※この話は「椛と趣味」~「椛と趣味6」の続きになっています。
読んでいない方でも、椛の趣味は将棋などのゲーム、彼女の休日の話、とだけわかれば問題ないと思います。
犬走椛は妖怪の山に住む白狼天狗である。
この前連休を使い、蓬莱山輝夜と約束していた天狗大将棋を指した。
彼女にルールを纏めた紙束を渡し、対局を行ったのだが、
「だいたい覚えちゃったわ。それより此処まで丁寧な解説をしているのだがら束ではなくて本にしてみたらどう? 多分、無いのよね」
と帰りに返却された。
言われてみれば天狗大将棋は妖怪の山ではごく普通に行われているが、書籍として纏められたものは無い。棋譜はあるがルールの説明や解説は無いのだ。
確かに書いてみるのも面白いと思う。とはいえものを書くなど仕事の報告書位しか経験のない椛は、参考にする為人間の里にある貸本屋『鈴奈庵』から外の世界で書かれた将棋に関する本を借りた。
それが少し前の出来事。
休日の午後、椛は『鈴奈庵』に本を返却した後、人間の里を歩いていた。
紅葉も少しずつ落ち始めている。本格的な冬準備も始めるだろう。
しかし『鈴奈庵』の娘、小鈴は危なっかしい。妖怪を見ると目をキラキラさせている。
無邪気なようで、何故か引っ掛かるものも感じていた。とにかく違和感だ。
何事も無ければいいがと椛は心配したが、それで何か変わるわけでもなかった。
そのまま辺りをぶらぶらし、通ったことのない道を散策していると見覚えのある駄菓子屋の前に出た。以前、上白沢慧音の寺子屋の生徒達と訪れた駄菓子屋だ。
成程、ここに出るのか。
団子なども良いが、無性に駄菓子が食べたくなることがある。今がそうだ。
そこで椛は思いついた。
寺子屋に顔を出してみよう。慧音は歴史編纂を行っている書物を書く専門家だ。将棋の本とは方向性は違うが、何か話を聞けるかもしれない。
いきなり尋ねるのも失礼だし、土産にしよう。子供たちも多いし団子よりも駄菓子屋でべっ甲飴やかりんとう、豆菓子等の方が多く買えるし日持ちもする。
慧音の都合が悪ければ菓子だけ置いて、後日訪れても良い。
足を駄菓子屋へ向けた時、椛の後頭部に何かが当たった。そして暴れている。
ぶつかったものを掴んで確認してみると、見覚えのある西洋の人形だった。
たしか、魔法の森に住む魔法使いが操る人形の一体だ。彼女と話したことは無いが、人間の里や人形劇を見たことがある。
自身の手の中で必死にじたばたもがく人形をみていると、なんというか少しの罪悪感が生まれた。
手を離すとふよふよ浮き、椛の方に正面を向け謝る様に一礼すると去って行った。
「何なんだろう?」
椛はぽつりとつぶやいた。
手土産と言うほど大したものではないが駄菓子屋で買い込み店を出ると、椛が来た方向からきょろきょろと何かを探すように、少女が歩いてきた。
彼女が先ほどぶつかった人形の主だ。異変解決に協力したこともある魔法使い、名前はアリス・マーガトロイド。未確認ながら魔界出身とも人間出身とも言われている。
人形のように整った容姿の彼女は道行く人に話しかけ、何かを尋ねては礼を言っていた。
椛はそんな彼女をふとみていると、目が合ってしまった。彼女が駆けてくる。
「すみません。人形を見ませんでしたか? こちらに飛んで来たはずなのですが」
「見ましたよ」
「どこでですか!?」
必死だ。そして慌てている。
「ついさっきです。あちらに飛んで行きましたけど」
例の人形が向かった先を示す。
「ありがとうございました」
一礼しそちらへ向かおうとする彼女を椛は止めた。
「何でしょうか?」
「失礼ですけど、今から向かっても人形はさらに先ですよ。時間も経っていますし、聞き込んでいるうちにどんどん離れてしまいます」
少し苛立っている魔法使いに椛は言う。
「でも追いかけないと」
「あの人形は貴方の物ですよね? 何度か人形劇を見ましたし」
「ええ」
