例えばの話ではあるのだけど、突然天人がやってきて、私に「地上観光がしたいから案内しなさい」などと言い出した場合、私はどう対応するべきだろうか。
ということを考えながら、とりあえず家に上げて様子見。
今は炬燵に入りながら、私の式である藍の入れたお茶を飲んで蜜柑をぱくついている。桃以外も食べるんだなと、そんなどうでもいいことを思った。
「それで、えっと……なんだっけ。地上観光?」
「そう、それ」
「それって……あなた、簡単に言ってくれるけど、こっちは何の準備もないわよ?」
「んー、多分大丈夫じゃないかしら」
何が大丈夫なのやら。
「こっちが大丈夫じゃないって話なのだけど……はぁ。まあいいわ。でもあまり期待しないようにね」
「大丈夫大丈夫、だって紫だし」
私だったら何が大丈夫だというのか、とりあえずそのあたりは近いうちにはっきりさせておきたいと思う。
「……で? あんたたちは何しにきたのよ」
霊夢が苛立ちを隠さずに私を睨む。あらやだ、かわいい。
「何って、観光?」
「私が地上観光したいって言ったら、スキマでぽんっと」
神社といえば立派な観光資源である。とりあえず身近で観光できそうな場所の第一候補だった。
「あーもう、言いたいことは沢山あるけど、とりあえず私の上から降りろ!」
そういって私たちの下敷きになっている霊夢が暴れた。どうやら少しスキマを開く位置を間違えたようで霊夢の真上に出てしまったらしい。とりあえず問題レポートをマイクロソフト社に送信しておいた。助けてビルえもん。
「……で、何? 観光? あんたたちいつも宴会のたびに来てるから見慣れてるでしょ?」
「確かに」
「言われてみれば」
「そのとおりかも」
「しれないわね」
「何で二人交互に中途半端に喋るのよ」
霊夢が呆れたように嘆息する。
「はぁ……あ、そーいやさー」
霊夢のその言葉を聞いて、私と天子のスイッチが入った。というか私がスキマから取り出したラジカセのスイッチも入った。
「ソイヤッサ」
「ハッ」
「ソイヤソイヤソイヤソイヤ」
「ソイヤソイヤソイヤソイヤ」
「ハッ」
そこで私は霊夢を見た。
「え、私? 私に振るのそこで?」
「いいからいいから、ソイヤソイヤソイヤソイヤ、ハッ!」
そういって天子が霊夢にマイクを渡す。
「え? え? 咲ーき誇る花はー、散るからこそに美しいー……ってだからなんなのよこれ!」
霊夢が怒鳴りながら床にマイクを投げた。前略、道の上より。
「いやぁ、なんというか」
「思っていた以上にノリが良かったわね」
などと私たちが感心していると、心底疲れた様子の霊夢が言った。
「あんたたち、私で、遊んでるでしょ……」
「だって霊夢がかわいいんだもの」
「紫、私はー?」
「天子もかわいいわよ、よしよし」
「えへへ」
「ええい鬱陶しいわ!」
「きゃー霊夢が怒ったー」
棒読みで天子が逃げていき、霊夢がそれを追いかける。気付けば私が一人残されていた。仕方ないので霊夢の飲みかけのお茶をすすってみる。
「……ぬるいわね」
ついでに蜜柑も食べた。程よい酸味と甘みがマッチして中々に美味しい。よく考えてみればうちにある蜜柑と同じものだった。まあいいか美味しいし。もぐもぐ。
暇ついでにお茶も入れなおした。ちょうどいいタイミングで走りつかれたらしい霊夢と天子が戻ってきた。
「おかえりなさい。ちょうどお茶が入ったわよ」
「はぁ、はぁ、紫にしては、気が、利くじゃない」
霊夢が珍しく私を褒めながら、お茶を一息に飲み干す。天子もお茶を飲み干して、すぐにおかわりを要求していた。
「それで、霊夢は何を言おうとしていたのかしら?」
「ん? 何か言おうとしたっけ?」
「霊夢がソイヤッサって言い出したからあんなことになったのに、無責任な話ね」
天子がそんなことを言って、蜜柑を一切れ口に放り込む。
「それ確実に私のせいじゃないわよね? でも思い出したわ。そういえば、何か人里でお祭りみたいなことをやってるって魔理沙が言ってたなーって」
なるほど、お祭り。
それは渡りに船、ということになるだろうか。
「天子が地上観光したいっていうなら、ちょうどいいんじゃないかなって思っただけ」
「確かにちょっと興味あるわね。……ん? でもどうして霊夢はそれに行ってないの?」
「いや、何というか、最近寒くなってきたし? 炬燵と蜜柑とお茶の魔力には勝てないかなぁ、なんて――」
端的に言えば家から出たくないということだ。
