Coolier - 新生・東方創想話

不死鳥の涙

2013/11/04 23:48:42
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 今日もまた、ただぼんやりと天井を見つめていた。あの日から何日経ったのだろうか。私――藤原妹紅の中の時間は、そこから動いていない。迷いの竹林の一角に建った小屋の中で、食事もろくにすることなく過ごしていたのだが。
――あれから寺子屋へ行ってないな。
あの日以来、寺子屋は閉まっている。何とかしないことには里の子供達が可哀想だ。どうするにしても、とにかくはっきりさせないと。何日かぶりに少しだけ食べ物を口に放り込み、人里へ向けて歩き始めた。

 いつも通り、一面緑の竹林を歩いていく。右足、左足と淡々と歩を進める。あくまでいつも通りに。いつも通りでないことがあるとすれば……
――うう、気持ち悪い。
しばらく何も食べてなかったところに物を入れたせいか、どうにも気分が良くない。込み上げてくる気持ち悪さを堪えようと、私は上を向いた。その目に飛び込んできたのは、竹の隙間から除く青。白いレース地の織物を重ねたように雲が浮かぶ青空が、ある人物を彷彿とさせる。真面目で、里の人間に友好的で、そして普通の人間ではない私にも変わらず接してくれた――
「――――!!」
耐えきれず、道端にうずくまる。喉が熱い。苦しさに涙が零れる。そのまま暫くうずくまっていると、気持ち悪さは収まったのにどうしてか涙は止まらない。ああ、だめだだめだ。何も考えるな。立ち上がり、全力で走り出す。走っていれば、何も考えないで済むから。

 日が傾き始める頃、寺子屋に着いた。玄関から教室へ入ると、あの日から何も変わっていない風景が広がっていた。生徒たちの机の上には教科書が残っているし、教壇にはまだ出席簿が置きっぱなしだ。教室を通り過ぎ、奥の部屋へ向かう。何となく、誰かがいるような気がしたから。扉をそろりと開ける、以前と同じように。だが、目に入ってくるのは大量の資料、それから机の上に置かれた、赤い羽根飾りの付いた特徴的な青い帽子だけだ。
――わかってるよ、誰もいないことぐらい。あの人、上白沢慧音は――――


 思えば、慧音が私を寺子屋に呼ぶ様になったのは何か月か前の話だったかな。いつもの様に迷いの竹林に建てた小屋の中で二人で話していたとき、突然その話を切り出された。
「妹紅、私を手伝ってくれないか?」
――どうした、急に?
「ああ、すまない。実は寺子屋の事なんだが……」
慧音は半分は普通の人間で、もう半分は神獣白沢だ。満月の夜にはその力を以て幻想郷中の知識を得て、それを纏めているのだが、そのせいで教え子たちの面倒を見られないのだという。月の出ていない時間帯にも、ふとしたことに苛立ってしまい面倒らしい。
「満月の日だけでいい、私の代わりをやって欲しいんだ。……だめか?」
もちろん、私に断る理由はなかった。
――わかった、力を貸すよ。
その日から、私は慧音の寺子屋の助手としての仕事もすることになった。
最初のうちは色々と失敗もあって、それでも慧音は私を頼ってくれた。私は少しでも力になろうとして、満月の日以外に仕事を引き受けることもした。そうやって、先生として少しは様になってきた頃、あの日がやってきてしまった。

