霊夢さんは隙だらけ。
本日は晴天なり。
守矢神社の元気な巫女さんでお馴染みに東風谷早苗ちゃんはのんびりと秋の空気を楽しんでます。
具体的に何をしているかと言いますと、山を下りて人里で買い物をして、博麗神社に遊びに来ましてお茶を振る舞ってもらってたり。ちなみにお茶請けは私が手土産に持ってきた羊羹。お客が持ってきた物そのまま出すってどうなんでしょう? 私の場合は神奈子様に怒られました。一緒に食べよう、って持ってきた場合じゃないとダメらしいです。食べてくつもりなかったから今回はその例から外れると思うんですけど、まあ霊夢さんだからいいですよね。お友達ですし。
「これいけるわね。どこの?」
「ああ、運河沿いの和菓子屋さんです。ほら、鈴奈庵の近くの」
「あそこか。そういえば買ったことなかったなー」
霊夢さん基本的におせんべいオンリーですもんね。他のお菓子食べてる時って基本的に誰かが持ってきた時だけですし。魔理沙さんとかアリスさんとか紫さんとか。
こういうの、もったいないと思うんですけどね。里だけじゃなく山でも美味しいお店はいっぱいありますし……こう、受け身なだけって損してるって気がします。噂に頼ったり、自分の足で探したり。甘味探求って楽しいんですけど。
「今度山の喫茶店に行きません? 天狗さんのお店なんですけど、美味しいケーキ出してくれるんですよ」
「山ぁ? 入ったらその天狗がかっ飛んでくるじゃない」
「無断入山だからですよ。許可取ったり天狗さんと一緒ならお店くらいは……っていうか、いい加減ノックの仕方くらい覚えましょうよ」
「ふっ、なんで私が妖怪に阿らなきゃならないのよ。向こうが阿ろ」
勇ましいこと言ってますけどびみょーに脱力してて迫力ありません。
っていうか、ちょんと小突けそうなくらい隙だらけ。
結構付き合い長いけど、不思議な人だなって今でも思います。
霊夢さんの隙は、生き物として歪なくらいに多くて、大きい。神奈子様に武術を学んだ私から見るとちょっと異常なレベルです。不用心なんて言葉じゃ言い表せないくらい。言ってしまえば商売敵の私をこうして家に入れてるのもおかしいです。一度とはいえ敵対した仲ですし……まあボッコボコに負けたんですけど、私。でも、だから、と済ませないくらい――警戒心に欠けているんですよ、ねえ。一度勝った相手だからとか、そういうんじゃない感じですし……見てて、危うく感じちゃうくらい……来るもの拒まずっていうか。なんかそのうちラスボス拾ってきちゃいそうで怖いです。バラモスとかゾーマとかあんな感じの。
「――なえ、早苗」
「え、あ、はい?」
「何ぼーっとしてんの?」
うあ、私も人のこと言えないかなあ。
えーと、何が危ういんでしたっけ?
「いやちょっと考え事を」
「なんとかの考え休むに似たりよ?」
なんとかってなんだろう。
「ん? 考えが休みに…? なるほど、休息しながらでも思考できるほどの天才……と」
「そのポジティブ思考には憧れ半分ドン引き半分だわー……神奈子……もうちょっと勉強見てやんなさいよ……」
なんで頭痛が痛いみたいな顔してんでしょう霊夢さん。勉強って何の話ですか?
「で、どうしました?」
「なんで流せるのよアンタ。……はぁ、もういいや。おなか、羊羹落ちてる」
やだシミになっちゃう。
「えっ、えっ、どこですか?」
見つからないんですけど。やだ焦っちゃう。
「あーもー。何で見えなくなってんのよあんたは」
霊夢さんが身を乗り出してきて、私のおなかに手を伸ばす。
一瞬、びくって身構えちゃいます。いや危険は無いってわかってるんですけど。
おなかって急所ですし見知った人相手でも緊張せざるを得ないっていうか……
「ちょっと動かないでよ、取れないじゃない」
ばさって霊夢さんの長い髪が肩から落ちて――白いうなじが目に入った。
あ……そういえば、霊夢さんのうなじって見たことなかったな。霊夢さん髪長いし、括ったりしないし。
身を乗り出してる霊夢さんは隙だらけで、どうとでも出来そうで。その無防備さに、肌の白さに目が眩む。
真っ白な、初めて見る霊夢さんのうなじが、手の届くところに。
なんか、なんとなく、それに――――
がぶ、って
「――早苗?」
ん。んん?