「それじゃあ霊夢」
「私たちと一緒に」
「お祭りに」
「行きましょうか」
「だからどうして交互に喋るのよ。あとあんたたち人の話聞いてた? 私は家から出たくないって言ってるのよ、ってこら紫、スキマ――」
人里に到着。
――なるほど。これは確かにお祭り「みたいな」ことだ。
「で……これは何かしら?」
「炊き出し? あ、でもちゃんと露店も出てるわね」
「だから私も来なかったのに……」
霊夢はまだ炬燵と蜜柑が恋しいようでテンションが低かった。
私はもう少し注意深く周囲を観察することにした。
雰囲気は確かにお祭りのそれだ。スピーカーからは大音量でオーケストラの演奏が流れている。ただ少し不思議なのは、露店に金魚すくいやヨーヨー釣りのようなものはなく、焼き鳥やホルモン焼きといったやたらと肉に纏わる店が多い点だった。そういえば客の方も少し様子が変だ。仮面をつけたりしてとにかく派手な仮装をしている人が多く見受けられる。しかしそれらの格好に統一感はなく、なんというか雑多な雰囲気だった。そうした仮装をした人々がなにやら奇声を上げて、人にお菓子を投げつけたりしていた。なんだこれ。
「ねえ霊夢、これってもしかして、謝肉祭?」
「あら、知ってたの? 何だかよく分からないけど、今日は十一月二十九日、語呂合わせで《良い肉の日》らしいのよ」
「へぇ、それでこんなカオスなことに……あれ?」
と、そこで天子がいなくなっていることに気が付いた。全く、少し目を離すとこれだから。まあそうした子供っぽいところも彼女の魅力であるため、あまり強くは言えない私がいるのだが。
「あ、あれじゃない?」
そういって霊夢が指差した方を見ると、人ごみの向こうに確かに桃を載せた変な帽子が揺れていた。周囲には変な仮装をした人間が多いが、さすがに桃を頭に載せるような人間は他にいないだろう。
「あ、紫ー霊夢ー、豚汁貰ってきたわよー」
「いきなりいなくなったと思えば……でもまあ、ありがと」
霊夢がお礼を言って受け取る。大き目の紙コップからはあたたかそうに湯気が上がっていた。割り箸を割って早速霊夢がそれを食べる。
「んー、美味しい! 豚肉の旨みを引き立てるさつまいもの甘みが特に私好みに仕上がってて……ん? この味どこかで……」
「あーこれあっちで魔理沙が配ってたんだよね」
「なるほど、そういえばそんな話もしていたような気がするわ」
「はい、紫もどうぞ」
「あら、ありがとう」
私も天子から受け取った豚汁を食べてみたが、確かにさつまいもの甘みが程よいアクセントになっていて美味しかった。
そうしてしばらく暖まっていると、不意に魔理沙が向こうから声をかけてきた。
「おーいたいた。なんだ、霊夢も結局来たんじゃないか」
「別に来たかったわけじゃないわよ。そいつらに無理矢理連れて来られただけ」
「ははは、まあせっかく来たんだし色々見ていったらどうだ? ブランド牛の安売りも向こうでやってるみたいだぜ?」
「それあんたが食べたいだけでしょ?」
「おおぅ、ばれたか」
「はぁ……まあ仕方ないか。それじゃあ紫、天子。私ちょっと向こうでやってる安売り覗いてくるわね」
と、それだけ言い残して霊夢は人ごみの向こうに消えていった。
「じゃあ私たちはせっかくだし魔理沙に案内してもらおうかな」
「ん、私か? いやまあ、別に構わないけど……」
「あら? あなた、豚汁の方はもういいの?」
「ああ。そっちは一応もう全部配り終えたからな。材料もないし、残りは適当に祭りを楽しむだけだぜ?」
「そう」
私はそれだけを言うと、早速歩き出した魔理沙と天子の後ろをついて歩く。気付けば人ごみが凄いことになっていて、勇者様ご一行のように一列でなければとてもじゃないが歩けそうにもなかった。
「それにしても凄い盛況っぷりだけど、この謝肉祭は恒例行事なのかしら?」
私がそう尋ねると、魔理沙は首だけ動かすようにこっちを見て答えた。
「いや、今年が初めてって話だぜ? だから出し物とかも全部手探り状態。仮装もとりあえずやってしまえって感じで、全く統一感もないだろ?」
「確かにそうね」
「今回の評判がよければ恒例行事になるかも知れないけどな。まあどうなるにしたって、このごった煮な雰囲気を楽しめるのは今回だけなんじゃないか?」
なるほど。
などと感心していると正面からサンバダンサー集団が踊りながら迫ってきた。