 あの日の夜は、いつにもまして満月が綺麗だった。
「胸騒ぎがする……妹紅、子供たちを頼んだよ」
寺子屋で補習を受ける子供達の面倒を見ていた時、いきなり奥の部屋から出てきた慧音はそう言って、戸を開けてどこかへ飛び出そうとした。
――待って、一体何が起こってるの?
「人里が妖怪に狙われているかもしれない、私が守らないと」
――あなたを一人で行かせられるわけないじゃない!私も行くわ!
「安心して、今夜は満月。そう簡単にやられはしないから。何より、ここのすぐ近くに妖怪が出たときは、頼りにしているから……後はお願い」
言い切ると同時に寺子屋を飛び出すのを、私は後ろから抱き留めた。
――慧音!絶対に…………絶対に、生きて帰って来て!
慧音は私の手を振りほどくと、いつもと変わらない笑顔を浮かべて私の方へ向き直った。今度は、私が抱きつかれた。服越しではあるが、柔らかい感触とそのあたたかさを感じる。
「大丈夫だから……絶対に、生きて戻るから……」
少しの間、そうして抱き合っていた。この時間がいつまでも続いて欲しい、とも思った。
「それじゃあ、ここは任せたよ……」
その言葉を最後に、慧音は寺子屋を出て行った。開け放たれた扉からは、不気味なほどに眩しく輝く満月が覗いていた。

 それから程なくして、何かが動く気配がした。子供たちに絶対出てこないように言って、外へ出る。不審な気配が急に強まった。私の疑いは、確信へ変わる。
(まずは……)
寺子屋が直接攻撃されてはいけない。ぐるりと建物を周りながら、御札を張り付けていく。最後に妖力を込め、即席の結界を作り上げる。
――さあ、出てこい!私が相手だ!
呼びかけに応じるように、気配の主が姿を見せた。中型の犬、といった見た目の妖怪が多数。捨て犬に何かが憑りついたのだろうか。
――犬なら可愛がってやれたのにな。
だが、敵対心むき出しの妖怪相手に容赦は出来ない。纏めて焼き尽くそうと、炎の球を放つ。地面に落ちたそれは一瞬の間を置いて爆発し、周りの妖怪を焼き払う……のだが。どうしてだろうか、妖怪は少し焦げただけでほぼ無傷だ。
――私の炎が効かないのか!?
一瞬うろたえ、慌てて次の手を打とうとする。御札を手に取り、投げつけようとするが、妖怪の方が早かった。跳び掛かり、その鋭い牙で噛みついてきた。その力に対抗できず、地面に押し倒される。御札も手放してしまい、反撃も出来ない。倒れ込んでいる私に、他の数匹も群がって体を抉っていく。激しい痛みで意識が飛ぶ直前、私は自身の体から抜け出す。もぬけの殻となった体に妖怪が群がる間に、少し距離を置いたところで体を再構築する。元の体は灰になり消え、群がっていた妖怪はわけもわからず辺りを見渡す。
――簡単にやられたら、たまったものじゃない!
普通の人間だったら、あのまま死んでいただろう。しかしほっと一息、というわけにもいかない。妖怪は、私が次の動作をする前に、早くもこっちに振り向いて再攻撃の構えだ。今度は易々とやられはしない。跳び掛かってくるのを交わし、御札で反撃する。致命傷とまではいかないが、効いているようだ。そのまま畳みかけようとするが、何せ相手が多すぎる。特定の相手を攻撃しようとすると死角から跳び掛かられ、全体をまとめて払おうとしても術の発動を防がれる。足も速く、距離を置くことさえできない。じりじりと体力が奪われていく。
一時間ほどの戦いで相手を半分ほどには削ったが、こちらの体力は既に限界近かった。御札も残りわずか、妖力もほとんど使い果たした。最後に最大の一撃を加えようとしたとき、
「『夢想封印』!」
光弾が次々に妖怪を包み込み、爆発する。それが全て消えたとき、そこに妖怪の姿は無かった。
「やれやれ、ここも妖怪だらけか……あ、あんたは確か」
――博麗の巫女!?ここも、ってどういうこと?
「何だか知らないけど今夜は奴らの力が強まってるの。神社の周りも凄かったし。で、ここは大丈夫かなと思って来てみたら案の定よ。……ところで妹紅、慧音の姿が見えないけど」
――そのことなんだけど……
「わかった、じゃあ手伝ってくる」
間もなく、博麗霊夢は慧音が走って行った方へと飛んで行った。その姿を見送ると、子供たちの待つ寺子屋へ戻る。中の子供たちも、全員無事で何よりだ。……だが、どういうわけか少し騒がしい。
――静かにしろ。勉強はもう済んだのか?
「ねえ妹紅、『げっしょく』ってなに?」
――月食か?簡単に言うと満月が欠けて見えること、だけど?何で今??
「きょうは『げっしょく』だっておかあさんがいってたの。そのうち始まるみたい」
――今日?
何だろう、何かとても大事なことを忘れている気がする。
――とりあえず今日の補修はここまでだ、明日の宿題も忘れないように。
戸を開け放ち、子供たちを帰す。挨拶もそこそこに、子供たちは寺子屋を後にする。
――とにかく慧音を助けに行かないと!いくら白沢の力を手にしているとはいっても、あれだけの魔物に囲まれたら……!
走り出そうとしたとき、不意に辺りが少し暗くなった気がした。空を見上げると、月食が始まっていた。浮かんでいた満月が欠け始めている。
――白沢の力を得られるのは満月の時だけ。今は月食、月は欠けている。……まさか!
戸に鍵をかけ、全力で走り出す。どれくらいで着けるかは分からない。とにかく、自分の体が許す限り、速く、はやく。
どこか遠く、甲高い叫び声が聞こえた気がした。

