ここって、東方ってゲームの二次創作の小説みたいなのを投稿するサイトなんだよな。
だったら俺が書く話もあくまでゲームの二次創作、つまりフィクションになるよな。
幻想郷なんてのもゲームの世界だ。多分このサイトで小説を書いた奴等の中で俺が一番頭が悪いと思う。そんな俺の頭でもそれぐらいの事は解る。
万が一、リグルって名前の奴が居たとしても、この作品に出てくるリグルとは関係ないし、ゲームの方のリグルとそいつが同一人物ってのは、ありえない。
本題から逸れた。俺の知っているリグルの話を書こうと思うんだ。
どうしてそうしようとするのか、自分でも解らないが、書こうと思ったんで書く。
ひょっとしたら、書かなきゃいけない的な強迫観念なのかもしれない。
くどいようだが、あくまでフィクションだ。ちょっと頭が混乱してるが、俺はクリーンだ。
文章なんて学校のレポートを書いて以来、長年書いていないんで読めるもんになるか解らない。
ただ、ここは小説のサイトらしいから小説ぶって書く。それで問題ない筈だ。
書く前にこのサイトの小説をいくつか読んだんだけど、現代を題材にしたやつがあったから、俺の話を書いてもいいと思ったんだ。
三回も書くと、頭が悪いと思われるかもしれないけど、フィクションなんだ。だからここに書いてある事は嘘だ。鵜呑みにしないでくれ。
登場人物は全員架空の人物だ。「俺」も「シマさん」も「リグル」も実在しない。全員架空の人物だし、俺のでっちあげた話だ。
あと書いておく事はなんだ?ああ、公序良俗に反するつもりはない。そういう意図で書いてるんじゃないのは解って欲しい。
法に触れる行為について書いてあるが、それを勧めているわけじゃない。むしろ、止めとけって言っておく。
キリがなさそうなんで、本文を書く。
●●●
「あいつすげえな」
「え、何すか!聞こえないっす!」
「あいつ!すげえな!」
シマさんは叫ぶような大声と人差し指で、俺に何を見せたいのか教えてくれた。
俺達はその時、渋谷のハコに居た。色々な物の匂いが混ざった、スポットの光が降り注ぐフロアの中央、コンクリ打ちっ放しの床の上で適当なステップを刻んでいた。
スピーカーからは距離を取っているが、フロアなんてどこに居ても会話が出来たもんじゃない。嘘だと思うならフロアでまともに会話してみろ。
シマさんが指さした先はホールの奥の方のソファで、誰かが座っているみたいだが、照明が暗くて、良く見えない。
その時、奥の方にライトが当たって、俺が何が凄いのか解った。確かにあれは凄い。
緑の頭した奴が奥のソファに座ってる。ライトが移動して、またソファの方は暗くなった。
一瞬しか見えなかったが、でたらめに綺麗な緑をしていた。
カマ臭いビジュアル系の男じゃなくて、女の子の顔だったが当然かもしれない。ビジュアル系がこのハコに来る訳ない。
シマさんがまた何か言ったが、今度は全然何も聞こえなかった。俺は「ちょっと、あっちいきましょうよ!」と言って、バーカウンターを親指で指して、そっちに歩いた。
俺の声はちゃんと聞こえたらしく、シマさんもカウンターの方に来た。
煙草で焦げ跡が幾つもある、マホガニーのカウンターの側は多少はましだった。台風より夕立の方が濡れないで済むってレベルの話しだが、とにかく叫ばないで会話は出来た。
「あんな頭した奴、滅多にいないぜ」
「凄いっすね、あの緑。サイバー系の奴っすかね?」
「そういう奴等は、ここのハコ来ねえだろ」
そう言ってシマさんは煙草をデニムのポケットから取り出して、口にくわえ、ジッポで火を付けた。
ガラムの甘ったるい煙と、オイルの匂いがした。
それを見た俺も一服する事にして、ポケットから赤マルを取り出す。
ソフトパックだったんで汗が染みて、煙草はしおれていたが、吸えなくはない。煙草を乾かす為に、ライターで軽く炙ってから吸った。
俺達は煙草の煙を口や鼻から吹き出しながら、立ち話をした。
「でもああいう派手な奴ってブッサイク多くないっすか?」
「いや、パっと見、結構悪くなかったぜ。服装普通だったし」
「そこまで見えなかったんすよね。チェック早いっすね」
「別にそこまでチェックしてねえよ。ただ、おかしい格好してたら目立つから解るじゃねえか」
確かに服は普通だった。白っぽいシャツを着ていたと思う。
戦隊ヒーローみたいにケバい光沢で、ビニールチューブが付いたフェトウスではなかった。
シマさんはカウンターの中の、バーテンに飲み物を注文した。
くわえ煙草でうろうろするシマさんを見て、バーテンは嫌な顔をしたが、特に文句は言わなかった。
俺はシマさんの背中に声を掛けた。
「あ、ひょっとして、シマさんいっちゃう感じっすか?」
「だってお前、気になるだろ。ツレがいそうな感じでもないし」
下手にツレがいる女の子に声を掛けたりすると、トラブルの原因になる。
この間、それでシマさんはフロアの真ん中で殴り合いを演じる羽目になった。
ツレがいるかどうかは、フロアを見れば何となく解る。女の子に似たような感じの男がいるか、探してみればいい。
ビートに合わせて身をくねらせたり、ステップを踏んでる男の中に、そういう奴はいなかった。
シマさんは俺に「お前も来いよ」と言ったが、俺は「いや、俺はいいっす、ここで見てます」と断った。
煙草の先から灰が落ちて、買ったばかりのGスターのパンツに付いた。速攻で払う。
別に床の事はどうでもいい。俺ん家の床じゃない。ベージュのパンツなんで、汚れが目立ちそうなのが気にくわない。
シマさんは俺の事は気にせず、カシスソーダとラムコークを持って、さっきの緑髪の女の子が座っているソファの方へ行った。
●●●
俺はカウンターで、フロアに響く音楽を聴きながら酒を飲んでいた。酒は覚えている。テキーラサンライズ。
音楽の方はあんまり覚えていない。そもそも俺はヒップホップは詳しくない。RUNDMCとか2PACとか、まあ、メジャーどころしか知らない。
エミネムだったかもしれないが、まだ映画をやる前だったから、あの有名な曲が掛かっていた筈がない。
どれぐらい時間が経った後だか忘れたが、ハコの混み具合を考えると、終電は終わっていたと思う。
ケツのポケットで携帯が震えた。携帯を開いて画面を確認するとシマさんからだった。
「あーもしもし、イトウっす」
「イトウ、こっち来いよ。面白えから」
「いや、俺はマジでいいっすよ。シマさんの邪魔しちゃ悪いし」
シマさんの声が目盛り二つ分ぐらい、ボリュームを下げた。
「そういう事じゃねえよ。お前、今日ネタ持って来てないんだろ?」
俺はここのところ、まともにネタを引けてないし、手持ちはすっかり使い切った。
俺も声を小さくして喋る。この手の会話をする時はどうしても声が小さくなる。
「持ってきてないっすね。まさかシマさんゴチってくれるんすか?」
「ゴチじゃねえよ、馬鹿言ってんな。ネタが引けそうなんだよ。いいからさっきのテーブル来いって」
その言葉を最後に電話が切れた。先輩の呼び出しとあれば、行かざるを得ない。
しかしまあ、言ってる事が良く分からない。何で女の子と話しに行って、ネタ引く話しになってんだ?
俺は残り少なくなったドリンクを片づけで、同じのをもう一杯注文した後に、さっきのテーブルに行く事にした。
●●●
俺は女の子の右隣りに座るシマさんの隣りに腰を下ろした。黒のソファは結構広かったので、三人でも狭い感じはしない。
シマさんは誰の前でもガラムをガンガンに吸うので、正直テーブルの周りは臭かった。
俺はテーブルにドリンクを置くと、片隅に置かれていた空きの灰皿を自分の前に移動させる。
ドレッドを揺らしながら笑うシマさんが俺に言った。
「おい、こいつプッシャーらしいんだよ、これでプッシャーとか面白くね?」
改めて女の子の方を見る。俺は小学校の頃、庭で捕まえたカナブンの事を思い出した。
多分、髪の毛の色がそうさせたんだと思う。蛍光系の発色じゃなくて、あの金属じみた光沢のある、複雑な発色の暗めの緑をしていた。
どこのサロンで染めたのかしらないが、すごく綺麗だった。毛先のぱさつきや痛んだ感じがなく、やわらかそうな髪の毛には天使の輪が出来ていた。
その髪の毛をショートカットにして、袖口をフリルで切り替えたシャツと紺のクロップドパンツを履いている。傍らに黒いケープを置いていた。
顔立ちもファッションも、何でここにいるの?って感じ。
「え、マジっすか?これでプッシャーとかないでしょ?」
「やっぱそう思うよなぁ。俺もそう思ったんだよ」
そう答えたシマさんがニヤニヤ笑う。
俺は何人かのプッシャーを知っていたが、女の子はいなかった。悪そうな男か悪そうな親父しかいない。
ところがシマさんを挟んで向こうにいる子は悪そうに見えないどころか、どうやってこのハコに入ったのか解らないぐらいだ。
俺達と頭一つ以上身長が違いそうだし、顔は完全にガキだ。ブラウスの胸も見事にまったいら。
俺は「つまんない冗談は止めて下さいよ」と言った後、一瞬悩んだが、結局「どうみても子供じゃないっすか」と言った。
女の子のカラコン入りの緑の目がこっちを向いた。長い睫が髪の毛と同じ色な事に気が付いた。緑のマスカラなんて珍しい。
彼女は少し怒ったように俺に言ったが、シモネタを振られた中学生か、それ以下の顔と声だった。
「失礼ね。多分イトウ君より私の方が年上なんだけどね」
「いやいや、それはないでしょ」
「っていうかさ、初対面の女の子と年の話しするのってどうなの?」
「ああ、ごめんごめん。えーっと……」
俺が何を聞きたいのか察してくれた彼女は「リグルよ」と教えてくれて、シマさんは「リグルってすげえセンスだよな」と笑った。
「シマ君も失礼ね。本名よ本名」
「リグルちゃん、ごめんね」
俺は彼女に一応、詫びを入れながら、流石に俺より年上は逆サバ読みすぎだろうと考えた。
名前は別にいい。プッシャーなんて名前も知らない奴が多いし、問題は何を持ってるのか、いくらなのかだ。
シマさんがリグルに「リグルちゃんさあ、こいつもネタみないと納得しないと思うんだよね」と言った。
不本意そうな顔をしたリグルは「あんまり見せびらかしたくないんだけどね」と言って、ケープの裏をごそごそと漁った。
ケープの裏側は、タバスコみたいな赤で、俺が思っていたよりも長そうだった。マントやコートに近い長さかもしれない。
俺はリグルに言った。
「いや、マジな話し、ネタ持ってるんなら買うよ。しばらく切れ目なんだ。何持ってんの?」
「私が扱ってるのはナチュラルだけよ。クサとキノコ。ケミカルとか頭に悪いじゃない」
その言葉を聞いたシマさんは「おう。紙食ってばっかだと馬鹿になるぞ」と俺に言った。
少しすると、リグルの骨張った白くて小さな手が、彼女の腿の上にパケを置いた。
●●●
俺は久しぶりにネタを見て、涎を垂らしそうになったが、この時はかなり素面だったんで、涎は垂らさなかった。
テーブル下でやりとりをしているから、端から見ればリグルの足を見て、涎を垂らしているように見える筈だ。
流石にそいつはまずい。知り合いに見られたら何を言われるか、解ったもんじゃない。
リグルの腿には、ビニールチャックが付いた、一番ポピュラーなパケが置かれている。
中身は勿論、黄金の草だ。解らない奴が見たらゴミなんだろうが、解る奴には黄金と同じぐらいの価値がある。
はちきれそうにパンパンに詰まって、丸みを帯びたパケは、リグルのサービス精神を感じさせた。
値段を聞いてみると、純金を買うよりも遙かに割安だったので、即決でいく事にした。
「じゃあ1パケ売ってよ」
「クサだけでいいの?シマ君はキノコも一緒に買ったけど」
「お前、まとめ買いしとけよ。どうせすぐにまたネタ切らしたって騒ぐんだから」
「シマさん幾つ買ったんすか?」
「クサとキノコを2パケずつ」
「まとめ買いしてくれたら、ちょっと割引してあげてもいいわよ」
ネタの当たり外れもあるんで、俺は最初に買う時はまとめ買いしない派だ。
