目覚めて始めに感じたのは温度。
昨夜の名残だろうか、周囲の空間が澱んでいる。
でも濃密で甘ったるい空気を肺に吸い込むと、すこし気分がいい。
まだ少し胡乱なまま、もぞもぞと体を起こし辺りを見回してみる。
窓から見える空は月が自己主張を控えているので、おそらく夜明け前。
普段ならそう乱れていないシーツもぐちゃぐちゃだ。おまけに少し湿っているときてる。
よく考えてみると、いつ眠りについたのかあまり覚えていなかった。
と言うよりも、ほとんど気絶したようなものだろう。
無理もない。2人してどろどろになっていたのだ。
どちらの体液か判らないほどに溶け合って、互いの体が邪魔に感じるほど抱き合って。
全てを貪りあうように口付け、触れていない場所など無いぐらいに味わった。
それは他人からすれば、眼を覆いたくなるような激しさ。
だが他人のことなどどうでもいい。
今はまだ心地よい眠りについている人物を背に、ゆっくりと床を離れる。
近くに脱ぎ捨ててあった薄物に、袖を通した。
ここは他の誰のものでもない自分の家だが、寝室を出るときのドアの音にも気を使う。
そして台所へ続いている廊下を静かに歩く。まるで泥棒にでもなった気分だ。
彼女なら、そんなことを気にする必要は無いと言うだろう。
でも私は無粋な事が嫌いだ。
春が近いとはいえ、やはりこの時間は冷える。呼吸の度に、息が具現化していく。
冷えた指先を温めるために、口元に手をやると……あることに気づいた。
つん、と鼻を刺すような匂い。寝室で感じたものよりも大分、濃い。
あぁそうだった。
それは至極当然のこと。
唇だけでなく、この手で、この指で彼女に触れたのだ。
そんなことも失念していたのかと、苦笑する。
じっ、と右手の指先を見つめた。普段よりも少し光沢があるように見える。
これが彼女の中に入っていたのだ。
そう考えるだけで胸の奥で、何かがふつふつと滾っていく。
同時に、抗いがたい欲求も感じている。
だから私は、素直に応じることにした。
――甘い
それは今まで口にしたどんな蜜よりも。
喉を潤そうとして、向かっていた台所に行く気は失せてしまった。
水などを口にしてこの甘露を薄めてしまうなど、それこそ無粋な行いに他ならない。
今まで歩いてきた廊下を戻る。もちろん、ゆっくりと。
寝室に戻ってみたが、彼女はまだ眠っているようだった。
椅子に座り、自分とは違って一糸纏わぬ彼女の姿を眺める。
自分と同じブロンドだが、少々癖のある髪。
ふだん三つ編みにしている部分に、程好く波が打っている。
自分よりも幼く見える顔。でも眼を閉じている今は、別人のようだ。
悪戯好きそうな感じなど、そこには微塵も存在していない。
小さな肩に、細い腕。我武者羅に高みへと邁進するには、少し頼りない感じもする。
だが、それは彫刻のように美しかった。
陳腐な言葉だが、今の空間をそのまま切り取ることができたらと思う。
その時ふと、ある考えが頭をよぎる
彼女は人間で――
そして自分は彼女と同じ時を歩めるとは限らず――
しかし、いまさらどうして離れる事ができよう。
私は蒐集家だ。しかも少しばかり、欲が強いときている。
貴重なものは何だって欲しいのだ。
自分にとって貴重なものであろうと、他人にとって貴重なものであろうと。
一度手にしたものをみすみす手放す事などする筈もなく。
それが、自分にとって貴重なものなら尚更の事で。
だからその気になれば、時間に抗うことすらも厭わない。
彼女を別の容器に……
それこそ自分の得意とする『モノ』に、閉じ込めてしまえば良いだけなのだから。
――そんなことを考えて、やめた。
今はただ、この流れに身を任せていたい。
最初から終わりのことを考えるなんて、愚かなことだ。
もし、これが終わりの始まりだとしても。
この時間が先に続く無限にとっては、瞬き程のものでしかなくても。
今ここに、彼女がいればいい。
「ねぇ魔理沙。私、貴女と出会えて、本当によかったわ」
面と向かってなら言えない、素直な言葉。
そこに嘘などない。
「いっつも憎まれ口ばっかりたたいちゃって、ごめんね。でも……魔理沙はずるいわよ。
私以外にも好きな人がいるんじゃないかって、思わせるような素振りをするもの。
みっともない話だけど、私いつ捨てられちゃうのかって、毎日びくびくしながら過ごしてるのよ?ふふっ」
言葉を向けるのは、いまだ眠れる愛しき人。
「魔理沙……私、幸せよ。ありがとうね」
そう言って、彼女の頬に手を伸ばそうとすると――
「あー、私はそんな恥ずかしいことを言われて、どうすればいいんだ?アリス」
全てを聞いていた愛しき人に返すのは、言葉ではなく恥ずかしさから繰り出される拳だった。
<終幕>
こういう甘も大好きです。
うん、情事の後の気怠い虚脱感が出ててしっとりしたお話。
一歩間違うとエロエロになりそうなのに、綺麗な文章で不快感を感じない。
こーゆーのも良いなぁ
ご馳走様でした。
いや楽しませてもらいました。
俺こういうの好きですね。
次回も期待してますww
(*´ヮ`)y─┛~~
ご馳走様です。
刹那的と言うのかも知れませんが、実に幸せそうで何よりです
にしても、最後に出てくるのは照れ隠しの拳ですか
拳は千の言葉より雄弁に思いを伝えるということですかね?(←微妙に違
でもそれだけじゃないところがいい
もう少し長くすればとか、もっとだだ甘にすればよかったと後悔しています
これからも頑張りますので、気が向いたらまた読んでください
本当にありがとうございました
つ〔ネチョスレ〕
他の点については満足。 もっとエロくても(ry
他は満足。長さもちょうどいい程度だと思いますし、甘くしすぎても胃にもたれると思います(あなた様の文なら胃に優しい甘さを提供してくれそうな気もしますが)。
雰囲気が出ていて想像しやすくw
こんな日に読んでしまったことを嘆かずにはいられない。