(注)これは「蒼き風走る」シリーズ(六)以前の、外界に橙がいる為に悲嘆にくれていた藍様のお話になります。どうぞご了承ください。
薄くたなびく雲を茜色に染め上げて、幻想郷に朝日が昇る。
ほの温かい光が辺りを照らし、何処か柔らかな風が吹く。
それは山を越え、谷を抜け、木々をざわめかせ、まだつぼみの花々を優しくそっとなでていく。
温かき風。
新しき季節の訪れを告げる風。
新しき命の芽吹きを告げる風。
春。
春が来た。
幻想郷に春が来た。
それを待ち望んでいた物達が歌声を上げる。
山は輝き。
谷間を流れる小川は歓喜の声をさざめかせ。
木々はこずえを揺らし。
草花は新緑に染まり萌える。
誰もが春の訪れを知る頃、それを一番待ち望んでいた者が一人、天空を風を切って翔け行く。
その姿は金毛九尾、漆黒の目を輝かせ四肢で大地を走り抜けるがごとく、渦を巻きながら空を飛ぶ、霊力に満ちた大妖狐。
博麗大結界を張り守る大妖怪、八雲 紫に付き従う強力無比の式神。
八雲 藍。
彼女は今、習慣にしている幻想郷の散歩の真っ最中だった。
彼女の通り過ぎた後には小雨が降りしきり、疾風が通り抜け、その姿を見た人々は恐れおののき赤子は泣き出す始末だったが、そんな事は露知らず彼女の心中はごきげん真っ最中だった。
はるだ。
春だ。
春が来た。
春が来たよ。
やっと来た。
妖狐は叫ぶ。
勢い余ってコーンと叫ぶ。
その叫び声は稲妻を呼び轟き響く。
人間にとっては迷惑この上ないが、彼女の心は喜びに満ちていた。
くる。
帰って来る。
マヨヒガへ。
私の所に。
ちぇんが。
外界に出ていた橙が。
かえってくるよー!! 。
来るよ来るよ帰ってくるよー! 。
可愛い橙が帰ってくるよーん!! 。
心中春真っ盛りの彼女は喜びの余り幻想郷中を飛び回り、地上に恵みの雨と轟音の雷をプレゼントする結果となった。
後日、博麗の巫女が鳥居に雷が落ちたと苦情を持ち込むのはまた別の話にて。
そして彼女は自らの住居、マヨヒガの前庭へくるりと舞い降りる。
人身転現。
地上に降りた彼女は妖狐の姿から瞬時に人間へと変化した。
かつて昔話で傾国の美女と謳われた程の美貌に陰りは無く、その瞳は輝き肩の高さで切りそろえられた金髪がそよ風に揺れている。
だが。
頭にはすでに三角巾。その隙間からふさふさした耳が出ているのはご愛嬌。
道士風の衣装の上に割烹着を装着。
そのスカートからは黄金色の稲穂を思わせる尻尾が九本、楽しげにふかふかと忙しげに動いている。
どこから取り出したのか右手には箒を、左手にはすでにはたきを持ち、それを高々と差し上げながら彼女は青く染まる空に向かって叫んだ。
「よーし、藍様全快バリバリでがんばっちゃうぞ~!! 」
どこかでうぐいすが「ホーホケキョ」とさえずる中、かくして藍様のマヨヒガお掃除大作戦は実行に移された。
藍様掃除中・・・・・・ 。
家中を箒でふさふさ、はたきでもふもふ。
水でぬらした雑巾を固く絞り、廊下の端から端まですたかか、すたかか。
家具や調度品を誠意を込めてきゅいきゅいと。
庭の掃除も忘れない。
あの子の友達も来るからな。
尻尾よ尻尾、鋭く尖りて櫛となれ。すいて清める櫛となれ。
彼女の豊かな尻尾が放射状に広がる。虫眼鏡の様な物で見れば、毛の一本一本に小さな突起物が現れているのが分かるだろう。
「あー良い天気だ」
空を眺め、藍はそう呟くと縁側から庭に降りる。黒土の地面には冬の間に溜まった枯葉や折れた木の枝など、様々な物が落ちていた。
「さて」
彼女は変形させた尻尾を庭の上に広げ下した。そしてそのまま歩き始める。
さっさか、さっさか。
ずいこ、ずいこ。
さっさか、さっさか。
ずいこ、ずいこ。
さっさか、ずいこ。
さっさか、ずいこ。
藍の歩いた後は尻尾によって熊手の様に可燃物を集め、箒で掃いた様に整地され綺麗にされていく。
