Coolier - 新生・東方創想話

【ドラゴンライダー】 第8話

2013/11/11 03:33:40
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「あー、はい。説得失敗しました。すいませんすいません。あはははは」

 戻ってきたアヤは、朝焼けの森をバックに、暢気に笑っていた。

「ありすさんにマリサちゃん、行っちゃいました。うーん。死ななきゃいいんですがね。“勇者”にちょっかい出したりして」
「結局ダメだったんですねえ。あは。ご主人様、交渉人の仕事辞めた方が良いんじゃないですか?今のご主人様って、すっごいやくたたずぐええええ」
「お前はいつからそんなにえらそーな口きけるようになったのかしらァん?」
「いたいいたいいたい」

 朝の森。目の前で漫才をやっている2人。私はそれをぼんやりと眺めるだけだった。
 500年、この夢の世界に囚われているという早苗の恐ろしい告白。そして、私からその一部始終を聞いた美鈴が放った台詞が、頭の中でぐるぐると回っていたから。

――――それはほんとうに早苗さんですか?

 私の話を聞いた美鈴は、そう言った。

――――私は、少しおかしいと思いますよ。だって、早苗さんがどうやったら私達のような状況になるって言うんです?紅魔館まで来て、あの本を読んで、魔法に掛けられるんですか?そんなこと、ありえないじゃないですか。
――――言動もおかしいです。500年ぶりだっていうのに、最初に会った時驚きもしませんでしたよね。山の尾根の上で私達のケンカを止めたときです。あの時なんも言わなかったじゃないですか。そこまで、気が狂うほどの状況なのに、見知った顔を見て何の反応も示さなかったじゃないですか。それに、満月の晩は、物語の登場人物役から解放されるっていうんでしょ。そしたら、あの時早苗さんは、“本物の”早苗さんだったわけです。なおさらですよ。
――――早苗さんが最初は“そう”思わなかったから?私達だと思わなかったから?まあ、そういうのもあるかもしれませんが。
 はっきり言って、私は“咲夜さんの知り合いの早苗さんの振りをした本の登場人物”だと思います。どうも、この本は私達の記憶を使ってるじゃないですか。ユウカさんに、れみりあちゃん、ハタテさんとか。布都さんも。みんなこの本の登場人物ですよね。おまけに、あの本の魔法に“掛けられるとも思えない”人たちばっかりです。満月の日に役から解放されるなら、もし、ハタテさんが本物だったとして、昨日何か言ってきましたか?れみりあちゃんが、お嬢様みたいなこと言ってきましたか?アリスさんと魔理沙さんが我に返っていましたか?あの早苗さんは、この本の登場人物です。私はそう思います――――

 昨日、泣きじゃくる私を抱きかかえるようにとぐろを巻いた美鈴は、優しい声で私にそう諭した。その話をされたとき、私は少しだけ気持ちが楽になったような気がしたのだけれども、朝になり、そのセリフを頭の中で反復しているうちに、私の頭の中にはある思いが湧きあがってきていた。
 ‥‥そう、思いたくはない。だけど、あのように美鈴が言うからには、そう“思えてしまう”場合だってあるということ。
 
『あーあー。なんだか殺伐としてますけど。サナエちゃんはなんだか楽しそうなんですよね。うわあ。変な子』

 美鈴ののんびりとした声が聞こえる。
 私の心に浮かんだ思い。‥‥疑念と言ってもいいだろう。それは、もう無視できない位濃い霧となって、私の心にベールを掛ける。

『咲夜さん。まだ、昨日の事、気にしてます?』
「‥‥」
『大丈夫ですよ。気にしちゃダメです。私達は私達で、この本を終わらせるんですから。早く起きなきゃ門の前だって空っぽです。メイド長も居なくちゃ、紅魔館回りませんからね』

 普段寝てたり庭いじりしてばっかりじゃないの、という一言さえも、その疑念のせいで口に出すことができなくて。

「‥‥」

 疑念。
 それはすなわち、美鈴も、“私の知ってる美鈴の振りをした登場人物ではないか”ということ。
 隣にいる彼女も、私に差し向けられた、私の記憶を勝手に使った、本からの“筋書き”ではないかということを。

「さて、とりあえずケンカできそうなドラゴンライダー候補も見つけたし、お互い死ぬ前に止められたし、今日のところはお暇しましょうか。またいずれ、ゆっくりお話しさせてもらいに行きますので、そのときは――――」

 サナエの首輪を引っ張りながら、何事かアヤが話しかけて来たが、私はただぼんやりと聞き流すだけだった。
 





*****************





「お姉様!無事でしたか!」

 村はずれの草むらの中で。ようやく村に戻った私をまず出迎えたのは、憔悴しきったハタテの抱擁だった。ぐりぐりと頭を押し付けてくる彼女。れみりあも遅れながら同じように抱き付いてくる。二人の顔に浮かぶのは強い疲労の色。一晩戻らなかった私達をずっと心配して。そう、ハタテが胸元から涙声を漏らす。

「お、お姉様、メイリンちゃんは?あの飛竜たちはどうしました?倒したんですか!?」
「‥‥メイリンは村の外。森で待ってる。飛竜は、逃げた」
「!」

 ハタテが顔を上げる。驚きと恐れが混じった、硬い表情だった。

「じゃあ、あいつら、また‥‥!」
「心配いらない。こっちにはメイリンがいるわ。それに、もうあいつらは私を襲わない」
「え?」
「首都の役人が来たの。アヤ、って言ってた。白蛇を連れた。彼女達が、私たちの戦いを止めたの」
「白蛇っ!?」
「ひゃっ?」

 私のセリフに、ハタテがまた驚く。やっぱりハタテは彼女達のことを知っていた。れみりあは大声を上げたハタテに驚いていた。

「役人のアヤに、白蛇っ!?お、お姉様!?大丈夫ですか!?呪い掛けられてませんか!?お城お抱えの、人喰いサーペント使いの死神ドラゴンライダーですよ!?そ、そいつが来てたって!」

 あの二人はそう言う方向で有名らしい。彼女のあの黒い服と、サナエの組み合わせなら、そう呼ばれてもおかしくないのだろう。ますます青ざめるハタテに向かい、私は笑って見せる。ハタテの狼の耳が、ぴくりと動く。「本当ですか?呪われてませんか?」と聞く彼女の頭を撫でる。‥‥ある意味、私は呪われたわけだけど。早苗と、美鈴の言葉によって。
 呪いを振り払うために、私は明るく笑い返す。

「あは、死神って。大丈夫、別に、呪いなんか掛けられてないし。こうやって生きてるじゃない。ね」
「ほ、ほんとうですか?呪い掛けられてないんですね?で、でも、来てたってことはまだこの近くに‥‥」
「大丈夫。一応、帰っていったわ。また話したいことがあるからいずれとか言っていたかしらね」
「ええええええ‥‥」

 露骨に嫌そうな顔をするハタテ。夢の外じゃ、二人は結構仲が良かったように思うのだけど、ここじゃ別らしい。幽香が人狼やってるようなストーリーにあれこれ言っても仕方ないが。れみりあは横できょとんとしていた。まだ話にはついて行けないのか。お嬢様にそっくりな彼女だけど、か弱い女の子然とした見た目とふるまいのせいで、ちっともお嬢様のように思えない。別にいいけど。私の主人はこの子じゃないんだから。

「と、とにかく、早く村に帰りましょう。荷物はさっき取ってきました。塩と香辛料も少しなら買えたし」
「よく、宿に入れたわね」

 昨日の晩の騒動で、私達は散々人目を集めたのだ。私達が怯える村人たちに攻撃されないか、心配ではあったのだけれども。

「私はあの時、草木被って擬装してましたからね。私の面は割れてません。おねーさまだって、一番騒いでた時は狼姿だったし、その前のケンカだってあの暗闇の中ですよ。見られてないはずです」
「そうかしら。思いっきりメイリンに乗って村の上飛んだんだけど」
「あ」
「み、みつけた‥‥」
「!」

 突然聞こえた声に、私たちはいっせいに振り向く。草むらの向こうに、声の主が居た。あちこちほつれた、白いポニーテール。少しすすで汚れた、地味な服。でっかいザック。

「はは、っははは、ご、ご無事の様で何より‥‥」

 布都‥‥あの八百屋の娘が、草むらの向こうから私達を覗いていた。

「ウオオッ!」
「ひ!?」

 一瞬のうちにハタテが飛び掛かる。草むらを飛び越えて彼女の襟首をつかむと、ザックをもぎ取り、彼女だけこちらに向かって投げ飛ばす。ハタテからそれを受け取った私は、地面にうつ伏せに引き倒すと両手を固め、首元にナイフを当てる。昨日のように騒がれたら、また面倒だから。

「ぐえっ!」
「騒ぐな」

 力を込める左手に伝わる彼女の熱い体温。冷たい朝露に触れる足首。獲物の匂いと感触に、狼の耳が震えてる。本に植えつけられた人狼の本能に、今は抵抗する気はなかった。彼女の耳元に顔を寄せ、低い声で問いかける。

「私達に気づかれずにここまで来たのは褒めてあげる。何の用?騒がずに答えなさい」
「ひ、ああ‥‥」
「姉さま。聞く必要ない。そいつさっさと殺しちゃいましょう。騒ぐなと言っても無駄ですよ、きっと。また昨日みたいなことになりますよ」
「ハタテ姉さま、こいつ、殺すの?」
「そうだね」

 ハタテが戻ってくる。れみりあは真っ白い狼の耳と尻尾を逆立てて、娘のにおいを嗅いでいる。私は彼女達に待つ様に言うと、怯える娘の首筋を軽くナイフで撫でる。しょり、と産毛が切れる感覚。娘が小さく震えた。

「ひっ」
「話しなさい。さもなくばここで今すぐ捌くわよ」
「い、いやああ、ま、まって、わたし、わたし‥‥」

 彼女は潰れた声で悲鳴を上げ、はらはらと涙をこぼす。

「わたしがどうしたのよ」
「わ、わたしを食べるのだろう?人狼様の贄なのだろ、わたし‥‥だからぁ‥‥」
「あ?」
「む、村を守ってくれた狼様に、せめて、せめて‥‥」
「‥‥まさか、お礼のつもりなの?」
「し、しきたりだから‥‥恩義のある狼様に牙を掛けられた者は、素直にその体を差し出せって、お父様に言われてきたんだ。なあ、あの龍に乗ってた狼様、お姉さんなんだろ?あの飛竜を追っ払ってくれたの、お姉さんたちなんだろ?私を鍋にするって言ったよな?なあ?」
「‥‥」

 バカがいる。大ばか者がいる!
 飛竜から逃げ惑う最中、確かにあのときそういったけど、それを真に受けて自分から鍋になりに来たとかいうの?この村娘は。おまけに、そんな殺伐としたしきたりとか、なんなの、この村の連中は!

