Coolier - 新生・東方創想話

ナズーリン! 円月殺法?(後編)

2013/11/30 01:32:22
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 ぼんやりしている妖夢。

 昨晩は泣き疲れてそのまま眠ってしまった。

 これからどうしよう?
 このままでは主人を迎えに行けない。
 あんな無様な姿を晒してしまったのだ。

「妖夢」

 背後からのかけ声、振り返ると八雲紫が腕組みして立っていた。

「……紫さま? い、いらっしゃいませ」

 妖夢は主人の旧友である境界の大妖にはそれなりの敬意を払っている。

「幽々子からアナタの様子を見てきてと頼まれたの」

「ゆ、幽々子さまはどうされたのですか!?」

「私の家でのんびりしているわよ。
 心配しなくても大丈夫」

 言葉通りのことだとは思うが、真意を掴ませない怪しい雰囲気。

「こちらへのお戻りはいつ頃でしょうか?」

「さて、いつのことやら。
 幽々子の気まぐれは今に始まったことではないでしょう?」

「でも……」

「妖夢、従者の分際でアレコレ詮索するのはいかがなものかしら?
 それよりアナタには、やるべき事があるのでは?」

「……は、はい、失礼いたしました!」

 冷えた口調で言われると半人半霊の庭師は縮こまってしまった。



(やるべきこと……)

 八雲紫がスキマに消えた後、改めて考え込む妖夢。

(やはり寅丸さんから一本取るしかない)

 主人が今ここにいないのは不甲斐ない従者に呆れてしまったからだと思い込んでいる。
 紫が言うように気まぐれかも知れないが、基本思考が狭域深堀【オモイコンダラ】型の魂魄妖夢は解決策を一つに固定してしまっていた。

 二振りの愛刀を見る。

 楼観剣は一振りで幽霊十匹分の殺傷力を持ち、切れないものはあんまり無い。
 白楼剣は斬られた者の迷いを断つ。
 だが、名刀、妖刀と呼ばれる剣も当たらなければ何の意味もない。

(どうやったらあのヒトに勝てるのだろう?)
 
 実力の差は明らかだった。
 仮に素振りの数を倍にしても何かが変わるとは思えない。
 自分一人だけの修練ではすでに手詰まりだ。

 協力を求める? 誰に?
 武術を教えてもらう? 誰に?
 狭い交友関係の中で自分の頼みを聞いてくれそうな人物を思い浮かべてみる。
 頭から煙が出るほど考えてみた。
 ようやく結論が出た。

(やっぱりあのヒトだ、あのヒトしかいない)





「私を鍛えてください! 勝ちたいんです! お願いします!」

 翌日、再度命蓮寺を訪れた魂魄妖夢。
 眼前の人物に深々と頭を下げ熱意を込めて告げた。

「えーと、勝ちたい相手というのはもしかして……」

「そうです! 貴方です! 寅丸星さんです!」

 少し離れたところで聞いていた村紗水蜜と雲居一輪はポカンとしていた。

「ねえ、イチ、寅丸に勝ちたいから『鍛えてください』ってのは分かるけど、それを本人に頼むの?」

「たまーにある話だね。
【自分を倒すモノを自分が育てる】
 このパターンは終盤がとても熱く、切なくなるのよね」

 ムラサの小声の問いかけに一輪がもっともらしく答える。

「ふーん、そうなんだ。
 でもさ、寅丸はそれを受けるのかな?
 なんだかとっても困っているみたいだよ」

「まー、いつものようにネズミに助けを求めるんじゃないの?」



 寅丸星は困っていた、かなり困っていた。
 小柄な剣士はとても真剣な顔、冗談ではなさそうだ。
 努力家で真面目な毘沙門天の代理は、問題が発生した場合、まずは自分で何とかしようと奮闘する。
 それでもどうにもならない時、この世で最も頼りになる連れ合いに縋るのだった。
 だが、今回は最初から手に負えなさそうだ。
 寅丸星は顔だけナズーリンに向け、無言で助けを求めた。

(ナズ、どう答えたらいいんでしょう?)

 一輪の予想通りの展開になった。

 ナズーリンは呆れを通り越して感心していた。

(ふーむ、そう来たか、ユニークな思考だね。
 だが、目標達成のための最短距離を捉えているとも言える。
 この娘、面白い、うん、かなり面白い)

 生来の世話焼き癖とイタズラ癖が同時にムクムクと膨らんでくる。

「妖夢どの、この件は寅丸星様の従者である私が窓口になろう」

「え? あ、そうなんですか?」

 今の今までその存在を忘れていたネズミの小妖から告げられ困惑気味の庭師。

「ご主人様のスケジュール管理は私がやっているのだからね。
 まぁ、マネージャーのようなものだ」

「まねーじゃー? ですか?」

「左様だ。
 スケジュール管理の他、心身を健全に保つためのケア、これは主に寝所の伽だがね」

「とぎ? ですか?」

「寝物語を聞かせたり、場合によってはご主人様の滾る劣情を慰めるために体の全てを捧げたりするのさ」

「か、か、からだ!?」

「そう、従者たるモノ、主人のどんな要求にも応えなければならないからね」

「よ、ようきゅうって!?」

「私のご主人様の要求は大変激しい。
 底無しの体力と無限の性欲を誇る寅丸星様は【黄金の淫獣】の異名を持っておられる。
 私はいつも死線を彷徨うほど責め抜かれている」

「な! ナズーーーリーーン!!」

 それまで黙っていた毘沙門天の代理が顔を真っ赤にして怒鳴った。
 半人庭師も真っ赤になって口をパクパクさせている。

「そんな訳だから稽古のスケジュールを打ち合わせようか、妖夢どの」

 掴みかからんばかりの寅丸を片手で制してさらりと告げたネズミの賢将。

「へ? あの、それじゃ、よろしいんですか?」

「もちろんだ、ご主人様は慈悲の権化であらせられる。
 苦悩するモノには大いなる慈愛を惜しみなく注いでくださる」

「は……あ、ありがとうございますーー!!」

 言うがいなや、ぺちゃりと土下座する半人半霊の剣士。

「寅丸さん! 何とぞよろしくお願い申し上げます!」

 悪ノリしているナズーリンを折檻しようとしていた【黄金の淫獣】は気勢を削がれてしまった。

「あ、はい、こちらこそ……」



「私、あのコ、結構好きかも」

「ええー? そうなの?」

 キャプテン・ムラサのつぶやきに眉をひそめる入道使い。

「真面目で、一途で、それにとっても綺麗。
 ちょい勘違い系、世間知らずなところも可愛いじゃない。
 何だか放っておけないよ」

「……ねえ、ムラサ、ここだけの話にしておきなよ。
 ウチのイタズラ娘の耳に入ったら、とっても面倒なことになるからさ」

「イタズラ娘って、ぬえのこと? なんで?」

 目を丸くして本気でハテナマークを噴出している天然ジゴロな船長。

「はああーーー。
 アンタは他人の色恋には結構食いつくクセにね。
 自分のこととなると何と言うか……」
 
「なによー、ちゃんと教えてよ」

「言っても分からないと思うけどねー。
 んー、まーいいか。
 あのね、いい? ぬえはアンタのことが好きなのよ」

「私もぬえが好きだよ?」

「ハイッ! ダメェーー!」

 親指を思いっ切り下に向けた入道使いの姉さん。

「ちょっとぉ!? なんでさー!」

「今の場面、最低でも『え?……そんな……私、そんなつもりじゃ……』よ。
 それを間髪入れずに『私も好きだよ~ん』て。
 はあーーあ、鈍感沈没アンカーにこれ以上話すことは無いね」

「イチ! 『私も好き』じゃイケないの?
 好き同士でウキウキハッピーでしょ!」

「好きの温度差があまりにもねえ……
 天ぷらがカラッと揚がる油温と、のんびり入るのに丁度良いお風呂の温度くらい差があるね。
 また今度じっくり説明してあげるよ……
 さあさあ仕事、仕事!
 ……でも、ぬえにはくれぐれも内緒にしておきなよ、いいね?」

 そう言ってムラサのお尻をぺしっと叩いた。
 納得のいっていない素敵な船長さん、ブツブツ言いながらも寺に向かった。
 今日は縁の下に潜んでいる物の怪を掻き出す仕事だ。



 仕事の途中だった寅丸が場を離れると、ネズミと半人半霊の従者同士が残された。

「妖夢どの、ここへ来ること、キミのご主人様は許してくれたのかい?」

 もっともな問いかけに視線を落としながら答える妖夢。 

「幽々子さまは昨日から八雲紫さまのところへお出かけです」

「八雲……ふーむ、不在なのか。
 では、ここへは無断で来たことになるのだね?」

「はい、私の一存です、でも書き置きをしてきました」

 ナズーリンは西行寺幽々子の不在に興味を持ったが、今はここまで。

「それではしばらく寺に住み込むかい? 部屋はあるよ」

「いえ、ありがたいお申し出ですが、幽々子さまがいつお戻りか分かりません。
 庭の手入れもございますから出来ましたら通いでお願いします」

「それもそうだね、では毎日昼前に来たまえ。
 ご主人様の予定は日によって違うが、午後は比較的時間が取れる。
 日によって稽古の開始時間は変動するが、昼飯時には大体確定するはずだから」

「ありがとうございます!
 では、寅丸さんのお時間をいただく代わりに空いている時間は私のできること、なんでもお手伝いいたします!」

「なかなか殊勝な心がけだね。
 よし、そのセンでいくとしようか。
 予め言っておくが、お客様扱いはできないよ? 覚悟はよろしいかな?」

「はい! 望むところです!」





 翌日、朝のうちに庭の手入れを終えた妖夢は約束通り昼前に命蓮寺にやって来た。

「ようこそいらっしゃいませ」

 出迎えてくれたのは住職、聖白蓮だった。

「ナズーリンから話は聞いております。
 しばらくの間、よろしくお願いしますね。
 もうすぐ昼餉ですから妖夢さんもどうぞ」

「え? いえ、私はそんなつもりでは……」

「そうおっしゃらずに、食事は大勢の方が楽しく、美味しいですから」

 さあさあと、妖夢の手を取って奥へと引っ張っていく。
 柔らかい雰囲気だが有無を言わせぬ迫力に完全に飲み込まれてしまう。
 まるで幽々子のような強引さ。

 広間には大勢の妖怪たちがいた。
 配膳するモノ、座ってしゃべっているモノ、二十体以上はいようか。
 この二日間でなんとなく顔を覚えたモノ達にぎこちなく挨拶する。

「あ! 妖夢さーん! こっちおいでよー!」

 一際強い妖力を放つセーラー服の女性が盛んに手招きしている。
  
(あれは一昨日何度か私を受け止めてくれたヒト?)

「ここ座りなよ! 一緒にご飯食べようよー!」

「あら、ムラサと仲が良いの? それなら彼女の隣に座りなさいな」

 聖に誘導されたらもう後はない。
 妖夢はムラサの隣に座らされた。

「私、村紗水蜜! ムラサって呼んでね」

「あ、魂魄妖夢です、よろしくお願いします」

「アナタは幽霊……んー、半分? 半霊だね? 私も元は船幽霊なんだ。
 よっしゃ、幽霊同士、よろしくねー」

 屈託のない明るい笑顔を向けられ緊張を解きかけたが、ムラサの隣に正体不明の黒い靄を見つけてしまった。
 グログロ ゲリョゲリョ ゴボッゴボン
 なんだかモノスゴい敵意を感じる。
 一体なんなのだろう。

「こりゃ、ぬえ、落ち着かんか」

 その靄をパシッと叩いたのは眼鏡をかけた長身の女性だった。

(あ、このヒトも私を受け止めてくれたヒトだ。
 あの尻尾……タヌキなのかな?)

 黒い靄はシュルシュルと収束し、やがて膨れっ面の少女になった。
 この少女も一昨日見かけたが、なぜ不機嫌なのか分からない。

 皆が揃って食事の挨拶。
 寅丸星が席に着いたのは最後だった。
 ずっと厨房にいたのだろう。
 それを見た妖夢は明日からはもう少し早く来て、支度の手伝いをしようと心に決めた。



 食休みを取った後、裏庭で向き合う二人。
 稽古用の槍を構えた寅丸が妖夢に言う。

「私は攻撃をしません。
 妖夢さん、好きなように攻めてきてください」

「はい!」

 妖夢は大きく切り込み、切り返す。
 防御に気を配らなくて済む分、フェイントを交えながら遠慮なくビュンビュンと大刀と小刀を振り回す。
 
 だが当たらない。
 ほとんどが体捌きだけで躱され、希に捉えられそうな一撃は槍上を滑り、流される。
 焦る。

 焦りの原因が分かってきた。
 この武人はフェイントに全く釣られないのだ。
 虚撃は軽くあしらい、実撃には的確に対応してくる。

 攻め疲れた妖夢が肩で息をし始めた頃、寅丸が告げた。

「今度は私が攻めます。
 妖夢さんは防御だけですよ。
 ナズーリン、防具を付けてあげなさい」

「かしこまりました」
 
 ネズミの従者が防具を抱えて近づいてきた。

 ようやく一息つける。
 妖夢にとってこの休息はありがたかった。
 
 ナズーリンは留め具の具合、装甲面の角度、何度も確認している。
 ことさらゆっくりと装着させてくれているように思えた。
 まるで妖夢の息が整うのを待つかのように。

 今装備されているのは一昨日よりも広範囲を覆う頑丈そうな防具だった。

(これは、容赦ない攻撃が来るってことだよね)

 妖夢は改めて気を引き締める。

 稽古再開。
 ゆったりとした構えの寅丸星。
 当たり前だが隙が無い。

 高レベルの武人と対した時、最も大切なのは【攻撃ポイントの予測】だ。
 あらゆる攻撃に柔軟に対応する、そんなのは彼我の実力に明らかな差があるからできることだ。
 スピード・パワーともに段違いである寅丸クラスの武人を相手にするには【当たり】をつけるしかない。
 本来であればこの【予測】すら無謀なのだが、今回は攻撃ポイントが分かっている。

(最初は胸を突いてくるはず、その初撃を外さないことには始まらない)

 妖夢は槍ではなく寅丸の足を見ていた。

(槍の穂先を見ていたら、きっと間に合わない)

 寅丸の左足がすーっと滑り出てきた。

(来…… はうっ!!)

 突き転がされていた。

(……初撃は躱せたはずなのに)

 胸を狙った突きは確かに楼観剣で弾いたはず。
 なのに腹を突かれていた。

(うぐ……次撃はいつ来たの? 全く見えなかった!)

 その後も胸を、肩を、腹を、何度も突かれた。

 常に最初の一撃は弾いている。
 だって、この初撃、間違いなく弩砕必殺の大激衝なのだ。
 全力を持って対応しなければ一手目で終わりになってしまう。
 しかし、そこまでで精一杯。
 次撃に追いつけない。



「何故、貴方の攻撃が届かないのか分かりましたか?
 そして何故、私の攻撃が届くのか分かりましたか?」

 普段は【温厚】の小籠包とまで言われる寅丸星が殊更冷ややかに問うた。

「そ、それはやはり、膂力、技術、なによりスピードが違うからです」

「……もう少し稽古を続けましょう」

 にわか師匠は、にわか門人の答えに不満そうだった。



「お寺にいる間は私がキミの世話をさせていただくよ」

 ぜえぜえと喘いでいる妖夢にナズーリンが声をかける。

「お、おそれ、い、いります」

『今日はここまでです』

 寅丸が終了を告げた時には立っているのがやっとの状態だった。

「まずは風呂だ、仕度は出来ているからすぐに入りたまえ」

「え? そんな……申し訳ありませんよ」

 食事をさせてもらって、稽古もつけてもらって、その上風呂なんて。

「これも稽古のうちなんだよ」

 防具を外すのを手伝ってくれているネズミの従者の言葉がよく分からない。

(お風呂に入るのが稽古?)



 案内されたのは一人用の小さな浴室。
 命蓮寺にはいくつか浴室があるらしいが、ここは最も小さいのだと。
 
「着替えはこの浴衣を使って」
 
 錨のマークがあしらってあるシンプルな浴衣。
 一応、着替え一式は持参してきたが、風呂上がりに浴衣はありがたい。

 狭い脱衣場、もそもそと服を脱ぐ。
 腕、肩、胸、腹、体の前面がアザだらけだった。

(……こんなに打たれていたんだ)

 小さな内風呂の戸を開ける。

(うっ!? 臭い!)

 スゴい匂いの正体は浴槽に張られた茶色いお湯だ。

「疲労回復、打ち身に効く特製の薬湯だ!
 その体、放っておいたら明日の朝は動けなくなるよ!
 だから、少なくとも30分は浸かっていたまえ」 

 戸越しの声は有無を言わせぬ勢い。

(うえええー!)



 思い切り吸い込んだらむせてしまいそうな薬臭さ。
 顔をしかめつつ我慢して浸かっていると、やがてジンジンとしみてきた。
 なんだかとても効いていそうな感じ。 

(ふーーー、ホントにこれで良いのかな?)

 今日の稽古は実力の差を改めて見せつけられただけで何も収穫がなかったように思える。

(私、間違っているのかな~?
 ん~ ……あとでじっくり考えよ~)

 じんわり気持ちよくなってきて、頭の芯まで緩んでしまった妖夢。
 相方の半霊を枕に未成熟な肢体を薬湯にたゆたわせた。



 風呂上り、ネズミの従者の居室。

「じきに薬石(夕飯)だ。
 呼びに来るからここで少し休んでいてね」

「私、お手伝いします!」

 今日は何も手伝いをしていないから焦る妖夢。

「いや、今日のところは結構だ。
 薬湯の効き目を確認したいから、おとなしく休んでくれ」

 そう言われてしまえば反論もできない。

 ナズーリンが退出した後も暫くは正座していたが、体が『寝そべりた~い』と強く訴えている。
 敷き布団がある、誘惑の魔床が。
 確かにスッゴく、くたびれている。
 そして今はお風呂のおかげで、ふわふわふわふわ、とても気持ちが良い。
 どうしようか?

『休んで良いって言われたよ?』
『それを言葉通りに受け止めて良いの?』
『だってホント疲れてるんだよー』
『でも出先で寝るなんて、とてもはしたない』

 緊急脳内会議は紛糾したが『では5分だけなら良いでしょう』と結論が出た。

(よし! 5分たったらスパッと起きる!)

