『恋符! マスタースパーク!!』
音となった宣言が魔法の森の木々へとぶつかる。そしてそれを追うように、宣言は光となって瘴気の混じった空を震わせた。
空の端々が紅から蒼へと染められていくのを見るに、時刻はまだまだ早朝……といった所か。細かい時間で動く奴らがそうそういない幻想郷ならその位の認識で十分だ。
約数秒ほど続いた八卦炉からの魔力の放出が終わると、手に残っている閃光の余韻を味わいながら改めて空を仰ぎ見る。そこには見渡す限りの気持ちの良い快晴。
そこそこにあった雲の塊も、スペルカードの的にしたらすっかり飛び散ってしまっていた。
「よーし、今日も八卦炉の調子は絶好調! ……いや、"私と八卦炉"の調子は絶好調だぜ!!」
少し熱を帯びた相棒…八卦炉を手の中でくるくると弄びながら、本日の勢いの良さを確認する。
放ったスペルは恋符「マスタースパーク」
自らの体現。主張。存在意義。夢。
色んな意味をもたせて生まれたそのスペルは十八番であり、最も霧雨魔理沙という存在を知らせるに適している事だろう。
朝起きた時にまるで"伸び"をするような感覚で、それを自宅付近の空き地から空へと放つ。もちろん燃料を用意したり、魔力で調整して綺麗に放てるようにしたりとそこまで気軽に出来るもんじゃない。
それでもほぼ毎日、日課のようにしている理由…それは
「やっぱり"気持ちいい"から…だな」
スペルカードには皆がそれぞれ想い想いの意味を篭める。それは言葉で表せば本一冊なんかでは済まない、収まりきらないような強く複雑で純粋な想い。
大体毎日こうして試し撃ちをしているのも、自己啓発で自己分析で自己主張をしているようなもんだ。ついでに地道すぎる魔法研究のストレス解消やらの効果もある。
スペルカード戦での決闘……つまり弾幕ごっこもある意味言葉を使わないストレス解消を兼ねた相互主張と言えるのかもしれない。
ともかく、今日の自分の想いの程は満足行くものになったようだ。
さぁ日課も済んだことだし早速実験やら収集やらお茶飲みやらにでも手を付けていこうかと、家の方向へ振り返った瞬間だった。ちらっと視界の端に白い塊が映った気がした。
普段だったら気にも留めないどころか気が付かないままだったのだろうが、今日はなんだか気にかかってそちらに視線をやってしまう。
それはただひたすらに蒼い一色の中に、自由に浮かぶ白一点。先ほどの魔砲を放った方向とは逆方向に位置するようにして浮いていた浮雲だった。
まるで何者にも捕らわれずにそこに存在しているそれを見ていると、よく見知った誰かのように思えてくる。
どこまでも呑気そうに見えるところや、掴みどころが無さそうなところなんかが特にそっくりだ。想像して思わず自分の頬が緩んだのを感じた。
……アイツは如何なるものにも平等でいて執着しない。周囲の話からそういう存在だと知っていたし、最初の出会いで直接本人にもそう言われたのだから間違い無いのだろう。確かにそれを嘘偽りなく体現しているし、その表裏の無い様子には好意を抱いている部分もある。
そっけなく対応してきたり、面倒そうにあしらわれたり、かといえば自然とお茶を入れてくれたり。自分のように強い自己主張や我儘を押し付けたりせずに、ただそこに浮いているだけのあの雲はまさにそんなアイツだった。
「……もう一発撃ってみるか」
その崩れない余裕をちょっとだけ崩してやりたい。
その不変にちょっとだけ霧雨魔理沙という存在を魅せつけてやりたい。
自分でも何故あの浮雲一つにそう執着したくなったのかは良くわからない。
しかしふと思いついたその気持ちに従えば、魔砲の試射は一日一発という自分ルールを破ってしまう事になるのだが……まぁいいか。
