そろそろ冬の寒さが感じられる季節ともなると布団から出るのも億劫だ。今はただ、朝の静かなひと時を柔らかい布団の中にくるまって、温もりを感じていたい。それができることは小さな、けれど幸せなことだ。たとえ誰かが起こしに来たとしても、その幸せを邪魔することは許されないのだ。
「たーいしっ、セックスしよっ」
「起きぬけの一言目から何を言ってるんですか君は」
「やっぱり寝たふりだったんじゃないですか」
しかしさすがの豊聡耳神子も朝からこれにはびびった。思わず私を起こしに来ていた屠自古を寝たふりをしてスルーしていた布団から顔を出し、真顔でそう言ってしまう程度にはびびった。しまった、ひっかかった。
屠自古がこういった冗談を言うのは比較的珍しいなとまだぼんやりとした頭で考える。
寝ぼけ眼で声のした方を見ると、そこにはエプロン姿でおたまにフライパンを持った屠自古が、私の寝ているベッドの隣に立っていた。
私の耳には屠自古の全身から溢れる早く起きろという欲の声が届いており、少し怒っているのがわかる。
しかし未だ見慣れぬ西洋の衣装ではあるものの流石は私の屠自古。ふふ、可愛いな。
「あなたがなかなか起きないからです。とっとと起きてくださいよ太子様。布都が朝ごはん待ってますよ」
「あうあうあう……屠自古、もう少し……あと五分でいいからこの布団の柔らかさに浸らせておくれ」
「そうですかそうですか……ならば覚悟してくださいな」
そう言うと屠自古は貼り付けたような笑みで両の手に持ったおたまとフライパンを掲げた。
ちなみにこのとき屠自古はちゃっかり耳栓をしており、対して私はさっきまで寝ていた故に耳あてをまだしていない。
あっ、これ死んだ。
「奥義!死者の目覚め!」
耳をつんざくような強烈な金属音が仙界に鳴り響いた。
豊聡耳神子が永き眠りより目覚めてから二週間ほどが経とうとしている。
命蓮寺の連中が真上に寺を建立してくれやがったので、霊廟を捨てて新たに作った仙界に居を構えることになったが、聖徳王の生きていた頃とは変わってしまった時代について、私は少しずつその齟齬を埋めながら生を謳歌していた。
例えば今朝の布団だってあの頃にはあんなに気持ちのいいものではなかったし、今から向かう食堂でいつも食べているご飯だって、あんなに美味ではなかったのだ。
「……ちょっとは手加減してよ屠自古」
「いいえ、ああでもしないと太子様は起きません」
「危うく死者の目覚めで死に至るところだったんだけど」
「一回死んでるんですし、案外二回目もいけるんじゃないですか。それよりその寝ぐせなんとかならないんですか」
「これはこういうものです。放っておいてください」
ひとのへアスタイルに文句をつけないでほしい。これでもわりと気に入っているのだ。
そりゃあまあ寝起きが悪いのは認めるけども。秋も深まれば朝は冷える。それにこの時代の布団の魔力というのはそういった次元ではない。おふとんしゅごい。
「まったく……ただでさえ1400年も寝坊してるんだから」
「ん?何か言った?」
「……なんでもありませんよ」
突き刺さるような屠自古の欲の声が少しだけ、柔らかくなった気がした。
ねぼすけでごめんね、屠自古。
ずっと待っててくれたのは、知ってるから。
傍にいてくれたってわかってるから。
だから、きっと私は君が起こしてくれるのが好きなのかもしれない。
君の声で目が覚めて、その顔をみると安心するから、私は君を待っているのかもしれない。
「屠自古」
「なんですか」
「おはよう」
「……おはようございます」
面と向かっては言えないことだけれど。
三人で食事を取るにしてはやや広めの食堂に入ると、布都がおはようございます太子様、と元気な顔を見せてくれた。私もそれにおはようと返しながら席に着く。
朝食はこんがり焼けたパンと卵、ベーコン、そしてサラダにココアであった。
最近屠自古がハマっている洋食というやつだ。我が国の食べ物が塩味が強いのに比べて、こちらは油や香辛料で味付けされたものが多いが、私は結構気に入っている。
