くるうりと目の前の景色が回っているような気がした。
頭の中がふわふわとして、身体全体がお湯の中をたゆたっているような不思議な感覚。
うゅーっと気の抜けた声を漏らしながら身体を起こそうとするけれど、なんだかうまく力が入らない。
それでもがんばってなんとか身体を動かそうとしていると、そっと肩を押し留められた。
「こら、無理しないでおとなしくしてなさい」
ぼやけた視界の向こうに影が落ちる。
暗くてよくわからないのだけれど、やわらかなその声は耳に心地良く吸い込まれていった。
「ほら、大丈夫?」
何度か瞬きをして、ゆっくりと見開いた目の先には、困ったようにこちらを覗き込む霊夢さんの表情。
頭の下には温かくてやわらかな感触が伝わってくる。どうやら膝枕をされているらしい。
なんだかよくわからないけれど、心配をかけてしまっているみたいだ。ここは全然大丈夫なことをアピールしないと。
「だーいじょうぶですよー」
とびっきりの笑みを浮かべながら両手でVサインを返すと、なぜだか霊夢さんは表情を曇らせてしまう。
あれ、おかしいな。自分としては最高の笑顔を返したつもりなのに。
「そうやって自覚できてないのが一番危ないのよ」
まったくもうと呆れたように霊夢さんが溜息を吐く。
むぅ、本当に大丈夫なのに。不満と抗議を込めてぷぅと頬を膨らませると、また溜息をつかれてしまった。なんだか悔しい。
「あんた酒に弱いんだから、あんまり無理するんじゃないわよ」
いきなり倒れ込んで来るからびっくりしたわという霊夢さんの呟きに、今日は博麗神社の宴会に参加していたことを思い出す。
たしか霊夢さんの隣でお猪口に入ったお酒をちびちびと飲んでいたはずだったんだけど、いつの間にか酔い潰れちゃったみたいだ。
「あの、宴会は?」
「もうとっくにお開きよ。他の連中もみんな帰ったわ」
辺りを見回すと、多くの人妖と酒瓶で埋め尽くされていた室内はすっかり片付けられていた。
立ち込めていた酒気も開け放された障子の先から吹き込む夜気に洗い流され、涼やかな空気に包まれている。
後片付けのお手伝いができなくて申し訳ないなあと思いつつ、頭の奥から響いてくる鈍痛に小さく呻き声を漏らす。
「ちょっと、大丈夫?」
差し出された湯呑の水を口に運ぶ。
ひんやりとした感覚が頭を通り抜けて行って、一瞬痛みが和らぐけれど、すぐまた鈍痛が響いてきた。
なんとかしてこの痛みから逃れようと寝返りを打って、額を霊夢さんの膝に押し付ける。
やわらかくてとても気持ち良い。なんだか痛みが引いていくような気がした。
「うゆー、霊夢さんのお膝、やわらかいですー」
「ああこら、くすぐったいからあんまり動くんじゃないの」
困ったような声を上げる霊夢さんにはおかまいなしにぐりぐりと額をすり寄せる。
まったくしょうがないわねえと溜息を吐きながら、霊夢さんのひんやりとした手のひらが頬に触れる。
気持ちが良くて頬をすり寄せると、そのまま優しく撫でてくれた。なんだか嬉しくなって頬が緩んでしまう。
「えへへー」
「なによ、しまりのない顔して」
「霊夢さんって、なんだかんだ言って、とっても優しいなーって」
「失礼ね。私はいつでも優しいわよ」
「そーですねー。さすが幻想郷を救った人間は違いますよねー」
「ちょっ、あんたまだあのときのこと覚えてたの?」
いつぞやの喧嘩の時のことを思いだしたのか、ばつが悪そうな表情になる霊夢さん。
あの時の一件以来、霊夢さんは私に無理にお酒を勧めるようなことをしなくなった。
それどころか、他の方がお酒を勧めようとすると、すぐに止めに入ってくれるようになったりして。
こちらとしてはちょっとした意趣返しのつもりだったのだけれど、却って気を遣わせるようになってしまってちょっぴり申し訳ないなと思ってしまう。
でも、実はそうして気にしてもらっているということがすごく嬉しいというのは内緒だ。
「そういえば、なんだかんだ言って最近はあんたも宴会に来ること多くなったわよね。いったいどういう心境の変化?」
「うーん、なんていうか、苦手だからってずっと避け続けるのもどうなのかなーと思いまして」
