Coolier - 新生・東方創想話

愛が溢れて

2013/11/21 00:10:44
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 朝になって、閉め切った部屋でも分かるくらいに幻想の朝が充満していく。
早苗は妖怪の残り香がする朝が好きだった、彼らが支配する夜よりもその存在を強く感じることができた。その度に、ここに来れて良かったと思う。それが自分に言い聞かせているのかどうか彼女自身にもわからないまま、山の神社は早苗を照らしてゆく。

 朝日を十分に受け止めながら妖怪達との宴会の片付けに追われていた早苗は、あちこちに寝転がっている河童や天狗の姿に早くも飽きがきていた。幻想郷に来てから、この山に来てからしばらく経ってみるともう彼らもただの住人であり、ここに来た、あるいはここに居る理由としては関心が薄れていた。
 居心地は良いけれど、自分と周りの人間の相違からくる現人神としての自己、密やかな尊厳、孤独と一緒くたになってやって来る楽観、今まで外ではあったものがいつの間にか消え去っていた。彼女は、この新しい居場所の中にただの人間になった自分をどう位置づければいいのか判らないでいる。
(この人達昼でもお構いなしに妖怪やってるけど、そのせいで余計に実感わかないんだよね。幻想郷は区別というものが無さすぎるわ)

 それでもここに集まる妖怪を通して山の信仰を得ているのだから仕方ないが、彼女にとっての妖怪はもっと刺激の強いものであってほしかった。幻想の中の現実よりも、自分の中にある幻想そのものに出会いたいと強く思うようになっていた。そうでないとここで楽しく暮らしていけない、意味を見出せない気がした。畏怖の対象である妖怪、それを恐れる人々と共にある神々。ただ、この神社は今のところ妖怪からの信仰がほとんどだけれど。
(現人神っていっても特に何とも思われない。それは外にいたときと何も変わらない。神奈子様は妖怪からであっても信仰を得られればそれでいい、じゃあ私は?)

 幻想郷は彼女を拒みはしないけれど、神に仕えている巫女として特別に扱うわけでも無かった。それは神々においてもそうだったけれど神奈子も、特に諏訪子はそれを心地よく感じていた。日々の中に神というものが根付いている証拠であって、むしろ日本の神としてはこんなに居心地の良い信仰は外では少なくなったから。
 少女は漠然と探している。外の世界を捨ててまで幻想の住人になった理由と、この幻想を愛する理由を探していた。それらに特に意味が無いことを半ば知っていたけれど、年相応の少女なのだ。元からここに居る訳では無い生まれたばかりの少女なのだから。


「行ってきます」
 昼食を済ましてすぐに出かけた早苗の後姿を見送りながら、山の風が変わり始めているのに気付いた。もうすぐ秋が終わろうとしている。
「あの子最近よく出かけるけど何してるんだろうね」
「別に何もしてないよ、歩き回ってるだけみたい。天狗達がよく見かけるってさ」
「私達と一緒にいたくないとか?」
「あるかもね、私だって神奈子のこと嫌いだもん」
「なにさ」
 外にいた時はどちらかと言えば外出の少ない子だった、今は目的があるような無いような曖昧な目をして出かける早苗が良い方向に変わったのかどうか、神奈子には分からなかった。
「冗談もいいけどさ、飛んで回ればいいのにわざわざ歩いてるってのはなんか危うくないかい? 悩み多き年頃って感じで」
「実際悩んでるんじゃないの? まだ来たばっかりだし、結構強引に連れてこられてきたわけだしね。あんた恨まれてるよきっと」
「えーこっちの方が良いじゃない、あの子だって神様でもあるんだしさ。外じゃ信仰は薄いよ」
「人間でもあるからね、それにあっちでの親交はあったわけだし、どうこれ?」
「うーん」
 神奈子はこんな時早苗の人間の部分がお互いの溝になっていると感じている。けれど諏訪子にすれば分かってやって当然のことが理解できない、あるいは理解するのにあまりに時間のかかる彼女が歯痒くもあった。