おや? これはどういう。
なんか視界が霊夢さんの服の襟で埋め尽くされちゃってますね。
っていうか霊夢さん、私の胸に頭突っ込んでます?
「おい早苗」
「ふぁんふぇふふぁふぇひふゅふぁん?」
「口を離せくすぐったい何時まで噛んでんのちょっマジでくすぐったい」
頭を振られて胸がくすぐったいので、っていうか振り払われちゃって身を引きます。
んん? あれ? 今私……霊夢さんの首、噛んでました?
……いやなんで? 私厳密には人間じゃなくなってるかもしれませんけど人間ですよ?
霊夢さんを食べるとかそんな人食い妖怪みたいな真似しませんよ? しちゃったけど。
いやいやいやあれは噛んだだけで食べようって気は…………なかった、はず、ですよ?
あれれー。どんどん自分に自信が無くなってくるー。
「いきなり何するのよ……甘噛みだからまだいいようなものの」
「ああいやこれはその」
なんでしょう。
うなじをさする霊夢さんを見ても答えが見つかりません。
我ながら何今の。抱きつくとかならまだわかるんですけど噛みつくって。
そりゃ霊夢さんって意外と露出度低くて普段見せないとこ見ちゃったからとか理由はあるんでしょうけど理由になってないっていうか。いやほんと肩口が開いてるデザインの服着てるから普段は意識しないんですけどそこ以外は露出度低いんですよね霊夢さん。スカートも長いですし肌を見せてる部分が少なくて……手首とか、足首とか、顔とか、首――くらい、で。
「弁明あるなら聞くわよ?」
首。
霊夢さんの首。
白くて細い、首。
「霊夢さん」
「あ?」
ぼーって、しちゃいます。
「もっかい、噛ませてください」
蹴り出されちゃいました。
むっすー、ですよむっすー。
なにも蹴ることないじゃないですか。まだお尻痛いんですけど。歩く衝撃がお尻にダイレクトアタックなんですけど。
だいたい霊夢さんだって悪いんですよ。あーんな隙だらけなんだから悪戯心の一つや二つ刺激されちゃって当然です。今の今までわかんなかったですけど、紫さんがよく霊夢さんをからかう理由がわかっちゃいましたよ。誰に対してもあんなんだからこんなことになるんです。それを私一人が悪いみたいに怒って。自分の不用心っぷりを棚に上げて、理不尽ですよ!
むっすー。
「お、珍しい奴が珍しい顔してるじゃないか」
頭上から声。
「魔理沙さん」
見上げれば太陽を背に黒衣の魔女が箒に跨っていました。
魔女……魔女で間違いはないんですけど、あんまそういう感じしない人なんですよね、魔理沙さん。髪の毛キラッキラの金髪ですし、いつでも笑顔全開ですし、陰湿さが無いっていうか。やっぱりこの人には魔女より魔法使いって呼び方の方が似合う気がします。
「って、珍しいってなんですか。私よく来てるじゃないですか」
「いやいや私の言う珍しいってのは飛びもしないでこんな獣道歩いてるってこととそのふくれっ面さ」
む、そう言われると確かに。
「今時妖怪も歩かんようなトコをなんで歩いてんだ?」
「あー、ちょっと考え事してまして……飛ぶの忘れてた、みたいな?」
「疑問形で返されても困るぜ」
考え事ねえ、と呟きながら魔理沙さんは下りてくる。
「そのふくれっ面と関係ありそうだな」
「うっ」
図星です。でも話すのは恥ずかしい気がするので話を逸らしましょう!
「と、ところで魔理沙さんも博麗神社に?」
「この先にゃ神社しかないからそう思われて当然だが外れだぜ」
あら? 話逸らすだけのつもりでしたけど、予想外の答えに食いついてしまいます。
「外れって、じゃあなにしに?」
この先は博麗神社以外には鬱蒼と茂った木々や大結界しかありません。
魔理沙さんの格好からして大結界に用がある、っていう風には見えませんし……?