寒いのによくやるなぁ、なんてことを思いつつも、この独特の奇妙な空気は今だけのものだと思うと、なんだか少し楽しく思えてきた自分がいることに気付く。天子はどう思っているのだろうか。
「ねえ天子」
「ん、何よ?」
「楽しんでる?」
一瞬私の質問の意味が分からない様子でぽかんとしていたが、すぐに笑顔になって言った。
「もちろん、楽しいに決まってるじゃない」
と、そう答えた。それなら、良かった。
「おっと、ここだここだ。多分高座の最中だから静かにな」
「高座?」
首をかしげて天子。
「落語ね」
「さすがにお前はよく知ってるな。多分今は妹紅の時間かな」
そういって寄席に入っていくと、客がそこそこ入っていた。私たちは観客の邪魔にならないように三人並べる場所に座った。
高座では魔理沙の言ったように妹紅が喋っている。ちょうど枕が終わったところらしい。
「えー、太鼓持ち。男芸者と呼ばれる商売がありますが、これは難しい商売でして男が男のお客のご機嫌を取らなあきません。物凄いええ男が屋敷にすーっと入って来ただけで、もう客の機嫌が悪い。で、そこそこの男がニコっとした、これも具合が悪い。『俺は、そんな趣味あらへんどー』。そんなことありますのや。ほんに難しい商売です。太鼓持ち――」
演目はどうやら『愛宕山』らしい。何とも難しい本格的な演目で少し驚いた。
天子は落語を聞いた経験はないのか、興味津々な様子でかじりつくように高座を見ていた。落語はその語りと身振り手振りだけで基本的には構成されている。道具も基本的には「カゼ」と呼ばれる扇子と、「マンダラ」と呼ばれる手ぬぐいだけである。たまにギターを持ち出す奇妙な落語家もいたが、それは稀有な例だろう。
そうした限られた手段を用いて面白おかしく語り、客を笑わせる。
それは想像以上に難しいことで、並々ならぬ努力を求められる。
しかし妹紅の落語は、落語を初めてみるであろう天子をも笑わせることに成功していた。
次第に私も妹紅の落語に引き込まれるようにして、自然と笑いはじめた。
「どうだ、面白かっただろ?」
「うん。落語を聞いたのは初めてだったけど、何度も笑ってお腹が痛かったくらい」
「それにしても驚いたわね。こんな高いレベルで落語を出来る人間がこの幻想郷にいたなんて」
「まあ本人曰く、伊達に長生きしてないって話だぜ? 一応他にも阿求とか慧音とか、そういえば最近小鈴なんかも落語を始めたって話だけど、正直妹紅のレベルには遠く及んで無いな。まあ人里のちょっとしたブームだよ」
「なるほどねぇ」
まあ幻想郷がそんな芸人ばかりになられても少々困るのだけれど。
「さてと、お前らこの後どうする? 基本的には謝肉祭だから、他の出し物は焼き鳥とか串焼きとかホルモン焼きみたいな脂っこいのばかりだけど」
「そうねぇ……」
そう言いながら私は天子の様子を窺う。
「うーん、それじゃあそろそろ帰ろうかな? いい、紫?」
「ええ、私はいいけど……あなたは楽しめたの?」
元々は地上観光がしたいとか言っていたように思うけど、実際のところ大して地上の観光は出来ていないだろう。
「もちろん。……それに、今日はまだ終わってないでしょう?」
「…………?」
「それじゃあ魔理沙、ありがとね。豚汁も美味しかったし、落語も面白かったわ。この後霊夢に会うんでしょ? 霊夢にもよろしく言っておいてね」
「おう。楽しめたならよかったぜ。じゃあな」
「ばいばい」
そういって手を振って魔理沙と別れて、私と天子はスキマで私の家に帰ることにした。
そうして今私は不思議な光景を目にしている。
あの天子が料理をしているのだ。
あれ、この子料理なんて出来たのか。
「というか天子、突然どうしたの?」
「別にいいでしょ。何となく紫に作ってあげたくなったのよ」
そうは言うけれど、材料にはいつの間に買ったのか、謝肉祭で手に入れたらしいお肉が含まれていた。明らかに計画的犯行だ。
「それはとても嬉しいけど……それで、何を作っているのかしら」
「ビーフシチュー」
そういって天子は真剣な表情でリーキやパースニップを切りそろえていく。何というか材料からしても結構本格的というか、意外と料理が好きだったりするのだろうか。
「もう、紫は大人しく座ってて」
そういって天子は私を台所から追い出す。少し寂しい。
けれども私のために天子が頑張ってくれていると思えば、待つのもそんなに悪くない気がした。
「どう? 私もなかなかやるでしょ?」