 ころりん、と横になった。



「妖夢どの、よーーむどのー」

 ユサユサと揺すられている。

「ん…… あ~、ああっ!?」

 慌てて飛び起き、正座する。

「す、すいません! つ、つい!」

「休んでいてと言ったのはコチラなんだから気にすることはないよ。
 それにしても良く眠っていたね」

「あ、あ、あの! 私、どのくらい寝ちゃってたんですか!?」

「ん? 小一時間くらいじゃないかな?」

「そ、そんなに……」

 なにが5分だけだ、みっともない。
 顔が熱くなる。

「気にすることないって言ったじゃないか。 ……さて」

 妖夢の正面に座り直したネズミの従者。

「失礼するよ」

 妖夢の浴衣の合わせをガバッと開いた。
 浴衣の下には何も身に付けていなかったから発展途上の白い星1.5×2πが全開になる。

「ふえ? あ? あ?」

 まだ半分ほど寝ていた頭が完全に覚醒した。
 なんだかトンでもないことになっている。

「ふーむ、大体良いようだな。
 ここは痛むかね?」

 そう言って、右の胸の上の方をちょんちょんと突く。

「あ! あふん! あの、あのん……」

 物心ついてからは人前で肌を晒した記憶はない。
 ましてや触られるなんて。
 しかし、羞恥より驚愕が先行して、何も対応できない。

「大丈夫そうだね。
 半人半霊用の配合なんぞ初めてだったが、効果はあったようだ」

 満足げに頷きながら浴衣の合せを閉じた。

「よし、食事だ、外で待っているから着替えてね」

 さっさと立ち上がって出て行ってしまった。

 あまりのことに放心していた妖夢だが何とか再起動する。
 のろのろと浴衣を脱いで体の前面を眺めた。
 改めて見てみるとアザはほとんど消えている。
 この短時間でこの効果、魔法のようだ。

(今のって、薬湯の効果をみるタメなんだよね? そうだよね? ね?)

 あまりにも唐突だった【初体験】を【無かったこと】にしようと、脳内補正に必要な理由を必死に探す妖夢だった。



 夕餉の席、人数は昼間より少ない。
 十人もいない。
 また、ムラサに誘われ隣に座った。

「お疲れさん! 大変だったみたいだねー。
 おや? この匂いは?」

 ヒクヒクと鼻を動かす船長さん。
 妖夢の顔は火が付いたように赤くなった。
 あのモノスゴい薬湯の匂いは簡単には取れなかった。
 妖夢の反対側に座っていた犬耳の少女もクンクンと鼻を鳴らす。

(やっぱり、く、臭いんだ! う~~!)

 年頃(?)の娘にとって【臭い】と言われることは自刃する理由になりうる。

「ナズーリンの薬湯だね? 私らもたまーに入るんだよ。
 妖怪の種類に合わせて配合を変えるらしいんだよねー。
 匂いはスゴいけど効果は抜群なんだよ」
 
(そ、そうなんだ?)

「アイツ、無愛想で、中身は変態だけど、大事な所は押さえているんだよねー。
 頼りにしていいと思うよ、かなり変態だけどねー」

 そんなに変態なヒトに生乳を触られちゃったんですけど。
 でも、あの時はイヤラシさを微塵も感じなかった。
 まるでお医者の様な冷静さだった、と、思う、多分。

(いいヒトっぽいけど、よく分からないよ)

 魂魄妖夢ちゃん。
 クール変態な賢将の全容を理解するにはまだまだ経験値が低い。
 
 食後、若干の疲労を引きずったまま白玉楼へ帰還した妖夢。
 主人は帰っていなかった。





 翌日、少し早めに命蓮寺に来た妖夢。

「こおんにちっ、うわーー!」

「こんにちわー」 

 幽谷響子に声をかけ、厨房に向かう。
 
「お、早いね」

「はい、こんにちは」

 ナズーリンと寅丸がお昼の支度をしていた。

「お手伝いさせていただきます!」

 よしゃー! 間に合った!
 お手伝いモード全開の魂魄妖夢さん。

「では、そこにあるゴボウを笹掻きにしてください」

 今日の昼餉は親子丼だそうだ。
 ゴボウ? 何故?

「ウチでは親子丼にゴボウを入れるんだよ。
 鶏肉と相性が良いからね」

 ナズーリンが先回りして答えてくれた。

 ふーん、そーなんだ、と感心しながらもシャカシャカとゴボウを削る。
 
(んーっと、次は水に晒してアク抜きだよね。
 あーっと、あんまり晒すと美味しくなくなっちゃうから、ざっとね)

 タライとザルを使い、ちゃっちゃとゴボウの下拵えをする。

「最初の片付けの時にも思ったけど、妖夢どのはとても手際がよいね」

「そうですか?」

 命蓮寺の食事当番トップペアのナズ星に遅れることなくついてくる。

「先々を見越して無駄なく動ける、これはとても立派なことだ。
 常に自分のお役を意識し、長年真摯に務めてこられたからだろう」

「い、いえ、そんな」

 こんなことで持ち上げられると恥ずかしい。
 主人に呆れられてしまった力足らずの従者なのだから。
 
 ゴボウと長ネギ、鶏モモ肉の【命蓮寺ふわとろ親子丼】はとても美味しかった。



「貴方の剣は軽いんです」

 今日も昨日と同じく妖夢の先攻だったが、何手目かの攻撃を躱した寅丸が告げた。

「仏の道に生きる私が言うことではないと思いますが、一撃必殺の重みがありません。
 太刀筋はとても良いのですけど、【怖さ】がないんです。
 貴方に剣を教えてくれた方は剣撃について何と言っていましたか?
 教えを思い出してください」

 剣を教えてくれたのは祖父、魂魄妖忌。
 妖夢は祖父の教えを思い出す。

『一の太刀を疑うな! 鉄をも斬れ、岩をも砕け!』

 とにかく力一杯素振りをすることに終始させられた。
 勢い余って自分のつま先を切りそうになったこともあった。
 そんな時でも『それで良し!』と満足そうに見ていた祖父に納得がいかなかったことを思い出した。
 
 大柄だった祖父の剣は力任せに相手をねじ伏せる剛剣に見えた。
 非力で小柄な自分には合っていないと判じた。
 祖父が白玉楼を出て行ってからはそんな素振りはしていない。
 今回寅丸星に挑むにあたっても、ここだけは教えをなぞらなかった。
基本の型が崩れないよう、丁寧に振ることだけを心がけ、それ以外は素早い動きと連続した技に注力してきた。
 


「素振りがまったく足りていません。
 強く、速く、重たい、必殺の一招を身につけてください。
 すべてはそこからです」

 普段の寅丸とは別人のように厳しい言葉。 

「そして、斬りつけた瞬間、相手の人生を終わらせてしまうという事実を受け止めてください。
 凶器を携え、それを振るう者としての責任と覚悟をしっかりと持ってください」

「……え? は、はいっ!」

 衝撃を受けた。
 そんなこと考えたことなどなかった。
 深く考えもせず、辻斬りまがいのことをしていた自分がとても恥ずかしくなった。

「よろしいですか?
 我々武人は争いを避けるためにあえて力を誇示する時もあります。
 それでも挑まれれば力を放ちます。
 相手の力が自分よりよほど弱ければ加減もできるでしょう。
 しかし、力が近いとなれば全力です。
 どちらかが死ぬ、殺し合いになります」

「は はいっ」

 噛んで含めるような丁寧な言い方が却って怖く感じる。

「その相手に対し、少しでも情けがあるうちは戦ってはいけません。
 迷いを纏ったままの戦いは遅れにつながりますし、万一討ち漏らせば遺恨を残しますから。
 それでも、どうしても戦わなければならない状況になったら覚悟してください。
 その相手に決して情けをかけてはいけません。
 必殺の念を込めて戦いなさい。
『必ず殺す』のですよ」

「は、あ、あ……」

 剣を振るうということはここまで覚悟を持たなければいけないのか。
 妖夢は手にしている楼観剣がズシリと重さを増したように感じた。 

(妖夢どの、ついて行けているかな?
【真剣勝負の心構え】についてのとても重要なエッセンスなんだが、まだ早いような気もする。
 でも、こんなにカッコイイご主人は久しぶりだ……星、ステキ)

 ナズーリンは武術に関してだけは凛々しい主人を誇らしげに見やっていた。

「今日は素振りをやってください。
 型は気にせずとも結構です、とにかく力一杯、振ってみてください」



「服脱ぐの、手伝おうか?」

「けっ、結構です!」

 そうは言った妖夢だが指がこわばって思うように動かない。
 
『まずは百回、全力で、渾身の力を持って剣を振り下ろしてください』

 寅丸の指導はシンプルだったがキツかった。
 五十回あたりで腕の筋がきしみ始め、最後の百回目で楼観剣がすっぽ抜けて飛んで行ってしまった。

 今、早めに風呂支度をしてくれたネズミの従者に付き添われ脱衣所にいる。

「無理をしなくて良いのに」

「大丈夫です! 自分でできます!」

 これ以上世話をかけるわけにいかない。
 そして、これ以上身体を許すわけにはいかない。
 純情乙女の最終防衛ラインは、もはや一歩も退けない状況だ。

 ボタンを一つ外すのにもエラく時間がかかる。
 情けない、たかが全力素振り百回で体中が悲鳴を上げるとは。



「マッサージ……ですか?」

「そうだよ、今日のキミの腕は薬湯だけでは足りないはずだからね。
 私が念入りに施してあげよう」

 昨日と同じように妖夢は風呂上がりにナズーリンの自室にいた。

「さ、腕を出して」

「え、でも、あ、はい」

 一瞬、躊躇したが手を差し出す妖夢。
 手首を掴まれ、手のひらの、親指の付け根をキュッと摘まれた。

「うぎぎぎぃいー!!」

 超、超痛い。
 手首を固定されたまま、腕の裏側をギュッギュッギュと押さえられた。
 そして肘に向かって容赦なく上がってくる。

「あががが! がははぁうおーーん!!」

 乙女の悲鳴としては落第点だが、気が飛んでしまうほど痛いのだから仕方ない。

「むう、思ったより凝り固まっているな、時間はかかるが少しずつほぐしていくか」

 悲鳴を上げるほど痛かったのは最初の一撃だけだった。
 ぐいぐい揉みこむわけではなく、撫でるように腕に触れる。
 時にじっと押さえたりもする。
 ネズミの従者の手はとても暖かい、熱いほどだ。
 緩やかな暖気がじわー、じわーっとしみてくる。

(こ、これは何かの術なのかな? とっても気持ちいい……)

「キミの利き腕は右だね? ならば剣を支える要は左手の小指のはずだ。
 なのに肝心のところがあまり鍛えられていないな」

 左腕外側を軽く掴まれる。
 筋がごりごりにこわばっている。

「だから全力で振るう剣に制動がかけられず、振り回されるんだ。
 結果、全身に要らぬ力が入って、あっさりくたびれてしまうわけだ」

 ぴしゃりと言い放たれた。
 至極もっともな話だが、妖夢は別の疑問が浮かんだ。

「あの、ナズーリンさんも武術をやっているのですか?」

 この従者、色々と詳しすぎる。

「いーや、私自身はからきしさ。
 だが、類希な武術の俊才と千年以上一緒にいるからね。
 イヤでも色々見えてしまうんだよ。
【門前の小僧、習わぬ何とやら】って程度だがね、んふふん」

 わざとらしい作り笑顔。
 本当にそうなのだろうか。
 この小柄な従者の歩き方や目線の配り方、無駄のない身の熟し。
 妖夢も武術家の端くれだから気にはなっていたのだが。
 
「まぁ、その【小僧】からエラそうに言わせてもらおうかな。
 妖夢どの、キミは際だった才能を持っている。
 それは間違いない。
 異変解決の実績もあるのだし【戦闘センス】も十分だろう。
 だが、武人としての心構え、日々の稽古の心構え、総じて【心】の鍛錬が不足している」

(やっぱりそうなのかな、でも、でも……)

「キミの祖父君は長くご不在と聞いている。
 修行の途中で師匠がいなくなったら迷いもするさ」

 不安をずばりと言い当てられた。
 肉親の失踪、寂しさは当然だが武術家として目覚めたばかりの身にとって指針を失ったことは困苦そのものだった。

(え、と、ナズーリンさん、なんでそんなことまで分かるんですか……)

「だが、人生(?)必要なときに必要な師に出会うと言う。
 今がそのときなのだと思うよ。
 まぁ、妖夢どのが真面目にやってきたからだろうね」

 ネズミの従者はマッサージの箇所を肩に移しながら穏やかに話す。

(必要な師……寅丸さんとの出会い……)

 あと一息で色々と納得がいきそうな気がする。

「今日の素振り、二十回から四十回目にかけては良かった。
 なかなかの迫力だったよ。
 基本は体が覚えているようだから細かい指導は不要だろう。
 ……さ、うつ伏せになりたまえ」

 突然の命令が理解できない。

「え? 腕のマッサージじゃないんですか?」

「あのね、マッサージは疲弊した場所だけをほぐせば済む訳じゃない。
 気と血液は全身を巡っているのだから。
 これは妖怪でも人間体を維持しているモノなら倣う傾向が強い。
 特にキミのように半分人間であれば全体の気脈を整えることが回復の早道だ」

(そ……そんなモンなのかな? いや、きっとそうなんだ)

 半信半疑だが、細々と自分の世話を焼いてくれるこの賢将は肝心なことは偽らないような気がする……と思いたいようなそうでもないような。

「わ、わかりました!」

 意を決して用意されていた敷き布団に伏す。
 ネズミの按摩さんは肩胛骨の下から肋骨の裏側、そして背骨をゆっくりと擦る。

(ふあうーん、気持ちい~、血が勢いよく流れている気がするー)

「足にも余分な力がかかっていたようだね」

 魔法のようなウオームハンドは背中から足の裏へ飛んだ。
 足の裏を強めに押され、足指を一本ずつクリックリッと摘ままれる。

(はうはうはうー、そこ、いいですう……)

 引き続いて、くるぶしからアキレス腱、そしてふくらはぎを撫でられる。

(んん~、ううっ! ちょっと痛いけどイイ感じですねー。
 あー内側は少し優しくしてくださーい)

 リラックスしすぎて、お調子に乗ってきた。

 ひかがみ(膝の裏)をさすっていた手が上がってきた。
 そして腿の裏側を揉み始める。

「んー、さすがに邪魔だな」

 マッサージ師はそう言って妖夢の浴衣を盛大に捲りあげた。

「うひゃう!」

 下半身が全開、ノーガード状態。
 これまでも撫で回されていたのだが、薄布一枚を最終防衛線として精神の均衡を保っていたのだ。
 だがこれで守るモノは股上も深くお腹もがっちりガードのいわゆる【大型ショーツ】のみ。

「あ、あの、あの!」

 内股に直接指が食い込んでくる。

「へぶっ!!」

「なんだね? 足先から腰へ流れをつながなければ効果はないんだ。
 大人しくしていたまえ」

 足の付け根の微妙なところがグイグイと侵攻され始めた。
 最終防衛ラインはいともあっさり越えられてしまった。
 思わず力が入る、尻に、内股に。

「こら、そんなに力を入れていては凝りがほぐれないじゃないか」

「でも、そ、そこは!」

「なーにを緊張しているんだ?
 ふん、案ずるな、私は未成熟な肉体には興味がないんだよ。
 ……それともなにかい?
 キミは私を欲情させるほどの自信があるのかね?」

 からかい半分で言われたが、瞬間湯沸器のように全身に火がついた。
 スゴく、スゴく恥ずかしい。
 それなりに大事にしてきた【身体】だが自意識過剰とばっさり斬り捨てられた。

「キチンと流れをつなげてやるから。
 そしたら、うんと楽になるからね。
 だから、ほら、力を抜きたまえ」
 
 そう言って、ぺちゃんと尻を叩かれた。

「はむす!」

「焦って慌てる必要はないよ。
 妖夢どのは成長途中だ。
 数年後には幻想郷屈指の美姫になるだろう。
 その時あらためて私を誘惑しておくれ、 ね?」

(うううううーーー)

 言っている内容は優しいが、まったくもって子供扱い。
 恥ずかしさにターボがかかってしまう。



 翌日も同じく素振りをやらされた。
 マッサージのおかげで筋肉痛は無い。
 それどころか昨日よりイケている。
 なんと全力百回、十分に振り切れた。

「妖夢さん、いいですね、たった一日でこれほどとは。
 やはり基本が身についているからですね」

 寅丸から誉められ恐縮する。
 だって今日のコンディションはナズーリンのフォローあってのことだから。
 そのネズミの従者を見ると、ニッと笑ってウインクを返してきた。
 それだけだった。

「では妖夢さん、次は連続素振り二百回です」

 当然だと思った、まだ自分には必殺の【重さ】が無いのだから。
 そう思えるのも昨日ナズーリンに解説されたからだ。
 だが、あの時一番印象に残ったのは『師に出会う』と言う句だった。

「分かりました……あの、その前に質問してよろしいですか?」

「はい、何なりと」

「寅丸さんはどなたの教えを受けたんですか?
 そしてどんな修行をしてこられたんですか?」

 目の前の無双の武人が今の自分に必要な師であることはもはや疑う余地はない。
 だからこそ聞いてみたかった。

「基本の型は毘沙門天さまからですが、実戦は、とある行者さまに指導していただきました」

 淀みのない回答。

「び、毘沙門天さま……ですか!?」

 スゴいメジャーネームが出てきた。
 ザ・武神だ。

「ご主人様の槍術、棒術の技能は大変高い水準にある。
 技術だけならすでに多聞様……あー、毘沙門天様を超えているかも知れん」

 ネズミの従者がさらりと補足した。

「歴史上、名人、達人はたくさんいたが、それは【人間】の話だ。
 私が知っている限り、今の【寅丸星の槍】の相手が出来るのは斉天大聖様ぐらいだろう。
 まぁ、あの御方は別格だがね」

 次は更にトンでもない名前が出てきた。
 天界を向こうに回してたった一人で大暴れした伝説の怪猿。
 いまだに純粋な武力では天界最強と謳われる武神。
 振るう【棒】は単なる武器の範疇を越えた神器と言われている。
 修行の旅では絶対的不利なはずの敵地においても師と仲間をその武勇と知略で守り抜いた。

(いくらなんでも、それはないのでは)

 あまりに大きすぎる話にちょっと首を傾げる妖夢。

「うふふふ、ナズーリン、それはかなり言い過ぎですよー。
 斉天大聖様ですって? そんなー、あはは」

 恥ずかしそうに笑う寅丸。

(ですよねー)

 妖夢も心で同意する。
 ところがネズミの従者は眉間に皺を寄せて主人を見ている。

「昔、ご主人様に稽古を付けてくださったときに言っておられたでしょ?
 お忘れなのか?」

「言っておられたって……稽古? どなたのこと?」

 きょとんとしている毘沙門天の代理。

「……ねえ、本気で分からないのかい?
 行者さまだよ、猿面の」

 その昔、毘沙門天の代理になった後、聖白蓮達が封印され、二人だけになってしまった頃。
 寺に立ち寄った行者がいた。
 寅丸星はこの行者から実戦的な指導をみっちり受けたのだった。