建設的なお話をすることも大切だけれど、大勢で楽しむ時は自分も一緒になって思いっきり楽しまないとなんだか損してるような気がするし。
ただひたすらにお酒を飲むことだけが宴会を楽しむことではないのだから、自分なりにお酒を飲む理由を見つけてみたいと思ったのだった。
「それに、霊夢さんの隣でお酒を飲むの楽しいですし」
「私の隣?」
訝しげな目を向ける霊夢さんにへにゃりとした笑みを返す。
「みなさんとお酒を飲んでる時の霊夢さんって、表情がころころ変わってとっても可愛いんですよー」
「はぁっ?」
素っ頓狂な声を上げる霊夢さんのことをのんびりと眺めつつ、指折り数えながら言葉を紡ぐ。
「魔理沙さんと飲んでる時は年相応の女の子っぽい感じで、咲夜さんとの時はなんだかお姉ちゃん子な妹さんみたいで、それから紫さんが相手だと素直になれない子供のような―――」
「こ、こら!いちいち口に出さなくていいから!」
あ、霊夢さん真っ赤になって照れてる。これは宴会でもなかなか見れないレア顔だ。
せっかくなので、膝枕された状態から見上げるという最高の角度からたっぷり堪能させてもらおう。
「なに笑ってるのよ」
突然ふにっと頬を摘まれて、そのままむにーっと引っ張られる。
「いひゃい、れいむさん、いひゃいですー」
「うっさい。この口が悪いのよ、この口が」
とびきり恥ずかしいというような目で睨まれて、むにむにふにふにとまるでお餅を捏ねるかのように頬を引っ張られる。
酔いが回って身体中が鈍感になった状態でも本気で痛い。
しばらく散々頬を捏ね繰り回された後、気が済んだのか、霊夢さんはようやく手を放してくれた。
「うー、霊夢さん酷いです。鬼巫女です。悪魔巫女です。霊夢さんです」
「あら、私はとっても優しい巫女さんでしょ?」
涙の滲んだ目で恨みがましい視線を送ると、澄まし顔で返される。
どうやらさっきからかったことを根に持っているみたいだ。
「ほら、これくらいで泣いてんじゃないわよ」
涙目でうーうー唸っていると、霊夢さんの手が伸びてきて、摘まれていた部分を優しく撫でられる。
穏やかな表情。彼女の手が頬に触れる度、痛みはあっさりとどこかに飛んで行ってしまった。
……ああもう、敵わないなあなんて思いながら、私もゆるゆると頬が緩んでいくのを感じたのだった。
「今日はこのまま泊めてあげるから、さっさと寝なさい」
「あ、私、寝る前にお風呂入りたいです」
「ばか。そんな状態で湯浴みなんかできるわけないでしょう」
「えー、だいじょうぶですよー」
今日はお酒を飲んで汗をたくさんかいてしまったので、このまま寝てしまうのはちょっと恥ずかしい。
年頃の乙女としてはお風呂でちゃんと綺麗に流したいのだけれど。
「そう言って、この前も湯船で居眠りして溺れかけてたでしょう。引っ張り上げるの大変だったんだからね」
え、そんなことあったっけ。まったく記憶にないや。
しかも引っ張り上げられたということは、私のあられのない姿を霊夢さんに見られてしまったということか。
うわ、なんていうかこう、ものすごく恥ずかしい気持ちになる。
「別に何度も一緒に入ったことあるんだから、今さら気にすることなんてないでしょう」
「それとこれとは別なんですよー。乙女心なんですー」
溜息を吐かれながらはいはいと素っ気ない言葉で軽くあしらわれる。なんだかとても悔しい。
「とにかく、湯浴みは明日の朝にしなさい。いいわね」
「はーい」
返事をしたところで猛烈に瞼が重くなる。
どうやら霊夢さんと話している間に身体の限界が来てしまったみたいだ。
夢の世界への誘いに沈んでいく意識の中で、頬を撫でる彼女の手に自分の手を重ねて、そっと唇をあてる。
こんなこと、普段なら恥ずかしくって絶対にできやしないのだけれど。
霊夢さんは何も言わずに私の頬を優しく撫でてくれた。
ああ、まったく。やっぱりこれだからお酒はやめられない。
私がお酒を飲む理由―――それは、霊夢さんに素直に、思いきり甘えることができるから。
頭の中がふわふわとして、身体全体がお湯の中をたゆたっているような不思議な感覚。