「確かにこれは凄いですね、紫様?」
藍がそういって料理を褒め、私に同意を求める。
「ええ、正直驚いたわ」
天子は良家のお嬢様だから、イメージとして料理が出来るとは思っていなかった。だから正直これほどのものを作れるとは思っていなかった。
「まあ、私にかかればこれくらいどうってことないわよ。それじゃあ冷めないうちに食べよっか」
天子がそう言ったので私たちは手を合わせて食事を始めた。
野菜はしっかり味がしみていて、それでいて煮崩れしていない。お肉も充分に柔らかくなっており、一口噛むと旨みが口の中に広がって、何とも幸せな気分にさせてくれる。
「美味しい……」
「よしっ!」
私の感想を聞いて天子がガッツポーズを取った。
私に続くように、藍も橙も口々に料理を絶賛する。そこまでくると天子もこそばゆそうに照れていた。そんな天子を見てかわいいなぁと思いながら、私は静かにスプーンを動かす。もぐもぐ。
「ねえ天子」
「んー、何?」
「あなた、本当は最初から謝肉祭に行きたかったんじゃないの?」
「な、何のことかしらね?」
「いや、何となくだけどね。天子は最初からあそこで豚汁を配っていることを知っていた気がしただけ」
最初にお祭りの会場についたとき、あまりにも奇怪な光景に私はそれが何か全く検討もつかなかった。けれど天子は最初に「炊き出し?」という風に言った。
それが少しだけ違和感として私の心に残った。炊き出しのように無料で食事を配っている場所は、少なくともあのとき視界の中にはなかったように思う。
「それで気付いたらあなたは一人でどこか奥の方まで行って、魔理沙から豚汁を貰って帰ってきた。もしかしたらその時にさっきのビーフシチューのお肉も注文していたのかも知れないわね。どちらにせよ、それはどんな出し物があるか分かっていての行動だったのかなって、そんな気がしたのよ」
「………………」
どうやら当たりだったらしい。けれど私に分かるのはここまでだ。
そこに天子のどんな意図があったのか、天子は何を思っていたのか。
そこまではさすがに私も分からない。
だから本人に訊くしかない。
「天子はどうして――」
そこまで言って気付く。どうしてって、そんなことは訊くまでも無い。どうして地上観光をしたいなんて遠まわしなことを言ったのか? そんなの、天子が素直じゃないからに決まっていた。
だとすればあとはドミノ倒しだ。
「そう。天子は私と一緒にいたかったのね」
「言うなぁ! そこまではっきりくっきりと、涼しい顔で言わないでよ恥ずかしい!」
素直じゃない天子は素直に私を謝肉祭に誘えなかった。そして私が謝肉祭の開催を知らなかったせいで、色々と遠回りをするはめになった。
天子の計画では二人でお祭りを見て周って、おいしいお肉を買って、それで私にごちそうを振舞って見直させようとか、おおまかにそんな流れがあったに違いない。
それでもまあ、人生なんて計画通りにいかないものでしょう。けれどその結果として寄り道をし、その寄り道が思いがけず楽しい時間を作ったのだとすれば、それはきっと良い出来事に違いない。
「だって、もうすぐ紫は冬眠しちゃうし……少しでも一緒にいられたらなって――」
「分かってる。あなたの気持ちはちゃんと分かってるわ。……お祭り、楽しかったわね」
「うん」
「ビーフシチュー、美味しかったわ。ありがとう」
「うん」
私は隣にいる天子の髪を、優しく撫でた。天子は軽く体重をこちらに預けてくる。
人肌の温度が、炬燵やストーブの作り出すそれよりも、心地よく、温かく思えた。
これが幸せの温度なのかななんて、少し柄にも無いことを考えたりしたことは恥ずかしいので、隣にいるこの子には内緒にしておこうと、そう私は思うのであった。
「紫! いいかげん起きなさい!」
「んー……ん? ふわ……ぁ? あら……天子、おはよう……」
「おはよう、じゃないわよ! あんた何ヶ月寝るつもりなのよ、もう春も目の前じゃない!」
「んー……天子、温かい……ちゅー」
「きゃっ、ちょ、紫、あんた寝ぼけてるでしょ! というか離れ、こら、そういうことはちゃんと起きてるときに、ひゃっ――」
冬眠明けにこんなことがあった。
もちろん後で寝ぼけた振りをしていたことがばれて、怒られました。
拗ねてる天子もかわいいなと、そんなことを言ったら余計に怒られた。少し悲しいわ。
ということを考えながら、とりあえず家に上げて様子見。