だがいざ狙いを定めてみると、雑な寸法でも分かるほど距離は遠く、魔砲が当たるかなんて問題どころか届くかどうかすら分からなかった。
気ままに、自由そのままに漂う浮雲一つ。しかし、自分との距離は計り知れない。
だけど、だからこそますます試してみたくなった。
「恋符ッ! マスタァ……スパーーク!!」
先ほどよりも威力を込めて放つ恋の魔砲。
自分と浮雲をつなぐように、一本の道をつくるようにと想いを込めて放ったそれは、いつもの魔砲よりも上手く放つことができていた。
その輝きを言い表すなら、様々な色を含んだ複数の光の集合体、といった所だろうか。見方を変えればまるで複雑な想いの光が絡み合いながらも、それでもまっすぐに前に進もうとしているかのようにも見える。
一直線に狙い通りに突き進む魔砲だったが……それでもまだ勢いが足りないのか、口惜しい事に道半ばで散ってしまっている。
「……ッ!? 良いぜ。なら今日は特別サービスだ!」
宣言しなおすのも面倒だとそのまま八卦炉から閃光を放ちつつ、片手でマスタースパーク一発分よりも多い燃料を八卦炉に充填する。
これから放つ魔砲は、質も量も込めた想いもマスタースパークを超えた魔砲。
最後の別れ瞬間に伝えるような、より凝縮された想い。
「魔砲ッ!! ファイナルゥゥッ……スパァァァァクッ!!」」
宣言し、魔力を操作し、スペルを上書きするように再発動させる。発動し始めた途端に重くのしかかる身体への反動。それを認識した瞬間には、すでに放たれている閃光すら飲み込むように更なる光の奔流が八卦炉から生まれ出していた。
今度こそ、今度こそあの浮雲まで……! と。
威力が上がったことで更に遠くまで届く光の道。 霧雨魔理沙の誇る"弾幕はパワー"という持論がそのまま形になったような巨大な閃光。幾本ものマスタースパークの輝きを束ね紡いでいるような光の爆発。
間近でこの輝きを凌ぎきれる者など、幻想郷でもそうそうはいない。それだけの自信と想いがこのスペルにはあるのだ。
……だがそれでもまだ届かなかった。後もう少しで届くと言う所まで来ているのに、光に込めた想いはまたしても途中で散ってしまっていた。
「精一杯だってのにこれでもまだ届かないってのか……」
ほんの僅かにしか見えない浮雲と自分とのその間隔はまるで一つの大きな壁のように立ちふさがっていて、何故だかアイツと自分を隔てている大きな障壁そのもののように思えた。
曰く、アレは人間ではなく幻想郷の管理者という存在なのだ、と。
曰く、アレは妖怪すらも恐れる超越者なのだ、と。
曰く…人間"霧雨魔理沙"とは遠く遠く異なる次元に住まう手の届きようが無い存在なのだ、と。
ああやっぱり届くはずがない。
才能なんてもんがあるやつでも届くかどうか分からない存在なんだ。
か弱いだけの人間が努力した所で横に並べる訳がない。
アレは最初から恵まれていて、そうあるべくして在るのだから。
いつしか心に湧いて出た諦めの言葉。いや…最初から胸の内にあったのだろう。今までなるべく見ないように、外に出さないようにしてきただけだったのだ。
その言葉に呼応するように八卦炉からの輝きも弱まっていく。
もう充分だ……そうだもっと小さい目標にすればいい。
全部を投げだすわけじゃないんだ……もっと人間が出来そうな目標へと変えるだけさ。
先ほどまでの巨大な閃光の塊はすでに、最初に放ったマスタースパークの光とは比べ物にならないほど、小さく弱々しくなってしまっていた。
事実、アイツはどんな異変をも解決してきた。
私はそれを横取りできないかとチョロチョロしていただけ。
今までの強敵とも渡り合えて来たのも、対等にやれていたと錯覚していただけなのかもしれない。
魔法の研究すら未だに他の魔法使いの影を追うのが精一杯なんだ。
一体私が何かを成し得た事なんてあったのだろうか?
