。
「いいかげんにしなさいよ!! 私がこんな得体のしれない装置を知ってるわけ無いでしょ! 大体、私は魔法使いだけど、だからって別にオカルトに強いわけじゃないわ! そういう偏見を持つのはやめてほしいんだけど!? 不愉快だわ! どうせこんなのインチキ学者が作ったガラクタに違いないわよ!」
それを聞いた魔理沙の表情がたちまち一変する。彼女は目を見開いて机を乱暴に叩くとアリスに言い放った。
「おい、アリス! 曲がりなりにも私が苦心して完成させた、いや、おまえと私の血と汗と涙の結晶をガラクタと呼ぶなんて酷いじゃないか! 言ってしまえばこれは我が子のようなものなんだぞ! かわいい我が子をガラクタ呼ばわりされて黙っている親がどこにいる!」
「あの、二人とも……少し落ち着いて……」
にとりは二人をなだめようとするが、二人共ヒートアップする一方で、とうとう椅子を投げ合うまで発展してしまう。このままでは今すぐにでも弾幕が繰り出されかねない状況だった。もしここで弾幕が繰り出されたら折角二人でつくり上げた装置はおろか家まで吹っ飛びかねない。そう思ったにとりは二人に向かって叫ぶ。
「あんたら、いいかげんにしろよ! 勝手に呼び出された挙句、なんで喧嘩に巻き込まれなきゃいけないんだよ! 椅子なんか投げたら装置に当って壊れちゃうだろ! 大体それ二人で協力して作ったものなんだよね? 壊れるのは装置だけじゃ済まなくなるよ?」
にとりの怒号じみた声を聞いた二人はピタリと動きを止める。そしてお互いにとりの方を見遣ると、ばつが悪そうに俯いてしまう。
「二人とも少し頭冷やしたら?」
にとりは吐き捨てるように二人に告げるとさっさと家を出ていってしまった。どうやらよっぽど怒らせてしまったらしい。これは悪いことをしてしまったと魔理沙は大きくため息を付いた。
「申し訳ないことをしてしまったな……」
「私も悪かったわ……」
アリスも同じようにため息を付いて窓を見遣る。にとりの姿はもうなかった。魔理沙は思わず「やってしまった」と言った具合に舌打ちをする。アリスも俯いたまま頭を抱えてため息をつく。そのまましばらく二人の間には重苦しい空気が流れた。
しばらくして魔理沙がふとつぶやく。
「オカルトといえば……あいつか」
彼女は、おもむろに立ち上がると壁に掛けてあった帽子を被りだす。
「ちょっと、どこかいくの?」
「ああ、ツテを思い出したんだ。夜には帰ってくるから待っててくれ」
「え? ちょっと魔理沙……」
アリスの言葉が終わらないうちに魔理沙は家を飛び出すと箒に乗ってどこかへと行ってしまった。
「忙しい奴ね……」
その場に残されたアリスは、ふうとため息をつくと再びテーブルにつく。そして例の機械を一瞥すると再びため息をついた。
何にしろ後悔するのは仕方ないとは常々思っているが、いざそういう場面になるとやはり歯がゆいものである。
さて、うじうじしてても進まない。これからの時間をどうしようか。他人の家に一人でいるのはどうも気が引ける。とは言え自宅に帰ってしまうのもなにか違う気がする。そう考えたアリスはまず、とりあえず散らかった部屋の片付けをすることにした。
日が暮れる頃になって魔理沙は大風呂敷を抱えて帰ってくる。
「待たせたな、小次郎!」
「……私は武蔵じゃないし、別に待ってもいなかったわよ」
息を弾ませながら言い放った魔理沙に対して、アリスはそっけなく言い返しテーブルの上の紅茶をすする。それを見た魔理沙は「あ!」と言って彼女に詰め寄った。
「そうやって勝手に私の紅茶を飲んでるわけか。おまえは」
「ええ、そうよ」
アリスはしれっと言い返すと台所の方を指さす。
「あんたの分もあるわよ」
唖然としてる魔理沙だったが、ふと我に返り自分の分の紅茶を取りに台所へいくと、なにやらいい匂いがすることに気づく。よく見てみるとテーブルに置いてある鍋の中にシチューがあった。
「おい、これ……」
「あ、それ? 暇だったから作っておいたわ。傷んでる食材多かったから在庫処理よ。せっかくだから夜ご飯にでもしましょ」
あの後、予想以上に掃除が早く片付いてしまったので、アリスはついでに家事もこなしていた。罪滅ぼしというわけではないが、これくらいしておかないと彼女の気が済まなかったのだ。