今は炬燵に入りながら、私の式である藍の入れたお茶を飲んで蜜柑をぱくついている。桃以外も食べるんだなと、そんなどうでもいいことを思った。
「それで、えっと……なんだっけ。地上観光?」
「そう、それ」
「それって……あなた、簡単に言ってくれるけど、こっちは何の準備もないわよ?」
「んー、多分大丈夫じゃないかしら」
何が大丈夫なのやら。
「こっちが大丈夫じゃないって話なのだけど……はぁ。まあいいわ。でもあまり期待しないようにね」
「大丈夫大丈夫、だって紫だし」
私だったら何が大丈夫だというのか、とりあえずそのあたりは近いうちにはっきりさせておきたいと思う。
「……で? あんたたちは何しにきたのよ」
霊夢が苛立ちを隠さずに私を睨む。あらやだ、かわいい。
「何って、観光?」
「私が地上観光したいって言ったら、スキマでぽんっと」
神社といえば立派な観光資源である。とりあえず身近で観光できそうな場所の第一候補だった。
「あーもう、言いたいことは沢山あるけど、とりあえず私の上から降りろ!」
そういって私たちの下敷きになっている霊夢が暴れた。どうやら少しスキマを開く位置を間違えたようで霊夢の真上に出てしまったらしい。とりあえず問題レポートをマイクロソフト社に送信しておいた。助けてビルえもん。
「……で、何? 観光? あんたたちいつも宴会のたびに来てるから見慣れてるでしょ?」
「確かに」
「言われてみれば」
「そのとおりかも」
「しれないわね」
「何で二人交互に中途半端に喋るのよ」
霊夢が呆れたように嘆息する。
「はぁ……あ、そーいやさー」
霊夢のその言葉を聞いて、私と天子のスイッチが入った。というか私がスキマから取り出したラジカセのスイッチも入った。
「ソイヤッサ」
「ハッ」
「ソイヤソイヤソイヤソイヤ」
「ソイヤソイヤソイヤソイヤ」
「ハッ」
そこで私は霊夢を見た。
「え、私? 私に振るのそこで?」
「いいからいいから、ソイヤソイヤソイヤソイヤ、ハッ!」
そういって天子が霊夢にマイクを渡す。
「え? え? 咲ーき誇る花はー、散るからこそに美しいー……ってだからなんなのよこれ!」
霊夢が怒鳴りながら床にマイクを投げた。前略、道の上より。
「いやぁ、なんというか」
「思っていた以上にノリが良かったわね」
などと私たちが感心していると、心底疲れた様子の霊夢が言った。
「あんたたち、私で、遊んでるでしょ……」
「だって霊夢がかわいいんだもの」
「紫、私はー?」
「天子もかわいいわよ、よしよし」
「えへへ」
「ええい鬱陶しいわ!」
「きゃー霊夢が怒ったー」
棒読みで天子が逃げていき、霊夢がそれを追いかける。気付けば私が一人残されていた。仕方ないので霊夢の飲みかけのお茶をすすってみる。
「……ぬるいわね」
ついでに蜜柑も食べた。程よい酸味と甘みがマッチして中々に美味しい。よく考えてみればうちにある蜜柑と同じものだった。まあいいか美味しいし。もぐもぐ。
暇ついでにお茶も入れなおした。ちょうどいいタイミングで走りつかれたらしい霊夢と天子が戻ってきた。
「おかえりなさい。ちょうどお茶が入ったわよ」
「はぁ、はぁ、紫にしては、気が、利くじゃない」
霊夢が珍しく私を褒めながら、お茶を一息に飲み干す。天子もお茶を飲み干して、すぐにおかわりを要求していた。
「それで、霊夢は何を言おうとしていたのかしら?」
「ん? 何か言おうとしたっけ?」
「霊夢がソイヤッサって言い出したからあんなことになったのに、無責任な話ね」
天子がそんなことを言って、蜜柑を一切れ口に放り込む。
「それ確実に私のせいじゃないわよね? でも思い出したわ。そういえば、何か人里でお祭りみたいなことをやってるって魔理沙が言ってたなーって」
なるほど、お祭り。
それは渡りに船、ということになるだろうか。
「天子が地上観光したいっていうなら、ちょうどいいんじゃないかなって思っただけ」
「確かにちょっと興味あるわね。……ん? でもどうして霊夢はそれに行ってないの?」
「いや、何というか、最近寒くなってきたし? 炬燵と蜜柑とお茶の魔力には勝てないかなぁ、なんて――」
端的に言えば家から出たくないということだ。
「それじゃあ霊夢」
「私たちと一緒に」
「お祭りに」
「行きましょうか」
「だからどうして交互に喋るのよ。あとあんたたち人の話聞いてた? 私は家から出たくないって言ってるのよ、ってこら紫、スキマ――」