「え? えええーー!? あ、あ、あ、あのヒト!
 た、たたたたたっ大聖様だったんですかぁ!?」

 目をまん丸くして狼狽えている。

「なんだ、ホントに気づかなかったのかい?
 てっきり知った上で接していたと思っていたのに。
 あの時は、さすがご主人様は器が大きいと感心したのに。
 やれやれ、買い被りだったのか、はあ……」

 ナズーリンは、ずるんっと肩を落としてがっかりしている。

「わ、私、いろいろ失礼しちゃいました!
 お、お猿さんみたいですね、とか言っちゃいましたよぉー!!」

「そんなことを気にするお方ではないよ。
 それに間違いなく猿だしね」

ーーーーーーーーーーーーーーー

 千年以上も昔の話。
 代理としてふさわしいか否か。
 使者のナズーリンを通じて寅丸星を召し出した毘沙門天。
 彼女の天賦の武才をいたく気に入り自ら槍術の基本を指導した。
 驚くほどの短期間で教えを完璧に我がモノとした寅丸。
 毘沙門天は宣った『これ以上、教えられることはない』と。

 しばらくして聖白蓮をはじめ、主だった同僚は封印されてしまった。
 主従二人だけになって数週間後、僧服の小柄な男が訪ねてきた。
 旅の行者だと名乗ったが、明らかに人間ではなかった。
 用向きは、毘沙門天から頼まれ寅丸星の稽古相手をしにきたのだと。
 女性の主従二人は半信半疑だったが、行者がネズミの従者に向かって何か呟くと彼女は直ちに承知した。

 聖達がいなくなり鬱屈していた寅丸には良い気晴らしになるか、程度で受け入れてみた。
 が、この人外の行者は途轍もなく強かった。
 この時点で武芸者としてかなりの域に達していたはずの寅丸星が完全に子供扱いだった。

 星の生活は一変した。
 日のあるうちは行者と稽古、日が落ちてからはナズーリンと経典をひもとく。
 空いた時間は掃除、洗濯、炊事と忙しく動き回る。

 異形の行者の指南は常に実戦的だった。
 一対一、一対多、多対一の戦い方、誰かを守る戦い方、とどめの刺し方、不利な状況のしのぎ方、手加減の仕方、逃げの打ち方、それらの心得を分かりやすく説き、具体的なコツをたくさん教えてくれた。
 並の武人では理解できないような高度な教えも寅丸星は乾いた砂地に水をかけるように余すことなく吸収した。

 普段の生活ではポワポワ穏やかなのに、武術に関しては研澄にして苛烈。
 教えがいのある弟子を気に入った猿面の行者は次々と武術の神髄を伝授した。
 その全てを間違うことなく受け取る寅丸星の武芸の格は尋常ではない勢いで向上していった。

 半年ほど経った頃、稽古の終了を告げられた。
 去り際、半泣きの寅丸星に猿面の行者が穏やかに語った。

『所詮は傷つけ殺す技能だが、いつの日かその力が役に立つだろう。
 オマエはその力の使い方をワシのように誤ることはあるまい。
 いつも自分の力を厭い、迷っていたからな。
 オマエは心底、諍いや戦いが嫌いなのだろう。
 それでもこれほどまでの強さを身につけた。
 自らの武に酔うことがなく、他者を思いやれる。
 とても希有な武人だ。
 いや、うむ、武人として括っては何かもったいない。
 ただ強いだけの実在とは違ったもっと別の在り方だな。
 ……うまく言えんがな。
 だが、これだけは言える。
 オマエが先に生まれていたなら、ワシは弟子入りしていただろう、ハハハ!
 ワシは石猿ゆえか、生まれてこの方、女色にも男色にも興味はないがオマエは側に置いておきたいな。
 おっとと、あの従者がものスゴい顔で睨んでおるな。
 諦めるといたそうか、ハハハ!
 オマエは誠に筋が良い、知りうる限りの誰よりも、このワシよりもだ。
 あと千年ほど、たゆまず鍛錬すれば免許皆伝をくれてやろう。
 ……と言ってもワシ、流派何ぞ開いてなかったがな、ハハハ!
 まあ、その時は互角の勝負ができるかも知れんぞ?』

 後半は茶目っ気たっぷり。
 だが最後には真面目に、力強く告げる。

『寅丸星、いつか、オマエの【力】が及ばない時が来たとしよう。
 その時、さらなる【力】を欲するならば、ワシを呼べ。
 天に向かってワシを呼べ!
 必ずや駆けつけて助勢してやろうぞ!』

 そう言って去っていった。

 とてもイカした登場と退場だったのだが、今にして思えばちょっとだけ【すっぽ抜け】感があった。
 あの師匠、最後まで名乗らなかったのだ。
 そして、この弟子は最後まで名を訊かなかったのだ。
 細事にこだわらない斉天大聖様らしいし、特盛り鷹揚な寅丸星らしいのだが。
 ある意味で相性抜群の師弟だったのかも。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「つまり、ご主人様は斉天大聖様の加護も受けているのだよ。
 そんな訳で師匠筋はかなり良いと思う」

 いやいや、かなりとか言う水準じゃない
 そんなトンでもない師匠(武神)達に太鼓判を押されている目の前の武人。
【とても強い】そんな一言で表せるレベルではない。
 
 こんなヒトから一本でもとれるのだろうか?
 妖夢は目標のあまりの高さに泣きたくなってきた。
 心がひしゃげそうだった。



 指導役の寅丸は昔のことを思い出してか、ぷちぷちツブヤきながらポケーっとしている。
 代わってネズミの従者が解説する。

「突き技は毎日千回、千年繰り返してきた。
 必殺の気を込めて全力で。
 事情があって稽古できない日もあったが、少なく見積もっても三億回以上だ」

 短い生の人間が到達できる稽古量ではない。

「一般的に武芸の技や型は二千回をもって【鍛】と呼ばれるね。
 そして二万回で【錬】となる。
 では、三億回なら何というのだろうね?」

 そんなこと想像もできない。
【錬】の一万倍以上、それほど研ぎ澄まされた【突き】だったのだ。
 それを何度も受けたのだ、いや、受けさせてもらったのか。

「基本を繰り返しながら、あらゆる場面を想定した独自の型、戦術を編み出す工夫をした。
 千年の間ずーっとだよ。
 私も驚いている。
 真面目と言うか、一途と言うか、こんなこと【バカ】でなければできない」

 妖夢は気が遠くなりそうだった。
 寅丸星が途轍もなく大きく見える。
 越えられない大山脈のように。

「強い意志と確かな想いを持って千年間やり続けているんだ。
 これこそが正に【バカ】だ。
 もちろん良い意味で言っているのだがね。
 ……ん? ご主人様? 今、なんとおっしゃった?」

 それまで宙空をさまよっていた毘沙門天の代理の視線は、従者に向けられていた。
 こわばった表情で何か言っている。

「ご主人様、どうなされた?」

「バカって言った」

「は?」

「バカって言ったぁ」

 寅丸の口が【への字】になっている。
 忙しなく瞬きしている。

「ナズが私のこと……バカって言ったぁ」

 声が震えている。
 目が潤んできた。

「ちょっと待って! 今言ったように、これは良い意味での表現だよ!?」

「私、ホントに間抜けでトンマでバカだけど……
 ナズだけは、この世でナズだけはバカって言わないって信じてた……」

「ち、違うんだよ、ねえ、分かっているんだろ?
 一つのことに懸命に取り組む姿勢、そしてそれが実を結んだとき敬意を込めて【バカ】と呼ぶことがあると!」
 
「私、誰に言われても平気だもの。
 だって、ホントにバカだから。
 でも、でも、ナズだけは言っちゃダメだもん……やだもん……ひっく」

 妖夢にとって偉容を誇っていた山脈が見る見る縮んでいく。
 そして、小さな駄々っ娘がムジムジしているだけになった。

「強くなりたいから頑張ったのに……
 ナズのために強くなろうと頑張ったのに……
 毎日毎日、ナズを想って修行したのに……
 どんな時でもどんな相手でも絶対にナズを守れるように強くなろうって修行したのに……
 それなのに、うぎゅ……それなのにぃ!
 ナズが、ナズが、バカって言ったー!! うぐぐぎぎぎぃ!」

「星! ちょっと落ち着いて!」

「ナズのばかあーー! うわあーーーん!」

 爆発した。
 千年を経た大武芸者が人目もはばからず、べーべー泣きはじめた。
 妖夢はこのギャップに全くついていけない。

 行者様=斉天大聖様の事実を知らされ混乱しているところへ最愛、最信の恋人からの【バカ】呼ばわり。
 無敵のはずの武人の心はいともあっさり壊れてしまった。



「妖夢どの、今日はここまでとさせてくれ。
 ん、まぁ、ご主人様があのとおりなのでね。
 ……今夜は大仕事になりそうだ」

 脂汗を滲ませながらネズミの従者が言う。

「風呂はムラサ……いや、それはマズいな。
 おやぶーん! マミゾーおやぶーん! おーーい!」

 どろろろりりん

 白い煙と共に現れたのは大きな尻尾に眼鏡のお姉さん。

「なんじゃ騒々しい。
 うん? この有様はどうしたことじゃ?」

 いつも笑顔を絶やさない寅丸星が、わえわえぎゃろぎゃろと盛大に泣いている。
 命蓮寺で希に見かけるこの珍現象、発生原因はいつも同じだった。
 マミゾウがナズーリンをジロっと睨みつける。

「おぬし、またやらかしおったな?」

「い、いや、やらかしてはいないよ。
 うん、そう、ちょっとした行き違いなんだけど」

「いつもその『ちょっと』が原因じゃろが」

「……う、むう」

 寅丸星を本気泣きさせるのはこの世でナズーリンしかおらず、逆も然りだ。



「つまり、この娘を引き受ければよいのじゃな?」

「お願いしたい」

 状況を説明し、魂魄妖夢の今日この後を大ダヌキに任せる。

「ふん、今回は高くつくぞ」

「ん、まぁ、お手柔らかに頼むよ」

 必死の説得で主従二人はとりあえず部屋に戻ることになったようだ。
 凸凹コンビがいなくなっても、妖夢はボーッとしていた。

「妖夢、だったかな?」

「あ! はい!」

 声をかけられてようやく気づいた。

「儂は二ッ岩マミゾウ、寺の居候じゃ、改めてよろしくな。
 今日だけはナズーリンに代わって案内しよう」

「よろしくお願いいたします」

 大きな大きな尻尾をゆらりゆらりと揺らしながら歩き始めるタヌキ妖怪。

「あの、マミゾウさん」

「なんじゃな」

「寅丸さんとナズーリンさんは、その、どういった関係なんですか?」

 先ほどのやりとり、タダならぬ関係であることは初心な妖夢でも想像がついた。

「んー、あの二人、立場は主従じゃが、見ての通りの恋人じゃ。
 それもかなり仲がよい。
 流行りの言い方をすれば【ばかっぽう】じゃな」

 マミゾウさん、ちょっとだけ流行りに乗り遅れている。

「え? 女同士ですよ?」

「うむ、違いないな」

「だって、そんなのおかしいですよ!」

「ほう、なんでじゃ?
 好き合っているなら障りはないじゃろ?」

「でも、でも」

 表面的な一般良識を頼りに生きてきた妖夢にとっては理解の外にある状況だった。

「雄と雌が惹かれ合うのは繁殖のための単なる本能じゃ。
 しかし、希にその本能に流されずに生涯の伴侶を求め続ける変わりモノもおる。
 巡りあった相手がたまたま同性だったと言うだけのことじゃな」

「でも、でも、やっぱり非常識だと思います」

「狭い、狭いな……おぬしの狭い【常識】では受け止め切れぬかな?
 この世はおぬしが思っているよりもずっと多様なんじゃぞ」

 己が未熟を、世間知らずを、普段からちょいちょい思い知らされている妖夢はそれっきり黙ってしまった。
 その様子を見ていたマミゾウはビックリするほど優しい顔で話しかける。

「ま、慌てることもない、何事もボチボチ行ったら良かろうて……
 薬の湯の勝手は分かっておるな?
 その後はナズーリンの部屋で休んでおれ、しばらくしたら呼びにいくから。
 今夜はムラサ特製の【かれーらいす】じゃ。
 期待して良いぞー、見た目はナンだが病みつきになる美味さじゃからな」

 そう言ってヒト(?)懐こい笑顔を向けた。
 それを見てとてもホッとしている妖夢。
 なんだか安心できる、幽々子とはまた違った包容力。
 経験の深さを感じさせるが、緊張しなくて済む親しみやすさがある。





「昨日は失礼しました」

 翌日、いつにも増して機嫌が良く、なんだか艶々している寅丸。
 片や、目をしょぼつかせ、げっそりしているナズーリン。
 対照的な二人が妖夢を出迎えた。

 それから数日は手合わせはなく、素振りを中心にした基本型の反復に終始した。
 今日も気合いの入ったかけ声が『えいっ!』『えいっ!』と命蓮寺の庭に響く。
 星とナズーリンの見立て通り、真面目で筋の良い妖夢の打ち込みは力強さと鋭さを増していった。
 朝、庭の手入れを済まし、昼前から命蓮寺の雑務の手伝い、稽古の後は薬湯と夕飯をいただいてから白玉楼へ戻る。
 ここ最近の妖夢のルーチン。

 西行寺幽々子はまだ帰って来ていない。



『妖夢さん、今日はお寺の用事で午後から出かけなければなりません。
 稽古はナズーリンに見てもらってくださいね』

 ある日、寅丸から告げられた。
 無理を言って時間を都合してもらっているのだから妖夢に否のあるはずもない。
 ネズミの従者によろしくと声をかけようとしたが、何やら難しい顔をしている。

「ナズーリンさん、どうなさったんですか?」

「うん、実は私も急な用事が入ってしまっていてね。
 どうしたものかと思案しているところなんだ」

「お寺のご用事なんですか?」

「いや、訳あって人里の茶店を手伝っているんだが、今日、突然女給の手が足りなくなってね。
 ネズミの私が女給をするのも何だから困っているんだよ」

「そんなことなら私にお申し付けくださればいいのに」

 妖夢が気軽に応える。

「待ってくれたまえ、由緒正しい白玉楼の筆頭侍者である魂魄妖夢どのに女給の真似事をさせたとあっては各所に申し開きができないよ」

「いえ、全く構いません。
 最初から、できることは何でもお手伝いすると言いましたから」

「良いのかい?」

「はい! ナズーリンさんがお困りなのでしたら全力でお手伝いさせていただきますよ」

「そうかい? そう言ってもらえるとホントに助かる。
 妖夢どのなら少なくとも三人分の働きをしてくれそうだし」

 そう言ってニヨリと微笑んだナズーリン。
 この時、妖夢の経験値がもっと高ければこの微笑みに潜んでいた【邪】を感じ取れただろう。



「私のことはちょくちょくバカ呼ばわりするくせに、不公平だよ、まったく」

 店への道すがら珍しく愚痴をこぼす賢将。

「あの日、あの後、お部屋で何があったんですか?」

 純粋な好奇心から質問する純粋培養の天然庭師。

「一晩中謝って、弁解して、宥めて、褒めて、そりゃもー、大変だったんだよ」

「それは大変でしたね」

「甘い言葉を繰り返し囁き、たくさんキスして体をまさぐり、噛んで舐めて、そしてその後は、まぁ色々だね」

 あっさりと告白された。
 言葉の意味を噛み締める都度、妖夢の目が丸くなっていく。

「あ、あの! そ、それ、それって!」

「それでも最後の一線は超えさせてくれないんだよな。
 肝心なご本尊はアンタッチャブルって意味が分からん。
 生殺しも限界だよ、子宮が疼きすぎて破裂してしまいそうだ」

「あ、あぼ、ばばば!」

 初心な娘に高速スライダーをビシビシ投げ込む。
 きりきり舞いだ。

「……ご主人様のことを思うと、どうしても悶々としてしまうよな。
 勢いに任せて踏み込むべきか、待つべきなのか迷うよ」

 動転している妖夢をニヤニヤ眺めている変態賢将。

「そ、その迷い、この白楼剣で切ってあげましょうか!?」

 妖夢は精一杯、反撃してみる。

「気遣いは無用だ、この迷い、煩悩こそが私の生命力の源だから」

 しかし力強く断言された。



 人里では最大級の茶店、オーナーは命蓮寺の信徒であった。
 最近、店の内装を西洋風にしたが今一つぱっとしないと言う。
 女給に派手なメイド服を着せてはみたがどうにも付け焼き刃で野暮ったさが不評らしい。
 相談を受けたナズーリンは店内をざっと見渡して言った。

『なっちゃいない……まっ! たっ! くっ! なっちゃおらん!』

 紆余曲折はあったが、ナズーリンはこの店のプロデュースをすることになった。
 まずはメイド風の女給の在り方から手を入れた。
 これに関して言えば賢将には絶対不滅の自信がある。
 ファーストクラスにしてアルティメット、天地開闢以来のパーフェクトな【メイド】を知っているからだ。
 紅魔館の至宝、メイドオブザメイド、十六夜咲夜を研究し続けているナズーリンにはメイド(この場合、女給なのだが)の完成形がスペシフィックに見えている。
 後はそこに如何にしてに近づけていくか、だけだった。

 メイド服の余計な装飾を削ぎ、機能性を重視したシックなデザインに直した。
 演技過剰な接客態度も改めさせ『当館(茶店だが)を訪れたのは主人の大切な客人。丁重に、真心を込めておもてなしする』コンセプトを説明し、女給たちに別の意味での演技を要求した。
 控え目でいながら常に一歩先のサービスを提供する【上級メイド】の演技を。

 接客方法や注文取りをざっと教わった半人半霊の少女剣士。
 もとより賢く、気が利く妖夢にとっては何と言うことのない仕事だ。
 仕事内容には全く問題ないが、少し、いや、かなり気になることがある。

(えっと、これって……)

 従業員部屋で制服に着替え、ドア越しに顔を出して様子をうかがう。
 今、フロアには妖夢の他に人間の娘が三人、出ている。
 彼女たちのメイド服と自分のそれは別物のように見えるのだ。
 色合いや上着のデザインは同じだが、短いのだ。
 スカートの丈が。

 娘たちの膝は完全に隠れているが、妖夢のそれは膝どころか太股の半分以上が露出している。
 明らかに別物だ。
 これではちょっと深めにお辞儀をしたら先日の教訓をもとに少し気合いを入れて穿いてきたビッグイベント用の絹の下着が見えてしまう。