うゅーっと気の抜けた声を漏らしながら身体を起こそうとするけれど、なんだかうまく力が入らない。
それでもがんばってなんとか身体を動かそうとしていると、そっと肩を押し留められた。
「こら、無理しないでおとなしくしてなさい」
ぼやけた視界の向こうに影が落ちる。
暗くてよくわからないのだけれど、やわらかなその声は耳に心地良く吸い込まれていった。
「ほら、大丈夫?」
何度か瞬きをして、ゆっくりと見開いた目の先には、困ったようにこちらを覗き込む霊夢さんの表情。
頭の下には温かくてやわらかな感触が伝わってくる。どうやら膝枕をされているらしい。
なんだかよくわからないけれど、心配をかけてしまっているみたいだ。ここは全然大丈夫なことをアピールしないと。
「だーいじょうぶですよー」
とびっきりの笑みを浮かべながら両手でVサインを返すと、なぜだか霊夢さんは表情を曇らせてしまう。
あれ、おかしいな。自分としては最高の笑顔を返したつもりなのに。
「そうやって自覚できてないのが一番危ないのよ」
まったくもうと呆れたように霊夢さんが溜息を吐く。
むぅ、本当に大丈夫なのに。不満と抗議を込めてぷぅと頬を膨らませると、また溜息をつかれてしまった。なんだか悔しい。
「あんた酒に弱いんだから、あんまり無理するんじゃないわよ」
いきなり倒れ込んで来るからびっくりしたわという霊夢さんの呟きに、今日は博麗神社の宴会に参加していたことを思い出す。
たしか霊夢さんの隣でお猪口に入ったお酒をちびちびと飲んでいたはずだったんだけど、いつの間にか酔い潰れちゃったみたいだ。
「あの、宴会は?」
「もうとっくにお開きよ。他の連中もみんな帰ったわ」
辺りを見回すと、多くの人妖と酒瓶で埋め尽くされていた室内はすっかり片付けられていた。
立ち込めていた酒気も開け放された障子の先から吹き込む夜気に洗い流され、涼やかな空気に包まれている。
後片付けのお手伝いができなくて申し訳ないなあと思いつつ、頭の奥から響いてくる鈍痛に小さく呻き声を漏らす。
「ちょっと、大丈夫?」
差し出された湯呑の水を口に運ぶ。
ひんやりとした感覚が頭を通り抜けて行って、一瞬痛みが和らぐけれど、すぐまた鈍痛が響いてきた。
なんとかしてこの痛みから逃れようと寝返りを打って、額を霊夢さんの膝に押し付ける。
やわらかくてとても気持ち良い。なんだか痛みが引いていくような気がした。
「うゆー、霊夢さんのお膝、やわらかいですー」
「ああこら、くすぐったいからあんまり動くんじゃないの」
困ったような声を上げる霊夢さんにはおかまいなしにぐりぐりと額をすり寄せる。
まったくしょうがないわねえと溜息を吐きながら、霊夢さんのひんやりとした手のひらが頬に触れる。
気持ちが良くて頬をすり寄せると、そのまま優しく撫でてくれた。なんだか嬉しくなって頬が緩んでしまう。
「えへへー」
「なによ、しまりのない顔して」
「霊夢さんって、なんだかんだ言って、とっても優しいなーって」
「失礼ね。私はいつでも優しいわよ」
「そーですねー。さすが幻想郷を救った人間は違いますよねー」
「ちょっ、あんたまだあのときのこと覚えてたの?」
いつぞやの喧嘩の時のことを思いだしたのか、ばつが悪そうな表情になる霊夢さん。
あの時の一件以来、霊夢さんは私に無理にお酒を勧めるようなことをしなくなった。
それどころか、他の方がお酒を勧めようとすると、すぐに止めに入ってくれるようになったりして。
こちらとしてはちょっとした意趣返しのつもりだったのだけれど、却って気を遣わせるようになってしまってちょっぴり申し訳ないなと思ってしまう。
でも、実はそうして気にしてもらっているということがすごく嬉しいというのは内緒だ。
「そういえば、なんだかんだ言って最近はあんたも宴会に来ること多くなったわよね。いったいどういう心境の変化?」
「うーん、なんていうか、苦手だからってずっと避け続けるのもどうなのかなーと思いまして」
建設的なお話をすることも大切だけれど、大勢で楽しむ時は自分も一緒になって思いっきり楽しまないとなんだか損してるような気がするし。
