博麗神社が、数多のルーミアで溢れ返った。
「何よこれ!?」
つっこまずにいられなかったのはこの神社の巫女である博麗霊夢。
まだ日の出きってはおらぬ薄暗い早朝、日課の落ち葉拾いでもしようかと外に出れば、見渡す限りルーミア、ルーミア、ルーミア。
境内を埋め尽くさんルーミアたち、鳥居によじ登るルーミアたち、縁側でのほほんとしているルーミアたち、屋根の上ではしゃいでいるルーミアたち、ちょっと上空を飛びまわっているルーミアたち。
「ひい、ふう、みい……ああ、数える気にもならない!」
指折り数えることは速攻で諦め、両手で頭を掻き毟る霊夢。
理解不能な光景に、いらいらが募るばかり。とりあえず手近なルーミア一人の首根っこを捕まえた。
「ちょっと何が起きてるのか説明しなさい! 事と次第によっちゃあ容赦しないわよ! それと、こんなに神社を占拠するっていうんならお賽銭払いなさい!」
口早に捕まえたルーミアを責め立てる。
一方捕まえられたルーミアは、困った顔をして抗議する。
「あぁん、お放しになって! 暴力はいけませんわ!」
「……っ!?」
咄嗟のことに驚いて、霊夢は捕まえていた手を離した。
するとルーミアはわき目も振らず逃げ出して、もう他のルーミアたちに紛れてしまった。
「あれがルーミア……? 違う、あんなのルーミアじゃないわよ」
まさかと思う霊夢。
再びそこらへんにいたルーミア一人をとっ捕まえた。
「何だよコノヤロー! 離せバーカ! 馬鹿巫女!」
「生意気!」
ポイっと放り捨て次を捕まえる。
「………………」
「何か喋りなさいよ!」
ポイっとして次。
「あはは! あはは! あはははあはは!」
「笑ってるだけじゃないの!」
次。
「ねえ、何か食べ物ない?」
「あったとしてもあげないわよ!」
もう一丁。
「Святой был распят на кресте」(「聖者は十字架に磔になりました」)
「何喋ってるのか分からん!」
まだまだ。
「Saint fu crocifisso sulla croce」(「聖者は十字架に磔になりました」)
「あんたもか!」
もう一人。
「えうっ!? うう……うえぇ……うわあああぁぁぁぁん!!」
「あ、ちょっと泣かないで!」
手を引っ張った途端に泣きだしてしまったルーミアをあやしながら、霊夢は考えた。
ここにいるルーミアたちは、各々がちょっと違う。
見た目は皆同じルーミア。しかし性格は多種多様でバラバラ。何故か一部は言語まで異なる。
いや、見た目もほとんど一緒であるが微妙に違う。
背が高めであったり、小さめであったり、ちょっとふっくらしているのもいれば、痩せ型のもいる。
髪が長めだったり、短めだったり、ツリ目だったり垂れ目だったりすると印象が変わってくる。
あとは、胸とか。
「うう……ひぐっ……」
「あーはいはい大丈夫。いじめないから。いじめないから」
それはともかくとして、目の前の小柄な泣き虫ルーミアはなんとか収まってくれそうだ。
必死になって頭を撫でたのが功を奏した。
「……本当?」
「本当本当。だからもう泣きやんで、そこらへんで遊んでなさい」
「うん! お姉ちゃんありがと!」
「……うっ」
まったく罪も穢れも無いような笑顔が霊夢の胸に突き刺さる。
あんな無邪気なルーミアは見たことが無い。いや、霊夢の知る限りルーミアはいつだって無邪気で能天気なのだが、こう庇護欲にかられそうな無邪気さは初めてだ。調子が狂う。
「でもまあやっぱりこの状況はまずいわね。もしこれだけのルーミアが幻想郷中に散らばれば、里の人間が喰われることはないでしょうけど他にも色々と喰い荒らされ……ん?」
嫌な予感がする。
できれば絶対に当たってほしくない予感が。
霊夢は周りにたむろするルーミアたちを押しのけて一目散に駆けだした。
目指すは、食料庫として使っている蔵。
「おうなんや姉ちゃん? 姉ちゃんも一杯やるか?」
「そう遠慮せんで、姉ちゃんもこっち来て飲み」
「飲ーみましょおー、飲ーみましょおー、みーんなーでー飲ーみましょー」
「遅かった……」
半開きになっていた扉から入ると、三人のルーミアたちが蔵の中の食料を肴に酒を呷っていた。
その酒も、霊夢が大事に取っておいた美味しいお酒。
「あんたたち……」
「なんや姉ちゃん震えとるで? 寒いんか?」
「そんな肌出しとるから悪いんやて。もっとあったかい格好せな」
「寒いぞ震えるぞー」
怒り心頭の霊夢は、ぷるぷると震えながら懐からお札を取り出した。
「まとめて退治!」
「「「のわー!!!」」」
「……はあ」
とっちめた三人のルーミアは放っておいて、蔵から戻ってきた霊夢は縁側に腰を落ち着けた。
落ち着けたと同時に、大きなため息。
「本当にどうしようかしら、これ」
前にはルーミア、横にはルーミア、後ろにはルーミア、上にはルーミア。
それぞれが自由気ままにうろちょろとしている。ルーミアづくしは終わらない。
「退治するのも骨が折れそうね。ああ、このルーミアたちが里に出て、発生源がこの神社だと言いふらされたら一貫の終わりだわ。ルーミア神社と揶揄されて参拝客がますます減ってしまう」
「そんなこと言って、今までだって人間の参拝客なんてほとんどいなかったじゃない」
「……うん?」
一人のルーミアがとてとてと歩いて来て、霊夢のすぐ横に腰かけた。
そのルーミアの様子に霊夢は違和感を覚えた。いや、その表現は正確でない。
正確に言えば、違和感を覚えなかったことに違和感を覚えた。
「あんた、いつものルーミア?」
「うーん、当たりと言えば当たりかな」
霊夢の問いに、ルーミアは事もなげに答えた。
そのさばさばとした態度に少しばかりイラッとしたのは霊夢。
こちとらそっちのせいで頭を悩ませんているんだと、ルーミアの良く伸びる両頬を抓る。
「いひゃいよー。ほうりょふふぁんたーい」
「…………」
抓りながらも、霊夢は感じていた。
このルーミアはやっぱりいつものルーミア。いまいちつかみどころの無い、間抜け顔の能天気妖怪。
少し気が晴れたところで、霊夢は抓るのをやめた。そして両頬を擦るルーミアにずいっと迫った。
「それで、当たりと言えば当たりってどういうことよ? この偽ルーミアたちは何者なのよ?」
「んー」
恐い顔で詰め寄られても、ルーミアはマイペースを崩さない。
しかしながら霊夢の両手が再び自分の頬へ襲いかからんとしていることを察知すると、慌てて口を開いた。
「説明するよりも見てもらった方が早いと思うよ」
「見るって一体何を……?」
霊夢が言い終わる前に、ルーミアはその場で立ち上がり、大きく息を吸う。
