人間に負けた。
その事で藍さまが紫さまにこっぴどく叱られていた。
尻に敷いて手に持った傘でバンバンと叩くその姿は、傍目にはいつもと変わらないように見えたけど、その時の紫さまは少し本気で怒っているようにも見えた。
結局そのお説教は藍さまがきゅぅ、とのびるまで続けられた。
私は次は自分が同じ目にあわされるのかと思って片隅で小さく震えていたが、紫さまは私のところまで来ると、
「橙はいいのよ」
いつものように小さく微笑んで私の頭を撫でるだけだった。
別に怒られたい訳じゃないし、優しくされるのは嬉しい。それは間違いない。
でもその時、何かが私の胸をちくりと刺した。
思えばいつからだろうか。たまに今みたいに傷もないのに胸が痛む時があった。
最初は今日のように藍さま、若しくは紫さまに対する申し訳なさからくるものかとも思ったけど、それも違うように思えた。
私が藍さまの式になってから一体どれだけの年月が流れただろうか。
昔は──それこそ初めてこの家に来た頃はそんな事もなかったような気がする。
曖昧になって思い出せない遠い過去の記憶。その中のどこからか、私の中にはずっと何かが潜んでいる。
そして今日のように時折姿を現してはちくりと胸を刺していくのだ。
これが一体なんなのか。何度も二人に相談しようかとも思ったが、何故かこれだけは聞いてはいけないような気がしてずっと聞けずじまいだった。
そんな事を考えていると、向こうの部屋から紫さまの呼ぶ声が聞こえた。
「橙ー、藍がのびちゃってるから代わりに食事の用意を手伝ってくれるー?」
──ちくり
まただ。
∽
それから幾ヶ月かが過ぎた
∽
「それじゃあ橙、私たちは行ってくるから。ちゃんと留守番してるんだぞ?」
「藍さま、やっぱり私も行きます。足手纏いになんてなりませんから!」
満月の夜、私は出ていこうとする二人を追って玄関先まで出てきていた。
幻想郷に異変が起こっているから調べてみる。そう紫さまが言ったのは今日の昼の事。
でもその時に「一緒に来なさい」と言われたのは藍さまだけだった。
私も一緒に連れていってくれるように言ってみたのだが、
「今回の犯人は中々強力な者みたいだわ。危ないから橙は留守番ね」
紫さまはまた小さく微笑みながら私の頭を撫でるだけだった。
それならばと藍さまに掛け合ってみても「次は連れていってやるから」と少し困ったように笑いながらそう言うだけだった。
ちくり
「藍、何をしているの? 早く行くわよ」
「あ、はい。ただいま」
既に開かれた隙間の向こう側から紫さまが呼んでいた。
藍さまはすぐに駆け出そうとしたけど、私が黙ったまま俯いていると頭の上に片手をぽん、と置いた。
「ごめんな橙。でもすぐに帰ってくるから」
夜は危ないから家の中にいるんだぞ。頭に手を置いたまま、私と同じ目線になるように膝を屈めてそう言ったが、私が何も返さないでいると藍さまはふぅ、とひとつ息を吐いてゆっくりと立ち上がり、背を向けて行ってしまった。
閉じていく隙間の中で藍さまが手を振っていたけど、ずっと押し黙ったままの私を見て、また少し困ったように、今度は力なく笑っていた。
そしてそのまま、元からそこには何もなかったかのように隙間は音もなく閉じて消えた。
ちくり
まただ
ちくり ちくり
置いていかれたのが寂しい?
ちくり
違う
置いていかれたのが悔しい?
ちくり
違う
ならなんで?