「あの……ナズーリンさん?」

 メイド娘と話をしていたナズーリンに声をかける。

「お、着替え終えたね、さあ、こちらに」

「こ、このスカート、短すぎやしませんか?」

「うん? 規定通りだけど?」

 不思議そうに言う。
 妖夢は訳が分からない。

「でも! 他のみなさんと比べると短いですよう!」

 メイド(人間)を指さす。

「ああ、そのことか。
 今日の妖夢どのは【サービス担当】だからね」

「はい?」

 さて、本格的に訳が分からなくなってきた。

「お客様へのおもてなしの一環なんだけどね」

「はえ? でも、こんなサービスって変じゃありませんか!?
 いくらなんでも無理がありますよう!」

「んー、だが、妖夢どのは『全力でお手伝いさせていただきます』って言ってくれたし。
 とてもありがたいと思っているよ」

「う、ぐ、た、確かに……」

 ナズーリンは真面目な顔で義理堅い妖夢の退路を断つ。
 妖夢の経験値ではこの表情から思惑を読みとることはできないだろう。
 膝が震えはじめ、顔が赤らんできた。
 純情庭師はイーシャンテンだ。

(うふふー、いい顔だねー、可愛いなあ。
 ……よし、そろそろ勘弁してあげるかな)

 世話焼き性のくせにイタズラ好きのネズミ妖怪は出オチの一発ギャグでからかっただけだ。
 最初からこんな格好で接客させるつもりはない。
 そもそもそう言う店ではないのだし。

 からぽろーん 

 ドアベルが来客を告げる。

「いらっしゃいませ、お一人様でございますか?
 ……かしこまりました、ご案内させていただきます」

 メイド女給が丁寧な挨拶で新規のお客を通す。 
 
 なんだか店内がざわついている。

 ネズミのプロデューサーはとりあえず妖夢を放っておいて店内を見渡してみる。
 ざわつきの原因は瞭然だった。
 たった今、来店したお客はメイド服を着ていたのだ。

 店内でメイドの扮装をしている娘たちも十分に器量好しだが、比べる相手が悪すぎる。
 そのお客は本物のメイドだったのだ。
 しかも、この世に数体しか確認されていない完全完璧完成体のメイドのうちの一体だった。

「あ、ナズーリンさん」

 目が合ってしまった。

「や、やあ、咲夜どの」

 紅魔館のメイド長がすっすっと優雅に近づいてくる。
 緊張を隠せないナズーリン。
 妖夢でさえ分かるほど緊張している。
 だって尻尾がビーンと立っているんだもの。

「お久しぶりですね。
 お目にかかれて嬉しゅうございます」

 完璧なお辞儀の後、ふわりと微笑む。
 同時に店内がどよめいた。

 ちょくちょく人里を訪れる十六夜咲夜。
 いつも無表情で必要なことしか話さないのだが、比較基準を無視するほど桁外れの容姿と洗練された物腰はいくつもの逸話や伝説を残している。

 だが、人間たちはこんな笑顔、見たことが無かった。
 沈着冷静、端麗瀟洒な十六夜咲夜がふんわり笑うなんて。

『おほおおーー! いいモン見れたーー』

 店内の大方の感想だった。

 気を取り直したナズーリンがたずねる。

「咲夜どの、奇遇だね、今日はどうされたのかな?」

「使いの途中でございます。
 この店の評判を聞いておりましたので、少し寄ってみようかと。
 そうしたらナズーリンさんに会えました。
 今日の私はとてもラッキーでございます」

 そう言って、また、微笑む。
 美人、可愛い、素敵、綺麗、参りました、これを何と言えば伝えきれるのか。
 いっそ、全部併せて【十六夜咲夜】を限定代名詞にした方が手間がなくないか?

 ナズーリンは寺の縁でこの店の運営を手伝っている旨を伝えた。
 
「この店が繁盛しているのはそう言う訳ですか。
 さすがです、ナズーリンさんに出来ないことはないのですね」

 そして何度目かのニッコリ。

「い、いや、私は、その、大したことはしていないよ」

 どうにもお尻と尻尾の間のあたりがむず痒い。

 咲夜はナズーリンを尊敬している。
 主人と、主人の友人の危機(?)を見事に収めた賢将を尊敬している。
 咲夜ワールド内でのナズーリンは【万能の英雄】なのだ。
 少しの勘違いと、強烈な思い込みで、かなーり美化されているのだが。
 その【英雄】には無防備な笑顔を見せてしまう咲夜だった。

 咲夜は英雄の隣でポケっとしている娘にようやく気がついた。

「あら、貴方は冥界料亭のチャンバラ屋さん……
 確か……コンパクト・妖夢さんね?」

 惜しい、正解まであとちょっとだ。
 確かに小さくて可愛くて機能的な妖夢ちゃんだが。

「魂魄妖夢です! ご存知の筈でしょ!?」

 微みょんに名前を間違えられ、ちょっと強めに言い返す。
 完璧メイド長の基本対応はクールでドライ。
 そして敵意を感じればそれなりに辛辣な返しをする。
 今回、悪意があるのか天然なのか明瞭ではないが、『チャンバラ屋さん』と言ったあたり、揶揄が含まれていそうだ。

「お二人は面識が?」

 ナズーリンが【一応】の体でたずねる。

「そうですね、知り合いの範疇に含めて差し支えないでしょう」

「咲夜さん、なんだか少し引っかかりますね」

 異変がらみで直接対戦経験もあり、その後も紅魔館、白玉楼、双方の宴会で顔を合わせることも多い。
【結構】知り合いのはずだ。

「ところで妖夢、その服装は何のつもりかしら?」

 いきなり呼び捨て、ほら、やっぱり知り合いだ。

 咲夜がメイド服の妖夢を冷ややかに見下ろしている。
 本職の目にはこの衣装は冗談にしか見えない。
 メイド服は本来【作業服】だ。
 機能的であることと、【印=マーク】としての制服の意味しかないはず。
 それを面白おかしくセクシャルに崩してみせる表現形があるのは知っている。
 だが、自分の仕事、立場に誇りと自信を持っている咲夜は受け入れられない。
 絶対に許容できない。

「……みっともない」

 明らかに蔑んだ表情。
 凍りついてしまいそうな視線。

「あの、これは、その!
 ナズーリンさんが着ろって!」

 妖夢の必死の訴えを受け、途端に咲夜の周囲の空気が緩んだ。

「……ナズーリンさんが? ナズーリンさんが言ったの?
 そうなのね?」

 咲夜は何やら考え込んでいる。

(マ、マズい! この展開はマズい!)

 ナズーリンの脳内ではアラームが『ヴィーム! ヴィーム!』と鳴り始める。
 十六夜咲夜の最終奥義【激しい思い込み】と【素敵な勘違い】の必殺コンボが発動するパターンだ。
 これまで十六夜咲夜に振り回され続けているネズミの賢将。
 悪意がないのは分かっている、むしろ、善意からいろいろ気を回してくれる。
 冷徹に見えるが、根は優しく思いやりの深い黒い星五つのドリーミーな娘なのだ。
 だが、いつもタイミングが悪く、ナズーリンを絶体絶命の窮地に追い込んでいる。
 それもすべて寅丸星がらみでだ。

 千年の時を経て、寅丸星という永遠不換のパートナーを得たナズーリンが短慮な浮気に走ることはありえない。
 そしておおらかな寅丸星も最愛のナズーリンが他の誰と何をしていようと気にしない。
 信じている、自分自身よりナズーリンを信じているから。
 だが、唯一の例外が十六夜咲夜だった。
 奇跡のような美貌と全てにおいて示される高い能力、そして秘められた熱い情愛と献身。
 咲夜が超特級の女性であることは間違いない。
 簡単には突破できない【高嶺の花防護壁】と、紅魔の主人への忠誠心、そして少々クセのある性格のおかげで本格的に恋慕する無鉄砲者は今のところほとんどいないが、彼女の関心が万が一にもナズーリンへ向いてしまったら。
 寅丸は十六夜咲夜だけは要注意とみなしている。
 女性として、そしてヒトとしての魅力が、その桁外れの外見をはるかに凌駕していることが分かっているのだ。
 十六夜咲夜とナズーリンが接触する度、心穏やかではいられない。
 俗世間的に簡単にいうと【ヤキモチ】を焼くのだ。
 そんな寅丸星の悋気を宥め、補填するために毎回、血が滲むほどの労力を費やしているナズーリンだった。

「いや、咲夜どの、これには少々訳があってだね……」

 慌てて割って入るナズーリン。

「確かにそのスカートは【はしたない】短さだけど、ナズーリンさんの仰せならアナタは従うべきね」

「はあああ?」

 妖夢は大混乱。

「あのだね、咲夜どの、これには少々訳があってだね……」

「ナズーリンさんの言うことに誤りはないわ。
 きっと、何か深いお考えがあるのでしょう」

「そ、そんな考え、分かりませんよう!」

「だから、咲夜どの、これには少々訳があってだね……ねえ、聞いてる?」

「ならば私が手本を示しましょう、そのスカートを貸しなさい」

「まって! ダメだよ! 絶対にダメだ!!」

 ナズーリンが思わず大声で制止する。
 このメイド長は【やると言ったらホントにやっちゃう】タイプだから。

(((何故止める!? このバカネズミ!!)))

 超級リアルメイドさんに注目していた店内の思念(ほぼ総意)がかなりハッキリと聞こえてくる。

「ダメなんだよ! 咲夜どの! キミはそんなことしてはいけない!」

「本日の下着には些か自信があるのですが」

 至って真面目に応える。
 確かに十六夜咲夜が外出時に穿く下着はモノスゴいとの都市伝説がある。
 一般人なら一生の思い出になるレベル、息を引き取る直前の走馬灯の幸福なメモリアルとしてあの世へ持って行けるレベルと言われている。

「そそそそそ、それはそれで大変興味深いがちょっとまってくれ!
 最大級のご褒美のレベルだ、容易く披露してはいけないよ!」

「わ、私は構わないって言うんですかー!?」

 至極もっとな妖夢の抗議。

「頼む! 妖夢どの、キミはちょっとだけ黙っていてくれ!」

 今は妖夢に構っている場合ではないのだ、いや、マジで。

「ナズーリンさん、申し訳ありません。
 私、ご不快な思いをさせてしまったのでしょうか?」

 そう言って、咲夜は少し俯き、唇をすぼめた。
 ナズーリンの叱責(?)を受けたと思っているその顔は少し悲しげ。

(がほっ! キ、キュ、キューーートォ!)

「い、いやいやいやいや、不快なんて、とんでもない!
 悪いのは私なのだ、うん、他にいない」

(やりすぎるといつもこうなってしまう、分かっているはずなのにな……
 どうやって修正したものかな。
 最も注意すべきは咲夜どのの【勘違い】だが……)

 ナズーリンは脳をフル回転させて善後策を考える。

「妖夢どのはここしばらく命蓮寺で剣術の稽古に励んでいる。
 私は単なるお世話係だがね。
 今日はたまたま空き時間に店の手伝いをしてくれることになったんだよ」

 嘘は言っていない。
 マーベラスミスティークガール十六夜咲夜に対して半端な嘘はグランドカオスの引き金になりかねないから。

 咲夜は一言たりとも聞き逃すまいと真剣な表情。
 やがて軽くうなずく。

「分かりました。
 これは妖夢にさせることに意味があるのですね?
 私の差し出がましい申し出をお許し下さい。
 分を弁えず失礼をしてしまいました」

 頭を下げられても困ってしまうナズーリン。
 咲夜はなにやらセルフ・コンクルージョン(自己完結)しているが。

「咲夜どのが謝ることなんか何もないんだよ、いや、ホント。
 理解してもらえてうれしいけどね」

「どんな時もご寛容でいらっしゃるのですね」

 そう言って本日大サービス中の笑顔。

「あのー、結局、私はどうすればいいんですか?
 やっぱりこれ、ちょっとエッチな気がするんですけど」

 蚊帳の外に置きっぱにされていたミニスカ妖夢が抗議を再開させる。
 咲夜が一転して厳しい表情を庭師に向けた。

「妖夢? アナタ、ナズーリンさんにお世話をしていただいているんでしょ?
 文句を言う前にやれることをやるべきでしょ?」

「え、ええ、そうですけど……でも、見えちゃうし……
 何でこんな変なことが必要なのか分かりませんよう」

「お側にいながらアナタはナズーリンさんの真摯な姿から何も学べていないようね。
 アナタもそして私も主に仕える立場として、従者にして賢者たるナズーリンさんから学ぶことは山のようにあるはずよ。
 歪な性欲などとは無縁の純粋で献身的な従者として在り方を。
 ナズーリンさんは奥ゆかしいからアナタには言わないのでしょう。
 だから私が代わりに言いましょう。

 ある時、私の難題に明快な解答を下さったわ。
 その時に申し出された報酬も、ご主人、寅丸さんを思ってのことだったのよ。
 敬慕する主人に快適な肌着を身に着けてもらおうと、私などに頭を下げたの。
 そこには自分の邪な欲望など微塵も無かったわ。
 深遠な叡智のすべてを仕える主に捧げていらっしゃるのよ」

 抑えた口調ながらキッパリと告げた。

 押しまくられ、あうあう言っている妖夢。
 だが、もっと、あうあう状態なのはもう一人の方だ。

「あ、あの、咲夜どの、も、もういいよ」

 クール変態の賢将が赤面している。
 大変珍しい光景だ。

「これほど清廉な忠義の士、ナズーリンさんの言葉を疑うの?
 己の未熟こそを恥じなさい。
 代われるものなら私が代わりたいくらいよ」

「あ、あの、もう勘弁してください……
 なんだかいろいろごめんなさい……
 生まれてきてゴメンナサイ……」

 泣きそうなナズーリン。



「おおよその事情は分かりました」

 人手が足りない事実を少し大げさに強調し、スカートの件は今日のところは必要なしと言ってなんとか二人を丸め込んだ三流詐欺師ナズーリン。
 
(まったく、自分で蒔いた種とは言え、咲夜どのが関わると数十倍になって返ってくるな。
 まるで正面トスバッティングだよ)

「ナズーリンさん、いつもお世話になってばかりでございます。
 そういうことなら私を頼ってくださいませ。
 今は休憩時間、私の時間でございます。
 これよりしばらくの間、【咲夜】は貴方にお仕えいたします」

 自分を【咲夜】と言った時、軽く胸元を押さえていた。
 ほんのり恥ずかしそうに。
 タイトルは《 可憐 》で問題ないだろう。
 ナズーリンの膝から力が抜けてしまった。
 へたり込みそうになった。
 
(い、いかん! これはマズい!
 さ、咲夜どの! これ以上、私を惑わしてくれるな!)

「さ、妖夢、私たちもお手伝いをするわよ。
 急いで着替えましょう。」

 颯爽と従業員部屋へ向かう咲夜に妖夢は慌ててついて行く。



 からぽろーん

「いらせられませ」

 そして---咲夜の世界---が始まった。



「咲夜どの、お見事だったね」

「恐れ入ります」

 ハードタイムをこなし、代わりの女給たちもやって来たので外様二人はアガリである。
 約二時間の【ショータイム】はあっという間だった。
 序盤こそ自ら手本を示していた咲夜だが、30分もしないうちに妖夢を含めた四人は【フロア責任者】の合理的できめ細やかなサービスの意図をある程度理解できた。
 その後の咲夜は目線と指先の動きだけで的確な指示を出し、店全体を完全に支配した。 
 来客も多く、慌ただしい時間帯のはずなのに不思議とリラックスできる雰囲気。
 お客は皆、十分な【おもてなし】を感じ、満足していた。

「娘たちも良い勉強をさせてもらったはずだ、礼を言うよ」

 この時店内にいたメイド装束の娘たち三人はそれぞれに確かなモノを得た。
【超一流の本物】をじっくりと見る。
 これは、あらゆる学習方法の中で最大級の効果があるとされる。

 この【めでたしめでたし】な空間の中、妖夢だけは面白くなかった。
 かなり、とっても面白くない。

(私が中心でお手伝いするはずだったのに!)

 確かに咲夜の際立った手腕は認めざるをえない。
 自分も手伝いはできたのだが【持って行かれた】感がハンパない。
 納得がいっていない。
 実のところ、妖夢はナズーリンにイイところを見せたかった。
 自分を翻弄しながらも大事なことを分かりやすく教えてくれ、ところどころ優しいこの不思議な小妖に役に立つところを見せたかった。
 そして褒めてもらいたかったのだ、多分。
 だから面白くない。
 下唇を突き出し、少しやぶ睨み。
 可愛い顔がかなり台無しだ、やめなさいって。

 ナズーリンは妖夢のむくれ具合が分かったが、咲夜の手前、うかつにフォローを入れるわけにもいかない。
 妖夢の不服オーラに反応したのはその咲夜だった。

「なーに? その顔は。
 どうもアナタは言っただけでは理解できないみたいね。
 体に教えるしかないのかしら?」

 妖夢の不満がナズーリンに向けられていると解釈したらしいメイド長が突っかかった。

「それはどーもありがとうございます。
 是非、教えていただきたいモノですね!」

 今の妖夢は虫の居所が悪い。
 売られた喧嘩はどんな高値でも買う気満々だ。
 ちょいちょい顔を合わすこのメイド長。
 いつも小馬鹿にされているような気がする。
 従者同士、共感するところが無いわけではないが、主人に振り回されがちの自分を鼻で笑っているように見えた。
 だからいつかガツンと言ってやりたいと思っていた。
 このあたりの本当のところは咲夜本人に聞いてみなければ分からないが、普段はクールでシニカル、年相応の愛想が全くないメイド長が誤解を受けやすいのも確かではある。

 別嬪さん二人が怖い顔でガンを飛ばし合っている。
 なんだか色々もったいない光景だ。

(ありゃりゃ、さすがにこれはマズいな。
 んー、しかし、待てよ……これは)

 止めに入ろうとしたナズーリンはちょっと考える。

(これは良い巡り合わせかも知れない。
 必要な機会かもね……よし)

「まぁ、まぁ、二人とも落ち着いて。
 お互い言いたいこともあるのだろうね。
 どうだろう? いっそのこと、手合わせしてみてはどうかな?」

 咲夜と妖夢、同時にナズーリンに顔を向けた。
 美しい白銀の髪がそれぞれ【しゃりん】【さらん】と鳴ったかも知れない。



 三人は店を辞し、空き地に向かった。

「咲夜どのは武術家ではないが、かなり優秀な戦士だ。
 それはキミの方がよく知っているはずだね?」

 ナズーリンがみょんに鼻息の荒い妖夢に念を押す。

「はい、知っています!
 でも、今度こそは、けちょんぱにしてやりますよ!」

 異変側だった妖夢と鎮圧側だった咲夜は対戦経験がある。
 その時はスペカ戦という特殊な戦いであったが軍配は咲夜にあがった。
 しかし妖夢はスピード、攻撃精度、タイミング、ポジショニング、どれもほんの少しの差しかなかったと思っている。
 紙一重で負けたのだと。

「いや、そうじゃなくてだね。
 この手合わせはあくまで訓練、稽古の一環だ。
 そこは忘れないようにね?」

「短い間ですが、ここ数日、力の限り修行をさせていただきました。
 ナズーリンさん、その成果を是非ともご覧下さい!」

 分かっているのか、いないのか、やる気満々、勝つ気満々だ。
 妖夢主観では紙一重の差は逆転できているようだ。
 なによりナズーリンにイイところを見せたい。
 純粋な乙女心とはちょっと違うこの感情は何とも名を付け難い。

「咲夜さんは大したものだと思っていますよ。
 頭が良くて、気が利いて、手際も良くて、料理は上手で、スタイルが良くて、その上ちょっと、かなり、とっても、スゴく美人で……だ、だ、だ、だからって負けても仕方ないなんて思っていませんから!」

「ちょ、妖夢どの? 大丈夫かい? 泣くことじゃないだろ?
 ベクトルがずれてきていないか?」

 何故だか涙ぐんでいる妖夢を気遣う。

(あ、やだ、なんで涙が出るんだろう……でも、負けたくない!)