「おーい! 『わたし』たちー!」
その一言で、今の今まで好き勝手に動き回っていたルーミアたちが一斉に動きを止めて、ルーミアへ目を向けた。
小さな体に全ルーミアたちの視線を浴びながら、ルーミアは言葉を続ける。
「第何回目かは忘れたけどー! これからルーミア代表、『ルーミアオブルーミア』を決める戦いを始めたいと思いまーす! 戦って、戦って、戦い抜いて、最後に立っていた者が『ルーミアオブルーミア』です! それではっ! ルーミアファイトォ! レディー……」
「「「「「「「「「「「ゴー!!!!!」」」」」」」」」」」
「と、まあこんな感じだよ」
「なるほど、全く分からん」
「いひゃいー」
号令を終え、再度霊夢の隣に腰をつけたルーミアの頬を霊夢は襲う。
「ルーミア代表」、「ルーミアオブルーミア」、「ルーミアファイト」、意味の分からない言葉ばかり。
霊夢の堪忍袋は修繕不可能なくらいにブチ切れそうだった。
「一から十まで全部説明しなさい!」
「分かったよー」
若干涙目になりながら頬を揉みつつ、ルーミアはしぶしぶ口を開いた。
「さっき霊夢は偽ルーミアって言ったけど、全員間違いなく『ルーミア』だよ」
「……話が見えないわ」
「闇って曖昧なの。だから『ルーミア』も曖昧で、色んな『ルーミア』がいるの。よく覚えてないけど確か一応666人だった気がする。普段は一人が代表して『ルーミア』になって、他の『ルーミア』は表に出ないで代表の中で寝てるんだよ。でもたまにはみんな外に出て、代表入れ替え戦をやる」
「それが『ルーミアオブルーミア』を決める『ルーミアファイト』ってこと?」
「うん!」
「…………」
納得できたわけではない。
正直に言って、話が突飛すぎて俄かには信じられない。
だが、理不尽なのが妖怪の常。幻想郷ではよくあることと、霊夢は割り切る。
割り切ったところで、問題がある。
「どうして、そのルーミアファイトを、うちの神社で、やるのかしら?」
「あ゛あ゛あ゛こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ゛ひ゛ろ゛か゛っ゛た゛か゛ら゛つ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛」
「広かったからつい、じゃないわよこのお馬鹿」
霊夢の容赦の無いグリグリ攻撃がルーミアのこめかみを襲う。
霊夢にしてみれば、その曖昧なルーミアたちが大集合してくれたおかげで落ち葉拾いは不可能になり、取っておいた酒は飲まれ、溢れ返るルーミアに頭を悩ませなければならなかったのだ。
これくらいは痛めつけておかないと腹の虫がおさまらない。
「うう……暴力巫女、さっきの泣き虫には優しかったくせに……」
「なぁんですってぇ?」
「な、なんでもない!」
相当効いたのか、ビシッと背筋を伸ばすルーミア。
そこへ、イライラの少しすっきりした霊夢が、それに、と話を進めた。
「こんなにたくさんのルーミアに戦われたらうちの神社が壊れちゃうじゃないの」
「それは大丈夫。最初の方の戦いは大したことないから。まあ見てて」
霊夢とルーミアの目の前で、ルーミアとルーミアが対峙する。
両者ゴクリと息をのみこんで、手を振りかぶる。
「「さいしょはグー、じゃんけんぽん!」」
出された手は、チョキとグー。
チョキを出したルーミアが悔しそうな顔をした。
「ああ今回はもう終わりかー。残念」
言うと同時に、チョキのルーミアから色が失われ、ただの影になった。
そしてすぐさま霧散し、グーのルーミアへと吸い込まれていった。
「『ルーミア』たちにも実力差があるから、最初は可愛い戦いだよ。じゃんけんの他にもあっちむいてほいとかメンコとかおはじきとか。戦いが激しくなるのは数が絞られてくる頃だから」
「…………」
淡々と話すルーミアに比べて、霊夢は結構驚いていた。
実際に消えゆくルーミアを目の当たりにして、先ほどのルーミアの説明が現実味を帯びてきたのだ。
ふと、泣き虫ルーミアを目で追った。
すぐさま見つけると、あちらもこちらの視線に気付いたようで、笑顔で手を振りながら、影となり消えた。
「あ、泣き虫ちゃん今回は健闘したね。前はすぐ泣いちゃって戦いもせずリタイアなのに。霊夢のおかげかな?」
「これはなかなか、捉えようによってはむごたらしい光景ね」
「そーなのか? さっきも言ったけど、普段は寝てるだけで死ぬわけじゃないよ。闇が無くなるなんてありえないもの」
「それじゃああんた……いやあんたたちは不死身なの?」
「さー?」
ルーミアの返答は要領を得ない。
これ以上聞いたところで意味はないだろうと、霊夢は話を変えた。
「そう言えばあんたは戦わないの?」
「わたし? わたしはディフェンディングチャンピオンだから出番は最後だよ」
ルーミアは自信満々に、あっけからんと言ってのけた。
ルーミアファイトは意外と静かに進んだ。
勝負の方法と言えば本当に子どもの遊びに毛が生えた程度。
勝負するのがルーミアとルーミアで、周りで囃したてるのもルーミアと、異様な光景ではあるが、霊夢もだいぶん馴れた。
「あら、負けてしまいましたわ」
最初に首根っこを掴んだお嬢様風ルーミアは縄跳び勝負で先に引っかかって消えた。
「チクショー負けたー! 自信あったんだけどなあ」
口の悪い生意気ルーミアは相撲勝負で寄り切られて消えた。
「…………………負けた」
ダーツ勝負で負けた無口ルーミアは、最後に一言だけ呟いて消えた。
「あはははははははは!」
笑ってばかりのルーミアは、何故かにらめっこという無理ゲーに挑戦して消えた。
「えーっと、あ、あ、あんぱん!」
食い意地の張ったルーミアは、しりとり勝負で今自分が一番食べたいものの名前を言って消えた。
「……平和ねー」
「そーなのかー」
境内で行われるほのぼのとしたルーミアファイトを眺める霊夢と、その横で寝転がるルーミア。緊張感は欠片も無い。
初めこそ影となり霧散する姿に面食らった霊夢ではあったが、ルーミアファイトの中で消えていくルーミアたちに恐怖といった感情が丸っきりないことを悟ると、気にならなくなった。
ルーミア代表として表に出る権利を持つ「ルーミアオブルーミア」とやらを決める戦いであるというのに、必死さも無い。
能天気妖怪ルーミアの代表を決める戦いともなればこんなものかと、この時まで霊夢は考えていた。
この時までは。
「Урааа!」
「ま、負けてしもた!」
「ああ負けてまった」
「みなさんさよーならー」
蔵で勝手に飲み食いしていた三人衆が瞬く間に消えた。