――ああ、私は結局無力なままなんだな――
自らの光から眼をそらすように俯きながら、もう全て諦めてしまおうかとした時だった。
"しっかりしなさいよ魔理沙。……らしくないじゃない"
それは記憶の中にあった言葉なのか、自分の空想が創りだした言葉なのか分からなかったが、間違いなくアイツの言葉そのものだった。
その言葉が浮かんできた途端に、胸の中で渦巻いていた自棄の言葉はすでに止んでいる。
まるで自分の弱さをずっと見られてしまっていたような気がして、なんだか自嘲気味の笑いがこみ上げてさえいる。
「あーあ……ここまで来て諦めるだなんて何考えてたんだか」
まるで、背中を一発叩かれたように目が冷めてきた。
それと共に自分のスペルに、心に力がもどって来てるような気までしてくる。
「ああそうさ、私は弱い。無力そのものだ。アイツにはまだまだ遠く及ばないだろうぜ」
誰に言うわけでもなく……他でも無い自分自身の弱さに対してぶつけるように、そう声に出す。
「異変の時だってそうだぜ。アイツの邪魔してんじゃないかだなんて何回思った事だか」
ずっと放ち続けていたスペルの反動を受け止めていた身体が悲鳴を上げている。八卦炉の方も燃料が尽きかけているのか、スペルもまるで質の悪いロウソクのように安定していない。
「まぁ、このくらいの位置が今の私には精々だろうさ。よーく分かっているぜ。」
このままでは結果は目に見えている。諦めて止めてしまうなら今が絶好の頃合いだろう。
「……だからどうした! 私は"普通の魔法使い"の"霧雨魔理沙"!! 障害があるなら自慢の魔砲で道を創るだけだぜ!!」
連続での高レベルスペル発動で熱くなって来ている八卦炉に、出血大サービスとばかりに特性の燃料をこれでもかとぶち込んで行く。マスタースパーク一発なら一月分……いやもっとになるだろう濃度と質を誇る秘蔵の高凝縮魔砲燃料。それを惜しげも無く全部。
続いて自らの身体の魔力障壁と八卦炉への魔力干渉レベルを最大に。頭と身体へかかる魔力行使の反動は経験によって上手く受け流す。
更に足場を安定させるために、地面にめり込めせるくらいの勢いで足を地面に踏ん張る。そして簡易魔法で位置を固定。
――さぁ準備は全部整った。これからやろうとする事は身体にかなりの負担と衝撃が来る事だろうが、すでに覚悟は決めている。後は――
「"想い"の強さが物を言う……ってなぁ!!」
宣言するスペルは恋の魔砲の最強呪文。
まっすぐな想いを素直に伝えても伝わらない。
より多くの想いを凝縮して伝えても伝わらない。
……だったらどうすればいいか?
なぁに簡単な事だぜ。それでもいつか必ず想いが実ると信じて信じて……信じ抜いて、相手に伝わるその瞬間まで限界でもなんでも超えて放てば良いんだ。
それは霧雨魔理沙を、その想いの強さを限界を超えてでも伝える為にあるスペルカード。その名を――
「魔砲ッ!! ファイナルマスターァァァァァ……スパァァァァァァァクッッ!!!!」
大いなる想いの閃光は、マスタースパークよりも、ファイナルスパークよりも巨大な光の魔砲となって八卦炉の限界を超えるように放たれた。
周囲の全ての物体は例外なく澄んだ轟音と恋色に染め切られ、空気を含むあらゆる物がこのスペルによって……いや、霧雨魔理沙の心によって震わされていた。
発動の瞬間から身体にかかる負荷も威力に比例するようにかかって来ていたし、魔法で固定されているはずの足場もジリジリと後ろへと圧し下げられている。
予想以上の反動に意識さえも持って行かれそうになるが、それを気合だけでカバー。八卦炉を握る手も、顔に浮かべたままの軽い笑みも決して崩さない。
「うおおおおおおォォォォォォ……!」
込めた想いはただ一つ。霧雨魔理沙の中で、最も純粋で力強い……全てのスペルの元。
それを表現するに適した言葉は知らない。いやおそらく存在しないのだ。これからも……そしてこの先も。
ただただ澄み切っていて、それでいて荒れ狂っているその想いは、望む未来へと世界を創り変えようとするかの如く、行く手の全てを光で照らし塗り替えていた。
「……ぐッ!?」
だがこれだけの大魔砲の代償は小さくはない。すでに頭痛は酷く。手足の感覚も薄い。膨大で強大な光で眼も霞む。魔力も連続での大技魔法によって底が見えてきているようだ。
もはや自分が何をしたいのかさえもよく分からなくなって来ている。
端から見ればそれこそ気狂いに見えるだろう。
頑張った所で世界の何かが変わるわけでもないだろう。
完全な自己満足の五里霧中。……だけど確実に言えることが一つだけあった。
――ここで逃げれば自分の想いを殺す事になる。
今一度八卦炉を握り直す。手から伝わる相棒の感触は、"まだまだ放てる"と語っていた。
手の中の八卦炉内部には世界で最も純粋な炎が灯っているという。
だが今なら私も、その炎に負けない位の純粋な想いを込められるはずだ。
この熱い気持ちを燃料に出来るなら、限界なんて物があるはずがない!