人里に到着。
――なるほど。これは確かにお祭り「みたいな」ことだ。
「で……これは何かしら?」
「炊き出し? あ、でもちゃんと露店も出てるわね」
「だから私も来なかったのに……」
霊夢はまだ炬燵と蜜柑が恋しいようでテンションが低かった。
私はもう少し注意深く周囲を観察することにした。
雰囲気は確かにお祭りのそれだ。スピーカーからは大音量でオーケストラの演奏が流れている。ただ少し不思議なのは、露店に金魚すくいやヨーヨー釣りのようなものはなく、焼き鳥やホルモン焼きといったやたらと肉に纏わる店が多い点だった。そういえば客の方も少し様子が変だ。仮面をつけたりしてとにかく派手な仮装をしている人が多く見受けられる。しかしそれらの格好に統一感はなく、なんというか雑多な雰囲気だった。そうした仮装をした人々がなにやら奇声を上げて、人にお菓子を投げつけたりしていた。なんだこれ。
「ねえ霊夢、これってもしかして、謝肉祭?」
「あら、知ってたの? 何だかよく分からないけど、今日は十一月二十九日、語呂合わせで《良い肉の日》らしいのよ」
「へぇ、それでこんなカオスなことに……あれ?」
と、そこで天子がいなくなっていることに気が付いた。全く、少し目を離すとこれだから。まあそうした子供っぽいところも彼女の魅力であるため、あまり強くは言えない私がいるのだが。
「あ、あれじゃない?」
そういって霊夢が指差した方を見ると、人ごみの向こうに確かに桃を載せた変な帽子が揺れていた。周囲には変な仮装をした人間が多いが、さすがに桃を頭に載せるような人間は他にいないだろう。
「あ、紫ー霊夢ー、豚汁貰ってきたわよー」
「いきなりいなくなったと思えば……でもまあ、ありがと」
霊夢がお礼を言って受け取る。大き目の紙コップからはあたたかそうに湯気が上がっていた。割り箸を割って早速霊夢がそれを食べる。
「んー、美味しい! 豚肉の旨みを引き立てるさつまいもの甘みが特に私好みに仕上がってて……ん? この味どこかで……」
「あーこれあっちで魔理沙が配ってたんだよね」
「なるほど、そういえばそんな話もしていたような気がするわ」
「はい、紫もどうぞ」
「あら、ありがとう」
私も天子から受け取った豚汁を食べてみたが、確かにさつまいもの甘みが程よいアクセントになっていて美味しかった。
そうしてしばらく暖まっていると、不意に魔理沙が向こうから声をかけてきた。
「おーいたいた。なんだ、霊夢も結局来たんじゃないか」
「別に来たかったわけじゃないわよ。そいつらに無理矢理連れて来られただけ」
「ははは、まあせっかく来たんだし色々見ていったらどうだ? ブランド牛の安売りも向こうでやってるみたいだぜ?」
「それあんたが食べたいだけでしょ?」
「おおぅ、ばれたか」
「はぁ……まあ仕方ないか。それじゃあ紫、天子。私ちょっと向こうでやってる安売り覗いてくるわね」
と、それだけ言い残して霊夢は人ごみの向こうに消えていった。
「じゃあ私たちはせっかくだし魔理沙に案内してもらおうかな」
「ん、私か? いやまあ、別に構わないけど……」
「あら? あなた、豚汁の方はもういいの?」
「ああ。そっちは一応もう全部配り終えたからな。材料もないし、残りは適当に祭りを楽しむだけだぜ?」
「そう」
私はそれだけを言うと、早速歩き出した魔理沙と天子の後ろをついて歩く。気付けば人ごみが凄いことになっていて、勇者様ご一行のように一列でなければとてもじゃないが歩けそうにもなかった。
「それにしても凄い盛況っぷりだけど、この謝肉祭は恒例行事なのかしら?」
私がそう尋ねると、魔理沙は首だけ動かすようにこっちを見て答えた。
「いや、今年が初めてって話だぜ? だから出し物とかも全部手探り状態。仮装もとりあえずやってしまえって感じで、全く統一感もないだろ?」
「確かにそうね」
「今回の評判がよければ恒例行事になるかも知れないけどな。まあどうなるにしたって、このごった煮な雰囲気を楽しめるのは今回だけなんじゃないか?」
なるほど。
などと感心していると正面からサンバダンサー集団が踊りながら迫ってきた。
寒いのによくやるなぁ、なんてことを思いつつも、この独特の奇妙な空気は今だけのものだと思うと、なんだか少し楽しく思えてきた自分がいることに気付く。天子はどう思っているのだろうか。
「ねえ天子」
「ん、何よ?」