五往復もした頃には庭は見違える程に整然と均され、その上にはわびさびの風が吹いていた。
「ふー、これでよし」
屋根の付いた可燃物堆積所の上で尻尾を一振りする。変形していた尻尾が元に戻り、集めた塵は一箇所にまとめられる。塵といえど火を付ける時などに重宝するので無駄にはしないのだ。
元に戻った尻尾に、ちりの一かけらも無い事を確認すると、彼女は満足そうな笑顔を浮かべながら母屋に戻っていった。
藍様休憩中・・・・・・ 。
ぽかぽかとした縁側に一人腰掛け、藍は空を見上げる。
優しいが眩しく感じる日光に手をかざしながら、お茶をゆっくりと味わう。
最近、マヨヒガを訪れる客人もいない。
この場所は、来ようと思っても来る事が出来ず、訪れる気の無い者が迷い込んでしまう場所、だからマヨヒガと呼ばれる。
静かな時間。
穏やかな時間。
このひと時をあの子とすごせたらどんなに良いか。
彼女は遠い目で結界の向こう側、橙が暮らしているだろう方向を眺める。
でも、もうすぐだ、もうすぐ会える。
橙に会える。
橙が共に暮らしている男に対しては、自分の不手際とは言え始めはどれだけ恨んだ事か。
だが今では、その恨みもわだかまりも無い。
むしろ感謝している。
自分の式神である橙は、外界で多くの事を学び取っている。あの男も橙を色々と助けつつ、毎日が楽しいと稲荷神社を通じて話した。
今更ながら、なかなかやる奴だと見直した。
そして。
自分にとって橙がどれほど大事だったのかも気付かせてくれた。
自分の主である紫様は冬眠中で、一人ぼっちで食べる食事がどれだけ寂しかったか。
一人暮らす毎日がどれだけつまらない物だったか。
霊夢にさとされ、頭を冷やしよく考えてみた。
あの男を幻想郷に迷い込ませたのは自分だ。
紫様の贄になるはずだった男だ。
だが、あの男は妖怪を見ても驚かなかった。
人間のほうが恐ろしいと言った。
水に落ち、式が外れて立ち往生していた橙に寝床を提供したのもあの男だ。
しなくてもいい礼なぞ持って来る変わった奴だ。
だが、今は信頼して橙をまかせられる外界からの旅人だ。
不幸なのは、紫様に興味を持たれてしまった事か。
藍は、今だ母屋の押入れの中で布団に包まって冬眠中の主を思う。
紫様は何か企んでいると助言はした。
奴自身も日々鍛えていると言ってはいたが、普通の人間は紫様の前では舞い散る木の葉の様な物だろう。
だが。
春はもう来てしまった。来てしまったのだ。
もうじき紫様も冬眠から目覚めるだろう。
そして、奴はここに来る。
必ずやって来る。橙を連れて。
あの男の土産は博麗神社あてに送らせれば、奴の負担もいくらかは軽くなるかもしれない。あの神社は結界の中で、唯一の外界との接触点だしな。
しかし、私にとって一番の、本当に一番の土産は橙だ。
藍は縁側に寝転がる。
指折り数える日々も残りわずかだ。気を揉んでも仕方が無い。
今はただ、奴と橙の無事を祈ろう。
春の日差しが彼女を眠りに誘う。
知らず知らず、藍はゆるやかな眠りについた。
そして。
穏やかな寝息を立てる従者を見つめる瞳が一対。
「ずいぶんと無防備じゃない、駄目よ藍。ダメダメ。それにしても、ずいぶんとあの男の事を買っているようね。更に興味が湧いちゃうじゃないの。ふふふ、今度は私も会ってみましょうかしら? 」
それは、ふすまの隙間から気配を殺して従者の寝姿を除き見る、冬眠から目覚めた八雲紫だった。
春風に、ほんの一筋の妖気が混ざり流れ行く。
今はまだ、穏やかなマヨヒガでのある日の出来事。
後日、藍の厚意が逆に男を危機に陥れ、意外な形で彼女は橙と再会するのだが、それは別のお話。
(終)
ご無事で何より。
地の文の重い紹介と、ご本人の浮かれようのギャップが素敵でした。
このギャップも藍様の魅力だと思います。
これからも素敵な八雲の幻想世界を紡いでください!!
