Coolier - 新生・東方創想話

秋味

2005/09/15 05:33:18
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がらがらがら。

大きな音を立てて戸を開ける。
む、っとした暖気と盛大に舞った埃が、中から出てきた。
久しぶりに外に出れたぜやっほう、と喜び勇んでいる様子が見えるかのようだ。
まぁ受けたほうは不愉快様様なのであるがそんなもの相互理解できるわけが無い。
そんなわけで真正面から埃のマスタースパークを喰らった巫女、霊夢は咳き込んで眉をひそめた。

「んっ……。こりゃまた乱雑になってるわねー」

霊夢は、腰に手を当ててやれやれ、と溜息をついた。
博麗神社の裏にある、まぁ由緒正しかったりしなかったりする蔵である。
ここ数年越しで開いていなかったために、埃が積もるのはしょうがあるまい。
存在すら忘れられていたという説もあながち的外れではないだろう。
その証拠に蔵自身としては「忘れられてなかった。俺まだ居ていいんだ……!」と感動に咽び泣いているのだが人間である霊夢には建物語は聞こえないので意味は無かった。
なんで蔵がアイデンティティ崩壊を起こすまで放置していたものを今更開くのかというと、とある訳があったからである。
そうでなければサボり巫女が混沌の坩堝の扉をわざわざ開くはずがないのだ。

「はー……面倒くさい。まぁ仕方ないけど……」

霊夢の目の前には積みあがった物、物、物の山。
物凄くやる気の無さそうに霊夢は発掘作業を開始する。
まぁこれだけの混沌だ、掃除好きのメイド長くらいしかやる気がでないだろう。
やたら高そうな壺やら、難しいことが書いてある巻物やら、蒐集家である人間が見たらそのまま持って帰りそうな物品が沢山出てくる。
しかし、出しても出しても目的のものは出てこない。
霊夢がそろそろ諦めようかなー、っと思ったときだった。
引っつかんだその感触は、正に捜し求めていたそれだったのだ。なんという幸運。なんという勘。
やっぱさすがね私ったら、と霊夢は呟きつつ物のスキマに挟まったそれを力づくで取り出した。
そしてそれが目的のものだと確信して、笑顔を浮かべる。
しかしその華やかな笑顔とは対照的に、背後ではガラガラガラ、と崩壊の音がかき鳴らされているのだが彼女には聞こえていない。まぁ人間とは関心のあることしか認識できないようにできているから仕方ない。

「ようやく見つかったわねー。ん、充分使える」

ぱっぱと埃をはたきながら取り出したそれは七輪だった。
きちんと焼かれたそれは鈍く光り、ほどよくカーブしたその曲線は、芸術品としても成り立つかのよう。
そんな質の高い品を、罰当たりにもぶんぶんと軽く振り回しながら、霊夢は蔵から出る。
陽が軽く傾いていた。それなりに時間を食っていたようである。
境内にことん、と七輪を置く。しかしそこで霊夢は肝心なことに気付いた。

「……炭が無いわね」

最後の最後で抱え落ち。何故かそんな言葉が浮かんだがまぁそれは置いておいて。
このままでは片手落ちである。せっかくの道具を使わないまま放置するのか? 否、放置するはずが無い。だってあんなに苦労したのだもの。
霊夢はふわり、と飛び立った。
向かう先はいつものお得意様、炭を強奪……いやさ調達にいざ参らん。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


ここは森の香霖堂。魔法の森に程近い場所にひっそりと立つそれは、しんと静まりかえっている。
店ならばもっと呼び込みだの宣伝だのを行い、店が騒がしくなるくらいにするべきなのでは? という意見があるが、店主が殆ど道楽同然で開いている店なのでしょうがない。
しかし店主は気付いているのだろうか?
その、道楽同然という心構えが、店という体裁をとっているここにとって災厄を呼び込んでいるということに。

さてそんな店の店主、森近霖之助。通称香霖である。
今日も今日とて拾ってきた外の世界の書物を検分している最中だった。
いやさ言葉が良すぎた。ただ単に拾ってきた本を読んでいるだけである。今彼はこの本を売り物にはしないでおこうと思って読んでいるからである。
静かな空気の中、本を読むということは至福である。
だが彼の至福は長くは続かない。そういうふうにできているかのように。
彼の満足する静かな空気をぶち壊すように、ばたんと乱暴な音を立てて扉が開かれる。
やれやれまたか、といった顔を全く隠さずに霖之助は玄関を見る。
そこには紅白の衣装を着た、巫女の少女。挨拶もせずにすたすたと品物を並べている棚に歩きごそごそと漁っていた。
はて? と首を傾げる。霊夢はこんなに無作法だったかな?