ちくり ちくり
もしかして、私は──
ちくり ちくり ちくり ちくり ちくり
「……違う!」
気付くと私は家を飛び出していた。
「そんなんじゃない!」
留守番を頼まれた事も、家から出るなと言われた事も忘れて、私は無我夢中になって歪な満月が輝く夜空へと飛び上がった。
「違う……もん」
ならばこの胸の痛みはなんなのか。
今までとは比べ物にならないほどに強く、何度も胸を刺すこの痛みの正体は一体なんなのか。
「わかんない……わかんないよ!」
そのまま一体どれだけの時間夜空を駆け回っただろうか。
高く飛ぶほどに、速く飛ぶほどに胸を刺す痛みは増し、その度にこみあげたものが両の目から雫となって溢れ出た。
ねぇ藍さま。藍さまならこのよくわからないもやもやだっていつも解いてる数式みたいにパっと解いてくれるよね?
ねぇ紫さま。紫さまならこのよくわからないもやもやだって隙間の向こうに消しちゃってくれるよね?
∽
気がつくと私は来たこともない竹林の前に立っていた。
どうしてここに来たのかは解らない。
どうやってここまで来たのかも解らない。
でも、きっとこの先に藍さまと紫さまがいる。そんな気がした。
「あぁそうだ。何かが足りないと思ったらお前がいなかったんだ」
そしていざ竹林へと足を踏み入れようとしたその時、突然上空から呼びかける声があった。
慌てて上を向くと、その先には視界いっぱいの黒と白が──
「ふにゃん!?」
どさ、という音とともに私は視界を埋めた黒と白に押し潰されるように地面に倒れこんでしまった。
「いたた……あー、わざとじゃないぜ?」
「どっちでもいいから早くどいてよ……」
のそのそと起き上がるその動きにいつものキレはなく、よく見れば着ている服も微妙にボロボロだった。
そんな魔理沙がぱんぱんと服をはたきながら離れた所に落ちた箒を拾いに行く。
「それにしても、猫が飼い主と離れてこんな所でなにやってんだ?置いていかれたか?」
ちくり
「……違うもん」
「じゃあなんだ。遂に捨てられたか?」
「ちが──!」
違う、と言いかけて、私は言えなかった。
喉元まで出かかった声は突如としてこみ上げてきた嗚咽に消され、自分の意思とは無関係に溢れ出る涙で滲んだ視界は目の前に立つ魔理沙の姿もよく見る事ができなかった。
私は両手でごしごしと目を擦って、ただひたすらに声にならない声を上げた。
「ひっく…ちが……う…もん……うぇっく……ち…ひくっ……ちがう…もん……」
「お、おいおい。軽い冗談だって。そんな本気にするなよ」
それでも一度流れてしまった涙は止めようと思ってもそれも叶わず、地面に座り込んでしゃくり上げる私を見た魔理沙は乱暴に頭を掻き回してあー、うー、と唸っていた。
そのまま暫く苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、やがて私の隣に腰を下ろすと相変わらず歪な月が浮かぶ空を見上げた。
「まぁ、なんだ。何があったかは知らんがあいつらがお前を捨てたりする訳がないだろ」
「でも……」
「あいつ、あぁ紫のことな。たまに霊夢のとこに行ってるだろ?私も何度か遭遇したんだけど──」
そこで言葉を切ると、魔理沙は空を見上げていた顔を私の方へと向けてきた。
「あいつがいつもどんな話をしているか、知ってるか?」
子供が悪戯を思いついた、そんな風ににっと笑ってさぁ答えてみろと言わんばかりに私の目を見てくる。
まだ少しぐずっていた私は、鼻を啜りながら言われた言葉を頭の中で反芻してみた。
(紫さまが藍さまや私以外の人と話す? どんな事を? あれ? 私、いつも紫さまと何を話していたんだっけ?)