三人衆が消えたこと自体は霊夢にとってどうでも良かったが、気になるのはその三人衆を倒したルーミアの目つき。
「まるで虎のように鋭いわ。他のルーミアとは雰囲気が違う」
「んーあれはいっつも後半戦まで残る強豪だね。じゃあここからが本番かな」
本番、という言葉を聞いて霊夢ははっとした。
残っているルーミアの数は最初に比べてかなり減っている。
ルーミアによって埋め尽くされんとしていた神社が、今では地上に十人、空中に八人、鳥居の上に三人、そして縁側に座るいつものルーミアが一人。
数えている内に地上から二人、空中から一人消えた。辺りに殺気じみた雰囲気が漂う。
「Caro popolo!」(「愛しい人!」)
「きゃっ!」
雰囲気にのまれそうになった霊夢の目の前に、突如として一輪の花。
よく分からない言葉を話すルーミアの内のもう一人が差し出してきたのだ。
「Caro popolo. Don ' essere spaventato!」(「愛しい人。怯えないで!」)
「え、何言ってるのこれ?」
「わたしもよくわかんなーい。でも多分霊夢を励ましてるんだよ。もてもてだね」
「は、はあ……」
いまいち理解できないまま、霊夢は花を受け取った。
すると花のルーミアは満足そうに笑い、虎のような目つきのルーミアに向かっていった。
「Vai!」(「行く!」)
「Давай.」(「来い!」)
「あー強豪対決だね。何か今の西の十字架と東の十字架の対決らしいけど、今回はどっちが勝つんだろ」
「もう曖昧を通り越して訳分かんないわよ。普段のあんたの中ってどうなってるの?」
二人の強豪が激突する、その時だった。
「皇帝波!」
突然、大きな黒い球体が、拳を交えんとする二人に直撃した。
二人とも弾き飛ばされて重なるように崩れ落ちる。
「Ahi!」(「痛い!」)
「Ой!」(「痛い!」)
二人は重なった二つの影となり、霧散した。
その黒い霧が吸収される先に立つ黒幕。
「ふん、わたしの皇帝波にしてみればあいつらの一人や二人どうってことないわ!」
邪悪そうな笑みを浮かべるルーミアが一人、堂々と立っていた。
倒した二人の影を吸収し終えると、体の向きを変え、地上に残っている数名に向かい両手を広げる。
「皇帝波!」
大声とともに、左右に広げていた両手を前方に押し出した。
すると、さきほど二人のルーミアを葬り去った黒い球体が勢いよくルーミアの体から放出され、残存するルーミアたちに襲いかかった。
「わあー!」
「反則だよー!」
「強過ぎるよー!」
黒い球体に薙ぎ払われ、ルーミアたちが影となり霧散した。
気付けば、これで地上に残っているのは邪悪な笑みを浮かべるルーミア一人のみ。
「勝利なんて容易い!」
「……ツッコミが追いつかないのだけれど」
「そーなのかー」
霊夢の率直な感想をルーミアはさらっと受け流す。
霊夢も霊夢でルーミアの答えに期待してはいなかった。どのような説明を貰ったところで現状を上手く理解する術などないと直感が囁いていたのだ。
そして霊夢の予想通りというか、事態はなお混沌としていく。
「そこまでだ!」
「何!?」
地上戦を制したルーミアに向かって、今度は空中戦を制したルーミアが両手を広げて屋根の上に立っていた。
「あんたが皇帝を名乗るなんて百年早い! 帝王はこのわたし、『聖帝ルーミア』ただ一人よ!」
「うるさい! あんたなんて皇帝波で蹴散らしてあげる!」
「やれるものならやってみなさい! なんか鳳凰拳の真髄、天空を舞う闇の鳳凰の羽を捕えることなんてできないわ!」
聖帝ルーミアが勢いよく飛び降りると、邪悪な笑みのルーミアも思いっきり飛び上がった。
二人が空中で交差する。
「皆殺しカッター!」
「ふふふふふ!」
邪悪な笑みのルーミアは足を伸ばして蹴りあげ、聖帝ルーミアは笑いながらまるで素通り。
交差後、二人のルーミアはほぼ同時に着地した。
しかし、両者の違いはすぐにあらわれた。
「うう……」
「ふふふ、鋼鉄をも引き裂くかもしれないわたしの攻撃に耐えるなんてやるじゃない」
邪悪な笑みのルーミアが肩を押さえてうずくまった。
聖帝ルーミアが通り過ぎたその刹那、手痛い一撃を喰らったようだ。
だがしかし、未だ戦意は潰えていない。
「退かない! 媚びない! 省みない! 皇帝に逃走は無いのだ!」
「あー!? 他人のセリフ取るなよう!」
「そもそもあんたのセリフでも無いでしょう?」
「あ、それもそうか」
と、一幕置いたところで邪悪な笑みのルーミアが立ち上がり、両手を広げた。
片や聖帝ルーミアも両手を広げ、二つの十字架が向かい合う。
「喰らえ! 皇帝波!」
「ふふふはははは!」
聖帝ルーミアは軽く飛び上がり、自身へと放たれた黒く大きな球体を難なくかわす。
そしてまた、邪悪な笑みのルーミアに向かって美しく急襲した。
「なんか鳳凰拳奥儀! 飛翔十字麗!」
「それ……なんか……違わない……!?」
聖帝ルーミアの渾身の手刀を両肩に受け、息絶え絶えになる邪悪な笑みのルーミア。
そのまま聖帝ルーミアの胸の中で影となり霧散した。
「誰もわたしに勝つことなんてできないのだ!」
ガッツポーズをしながら勝利宣言をする聖帝ルーミア。
霊夢はただただ唖然としながら見ていた。
ルーミアは縁側に寝そべってだらだらしていた。
「ねえルーミア。何かとんでもないことになってるけど大丈夫なの?」
「あーいいよ別に。あれくらいたくさんいる『ルーミア』の中の個性ってことで」
「あれを、というか、ここにいたルーミア全員を個性の一言で片付けられる神経の図太さに敬服するわ。闇の曖昧さってすごいのね。で、あんたあれに勝てるの?」
「んー?」
問われたルーミアは、上半身だけむくりと起き上がらせて首をかしげる。
「まだもう一人いるよ」
「えっ?」
霊夢が少し目を離していた隙に、次の戦いの火蓋が切られていた。
「暗黒の指!」
「むう!」
手に黒い闘気を纏わせた、なんとなく師匠と呼びたくなりそうな雰囲気のルーミアが、聖帝ルーミアに襲いかかる。
それを聖帝ルーミアが避けると、襲撃したルーミアは腕を組み不敵に笑った。
「ふん! このマスタールーミアを差し置いて最強を名乗るなど笑止千万! 片腹痛いわ!」
「ふふふ、そういえばあんたがいたことを忘れていたわ」
「鳥居の上での戦いが楽すぎてね。あんたたちがのろのろやってるから見学させてもらったわ」
重々しい会話をする中で、次第にマスタールーミアの体が闇に覆われていった。
闇は球形にどんどん大きくなり、ついにはマスタールーミアの首から上だけを露出させた球体となった。
「超級覇王暗影弾!」