「贄って‥‥連れて帰るしかないかぁ」
「連れてくの?」

 ぽつりとつぶやかれたハタテのセリフに思わず問い返す。彼女は頬をポリポリ書きながら、じっとりと娘を睨め付ける。

「村に戻すっても、もうこいつは帰れないですよ。村の連中から私達に差し出された贄なんですから。こっちも贄だってんならおろそかにできないです。あそこの人狼は贄を粗末にするただのケダモノとか言われたら、村の信用にもかかわりますよ。最悪、危険な奴らだって退治しに人間が攻めてくるし」

 騒がれる前にさっさと殺すとか言っていた人物と同一とは思えないようなことを言うハタテ。腰に手を当てて、はふん、とため息を吐いた。私はぐずぐず泣き始めた娘の背中から、足をのける。「ああ」とほっとしたようなうめき声が聞こえた。短剣を鞘に納める。ハタテはじっと、泣く娘を睨み付けていた。これから村に帰るってのに、めんどくさそうな荷物が増えたのだ。怒っているのかもしれない。

「‥‥私が鍋にするとか言っちゃったせい?ごめん」
「へ?」
「いや、荷物が増えたし」

 私の言葉を聞いたハタテはしばらくぽかんとしていたが、「いやいやいや!」と言って笑った。

「何気にしてるんですか。むしろいい獲物ですよ。いやあ、おいしそうな女の子じゃないですか。普段堂々と人間なんか攫えないし、戦いで倒せる人間は男ばっかり。女の子なんてめったに食べらんないですもん。脂ぎったオヤジは、私あんまり好きじゃないしー」
「うう、うううう」

 二ヘラと笑って、ハタテが舌なめずりをする。なんだ。睨んでいたわけではなくてただ単に美味しそうな肉として見ていただけか。彼女にとっては帰りがけに美味しそうな猪でも獲った様な感覚なんだろう。‥‥本当に肉好きなんだなぁ、人狼。娘は娘で、改めて自分が獲物と言われ、今度は震え出していた。これから殺して食べると言われて怖くない方がおかしいけど。

「あ、でもこないだの黒ずくめは女の子いっぱいいたからなぁ。“お鍋”、久しぶりに美味しかったんだよねぇ」
「ひいいいい‥‥」
「‥‥お前、名前は」
「ひゃあ」

 そういえば彼女の名前を知らないことに気が付き、彼女の耳をつまみあげて聞く。だいたい予想はつくけれども。

「ふ、フト‥‥フトですぅ」

 ‥‥わかりやすくてよろしい。

「おねえちゃん、こいつ、お肉なの?」

 振りかえれば、れみりあがフトを凝視していた。こいつが獲物だということが解ったようで、尻尾を振って無邪気に笑っている。なりは小さくても狼だなぁ、この子も。

「ねえ、お肉なの?」
「ひいい」
「そのうちね。そのうちお肉になるわよ」
「わあ!」

 嬉しそうにれみりあが笑う。明るい殺伐とした可愛さとでも言えばいいんだろうか。にっこり笑って牙を剥く人食い幼女。私はその姿に、ようやく彼女とお嬢様がダブって見れたような気がした。
 
「い、いやああ‥‥こわいよう‥‥お母さん‥‥」
「あきらめなって。大丈夫、美味しく食べてあげるからさ」

 フトはフトで相変わらずさめざめと泣いていた。その頭を撫でてやっぱり明るく殺伐と慰めるハタテ。こっちはこっちで、天狗らしい匂いがする。狼の耳と尻尾付だけど。にわかに現れた幻想郷の匂いに、私は少し安堵した。
 大丈夫。そう、これは夢なんだ。私は、彼女達と同じ世界にいるんだから。私も、早苗も。醒めない夢は無いのだから。
 
「‥‥」
 
 そう、幾度も思いながら、早苗は500年、過ごしたのだろうか。










************************






 ぬかるんだ道を歩くのは、寒いこの季節には当たり前のことである。
 それでも、暖かい季節ならば少しの時間で行けるところをそれなりの手間と時間をかけて泥をよけていくのはやっぱり面倒くさい。
 これは風物詩と呼ぶべきか、それともこれも時代と共に変わるものだろうかと思案しながら、阿礼の子九代目の娘、稗田の阿求はみぞれまみれの道を歩いていた。
 目的地は里の中。鈴奈庵。小鈴という娘の営む飛び切り変な本屋である。
 
「ごめんくださいな」

 暖簾をくぐり、薄暗くかび臭い暗闇に向かって口を開く。返事はない。けれどもゆらゆらと揺れる蝋燭による影が、奥に主がいることを教えてくれた。

「小鈴ー?」

 夜の切り通しのような本棚の間を阿求は歩いて行く。知り合いの店でなければ不気味すぎて歩きたくない路である。
 一つの角を折れた先、果たしてこの店の主人は、机に覆いかぶさるようにして黙々と本を読んでいた。

「‥‥」

 現れた客に対し、店主は何の反応も示さない。仮にも店の体を成すならば店主として、けして的確とは言えない態度である。その有様に阿求はしばし黙り込む。尋ねた友人は、ため息を吐く阿求に気が付くこともなくただひたすらに本を覗き込んでいた。

「お邪魔するわよ」

 一応の礼儀として声はかける。机の傍らに放り出されていた椅子を引き寄せ、阿求はそれに腰かけた。
 わりかし大きめの声であいさつをしたはずなのだが、相手は反応もせず本を読み続けていた。

「‥‥」

 本来の用事をさっさと済ませたいところではあるが、店主が本に囚われていてはどうしようもなく。阿求は相手が気付くまで待ってみることにする。視線の先では、丸メガネをかけた友人が相変わらず一心不乱に本を読みふけっている。
 その手元を少し覗き込んでみる。文字は読めなかった。少なくとも日本語ではない。文字も見たことが無い。妖魔本か。パキパキと音をたて、文字が物理的に浮かび上がってはかすかな燐光を放っている。どんな本でも読める彼女の能力。彼女が最近そんな能力に目覚めたとは聞いている。便利そうな能力だとは思う。しかしそれを使うさまを見ていると不気味である。暗闇で本から文字を浮かび上がらせて眼鏡を光らせる少女。ホラーか何かの冗談でしかない。幻想郷では常識には囚われてはいけないらしいが、最低限のホラーのセオリーは保持させてほしいと阿求は心中で風祝に意見するのである。
 さて、閑話休題。とりあえずは目の前の彼女である。面白そうな本を読みこむ気持ちは分かるが、こうも友人と自負している自分を無視され続けるのはさすがに不満だ。
 で、あるからして。

「わーっ!」
「ふぎゃっ!?」

 耳元で叫んでやる。これにはさすがに気が付いたようで、小鈴は飛び上がって椅子を鳴らした。

「こんにちは」
「お、お、お、おっどろかさないでよっ!なにしてんの!」

 それはこっちのセリフ。その旨をずばりと伝え、阿求は文机を指先でコツコツ叩いた。

「お友達が来たって言うのに、挨拶も聞いてくれないで本読んでるものだから。ちょっと大きな声出させてもらったわ」
「こ、鼓膜破れるかと思ったわよ!あー、やっぱりあんた、性格わるいのね」
「なにを仰いますやら」
「妖精に仕返しするだのうっぷん晴らすだのなんの書いてるコに言われましても」
「あれは正直な意見を書いたまでですので」
「恣意的な面五割と」
「批評として有難く受け取りますわ」

 ニヤニヤと笑いながらショールを脱ぐ阿求。小鈴は眼鏡を直すと、やれやれとため息を吐いた。

「それで、今日は何の御用で」
「あら不機嫌な声」

 ぶっきらぼうに小鈴は口を開く。阿求は手を合わせるとにっこりとほほ笑んだ。

「いえね、お久しぶりでありまして、珍しい本が入っていないかなと思いましてね」
「珍しい本、妖魔本とか?」
「ええ」

 言って阿求は机の本を指さす。ふわりと座った椅子からびしりとそれを指さして。有無を言わせない態度だった。小鈴は一瞬阿求の指先とその先の本を見比べ、必死に首を振った。とりあえず売る気はないらしい。

「だめだめだめだめ!これは今日私が仕入れたのよ。まだ読み終わってない。借りるならもう少し後にしてくれる?」
「あらあら、今日でしたか。それは残念」

 広げていた本は、いつの間にか小鈴が覆いかぶさってガードしていた。そこまでしなくても。そう思ったが口には出さぬ。代わりに妖魔本を覗きこんでみる。分厚い装丁がなされた、まるで凶器の様な本だった。
 覗き込む阿求の真剣な視線に何ぞ思うところがあったのか、小鈴は背中を丸めて威嚇し始めた。