今日までの自分の記憶を必死に掘り返してみて、そして出てきた紫さまはいつも笑っていた。
でも、その包み込んでくれるような暖かい微笑みも今は何故かそれがとても悲しくて、私はまた涙を流す。
「なんでそこでまた泣く?」
予想していた答えが返ってこなかったばかりか、またしても泣き出してしまった私に、魔理沙は左手で顔を覆って天を仰いだ。
「正解を言うとだな、紫のやつ、毎回お前らの話ばっかしてるんだぜ?」
「わたし……たち?」
「私はまだたまにだからいいんだけどな。霊夢の奴なんか、もう紫の話が始まった途端にウンザリした顔になるんだぜ?きっと毎日のように聞かされてるんだろなぁ」
その時の事を思い出したのか、魔理沙が口元に手を当ててくくっ、と笑った。
でも私には、紫さまが霊夢にいつもどんな話を聞かせているのかが想像できなくて、考えれば考えるほど、出てくる答えはどんどん悪い方向へと一人歩き。
「役に……立たない式神だ………とか?」
答えを聞くのが怖くて、でも答えが聞きたくて、聞きたくて、今にも消え入りそうな声で呟いた。
すると、魔理沙は目を丸くして、それと一緒に口もぽかんと開けて、
「なんだ、ずっと様子がおかしいと思ったら、お前そんな事考えてたのか?」
「そんな事じゃ……ないもん」
「あのなぁ……あー、見せてやりたいぜ、お前にも。神社で一人延々と自慢話を続ける紫の顔を」
自分ではもう全然想像できなくなって、まだ目尻に少しの涙を残して、私は魔理沙の言葉を待つ。
「いつもは胡散臭そうに笑ってる紫だけどな、お前らの話をする時だけは、そりゃぁもう、逆に気味が悪いくらいの満面の笑みを浮かべて話すんだぜ。藍がどーしただの、橙がどーだっただのってな」
「紫さまが……そんな事……を?」
「あぁ、もうありゃ完全に親ばかだな」
魔理沙は自分で上手いことを言ったと思ったのか、そうだ、親ばかだ、と繰り返し頷いていた。
「でも、私たちは別に血が繋がってたりする訳じゃ……」
「そんなもんは必要ないんだよ。家族ってのはな、何にも負けない強い絆と、お互いを信頼する心があって、そいつらが一緒に暮らしてれば、それは立派な“家族”だぜ」
「私たちが……家族……」
「あぁそうだ。逆に言えばな、血のつながりなんてものがあったとしても、そいつらが無かったらそれはただの他人だぜ」
そう言ってまた空を見上げた魔理沙の横顔は、どこか少し寂しそうだった。
なんとなく声をかけ辛くなって、私もまた黙り込んでしまう。
どこか遠くから聞こえてくる鈴虫の声に耳を傾けながら、私はついさっき魔理沙に言われた事を、頭の中で何度も何度も、忘れないように繰り返していた。
(紫さまはちゃんと私の事も見てくれていた。それなのに私は一人で勝手に勘違いして、勝手に飛び出して、勝手に泣いて……)
「お、いつの間にか月が元に戻ってるじゃないか」
魔理沙に言われて空を見上げてみると、確かに月は今まで浮かんでいたどこか歪な物ではなくなっていた。
やっぱり、紫さまはこの月を直しにいっていたのだろうか。
「どうやら霊夢たちがちゃんと解決したみたいだな。これでやっとゆっくりと寝れるぜ」
そう言って、魔理沙は立ち上がってうーん、と背伸びをした。
そのまま足元に置いてあった箒を手にとって、私に背を向けて歩いていく。
「それじゃ、私は帰るぜ。お前もどうせ何も言わずに飛び出してきたんだろ? その内あいつらも帰ってくるだろうから、確かめてみろよ、さっき言ってた事」
「あ……うん」
じゃあな、と言って魔理沙は本物の満月が照らす夜空へと飛び立っていったかと思うと、あっという間に小さくなっていった。
∽
「今日は少し喋りすぎたな……。でも、正直ちょっとお前たちが羨ましいよ」
衰えるどころかますますスピードを上げて、幻想郷の夜空を魔理沙が飛んでいく。
「あー、帰って寝ようかと思ったが予定変更だ。せっかくの満月なんだ、これで騒がなきゃ嘘だろ?」