「神奈子はさ、結構長い間一緒に神様やってるのに私からあんまり学んでないよね」
「そんなことないよ、経営だとか脅しつけ方は神譲りさ」
「そんなの神様やってりゃ当然だよ。そうじゃなくてもっとさ」
 神奈子にも根本の部分は分かっていた、けれどその周りの肉付けがどうしても神のものでしか無く、そんな自分を自覚するからこそ余計に早苗との距離を空けてしまうことがある。
「まあ神奈子はほんと人間臭いよ、私なんか割り切ってるからね。父親じゃないんだからさ」
「あんたはそれに近いもんがあるだろうに」
 諏訪子相手ならこんな神同士の会話ができる。現人神とはできないなんてことは無いと思うんだけど。そう考えながら空を見上げたら雲の流れがとても速く感じた。
 早苗に直接尋ねてみればいいのかもしれないが、諏訪子の冗談がやはり半分は自分でも気になっている。本当に人間の家庭のようだと馬鹿らしい気持になりながらまだ寝ている河童達を起こしに行った。
「本当に人間みたいだね、それこそいくらでもそんな家庭を覗いてきたじゃないの。なるようになるよ」
 諏訪子は半分彼女の深く長い経験から、半分は本当にくだらないことだと思ったのでそう言っておいた。彼女は我ながら神らしいと思った。


  赤を基調に複雑に染められた落ち葉を踏みながら、少しづつ山を下りていく、心なしかこの山の紅葉は外の山より一層赤色を強く表現しているようだ。今日は気になっていた川の辺りまで行くつもりだった。河童の話で山の中でも特に気持のいい場所だと聞いて、話半分だが行ってみることに決めたのだ。
(河童にとっての川だし快適で当然だろうけど、まあ一応)
 外での暮らしも基本的には山と触れていたので厳しさはあまり感じない。むしろこの山は生きていることをただそれだけで優しく受け入れてくれる、そんな風に感じている。それほど外の山と幻想郷の山は違う。
(気のせいかな、妖怪が住む特殊な山だから? 何でだろう、私の知ってる自然より神々しいというか人懐っこいというか)
 距離があるので今日は飛んでいくことにした。低く木々の間をすり抜けていく。
(あんな所に秋の神様たちがいる、でもちょっと寂しそうね。もう、風が変わったもんね)
 もうすぐ冬が来る、山はすぐに老けた顔つきになっていくだろう。落ち葉すら痛々しいほど燃えているのは紅葉の神が抵抗しているからだろうか。あちこちで妖精が遊んでいる、元々その存在は認知していたけれど、はっきり目に映るようになったのはこっちに来てからのことだった。
(あの子達も、自然そのものでさえ結構幻想なのね、田舎に住んでた私でさえそう感じていた……)
 大きめの妖精が木の枝を折って振り回すと、しがみついている葉がかさかさと悲鳴を上げる。早苗はその音すら美しいと思った。

 日が高く昇って、山は光り輝いている。水の流れる音が段々と近くなってきた。光はどんどん勢いを増していき、早苗は飛ぶのをやめて歩いていた。彼女の耳に伝わってくる音の中にまばらな会話が混じってくる。河童達だろうか、こちらにぎりぎりで聞こえるようなわざとらしい小声は天狗のものかもしれない。
「最近出来た神社急におとなしくなったけど、やっぱり巫女が話をつけたのかな」
「そりゃそうでしょ、巫女だもん」
 早苗はそれが霊夢のことだと分かるのに少し時間がかかった。そしてすぐに幻想郷での巫女は霊夢であり自分ではないのだと気づき、なんとなく虚しくなった。
「これからどうなるんだろね、上の方はうまいこと折り合いつけたみたいだけど私ら下っ端にゃ何が何だか」
 早苗は早くこの声を振り切りたかった。
「まあなるようになるでしょ、私らのためになんたら言ってるみたいだし。麓に一人、山の上にも巫女が一人、おもしろいじゃない」
(違う、私はあの人みたいになれない、あんな風に生きることができない。だって私は外を知ってるんだもん、この幻想郷でどう振る舞っていけばいいのか分からないんだもん。あんな能天気にやっていければそりゃいいでしょうけど)
「まあそうね。私たちゃ変わらず暮らしていければそれでいいけど」
 声が聞こえなくなっていく、水の匂いが肌を洗うように全身を撫でていく。
(そう、外で今までの様に普通に暮らしていければそれで良かったかも。幻想郷なんて知らないままだったらこんな気持ちにならないのに)
 結局は納得したふりをするのに疲れてしまっただけなのだ。けれど真面目でどうしても二人の神への愛情を捨てきれないから、彼女は感情の着地点を見つけられないでいる。

(気持ちいいなあ)
 河童一匹いない川は思ったよりもずっと良い場所だった。山の中でも一番美しいと思うほど、水も風も空も全てが彼女を愛していた。
(なんだか懐かしい。外でこんな風に思うこと無かったのに)
 そう感じるのは深く深く心に刻まれた、自然の大本を感じているからだった。幻想郷に残る、自然の息づきだった。それは二人の身近な神のことを連想させ、自然に愛されているようにあの二人にも愛されていることを思い出した。
(本当はそれだけで良いのかもしれない、あのお二人と楽しく生きていければ。でも……)