そのかけ声とともに、首以外球体のマスタールーミアが聖帝ルーミアに突進する。
聖帝ルーミアがそれを回避するものの、マスタールーミアは向きを変え、執拗に追いかける。
一度避け、二度避け、三度避けてもどこまでもついてくる。
「めんどくさい……! そんなこけおどし通用しないよ!」
「うお!?」
追われ続け、苛立ちが募ってきた聖帝ルーミアは、近くにあった木の枝を一本へし折り、槍投げのようにマスタールーミアへ放り投げた。
怯んだマスタールーミア。思わず球体の闇を解除してしまう。
「やるね、わたしの超級覇王暗影弾を打ち破るなんて」
「ふふふ、でもいつまでも戦い続けるのも面倒だわ。早く終わらせるよ」
勝ち誇った態度の聖帝は飛び上がり、鳥居の上に立って、両手を広げた。
それに呼応するかのように、山の端から覗く日差しが強まり、まるで聖帝ルーミアに後光がさしているかのようだった。
「帝王の拳、なんか鳳凰拳に構えは無い。敵は全て下郎。でも対等の敵が現れた時、帝王自ら虚を捨て、これに立ち向かわなければならない」
「さっきもその構えしてたじゃない」
「さっきも対等の敵だったからね」
「意外と安っぽいのね」
急に割って入る緩い会話はそれほどにして、両者睨みあう。
一拍の間。
置いてけぼりの霊夢とやる気なさげなルーミアを余所に、ルーミアファイトはクライマックスを迎えた。
「なんか鳳凰拳奥義! 天翔十字架鳳!」
先ほどに比べてそれっぽい技名を叫び、聖帝ルーミアが鳥居の上からマスタールーミアめがけて飛び降りる。
だがマスタールーミアは微動だにせず、掌を静かに前方へと押し出した。
「石波天活殺拳!」
「のああああ!?」
マスタールーミアの掌から放たれた巨大な闘気が、聖帝ルーミアを貫く。
直撃を受けた聖帝ルーミアは、吹き飛ばされて鳥居に叩きつけられた。
「今の一撃で、あんたの足はもう使えない。飛び上がる時に勢いをつけるための足がね。闇の鳳凰の羽は既にもがれたの」
淡々と冷徹なマスタールーミアの言葉。
それを聞きながら、聖帝ルーミアは苦笑いしつつ、痛む足を堪えて鳥居の上に立つ。
「最後に聞きたいことがある……ここで言うべきセリフをさっきのやつに言われちゃったんだけど、どうすればいいかな?」
「じゃあもう負けでいいんじゃない?」
「ぬくもり……ふふ、完全にわたしの負けね」
「いや、そんなこと言ってないけど」
「オオグイ師匠……もう一度、ぬくもりを……」
とりあえず言っておきたかったのだろう。愛を思い出したかのような安らかな顔をして、聖帝ルーミアは影となり散った。
これで残るは、ルーミアファイトを勝ちぬいた修羅マスタールーミアと、いつものお気楽ルーミアだけ。
「ううん、ようやくわたしの出番かな」
ずっとだらだらと見学していたいつものルーミアは、大きく伸びをして体をほぐしながら立ち上がった。
その姿を見ながら霊夢は考えていた。このルーミアはこれで見納めかな、と。
「こういっちゃなんだけど、あんたがあれに勝てるなんて微塵にも感じないわ」
「そーなのかー」
特に気にもとめていないようで、いつものルーミアは振り返ることもせず、真っすぐマスタールーミアの元まで歩いていく。
その後ろ姿を引きとめようとして、霊夢は手を下ろした。これは一妖怪の私事であり、余計なお節介は慎まなければならない。
いつものルーミアがマスタールーミアの正面に立ち、深々とお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
対するマスタールーミアは、武者震いして拳を握る。
「ふふ、懐かしいな馬鹿弟子よ。かつてわたしは常勝無敗の絶対王者、『ルーミア不敗』だった。でも、数ある闇の中から馬鹿弟子が生まれ、わたしは初めて負けた。今こそ雪辱の時……」
「そーなのかー」
「口上はこれまで! 暗黒の指!」
「おー?」
手に暗い闘気を纏わせ、マスタールーミアはいつものルーミアへ飛びかかる。
終わったと、霊夢は思った。
確かにその通り、勝負は一瞬だった。
「色々と予想外すぎて、ずっと疲れっぱなしだったわよ」
「そーなのかー」
いつものルーミアが、博麗神社の掃除に付き合わされていた。
ルーミアたちのせいで出来ないままだった日課の落ち葉拾いと、やはりルーミアたちが多過ぎてしまったせいで散らかってしまった諸々の片付けに勤しむ。
愛用の箒を動かしながら、霊夢はため息を漏らした。
「それにしても変なルーミアばっかりだったけど、一番予想外だったのはやっぱりあんたね。まさか一撃なんて」
「むー?」
勝負は一瞬だった。
飛びかかってくるマスタールーミアに対して体を捻ってかわし、カウンターの一撃で地面に沈めた。
山間より昇りくる陽を眺め、いつものルーミアとともに「見よ! 東方は赤く燃えている!」と叫び、マスタールーミア、暁に散る。
「能天気なばかりだと思ってたけど、やる時はやるのね」
「いひゃいよー、れいふのいじわるー」
何の抵抗も無く両頬を伸ばされる様を見ると、さっき見たものが嘘のように思えてくる。
闇の曖昧さから生まれたルーミアとやらは実に多種多様だった。
えらく好戦的なルーミアもいれば、やんちゃなばかりのルーミアや、おとなしいルーミア、泣き虫なルーミアもいた。
何故か異なる言語のルーミアもいた。
だが目の前の、いつものルーミアはそれにも増してよく分からない。
能天気なだけだと思っていたら、あんな積極的な姿も垣間見せる。そのくせ今は無抵抗に頬を抓まれている。
「あんたって結局何なの? いまいちはっきりとしないわね」
両手を離した霊夢がしみじみ言うと、ルーミアは今日一番の笑顔でこう答えた。
「それはそうだよ! だってわたしは闇だもん!」
およそ闇とは思われぬ明るい笑顔を見せ、ルーミアは突如飛び上がった。
そして体全体を真っ黒な闇で包み、霊夢に向かってはきはきと話しかける。
「なんか眠くなってきたから行くね! バイバイ!」
「あ、こらまだ掃除は終わって……行っちゃった」
霊夢の言葉に耳を傾けること無く、暁の空を飛び去っていくルーミア。
残された霊夢に、感嘆とも呆れともはっきりとしない曖昧な感情を植え付けて。
ルーミアファイトはひっそりと幕を閉じた。この顛末を誰に話したとて、信じる者はいないだろう。
曖昧な闇の中に静かに佇み、その実態は不明瞭。
それがルーミアという妖怪。
「何よこれ!?」
つっこまずにいられなかったのはこの神社の巫女である博麗霊夢。
まだ日の出きってはおらぬ薄暗い早朝、日課の落ち葉拾いでもしようかと外に出れば、見渡す限りルーミア、ルーミア、ルーミア。