空中で大きく一回転。変えた進路の先に見えるは神社。霊夢の奴が疲れた寝させろなんて言ったって、それは聞けない話だぜ。
そうさ、私にはもう家族と呼べるような奴はいないけど、
「一緒に呑んで騒げる、仲間がいるじゃないか!」
∽
魔理沙が飛び去ってからすぐに、私も家へと帰る事にした。
帰ったらまずは紫さまに謝ろう。そして藍さまにも謝ろう。
やがて見えてきた自分たちの家。しかしそこには既に明かりが灯っていた。
一応留守番を頼まれていた手前、勝手に外に出ていたのがバレるとまずい。
私は足音を立てないようにそろりそろりと廊下を歩いて、外から見た時に明かりがついていた部屋の前を通り過ぎようとした──その時。
「橙」
部屋の中から私を呼ぶ声が聞こえた。
逃げ出す訳にもいかず、観念して私は静かに襖を開けた。部屋の中にいたのは、紫さま一人だけだった。
「あの……紫さま、お帰りなさい」
どうにも気まずくて、口元でごにょごにょと呟いただけの声は聞こえていないのか、紫さまは目を瞑ったまま真っ直ぐ前を見て、私の方を見ることはなかった。
「橙、そこに座りなさい」
紫さまの声はとても冷たくて、その顔には一切の表情がなかった。
私がおずおずと言われた通りに紫さまの正面に座ると、瞑っていた目を開き、じっと私の目を見据えた。
「何か言う事はあるかしら?」
「……」
「何もない?」
謝らないと、謝らないと。頭なの中ではそう思って、必死に声を出そうとしているのに、温度を持たないその声と、全てを見透かすように私の目を覗き込む二つの瞳が怖くて、どんなに頑張っても私の声は喉元で引っかかって出てきてはくれなかった。
そうしている間にも、目を通じて紫さまが私の中へと入り込んでくるような錯覚に惑わされて、ますます私は縮こまっていった。
それでも、震える手足をぎゅっと押さえ込んで、搾り出すように私は言った。
「わ……」
「わ?」
「私、何も悪い事なんてしてないもん!」
──あれ?
「紫さまの分からず屋!」
──違うの
「いつもいつも藍さまばっかりで!」
──違う! こんな事が言いたいんじゃない!
「私の事なんてちっとも見てくれなくて!」
──謝らなきゃ
「紫さまにしたら、私なんてどうせ居ても居なくても、どっちでもいいんでしょ!」
──違うの紫さま! 私は謝りたくて!
「私なんて! いらないん────」
その瞬間、突然視界が揺らいだ。
一瞬何が起こったのか解らなかったが、遅れてやってきた頬の痛みと、振りぬかれた紫さまの手を見て、初めて自分がはたかれたのだと気付いた。
私が頬を抑えたまま呆然としていると、紫さまは振りぬいたままだった手をゆっくりと下ろし、先程まで表情を見せなかったその顔は、怒りを露わにしていた。
「……謝りなさい」
「え……?」
「藍に謝りなさい!」
それまでとは打って変わった紫さまの怒声に、私は思わずビクっと身を震わせた。
「帰ってきたら貴方がいなくて、藍がどれだけ心配したと思っているの? 戦いの後で疲れているのにまたすぐに飛び出して、今もずっと貴方の事を探しているのよ? それなのに、貴方は帰ってきたと思ったら勝手な事ばかり言って、挙句の果てには自分はいらないだなんて、そんな事を言ったら藍が悲しむのが解らないの?」
「でも……それじゃ紫さまは……」
「──ばかな子ね」
「え?」
その瞬間、今度は私の体をふわりと暖かいものが包み込んだ。
「本当にいらない子だなんて思っていたら、こんなに怒ったりする訳がないでしょう? お願いだからもう二度とこんな真似はしないでちょうだい。こんな夜だもの。私だってずっと心配していたのよ?」
顔を胸に埋めるように抱き寄せられた私の頭上から、紫さまの優しい声が響いてくる。その声は怒っているのでもなく、悲しんでいるのでもなく、私の事を本当に心配してくれている、そんな声だった。
「橙……」