一回試してみて、モノが良さそうだったらお付き合いをする。
俺はケツのポケットから財布を取り出すと、茶革の財布は汗で黒っぽく変色していた。
幸いな事に札までは汗が染みてなかったので、恥をかかずに済んだ。プッシャーとは言え、女の子に汗まみれの札を渡すのは気が引ける。
札を抜いた俺の左手が、シマさんの腿の辺りに触れそうなぐらい低空飛行して、リグルの腿上に差し掛かると、彼女は右手で札を受け取った。
そのまま、リグルの右腿に置かれたパケを拾うと、行きと同じルートで左手を往復させた。
俺は受け取ったパケを、パンツの内側の隠しポケットにねじ込んだ。
リグルが何かをこちらに投げ、それは俺の掛けているテーブルの前にきっちり着地した。
髭面の男が書かれたパッケージ。ジグザグのペーパーだった。
リグルはいたずらっぽく笑って「すぐ使うんでしょ?あげる」と言った。
なかなか話せる奴みたいだ。これでモノがよければ、継続的に卸してもらってもいい。
連絡先を聞く為に「リグルちゃんさあ、携帯の番号教えてよ」と言うと、想定外の返事が返ってきた。
「私、携帯持ってないのよ」
「別にナンパしようってわけじゃなくってさ。仕事用の電話、持ってるでしょ?」
「携帯は持たない主義なの。大抵はこのハコにいるから、私からネタ引きたくなったらここに来てよ」
俺はそんなプッシャーは初めて聞いた。プッシャーなんて携帯は複数持っていて当然だ。
「それで商売になるわけ?」
「この値段だからね。リピーターも多いわよ」
俺の質問に、リグルはない胸を張って答えた。
目一杯高く見積もっても、中坊にしか見えないガキが売れっ子プッシャーである事を誇ってる。すげえぜ日本、やばいぜ日本。
俺達の未来はラスタカラーだ。そのうちクサどころかあらゆるものが解禁されるに違いない。粉モノ食い放題。
隣りで煙草を吸っていたシマさんが灰皿に煙草を力強く押し込み、汚い雪をテーブルに降らせた。
「おい、イトウ。そろそろ便所行こうぜ」
「あー、いいっすね。巻いときますか」
ソファから立ち上がって、リグルに礼を言った後、俺達は夢の国の入国審査を受ける為に、便所へと旅だった。
リグルは俺達に向かって手を振ってくれたが、顔から仕草まで、この空間から浮いていた。
先客がいたらしく、水色のタイルを張った便所には、香ばしい匂いが漂っていた。
俺とシマさんはそれぞれ個室に入ると、便器の蓋を降ろして、その上で巻いた。俺はさっき貰ったジグザグを使った。
仕上がったものをくわえて、ライターで火を付けて煙を大きく口の中に吸い込み息を止める。
口の中に濃厚な味が広がる。近年稀に見るヒットだ。
隣りの個室からシマさんの声が聞こえた
「お前、これ、めちゃくちゃいいじゃねえか。バリで買ったやつより全然いいぞ」
「これめっちゃきますね。もう1パケ買っても良かったなあ」
「あー、やばいわ。バリのやつよりマジでいいわ」
シマさんはそれから何度も俺にバリのやつよりも良いことを訴えかけ、やがてシマさんの声はアンドロメダ星雲から発信された。
トイレから白鳥座の方向に打ち上げられた、俺達の足がフロアを踏みしめた時、不思議の国のアリスの気持ちが理解できた。
あらゆる光がハレー彗星のように尾を引いてうねっていたし、スピーカーから響く音楽は全身を突き抜けて細胞一つ一つを振動させた。
俺の目にはベースラインが見えるようになっていた。赤や青のレーザービームがそこら中を埋め尽くしている。
俺はもっと様々なものが見たくなったので、スピーカーの前に移動して、まだ見ぬ地平の向こう側を探求しようとした。
気が付くと朝になっていたので、俺達は帰る事にした。
勿論、今日の授業は出るつもりはない。帰宅したらもう一本、追っつけるつもりだ。
俺とシマさんは、駅前の吉野屋で牛丼を食いながら、こんな話をした。
「リグルってどうやって、あのクラブ入ったんすかね?俺こないだセキュリティーに捕まったんすよね」
「先月だっけ?前にここで聞いた気がする」
「そうっす。ウィル・スミスみたいな奴に肩掴まれて「メンキョショー!メンキョショー!」って」
「女だし、甘いんじゃねえの」
そう言いながらシマさんは天井の照明をガン見していた。シマさんはまだ夢の国に滞在していた。
リグルに性的魅力を感じる奴があのハコの中に居たのだろうか。居たとしたらお巡りさん達は、俺の靴のインソールの裏を気にする前に、そいつの股間のビッグマグナムを押収して欲しい。
ビッグマグナムじゃなくて、ビッグマグナム用のレザーケースに入ったデリンジャーかもしれない。臭くて汚いケースが余ってるんだ。
俺はそんな事を考えながら、朱塗り風のプラスチックの箸の先についた米粒が、原子レベルで分析出来る事を発見した。
●●●
シマさんは学校に二日来なかった。
後から聞いた話だと「キノコ食った後に冷蔵庫を開けようとしたら誤って一体化してしまい、ブラフマンと対話してた」らしい。
その結果、世界は無限の可能性を秘めており、人類は皆ウロボロスの鱗の一枚だという真理に辿り着いたという事だった。
俺もシマさんあれ以来、あのハコには何度か足を運んでいた。
リグルはいつもソファに掛けていて、先客がいて待たされる事もあったが、極上のネタを卸してくれた。
大抵のプッシャーは厳つい奴なんだが、リグルは全く恐くないし、愛嬌もある。おまけにネタを切らした事がない。
そんな奴が居れば誰だってそいつから買う。だから俺達もリグルから買う。
リグルから卸してもらった数々の名品によって、俺達の魂は確実にグレードアップしていった。
そんなグレートな日々を過ごしていた俺は、ちょっとしたパーティをやって、手持ちのネタを切らしてしまった。
この時には、リグルからまとめて買い付けるようになっていたが、多人数でやればあっという間だ。
俺はかったるいのを我慢して渋谷に向かった。シマさんも誘ったが、捕まらなかった。
Jay-Zが流れる、ハコのいつものソファで、リグルは妙なものを食っていた。
バカラのコピー商品みたいなガラスの大きな器に、色とりどりのフルーツが乗っていた。
入院見舞いに持っていくフルーツ盛り合わせをそのまま器に盛りつけたぐらいの量があり、それをニコニコしながら指で摘んで食ってた。
こんな馬鹿な食い物をハコで食ってる奴は初めて見た。フォークを使わない奴も初めてだ。
俺はソファの側まで行くと、ご機嫌なリグルに小さく会釈して、隣りに腰掛ける。
「すげえの食ってんな。おっさんが行く方のクラブみたいだ」
「私向けのスペシャル裏メニューよ。イトウ君もどれか食べる?」
「じゃあバナナ貰うわ」
皮が半分剥かれた状態で置かれたバナナを取ってもらうと、そのまま口にした。黒くなったところのないご贈答用みたいなやつ。こってりと甘かった。
その甘さで、俺の頭の中で変な連想ゲームが起きた。
「パフェとかにしないの?流石にこれは飽きるだろ」
「いいじゃない別に。フルーツが好きなのよ」
そういってリグルはテーブルに置かれた背の高いグラスを目線の高さに掲げて、小さく振る。
赤いチェリーの浮かんだオレンジの液体が揺れる。スクリュードライバーかファジーネーブルだろう。
俺はマルボロに火を付けて一服した後、いつも通りネタを卸してもらった。
この日買ったのはクサを3パケ。それで終わる筈だった。
金を受け取ったリグルが言った。
「クサだけじゃなくて、新しいのも扱う事にしてさ。良かったら買わない?お試し価格にしちゃうよ」
「クサとキノコ以外にナチュラルってあったっけ」
「ペヨーテって知ってる?サボテンの一種なんだけど」
「あー、何か聞いたことあるな」
アメリカのシャーマンがそんな名前のサボテンでトリップするという話しをどこかで聞いていた。
リグルは魔法のケープに手を突っ込んで「どこ入れたっけな」と、忙しく手を動かしている。
俺はこのケープが欲しい。マジで魔法のケープだ。どっかの歌みたいに、空を自由に飛ぶのに丁度いい奴が出てくる。
リグルは褐色の粉末が入ったパケをフルーツの汁まみれの手で持って、俺に投げてよこした。
「これこれ。本来は固まりのまま食べるんだけどね。飲みやすいように粉末にしてあるタイプよ」
「現物は初めて見るな。これ、食い合わせとかある?」
大きな葡萄の粒を皮ごと口に放り込んだリグルが、くぐもった声で、俺の質問に答えてくれた。
「チャンポンはお勧めしないわ。後はアルコールも駄目ね。クリーンでセッティングしてから食べて」
「めんどくさいサボテンだなあ」
「かなり効くやつだからね。死にたかったら何とチャンポンしてもいいけど」
「ちなみにいくら?」
リグルの小さな手が口元を覆い、頬が少し動いた。掌に取りだした葡萄の種を灰皿に捨てると、また一粒口に持っていく。
それから俺に値段を教えてくれた。外見に相応しい、お小遣いで買えるお値段だった。
俺は彼女に言った。
「おい、モノは大丈夫なのかよ。安すぎるだろ」
「1ヒット分しか入ってないし、適正価格よ。それにペヨーテって、こっちじゃマイナーでしょ?高くしたって、誰も買わないじゃない」
「それでいきなり値段を吊り上げるとか、エスのやり口まんまじゃん」
「ペヨーテに中毒性はないわよ」
俺はしばらく考えた。食ってみたくないと言ったら嘘になるが、上手い話は恐い。
ネタの話が出た時にまずチャンポンの話しをする程の脳味噌なんで、ひょっとするとさっきの葡萄の種より小さいかもしれない。
そんな脳味噌でも素面の時はそこそこに動いている。動いているつもり。
やがて俺の頭は一つの結論を出した。
俺が考え事をしている間にリグルは葡萄を食べ終わって、酒を飲んで食休みしていた。
幸せそうにするリグルに、俺は言った。
「決めた。これも買ってく」
ペヨーテを1パケ買い求めた俺は、リグルと少し雑談した。
「そういやさ、さっきペヨーテの話しした時に「こっちじゃマイナー」って言ったじゃん」
「ああ、言ったわね」
「アムスかどっかに居た事あんの?」
俺は、彼女のネタはどれも一級品だったので、俺はあの風車とドラッグのドリームランドの住人ではないかと思っていた。
彼女は手を振って否定した。
「アムスって何処よ」
「プッシャーでアムス知らないってある意味凄いな」
「私が仕入れてくるネタは国内産よ。主にご近所に生えてるやつを引っこ抜いてくるの」
そう言ったリグルの白い両手が、引っこ抜く動きをして、薄暗い空間を蝶の様に動いた。
俺達は二人で笑った。最高のジョークだ。そうだとしたら正に彼女は幻想の世界の住人だ。
「じゃああれか。夢の国から出稼ぎに来てるわけか、こっちに」
「そう言う事になるわね。なかなか家族を食わせていくってのも大変なのよ」
そこで俺達はまた笑った。あんまり笑い過ぎたから気分が良くなってきた。こういう時こそ巻くべきだ。
俺は氷が溶けて、薄まったマリブコーラを飲み干して言った。
「じゃあちょっくら出掛けてくるわ」
「ああ、いってらっしゃい。良い旅を」
リグルはいつものように手を振っていた。その時ストロボが焚かれて、彼女の動きがスローモーションで見れた。
俺が便所で巻いた一本は会心の出来映えで、記念写真が撮りたいぐらいだった。
●●●
翌日、目が覚めた時は昼の一時だったのでもう一眠りして時間を調節した。
●●●
次に汗臭い布団の上で目を覚ました時は、上手い具合に夕方になっていた。
布団から身を起こすと、煙臭い部屋の換気をする為に窓を開けて網戸にする。
夕日が見えれば良かったが、空はコンクリの壁と同じ灰色をしていた。ヤニの汚れがついていないからもう少し綺麗かもしれない。
俺は顔を洗った後、枕元で充電していた携帯でシマさんに電話をした。この日はすぐに出てくれた。
「おうイトウ。どうした?」
「昨日リグルからネタ引いてきたんですけど、シマさんにもお土産買ってきたんすよ」
受話器越しに唾を飲む音が聞こえた。
「マジで?どっち買ってきたの?」
「どっちでもないっすね。ペヨーテって解ります?」
「あー、メスカリンか。リグルもマニアックだな」