 段々と大きく欠けていく月の下を、全力で走っていく。集落の外れまで走った頃、誰かが血相を変えてこちらへ飛んで来るのが見えた。
「妹紅……大変なことになった!」
――霊夢、一体どうしたんだ!?ぼろぼろになって……
嫌な考えが頭をよぎった。考えたくもないことが、最悪の結末が。
「と、と、兎に角来て、急がないと……!私にしっかり捕まって!!」
言われるがままに霊夢に捕まる。私たちはそのまま、戦いのあったという人里の果てへ向かった。浮かんでいた満月は、大きく抉り取られていた。

――嘘だろう?私は……夢を見ているんだろう?
 連れて行かれた先には、血の海が広がっていた。その中心でぐったりとしているのは、慧音その人だった。目をきつく閉じ、必死に痛みに耐えているようだった。流れ続ける血は、青い服をすっかり紅く変えてしまっている。はあはあと、呼吸をする一動作さえも、彼女のわずかな体力を奪っているようだった。赤と青の不思議な柄の服に身を包んだ医者、八意永琳が横で介抱しているのだが、どうも様子が変だ。
「妹紅、残念だけれど……。私が出来る限りの手は尽くした、けれども……これではもう数十分とも持たないわね…………」
――少しでも楽にはしてやれないの!こんな苦しそうな姿、とても見ていられない!
零れそうになる涙を抑えて叫ぶ。
「もちろん、私だって何とかしようとしたさ!でも傷が酷すぎて……これ以上楽にしようと思うなら……」
そこまで言って、永琳は俯く。横にいる霊夢も、ただ茫然と立っているだけだ。私は血の海を横切り、慧音へ歩み寄る。
――なあお願いだ、最期に一度でいいから目を開けてくれ……!
私の気配に気づいたのだろうか、慧音は私に話しかける。
「……妹紅か…………約束、守れなかったよ…………」
息も絶え絶え、微かな声を紡ぐ。
「最期に……お願いがある…………」
――最期なんて言うな、きっと――
「寺子屋の……子供たちを……後は頼む…………どうか……面倒を……」
そこまで言うと、激しく咳き込む。その動作さえ、非常に弱々しい。自分も何か言おうとするが、嗚咽で言葉が出てこない。
「あとは……妹紅…………あなたの炎で…………私を送ってほしい…………」
力なく微笑む。傷だらけの笑顔は、きっと私を少しでも楽にしようとしてくれてるのだろうか。
――そんなこと、出来るわけないわ!どうして…………
改めて慧音の方を向くと、また苦しそうな表情へと戻っていた。整った顔は激しい痛みに耐えきれずに歪み、口からは呻きが漏れ出る。
――私は一体、どうすればいいの?このまま見ているだけ?苦しみながら力尽きるのを見ているのか、それとも……
脳裏に浮かぶのは、今までに立ち会った臨終の光景。そのうち殆どは、死の直前に願い事をしていた。その願いを叶えたとき、彼らはとても安らかに、思い残す事も無い様に逝った。
確かに、何もしなくても慧音は逝ってしまうだろう。私がその願いを叶えても、その結末は変わらない。でも、慧音の最期の願いだというのなら……!
――わかった、今、楽にするから。
そっと腕を身体へ回し、抱き上げる。妖力を込め、炎へ変える。炎が私たちを包む。燃え盛るその中で、不意に慧音が目を開いた。私をじっと見据え、
(ありがとう)
確かにそう言うと、屈託のない顔で笑った。次の瞬間、一際大きくなった炎がその身を覆い、煙へと変えた。その煙は、何事もなかったかの様に輝く満月の夜空へと昇って行った。
煙が滲み、薄れ、消えていくのを見送った刹那、渦巻いていた感情が堰を切って溢れ出た。叫び声となって、人里を震わせる。涙となって、地面へ零れる。
どれほど叫んだろうか、泣いたろうか。体中から力が抜け、崩れ落ちた。そのまま倒れ伏し――