境内を埋め尽くさんルーミアたち、鳥居によじ登るルーミアたち、縁側でのほほんとしているルーミアたち、屋根の上ではしゃいでいるルーミアたち、ちょっと上空を飛びまわっているルーミアたち。
「ひい、ふう、みい……ああ、数える気にもならない!」
指折り数えることは速攻で諦め、両手で頭を掻き毟る霊夢。
理解不能な光景に、いらいらが募るばかり。とりあえず手近なルーミア一人の首根っこを捕まえた。
「ちょっと何が起きてるのか説明しなさい! 事と次第によっちゃあ容赦しないわよ! それと、こんなに神社を占拠するっていうんならお賽銭払いなさい!」
口早に捕まえたルーミアを責め立てる。
一方捕まえられたルーミアは、困った顔をして抗議する。
「あぁん、お放しになって! 暴力はいけませんわ!」
「……っ!?」
咄嗟のことに驚いて、霊夢は捕まえていた手を離した。
するとルーミアはわき目も振らず逃げ出して、もう他のルーミアたちに紛れてしまった。
「あれがルーミア……? 違う、あんなのルーミアじゃないわよ」
まさかと思う霊夢。
再びそこらへんにいたルーミア一人をとっ捕まえた。
「何だよコノヤロー! 離せバーカ! 馬鹿巫女!」
「生意気!」
ポイっと放り捨て次を捕まえる。
「………………」
「何か喋りなさいよ!」
ポイっとして次。
「あはは! あはは! あはははあはは!」
「笑ってるだけじゃないの!」
次。
「ねえ、何か食べ物ない?」
「あったとしてもあげないわよ!」
もう一丁。
「Святой был распят на кресте」(「聖者は十字架に磔になりました」)
「何喋ってるのか分からん!」
まだまだ。
「Saint fu crocifisso sulla croce」(「聖者は十字架に磔になりました」)
「あんたもか!」
もう一人。
「えうっ!? うう……うえぇ……うわあああぁぁぁぁん!!」
「あ、ちょっと泣かないで!」
手を引っ張った途端に泣きだしてしまったルーミアをあやしながら、霊夢は考えた。
ここにいるルーミアたちは、各々がちょっと違う。
見た目は皆同じルーミア。しかし性格は多種多様でバラバラ。何故か一部は言語まで異なる。
いや、見た目もほとんど一緒であるが微妙に違う。
背が高めであったり、小さめであったり、ちょっとふっくらしているのもいれば、痩せ型のもいる。
髪が長めだったり、短めだったり、ツリ目だったり垂れ目だったりすると印象が変わってくる。
あとは、胸とか。
「うう……ひぐっ……」
「あーはいはい大丈夫。いじめないから。いじめないから」
それはともかくとして、目の前の小柄な泣き虫ルーミアはなんとか収まってくれそうだ。
必死になって頭を撫でたのが功を奏した。
「……本当?」
「本当本当。だからもう泣きやんで、そこらへんで遊んでなさい」
「うん! お姉ちゃんありがと!」
「……うっ」
まったく罪も穢れも無いような笑顔が霊夢の胸に突き刺さる。
あんな無邪気なルーミアは見たことが無い。いや、霊夢の知る限りルーミアはいつだって無邪気で能天気なのだが、こう庇護欲にかられそうな無邪気さは初めてだ。調子が狂う。
「でもまあやっぱりこの状況はまずいわね。もしこれだけのルーミアが幻想郷中に散らばれば、里の人間が喰われることはないでしょうけど他にも色々と喰い荒らされ……ん?」
嫌な予感がする。
できれば絶対に当たってほしくない予感が。
霊夢は周りにたむろするルーミアたちを押しのけて一目散に駆けだした。
目指すは、食料庫として使っている蔵。
「おうなんや姉ちゃん? 姉ちゃんも一杯やるか?」
「そう遠慮せんで、姉ちゃんもこっち来て飲み」
「飲ーみましょおー、飲ーみましょおー、みーんなーでー飲ーみましょー」
「遅かった……」
半開きになっていた扉から入ると、三人のルーミアたちが蔵の中の食料を肴に酒を呷っていた。
その酒も、霊夢が大事に取っておいた美味しいお酒。
「あんたたち……」
「なんや姉ちゃん震えとるで? 寒いんか?」
「そんな肌出しとるから悪いんやて。もっとあったかい格好せな」
「寒いぞ震えるぞー」
怒り心頭の霊夢は、ぷるぷると震えながら懐からお札を取り出した。
「まとめて退治!」
「「「のわー!!!」」」
「……はあ」
とっちめた三人のルーミアは放っておいて、蔵から戻ってきた霊夢は縁側に腰を落ち着けた。
落ち着けたと同時に、大きなため息。
「本当にどうしようかしら、これ」
前にはルーミア、横にはルーミア、後ろにはルーミア、上にはルーミア。
それぞれが自由気ままにうろちょろとしている。ルーミアづくしは終わらない。
「退治するのも骨が折れそうね。ああ、このルーミアたちが里に出て、発生源がこの神社だと言いふらされたら一貫の終わりだわ。ルーミア神社と揶揄されて参拝客がますます減ってしまう」
「そんなこと言って、今までだって人間の参拝客なんてほとんどいなかったじゃない」
「……うん?」
一人のルーミアがとてとてと歩いて来て、霊夢のすぐ横に腰かけた。
そのルーミアの様子に霊夢は違和感を覚えた。いや、その表現は正確でない。
正確に言えば、違和感を覚えなかったことに違和感を覚えた。
「あんた、いつものルーミア?」
「うーん、当たりと言えば当たりかな」
霊夢の問いに、ルーミアは事もなげに答えた。
そのさばさばとした態度に少しばかりイラッとしたのは霊夢。
こちとらそっちのせいで頭を悩ませんているんだと、ルーミアの良く伸びる両頬を抓る。
「いひゃいよー。ほうりょふふぁんたーい」
「…………」
抓りながらも、霊夢は感じていた。
このルーミアはやっぱりいつものルーミア。いまいちつかみどころの無い、間抜け顔の能天気妖怪。
少し気が晴れたところで、霊夢は抓るのをやめた。そして両頬を擦るルーミアにずいっと迫った。
「それで、当たりと言えば当たりってどういうことよ? この偽ルーミアたちは何者なのよ?」
「んー」
恐い顔で詰め寄られても、ルーミアはマイペースを崩さない。
しかしながら霊夢の両手が再び自分の頬へ襲いかからんとしていることを察知すると、慌てて口を開いた。
「説明するよりも見てもらった方が早いと思うよ」
「見るって一体何を……?」
霊夢が言い終わる前に、ルーミアはその場で立ち上がり、大きく息を吸う。
「おーい! 『わたし』たちー!」
その一言で、今の今まで好き勝手に動き回っていたルーミアたちが一斉に動きを止めて、ルーミアへ目を向けた。
小さな体に全ルーミアたちの視線を浴びながら、ルーミアは言葉を続ける。