「あの子相当スキモノっすよね」
「あいつがあのハコ来るようになってから、俺等の人生輝いてるよなあ」
俺やシマさんや、その他の駄目人間でぼんやりと構成されるスキモノネットワークでリグルの評価は高い。
安いし、いつもネタ持ってるし、しかもそれがマブネタだし。
俺達の人生はこの時、シマさんの言うとおり黄金の輝きを放っていた。
俺は更なる頂きを目指す、この道の先輩にプレゼントするべく、言った。
「それで今回、ペヨーテをお土産に買ってきたんですけど、シマさん要ります?」
「食う食う、がっつり食う」
「受け渡しどうします?俺ん家かシマさん家で一緒にキメます?」
「あー……」
間抜けな響きの声の後、がさがさと何かを探すような音がした。光が地球を90周するぐらいの時間を待った後に返事が返ってきた。
「悪い、今日夜勤入ってたわ」
「あー、マジっすか。今日、彼女さんって居ます?」
「いや、あいつは三日ぐらいこっち来ないわ」
「じゃあポストにでも入れときます?俺、今夜シマさん家の方に飲み行くんで」
「お前すげえ良い奴なのな。今度、飯奢るわ」
九時ぐらいに行くと伝えて電話を切った。これでよし。万事よし。俺によし。シマさんによし。
チャンポン番長のシマさんなら、何食っても死ぬ事はないだろう。我ながらいい閃きだった。
俺は以前、シマさんに「お前なら絶対飛べるから!いけるから!」と言われて、鳥の餌を食った事がある。あとバナナの筋も吸った。
しかし、これでおあいこになった。飯奢ってもらうから、俺の方がプラスか。
心の清い俺は、借りてきたDVDで見てないものがある事を思い出したので、それを見て時間を潰す事にした。
同じ髪型をしているが、画面の中のマクレガーより、俺の方が今この瞬間はかっこいい。
時間になったので、チャリに乗ってシマさんの住んでるアパートまで行った。
シマさんの住んでる202号室は灯りが付いていなかった。
黒いドアに付けられた銀色の郵便受けにパケを押し込んで、その場を立ち去った。
自転車に乗って曇り空を見ながら俺は、リグルが住んでいる幻想の国に行きたいと思った。
大の字になって草むらに寝ころんで、澄んだ空に映える星を見て、一面に生えているクサで最高の旅をするのだ。
●●●
こういう暮らしをしていると、色んな病気に掛かって、生活に支障が出る。
俺が悩まされていたのは金欠病とクラブ難聴だ。
金欠病は学生をやってる奴等なら、一度は掛かる病気だ。掛からない奴がいるならそいつは青春の味を知らないまま過ごしている。
もう一つのクラブ難聴は、特定の学生が掛かるタイプの病気だ。
四六時中クラブに入り浸っては、自分の身長の二倍もあるスピーカーの前で長時間過ごしたり、オーテクのヘッドホン(金があればもっと高いのでもいい)とお友達になったりする。
そんな風に耳を酷使している学生は、聴力低下と耳鳴りに悩まされる。酷い時は頭痛がして授業なんか受けていられない。
一週間ぶりに再会したシマさんも、俺と同じような病気にかかっていた。
俺達は廊下に置かれた灰皿の側に座り込んで、お互いの病気の事を嘆いた。
「こないだから耳鳴りが酷くてさ。夜寝てらんないんだよ」
「解ります。俺なんか最近授業まともに受けてらんないっすよ」
「すげえ面白い事言うな。お前が授業受けてたとか初耳だわ」
「出席してれば授業受けた事になるじゃないっすか」
シマさんのゴツい手がドレッドを持ち上げて耳を押さえて、顔をしかめる。
「また来た。耳ん中で蚊が飛んでるみたいな音がするんだ」
「俺の場合は、ギターのチョーキングの音が延々鳴ってる感じっす。しかもチューニングがズレてるっていう」
「しばらくスピーカーの前で踊るの止めるか。俺等もそろそろ年だしな」
ガラムの匂いで近くを通った、眼鏡の学生がむせながらこちらを見て、シマさんの顔を確認すると、急いで前を向いて早足で去っていった。
病気の愚痴はどうにもかったるい気分になる。俺はもっと楽しい話をする事にした。
「そういや、こないだのペヨーテどうでした?」
俺の一言で、シマさんの目が生気を帯びた。どこまで行けたか、喋りたかったのだろう。
「やばい。お前、あれはやばい。危うく帰ってこれなくなるところだった。一昨日ようやく帰って来たんだ」
「何見て来たんすか。シヴァ神と頂上決戦してきました?」
「もうあれだわ、地球が俺で俺が地球だったわ。あれだ、地球は実は丸くないって、俺の右手が教えてくれた」
「流石にそれは嘘っすよ」
「あれだよ、ダビンチだっけ?あいつケミカル食って曲がってたんじゃねえの。お前も紙は程々にしとけよ」
俺達は汚いタイル張りの廊下にケツを付けて、そんな話をしていた。
俺はこのクールな日々が終わるなんて事は、全く想像出来なかった。
その証拠に喉が渇いて二人で飲んだコーラは旨かったし、シマさん家で巻いてる時に食った板チョコはゴディバが犬の糞に思えるぐらい旨かった。
●●●
さっき、俺達を悩ませた病気を二つ書いたが、もう一つ重大なやつがある。
こういう生活をしていると、時間の感覚がおかしくなる。
起きている時は素面じゃないし、クラブで遊ぶのを中心にしているから体内時計が滅茶苦茶ずれる。
俺の身体にはクォーツが搭載されてなかったので、頭の中のカレンダーは相当おかしくなっていた筈だ。
だから、電話が掛かってきた日がいつだったのかは覚えていないし、時間もはっきりしない。
電話は俺やシマさんの遊び仲間の一人からだった。
「イトウ、生きてるか」
「おう、めっちゃ元気」
「お前さあ、シマさんどこ行ったか知らないか?」
「最近学校でも会ってないな。あの人、卒業やばいんだけどな。何かあった?」
「いや、CD借りててさ、返しに行ったら居ないんだよ」
「よくある事じゃん」
「一週間前からなんだけど」
「先に言えよ、馬鹿。彼女さんの連絡先って知ってる?」
「もう聞いたよ。あの子も知らないって。他の奴ん家にも泊まってないって」
「ヤバくねえか」
「ヤバいよな」
そう言って俺達は、多分同じ事を考えた。考えてる間にもどんどん通話料は積算されていく、無駄使いだ。
俺達が恐れているのは、こういう事だ。
シマさんがいつも通り、ブリってゴムの自販機をモナリザを見る目で鑑賞していたり、コンビニをパルテノン神殿と間違えて入退店を繰り返したりしている。
ひょっとすると、夜の公園で全裸になって、風の妖精と抱き合ってるのかもしれないが、なんでもいい。
そこに自転車を押しながら、制服を着たお巡りがやってきて、犬が自分より小さい犬に吠える時の声で言う。
「君、ちょっといいかな?」
俺はそこで、自分が震えている事に気が付いた。
受話器の向こうでは、落ち着かなそうな煙草の煙を吐き出す音が、立て続けに聞こえる。
とにかく、何かをしなければ。
「お前どうする?」
「どうするって、捨てるしかねえだろ。勿体ねえけど」
「そうだよな。俺もそうするわ。絶対まずいって」
「どこに捨てるよ」
「とりあえずネタは全部便所に流そうと思ってる」
「便所しかねえよな」
「その辺に捨てたらそれこそやばいだろ。パケなんか指紋付いてるし」
電話を切った俺は、すぐに考えていた事を実行した。
カラーボックスの一番下の段を開けると、取り替えた事のない防虫シートをめくりあげる。
そこから俺のお宝を取り出すと、100メートル3秒フラットの速度でバスルームに駆け込む。
青いグレイトフルベアのポスターが張られたドアを開けると、洗面台の鏡に自分の顔が移った。
今にも実家に電話を掛けて、どうしたらいいか父親に相談したそうな顔をしていた。
何を相談するんだ。「お父さん、やばいんだよ。先輩が逮捕されちゃって!俺もブツを持ってるんだ!どうしたらいいか教えてよ!」。出来るわけねえだろ。
俺は震える手でパケを開け、便器の中にぶち込みながら、洋服にでも金を使っておくべきだと反省した。
何度もしつこくコックを回した後、洗面器で水を汲んでガンガンと水を流し込んだ。水が入った洗面器は、通販で買った鉄アレイよりも重たく感じた。
そうやっていると、別の事も思いついた。
パイプの処分をしなけりゃならない。
俺は洗面器をバスタブに放りこむと、携帯をリダイヤルした。
電話が繋がるまでの間に、洗面器じゃなくてシャワーで流せた事に気が付いた。
「イトウだけど、そっちどうなってる?」
「今流し終わった。十万ぐらい流した、すげえ勿体ない事したわ」
「お前さあ、パイプとかどうする?」
「あー、やべえ。それ考えてなかった」
「遠くのコンビニのゴミ箱に捨てて来ようと思うんだけど」
「いいなそれ」
「それでさあ、お前も捨てに行くだろ?車出してくれない?」
「車で捨てに行くのかよ」
「チャリで遠くまで行くのは無理だろ。パイプ持って電車なんか乗りたくねえし」
「そうだな、俺も捨てなきゃいけないし、拾いに行ってやるよ」
「悪いな。早めに支度しとくわ」
「ところで、パイプって洗った方がいいと思うか?」
「捨てる前に呼び止められた時の為に、洗っといた方が良さそうじゃね?」
「そうしとくわ」
そこで電話が切れた後、たまにしか使わないママレモンで、濃い水色のガラスパイプを洗った。
パイプを洗った後は、雑巾でシンクを拭いて、今度はシンクを洗った。
そうやって部屋を掃除したり、まずいものをコンビニ袋に投げ込んでると、携帯が震えた。
メールだった。「イトウ家の前に着いた」。俺はコンビニ袋の口を絞ってから、手早く着替えた。
愛用の道具達は知らない街の、セブンのごみ箱に押し込まれた。
俺はこの時の罪滅ぼしの為、コンビニは出来るだけセブンを使うようにしている。これを書きながら吸ってるマイセンライト(今はメビウスか)も、セブンで買った。
法定速度に敏感になった、黒いテラノに乗って帰宅している時、助手席に座った俺はリグルの事を思い出した。
「そういや、リグルってどうなったんだろうな」
「ひょっとして、あの子が捕まって、芋蔓で持っていかれたんじゃねえの?」
「いや、リグルは携帯持ってないって言ってたじゃん」
「ああ、そう言えば、俺もそんな事言われた気がする」
「逆に知らないとかあるんじゃねえ?携帯持ってないなら」
「言えてるな」
あのカナブンみたいに綺麗な緑色の髪をした、背の低いガキが銀色のブレスレットを両手に付けるのは、あんまり良くない。
細い手首には、ママに買って貰った新作のスウォッチの方が似合うだろうし、俺も、俺の仲間も、結構な量を彼女から卸してもらってる。
色々とお巡りに喋られるぐらいなら、多少危険でもバックれてもらった方がお互いの為になる。
俺は隣りの席で、一つも違反するまいとして、真剣にハンドルを回している友達に言った。
「俺、この後渋谷行って様子見てくるんで、駅で降ろしてくんない?」
●●●
夜の渋谷は相変わらず人が多かった。イケてる奴もイケてない奴も若者もおっさんも沢山いた。
俺はセンター街の雑踏をすり抜け、いつものハコを目指して、ぐねぐねと曲がった路地裏を通り抜けた。
やがて俺は、細い路地の中の一角にある目的地にたどり着いた。茶褐色の背の低い建物で、看板の照明はついていなかった。
時間的にはかきいれ時だったが、入り口のところにある黒いポールには鎖が掛けられ、クローズの看板が出ていた。
最初にガサ入れを食らってるのかと思ったが、ガサだとしたらお巡りが立ちんぼしている筈だ。しかし、誰もいない。
見ただけで心臓が跳ね上がる制服を着ているお巡りも、モッズコートを着た青島巡査も、ウィル・スミスみたいなセキュリティも誰もいない。
俺は途方に暮れたが、このまま帰っては消化不良で、不安な夜を過ごす事になるだろう。
誰か話が解りそうな奴がこのハコに来るのを、少し離れたところで待つ事にした。
張り込みの真似事をしながら、俺達と同じ匂いのする奴、三人ぐらいと話をしたが、誰も何も知らなかった。
中には「嘘、やべえじゃん。俺もネタ処分するわ。教えてくれてありがとうな」と、礼を言って帰っていく奴もいた。
