夜は更け、さらには粉雪が舞っている。古明地こいしは地霊殿から、手紙を持ちながら出てきた。灯りの下で彼女は不思議そうな表情をしながら、自分の名前が書かれている封筒を開けてみた。どうやら、姉であるさとりの手紙のようである。こいしは、ゆっくりと目を通し始めた。
古明地 こいし様
今、あなたがこの手紙を読んでいるということは、一度地霊殿へ帰ってきたのだと思います。そろそろ地上は寒くなり始める頃です。私たちと一緒に地霊殿でずっと過ごしてほしいのはやまやまですが、今のあなたには無理でしょう。なるべく暖かい格好をして外出するようにしてください。
さて、この手紙を書いている目的はほかでもありません。私の妹であるあなたに、謝罪と感謝の意を述べたいからです。本当は直接述べた方がいいのでしょうが、あなたはいつもどこかへ行ってしまいますし、述べても聞いているのかわからないのです。そこで、あなたが読みたいときに何度でも読める手紙に記しておこうと思いました。それに加えて、手紙である理由はいくつかありますが、読み進めていけばわかるでしょう。
まずは謝らせてください。
辛い思いをさせて、本当にごめんなさい。
昔の私は交友関係に悩んでばかりで、何も見えていませんでした。いや、見えないふりをしていました。あなたの濡れた袖も、あなたの虚ろな左半分の顔も、あなたの心についていく傷も。辛いのはあなたも同じなのに。しまいには、あなたの存在も見て見ぬふりをしてしまいました。あのときの私は、あなたという希望から目を逸らして、絶望にまみれた演技がしたかったのでしょう。それから少しした後、あなたは第三の目を閉ざし、私は常に隣にあった存在をなくしてしまった。自業自得とはこのことなのでしょうね。
今も私は臆病で、あなたへのこの懺悔が届くことにすらおびえています。これを見て、今さらだと言うのかもしれない。そしてあなたは私に会おうとすらしなくなるかもしれない。それが恐ろしくてたまらないのです。しかし、そうなったとしたら仕方がないことだ、という覚悟も曖昧なままです。私はあなたが本当に離れる未来も予測しないまま、あなたを突き飛ばしてしまった。改めて、本当にごめんなさい。
そして、振り返ると、私たちは大変な道のりをたどってきましたね。先ほど書いたように、私はあなたの存在を見て見ぬふりをした。二人きりのあの時、あなたにとってそれがどんなに辛かったか。今私が想像しても、耐えられるものではありません。
それなのに、あなたは私に必死に笑いかけてきた。自分の負っている傷は見せようとはせずに。私にはそれが眩しすぎて、うらやましくて、疎ましかったのです。そして、救われていました。救われていたのに、その事実も見て見ぬふりをしていました。結局私はそれを続け、あなたはその後心の目を閉ざした。絶望に染まったのは、あなたでした。
とにかく、あなたの優しさに救われていたことに感謝を述べていませんでした。
あのときは、本当にありがとう。
話は変わり、この間、ふと思い出したことがあります。それはお互いが、まだ幼い頃に結んだ約束事です。自分が眠る前には、相手に「おやすみなさい」と声をかける。そうすれば、私たちはお互いの夢の中に現れ、そこで二人で幸せに暮らすことができるから、というものです。私は、あなたから「おやすみなさい」を聞いたことがなかったことも、併せて思い出しました。地霊殿ができて私は個室を持ち、あなたはどこかに消えてしまうようになりました。そして、いつしか私はその約束があったことすら忘れていたのです。
思い出したあと、私は数日の間実験をしてみました。幼い頃からの約束なら、あなたの無意識下に刻まれているのではないか、と。私はいつものように灯りを弱くしてベッドに入り、それから眠ったふりをしていました。しばらくすると、あなたが部屋に入ってきて、「おやすみなさい」という言葉を残して再び去っていきました。それから実験をした日は、毎日あなたが部屋に現れました。ここからは私の推測になるのですが、あなたは幼い頃から毎日、私が眠るのを待っていたのでしょう。地霊殿ができてからもあなたは無意識を操って部屋の前で、私が眠るのを待っていた。そうではないでしょうか。
