(注)当作品は、拙作『東方雀鬼録』『知識人ホムーラン』の設定が多分に含まれています。
予めお読み頂く事を推奨致します。
~これまでのわかりやすいあらすじ~
「藍様!」
「橙!」
紅美鈴が鎖鎌をにぎった!!
<紅魔館>
「……」
「……」
「……」
「……」
重い。
とてつもなく重い。
別に某黒幕のウェイトを指している訳ではない。
というか彼女は重くない。多分。
何が重いかと言うと、窒素やら酸素やらアルゴンやら水分やらといった成分の集合体。
要するに空気だ。
「……」
「……」
「……」
「……」
ヴワル魔法図書館内に設えられた応接セット。
そこに陣取るのは、図書館の主であるパチュリーと、客であるアリス。
二人が対峙に至ってから、既に相当な時間が経過しているのだが、これまでに交わした会話はというと。
『……ボンジュール……』
『……チャオ……』
という挨拶のみである。
何故日本語じゃないのかは謎だが。
無論、これまでまったく動きが無かった訳ではない。
お互いに、何か口に出そうとする様子は、幾度と無くあったのだ。
が、その度に、相手の顔を見ては押し黙るの繰り返しである。
傍から見ていたら、頭をスリッパで引っ叩きたくなるような状況だが、
幸いそういった無粋な輩は……
「……何してんのかしらアレ。お見合い?」
「雰囲気的には、それに近いものを感じますねぇ」
しっかりと存在していた。
応接セットの周囲に並べられた無数の本棚。
その内の一つの中に彼女達はいた。
外見的には他の本棚の何一つ変わらないそれは、隠し通路の終着点……即ち、覗き部屋となっていたのだ。
「でも花子さん、これ、本当にバレないんでしょうか。
距離的に凄く危険な気がするんですが……」
「へーきへーき。こんな手の込んだ隠し通路作るような輩だもの。
対応策くらいキッチリ取ってるわよ」
パチュリー達までは、距離にしておおよそ5メートルという近さである。
その為、言葉は良く聞こえるし、表情の観察も容易ではあるのだが、
当然、相手からもこちらが覗いている事が分かってしまうのではないかという不安も生じるのだった。
「……確かにお二人とも気付かれてはいないようですが……」
「怖気づいたのなら戻っても良いのよ。私は一人でもこのミッションを完遂するわ!」
「……」
「(それにしても……花子さんってこういうキャラでしたっけ……)」
小悪魔は、ちらりと横に視線を送る。
爛々と瞳を輝かせては、一心に覗きに専念するメイドさんの姿がそこにあった。
覗きというキーワードが出て以来、彼女の様子は明らかに変わった。
何というか、これが私の生きる道。とでも言わんばかりの習熟振りなのである。
隠し通路を進む際も、図書館の構造などまるで知らない筈であるのに、迷うことなく堂々と突き進み、
そして当たり前のように、このベストスポットを発見したのだ。
「一つ聞いて良いですか」
「ん、何?」
「ちょっと言い方は悪いんですが……その、どうしてそんなに覗きに馴れてるんですか?」
「……」
問いかけを前に、幽々子は一瞬押し黙った。
慌ててフォローの言葉を捜しに走る小悪魔であったが、直ぐにその必要は無いと気が付いた。
「ふっふっふっふっふ……よくぞ聞いてくれたわね」
溜めていただけと分かったからだ。
「小悪魔ちゃん、こんな台詞を耳にした事は無いかしら。
『最近、誰かに見られてるような気がする』とかいった類のものを」
「え、ええ、あります。というか私もたまに思う事がありますし」
「実はね……それって本当に見られてるのよ」
「……へ?」
「霊体の特徴として、浮遊している。壁を抜けられる。隠密行動力が高い。地獄への免疫付き等があるわ」
「は、はぁ」
何か、多いに偏った知識のように思えるのは気のせいだろうか。
メイドよりもモンスター仙人になったほうが良さそうだ。
「で、それらの特徴は、すべてが覗きに有効活用できるのよ。
環境に適応した能力を身に着けるのは、どんな種族でも共通。それは霊体と言えども例外じゃないわ。
即ち、与り知らぬ覗きは、大半が霊体の仕業という訳」
「……」
「だから、亡霊の私が覗きのエキスパートであるのは必然なのよ」
えっへん、と胸を張って言ってのける幽々子。
張りすぎたのか、ボタンが一つ弾け飛んだりしたが、幸いそれは誰も気が付かなかった。
そもそも威張って言うような事ではない。
が、それに対する小悪魔の反応は、常人とは一線を画していた。
「す、凄いです! そういう事だったんですか!」
「そ、そんなに驚かれると、こっちも戸惑っちゃうわね」
「いえ! 本当に凄いです! 私の知的好奇心を満たしすぎて溢れさせる衝撃の事実です!」
「もう、大袈裟ねぇ」
心底感激した、といった態の小悪魔を前に、思わず幽々子は赤面する。
実のところ、多少後ろめたく思っていたのを誤魔化すつもりの発言であったのに、
まさかここまで多大な反応があるとは思わなかったのだ。
「(ああ、私の選んだ道は間違っていなかったわ……妖夢、これからも宜しくね)」
その道は大いに間違ってますから、どうか引き返して下さい。という遠隔突っ込みを無視しつつ、
心に誓う幽々子であった。
「花子さんって亡霊だったんですね!!」
幽々子はコケた。
「あ、あのねぇ、今まで気付いてなかったの? ほら、浮いてるでしょ私」
「浮くくらい誰にでも出来るじゃないですか」
「そ、それじゃ……えーと……うーん……」
「それにほら、花子さんってよく食べますし、腕力も凄いですし、
どう見ても私の中にある亡霊のイメージとは結びつかなかったんです」
小悪魔の正直極まりない発言は、幽々子の心をガリガリと抉って行った。
「……ぅぅ……」
言われてみればその通りだった。
亡霊とは本来、もっと儚い存在である筈なのだ。
それなのに自分は、散々に飲み食いをしては白玉楼の財政を困難にした挙句、
博打に負けて奉公させられるという、どこの遊び人かという日々を送っているのだ。
その上、奉公先でも、思う存分食料を平らげているし、鍬を豪快に振り回していたりする。
こんなドカベンのようなイメージで、よく亡霊などと威張って言えたものだ。
「(……そういえば、花子って名前に山田って妙にフィットする響きね……
これからは山田花子と名乗ろうかしら……フフフフフ)」
そんな幽々子の破滅的思想は、小悪魔の暢気な発言によって遮られた。
「そう言えば、今年の五月頃に春がどうしたとかで騒動を起こした方も亡霊さんでしたっけ」
「……そ、それは」
「確か、レミリア様を麻雀で散々に打ち負かした方も亡霊だって聞いたことがあります」
「……」
それも私だ。と言いたいのを必死に堪える。
ジュデッカはラスボスの器では無いのだ。
「もしかして、私のイメージが間違っていただけで、亡霊さんって結構豪快な方が多いんでしょうかねぇ」
「(……どうしてそれと私をイコールで結ぼうとしないのかしら……)」
いつだったか、どこぞの小鬼に、役に立たない天然呼ばわりされた記憶がある。
だが、今なら自信を持って言い返せよう。
『貴方は、本当の天然という物を知らないわ』
と。
そんな益体も無いやり取りを延々と重ねていた二人であったが、
任務状況には何ら支障をきたすものではなかった。
というのも、観察対象であるパチュリーとアリスには、今だに動きが見られないのだ。
「ふぁぁ……」
幽々子は思わず欠伸を噛み殺す。
さすがに、こうも何も起きないのでは退屈だった。
「ねぇ、小悪魔ちゃん」
「はい?」
「そもそも、あの二人ってどういう関係なの?
