Coolier - 新生・東方創想話

桜下死体考(上)

2005/09/11 10:35:36
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結局、西行妖の下には何が封印されていたのだろうか。
 白玉楼の縁側に腰掛けた西行寺幽々子は、珍しく思索に耽っていた。日頃は呆けたように緩んでいる顔の眉間にしわをよせ、軽く首をかしげた姿勢のまま固まっている。時折、思い出したかのように扇子が振られ、申し訳程度の涼を送っていた。
季節は初夏を過ぎ、本格的な夏へと入ろうとしている。庭の桜並木も葉の緑を深め、満開の花には無い力強さをもって、冥界においてもなお激い日差しを受け止めていた。その葉桜の中にあって、一際大きく、しかし一枚の葉も纏うことのない木がある。その桜は西行妖と呼ばれていた。花を咲かせることのないその桜は、葉を付けることもない。かといって枯れているわけでもない。むしろ、その逆だ。遠目には枯れ木と区別も付かないその木からは、狂おしい程の精気を感じることができた。封印された死体の件をさておくにしても、この妖怪桜の花開いた様子には興味を惹かれる。

(とはいっても、それには失敗したのよね)

春を集める事で西行妖の封印を解く儀式は失敗した。
理由は幾つかある。庭師の妖夢に幻想郷中から春を集めさせても西行妖の満開には足らなかったこと、博麗の巫女らによって邪魔がはいったこと、そしてもう一つ。

(満開になる寸前に、私は術を止めていた)

 あの時、まさに狂い咲こうとしていた桜は八分まで開き、止まった。寸前で満開となることを恐れたかのように、咲くのを止めたのだ。春によって咲かない花の封印を解き、木下の死骸を蘇らせる反魂は失敗に終わり、桜は開ききることなく散っていった。
 何故、自分は術を止めたのかが幽々子には分からない。分かりはしないが確かにあの瞬間、死骸を復活させてはいけないと思ったのだ。それは強烈な想いだった。久しく忘れていた、今も忘れている感情。それをなんと呼ぶのだったか、思い出す事もできない。桜を咲かせ死体を蘇らすことに、自分は何を感じたというのだろうか。
或は、生前の記憶がそれを思わせたのかもしれない。
幽々子には冥界に来る前の記憶が無かった。気が付けば、この白玉楼で暮らしていたのだ。その失われた記憶の中に、反魂を止めさせた何かがあるのではないだろうか。

(それを思い出すのも、気が進まないし)

 既に冥界に居る幽々子ではあるが、現世に足を運ぶこともある。生前のことを知り、仮に現界への未練を思い出しでもすれば、冥界の外に縛られる可能性があった。それで自縛霊となるほど幽々子は低俗な霊ではなかったが、それでも冥界に居辛くなるのは間違いない。幽々子の容姿は女として熟しきらぬ娘のそれだ。悔いなく死ぬには若すぎる年頃であることを考えれば、すんなりと成仏できる生き方だったとも思えない。自分の過去についてはあまり詮索したいとは思えなかった。もっとも、思い出す方法など知らないのだから、どちらにしても違いはないのかもしれないが。

「どうしたんです幽々子様。具合でも悪くされたんですか?」

 盆を持って邸内の部屋から出てきたのは西行寺家の庭師だった。引き結ばれた口元が生真面目そうな雰囲気を醸し出しているが、幼げな造作の上にその表情が浮かんでいるものだから、可愛らしさのほうが目立ってる。肩の辺りで揃えられた白髪には黒いリボンが結ばれており、その抑え目な装飾がかえって飾り気の無さを感じさせた。魂魄妖夢は、そんな見た目通りの少女だ。今日は暑いからか、緑の上着とネクタイを身につけていなかった。腰には二本の刀、楼観剣と白楼剣を提げ、彼女の半身である幽霊を背後に連れて、乗る限りのお茶請けを乗せた盆を持った様子は随分と重そうに見える。幽霊は重いわけではないが。

「あら、いたって健康よ。長寿のために日頃から気を遣ってるもの」
「もう死んでるでしょう。どうも、普段より固い顔をしていたように見えたんですが」
「少し考えごとをね。取り敢えず腰掛けなさい」

 妖夢は盆を幽々子の傍に置いて、縁側に正座した。盆から湯飲みを手にとって、幽々子は茶を一口啜る。

「西行妖の下には何が埋まっているのか、考えていたの」
「去年の春のアレですか。今度は葉桜が見たくなったんですか?」
「それで夏を集めさせても、あなたは前科持ちだからすぐにバレるわ。悪い事はするものじゃないわね」
「命じたのは幽々子様でしょう」
「仕方ないから予想してみようと思ったのよ」
「予想って、木の下の死骸を?」
「記録にはこうあるの」

 湯飲みを盆の上に戻し、幽々子は膝の上に乗せていた古書を開いて妖夢に見せた。何度か見直すうちに折り目が付き、問題の頁はすぐに開けるようになっている。今にも風化しそうな古い紙にはこうあった。

「『富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする』?」
「そう、だから封印を破り西行妖が満開になれば、魂は亡骸に帰り死者は復活すると思ったんだけど、上手くはいかなかった」
「あれはここ数年の我侭の中でも群を抜いた災難でしたね」
「妖夢がもっとちゃんと働いてくれていれば・・・・・・」
「興味本位で春を独り占めされたんじゃ巫女やメイドだってどやし付けにも来ますよ」
「その失態は時効としてあげることにして、妖夢は何が埋まってると思う?」
「富士見の娘、というんですから、娘なんでしょう」
「そんなことは誰でもわかるわよ。気になるのはね、その娘がこれほどの桜を利用して封印するような存在であったことなの」
「・・・・・・封印が解けなくてよかったんじゃないですか?」
「あら、あなたも博麗の巫女と同じことを言うのね」
「だれでもそう思います」
「だって、気になったんだもの」
「はあ」