「こら霊夢。何の用なんだい? 何も言わずに上がりこんで物を漁るなんて、はしたないことこの上ないよ?」
「あら居たの。見えなかったから居ないと思ったわ」

振り向きもせずにしれっと答える。
腹が立たないでもないが、それこそ今更だ、どうしようもないと溜息をついた。
森近霖之助、諦観が誰よりも似合う男。恐ろしいまでに嫌なキャッチフレーズであった。
その間にも霊夢は、棚を漁っては「無い」だの「違う」だのを繰り返している。
はて。どうも霊夢が探しているのはいつものようなお茶の葉や煎餅の類ではないらしい。
それならば探してやるのもやぶさかではないな、と声をかける。

「何を探してるんだい?」
「炭よ炭。木炭。燃料」

あぁ、と納得すると共に、何故?とも思う。
だがまぁ使用法なんてどうでもいいだろう、と思いなおす。
道具は道具。どう使うかなんて、結局は手に入れた者の采配にゆだねられているのだから。
さてそこまで考えて、霖之助は奥に引っ込んだ。
木炭のような生活に関わるものは、皆生活スペースに保管しているためだ。
そうやって奥の木炭を出していると、店の方から
「ガラガッシャンあらなんか割れたわねカップかしらまぁいいわそれよりも炭よ炭ってあらこの棒こんなに曲がってたかしらしまえないわねズドォォォン」
なる物騒な音が聞こえてきた。早く戻らないと店と品物が危険だ。風よりも早く走れ霖之助!
今彼は風になった。速く疾く、そう光すら追い越すほどの速度すら出せそうに。あぁこの速度なら間に合う、店が悲劇に飲まれない内に間に合うんだ!

結論から言って間に合わなかった。
彼が店に戻ったときには商品棚(高級、または貴重と名のつく品物限定で置いてあるもの)が見事に横倒しになっていたのだった。
ちなみに原因の紅白(巫女。年齢は14~15)は先ほどまで霖之助が座っていた椅子に座り、茶を啜っていた。
そのまったりっぷりに、まるで彼女は関係ないと言わんばかりの態度だったが、それで誤魔化されるのはもう沢山だ!と霖之助は憤った。ちなみに過去数十件ほど誤魔化されている。

「……霊夢。いくらなんでも今日という今日は僕は怒るよ……?」
「あ、炭じゃない。霖之助さんありがとね、それじゃ」

手に持っていた炭をさっと奪うと、軽やかに、まるでそう風になったかのように霊夢は店から去っていった。
後に残るのは、振り上げた拳の落としどころに迷う男一人と、滅茶苦茶になった店だけだった。
ひゅう、と窓も開いていないのに風が吹く。まるで風が彼を慰めたようだったが、それはそこに漂う哀愁を引き立てていただけだった。
嗚呼。結局搾取される側というのは、決して下克上できない物なのか、と霖之助は泣いた。
そのとき彼の頭には、何故か一羽の夜雀の顔が浮かんだという。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


「ふふーんふんふーん♪」

さて無事(?)炭をゲットした霊夢は、今度こそと言わんばかりに七輪に火を入れていた。
ちなみに境内ではなく、縁側である。境内だと、誰とは言わないがスキマやら小鬼やらが寄ってくるかもしれないと思いなおしたためである。
ぱたぱたと団扇(何故か羽毛である。柄に「しゃめいまる あや」とあるが、気にしないで頂きたい)で扇ぎ、火を強くすることも忘れない。
しばらくその作業を続け、火が安定した頃合で、霊夢は母屋に戻る。
戻ってきた霊夢が持ってきたのは、


一匹の秋刀魚。


と、大根をおろしたものと、お櫃に入れたご飯である。勿論、茶碗などの食器も忘れない。
そう、彼女が先ほどまで必死になっていたのは、秋刀魚を食べる為だったのである。秋も深まり、身もしまったそれは、最高の旨さを見せるだろう。どうせなら、さらに美味しく食べたい、と霊夢は思ったのである。
ちょうどいい感じに熱された網に秋刀魚を乗せる。途端、じゅうっ、という焼けるいい音が立った。
それと同時に、煙と香りがあたりに立ち込める。
秋刀魚の身から滴り落ちる油が網の隙間から木炭にぽつぽつと落ちるたびに煙は強くなっていく。
その煙を眺めながら、芳しい香りを嗅いでいるうちに、霊夢のお腹がくぅくぅと泣き始めた。
うんうん正常な反応よ、ちょっと待っててね。
しばらく焼いたら、ひっくり返す。またしてもいい音といい匂いが立つが、それよりも先に焼いた面が表に出ると非常に美味しそうである。今すぐかぶりつきたい衝動に駆られるが、我慢我慢。
焼ける間に、茶碗にご飯を盛る。秋もいい具合、ちゃんとした新米である。今年の米は例年よりも出来がいいようで、ツヤが違った。ほかほかと立ち上る湯気は、それだけで最高のおかずになりそうだ。
さて、米の美味しそうな見た目を堪能しているうちに、いい具合に焼けたようだ。こういうとき、霊夢は自分の勘の良さが大好きになれるのだ。
あらかじめ用意した皿に、よく焼けた秋刀魚を移す。
このまま食べてもいいのだが、まだだ。
食というのは、見た目から始まる。それは人間の生み出した歴史そのものだ、ってけーねがいってた。
そんなわけで大根おろしを皿の端に盛る。
それからご飯の茶碗を前におき、箸を箸立てにセットする。食器の置き方も完璧にしてこそ、ご馳走だ。
そして、霊夢は手を合わせて目をつぶる。
いつもやっていることではあるが、しかし今日はなんとなくいつもよりも神妙だった。
神聖なる一言。恵みを与えてくれた全てに、感謝の気持ちを。