彼女らの事は多少知っているけど、知り合いだったなんて初めて聞いたわよ」
「あ、そうだったんですか……えーと、少し長くなりますが、宜しいですか?」
「構わないわよ。どうせしばらくは動かないでしょ」
「分かりました。では……」
小悪魔は佇まいを正すと、小さな声で語り始めた。
よくよく考えるなら、別に幽々子に説明する義理も無いのだが、
彼女に一切の躊躇は無かった。見事だ。
「二月程前、満月が何者かに隠されるという事件があったのをご存知ですか?」
「……ええ、知っているわ」
当たり前だった。
何故ならその事件を解決したのは、他ならぬ幽々子だったからである。
「その際、とある事情……ぶっちゃけると、レミリア様に仲間外れにされたという理由で、
パチュリー様が家出をしたんです」
「い、家出?」
「はい。パチュリー様曰く、未来へ向かってランナウェイだそうです。
でも、原因が過去を引き摺りまくってましたから矛盾もいい所ですね。あはは」
「……」
超絶に他人事である。
そもそもランナウェイは逃亡だ。
「それで、数少ないお知り合いだったアリスさんの家に泊めて頂いたんです」
「……少ないのね」
「はい。とても……」
「……」
「……おほん。続けますね」
「……ええ」
「アリスさんの家での時間は、至極平穏なものでした。私のプライドが粉微塵に打ち砕かれた以外は……」
「って、貴方も付いて行ってたのね」
「良いんです。弾幕ごっこが弱くても、フェルマーの最終定理なんて解けなくても、胸が小さくても、
司書の仕事には何ら影響ありませんから。……ううう……」
「は、話がずれてるずれてる」
「……と、失礼しました。
まぁ、平穏な時間だったんです。
それこそ、あのパチュリー様が上機嫌になるくらいの。
ですが……それが仇となりました」
「?」
「ご存知でしょうが、アリスさんは人形作成のスペシャリストです。
ですが、そのアリスさんの力をもってしても制御不能という、恐ろしい人形が存在したのです」
「……それって……」
幽々子の記憶に、一体の黒い人形の姿が蘇る。
以前、博麗神社にて行った麻雀大会で猛威を振るったアレ。
確かに恐ろしい人形ではあった。
むしろ、人形そのものより、作成者であるアリスの情念のほうが恐ろしかったが。
が、それは妙だ。
あの人形は、他ならぬアリス自身の手で消滅させられた筈である。
「その名も……黒衣の魔人形2ndと」
「また作ったんかい!!」
思わず品の無い突っ込みを繰り出す幽々子。
小悪魔はそれを華麗にスルーして話を続けた。
「パチュリー様は、泊めていただいたお礼に、その人形の呪いを解こうとしたんです。
結果は……多分、成功だったと思います」
「……へ? 成功なら問題無いんじゃないの?」
「……いえ、成功しすぎたんです。私たちは、触れてはならない黒歴史にまで到達してしまいました。
その時、何が起こったのかは言えません。というか私も殆ど覚えていませんし。
確かなのは……アリスさんの家と魔人形は全壊。
そして、その日を最後に、お二人の仲は途切れたという結果です」
「……」
幽々子は押し黙って、話を反芻する。
状況を推測するには、今ひとつ情報量が足りない。
が、それは大した問題ではない。要は解さえ導き出せれば良いのだ。
人生は数学では無いのだから。
死んでるけど。
「……要するに、痴話喧嘩?」
「大体合ってます」
小悪魔の長い説明は、一瞬で無と化した。
さて、覗き屋が言うところの痴話喧嘩中の二人。
「……」
「……」
「……」
「……」
依然として会話は無い。
この状況に陥ってから、どれほどの時間が経過したであろう。
両者共に、本を胸元に抱き込んでは俯き続けるのみであった。
「……」
「……」
「……」
「……あ、あの……」
均衡を打ち破らんと、最初に動いたのはアリス。
今にも掻き消えそうなか細い声ではあったが、確かにその口からは言葉が発せられていた。
「こ、この前のこ……ぷっ」
「……ぷっ?」
思わずパチュリーは顔を上げた。
少なくとも、「こぷっ」などという単語に思い当たる節は無かったから。
が、その謎はすぐに氷解した。
「あはははははははははははははははははははは!!」
単に吹き出した音だったのだ。
「……」
「あはははははははははははははははは!!」
「……」
「ふひゃはははははははははは!! ひー!!」
「……」
次第にパチュリーの表情が険しさを増していく。
やっと口を開いたかと思うと、突然馬鹿笑いをされたのである。当然の事だろう。
「ちょっと貴方……一体どういう」
「や、やめて、こっち見ないで、あはははははははは!」
気色ばんで問い詰めを試みるも、それはアリスの笑いのツボを更に刺激しただけだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、参ったわ。こんなに笑ったのは久し振りよ」
「……」
そう言いながらも、まだアリスは笑みを崩さない。というか崩せない。
その視線は、パチュリーではなく、後方に注がれていた。
「本当、いい仕事してるわよ貴方」
「えへへ、そう?」
「?」
予期せぬ返答に、パチュリーはくるりと背後を振り向く。
そこに立っていたのは、何やら液体の瓶のようなものを手にした橙だった。
「橙……大事な話だから、来ちゃいけないって言ったでしょう」
「ごめんなさーい」
「もう……って、ちょいと待ちなさい。その瓶、何?」
返答は求めていない。ただの確認だ。
その瓶が何に活用するものか、存分に知っていたからだ。
「……」
嫌な予感を胸に、パチュリーは己の髪へと手を当てる。
ストレートの髪をお下げにしていた筈のそれは、斜め上空へと向かい、天高く聳え立っていた。
腰近くまであった長い髪から醸し出される迫力と来たら相当なもので、サリーちゃんのパパどころか、
満月の夜の某知識人すら裸足で逃げ出すであろう一品である。
「……caved!!!!」
「うきゃーーーー」
「あはははははははは!」
橙に向かい突貫するパチュリー。
逃げる橙。
その様子を見て、また笑うアリス。
重かったはずの空気は、とうに弛緩したものへと変わっていた。
「……まったくもう」
数分後。
戻ってきたパチュリーが、ため息交じりに言葉を紡ぐ。
髪はすでに、いつものお下げへと戻されていた。
「そう怒らないの。あの子がいなかったら、まだお見合いしてたわよ、私達」
「分かってるわよ。だからお仕置きメニューはレベル2に止めておいたわ」
「……どんなものかは聞かないでおくわ」
パチュリーは再び席に着くと、ふぅ、と一つ息を吐き出す。
そして、視線を真っ直ぐにアリスへと向けた。
「……この間は御免なさい。本当に申し訳ない事をしたと思っているわ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あの、何か言ってくれないと困るんだけど」
ぽかん、と口を半開きにして固まっていたアリスが、弾かれたように動き出した。
「え、ええ、その、まさか貴方からそんな殊勝な台詞が出るとは思わなくて……」
「……私を何だと思ってるのよ」
「無愛想で皮肉屋の引き篭もり芸人?」
「魔界人には純粋な魔力が効果的……!!」
スペルカードを取り出しては念を込め始めるパチュリーを、アリスは寸での所で制止する。
「じょ、冗談よ。場を和まそうと思っただけよ。
……それじゃ、返答と一緒に、今日ここにきた目的を話させて貰うわ」
「……」