 妖夢が手にしているのは白楼剣。
 そして咲夜は十数本のスプーンの束。
 この店では木製のスプーンを使っている。
 傷みが目立つと新しいものと交換するのだが、処分前のものが数十本あったので投げナイフの代用としてナズーリンが持ち出したのだ。

「えー、二人とも良く聞いて欲しい。
 この手合わせは真剣勝負ではないからね?
 だから私が危険だと判断したら止めるからね」

 念のため咲夜に因果を含めようとナズーリンが歩み寄ると、当人はくるりと背を向けて離れて行った。

「あれ? 咲夜どの? ねえ、咲夜どの!」

 小走りで追いかけるナズーリン。
 ようやく立ち止まったコンバットメイド。

「一体どうしたの?」

 振り返った咲夜は随分と離れてしまった妖夢をちらと見た。
 釣られてナズーリンも振り返る。
 白楼剣を抜いている半人剣士は絵に描いたような【きょとん】。

 咲夜はちょっと屈んでナズーリンの耳に口を近づけた。

(え!? あのっ!? か、顔、近い、近いよー!
 んはん、いい香りだあ~~)

 動揺しているネズミに小声で話しかける。

「妖夢はナズーリンさんのところで稽古中なのですね?」

(あふ、息が耳にかかってるぅ~~)

「う、うん、まぁ、相手をしてるのはご主人様だけどね」

「斬撃の重さが不十分なのですよね?」

(……えっ?)

「彼女が剣を振るうのを何度か見ておりますし、対戦経験もありますから分かるつもりです。
 妖刀の【性能】に頼りすぎです。
 ヒラヒラと手数を増やすことに気が行き過ぎて肝心の一撃に力がこもっていません。
 もし、強固な鎧を纏ったモノに力ずくで押し込まれたらひとたまりもないでしょうね」

「さ、咲夜どの……」

 ぞくっ、ぞくり。
 ナズーリンは震え上がった。

 この洞察力、観察力、なんと優れた眼識か。
 やはりすべてにおいて桁外れのスーパーウーマンだ。 
 なのにあの一連のナチュラルなパワーボケはなんなのだろう。
 掴みどころのなさも最高水準だ。

「きっとそのあたりは是正されているのだろうと思いますけど」

 ちょっと怖くなるほどの察しの良さだ。

「この手合わせで私なりのヒントを少しは示せると思います」

 そう囁いてからネズミ妖の耳を、はむんと咥えた。

(ひゃうっ!)

 そして、こりこりっ、と…… 噛んだ。

(あぐんっ!!)

 あまりの官能インパクトにナズーリンはその場に崩れ落ちる。

「んふ……これは【お茶目】でございます。
 お許しいただけますね?」

 パーフェクトメイドが真面目な顔で言う。
 何がどこまで本気で冗談なのか。
 ホント掴みどころがないし、手に負えない。

(く、くはあー、くはああー!
 ご主人以外には許したことのない耳への愛撫。
 お、犯されてしまったよお~!
 でも、咲夜どのだから儲けモノなのかな、腰が抜けるほどヨかったし。
 ……い、い、いや、これっ、バレたら大変なことになるー!!)

 見れば妖夢が思いっ切り眉をひそめていた。

(あ……トテモイヤナ・予感……)



「この白楼剣は迷いを断ちますが、肉体は斬りません。
 多少は痛いでしょうけどケガはしませんからご安心を」

 小刀を青眼に構えた妖夢が咲夜に言い放つ。

「あら、びっくり。
 その剣が私に当たると思っているの?
【要らぬ心配】の世界大会があればアナタが優勝ね」

 何故だか妖夢にはいちいちナスティな返しをする咲夜。

「そんな心配よりもこのスプーン、木でできていて丸みもあるからさほど危なくはないけど、思い切り投げるから当たったら痛いわよ」
 
 スプーンを弄んでいた咲夜が少し考え込む。

「そもそも私に迷いなんかないけど、その剣、適わぬ願いとか妄想の類も斬れるのかしら?」

「……多分、そうだと思います」

 ちょっと自信がなさそうに応じる妖夢。

「では万が一にもアナタの剣が当たった時のために私の妄想を言っておこうかしらね。
 ナズーリンさんが紅魔館の執事として働いてくれたらな、と思っているわ」

「はあああ!?」

 妖夢は口に出したが、ナズーリンは心の内になんとか留めた。

「ナズーリンさんは間違いなく超一流のバトラーになれるもの。
 そしてナズーリン執事長の差配の元、私はメイド頭として今以上に館を整えてみせる。
 ……今の私の苦労や気遣いを理解して下さり、さりげなく、優しくフォローして下さるのよ!」

 くわっ、と目を剥くメイド長。
 これは大変珍しい表情だ。

「お嬢様やフランドール様もきっとお喜びになるでしょうね。
【紅魔館のナズーリン執事長】……とても素敵でしょ?
 さあ! この想い、この熱情! 斬れるものなら斬ってみなさい!」

 なんと。
 エラい妄想が公開されてしまった。
 これで一本書けそうなくらいの重量級のネタだ。



「それまで!」

 ナズーリンが終了を告げた。
 互いに決定打が出ないまま膠着状態が続いたからだ。

 序盤は妖夢が間を詰め、鋭い斬撃を繰り出し、メイド長は防戦一方だった。
 多彩なフェイントに『えいっ! えいっ!』と力強い実撃が混じる。
 だが、躱すのがやっとの咲夜だったが、一分もしないうちに攻勢に転じたのだ。
 妖夢の力のこもった実撃だけに的確に対応し、間合いを取り、スプーンを投げはじめた。
 今の妖夢が繰り出す虚実を織り交ぜた斬撃はかなりのものだ。
 いくら卓抜した戦士である咲夜と言えど妖夢の攻撃を見切るのは早すぎる。

(あ……そうか)

 首を傾げていたナズーリンだが、気がついてしまった。
 今の妖夢の致命的な欠点に。

(これは分かりやすすぎる、うーん、マズいなあ)

 片や咲夜の時間差を付けた投げスプーンは次第に妖夢を追い込んでいく。
 だが、途中から防御に専念しはじめた剣士には隙が無くなった。
 双方、次の手が打ちにくくなったところでナズーリンが終了を告げたのだった。

 結果的には引き分けだが、明らかに咲夜が優勢だった。

「妖夢、以前よりはるかに力強い斬撃で少し驚いたわ。
 メリハリのある攻撃……でも、ハッキリしすぎている。
 つまり、虚実が分かりやすいと言うことよ」

「そう……なんですか?」

(確かに早いうちから完全に見切られていたみたい。
 もしかして私、なにかクセがあるのかな?)

「だってアナタ、本気で打ち込むときだけ『えいっ!』って言うんだもの。
 だから直前の口の形で分かるの」

「……え、ふぇん?」

 妖夢は驚いたきり、暫し絶句。

(そうなんだよな、本気素振りの時は気合いを入れるために声を出させていたんだけど、素直というか何というか……)

 ナズーリンはかける言葉が見つからない。

 ちょっとなんだかなーの種明かしだ。
 妖夢は見る見る赤くなっていく。

(な……なんてこと! バカみたい!
 いえ、バカそのもの、私、バカだーー!)



「では、ごきげんよう」

 まだ何か言いたそうだった咲夜だが、ショックを隠せない妖夢をみて、去ることにしたようだ。
 ナズーリンと軽くアイコンタクト。

(後はお願いいたしますね)

(お任せあれ、どうもありがとう)



「わ、私、あのヒトの前でバカ丸出しでした!
 せっかく稽古をつけていただいているのに、な、情けない!
 う……うぐぐぐぅー」

 咲夜が見えなくなった途端、ぽろぽろぽろぽろ涙をこぼした。
 堪えていたのだろう。
 ナズーリンに良いところを見せたくて懸命に剣を振るったのに、よりによって一番負けたくなかった十六夜咲夜の前で技能以前のおぽんちな様を晒してしまったのだ。

(一生懸命なのに少しすっぽ抜けてるこの感じ、参ったね、可愛いなあ。
 でも、ここは慎重に慰めないといけないね)

 少々邪な感想を抱きながら語りかける言葉を探すナズーリン。

「かけ声は気を付ければ良いだけだよ、大したことではない。
 現に序盤は完全に妖夢どののペースだったしね。
 それより大切なことを見落としてはいけないよ」

 近づいて泣き娘の細い腰を優しく抱いた。

「へぐっ、大切なこと……ですか?」

 ぐすぐす言っている妖夢、ナズーリンのスキンシップに抵抗が無くなってきていることに自覚はないようだ。

「咲夜どのの攻撃を受けて何か気づいたことはあるかい?」

 まだスンスンしている妖夢だが、ぴったりと寄り添い柔らかく語りかけてくる世話役に自然と寄りかかる。

「え、と、フェイントと本気の違いが分かりませんでした。
 分からなくなったから、結局は全てのスプーンに対応しなくちゃならなかったんです。
 だから、途中からは防戦だけになりました。
 ダメダメでした……ゴメンなさい」

「何故、分からなくなったのかな?」

「全部の攻撃が本気に思えました。
 でも、それでいて全てがまやかしのようにも思えて……」

「実撃だけではどうしても単調になるから隙を誘えない。
 勝負において虚実の組み合わせは重要だよね。
 その虚実が区別しづらいとなれば有利になる」

「あ、はい、ごもっともですね」

 妖夢もひとかどの武芸者だからこの理屈は分かっている。
 だが、今日、ハッキリと分かった、身体で理解できた。



「先日の紅魔館でのご主人様の演武を見たんでしょ?」

「はい」

 帰り道、落ち着きを取り戻した妖夢に少し砕けた調子で話しかけるナズーリン。

「アレを見たうえで挑もうって思うのはよほどの武芸者だ。
 キミのようにね」

「いえ、自分の力量を知らないただの未熟者でした」

 少し顔を赤らめる。
 今なら分かる、武芸者と言っても寅丸星は全く別次元の存在だ。
 本来のほんわかした雰囲気、特に強そうには見えず、素人が見れば近接戦闘、格闘戦は不慣れに見える。
 せいぜい宝塔の力を利用した遠距離攻撃に注意すれば良いと軽く見られるだろう。
 だが、その実体は無双の武芸者だった。

 かなわない。
 誰にも負けたくないと思う一方で自分が遠く及ばない力に強く憧れる。
 その者がどこまで行くのか、はるか先を行く更にその先を見てみたいとも思う。

「おや? 諦めたのかい?」

 ナズーリンがワザとらしい笑みとともに覗き込んできた。

「そ、そうではありませんが、その、一本取るイメージが全く湧かないんです」

 あれ程の武才に恵まれながらも驕ることなく、千年もの間、一途に修練を重ねてきた武人。
 本物の【天才】が誰よりも地道に途方もない努力を積んできたのだ。
 簡単に勝てると思う方がどうかしている。

「うむ、それなら、必殺技を会得するしかないな」

「は?」

 ネズミの世話役の言動にはいつも驚かされているが、今回は格別だ。

「必殺技だよ、必殺技。
 ここ一番での逆転は必殺技しかないだろう」

「え、っと? よく分かんないんですけど……」

 必殺技という胡散臭い単語がどうにも受け入れがたい。

「技というより戦術、戦法かな、一回だけのビックリネタだね」

「そんなので良いのですか?」

「その一回で相手を完全に仕留められれば十分じゃない?
 初見殺しなんて言葉もあるくらいだしね」

「初見殺し……ですか」

 なんだか耳馴染みのあるような単語。

「ご主人様のように【絶対一】(すべてを凌駕する一撃)の実撃を身に付けるには長い修練が必要だ。
 今は並行して虚撃の術を磨くのことも必要だと思うよ」

 確かに寅丸星の本気の一撃はフェイントもタコも関係ない躱しようのない必殺の攻撃だ。
 その域にたどり着くまでには色々と工夫しなければならないだろう。

「必殺技のカラクリ、知ってるかい?」

「いえ、分かりません」

「最後に斬るのは正真正銘の【実撃】でしょ?
 必殺技の正体はそこに繋げるまでの【フェイント】のことだよ」

「え? フェイントなんですか?」

「そう、ぶっちゃけ、目くらましだね」

 ナズーリンも妖夢が寅丸から堂々と一本取れるとは思っていない。
 それでも何とかしてやりたいと思っていた。
 そのための結論は一発ビックリのフェイント技だった。
 せっかく咲夜が虚実の妙のヒントをくれたのだし。
 もちろん、半端なフェイントが寅丸星に通用する訳もないから策を練らねばならない。

「必殺技ですか? 古今東西、剣の必殺技はたくさんありますけど、私、なにをどうしたらいいんでしょうか?」

 妖夢は未だ懐疑的だ。

「例えば【諸羽流青眼崩し】【円月殺法】【花吹雪抜刀流】うん、色々あるね。
 最近では剣を思いっ切り振り回して技の名を叫ぶだけのよく分からん必殺技もあるようだが、あれはダメだよね、美しくない。
 まぁ、私の知っている限りホントに感心したのは手裏剣術の【蟹の目】と薙刀の【浦波】くらいか。
 あと、特殊戦法としての【虎の眼】かな」

「そうなんですか?」

 妖夢は初めて聞く技ばかり。

「だが、所詮、必殺技なんて当てにならないからね」

「は? だったらなんで必殺技をすすめるんですか!?」

 意図が分からず、反射的にむっとしてしまう、そりゃ無理もない。
 
「そんな顔しないで。
 実撃と区別が付かないフェイントの有効性は先ほどの対戦で分かったんでしょ?」

「ええ、そうですけど……」

「だったら必殺技を考えよう、そして秘密特訓だ!」

「どうしてそうなっちゃうんですか!?」

 今一つ合点がゆかない妖夢。



「妖夢どののトレードマークでもあるその大きな刀。
 うん、やはりこれを利用した必殺技を考えるとしようよ」

 ちょっと寄り道、人通りの少ない小道の切り株に座る。
 途中ナズーリンが買った草餅を摘んでいる。

「ナズーリンさん、なんだか楽しそうですね」

 妖夢は少し口を尖らせている。
 目の前にいるネズミ従者が捉えきれないのだ。

 とても丁寧に世話をしてもらっているし、大事なことを分かりやすく教えてくれる。
 このヒトは優しいのだ。
 それは寅丸星の武力と同じくらい確信している。
 妖夢は言葉にできないほど感謝している。
 でも、先ほどのスカートのことやマッサージの時のこと、寅丸星との関係など、全幅の信頼を寄せるには一抹の不安がある。
 妖夢の低い経験値ではこの小柄な怪人はどうにも判断しかねる存在だった。
 なにより先ほどの十六夜咲夜とデレデレしていた姿がとても不愉快だった。
 この心境は自分でもよく分からない、でも、面白くなかった、嫌だった。

 今もこの世話役は面白がっているように見える。

「それにしても長い刀だな、佐々木小次郎のようだね。
 ……名前くらいは知っているだろう?」

「はい、宮本武蔵と厳流島で対決したんですよね。
【秘剣・つばめ返し】が有名でしたね、負けちゃったみたいですけど」

「ほう、さすがだね」

 剣士の端くれ、そのくらいは当然知っている。

「つばめ返しも必殺技ってことになるんでしょうか?」

「そうだろうね。
 そして宮本武蔵は事前につばめ返しの正体を知っていた節がある。
 だからこそ刀ではなく、【櫂】(かい)を使ったのだと言う説もある。
 つばめ返しの間合いを崩すためだったんじゃないかな」

「ナズーリンさんはご存知なんですか?
 見たことあるんですか? どんな技だったんですか?」

 実態は解明されていない幻の必殺技、妖夢は身を乗り出した。

「そんなもん知らんよ」

 あっけらかんとした返答。

「え? う、もー! 真面目に聞いているんですよー!」

 とても期待したのに。
 このヒトなら知っているかもって。

「直接見たことはないけど、どんな技か見当はつく」

「そうなんですか!?」

「あくまで推測だよ、それでも良ければ話すけど」

「お聞かせ下さい! お願いします!」

 この捉えどころのない世話役の知性は疑いようがない。
 武術に関しても深い造詣がある。
 その彼女が語る伝説の必殺技の正体、聞き逃してなるものか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 佐々木小次郎がいた時代、人間が言うところの江戸時代の初期、あの頃の剣術は基本、力押しだよ。
 だって対人訓練のしようが無かったからね。
 木刀だって思い切り打たれたら骨くらい簡単に折れるし、悪くすれば死に至る。
 維新と呼ばれた革命の前、幕末って頃、んーもう少し前からかな?
 袋竹刀や竹刀、剣道用の防具が出来てからだよ、攻撃技のバリエーションが一気に増えたのは。
 擬似的な実戦訓練が出来るようになったのはこの頃からだもの。
 ここでようやく素早いフェイント、多段打ち等の変化技が磨かれたんだよ。
 ……え? これはホントだよ、ホント。

 話を戻すと、小次郎さん当時の剣士の基本戦法は力一杯真正面から打ち込むことにつきる訳だね。
 そしてたとえ相手がこれを刀で受け止めたとしても、その勢いで体勢が崩れるの狙って次の一撃を放つ。
 受けるほうも受けるほうで、体勢を崩さないように相手の刀を受け止め、むしろ弾き返して相手の体勢の崩れを誘うのが当時の剣術戦法のスタンダードだったね。
 力任せの一撃をうまく躱す術を会得した人が剣豪と言われたんじゃないかな、多分。

 んで、つばめ返しは橋の上で空を飛ぶ燕を斬り落とすことで会得したとされている。
 つばめを斬るといっても空を舞っているのは斬りようがないから、つばめが餌を求めて水面近くを飛びまわっている所をバッサリ、だったんだろうね。
 ……ん? そうだね、確かにヒドイよね。

 まぁ、しかし、これを斬るとしたら、縦に斬ったか、横に斬ったか。
 どっちだったと思う?
 ……うん、縦のほうが斬りやすいよね。
 大上段に振りかぶってつばめが下から上に飛び上がってくるのに対し、上から剣を振り下ろせば当たる確率は高いだろう。
 だが、これは振り下ろす場所につばめが飛び上がってきてくれなきゃダメだよね?
 でも、横に斬るとなればもっと難しい。
 縦に急速に移動する物体を横からの動きで捕えようとすれば、交差するのはほんの一点だけで、少しでもタイミングが外れれば空振りだもの。
 野球を知っているかい?
 落ちる球の有効性を考えれば分かるでしょ?
 でも、ここで横斬りのこと、ちょっと覚えておいてね?