「楽しんでる?」
一瞬私の質問の意味が分からない様子でぽかんとしていたが、すぐに笑顔になって言った。
「もちろん、楽しいに決まってるじゃない」
と、そう答えた。それなら、良かった。
「おっと、ここだここだ。多分高座の最中だから静かにな」
「高座?」
首をかしげて天子。
「落語ね」
「さすがにお前はよく知ってるな。多分今は妹紅の時間かな」
そういって寄席に入っていくと、客がそこそこ入っていた。私たちは観客の邪魔にならないように三人並べる場所に座った。
高座では魔理沙の言ったように妹紅が喋っている。ちょうど枕が終わったところらしい。
「えー、太鼓持ち。男芸者と呼ばれる商売がありますが、これは難しい商売でして男が男のお客のご機嫌を取らなあきません。物凄いええ男が屋敷にすーっと入って来ただけで、もう客の機嫌が悪い。で、そこそこの男がニコっとした、これも具合が悪い。『俺は、そんな趣味あらへんどー』。そんなことありますのや。ほんに難しい商売です。太鼓持ち――」
演目はどうやら『愛宕山』らしい。何とも難しい本格的な演目で少し驚いた。
天子は落語を聞いた経験はないのか、興味津々な様子でかじりつくように高座を見ていた。落語はその語りと身振り手振りだけで基本的には構成されている。道具も基本的には「カゼ」と呼ばれる扇子と、「マンダラ」と呼ばれる手ぬぐいだけである。たまにギターを持ち出す奇妙な落語家もいたが、それは稀有な例だろう。
そうした限られた手段を用いて面白おかしく語り、客を笑わせる。
それは想像以上に難しいことで、並々ならぬ努力を求められる。
しかし妹紅の落語は、落語を初めてみるであろう天子をも笑わせることに成功していた。
次第に私も妹紅の落語に引き込まれるようにして、自然と笑いはじめた。
「どうだ、面白かっただろ?」
「うん。落語を聞いたのは初めてだったけど、何度も笑ってお腹が痛かったくらい」
「それにしても驚いたわね。こんな高いレベルで落語を出来る人間がこの幻想郷にいたなんて」
「まあ本人曰く、伊達に長生きしてないって話だぜ? 一応他にも阿求とか慧音とか、そういえば最近小鈴なんかも落語を始めたって話だけど、正直妹紅のレベルには遠く及んで無いな。まあ人里のちょっとしたブームだよ」
「なるほどねぇ」
まあ幻想郷がそんな芸人ばかりになられても少々困るのだけれど。
「さてと、お前らこの後どうする? 基本的には謝肉祭だから、他の出し物は焼き鳥とか串焼きとかホルモン焼きみたいな脂っこいのばかりだけど」
「そうねぇ……」
そう言いながら私は天子の様子を窺う。
「うーん、それじゃあそろそろ帰ろうかな? いい、紫?」
「ええ、私はいいけど……あなたは楽しめたの?」
元々は地上観光がしたいとか言っていたように思うけど、実際のところ大して地上の観光は出来ていないだろう。
「もちろん。……それに、今日はまだ終わってないでしょう?」
「…………?」
「それじゃあ魔理沙、ありがとね。豚汁も美味しかったし、落語も面白かったわ。この後霊夢に会うんでしょ? 霊夢にもよろしく言っておいてね」
「おう。楽しめたならよかったぜ。じゃあな」
「ばいばい」
そういって手を振って魔理沙と別れて、私と天子はスキマで私の家に帰ることにした。
そうして今私は不思議な光景を目にしている。
あの天子が料理をしているのだ。
あれ、この子料理なんて出来たのか。
「というか天子、突然どうしたの?」
「別にいいでしょ。何となく紫に作ってあげたくなったのよ」
そうは言うけれど、材料にはいつの間に買ったのか、謝肉祭で手に入れたらしいお肉が含まれていた。明らかに計画的犯行だ。
「それはとても嬉しいけど……それで、何を作っているのかしら」
「ビーフシチュー」
そういって天子は真剣な表情でリーキやパースニップを切りそろえていく。何というか材料からしても結構本格的というか、意外と料理が好きだったりするのだろうか。
「もう、紫は大人しく座ってて」
そういって天子は私を台所から追い出す。少し寂しい。
けれども私のために天子が頑張ってくれていると思えば、待つのもそんなに悪くない気がした。
「どう? 私もなかなかやるでしょ?」
「確かにこれは凄いですね、紫様?」
藍がそういって料理を褒め、私に同意を求める。
「ええ、正直驚いたわ」
天子は良家のお嬢様だから、イメージとして料理が出来るとは思っていなかった。だから正直これほどのものを作れるとは思っていなかった。