「ふーっ」
「ああ、よしよし。盗らない盗らない。おちついておちついて。カリカリ食べる?外来の逸品。うちの子達も大好きで」
「人を猫扱いするな!」

 ニヤニヤと笑って懐から紙袋を出しかける阿求に呻る小鈴。叫んだ拍子にちりちりと頭の鈴が鳴る。丸めがねと相まって、阿求の目には、友人の姿はまるで目を見開いて威嚇する茶トラのようにしか見えぬのだ。
 猫ならカリカリか猫じゃらしでいかようにでも懐柔できるが、とりあえず目の前の茶トラは人間であるので、阿求は言葉でなだめてみることにする。

「随分ご執心じゃない。どんな本なの?それ」
「んー」

 小鈴は開いた本のページを眺め、眼鏡を取る。ぐい、と目頭を押さえた後の表情は、さっきの不機嫌そうなモノとはがらりと変わり、わくわくとした興奮したものだった。

「あのね、おとぎ話なの。これ。どこか別の世界、んー、外来本に出てくるような外の世界の話でもなさそうだし、どちらかというと外来本によく書かれてるような、“ふぁんたじー”的な、世界のお話ね」
「幻想郷で“幻想”を読むんですか。あまりありがたくないような」
「いいじゃない、知らない世界のお話は興味深いわよ。いやあ、なかなか泥臭い冒険譚。ちょっと小さい子にはキツイとこあるかな」
「へえ」
「人食いの狼の女の子が主人公なの」
「あら、人狼?」
「そうね」

 小鈴は覗き込んできた阿求に見せるように、ページをぱらぱらめくる。文字は相変わらずまったく読めない。

「妖魔本なんだけどね。どこで書かれたのかも、誰が書いたのか分かんないの。天狗の文字とも違うし、魔界文字ともちょっと違う感じ」
「正体不明‥‥」
「うん。あ、ここここ。絵なら文字読めなくても関係ないからね」
「ふむ?」

 阿求が指差したのは挿絵のページだった。ペンだけで書かれた、スケッチの様な、けれども絵画的な装飾のついた、細かい陰影つきの挿絵。そこには、森の中で剣を握る人物が描かれていた。踊るざんばら髪。動きやすそうな服。周りに飛び散っている液体は血しぶきの表現か。一見男のようにも見えるが、胸のあたりの影がこの人物が女であることを示している。そして、頭の天辺には、髪から突き出た一対の獣の耳が生えていた。

「狼?」
「うん、この子が主人公。強いんだ。ぴょんぴょんはねて敵の喉笛噛み切ったり、ナイフ一本で並み居る敵をばったばったとなぎ倒して、光を吐くドラゴンに乗って空飛んだりね」
「へえ‥‥」

 楽しそうに言う小鈴の声を聴きながら、阿求はその挿絵の少女を見つめる。絵の中では丁度、人狼の少女が敵を切り伏せたところだった。背景の空にはドラゴンが飛んでいる。これが小鈴の言っていたドラゴンか。
 凛々しい少女と画面いっぱいに血しぶきが舞う挿絵を眺めていた阿求は、その絵に何となく違和感を覚えた。‥‥なぜだか、既視感がある。

「似てるでしょ」
「え」

 阿求の怪訝な表情を読んだか、小鈴がニヤニヤ笑いながらこちらを見ていた。しばらくぽかんとしていた阿求だが、その既視感の理由が小鈴が言った通りの理由によるものであることに気が付いて、「ええ」とつぶやいた。
 その人物の面影は、どこかで見たことがあるものだった。

「この本の登場人物の名前はね、まあ、そのままここの言葉で発音したら意味不明。カルァナ・ダとか、ギギァとか。発音できないのもあるわ」
「え?」

 突然別の話をし始めた小鈴に、阿求は間の抜けた返事を返す。小鈴はニコニコ笑いながら言葉を続けた。

「でもね、“意味”としてなら、読めるの。“夏に生まれた風を読む狼”とか、“千里の果たてを穿つ目”とか。そこらへん、コッチの名づけ方と同じよね。私は“小さな鈴”でしょ。小鈴」
「‥‥この子は?」
「“満月の次の夜に生まれた銀の狼”」
「ふーん‥‥十六夜の晩?‥‥って!?」
「むふふ」

 自分のヒントでその既視感の正体に気が付いた阿求を見て、小鈴はわが意を得たりと鼻を膨らませて笑った。阿求は目を丸くして「ふうん」とつぶやくと、本から離れてイスに再び腰かけた。

「これは、結構な偶然だわね」
「でしょ?紅魔館のメイド長さんのそっくりさんなんだから」

 この子ナイフも使うしねー、とぱらぱら別のページをめくる小鈴をよそに、阿求は天井を見上げて頬を撫でていた。

「‥‥」

 頭に浮かぶのは、かつて自分がまとめた本の一節。幻想郷縁起、第九版。

 ――――“ 彼女はもともと外の世界か別の世界の”吸血鬼ハンター――――

「異世界人‥‥」

 頭に浮かんだ突拍子もないその想像に、阿求は一瞬思いを馳せ、首を振った。

「うーん」
「ん?」

 虚空を見上げて固まる友人に、小鈴は顔を上げる。

「‥‥まさか、まさか」
「どうしたの?」
「いえ、なにも。ねえ、その本、私にも読み聞かせてくれない?どうせ借りても読めないんだし、貴女に読んでもらわなきゃ読めないわ」

 阿求のリクエストに、小鈴の額に一瞬しわがよった。途中まで読んでる本を改めて最初から読み聞かせてくれというお願いだ。不愉快であろうことは阿求も百も承知である。

「うええ‥‥じゃあ、そうしましょうか」
「え、いいの?」

 しばしの沈黙に、拒否の返答を想像した阿求だったが、返ってきたのは真逆の答えだった。

「ここまでの荒筋だけかいつまんでも面白くないでしょ?」
「そりゃ、まあ、そうだけど。やけに親切ね」
「ま、今ならまだ半分にも行ってないし、読み切ってから全部もう一度読み聞かせるよりはまだ今の方が手間かからないから」

 やれやれと微笑む小鈴に、阿求はニコリと笑って礼を述べる。

「合理的な判断感謝いたします」
「ここで断ったら、私が読み終わるまでまだかまだか煩いだろうしねー」
「お礼はちゃんとしますわ。これで」
「だから、ヒトを猫扱いするなっての」

 おもむろに懐からさっきのカリカリを取り出そうとした友人を睨み、小鈴は隣にイスを持ってくるように促す。挿絵も一緒に見せてくれるようだ。阿求はありがたくそれに従う。
 小鈴は眼鏡を取り出すとかチャリとそれを掛け、本の上に手をかざす。準備はOKだ。

「じゃ、行きますよお。長いからね。今日はあんまり進まないと思うよ」
「結構ですよ」

 友人のかざす手の下で青く光り始める文字を見つめながら、長丁場の予感に阿求はイスに改めて深く座りなおした。
 


*****************



「あー、咲夜さん、まだ飛んじゃダメですかね。もういい加減地面這って飛ぶの疲れて来たんですけど」
「‥‥」
「咲夜さん?」
「あ、何?」
「つかれました」

 ぼんやりと考え事をしていた私は、龍の声に意識を引き戻された。私の間の抜けた返事に、赤いたてがみが不満げにざわりとうごめく。
 あの後、私達は人目に付かぬよう、森の中を隠れながら村から離れることにした。日中、村の近くからいきなり美鈴に乗って離陸すると村人たちに見られるから。私とハタテはせっかく村人たちに狼だとばれていないのだ。今後もあの村に行くことはあるだろう。早く帰りたいところではあるが、わざわざ面倒事を増やす必要もない。村の関係者で私達が狼だと知っているのはフトだけなので、彼女を一生村に返さなければそれで私達の秘密は守れる。村に来る前に会った猟師のおじさんみたいに何となく私達の事を見ぬいている人だっていると思うんだけど。フトにとっては酷な話かもしれないが、彼女は私達に捧げられた生贄である。出合頭に殺されなかっただけまだいい扱いをされていると思ってもらいたい。
 とにかく人目に付かないように村から去ることになった私達。街道からも外れ道なき森に隠れて村を出発し、十分離れたところで夜を待ち、美鈴に乗って村に帰る。それが私とハタテの出した逃避行の案だった。とくに大きな美鈴の龍の体を隠しつつ村から離れるのにはこれしか方法が無かった。
 
「おねえさま。メイリンちゃんは何て言ってるんです?」
「疲れたって。だいぶ進んだし、休まない?ここらで夜を待つのはどう?」

 後ろから覗きこんできたハタテに尋ね返す。ハタテはふむ、と宙を見上げて一瞬考え、「そうですねえ」とつぶやいた。辺りはちょうど森の木々がひときわ高く生い茂っているところであり、下生えは少ない。まるで木々が天然のドームのようになっている場所だった。時間もだいぶたっている。もう太陽は空の天辺に差し掛かろうかという辺りまで来ていた。昼前だ。来た道から外れて進んでいるので正確な距離は分からないが、半日かけてきたところをその半分くらいまで戻ったあたりだろうか。ずっと美鈴に乗っていたので、私もそろそろ休みたいところだった。

「ここ、ちょうどよく開けてるし、ここで一旦休みましょう。人の匂いもしないし」
「ですね。そうしましょうか」

 ハタテが頷く。私は美鈴にここで休憩することを告げた。美鈴は嬉しそうにガフリと息を吐くと地面に降りる。ゆっくり低空飛行をするのは意外と疲れるようだ。地面に降りたとき、ごおおお、と地鳴りのような龍の溜息が聞こえてきた。