ただひたすらにお酒を飲むことだけが宴会を楽しむことではないのだから、自分なりにお酒を飲む理由を見つけてみたいと思ったのだった。
「それに、霊夢さんの隣でお酒を飲むの楽しいですし」
「私の隣?」
訝しげな目を向ける霊夢さんにへにゃりとした笑みを返す。
「みなさんとお酒を飲んでる時の霊夢さんって、表情がころころ変わってとっても可愛いんですよー」
「はぁっ?」
素っ頓狂な声を上げる霊夢さんのことをのんびりと眺めつつ、指折り数えながら言葉を紡ぐ。
「魔理沙さんと飲んでる時は年相応の女の子っぽい感じで、咲夜さんとの時はなんだかお姉ちゃん子な妹さんみたいで、それから紫さんが相手だと素直になれない子供のような―――」
「こ、こら!いちいち口に出さなくていいから!」
あ、霊夢さん真っ赤になって照れてる。これは宴会でもなかなか見れないレア顔だ。
せっかくなので、膝枕された状態から見上げるという最高の角度からたっぷり堪能させてもらおう。
「なに笑ってるのよ」
突然ふにっと頬を摘まれて、そのままむにーっと引っ張られる。
「いひゃい、れいむさん、いひゃいですー」
「うっさい。この口が悪いのよ、この口が」
とびきり恥ずかしいというような目で睨まれて、むにむにふにふにとまるでお餅を捏ねるかのように頬を引っ張られる。
酔いが回って身体中が鈍感になった状態でも本気で痛い。
しばらく散々頬を捏ね繰り回された後、気が済んだのか、霊夢さんはようやく手を放してくれた。
「うー、霊夢さん酷いです。鬼巫女です。悪魔巫女です。霊夢さんです」
「あら、私はとっても優しい巫女さんでしょ?」
涙の滲んだ目で恨みがましい視線を送ると、澄まし顔で返される。
どうやらさっきからかったことを根に持っているみたいだ。
「ほら、これくらいで泣いてんじゃないわよ」
涙目でうーうー唸っていると、霊夢さんの手が伸びてきて、摘まれていた部分を優しく撫でられる。
穏やかな表情。彼女の手が頬に触れる度、痛みはあっさりとどこかに飛んで行ってしまった。
……ああもう、敵わないなあなんて思いながら、私もゆるゆると頬が緩んでいくのを感じたのだった。
「今日はこのまま泊めてあげるから、さっさと寝なさい」
「あ、私、寝る前にお風呂入りたいです」
「ばか。そんな状態で湯浴みなんかできるわけないでしょう」
「えー、だいじょうぶですよー」
今日はお酒を飲んで汗をたくさんかいてしまったので、このまま寝てしまうのはちょっと恥ずかしい。
年頃の乙女としてはお風呂でちゃんと綺麗に流したいのだけれど。
「そう言って、この前も湯船で居眠りして溺れかけてたでしょう。引っ張り上げるの大変だったんだからね」
え、そんなことあったっけ。まったく記憶にないや。
しかも引っ張り上げられたということは、私のあられのない姿を霊夢さんに見られてしまったということか。
うわ、なんていうかこう、ものすごく恥ずかしい気持ちになる。
「別に何度も一緒に入ったことあるんだから、今さら気にすることなんてないでしょう」
「それとこれとは別なんですよー。乙女心なんですー」
溜息を吐かれながらはいはいと素っ気ない言葉で軽くあしらわれる。なんだかとても悔しい。
「とにかく、湯浴みは明日の朝にしなさい。いいわね」
「はーい」
返事をしたところで猛烈に瞼が重くなる。
どうやら霊夢さんと話している間に身体の限界が来てしまったみたいだ。
夢の世界への誘いに沈んでいく意識の中で、頬を撫でる彼女の手に自分の手を重ねて、そっと唇をあてる。
こんなこと、普段なら恥ずかしくって絶対にできやしないのだけれど。
霊夢さんは何も言わずに私の頬を優しく撫でてくれた。
ああ、まったく。やっぱりこれだからお酒はやめられない。
私がお酒を飲む理由―――それは、霊夢さんに素直に、思いきり甘えることができるから。
めっさニヤニヤしてる俺きめえ…
早苗といる時は、霊夢はおねーさんなのかな?
最近お酒関連のssが読めて、おじさん嬉しいぞ。
実に良いですねぇ
食ってるカレーが甘い…!!