「まあ、私にかかればこれくらいどうってことないわよ。それじゃあ冷めないうちに食べよっか」
天子がそう言ったので私たちは手を合わせて食事を始めた。
野菜はしっかり味がしみていて、それでいて煮崩れしていない。お肉も充分に柔らかくなっており、一口噛むと旨みが口の中に広がって、何とも幸せな気分にさせてくれる。
「美味しい……」
「よしっ!」
私の感想を聞いて天子がガッツポーズを取った。
私に続くように、藍も橙も口々に料理を絶賛する。そこまでくると天子もこそばゆそうに照れていた。そんな天子を見てかわいいなぁと思いながら、私は静かにスプーンを動かす。もぐもぐ。
「ねえ天子」
「んー、何?」
「あなた、本当は最初から謝肉祭に行きたかったんじゃないの?」
「な、何のことかしらね?」
「いや、何となくだけどね。天子は最初からあそこで豚汁を配っていることを知っていた気がしただけ」
最初にお祭りの会場についたとき、あまりにも奇怪な光景に私はそれが何か全く検討もつかなかった。けれど天子は最初に「炊き出し?」という風に言った。
それが少しだけ違和感として私の心に残った。炊き出しのように無料で食事を配っている場所は、少なくともあのとき視界の中にはなかったように思う。
「それで気付いたらあなたは一人でどこか奥の方まで行って、魔理沙から豚汁を貰って帰ってきた。もしかしたらその時にさっきのビーフシチューのお肉も注文していたのかも知れないわね。どちらにせよ、それはどんな出し物があるか分かっていての行動だったのかなって、そんな気がしたのよ」
「………………」
どうやら当たりだったらしい。けれど私に分かるのはここまでだ。
そこに天子のどんな意図があったのか、天子は何を思っていたのか。
そこまではさすがに私も分からない。
だから本人に訊くしかない。
「天子はどうして――」
そこまで言って気付く。どうしてって、そんなことは訊くまでも無い。どうして地上観光をしたいなんて遠まわしなことを言ったのか? そんなの、天子が素直じゃないからに決まっていた。
だとすればあとはドミノ倒しだ。
「そう。天子は私と一緒にいたかったのね」
「言うなぁ! そこまではっきりくっきりと、涼しい顔で言わないでよ恥ずかしい!」
素直じゃない天子は素直に私を謝肉祭に誘えなかった。そして私が謝肉祭の開催を知らなかったせいで、色々と遠回りをするはめになった。
天子の計画では二人でお祭りを見て周って、おいしいお肉を買って、それで私にごちそうを振舞って見直させようとか、おおまかにそんな流れがあったに違いない。
それでもまあ、人生なんて計画通りにいかないものでしょう。けれどその結果として寄り道をし、その寄り道が思いがけず楽しい時間を作ったのだとすれば、それはきっと良い出来事に違いない。
「だって、もうすぐ紫は冬眠しちゃうし……少しでも一緒にいられたらなって――」
「分かってる。あなたの気持ちはちゃんと分かってるわ。……お祭り、楽しかったわね」
「うん」
「ビーフシチュー、美味しかったわ。ありがとう」
「うん」
私は隣にいる天子の髪を、優しく撫でた。天子は軽く体重をこちらに預けてくる。
人肌の温度が、炬燵やストーブの作り出すそれよりも、心地よく、温かく思えた。
これが幸せの温度なのかななんて、少し柄にも無いことを考えたりしたことは恥ずかしいので、隣にいるこの子には内緒にしておこうと、そう私は思うのであった。
「紫! いいかげん起きなさい!」
「んー……ん? ふわ……ぁ? あら……天子、おはよう……」
「おはよう、じゃないわよ! あんた何ヶ月寝るつもりなのよ、もう春も目の前じゃない!」
「んー……天子、温かい……ちゅー」
「きゃっ、ちょ、紫、あんた寝ぼけてるでしょ! というか離れ、こら、そういうことはちゃんと起きてるときに、ひゃっ――」
冬眠明けにこんなことがあった。
もちろん後で寝ぼけた振りをしていたことがばれて、怒られました。
拗ねてる天子もかわいいなと、そんなことを言ったら余計に怒られた。少し悲しいわ。
そしてこれは良いゆかてん。
素直に八雲一家の団欒に交じっている天子は家族公認の恋人と云うことですね。
楽しめました。作者さんの名まえ面白くて好き。
>雰囲気が違・・・
電動ドリルさんの作品に迷い込んだのかと思って作者名見直したり