「私は……アイツの隣を飛んでいたいんだ!!」
心からの叫びに答えるようにスペルの輝きが更に増していく。
それはスペルカードルールを発案した者でさえも予想出来た事だろうか。
数多の言葉よりも多くの意味と純粋な心が篭った光は、すでに使用者の限界をはるかに超えたものになっていた。
――届けぇ……!!――
……やがて永遠のように続いた魔砲の偉大な輝きは、最後の瞬間に流星のように一層強く輝くと、最後は燃え尽きるように空へと溶けていった。
そして眩いスペルの終焉と共に、自らの視界も暗転していくのをまるで他人事のように感じた。そのまま重力に惹かれるまま地面へと倒れていくのに身を任せる。
体内の魔力も、身体の筋力も、肺の空気も……そして心の猛りすらもスペルとして全て出し切ってしまったのだ。なんだか心はとても晴れやかで、今はかすかに感じる疲労や痛みすらも心地良い。
体の操作を全部投げ出したままに、次に来るだろう地面への衝撃をゆっくりと待つ。
「……何バカやってんのよ。魔理沙」
だが予想に反してやって来たのは、ふわっとしたやわらかな感触とどこか懐かしくも感じる匂いだった。
魔理沙はすでに開けるのも億劫になった眼をつむったまま、余裕を見せつけるようにニカッと笑った。
「……よう、そっちの方こそこんな所で何やってんだ? 迷子だってんなら私の事をバカ呼ばわり出来ないぜ」
「さぁ何やってんでしょうね。強いて言うなら、なんとなくここに来たほうが良いと思っただけよ」
満身創痍になりながらも軽口は忘れない。それに対してふわりとした声も自然に言葉を返す。
長年一緒に居たからこそ繋がる会話。そして平穏がここにあった。
魔理沙は誰に対してでもなく息を漏らすように鼻で笑うと、軽く焦げた手を空へと伸ばした。
「……届けてみせたぜ」
魔理沙の声が染みていった幻想郷の空は、雲ひとつ無い蒼穹だった。
音となった宣言が魔法の森の木々へとぶつかる。そしてそれを追うように、宣言は光となって瘴気の混じった空を震わせた。
空の端々が紅から蒼へと染められていくのを見るに、時刻はまだまだ早朝……といった所か。細かい時間で動く奴らがそうそういない幻想郷ならその位の認識で十分だ。
約数秒ほど続いた八卦炉からの魔力の放出が終わると、手に残っている閃光の余韻を味わいながら改めて空を仰ぎ見る。そこには見渡す限りの気持ちの良い快晴。
そこそこにあった雲の塊も、スペルカードの的にしたらすっかり飛び散ってしまっていた。
「よーし、今日も八卦炉の調子は絶好調! ……いや、"私と八卦炉"の調子は絶好調だぜ!!」
少し熱を帯びた相棒…八卦炉を手の中でくるくると弄びながら、本日の勢いの良さを確認する。
放ったスペルは恋符「マスタースパーク」
自らの体現。主張。存在意義。夢。
色んな意味をもたせて生まれたそのスペルは十八番であり、最も霧雨魔理沙という存在を知らせるに適している事だろう。
朝起きた時にまるで"伸び"をするような感覚で、それを自宅付近の空き地から空へと放つ。もちろん燃料を用意したり、魔力で調整して綺麗に放てるようにしたりとそこまで気軽に出来るもんじゃない。
それでもほぼ毎日、日課のようにしている理由…それは
「やっぱり"気持ちいい"から…だな」
スペルカードには皆がそれぞれ想い想いの意味を篭める。それは言葉で表せば本一冊なんかでは済まない、収まりきらないような強く複雑で純粋な想い。
大体毎日こうして試し撃ちをしているのも、自己啓発で自己分析で自己主張をしているようなもんだ。ついでに地道すぎる魔法研究のストレス解消やらの効果もある。
スペルカード戦での決闘……つまり弾幕ごっこもある意味言葉を使わないストレス解消を兼ねた相互主張と言えるのかもしれない。
ともかく、今日の自分の想いの程は満足行くものになったようだ。
さぁ日課も済んだことだし早速実験やら収集やらお茶飲みやらにでも手を付けていこうかと、家の方向へ振り返った瞬間だった。ちらっと視界の端に白い塊が映った気がした。
普段だったら気にも留めないどころか気が付かないままだったのだろうが、今日はなんだか気にかかってそちらに視線をやってしまう。
それはただひたすらに蒼い一色の中に、自由に浮かぶ白一点。先ほどの魔砲を放った方向とは逆方向に位置するようにして浮いていた浮雲だった。
まるで何者にも捕らわれずにそこに存在しているそれを見ていると、よく見知った誰かのように思えてくる。
どこまでも呑気そうに見えるところや、掴みどころが無さそうなところなんかが特にそっくりだ。想像して思わず自分の頬が緩んだのを感じた。