「ぐず……ひっく」
「だって……私たち三人、もう家族みたいなものでしょう?」
「──! う…うぅ……うわあああああぁぁぁぁぁぁ! ごめんなさい、ごめんなさい! もう…ひっく、黙って出て行ったり……えぐっ…しません……から!」
紫さまの胸に抱かれたまま、私は今まで溜め込んでいたものを全て吐き出すように泣き叫んだ。
流れる涙が服を濡らす事も気にせずに、紫さまはずっと、ずっと、いつものように私の頭をやさしく撫でてくれていた。
「橙…ほら、藍にも謝らないと」
「藍……さま?」
幾分か落ち着きを取り戻して、しがみつくように抱きついていた紫さまから離れて振り向くと、部屋の入り口のところに、たった今戻ってきたばかりなのか、肩を上下させて荒い呼吸を繰り返す藍さまが立っていた。
その服は今夜の戦闘の所為か、それとも私を探してくれていた時にそうなったのか、あちこちがボロボロになっていた。
「橙……」
「藍さま……藍さま!」
またこみ上げてきた涙を拭う事も忘れて、私は藍さまの元へと駆けていって、一気に飛びついた。
「藍さま、ごめんなさい! 私……私!」
「いいんだよ。私はお前が無事だったのなら、それだけでもう……」
「ひぐ……らん…ざま゛……ひっく……らんさまあああああぁぁぁぁぁぁぁ」
∽
「橙、落ち着いた?」
「はい……ごめんなさい」
「いいんだよ、もう」
それでもまだ離れたくなくて、藍さまに抱きついたままでいると、後ろから紫さまが手をぱんぱんと叩きながら近づいてきた。
「はいはい、それじゃ一件落着したところで、また出かけるわよ。二人ともすぐに準備しなさいな」
「今から……ですか?」
「何を言っているの? 夜はまだまだ長いのよ。それにせっかく本物の満月を取り戻したんですもの。満月が満月である内に、やらなくちゃいけない事があるでしょう?」
「……神社ですか」
「あら、解ってるじゃない」
出かけると聞いて、私は自分の体が強張るのを感じていた。
「あの、紫さま……私は?」
「二人ともって言ったでしょう? もちろん橙も一緒に行くわよ」
その言葉を聞いて、今度は体中を喜びが満たしていく。
すると、そこへぽん、と頭の上に何かが置かれた。
振り返って見上げてみると、藍さまがよかったな、と笑って私の頭を撫でてくれていた。
「そうそう、私たちの準備が終わるまで、橙には一つ仕事をしてもらうわ」
これを玄関先に付けてくる事、と言って私に一片の少し分厚い木の板を渡してきた。
「紫さま……これって」
「どう? 中々いい出来でしょう? でも橙にはまだ難しい仕事かもしれないわね。大丈夫かしら?」
「あ……大丈夫です! このくらい!」
紫さまが私に与えてくれた仕事、そして渡された物が嬉しくてたまらなくて、私はまた一筋、涙を流した。
でもそれは悲しい涙なんかじゃなくて、もっと、ずっと、暖かい、そんな涙。
∽
「さて、それじゃぁ行きましょうか」
「紫様、今日はスキマは使われないのですか?」
「あら、藍は風情というものがまだよく解ってないようね」
「風情……ですか」
私が寝ている間も起きている間も忙しそうに動き回っている藍の事だ。
もしかしたら本当に周りのちょっとしたことになんて気付いてないのかもしれない。
「こんなに綺麗な月ですもの。神社に行く前に一足早く月見なんてのも洒落ていると思わない?」
「はぁ……」
頷きつつもまだどこかよく解っていないような、そんな藍を見ているとついつい笑みが零れてしまう。
「それに────ほら」
指差した先には、待ちきれずに飛び出して既に小さくなった橙の姿。
「あぁっ、橙。一人で先に行ったら危ないだろう!」
それを見た藍が予想通り猛スピードで橙の所まで飛んでいく。
藍が追いつくと、もうただそれだけでも嬉しいのか、橙が飛びついたその勢いで二人が満月を背景にをくるくると舞い踊っていた。
藍が何かを言って、橙が笑顔で答える。それに釣られて藍まで笑う。