このことを知って、それが無意識の習慣だとしても、泣きそうなほどうれしかったのです。本当にありがとう。そしてこの、あなたがほぼ確実に現れてくれるこの機会に、私の思いを話せないかと考えました。今あなたが読んでいるこの手紙が私の枕元に置いてあったものであるなら、ひとまずは成功です。直接話をしようとしない、臆病な私を許してください。
もう一度言わせてもらいます。本当に、今までありがとう。
最後に、おこがましいですがお願いがあります。もちろんそれを聞くか、聞かないかの判断はあなたにゆだねます。
そのお願いというのは、近いうちに地霊殿を訪れ、私の手を握ってほしいということです。私の両目でも第三の目でも見ることのできない、私の大切な妹・こいしの体温を、見えない心を、存在を、感じたいのです。あなたがここまで読んでくれているのなら、私はあなたと向き合うことができるはずです。
以上で、私の白状とわがままは終わりです。この手紙を書いていると、昔あなたが貸してくれた小説が思い浮かびます。常に隣にいたあなたがいなくなり、私はようやくあなたからの愛とあなたへの愛に気づきました。今さらかもしれませんが、その気持ちを明言して結びの言葉とします。
私は妹を、古明地こいしを心から愛しています。今度は夢の中ではなく、どんな形でも、現実世界で幸せになりましょう。
古明地 さとり
手紙を読み終わったこいしは、嬉しさと驚きが混ざり合って、舞い上がっていた。それは、姉が謝ったからでも感謝したからでもない。姉から愛されている。そのたった一つの事実が、夢の中にいるように幸せであったのだ。
しばらくしてこいしは落ち着き、なぜ姉は今このような手紙をしたためたのかを考えた。そして、一つの結論が出たのである。こいしは再び地霊殿の中に入り、さとりの部屋へと向かった。
さとりは眠っているようだった。こいしはしゃがんで、布団から出ている手を握り締め、姉に静かに語りかける。
「お手紙読んだよ。こちらこそ、ありがとう。あと、心配かけてごめんなさい。お姉ちゃんは私としばらく会えなくなること、どこかから聞いてたんだね。だから、お別れの決意にあのお手紙を私に書いたんだよね」
一呼吸置き、話を続ける。
「うん、きっとお姉ちゃんが聞いてる通りだよ。私は仏教の勉強をしっかりしたいの。勉強して、かわいそうな人や妖怪を助けてあげたい。どこからそう思えているのかわからないけど、強い思いだよ。だから命蓮寺から出られることは少なくなるし、お姉ちゃんにはしばらく会えなくなる」
さとりの寝顔は、心なしか少し悲しそうになった。
「それにしても、お姉ちゃんの本当に思ってることは、文字になってもすぐわかるよ。本当は、私にここにいてほしいんだね。だからその可能性を消さないために、お別れってことをはっきり書かなかったんだよね?」
静かに笑いながら、こいしは握っていた手を放した。その直後にさとりは寝返りを打ち、顔が隠れてしまった。今度は静かで真剣な口調で、こいしは話を続ける。
「とにかく、私の気持ちが伝わって本当によかった。私もお姉ちゃんのこと、すごく愛してる。でも、一緒には暮らせないの。それがもし、お姉ちゃんの幸せだとしても」
こいしはそう言うと立ち上がり、潤んだ目でさとりの方を見つめなおした。
「どんな形だとしても、この世界でお互い幸せになろう? それじゃあ、私はもう行くね。おやすみは、言わないから」
そう言って、部屋から出ようとした。その前に振り返ってもう一度さとりの方を見ると、その肩は何か大きなものを抑えているかのように震えていた。こいしは、帽子のつばで顔を覆いながら部屋を後にした。
外に出ると、粉雪は止んでいて、ただ静かな暗闇が空に広がっていた。