 さて、剣術で一番繰り出しやすい攻撃は?
 ……そのとおり、頭の上にふりかぶって刀の重さとともに相手に力一杯斬りかかる【面打ち】だよね。
 剣道の基本素振りはこれだもんね。
 小次郎さんの時代も剣術修行の第一歩はそこから始まっている。
 また、この攻撃は理にも適っている。
 人間型の視界は目線より下には見やすいけど、目線より上のほうを見上げることを苦手としているから、受けに回ると体勢を崩しやすく、案外防御の難しい攻撃なんだよね。
 でも、そうなると防御も頭上から振り落としてくる刀に気が行くよね。
 さて、ここで先ほどの横斬り、横薙ぎだ。
 相手の意表をつく可能性はあると思わないかい?

 ……まぁ、そうだ、キミの言うとおり、ただの横の動きよる攻撃は視界の中にとらえ易いという欠点もあり、いくら素早い横薙ぎでもそれだけでは技にはならんだろう。
 横薙ぎの攻撃は普通の構えをしている相手とって防ぎやすいから【胴】に隙がある状況でないと意味をなさないね。
 そのあたりを何か解消する複合技でないと真の必殺技にはならないと思うね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「……複合技ですか」

 ナズーリンの意味ありげな説明を聞いて考え込む妖夢。
 賢将は剣士に自分で考えることを求めているから全ては話さない。

(横薙ぎの一撃には【胴】が開かないと……)
(【胴】が開くのは振り上げた【面打ち】の時かな……)
(必ず【面打ち】をさせるためにはこちらの頭上に隙ができないと……)
(わざと隙を作るって、結構怖いな……)
(あ、でも、私の【面打ち】は、思いっきり踏み込むと刀が地面近くまで下がって、頭、がら空きだ……)
(あ……あ、ああーー! そうだー!)

「ナ、ナズーリンさん!」

「なんだね」

「あ、あの! 聞いてください!」

「はい、聞きましょうかね」

 興奮している少女剣士に優しく受け答える。
 草餅をもちゅもちゅ食べながら。

「まずですね! 私は上段に構えます!
 刀の長さを見せつけるようにです!」

「ほうほう、それで?」

「私の楼観剣、長いじゃないですか!
 だから相手はいつもより間合いを多く取ると思うんです!」

「そうだろうね」

「そしたら私は思いっきり踏み込んで【面】を打ちます!」

「うん、それから?」

「間合いを取られているから空振りになります。
 そして思いっきりでしたから私の体は前のめり気味です!」

「そうなるだろうね」

「相手はチャンスと見て隙だらけの私の頭上に一撃をくれようと得物を振り上げ突っ込んできます!」

「多分そうなりそうだね」

「でも、ここからが勝負!
 私は相手の一撃が届くより早く振り下ろした刀を右斜め上に斬り上げます!
 バシューーー!! これで! 決まりです!!」

 はあはあと呼吸を荒くして自分なりの必殺技を解説した妖夢。

「……んー」

 顎に手をやって横を向いているネズミの従者。

「だ、ダメですか?」

 一転、不安そうに問いかける。

「いや、驚いていたんだ。
 私が説明しようとした【つばめ返し】そのものだったから」

「え?」

「私の推測はキミがイメージしたものの通りだ。
 うむ、これなら話は大分早い、やってみようか」

「そ、そうなんですか?」
 
 閃いたことを勢いに任せて喋ったに過ぎない。
 当然、修正されるものと思っていたのに。

「でも、自分で言っておいて何ですけど、こんな単純な技なんですか?」

「最初に言ったろ? 必殺技はそれ自体を漫然と繰り出しても当てにならない。
 熟練のフェイントがタイミング良くハマった時に初めて相手の意表をつく必殺技となり得るんだよ」

「はあ」

「本気必殺の剛刃一閃の縦切り、ようやく躱した相手がキミの頭上に一撃をくれようと得物を振り上げた瞬間、返す刀で斜め上に力の限り斬り上げる。
 よし! これを【魂魄妖夢のつばめ返し】としよう。
 全てはタイミング勝負だが、一撃目のフェイントの本気度と、ファイナルスラッシュの力強さにかかっている」

 目を丸くしている妖夢に言い聞かせながらナズーリンは思う。

(一段打ちが常識だった時代とは違い、高度な複合技にも対応しているご主人にどこまで通用するか疑問ではあるが、元々の実力差がありすぎるのだ。
【キワモノ】だとしても名のある必殺技、極めても損はなかろう。
 なんにせよ、妖夢どの自身が導き出した結論なのだからやらせてみよう)

 その後は二人で秘密特訓の打ち合わせをした。
 一段落したところで妖夢が思い出したように告げる。

「それはそうと、さっきのナズーリンさん、デレデレしてカッコ悪かったです」

「は? なんだよ、いきなり。
 さっきって、……もももももしかして咲夜どのののののののこと、かい?」

「そーですよ、イチャイチャベタベタしちゃって、なんですかアレ?」

(くそー! やはりバッチリ見られていたのかー、めんどくさいなー)

「いや、あれはだね、色々経緯があってだね」

「寅丸さんに報告しようと思っています」

(げげっ!?)

「まままままま待ちたまえ! キミは勘違いをしている!
 咲夜どのは私をからかっているだけなんだよ!」

 普段冷静なナズーリンが予想以上に慌てている。
 捉えどころのない賢将が随分と身近に感じられ、なんだか面白くなってきてしまった妖夢。

「そうですかー?
 あのヒト、ナズーリンさんを誘惑してたんじゃありませんかー?」

「だだだだだだだから違うって!
 そ、そうだ、そんなこと、ご主人様に言ったら動転してまたキミの稽古が遅れることになるぞ!」

「あ……そうか……そうですね」

 ぽかんとしたあと、頷く妖夢。

「そうだ、そうだよ!
 も、物事は先の先までよく考えなければいけない!!」

「うー、分かりましたあ~~」

 それでも、ひょっとこみたいに口を横に尖らしながら答えた。
 だから、そんな顔やめなさいって。



 二人が命蓮寺に戻ると寅丸も戻っていた。
 用事は予定より早く済んだらしい。

「妖夢さん、あまり時間はありませんが稽古しましょうか?」

 律儀な毘沙門天の代理が申し出てくれる。

「いや、ご主人様、時間が半端だから無理をすることはないよ」

 従者が主人を制して言う。

「これより妖夢どのと私、二人で打倒寅丸星の秘密特訓をするから」

(はああー!? なんで言っちゃうんですか!!)

 ナズーリンが普通の調子で主人に告げるその内容に心中で飛び上がるほど驚いた。

(ひ、秘密の特訓だって言ったじゃないですかー!)

「だから見ないで欲しいんだが」

「はい、了解しました」

 寅丸はニコっと笑った。

(ええええー!? なんですかそりゃー!)



「ああ言っとけば律儀なご主人様は決して様子を見ようとはすまい。
 うっかり見られることもなくなる」

「秘密特訓なのに言っちゃうなんて、秘密になりませんよ、おかしいですよ!」

 寅丸がいなくなってからエラい剣幕で詰め寄る。

「倒したい相手その当人に稽古を願い出る妖夢どのに言われたくはないがね」

「ふへ? ……あ、あれとこれとは違いますよお」

「そうかなー、根っこはあまり変わらないよ」

「違いますからね!」

 ぷっと頬を膨らませる。

(……でも、自分を倒すための秘密特訓だと言ったのに、全く関心が無いんだ。
 きっと寅丸さんにとってはお遊戯みたいなものなんだろうな)

 ちょっと凹んでしまう妖夢。

「さあ、特訓だー! 張り切っていこう!」

「もー、なんでナズーリンさんの方がノリノリなんですか?」

「実のところ、ご主人様が武術で慌てるところ見てみたいのさ。
 つまり、妖夢どのはそのダシなわけだね」

 ニヤッと悪党面を向ける。
 だが、妖夢は分かってきた。
 このネズミの賢者の偽悪趣味を。
 現にたくさん知恵を授けてくれ、細々と手助けしてくれている。
 このヒトは心底優しいのだ、そしてきっと照れ屋なのだ。

「もー、それが本音なんですかあ?」

 そう言って自分の腰をナズーリンの腰に軽くぶつけた。
 ちょっとよろめくネズミ妖。

「おっとっと、まぁ、私のためにも頑張ってくれたまえ、うふふふ」

「仕方ありませんね、あははは」

 二人、笑い合う。

 魂魄妖夢、こんなやりとりは生まれて初めてのこと。
 物心ついた頃から西行寺幽々子に仕え、冥界からほとんど出たことはなかった。
 最近になって幻想郷の賑やかな連中と交流するようになったが、世間知らずの身は結構緊張を強いられている。
 そんな中で、これほど心を開けることは初めてだった。
 泣いて、怒って、驚いて、悔しくて、恥ずかしくて、困って、そして笑って。
 全部、思いっ切りの感情で。
 こんな短期間で想像を遙かに超える濃密な経験をしている。
 その経験のほとんどにこのヒトが関わっている。

「さあ、そろそろ始めようか【魂魄妖夢のつばめ返し】の特訓を」

「はい!」



 秘密の特訓はその後、毎日の寅丸との稽古の後、30分ほど行なわれた。

ーーーーーーーーー

 いいかい? 動作は単純だ【一】で斬り下げ【二】で斬り上げるだけだ。
【一】、【二】の間がポイントだね、早すぎると間合いが開いたままだし遅ければ頭を割られてしまう。
 相手の動きを見定め、タイミング良く斬り上げる。
 この呼吸がキモだね。
 だが、あくまで【一】で斬り伏せるんだと言う心構えありきだ。
 ハッタリとバレたら【二】の攻撃は意味が無くなるんだから。

ーーーーーーーーー

 んー、なかなか横薙ぎのスピードが上がらないな。
 斬り返しが弱いな、いや、キミが悪いんじゃない。
 元々無理のある動きだし、女の子の腕力では尚更だ。
 まぁ、だからこそビックリ技なんだけどね。
 ……だからー、根性だけでどうにかなる問題じゃないんだよ。
 どうするかな。

ーーーーーーーーー

 庭掃除? 箒の持ち方? 落ち着いて説明したまえ。
 興奮しすぎだよ。
 竹箒は結構重い、まぁ、そうだね。
 剣のように構えてみると分かる、と。
 でも道具としては使えている、と。
 箒の動き? あれは大げさに言えば【梃子の原理】だろう?
 だからあまり力をかけずに自由に使える……あ、そうか!

ーーーーーーーーー

「斬り上げる時は右手の握りを支点にして左手をグイっと引くんです!
 その時、左手の握りを逆手にして力をかけます! こうです!!」

 しぴゅんっ!!

「おお、速い! 速いね、いいね!
 剣先の描く弧が小さくなるから当たりは浅くなるけど、十分意表を突くスピードだ。
 うむ、浅さを補うために一歩踏み込んでみるか、出来そうかい?」

「やってみます!」

「よしよし、妖夢どののオリジナルっぽくなってきたぞー。
 そうだ【妖夢のお掃除つばめ返し】と名付けるか?
 ……なんだねその顔は、変顔はやめたまえよ、色々台無しだぞ。
 冗談だよ、冗談」

ーーーーーーーーーーー

「とらまるー、最近ナズーリンと妖夢ちゃんが仲良いじゃない」

 ある日ムラサが寅丸に声をかけた。

「秘密の特訓だそうですよ」

「あのコ、ナズーリンとずっと一緒だよ、気にならないの?」

「は? 何がですか?」

 このヒト(ムラサ)は何を言っているんだろう?
 寅丸は本気の返しだ。
 相手が【16のヒト】でない限り寛容で余裕たっぷりな毘沙門天の代理。

「ちょ、素で返されるとこれ以上何も言えないなー。
 まったく、アンタたちは……」

 自分のことはトンと鈍いが他人の色恋沙汰にはちょっかいを出したがるラブリーキャプテン。

ーーーーーーーーーーーー

 数日後、ナズーリンからGOサインが出た。

「今日、試してみよう」

「え、もう、ですか?」

 なんだかんだで一ヶ月近く命蓮寺に通っている妖夢。
 だが、技の修得を考えれば早すぎる。

「キミにはあまり時間がない、そうじゃないのか?」

 ハッとする妖夢。
 確かに短いが、長すぎる。
 幽々子を待たせていると思い込んでいる妖夢にとっては長いのだ。
 そしてネズミの賢者はきっと何もかもお見通しなのだろう。

(そうだ、いつまでも甘えてはいられないんだ……
 今、私のやるべきことを果たさなければ)

「そうですね、分かりました」

 様々な思いを秘めた返事はとても大人びていた。



「ご主人様、本日は妖夢どのと仕合っていただきたい」

 ナズーリンが主人に請うた。
 立場は従者だが最信の恋人が言うこと、寅丸に否のあるはずもない。

 今日の妖夢は何か強い思いを秘めている。
 立ち姿に貫禄めいたものが見えかけている。
 一ヶ月前と比べたら雲泥の差だ。 
【男子三日会わざれば刮目して見よ】と言われるが、女の子だって刮目してよ。
 一月近くホントに頑張ったのだ。



「一本!! そこまで!!」

 寅丸の袖口が僅かに裂けていた。



 元よりどんな相手にも油断をするはずもない寅丸だが、にわか門人の今日、この時の凄まじい気迫に気を引き締め直していた。

『ぃえええーーい!!』

 十分に間合いを取っていたはずなのにあと少しまで迫られた。
 素晴らしい打ち込みだ。
 全く無駄がなく、伸びやかで力強い神速と言えるほどの一撃。
 しかし、残念、踏み込みすぎだ。
 頭があいてしまっている。
 即座に槍を振り上げたその時、寅丸の錬磨の感覚が【待て!】と叫んだ。

 びふゅ! ぴしぃっ!

 斬り上がった刀身が右の袖を捉えていた。

 浅い、浅すぎる、一本も何もないのだがネズミの審判ははっきりと決着を告げた。
 ナズーリンの裁決の意味を理解した武人・寅丸星は大きく飛び退り、間を空けた。



「魂魄妖夢さん」

「は、はい!」

 寅丸星からフルネームで呼ばれ居住まいを正す。

「お見事です、素晴らしい二段技でした。
 これが特訓の成果なのですね?」

「え、ええ、一応、そうなんですけど……」

 袖口を掠めただけに終わってしまった。

「おおおー! 妖夢どの、キミはスゴイな!
 尊敬するよ! まさかここまでやるとは!!」

 ナズーリンが飛びついてきた。
 残念な気持ちに沈みそうだった妖夢はびっくり。

(な、ナズーリンさん、こんなに喜んで……
 全然一本に届かないのに……
 あ、でも、そうか、私……私、寅丸さんの袖を切ったんだ!)

 天下無双の武人を驚かせたのだ。
 わずか一月ほどの稽古で。
 少し冷静になって考えてみる、これって、スゴいんだよね?

 形はどうであれ、あの寅丸星から一本取ったのだ。
 百回挑んで一回成功するかどうかの奇跡。
 その一回をぶっつけ本番で引き当てた魂魄妖夢。
 運の善し悪しを超えた【何か】があったのだ。



「妖夢さん、貴方は卓抜した剣士です。
 貴方はもっと、そう、もっともっと強くなるでしょう。
 共に武術の道を歩む同志として今後も互いに切磋琢磨いたしましょう」

 数十段は上にいる武神の代理から【同志】と呼ばれ恐縮してしまう。
 生涯の目標に出会えた。
 この出会いに改めて感謝の念が込み上げる。

「貴方の剣が斬るべきもの、そして守るべきのものために修練を続けましょうね」

「はい! 本当にありがとうございましたぁ!」

 他にいう言葉があろうか。



「おめでとう、と言わせてもらうよ、これで【卒業】だね」

 優しく微笑むネズミの従者。
 妖夢は言葉が出ない。
 このヒトと一緒にいた時間、決して長くはないのにたくさんのことが込み上げてきてしまったから。
 何故だか無性に抱きつきたかった。
 きっと寅丸がいなかったらそうしていただろう。

(も、もう、明日からは来ちゃいけない……のかな?
【卒業】したんだから、ダメなんだよね……)

 何だか寂しくて悲しくてホントに泣きそうになった。
 主人である幽々子のことがもちろん最優先のはずだ。
 なのに寂しい、この二人に会えなくなるのが寂しい。

 妖夢の様子を伺っていたナズーリンがポンっと手を打つ。

「ご主人様、どうだろう、これからも週に一回くらい稽古に通ってもらっては?」

「そうですね、私も相手が欲しいですからね。
 妖夢さん、いかがですか?」

「は、はい! はひっ! 是非! 是非にーー!」

 ナズーリンの提案に飛びついた。

(あ、あう、ナズーリンさん、ありがとう……)



『これはお土産だよ』

 帰り際、妖夢はナズーリンから胡桃(クルミ)を数個渡された。

『ビタミン、ミネラルが豊富だから脳にも良いんだよ。
 食べると頭が良くなる、かもだね~』

 にまーっと小狡そうに笑うが、妖夢はもう分かっている。
 思考の硬い自分を戒めてくれているのだと。

『はい! ありがたく頂戴いたします!』

 素直に受け取る妖夢を見たナズーリン、一拍おいて、今度は優しく笑った。 



 期待して白玉楼に戻る妖夢。
 根拠はないが、幽々子が帰ってきているような気がした。
 自分なりの本懐を遂げたから、もしかしてと。

 だが、気のせいだった。
 一晩待ってみた。
 翌朝、心を決めた。
 迎えに行こう。

 でも、八雲紫の隠れ家にどうやって行けばいいのか?