よほど大事な人形なのだろう。そわそわしている彼女を見て手助けをしたくなった。椛は『千里先まで見通す程度の能力』を発動させ、さきほどぶつかった人形を探す。
例の人形を見つける。やはり何度か道を曲がったらしい。そうでなくては上手く撒けない。
「上白沢慧音がやっている寺子屋は分かりますか?」
「ええ」
彼女は首肯する。
「ちょうど今、寺子屋の前を人形が通過しました。そのまま太陽の方角に進んでいます」
「本当?」
「それと人形に物陰へ隠れる知恵が無いようでしたら、空から眺めた方が早いと思いますよ」
「そうね。ありがとう」
そう言うと彼女は空を舞い、飛んで行った。
本日の寺子屋では授業が行われていたらしい。だが授業は終わり、生徒達は各々で自習を行っていた。寺子屋では自習が主なので、ごく自然だ。
突然訪れた椛だが、慧音に要件を話すと歓迎してくれた。
慧音が使っている部屋に案内された後、茶を持ってきてくれた。お茶請けは椛が持ってきたかりんとうや豆菓子だ。
「しかし、天狗は豪快だな」
はて、と椛は首を傾げ慧音は苦笑する。確かに宴会や以前渡した梨、椛の買ってきた菓子の量、確かに少し多いかもしれない。
「さて、本題にしようか」
彼女の本に対する姿勢と書き方は有意義だった。
慧音が椛の紙束を読み、指摘をする。
実に興味深い。
駒の動きなどの説明は問題ないのだが、簡単な解説では視点が変わると見方も変わる。
書き方一つで、意味が逆になってしまうこともあるのだから。
椛も報告書等で客観的に分かる文章を心がけているのだが、逆に淡々としすぎているので要点がぼけてしまう箇所があるらしい。
文章の癖も見抜かれてしまった。
以前、慧音が生徒に課題として書かせた『同じものを説明した文章』を比べつつ慧音と世間話をしていると、人里の者が訪ねてきた。
慧音が席を外し、玄関先で訪れた者と話をしている。声からして男だ。会話が聞こえてくる。
「魔法使いのアリスさんは知っていますか」
「人形遣いだろう? 知っているが」
「何故か人形が一体、逃げ回っています。それでアリスさんが探しているみたいです」
椛は先ほどの事を思い出した。
駄菓子屋の前で会ってから大分時間が経っているが、まだ捕まえていないらしい。
「それで何故私の所に?」
「必死でしたし、何かいい方法が無いかと思いまして。目立ちますし大事になる前に何とかしたいと」
訪れた動機を聞かれ、若者はしどろもどろになる。どうもアリスのファンらしい。
「とはいえアリスや人形が害になるとは思えんし、下手に動いてより大事にならんか」
「そうなんですけど」
「あの、ちょっといいですか」
「どうした?」
椛は玄関に出る。慧音の質問に答えず、訪れた若い男に聞く。
「アリスさんは空から探していませんでしたか?」
「そうですけど、俺、言いましたか?」
「聞いてないな」
若者と慧音の視線も椛に向かう。
「実は、先ほど会いまして……」
椛が簡単に説明をすると、慧音と若者は納得がいった様だ。
「つまり逃げた人形を空から探したほうが早いと言ったわけか」
「ええ、それでアリスさんが目立ってしまったようです」
「でしたらもう捕まえているはずでは? 今の話ですと人形は動き回るだけですよね」
若者が疑問を呈す。
「そう思いますけど。人形が何かに引っかかった、物陰で嵌って動けない、誰かが持っていった、上から見えない理由は考えられますよね」
「確かに」
椛の言葉に慧音が同意する。
「私が手伝いますよ。少し調べれば居場所もわかりますし」
「そうだったな」
慧音は椛の能力を知っているので、使えば早いことも分かる。
「なら私も行くことにしよう。里に住む者がいた方が良い。
お前は寺子屋にいてくれ。子供ばかりで誰も居ないのは不味い」
「わかりました」
若者が寺子屋に残り、椛と慧音が空を飛ぶ。まずアリスと合流することにした。