「第何回目かは忘れたけどー! これからルーミア代表、『ルーミアオブルーミア』を決める戦いを始めたいと思いまーす! 戦って、戦って、戦い抜いて、最後に立っていた者が『ルーミアオブルーミア』です! それではっ! ルーミアファイトォ! レディー……」
「「「「「「「「「「「ゴー!!!!!」」」」」」」」」」」
「と、まあこんな感じだよ」
「なるほど、全く分からん」
「いひゃいー」
号令を終え、再度霊夢の隣に腰をつけたルーミアの頬を霊夢は襲う。
「ルーミア代表」、「ルーミアオブルーミア」、「ルーミアファイト」、意味の分からない言葉ばかり。
霊夢の堪忍袋は修繕不可能なくらいにブチ切れそうだった。
「一から十まで全部説明しなさい!」
「分かったよー」
若干涙目になりながら頬を揉みつつ、ルーミアはしぶしぶ口を開いた。
「さっき霊夢は偽ルーミアって言ったけど、全員間違いなく『ルーミア』だよ」
「……話が見えないわ」
「闇って曖昧なの。だから『ルーミア』も曖昧で、色んな『ルーミア』がいるの。よく覚えてないけど確か一応666人だった気がする。普段は一人が代表して『ルーミア』になって、他の『ルーミア』は表に出ないで代表の中で寝てるんだよ。でもたまにはみんな外に出て、代表入れ替え戦をやる」
「それが『ルーミアオブルーミア』を決める『ルーミアファイト』ってこと?」
「うん!」
「…………」
納得できたわけではない。
正直に言って、話が突飛すぎて俄かには信じられない。
だが、理不尽なのが妖怪の常。幻想郷ではよくあることと、霊夢は割り切る。
割り切ったところで、問題がある。
「どうして、そのルーミアファイトを、うちの神社で、やるのかしら?」
「あ゛あ゛あ゛こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ゛ひ゛ろ゛か゛っ゛た゛か゛ら゛つ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛」
「広かったからつい、じゃないわよこのお馬鹿」
霊夢の容赦の無いグリグリ攻撃がルーミアのこめかみを襲う。
霊夢にしてみれば、その曖昧なルーミアたちが大集合してくれたおかげで落ち葉拾いは不可能になり、取っておいた酒は飲まれ、溢れ返るルーミアに頭を悩ませなければならなかったのだ。
これくらいは痛めつけておかないと腹の虫がおさまらない。
「うう……暴力巫女、さっきの泣き虫には優しかったくせに……」
「なぁんですってぇ?」
「な、なんでもない!」
相当効いたのか、ビシッと背筋を伸ばすルーミア。
そこへ、イライラの少しすっきりした霊夢が、それに、と話を進めた。
「こんなにたくさんのルーミアに戦われたらうちの神社が壊れちゃうじゃないの」
「それは大丈夫。最初の方の戦いは大したことないから。まあ見てて」
霊夢とルーミアの目の前で、ルーミアとルーミアが対峙する。
両者ゴクリと息をのみこんで、手を振りかぶる。
「「さいしょはグー、じゃんけんぽん!」」
出された手は、チョキとグー。
チョキを出したルーミアが悔しそうな顔をした。
「ああ今回はもう終わりかー。残念」
言うと同時に、チョキのルーミアから色が失われ、ただの影になった。
そしてすぐさま霧散し、グーのルーミアへと吸い込まれていった。
「『ルーミア』たちにも実力差があるから、最初は可愛い戦いだよ。じゃんけんの他にもあっちむいてほいとかメンコとかおはじきとか。戦いが激しくなるのは数が絞られてくる頃だから」
「…………」
淡々と話すルーミアに比べて、霊夢は結構驚いていた。
実際に消えゆくルーミアを目の当たりにして、先ほどのルーミアの説明が現実味を帯びてきたのだ。
ふと、泣き虫ルーミアを目で追った。
すぐさま見つけると、あちらもこちらの視線に気付いたようで、笑顔で手を振りながら、影となり消えた。
「あ、泣き虫ちゃん今回は健闘したね。前はすぐ泣いちゃって戦いもせずリタイアなのに。霊夢のおかげかな?」
「これはなかなか、捉えようによってはむごたらしい光景ね」
「そーなのか? さっきも言ったけど、普段は寝てるだけで死ぬわけじゃないよ。闇が無くなるなんてありえないもの」
「それじゃああんた……いやあんたたちは不死身なの?」
「さー?」
ルーミアの返答は要領を得ない。
これ以上聞いたところで意味はないだろうと、霊夢は話を変えた。
「そう言えばあんたは戦わないの?」
「わたし? わたしはディフェンディングチャンピオンだから出番は最後だよ」
ルーミアは自信満々に、あっけからんと言ってのけた。
ルーミアファイトは意外と静かに進んだ。
勝負の方法と言えば本当に子どもの遊びに毛が生えた程度。
勝負するのがルーミアとルーミアで、周りで囃したてるのもルーミアと、異様な光景ではあるが、霊夢もだいぶん馴れた。
「あら、負けてしまいましたわ」
最初に首根っこを掴んだお嬢様風ルーミアは縄跳び勝負で先に引っかかって消えた。
「チクショー負けたー! 自信あったんだけどなあ」
口の悪い生意気ルーミアは相撲勝負で寄り切られて消えた。
「…………………負けた」
ダーツ勝負で負けた無口ルーミアは、最後に一言だけ呟いて消えた。
「あはははははははは!」
笑ってばかりのルーミアは、何故かにらめっこという無理ゲーに挑戦して消えた。
「えーっと、あ、あ、あんぱん!」
食い意地の張ったルーミアは、しりとり勝負で今自分が一番食べたいものの名前を言って消えた。
「……平和ねー」
「そーなのかー」
境内で行われるほのぼのとしたルーミアファイトを眺める霊夢と、その横で寝転がるルーミア。緊張感は欠片も無い。
初めこそ影となり霧散する姿に面食らった霊夢ではあったが、ルーミアファイトの中で消えていくルーミアたちに恐怖といった感情が丸っきりないことを悟ると、気にならなくなった。
ルーミア代表として表に出る権利を持つ「ルーミアオブルーミア」とやらを決める戦いであるというのに、必死さも無い。
能天気妖怪ルーミアの代表を決める戦いともなればこんなものかと、この時まで霊夢は考えていた。
この時までは。
「Урааа!」
「ま、負けてしもた!」
「ああ負けてまった」
「みなさんさよーならー」
蔵で勝手に飲み食いしていた三人衆が瞬く間に消えた。
三人衆が消えたこと自体は霊夢にとってどうでも良かったが、気になるのはその三人衆を倒したルーミアの目つき。
「まるで虎のように鋭いわ。他のルーミアとは雰囲気が違う」
「んーあれはいっつも後半戦まで残る強豪だね。じゃあここからが本番かな」