(紫さまのこと、詳しいのは……霊夢さんかなぁ)

 半身の半霊と絡まりながらふよふよと空を行く。
 漠然と博麗神社方面へ。

(でも、あんまり当てになりそうにないかなぁ)

 基本、面倒くさがりで他人のことに頓着しない巫女。
 仮に聞いたとしても答えは予想できる。

『んなこたぁ、知らないわよ』

 多分そう言うはず。
 この予想は的中するだろう。

 やっぱり頼りになる賢将に聞くべきなのか。
 いやいや、これまで山ほど世話になってしまっているのだ。
 これ以上頼ったらあのヒトに【一人では何もできないダメな子】と思われてしまう。
 それだけはイヤだった、絶対にイヤだった。

(んー、どうしよう……そうだ、頭の良くなる胡桃でも食べてみようかな)

 もらった胡桃をポッケから一つ取り出す。
 完全に乾いていない胡桃の実はそれほど固くない。
 両手を使えば妖夢の力でも割れる。

(よいしょっと、うぎゅ~~……あ!? あああー!)

 ぷりゅんっ、と滑って跳ねてしまった。
 当然下に落ちていく。

(あわわ! せっかくいただいたのに!)

 大慌てで急降下する。
 空でモノを食べようとするからですよ。
 
 地面に落ちてコロコロしていたが止まってくれた。
 なんとか見失わずにすんだ、やれやれ。
 妖夢が拾おうとするより早く何か小さなモノが胡桃に飛びついた。

(はへ?)

 リスだった。
 両手で胡桃を抱え、妖夢を見ている。
 暫し睨み合いとなった。

『それは私の胡桃です、返してください』と言いたい。
 でも、言ってもダメでしょうね。
 いや、もしもリス相手に言ったとしたらかなりダメなヒトだろうし。

「仕方ないなー、大事な頂き物だけどアナタにあげる」

 苦笑いするしかない。
 リスはちょっとだけ様子をうかがっていたようだが、カリカリ、モグモグと愛らしい仕草で食べ始めた。

(うふふふ、カワイいなあ、ふ~ん殻は食べないんだ。
 ヒマって訳じゃないんだけど、もうちょっとだけ、ね)
 
 食事風景から目を離せなくなり、しゃがんで観察することにした。

(とっても一生懸命に食べるんだね。
 あ、頬袋が膨らんできた、カワイい~)

 お食事終了。

(うーん、結局最後まで見ちゃった。
 でも、これでお別れね、リスさん? ……ん?)

 当のリスさんは、食べ終えてからも妖夢を見つめていた。

(バイバイ、だよね?)

 リスが、たたっ、と走り出した。
 そして少しして立ち止まり振り返って妖夢を見た。

(んん? なんだろう?)

 興味を惹かれ歩み寄る。
 するとまた、たたたっ、と走る、そして振り返る。

(ついて来いってこと? これって【リスの恩返し】かな?
 リスのお宿でおもてなし、のパターンかな? まさかね……)

 みょんな打算を思い描きながらもとりあえずついて行くことにした。

 ペースの上がったリスを小走りで追いかける妖夢。

 だが、このリス、進んだと思ったら戻ってくる、そして突然方向を変える。
 そしてまた戻る。
 行ったり来たり、右に左に前に後ろに振り回される。

(な、なによ! 私のこと、からかっているの!?)

 いい加減ついて行くのを止めようかと思った頃。
 辺りが薄暗くなって空気が重くなってきた。
 この感触、今までも何度か体験した感触、感覚。
 異なる位相に移る時の感覚だ。
 そう、【結界】を抜けつつあるのだ。

(今までの行ったり来たりは【越境】のための踏路……やっぱりリスのお宿!?)

 妖夢さん、多分違います。

 薄い靄の中、こじんまりとした古い屋敷が見えた。
 根拠なんてないが妖夢は直感した、きっと間違いない。

 あれは境界の大妖、八雲紫の家だ。



 案内(?)してくれたリスはいつの間にかいなくなっていた。
 だが、今の妖夢にはそれを気にしている余裕はない。
 
 幽々子さまはあそこにいるはず。
 幽々子さまに帰ってきて欲しい。
 何故これほどの長期間不在なのか理由を知りたい。
 そして、今ここで何をしているのか知りたい。
 ならばとりあえず乗り込んでみるべきか?

『ごめんくださーい、魂魄妖夢でーす!
 幽々子さまをお迎えに上がりましたー』

 ……いや、これじゃダメなような気がする。
 どう考えても歓迎はされないだろう。
 訪ねるモノを拒むからこその【隠れ家】なのだし。
 そもそもここは来てはいけない場所なのではないのか。
 目的地に着いたはいいが、その先のことを考えていなかった。
 どうする?

 このひと月ほど、妖夢は自分で考え、判断することが急激に増えた。
 これほど頭と心を酷使した経験はなかった。

 今までは幽々子に振り回されているようで結局は幽々子に決断も行動も委ねていたのだった。
【気紛れな主人に振り回される従者】この立ち位置は大変なようでいて実は楽なのだ。
 自分で考えなくて良いし、最終責任を負わなくて良いから。

 だが、今は自分の判断で自分の行動を決めなければならない。

(……よし! 決めた! 私は決めた!
 気づかれないように、こっそり様子をうかがってみよう!)

 カッコ悪い内容をカッコ良く決断した。



 まずは屋敷の周囲を一回りしてみる。
 胸の高さほどの垣根がある。
 これも家と外との境界か。
 さほど広くはないが庭もある。
 人影は無いようだ。

 垣根の隙間から庭に侵入する。
 妖夢も武人の端くれ、気配を消すことくらいはできる。
 だが、あの大妖怪の目を欺けるのかどうか。
 しかし、ここまで来たのだ、何もせずに帰る訳にはいかない。

 庭に面した縁側、その向こうの障子は全て閉まっている。
 腰を落とし、低い姿勢でゆっくりと近づく。
 縁側の端にたどりつき、屋内の様子に神経を集中する。

 ヒトの気配がある、声が聞こえてきた。

「アナタはよくやってくれているわ」

「しかし、妖夢さんがかわいそうです」

「それはいつも言っているとおり、仕方のないことでしょ」

「そろそろ戻りませんと、あのコ、心配しているはずですから」

(幽々子さま……?)

 聞き間違えるはずもない。
 紫と幽々子の会話が漏れ聞こえてくるが、何かおかしい。
 紫はいつものようだが、幽々子の言葉遣いがおかしい。
 声は間違いなく本人のモノなのに話の内容も変だ。
 二人は古くからの友人、対等の関係だったはず。
 なのにこれではまるで……

「そうね、やっと安定してきたものね。
 帰ってあげなさいな」

「はい、しばらくは大丈夫だと思います。
 お夕飯をいただいたら戻りますね、今日は鶏肉と山菜の水炊きですよね?」

「……アナタの食い意地は昔からだけど、おかげで幽々子が途轍もない大食いと思われてしまっているのよ」

「相済みません、【こちら】におりますと次から次へと美味しいモノに出会えるのです。
 それに霊体だからでしょうか、いくらでも食べられてしまうのです」

「うーん、確かに幽々子も体つきの割に健啖家だけどねぇ」

(幽々子さま……じゃないの? 誰なの!?)

 思わず強めに息を吸い込んでしまった。

「だーれ?」

(しまった!!)

 障子に近づいてくる人の気配。
 妖夢はここで【逃げる】【隠れる】は悪手と判断した。
 幽々子のこともとても気になる。
 覚悟を決め、背筋を伸ばして待ち受ける。

 静かに開いた障子。

「あらあら、まるでコソ泥ねぇ。
 妖夢、アナタ、自分のしていることが分かっているの?」

 八雲紫が乾いた声で問う。

 少し後ずさってしまった。
 すると、開いた障子の奥に西行寺幽々子が座っているのが見えた。 

「あ、幽々子、さま……」

 その姿は間違いなく幽冥楼閣の亡霊少女。

「いつからそこにいたの? 答えなさい」

 境界の妖怪の口調は強くはないが抗いようのない圧迫感。

「あの、ほんの少し前から……です」

「アナタ一人でここに来れるとは思えないわねぇ。
 誰と来たのかしら?」

『リスを追いかけていたら行き着いてしまった』

 そう言って信じてもらえるかどうか。
 それでも左右に視線を散らし、リスを探してみるが見あたる訳もない。

 戸惑っている妖夢を見つめていた紫。

「まあ、それはどうでもいいわ。
 それより、私たちの話、聞いていたのでしょう?」

 そうだ、そこが肝心要のことだ。

「ゆ、幽々子……さま、そこにいる幽々子さまな幽々子さまは、ど、どういうことなんですか!?」

 少し動転している妖夢、言葉の脈絡がおかしくなってしまっている。

「ふーん、どうやら結構聞いていたみたいねぇ。
 困った娘だこと。
 妖夢、従者の分際でアレコレ詮索するのはいかがなものかしら?」

 ひと月ほど前も同じことを言われ、その時はただ畏縮してしまった。
 だが、今日、この時の妖夢は腹を括っている。
 ここ一番で覚悟を決めて事に臨むのは経験済みなのだ。
 気を取り直して宣言する。

「私は幽々子さまの警護役です!
 幽々子さまになにかあれば私が盾となります!」

「ふん、何を生意気なことを……
 自分の置かれている状況が分かっていないのね。
 どうしてくれようかしら?
 幽々子のお気に入りだから命までは取るつもりはないけどねぇ」

 口の端をつり上げただけの酷薄な表情。
 完全に見下している。
 下手(したて)に出るだけでは却って危険に思える。
 ここで退いてはダメだ、前に出るんだ。

「何がどうなっているのか教えてください! さもないと……」

「さもないと? ……どうするつもり?」
 
 庭に降りてくる八雲紫。
 足を動かさず、すうーっと滑るように。

 この大妖怪に懇願は通じないだろう。
 そして理屈でかなう相手でもない。
 まともに取り合ってはくれそうにない。
 それなりの力を示さねば聞く耳を持ってくれまい。

(私が力と意思を示せるものはこれだけなんだ!)

 背負っている楼観剣を引き抜こうと右手を振り上げる。

 うひゃう!

 なにかモフモフ柔らかいモノを掴んでしまった。
 振り仰いでみると、ふわふわした毛の塊が長剣の柄にしがみついていた。
 リスだ、その尻尾を掴んでしまったのだ。
 小動物の個体判別は難しいが、さっきのリスだ。
 きっとそうだ。

(このコ、いつのまに!
 な、なにやってるのよ!? 邪魔しないで!
 剣が抜けないじゃないのー!)

 リスを追い払おうとしたが、すぐに気がつく。

(あ、そうか、楼観剣はダメだ)

 当たる当たらないはともかく、殺傷能力のある得物を使う状況ではない。
 あくまで自分の確固たる意思を示すことが目的なのだ。

 気を落ち着かせ、腰の白楼剣を抜き、構える。

「そちらの剣なの? ふーん、破れかぶれって訳ではないのねぇ」

 抜刀した妖夢の心境をそれなりに理解したのかも知れない。

「紫さま! 無礼は百も承知でございます!
 真実は斬って知る! 私は他にやり方を知りません!」

『真実は斬って知る』

 祖父の教えを曲解し、辻斬りまがいのことをしていた妖夢は寅丸星の教え受け、反省した。
 そして本当に斬るべきものを見極めようと心に刻んだ。
 今がそうなのか、正直、未熟な自分には分からない。
 だが、今は剣を抜くべきだと判断した。

「少し見ないうちにそれなりに形になっているわねぇ」

 武術の経験はない八雲紫だが、妖夢程度に後れをとるとは思っていない。
 しかし、今の妖夢の構え、とても静かだがこれまでとは明らかに違う気迫を感じ取り、右足を一歩引いて身構えた。

 あっったりまえだ。
 本格正統派の天才武人、寅丸星がみっちり仕込み、賢将ナズーリンが丁寧に補正してくれたのだ。
 違いが出て当然、出なくてどうする。

「御免!!」

 だっと、踏み込み、真っ向唐竹割りの斬撃。
 短刀なのに長刀のような【伸び】を感じる力強い一撃。
 届くはずのない間合いだが、その迫力に紫は身を反らしてしまう。

 大きく飛び込んで思い切り振り下ろした妖夢は低い姿勢のまま。
 頭ががら空きだ。
 その一瞬、紫はその頭に手刀を打ち込んでやろうと前に出る。 

(今だーっ!)

 このタイミングなら絶対外さない、外すものか。
 会得したばかりの秘剣【魂魄妖夢のつばめ返し】が炸裂した。

 ばぎゅうっ!!

 白楼剣の短い刀身を補うために飛びかかるように踏み込んで薙いだ。
 手応えは十分だ。
 いや、十分すぎる。

(え? あ……? あああああああああーー!!)

 妖夢のファイナルスラッシュが捉えたのは西行寺幽々子だった。



「ゆ、幽々子、さまーー!!」

「ひゃくーー!」

 それぞれに幽々子に駆け寄る。

 対峙していた二人の間に割って入り、紫を突き飛ばした幽々子は【つばめ返し】をまともに受けた。
 間に入ったことで幽々子は白楼剣の最大切断軌道に身を置くことになってしまったのだ。 
 実剣だっら真っ二つになっていたかも知れない。

 八雲紫に抱き起こされた幽々子。
 意識が朦朧としているようだ。

「……紫さ、ま、お怪我は……ございません、か?……」

「ひゃく! アナタ、なんてことを! 大丈夫!?」

「はい……衝撃で、か、体中が痺れておりますが……大事ございません。
 ゆ、幽々子さまにも障りは無さそうです」

 魂魄家の宝刀である白楼剣は実体は斬らずに迷いを断つ。
 そして幽霊を斬れば成仏させてしまうという。
 西行寺幽々子は成仏することのない亡霊だと聞かされているから大丈夫なのだろう。

 だが、妖夢の目の前で横たわっているこのモノは誰なのか?

(違う、幽々子さまじゃない! 誰? 幽々子さまはどこに!?)

 予想外の展開が続き、問い質したいことがあるのに言葉が出てこない。

「ねぇ、ひゃく。
 本当に大丈夫なの?」

 幽々子(?)の頭を優しく撫でながら紫が聞いている。

「はい……もう平気です。
 逆に晴れ晴れとした気持ちになってまいりました」

(そういえば、【ひゃく】って呼んでいるよね?)

「あの剣で斬られたかしら? 迷いを斬るらしいけど」

「そうでしたね、【白楼剣】は私の中の迷いを断ち切ってくれたようです」

 そう言って幽々子(?)は暫くの間紫を見つめた。

「どうしたの?」

「……紫さま、私はもう、妖夢さんに全て打ち明けようと思います」





 紫の家の居間にあげられた妖夢、大きな座卓につき、紫、幽々子と正対した。
 さきほどのリスがいつの間にか正座している膝の上で丸まっていたが放っておいた。
 だってこのリスはきっと……

「妖夢さん、私は八雲碧(やくも ひゃく)と申します」

 目の前にいる西行寺幽々子の姿をしたモノから告げられた。

(やっぱり幽々子さまじゃなかったんだ……)

 妖夢は予想していたからか、思ったより驚かなかった。

「八雲紫さまの【式】なのです。
 正体は蛇の妖怪【化け蛇】です」

 化け蛇、精巧な変化(へんげ)を得意とする上級妖怪。
 対象の体に入り込み心身を乗っ取り、操ることもできる。

「西行寺幽々子さまが眠りについている間、代わりにお体を動かしていたのです。
 長い間、幽々子さまに成り済まし貴方を騙していたことになります。
 主命とは言えど、心苦しい日々でした」

 白楼剣の一撃は碧(ひゃく)の長年にわたる悩み、迷いを断ち切ったのだ。
 八雲紫も彼女の意を汲み、告白を許したようだ。

「初めに気づいたのは貴方のお爺さま、魂魄妖忌さんです。
 時折、幽々子さまの意識が薄れることに。
 突然、とても眠くなって、どこであろうと寝てしまうのだそうです。
 それではあまりに危険なので紫さまが私を【憑けた】ました。
 すぐに起きることもありますが、何日も眠ることもあります。
 その間、私が幽々子さまとして日常の対応をしていました。
 ……これからもそうするでしょう」

 八雲碧が真剣な表情で妖夢を見つめる。
 言いたいことは分かる。
 正体を明かしたこの後、自分とどうやって接するのか、と。

「私は幽々子さまを尊敬しております。
 私を受け入れて下さり、記憶のほとんどを共有し、西行寺幽々子として振る舞うことを許して下さいました。 
 全てを知ったうえで受け入れる広い度量、そして、誰よりもお優しい」

 妖夢にしてみれば言われるまでもないことだ。
 この方ならと、身命を賭して尽くしてきたのだから。

「妖夢さん、この御方は貴方のことをとても大事に想っていますよ。
 心身共に健やかに育ってほしいと願い、優しく見守り続けておられます。
 そして私も妖夢さんをずっと見てきました。
 どれほど心を込めて幽々子さまに仕えてきたか知っています。
 ……騙し続けていた私が言っても意味はありませんが……」

 少し肩を落とし俯いてしまった幽々子=八雲碧。

 妖夢は困っている。
 幽々子の自分に対する心情を改めて聞かされ浮き上がってしまうほど嬉しいが、これからのことが大事なのだ。

(幽々子さまなのに幽々子さまではない幽々子さま……)

 今後、この【八雲碧】という妖怪とどうやって向き合っていけばよいのか。
 碧と同じように俯くと、膝に乗っていたリスと目が合ってしまった。

(どう答えたらいいんでしょう?)

 リスに目だけで助けを求めた。
 いつぞやの寅丸星と同じだった。
 大きな座卓のおかげで正面にいる二人からは妖夢の膝は見えていない。
 リスはクリっとした黒い目で妖夢を見上げている。



{ふむ、キミは以前から何か違和感を覚えていたんだろ?}

{ええ、【advanced幽々子さま】といつもの幽々子さまは少し違うかなーと}

{いつもの幽々子どのって、どんな?}

{いつもお腹を空かせていて、感じるままに行動するんです}

{すると【advanced】の時は違うんだね?}

{そう言われれば微妙ですね……
 結構食べるし、んー、あんまり違わないのかなあー}

{しっかりしたまえ、何か違いを感じていたんだろ?}

{あ、はい……佇まいとか雰囲気とかが柔らかくて素敵な感じなんです}

{うむ、確認だが、ニセの幽々子どのはヒドいヤツだったのかい?}

{いえ、そんなことはありません! 困ったことも多かったですけど、すてきな幽々子さまでした}

{ニセの幽々子どのは本物に似せようととても努力していたんだろうね}

{あ……うん、そうか、そうなんですよね……}



 もちろんリスがしゃべるはずもない。
 ずっとこちらを見つめているだけ。
 全て妖夢の妄想一人芝居、自問自答だ。
 こんな時、そばにいたら頼ってしまうだろうヒトとの空想問答。
 そして結論は出た。

 これまで幽々子を守ってきたのは【八雲碧】、彼女なのだ。
 警護役の自分よりも遥かに深いレベルで。
 主命に従い、長い間、己を殺して西行寺幽々子を守ってきたのだ。
 先ほどの短いやりとりだけでも碧がとても誠実であることは疑いようがない。



「妖夢、です」

「?」

 妖夢が自分を『妖夢』と言った。

「妖夢と呼んでください、あなたは、幽々子さまなんですから。
 これからも幽々子さまをよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げた。
 目を丸くしている碧=幽々子

「妖夢、アナタ随分と変わったのね。
 このひと月の間、何があったの?」

 碧は驚いてるだけだったが、紫は妖夢の対応に興味を持ったようだ。

「えっと、命蓮寺の寅丸星さんに稽古を付けていただきました。
 あと、ナズーリンさんに色々なことを教わりました」

「ナズーリン? またあのネズミ?」

 一瞬だけ顔をしかめた紫。

「紫さま、ご存知なんですか?」

 世間の事情に疎い妖夢は素直に疑問を口にした。

「……ご存知って……ふん、まあ知らない訳ではないけどねぇ」

 最近、幻想郷でちょくちょく耳にする名前。
 あちこちで随分と派手に活躍しているようだ。
 それに寅丸星のこともあり、紫にとっては煙たい存在だ。
 ついに魂魄妖夢にも手を出したのか。

「とても頼りになる方なんです」

「あのネズミのことはもういいわ」

 勢い込んでナズーリンの話をしようとしたが、紫は面倒くさそうに流した。

(あれー? 紫さまはナズーリンさんのこと、嫌いなのかなあ?)