椛が能力を使うまでもなくアリスは見つかった。一度見回すと視界に入ったからだ。彼女の周囲には人形が何体も浮かんでいて、人形に人形を探させている様だった。
「アリス!!」
慧音が名前を呼び、声に気が付いたアリスが人形を引きつれて此方へ向かってくる。彼女は慧音の隣にいる椛の前で止まった。
「貴方はさっきの」
「ええ、白狼天狗の犬走椛です」
「何故ここに?」
こてんと首を傾げるアリスと、仕草を真似をする人形たち。
ああ、なるほど。椛は納得した。可愛らしい人形がこのような仕草をすればファンも多いだろう。
「慧音の寺子屋に居たんですが、まだ貴方が人形を探していると聞きましてね」
「その手助けに来たわけだ」
「お願いします」
実にあっさり此方の事を信用する。話が早くて助かるが。
椛は能力を使い例の人形を探す。一度見ているので探索は楽である。
「暗いですね。何かの中でしょうか。場所は分かるので付いてきてもらえますか?」
「ええ」
椛の先導に従い、慧音とアリス、そして彼女の人形達がついてくる。
ほどなくして防火用水桶の前に着く。水の入った大きな容器とその上に置かれた複数の手桶だ。人里の各所に置かれたごく普通のものだ。
「この中ですね」
その防火用水桶を椛は指さす。
「わかったわ、すこし離れていて」
アリスは一歩前に出ると人形達は防火用水桶を包囲する。
何だ何だと野次馬が出てくるが、彼女は気にしない。
「上海、出てきなさい。鬼ごっこは終わりよ」
人形は上海という名前らしい。だが反応は無い。
アリスが指を少し動かすと、人形達は一斉に防火用水桶に飛びついた。だがその瞬間、一つの手桶から別の人形が飛び出してきた。上海だ。
「あっ」
人形と人形の間を潜り、上海は宙を舞う。
周囲の声を余所に、上海はいきなり急降下をした。そのまま低空で野次馬たちの中に飛び込む。
アリスは上海に人形を向けるが、既に飛び込んだ後だ。人形達を上に飛ばし、出てきたところを捕まえる配置にした。
上海が通った後、人形にびっくりした声が各所で上がる。だが声があちこちで上がっているので位置の特定はできない。
そして野次馬の中を抜け、上海が路地裏に向かった瞬間、椛が飛び付いた。
「捕まえた!!」
上海が椛の両手の中に納まる。そしてアリスの人形達は椛の上に覆いかぶさった。
「ご迷惑をお掛けしました」
上海を捕まえた後、寺子屋にある部屋でアリスから話を聞いた。
人間の里で買い物をしていたところ甘い香りが漂ってきたので、菓子を一つ買おうとしたらしい。だが次の瞬間、上海は飛び出して逃げたようだ。
「何でそんなことに?」
「さあ?」
当事者であるアリスにも理由はわからない様だ。
理由を上海に問うアリスだが、当の上海は机の上で正座したまま何も語らない。まるで上海がアリスからお説教を受けている様だった。
椛はそりゃ話せないだろうとその光景に少し呆れたが、上海は片言なら話すらしい。
それにしてもよくできている人形だ。服もしっかりしている。しかも全て手作りらしい。
椛は自分の手に乗った別の人形をしげしげと観察する。人形遊びをする年齢でもないが、可愛いものは可愛いのだ。顔も緩む。
「すみません」
先ほどの若者の声だ。慧音が一度玄関へ向かった後、彼を連れて此方に向かってくる。部屋に入ってきた若者は小さな女の子を抱えていた。
子持ちだったのか。
「少し人形を見せて頂けますか?」
「いいわよ」
アリスはにっこり笑うと、人形を何体か操り女の子の前へ飛ばす。
胡坐をかいた若者の膝の上で、目をキラキラさせた女の子は空を飛ぶ人形に夢中になり歓声を上げた。
「ところで一つ聞いても良いかしら」
椛もその様子を見ていたのだが、アリスが話しかけてきた。女の子の様子を見ていた慧音も此方を向く。
「人と人の間を潜る上海をどうやって見つけたの?」
「私も気になっていた」
慧音も同意する。
「上海の臭いを追ったんですよ」