「上海達から聞いたわ。貴方が悪気があってあんな事をした訳じゃないって。
だから、今は別に怒ってないわ」
「……」
「……でも、ね。魔理沙……魔人形が私にとって、とても大切なものだというのは今でも変わらない。
そして、貴方には責任を取ってもらう必要があるわ」
「……」
「だから……」
アリスは一端言葉を切ると、手を自らのスカートの中へと突っ込んだ。
『え、何!? そこでおっ始めるの!? シナリオが唐突すぎない!? フラグ管理がなって無いんじゃないの!?』
『は、花子さん。落ち着いて下さいよぅ』
観察者の動揺を他所に、ぽん、と布の固まりのようなものがテーブルの上に置かれた。
「……黒衣の魔人形V3! 今度は最初から貴方にも作成を手伝って貰うわ!」
『『また作るんかい!!!』』
「……? 今、何かツッコミみたいなものが聞こえなかった?」
「ううん? 気のせいじゃないの?」
「そうかしら……というか、貴方もスカートの中に物を入れてるのね」
「余計なお世話よ。で、返答は?」
「……私に何が出来るかは分からないけど、出来る限りの事はさせてもらうわ。イエスよ」
今出来る精一杯の笑顔を作るパチュリー。
「宜しい」
そしてまた、アリスも笑顔でそれに答えた。
「それと、一つ提案があるんだけど」
「何?」
「その、貴方っていうの止めない?」
「……いいの?」
「いいも悪いも無いでしょ」
「……じゃあ、マガトロ」
アリスはコケた。
「何でファミリーネームなの! そもそも切る部分がおかしいでしょ!」
「冗談よ、アリス」
「もう……パチュリーの台詞はどこまでが冗談か分からないのよ」
ともあれ、二人の冷戦は、この時をもって終結を迎えたのだった。
『ああ良かったです。これで私も肩の荷が下りました』
『……貴方、何もしてないじゃないの』
『気分の問題です』
「基本的な造形は済んでるから、後はオリジナルの魔理沙にいかに近づけていくかね」
「擬似的な人格の構築という事?」
「そんな所ね。魂と言い切れないのが悔しい所だけど……」
アリスの目標は、完全な自立を可能とした人形を作る事である。
現時点での最高傑作である上海人形や蓬莱人形でさえも、その域には達しない事程遠い。
もっとも、アリス本人が気付いていないだけという説もあるが……。
「人形の内部に、核となる宝石が埋め込んであるわ。
それに魔理沙っぽいイメージを片っ端から注入していきましょう」
「……ねぇアリス。貴方、そのやり方で前も失敗したんじゃないの?」
「分かってるわよ。だから協力してもらってるのよ」
「……?」
「私が思い浮かべるイメージと、パチュリーが思い浮かべるイメージだとまったく違うものでしょう?」
「ああ……多様性がもたらす矛盾こそが、本物の『魔理沙』に近づく鍵になるという事ね」
「……ま、ほとんど推測だけどね」
「いえ、おそらくは正しい筈よ。……でも、そうなると一つ疑問も生じるわ」
「何?」
「それなら付き合いの短い私よりも、紅白や道具屋の主人辺りに頼んだ方が上手く行くんじゃないの?」
「……」
問いをぶつけた途端、押し黙るアリス。
その分かりやすい反応に、パチュリーは一つの解を得た。
「……成る程。恋敵に頼める筈が無いものね」
「な、何を言ってくれちゃってますのことかしらだわさ!?」
顔を真っ赤にしては、支離滅裂な言葉を放つという、これまた分かりやすい反応を見せるアリス。
が、そんな反応を無視するかのように、パチュリーから平坦極まりない響きの言葉が放たれた。
「でも、それって、私が魔理沙の事を何とも思ってないという前提があっての事よね」
「……あ……」
途端にアリスの表情が、暗く沈む。
有り得ない話ではなかったからだ。
魔理沙がこの図書館に入り浸っている事は、重々承知だ。
当然、そういった感情が生まれる可能性もあるだろう。
だとしたら、自分は何と場違いな頼みをしてしまった事になるのか。
「ご、ごめんなさい、私……」
「嘘よ。そんなに深刻な顔をしないで……ちょっと言って見ただけだから」
「で、でも」
「確かに、魔理沙の来訪を心待ちにしていた事もあったわ。
……でもね。最近はそれ以上に気になる存在がいたりするのよ」
「……え?」
それはそれで意外な発言だった。
自分が知らなかっただけで、パチュリーは恋多き女であったのだろうか。
「(とは言っても、殆ど外に出ないんだから館内の誰かよねぇ……誰かしら)」
「はい、これで問題は無くなったわね?」
「え、あ、うん。じゃ、始めましょう」
『ねぇ、それって……』
『……多分、そうだと思います』
『うーん……だとしたら、複雑ねぇ』
『……ええ』
観察者の呟きを他所に、魔女二人は作業に入っていた。
「えーと魔理沙魔理沙……とりあえず、性格悪し。と」
「口が悪い。もね」
「それに傍若無人」
「ひねくれもの」
「我侭」
「片付けられない女」
対象の特徴を羅列しつつ、念を込める作業。の筈なのだが、
ただの悪口大会になっているのは気のせいであろうか。
日頃、魔理沙による被害を被っている上位二人であるから、当然と言えば当然なのだが。
「ねぇ、これじゃとんでもない性格になっちゃわない?」
「でも事実だし……」
「……そうよね。ここで事実を湾曲させてしまうと、また前の繰り返しだもの」
「一体、どんな念を送り込んだのよ……」
『魔理沙さんも大変だなぁ……って、何してるんですか花子さん?』
『え? うん、私も一応魔理沙の知り合いだし、少し協力しようかなって』
『あ、それは良いですね。じゃ私も……』
ボートを漕ぐのは一人でも事足りるが、二人いれば、なお効率は上がるだろう。
だが、その二人の反対側で勝手に漕ぎ始める輩がいたらどうなるだろうか。
答えは推して知るべし。
もっとも、それだけならまだ良かったのかもしれない。
この湖には、血に飢えた鮫が迷い込んでいたのだ。
「わるいごはいねがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「「『『!?』』」」
素晴らしき大音量だった。
その発生源は、入り口の扉を大きく開け放ち、仁王立ちをしていた。
服装は乱れに乱れ、よくもまぁ生きているものだと言いたくなる姿であったが、
その両目と鮮血に塗れた青竜刀の鈍い輝きが、意思の強固さを示していた。
が、この場において、その強固な意志とやらはロクな結果を生まないと、容易に理解できるのが難点だ。
『藍まで……一体どうなってるのよ』
『あ、アレもお知り合いなんですか?』
『ええ、基本的には人畜無害で便利な九尾の狐。
しかしその実態は式バカを軽く通り越した変態、八雲藍……橙ちゃんの主よ』
『と言うことは、橙ちゃんを連れ戻しに来たという事ですか』
『でしょうね』
藍はぐるりと周囲を見渡すと、ゆっくりと歩みだした。
パチュリー達のいる場所からは、まだかなりの距離がある。
が、誰一人として動かない……否、動けない。
「ど、ど、ど、どうするの!? 明らかにヤバい雰囲気よアレ!」
「お、お、お、落ち着いて、こういう時は手の平に人と書いて飲み込んで……はうっ」
動揺が極限に達したのか、パチュリーは手の平を本当に飲み込もうとして悶絶する。
そんな状況で、逃げるも何も無い。
奴は、来た。
「クサムカァ……クサムガチェンウォ!!!」
それの放つ言葉は、人語ですらなかった。
恐らく、今の彼女は巻物すら読むことが出来ないだろう。
まさにバーサーカーだ。
「は、話せば分かるわ。話し合いましょう。人はそれが出来るから人なのよ!