 生返事をしつつ、妖夢は肩を落とした。今もそのときも、彼女は幽々子のやることに振り回されてばかりいる。見れば、お茶請けは半分ほどに減っていた。どうすれば話しながらこれだけ食べられるものなのか、理解しがたく思いながら妖夢は自分の茶を口に含む。もう飲み頃より少し冷めていた。

「紫様に聞かれてはどうですか。その娘が死んだ当事にも生きていたのでしょうし」
「聞いても教えてくれないの。ヒントもくれなかったわ」
「つまり、紫さまは知っているんですか」
「間違いないわね。でも誤魔化しもせずに『教えてあげない』っていわれたもの。あの調子だと紫は何があっても真相を言わない」
「まあ、紫様から無理矢理に聞きだすのは無謀でしょうね」

 妖夢は飄々とした大妖怪のことを思い浮かべる。あらゆる境界を操る彼女から力任せに訊きだすことは至難の業だろう。頼み込んで教えてもらうことは、想像したくも無い。まるで考えている事のわからない紫と話すのはただでさえ疲れるというのに、本人に言う気がないことを訊き出そうとするなど大山を針先で突き崩すような大業に違いない。

「魂が白玉楼の中にいるなら、探せばいるんじゃないですか?」
「素敵な事にね、ここで永遠に安らむ魂なんて幾らでもいるのよ」
「それもそうですね。他人事みたい言わないでほしくはありますが」
「でも、いい考えね。妖夢、白玉楼から富士見の娘の魂を探しなさい」
「ええっ!? 霊なんて庭中に漂ってるじゃないですか!」
「庭師たるものが持ち場を漂う魂を把握してなくてどうするの」
「本来は庭師じゃありませんし、あんなに覚えてられるわけないじゃないですか。それに昔から居る霊は大抵、昔の事は覚えてないって言ってますよ。どうやって確かめるんです」
「そのくらい見極めて見せなさい。あなたの大きな半幽霊は何のためについてると思ってるの?」
「霊の生前を探るためじゃありません!」

 こうして、幽々子の言いつけによって妖夢の災難が始まる。それはいつものことだった。





「ん~ 富士見ねぇ。しらねぇなぁ」
「そう」
「あとでダチにも聞いてみるよ」
「ありがとう。手間をかけさせてすまない」
「なぁに、いいってことよ。あんたも大変だな」

 庭で聞き込み始めてからこれで89人目。律儀に尋ねた人数を数えている妖夢だったが、今のところ手応えは無い。邸内での調査ではついに成果が出なかった。頻繁に白玉楼に入る者や、一所に居座っていることの多い霊に、妖夢は何匹か心当たりがあり、初めのうちは当たりを付けて探していたのだが、それらは人違いならぬ霊違い。結局、終日邸内を駆けずり回り、隠れているのではないかと軒下や天井裏まで探ったが、手がかりさえ見つからなかった。探索の為に暇をもらった、というより押し付けられたので翌日も調査は続き、今は庭を探っているわけだ。
 冥界に幽霊は多く、西行寺家の敷地は広い。特に出入りを管制してもいないため、訪れる霊は数え切れないほどのものだ。主に幽々子の能力によって転生せずに冥界に留まっている者だけに限るなら、どうにもならない程でもないのだろうが(それでも、大きな宴会が開けるほどにはいる)、それらと普通の霊を区別する方法を妖夢は知らなかった。直接聞いてみるしかない。運よく転生しない霊に行き当たったにしても、危惧していた通り、生前の事については覚えていないものが多かった。

「遥か昔の事だから。忘れもしようものだけど」

 もとより、冥界の幽霊たちは過ぎ去った事を気にしない。ある境界を越えると、自分がどれくらい冥界にいるのかにさえ頓着しないようになる。新参者やいずれ転生する者達も、生前について拘らないという点では同じ事だった。それが成仏するということなのかもしれない。
幽々子の見せた書物は明らかに年代ものだった。書架には幽々子が白玉楼に来る前からあったという書物もざらにある。そこで見つけたというのだから、富士見の娘とやらが幽々子より先に冥界へ訪れた可能性は否定できない。それでなくとも記録が古すぎる。そこまで昔の事を覚えている幽霊がいるとも思えなかった。

「ああそうか、幽霊で駄目なら」

 過去に詳しい妖怪に聞けばいい。
 幽々子の話です。
 東方っぽい会話というのは初めて書いてみたのですが(以前書いたことあるのは含まれないだろうし)、細かいやり取りを省略してテンポよく話が進んでいくので書いてる方はかなり楽しませてもらいました。
 後は読んでくれる人も少しは楽しんでいただけるように願うばかり。いや、願うだけじゃなくて続きも書かないといけないんですが(汗
葎灰
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コメント



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13.無評価おやつ削除
富士見の娘の霊探し……ご本人が……
妖夢は真相にたどり着くのか?
続きに期待します。
16.60七死削除
区切り方が今ひとつ寂つ。 後半に向けて期待がこう、ぞわわ~と引き出させるような何かが欲しかった所。

しかし、幽々子の過去の解釈に拠る物語は既に世に何本も生まれましたが、どれもこれも決定打になりえないのが神主様の設定マジック。 是非とも筆主様の描かれる冥界模様を拝見致したく思いますれば、後半に期待をお寄せする次第で御座います。