「この先っていうか、ここらが目的地なんだよ」
「え? ここらって……この獣道が?」
「そ。森にゃ生えてない薬草探しててな。……と、早速一枚」
地面に下りた魔理沙さんはひょいっと足元の草を摘み取ります。
「これが薬草、ですか? 傷に効くんですかこれ」
「そのまんま使える薬草って殆どねーぞ。煎じたり調合したり薬液に漬けたりして使うんだよ普通」
そうなんだ。まあそれくらい手間加えないと売り物になりませんよね。ゲーム知識ですけど。
「ついでに言うと、こいつを傷口に貼ったりしたらじわじわ腐るぜ」
「えっ」
こわっ。
「宿場で旅人の足止めに使われた――なんて噂もある毒草さ」
似合ってない、悪そうな笑みで魔理沙さんは葉っぱをひらひらさせる。
うわあ、ちょっとだけ魔女っぽい。
「そ、そんなもの何に使うんです?」
「このまんまじゃ毒だが、とある溶液に漬けると魔法のお薬にドロンと化けるんだぜ」
「魔法の……とある溶液って?」
「そりゃ商売上の秘密ってヤツさ。特に早苗んとこに真似されちゃ大損だぜ」
「ケチですねー。ところで何の薬になるんです?」
「ケチ言うな。予防薬だよ、ヒダル神封じってとこかな」
「ひだる……?」
「あれ、知らない? ほら、山道歩いてると急に腹が減って動けなくなるってヤツ。酷いと死んじまうとか、手当たり次第襲って食っちまうとかいうだろ。餓鬼の一種だな。幻想郷は冥界の穴があったりするせいか、結構頻繁に出るんだ」
……正直知りませんけど、私ソレ持っといた方がいい気がします。
いや別におなかが減って霊夢さんに噛みついたわけじゃないんですけどね?
「なんだそのビミョーな顔。心当たりでもあったか」
「い、いえ別に? そのお薬おいくらですか?」
「……なに、まさか巫女なのに憑かれてんのかおまえ」
「ままままっさかぁ!」
すっごいジト目で見られちゃってます。
視線が痛いってほんとにあるんですねえ。えへ。
「さっき、私も、とか言ってたが……神社でなにしてたんだよおまえ」
「遊びに行ってただけですよー? お土産持ってー、みたいなー……はいすいません嘘つきましたなんか霊夢さんに噛みついちゃいました」
白状します。ほんとに視線が痛いんですもん。ちくちくするんですもん。
針のムシロってこんな感じでしょうか。
「噛みついた? 珍しいな喧嘩でもしたのかよ」
「いえ比喩じゃなくてこう、物理的に」
「あ、私用事思い出したから帰るわ」
「魔理沙さんを噛んだりしませ、ん、よ?」
あれ?
「おいなんだよ急に。マジで怖いからやめろよそういうの」
「あ、いえ……あれ?」
そう、魔理沙さんには噛みつきたくなりません。
じゃあ、なんで霊夢さんには噛みついたんでしょう私。
「おいマジ怖いって。なんなんだよ早苗」
「ん、んー……」
じーっと魔理沙さんを見てもわかりません。
霊夢さんも魔理沙さんも女の子で年下で人間。条件は変わらない筈なんですけど。
そりゃ身長とか髪の色とか違いはありますけど……どーもしっくりきません。
「魔理沙さんって結構隙が無いですよね」
「ん、まあ魔法使いなんてやってりゃな。素手でもそれなりだぜ私は」
「ふーん……」
とりあえず見てて気づいたことを口にしてみても、答えって気がしません。
隙。隙だらけだった霊夢さん。なんかその辺な気がするんですけどねえ……
「ちょっと隙見せてくれません?」
「あ? なんだ藪から棒に」
「いえちょっと試したくて」
「よくわかんないな。まあいいけど……こんな感じか?」
だらんと力を抜いて、視線を外して魔理沙さんは隙を作ります。
ぎこちなくてすぐに消えそうな隙ですが、隙は隙。じっと見つめてみますが……
「……魔理沙さんは噛みたくなりませんね?」
「おまえいつの間に人間やめたの?」
「現人神ですけど?」
厳密に人間と言えるのか本気で自信ないです。