一方の魔理沙は、思わず唸ってしまう。なんと手際のよいことか。一緒に作業をするようになってから何度も思ったが自分と違ってアリスは時間を有効活用するのが上手い。一日かかるような作業も彼女の手に掛かれば半日足らずで終わってしまう。
今回に関してもそうだ。ほんの数時間で彼女は掃除と料理を済ませてしまったのだ。その段取りの良さに魔理沙は改めて感心させられた。
「……で、魔理沙。そのツテとやらは何だったのよ?」
「ああ、そうだったな」
そう言って彼女が風呂敷を広げると中からはたくさんの書物が現れる。
「それ、どうしたの?」
「パチュリーのとこから借りてきたんだ」
「……ちゃんと許可もらったの?」
「私位になると顔パスだぜ」
どうせまた勝手に持ってきたのだろう。とアリスは思わず呆れてしまう。
「とにかくだ。手がかりになりそうな本を片っ端から調達してきたぜ。さあ、早速調べるとしよう!」
魔理沙はぱらぱらと本を広げる。
「まったくもう……」
アリスも手近にあった書物を開き始める。それから二人は本の虫となり夜が更けるまで書物を読み漁った。
「……へぇ、それでその本にはなんて書いてあったんだ?」
魔理沙は温め直したシチューを口に運びながらアリスに尋ねる。アリスは薄い文献を手に取りながら魔理沙に答えた。
「この機械を動かすには未知のエネルギーが必要だそうよ」
「未知のエネルギー? こりゃいよいよ怪しいぜ。で、そのエネルギーはどうすれば手に入るんだ?」
「専用の箱が必要なようね」
「どうすりゃ手に入るんだ?」
「作るしかなさそうよ」
「なんだって? 私たちは更に工作をしなくちゃいけないってわけなのか!?」
思わず大声を上げてしまう魔理沙にアリスは告げた。
「大丈夫。私が作るわ」
すかさず魔理沙が言い返す。
「お前が? 大丈夫なのかそれ」
「あら、信用してないの?」
「いや、そんなわけじゃないが……」
「すぐ作れるわよこんなの。幸い材料はこの家にあるようだし」
そう言って倉庫の方へと向かおうとするアリスを魔理沙は呼び止める。
「やっぱり私も手伝うよ。考えてみれば手伝ってもらってる身なのだからな」
「いいからあんたは少し寝なさい。目にくまが出来てるわよ」
アリスは魔理沙を一瞥するとそのまま倉庫の方へと姿を消してしまう、朝日を逆光に浴びたその姿はどこか頼もしさすら感じた。
「……まったく、格好つけやがって。人のこと言えないくせに」
そう言いながらも、ここの所ろくに寝ていないことに気づいた魔理沙は彼女の配慮に感謝し、自室に戻って一眠りすることにした。
翌日、薄曇りの空の下二人は佇んでいた。二人の周りにはにとりを始めとする魔理沙の友達が集まっている。皆の視線の先には例の機械があった。
「こっちは準備OKだぜ」
「それじゃ始めるわよ」
アリスは機械を空に向ける。
「しかし本当にこの装置でそんなことが出来るのか?」
怪訝そうな魔理沙にアリスは告げた。
「あら、『かわいい我が子』が信用できないの?」
思わず魔理沙は苦笑する。
「……それもそうだな。よし、やるぞ、アリス。今までの集大成だ」
アリスは小さく頷くと空に向けて引き金を引いた。すると瞬く間に雲は消え失せ、眩しい位の青空が姿を現す。自然と周りからは驚きの声が上がった。
「やったぜ! 成功だ!」
――クラウドバスター。それがこの機械の正体だった。アリスが読んだ文献によると、とある学者が考案した装置で、文字通り雲を消滅させる事が出来たが、その原理は未知のエネルギーを使用すること以外、詳細不明という怪しいシロモノだった。尤も、それくらいの芸当は魔法を使えばできないこともない。だが、そんな顛末はアリスにとってはどうでもよかった。今回彼女が得たものはそれ以上に意味があったからだ。
魔理沙は喜びを爆発させるような笑顔をアリスに向け、ぐっと親指を立てる。アリスもはにかむような笑みで同じポーズを返した。
二人には穏やかな日差しが優しく降り注いでいる。それはまるで二人をささやかに祝福しているかのようだった。
香霖はありがた迷惑でしょうね(笑)。
誰も欲しがらないし。
まあ、二人が仲良いようで幸いです。
ちょっとハートフル?な感じで、クスリとしました