古明地 こいし様
今、あなたがこの手紙を読んでいるということは、一度地霊殿へ帰ってきたのだと思います。そろそろ地上は寒くなり始める頃です。私たちと一緒に地霊殿でずっと過ごしてほしいのはやまやまですが、今のあなたには無理でしょう。なるべく暖かい格好をして外出するようにしてください。
さて、この手紙を書いている目的はほかでもありません。私の妹であるあなたに、謝罪と感謝の意を述べたいからです。本当は直接述べた方がいいのでしょうが、あなたはいつもどこかへ行ってしまいますし、述べても聞いているのかわからないのです。そこで、あなたが読みたいときに何度でも読める手紙に記しておこうと思いました。それに加えて、手紙である理由はいくつかありますが、読み進めていけばわかるでしょう。
まずは謝らせてください。
辛い思いをさせて、本当にごめんなさい。
昔の私は交友関係に悩んでばかりで、何も見えていませんでした。いや、見えないふりをしていました。あなたの濡れた袖も、あなたの虚ろな左半分の顔も、あなたの心についていく傷も。辛いのはあなたも同じなのに。しまいには、あなたの存在も見て見ぬふりをしてしまいました。あのときの私は、あなたという希望から目を逸らして、絶望にまみれた演技がしたかったのでしょう。それから少しした後、あなたは第三の目を閉ざし、私は常に隣にあった存在をなくしてしまった。自業自得とはこのことなのでしょうね。
今も私は臆病で、あなたへのこの懺悔が届くことにすらおびえています。これを見て、今さらだと言うのかもしれない。そしてあなたは私に会おうとすらしなくなるかもしれない。それが恐ろしくてたまらないのです。しかし、そうなったとしたら仕方がないことだ、という覚悟も曖昧なままです。私はあなたが本当に離れる未来も予測しないまま、あなたを突き飛ばしてしまった。改めて、本当にごめんなさい。
そして、振り返ると、私たちは大変な道のりをたどってきましたね。先ほど書いたように、私はあなたの存在を見て見ぬふりをした。二人きりのあの時、あなたにとってそれがどんなに辛かったか。今私が想像しても、耐えられるものではありません。
それなのに、あなたは私に必死に笑いかけてきた。自分の負っている傷は見せようとはせずに。私にはそれが眩しすぎて、うらやましくて、疎ましかったのです。そして、救われていました。救われていたのに、その事実も見て見ぬふりをしていました。結局私はそれを続け、あなたはその後心の目を閉ざした。絶望に染まったのは、あなたでした。
とにかく、あなたの優しさに救われていたことに感謝を述べていませんでした。
あのときは、本当にありがとう。
話は変わり、この間、ふと思い出したことがあります。それはお互いが、まだ幼い頃に結んだ約束事です。自分が眠る前には、相手に「おやすみなさい」と声をかける。そうすれば、私たちはお互いの夢の中に現れ、そこで二人で幸せに暮らすことができるから、というものです。私は、あなたから「おやすみなさい」を聞いたことがなかったことも、併せて思い出しました。地霊殿ができて私は個室を持ち、あなたはどこかに消えてしまうようになりました。そして、いつしか私はその約束があったことすら忘れていたのです。
思い出したあと、私は数日の間実験をしてみました。幼い頃からの約束なら、あなたの無意識下に刻まれているのではないか、と。私はいつものように灯りを弱くしてベッドに入り、それから眠ったふりをしていました。しばらくすると、あなたが部屋に入ってきて、「おやすみなさい」という言葉を残して再び去っていきました。それから実験をした日は、毎日あなたが部屋に現れました。ここからは私の推測になるのですが、あなたは幼い頃から毎日、私が眠るのを待っていたのでしょう。地霊殿ができてからもあなたは無意識を操って部屋の前で、私が眠るのを待っていた。そうではないでしょうか。