「あ、あわあわわああっ」
「あ、肉っ、どこ行く!」
「おしっこですっ!逃げませんっ!」

 美鈴が地面に降りるなりその背中から飛び降りて森へ駆け出すフトをハタテがどなりつけたが、フトは涙目で叫び返すとがさがさと藪の向こうに駆けて行った。ったく、とつぶやいて「私も行ってきます」とハタテもれみりあを連れて森の向こうに歩いて行った。
 がさがさと藪をかき分ける音が離れていく。静かな森の中に、私と美鈴だけが残された。がふふ、と静かでゆったりした龍の吐息が聞こえてくる。私は彼女の赤いたてがみをゆっくりと撫でた。

「お疲れさま。夜通し飛んで、来たらすぐケンカして、またこんなで疲れたでしょ」
「あはは、まあ、龍ですからね。図体デカくなった分体力も増えてるみたいですし。べつに大したことないですよ。“ご主人サマ”」
「ご主人‥‥」

 気の抜けた、いつもの美鈴らしいセリフ。冗談で言ったつもりなのだろう。けれど今の私にはそのセリフそのものが違和感でしかない。‥‥早苗に“呪い”を掛けられた私には。
 いや、早苗ではない。本だ。このわけのわからない本の世界にだ。

「咲夜さん?」
「いえ‥‥よくやった。村に戻ったら“塩漬け肉”、ユウカねえさんに出してもらおうか。ごほうびよ」

 私は、咲夜ではなく“サクヤ”として、美鈴ではなく“メイリン”に対して感謝の言葉をつぶやく。役に成りきったような、ちょっと芝居がかったセリフ。
 そして美鈴は私のセリフを聞いて黙り込んだ。

「‥‥」
「なに、不満?」
「い、いえ、なんか、違和感が」
「そう?」

 美鈴が戸惑っている。私がどういう発言をしたのかは理解してくれたらしい。
 ――――ねえ、美鈴。あなたは一体、“どちら側”?そう聞けたらはっきりするのだろうか。
 私はゆっくり前に倒れ、美鈴のたてがみを抱きしめるように寝そべる。柔らかいたてがみはふわふわの枕のように私の顔を受け止めた。狼の耳に毛が何本か入ってこそばゆい。頬ずりをして毛をよける。

「ねえ、美鈴」
「なんですか?」
「‥‥美鈴、貴女はこのまま私がご主人様になったら、嫌?」
「へっ?」
「このまま、この世界で、狼と龍として生きていくのは、嫌かしら?」
「咲夜さんなら、いいですよ?」

 即答だった。私は顔をうずめたまま、次に何を美鈴が言うのか待つ。

「まだ、気にしてますか、早苗さんの事」
「‥‥ええ」
「私は本物ですよ。大丈夫」

 彼女は私が思っていたことを言い当てた。顔を上げず、私はたてがみの中に言葉を放つ。

「気を使う程度って、伊達じゃないわね」
「咲夜さんの考えてることぐらいわかります」
「何よ」
「恐いんでしょ」
「‥‥」

 鳥が鳴いた。鷹だろうか。遠くで藪の動く音。3つ。こっちに向かってはこない。ゆっくりジグザグに音が出てくる。何か探してるのか。木の枝を折る音。何か果物でも取っているのだろう。あの3人はまだ帰ってこない様だ。
 じっと私の返答を待っていた美鈴に、私はぽつりと命令する。

「なら、しばらく、たてがみ貸して」
「はい」

 最小限の言葉だけ交わす。余計なことを言ったら、またいらぬ疑心暗鬼を呼びそうで。
 夜のケンカから、私も一睡もしていなかった。暖かいたてがみを抱きしめながら、私はあっという間に眠りに落ちた。余計なことを考える間もなく。
 その眠りはとても、気持ちのいいものだった。


*****************


「あのでかいザック、何が入ってるかと思えば、こんなもの入れてたなんて」
「べ、別にいいじゃないですか。美味しそうに食べてらっしゃるし」
「干し野菜に芋に‥‥鍋の具にはおあつらえ向きじゃない」
「で、でしょう!?狼様へのお土産だって、母様が持って行けって」
「自分の娘を鍋にするときの具を手土産に渡すとか、おかしいんじゃないの」
「ですよね!私もそう思っていたんだ!奇遇ですなぁ!やっぱりおかしいよな!こんなこと!ですよね!」
「そうだね。おかしいね。でも喰うからね」
「ひいいいい‥‥」

 ず、とスープを啜る私の前で、フトは白い腿を縮ませて青い顔をした。隣ではハタテが尻尾を振ってニヤニヤと、怯えるフトの顔を覗き込んでいる。隣ではれみりあがはふはふ言いながらスープを啜っていた。真っ白い尻尾がパタパタ揺れているのが可愛い。
 ひと眠りした私を起こしたのは、美味しそうな匂いだった。私が美鈴の背中で寝ている間に、ハタテが隣で火を起こして簡単なスープを作っていたのだ。具は、あのフトが背負ってきたザックの中身。ふたを開けたらゴロゴロと出てきたのは芋だのニンジンだの。カモがねぎ背負ってとかいうけど、それを少し刻んで、ハタテが簡単な干し肉のスープを作ったのだ。鍋は私が持ってた皮袋に入っていた。フトが芋背負っていたのだ。アホじゃないか。
 美鈴が一同を囲むようにぐるっと寝そべり、私は首元に近いところで美鈴に背中をもたれさせていた。ハタテ特製の塩味の効いた野菜のスープは美味しかった。
 
「その母様、どんな奴よ」
「え」
「どんなお母さんなのよ。面白い母さんじゃないの」

 カブを齧りながら聞いてみる。フトは手に持った椀の中身を見ながら、うーんと首をひねった。

「そ、そうですかね。なんだかつかみどころがなくて不自然に若くて、いつもうふうふ笑ってて父様をときどき道具のように」
「あ、もういい。大体わかった」

 絶対青娥だ。彼女のかあさん役は。底知れない仙人だとは思っていたけれど、ここでもそうなのか。それとも、私のイメージ通りに役作りがされているんだろうか。

『咲夜さん』

 考え込んでいたら、龍がこちらを覗き込んでいた。やんわりと動く目蓋から覗く、青い目。昼間あれこれと話した後、彼女はあまりしゃべらず、心配そうな目をこちらに向けてくるようになった。

「美鈴も食べる?」
『あ、そうじゃなくてですね』

 お椀を差し出したら、龍の目がゆっくり閉じた。そして、ふす、と鼻を鳴らして空に向ける。私もつられて、空を見上げる。木々の枝から覗く空。そこに、灰色の雲が混じってきていた。

「あ」
『雨が来ますよ』

 龍の心配そうな声。早いところこれを片付けた方がよさそうである。

「こら、お前肉のくせにそんなに食べるんじゃない!」
「わたしのー!」
「あいたたたたた!か、噛まないで!れみりあちゃん噛まないで!だって、このお肉美味しくて!」
「あれ、そんなに気に入ったんだ。この“干し肉”‥‥」
「へ?え?なに?いたたたたた!」
「がるるるる」

 何やら怪しい顔をしてにたりと笑うハタテ。腕に噛み付くれみりあを振りほどこうとしながら戸惑うフト。ドタバタさわぐ一同をよそに、私は椀の中身を一気に飲み干した。私の狼の尻尾がわずかに膨らんでいる。胸騒ぎのせいで。
 雨が来る。大抵それは、何か良くないことの前触れの意味だから。





*****************





「ふああああ‥‥」

 朝の紅魔館のキッチンで、レミリアは盛大なあくびをした。彼女は軽い朝食の準備をしようと、保冷庫をかき回していた。
 従者が二人も居ないと、当然館のあれこれが滞る。駄々をこねても咲夜たちは起きてこないので、自分で何とかするしかない。妖精メイドは普段から自分の身の回りのことしかやっていないので、彼女達は彼女達で何とかしてもらうだけ。他には館の警備があるけれど、今は臨時で小悪魔が妖精たちの指揮を執っているので恰好だけは取れている。一番の強敵である魔理沙はパチュリーが拉致して眠らせているため脅威ではない。
 さて、こうなると残りは、自分たちの身の回りの衣食住だけだ。

「昔を思い出すねえ」

 ポツリとつぶやく。幻想郷に来てからは従者たちが、特に最近は咲夜にまかせっきりではあったのだが、妖怪は長生きである。彼女達が来るそれ以前の方が長かったし、その間はいわゆる“独り暮らし”状態。なんだかんだで身の回りのことは自分でできるレミリアである。妹と図書館にこもりっきりの居候までいたのだ。ある程度のお世話スキルもある。普段“お嬢様”しているレミリアだったが変なところで庶民クサかった。今だって新しく何か料理作るのではなく保冷庫からまず出来合いのものを探すのも生活の知恵。古くなって悪くなるといけないから。
 ついでに言えばレミリアやフラン、パチュリーは人間ほどものを食べなくてもいいのだが、今日はちゃんと朝食を食べることにした。毎日の習慣として、あの窓のない図書館の部屋で生活リズムと一日の流れを実感するためにも。
 
「ふむ」

 保冷庫から取り出したのは、咲夜特製の牛レバーと血がたっぷりのテリーヌ。おつまみであるが、これをパンで挟めばとりあえず朝食になる。これでいいやとレミリアは手提げかごに皿とナイフ、パンとテリーヌを放り込む。ついでにワインのボトルを一本。グラスを3個片手にぶら下げる。
 