「どういうこと?」
「駄菓子屋の前で会いましたよね。あそこで上海とぶつかりました。そのときに上海の臭いを覚えていたんですよ」
「なるほど。それにしてもあの状況でわかるなんて凄いわね」
ふむふむとアリスは頷いた。
「ところで私からも聞いて良いですか?」
椛もちょっとした疑問を持っていた。
「いいわよ、何?」
「その買おうとした菓子って何ですか?」
「人形焼きよ」
正座していた上海は、それを聞くと再び飛び出して行った。
素早い。あまりに唐突だったので皆ぽかんとしながら上海を見送ってしまった。無邪気に喜ぶ子供の声だけが響く。
上海が路地を曲がり見えなくなったところでアリスは慌てて追いかけて行った。
椛は思った。それが原因だろう、と。
というか上海は成長していないだろうか。桶の中に隠れていたし、物陰に隠れる知恵が元々あるならアリスは上空から探していないだろう。
それはともかく椛もアリスの後を追った。
かくして二回目の鬼ごっこが始まる。
その日の夜、椛が慧音とミスティアの屋台で飲んでいると、ミスティアが新聞を差し出してきた。
ものすごい良い笑顔だ。嫌な予感と共に新聞を受け取る。やっぱり『文々。新聞』だ。
見出しは『人形の冒険』、人間の里で上海が逃げ回った件だ。本当に射命丸は素早い。ついさっき起きたことなのに。
椛自身が少しものを書いたからからか、その文章の見方は少し変わっていた。伝える難しさが少しは解ったからだろうか。
横で一緒に読み進める慧音は何故か記事を採点をしていた。酒が入るとこうなるのか。
読み進めていくうちに、椛がでかでかと映った写真が出てきた。しかも二枚。
一枚は上海を捕まえた時に人形まみれになった椛、そしてもう一枚は人形が手に乗り顔がゆるんだ椛だ。
椛は恥ずかしさの余り、悲鳴を上げた。
読んでいない方でも、椛の趣味は将棋などのゲーム、彼女の休日の話、とだけわかれば問題ないと思います。
犬走椛は妖怪の山に住む白狼天狗である。
この前連休を使い、蓬莱山輝夜と約束していた天狗大将棋を指した。
彼女にルールを纏めた紙束を渡し、対局を行ったのだが、
「だいたい覚えちゃったわ。それより此処まで丁寧な解説をしているのだがら束ではなくて本にしてみたらどう? 多分、無いのよね」
と帰りに返却された。
言われてみれば天狗大将棋は妖怪の山ではごく普通に行われているが、書籍として纏められたものは無い。棋譜はあるがルールの説明や解説は無いのだ。
確かに書いてみるのも面白いと思う。とはいえものを書くなど仕事の報告書位しか経験のない椛は、参考にする為人間の里にある貸本屋『鈴奈庵』から外の世界で書かれた将棋に関する本を借りた。
それが少し前の出来事。
休日の午後、椛は『鈴奈庵』に本を返却した後、人間の里を歩いていた。
紅葉も少しずつ落ち始めている。本格的な冬準備も始めるだろう。
しかし『鈴奈庵』の娘、小鈴は危なっかしい。妖怪を見ると目をキラキラさせている。
無邪気なようで、何故か引っ掛かるものも感じていた。とにかく違和感だ。
何事も無ければいいがと椛は心配したが、それで何か変わるわけでもなかった。
そのまま辺りをぶらぶらし、通ったことのない道を散策していると見覚えのある駄菓子屋の前に出た。以前、上白沢慧音の寺子屋の生徒達と訪れた駄菓子屋だ。
成程、ここに出るのか。
団子なども良いが、無性に駄菓子が食べたくなることがある。今がそうだ。
そこで椛は思いついた。
寺子屋に顔を出してみよう。慧音は歴史編纂を行っている書物を書く専門家だ。将棋の本とは方向性は違うが、何か話を聞けるかもしれない。
いきなり尋ねるのも失礼だし、土産にしよう。子供たちも多いし団子よりも駄菓子屋でべっ甲飴やかりんとう、豆菓子等の方が多く買えるし日持ちもする。
慧音の都合が悪ければ菓子だけ置いて、後日訪れても良い。
足を駄菓子屋へ向けた時、椛の後頭部に何かが当たった。そして暴れている。