二人で一体どんな話をしているのか、聞こうと思えば聞くこともできるがそれは野暮というものだろう。
「さて、私も行かないと本当に置いていかれてしまうわね」
そう言いつつも、紫は別段急ぐ素振りも見せずにゆっくりと歩き出した。
そして二人の元へと飛び立とうとしたその時、ふと振り返り、つい先程新たに玄関先に飾り付けられた“それ”を見た。
「うん、やっぱりいい出来だわ……って、あらら。橙ったらいつの間に」
渡した時には無かった、片隅に小さく書かれた文字。それを見てほんとうにしょうがない子ね、と小さく笑いながら紫はふわりと飛び上がった。
私は本当に長い時を生きてきた。その間に様々な事を知った。人妖を問わず、実に様々な者と出会った。別れもあった。
永きにわたり、積み重ねてきた記憶の俯瞰。
振り返ればそこには喜びも、悲しみも、全てがこの夜空いっぱいに広がる星々のようにきらきらと輝いて見える。
宝物だった。
この胸の内に去来する、全てが宝物だった。
だけど、今はもう少し前を向いて歩いてみようか。
振り返って、歩いてきた道程を眺めるのはもう少し後でも構わない。
「紫さまー、早く早くー!」
「そんなに慌てなくても大丈夫よ」
そう。この夜も、私たちも、まだまだ始まったばかりなのだから。
まあ、気のせいでしょう(笑)
それはそうと、良いFamilyでした。
もちろんそんなもの形式に過ぎない。あぁそんなの判ってる。
でも、そんな小さな事の積み重ねが「家族」なんでしょうね。
仲睦まじき「八雲一家」に幸あれ。
また彼女の中に自分が持ちえなかったものを見る魔理沙も切なくていい。
そしてのろけまくる紫様が素敵でした。
八雲一家の絆の深さにほろりと来ました。GJ!
願わくば、八雲一家に末永き幸福を
そして魔理沙にも楽しき日々を
>大石さん
キットキノセイデス
実はこれと同じネタで全く正反対な内容のものも1つ考えていたのですが、
結局ちょっぴりシリアス風味なこっちになりました。
ちなみにもう1つの方だと、
橙が連れてけ連れてけと五月蝿いんです。
んでゆあきんが思わずスキマに放り込んでしまって、藍様ご乱心。
「私の橙に何しやがんだ、この万年ぐーたら妖怪がぁ!」
「私なにもしてないもーん」
そして繰り広げられる親子(?)喧嘩。
発覚した禁断の三角関係。
行き過ぎた愛の先に待つのは夢か希望かネクロフォビアか。
次元の狭間で橙が叫ぶ。「お前のじいちゃん、強かったぜ!」
そんな事してるから止めたままの夜がいつまでたっても明けないんだ。
・・・いろんな意味でダメすぎたので、考えた瞬間没になりましたが。
>名無しさん
最初は三人称的な書き方をしていたのですが、
思い切って地の分を全部橙視点にしてみました。
慣れない書き方をしたので少し不安でしたが、お楽しみいただけたのならば幸いです。
>床間たろひさん
きっと、皆最初からそんなものに意味はないって解ってた。
でも「想い」なんて不確定なものだけでは安心できなくて。
だから様々な物で、言葉で、その「想い」を表していくんだろなぁ、と。
これまでも、これからも、ずっといつまでも。
>おやつさん
構想段階では出合ったのは魔理沙じゃなくて香霖だったとか。
他人が語る家族か、本人が語る家族か、悩んだ挙句、魔理沙になりました。
霊夢は、今ではもう紫の話を暗唱できるようになってしまったとかどうとか。
>CCCCさん
自分で書いてて、あー、こんな事ばっかしてるからおばさんとか言わr(スキマ
彼女たちはいつまでもあのままでいてほしいものです。
>名前が無い程度の能力さん
お互いの事を解っていて、解りすぎていて、だからこそ逆に見えなくなっていた部分があって。
今回のはそんな話だったんだな、と思います。
レス長くなってしまって申し訳ないです・・・。
たくさんのご感想、ありがとうございました。