 話を遮られ、困惑してしまった。



「幽々子の意識が消えかかっているのよ」

 話題を力ずくで変えた紫が重々しく言った。

「……え? それって、どういうことなんですか!?」

「驚くのも無理はないわ、でも、落ち着いて聞いてね。
 碧、幽々子は今、眠っているわね?」

「はい、ぐっすりとお休みです」

「結構、それでは幽々子のことは私から話すわ」

 ゆっくりと語り始めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 先に確認したいのだけど、妖夢、アナタは幽々子と西行妖の関係を知っているの?
 そう、知らないのね。
 妖忌……、お爺さまから何か聞かされていないの?
 分かったわ、では全てを話すことは出来ないけど良いわね?

 昔、この国の風雅を愛し歌聖と呼ばれた高名な歌人が桜の木の下で果てたの。
 そして彼を慕っていたモノたちが次々とその桜に集い殉じたわ。
 その桜は死者の精気と情念を吸い続け、やがて妖怪となり、自ら人を死を誘うようになった。

 幽々子はこの歌聖の身内だったの。
 だからずっと心を傷めていたわ。
 知っての通り、幽々子の生まれながらの能力は死を操るもの。
 彼女が『死ねばいい』と思っただけで、そのモノはいともあっさり死んでいく。
 この力を知った周囲は幽々子を恐れ、腫れ物のように扱った。
 妖怪桜の化身だと。
 幽々子の心は荒んでいったわ。

 そんな時に私は出会ったの。
 皆が言うような恐ろしいモノではなかったわ。
 いつも泣きそうな顔をして、こちらの様子を伺う、脆い心の少女だった。
 そして、とても繊細で優しい本当は冗談が好きな楽しい娘だったのよ。
 しばらくして友達になったわ。
 楽しかった、幽々子と一緒にいるととても楽しかった……

 あるとき用事で半年ほど幽々子に会えなかったの。
 その間に彼女は自身の命を捧げ妖怪桜を封じてしまった。

 未だに後悔しているわ、あの時に幽々子の側にいなかったことを。
 自分の能力を疎んだからなんて言われていたけど、絶対そんなことない!
 能力との折り合いを見つけたんだから。
 もう、自分を嫌いにならないって、笑ってくれたんだから。
 退っ引きならない何かがあったのよ!
 だって、幽々子は『次、会うときはお手玉五つを見せてあげるね』って言ってたんだもの!
 約束を守るコだもの、きっと何かがあったのよ!
 
 分かる!? この世で一番大切な親友が理由も告げずに死んでしまったのよ!
 私は! 私は、それを止められなかった! 守れなかったのよ!
 なにが大賢者よ! なにが大妖怪よ! なにも出来ない役立たずじゃない!
 この無念、後悔、何度も何度も夢に見るのよ!

ーーーーーーーーーーーーーー

 俯いたまま全身が震えている
 妖夢はこんなに感情を高ぶらせた八雲紫を初めて見た。
 幽々子、いや、碧がその背中にそっと手を当てた。

「ふ……う……もう大丈夫よ、ありがとう」

 何度か深い呼吸をした後、紫は妖夢を見つめた。
 その目は少しだけ潤んでいるように見える。

「みっともない姿を見せてしまったわね。
 妖夢、忘れなさい、いいわね?」

 そう言って怖い顔をして見せるが妖夢にだって分かる。
 これは照れ隠しだ。

「再会した幽々子は亡霊になっていたわ。
 復活の経緯には驚いたけど、会えて嬉しかった」

 その時の紫の喜びは十分理解できる。

「でも幽々子は生前の記憶を一切持っていなかった。
 私のこと、全く覚えていなかったの」

「え!? そ、そんな!」

 思わず口を挟んでしまった妖夢。
 だって、そんなのヒドい。
 再会かなった親友が自分のことを全く覚えていないなんて。

「幽々子が『どなた?』って聞くのよ……ショックだったわ。
 私、『初めまして』と言うしかないじゃない?」

(うーーー、そんなの私だったら耐えきれないよー!)

 すっかり感情移入してしまっている純粋妖夢。

「でもね、幽々子の本来の優しい気質はそのままだった。
 そしてもう一度友達になったの。
 なれたの、なってくれたのよ。
 ……こんなに嬉しいことはなかったわー」

 そう言ってちょっとだけ口元を緩めた。

(紫さまはホントに、とっても幽々子さまが好きなんだ。
 なんだかちょっと羨ましいな……)

 二人の絆に少し嫉妬してしまう。



「話が逸れてしまったわね。
 幽々子は今も妖怪桜に少しずつ力を吸われているの。
 そして年々幽々子の意識が薄れていってるわ
 この力の流れが断ち難いのよ」

「で、でも、紫さまならそんな流れなんか……」

 妖夢の疑問はもっともだ。
 境界の大妖の力は空間移動だけではない。
 自分が認識し、支配できるあらゆる境目を繋げ、断つことが出来る。

「そうね、その流れを遮断することはできるわ。
 間違いなく西行妖と幽々子は繋がっているからね……」

 なんだか歯切れが悪い。

「幽々子さまは妖怪桜を守ろうとしているのです」

 幽々子の姿をした八雲碧が静かに告げた。

「守る? どうして、ですか? ……どうしてなの?」

 妖夢は主人の姿をした主人でないモノへの口の利き方に戸惑う。

「分かりません。
 私は心身全て同調しているはずなのに深層にある幽々子さまのお気持ちが見えないのです。
 ですが、妖怪桜を生かすためにご自分の力を捧げることを【是】となさっています。
 それだけは伝わってくるのです」

「それではいずれ幽々子さまは……」

 妖夢は胃の腑を絞り上げられるような激痛を感じた。

「そんな……そんなのダメ、イヤだ、イヤだよう!」

「落ち着きなさい!
 一年二年でどうにかなる訳ではないわ。
 どうすべきか私も迷っているの。
 本人に聞いてみてもは自分が西行妖を守っているとは思っていないのよ」

「え? それって、おかしくないですか? なんでですか?」

「生前に何かあったのだと思うけど、覚えていないみたい。
 でも、深い意識に強く残っているのでしょうね、何かが。
 それが分からないうちは断ち切るのは危険だわ」

「その何かは分からないんですか?」

「命を絶ったその直前あたりに立ち会いでもしなければ分からないかも。
 ……いくら私でも時を遡ることは出来ないわ」

「そんなあー」

「私だってどうにかしたいわよ、友達だもの。
 私のことを本当に理解してくれたのは幽々子だけだもの。
 一緒にいて一番楽しいのは幽々子なんだもの……」

 悔しそうに俯いてしまった紫。
 碧が代わって話を続ける。

「妖忌さんは小さかった貴方に役目を譲り、姿を消しました。
 もしかしたら自分なりにその術(すべ)を探しに行ったのかも知れません」

 西行寺幽々子を何よりも大事にしていた祖父。
 妖夢は碧の予想は当たっているような気がした。



「今回は幽々子の意識がかなりハッキリしていたから時間のかかる色々な術を施して生前の記憶を調べていたの」

 再び持ち直した紫が長期不在の理由を明かした。

「そうだったんですか」

「残念ながら成果は出なかったけどね……
 幽々子はずっとアナタのことを気にしていたわ。
『妖夢が心配』って」

 主人が置かれている状況はある程度理解できた。
 だが、これは自分の手には負えそうにない。

 膝の上のリスを両手でそっと包み込みむ。

「どうにかできないのでしょうか」

 この言葉は眼前の境界の大妖に言ったのか、それとも……

「これからも調べて、考えて、試してみるつもりよ」

 紫がしゃべっている間、リスが妖夢の指に鼻を擦り付けてきた。
 もう分かっている。
 こんなに世話焼きのげっ歯類は他に知らないもの。

「是非、お願いします」

 この言葉も眼前の境界の大妖に言ったのか、それとも……



「あ……」

 八雲碧が声をあげた。

「幽々子さまがお目覚めになります」

 目を閉じる碧、暫くして目を開く。
 正面にいた従者を見て少しだけ目を大きくした。
 
「……妖夢? そう……知ってしまったのね。
 待たせてしまったわね、ごめんなさい」

 そして、ふわん、と微笑んだ。

 華胥の亡霊姫、西行寺幽々子だった。

「ゆ、幽々子さまぁ……」

 随分と久し振りに感じる。
 泣きそう。 



「妖夢、お願い、碧を許してあげて」

 いつも飄々としている冥界の姫が珍しく真剣に訴えてきた。
 心配御無用。
 幽々子の思い、そして八雲碧の思いは十分に伝わってきている。

「はい、許すも何も、碧さんには感謝の気持ちしかありませんから」

 妖夢の言葉を聞いて、少しの間、ぼうっとしていた幽々子。

「……碧が泣いているの。
 このコが泣くの、初めて【感じた】わ」

 八雲碧=西行寺幽々子とはこれからも楽しくやっていけるはずだ。



「妖夢、お夕飯をいただいてから一緒に帰りましょうね~」

 良い感じにしんみりしていた場の空気をなぎ払ったのは食いしんぼ姫の一言。

「ゆ、幽々子さま? お食事でしたら白玉楼に戻ればすぐに召し上がれますよ?」

「紫に任せてあるから、だ~いじょうぶよ~」

 なんだかいつものペースになってきてしまった。
 緊張感のかけらもない。

「幽々子、あなたねぇ、かなーりシリアスな状況だったのに台無しよ?」

 八雲紫が顔をしかめる。

「紫もお腹、減ったでしょ? 腹がへっては何とやらって言うじゃな~い?」

 どんなに深刻な状況でも何だか緩めてしまう、例えそれが自分のことであっても。
 これこそが西行寺幽々子の真骨頂だ。

(うふふふ、やっぱり幽々子さまは素敵だなあ)

 嬉しくなってしまった妖夢。



「今日は藍がいないから私達で夕食の支度をするのよ」

「え~紫が~?」

「文句言うんじゃないわよ! 
 てか、アナタもやるのよ、一番食べるくせに、たまには手伝いなさいな!」

「私、そういうの、向いていないのよね~」

「じゃあ碧は? 代ってよ、料理はそこそこ出来るんだから」

「ん~、あのコ、私が起きているときは表に出ようとしないのよ」

「……ったく、碧ったら、変なところで律儀なんだから。
 それじゃ仕方ないわ。
 材料は揃えてあるんだから難しくはないわよ、多分…… 幽々子、さっさと来なさい」

「え~面倒くさ~い」

 立ち上がった紫が、ぶーたれる幽々子の手を引っ張る。

「せっかくだから、アナタも食べていきなさい」

 紫が妖夢に告げる。
 そして、きゃいきゃい言いながら二人して退室していった。

 ポカンとしてしまった妖夢。
 二人の関係が容易く理解できるやりとりだった。
 


 一人残された妖夢。
 リスは膝から降りていた。

 妖夢は正座のまま手をつき、頭を下げる。

「何から何まで、本当に、ありがとうございました」

 リスは少し首を傾げてから、たたっと走り去ってしまった。

 見送った後、妖夢は急いで立ち上がる。
 あの二人に厨房を任せるのはとても危険な気がしたから。





 命蓮寺に戻ったナズーリンを寅丸星が迎えた。

「お帰りなさい、可愛いリスさん」

「ん? どうして知っているの?」

「だって、今朝、裏庭で変化の練習をしていたじゃありませんか」

「なんだ、気づいていたのか。
 変化の術は久し振りだったからね。
 元々それほど得意ではないから結構疲れるんだよ」

「でも、どうしてリスなんですか?」

「まぁ、野ネズミではさすがにすぐバレてしまうからね。
 それに、リスは木鼠(きねずみ)とも言うんだよ。
 近いから化けやすいしね」

 ネズミの従者は、主人にこれまでの経緯を説明した。
 ナズーリンがいつもと違う行動をすると、その身を案じてとても気を揉む寅丸。
 だから報告するのだ。



「……そういうことで、西行寺幽々子の情況は予想通りだった。
 利用できると思ったけど、あまりにその境遇が不憫でね」

「だから、なんとかしてあげたいんでしょ?」

「……いや、この問題は難しすぎるよ。
 その現場を、その時の状況をこの目で見ないことには次の手が打てない。
 時を遡れるのなら話は別だけどね」

「それでもナズはきっと何とかしてくれますものね」

 ニコニコ顔の恋人。

「なんだよ、プレッシャーかけないでよ、ホント厄介なんだから。
 時を遡るのはどんな魔力や妖力を行使してもほぼ不可能なんだよ。
【時渡り】の能力はありそうで実はあってはならない能力だからね。
 んー、あとは、過去知能力(ポストコグニション)くらいかな」

「うふふ、もう、突破口のアタリはついているみたいですね?」

「ちぇ、先読みしないでよ……ホント難しいんだから」



「でも、ナズがリスの姿なら肩に乗せていたいですね」

「私は胸の谷間に挟まっていたいね」

「はあ? 嫌ですよ、くすぐったいもの」

「そう言わず試させてもらえないだろうか」

「い・や・で・す・よ!」

「そこをなんとか、ちょっとだけ、ね?」

「だから、イーーヤ」




                 了
お待たせしましたと言うのが申し訳ない程です。
年内にあとどのくらいあがけるか、ご期待下さい。
勝手設定の概要はサイトをご笑覧ください。
http://benikawatoramaru.web.fc2.com/index.html
紅川寅丸
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コメント



0.680簡易評価
6.90名前が無い程度の能力削除
前編冒頭のadvanced幽々子さまが話の本筋に絡んで来るとかそりゃ想像つきませんぜ
しかしやはり妖夢は優秀なイジラレなんやな…常に「はぁぁ!?」って混乱する妖夢にバッサリ斬られたい
そして「啐啄同時」の相手は星では無く実際はナズだったと…まぁタイトルが「ナズーリン円月殺法」だからそらそうなのかもしれませんけれども
7.100なつめ削除
執筆お疲れ様です。
どんどん解決しなきゃいけない問題を背負いこんじゃうナズーリンさん素敵。
村紗と妖夢の仲はぬえにとっては大きな悩みの種となりそうですね。
はたして一輪は村紗にぬえの気持ちを理解させることができるのか…?
9.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいお話で一気に引きこまれてしまいました。
本筋の話の深さもさる事ながら、妖夢のつばめ返しの動きが目に浮かぶほど鮮やかに描写されていて……思わず画面の前で腕を振ってしまいました。
ニヤニヤドキドキ、そして感動を有難うございました。
12.無評価紅川寅丸削除
6番様:
 ありがとうございます。前編も再読くださり恐縮です。
「啐啄同時」昔、ご縁のあった剣道師範から教えてもらった言葉でした。
 懐かしく思い出しました。
なつめ様:
 お待たせしてしまいゴメンなさい。伏線張りすぎですよね、回収できるのかな。
 ⇒お任せ下さい、ナズがきっと何とかしますから(いや、私か……)。
 天然ムラサの今後の活躍にもご期待下さい(w)。
9番様:
 つばめ返しへのご感想、ありがとうございます。
 状況描写がヘタっぴぃなので難儀しました。
「思わず画面の前で~」  感無量でございます。
13.70名前が無い程度の能力削除
続編お待ちしてました。当然ながら、前編だけだとどうにもすっきりしないと言うか、妖夢が不憫で……。
結果はいつも通り、巧く片付いたなぁと思います。紅川さんの話は、これがあるから安心して読めますね(笑)
ただ、今回のお話読んで、以前から抱いていた疑問が再燃。
紫が、星を式神に欲しい、という点なのですが。
本来の式神がどのようなものかは知りませんが、紫の扱う式神は対象の合意なくして、強制的に憑ける事は出来ない、と記憶してます。
仮にそうした事が出来るにしても、ナズーリンはじめ、命蓮寺一同が黙っているはずもなし。合意が必要ならば、星が今の幸せを手放してまで八雲の式になることを是とするとはますます思えず。
星が今の生活に満足している時点で、紫の野望は最初から瓦解してるように思えるのですよね。
紫もそれに気付いてないとは思えませんが諦める様子はなし、ナズーリンも厳戒態勢。この辺りがどうしても引っかかっていて。
今後の話の肝になるというならば、詮索はしませんが、ちょっとした疑問として一つ。
疑問ばかりでは難ですので……。
個人的に、必殺技の下りは非常に楽しく読めました。なるほど、突き詰めればそこに行き着くな、と心底納得です。
妖夢がこの後、どこまで成長するのか……。本筋とは関係なさそうですが、楽しみに思えてしまいました(笑)
次回作も楽しみにしております。
16.無評価紅川寅丸削除
13番様:
 後編お待たせをいたしました。
 過去作から丁寧にお読み下って本当にありがとうございます。
 式の合意については私も異論はございません。
 ただ、『いったい何年生きているんだ?』ってほど長命の八雲紫、時間感覚が全く異なるのでは? と考えています。
 確かに紅魔館でのパーティーで八雲紫に『気長に待つとするわ』と言わせています。
 彼女が気長に、と考えている時間、期間はどのくらいなのでしょう?
 十年? 百年? 千年?
 人妖の愛憎を気が遠くなるような時間見続けてきた紫にとって絶対不変の心はないのかも。
 ダメで元々、何百年か先、なにかのきっかけでチャンスが生まれれば…… そんな風に待ってっていたり仕掛けていたりしていることが他にいくつもあるのではないでしょうか?
 だからこそナズーリンは油断しないんです。
 そして八雲紫に完全に諦めさせるための交渉を持ちかけます、それこそが!
 あーこの先はいつか書くであろうお話ってことで……『気長に』お待ちくだされば幸甚です。
18.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。