ぶつかったものを掴んで確認してみると、見覚えのある西洋の人形だった。
たしか、魔法の森に住む魔法使いが操る人形の一体だ。彼女と話したことは無いが、人間の里や人形劇を見たことがある。
自身の手の中で必死にじたばたもがく人形をみていると、なんというか少しの罪悪感が生まれた。
手を離すとふよふよ浮き、椛の方に正面を向け謝る様に一礼すると去って行った。
「何なんだろう?」
椛はぽつりとつぶやいた。
手土産と言うほど大したものではないが駄菓子屋で買い込み店を出ると、椛が来た方向からきょろきょろと何かを探すように、少女が歩いてきた。
彼女が先ほどぶつかった人形の主だ。異変解決に協力したこともある魔法使い、名前はアリス・マーガトロイド。未確認ながら魔界出身とも人間出身とも言われている。
人形のように整った容姿の彼女は道行く人に話しかけ、何かを尋ねては礼を言っていた。
椛はそんな彼女をふとみていると、目が合ってしまった。彼女が駆けてくる。
「すみません。人形を見ませんでしたか? こちらに飛んで来たはずなのですが」
「見ましたよ」
「どこでですか!?」
必死だ。そして慌てている。
「ついさっきです。あちらに飛んで行きましたけど」
例の人形が向かった先を示す。
「ありがとうございました」
一礼しそちらへ向かおうとする彼女を椛は止めた。
「何でしょうか?」
「失礼ですけど、今から向かっても人形はさらに先ですよ。時間も経っていますし、聞き込んでいるうちにどんどん離れてしまいます」
少し苛立っている魔法使いに椛は言う。
「でも追いかけないと」
「あの人形は貴方の物ですよね? 何度か人形劇を見ましたし」
「ええ」
よほど大事な人形なのだろう。そわそわしている彼女を見て手助けをしたくなった。椛は『千里先まで見通す程度の能力』を発動させ、さきほどぶつかった人形を探す。
例の人形を見つける。やはり何度か道を曲がったらしい。そうでなくては上手く撒けない。
「上白沢慧音がやっている寺子屋は分かりますか?」
「ええ」
彼女は首肯する。
「ちょうど今、寺子屋の前を人形が通過しました。そのまま太陽の方角に進んでいます」
「本当?」
「それと人形に物陰へ隠れる知恵が無いようでしたら、空から眺めた方が早いと思いますよ」
「そうね。ありがとう」
そう言うと彼女は空を舞い、飛んで行った。
本日の寺子屋では授業が行われていたらしい。だが授業は終わり、生徒達は各々で自習を行っていた。寺子屋では自習が主なので、ごく自然だ。
突然訪れた椛だが、慧音に要件を話すと歓迎してくれた。
慧音が使っている部屋に案内された後、茶を持ってきてくれた。お茶請けは椛が持ってきたかりんとうや豆菓子だ。
「しかし、天狗は豪快だな」
はて、と椛は首を傾げ慧音は苦笑する。確かに宴会や以前渡した梨、椛の買ってきた菓子の量、確かに少し多いかもしれない。
「さて、本題にしようか」
彼女の本に対する姿勢と書き方は有意義だった。
慧音が椛の紙束を読み、指摘をする。
実に興味深い。
駒の動きなどの説明は問題ないのだが、簡単な解説では視点が変わると見方も変わる。
書き方一つで、意味が逆になってしまうこともあるのだから。
椛も報告書等で客観的に分かる文章を心がけているのだが、逆に淡々としすぎているので要点がぼけてしまう箇所があるらしい。
文章の癖も見抜かれてしまった。
以前、慧音が生徒に課題として書かせた『同じものを説明した文章』を比べつつ慧音と世間話をしていると、人里の者が訪ねてきた。
慧音が席を外し、玄関先で訪れた者と話をしている。声からして男だ。会話が聞こえてくる。
「魔法使いのアリスさんは知っていますか」
「人形遣いだろう? 知っているが」
「何故か人形が一体、逃げ回っています。それでアリスさんが探しているみたいです」
椛は先ほどの事を思い出した。