「おーまたせー」

 図書館の奥、皆がいる部屋のドアをのんびりとしたセリフと一緒にあける。途中通ってきたかび臭い図書室とは違い、この部屋は生々しいイキモノの匂いがした。

「おかえり」
「ほら、朝飯よ」

 机の上に開いた件の本から顔を上げ、パチュリーがぼそりと返事をした。その周りにドンドンと皿を並べていく。妹はパチュリーの向こう側で机に突っ伏して寝ていた。濃厚な疲労の匂いを嗅いだレミリアは「おきろー」と声を掛けながら食器を並べていく。各自の周りに食器を置き終わると、イスに腰掛けておもむろにかごからパンを出してちぎる。そしてナイフでテリーヌをざっくり切り取り、ドスンとパンに載せてかぶりつく。もぐもぐやりながら片手でグラスにワインを注ぎ、冷たいジュースでも飲むかのようにガボッと飲み干した。酒精が喉の奥から疲れた頭を暖める。

「はしたない」
「これは薬だから」
「その振る舞いは薬と関係あるの?」
「薬飲んでも景気よく行かなきゃ元気なんか出ない」
「オヤジくさい」
「だまらっしゃい」

 ぐい、と口の端を拳で拭うレミリアを横目で見ながら、パチュリーもワインを注ぎ、ちびりと呑んだ。捨食した魔女は小食である。
 二杯目をグラスに注ぐ。今度はゆっくりグビりと呑む。妹はまだ寝ていた。

「おーい、ふらーん。おきなさーい」
「なんか、昔を思い出すわ」
「お、同意見」

 本に視線を戻したパチュリーがぼそりとつぶやいた。レミリアはぐるぐるとワイングラスを回しながら椅子の背もたれに寄りかかる。静かな部屋、起きているのはレミリアとパチュリーだけだ。
 
「昔、ねえ」

 まだ、この三人だけで暮らしていたころ。そういえばこんな感じでよくワインを飲んでいた気がする。美鈴、そして咲夜がまだ家族になる前の事、そして二人が――――

「あのころは酷かったな。咲夜」
「昔?」
「うん。ウチに来た頃さ」

 むしゃりとパンを齧って頷くレミリア。パチュリーは本から顔を上げずに鼻を鳴らした。

「クサかったわね、あのときは」
「最初の日か」
「雨の日だった。50m先からでも匂ったわ。洗ってない獣の匂い」
「見た目だけなら妖怪って言われても違和感ないくらいだったからね」
「美鈴が拾ってきたのよね」

 まるっきり犬よね、とつぶやいて魔女はワインを口に含む。レミリアは魔女のグラスにワインを注ぎながら当時を思い出す。
 ボサボサの銀髪、汚れた服、傷だらけの細い手足、震えながらこちらを睨む青い目――――

「懐かなくて大変だったわ。美鈴にしがみついて離れなくて」
「レミィ、一回本気で噛まれたわよね。撫でようとして」
「吸血鬼が噛まれるとか冗談にもならん」
「で、殺そうとして、美鈴に必死に止められて」
「‥‥犬拾うのとどっちが大変だったんだか」
「同じか、咲夜の方が大変。“狼”だったし」
「そうだねえ」

 ぎし、と椅子を鳴らしてレミリアは床に降りる。部屋の片隅のベッドでは、拾った銀色の狼が身じろぎもせずに寝ていた。

「‥‥」

 そっと頭を撫でる。初めて会ったとき、ごわごわでまるで針金の様だった銀髪は、柔らかな光沢を放ちながら、レミリアの手櫛の間を抜けていく。
 
「そろそろ起きろ、ばか狼。ご主人サマは一緒に散歩に行けなくて寂しいんだぞ?ん?」
「おおかみ、ねえ」
「今は犬かもしれないけどね」
「犬というからには飼いならした自信があって?」
「たまに自信無くす。毒入り紅茶とか」
「はっ」

 レミリアの困ったような笑顔に合わせて苦笑しながら、魔女はワインを口に含んだ。
 
「おまえも、さっさと起きろ。漫画読もうよ、ほら」

 吸血鬼はそのまま隣で眠る美鈴のほっぺたをつつく。赤い従者はやっぱりすやすやと眠ったままで。

「ったく」

 起きてくれることを期待していたわけではない。ただレミリアは二人に声を掛けたかっただけだ。ベッドサイドから離れると、彼女は妹の方へ向かう。

「ふらーん。おきろー。眠いかもしんないけど、ワインくらい飲んどきなー」
「無理に起こすことないじゃない」
「まあ、そうなんだけどさ」

 一晩ぶっ通しで写本をやっていたのだ。いくら吸血鬼と言っても疲れるだろう。だったらせめてベッドで寝かせてやりたい。そうおもってレミリアはフランをゆする。顔をつつく。
 しかし、何の反応もなかった。

「‥‥フラン?」

 覗き込む妹の寝顔は、穏やかなもので。しかし、レミリアの呼びかけにも問いかけにも指先にも、一切反応しない。

「フランっ!?」
「何!?」

 レミリアの叫び声に、パチュリーが跳びあがる。「ちょっと、冗談でしょ」と言いながら必死にフランをゆするレミリア。呼びかけはだんだん叫び声になっていったが、妹は目を覚ますことなく、眠り続けた。

「フランっ、フランっ!」
「どいて!」

 パチュリーが駆け寄ると、手のひらをフランの頭にかざす。青白い光と共に小さな魔方陣が展開する。しばらく目をつぶって手をかざし続けたパチュリーは、苦苦しげに唇を噛んだ。

「――――っ!妖魔本風情がっ!」
「なに、どうなったの!」
「盗み聞きされた!私が魔理沙たちを本の中に放り込んだ魔法を!」
「んあっ!?」
「よく似た術式の魔法が掛かってる。こいつ、妹様に魔法掛けたのよ!」
「吸血鬼に!?」

 パチュリーが振り返り、クマの出来た目で妖魔本を睨み付ける。レミリアは驚きの声をあげた。吸血鬼は西洋妖怪の中でも特に高位の存在である。おいそれと魔法や呪いの類が効く存在ではない。全く効かない訳ではないが、相当困難なはずだ。

「あの魔法術式には私の霊力をカギにしないと発動しない保護術式組み込んでおいたのに、それを破るなんて!おまけに高位の妖魔にまで干渉できる魔法使うとか!ああ、少しは予想しておくべきだった!一度私の魔法をコピーしてたんだから!畜生っ!」
「‥‥」

 だんっ、と床を踏みつけるパチュリー。レミリアは呆然と、眠るフランの顔を見ていた。
 その表情に、パチュリーの様な怒りはない。しばらく、穏やかに眠る妹の顔を眺めていたレミリアは、そっとその体に手を回し、持ち上げた。

「‥‥行け」

 そして、咲夜と美鈴が寝ているベッドに向かう。

「暴れてきなさい。本の中なら、お前も暴れ放題だろ。好きなだけやってこい」

 後ろではなおも、パチュリーが怨嗟の言葉を吐いていた。レミリアはそっと微笑むと、フランを美鈴と咲夜の間に横たえ、布団を掛ける。

「おやすみ。フラン。美鈴と咲夜を頼むよ」

 そっと、眠る妹の頬を撫でる。柱時計が、9時を告げている。

「うあああああああっ!」

 パチュリーの咆哮を背に、さて私はどうしたもんかと、レミリアは眠る3人を眺めていた。

 


************





「見つけたぞ!虹龍使い!」
「あんたら西の‥‥!」
「あわ、あわわ、わ」
「騒ぐな肉!」

 ハタテがフトの頭をはたきながら石弓を構える。狙うその先、雨が降りしきる森の中、ぐしゃりと草を踏みつける音。薄暗がりの向こうに、黒いフード姿が見える。
 悪い予感は当たった。美鈴の予想通り降り始めた雨を避け、大木の下で雨宿りをしていた私達のもとに、そいつらは突然現れた。黒いフード。抜身の剣。鼻を衝く人間の匂い。私達の村で暴れた西の部隊。残党か、新手か。とにかく前の戦いの事が伝わっている事だけは確か。虹龍使いと彼らは言った。それはすなわち、私の事。
 しかし、これほど近くまで来ていたというのに、誰も気が付かないなんて。私やハタテの人狼の鼻どころか、美鈴まで欺くなんて。何か細工をしたか。雨で匂いが流れたんだろうか。しかし匂いが無くても気配ぐらいは読めるはず。現にいま、周りの森からはぱらぱらと動く物の気配がする。しかしさっきまでそんな気配はしなかった。いつから跡を付けていたのか。――――しつこい奴ら。

「‥‥ずいぶん隠れるのが上手いわね。正直気が付かなかったわよ」
「それは何よりだ。訓練の甲斐があった」

 先頭に立つフード姿が、長剣を構える。そのシルエットはいびつだ。フードの下に、鎧でも着込んでいるんだろう。彼がリーダーか。
 構えた剣を微動にさせず、彼は先頭に立つ私を睨み付けてきた。口の周りに伝い落ちる雨粒を吐き出しながら。

「奥の男の子は人間かい。攫ったか」
「わ、わたし女!」
「これは私達への贄よ。アンタにどうこう言われる筋合いはないわ」

 フトが何やら騒ぐのを遮り、ハタテが低い声を出す。フードの奥で、男の片眉が上がった。

「ああ、人狼への贄、ね。知ってるよ。狂ったしきたりだ」
「わたし女の子だからな!」
「やかまし」
「ぎゃん!」

 ハタテの突っ込み2回目。男にはフトの抗議が聞こえているのかいないのか。多分無視されてる。まっすぐ私達だけを見てフード姿が剣を構えなおす。雨に流されてうまく嗅げないけど、森の奥に殺気がぱらぱら散らばっている。前にも横にも後ろにも。囲まれ始めた。私達と時間をかけて喋って、その間に仲間を配置に付かせているんだ。