あ、ああ、でもどう見ても貴方は人じゃないわね。というか私も人じゃないし。
ならどうしろと言うの! 出る所出るわよ!」
訳の分からない言葉を紡ぎつつ、ついには逆ギレするパチュリー。
だが、藍にとって、そんな事はどうでもよかった。
「ムッコロス!」
ただ、本能の赴くままに、青竜刀を振り上げる。
「やめて!!!」
甲高い声。
一刀両断にせんと振り下ろされた凶器は、パチュリーの前に立ちはだかった人物の目前でピタリと止まった。
「ち、橙……」
それが、己の愛する式だと知った藍は、ふらふらと後ずさる。
先程までの狂気はとうに掻き消えていた。
「何故庇うんだ橙……そいつはお前を篭絡し、強制的に従属させようとした忌まわしき魔女だぞ?」
「そんな事無いよ! パチュリーさんはちょっと病弱で芸人魂が旺盛で、
知識の使いどころを間違えてるだけの、いい人だもん!」
持ち上げているのか馬鹿にしているのか今ひとつ判断に苦しむ所だった。
「それに、藍様は勘違いをしてます」
「な、何をだ」
「私は、自分の意思でこちらのお世話になったんです」
『そうなの?』
『はい。別にパチュリー様は強制はしていません』
『あらあら……お互いに式離れの時期なのかしらね』
「……!」
からん、と青竜刀が地に落ちる。
それと同時に藍もまた、力なく座り込んだ。
「ふ、ふふふ、すべては私のエゴという訳か……これでは道化だよ」
「大佐……じゃなくて、藍様。その、勝手に決めたりしてごめんなさい。
でも、私は、もう少しここにいたいです」
「……いや、良いんだ。お前もそろそろ外の世界を見てみるべきだろう。
これは良い機会だった……そう思う事にするよ」
「藍様……」
そこに、狂人の姿は無い。
主として、そして親として心を定めた、一人の式の姿であった。
藍は静かに立ち上がると、呆然と事を見守っていたパチュリーに視線を向けた。
「パチュリー、と言ったな?」
「ええ」
「……しばらくの間、橙を宜しく頼む」
様々な感情が渦巻いていたのだろう。
藍は幾度となく躊躇して、最後にようやく頭を下げた。
「……分かったわ。任せて頂戴」
パチュリーの言葉を確認すると、藍はくるりと踵を返した。
ゆっくりと歩み去って行く様は、どこか寂しそう……にまったく見えなかった。
何故なら、藍の両手が、己の服の裾にかかっていたからだ。
『拙いわ! 藍はアレをするつもりよ!』
『あ、アレって何ですか?』
『見れば分かるわ! でも見たら駄目! 大変な事になるわ!』
『どうしろって言うんですか!』
「だが、多いに不安が残るのも事実でな……!」
「「「!?」」」
導師服が宙を舞い……
図書館は光に包まれた。
「くっ……一体何が」
光が収まったのを確認すると、ゆっくりと目を開くパチュリー。
そこに藍の姿はなく、ボロボロの導師服が地に残されたのみであった。
それの意味する所は……。
「パチュリー、あれ!」
弾かれたように声を上げるアリス。
指し示していたのは、図書館内でも有数の高さを持つ本棚。
その頂上に、彼女はいた。
「その間、私もここで働かせてもらう! 異論は無しだ!」
スッパではない。
どういうマジックか、きっちりとメイド服に身を包んだ藍の姿が、そこにあった。
「……」
言いたい事は分からないでもない。
橙の意思を尊重しつつ、式バカ魂を満たす、唯一の手段なのだろう。
「貴方、家事は出来るの?」
「侮るな。私は終身名誉おさんどんの称号を得た数少ない存在だ。
どんな労働だろうとこなしてみせる自信はある」
威張って言うような事でも無いだろう。と思ったが口には出さない。
ちらりと背後を伺うと、呆れたような、それでいてホッとしたような表情の橙が見えた。
ならば……。
「では、私の権限で貴方を雇う事にします。詳しい指示はメイド長から受けなさい」
「そうか。では宜しく頼む」
藍は、軽く一礼すると、瞬時にその場から姿を消した。
嵐は過ぎ去った。
しばし否応無しに沈黙させられていた一同。
当事者でなかったからだろう、最初に動きを見せたのはアリスだった。
「ね、ねぇ、良いの?」
「良いの。今、紅魔館は慢性的な労働力不足に陥っているわ。
そこで、労働力が向こうからやってきたのだから、活用するのは当然よ」
毅然として言ってのけるパチュリー。
だが、それが建前でしか無い事を、アリスは理解していた。
「……で、本心は?」
「暴れられるよりはマシだと思って……」
そこまで言うと、パチュリーは床へとへたり込んだ。
要するに、怖かったのだ。
「大丈夫!」
パチュリーの肩に置かれる、小さな手。
橙のものだった。
「藍様はたまにおかしくなったりするけど、基本的には頭の良い方だから……きっと、良い方向に動くと思う」
「……」
ああ、なんと健気なのだろう。
この幼さで、己の主の恥部を庇うだけの度量を持ち合わせているとは。
余りフォローになっていなかった感もあるが、それは気にしてはいけない。
「……そうね。ありがとう」
パチュリーはくるりと振り向くと、感謝の意を込めて橙をかき抱いた。
と、同時に。
何処から飛来したクナイが、パチュリーの脳天に突き刺さった。
「はうあっ!」
「ぱ、パチュリーさぁん!」
『一つ覚えておけ。橙に邪な感情を抱いた日が、お前の命日だ』
誰もいない筈の空間から、禍々しい言葉が響き渡った。
「えーと……何か忙しそうだし、今日は帰らせて貰うわね」
「え、ええ、ご、ごきげんよヴォアッ!」
「ああっ! 致死量っぽい大量の喀血が!?」
「……さよーならー」
アリスは、魔人形片手に、そそくさとその場を立ち去った。
懸命な判断と言えよう。
「……何だか、どんどんカオスな方向に動いてるわね」
一部始終を覗いていた人物……幽々子が、どこか暢気な感想を漏らす。
「……そうですねぇ」
対する小悪魔の返事は、毎度の如く他人事。
が、それは本心ではない。
いかな天然であろうとも、気付かざるを得なかった。
「(騒動が起こり始めたのって、花子さんがいらしてからなんですけどね……)」
ここに至り、ようやく小悪魔は悟ったのだった。
一方その頃。
紅魔館正門にて、
「静かだ……今が乱世とは思えぬ……」
「隊長ーーー! しっかり! 傷は浅いです!」
「そもそも乱世じゃありませーん!」
等という悲劇ともコントともつかないやり取りが行われていたが、それはいつもの事だった。
<白玉楼>
『そういう訳でして、私はしばらく紅魔館に籍を置きます。どうかご容赦を』
「って、突然そういう訳とか言われてもさっぱり……」
『では失礼します。妖夢によろしくお伝え下さい』
「ち、ちょっと、藍ってば!」
呼びかけも空しく、スキマ間通信は一方的に打ち切られた。
呆然と立ちすくむ紫に、まったく状況の飲み込めていない妖夢が声をかける。
「あの、どういう事なんですか?」
「……木乃伊取りが木乃伊になった。かしら」
「??」
紫は簡潔に状況を説明した。
「と、いう訳。ちょっとお使いに行かせただけのつもりが、どうしてこうなっちゃうのかしら……」
「はぁ……」
「……どうする? 連れ戻すのなら直ぐに出来るけど」
むしろ、そうするのが常道だろう。
自主性を尊重するというのが、紫の式に対するスタンスだが、流石に今回は逸脱しすぎである。
主人である自分は元より、仮にも世話を預かっている白玉楼の事すら放り投げての行動だ。
だが、妖夢は、そうは思わなかったようだ。
「藍さんたちがそうしたいのなら別に構わないんじゃないでしょうか」
「でも、それだと……」
「家事なら私がやるから問題ありません。
……正直に言いますと、むしろやらせて貰いたいくらいです。
私は仕事に追われている方が性に合っているみたいです」
「妖夢……」
恐らくは本心だろう。
自分達が白玉楼に来てからの妖夢は、どこか身のやりどころに困っている感があった。
幽々子の洗脳……もとい、教育の賜物だろうか。
今、白玉楼にいるのは、自分と妖夢だけ。
ならば、藍達の事は気にせずに、幽々子の代わりを勤め上げるべきではないか。
それこそが、妖夢の望む日常である筈だから。
「分かったわ。しばらく二人きりになっちゃうけど、宜しくね」
「はい、こちらこそ」
白玉楼の人口は、半分になり、四倍になり、そしてまた半分となって元に戻った。
予めお読み頂く事を推奨致します。
~これまでのわかりやすいあらすじ~
「藍様!」
「橙!」
紅美鈴が鎖鎌をにぎった!!