駄菓子屋の前で会ってから大分時間が経っているが、まだ捕まえていないらしい。
「それで何故私の所に?」
「必死でしたし、何かいい方法が無いかと思いまして。目立ちますし大事になる前に何とかしたいと」
訪れた動機を聞かれ、若者はしどろもどろになる。どうもアリスのファンらしい。
「とはいえアリスや人形が害になるとは思えんし、下手に動いてより大事にならんか」
「そうなんですけど」
「あの、ちょっといいですか」
「どうした?」
椛は玄関に出る。慧音の質問に答えず、訪れた若い男に聞く。
「アリスさんは空から探していませんでしたか?」
「そうですけど、俺、言いましたか?」
「聞いてないな」
若者と慧音の視線も椛に向かう。
「実は、先ほど会いまして……」
椛が簡単に説明をすると、慧音と若者は納得がいった様だ。
「つまり逃げた人形を空から探したほうが早いと言ったわけか」
「ええ、それでアリスさんが目立ってしまったようです」
「でしたらもう捕まえているはずでは? 今の話ですと人形は動き回るだけですよね」
若者が疑問を呈す。
「そう思いますけど。人形が何かに引っかかった、物陰で嵌って動けない、誰かが持っていった、上から見えない理由は考えられますよね」
「確かに」
椛の言葉に慧音が同意する。
「私が手伝いますよ。少し調べれば居場所もわかりますし」
「そうだったな」
慧音は椛の能力を知っているので、使えば早いことも分かる。
「なら私も行くことにしよう。里に住む者がいた方が良い。
お前は寺子屋にいてくれ。子供ばかりで誰も居ないのは不味い」
「わかりました」
若者が寺子屋に残り、椛と慧音が空を飛ぶ。まずアリスと合流することにした。
椛が能力を使うまでもなくアリスは見つかった。一度見回すと視界に入ったからだ。彼女の周囲には人形が何体も浮かんでいて、人形に人形を探させている様だった。
「アリス!!」
慧音が名前を呼び、声に気が付いたアリスが人形を引きつれて此方へ向かってくる。彼女は慧音の隣にいる椛の前で止まった。
「貴方はさっきの」
「ええ、白狼天狗の犬走椛です」
「何故ここに?」
こてんと首を傾げるアリスと、仕草を真似をする人形たち。
ああ、なるほど。椛は納得した。可愛らしい人形がこのような仕草をすればファンも多いだろう。
「慧音の寺子屋に居たんですが、まだ貴方が人形を探していると聞きましてね」
「その手助けに来たわけだ」
「お願いします」
実にあっさり此方の事を信用する。話が早くて助かるが。
椛は能力を使い例の人形を探す。一度見ているので探索は楽である。
「暗いですね。何かの中でしょうか。場所は分かるので付いてきてもらえますか?」
「ええ」
椛の先導に従い、慧音とアリス、そして彼女の人形達がついてくる。
ほどなくして防火用水桶の前に着く。水の入った大きな容器とその上に置かれた複数の手桶だ。人里の各所に置かれたごく普通のものだ。
「この中ですね」
その防火用水桶を椛は指さす。
「わかったわ、すこし離れていて」
アリスは一歩前に出ると人形達は防火用水桶を包囲する。
何だ何だと野次馬が出てくるが、彼女は気にしない。
「上海、出てきなさい。鬼ごっこは終わりよ」
人形は上海という名前らしい。だが反応は無い。
アリスが指を少し動かすと、人形達は一斉に防火用水桶に飛びついた。だがその瞬間、一つの手桶から別の人形が飛び出してきた。上海だ。
「あっ」
人形と人形の間を潜り、上海は宙を舞う。
周囲の声を余所に、上海はいきなり急降下をした。そのまま低空で野次馬たちの中に飛び込む。
アリスは上海に人形を向けるが、既に飛び込んだ後だ。人形達を上に飛ばし、出てきたところを捕まえる配置にした。
上海が通った後、人形にびっくりした声が各所で上がる。だが声があちこちで上がっているので位置の特定はできない。
そして野次馬の中を抜け、上海が路地裏に向かった瞬間、椛が飛び付いた。