このことを知って、それが無意識の習慣だとしても、泣きそうなほどうれしかったのです。本当にありがとう。そしてこの、あなたがほぼ確実に現れてくれるこの機会に、私の思いを話せないかと考えました。今あなたが読んでいるこの手紙が私の枕元に置いてあったものであるなら、ひとまずは成功です。直接話をしようとしない、臆病な私を許してください。
もう一度言わせてもらいます。本当に、今までありがとう。
最後に、おこがましいですがお願いがあります。もちろんそれを聞くか、聞かないかの判断はあなたにゆだねます。
そのお願いというのは、近いうちに地霊殿を訪れ、私の手を握ってほしいということです。私の両目でも第三の目でも見ることのできない、私の大切な妹・こいしの体温を、見えない心を、存在を、感じたいのです。あなたがここまで読んでくれているのなら、私はあなたと向き合うことができるはずです。
以上で、私の白状とわがままは終わりです。この手紙を書いていると、昔あなたが貸してくれた小説が思い浮かびます。常に隣にいたあなたがいなくなり、私はようやくあなたからの愛とあなたへの愛に気づきました。今さらかもしれませんが、その気持ちを明言して結びの言葉とします。
私は妹を、古明地こいしを心から愛しています。今度は夢の中ではなく、どんな形でも、現実世界で幸せになりましょう。
古明地 さとり
手紙を読み終わったこいしは、嬉しさと驚きが混ざり合って、舞い上がっていた。それは、姉が謝ったからでも感謝したからでもない。姉から愛されている。そのたった一つの事実が、夢の中にいるように幸せであったのだ。
しばらくしてこいしは落ち着き、なぜ姉は今このような手紙をしたためたのかを考えた。そして、一つの結論が出たのである。こいしは再び地霊殿の中に入り、さとりの部屋へと向かった。
さとりは眠っているようだった。こいしはしゃがんで、布団から出ている手を握り締め、姉に静かに語りかける。
「お手紙読んだよ。こちらこそ、ありがとう。あと、心配かけてごめんなさい。お姉ちゃんは私としばらく会えなくなること、どこかから聞いてたんだね。だから、お別れの決意にあのお手紙を私に書いたんだよね」
一呼吸置き、話を続ける。
「うん、きっとお姉ちゃんが聞いてる通りだよ。私は仏教の勉強をしっかりしたいの。勉強して、かわいそうな人や妖怪を助けてあげたい。どこからそう思えているのかわからないけど、強い思いだよ。だから命蓮寺から出られることは少なくなるし、お姉ちゃんにはしばらく会えなくなる」
さとりの寝顔は、心なしか少し悲しそうになった。
「それにしても、お姉ちゃんの本当に思ってることは、文字になってもすぐわかるよ。本当は、私にここにいてほしいんだね。だからその可能性を消さないために、お別れってことをはっきり書かなかったんだよね?」
静かに笑いながら、こいしは握っていた手を放した。その直後にさとりは寝返りを打ち、顔が隠れてしまった。今度は静かで真剣な口調で、こいしは話を続ける。
「とにかく、私の気持ちが伝わって本当によかった。私もお姉ちゃんのこと、すごく愛してる。でも、一緒には暮らせないの。それがもし、お姉ちゃんの幸せだとしても」
こいしはそう言うと立ち上がり、潤んだ目でさとりの方を見つめなおした。
「どんな形だとしても、この世界でお互い幸せになろう? それじゃあ、私はもう行くね。おやすみは、言わないから」
そう言って、部屋から出ようとした。その前に振り返ってもう一度さとりの方を見ると、その肩は何か大きなものを抑えているかのように震えていた。こいしは、帽子のつばで顔を覆いながら部屋を後にした。
外に出ると、粉雪は止んでいて、ただ静かな暗闇が空に広がっていた。
こういう少し思わせぶりなラストはいいなぁ
作品として綺麗にまとまっていて良かったのですが、それはそれとして、手紙の文章がさとりの遺書みたいで読んでて怖かったのですよ……。
さとりんが生きてて良かった。
妹離れできない姉。
ただお互いの想いは一緒。愛してる。