<紅魔館>
「……」
「……」
「……」
「……」
重い。
とてつもなく重い。
別に某黒幕のウェイトを指している訳ではない。
というか彼女は重くない。多分。
何が重いかと言うと、窒素やら酸素やらアルゴンやら水分やらといった成分の集合体。
要するに空気だ。
「……」
「……」
「……」
「……」
ヴワル魔法図書館内に設えられた応接セット。
そこに陣取るのは、図書館の主であるパチュリーと、客であるアリス。
二人が対峙に至ってから、既に相当な時間が経過しているのだが、これまでに交わした会話はというと。
『……ボンジュール……』
『……チャオ……』
という挨拶のみである。
何故日本語じゃないのかは謎だが。
無論、これまでまったく動きが無かった訳ではない。
お互いに、何か口に出そうとする様子は、幾度と無くあったのだ。
が、その度に、相手の顔を見ては押し黙るの繰り返しである。
傍から見ていたら、頭をスリッパで引っ叩きたくなるような状況だが、
幸いそういった無粋な輩は……
「……何してんのかしらアレ。お見合い?」
「雰囲気的には、それに近いものを感じますねぇ」
しっかりと存在していた。
応接セットの周囲に並べられた無数の本棚。
その内の一つの中に彼女達はいた。
外見的には他の本棚の何一つ変わらないそれは、隠し通路の終着点……即ち、覗き部屋となっていたのだ。
「でも花子さん、これ、本当にバレないんでしょうか。
距離的に凄く危険な気がするんですが……」
「へーきへーき。こんな手の込んだ隠し通路作るような輩だもの。
対応策くらいキッチリ取ってるわよ」
パチュリー達までは、距離にしておおよそ5メートルという近さである。
その為、言葉は良く聞こえるし、表情の観察も容易ではあるのだが、
当然、相手からもこちらが覗いている事が分かってしまうのではないかという不安も生じるのだった。
「……確かにお二人とも気付かれてはいないようですが……」
「怖気づいたのなら戻っても良いのよ。私は一人でもこのミッションを完遂するわ!」
「……」
「(それにしても……花子さんってこういうキャラでしたっけ……)」
小悪魔は、ちらりと横に視線を送る。
爛々と瞳を輝かせては、一心に覗きに専念するメイドさんの姿がそこにあった。
覗きというキーワードが出て以来、彼女の様子は明らかに変わった。
何というか、これが私の生きる道。とでも言わんばかりの習熟振りなのである。
隠し通路を進む際も、図書館の構造などまるで知らない筈であるのに、迷うことなく堂々と突き進み、
そして当たり前のように、このベストスポットを発見したのだ。
「一つ聞いて良いですか」
「ん、何?」
「ちょっと言い方は悪いんですが……その、どうしてそんなに覗きに馴れてるんですか?」
「……」
問いかけを前に、幽々子は一瞬押し黙った。
慌ててフォローの言葉を捜しに走る小悪魔であったが、直ぐにその必要は無いと気が付いた。
「ふっふっふっふっふ……よくぞ聞いてくれたわね」
溜めていただけと分かったからだ。
「小悪魔ちゃん、こんな台詞を耳にした事は無いかしら。
『最近、誰かに見られてるような気がする』とかいった類のものを」
「え、ええ、あります。というか私もたまに思う事がありますし」
「実はね……それって本当に見られてるのよ」
「……へ?」
「霊体の特徴として、浮遊している。壁を抜けられる。隠密行動力が高い。地獄への免疫付き等があるわ」
「は、はぁ」
何か、多いに偏った知識のように思えるのは気のせいだろうか。
メイドよりもモンスター仙人になったほうが良さそうだ。
「で、それらの特徴は、すべてが覗きに有効活用できるのよ。
環境に適応した能力を身に着けるのは、どんな種族でも共通。それは霊体と言えども例外じゃないわ。
即ち、与り知らぬ覗きは、大半が霊体の仕業という訳」
「……」
「だから、亡霊の私が覗きのエキスパートであるのは必然なのよ」
えっへん、と胸を張って言ってのける幽々子。
張りすぎたのか、ボタンが一つ弾け飛んだりしたが、幸いそれは誰も気が付かなかった。
そもそも威張って言うような事ではない。
が、それに対する小悪魔の反応は、常人とは一線を画していた。
「す、凄いです! そういう事だったんですか!」
「そ、そんなに驚かれると、こっちも戸惑っちゃうわね」
「いえ! 本当に凄いです! 私の知的好奇心を満たしすぎて溢れさせる衝撃の事実です!」
「もう、大袈裟ねぇ」
心底感激した、といった態の小悪魔を前に、思わず幽々子は赤面する。
実のところ、多少後ろめたく思っていたのを誤魔化すつもりの発言であったのに、
まさかここまで多大な反応があるとは思わなかったのだ。
「(ああ、私の選んだ道は間違っていなかったわ……妖夢、これからも宜しくね)」
その道は大いに間違ってますから、どうか引き返して下さい。という遠隔突っ込みを無視しつつ、
心に誓う幽々子であった。
「花子さんって亡霊だったんですね!!」
幽々子はコケた。
「あ、あのねぇ、今まで気付いてなかったの? ほら、浮いてるでしょ私」
「浮くくらい誰にでも出来るじゃないですか」
「そ、それじゃ……えーと……うーん……」
「それにほら、花子さんってよく食べますし、腕力も凄いですし、
どう見ても私の中にある亡霊のイメージとは結びつかなかったんです」
小悪魔の正直極まりない発言は、幽々子の心をガリガリと抉って行った。
「……ぅぅ……」
言われてみればその通りだった。
亡霊とは本来、もっと儚い存在である筈なのだ。
それなのに自分は、散々に飲み食いをしては白玉楼の財政を困難にした挙句、
博打に負けて奉公させられるという、どこの遊び人かという日々を送っているのだ。
その上、奉公先でも、思う存分食料を平らげているし、鍬を豪快に振り回していたりする。
こんなドカベンのようなイメージで、よく亡霊などと威張って言えたものだ。
「(……そういえば、花子って名前に山田って妙にフィットする響きね……
これからは山田花子と名乗ろうかしら……フフフフフ)」
そんな幽々子の破滅的思想は、小悪魔の暢気な発言によって遮られた。
「そう言えば、今年の五月頃に春がどうしたとかで騒動を起こした方も亡霊さんでしたっけ」
「……そ、それは」
「確か、レミリア様を麻雀で散々に打ち負かした方も亡霊だって聞いたことがあります」
「……」
それも私だ。と言いたいのを必死に堪える。
ジュデッカはラスボスの器では無いのだ。
「もしかして、私のイメージが間違っていただけで、亡霊さんって結構豪快な方が多いんでしょうかねぇ」
「(……どうしてそれと私をイコールで結ぼうとしないのかしら……)」
いつだったか、どこぞの小鬼に、役に立たない天然呼ばわりされた記憶がある。
だが、今なら自信を持って言い返せよう。
『貴方は、本当の天然という物を知らないわ』
と。
そんな益体も無いやり取りを延々と重ねていた二人であったが、
任務状況には何ら支障をきたすものではなかった。
というのも、観察対象であるパチュリーとアリスには、今だに動きが見られないのだ。
「ふぁぁ……」
幽々子は思わず欠伸を噛み殺す。
さすがに、こうも何も起きないのでは退屈だった。
「ねぇ、小悪魔ちゃん」
「はい?」
「そもそも、あの二人ってどういう関係なの?