ご無事でなによりです。
橙が帰ってくる事に喜びまわったあげく幻想郷のあちこちに
「狐の嫁入り」をふらせたり、しっぽで庭掃除を行ったりと
藍様はかわいいよ!
と、久々のほのぼの沙門ワールド、たっぷり堪能させてもらいました(^^
それでは、次回作も期待してお待ちしつつ、謝々。
しっかし嬉しそうだなぁ。
ところでJOURNEY HOMEって・・・チョッパーーーーーー!!
>おやつ様
ただいま帰ってまいりました。現在3%だけ改造人間です。全編通して藍様ちょくちょく出てますので、このような外伝作りたくなりました。藍様は割烹着を着ると素敵度が増します。今後も全力で頑張りますのでよろしくお願いします。
>紅狂様
道を見失いそうになりましたが、帰ってくることが出来ました。ありがとうございます。藍様の尻尾は色々便利そうだなと、実際回転攻撃は九尾の鞭っぽいなとあの場面が出来ました。藍様は家事をしている時が一番可愛いと思うのです。次回、間を空けないように努力します。
>名前が無い程度の能力様
「へい、ブービー。機体は消耗品だったよな? 」あの歌、私は大好きです。どうにかこうにか復隊できました。コードネーム『SYAMON』です。春が来ましたよー!!ってもう秋ですが。こうして作品を作れる嬉しさも話に影響したかもしれません。寝ている間に浮かんだ他の話も待機中です。ラーズグリーズ、出撃!!みたいな感じで。ありがとうございました。
そして勢い余ってコーンと叫ぶ藍さまが琴線に触れました!!
しかし、白面の者・・・でなく藍様待ちに待った橙の帰還。はっちゃけてますが目をつぶりましょう。しかし歓喜するだけで雨を降らせ雷を呼ぶとは、伊達ではありませんね。
>「よーし、藍様全快バリバリでがんばっちゃうぞ~!! 」
メロメロっス。
さっさかさっさかずいこずいこ。
のんびりお待ちしておりますので、無理しない程度に頑張ってください(^^
それでは。
寂しいものだなぁと、新人が申してましたよ。豆蔵ってのが。
復帰を心より祝います。また頑張って下さい!
それはそれとして藍様めっちゃラブリーッス!格好とか
一挙一動とか、めっちゃラブリーッス!
>SETH様
ラッキークローバーの某オルフェノクの様に生き返りました。楽しんでいただけて光栄です。自分も作品を書ける様になって叫びたい位です。外伝の方、もうちょっと続きます。沙門執筆中・・・・・・ 。
>K-999様
「うしおととら」は名作だと思っています。藍様の尻尾ネタもそこから思い付きました。九本もあるから何かと便利なはずと。はっちゃけた藍様の様に私も走り続けます。有難うございました。
> 紅狂様
いえいえ、読者の方の言葉が私の車輪に力をくれるんです。外伝之三、予想をはるかに超えるスピードで発進します。楽しんでいただけると幸いです。
>豆蔵様
温かいお言葉、有難うございます。しばらく書いていなかったので、技術向上のため頑張ります。しゅつ!! 藍様は可愛い方です。割烹着は標準装備です。三角巾は正義です。こんな私ですがどうぞよろしくお願いします。
私の方は遅筆ペースで、東方出雲記のエピソード3(仮)なんかを書いています。結局夏中には完成しませんでした。未熟。
外伝の続きを楽しみにしております。それでは、また。
ですよ~身体には注意してこれからも頑張ってください。
藍ってばホントに割烹着似合うなぁ。最早、混沌の海と化している我が部屋
も掃除してくれないかしらん。
>鬼瓦嵐様
楽しんでいただけて幸いです。東方出雲記の新作楽しみにしてますよ。えー外伝の続き出来ましたので、よろしければまた読んでいただけると嬉しいです。でわでわ。
>床間たろひ様
遅くなりましたが帰ってきました。これからは無事故で走れる様に注意します。藍様は幻想郷家事選手権があったら咲夜さんと首位を争うかも。私の部屋も掃除お願いしたいです。