 もう日が暮れるというのに早苗が帰ってこないので、山の神は焦りだした。加奈子は面倒臭がる諏訪子を呼び出した。
「諏訪子、もう日が暮れるよ」
「そうだねえ、冷えるよこの暮れ方は」
「わかってるならあの子探しに行くとかはしないの?」
「そんなに心配なら自分が行けばいいじゃん」
 諏訪子は神奈子の心情を分かった上で突き放す。どうせすぐ解決することを知っているし面倒なのだ。
「あんた冷たいねえ」
「神はそういうところがあるものさ」
「あの子が遭難したらどうすんのさ、冷えるんだろ今夜」
「ちょっと早いけど冬眠すれば大丈夫だって、私達の巫女なんだから」
 神奈子は取り合ってくれないことに対してではなく、巫女という単語がでたことで言葉が詰まってしまった。

「あのさ」
「ん」
「早苗はやっぱり麓の巫女のこと気になってんのかね」
 諏訪子は今更そんなことを確認しなければいけないのかと驚いた。神奈子のこういうところにため息をつく自分も今更だと言わなければいけなかったが。
「当たり前でしょ? あの子はね、元々特別な人間だった。それが幻想郷っていう特別な所にきて、自分以外の特別な人間に出会った。今はそんな色々なことに理由をつけないといけないんだよ、人間だからね」
 神奈子は改めてこの相方に感心した。そしてやはり人間は面倒臭いものだなと思った。

 
 少女がぼんやりと川辺に腰かけている、神らしいい図太さと孤独を持ち合わせた彼女を見つけたのはいいけれど、どう声をかけようか迷った。
 諏訪子は、とにかく面倒くさかったのだ。変に人間臭い相方に頼み込まれてしぶしぶ探しにきたものの、こういうことは時間が解決してくれることを知っていた。というよりはそれが一番当人の為になることを分かっていた。純粋な神が人間の色濃い早苗に言えることがあまりにも少ないことを、知っていた。
「早苗ちゃん」
 けれど、少女の顔を見てしまうと何か言ってやりたくなる。人間に対してでは無い、この限定的な感情を母性としか表現できないことに彼女自身が戸惑ってしまっていた。
「諏訪子さま、どうしたんですか? 晩御飯が待ちきれなかったんですか?」
「晩御飯も、早苗もね。特に神奈子のやつがさ」
 早苗は笑みを浮かべながらも何となく次の言葉を切り出せないでいた。
「ねえ早苗、あなたが悩んでいること、抜け出せなくなっていること、わかるつもりだよ」
 少女はゆっくりと頷く。もう日の光は姿を消して、紅葉よりも複雑な夕日が二人を照らしている。
「早苗ちゃん、大好き」
 少女はまた頷いた。妖精達の騒ぎ声が遠くに聞こえてくる。
「ごめんね、私、これぐらいしか言ってあげられないや。神奈子なんかこれも満足に言えないもんね」
 少女は小さな、潤んだ声でうん、と返事を返す。
「ここでの暮らしは私にも読めないことばかりだろうけど、きっと楽しいよ。麓の巫女なんて気にしなくていい、あなたはあなたらしい巫女でいなさい」
「はい」
「でも」
「はい?」
「同じ人間同士だもんね、遊んでみるといいんじゃない? 妖怪退治を競ったりさ」
 早苗にすれば妖怪の信仰を受けている神が言うのがおかしかった。
「私、上手くやっていけるでしょうか?」
「なに言ってんの、おっかない神様が二人も味方してるんだよ、負けるわけないじゃない!」

 早苗は、不器用な二人の神を愛している。この自然を美しいと思うように、なんの理由も要らないことなのだ。彼女が幻想の中に息づくためにはもう少し時間がかかるだろう、けれど全身を包む風の中に確かに愛おしいものを感じていた。
読んでもらえて嬉しいです、ありがとうございました。
つつみ
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コメント



0.330簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
あったかい神様達だなあ。タイトルどおりでほっこりしました
2.10名前が無い程度の能力削除
答えを出さない雰囲気ものなんてつまんねえんだよな
本当は端から答えなんて用意してなくて、それっぽい感じが好きなだけなんだろ
そうやって短い話ばかり書いても何も面白くないよ、もうちょっと工夫してほしい
4.70非現実世界に棲む者削除
和やかな雰囲気が良かったです。
5.100名前が無い程度の能力削除
これ凄い。
こんな描写できない。早苗をよく書けてると思います。
6.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
7.100やくたみ削除
登場人物の気持ちがよく描かれていて、物語に入りめました。
おだやかな文体でありながらも早苗の感情のドラマチックな変化に、ほんわかさせていただきました。