「捕まえた!!」
上海が椛の両手の中に納まる。そしてアリスの人形達は椛の上に覆いかぶさった。
「ご迷惑をお掛けしました」
上海を捕まえた後、寺子屋にある部屋でアリスから話を聞いた。
人間の里で買い物をしていたところ甘い香りが漂ってきたので、菓子を一つ買おうとしたらしい。だが次の瞬間、上海は飛び出して逃げたようだ。
「何でそんなことに?」
「さあ?」
当事者であるアリスにも理由はわからない様だ。
理由を上海に問うアリスだが、当の上海は机の上で正座したまま何も語らない。まるで上海がアリスからお説教を受けている様だった。
椛はそりゃ話せないだろうとその光景に少し呆れたが、上海は片言なら話すらしい。
それにしてもよくできている人形だ。服もしっかりしている。しかも全て手作りらしい。
椛は自分の手に乗った別の人形をしげしげと観察する。人形遊びをする年齢でもないが、可愛いものは可愛いのだ。顔も緩む。
「すみません」
先ほどの若者の声だ。慧音が一度玄関へ向かった後、彼を連れて此方に向かってくる。部屋に入ってきた若者は小さな女の子を抱えていた。
子持ちだったのか。
「少し人形を見せて頂けますか?」
「いいわよ」
アリスはにっこり笑うと、人形を何体か操り女の子の前へ飛ばす。
胡坐をかいた若者の膝の上で、目をキラキラさせた女の子は空を飛ぶ人形に夢中になり歓声を上げた。
「ところで一つ聞いても良いかしら」
椛もその様子を見ていたのだが、アリスが話しかけてきた。女の子の様子を見ていた慧音も此方を向く。
「人と人の間を潜る上海をどうやって見つけたの?」
「私も気になっていた」
慧音も同意する。
「上海の臭いを追ったんですよ」
「どういうこと?」
「駄菓子屋の前で会いましたよね。あそこで上海とぶつかりました。そのときに上海の臭いを覚えていたんですよ」
「なるほど。それにしてもあの状況でわかるなんて凄いわね」
ふむふむとアリスは頷いた。
「ところで私からも聞いて良いですか?」
椛もちょっとした疑問を持っていた。
「いいわよ、何?」
「その買おうとした菓子って何ですか?」
「人形焼きよ」
正座していた上海は、それを聞くと再び飛び出して行った。
素早い。あまりに唐突だったので皆ぽかんとしながら上海を見送ってしまった。無邪気に喜ぶ子供の声だけが響く。
上海が路地を曲がり見えなくなったところでアリスは慌てて追いかけて行った。
椛は思った。それが原因だろう、と。
というか上海は成長していないだろうか。桶の中に隠れていたし、物陰に隠れる知恵が元々あるならアリスは上空から探していないだろう。
それはともかく椛もアリスの後を追った。
かくして二回目の鬼ごっこが始まる。
その日の夜、椛が慧音とミスティアの屋台で飲んでいると、ミスティアが新聞を差し出してきた。
ものすごい良い笑顔だ。嫌な予感と共に新聞を受け取る。やっぱり『文々。新聞』だ。
見出しは『人形の冒険』、人間の里で上海が逃げ回った件だ。本当に射命丸は素早い。ついさっき起きたことなのに。
椛自身が少しものを書いたからからか、その文章の見方は少し変わっていた。伝える難しさが少しは解ったからだろうか。
横で一緒に読み進める慧音は何故か記事を採点をしていた。酒が入るとこうなるのか。
読み進めていくうちに、椛がでかでかと映った写真が出てきた。しかも二枚。
一枚は上海を捕まえた時に人形まみれになった椛、そしてもう一枚は人形が手に乗り顔がゆるんだ椛だ。
椛は恥ずかしさの余り、悲鳴を上げた。
のほほんとしていて良かったです。
わんわんお!わんわんお!11月10日は椛の日ー!!
今回も面白い話でした。
文は、相変わらず椛をスニーキングしているんですね。
それとも輝夜に本にしたら?との時点から、物書きなら近くにいるじゃんと自分に声がかかるのを期待してたりして。
続きを楽しみに待ってます。