彼女らの事は多少知っているけど、知り合いだったなんて初めて聞いたわよ」
「あ、そうだったんですか……えーと、少し長くなりますが、宜しいですか?」
「構わないわよ。どうせしばらくは動かないでしょ」
「分かりました。では……」
小悪魔は佇まいを正すと、小さな声で語り始めた。
よくよく考えるなら、別に幽々子に説明する義理も無いのだが、
彼女に一切の躊躇は無かった。見事だ。
「二月程前、満月が何者かに隠されるという事件があったのをご存知ですか?」
「……ええ、知っているわ」
当たり前だった。
何故ならその事件を解決したのは、他ならぬ幽々子だったからである。
「その際、とある事情……ぶっちゃけると、レミリア様に仲間外れにされたという理由で、
パチュリー様が家出をしたんです」
「い、家出?」
「はい。パチュリー様曰く、未来へ向かってランナウェイだそうです。
でも、原因が過去を引き摺りまくってましたから矛盾もいい所ですね。あはは」
「……」
超絶に他人事である。
そもそもランナウェイは逃亡だ。
「それで、数少ないお知り合いだったアリスさんの家に泊めて頂いたんです」
「……少ないのね」
「はい。とても……」
「……」
「……おほん。続けますね」
「……ええ」
「アリスさんの家での時間は、至極平穏なものでした。私のプライドが粉微塵に打ち砕かれた以外は……」
「って、貴方も付いて行ってたのね」
「良いんです。弾幕ごっこが弱くても、フェルマーの最終定理なんて解けなくても、胸が小さくても、
司書の仕事には何ら影響ありませんから。……ううう……」
「は、話がずれてるずれてる」
「……と、失礼しました。
まぁ、平穏な時間だったんです。
それこそ、あのパチュリー様が上機嫌になるくらいの。
ですが……それが仇となりました」
「?」
「ご存知でしょうが、アリスさんは人形作成のスペシャリストです。
ですが、そのアリスさんの力をもってしても制御不能という、恐ろしい人形が存在したのです」
「……それって……」
幽々子の記憶に、一体の黒い人形の姿が蘇る。
以前、博麗神社にて行った麻雀大会で猛威を振るったアレ。
確かに恐ろしい人形ではあった。
むしろ、人形そのものより、作成者であるアリスの情念のほうが恐ろしかったが。
が、それは妙だ。
あの人形は、他ならぬアリス自身の手で消滅させられた筈である。
「その名も……黒衣の魔人形2ndと」
「また作ったんかい!!」
思わず品の無い突っ込みを繰り出す幽々子。
小悪魔はそれを華麗にスルーして話を続けた。
「パチュリー様は、泊めていただいたお礼に、その人形の呪いを解こうとしたんです。
結果は……多分、成功だったと思います」
「……へ? 成功なら問題無いんじゃないの?」
「……いえ、成功しすぎたんです。私たちは、触れてはならない黒歴史にまで到達してしまいました。
その時、何が起こったのかは言えません。というか私も殆ど覚えていませんし。
確かなのは……アリスさんの家と魔人形は全壊。
そして、その日を最後に、お二人の仲は途切れたという結果です」
「……」
幽々子は押し黙って、話を反芻する。
状況を推測するには、今ひとつ情報量が足りない。
が、それは大した問題ではない。要は解さえ導き出せれば良いのだ。
人生は数学では無いのだから。
死んでるけど。
「……要するに、痴話喧嘩?」
「大体合ってます」
小悪魔の長い説明は、一瞬で無と化した。
さて、覗き屋が言うところの痴話喧嘩中の二人。
「……」
「……」
「……」
「……」
依然として会話は無い。
この状況に陥ってから、どれほどの時間が経過したであろう。
両者共に、本を胸元に抱き込んでは俯き続けるのみであった。
「……」
「……」
「……」
「……あ、あの……」
均衡を打ち破らんと、最初に動いたのはアリス。
今にも掻き消えそうなか細い声ではあったが、確かにその口からは言葉が発せられていた。
「こ、この前のこ……ぷっ」
「……ぷっ?」
思わずパチュリーは顔を上げた。
少なくとも、「こぷっ」などという単語に思い当たる節は無かったから。
が、その謎はすぐに氷解した。
「あはははははははははははははははははははは!!」
単に吹き出した音だったのだ。
「……」
「あはははははははははははははははは!!」
「……」
「ふひゃはははははははははは!! ひー!!」
「……」
次第にパチュリーの表情が険しさを増していく。
やっと口を開いたかと思うと、突然馬鹿笑いをされたのである。当然の事だろう。
「ちょっと貴方……一体どういう」
「や、やめて、こっち見ないで、あはははははははは!」
気色ばんで問い詰めを試みるも、それはアリスの笑いのツボを更に刺激しただけだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、参ったわ。こんなに笑ったのは久し振りよ」
「……」
そう言いながらも、まだアリスは笑みを崩さない。というか崩せない。
その視線は、パチュリーではなく、後方に注がれていた。
「本当、いい仕事してるわよ貴方」
「えへへ、そう?」
「?」
予期せぬ返答に、パチュリーはくるりと背後を振り向く。
そこに立っていたのは、何やら液体の瓶のようなものを手にした橙だった。
「橙……大事な話だから、来ちゃいけないって言ったでしょう」
「ごめんなさーい」
「もう……って、ちょいと待ちなさい。その瓶、何?」
返答は求めていない。ただの確認だ。
その瓶が何に活用するものか、存分に知っていたからだ。
「……」
嫌な予感を胸に、パチュリーは己の髪へと手を当てる。
ストレートの髪をお下げにしていた筈のそれは、斜め上空へと向かい、天高く聳え立っていた。
腰近くまであった長い髪から醸し出される迫力と来たら相当なもので、サリーちゃんのパパどころか、
満月の夜の某知識人すら裸足で逃げ出すであろう一品である。
「……caved!!!!」
「うきゃーーーー」
「あはははははははは!」
橙に向かい突貫するパチュリー。
逃げる橙。
その様子を見て、また笑うアリス。
重かったはずの空気は、とうに弛緩したものへと変わっていた。
「……まったくもう」
数分後。
戻ってきたパチュリーが、ため息交じりに言葉を紡ぐ。
髪はすでに、いつものお下げへと戻されていた。
「そう怒らないの。あの子がいなかったら、まだお見合いしてたわよ、私達」
「分かってるわよ。だからお仕置きメニューはレベル2に止めておいたわ」
「……どんなものかは聞かないでおくわ」
パチュリーは再び席に着くと、ふぅ、と一つ息を吐き出す。
そして、視線を真っ直ぐにアリスへと向けた。
「……この間は御免なさい。本当に申し訳ない事をしたと思っているわ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あの、何か言ってくれないと困るんだけど」
ぽかん、と口を半開きにして固まっていたアリスが、弾かれたように動き出した。
「え、ええ、その、まさか貴方からそんな殊勝な台詞が出るとは思わなくて……」
「……私を何だと思ってるのよ」
「無愛想で皮肉屋の引き篭もり芸人?」
「魔界人には純粋な魔力が効果的……!!」
スペルカードを取り出しては念を込め始めるパチュリーを、アリスは寸での所で制止する。
「じょ、冗談よ。場を和まそうと思っただけよ。
……それじゃ、返答と一緒に、今日ここにきた目的を話させて貰うわ」
「……」
「上海達から聞いたわ。貴方が悪気があってあんな事をした訳じゃないって。
だから、今は別に怒ってないわ」
「……」
「……でも、ね。魔理沙……魔人形が私にとって、とても大切なものだというのは今でも変わらない。
そして、貴方には責任を取ってもらう必要があるわ」
「……」
「だから……」
アリスは一端言葉を切ると、手を自らのスカートの中へと突っ込んだ。
『え、何!? そこでおっ始めるの!? シナリオが唐突すぎない!? フラグ管理がなって無いんじゃないの!?』
『は、花子さん。落ち着いて下さいよぅ』
観察者の動揺を他所に、ぽん、と布の固まりのようなものがテーブルの上に置かれた。
「……黒衣の魔人形V3! 今度は最初から貴方にも作成を手伝って貰うわ!」
『『また作るんかい!!!』』
「……? 今、何かツッコミみたいなものが聞こえなかった?」
「ううん? 気のせいじゃないの?」
「そうかしら……というか、貴方もスカートの中に物を入れてるのね」