「えーと、なに? おまえんとこの神様人喰うの?」
「神奈子様たちですか? どうなんでしょう……」
「おいそこは即答しろよ神職」
「実はうちの神社のしきたりとか伝説とか詳しくないんですよね」
「駄目だこの現代っ子」
食べてるとこ見たことありませんし食べないんでしょうけど。多分。きっと。メイビー。
神奈子様はともかく諏訪子様の方がちょっと信じきれないんですけど。たまに人外の目をしますし。
「ま、よくわからんが喧嘩したんなら仲直りは早い方がいいぜ?」
「いや別に喧嘩したわけじゃ……」
怒られはしましたけど。
「そう思ってるのは当人だけ、ってのはよくある話さ。殴った方は忘れてても殴られた方は忘れないって言った方がわかりやすいか?」
「むう……含蓄のあるお言葉です」
「こちとら弱々しい人間様だからな。弱者の視点ってのは見慣れてんだよ。霊夢が弱者に回るってのはありえねーと思うが」
それは同感。隙だらけで華奢なのに弱そうな印象ゼロですもんあの人。この間素手で薪を割ったの見ちゃいましたもん。
そういえばなし崩しに蹴り出されちゃって謝ってなかったなあ。
うー、なんで、はともかく噛んじゃったのは事実ですし謝った方がいいですよねぇ……
「まだ悩んでんだったら相談乗るぜー。有料で」
「友達からお金取る気ですか」
「霧雨魔法店は年中無休で営業中でございますってな」
「がめついなあ。わかりましたよ謝りに行きますよー」
「面と向かってがめつい言うな。そうした方がいいだろ」
けらけら笑う魔理沙さんに軽い意趣返しをして、踵を返します。
ぬー。いざ謝るとなるとなんか足取り重くなりますねー。
あ、そっか。足が重いんだったら飛べばいいんだ。
なんて浮かんだら、背に魔理沙さんの声がかけられました。
「んー、まあ、あれだ」
振り向けばなんとも複雑そうな顔をした魔理沙さん。
「喰うなよ?」
食べませんよ。
何故か、即答すべきそんな言葉が出ませんでした。
「ただいまー」
「ここはアンタん家じゃねえ」
出戻りなんだからいいじゃないですか。
しかし霊夢さんはじろりと睨んできます。こわい。
うう、居間に座り込んでお茶を啜ってるだけなのにオーラがバリバリです。
「あれの後でよくまー顔出せたもんね?」
殆ど言い訳も出来なかったじゃないか、と言いたいところですが我慢我慢。
怒るのも怖がるのも無しです。私が先に謝るべき。そう決めてきたのだから。
霊夢さんは年下なわけですしー……ここは年上の私が折れるのが筋、ですよね。
いがみ合ってばかりじゃ事態は好転しないのです。ストップウォーノーモアガンズの精神です。
というのを抜きにしても噛んだ私が原因ですしね、うん。
「あー霊夢さん」
「あん?」
やめてそのおっかない相槌。
心がぽっきりいきそうです。
「噛んじゃってごめんなさい」
「…………」
え。なんですかその沈黙。耐えられません。
「えっと、霊夢さん?」
「……出てった後誰かに会った?」
「は? あ、まあ。魔理沙さんに会いましたけど」
返事無しで話逸らされるとは予想外。
許す許さないに進むとしか思ってなかったんですけど……うう、どうすればいいんでしょう。
その2パターンなら想定してたから対応できますが私アドリブ苦手なんですよ。困ります。
狼狽える、テンパる、焦る。だけど霊夢さんはそんな私と対照的に、笑った――悪そうに。
「あの、なんですか」
似合うなあ悪人顔。
「別に? 納得しただけよ。ああ魔理沙がお節介焼いたんだなって」
おせっかい? 普通に日常会話しただけですけど……
「だって早苗があっさり謝りにくるわけないじゃない。神奈子あたりに諭されて翌日ってのがパターンでしょ?」
「んな!」
い、いくらなんでもみくびり過ぎです! 私だって自分で考えて謝りますよ!
今回は魔理沙さんに言われて気づきましたけど!