そうこうしているうちに、俺は煙草を切らしたし、喉も渇いた。もう少し粘るつもりなんだが、このままだと飽きそうだ。
俺はコンビニに、煙草と飲み物を買いに行く事にした。
俺がコンビニから戻った時、ハコの入り口に掛けられた鎖をまたいで、見覚えのある服を着た奴が階段を下りていくのを見掛けた。
オリーブグリーンとベージュのコンビの、ストーンアイランドのナイロンジャケット。シマさんのお気に入りのジャケットだ。
それにあのドレッドを俺が見間違えるわけがない。ナイロンジャケットは季節外れだと思ったが、そこは大事じゃない。大事なのはクラブに入れるという事だ。
俺も同じように鎖をまたいで、薄暗い、壁中にフライヤーが張られた長い階段を降りていった。
●●●
セキュリティはいつものシートに座っていなかったので、俺は自力でクソ重たい分厚いドアを開けた。
俺はドアの向こうの光景を見た時に、来るところを間違えたのかと思った。あるいは、素面なのに幻覚を見ているのかと思った。
ドアの向こうは、照明が全点灯され、清潔なスーパーみたいに明るく、普段確認できないコンクリの床に張り付いたガムの跡や、煙草を踏み消した跡が見てとれた。
誰の音楽も流れていなかったし、DJブースには誰もいなかった。煙草やクサの香りもどこからもしなかった。
人間はいたが、誰も踊っていなかった。完全に瞳孔を開いた目で壁だの天井だの見ながら棒立ちしていた。
スーツを着た茶髪の男、黒髪をブレードにしたギャル、典型的Bボーイ、ウィル・スミスに似たセキュリティ。
色んな奴を俺は見たが、誰も俺の事は見ていなかった。何を見ているのかも解らなかった。
入り口からすぐの壁の近くにシマさんが立っていた。シマさんは何もない灰色の壁を見ていた。
「シマさん、どうしたんすか」
俺はシマさんに呼びかけてみたが、シマさんはこちらを向こうともせず、壁とテレパシーで会話をしているようだった。
完全にキマってる時の顔に似ていて、口元から涎が流れていた。
俺はシマさんがブリってるのかと思って、肩に手を掛けて揺さぶって、声を大きくして、言った。
「シマさん!何やってんすか!」
シマさんは何も反応しなかった。ドレッドが俺が身体を揺すったのに合わせて動いたぐらいで、何の興味もないようだった。
俺はシマさんの着ているジャケットの襟元から、小さな赤蟻が這い出しているのを見つけた。
一匹だけではない、数匹が襟元をうろうろしているし、首筋にも付いてる事に気が付いた。
「あれ、イトウ君、元気そうだね」
後ろから声を掛けられて、振り返るとリグルが立っていた。
リグルは西瓜を手に持っていた。あんまり綺麗な食べ方をしていないらしく、白いブラウスには西瓜の汁がピンクの染みを作っている。
唇も、糖分の高そうなべたついた感じの光を放っていて、それを見た俺は何故か、口紅じゃなくてリップを使っているんだろうな、なんて考えた。
リグルの手がまた口元を覆って、口から吐き出された西瓜の種を手に取りだした。
彼女は黒くて小さな種をコンクリの畑に撒いて、何故かそれを踏みつぶした。
「イトウ君はペヨーテ、食べなかったの?」
俺は首を横に振った。何が起きているのか全く理解が出来なかった。理解できたのはリグルが食べ終わった西瓜の皮をフロアに投げ捨てた事だけだ。
西瓜の皮は、白いところギリギリまで食べられていた。
「その割には元気そうだね。でも元気そうなのに、何でここに来たのかな?」
そう言ったリグルは「ひょっとして、虫の知らせってやつ?」と付け足して、小さく笑った。
小学生が面白い冗談を言った後みたいな顔だった。
「なあ、リグル、これはなんなんだ?」
俺の質問が適切だったかは知らないが、とにかくそれしか言葉が出なかった。
質問は解りづらかったと思うが、リグルの答えはもっと解りづらかった。
「え、前に言ったじゃない。家族を食わせていくってのは結構大変な事なのよ。だから出稼ぎに来ているの」
そう言った後、俺の方に近づいてきた。
「でもどうしよう。イトウ君が元気だとは思ってなかったんだよね」
俺は彼女が最初に言っていた、「俺より年上」という言葉が急に信じられるようになった。
別にここでリグルが急に老人の顔に見えたとか、悪魔のように笑ったって事はない。
俺に近づいてくるリグルの顔は、いつも通りの愛嬌のあるガキの顔だった。
ただ、あの緑の目を見た時、こいつは俺より遙かに年上で間違いないと思った。あの色はもの凄く説得力があった。
すぐに逃げ出すなり、リグルを突き飛ばす為に突進するなりする為に、手足を動かすべきだったのかもしれない。
だが、身体が動かなかった。何かに絡み取られたように俺はその場で棒立ちになっていた。
俺の目の前まで来たリグルは、俺の白いTシャツで、西瓜の汁まみれになった手を拭って、俺の顔を見上げて言った。
「イトウ君はいい子に出来る子かな?」
俺がこの時見たものだけは、間違いなく幻覚だと信じている。
大きく開かれたリグルの目が、天井にぶら下げられた銀色のミラーボールに見え、その緑の多面体の一面一面に、その場でゲロを吐きそうな俺の顔を映している。
その顔が急に俺の顔に近づいてきて――
俺は股間に温もりを感じながら、コンクリの床にへたりこんでいた。
俺の首がどういう方向に動いたのかは解らない。何も解らないし、何も知らない。俺は取り残された。
ハコの中には何もなかった。もう俺の知ってるハコじゃなかった。
リグルも、シマさんも、他の奴等も、耳が痛くなる音楽も、クサの匂いも、煙草の匂いも、汗の匂いも、酒臭いげっぷもなかった。
俺と、俺の漏らした黄色い小便と、アンモニアの匂いだけが残った。
●●●
その当時、俺はこの話を誰にもしなかった。
ネタの食い過ぎと思われるか、逮捕されるか、もっと悪いことになると思ったからだ。
シマさんはそれから学校には来なかったが、元々学校に来ない人だったし、一時は噂になったが、みんな忘れていった。
たまに飯を食ってる時に「シマさん、今頃何してんのかな」と話題が出る度に、俺は嫌な汗を掻いた。
あのハコはしばらくして飲み屋になったが、それも大した話にはならなかった。
色んな物が出回っていたハコがガサを食らって、閉店になるのはよくある話しだったし、当時はそういう店が結構あった。
よくある話しなんで、俺達の間でそれが話題になることはなかった。
それに俺の周りであのハコに遊びに行ってた奴等は、そこに居たという過去を無くしたかったようだ。
無理もない。ハコがガサで閉店としたとなったら、いつ何時、制服を着たお巡りが自宅にやってくるか解らない。
だから俺も含めて、誰もその事は思い出さないようにした。
シマさんも含めて、俺の周りの遊び仲間は、何人か行方不明になっていた。
俺が小便を漏らした日、ハコで見掛けた人数を考えると、ニュースになってもおかしくはなかったが、そうはなっていない。
ああいう所で、リグルみたいなプッシャーからネタを引いてる奴等は、あんまりまともな奴がいないし、個々の繋がりが薄い事が多い。
それに考えてみて欲しいんだが、自分の家族が色々と良からぬ事をやっている奴で、ある日行方不明になった。さあどうする?
明らかに法に触れる事をしていたら、「厄介払いが出来た」と思う奴だっていてもおかしくないよな。
俺は徐々に、この話しを忘れていった。
最後に見たリグルの顔と西瓜の汁でべたべたになった手や、廊下に座り込んで楽しそうにするシマさんの夢を見る事もある。
リグルの夢を見ると、酷くうなされるし、シマさんの夢を見る度に悲しくなるが、そういう事も時間を掛けて慣れた。
●●●
ここまでは昔の話しだ。現在の俺が何をしたのかも書いておく。
俺はリグルの名前をググってみようと思いついた。
パソコンでググってみると、最初に東方ってゲームのキャラクターが出てきて、俺はそれを読んだ。
蛍の妖怪で、虫を操るらしい。説明書きにはご丁寧に、ちょっとアニメチックなイラストも付いていた。
革張りのソファに腰掛けて、果物を食っていたリグルを二次元向けに落とし込んだデザインだと思った。
ただ、俺にネタを卸していたリグルは、緑色の髪の隙間から触覚は生えていなかったと思う。
それと、色々と昆虫についても調べた。
俺のパソコンのモニタには、しばらく飯が食いたくなくなるような虫の生態の数々が表示された。
生きたままの獲物に寄生して肉を食う寄生虫や、ゴキブリの頭に針を刺して、ゴキブリを操縦する蜂がいる事を知った。
ゴキブリの頭に針を刺す奴は「エメラルドゴキブリバチ」って言うらしい。綺麗な緑だったが、リグルの髪の毛とは比べるべくもない。
この話で唯一事実が書いてあるとしたら、こういった昆虫が実在するという事だけだろう。
都市伝説なんかも色々と読んでみたところ、同じ様な話があった。
俺達みたいな奴等が、ある日プッシャーから得体の知れない薬を手に入れるが、阿呆なんでそれを食う。
俺が読んだ話では、それは最高の飛びをもたらす寄生虫の卵になっていて、最後は廃人になって終わりだったと思う。
そこで俺は、あの時シマさんが食ったペヨーテが何だったのだろうと思って、とても申し訳ない気持ちになった。
だが都市伝説だし、それもまた、全くのフィクションなのかもしれない。
順番が前後したが、最後に、リグルの事を少しでも調べたいと思ったきっかけを書く。
俺の住んでいるマンションの近くに雑居ビルがある。俺はいつも、そこの三階のバーで酒を飲んでいる。
そこそこ広い店で、グレーを基調にした絨毯敷きの床の上には年代物のテーブルやソファーが並べられた、静かな店だ。
カウンターに座った俺は、いつも通りジントニックを出してもらった。
その時、俺はあのハコの匂いを嗅いだ気がした。
奥のボックス席でストロボが焚かれて、ミラーボールがそれを乱反射した。俺は振り返った。
リグルがいた。
昔と同じ顔で。
髪の毛だけ伸びていて。
旨そうにオレンジを食べていた。
目があって、笑った。
だったら俺が書く話もあくまでゲームの二次創作、つまりフィクションになるよな。
幻想郷なんてのもゲームの世界だ。多分このサイトで小説を書いた奴等の中で俺が一番頭が悪いと思う。そんな俺の頭でもそれぐらいの事は解る。
万が一、リグルって名前の奴が居たとしても、この作品に出てくるリグルとは関係ないし、ゲームの方のリグルとそいつが同一人物ってのは、ありえない。
本題から逸れた。俺の知っているリグルの話を書こうと思うんだ。
どうしてそうしようとするのか、自分でも解らないが、書こうと思ったんで書く。
ひょっとしたら、書かなきゃいけない的な強迫観念なのかもしれない。
くどいようだが、あくまでフィクションだ。ちょっと頭が混乱してるが、俺はクリーンだ。
文章なんて学校のレポートを書いて以来、長年書いていないんで読めるもんになるか解らない。
ただ、ここは小説のサイトらしいから小説ぶって書く。それで問題ない筈だ。
書く前にこのサイトの小説をいくつか読んだんだけど、現代を題材にしたやつがあったから、俺の話を書いてもいいと思ったんだ。
三回も書くと、頭が悪いと思われるかもしれないけど、フィクションなんだ。だからここに書いてある事は嘘だ。鵜呑みにしないでくれ。
登場人物は全員架空の人物だ。「俺」も「シマさん」も「リグル」も実在しない。全員架空の人物だし、俺のでっちあげた話だ。
あと書いておく事はなんだ?ああ、公序良俗に反するつもりはない。そういう意図で書いてるんじゃないのは解って欲しい。
法に触れる行為について書いてあるが、それを勧めているわけじゃない。むしろ、止めとけって言っておく。
キリがなさそうなんで、本文を書く。
●●●
「あいつすげえな」
「え、何すか!聞こえないっす!」
「あいつ!すげえな!」
シマさんは叫ぶような大声と人差し指で、俺に何を見せたいのか教えてくれた。
俺達はその時、渋谷のハコに居た。色々な物の匂いが混ざった、スポットの光が降り注ぐフロアの中央、コンクリ打ちっ放しの床の上で適当なステップを刻んでいた。