「余計なお世話よ。で、返答は?」
「……私に何が出来るかは分からないけど、出来る限りの事はさせてもらうわ。イエスよ」
今出来る精一杯の笑顔を作るパチュリー。
「宜しい」
そしてまた、アリスも笑顔でそれに答えた。
「それと、一つ提案があるんだけど」
「何?」
「その、貴方っていうの止めない?」
「……いいの?」
「いいも悪いも無いでしょ」
「……じゃあ、マガトロ」
アリスはコケた。
「何でファミリーネームなの! そもそも切る部分がおかしいでしょ!」
「冗談よ、アリス」
「もう……パチュリーの台詞はどこまでが冗談か分からないのよ」
ともあれ、二人の冷戦は、この時をもって終結を迎えたのだった。
『ああ良かったです。これで私も肩の荷が下りました』
『……貴方、何もしてないじゃないの』
『気分の問題です』
「基本的な造形は済んでるから、後はオリジナルの魔理沙にいかに近づけていくかね」
「擬似的な人格の構築という事?」
「そんな所ね。魂と言い切れないのが悔しい所だけど……」
アリスの目標は、完全な自立を可能とした人形を作る事である。
現時点での最高傑作である上海人形や蓬莱人形でさえも、その域には達しない事程遠い。
もっとも、アリス本人が気付いていないだけという説もあるが……。
「人形の内部に、核となる宝石が埋め込んであるわ。
それに魔理沙っぽいイメージを片っ端から注入していきましょう」
「……ねぇアリス。貴方、そのやり方で前も失敗したんじゃないの?」
「分かってるわよ。だから協力してもらってるのよ」
「……?」
「私が思い浮かべるイメージと、パチュリーが思い浮かべるイメージだとまったく違うものでしょう?」
「ああ……多様性がもたらす矛盾こそが、本物の『魔理沙』に近づく鍵になるという事ね」
「……ま、ほとんど推測だけどね」
「いえ、おそらくは正しい筈よ。……でも、そうなると一つ疑問も生じるわ」
「何?」
「それなら付き合いの短い私よりも、紅白や道具屋の主人辺りに頼んだ方が上手く行くんじゃないの?」
「……」
問いをぶつけた途端、押し黙るアリス。
その分かりやすい反応に、パチュリーは一つの解を得た。
「……成る程。恋敵に頼める筈が無いものね」
「な、何を言ってくれちゃってますのことかしらだわさ!?」
顔を真っ赤にしては、支離滅裂な言葉を放つという、これまた分かりやすい反応を見せるアリス。
が、そんな反応を無視するかのように、パチュリーから平坦極まりない響きの言葉が放たれた。
「でも、それって、私が魔理沙の事を何とも思ってないという前提があっての事よね」
「……あ……」
途端にアリスの表情が、暗く沈む。
有り得ない話ではなかったからだ。
魔理沙がこの図書館に入り浸っている事は、重々承知だ。
当然、そういった感情が生まれる可能性もあるだろう。
だとしたら、自分は何と場違いな頼みをしてしまった事になるのか。
「ご、ごめんなさい、私……」
「嘘よ。そんなに深刻な顔をしないで……ちょっと言って見ただけだから」
「で、でも」
「確かに、魔理沙の来訪を心待ちにしていた事もあったわ。
……でもね。最近はそれ以上に気になる存在がいたりするのよ」
「……え?」
それはそれで意外な発言だった。
自分が知らなかっただけで、パチュリーは恋多き女であったのだろうか。
「(とは言っても、殆ど外に出ないんだから館内の誰かよねぇ……誰かしら)」
「はい、これで問題は無くなったわね?」
「え、あ、うん。じゃ、始めましょう」
『ねぇ、それって……』
『……多分、そうだと思います』
『うーん……だとしたら、複雑ねぇ』
『……ええ』
観察者の呟きを他所に、魔女二人は作業に入っていた。
「えーと魔理沙魔理沙……とりあえず、性格悪し。と」
「口が悪い。もね」
「それに傍若無人」
「ひねくれもの」
「我侭」
「片付けられない女」
対象の特徴を羅列しつつ、念を込める作業。の筈なのだが、
ただの悪口大会になっているのは気のせいであろうか。
日頃、魔理沙による被害を被っている上位二人であるから、当然と言えば当然なのだが。
「ねぇ、これじゃとんでもない性格になっちゃわない?」
「でも事実だし……」
「……そうよね。ここで事実を湾曲させてしまうと、また前の繰り返しだもの」
「一体、どんな念を送り込んだのよ……」
『魔理沙さんも大変だなぁ……って、何してるんですか花子さん?』
『え? うん、私も一応魔理沙の知り合いだし、少し協力しようかなって』
『あ、それは良いですね。じゃ私も……』
ボートを漕ぐのは一人でも事足りるが、二人いれば、なお効率は上がるだろう。
だが、その二人の反対側で勝手に漕ぎ始める輩がいたらどうなるだろうか。
答えは推して知るべし。
もっとも、それだけならまだ良かったのかもしれない。
この湖には、血に飢えた鮫が迷い込んでいたのだ。
「わるいごはいねがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「「『『!?』』」」
素晴らしき大音量だった。
その発生源は、入り口の扉を大きく開け放ち、仁王立ちをしていた。
服装は乱れに乱れ、よくもまぁ生きているものだと言いたくなる姿であったが、
その両目と鮮血に塗れた青竜刀の鈍い輝きが、意思の強固さを示していた。
が、この場において、その強固な意志とやらはロクな結果を生まないと、容易に理解できるのが難点だ。
『藍まで……一体どうなってるのよ』
『あ、アレもお知り合いなんですか?』
『ええ、基本的には人畜無害で便利な九尾の狐。
しかしその実態は式バカを軽く通り越した変態、八雲藍……橙ちゃんの主よ』
『と言うことは、橙ちゃんを連れ戻しに来たという事ですか』
『でしょうね』
藍はぐるりと周囲を見渡すと、ゆっくりと歩みだした。
パチュリー達のいる場所からは、まだかなりの距離がある。
が、誰一人として動かない……否、動けない。
「ど、ど、ど、どうするの!? 明らかにヤバい雰囲気よアレ!」
「お、お、お、落ち着いて、こういう時は手の平に人と書いて飲み込んで……はうっ」
動揺が極限に達したのか、パチュリーは手の平を本当に飲み込もうとして悶絶する。
そんな状況で、逃げるも何も無い。
奴は、来た。
「クサムカァ……クサムガチェンウォ!!!」
それの放つ言葉は、人語ですらなかった。
恐らく、今の彼女は巻物すら読むことが出来ないだろう。
まさにバーサーカーだ。
「は、話せば分かるわ。話し合いましょう。人はそれが出来るから人なのよ!
あ、ああ、でもどう見ても貴方は人じゃないわね。というか私も人じゃないし。
ならどうしろと言うの! 出る所出るわよ!」
訳の分からない言葉を紡ぎつつ、ついには逆ギレするパチュリー。
だが、藍にとって、そんな事はどうでもよかった。
「ムッコロス!」
ただ、本能の赴くままに、青竜刀を振り上げる。
「やめて!!!」
甲高い声。
一刀両断にせんと振り下ろされた凶器は、パチュリーの前に立ちはだかった人物の目前でピタリと止まった。
「ち、橙……」
それが、己の愛する式だと知った藍は、ふらふらと後ずさる。
先程までの狂気はとうに掻き消えていた。
「何故庇うんだ橙……そいつはお前を篭絡し、強制的に従属させようとした忌まわしき魔女だぞ?」
「そんな事無いよ! パチュリーさんはちょっと病弱で芸人魂が旺盛で、
知識の使いどころを間違えてるだけの、いい人だもん!」
持ち上げているのか馬鹿にしているのか今ひとつ判断に苦しむ所だった。
「それに、藍様は勘違いをしてます」
「な、何をだ」
「私は、自分の意思でこちらのお世話になったんです」
『そうなの?』
『はい。別にパチュリー様は強制はしていません』
『あらあら……お互いに式離れの時期なのかしらね』
「……!」
からん、と青竜刀が地に落ちる。
それと同時に藍もまた、力なく座り込んだ。
「ふ、ふふふ、すべては私のエゴという訳か……これでは道化だよ」
「大佐……じゃなくて、藍様。その、勝手に決めたりしてごめんなさい。
でも、私は、もう少しここにいたいです」
「……いや、良いんだ。お前もそろそろ外の世界を見てみるべきだろう。
これは良い機会だった……そう思う事にするよ」
「藍様……」
そこに、狂人の姿は無い。
主として、そして親として心を定めた、一人の式の姿であった。
藍は静かに立ち上がると、呆然と事を見守っていたパチュリーに視線を向けた。
「パチュリー、と言ったな?」
「ええ」
「……しばらくの間、橙を宜しく頼む」