って、なに肩揺らして笑いを噛み殺してるんですか。
「ん、ごめんね早苗」
「え」
あれ。うん? 謝られ、た? うん謝りましたね霊夢さん。
えーと、今のは……えーと、何に対して……?
「ほいこれでお相子。蹴ったのにプラスして、釣り合い取れるでしょ? 乙女の首噛んだんだからね」
あー、そういう。あっれー、なんか釈然としませんよー?
不平等ーと文句を言いたい気もしますが……むう、我慢、です。
年下の子のなんか、やんちゃ? を許容するのも年上の、ほらあれですよ、役目? みたいな。
原因私ですしね!
「……おっけーです。これで手打ちです」
「わお、不満が滲み出てるわ」
頑張ってそういう気配出さないようにしてるんですけどね!
「ま、座んなさいよ。お茶くらい出すから」
「はは、釈然としません」
「っていうか早苗って時々ヤクザっぽいこと言うわよね。何の影響?」
「へ? そうですか?」
「うん。手打ちとか。普通使わないわよ」
そう……かな? ヤクザって言われても、そういう知り合いいませんし。影響受けるって言ったら映画とかなんでしょうけどヤクザ映画って見たことないです。はっきり言ってそのへんさっぱり。手打ちとか、そういう言い回しは諏訪子様がよく言ってた気がするんですけど。諏訪子様は神様ですし関係ないですよね?
「よくわかんないです」
「なんか不穏な気配感じた。具体的に言うとあんたの髪飾り上段あたりから」
「霊夢さん疲れてます?」
唐突に意味不明なこと言い出すとか。
「早苗にそういう心配されるってなんかムカつく」
どーいう意味でしょう。
「ま、それはいいか。それより問題なのは……」
「はい?」
問題って、まだなんかありましたっけ?
「なんでいきなり噛みついたか、よ」
うえ、まだ引っ張りますかそれ。
って言われてもですね、私自身まだわかってなくてですね。答えようがないんですよ。
魔理沙さんとの実験は不発でしたし私が例のひだるがみ? とかに憑かれてるってことはないみたいですし。
不毛な議論に発展しそうだから手打ちで流せないでしょうか……
「考えてみたら言い訳も聞いてないしさ、すっきりしないのよ」
「えー、まあお気持ちはわかりますけどー、はい」
「ん? あんた自身わかってない系?」
「……お恥ずかしながら」
わかってくれたのは嬉しいですけどこう、うん、ほんとに恥ずかしいですねこれ。
お恥ずかしながらが本当に恥ずかしいです。こんな嫌な気持ちを新鮮に味わいたくなかったです。
「ふーん……んじゃ、順番に説明してよ」
「順番に?」
「そ、噛みつく直前に考えてたこととか。今日のことなんだし思い出せるでしょ」
そりゃ、できますけど。
……うえー……この恥ずかしいのまだ続くんですかぁ……?
もう暗くなっちゃうし帰りますーって通じないかな……秋の日はなんとやら。
「えーと……霊夢さんが、私のおなかに手を伸ばして」
「ふんふん」
うう、恥ずかしい。
「私の胸に顔突っ込んできて」
「ちょっと待て」
「はい?」
「それ噛まれた時だし私が突っ込んだのは額で顔じゃないわ」
「ほとんど顔じゃないですか」
「違う。かなり違う。ほら訂正」
「えーと」
前後してましたか。じゃあ……なんでしたっけ。
「うーん? あ、思い出した。霊夢さんの髪が肩から落ちてうなじ見えたんですよ」
「噛んだとこ?」
「そうです。それでキレイだなーって思って、がぶっと」
「なんじゃそら」
「だからわかんないって言ったじゃないですか」
キレイだなとがぶが繋がってないんですよね。
まあそもそも他人を噛んだのなんて初めてなんで尚更わかんないんですけど。
「ぴんときた」
「えっ」
ぴんて。え? 今ので? なんじゃそらって言ったじゃないですか。
「ふむ。なるほどね、だから甘噛みか」
「いやちょっと置いてけぼりなんですけど」
説明してください。ほんと頼みます。さっぱりです。
「つまりさ、じゃれついてたのよ」
じゃれ?