スピーカーからは距離を取っているが、フロアなんてどこに居ても会話が出来たもんじゃない。嘘だと思うならフロアでまともに会話してみろ。
シマさんが指さした先はホールの奥の方のソファで、誰かが座っているみたいだが、照明が暗くて、良く見えない。
その時、奥の方にライトが当たって、俺が何が凄いのか解った。確かにあれは凄い。
緑の頭した奴が奥のソファに座ってる。ライトが移動して、またソファの方は暗くなった。
一瞬しか見えなかったが、でたらめに綺麗な緑をしていた。
カマ臭いビジュアル系の男じゃなくて、女の子の顔だったが当然かもしれない。ビジュアル系がこのハコに来る訳ない。
シマさんがまた何か言ったが、今度は全然何も聞こえなかった。俺は「ちょっと、あっちいきましょうよ!」と言って、バーカウンターを親指で指して、そっちに歩いた。
俺の声はちゃんと聞こえたらしく、シマさんもカウンターの方に来た。
煙草で焦げ跡が幾つもある、マホガニーのカウンターの側は多少はましだった。台風より夕立の方が濡れないで済むってレベルの話しだが、とにかく叫ばないで会話は出来た。
「あんな頭した奴、滅多にいないぜ」
「凄いっすね、あの緑。サイバー系の奴っすかね?」
「そういう奴等は、ここのハコ来ねえだろ」
そう言ってシマさんは煙草をデニムのポケットから取り出して、口にくわえ、ジッポで火を付けた。
ガラムの甘ったるい煙と、オイルの匂いがした。
それを見た俺も一服する事にして、ポケットから赤マルを取り出す。
ソフトパックだったんで汗が染みて、煙草はしおれていたが、吸えなくはない。煙草を乾かす為に、ライターで軽く炙ってから吸った。
俺達は煙草の煙を口や鼻から吹き出しながら、立ち話をした。
「でもああいう派手な奴ってブッサイク多くないっすか?」
「いや、パっと見、結構悪くなかったぜ。服装普通だったし」
「そこまで見えなかったんすよね。チェック早いっすね」
「別にそこまでチェックしてねえよ。ただ、おかしい格好してたら目立つから解るじゃねえか」
確かに服は普通だった。白っぽいシャツを着ていたと思う。
戦隊ヒーローみたいにケバい光沢で、ビニールチューブが付いたフェトウスではなかった。
シマさんはカウンターの中の、バーテンに飲み物を注文した。
くわえ煙草でうろうろするシマさんを見て、バーテンは嫌な顔をしたが、特に文句は言わなかった。
俺はシマさんの背中に声を掛けた。
「あ、ひょっとして、シマさんいっちゃう感じっすか?」
「だってお前、気になるだろ。ツレがいそうな感じでもないし」
下手にツレがいる女の子に声を掛けたりすると、トラブルの原因になる。
この間、それでシマさんはフロアの真ん中で殴り合いを演じる羽目になった。
ツレがいるかどうかは、フロアを見れば何となく解る。女の子に似たような感じの男がいるか、探してみればいい。
ビートに合わせて身をくねらせたり、ステップを踏んでる男の中に、そういう奴はいなかった。
シマさんは俺に「お前も来いよ」と言ったが、俺は「いや、俺はいいっす、ここで見てます」と断った。
煙草の先から灰が落ちて、買ったばかりのGスターのパンツに付いた。速攻で払う。
別に床の事はどうでもいい。俺ん家の床じゃない。ベージュのパンツなんで、汚れが目立ちそうなのが気にくわない。
シマさんは俺の事は気にせず、カシスソーダとラムコークを持って、さっきの緑髪の女の子が座っているソファの方へ行った。
●●●
俺はカウンターで、フロアに響く音楽を聴きながら酒を飲んでいた。酒は覚えている。テキーラサンライズ。
音楽の方はあんまり覚えていない。そもそも俺はヒップホップは詳しくない。RUNDMCとか2PACとか、まあ、メジャーどころしか知らない。
エミネムだったかもしれないが、まだ映画をやる前だったから、あの有名な曲が掛かっていた筈がない。
どれぐらい時間が経った後だか忘れたが、ハコの混み具合を考えると、終電は終わっていたと思う。
ケツのポケットで携帯が震えた。携帯を開いて画面を確認するとシマさんからだった。
「あーもしもし、イトウっす」
「イトウ、こっち来いよ。面白えから」
「いや、俺はマジでいいっすよ。シマさんの邪魔しちゃ悪いし」
シマさんの声が目盛り二つ分ぐらい、ボリュームを下げた。
「そういう事じゃねえよ。お前、今日ネタ持って来てないんだろ?」
俺はここのところ、まともにネタを引けてないし、手持ちはすっかり使い切った。
俺も声を小さくして喋る。この手の会話をする時はどうしても声が小さくなる。
「持ってきてないっすね。まさかシマさんゴチってくれるんすか?」
「ゴチじゃねえよ、馬鹿言ってんな。ネタが引けそうなんだよ。いいからさっきのテーブル来いって」
その言葉を最後に電話が切れた。先輩の呼び出しとあれば、行かざるを得ない。
しかしまあ、言ってる事が良く分からない。何で女の子と話しに行って、ネタ引く話しになってんだ?
俺は残り少なくなったドリンクを片づけで、同じのをもう一杯注文した後に、さっきのテーブルに行く事にした。
●●●
俺は女の子の右隣りに座るシマさんの隣りに腰を下ろした。黒のソファは結構広かったので、三人でも狭い感じはしない。
シマさんは誰の前でもガラムをガンガンに吸うので、正直テーブルの周りは臭かった。
俺はテーブルにドリンクを置くと、片隅に置かれていた空きの灰皿を自分の前に移動させる。
ドレッドを揺らしながら笑うシマさんが俺に言った。
「おい、こいつプッシャーらしいんだよ、これでプッシャーとか面白くね?」
改めて女の子の方を見る。俺は小学校の頃、庭で捕まえたカナブンの事を思い出した。
多分、髪の毛の色がそうさせたんだと思う。蛍光系の発色じゃなくて、あの金属じみた光沢のある、複雑な発色の暗めの緑をしていた。
どこのサロンで染めたのかしらないが、すごく綺麗だった。毛先のぱさつきや痛んだ感じがなく、やわらかそうな髪の毛には天使の輪が出来ていた。
その髪の毛をショートカットにして、袖口をフリルで切り替えたシャツと紺のクロップドパンツを履いている。傍らに黒いケープを置いていた。
顔立ちもファッションも、何でここにいるの?って感じ。
「え、マジっすか?これでプッシャーとかないでしょ?」
「やっぱそう思うよなぁ。俺もそう思ったんだよ」
そう答えたシマさんがニヤニヤ笑う。
俺は何人かのプッシャーを知っていたが、女の子はいなかった。悪そうな男か悪そうな親父しかいない。
ところがシマさんを挟んで向こうにいる子は悪そうに見えないどころか、どうやってこのハコに入ったのか解らないぐらいだ。
俺達と頭一つ以上身長が違いそうだし、顔は完全にガキだ。ブラウスの胸も見事にまったいら。
俺は「つまんない冗談は止めて下さいよ」と言った後、一瞬悩んだが、結局「どうみても子供じゃないっすか」と言った。
女の子のカラコン入りの緑の目がこっちを向いた。長い睫が髪の毛と同じ色な事に気が付いた。緑のマスカラなんて珍しい。
彼女は少し怒ったように俺に言ったが、シモネタを振られた中学生か、それ以下の顔と声だった。
「失礼ね。多分イトウ君より私の方が年上なんだけどね」
「いやいや、それはないでしょ」
「っていうかさ、初対面の女の子と年の話しするのってどうなの?」
「ああ、ごめんごめん。えーっと……」
俺が何を聞きたいのか察してくれた彼女は「リグルよ」と教えてくれて、シマさんは「リグルってすげえセンスだよな」と笑った。
「シマ君も失礼ね。本名よ本名」
「リグルちゃん、ごめんね」
俺は彼女に一応、詫びを入れながら、流石に俺より年上は逆サバ読みすぎだろうと考えた。
名前は別にいい。プッシャーなんて名前も知らない奴が多いし、問題は何を持ってるのか、いくらなのかだ。
シマさんがリグルに「リグルちゃんさあ、こいつもネタみないと納得しないと思うんだよね」と言った。
不本意そうな顔をしたリグルは「あんまり見せびらかしたくないんだけどね」と言って、ケープの裏をごそごそと漁った。
ケープの裏側は、タバスコみたいな赤で、俺が思っていたよりも長そうだった。マントやコートに近い長さかもしれない。
俺はリグルに言った。
「いや、マジな話し、ネタ持ってるんなら買うよ。しばらく切れ目なんだ。何持ってんの?」
「私が扱ってるのはナチュラルだけよ。クサとキノコ。ケミカルとか頭に悪いじゃない」
その言葉を聞いたシマさんは「おう。紙食ってばっかだと馬鹿になるぞ」と俺に言った。
少しすると、リグルの骨張った白くて小さな手が、彼女の腿の上にパケを置いた。
●●●
俺は久しぶりにネタを見て、涎を垂らしそうになったが、この時はかなり素面だったんで、涎は垂らさなかった。
テーブル下でやりとりをしているから、端から見ればリグルの足を見て、涎を垂らしているように見える筈だ。
流石にそいつはまずい。知り合いに見られたら何を言われるか、解ったもんじゃない。
リグルの腿には、ビニールチャックが付いた、一番ポピュラーなパケが置かれている。
中身は勿論、黄金の草だ。解らない奴が見たらゴミなんだろうが、解る奴には黄金と同じぐらいの価値がある。
はちきれそうにパンパンに詰まって、丸みを帯びたパケは、リグルのサービス精神を感じさせた。
値段を聞いてみると、純金を買うよりも遙かに割安だったので、即決でいく事にした。
「じゃあ1パケ売ってよ」
「クサだけでいいの?シマ君はキノコも一緒に買ったけど」
「お前、まとめ買いしとけよ。どうせすぐにまたネタ切らしたって騒ぐんだから」
「シマさん幾つ買ったんすか?」
「クサとキノコを2パケずつ」
「まとめ買いしてくれたら、ちょっと割引してあげてもいいわよ」
ネタの当たり外れもあるんで、俺は最初に買う時はまとめ買いしない派だ。
一回試してみて、モノが良さそうだったらお付き合いをする。
俺はケツのポケットから財布を取り出すと、茶革の財布は汗で黒っぽく変色していた。
幸いな事に札までは汗が染みてなかったので、恥をかかずに済んだ。プッシャーとは言え、女の子に汗まみれの札を渡すのは気が引ける。
札を抜いた俺の左手が、シマさんの腿の辺りに触れそうなぐらい低空飛行して、リグルの腿上に差し掛かると、彼女は右手で札を受け取った。
そのまま、リグルの右腿に置かれたパケを拾うと、行きと同じルートで左手を往復させた。
俺は受け取ったパケを、パンツの内側の隠しポケットにねじ込んだ。
リグルが何かをこちらに投げ、それは俺の掛けているテーブルの前にきっちり着地した。
髭面の男が書かれたパッケージ。ジグザグのペーパーだった。
リグルはいたずらっぽく笑って「すぐ使うんでしょ?あげる」と言った。
なかなか話せる奴みたいだ。これでモノがよければ、継続的に卸してもらってもいい。
連絡先を聞く為に「リグルちゃんさあ、携帯の番号教えてよ」と言うと、想定外の返事が返ってきた。
「私、携帯持ってないのよ」
「別にナンパしようってわけじゃなくってさ。仕事用の電話、持ってるでしょ?」
「携帯は持たない主義なの。大抵はこのハコにいるから、私からネタ引きたくなったらここに来てよ」
俺はそんなプッシャーは初めて聞いた。プッシャーなんて携帯は複数持っていて当然だ。
「それで商売になるわけ?」
「この値段だからね。リピーターも多いわよ」
俺の質問に、リグルはない胸を張って答えた。
目一杯高く見積もっても、中坊にしか見えないガキが売れっ子プッシャーである事を誇ってる。すげえぜ日本、やばいぜ日本。
俺達の未来はラスタカラーだ。そのうちクサどころかあらゆるものが解禁されるに違いない。粉モノ食い放題。
隣りで煙草を吸っていたシマさんが灰皿に煙草を力強く押し込み、汚い雪をテーブルに降らせた。
「おい、イトウ。そろそろ便所行こうぜ」
「あー、いいっすね。巻いときますか」
ソファから立ち上がって、リグルに礼を言った後、俺達は夢の国の入国審査を受ける為に、便所へと旅だった。