……アイツは如何なるものにも平等でいて執着しない。周囲の話からそういう存在だと知っていたし、最初の出会いで直接本人にもそう言われたのだから間違い無いのだろう。確かにそれを嘘偽りなく体現しているし、その表裏の無い様子には好意を抱いている部分もある。
そっけなく対応してきたり、面倒そうにあしらわれたり、かといえば自然とお茶を入れてくれたり。自分のように強い自己主張や我儘を押し付けたりせずに、ただそこに浮いているだけのあの雲はまさにそんなアイツだった。
「……もう一発撃ってみるか」
その崩れない余裕をちょっとだけ崩してやりたい。
その不変にちょっとだけ霧雨魔理沙という存在を魅せつけてやりたい。
自分でも何故あの浮雲一つにそう執着したくなったのかは良くわからない。
しかしふと思いついたその気持ちに従えば、魔砲の試射は一日一発という自分ルールを破ってしまう事になるのだが……まぁいいか。
だがいざ狙いを定めてみると、雑な寸法でも分かるほど距離は遠く、魔砲が当たるかなんて問題どころか届くかどうかすら分からなかった。
気ままに、自由そのままに漂う浮雲一つ。しかし、自分との距離は計り知れない。
だけど、だからこそますます試してみたくなった。
「恋符ッ! マスタァ……スパーーク!!」
先ほどよりも威力を込めて放つ恋の魔砲。
自分と浮雲をつなぐように、一本の道をつくるようにと想いを込めて放ったそれは、いつもの魔砲よりも上手く放つことができていた。
その輝きを言い表すなら、様々な色を含んだ複数の光の集合体、といった所だろうか。見方を変えればまるで複雑な想いの光が絡み合いながらも、それでもまっすぐに前に進もうとしているかのようにも見える。
一直線に狙い通りに突き進む魔砲だったが……それでもまだ勢いが足りないのか、口惜しい事に道半ばで散ってしまっている。
「……ッ!? 良いぜ。なら今日は特別サービスだ!」
宣言しなおすのも面倒だとそのまま八卦炉から閃光を放ちつつ、片手でマスタースパーク一発分よりも多い燃料を八卦炉に充填する。
これから放つ魔砲は、質も量も込めた想いもマスタースパークを超えた魔砲。
最後の別れ瞬間に伝えるような、より凝縮された想い。
「魔砲ッ!! ファイナルゥゥッ……スパァァァァクッ!!」」
宣言し、魔力を操作し、スペルを上書きするように再発動させる。発動し始めた途端に重くのしかかる身体への反動。それを認識した瞬間には、すでに放たれている閃光すら飲み込むように更なる光の奔流が八卦炉から生まれ出していた。
今度こそ、今度こそあの浮雲まで……! と。
威力が上がったことで更に遠くまで届く光の道。 霧雨魔理沙の誇る"弾幕はパワー"という持論がそのまま形になったような巨大な閃光。幾本ものマスタースパークの輝きを束ね紡いでいるような光の爆発。
間近でこの輝きを凌ぎきれる者など、幻想郷でもそうそうはいない。それだけの自信と想いがこのスペルにはあるのだ。
……だがそれでもまだ届かなかった。後もう少しで届くと言う所まで来ているのに、光に込めた想いはまたしても途中で散ってしまっていた。
「精一杯だってのにこれでもまだ届かないってのか……」
ほんの僅かにしか見えない浮雲と自分とのその間隔はまるで一つの大きな壁のように立ちふさがっていて、何故だかアイツと自分を隔てている大きな障壁そのもののように思えた。
曰く、アレは人間ではなく幻想郷の管理者という存在なのだ、と。
曰く、アレは妖怪すらも恐れる超越者なのだ、と。
曰く…人間"霧雨魔理沙"とは遠く遠く異なる次元に住まう手の届きようが無い存在なのだ、と。
ああやっぱり届くはずがない。
才能なんてもんがあるやつでも届くかどうか分からない存在なんだ。
か弱いだけの人間が努力した所で横に並べる訳がない。
アレは最初から恵まれていて、そうあるべくして在るのだから。
いつしか心に湧いて出た諦めの言葉。いや…最初から胸の内にあったのだろう。今までなるべく見ないように、外に出さないようにしてきただけだったのだ。
その言葉に呼応するように八卦炉からの輝きも弱まっていく。
もう充分だ……そうだもっと小さい目標にすればいい。
全部を投げだすわけじゃないんだ……もっと人間が出来そうな目標へと変えるだけさ。
先ほどまでの巨大な閃光の塊はすでに、最初に放ったマスタースパークの光とは比べ物にならないほど、小さく弱々しくなってしまっていた。
事実、アイツはどんな異変をも解決してきた。
私はそれを横取りできないかとチョロチョロしていただけ。
今までの強敵とも渡り合えて来たのも、対等にやれていたと錯覚していただけなのかもしれない。
魔法の研究すら未だに他の魔法使いの影を追うのが精一杯なんだ。
一体私が何かを成し得た事なんてあったのだろうか?