いただきます、と手を合わせてパンにかじり付いた。パン独特のもっちりした食感と甘みには、胡椒の効いたカリカリのベーコンがよく合う。酸味のあるドレッシングで味付けされたサラダを時々口に運びながら食べていると、気付けば皿の中身はすぐに無くなってしまっていた。
残っていたココアを飲み干して、ホッと息をつく。ホットだけに。
「このココアという飲み物はおいしいね。甘くて温まる。なんだか落ち着くよ」
「太子様はコーヒーはお気に召しませんか?」
「え、あの苦い汁?私にはちょっと……」
「我もあれはちょっと」
「おいしいんですけどねえ」
二対一でココア党がコーヒー党に勝利である。
とはいえ、屠自古もココアが嫌いなわけではなく、どっちも好きなだけなのだが。
今度は紅茶買ってきましょうか、と屠自古は嬉しそうに言い、布都が我は普通のお茶が一番じゃがのう、と笑う。
ぼんやりと、食卓を眺めていた。
布都が手に持ったカップにふうふうと息を吹きかけ、火傷した舌を出している。
屠自古は終わった食器を片づけて、洗い物を始めた。
今日も明日も、復活したばかりの私には予定なんてものはない。
生前為政に奔走していた私に比べると、今の私はあまりにも空っぽだ。
今の私に為すべきことなど何もない。ただそこには生きているという事実があるだけだ。
しかし布都や屠自古と三人でこうしていると、今飲んだココアのような、甘くて温かい気持ちになる私がいることに気付く。
なぜこんなにも満たされていると感じるのだろう。
それは身を裂かれる痛みのように鮮烈でもなければ、夢と野心に東奔西走するほどやりがいのあることでもないのだけど。
生きているっていうことは、もっと些細なことでもいいのだろうか。
布団の中でまどろんでいたり、美味しい朝食を食べたりして。
そこに愛する誰かがいて、愛してくれる誰かがいて、何の不安もなく隣合って歩いていければ。
「屠自古、布都。今日は何をしようか」
それもわるくないなと、そう思えた。
「たーいしっ、セックスしよっ」
「起きぬけの一言目から何を言ってるんですか君は」
「やっぱり寝たふりだったんじゃないですか」
しかしさすがの豊聡耳神子も朝からこれにはびびった。思わず私を起こしに来ていた屠自古を寝たふりをしてスルーしていた布団から顔を出し、真顔でそう言ってしまう程度にはびびった。しまった、ひっかかった。
屠自古がこういった冗談を言うのは比較的珍しいなとまだぼんやりとした頭で考える。
寝ぼけ眼で声のした方を見ると、そこにはエプロン姿でおたまにフライパンを持った屠自古が、私の寝ているベッドの隣に立っていた。
私の耳には屠自古の全身から溢れる早く起きろという欲の声が届いており、少し怒っているのがわかる。
しかし未だ見慣れぬ西洋の衣装ではあるものの流石は私の屠自古。ふふ、可愛いな。
「あなたがなかなか起きないからです。とっとと起きてくださいよ太子様。布都が朝ごはん待ってますよ」
「あうあうあう……屠自古、もう少し……あと五分でいいからこの布団の柔らかさに浸らせておくれ」
「そうですかそうですか……ならば覚悟してくださいな」
そう言うと屠自古は貼り付けたような笑みで両の手に持ったおたまとフライパンを掲げた。
ちなみにこのとき屠自古はちゃっかり耳栓をしており、対して私はさっきまで寝ていた故に耳あてをまだしていない。
あっ、これ死んだ。
「奥義!死者の目覚め!」
耳をつんざくような強烈な金属音が仙界に鳴り響いた。
豊聡耳神子が永き眠りより目覚めてから二週間ほどが経とうとしている。
命蓮寺の連中が真上に寺を建立してくれやがったので、霊廟を捨てて新たに作った仙界に居を構えることになったが、聖徳王の生きていた頃とは変わってしまった時代について、私は少しずつその齟齬を埋めながら生を謳歌していた。
例えば今朝の布団だってあの頃にはあんなに気持ちのいいものではなかったし、今から向かう食堂でいつも食べているご飯だって、あんなに美味ではなかったのだ。