リグルは俺達に向かって手を振ってくれたが、顔から仕草まで、この空間から浮いていた。
先客がいたらしく、水色のタイルを張った便所には、香ばしい匂いが漂っていた。
俺とシマさんはそれぞれ個室に入ると、便器の蓋を降ろして、その上で巻いた。俺はさっき貰ったジグザグを使った。
仕上がったものをくわえて、ライターで火を付けて煙を大きく口の中に吸い込み息を止める。
口の中に濃厚な味が広がる。近年稀に見るヒットだ。
隣りの個室からシマさんの声が聞こえた
「お前、これ、めちゃくちゃいいじゃねえか。バリで買ったやつより全然いいぞ」
「これめっちゃきますね。もう1パケ買っても良かったなあ」
「あー、やばいわ。バリのやつよりマジでいいわ」
シマさんはそれから何度も俺にバリのやつよりも良いことを訴えかけ、やがてシマさんの声はアンドロメダ星雲から発信された。
トイレから白鳥座の方向に打ち上げられた、俺達の足がフロアを踏みしめた時、不思議の国のアリスの気持ちが理解できた。
あらゆる光がハレー彗星のように尾を引いてうねっていたし、スピーカーから響く音楽は全身を突き抜けて細胞一つ一つを振動させた。
俺の目にはベースラインが見えるようになっていた。赤や青のレーザービームがそこら中を埋め尽くしている。
俺はもっと様々なものが見たくなったので、スピーカーの前に移動して、まだ見ぬ地平の向こう側を探求しようとした。
気が付くと朝になっていたので、俺達は帰る事にした。
勿論、今日の授業は出るつもりはない。帰宅したらもう一本、追っつけるつもりだ。
俺とシマさんは、駅前の吉野屋で牛丼を食いながら、こんな話をした。
「リグルってどうやって、あのクラブ入ったんすかね?俺こないだセキュリティーに捕まったんすよね」
「先月だっけ?前にここで聞いた気がする」
「そうっす。ウィル・スミスみたいな奴に肩掴まれて「メンキョショー!メンキョショー!」って」
「女だし、甘いんじゃねえの」
そう言いながらシマさんは天井の照明をガン見していた。シマさんはまだ夢の国に滞在していた。
リグルに性的魅力を感じる奴があのハコの中に居たのだろうか。居たとしたらお巡りさん達は、俺の靴のインソールの裏を気にする前に、そいつの股間のビッグマグナムを押収して欲しい。
ビッグマグナムじゃなくて、ビッグマグナム用のレザーケースに入ったデリンジャーかもしれない。臭くて汚いケースが余ってるんだ。
俺はそんな事を考えながら、朱塗り風のプラスチックの箸の先についた米粒が、原子レベルで分析出来る事を発見した。
●●●
シマさんは学校に二日来なかった。
後から聞いた話だと「キノコ食った後に冷蔵庫を開けようとしたら誤って一体化してしまい、ブラフマンと対話してた」らしい。
その結果、世界は無限の可能性を秘めており、人類は皆ウロボロスの鱗の一枚だという真理に辿り着いたという事だった。
俺もシマさんあれ以来、あのハコには何度か足を運んでいた。
リグルはいつもソファに掛けていて、先客がいて待たされる事もあったが、極上のネタを卸してくれた。
大抵のプッシャーは厳つい奴なんだが、リグルは全く恐くないし、愛嬌もある。おまけにネタを切らした事がない。
そんな奴が居れば誰だってそいつから買う。だから俺達もリグルから買う。
リグルから卸してもらった数々の名品によって、俺達の魂は確実にグレードアップしていった。
そんなグレートな日々を過ごしていた俺は、ちょっとしたパーティをやって、手持ちのネタを切らしてしまった。
この時には、リグルからまとめて買い付けるようになっていたが、多人数でやればあっという間だ。
俺はかったるいのを我慢して渋谷に向かった。シマさんも誘ったが、捕まらなかった。
Jay-Zが流れる、ハコのいつものソファで、リグルは妙なものを食っていた。
バカラのコピー商品みたいなガラスの大きな器に、色とりどりのフルーツが乗っていた。
入院見舞いに持っていくフルーツ盛り合わせをそのまま器に盛りつけたぐらいの量があり、それをニコニコしながら指で摘んで食ってた。
こんな馬鹿な食い物をハコで食ってる奴は初めて見た。フォークを使わない奴も初めてだ。
俺はソファの側まで行くと、ご機嫌なリグルに小さく会釈して、隣りに腰掛ける。
「すげえの食ってんな。おっさんが行く方のクラブみたいだ」
「私向けのスペシャル裏メニューよ。イトウ君もどれか食べる?」
「じゃあバナナ貰うわ」
皮が半分剥かれた状態で置かれたバナナを取ってもらうと、そのまま口にした。黒くなったところのないご贈答用みたいなやつ。こってりと甘かった。
その甘さで、俺の頭の中で変な連想ゲームが起きた。
「パフェとかにしないの?流石にこれは飽きるだろ」
「いいじゃない別に。フルーツが好きなのよ」
そういってリグルはテーブルに置かれた背の高いグラスを目線の高さに掲げて、小さく振る。
赤いチェリーの浮かんだオレンジの液体が揺れる。スクリュードライバーかファジーネーブルだろう。
俺はマルボロに火を付けて一服した後、いつも通りネタを卸してもらった。
この日買ったのはクサを3パケ。それで終わる筈だった。
金を受け取ったリグルが言った。
「クサだけじゃなくて、新しいのも扱う事にしてさ。良かったら買わない?お試し価格にしちゃうよ」
「クサとキノコ以外にナチュラルってあったっけ」
「ペヨーテって知ってる?サボテンの一種なんだけど」
「あー、何か聞いたことあるな」
アメリカのシャーマンがそんな名前のサボテンでトリップするという話しをどこかで聞いていた。
リグルは魔法のケープに手を突っ込んで「どこ入れたっけな」と、忙しく手を動かしている。
俺はこのケープが欲しい。マジで魔法のケープだ。どっかの歌みたいに、空を自由に飛ぶのに丁度いい奴が出てくる。
リグルは褐色の粉末が入ったパケをフルーツの汁まみれの手で持って、俺に投げてよこした。
「これこれ。本来は固まりのまま食べるんだけどね。飲みやすいように粉末にしてあるタイプよ」
「現物は初めて見るな。これ、食い合わせとかある?」
大きな葡萄の粒を皮ごと口に放り込んだリグルが、くぐもった声で、俺の質問に答えてくれた。
「チャンポンはお勧めしないわ。後はアルコールも駄目ね。クリーンでセッティングしてから食べて」
「めんどくさいサボテンだなあ」
「かなり効くやつだからね。死にたかったら何とチャンポンしてもいいけど」
「ちなみにいくら?」
リグルの小さな手が口元を覆い、頬が少し動いた。掌に取りだした葡萄の種を灰皿に捨てると、また一粒口に持っていく。
それから俺に値段を教えてくれた。外見に相応しい、お小遣いで買えるお値段だった。
俺は彼女に言った。
「おい、モノは大丈夫なのかよ。安すぎるだろ」
「1ヒット分しか入ってないし、適正価格よ。それにペヨーテって、こっちじゃマイナーでしょ?高くしたって、誰も買わないじゃない」
「それでいきなり値段を吊り上げるとか、エスのやり口まんまじゃん」
「ペヨーテに中毒性はないわよ」
俺はしばらく考えた。食ってみたくないと言ったら嘘になるが、上手い話は恐い。
ネタの話が出た時にまずチャンポンの話しをする程の脳味噌なんで、ひょっとするとさっきの葡萄の種より小さいかもしれない。
そんな脳味噌でも素面の時はそこそこに動いている。動いているつもり。
やがて俺の頭は一つの結論を出した。
俺が考え事をしている間にリグルは葡萄を食べ終わって、酒を飲んで食休みしていた。
幸せそうにするリグルに、俺は言った。
「決めた。これも買ってく」
ペヨーテを1パケ買い求めた俺は、リグルと少し雑談した。
「そういやさ、さっきペヨーテの話しした時に「こっちじゃマイナー」って言ったじゃん」
「ああ、言ったわね」
「アムスかどっかに居た事あんの?」
俺は、彼女のネタはどれも一級品だったので、俺はあの風車とドラッグのドリームランドの住人ではないかと思っていた。
彼女は手を振って否定した。
「アムスって何処よ」
「プッシャーでアムス知らないってある意味凄いな」
「私が仕入れてくるネタは国内産よ。主にご近所に生えてるやつを引っこ抜いてくるの」
そう言ったリグルの白い両手が、引っこ抜く動きをして、薄暗い空間を蝶の様に動いた。
俺達は二人で笑った。最高のジョークだ。そうだとしたら正に彼女は幻想の世界の住人だ。
「じゃああれか。夢の国から出稼ぎに来てるわけか、こっちに」
「そう言う事になるわね。なかなか家族を食わせていくってのも大変なのよ」
そこで俺達はまた笑った。あんまり笑い過ぎたから気分が良くなってきた。こういう時こそ巻くべきだ。
俺は氷が溶けて、薄まったマリブコーラを飲み干して言った。
「じゃあちょっくら出掛けてくるわ」
「ああ、いってらっしゃい。良い旅を」
リグルはいつものように手を振っていた。その時ストロボが焚かれて、彼女の動きがスローモーションで見れた。
俺が便所で巻いた一本は会心の出来映えで、記念写真が撮りたいぐらいだった。
●●●
翌日、目が覚めた時は昼の一時だったのでもう一眠りして時間を調節した。
●●●
次に汗臭い布団の上で目を覚ました時は、上手い具合に夕方になっていた。
布団から身を起こすと、煙臭い部屋の換気をする為に窓を開けて網戸にする。
夕日が見えれば良かったが、空はコンクリの壁と同じ灰色をしていた。ヤニの汚れがついていないからもう少し綺麗かもしれない。
俺は顔を洗った後、枕元で充電していた携帯でシマさんに電話をした。この日はすぐに出てくれた。
「おうイトウ。どうした?」
「昨日リグルからネタ引いてきたんですけど、シマさんにもお土産買ってきたんすよ」
受話器越しに唾を飲む音が聞こえた。
「マジで?どっち買ってきたの?」
「どっちでもないっすね。ペヨーテって解ります?」
「あー、メスカリンか。リグルもマニアックだな」
「あの子相当スキモノっすよね」
「あいつがあのハコ来るようになってから、俺等の人生輝いてるよなあ」
俺やシマさんや、その他の駄目人間でぼんやりと構成されるスキモノネットワークでリグルの評価は高い。
安いし、いつもネタ持ってるし、しかもそれがマブネタだし。
俺達の人生はこの時、シマさんの言うとおり黄金の輝きを放っていた。
俺は更なる頂きを目指す、この道の先輩にプレゼントするべく、言った。
「それで今回、ペヨーテをお土産に買ってきたんですけど、シマさん要ります?」
「食う食う、がっつり食う」
「受け渡しどうします?俺ん家かシマさん家で一緒にキメます?」
「あー……」
間抜けな響きの声の後、がさがさと何かを探すような音がした。光が地球を90周するぐらいの時間を待った後に返事が返ってきた。
「悪い、今日夜勤入ってたわ」
「あー、マジっすか。今日、彼女さんって居ます?」
「いや、あいつは三日ぐらいこっち来ないわ」
「じゃあポストにでも入れときます?俺、今夜シマさん家の方に飲み行くんで」
「お前すげえ良い奴なのな。今度、飯奢るわ」
九時ぐらいに行くと伝えて電話を切った。これでよし。万事よし。俺によし。シマさんによし。
チャンポン番長のシマさんなら、何食っても死ぬ事はないだろう。我ながらいい閃きだった。
俺は以前、シマさんに「お前なら絶対飛べるから!いけるから!」と言われて、鳥の餌を食った事がある。あとバナナの筋も吸った。
しかし、これでおあいこになった。飯奢ってもらうから、俺の方がプラスか。
心の清い俺は、借りてきたDVDで見てないものがある事を思い出したので、それを見て時間を潰す事にした。
同じ髪型をしているが、画面の中のマクレガーより、俺の方が今この瞬間はかっこいい。
時間になったので、チャリに乗ってシマさんの住んでるアパートまで行った。
シマさんの住んでる202号室は灯りが付いていなかった。
黒いドアに付けられた銀色の郵便受けにパケを押し込んで、その場を立ち去った。