「‥‥色々と言いたいことはあるが、それは後回しにする」
「殺してからゆっくりと、かしら?」
「お前を連れてこいと言われてる。生死は問わず、だが。‥‥できれば半殺しが良い。死人は話を聞かないし聞けないし、腐ると厄介だ」
「そう。私も有名になったのね」

 短剣を引き抜く。手を伝わる水滴が、銀の切っ先から地面に流れていく。美鈴が、ズルリと鎌首をもたげた。当たりを睥睨し、威嚇の呻り声をあげる。
 森から来る殺気が揺らめいた。皆動揺してる?メイリンの声や姿が見聞きできるあたりに居るのか。近い。

『咲夜さんどうします。周り、あちこちから殺気が吹いてきてます。数が多いですよ。飛び道具の匂いもする。村でやっつけた魔法使いと似た匂いです』
「‥‥」
『一気にカタを付けますか。多分、できます』

 美鈴が心配そうに唸り声をあげる。このあいだまでなら、私は美鈴に彼らを焼き払うように命令できただろう。
 だけど、今、あの疑念を持ってしまった今、私にはそれができなかった。
 たぶんここで美鈴が虹を吐けば、そう私が命令すれば、一瞬のうちに奴らは壊滅して、私達は無事に村へと帰るのだろう。いともあっさり、簡単に。
 “ドラゴンと合流した主人公は、難なく襲ってきた敵を返り討ちにして、意気揚々と獲物を引きつれ村に帰ったのでした”、と。

――――咲夜さんだけが、咲夜さんたちだけが、この世界を動かせると思うのです。なぜならば、咲夜さんには筋書きがあるようでない――――

 アタマに浮かぶのは、早苗のセリフ。

「ふん」
 いいわ。逆らってやる。


 私はれみりあの手を引き、メイリンに押し付ける。

「わ、おねえちゃん?」
「メイリン。みんなを背に載せて、空へ飛びなさい」
『咲夜さん!?』
「お姉様!?」

 美鈴とハタテが同時に驚く。しかしハタテはすぐに私の指示を聞き分けた。石弓の狙いを男から外さぬまま、じり、と後退してくる。美鈴だけが戸惑っていた。

『ちょっと、それ、私達だけ逃げろってことですよね!咲夜さんはどうするってんです!たった一人で!』
「さっさと行きなさい。お前が奴らを焼き払う前に、ハタテとれみりあが射られる。二人を守りなさい。私が奴らを殺す」
「わ、わたしは?」
「お前ものれっ、肉!お姉様の獲物なんだから!」
「に、肉っていわないで、痛っ」

 青ざめるフトの頭を叩き、ハタテがメイリンの方に蹴飛ばす。龍の手でそれを受け止めながら、メイリンが吠える。

『私達ならなんとかできます!無茶です!咲夜さんだけ危ない目に合うことない!』
「危ない目に合う奴は少ない方が良いでしょ」
『でもっ!落ち着いてください!何やけっぱちになってるんです?そんなの、“いつもの咲夜さん”じゃない!』
「黙れ!」

 振りかえらず、吠えるメイリンのヒゲを片手で掴む。

『んがあっ!』

 唸り声をあげる彼女を無視し、私は怒鳴る。

「行け!“主人”の言うことが聞けないか!仲間を守れ!」
『ぐっ!さ、“サクヤ”!』
「お姉様っ!」

 ハタテが後ろに飛んだ。その空間を、白い光弾が真横から薙いでいく。暗がりの向こう、ちぎれた藪の向こうに両手を構えるフード姿が見える。魔法使い!
 私の怒鳴り声を戦いの口火と勘違いしたか!

「まだ早い!」

 フード姿が先走った仲間に怒りの声をあげる。彼のセリフが終わらぬうちに、私は奴に突進する。ドラゴンに怒鳴りながら。

「行け!“メイリン”!」
『っ!‥‥ああああああああっ!』

 があっ!

 閃光が煌めく。美鈴が虹を弾けさせた。目くらましだ。爆発音は聞こえない。光に加速されるように、私は目の前のフード姿に斬りかかる。

「ガウッ!」
「むっ!」

 短剣と長剣が絡み合う。すくい上げる様な彼の斬撃を、私は後ろに跳ねて躱す。空に大きなものの気配。ドラゴン。気配はどんどん離れていく。

「いやあああああーーーーーーー」

 なぜかフトだけメイリンの前足に両腕を掴まれて運ばれていく。今はほっとく。頑丈だし、死ぬことはないだろう。死んでも私達のご飯が増えるだけだ。
 それよりこれで退路は絶った。“メイリン”と化した彼女は、私の命令に逆らえない。これでもう、ここに戻ってくることはできないはず。
 ――――これでいい。見てなさい。無茶苦茶やってやるから。別に死んでもいいんだ。そしたら夢から覚めるんだから!
 
「あは、はははは!」
「ドラゴンライダーにも変な奴がいるんだな」
「そうね」

 なぜか笑いがこみあげてくる。空に向かって笑う私に、彼が静かな口調で話しかけてくる。

「仲間を先に逃がしたのかい?英雄叙事詩気取ったって、流行らないと思うんだがね」
「試したいのよ」
「ふん。何をだ!」

 フード姿が斬りかかってくる。さっきから、何処かで聞いたような口調の彼。左手のナイフで彼の剣をさばき、右の短剣で奴の腹を薙ぐ。切っ先に硬い感触。フードの下は鎧か。

「うおっ!」
「試したいのよ!そんなヒロイック・ファンタジーの主人公になれるかどうかね!」

 鎧に跳ね返された短剣を逆手に持ち替え、後ろへ跳ぶ。援護射撃の光弾がいくつも地面に突き刺さり泥をまき散らす。飛んできた方向は三つ。2,5,10時。着地した間際の木の幹にさらに光弾がぶち当たる。6時。後ろから。木が盾になってくれたことに感謝しながら、最後の一発の方向に向かって駆け出す。体を低く、這うように。動きやすい猟師の服装でよかった。

「行ったぞ!魔道士は下がれ!護衛隊は、騎士は何してる!囲め!」

 焦った鎧男の声。その声より早く、私は獲物に駆け寄る。飛び込んだ藪の向こう、両手を構えたフード姿。

「わああっ!?」
「ノロマがっ!」
「がぶ」

 短剣を振るう。刃は音もなく獲物の首をすり抜ける。断末魔なんてあげさせない。フードごと首を落とす。
 ぼろりとリンゴが落ちるように、黒いフードが地面に転がる。まず一人。久しぶりの感触に、息が荒くなっていく。泥と砂に、赤黒い血が混ざっていく。倒れた魔法使いの懐をまさぐってみる。武器は持っていなかった。少女の体つきだった。
 
「くそっ!だからついてくるなと言ったんだっ!」
「!」

 鎧男が藪から飛び出してきた。上段に振りかぶられた剣が、雨粒ごと空を切る。私を切るためではない。がむしゃらな、追い払うための動作。‥‥倒れ伏した仲間を嬲る、泥だらけの凶暴な人狼を追い払うための! 

「ぶっ、ははは、あはははは!面倒見なきゃいけないノロマな子が多くて大変ね!“羊飼い”みたいじゃない!」
「貴様っ!よくも!」
「ざーんねん。まずは一匹目。あおーん」
「狼!」

 牙を見せて笑う。舌を出して、おどけながら。これで私は、ならず者の狼女。私の振る舞いに我慢が出来なくなったのか、ようやく男の激高した声が聞けた。ぴょんと跳ねて見せた時、後ろから殺気が湧いた。

「隊長から離れろっ!」
「あはははははははっ!二匹目!」
「くるなっ!」
「ひ!?」

 来るなという、彼の言葉は遅すぎた。光弾を放ちながら駆け込んできた魔道士に、水たまりから拾い上げた礫を投げる。狙いたがわず、泥まみれの礫は彼女の目を潰してくれた。「わあっ」と悲鳴を上げて目をこする魔道士。間合いまではほんの数歩で。

「逃げ――――」
「ふん」
「がひゅ」

 男の声は間に合わない。うろたえていた魔道士の腹をずらりと捌く。ばさばさと、重たい音が雨音に交じる。

「ぎゃあああああああああああああっ!」
「あははははは!」

 魔道士の絶叫が森に響き渡る。殺気がこちらに集ってくる。叫べ、叫べ。もっと敵を呼べ。私を殺しに来なさいな!

「狼めがぁっ!」
「!」

 断末魔に呼ばれたか、一人の剣士が飛び込んできた。緑の直線的なデザインの制服。こいつらが“護衛隊”か。黒髪の青年。長剣を大きく振りかぶり、こちらに突進してくる。
 後ろにはあの鎧男。挟み撃ち。迎撃すべく、懐からナイフを取り出した瞬間だった。いきなり目の前の青年が大きく体勢を崩して転がり込んだ。あわてて彼を飛び越えるように跳ねる。後ろに風切り音。鎧男の剣。

「なにっ!」

 振り返り見た私は思わず目を丸くする。青年の頭には、私の半身くらいありそうな矢が突き刺さっていた。ハタテ!空を見上げるが、近くに彼女達は居ない。匂いもしない。私の居るところからは、少なくとも彼女達の姿は見えなかった。そんな距離から、しかも揺れるドラゴンの背中から彼女は敵を射ったのだ。驚きより先に、恐ろしさを私は感じていた。ありえない。非常識すぎる!