――ああ、私は結局無力なままなんだな――
自らの光から眼をそらすように俯きながら、もう全て諦めてしまおうかとした時だった。
"しっかりしなさいよ魔理沙。……らしくないじゃない"
それは記憶の中にあった言葉なのか、自分の空想が創りだした言葉なのか分からなかったが、間違いなくアイツの言葉そのものだった。
その言葉が浮かんできた途端に、胸の中で渦巻いていた自棄の言葉はすでに止んでいる。
まるで自分の弱さをずっと見られてしまっていたような気がして、なんだか自嘲気味の笑いがこみ上げてさえいる。
「あーあ……ここまで来て諦めるだなんて何考えてたんだか」
まるで、背中を一発叩かれたように目が冷めてきた。
それと共に自分のスペルに、心に力がもどって来てるような気までしてくる。
「ああそうさ、私は弱い。無力そのものだ。アイツにはまだまだ遠く及ばないだろうぜ」
誰に言うわけでもなく……他でも無い自分自身の弱さに対してぶつけるように、そう声に出す。
「異変の時だってそうだぜ。アイツの邪魔してんじゃないかだなんて何回思った事だか」
ずっと放ち続けていたスペルの反動を受け止めていた身体が悲鳴を上げている。八卦炉の方も燃料が尽きかけているのか、スペルもまるで質の悪いロウソクのように安定していない。
「まぁ、このくらいの位置が今の私には精々だろうさ。よーく分かっているぜ。」
このままでは結果は目に見えている。諦めて止めてしまうなら今が絶好の頃合いだろう。
「……だからどうした! 私は"普通の魔法使い"の"霧雨魔理沙"!! 障害があるなら自慢の魔砲で道を創るだけだぜ!!」
連続での高レベルスペル発動で熱くなって来ている八卦炉に、出血大サービスとばかりに特性の燃料をこれでもかとぶち込んで行く。マスタースパーク一発なら一月分……いやもっとになるだろう濃度と質を誇る秘蔵の高凝縮魔砲燃料。それを惜しげも無く全部。
続いて自らの身体の魔力障壁と八卦炉への魔力干渉レベルを最大に。頭と身体へかかる魔力行使の反動は経験によって上手く受け流す。
更に足場を安定させるために、地面にめり込めせるくらいの勢いで足を地面に踏ん張る。そして簡易魔法で位置を固定。
――さぁ準備は全部整った。これからやろうとする事は身体にかなりの負担と衝撃が来る事だろうが、すでに覚悟は決めている。後は――
「"想い"の強さが物を言う……ってなぁ!!」
宣言するスペルは恋の魔砲の最強呪文。
まっすぐな想いを素直に伝えても伝わらない。
より多くの想いを凝縮して伝えても伝わらない。
……だったらどうすればいいか?