自転車に乗って曇り空を見ながら俺は、リグルが住んでいる幻想の国に行きたいと思った。
大の字になって草むらに寝ころんで、澄んだ空に映える星を見て、一面に生えているクサで最高の旅をするのだ。
●●●
こういう暮らしをしていると、色んな病気に掛かって、生活に支障が出る。
俺が悩まされていたのは金欠病とクラブ難聴だ。
金欠病は学生をやってる奴等なら、一度は掛かる病気だ。掛からない奴がいるならそいつは青春の味を知らないまま過ごしている。
もう一つのクラブ難聴は、特定の学生が掛かるタイプの病気だ。
四六時中クラブに入り浸っては、自分の身長の二倍もあるスピーカーの前で長時間過ごしたり、オーテクのヘッドホン(金があればもっと高いのでもいい)とお友達になったりする。
そんな風に耳を酷使している学生は、聴力低下と耳鳴りに悩まされる。酷い時は頭痛がして授業なんか受けていられない。
一週間ぶりに再会したシマさんも、俺と同じような病気にかかっていた。
俺達は廊下に置かれた灰皿の側に座り込んで、お互いの病気の事を嘆いた。
「こないだから耳鳴りが酷くてさ。夜寝てらんないんだよ」
「解ります。俺なんか最近授業まともに受けてらんないっすよ」
「すげえ面白い事言うな。お前が授業受けてたとか初耳だわ」
「出席してれば授業受けた事になるじゃないっすか」
シマさんのゴツい手がドレッドを持ち上げて耳を押さえて、顔をしかめる。
「また来た。耳ん中で蚊が飛んでるみたいな音がするんだ」
「俺の場合は、ギターのチョーキングの音が延々鳴ってる感じっす。しかもチューニングがズレてるっていう」
「しばらくスピーカーの前で踊るの止めるか。俺等もそろそろ年だしな」
ガラムの匂いで近くを通った、眼鏡の学生がむせながらこちらを見て、シマさんの顔を確認すると、急いで前を向いて早足で去っていった。
病気の愚痴はどうにもかったるい気分になる。俺はもっと楽しい話をする事にした。
「そういや、こないだのペヨーテどうでした?」
俺の一言で、シマさんの目が生気を帯びた。どこまで行けたか、喋りたかったのだろう。
「やばい。お前、あれはやばい。危うく帰ってこれなくなるところだった。一昨日ようやく帰って来たんだ」
「何見て来たんすか。シヴァ神と頂上決戦してきました?」
「もうあれだわ、地球が俺で俺が地球だったわ。あれだ、地球は実は丸くないって、俺の右手が教えてくれた」
「流石にそれは嘘っすよ」
「あれだよ、ダビンチだっけ?あいつケミカル食って曲がってたんじゃねえの。お前も紙は程々にしとけよ」
俺達は汚いタイル張りの廊下にケツを付けて、そんな話をしていた。
俺はこのクールな日々が終わるなんて事は、全く想像出来なかった。
その証拠に喉が渇いて二人で飲んだコーラは旨かったし、シマさん家で巻いてる時に食った板チョコはゴディバが犬の糞に思えるぐらい旨かった。
●●●
さっき、俺達を悩ませた病気を二つ書いたが、もう一つ重大なやつがある。
こういう生活をしていると、時間の感覚がおかしくなる。
起きている時は素面じゃないし、クラブで遊ぶのを中心にしているから体内時計が滅茶苦茶ずれる。
俺の身体にはクォーツが搭載されてなかったので、頭の中のカレンダーは相当おかしくなっていた筈だ。
だから、電話が掛かってきた日がいつだったのかは覚えていないし、時間もはっきりしない。
電話は俺やシマさんの遊び仲間の一人からだった。
「イトウ、生きてるか」
「おう、めっちゃ元気」
「お前さあ、シマさんどこ行ったか知らないか?」
「最近学校でも会ってないな。あの人、卒業やばいんだけどな。何かあった?」
「いや、CD借りててさ、返しに行ったら居ないんだよ」
「よくある事じゃん」
「一週間前からなんだけど」
「先に言えよ、馬鹿。彼女さんの連絡先って知ってる?」
「もう聞いたよ。あの子も知らないって。他の奴ん家にも泊まってないって」
「ヤバくねえか」
「ヤバいよな」
そう言って俺達は、多分同じ事を考えた。考えてる間にもどんどん通話料は積算されていく、無駄使いだ。
俺達が恐れているのは、こういう事だ。
シマさんがいつも通り、ブリってゴムの自販機をモナリザを見る目で鑑賞していたり、コンビニをパルテノン神殿と間違えて入退店を繰り返したりしている。
ひょっとすると、夜の公園で全裸になって、風の妖精と抱き合ってるのかもしれないが、なんでもいい。
そこに自転車を押しながら、制服を着たお巡りがやってきて、犬が自分より小さい犬に吠える時の声で言う。
「君、ちょっといいかな?」
俺はそこで、自分が震えている事に気が付いた。
受話器の向こうでは、落ち着かなそうな煙草の煙を吐き出す音が、立て続けに聞こえる。
とにかく、何かをしなければ。
「お前どうする?」
「どうするって、捨てるしかねえだろ。勿体ねえけど」
「そうだよな。俺もそうするわ。絶対まずいって」
「どこに捨てるよ」
「とりあえずネタは全部便所に流そうと思ってる」
「便所しかねえよな」
「その辺に捨てたらそれこそやばいだろ。パケなんか指紋付いてるし」
電話を切った俺は、すぐに考えていた事を実行した。
カラーボックスの一番下の段を開けると、取り替えた事のない防虫シートをめくりあげる。
そこから俺のお宝を取り出すと、100メートル3秒フラットの速度でバスルームに駆け込む。
青いグレイトフルベアのポスターが張られたドアを開けると、洗面台の鏡に自分の顔が移った。
今にも実家に電話を掛けて、どうしたらいいか父親に相談したそうな顔をしていた。
何を相談するんだ。「お父さん、やばいんだよ。先輩が逮捕されちゃって!俺もブツを持ってるんだ!どうしたらいいか教えてよ!」。出来るわけねえだろ。
俺は震える手でパケを開け、便器の中にぶち込みながら、洋服にでも金を使っておくべきだと反省した。
何度もしつこくコックを回した後、洗面器で水を汲んでガンガンと水を流し込んだ。水が入った洗面器は、通販で買った鉄アレイよりも重たく感じた。
そうやっていると、別の事も思いついた。
パイプの処分をしなけりゃならない。
俺は洗面器をバスタブに放りこむと、携帯をリダイヤルした。
電話が繋がるまでの間に、洗面器じゃなくてシャワーで流せた事に気が付いた。
「イトウだけど、そっちどうなってる?」
「今流し終わった。十万ぐらい流した、すげえ勿体ない事したわ」
「お前さあ、パイプとかどうする?」
「あー、やべえ。それ考えてなかった」
「遠くのコンビニのゴミ箱に捨てて来ようと思うんだけど」
「いいなそれ」
「それでさあ、お前も捨てに行くだろ?車出してくれない?」
「車で捨てに行くのかよ」
「チャリで遠くまで行くのは無理だろ。パイプ持って電車なんか乗りたくねえし」
「そうだな、俺も捨てなきゃいけないし、拾いに行ってやるよ」
「悪いな。早めに支度しとくわ」
「ところで、パイプって洗った方がいいと思うか?」
「捨てる前に呼び止められた時の為に、洗っといた方が良さそうじゃね?」
「そうしとくわ」
そこで電話が切れた後、たまにしか使わないママレモンで、濃い水色のガラスパイプを洗った。
パイプを洗った後は、雑巾でシンクを拭いて、今度はシンクを洗った。
そうやって部屋を掃除したり、まずいものをコンビニ袋に投げ込んでると、携帯が震えた。
メールだった。「イトウ家の前に着いた」。俺はコンビニ袋の口を絞ってから、手早く着替えた。
愛用の道具達は知らない街の、セブンのごみ箱に押し込まれた。
俺はこの時の罪滅ぼしの為、コンビニは出来るだけセブンを使うようにしている。これを書きながら吸ってるマイセンライト(今はメビウスか)も、セブンで買った。
法定速度に敏感になった、黒いテラノに乗って帰宅している時、助手席に座った俺はリグルの事を思い出した。
「そういや、リグルってどうなったんだろうな」
「ひょっとして、あの子が捕まって、芋蔓で持っていかれたんじゃねえの?」
「いや、リグルは携帯持ってないって言ってたじゃん」
「ああ、そう言えば、俺もそんな事言われた気がする」
「逆に知らないとかあるんじゃねえ?携帯持ってないなら」
「言えてるな」
あのカナブンみたいに綺麗な緑色の髪をした、背の低いガキが銀色のブレスレットを両手に付けるのは、あんまり良くない。
細い手首には、ママに買って貰った新作のスウォッチの方が似合うだろうし、俺も、俺の仲間も、結構な量を彼女から卸してもらってる。
色々とお巡りに喋られるぐらいなら、多少危険でもバックれてもらった方がお互いの為になる。
俺は隣りの席で、一つも違反するまいとして、真剣にハンドルを回している友達に言った。
「俺、この後渋谷行って様子見てくるんで、駅で降ろしてくんない?」
●●●
夜の渋谷は相変わらず人が多かった。イケてる奴もイケてない奴も若者もおっさんも沢山いた。
俺はセンター街の雑踏をすり抜け、いつものハコを目指して、ぐねぐねと曲がった路地裏を通り抜けた。
やがて俺は、細い路地の中の一角にある目的地にたどり着いた。茶褐色の背の低い建物で、看板の照明はついていなかった。
時間的にはかきいれ時だったが、入り口のところにある黒いポールには鎖が掛けられ、クローズの看板が出ていた。
最初にガサ入れを食らってるのかと思ったが、ガサだとしたらお巡りが立ちんぼしている筈だ。しかし、誰もいない。
見ただけで心臓が跳ね上がる制服を着ているお巡りも、モッズコートを着た青島巡査も、ウィル・スミスみたいなセキュリティも誰もいない。
俺は途方に暮れたが、このまま帰っては消化不良で、不安な夜を過ごす事になるだろう。
誰か話が解りそうな奴がこのハコに来るのを、少し離れたところで待つ事にした。
張り込みの真似事をしながら、俺達と同じ匂いのする奴、三人ぐらいと話をしたが、誰も何も知らなかった。
中には「嘘、やべえじゃん。俺もネタ処分するわ。教えてくれてありがとうな」と、礼を言って帰っていく奴もいた。
そうこうしているうちに、俺は煙草を切らしたし、喉も渇いた。もう少し粘るつもりなんだが、このままだと飽きそうだ。
俺はコンビニに、煙草と飲み物を買いに行く事にした。
俺がコンビニから戻った時、ハコの入り口に掛けられた鎖をまたいで、見覚えのある服を着た奴が階段を下りていくのを見掛けた。
オリーブグリーンとベージュのコンビの、ストーンアイランドのナイロンジャケット。シマさんのお気に入りのジャケットだ。
それにあのドレッドを俺が見間違えるわけがない。ナイロンジャケットは季節外れだと思ったが、そこは大事じゃない。大事なのはクラブに入れるという事だ。
俺も同じように鎖をまたいで、薄暗い、壁中にフライヤーが張られた長い階段を降りていった。
●●●
セキュリティはいつものシートに座っていなかったので、俺は自力でクソ重たい分厚いドアを開けた。
俺はドアの向こうの光景を見た時に、来るところを間違えたのかと思った。あるいは、素面なのに幻覚を見ているのかと思った。
ドアの向こうは、照明が全点灯され、清潔なスーパーみたいに明るく、普段確認できないコンクリの床に張り付いたガムの跡や、煙草を踏み消した跡が見てとれた。
誰の音楽も流れていなかったし、DJブースには誰もいなかった。煙草やクサの香りもどこからもしなかった。
人間はいたが、誰も踊っていなかった。完全に瞳孔を開いた目で壁だの天井だの見ながら棒立ちしていた。
スーツを着た茶髪の男、黒髪をブレードにしたギャル、典型的Bボーイ、ウィル・スミスに似たセキュリティ。
色んな奴を俺は見たが、誰も俺の事は見ていなかった。何を見ているのかも解らなかった。
入り口からすぐの壁の近くにシマさんが立っていた。シマさんは何もない灰色の壁を見ていた。
「シマさん、どうしたんすか」
俺はシマさんに呼びかけてみたが、シマさんはこちらを向こうともせず、壁とテレパシーで会話をしているようだった。
完全にキマってる時の顔に似ていて、口元から涎が流れていた。