様々な感情が渦巻いていたのだろう。
藍は幾度となく躊躇して、最後にようやく頭を下げた。
「……分かったわ。任せて頂戴」
パチュリーの言葉を確認すると、藍はくるりと踵を返した。
ゆっくりと歩み去って行く様は、どこか寂しそう……にまったく見えなかった。
何故なら、藍の両手が、己の服の裾にかかっていたからだ。
『拙いわ! 藍はアレをするつもりよ!』
『あ、アレって何ですか?』
『見れば分かるわ! でも見たら駄目! 大変な事になるわ!』
『どうしろって言うんですか!』
「だが、多いに不安が残るのも事実でな……!」
「「「!?」」」
導師服が宙を舞い……
図書館は光に包まれた。
「くっ……一体何が」
光が収まったのを確認すると、ゆっくりと目を開くパチュリー。
そこに藍の姿はなく、ボロボロの導師服が地に残されたのみであった。
それの意味する所は……。
「パチュリー、あれ!」
弾かれたように声を上げるアリス。
指し示していたのは、図書館内でも有数の高さを持つ本棚。
その頂上に、彼女はいた。
「その間、私もここで働かせてもらう! 異論は無しだ!」
スッパではない。
どういうマジックか、きっちりとメイド服に身を包んだ藍の姿が、そこにあった。
「……」
言いたい事は分からないでもない。
橙の意思を尊重しつつ、式バカ魂を満たす、唯一の手段なのだろう。
「貴方、家事は出来るの?」
「侮るな。私は終身名誉おさんどんの称号を得た数少ない存在だ。
どんな労働だろうとこなしてみせる自信はある」
威張って言うような事でも無いだろう。と思ったが口には出さない。
ちらりと背後を伺うと、呆れたような、それでいてホッとしたような表情の橙が見えた。
ならば……。
「では、私の権限で貴方を雇う事にします。詳しい指示はメイド長から受けなさい」
「そうか。では宜しく頼む」
藍は、軽く一礼すると、瞬時にその場から姿を消した。
嵐は過ぎ去った。
しばし否応無しに沈黙させられていた一同。
当事者でなかったからだろう、最初に動きを見せたのはアリスだった。
「ね、ねぇ、良いの?」
「良いの。今、紅魔館は慢性的な労働力不足に陥っているわ。
そこで、労働力が向こうからやってきたのだから、活用するのは当然よ」
毅然として言ってのけるパチュリー。
だが、それが建前でしか無い事を、アリスは理解していた。
「……で、本心は?」
「暴れられるよりはマシだと思って……」
そこまで言うと、パチュリーは床へとへたり込んだ。
要するに、怖かったのだ。
「大丈夫!」
パチュリーの肩に置かれる、小さな手。
橙のものだった。
「藍様はたまにおかしくなったりするけど、基本的には頭の良い方だから……きっと、良い方向に動くと思う」
「……」
ああ、なんと健気なのだろう。
この幼さで、己の主の恥部を庇うだけの度量を持ち合わせているとは。
余りフォローになっていなかった感もあるが、それは気にしてはいけない。
「……そうね。ありがとう」
パチュリーはくるりと振り向くと、感謝の意を込めて橙をかき抱いた。
と、同時に。
何処から飛来したクナイが、パチュリーの脳天に突き刺さった。
「はうあっ!」
「ぱ、パチュリーさぁん!」
『一つ覚えておけ。橙に邪な感情を抱いた日が、お前の命日だ』
誰もいない筈の空間から、禍々しい言葉が響き渡った。
「えーと……何か忙しそうだし、今日は帰らせて貰うわね」
「え、ええ、ご、ごきげんよヴォアッ!」
「ああっ! 致死量っぽい大量の喀血が!?」
「……さよーならー」
アリスは、魔人形片手に、そそくさとその場を立ち去った。
懸命な判断と言えよう。
「……何だか、どんどんカオスな方向に動いてるわね」
一部始終を覗いていた人物……幽々子が、どこか暢気な感想を漏らす。
「……そうですねぇ」
対する小悪魔の返事は、毎度の如く他人事。
が、それは本心ではない。
いかな天然であろうとも、気付かざるを得なかった。
「(騒動が起こり始めたのって、花子さんがいらしてからなんですけどね……)」
ここに至り、ようやく小悪魔は悟ったのだった。
一方その頃。
紅魔館正門にて、
「静かだ……今が乱世とは思えぬ……」
「隊長ーーー! しっかり! 傷は浅いです!」
「そもそも乱世じゃありませーん!」
等という悲劇ともコントともつかないやり取りが行われていたが、それはいつもの事だった。
<白玉楼>
『そういう訳でして、私はしばらく紅魔館に籍を置きます。どうかご容赦を』
「って、突然そういう訳とか言われてもさっぱり……」
『では失礼します。妖夢によろしくお伝え下さい』
「ち、ちょっと、藍ってば!」
呼びかけも空しく、スキマ間通信は一方的に打ち切られた。
呆然と立ちすくむ紫に、まったく状況の飲み込めていない妖夢が声をかける。
「あの、どういう事なんですか?」
「……木乃伊取りが木乃伊になった。かしら」
「??」
紫は簡潔に状況を説明した。
「と、いう訳。ちょっとお使いに行かせただけのつもりが、どうしてこうなっちゃうのかしら……」
「はぁ……」
「……どうする? 連れ戻すのなら直ぐに出来るけど」
むしろ、そうするのが常道だろう。
自主性を尊重するというのが、紫の式に対するスタンスだが、流石に今回は逸脱しすぎである。
主人である自分は元より、仮にも世話を預かっている白玉楼の事すら放り投げての行動だ。
だが、妖夢は、そうは思わなかったようだ。
「藍さんたちがそうしたいのなら別に構わないんじゃないでしょうか」
「でも、それだと……」
「家事なら私がやるから問題ありません。
……正直に言いますと、むしろやらせて貰いたいくらいです。
私は仕事に追われている方が性に合っているみたいです」
「妖夢……」
恐らくは本心だろう。
自分達が白玉楼に来てからの妖夢は、どこか身のやりどころに困っている感があった。
幽々子の洗脳……もとい、教育の賜物だろうか。
今、白玉楼にいるのは、自分と妖夢だけ。
ならば、藍達の事は気にせずに、幽々子の代わりを勤め上げるべきではないか。
それこそが、妖夢の望む日常である筈だから。
「分かったわ。しばらく二人きりになっちゃうけど、宜しくね」
「はい、こちらこそ」
白玉楼の人口は、半分になり、四倍になり、そしてまた半分となって元に戻った。
笑い殺す気ですか!?
あんたは最高だ!GJ!
ひどいよ、ジュデッカの中の人は別のゲームでもラスボスですよ!
ドウシテドンドコド!!(OwO)
無双キター!○仁のセリフに腰砕けになりました(爆笑)
しかし橙はかわいいですなぁ。そして藍様は一体何所へ逝く。
追伸:マガトロ……なんて美味そうな響き。色んな意味で食べてしまいたい。
いきなり霊体の説明出てきて吹いた。
食べ物から殆ど栄養をとる事ができないのが、大食いの理由だったのか。
怪しい単語が出てくる
↓
ググって答え合わせ
↓
先に進む
この繰り返しなので読むのに時間がかかるかかる
一粒で二度美味しいSSを毎回どうもです。
新たなカオスを取り込んだ紅魔館の明日はどっちだw
また今回もいい味な小ネタ有難うゴザイマス。
大佐ですか…
↓
光が…
↓
スッパ
よもやこの法則が崩れようとは…!
そして美鈴のやられシーン全カット。
中国だからかなあ…。
ともあれ面白かったです。次回も楽しみにしてます。
もう色々と最高です。
ここまでキャラが揃ったらもう紅魔館は無事じゃすまないんだろうなあ。
もうどんな展開になるのか予想つきませんね。続き楽しみにしてます。
自分は!自分は!!!・・・パチュリーさんもかわいーw
でも、まだ油断はできないぞ!的な雰囲気が漂ってますね。
毎度散りばめられた小ネタの数々には笑わせていただきました。
しかし・・・藍様のメイド服姿ちょっと想像がつかないなぁ。
光に包まれた……と思ったらスッパじゃありませんでしたか。
安心いたしました……いや、妙な感覚ですが……。
小悪魔が気づいた通り、全てはゆゆ様が来てからなんでしょうが、別にゆゆ様自身は直接的原因でもなんでもないあたりがなんともいえず。
ギャグ成分が薄まってきてるとのことですが、いや、そんなことも無いんじゃないでしょうか。キッチリ小ネタの嵐ですし。
新たな騒乱の火種を呑み込んだ、紅魔館の明日はどっちだっ!? とりあえず物理的に根こそぎ吹っ飛んだりしないことを祈ってます。
ところで、ゆっこ様は幽霊狂戦士?
「それも私だ」は予想してないぶんヤバいくらいツボにハマりました
藍様の存在忘れてて吹いた
続きが楽しみです。
だが構わん!