「……猫みたいにですか?」
「犬でもいいけど。ほら、犬猫って懐いてる相手噛むじゃない。甘噛みで。気を惹きたくてやるらしいけど」
……? なんかしっくりきませんね。気を惹くって言われても二人っきりでおしゃべりしてましたし……あれ以上に構えって私が思ってた? どうも、違う気がするんですけど。そもそも私そこまで子供っぽくないですし。
「む。ツッコミ待ちの気配」
「霊夢さんほんと疲れてます?」
「ムカつく」
ぬー、答え言われて余計にわかんなくなりました。
「…………」
じゃれるというのは違いますよ。大体犬猫であること前提じゃないですか。私人間……になるのかなぁ? 程度には人間ですし。うん、現人神は人間枠でよし。今決めました。現人神が決めたんだから決定です。つまり私は人間なので犬猫の行動は当てはまらないということ。QEDってやつですよ。なんとか証明です。まったく、自信満々で言い切るから一瞬まさかって思っちゃいましたよ。霊夢さんの勘も外れることあるんですねー。
「そういえばさ」
「なんですか?」
「噛む前にもなんか考え込んでたじゃない。あれ何考えてたの?」
「ああ、あれは大したことないですよ。霊夢さんは隙だらけだなーって。ほら私武術やってますから」
「なるほどね。隙だらけ、ね」
それだけの話ですよーって、なんか霊夢さん近づいてませ
「え」
ひゅるって音がしたと思ったら、正座したまま私の上半身が後ろに倒れて、る。
あ、あれ? なんで肩押さえ込まれて、っていうか霊夢さん私に覆い被さってなにを、
「がう」
――――声も、出ない。
首に、喉笛に、霊夢さんが、噛みついてる。
肉に食い込む歯の感触。血管を舐める舌の動き。肌に感じる彼女の吐息。
完全に、私の命が、霊夢さんに握られてる――――
「隙あり」
首元から聞こえる、彼女の声。
もう噛みついてはいないけど、彼女の口は私の首から1センチも離れてなかった。
「え、な、す、隙って」
「つまりさ」
先ほどとまったく同じ調子で彼女は言う。
「今早苗が感じたことを、私にやりたかったってことでしょ」
ああ。
その通り。
完全に理解する。
あの時、私が彼女に噛みついたのはそういう理由。
これこそQED。本当に証明完了、だった。
「――がう、は無いですよ」
「そ? 獣っぽい方が好みかなって思ったんだけど」
「好みなら、ロマンチックな方が好きです」
「残念。只今ロマンチックは品切れです」
「なら、何があるんですか? 霊夢さん」
「あるのはケダモノっぽさだけよ、早苗」
なるほど? 確かにそうですね。完全に押さえ込まれて、身動きできません。
正座したまま倒されたから足はびくともしませんし、両肩に体重かけられて、肘から先しか動かせない。
ここまで見事な押さえ込み、初めて味わいました。脱出不可能。完璧に制圧されちゃってます。
「ほら暴れない」
「無茶言いますね」
大分無理がある体勢だってわかってます? 私がもう少し体硬かったら、足の筋痛めてますよ。
「悔しかったら私より強くなってみせなさいよ。弱いままなら捻じ伏せられるだけ」
ああもう、ほんとうにケダモノみたいなこと言って。
これじゃ私だって、そういうことしか言えなくなっちゃいます。
「早く、あなたの首に噛みつけるようになりますよ。霊夢さんは隙だらけですから」
「言うじゃない早苗。ご褒美に私の指を噛ませてあげる」
何か言うより先に口に霊夢さんの指が突っ込まれる。
足りない。こんなのじゃ霊夢さんの命に届かない。
噛んだって、霊夢さんの全てを手に入れられない――
「今日のところは私の勝ち。あんたの命は私のモノ」
首に、霊夢さんの唇が触れる。
「それじゃ」
「がう」
レイサナグッド。
単に早苗さん相手だったから隙だらけだったのか。
あまじゅっぱい。
ところでおなかに落ちた羊羹が見えないってのは胸が
とにかく甘噛みエロティック!
この早苗さんは早苗ちゃんと呼びたい早苗さん
がうがう
魔理沙wwwwww
にしても霊夢はのど元とは容赦しねーな
ほんと、見てるだけで笑顔になれる!