なぁに簡単な事だぜ。それでもいつか必ず想いが実ると信じて信じて……信じ抜いて、相手に伝わるその瞬間まで限界でもなんでも超えて放てば良いんだ。
それは霧雨魔理沙を、その想いの強さを限界を超えてでも伝える為にあるスペルカード。その名を――
「魔砲ッ!! ファイナルマスターァァァァァ……スパァァァァァァァクッッ!!!!」
大いなる想いの閃光は、マスタースパークよりも、ファイナルスパークよりも巨大な光の魔砲となって八卦炉の限界を超えるように放たれた。
周囲の全ての物体は例外なく澄んだ轟音と恋色に染め切られ、空気を含むあらゆる物がこのスペルによって……いや、霧雨魔理沙の心によって震わされていた。
発動の瞬間から身体にかかる負荷も威力に比例するようにかかって来ていたし、魔法で固定されているはずの足場もジリジリと後ろへと圧し下げられている。
予想以上の反動に意識さえも持って行かれそうになるが、それを気合だけでカバー。八卦炉を握る手も、顔に浮かべたままの軽い笑みも決して崩さない。
「うおおおおおおォォォォォォ……!」
込めた想いはただ一つ。霧雨魔理沙の中で、最も純粋で力強い……全てのスペルの元。
それを表現するに適した言葉は知らない。いやおそらく存在しないのだ。これからも……そしてこの先も。
ただただ澄み切っていて、それでいて荒れ狂っているその想いは、望む未来へと世界を創り変えようとするかの如く、行く手の全てを光で照らし塗り替えていた。
「……ぐッ!?」
だがこれだけの大魔砲の代償は小さくはない。すでに頭痛は酷く。手足の感覚も薄い。膨大で強大な光で眼も霞む。魔力も連続での大技魔法によって底が見えてきているようだ。
もはや自分が何をしたいのかさえもよく分からなくなって来ている。
端から見ればそれこそ気狂いに見えるだろう。
頑張った所で世界の何かが変わるわけでもないだろう。
完全な自己満足の五里霧中。……だけど確実に言えることが一つだけあった。
――ここで逃げれば自分の想いを殺す事になる。
今一度八卦炉を握り直す。手から伝わる相棒の感触は、"まだまだ放てる"と語っていた。
手の中の八卦炉内部には世界で最も純粋な炎が灯っているという。
だが今なら私も、その炎に負けない位の純粋な想いを込められるはずだ。
この熱い気持ちを燃料に出来るなら、限界なんて物があるはずがない!
「私は……アイツの隣を飛んでいたいんだ!!」
心からの叫びに答えるようにスペルの輝きが更に増していく。
それはスペルカードルールを発案した者でさえも予想出来た事だろうか。
数多の言葉よりも多くの意味と純粋な心が篭った光は、すでに使用者の限界をはるかに超えたものになっていた。
――届けぇ……!!――
……やがて永遠のように続いた魔砲の偉大な輝きは、最後の瞬間に流星のように一層強く輝くと、最後は燃え尽きるように空へと溶けていった。
そして眩いスペルの終焉と共に、自らの視界も暗転していくのをまるで他人事のように感じた。そのまま重力に惹かれるまま地面へと倒れていくのに身を任せる。
体内の魔力も、身体の筋力も、肺の空気も……そして心の猛りすらもスペルとして全て出し切ってしまったのだ。なんだか心はとても晴れやかで、今はかすかに感じる疲労や痛みすらも心地良い。
体の操作を全部投げ出したままに、次に来るだろう地面への衝撃をゆっくりと待つ。
「……何バカやってんのよ。魔理沙」
だが予想に反してやって来たのは、ふわっとしたやわらかな感触とどこか懐かしくも感じる匂いだった。
魔理沙はすでに開けるのも億劫になった眼をつむったまま、余裕を見せつけるようにニカッと笑った。
「……よう、そっちの方こそこんな所で何やってんだ? 迷子だってんなら私の事をバカ呼ばわり出来ないぜ」
「さぁ何やってんでしょうね。強いて言うなら、なんとなくここに来たほうが良いと思っただけよ」
満身創痍になりながらも軽口は忘れない。それに対してふわりとした声も自然に言葉を返す。
長年一緒に居たからこそ繋がる会話。そして平穏がここにあった。
魔理沙は誰に対してでもなく息を漏らすように鼻で笑うと、軽く焦げた手を空へと伸ばした。
「……届けてみせたぜ」
魔理沙の声が染みていった幻想郷の空は、雲ひとつ無い蒼穹だった。
原作での強がりの裏で、こういう葛藤あるんだろうね。
あえて詳細伏せて、読み側の想像力にまかせるみたいなの好きだわ。