「いただきます」




まずは一切れ箸で掴み、そのまま口に入れる。
もぐもぐと咀嚼するたびに、身から溢れ出る油がたまらない。焼く前に軽く振った塩が、旨みを引き立てている。
次はご飯だ。ツヤのありピンとたった米粒はじっと見ていたい衝動に駆られるが、それよりも口に入れたい本能のほうが強かった。ぱくり。薫りと、米の甘みが口の中に広がり、思わず顔が綻んでしまう。
基本はすんだ。したらば次は応用である。まずは応用の基本ともいうべきおろしを切り身にのせて。
これまた美味しい。爽やかに鼻の奥を突き抜ける辛味が、油と旨みをすっきりと纏めている。うん最高。
今度はご飯もまとめて一緒に食べる。あぁ全ての旨みが交響曲を奏でているわ。口の中はオーケストラで満員、終わりには全員スタンドアップ拍手喝采ね。
そして最早言葉はいらぬ、そんな修羅のごとき思想のもと霊夢は今までゆったりとした味わい方を嘘のように引っ込めてぱくぱくもぐもぐと速度を上げて食べ始める。
しかし思想は修羅であろうとも、美味しい食べ物を食べる人間に険しい顔が出来るはずも無く、霊夢の顔は緩みに緩みきっていく。目はもともとのタレ具合がさらに促進され、唇は垂れ下がり、「ほっぺたが落ちるほど美味しい」という言葉をカタチにするとこういう姿なのだろう。
どれだけ至福であろうとも、有限であるものはいつか終局を迎えるのは必然である。
霊夢が気付いたときには、そこには何もない皿と、空っぽになったお櫃のみであった。
満足さとともに、少しばかりの寂しさ。しかしお腹は言っている、最高の食事でした、と。
そんなわけで、霊夢は、いやさ食に満足した者は万感の思いを込めて、こういうのであろう。





「ごちそうさまでした」





お腹をさすりながら霊夢は、遠くの山で色づいた紅葉を見ていた。
目に楽しい、お腹に嬉しい秋は、本当に素敵な季節よね、と。
ごろんと縁側に寝転んでのたまったのであった。
書いてる途中、お腹が鳴りました。
今年はまだ食べてないなぁ…秋刀魚。まぁまだ早いというのもあるんですけどね。
今度食べてきます。
ABYSS
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コメント



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1.70おやつ削除
なんかいい……
秋刀魚が食べたくなりました。
2.無評価名前が無い程度の能力削除
ひとつ質問なんですが、海のない幻想郷でサンマをどうやって調達するのでしょう?
11.80無為削除
幻想郷に海って無いんですか? まぁ、どうでもいいけど。
あと香霖(´・ω・`)カワイソス
15.無評価名前が無い程度の能力削除
博麗祭時記でZUN氏が「おにぎりの海苔は本物ではなく海苔のような何か」と書いていたので海は無い・・・のでは? すると塩とかどうやって調達しているのか謎は深まるばかりですが。(日本に岩塩鉱脈は無い)
20.70あん削除
昨日塩焼きと刺身で食べた。
美味かった。

>幻想郷に海は無い
個人的にはそれぐらいは気にしなくてもいいと思いますね。
気にしたらきりがないのがこの世界。
29.70床間たろひ削除
駄目っ! 全っ然なってないっ! 
秋刀魚に大根おろしときたら、スダチでしょっ!
柑橘類の爽やかな風味が、秋刀魚本来の濃くのある味を引き立てるんだ!
秋刀魚の白身魚でありながら濃厚な旨み、大根おろしの仄かな甘辛さ、
そしてスダチの吹き抜ける風のような酸味が混然となりて初めて、極上の
ハーモニーを奏でるんだよっ!!

虚言はさておき誠に美味しそうなお話でした。ゴチです。

PS.幻想郷に海はなくとも秋刀魚はありそうな気がするんだ。
   それこそ鰤も鰯も鯨でさえも。
   東方の和風なイメージと海に囲まれた日本人の食文化、
   切っても切れない関係じゃなかろうか、と。
   ま、あれだ、困った時のスキマ様って事で。


36.70名前が無い程度の能力削除
がんばれ霖之助(つд;)
きっといつかは、ちゃんと買い物に来る霊夢の夢を見られるさ
44.無評価名前が無い程度の能力削除
ここまで来ると霊夢をはりたおしたくなるな