本番、という言葉を聞いて霊夢ははっとした。
残っているルーミアの数は最初に比べてかなり減っている。
ルーミアによって埋め尽くされんとしていた神社が、今では地上に十人、空中に八人、鳥居の上に三人、そして縁側に座るいつものルーミアが一人。
数えている内に地上から二人、空中から一人消えた。辺りに殺気じみた雰囲気が漂う。
「Caro popolo!」(「愛しい人!」)
「きゃっ!」
雰囲気にのまれそうになった霊夢の目の前に、突如として一輪の花。
よく分からない言葉を話すルーミアの内のもう一人が差し出してきたのだ。
「Caro popolo. Don ' essere spaventato!」(「愛しい人。怯えないで!」)
「え、何言ってるのこれ?」
「わたしもよくわかんなーい。でも多分霊夢を励ましてるんだよ。もてもてだね」
「は、はあ……」
いまいち理解できないまま、霊夢は花を受け取った。
すると花のルーミアは満足そうに笑い、虎のような目つきのルーミアに向かっていった。
「Vai!」(「行く!」)
「Давай.」(「来い!」)
「あー強豪対決だね。何か今の西の十字架と東の十字架の対決らしいけど、今回はどっちが勝つんだろ」
「もう曖昧を通り越して訳分かんないわよ。普段のあんたの中ってどうなってるの?」
二人の強豪が激突する、その時だった。
「皇帝波!」
突然、大きな黒い球体が、拳を交えんとする二人に直撃した。
二人とも弾き飛ばされて重なるように崩れ落ちる。
「Ahi!」(「痛い!」)
「Ой!」(「痛い!」)
二人は重なった二つの影となり、霧散した。
その黒い霧が吸収される先に立つ黒幕。
「ふん、わたしの皇帝波にしてみればあいつらの一人や二人どうってことないわ!」
邪悪そうな笑みを浮かべるルーミアが一人、堂々と立っていた。
倒した二人の影を吸収し終えると、体の向きを変え、地上に残っている数名に向かい両手を広げる。
「皇帝波!」
大声とともに、左右に広げていた両手を前方に押し出した。
すると、さきほど二人のルーミアを葬り去った黒い球体が勢いよくルーミアの体から放出され、残存するルーミアたちに襲いかかった。
「わあー!」
「反則だよー!」
「強過ぎるよー!」
黒い球体に薙ぎ払われ、ルーミアたちが影となり霧散した。
気付けば、これで地上に残っているのは邪悪な笑みを浮かべるルーミア一人のみ。
「勝利なんて容易い!」
「……ツッコミが追いつかないのだけれど」
「そーなのかー」
霊夢の率直な感想をルーミアはさらっと受け流す。
霊夢も霊夢でルーミアの答えに期待してはいなかった。どのような説明を貰ったところで現状を上手く理解する術などないと直感が囁いていたのだ。
そして霊夢の予想通りというか、事態はなお混沌としていく。
「そこまでだ!」
「何!?」
地上戦を制したルーミアに向かって、今度は空中戦を制したルーミアが両手を広げて屋根の上に立っていた。
「あんたが皇帝を名乗るなんて百年早い! 帝王はこのわたし、『聖帝ルーミア』ただ一人よ!」
「うるさい! あんたなんて皇帝波で蹴散らしてあげる!」
「やれるものならやってみなさい! なんか鳳凰拳の真髄、天空を舞う闇の鳳凰の羽を捕えることなんてできないわ!」
聖帝ルーミアが勢いよく飛び降りると、邪悪な笑みのルーミアも思いっきり飛び上がった。
二人が空中で交差する。
「皆殺しカッター!」
「ふふふふふ!」
邪悪な笑みのルーミアは足を伸ばして蹴りあげ、聖帝ルーミアは笑いながらまるで素通り。
交差後、二人のルーミアはほぼ同時に着地した。
しかし、両者の違いはすぐにあらわれた。
「うう……」
「ふふふ、鋼鉄をも引き裂くかもしれないわたしの攻撃に耐えるなんてやるじゃない」
邪悪な笑みのルーミアが肩を押さえてうずくまった。
聖帝ルーミアが通り過ぎたその刹那、手痛い一撃を喰らったようだ。
だがしかし、未だ戦意は潰えていない。
「退かない! 媚びない! 省みない! 皇帝に逃走は無いのだ!」
「あー!? 他人のセリフ取るなよう!」
「そもそもあんたのセリフでも無いでしょう?」
「あ、それもそうか」
と、一幕置いたところで邪悪な笑みのルーミアが立ち上がり、両手を広げた。
片や聖帝ルーミアも両手を広げ、二つの十字架が向かい合う。
「喰らえ! 皇帝波!」
「ふふふはははは!」
聖帝ルーミアは軽く飛び上がり、自身へと放たれた黒く大きな球体を難なくかわす。
そしてまた、邪悪な笑みのルーミアに向かって美しく急襲した。
「なんか鳳凰拳奥儀! 飛翔十字麗!」
「それ……なんか……違わない……!?」
聖帝ルーミアの渾身の手刀を両肩に受け、息絶え絶えになる邪悪な笑みのルーミア。
そのまま聖帝ルーミアの胸の中で影となり霧散した。
「誰もわたしに勝つことなんてできないのだ!」
ガッツポーズをしながら勝利宣言をする聖帝ルーミア。
霊夢はただただ唖然としながら見ていた。
ルーミアは縁側に寝そべってだらだらしていた。
「ねえルーミア。何かとんでもないことになってるけど大丈夫なの?」
「あーいいよ別に。あれくらいたくさんいる『ルーミア』の中の個性ってことで」
「あれを、というか、ここにいたルーミア全員を個性の一言で片付けられる神経の図太さに敬服するわ。闇の曖昧さってすごいのね。で、あんたあれに勝てるの?」
「んー?」
問われたルーミアは、上半身だけむくりと起き上がらせて首をかしげる。
「まだもう一人いるよ」
「えっ?」
霊夢が少し目を離していた隙に、次の戦いの火蓋が切られていた。
「暗黒の指!」
「むう!」
手に黒い闘気を纏わせた、なんとなく師匠と呼びたくなりそうな雰囲気のルーミアが、聖帝ルーミアに襲いかかる。
それを聖帝ルーミアが避けると、襲撃したルーミアは腕を組み不敵に笑った。
「ふん! このマスタールーミアを差し置いて最強を名乗るなど笑止千万! 片腹痛いわ!」
「ふふふ、そういえばあんたがいたことを忘れていたわ」
「鳥居の上での戦いが楽すぎてね。あんたたちがのろのろやってるから見学させてもらったわ」
重々しい会話をする中で、次第にマスタールーミアの体が闇に覆われていった。
闇は球形にどんどん大きくなり、ついにはマスタールーミアの首から上だけを露出させた球体となった。
「超級覇王暗影弾!」
そのかけ声とともに、首以外球体のマスタールーミアが聖帝ルーミアに突進する。
聖帝ルーミアがそれを回避するものの、マスタールーミアは向きを変え、執拗に追いかける。
一度避け、二度避け、三度避けてもどこまでもついてくる。