俺はシマさんがブリってるのかと思って、肩に手を掛けて揺さぶって、声を大きくして、言った。
「シマさん!何やってんすか!」
シマさんは何も反応しなかった。ドレッドが俺が身体を揺すったのに合わせて動いたぐらいで、何の興味もないようだった。
俺はシマさんの着ているジャケットの襟元から、小さな赤蟻が這い出しているのを見つけた。
一匹だけではない、数匹が襟元をうろうろしているし、首筋にも付いてる事に気が付いた。
「あれ、イトウ君、元気そうだね」
後ろから声を掛けられて、振り返るとリグルが立っていた。
リグルは西瓜を手に持っていた。あんまり綺麗な食べ方をしていないらしく、白いブラウスには西瓜の汁がピンクの染みを作っている。
唇も、糖分の高そうなべたついた感じの光を放っていて、それを見た俺は何故か、口紅じゃなくてリップを使っているんだろうな、なんて考えた。
リグルの手がまた口元を覆って、口から吐き出された西瓜の種を手に取りだした。
彼女は黒くて小さな種をコンクリの畑に撒いて、何故かそれを踏みつぶした。
「イトウ君はペヨーテ、食べなかったの?」
俺は首を横に振った。何が起きているのか全く理解が出来なかった。理解できたのはリグルが食べ終わった西瓜の皮をフロアに投げ捨てた事だけだ。
西瓜の皮は、白いところギリギリまで食べられていた。
「その割には元気そうだね。でも元気そうなのに、何でここに来たのかな?」
そう言ったリグルは「ひょっとして、虫の知らせってやつ?」と付け足して、小さく笑った。
小学生が面白い冗談を言った後みたいな顔だった。
「なあ、リグル、これはなんなんだ?」
俺の質問が適切だったかは知らないが、とにかくそれしか言葉が出なかった。
質問は解りづらかったと思うが、リグルの答えはもっと解りづらかった。
「え、前に言ったじゃない。家族を食わせていくってのは結構大変な事なのよ。だから出稼ぎに来ているの」
そう言った後、俺の方に近づいてきた。
「でもどうしよう。イトウ君が元気だとは思ってなかったんだよね」
俺は彼女が最初に言っていた、「俺より年上」という言葉が急に信じられるようになった。
別にここでリグルが急に老人の顔に見えたとか、悪魔のように笑ったって事はない。
俺に近づいてくるリグルの顔は、いつも通りの愛嬌のあるガキの顔だった。
ただ、あの緑の目を見た時、こいつは俺より遙かに年上で間違いないと思った。あの色はもの凄く説得力があった。
すぐに逃げ出すなり、リグルを突き飛ばす為に突進するなりする為に、手足を動かすべきだったのかもしれない。
だが、身体が動かなかった。何かに絡み取られたように俺はその場で棒立ちになっていた。
俺の目の前まで来たリグルは、俺の白いTシャツで、西瓜の汁まみれになった手を拭って、俺の顔を見上げて言った。
「イトウ君はいい子に出来る子かな?」
俺がこの時見たものだけは、間違いなく幻覚だと信じている。
大きく開かれたリグルの目が、天井にぶら下げられた銀色のミラーボールに見え、その緑の多面体の一面一面に、その場でゲロを吐きそうな俺の顔を映している。
その顔が急に俺の顔に近づいてきて――
俺は股間に温もりを感じながら、コンクリの床にへたりこんでいた。
俺の首がどういう方向に動いたのかは解らない。何も解らないし、何も知らない。俺は取り残された。
ハコの中には何もなかった。もう俺の知ってるハコじゃなかった。
リグルも、シマさんも、他の奴等も、耳が痛くなる音楽も、クサの匂いも、煙草の匂いも、汗の匂いも、酒臭いげっぷもなかった。
俺と、俺の漏らした黄色い小便と、アンモニアの匂いだけが残った。
●●●
その当時、俺はこの話を誰にもしなかった。
ネタの食い過ぎと思われるか、逮捕されるか、もっと悪いことになると思ったからだ。
シマさんはそれから学校には来なかったが、元々学校に来ない人だったし、一時は噂になったが、みんな忘れていった。
たまに飯を食ってる時に「シマさん、今頃何してんのかな」と話題が出る度に、俺は嫌な汗を掻いた。
あのハコはしばらくして飲み屋になったが、それも大した話にはならなかった。
色んな物が出回っていたハコがガサを食らって、閉店になるのはよくある話しだったし、当時はそういう店が結構あった。
よくある話しなんで、俺達の間でそれが話題になることはなかった。
それに俺の周りであのハコに遊びに行ってた奴等は、そこに居たという過去を無くしたかったようだ。
無理もない。ハコがガサで閉店としたとなったら、いつ何時、制服を着たお巡りが自宅にやってくるか解らない。
だから俺も含めて、誰もその事は思い出さないようにした。
シマさんも含めて、俺の周りの遊び仲間は、何人か行方不明になっていた。
俺が小便を漏らした日、ハコで見掛けた人数を考えると、ニュースになってもおかしくはなかったが、そうはなっていない。
ああいう所で、リグルみたいなプッシャーからネタを引いてる奴等は、あんまりまともな奴がいないし、個々の繋がりが薄い事が多い。
それに考えてみて欲しいんだが、自分の家族が色々と良からぬ事をやっている奴で、ある日行方不明になった。さあどうする?
明らかに法に触れる事をしていたら、「厄介払いが出来た」と思う奴だっていてもおかしくないよな。
俺は徐々に、この話しを忘れていった。
最後に見たリグルの顔と西瓜の汁でべたべたになった手や、廊下に座り込んで楽しそうにするシマさんの夢を見る事もある。
リグルの夢を見ると、酷くうなされるし、シマさんの夢を見る度に悲しくなるが、そういう事も時間を掛けて慣れた。
●●●
ここまでは昔の話しだ。現在の俺が何をしたのかも書いておく。
俺はリグルの名前をググってみようと思いついた。
パソコンでググってみると、最初に東方ってゲームのキャラクターが出てきて、俺はそれを読んだ。
蛍の妖怪で、虫を操るらしい。説明書きにはご丁寧に、ちょっとアニメチックなイラストも付いていた。
革張りのソファに腰掛けて、果物を食っていたリグルを二次元向けに落とし込んだデザインだと思った。
ただ、俺にネタを卸していたリグルは、緑色の髪の隙間から触覚は生えていなかったと思う。
それと、色々と昆虫についても調べた。
俺のパソコンのモニタには、しばらく飯が食いたくなくなるような虫の生態の数々が表示された。
生きたままの獲物に寄生して肉を食う寄生虫や、ゴキブリの頭に針を刺して、ゴキブリを操縦する蜂がいる事を知った。
ゴキブリの頭に針を刺す奴は「エメラルドゴキブリバチ」って言うらしい。綺麗な緑だったが、リグルの髪の毛とは比べるべくもない。
この話で唯一事実が書いてあるとしたら、こういった昆虫が実在するという事だけだろう。
都市伝説なんかも色々と読んでみたところ、同じ様な話があった。
俺達みたいな奴等が、ある日プッシャーから得体の知れない薬を手に入れるが、阿呆なんでそれを食う。
俺が読んだ話では、それは最高の飛びをもたらす寄生虫の卵になっていて、最後は廃人になって終わりだったと思う。
そこで俺は、あの時シマさんが食ったペヨーテが何だったのだろうと思って、とても申し訳ない気持ちになった。
だが都市伝説だし、それもまた、全くのフィクションなのかもしれない。
順番が前後したが、最後に、リグルの事を少しでも調べたいと思ったきっかけを書く。
俺の住んでいるマンションの近くに雑居ビルがある。俺はいつも、そこの三階のバーで酒を飲んでいる。
そこそこ広い店で、グレーを基調にした絨毯敷きの床の上には年代物のテーブルやソファーが並べられた、静かな店だ。
カウンターに座った俺は、いつも通りジントニックを出してもらった。
その時、俺はあのハコの匂いを嗅いだ気がした。
奥のボックス席でストロボが焚かれて、ミラーボールがそれを乱反射した。俺は振り返った。
リグルがいた。
昔と同じ顔で。
髪の毛だけ伸びていて。
旨そうにオレンジを食べていた。
目があって、笑った。
それがなんだ。青天の霹靂って奴だ。!!それ自体が既に幻想!!になっているドラッグの闇、過去に忘れてきたハズの頽廃と緩やかな破壊。今やキレイにされた社会の暗部。それが、シームレスに東方のセカイと繋がっていて、とてつもなくリアルに訴えかけてきやがる。
こりゃ読んで得したわー
中々面白かったです
男二人の服が結構リアルなんだよなあ
色々マジっぽい話でした
リグルがいるのに違和感が全然なく、そのせいで現実が侵食されていくような恐ろしさがありました
凄かったです
しかも見るからに地雷臭がするのにこの面白さ。
参りました、読んで良かったです。
でも、これ東方でやる意味あるの?
度肝を抜かれました。面白かったです
現実がどんどん壊れていく過程がリアルで、ゾクッとしました。
久々にここまで素晴らしいものを読んだと思います。
面白さに引き込まれてしまい,用事があるにもかかわらず画面の前にしがみついてしましました.
これだからそそわはやめられない
すごい、すごい、すごい。
ムシっ! って感じですね。
幻想郷と全くリンクしてないが、これはこれで面白かったです。
オチからみるに、これは都市伝説的なホラー系になるのかな。
ごっつあんでした。
ただ珍しくオチが読めてしまったー
ひねりが欲しかったなあ
キメたことなんてないから、本当にこんな感じになるのかな、とイケナイ好奇心が湧いてきました。
なにこのガチ渋谷系。いやでもよくこんな空気感描けるなあ。すごい。
ホントなんか稚拙な言葉しか出なくて申し訳ないですけど、面白いもん読ませて頂きました。ありがとうございます。
この作品があるということはイトウさんはまだ無事なのでしょう
たぶん
誰かと思えばALISON兄貴!ALISON兄貴じゃないか!!
それに、伊藤ライフ大先生のアシストも入って、超リグルになってる
ここまでしっかり作られると、もろ手を挙げて万歳するしかなくなります。面白かったです。
前文くどいなぁ、とか思っていた自分を殴りたい。すげえ前フリでした。
都市伝説の一端を垣間見た気分になりました。リグルさんまじ妖怪。
なんやこれすごい。
主人公が既存の登場人物である必要はなく舞台が幻想郷である必要もない。
底に東方の匂いがするか否か、その点でこのSSは間違いなく創想話的である。
センスに溢れた作品でした。
秋山瑞人みたいな文章書くんだねぇ ホント底が知れない
シマさん…。伏線が半端なく上手いです。
現実に駆逐されていくのが幻想の定めならば、逆に幻想がこちらへ侵略してきていてもおかしくはない、みたいな。
なんか口授の話を思い出しました。非常に面白かったです。
あと初めてリグルをエロいと思いました。
少女に捕食される恐ろしさとエロさよ。
たまらんね!
このSSもヤクなのかい?
今俺の顔もキメた後みたいだぜぇー?
東方と現代ものの食い合わせが良いなんて思ったことなかったんだけどなぁ。
ここではこんなモノをお目にかかったことはなかったよ
完成させようとした意志と完成させた技量が特に素晴らしい
実に現代的でいて、根底は昔々から続く人の心理や妖し、社会や環境から来る妖異のお話のラインをしっかり守っている。
実に上手に纏まっていたと感じました。
幻想郷があるなら、たまに外出してきて「こちら側」のどこかに妖怪達が身を潜めていてもおかしくないですね
実に良し
あ、でもこのリグルは東方のリグルじゃないのか! なら安心(?)
これからも頑張ってください
デモ、クスリヤバイヨ、マジヤバイヨ。なので、それで―30点させてもらいました。
新しいリグルを見た気分。
薬物、ダメ 絶対。
現代日本が舞台だったら異質な存在であるはずのリグルが実に場に馴染んでいて魅力的。
リグルがなんとなく艶かしいので良し
>文章なんて学校のレポートを書いて以来、長年書いていないんで読めるもんになるか解らない。
マジっすか!?この出来で?やべぇよ、マジパネぇっすよ。
でも妖怪なんだからこういうのが正しいよね。
新宿鮫、読んでる気分でした。
こんなリグルもエエやん