 体に冷たい風を感じ、私は目覚めた。知らない間に眠ってしまっていたようだ。ゆっくりと体を起こす。風に揺られるカーテンの間からは、暗くなっていく空が覗いている。
――誰が窓を開けたのかな?
「もこう先生、どうしたの?」
寺子屋の教え子たちが、いつの間にか入ってきていた。玄関の鍵を掛け忘れていたらしい。
「先生、だいじょうぶ?目がうさぎさんみたいにまっ赤だよ?」
子供たちは、私の事を随分と心配してくれる。
――う、うん、私なら大丈夫だから……
そう言いながらも、また涙の発作に襲われる。この子たちを教えていたあの人は、もういないんだと思い知ったから。
「ねえ、けーね先生は?」
純粋な子供の至極当然な言葉が、私に深く突き刺さった。
――ああ、あの人は、慧音は…………!
何も言わずに、激しく泣く私を子供たちは半信半疑、といった様子でひそひそと話し合う。そして、そのうちの一人がこちらへ近づいて、うなだれる私の頭を撫でた。
「よし、よし……泣かないで、先生」
私は、なされるがままにされていた。子供たちの好意を無駄にはしたくなかった。暫くして、ようやく発作も収まった。
――ごめんな、心配かけて。
涙を拭い、立ち上がる。
――さあ、今日はもう遅いからさっさとしよう。
教え子たちと共に教室へ行き、少しだけ授業をした。子供たちは、私の授業をいつもより静かに聞いてくれた。

――じゃあ宿題も出しておくから、ちゃんと明日までにやってくるように。
 ばらばらと子供たちが帰っていく。間もなく、教室は私一人になった。
――さて、と。
もう一度、奥の部屋に入る。さっきと同じ光景が目に飛び込んでくる。私は、部屋の角に置かれた机に歩み寄り、慧音の帽子を手に取る。また流れそうになる涙を抑えて、それを頭に乗せた。目を瞑って、もう一度今までのことを思い返してみる。
――絶対に、あなたとの日々は忘れないよ。
一筋の涙が頬を伝った。被った帽子を取り、やさしく口づけをした。それを胸の前に抱えたまま、窓の外を眺める。月は出ていないが、満天の星空が輝いている。
――心配かけちゃったよね……。でも、もう私は大丈夫。明日からはちゃんと、あなたの跡を継いでいくよ。だからどうか、見守っていて欲しいんだ……。
胸の中で呟いた。こぼれ落ちた雫が、星の光を受けてきらりと光った。
初の二次創作投稿となります、らいすばーどです。
妹紅、慧音を題材に短編(?)を書いてみました。
ほのぼのとした、仲睦まじい話にしようと思っていたはずなのに、どうしてこうなった。ごめんなさいお二方……。
次の機会にこそは仲良しな二人を書けたらなあ、と思っています。
らいすばーど
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コメント



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6.50名前が無い程度の能力削除
真摯な姿勢はとてもよく伝わってきます。
ただ、台詞も心情も余りに説明されすぎていて物語りに入り込めませんでした