「……ちょっとは手加減してよ屠自古」
「いいえ、ああでもしないと太子様は起きません」
「危うく死者の目覚めで死に至るところだったんだけど」
「一回死んでるんですし、案外二回目もいけるんじゃないですか。それよりその寝ぐせなんとかならないんですか」
「これはこういうものです。放っておいてください」
ひとのへアスタイルに文句をつけないでほしい。これでもわりと気に入っているのだ。
そりゃあまあ寝起きが悪いのは認めるけども。秋も深まれば朝は冷える。それにこの時代の布団の魔力というのはそういった次元ではない。おふとんしゅごい。
「まったく……ただでさえ1400年も寝坊してるんだから」
「ん?何か言った?」
「……なんでもありませんよ」
突き刺さるような屠自古の欲の声が少しだけ、柔らかくなった気がした。
ねぼすけでごめんね、屠自古。
ずっと待っててくれたのは、知ってるから。
傍にいてくれたってわかってるから。
だから、きっと私は君が起こしてくれるのが好きなのかもしれない。
君の声で目が覚めて、その顔をみると安心するから、私は君を待っているのかもしれない。
「屠自古」
「なんですか」
「おはよう」
「……おはようございます」
面と向かっては言えないことだけれど。
三人で食事を取るにしてはやや広めの食堂に入ると、布都がおはようございます太子様、と元気な顔を見せてくれた。私もそれにおはようと返しながら席に着く。
朝食はこんがり焼けたパンと卵、ベーコン、そしてサラダにココアであった。
最近屠自古がハマっている洋食というやつだ。我が国の食べ物が塩味が強いのに比べて、こちらは油や香辛料で味付けされたものが多いが、私は結構気に入っている。
いただきます、と手を合わせてパンにかじり付いた。パン独特のもっちりした食感と甘みには、胡椒の効いたカリカリのベーコンがよく合う。酸味のあるドレッシングで味付けされたサラダを時々口に運びながら食べていると、気付けば皿の中身はすぐに無くなってしまっていた。
残っていたココアを飲み干して、ホッと息をつく。ホットだけに。
「このココアという飲み物はおいしいね。甘くて温まる。なんだか落ち着くよ」
「太子様はコーヒーはお気に召しませんか?」
「え、あの苦い汁?私にはちょっと……」
「我もあれはちょっと」
「おいしいんですけどねえ」
二対一でココア党がコーヒー党に勝利である。
とはいえ、屠自古もココアが嫌いなわけではなく、どっちも好きなだけなのだが。
今度は紅茶買ってきましょうか、と屠自古は嬉しそうに言い、布都が我は普通のお茶が一番じゃがのう、と笑う。
ぼんやりと、食卓を眺めていた。
布都が手に持ったカップにふうふうと息を吹きかけ、火傷した舌を出している。
屠自古は終わった食器を片づけて、洗い物を始めた。
今日も明日も、復活したばかりの私には予定なんてものはない。
生前為政に奔走していた私に比べると、今の私はあまりにも空っぽだ。
今の私に為すべきことなど何もない。ただそこには生きているという事実があるだけだ。
しかし布都や屠自古と三人でこうしていると、今飲んだココアのような、甘くて温かい気持ちになる私がいることに気付く。
なぜこんなにも満たされていると感じるのだろう。
それは身を裂かれる痛みのように鮮烈でもなければ、夢と野心に東奔西走するほどやりがいのあることでもないのだけど。
生きているっていうことは、もっと些細なことでもいいのだろうか。
布団の中でまどろんでいたり、美味しい朝食を食べたりして。
そこに愛する誰かがいて、愛してくれる誰かがいて、何の不安もなく隣合って歩いていければ。
「屠自古、布都。今日は何をしようか」
それもわるくないなと、そう思えた。
家庭的で牧歌的な空気が良いと思います。
復活したばかりでまだ意識が男性寄りなだけですよね、きっと。
ところで官これって何?
ふとちゃんも可愛くてよかった。
そして後書きwwwww
毎朝起こされたいです