「あの距離から!馬鹿馬鹿しすぎる!なんだっていうんだ!」

 それは私が聞きたい。鎧男も私と同じように驚愕していた。彼からはハタテ達が見えているらしい。

「ああ、あ、が‥‥」

 気が付けば魔道士が力尽きるところだった。最後に空を見上げ、中身がすべて流れ落ちたうつろな体を抱えて魔道士は倒れる。

「は、あははは!がうがう。この“羊”はあんまり肉が無いみたいだわね。もうちょっと食いでのある羊ちゃんを探しに行くわ。早くしないと、みいんな食べちゃうからね」
「お前、ふざけるな!よくも!」
「ケンカしに来といて殺しちゃダメとか、ふざけてるのはどっち?」

 なおも振り回される彼の剣をあしらい、私は笑う。獣の牙を見せながら。

「ぬあっ!貴様あっ!」
「隊長っ!みんな!」

 悲鳴のような叫び声と共に、私の周りに光弾が撃ち込まれる。さらにもう一匹の獲物が飛び込んできた。ショートカットのプラチナブロンドの少女。健気なのは良いけど、隙だらけ。

「馬鹿っ――――!」
「ひ!?」
「三匹目」

 彼女の額に向かってナイフを投げる。至近距離。駆け出す男。この子達を守りたいのか、私を捕まえたいのか、はっきりしろってんのよ。庇えるもんなら庇ってみなさいな。

「私が」
「!?」

 落ち着いた少女の声と同時に、影が飛び込んできた。ナイフが影にあたる。血しぶき。少女と鎧男をかばうように立ち尽くす黒い影。その背中に、私が投げたナイフが深々と突き刺さっている。赤黒い血がどろりとナイフを伝って落ちた。
 私の前に背中を向けて立っているのは、黒いマント姿の少女。右手には剣が握られている。彼女はナイフが刺さったというのに微動だにせず、ぬるりとこちらを振り向いた。目深にかぶったフードのせいで、口元しか見えない。無茶な庇い方をする。
 振り返ったせいで、彼女の背中に刺さったナイフが少女魔道士にも見えたらしい。悲鳴が聞こえてきた。

「あ、ああ、あああああっ!」
「‥‥魔道士は下がりなさい。命令が聞こえなかったのかしら」
「ふ、副長、け、怪我をっ」
「下がれ」
「あ、は、はいっ!」
「隊長も下がってください。皆を連れて、龍を追ってください。この狼は私が殺します。生け捕りは無理と思ってください。あしからず」
「護衛隊はどうした!魔道士たちが!」
「申し訳ありません。狼の矢にやられました。半数は動けません」
「なっ!」

 女剣士の言葉に、鎧男が絶句する。私も同じだった。雨の降る薄暗い森の中の部隊を一つ壊滅させるとか。どんな腕をしているの、ハタテ。
 彼女もまた筋書きの手先なのだろうか。私を、殺さないための。

「ここは私が抑えます。隊長は魔道士と負傷者を連れて、龍を」
「‥‥すまない。レイセン」

 あ?‥‥副長に、剣に、レイセン?最初に村で殺して食べた剣士役は、鈴仙じゃなかったの?こいつは一体誰?私は誰を食べたんだ。
 とまどう私を怪訝な目で睨みながら、鎧男が腰を抜かした少女を抱いて、じりじりと後ずさっていく。逃がすか。

「待て――――」
「貴女の相手は私」

 牙を剥く私を、フードの向こうの赤い目がギラリと睨む。一瞬視界がぶれたように感じ、慌ててたたらを踏む。魔眼!?ここでも狂気の瞳持ちか?

「があっ!」
「!」

 後ろに飛びずさり、礫を投げる。まずは目を潰す!

「単調」

 礫が弾かれる。彼女の手に握られたナイフで。それはさっき私が投げつけたもの。こいつ、自分に刺さったナイフを使ってる!

「レイセン!」

 無茶なことをしていると思っているのは私だけではないらしい。藪の向こうから、鎧男の心配そうな声が聞こえてきた。
 私は短剣を思い切り振りかぶると、女に叩きつける。レイセンはナイフを捨てると、両手で剣を握り私の刃に叩きつける。

「このおっ!」
「!」

 彼女の剣が私の剣と交わり、火花が飛んだ。鍔迫り合いになる。短剣一本だけじゃ、彼女の長剣を受け止めきれない。今の打ち合いで折れなくてよかった。あわてて太腿のナイフを抜き、両手で剣を受ける。

「レイセン、無茶を――――」
「早く行ってください。私の事は構わなくていいと言ったはずです。コウリン」

 ああ、あの鎧男は霖之助さんか。もうそろなんとも思わなくなってきた。これは慣れか。私がこの本に、この世界の住民として染められて行っているからなのだろうか。
 鍔迫り合いをしながらギラギラと私を睨み付ける剣士の鈴仙。はだけたマントの前から覗くのは紺色の騎士服。私を見つめる真っ赤な瞳が、なぜか生気を発していない。まるでやすりを掛けたガラス玉みたいな目だった。

「恋人?殺し合いの最中に男の名前呼ばないでよ。調子狂うわ」
「恋人‥‥?」

 私の言葉に、レイセンの目が細くなる。鍔迫り合いをしている彼女の長剣に、さらに力が込められた。押される。

「やっぱり狼は野蛮ね。こんな時にまで、下卑たことしか言えない!」
「!」

 がん、と一瞬強く押され、私の剣が弾かれる。彼女の姿が消えた。下っ!しゃがんでる!

「ケダモノが!」
「は!」

 後ろに飛ぶ。宙返りして地面に降り立つ私に駆け込んでくるレイセン。マントがひるがえされ、長剣が風切音と共に振られる。あんな重たい一撃は受けられない。さらに跳ぶ。
 地面すれすれを切っ先がかすめて泥水を弾く。動きが大きい。隙だらけ!
 
「ケダモノで結構!」
「!」

 左手のナイフを投げる。ナイフは雨粒を弾いて跳び、レイセンの左胸に突き刺さった。

「ぐぁ」
「首もらうわよ!」

 のけぞり、剣先を地面に垂らして白目を剥く彼女の懐に飛び込む。銀の短剣を、彼女の首に――――

「“恋人”になれたらどんなにいいか」
「!?」

 レイセンが喋った。ナイフが胸に突き刺さったまま!ぐらりと傾いた頭。赤い瞳が私を向く。

「“恋人というもの”になれたらどんなにいいか!」
「きゃあっ!」

 一瞬何をされたか分からなかった。強烈な衝撃と痛み。鉛色の空が一瞬見えたかと思うと、私は頭から地面へと落ちていた。粘つく泥の中を転がり、立ち木に打ち付けられる。肋骨が鳴ったような気がした。

「ぐ、ううう、うう」
「人でなしの私に、人でなくなった私は、そんなものになれるわけがないのよ」
「あ、なた‥‥」

 ばさ、と高く掲げた左手を降ろすレイセン。殴られたんだ。脇腹を思い切り。
 レイセンはそのまま、降ろした左手をフードに掛ける。そしてそれを後ろへめくり、顔を出した。

「田舎者の狼に、これの意味が分かるかしらね」
「‥‥?」

 私を見下ろすレイセンの額には、青白く光る宝石。ティアラではない。埋め込まれている。額の真ん中、半ば盛り上がるように埋め込まれたサファイア。燐光を発するそれに、周りの肉が触手を伸ばしてまとわりつき、血管が放射状に延びている。
 殴り飛ばされた衝撃はまだ私の体を自由にしてくれない。震える足を叩き、木にすがり何とか立ち上がる。構えた右手の短剣が震えている。まずい。やられ過ぎ。
 フラフラと立ち上がる私を、レイセンはだらりと見下ろしていた。その口元に浮かぶ、薄ら笑い。

「はは‥‥あなたに喰われたときは、すごく痛かったわ!」
「ぐ!」

 それが何か分かる前に、そして彼女が何を言っているのか理解するまもなく、またこちらへ突進してくるレイセン。対処が間に合わず、私は振り回される剣を受け止めるので精一杯だった。両手に衝撃が走る。また私は森の中を転がされる。眩暈がする。地面がどちらか、分からない――――

「聞け、狼」
「ぐ、ああ」

 前髪を掴まれて乱暴に引きずり起こされる。目の前に彼女の顔がある。あの、肉に埋め込まれたサファイアが脈打つように燐光を放つ。レイセンは瞬きもせず、耳まで裂けるかのように口を開き、笑っていた。

「お前らのせいで、私は泥人形にされたのよ。心臓も臓物も何もない。腐った血と灰を練り込まれた泥人形。わかる?」
「ぐ、るる」
「はっ、人の言葉を忘れたかケダモノ。お前を殺すために私は師匠に甦らせてもらったの。もう少し手ごたえのある獲物らしくしろ。そんなんじゃ、ホムンクルスにされた甲斐が無いわ」

 放り投げられる。背中から木に叩きつけられた。呼吸が止まる。泥水が苦い。泥を踏む音が近づいてくる。這いつくばり、唸り声を上げるしかない私の元に、レイセンが歩いてくる。
 泥人形?ホムンクルス?人造人間とか、そこまでして、そうまでして私を殺したいの。あんたは。――――ちょうどいいじゃない。人狼に喰い殺されてなお、人造人間になってまで私を殺そうとする女剣士。主人公を追い詰める役としちゃおあつらえ向きよ。

「ぐ‥‥」

 体を起こす。脇腹に痛みが走る。服が裂けて、血が流れる感触がする。濡れた尻尾が重い。
 顔を上げれば、薄ら笑いを浮かべ、剣を引きずりながら歩いてくるレイセンの姿。青い騎士服が雨と血に濡れて黒く染まっている。――――ごめんね鈴仙。さんざひどいことしたね。もうすぐそっちに戻るわ。お詫びの品はクッキーじゃなくてワインにするからね。
 震える足を叩いて立ちあがる。レイセンのせせら笑う声が聞こえる。

「ふん。まだ立つの。やっぱりケダモノね。しぶとい」
「‥‥ケダモノで結構」

 ――――あは、手負いの狼よ。無抵抗に殺されるのは役に似つかわしくないでしょ?せいぜい未練たらしく暴れまわってから殺されるわ!最後位、役に見合ったふるまいしてあげようじゃないの!