「めんどくさい……! そんなこけおどし通用しないよ!」
「うお!?」
追われ続け、苛立ちが募ってきた聖帝ルーミアは、近くにあった木の枝を一本へし折り、槍投げのようにマスタールーミアへ放り投げた。
怯んだマスタールーミア。思わず球体の闇を解除してしまう。
「やるね、わたしの超級覇王暗影弾を打ち破るなんて」
「ふふふ、でもいつまでも戦い続けるのも面倒だわ。早く終わらせるよ」
勝ち誇った態度の聖帝は飛び上がり、鳥居の上に立って、両手を広げた。
それに呼応するかのように、山の端から覗く日差しが強まり、まるで聖帝ルーミアに後光がさしているかのようだった。
「帝王の拳、なんか鳳凰拳に構えは無い。敵は全て下郎。でも対等の敵が現れた時、帝王自ら虚を捨て、これに立ち向かわなければならない」
「さっきもその構えしてたじゃない」
「さっきも対等の敵だったからね」
「意外と安っぽいのね」
急に割って入る緩い会話はそれほどにして、両者睨みあう。
一拍の間。
置いてけぼりの霊夢とやる気なさげなルーミアを余所に、ルーミアファイトはクライマックスを迎えた。
「なんか鳳凰拳奥義! 天翔十字架鳳!」
先ほどに比べてそれっぽい技名を叫び、聖帝ルーミアが鳥居の上からマスタールーミアめがけて飛び降りる。
だがマスタールーミアは微動だにせず、掌を静かに前方へと押し出した。
「石波天活殺拳!」
「のああああ!?」
マスタールーミアの掌から放たれた巨大な闘気が、聖帝ルーミアを貫く。
直撃を受けた聖帝ルーミアは、吹き飛ばされて鳥居に叩きつけられた。
「今の一撃で、あんたの足はもう使えない。飛び上がる時に勢いをつけるための足がね。闇の鳳凰の羽は既にもがれたの」
淡々と冷徹なマスタールーミアの言葉。
それを聞きながら、聖帝ルーミアは苦笑いしつつ、痛む足を堪えて鳥居の上に立つ。
「最後に聞きたいことがある……ここで言うべきセリフをさっきのやつに言われちゃったんだけど、どうすればいいかな?」
「じゃあもう負けでいいんじゃない?」
「ぬくもり……ふふ、完全にわたしの負けね」
「いや、そんなこと言ってないけど」
「オオグイ師匠……もう一度、ぬくもりを……」
とりあえず言っておきたかったのだろう。愛を思い出したかのような安らかな顔をして、聖帝ルーミアは影となり散った。
これで残るは、ルーミアファイトを勝ちぬいた修羅マスタールーミアと、いつものお気楽ルーミアだけ。
「ううん、ようやくわたしの出番かな」
ずっとだらだらと見学していたいつものルーミアは、大きく伸びをして体をほぐしながら立ち上がった。
その姿を見ながら霊夢は考えていた。このルーミアはこれで見納めかな、と。
「こういっちゃなんだけど、あんたがあれに勝てるなんて微塵にも感じないわ」
「そーなのかー」
特に気にもとめていないようで、いつものルーミアは振り返ることもせず、真っすぐマスタールーミアの元まで歩いていく。
その後ろ姿を引きとめようとして、霊夢は手を下ろした。これは一妖怪の私事であり、余計なお節介は慎まなければならない。
いつものルーミアがマスタールーミアの正面に立ち、深々とお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
対するマスタールーミアは、武者震いして拳を握る。
「ふふ、懐かしいな馬鹿弟子よ。かつてわたしは常勝無敗の絶対王者、『ルーミア不敗』だった。でも、数ある闇の中から馬鹿弟子が生まれ、わたしは初めて負けた。今こそ雪辱の時……」
「そーなのかー」
「口上はこれまで! 暗黒の指!」
「おー?」
手に暗い闘気を纏わせ、マスタールーミアはいつものルーミアへ飛びかかる。
終わったと、霊夢は思った。
確かにその通り、勝負は一瞬だった。
「色々と予想外すぎて、ずっと疲れっぱなしだったわよ」
「そーなのかー」
いつものルーミアが、博麗神社の掃除に付き合わされていた。
ルーミアたちのせいで出来ないままだった日課の落ち葉拾いと、やはりルーミアたちが多過ぎてしまったせいで散らかってしまった諸々の片付けに勤しむ。
愛用の箒を動かしながら、霊夢はため息を漏らした。
「それにしても変なルーミアばっかりだったけど、一番予想外だったのはやっぱりあんたね。まさか一撃なんて」
「むー?」
勝負は一瞬だった。
飛びかかってくるマスタールーミアに対して体を捻ってかわし、カウンターの一撃で地面に沈めた。
山間より昇りくる陽を眺め、いつものルーミアとともに「見よ! 東方は赤く燃えている!」と叫び、マスタールーミア、暁に散る。
「能天気なばかりだと思ってたけど、やる時はやるのね」
「いひゃいよー、れいふのいじわるー」
何の抵抗も無く両頬を伸ばされる様を見ると、さっき見たものが嘘のように思えてくる。
闇の曖昧さから生まれたルーミアとやらは実に多種多様だった。
えらく好戦的なルーミアもいれば、やんちゃなばかりのルーミアや、おとなしいルーミア、泣き虫なルーミアもいた。
何故か異なる言語のルーミアもいた。
だが目の前の、いつものルーミアはそれにも増してよく分からない。
能天気なだけだと思っていたら、あんな積極的な姿も垣間見せる。そのくせ今は無抵抗に頬を抓まれている。
「あんたって結局何なの? いまいちはっきりとしないわね」
両手を離した霊夢がしみじみ言うと、ルーミアは今日一番の笑顔でこう答えた。
「それはそうだよ! だってわたしは闇だもん!」
およそ闇とは思われぬ明るい笑顔を見せ、ルーミアは突如飛び上がった。
そして体全体を真っ黒な闇で包み、霊夢に向かってはきはきと話しかける。
「なんか眠くなってきたから行くね! バイバイ!」
「あ、こらまだ掃除は終わって……行っちゃった」
霊夢の言葉に耳を傾けること無く、暁の空を飛び去っていくルーミア。
残された霊夢に、感嘆とも呆れともはっきりとしない曖昧な感情を植え付けて。
ルーミアファイトはひっそりと幕を閉じた。この顛末を誰に話したとて、信じる者はいないだろう。
曖昧な闇の中に静かに佇み、その実態は不明瞭。
それがルーミアという妖怪。
ノリと勢いが素敵でした。辺りが大量のルーミアに埋め尽くされている光景は一度見てみたいですね
特に聖帝ルーミアがかわいい
面白かったよ〜
テンポがよくネタも笑わせていただきました。ナイスギャグ!
楽しかったです
しかし、どのルーミアも素敵ですっ
軽めに見えてルーミアの闇ってところに触れようとしてるのもすごく良かったです、笑うだけで終わらない!みたいな!
ルーミアちゃんごちそうさまでした!