「あはは‥‥あははははは!ぶ、ざま。無様!無様なのはオマエ!そうまでしてわたしを殺したい?そこまでして私を殺したいのね!醜い泥人形になってまで!」
「なんだと‥‥!」
「聞こえなかった?は、無様って言ってあげたのよ!唯でさえ不味かったのに、今度は泥人形?喰えたもんじゃないわね!」
「貴様!」
「あははは!怒れ怒れ!黙って殺されはしないわよ!泥人形!」
「うああああああああっ!」

 レイセンが駆け出す。手持ちのナイフはもう残り少ない。村から持ってきたナイフは4本。れみりあが持ってきたのは1本。レイセンに刺さったままのが1本、彼女に投げ捨てられたのが1本。もうナイフ無げの間合いじゃない。短剣を逆手に持ち替える。

「おおおおおおお!」

 レイセンは剣を突き出したまま突進してくる。もう逃げられない。間合いは相手の方が広い。躱さなきゃ私の剣が届かない。でも躱したら彼女は剣を横薙ぎに振るうか。そしたら私は真っ二つ。
 ――――べつに躱す必要なんて、ないんだけどね。

「がうっ!」
「!?」

 一歩だけ踏み出す。切っ先が、私の脇腹をかすめた。
 あ、躱しちゃった。

「何っ――――」

 グレイズ。捨て鉢な私の軌道は、レイセンの予想しなかったものだったようだ。驚愕の表情を浮かべてすれ違ってゆくレイセンの行く手に、逆手に持った短剣の刃を立てる。後はまっすぐ、右腕を前に伸ばすだけ――――

ぞんっ。

 手に伝わる肉の体積。レイセンの首が、宙を舞う。
 飛んで行ったそれは、藪の向こうにゆっくりと落ちて行った。

「‥‥は」

 重たいものが水に倒れる音。がさがさと藪が揺れる音。
 一瞬、雨音だけが森に響いた。

「ぐ‥‥!」

 脇腹の痛みに、全身の震えに、思わず膝をつく。切り裂かれた猟師服。奥から血が流れ出している。幸い傷は深くないようだ。これを幸いと言っていいのか、分からないけど。
 ああ、“殺されそびれた”‥‥

「は、ここじゃいつもいつも、損な役回りね、鈴仙」

 倒れ伏す彼女に向かって呟く。返事はない。知り合いの首を刎ねさせるとか、相変わらずろくでもないことを体験させてくれる本だ。
 体の痛みをこらえ、立ち上がる。倒れたレイセンの体から、ナイフを回収する。刃にまとわりつく黒い血は、まるで古い油だ。魔法で動くからくり人形。酷い。

「副長!副長っ!」
「まだ、残ってた――――」

 悲痛な絶叫に、振り返った瞬間だった。

 どっ

「―――――!?」

 体に走る衝撃に、喉が震える。
 体を見下ろす。左肩から覗く、銀の切っ先!

「――――っ!」

 反射的に右手の剣が背後に延びる。真っ赤に染まった視界の中で、血しぶきが飛んだ。冷たいものが、熱い体を抜けていく。
 振り返った視線の先、首のない、青い剣士が、剣を構え――――

「がうううううっ!」
「――――」

 ふるう短剣の切っ先が剣士の腕を裂く。がむしゃらに振り回す。布が千切れ、肉が飛んだ。
 首を切り落とされたレイセンが、立ち上がって私を襲ってる!

「ふ、副長っ!」
「がああああっ!」
「あっ」

 飛び込んできた男に飛びつく。喉笛を噛みちぎり、地面に押し倒す!
 私の顔を血が洗う。振り返れば、黒い影!

「――――、――――!」
「があっ!」

 ふらりと剣を振りかぶるレイセン。動きは遅い。跳びつき、剣を握った手首を落とす。まるでいつかのように。続けざまに足の筋を切る。かくりと、レイセンの体が崩れ、地面に転がった。

「ああ、ああああっ!」

 気付けば私は叫んでいた。痛い、剣で貫かれた左肩が痛い!
 森の奥からなおも気配が続いてくる。あいつら、戻ってきた!

「ぐうっ!」

 肩を押さえ、気が付けば私は、暗い森の奥に向かって駆け出していた。
 何が、殺されてもいい、だ。こんなふうに怖くてしょうがないのに。
 早苗に呪い殺されそうになったときだって、最後まで抵抗したのは私の意思。今だって、結局はレイセンを斃して、逃げている!
 
「は、ははは、は」

 あの、大昔の森の中を思い出す。痛めつけられて、逃げ惑う私。悔しくて、死にたくなくて、傷だらけでなりふり構わず逃げている私。
 
「ああ――――」

 そうだ。悔しいって思ったんだ。あのとき。美鈴に助けてもらったときも、ここで、“メイリン”に助けてもらったときも。
 ――――しぶといケダモノ。そうね。そうかもね。
 もう黙って殺されるなんて、できないんだ。私は。
 美鈴の、お嬢様の見ている前で、無様な姿は見せられないんだから!
 ああ、ダメね。これじゃあ逃げられないのかなぁ、この世界からは。

「まてっ――――」
「あは、あははははははは!」
「うおっ!」

 立ちふさがる影、叫び声。いつの間にか笑い声が漏れていた。短剣を鞘に納める。左肩が使えない。私は跳んで、影に噛み付く。ぐるりと影の首を支点に弧を描いて宙を舞う。口の中に、肉と脂と鉄の味。首をあらぬ方向にまげた影が、倒れ伏す。

「はははは、ははははは!」

 走る。雨の森の中を逃げていく。
 美鈴はどこまで逃げただろう。れみりあはちゃんと美鈴の背中に掴まってるかな。ハタテはフトを落とさずにつれてったんだろうか。
 痛みで朦朧とする頭に、ふと仲間の事が浮かぶ。
 ああ、美鈴、どこにいるの。勝ったわよ。私は敵を倒した!

「美鈴――――」

 空に向かって遠吠えをしようとした時だった。
 いきなり足元の地面が、消えた。

「――――――!」

 目の前に広がるのは、真っ暗な空間。水の、流れる音。
 ふわりと宙に浮かんだかと思ったら、すぐに強い衝撃と轟音が私の体を打ちすえ、なにも、聞こえなくなった。









******************









「――――」
「‥‥」
「――――、―――――っ、ねー――――」

 真っ白な光の中から、誰かが呼んでる。
 真っ黒な世界の次は、真っ白?
 なかなか目が開かない。あったかい。どこだろう、ここ。

「ねーえ」
「‥‥」
「ねーってばー」

 だれかが頭を揺らしてる。まだ、寝ていたいのに。
 
「おーきてよー!」
「‥‥」

 ぐらぐら揺れるまぶしい世界。目を頑張って開いたら、ぱりっ、と音がした気がした。
 ぎん、と差し込む白い光。思わず、顔をそむける。

「お、気が付いた!」

 嬉しそうな声がする。涙が流れてきた目を、声の方向に向けてみる。
 真っ白な空――――いや、あれは、白い雲。空は、すごく青い。
 水の音が聞こえる。ざああ、ざああと、風が吹いたときの湖のような音が――――

「ねえねえ。だいじょうぶ?ねーえってばー」
「‥‥あ」

 声の主が、私に話しかけてる。焦点の合ってきた目を、其方に向ける。あったかい。あかるい。どこだろう、ここは。
 もしかして、天国の世界――――

「ねえ、気が付いた?なんか言って。大丈夫?」

 声の主は、すぐ横にいた。
 こちらを見つめる、真っ赤な目。
 背景の空の色を溶かし込んだような、流れる様な青い髪。
 濡れた白い肌。脇腹に開く3対のエラ、ぬめる魚の鱗。透き通ったひれ。

「ね、最近の狼ってさ、海水浴でもすんの?でもだめよ。泳ぎなれてないんじゃない。怪我だらけよ、アンタ」

 目の前にいたのは、フレンドリーに私を心配してくる、青髪の人魚で――――
 
「わたし、テンシっていうの。ね、あなた、名前は?」
「‥‥」







 ああ、





 おさかな天国――――――――







続く。


■第7話
■第9話
お久しぶりでございます。
また、前回の作品にはたくさんのコメント、ありがとうございました。あれと併せて改めて見てみれば、自分の書いたモノはことごとく異形なり人外なりもしくは変身ネタが入ってるなぁ、と。これからも人外ばっかりでます。その筋のヒトには薄味で不満かもしれませんが、もしよければ、次回もご覧いただければ幸いです。
あと、鈴仙ごめんなさい。

 次回、「波打ち際のひなないさん」。
 よろしければ、どうぞ。お楽しみに。
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コメント



0.310簡易評価
1.無評価名無しの権米削除
待ってましたよー
最後まで一度に読んでしまいました
やー面白いですね
人狼咲夜大好きですわ

では!頑張ってください!
待ってます
3.100満月の夜に狼に変身する程度の能力削除
わかさぎ姫と影狼の出番を期待
7.100名前が無い程度の能力削除
続編楽しみにしてました
そろそろ本の正体が気になってきましたね